アンリエッタとの謁見を終えた桜坂柳也と愉快な仲間達が魔法学院の土を無事踏んだのは、その日の夕刻のことだった。
「だから、愉快な仲間達でひとくくりにしないでってば!」
「……語り部へのこの突っ込みも久しぶりだなぁ。おじさん、懐かしくて嬉しくて、涙がちょちょぎれらぁ」
というより、このノリ自体ひっさびさだ。
ほろり、と涙を流す軍服姿の男はさておいて、魔法学院に帰還した一行はまずオールド・オスマンの待つ学園長室へと向かった。
王女からの密命を無事終えて、魔法学院に戻ってきたことを報告するためだ。ルイズ達の長期の外出許可を得るために、アンリエッタはオールド・オスマンとミスタ・コルベールにだけは詳しい事情を話していた。
一行が学園長室へ足を運ぶと、部屋にはオールド・オスマンとミスタ・コルベールが顔を揃えていた。どうやらアンリエッタが気をきかせて、ルイズ達がトリステインに帰還したことを知らせるべく早馬を飛ばしてくれたらしい。二人は入室した彼らを見て、顔を綻ばせた。
「おお、ようやく帰って来たか」
「みなさん、お帰りなさい。私もオールド・オスマンも、首を長くして待っておりましたぞ」
「ミスタ・コルベール、そして同志オスマン、見ての通り、みな五体壮健で帰ってこれたぜ?」
この世界でも、首を長くして、という言い回しが存在することに少し驚きつつ、柳也は屈託のない微笑みを浮かべて言った。
続いてルイズ、タバサといった、魔法学院の生徒達が、学園長に向かって頭を垂れる。みなを代表してルイズが、「ただいま戻りました」と、告げると、オールド・オスマンの顔に莞爾とした笑みが浮かんだ。
「うむ。お帰り、諸君。無事、務めを果たしてきたようじゃな。ご苦労じゃった」
オールド・オスマンは万感の想いを篭めた眼差しで、帰ってきた生徒達を、魔法学院の子ども達の顔をゆっくり見回した。
ねぎらいの言葉を紡ぐ声は優しく、一行が無事魔法学院に帰ってきたことを、心から喜んでいる感情が窺える。
柳也とコルベール教員は、そんなオールド・オスマンの姿を微笑ましげに見つめた。普段はスケベな面ばかりが目立つこの老人が、その実、学園に通う生徒達のことを、教師たちの誰よりも大切に想っていることを、二人は知っていた。
――魔法学院の生徒はみな自分の子ども……彼ほど、この学園でるーちゃん達の帰還を喜んでいる人間はいないだろうな。
柳也はそんなことを考えながら、オールド・オスマンの顔を見た。
ふと、視線が合う。
彼は自分とマチルダ、そして才人の三人を見て言った。
「同志リュウヤ、ミス・ロングビル、……そして、ヒラガサイトくんじゃったな?」
「あ、は、はい」
オスマン老に名を呼ばれ、才人が慌てて返事をする。この世界にやって来てからというもの、貴族の口からまともに名前を呼ばれたことなど数えるほどしかない。才人は柳也の隣で、やや緊張した面持ちでしゃっちょこばった。
齢一〇〇歳を超えるとも噂される老人は、その皺だらけの顔に柔和な笑みを浮かべて、言った。
「ありがとう。ワシの……この魔法学院の生徒達を、守ってくれて。彼らを、無事ここまで送り届けてくれて。魔法学院の最高責任者として礼を言う。本当に、ありがとう」
深々と腰を折る。日本の礼儀作法でいうところの、最敬礼の姿勢だった。
これには、ルイズ達だけでなく、オスマンのことをよく知る柳也やコルベールさえも驚いた。
「え、い、いや、あの……」
「……同志オスマン、あなたは貴族だ。貴族のあなたが、それも魔法学院の最高責任者であるあなたが、俺達のようなどこの馬の骨とも知れぬ輩の前でそんなことをするものじゃない」
「いいんじゃよ、同志リュウヤ」
オールド・オスマンは顔を上げると、にっこり笑った。
「殿下から此度の任務の性格については聞き及んでおる。此度、きみ達が成し遂げたことは、決して公には出来ぬ密命よ。ゲルマニアとの同盟を守った。本来ならば勲章物の功績じゃ。しかし、密命であるがゆえに、魔法学院は、そしてトリステインは、きみ達に対して何の褒賞もくれてやれぬ。ゲルマニアとの同盟は、何ら滞りなく進むのだ。何も起こっておらぬのに、きみ達に褒賞をやれば、いらぬ嫉妬を買うことになってしまう。
……同志リュウヤ、そしてサイトくん、きみ達にはただでさえ破壊の杖事件のときに世話になっておるのじゃ。そんなきみ達に、ワシが出来るせめてものことが、これじゃよ」
オスマンはそう言ってもう一度腰を折った。
「ありがとう。三人とも。ワシらの生徒達を守ってくれて……本当に、ありがとう」
子ども達を守ってくれて、本当にありがとう。
老人のしわがれた声が紡ぐ、心からの感謝の言葉。
礼を述べられた三人はちょっと困った表情を浮かべ、照れ臭そうに笑った。
「……顔を上げてくれ、同志オスマン。俺達は、礼を言われるようなことは何もやっちゃいない」
「そうですよ。俺らは俺らで、自分のやりたいこと、やっただけですし」
アルビオン大陸最後の日、ドーチェスター隊の抜け駆け攻撃を迎撃したときのことを思い出して才人が言う。
あの時の自分は、柳也自身が自嘲混じりに評したように、ただの馬鹿だった。事後のことや謝礼のことなど頭の中にはなく、ただ自分がそうしたいから、戦った。ルイズとワルドの結婚式を守りたい。二人を結婚を喜ぶケティを守りたい。二人のためにひとり戦いに赴こうとした柳也を助けたい。その想いから、戦場へと足を運ぶ決断をした。
「俺はただ、自分の好きなように暴れただけです」
「俺もそうだ。俺がそうしたかったら、暴れた。それが結果的にるーちゃん達を守ることになった。それだけだ」
「わたしもね。そもそも、わたしには王女殿下の命令に従う義理なんてないんだ。礼を言うのは、筋違いってもんだよ」
元犯罪者で、公的にはいまも指名手配がかけられている土くれのフーケことマチルダが冷笑を浮かべて言った。凛々しさを感じさせる美貌に浮かんだ薄い微笑は、男の相好をとろけさせる魅力に満ちていた。
「まぁ、どうしても礼をって言うなら、秘書としての給金を上げてくれればいいさ」
「それだったら、ついでに俺の給料も上げてくれると助かるなぁ。俺もそろそろ、本格的のこの世界の文字を覚えたいし。何か一冊、テキスト代わりの本が欲しいと思っていたところだ」
マチルダの諧謔めいた言葉に続いて、柳也が言った。
口調こそ主人と同様諧謔めいてはいたが、本が欲しいというのは彼の本心からの願いだった。ファンタズマゴリアでの経験から、読み書きが出来るのと出来ないとでは、得られる情報や社会的な地位に大きな隔たりがあることを彼は知っていた。
「本か……それならば市井で買わずとも、よいものがあるぞい」
再び顔を上げたオールド・オスマンが言った。自分のデスクへと向かい合い、引き出しから、一冊の本を取り出す。
百年の時を生きたとされる魔法学院の長。経験も、知識も、この場にいる誰よりも豊富なその彼が薦める本とあって、本好きのタバサのみならず、みなの視線が集中した。
「同志オスマン、その本は?」
「うむ。これは世界有数の蔵書数を誇る魔法学院の書庫にもない、ワシの秘蔵の本よ。その名も……」
もったいぶった口調のオスマン老。
みなが緊張した面持ちで老人の唇を見つめる中、ひとりマチルダだけが、「おや?」と、小首をかしげた。なにやらこの場を取り巻く空気の質が、変わったような……、
はたして、マチルダの予感は的中した。
「その名も、『真昼の密会 副題、〜あの人妻は僕のペット〜』じゃ!」
瞬間、その場に居並ぶ女性陣達の、オールド・オスマンを見る眼差しが冷ややかなものになった。明らかな軽蔑の視線。彼女達は等しく自分の心の戸に鍵をかけ、五歩ほど、その場から退いた。学院の最高責任者に対して、心理的にも、物理的にも距離を取った。この老人、そこの窓から飛び降りて死ねばいいのに、と真実そう思った。
他方、オールド・オスマンが取り出した本を見た男性陣は、女性陣とは対照的に大いに盛り上がっていた。
「『真昼の密会 〜あの人妻は僕のペット〜』だって!?」
「知っているのか、らいで……もとい、ギーシュ!?」
「ああ。あの本はゲルマニアの地でキング・オブ・エロスの称号を欲しいままにしている、偉大なるメイジにして偉大なる作家、スケルスケーベ卿の著書だ!」
「現在ハルケギニア大陸最高のエロ・ソムリエとされるターイ・ヘンターイ卿の著『この官能小説がヌケる! 百選』にも選ばれた、伝説の官能小説ですぞ。まさか、オールド・オスマンがお持ちだったとは……!」
「ふうむ……タイトルから察するに人妻調教物くわぁ!!? 俺のストライク・ゾーンど真ん中じゃないかッ!!」
「フォッフォッフォッ、ただの人妻調教物ではないぞい? この物語の登場人物は人妻と、その旦那と、一人息子。そしてその一人息子の親友の少年が主人公なのじゃが……主人公に片思いをしておる、若い娘御も出てくるのじゃ!」
「むぅ! ということは、熟女好き以外のニーズにもバッチリ応じているわけくわぁ!」
「しかもラストは人妻と一人息子と主人公と娘の四人が一堂に会して!」
「な、なんというドリームに満ちたプレイぬわんだぁぁぁ!!」
「同じ年の女の子か……俺もいけるな!」
「オールド・オスマン、その素晴らしい書物を、この僕に貸してはいただけないでしょうか!?」
「よいじゃろう。知識は宝よ。大いに学べ、若者よ」
「「「「「…………」」」」」
異様なハイ・テンションで盛り上がる男性陣を、女性陣はものごっつ冷たい眼差しで見つめていた。
キュルケは、とりあえずあの本は即刻燃やさなきゃね、と思った。
ほどなくして、魔法学院本塔の学園長室から、ぱちぱち、と紙の燃える音と、男達の悲しげな慟哭が響いた。
何が起こったのかは、察してくれい。
◇
壮絶なる男泣きの後、柳也はマチルダとともに彼女の私室へと向かった。
主人と使い魔が寝食をともにするのは当たり前のこと、とはルイズの弁だが、破壊の杖事件で使い魔契約を結んだこの二人も、同じ部屋で暮らしていた。
数日ぶりに足を踏み入れた室内は、当然ながら魔法学院を出発した日と何も変わっていなかった。
二人は着ていた衣服を脱ぐと、すぐさまベッドへダイブした。行為には及ばない。今回の旅では、さすがの二人も疲弊していた。横になった途端、強烈な睡魔が二人の脳を蹂躙した。
パートナーの熱を、吐息を、匂いを感じながら、裸の男と女は、ようやく帰ってきた、と安堵の気持ちの中で、眠りに就いた。
永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー
ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃
EPISODE:52「……正直、すごく魅力的だと思う」
異変が起こったのは、翌朝のことだった。
その日、朝起きた才人はいつものようにルイズのため洗面器を用意した。中には水が張ってある。使い魔は主人に奉仕する義務がある、と考えているルイズは、いつも才人にこれで顔を洗わせていた。
「……これが意外と面倒な作業なんだよなぁ」
水汲み場への道すがら、才人は溜め息混じりにぼやいた。
現代地球ほど水道の技術が発達していない、ハルケギニアの魔法学院寮だ。水を必要とする際は、いちいち外の水汲み場まで足を運ばねばならず、この往復行程が意外と苦痛だった。
とはいえ、才人に洗面器を用意しない、という選択肢はなかった。
いつだったか、洗面器の用意を忘れて酷い目にあったためだ。
たった一度、朝の洗顔を忘れただけで、罰として一日三食全部抜かれた。頭にきた才人は、魔法学院の裏にある池で捕まえたカエルを洗面器の中に入れるという、今日日小学生でもしないような悪戯を翌朝決行した。カエルが嫌いなルイズは、洗面器の中で泳ぐ赤い両生類を見て泣き出し、次いで怒り、才人を鞭で叩いた。ちなみにこのとき、ちょうど部屋に入ってきた柳也が、「お楽しみの最中だったか。いや、あいすまん」と言って、生暖かい眼差しとともに退室していったのは、才人の中で軽いトラウマとなっていた。
この一件を教訓とし、以来才人は毎朝欠かすことなく洗面器を用意するようにした。
朝の洗顔如きであんな痛い思いをしてはたまらない。多少面倒くさくとも、ちゃっちゃとこなしてしまうのが、いちばんいい。
階段を上って才人が部屋へと戻ると、低血圧のルイズは眠そうな顔を、ふにゃっ、と歪めたままベッドに腰掛けていた。
才人は床に洗面器を置くと、両手で水をすくった。彼の仕事は洗面器を用意して終わり、ではない。ご主人様の顔を洗ってやるのも、彼の仕事だった。
ところが、今日のルイズは何かおかしい。才人が水をすくっても、ベッドに腰掛けたまま、まったく動こうとしない。
「どうした、るーちゃん?」
「……るーちゃんって呼ばないでってば」
ルイズはいまだ眠たそうに目元をこすりながら、ぼんやりとした表情のまま口を開いた。
「そこに置いといて。自分で洗うから、いいわ」
「……なん、だと」
才人は驚いた。まさか、あのルイズの口から「自分でやる」なんて言葉が出るとは思わなかった。
「る、るーちゃん、熱でもあるのか!? それとも気分でも優れないのか!?」
「なんでそういう反応になるのよ? あと、るーちゃんって呼ばないで」
「それとも……ハッ、わかったぞ! お前、るーちゃんの偽者だな! いったい何が目的だ!? 本物のるーちゃんをどこにやった!?」
「人の話を聞きなさい! それから、るーちゃん呼ぶなぁ!!」
さしもの低血圧ルイズさんも、すぐ側で大声を出されて眠気が消え失せたか。彼女は素早く鞭を取り出すと、手首のスナップを効かせて、お手本のような鞭捌きを見せた。
勿論、ターゲットは目の前の使い魔だ。才人の口から、悲鳴とも、嬌声とも取れる声が迸る。
「あひいっ! あひゃあっ! って、嬌声って何だよ!?」
語り部の描写に突っ込むな、原作主人公。
「自分で洗うからいいの。ほっといて」
少し怒った調子で言うと、ルイズは鞭をしまい、洗面器に手を入れた。水をすくうと、思いっきり顔を振って、顔を洗った。水飛沫が飛び散る。
「お前、顔を動かして、洗うタイプか」
鞭に叩かれ、やや頬を紅潮させた才人が呟いた。顔が赤いのは、別に鞭に叩かれて快感を得たわけではない。ない……はずだ。ない、と思う。うん。ないない。
才人は鞭で叩かれた尻をさすりながら、ルイズの着替えをクローゼットから取り出した。さっきの洗顔はお嬢様の気まぐれと疑わない彼は、てっきり自分が着替えさせるものと思って、制服と下着を手に取った。
「そこに置いておいて」
ベッドの指示された場所に、下着を置く。
「制服もよ。自分で着替えるから」
またも驚愕が、才人の頭を殴った。いつもならば自分を下僕のように扱うところなのに、本当にいったい、どうしてしまったのか。
――洗顔とか、着替えとか、子どもじゃないんだし、全部一人でやるのが本当は当たり前だけど……。
地球人の才人にとっては当たり前のことをしないのが、この世界の貴族だ。特に、ルイズはその傾向が顕著な気がする。
さらに付け加えるならば、ルイズはこの世界のメイジならば当たり前のことを出来ないでいる。
以前柳也は、自分達のご主人様が抱えているコンプレックスを示唆しつつ、才人にこう言った。
「るーちゃんの俺達や周りに対する攻撃性は、魔法が使えないっていうコンプレックスの発露なのかもしれないな。ほら、ストレスが溜まると、物に当たる人、っているだろう? あれと同じ気がする」
本人には言うなよ、と念押しした上で述べられた柳也の評価は、なんとなく当たっているように思われた。
才人は怪訝な表情を浮かべ、ルイズに着替えを差し出し、後ろを向いた。
◇
ルイズと才人が朝食を摂りにアルヴィーズ食堂へ向かうと、食堂では、最近になって――軍服を着るようになって――給仕係としても働くようになった柳也が、一年の男子学生の頭にカラテ・チョップをお見舞いしていた。
「痛っ! ぶ、無礼者! 貴族に向かって手を上げるとは何事だ!?」
「貴族だろうが何だろうが、関係あるかぁ! フォークとナイフはちゃんと外側から使えやゴラァァ!!! あとそこ、手を皿代わりに使うんじゃねェェェ――――――!!!!」
「ひっ、ぎゃあああ―――――――!!!!!」
放ったのは右ストレートなのに、なぜか爆発音が轟いた。決して小柄ではない二年の男子学生の体が宙を舞う。
永遠神剣のデルフが、才人にだけ聞こえる声で言った。
【ソニック・ブームだな。いまの褌のパンチは、音速を超えていたってことだ。ほら、テーブルの上のグラスが衝撃波で真っ二つに裂けた】
――ホント、ギャグになるとあの人とんでもなく強いよなぁ……。
【そこが褌クオリティってやつだろ】
柳也のことをいまだ褌と呼ぶデルフの言葉に苦笑しながら、才人はルイズの後ろにくっついてテーブルへと向かう。
いつものように才人が床に座り込むと、目の前にスープの皿がなかった。
あれ? と、小首を傾げる。なにかルイズを怒らせて、飯を抜かれるようなことをしただろうか。最近は特に彼女の機嫌を損ねるようなことは何もしていないはずだが。
「おーすっ、るーちゃん、才人君、おはようさん。俺もご一緒するぜい?」
朝に引き続き才人が怪訝な面持ちでいると、柳也がやって来た。額に、労働後の心地よさそうな汗が浮かんでいる。どうやら給仕係の仕事は終わりで、これからはルイズの従者として振る舞うらしい。
柳也は才人の隣に、ドカッ、と胡坐をかいた。
近くにいたシエスタに、スープの皿を持ってきてもらおうとして、
「二人とも」
ルイズに呼ばれた。二人は揃って椅子に座ったご主人様を見上げた。ルイズはなぜか頬を染め、そっぽを向いたまま言った。
「今日からあんたたち、テーブルで食べなさい」
「……え?」
「……What's?」
才人と柳也は呆気にとられた様子で、ルイズを見た。思いがけないルイズの言葉だった。貴族の食卓に平民が同席するのはご法度、とは他ならぬルイズの口から教えられた、この世界の常識だ。
才人は、やっぱ今日のルイズは変だな、と首を傾げた。柳也は、熱でもあるのか、などと今朝の彼と同じような感想を抱く。
「いいから。ほら、座って。早く」
「あ、ああ」
ルイズが茫然としている柳也の手を取り、隣に座らせる。習って、才人もその隣に腰かけた。
すると、いつもその席に座っているマリコルヌと、彼と仲の良いクラスメイトの一人が現われて、抗議の声を上げた。
「おい、ルイズ。そこは僕達の席だぞ。使い魔や従者なんかを座らせるなんて、どういうことだ?」
「座るところがないなら、椅子を持ってくればいいじゃないの」
ルイズは、きっ、とマリコルヌを睨んだ。
するとマリコルヌは顔を真っ赤にして、胸を張った。
「ふざけるな! 平民の使い魔や従者風情を座らせて、僕が椅子を取りに行く? そんな法はないぞ! おいお前達、そこをどけ! そこは僕の席だ。そして、ここは貴族のしょくた――――――ッ」
「おや、ミスター・リュウヤ、才人、それにるーちゃんもお揃いで……。隣、いいかな?」
マリコルヌの言葉を遮って、ギーシュが魅力的な微笑みとともにやって来た。
やっぱ美形が笑うと絵になるな、と世の中の不公平さに嘆息しつつ、才人と柳也は片手を挙げて挨拶した。
「うん? 俺はオッケー牧場だぜ? 才人君もいいだろう?」
「はい。るーちゃんもいいよな?」
「ええ。それから三人とも、いい加減、るーちゃんって呼ぶのはやめなさい」
「「「残念だが、それは出来ないな(キリッ)」」」
「何でよ!?」
ズビシッ、と行儀悪くもフォークで自分達を示しながら言うルイズに、三人は揃って口を開いた。三人とも、普段の七割増しで男っぷりに磨きのかかった、ものごっつ凛々しい表情を浮かべていた。
ギーシュはごくごく自然な所作で才人の隣に座った。
先ほどまで給仕係として忙しく働いていた柳也に、今朝の食事のメニューを訊ねる。柳也はいつものパンとスープに、厚切りのベーコンエッグが付いていると答えた。
「こ、こらお前達、僕のことを無視するんじゃ――――――」
発言を遮られたばかりか、以降ずっと無視されているマリコルヌが声を荒げた。
しかし、彼の発言はまたしても途中で遮られる。
「ハ〜イ、ダーリンにるーちゃん、ご一緒させてもらうわね?」
「……おはよう」
「あら、みなさんおはようございます。お向かい、よろしいですか?」
キュルケ、タバサ、ケティの三人が順に声をかけてきた。破壊の杖事件、さらには先のアルビオン大陸での密命を一緒に遂行した面々だ。三人はルイズらの返事も聞かずに、対面の空席へと腰かけた。柳也達も自然にそれを受け入れる。
「おやおや、別嬪さん方がお揃いで……いかん。思わず恋をしてしまった」
「柳也さん、タバサはアウトですよ。みんなもおはよう」
「おはよう、みんな。昨晩はよく眠れたかい?」
「おはよう。それからキュルケは、るーちゃん言うのやめて」
「え〜、可愛いじゃない、るーちゃん」
唇を尖らせて言うキュルケをルイズは睨んだ。とはいえ、ゲルマニアの女貴族を見る眼差しに、険しい印象は薄い。どうやら二度の共闘を経て、ルイズの中のキュルケへの心証はだいぶ様変わりしたようだった。
「だ、だからお前達、僕のことを無視するんじゃない!」
ずっと無視されていたマリコルヌが怒鳴った。なかなかの声量だが、気迫が篭もっていない。よく耳を澄ましてみると、声もかすかに震えていることが分かる。明らかに虚勢を張っていた。
その場に集まった一同は等しく、無理もないな、と思う。
マリコルヌは決して優秀な生徒ではない。学業も魔法の腕も人並みで、でっぷりと肥満した体は運動も苦手だ。そんな彼にとって、ギーシュ、キュルケ、タバサという、実力者三人に向けて怒鳴ることは背筋も凍る行為だった。また、ギーシュを打ち破った才人や、彼ら二人を指導する立場にある柳也もまた、マリコルヌからすれば恐怖の対象だった。
「ま、ま、そういきり立たないでくださいよ、ミスタ・マリコルヌ。ささ、こちらに座って。みんなで仲良く食べましょうや」
柳也が人懐っこい笑みを浮かべてマリコルヌを手招きした。
戦うことが何よりも大好きな自分だが、TPOはわきまえているつもりだ。いまは楽しい楽しい食事の時間帯、避けられる争いならば、回避したい。
柳也は努めて明るく、友好的な態度でマリコルヌを誘った。べつに自分は、この貴族の少年に遺恨があるわけではないし、そもそも悪感情を抱けるほど深い付き合いがない。ルイズ達さえよければ、同席することに躊躇いはなかった。
「そうだな。おい、ぽっちゃり。早く椅子取ってこいよ。仲良く食おうぜ?」
「ぽ、ぽっちゃ……!」
才人の発言に、マリコルヌは一瞬、顔を真っ赤にしたが、すぐに項垂れて椅子を取りに行った。彼は基本的に小心者だった。
「ところで、才人君」
名前を呼ばれ、才人は訝しげな表情を浮かべて柳也を振り返った。
常人の聴覚では知覚出来ない周波数帯の声。アルビオン大陸での一件で神剣士となったいまだからこそ自分も聞き取れるようになった師匠の言葉。みなの前で内緒話とは、いったい何の用なのか。
「今日のるーちゃんなんだが、何かあったか? 俺達に椅子に座れだの、クラスメイトにどけだのと」
「……やっぱり、柳也さんもおかしいと思います?」
デルフの力をほんの僅かに解放し、才人も神剣士にしか聞こえない声を紡ぐ。
「実はここに来る前も、自分で着替えるとか言いだして」
「いつもはきみにやらせてたよな、着替え。いや、自分でやるのが普通なんだが」
「あの貴族の娘っこの様子が変わったのは今朝からだろ? アルビオンに行って、何か心境の変化があったってことじゃね?」
才人の背中のデルフリンガーが言った。やはりこちらも、神剣士にしか聞き取れない周波数帯の声だった。
「心境の変化って?」
「そこまでは分かんねぇよ。ただ、アルビオンは戦地だったからなぁ。極限状態に置かれた人間のいろんな面を見て、なんか思うところがあったんじゃねぇの?」
デルフリンガーの推測に、柳也は険しい面持ちで頷いた。
普段の高慢な言動や、先のアルビオンなどで見せた勇ましい姿の印象が強くて忘れがちだが、ルイズは本来、争いごとが嫌いで、使い魔や従者の自分達にも気遣いの出来る性根の優しい娘だ。そんな彼女の目に、アルビオンで出会った人々の姿はどう映ったのか。傷つき、斃れゆく兵士達の姿を見て、彼女は何を感じたのか。
柳也は溜め息混じりに呟く。
「……たしかに、その可能性は濃厚だな。るーちゃんは、優しい娘だから」
【加えて、色々と多感な年頃であるしな】
【駄剣、発言がおっさん臭いよ。でもたしかに、例のメイジなのに〜っていうコンプレックスのせいで、悪い意味で感受性豊かですしね】
柳也の言葉に、相棒の〈決意〉と〈戦友〉も同意の言葉を述べた。なお、こちらの永遠神剣二人の声は、才人とデルフには聞こえていない。周波数帯どうこうではなく、二人はもともと契約者以外に声を聞かせる能力を持っていなかった。
「まぁなんにせよ、俺達のご主人様のことだ。なるべく気にかけるようにはしておこうぜ?」
「はい。そうですね」
自分達を、この世界に呼び寄せた張本人。本来ならば、憎むべき存在であり、恨むべき対象であってもおかしくはない人物。けれども、この世界の人間で、初めて自分達の存在を受け入れてくれた人。自分達に、居場所をくれた人。自分達の、大切なご主人様。
アルビオンでの激動を経て、いったいルイズの心に、どんな変化が起こったのか。
彼女の変化が、何か悩みを抱えてのことだとしたら、力になってやりたい。
彼女の変化が、成長の証だとするならば、素直な気持ちで喜んであげたい。
柳也と才人は複雑そうに顔をしかめたまま、揃って溜め息をついた。
◇
その夜。
魔法学院の教職員寮の一室……マチルダの部屋にて、柳也とマチルダはテーブルを挟んで向かい合っていた。卓上には白ワインのボトルと、グラスが二つ。それにチェスの盤がある。ハルケギニアにもチェスや将棋に似たボードゲームがあることを知った柳也が、ルールを知っているマチルダに一局指南を頼んだのだ。ミリタリー・オタクだからというわけではないが、彼は戦争を題材としたこの種のボードゲームが大好きだった。
ルールは基本的に地球のチェスと同じだった。ただし、地球のチェス盤が八×八の六四マスをバトル・フィールドとするのに対して、ハルケギニア式のチェスは一四×一四で一九六マスもある。また、地球のチェスよりも駒の種類が多く、ルークがないのも大きな差異の一つだった。
マチルダから基本的なルールと駒の動かし方を教えられた柳也は、早速彼女に対局を申し込んだ。先手は指南役のマチルダ。先攻が白軍なのも、地球と一緒だった。
「ルークがなくて四系統のメイジがいるっていうのは、いかにもだな。ほい。風メイジでポーン取った」
「わたしとしては、あんたの言う将棋とやらに興味があるね。取った相手の駒を自分が使えるとか、成る、とか面白いルールじゃないか。はい、仕返し。土メイジでビショップを取ったよ」
「そうか?」
「作ったら売れそうじゃないかい? ちょっとお金持ちの平民相手に」
「まぁ、確かに。成る、とかは、いかにもこの世界の平民が喜びそうなルールだぁな」
マチルダの言葉に頷き、柳也はナイトの駒を動かす。
ターンを交代し、ご主人様の打つ手を睨みながら、柳也は彼女の発言について少し考えてみた。
“錬金”の魔法に代表されるように、彫刻や彫金は土メイジの得意分野だ。材質と形状さえ伝えれば、柳也のよく知る将棋の用具一式を揃えてしまえるだろう。マチルダはトライアングル・クラスの土メイジ、無駄を徹底して削ぎ落とせば、月産二十セットぐらいの生産ペースを維持出来るはず。まず新しい物好きの人に売り込み、徐々に客層を広げていけば……、
「ちょっと考えてみたが、意外とちゃんとした商売になるかもしれない」
「だろう? ちょっとした小遣い稼ぎになると思うんだけど。発明した人間ってことで、あんたにもマージンやるからさ」
「……いかん。かなり心が動いてしまった。だが、いまはこの対局だ」
マチルダの甘い誘惑にかぶりを振って、柳也は目線をチェス盤へと落とした。
戦況は黒の柳也がやや不利か。しかし、巻き返しが不可能なほどではない。
グラスを手に取り、舌を濡らす。芳醇な花の香りが口の中いっぱいに広がり、鼻腔を抜けていった。頭を使うゲームの伴に酒というのは、我ながらナンセンスな選択だとは思うが、真剣勝負ならばいざしらず、今回の対局は遊びだ。お互い楽しむことが第一義。美味い酒は、むしろ場を盛り上げるための良いエッセンスになろう。勿論、遊びとはいえ、負けるつもりは毛頭ないが。
――劣勢からの大逆転こそ戦の醍醐味! ラキオス軍の最強の三本槍が一人、守護の双刃の本領を見せてやるぜッ。
剣を振り抜くばかりが戦いではない。頭脳を使うテーブルゲームもまた戦いの一形態。
そして面白い戦いの渦中にその身を置くとき、この男の闘志は際限なく燃え上がる。
柳也は凶悪な面魂に獰猛な冷笑を浮かべた。
モザイク模様の戦場を、舐めるような眼差しで俯瞰する。
自軍と敵軍の駒の配置。両軍に残された戦力。この状況を踏まえた上で、自分が取れる戦術案。想定される敵の作戦。それに対する最善策、次善策。次善策が潰されたときのための、第三の作戦。戦闘準備は整えた。
柳也は辛口だが喉によく馴染む白ワインを呷り、黒のポーンを動かした。
「しかし、ミスタ・コルベールお勧めのこいつは美味いな。なにより香りがいい」
「同感。でも、若い娘にはちょっとキツイかもね。辛口だし」
「ご主人様、いまの発言、ちょっとオバサンくさ……」
「ああん?」
「……イイエ。ナンデモアリマセン。まい・ますたー」
ご主人様に凄まれて、柳也はにっこり笑ってかぶりを振った。昂ぶり出した闘争本能が、急速に萎んでいくのを自覚する。後でオールド・オスマンに聞いた話だが、彼もまた、かつてマチルダには年齢のことを口にして酷い目に遭ったらしい。彼女の前で、年齢に関する話題はタブー。柳也はしっかりと心に刻みつけた。
そのとき、部屋の戸がノックされた。
腰を上げようとするマチルダを手で制し、柳也は扉の方へと向かう。こういうことは、使い魔の仕事だ。
「はい。どちら様ですか?」
学院の関係者が訪ねてきたのかもしれないと、敬語を口にしながらドアノブに手をかける。
最初に少しだけ開いて相手にこちらの意図を伝え、それからゆっくりと押し開いていった。
ドアを開けると、そこにはもう一人のご主人様が立っていた。隣に、才人を連れている。
「るーちゃんに、才人君か。いったいどうしたんだ?」
夜分遅く、とはいかないまでも、地平線の彼方へと夕日が沈んで、もうかなりの時間が経過している。こんな時間帯に、いったい何の用なのか。
窓際のテーブルで白ワインをあおるマチルダに目線を向ける。アイ・コンタクト。小さな首肯が返ってきた。部屋の主から入室の許可。柳也も頷き返し、目線を来訪者の二人に戻した。
「ま、とりあえず部屋に入ってくれや。話はそれからだ」
そう言って柳也はドアを開けたまま二人の道を開けてやる。
「お邪魔するわね」
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「はい」
柳也の言葉に頷いて、一度は入室した才人が部屋を出ていった。バタン、と戸が閉まる。使い魔の突然の行動に唖然とするルイズ。しかしすぐに、「なんでやねん!」というツッコミとともに戸が開いた。
荒々しく言葉を紡ぐ才人だったが、なぜかその表情は活き活きと輝いている。
「さすがは同じ地球人で日本人! 分かっているじゃないか、才人君!」
「はっ、あのフリをされたからには全力で応える! 常識っすよ」
「「イエ〜イ!」」とハイ・タッチして笑い合う異世界人二人だった。このあたりの呼吸は、地球出身の彼らでなければ合わせられない。
そんな使い魔二人の奇妙なやり取りを横目に、窓際の椅子に座ったままのマチルダはルイズに訊ねた。
「……それで、ミス・ヴァリエール、今夜はいったいどのようなご用件で?」
「……あんたとリュウヤに命令よ」
言葉短く告げられた内容に、柳也とマチルダはそれまでのくつろいだ態度から一転、背筋を伸ばし、話を聞く姿勢を整えた。
自然と脳裏に蘇るのは、僅か数日前にアルビオン行きを告げられた夜の記憶。あのときも、ルイズ達は事前の連絡なしにこの部屋を訪ねてきた。今回もまた、何か厄介事だろうか。そうだとすれば、この態度を改めねばなるまい。
柳也はルイズの鳶色の瞳を見た。小柄なご主人様の眼差しには、決然とした意志の輝きがあった。緊張しているのか、やけに頬が赤い。
直感する。やはり、何か面倒事のようだ。しかも今回は、才人以外に伴を連れていないことから彼女自身に関する事柄と推察された。
もしかすると、今日のルイズの不審な態度に関する相談事かもしれない。知らず、主人を見つめる柳也の眼差しに鋭い輝きが宿った。
「内容は?」
マチルダが重ねて問いかける。
するとルイズは、マチルダから視線をそらし、柳也を見た。
柳也もまた、ルイズの口元を注視する。はたして、形の良い唇から飛び出すのはいったいどんな内容なのか。
――鬼が出るか、蛇が出るか。
ルイズは躊躇いがちに、訥々と口を開いた。
「リュウヤ、あんた今晩、サイトと寝所を代わりなさい」
「……………………What's?」
言葉の意味を理解するまでに、やや時間を要した。そした理解した上で、柳也は思わず訊き返さずにはいられなかった。
才人と寝所を交代しろ? それはつまり、今夜はルイズの部屋で夜を過ごせ、ということか。しかしなぜ? 今夜は何か、才人と一緒に寝たくない理由でもあるのか。それとも、自分と一緒にいたい理由が? だとすればそれはいったい……。
「まぁ、普通はそういう反応になりますよね」
唖然とする柳也の様子を見て、才人が苦笑を浮かべた。どうやら彼は、事前にルイズからこの命令を聞かされていたらしい。
なるほど、ルイズの口から紡がれたのは、たしかに厄介事だった。柳也達が想像していたものとは、まったく別なベクトルで、厄介極まりない事案だった。
柳也の背後で、マチルダが珍しく茫然としていた。
◇
それがどんなに無茶な内容であれ、貴族の命令には原則服従が、この世界の掟だ。
二時間後、ルイズの命令を聞き入れ才人と寝所を交換した柳也は、彼女の部屋のベッドの上にいた。軍服の上着だけを脱いだいでたちで、神妙な面持ちのまま横になっている。
勿論、ルイズの部屋に寝台は一つしかない。いま、彼が横になっているのは彼女が普段から使っているベッドだった。
柳也の左隣では、本来のベッドの持ち主たるルイズがネグリジェ姿で横になっていた。それも、柳也とはわりと至近距離を隔てて。具体的には、彼の左肘から二〇センチほどの距離を隔てて。
ルイズの部屋のベッドは天蓋付きの広々としたダブル・サイズ。一八二センチの長身に加えて大柄な体格の柳也が加わっても、なお十分な余裕がある。にも拘わらず、かなり近い距離感。
――なぜ、こげなことになった?
柳也はベッドに取り付けられた天蓋を眺めながら、ひとり嘆息した。
どうしてこんなことになってしまったのか。なぜ、自分はこんな状況に身を置いているのか。
部屋に入ってからのルイズとのやり取りを思い出す。当初はかつてこの部屋で寝泊まりしていたときと同様、藁束にくるまって寝ようとした。しかし、ほかならぬルイズの命令で、ベッドでの就寝を義務付けられた。じゃあルイズはどこで寝るのか、という柳也の問いに、ご主人様の少女は、「ベッドに決まってるでしょ」と、当然のように告げた。「二人一緒に寝る気か?」と、さらに問いを重ねると、ルイズは顔を真っ赤にして「そ、そうよ」と、答えた。正直、可愛かった。しかし同時に、困惑もした。いったいルイズは、何を考えているのか、と。
――大事なことだからもう一度言おう。なぜ、こげなことになった?
同衾自体はべつにいい。しらかば学園で暮らしていた頃は毎晩のように誰かが布団に潜り込んできたし、最近はマチルダとも毎晩一つの毛布にくるまって眠りに就いている。誰かと同じ布団で眠る行為自体に、あまり抵抗感はない。
問題は、一緒に眠る相手との関係だ。
人間を含むすべての動物にとって、寝姿とは他人にはさらしたくはないものの代表格だろう。脳と身体を休める睡眠は、動物が生きていく上で重要な役割をはたす活動の一つだが、同時に、最も無防備になる状態でもある。睡眠中を天敵や競合相手に襲われればひとたまりもなく、ゆえに多くの動物は、寝込みを襲われないよう工夫を凝らす。外敵の侵入を防ぐ巣を作ったり、常に群れで行動したり、といった工夫だ。
同衾とは、一緒に布団にもぐりこむ相手に、そんな無防備な姿をさらすことを意味する。
パートナーとの間には、互いに強い信頼がなければならない。ましてや、若い男女のペアとなれば尚更だ。少なくとも、柳也はそう考えていた。
しらかば学園のみんなとは兄弟同然の間柄だった。マチルダとは、ご主人様と使い魔という特別な絆を結んでいる上、男女の仲でもある。どちらとも、同じ布団に入るだけの理由があり、互いの間には強い信頼があった。
しかし、ルイズとは違う。彼女との関係はあくまで主人と従者のそれだ。様々な経験を経て普通の主従よりは強い絆を構築していると自負しているが、他方で、まだ同じ布団で眠るほどの仲ではないとも、柳也は自覚していた。また、自分は勿論、ルイズのことを信頼しているが、彼女が己のことをどう思っているのかは、実際のところ分からない。
結局のところ、自分にルイズと同じベッドで寝る資格があるのかは彼女が己をどう見ているかによった。
となると、俄然気になるのは、ルイズの気持ちだ。
そもそも、ルイズは何を考えて自分に添い寝を命令したのか。
部屋に来るまでは、夜、才人と一緒にいたくない理由でもあるのかと疑った。彼と一緒にいたくはないが、一人で寝るのも物騒だから自分を呼んだ。そう思った。
しかし、この部屋に到着して、ベッドで寝ろと命令されて、その疑念は吹き飛んだ。番犬が欲しいだけならば、ベッドでの添い寝を許す必要はない。寝床など、藁束で十分だ。他ならぬルイズ自身が以前、平民の使い魔や従者の寝床など藁束が適当、と言っていた。
疑問の代わりに、胸の内に生じたのは、ルイズは自分と一緒にいたがっているのではないか、という推測だった。では、その理由は? ルイズは何を考えて自分を呼び、自分を、ベッドに招いたのか。
いちばん有力な候補はワルドのことだろう。アルビオン大陸の一件で、信頼していた婚約者に裏切られたルイズは、心に深い傷を負った。
自分もまた、ワルドの裏切りには深いショックを受けた。友達だと思っていた。本当に。心の底から。この異世界で、親友と呼べる存在と出会えた。そう思った。しかし、あの男はそんな自分の気持ちをも裏切った。彼の裏切りを知ったあのときの胸の痛み、激しい感情の揺らぎ。事が終わって少し間を置いたいま思い出しても、胸が苦しい。
ルイズは、自分と同じようにワルドに裏切られた己に、傷の舐め合いを求めているのか。
しかし、それは違うように思われた。
今夜のルイズはやけに饒舌だった。ベッドに横たわると、自分に次々話題を振ってきた。しかしそれらはどれも他愛のない内容ばかりで、ワルドのワの字も彼女は口にしなかった。落語でいうところの前座話とも違う。自分との他愛のない会話こそが本題であるかのような彼女の態度を見ては、傷の舐め合いを求めているようにはどうしても思えなかった。
では、自分との会話そのものが目的だったのかといえば、それも違うように思える。そもそも、単に自分と会話をしたいだけならば、わざわざこの部屋に呼びつける必要はない。こんな他愛のない話をすることが目的ならば、才人を遠ざける必要もない。
心の慰みでも、会話でもないとすれば、いったいルイズは、自分に何を求めているのか。貞操観念の高い彼女に限って、まさか夜伽を求めているということもあるまい。となると、いよいよルイズが何を考えているのか予想がつかなくなってくる。
繰り返し述べるが、同衾するパートナーとの間には強い信頼関係がなくてはならない、というのが柳也の考えだ。
ご主人様の少女が、自分のことを信頼してくれているのか、否か。それが分からない状態での同衾とは、気まずく、息苦しいものだった。
――すごく大事なことだから三回は言うぞ。なぜ、こげなことになった? 〈戦友〉は何も答えてくれない。教えてくれ、〈決意〉……!
【ちょっ! なんでわたしが役立たずになっているんですか!?】
【よいではないか、主よ。るーちゃんは実年齢こそ我の守備範囲外だが、見た目は悪くない。そんな娘御と同衾出来るのだ。むしろ何の問題もない】
――や、お前のその思考がすでに問題だから。
【っていうか、あんたの守備範囲っていったい……?】
【下は〇歳児から上は小●校五年生までが恋愛対象だが?】
――変態だぁ! ド変態が俺ン中にいる!
何を当然のことを聞いているのか、とばかりの〈決意〉の態度に、柳也は内心頭を抱えた。
いかに女好きの自分とて、さすがにその年齢層を相手に恋愛は出来ない…………はずだ。出来ない、と思う。うん。たぶん、無理。無理だと思わなきゃ、やっていられない。
「ねぇ……」
声をかけられ、振り向いた。
二尺と離れていないその先に、ルイズの顔があった。若さあふれる瑞々しい肌。やや童顔だが、彫りの深い西洋人形のように愛らしい顔立ち。相手の息遣いさえ感じ取れるほどの至近距離で見つめて、思わずうっとりと見惚れてしまう。
部屋の灯りは、すでに落とされていた。窓から差し込む月明かりだけが、室内を照らす唯一の照明だ。
自然ならではの淡い光に薄っすら照らされたルイズは、柳也に昔読んだ童話のお姫さまを連想させた。
息を呑む美しさを前にして、思わず声が上ずってしまう。
「どぎゃんしたと?」
「……なに、その喋り方?」
「ああ、いや。動揺のあまりつい、な。それで、どうした?」
「もう、聞いてなかったの?」
「申し訳ない。ちょっと、考え事をしていたもので」
唇を尖らせるルイズに、柳也は乾いた微笑を浮かべて謝罪した。どうやら自分自身との戦いに集中するあまり、何度も呼びかけられているのを無視してしまったらしい。
「いや、ホント申し訳ない。それで、なんだって?」
「う、うん。あの、あんたってさ……」
ルイズは妙に歯切れの悪い口調で、遠慮がちに訊ねた。
「あんたってさ、マチルダと付き合ってるの?」
「……いや」
一瞬、どう返答するべきか悩んでしまった。たしかに、マチルダとは何度も体を重ねているし、コモン・サーヴァントの契約を交わした、特別な間柄にある。とはいえ、自分達の関係を恋人と形容するのは、何か違うように思えた。たぶん、この場にマチルダがいたとしても、自分と同じように考えただろう。
「るーちゃんにはもう見られているから言うが、たしかに肌は重ねたし、特別な関係だとは思う。けれど、恋人とは違うな」
不潔だ、と罵られることを覚悟した。
ルイズは婚前交渉を不徳の極みと評するほど貞操観念の固い女だ。そんな彼女にとって、閨をともにした相手を恋人と呼ばない自分の返答は到底許せたものではないはず。
しかし、予想とは裏腹に、ルイズの口から飛び出したのは「ふぅん」という薄っぺらな反応だった。
自分を見つめる視線は冷たかったが、一方で咎める意図は薄かった。
「あんたって、その、胸の大きい女が好みなわけ? キュルケとか、マチルダみたいな」
「そうだよ」
「即答なのね……」
「まぁ、マチルダについては胸だけでなく、あの魅力的なヒップ・ラインにも心惹かれたわけだが」
呆れたように呟くルイズに、柳也は胸を張って言った。
うむ。マチルダの尻から太ももにかけてのラインは、手の込んだガラス細工のように美しいものだ。
「だが勿論、胸や尻だけを見て抱いたわけじゃあないぞ? いくら胸や尻が魅力的でも、性格悪かったり、愛想が悪い女を、抱きたいとは思わない。……そもそも俺達は、互いに合意の上で関係を持ったんだ。外見と内面合わせて好きになったから俺はマチルダを抱いたし、向こうも俺を受け入れてくれたんだ」
「中身、ね」
「そう、中身も大切。勿論、見た目も大切だとは思うが、娼婦じゃないんだ。見た目だけじゃ抱けんよ」
そこまで口にして、不意に、自分は何を熱く語っているのか、と冷静になる。婚約者を失ったばかりのルイズに、己は何を真剣に語っているのか。
「じゃあ、さ……」
ルイズが、口を開き、噤んだ。僅かな逡巡。熱っぽい視線が、自分を貫く。ルイズはやがて、目線を伏せ、意を決したように再び口を開いた。
「わたしは……どう?」
「うん?」
「わたしのこと、あんたは、その……抱きたいと、思う?」
「……正直、すごく魅力的だと思う」
返答するのに、少しだけ、間を要した。
呟いて、ああそうか、と柳也は得心した表情を浮かべた。
ルイズが今晩、自分をベッドに誘った理由が、ようやく分かった気がした。
彼女は、自分に女としての魅力があるのどうかを、女好きの己に訊ねて確かめたかったのだろう。
周囲から落ちこぼれの烙印を押され、“ゼロのルイズ”という不名誉な二つ名でからかわれ、自分に自信が持てないでいるルイズだ。
ワルドがトリステインを離れたのは自分に女としての魅力がなかったから、と婚約者の裏切りの理由をそう推測したに違いない。ゆえに、近しい異性で比較的経験のある自分に、女としての魅力の有無を訊ねたのだろう。
柳也の偽らざる本音としては、ルイズはとても魅力的な少女だ。たしかに凹凸に乏しいボディ・ラインは、彼の嗜好と合致しない。しかし、頑張り屋なところや負けん気の強さなど、人間的な魅力には事欠かいていない。なにより、笑ったときの表情がすごくチャーミングだ。抱きたいか、抱きたくないかでいえば、返答など決まっている。
とはいえ、それを素直に口に出すことは憚られた。
冗談でも「抱きたい」などと口にすれば、自分の肉体に細胞レベルで寄生している誰かさんが、暴走する可能性が大だったからだ。
【いくら我でもそこまで飢えていないぞ。それに我の守備範囲は小〇五年生までと言ったであろう?】
――恋愛対象としてはそうかもしれない。だが、ただ性欲を満たすためだけなら、どうだ?
【…………】
【こいつ、いま目を逸らしましたよ!】
――そもどこにあるんだ、目。
やはり危険すぎた。
このままでは、いつ暴走するとも限らない。
それにこの、言葉ではなんとも形容しづらい甘酸っぱい雰囲気も、どうも居心地が悪い。もともとルイズとの同衾に気まずさと息苦しさを感じていた柳也だ。
わざとらしくあくびを一つ噛み殺し、彼は言う。
「もういい時間だな。そろそろ寝ようぜ?」
前後の文脈から意味をはき違えたか、「寝ようぜ」のフレーズを聞いて、ルイズが頬を赤くし、肩を震わせる。
襲いやしないよ、と呟いて、柳也は瞼を閉じた。
日頃己に課している厳しい鍛錬と、軍隊経験のせいだろう。この男の寝つきは良い。
瞑目し、頭の中をからっぽにして、深呼吸を三度繰り返す。
柳也の意識は、すぐに闇へと落ちていった。
◇
「寝ようぜ」という柳也の言葉を受けて、ルイズは自身の胸が急速に高鳴っていくのを自覚した。
ただでさえ同じベッドで枕を並べている上に、つい先ほどまでかなりきわどい話をしていた。しかも、同衾しているのは普段から女好きなのを隠さない男、桜坂柳也。この先の展開を想像したルイズは、わたし食べられちゃう!? 美味しくいただかれちゃう!? と、顔を真っ赤にし、緊張から身を硬くした。
しかし、すぐに隣から規則正しい寝息が聞こえてきて、彼女は思わず眉をひそめた。
見ると、ついたったいましがたまで自分とピロートークを交わしていたはずの男は、早くもぐっすり睡魔の虜となっていた。
念のため頬を指でつついてみるも、だらしなく口角を緩めるだけで、起きる気配がまったくない。完璧な熟睡だ。先の就寝を促す発言から一分と経っていない、もはや名人芸のような早業だった。
「……ホントに寝ちゃうし」
溜め息をつき、ついで唇を噛んだ。
ベッドを揺らさぬよう注意しながら上体を起こすと、ルイズは柳也の寝顔を軽く睨んだ。
サウナで心地よく火照った身体に、いきなり冷水をぶっかけられたかのような気分の急降下。せっかくこちらがその気になり始めていたのに、この仕打ちはあんまりではあるまいか。
と、自身の落胆に気がついたルイズは、ひとり気まずそうな表情を浮かべた。
落胆している、ということは、自分は心のどこかで期待していたということか。この場合は、柳也に抱かれることを。
再度溜め息をついたルイズは、柳也の寝顔を見つめながら、
――やっぱりわたし、この人のことが好きなんだわ……。
と、口の中で呟いた。
そう。自分は柳也のことが好きだ。好きだから、今夜は才人と寝所を代わってもらった。
ルイズがこの召使いの青年に対する自分の気持ちに気づいたのは、アルビオン大陸から脱出した直後……タバサのシルフィードの背中の上でのことだった。
ワルドや突如として現れた謎の神剣士の猛攻を退け、なんとかアルビオン大陸を脱出したルイズ達。連戦に次ぐ連戦、激戦に次ぐ激戦を経て気を失った柳也の唇に、彼女は衝動的に自らの唇を重ねた。ルイズはこのとき、初めて彼への特別な好意を自覚した。かつて幼き日に出会ったワルドに抱いた、憧れに似た想い。けれども、あの気持ちとは明らかに違う想い。
そのときはまだワルドに裏切られたばかりで、自分の気持ちが恋愛感情からくる好意なのか、頼れる従者への信頼からくる好意なのか、判断が出来なかった。しかし昨日、アンリエッタと面会して、はっきり自覚した。愛する人のことを語る彼女の姿を見て、その切なげな表情があのときの自分と重なって、己もまた、柳也に恋心を抱いていたことに気がついた。
いつ、好きになったのかは分からない。彼を好きになったきっかけも、いまとなっては思い出せない。しかし間違いなく、自分は柳也のことが好きだ。少なくとも、眠っている彼に思わずキスをしてしまうほどには、好きだ。
自分でも意外に思った。
ワルドのことは別として、それまでは、恋をするのなら素敵な貴族の男性と。いつか結婚する相手は、自分のすべてを任せられる立派な貴族の殿方と、とずっと思っていた。
しかし、蓋を開けてみれば自分が恋した相手は平民の、それも異世界からやって来たという得体の知れない男で……好意に気がついたルイズは、かえって戸惑ってしまった。
もともとルイズは、ライバル視しているキュルケと違って恋愛経験が豊富ではない。そればかりか、魔法学院に入る以前は、父親以外の男性とまともに会話したことさえ稀だった。そんな彼女にとって、恋した相手が平民というのは、大きな問題だった。あまりの身分差から、これから柳也とどう接していけばよいか分からなくなってしまった。奇しくもそれは、想いのベクトルこそ違うが、ギーシュやケティが抱えている悩みと同じものだった。二人もまた、初めて持った平民の友人にどう接すればよいかが分からない悩みを抱えていた。
また、ルイズは他にもう一つ、彼に関することで重大な悩みを抱えていた。
すなわち、柳也は自分のことをどう思っているのか、ということ。これまた、キュルケあたりからすれば鼻で笑ってしまうような悩み事だったが、経験の浅い恋する乙女からすると重大な、あまりにも重大すぎる問題だった。
はたして、想い人の青年は自分のことをどう思っているのか。
少なくとも、嫌われてはいないと思う。
桜坂柳也という男は社交性豊かな人物だが、人間の好き嫌いははっきり分かれる方だ。気に入った人物に対してはとことん尽くす一方で、嫌いな人間相手にはどこまでも冷淡に接することが出来る。
自分に対する柳也の普段の態度を顧みるに、少なくとも嫌われてはいないはずだ。
むしろ、平素の彼の態度からは、自分への親しみさえ感じられた。
自分としてはまったくもって不本意な話だが、あの「るーちゃん」という、貴族としての威厳をまったく感じさせないふざけたあだ名も、親愛からくる呼称だろう。好きか嫌いかでいえば、間違いなく好かれている。柳也の態度からは、そう確信することが出来た。
とはいえ、ルイズは素直に喜ぶことが出来なかった。
好き、という言葉には、色々な種類がある。好き、という感情がどんな精神活動から生起したかによって、大きく意味が異なってくる。
自分が彼に寄せ、また彼から寄せられたいと願う好意は、恋慕の情だ。
翻って、柳也が自分に向ける好意は、明らかに恋愛感情に属するものではない。信頼や面倒見の良さから生まれた、親愛の性格が強い好意だ。好いてくれること自体は嬉しいが、ルイズの心中は複雑だった。
――リュウヤはきっと、わたしのことを手のかかる妹ぐらいにしか思ってないんだわ。
それも無理ないか、とルイズは悩ましげな溜め息をついた。
柳也と才人、二人の地球人と出会ったあの始まりの日から今日まで、自分は彼らに、どんな態度で接してきただろうか。高圧的な態度と言動で、不快な思いをさせた。何度も何度も迷惑をかけた。酷いこともたくさんした。その際たるものが、二人をこの世界に呼び寄せたことだろう。
柳也にも、才人にも、彼らには元居た世界での生活があったはずだ。
もともといた世界で、二人がどんな暮らしを送っていたかは分からない。しかし、そこでは少なくとも親しい友人や家族、苦楽をともにする仲間達との幸せな日々があったはず。そんな彼らの日常を、自分は壊してしまった。それも、彼らすれば、最も理不尽かつ暴力的な手段で。二人から家族を、友人を、戦友を……大切な人たちとの絆を、奪ってしまった。
柳也達が陥った境遇を、自分に置き換えて考えてみる。
恐怖から、思わず身震いした。
ルイズにも大切な家族がいる。大好きな二人の姉。心から尊敬する父母。彼らとの絆が、ある日突然、外的な力によって絶たれたとしたら、とても正気ではいられないだろう。自らの運命を呪い、自分と家族との繋がりを絶った相手を憎むに違いない。
そして自分は、まさしくそれだけのことを、柳也達にしてしまったのだ。
被害者の柳也が、加害者の自分に恋愛感情を抱いてくれるはずがなかった。
むしろ、どんな形であれ好いてくれていること自体が僥倖といえた。本来ならば嫌われていてもおかしくないだけのことを。あまりにも理不尽な暴力を、自分は彼らに振るってしまったのだから。
――そうよ。嫌われていないだけ、まだマシなんだから……。
過ぎ去ってしまった時間は、二度と元には戻らない。
自分が柳也達に課してしまった残酷な運命も、今更足掻いたところで覆しようがない。
大切なのは、これからだ。柳也を自分に振り向かせるために。彼に、親愛とは別な好意を抱いてもらうために。これから、どう行動していくかだ。
そこで気になるのは、柳也の趣味嗜好だ。そもそも自分は、彼の恋愛対象の中に入っているのか。
以前、男性の中には特定の年齢層や女性の特定の部位にしか興味を抱けない特殊な人間がいる、とキュルケが漏らしていたことがあった。
桜坂柳也という男は自他ともに認める女好きの助平男だが、特に年上を嗜好するきらいがある。俗っぽい言い方をすれば、熟女に異様な執着を見せるときがある。そんな彼もまた、キュルケの言う、一部の特殊な男性に入るのではないか。
もしそうだとすれば由々しき事態だ。
柳也が好みのタイプなどとは別に、年上しか愛せないような特殊な人間だとすれば、年下の自分はそもそも恋愛対象として眼中にはないことになる。年下というただ一点のみの理由で、土俵にさえ立てないことになる。早急に確かめる必要があった。
とはいえ、柳也に対してどう接すればよいか分からないでいる、いまのルイズだ。恋愛経験の浅さも手伝って、彼の気持ちを確かめる良い手段が、なかなか思いつかなかった。
勿論、いちばん簡単かつ最良なのは、面と向かって柳也に訊ねることと分かっているが、それとて、どう話題を切り出せばよいか分からない。
思い悩むルイズだったが、彼女の苦しみの時間は、長くは続かなかった。
転機が訪れたのは、今朝のことだ。
朝、洗顔用の水を汲みに水汲み場へと行った才人の帰りを待っていると、不意に、ルイズの脳裏にとある光景がリフレインした。
アンリエッタの密命を受けて魔法学院を発った前日の夜のことだ。あの晩、アルビオンへ同行してもらうべくマチルダの部屋を訪れたルイズ達は、そこで柳也と彼女のまぐわいの様子を目撃した。
朝一番でそのときの光景を思い出してしまったルイズは顔を赤くし、次いで焦った。
そうだ。柳也の側にはすでにマチルダという女の存在がある。
破壊の杖事件のときに使い魔の契約を交わしたあの二人が、互いに将来を誓い合ったかどうかは分からない。しかし、少なくとも肌を重ね合った間柄なのは確かだ。よい手段が思いつかないとか、どう話題を切り出せばよいか分からない、とか悩んでいる場合ではない。手遅れになる前に、行動しなければ。
腹を決めたルイズは、早速、柳也と話をするための算段を巡らせた。
必要なのは二人きりで話せる空間だ。マチルダは無論のこと、才人の茶々入れもない方が望ましい。
最終的に彼女が選んだのは、魔法学院寮の自分の部屋だった。
今夜だけ才人と寝所を交換するよう柳也に命令したルイズは、さらに彼を自らも利用する寝台の上へと招いた。マチルダへの対抗意識、さらには恋愛経験の浅さが、かえって彼女を少しだけ大胆にしていた。また、行動の背景には柳也への信頼があった。桜坂柳也という男は女好きだが、基本的に紳士だ。互いの同意なき行為には絶対に及ばないだろう、という確信があった。
一つの寝具を分け合いながら、二人は様々な話題を口にした。
話題を振るのはもっぱらルイズで、柳也がそれに答えるという形で会話は進行していった。
勿論、ルイズの本命は想い人の嗜好を探ることだが、これは彼のことをよく知るよい機会と、彼女は様々な質問を柳也に浴びせた。ルイズはまだ、自分が呼び寄せた異世界人のことをほとんど何も知らなかった。内心の不安を押し殺しながらマチルダとの関係について訊ねると、彼は少し悩んでから、恋人ではない、と告げた。正直、ほっとしたが、一方でいま隣にいる男がマチルダを抱いたのもまた事実。心からの安堵は出来なかった。
重ねて、ルイズは本命たる質問を口にした。
自分を、抱きたいと思うか否かという、ストレートな表現の問いかけ。
口にしてから、しまった、と思った。
マチルダに対する焦りから、つい過激な表現を使ってしまった。これではまるで、柳也に抱いてほしいとねだっているみたいではないか。たしかに、柳也のことは好きだが、いくらなんでもそれは性急すぎる。ルイズの頬が、かぁっ、と熱くなった。
破廉恥な娘と思われていないだろうか、とおそるおそる柳也の横顔を覗い見た。
想い人の青年は、舌先で言葉を選ぶように、ゆっくりとした口調で呟いた。
「……正直、すごく魅力的だと思う」
自分から口にした問いにも拘らず、一瞬、何を指しての言葉か分からなかった。
口の中でその言の葉を呟き、意味を咀嚼して、ルイズはますます顔が火照るのを自覚した。
魅力的というのは、つまり、そういう、ことなんだろうか……?
柳也はちゃんと、自分を、一人の女の子として見てくれているということなのか。
年下という、ただ一点の理由から、この恋を諦めなくてもよいということなのか。
好きな人から魅力的と言われた嬉しさと、思ってもいなかった評価への動揺で、ルイズの胸は掻き乱された。胸の高鳴りを、理性ではもう制御することが出来なかった。
そんな風にどきどきしているところに、先の「寝ようぜ」という発言だ。恋する十代の少女が、その先の展開を想像して顔を赤くしないはずがなかった。だから、文字通り眠ってしまった柳也に対し、どうしても肩透かしをくらってしまったような不快感を抱いてしまう。
恨めしげな視線を柳也の寝顔へ落としたルイズは、ふっ、と口元を緩めた。
「……人の気も知らないで、気持ちよさそうに寝ちゃって」
指先で、柳也の頬をつつきながら呟いた。
疲れているのか、それとも普段から寝つきがよいのか。本当に、気持ちよさそうに眠っている。
ふと、ルイズは辺りを見回した。
当然ながら、いま、部屋の中には自分と、柳也しかいない。自分達の姿を見ているのは、夜空に煌々と浮かぶ月ぐらいしかいない。
――わたしの心を弄んだんだもの。慰謝料として、これぐらいもらったって罰は当たらないわよ。
自分自身に言い訳し、思いきって、ルイズは柳也の顔に自分の顔を近づけた。心臓の鼓動が、速度を増すのを自覚する。そっと、柳也の乾いた唇に、自分のそれを合わせた。二秒間。肉と肉とが、触れるか、触れないかぐらいのキス。二度目の、キス。唇を離し、微笑んで、また押しつけた。三度目のキス。今度はより強く、押しつけた。
また唇を離して、それからルイズは体の位置を直した。
六尺豊かな大柄な体に身を寄せ、彼女は目をつむる。眠気は、すぐに襲ってきた。まるで母親の腕の中にいるかのような安心感に身を委ね、ルイズは眠りに就いた。
◇
【……ようし、小娘。我、いまからちょっと主の身体を乗っ取ってくるわ】
【……駄剣、自嘲しなよ】
◇
その頃、マチルダの部屋では――――――、
「というわけだから、あんた今夜はそっちのソファを使いな……って、なんでいきなり泣き始めてるのさ!?」
「あ、あれ……おかしいな。寝床、藁束じゃないんだ、って思ったら、急に涙が……」
「……苦労してるんだね、あんたも」
ぽんぽん、と才人の肩を叩くマチルダ。
その優しさが胸に染み入って、才人は澎湃と泣いた。異世界にやって来て、初めて泣いた瞬間だった。
<あとがき>
ルイズの心理描写の中に、柳也の方が年上であることを示唆する文章がありましたが、お分かりですよね? 原作の「永遠のアセリア」がそうだったように、アセリアAnotherの登場人物である柳也も、一八歳以上なんですよ(笑)。
どうも読者のみなさん、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、まっことありがとうございました! 今回の話は、いかがでしたでしょうか?
今回の話は原作三巻でいうところの、第二章にあたるパートでした。前話の内容がアレでしたから、久しぶりに人物同士のやり取りを書いたような気がします。いやぁ、楽しかったなぁ。難産だったけど。
さて、次回からしばらくは原作「ゼロの使い魔」にはないオリジナルの展開を考えています。具体的には、タルブ戦に備えたパワーアップ計画ですね。戦力と、人間関係の双方を強くしていきたいと考えております。
次回もお付き合いいただければ幸いです。
ではでは〜
<おまけ>
アイス・ブラスター。この物語を本話まで読んでくれている方はもうご存知かと思いますが、我らが主人公、桜坂柳也が習得している神剣魔法の一つです。マイナス一五〇度の冷凍光線を目標に浴びせ、対象の持つ熱量を奪うこの魔法は、作者的にも使い勝手がよく、物語の要所々々で活躍させています。今回のおまけでは、このアイス・ブラスターについてちょっと考えてみたいと思います。
そもそもタハ乱暴がアイス・ブラスターの魔法を登場させたのは、永遠のアセリアAnother本編もEPISODE:43のこと。ここいらで柳也にも格ゲーでいうところの飛び道具を持たせたいなぁ、と思ったタハ乱暴が、色々考えた末に選んだのが冷凍光線でした。
冷凍光線といえば、アニメや空想特撮の世界ではわりとポピュラーな能力だったり武器だったりしますが、意外と主人公の技や武器として登場することが少ない。タハ乱暴の知る限り、マジンガーZと闘将ダイモス、未来戦隊タイムレンジャーの例が僅かにあるだけです。他に冷凍光線を武器にする連中といえば、「ゴジラVSデストロイヤ」に登場するスーパーX3だったり、「ウルトラQ」のペギラだったりと、たいていは脇役・敵役ばかりです。そういう意味でも、主人公の武器として読者の意表を衝けるかな、と思い、かくしてアイス・ブラスターは生まれました。
こうして生まれた主人公の飛び道具アイス・ブラスターですが、ちょっと疑問に思ったのはゼロ魔刃のEPISODE:43で、柳也がティラノサウルスのスーを神剣魔法で氷漬けにしたシーンを書いてしばらく経ったある日のこと。この場面、本編執筆中はすごくノリノリで、科学的な考証とか一切無視してやっていたわけですが、冷静に考えてみると、「これ、柳也とんでもないことしてねぇか?」と、思ったわけです。
EPISODE:41の<おまけ>で明らかにしたように、スーちゃんの体重は一〇トン超。恐竜の身体の構成について、タハ乱暴は詳しいことを知りませんが、仮に人間と同じで三分の二が水分だとしてもそれだけで七トン。この七トンの水分を氷結させるだけでも、莫大なエネルギーを奪わねばならないはずです。それを、スーちゃんが口を開いて、閉じるまでの僅かな一瞬の間に行っちまった柳也……はたして彼のアイス・ブラスターとは、いったいどれほどの威力なのか? この神剣魔法を思いついた段階ではまったく考察しなかった点、ちょっと考えてみました。
そもそもビームで物質の温度を下げることは可能なのか? ビームなんてものを浴びせた暁には、物質は加熱されるばかりで、エネルギーは奪われるどころか、増大する一方なのではないか? 先に結論を述べますと、可能なんです。これが。
今回、アイス・ブラスターの威力を考えるにあたって、タハ乱暴は『そもそも冷却とは何ぞや?』ということから調べました。すると意外や意外、二〇〇九年の段階でレーザーによる急速冷凍の実験に成功したとの記述を、「日経サイエンス」の中に見つけました。ただ、レーザービームを使った冷却方法は、整えねばならない条件があまりに多く、戦いの場で使う兵器としての実用性は低そうです。
ビームを使った冷却は可能だが、実戦的ではない。となると、アイス・ブラスターはどうやってスーちゃんを氷漬けにしてしまったのか? 文系大学出身のタハ乱暴の頭では、どう考えても良い案が浮かびません。
というわけで、どうやって物質を冷却するか、という方法論については、一旦棚上げしましょう。なんとなればアイス・ブラスターは魔法ですから。科学では解明の難しい“ファンタジー”という言葉で片づけてしまいましょう。今回の考察対象は、あくまでアイス・ブラスターの威力です。方法論については、深く考えないことにします。
ではいよいよ本題です。体重一〇トン超のスーちゃんを氷漬けにしてしまった柳也のアイス・ブラスターとは、いったいどれほどの威力だったのか?
話をシンプルにするために、ここでは『スーちゃんの体重一〇・六トンのうち、三分の二の約七トンの水分を、アイス・ブラスターで氷結させた』と考えて、計算したいと思います。水の温度は人間の平熱三五度で考えます。
恐竜が進化して鳥になった、という説が登場して以来、恐竜が恒温動物だったのか変温動物だったのかについては激しい議論が交わされています。しかし、ここではそのあたりの事情も潔く無視して進めましょう。とにかく、三五度、七トンの水を、マイナス一〇度まで下げて氷に変えるために必要なエネルギーを考えます。ちなみにマイナス一〇度という数字は、動物の中には氷点下の環境でも、体内の水分を氷結させないメカニズムを持つ者がいるため(マイナス二度の南極海でもちゃぷちゃぷ泳いでいる魚など)。
液体が個体へ凝固するときの温度を凝固点といい、凝固点にいたるまでに必要な熱エネルギーのことを凝固熱といいます。必要なエネルギー、と書きましたが、これは喪失するエネルギーとも言い換えられます。つまり、『一〇〇グラムの水からこれだけのエネルギーを奪えば、温度はこれだけ下がる』ということです。
凝固熱を算出する公式は、『凝固熱=比熱×質量×温度変化』で求められ、凝固熱自体は一グラムあたりジュールで表すことが出来ます。比熱とは、熱しやすさ冷めやすさのことで、一般に水は四・二、氷は二・一といわれています。温度変化の幅は、三五度をマイナス一〇度まで下げるわけですから、四五度。かくして数字は出揃いました。早速、計算してみましょう。
● 三五度の水が氷になるまでに必要な凝固熱
4.22(水の比熱)×7,000,000(質量=g)×35(温度変化)=1,033,900,000(凝固熱=J)
● 〇度の氷を、マイナス一〇度まで下げるのに奪わねばならないエネルギー
2.10(氷の比熱)×7,000,000(質量=g)×10(温度変化)= 147,000,000(凝固熱=J)
● 三五度、七トンの水を、マイナス一〇度まで下げるのに奪わねばならないエネルギー
1,033,900,000+147,000,000=1,180,900,000(J)
……正直、この結果は予想外でした。ビックリです。柳也、お前は四捨五入して一二億ジュールもの熱量を奪っていたというのか!?
しかも上記の式で計算しているのは、あくまで水分を冷やすのに必要なエネルギーのみ。生体を構成する鉄やカルシウムといった他の元素から奪うエネルギーについては一切無視して、この数値です。
物体から一〇〇ジュールの熱エネルギーを奪うためには、どんなに高効率なシステムを用いたとしても同じく一〇〇ジュールのエネルギーを投入する必要があります。仮に柳也のアイス・ブラスターが最も高効率な一対一だとすれば、投入したエネルギーもまた約一二億ジュール。しかもこれは、スーちゃんが口を開いた僅か一瞬の間に出力されたものでした。
EPISODE:41を読み返してみましょう。マナの消耗著しい柳也は、これ以上生命力の無駄遣いは出来ないと、スーが口を開けて自分を飲み込もうとする瞬間を狙って、口腔内にアイス・ブラスターを叩き込みました。顎の開閉に要する時間が〇・一秒だとすれば、我らが主人公はそれよりも短時間で、七トンの水を氷結させてしまったのです。要した時間が〇・〇五秒だったすれば、一秒間出力した際の総エネルギーは、約二四〇億ジュール。馬力に換算すると、約三二〇〇万馬力の仕事率となります。
三二〇〇万馬力! 鉄腕アトムの一〇万馬力、マジンガーZの六五万馬力を大きく上回る、この数字! しかもこれは、考えられる最低の数値なのです。
三二〇〇万馬力がどれほどの出力なのか。数字が大きすぎて、ピンとこられない方もいるかと思われます。タハ乱暴自身、数字だけ聞いてもわけがわかりません。なので、この巨大な数字を少しでも身近に感じられるよう、別の数字をいくつか挙げましょう。
東日本大震災が起こる以前、日本国内で年間に発電される総電力量は三九五〇兆キロワットでした。これを一秒間当たりの仕事率に変換すると、一億七〇〇〇万馬力。なんと柳也一人を馬車馬のようにこき使えば、日本が一年間で必要とする電力の約一九パーセントを確保出来てしまうのです。別な言い方をすれば、日本の一般家庭約七八〇万世帯の消費電力を賄えてしまう計算です。
また、柳也がアイス・ブラスターを発射するときの要領でマナを膂力の強化のみに全力投入した場合、彼は一〇〇万トン重の重量物を一秒でリフトアップ出来る計算になります。数字だけみれば、昭和ゴジラを五〇頭、あるいは戦艦大和を一五隻持ち上げられることになります。
さらには、タハ乱暴が敬愛してやまない柳田理科雄先生の著、「空想科学読本2」によれば、全盛期のジャイアント馬場は二・二馬力の腕力を誇ったとされています。つまり柳也が全力でぶちかましをすると、一四五〇万人のジャイアント馬場が一斉にぶちかましをしたときの威力に相当してしまうわけです。
やや駆け足で数字を挙げましたが、三二〇〇万馬力の凄さが、お分かりいただけましたでしょうか? ……え? 単純にTNT換算すればよかったんじゃないかって? それじゃあ面白くないでしょう?
タハ乱暴はアイス・ブラスターという神剣魔法を、あまり深く考えることなく世に送り出しました。しかし数字だけ見ると、あの魔法、実はとんでもない大事件だったわけです。さらにいえば、そんな魔法を使えてしまう、三二〇〇万馬力のパワーを持つ柳也を、タハ乱暴は第七位の神剣士として設定しました。
さてそうなると、万人の脳裏に思い浮かぶのが、『じゃあ第五位の瞬はどれくらい強いのか?』という疑問ですな。
瞬の最強技といえば、原作アセリアにも登場したオーラフォトン・レイです。タハ乱暴はこの神剣魔法を、『核爆発にも匹敵するエネルギー』などと描写しました。EPISODE:47の<あとがき>で書いたように、この描写はタハ乱暴なりに色々と考えた末のものですが、ここでは長崎に落とされた原子爆弾ファットマンを想定して書いています。ファットマンが爆発したときの総エネルギーは、TNT換算で二〇キロトン超。これをジュールに直すと、八四兆ジュールにもなります。なにやらとんでもない数字が出てきましたが、下手なエターナルよりも強い守護者を撃破するほどの火力となると、“最低”でもこれぐらいは必要かと思われます(むしろこれでも足りない気がする)。
EPISODE:47で瞬はこの八四兆ジュールのエネルギーをたっぷり十分かけて用意しましたが、これはリザードマン達の精神を支配していたから出来たこと。神剣の精神干渉に対して抵抗力を持つ相手(たとえば悠人や守護者アレタスなど。しかもこいつらは総じて動きが速い!)との戦闘で用いるとなると、最低でも〇・五秒ぐらいで用意してほしいところです。かくして、瞬が一秒間に出力出来るエネルギーは一六八兆ジュールとなり、仕事率は約二三〇〇億馬力となります。我ながら乱暴な計算だなぁ、とは思います。ハイ。
二三〇〇億馬力とは、どれほどのパワーなのか。先ほどの例でいえば、瞬は一人で日本中の発電所がフル・パワーで稼働したときの一三五〇倍の仕事率を発揮することが出来、一秒で約七七億トン重をリフトアップし、ジャイアント馬場一〇〇〇億人以上が一斉にぶちかましをしたとき以上の破壊力を持つ、ということになります。馬場さんが一〇〇〇億人以上……全人類がジャイアント馬場になっても敵わないというのか!? 瞬たった一人に!
ところで、ジャイアント馬場一〇〇〇億人以上のぶちかましとはどれほどの威力なのでしょう? 講談社ブルーバックスの「いつ起こる小惑星大衝突」によると、一キログラムの岩石を砕くには、一〇〇ジュールのエネルギーが必要なそうな。ということは、瞬のぶちかまし(=馬場さん一〇〇〇億人超によるぶちかまし)は一六億八〇〇〇万トンもの岩石を砕くことが出来る計算になる。一七億トンの岩の塊を砕く……富士山の質量が推定八〇〇〇億トンだというから、瞬が四七〇回ぶちかましをすれば、富士山は消滅するわけか……一日あれば余裕だな。地球がピンチだ!
これだけのパワーを持っている瞬や柳也。そしてそれだけのエネルギーを、周囲への被害は最小に留めながら、敵に対する破壊力としてのみ行使出来る永遠神剣。XUSEが作ったリーサル・ウェポンは、タハ乱暴の想像をはるかに上回る武器だったわけです。柳也はたしかにタハ乱暴のオリキャラですが、瞬はやっぱり、リアルで考えてもこれぐらいの力は持っていそうです。
ということは、第三位のエターナル達の力を描写する際に、タハ乱暴がよく使っている『星をも砕く〜』っていう表現は、あながち間違いじゃなかったわけだ。うん。これは自分でも、びっくりでした。
<おまけ、その二 「その頃のあなざー・えとらんじぇ」 >
「いいか勘違いするなよ。僕はべつに、お前達のためにこの井戸を掘ったわけじゃない。これから僕も暮らしていくこの村の環境を、少しでも快適なものにするために掘ったんだ。僕自身の快適な生活のためだ。決して、お前達のためじゃない」
「うん。分かったわ、シュン。ありがとうね、井戸」
「だから勘違いするなと言っている」
「シュンお兄ちゃん、ありがとー」
「だから勘違いするなと……」
【サンキュー、契約者】
「だから……」
かくしてウエストウッド村のインフラが整っていくのだった。
久しぶりにほのぼのと。
美姫 「やけに柳也が輝いて見えるわね」
戦闘の時とはまた別の生き生きとした柳也も久しぶりだな。
ルイズの心境の変化というか、自覚が芽生えたという感じの今回。
美姫 「柳也の意識が神剣少しでも乗っ取られたら、うん、面白……もとい、とんでもない事になりそうね」
あ、あははは。まあ、それはともかく、サイト改めて思うと……。
美姫 「ソファが寝床と聞いてあの反応を見せられたらねぇ」
さしものマチルダも同情したしな。
美姫 「さて、次回はちょっとオリジナルの展開って事みたいだけれど」
どうなるのか、楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。