ジョセフ・カーイン・ドーチェスターは、アルビオン大陸南部に領地を持つ下級貴族の一人だった。一応、爵位を有してはいるものの、最下級の男爵にすぎず、またアルビオンに数いる男爵の中でも、特に所領の低い貴族だった。先代から引き継いだドーチェスターの領地は狭いだけなく痩せた土地で、しかも農耕に適した平地がほとんどないという過酷な土地だった。所領から得られる年収は約二十万エキューで、動員兵力は三〜五〇〇程度が限界だった。
そんな弱小勢力であるがゆえに、ドーチェスター卿は、今回の内乱で王党派に付くか、貴族派に付くか、ニューカッスル城への攻囲戦が始まる直前まで判断に迷ってしまった。
弱小勢力たるドーチェスターの領地を守るためには、付くべき主は慎重に選ばねばならない。仮に味方した陣営が敗北するようなことがあれば、所領の低い自分のような下級貴族は、真っ先に改易されてしまうだろう。それだけは避けなければ。
所領の喪失を恐れるドーチェスター卿は、どちらの勢力に付くかぎりぎりまで判断を保留し続けた。開戦当初は勿論のこと、王軍に対して反乱軍がはじめて決定的な勝利を収めた“レキシントンの戦い”の後も日和見を続けた。どっち付かずの態度は最終的に、反乱軍が王党派の軍をニューカッスルの城に追い詰めるまで続いた。
やがて反乱軍五万の軍勢がニューカッスル城を取り囲んだとき、ドーチェスター卿はようやく重い腰を上げた。
なけなしの兵力四〇〇とともに反乱軍のもとに駆け付けた彼は、その場で総司令官に忠誠を誓った。
しかしその頃にはもう、ドーチェスター軍が活躍出来る場はすでになく、ドーチェスター領の戦後は決まったも同然だった。所領の加増は一切なく、爵位の昇格もない。さすがに改易はされないだろうが、遅参を理由に領地の大幅な没収は確実だった。
事ここに至って、ドーチェスター卿は大いに慌てた。自らの優柔不断が招いた現状にも拘らず、彼はこの未来を嘆き、嫌った。
ドーチェスター卿は最後の決戦ではなんとしても戦功を上げなければと思い悩んだ。それも、遅参の罪を帳消しに出来るような、大きな戦功を。
ドーチェスター卿は考えた。僅かに四〇〇ぽっちの手勢しか引き連れていない自分に、責任ある任務が回ってくる可能性は低い。また、大幅に遅参した自分を、総司令官は信用していないだろう。重要な局面でドーチェスター隊が投入される公算も低い。
ただ待っているだけでは、戦功を示す機会はやってこない。自分達から積極的に動かなければ。しかし、四〇〇程度の小兵力では、やれることには限界がある。
さてどうしたものか、と考えあぐねているうちに、時間は刻々と過ぎ去っていった。
そしてついに、反乱軍総司令官オリヴァー・クロムウェルの名の下に、最後の降伏勧告と、それを蹴った場合の総攻撃の予告がニューカッスル城に通達された。王軍は当然のように降伏勧告を蹴り、ニューカッスル城への総攻撃は、翌日の正午と決まった。
この報せを聞いて、ドーチェスター卿は「これぞ天佑だ!」と、叫んだ。すなわち、戦功を示す良い方策が思い浮かんだのである。
ドーチェスター卿が考え付いた作戦……それは、正午の一斉攻撃を前に、抜け駆けをすることだった。
正午に総攻撃があると思い込んでいる敵の虚を衝き、備えが不十分なところを叩く。この奇襲作戦が成功すれば、僅か四〇〇の手勢でも、十分勝機はある。なんといっても、王党派の残存兵力はドーチェスター隊にも劣る、たった三〇〇でしかないのだから。ドーチェスター卿はそう考えた。
勿論、抜け駆けは立派な軍令違反だ。ましてや今回のケースは、総司令官の名前を前面に押し出しての総攻撃宣告を破るわけだから、戦後処罰の対象になるのは免れられない。しかし、首尾よくニューカッスル城を陥落させれば、軍令違反の罪も、遅参の罪も、帳消しに出来るはずだった。
岬の突端に築かれたニューカッスル城への進軍ルートは主に二つ。正面から堂々攻め入るルートと、背後の崖側から飛行船を使って攻め立てるルートだ。この二つの進撃路には、それぞれメリットとデメリットがあった。
前者のルートの場合、メリットは大兵力を一度に展開しながら進軍することが出来る、ということだ。ニューカッスル城の正面は開けた平地で見通しよく、地障が少ないことから、万単位の大軍を同時に展開することが可能だった。
反面、開けた地形で見通しが良いということは、ニューカッスル城側からすれば、警戒がしやすい、ということでもある。また、起伏の少ない平地は、空堀や各種のトラップの設置が容易、ということでもある。大軍を率いての進軍が可能な一方で、危険の大きな進撃路と言えた。
後者のルートから攻め込む場合のメリットは、崖側から接近だけに敵の警戒が薄い、と予想されることだ。仮に見つかったとしても、ニューカッスル城からでは有効な迎撃は難しい。昨日までの砲撃で、城の主要な砲台は潰してある。軍艦の防御力ならば、何なく接近出来るだろうと予想された。
その一方でデメリットは、一度に投入出来る兵力を少なくせざるをえないということだ。一度に投入出来る部隊数と兵力は、使える飛行船のペイロードに左右される。
どちらの進撃路から攻め入るか、ドーチェスター卿は迷わなかった。
もとよりわが兵力は僅か四〇〇の小規模なもの。正面から攻め込んだところで、メリットは薄い。また、反乱軍とのいち早い合流のために、彼は自前の飛行船を使って兵を戦場に持ち込んでいた。飛行船は、まだこの戦場近くの港に停泊している。
ドーチェスター卿は、迷わず崖側からの進撃ルートを選んだ。
彼は密かに前線から離脱すると、戦場からほど近い港に泊めておいた飛行船に、兵達とともに乗り込んだ。
飛行船に乗り込んだドーチェスター隊四〇〇人の中に、重装歩兵の姿はなかった。重装歩兵は装備を揃えるのにカネのかかる兵科だ。所領の狭いドーチェスター卿に、重装歩兵部隊を整備するだけの財力はなかった。
代わりに、ドーチェスター隊の主力を務めるのが三〇〇人の軽歩兵だった。メイン・ウェポンは投槍で、補助の武器としてショートソードを腰から吊るしている。身を守る防具は、縦に長い楕円形の盾の他には、革製の胴鎧のみという装いだ。
残る一〇〇人のうち、九〇人は射撃部隊だ。これまた、カネのかかる小銃は装備しておらず、全員がクロスボウを装備していた。現代のボウガンの、ご先祖様のような武器だ。弦の強さや発射器のサイズによって性能は大きく異なるが、だいたい、最大射程は三〇〇メートル、発射速度は一分間に一発が限度だった。
最後の一〇人は、ドーチェスター卿自身も含めたメイジの部隊だ。内訳は、ドット・メイジが六名に、ラインのメイジが三名、トライアングルが一名。ドーチェスター卿自身は、ライン・メイジだった。
抜け駆け攻撃開始の時間は、夜明け直前に決まった。
ドーチェスター家に仕えて長い、モーガン・ガドウェインからの提案だった。ガドウェイン自身は、抜け駆け攻撃そのものに反対の立場だったが、どうしてもやるならば、この時間を置いて他にはない、ということだった。ガドウェインは、ドーチェスター領の軍事の一切を取りまとめる立場にある男だ。卿は、彼の言葉に従って、攻撃開始の時刻を決めた。
◇
海岸線という言葉は一般に、海と陸との境界線の意味で使われる言葉だ。
しかし、浮遊大陸アルビオンにおいては、海岸線という言葉は陸海の境界線のみならず、陸地と空との境界線の意味でも使われる。アルビオンでは、陸地の向こうは海ではなく空、という地形が少なくなくない。そこで、陸地と、周りの空との境界線を示す言葉が必要となった際に選ばれたのが、海岸線、という言葉だった。
切り立った崖の海岸線に沿って、一隻の飛行船が、時速八ノットという低速で航行していた。羽飾りを除いた船幅が全長の半分ほどもある、ずんぐりとした丸船の飛行船だ。陸地からは死角になるように、雲よりも下、崖の下方を進んでいる。
輸送艦“ジャクソン”号。元は民間の商船だった船をドーチェスター卿が買い取り、軍艦としての小改修を施した船だ。船籍は勿論、ドーチェスター家に属している。卿は、この船に乗って、ニューカッスルの反乱軍と合流したのだった。
ジャクソン号は、全長が九七メートル、羽根を除いた船幅が最大で五〇メートルという、この世界の飛行船としては比較的大柄な船体を持つ船だった。商船時代には小麦を運ぶ輸送船として使われた経歴を持ち、単に巨大なだけでなく、輸送艦の性能を評価する上で最も重要なペイロードに関しても十分なものがあった。ジャクソン号は、船員とは別に完全武装の重装歩兵五〇〇人と、彼らの五日分の兵糧を一度に運べるだけの性能を有していた。
もっとも、輸送艦としては優秀なジャクソン号だが、原型が商船だっただけあって、揚陸作戦を遂行する能力は持っていなかった。乗り込んだ兵達は、戦場の少し手前で船から降りて、あとは自力で歩かねばならない。
ジャクソン号の広い甲板上には、四〇〇名になんなんとする武装した兵達が整然と並んでいた。言わずもがな、抜け駆け攻撃を目論むドーチェスター隊の兵士達だ。勿論、末端の人間に過ぎない彼らは、自分達の行動が抜け駆けだとは思っていない。彼らはみな、自分達は反乱軍総司令官の命令に従って、ニューカッスル城に薄暮攻撃を仕掛けるのだ、と信じていた。
甲板上に集まった兵達の視線は、等しく一人の人物に向けられていた。
茶褐色のマントを羽織った、四十代半ばと思しき黒髪のメイジだ。一七五センチ近い長身の持ち主だが、背丈に反して肩幅は狭く、体格は小柄だった。言葉を飾らずに表せば、痩せっぽっちだ。この、中年のメイジこそが、ジョセフ・カーイン・ドーチェスターその人だった。
黒髪のドーチェスター卿は、兵達の列と向かい合う形で立っていた。奇襲の前に、作戦の最終確認と、兵達への訓示をするためだ。なお、訓示の内容は、抜け駆け攻撃を思いついた三〇分後にはもう、原稿が出来ていた。
「……勇敢なるドーチェスターの戦士達よ、これよりわが隊は、レコン・キスタ総司令官オリヴァー・クロムウェル閣下の命に従い、ニューカッスル城に対して奇襲を仕掛ける。敵軍は、我々が正午に攻めてくると思い込み、いまの時間帯は油断しきっていることだろう。そこを我々ドーチェスター隊が衝くのだ。
不意を衝かれた敵はわが隊の猛撃の前に、なす術なく屍を晒すだろう。アルビオンの王軍、恐るるに足らず!
諸君! 勇敢なるドーチェスター隊の戦士達よ! この私に、君たちの力を貸してくれ!」
総司令官の名前を勝手に使った大胆不敵なドーチェスターの訓示が終わると、続いて彼の隣に控えていた壮年のメイジが前へと出た。
卿と同様、茶褐色のマントを羽織った、五〇代前半の男だ。二メートル近い長身に相応しい大柄な体格の持ち主で、筋骨隆々とした上半身を鎖帷子で覆っている。その背には、鞘に納められた巨大な刀剣の姿があった。全長二メートル近い両刃のツゥ・ハンド・ソードだ。一歩、また一歩と前へ進み出るその所作からは、大剣の重みを煩わしがっている様子はまったくない。
顔には、歴戦の猛者の証たる刀傷が斜めに走っていた。後退した白髪頭は、加齢のためではなく、いくさ場に長く身を置いてきたためと思われた。
モーガン・ガドウェイン、五四歳。
曽祖父の代よりドーチェスター家に仕える、下級貴族だ。優れた武勇の持ち主で、ドーチェスター家の軍事・治安維持の一切を取り仕切る人物だった。今回の抜け駆け攻撃では、実質的な指揮を執る立場にある。
卿に代わって兵達の前へと出たウェイガンの目的もまた、兵達への訓示だった。といっても、長々と弁舌を振るうつもりはなかった。兵達はすでにドーチェスター卿の訓示を聞いている。これ以上、兵達の緊張の時間を長引かせるつもりはなかった。
「ゆらい、戦勝は人の和から生まれ、人の和は相互扶助の精神より生まれる。隣の戦友の顔をよく見ておけ。その戦友が、お前達の命を守ってくれる。だからお前達も、戦友の命を守れ。仲間のために、全力を尽くせ。……以上をもって、本職からの訓示とする」
ガドウェインの訓示が終わったちょうどそのとき、見張り員が頭上にニューカッスル城の姿を捉えた。
ドーチェスター卿は直ちに速度を落とし、浮上を始めるよう命令した。崖の真下から一気に上昇し、敵の驚く隙を衝いて、城の裏庭に上陸する作戦だった。
ジャクソン号はゆっくりと速力を絞っていく一方、急速に上昇していった。
いよいよ攻撃は間近と知って、甲板上の兵達は慌ただしく動き始めた。
繰り返しになるが、輸送艦のジャクソン号に揚陸作戦を実施する能力はない。港以外の場所への上陸に際しては、小型のカッターを使う必要があった。カッターとはいうものの、小型の動力装置を積み込んだ飛行船で、短艇というよりは、内火艇に近い代物だ。
兵達はカッターの準備に努めた。
ジャクソン号に艦載されているカッターは、操縦に機関士と航海士の最低二人を必要とし、一度に十人の兵を運ぶことが出来た。最高飛行速度は時速九ノットで、ジャクソン号には六艘が積まれている。
上陸作戦は、まず軽装歩兵隊六〇人が第一陣として一斉にカッターに乗り込み、弓兵部隊の援護の下、ニューカッスル城の裏庭へと上陸する。第一陣の上陸後、六艘のカッターは直ちにジャクソン号へと引き返し、また弓兵部隊の援護の下、軽歩兵六〇人の第二陣をニューカッスル城へと運び入れる。同様の手順を繰り返し、主戦力たる軽歩兵三〇〇人を最優先で敵地へと上陸させる。然る後、弓兵部隊九〇人とドーチェスター卿を含むメイジ一〇人を上陸させる計画だった。
作戦の鍵は迅速な行動だ。抜け駆け攻撃を成功させる上で、カッターの正常な作動は絶対条件だった。万が一にも、肝心なときに使えない、などということがあってはならない。
船を買う時に同時に雇った水夫達は、これから使うカッターに不備がないか、入念なチェックを繰り返した。
そうした最後の準備を進める間にも、ジャクソン号は、ぐんぐん、高度を上げていく。
「ガドウェイン、此度の戦だが、歴戦のお前から見てどうだ? わが隊は、勝利を収めるまでに、どの程度の被害を出すだろうか?」
一向に頂上の様子が窺えぬ崖を見上げながら、ドーチェスター卿が呟いた。
抜け駆け攻撃では味方部隊の援護は期待出来ない。勝利の代価となる損害が甚大なものになるのは必至だった。はたして、自分はどれほどの出血を覚悟せねばならないのか。
いざ合戦という直前になって、ふと気になったドーチェスターはかたわらのガドウェインに訊ねた。
ガドウェインは数多の戦場で傷を負った顔に難しい表情を浮かべた。
「……閣下。閣下はいま、わが隊の勝利を前提にお話ししましたが、それはちと、考えが甘いのではないか、と本職は思います。此度の戦、下手を打てば、わが隊が全滅する恐れさえありますぞ?」
「全滅だと?」
ドーチェスター卿は怪訝な面持ちで聞き返した。
「わが隊の兵力四〇〇に対し、敵の兵力は三〇〇だぞ? しかも、今日までの戦いで奴らは疲れ切っている。そのような相手に、苦戦こそすれど、全滅は大袈裟ではないか?」
「本職はそうは思いませぬ。たしかに、兵の数ではわが方が勝っております。閣下のおっしゃった通り、敵は疲れていることでしょう。しかし、この三〇〇の兵ども、決して侮ってよい相手ではありませぬ。
考えてもみてください。敗北に次ぐ敗北の果てに生き残った敵兵三〇〇。しかしこれは、実戦というふるいにかけられて生き残った、選び抜かれた精兵達とも言い換えられます。事実、奴らは我々レコン・キスタ五万の大軍に攻囲されて十数日間耐えきっているではありませんか? 加えて、もはや後のない彼らは、捨て身で戦うことが出来ます。
他方、わが隊は反乱が起こってから一度も実戦を経験しておりませぬ。反乱の勃発後に徴兵した者がほとんどで、訓練も不足しております。
片や経験豊富で選りすぐりの益荒男三〇〇。片やつい先日まで槍ではなく鍬を振るっていた、実戦を経験したことのない四〇〇。僅か一〇〇の兵力差は、決して優位にはなりえませぬ」
ガドウェインが抜け駆け作戦に反対したのは、つまるところそれが理由だった。クロムウェル総司令官の名前に泥をつけてしまう負い目以上に、あまりにも勝算が薄すぎた。
「ニューカッスル城の天守が見えましたー!」
ドーチェスター卿がガドウェインの言葉に何か言い返そうとしたその時、見張りの兵が大声で叫んだ。
見上げると、切り立った崖のてっぺんに、円錐の屋根が映じていた。
ニューカッスル城の姿を認めるや、ガドウェインはひとつ頷いて、兵達に指示を飛ばした。
「カッターの準備をせよ。弓兵隊はクロスボウの準備を!」
矢の発射を人力に頼らないクロスボウは、練度の低い兵でも強力な一矢を遠くまで飛ばすことが出来る。しかし反面、矢の装填には時間がかかり、よく訓練された兵でさえ一分間に一発が限界とされていた。
敵の姿が見えてから矢をつがえるでは遅すぎる。
ガドウェインは視界に映じるニューカッスル城の外観が小さいうちに装填を命令した。
弓兵部隊が準備を進める一方で、上陸第一陣の軽歩兵部隊もカッターへの乗船を始めた。機関士が動力装置に“風石”を詰め、出力を調整する。
六艘すべてが正常に稼働したのを認めて、ガドウェインは視線をニューカッスル城へとやった。その時にはもう、城の全容が見て取れるほどに、高度を上げていた。
崖の下から、ぬぅっ、とジャクソン号がその巨体を露わにした。
舷側に立ったガドウェインはこれから上陸する裏庭へと視線を落とした。いかに裏庭方面の警戒が薄いといっても、見張り台くらいはあるだろう。上陸後の最優先目標だ。最初に位置を確認しておきたかった。
裏庭に視線をやったガドウェインは、次の瞬間、顔を硬化させた。
裏庭には、たしかに見張り台が一つ置かれていた。しかしそれ以外にも、裏庭には人影が見て取れた。数は三人。突如として姿を見せたジャクソン号を前にしても驚いた表情一つ浮かべず、真っ直ぐにこちらを睨み上げている。
奇妙な三人組だった。若い男が二人と、同じく、若い女が一人。男の方は二人とも、奇妙な意匠の衣服を纏い、女の方はローブを身に着けている。
三人組のうち、男二人は武装をしていた。背の高いの方の男は腰に鞘ぐるみの刀剣を差し、背には二メートルよりやや長いロング・スピアーを背負っている。他方、もう一人の男は、両手で抜き身のロングソードを携えていた。これらの武装から、彼らの好戦意欲が旺盛なのは明らかったが、どうも王軍の兵士には見えない。
――かといって義勇兵や傭兵の類にも見えぬ。いったいなんなのだ、あの異様な者どもは!?
ガドウェインは身の内から湧き出でる不思議な衝動にかられて、食い入るように三人の姿を見つめた。
理屈ではなかった。あの連中から、決して目をそらしてはならない。長年戦士として生きたガドウェインの本能が、そう警鐘を鳴らしていた。
そのうち、男の一人と目が合った。オリーブドラブの奇妙な服を纏った、背の高い大柄な男だ。炯々と輝く眼光が、ガドウェインを射抜く。
「貴公ら、いったい何者だ!?」
思わず、ガドウェインは叫んでいた。
舷側から身を乗り出し、腹の底から声を吐き出していた。
突然、声をかけられた男は、一瞬、きょとんとした後、口元に冷笑をたたえた。残忍で、好戦的な笑みだった。
「馬鹿三匹だよ」
永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー
ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃
EPISODE:38「開戦」
「俺が敵の指揮官なら、飛行船を使って崖側から攻撃をする」
城の武器庫からいくつかの武器を失敬した後、柳也はそう言って才人とマチルダを裏庭へと促した。
「いま、アルビオン王軍の目は、九割方が、正面の大軍五万に向けられている。背後の警戒は手薄だ。俺達の敵は、ほぼ確実にそちら側を衝いてくるだろう」
ここでいう俺達の敵とは、反乱軍五万の大軍勢のことではない。その中から出てくるであろう、少数の抜け駆け部隊のことを指している。
「ニューカッスル城の正面は道幅が広く、大軍が機動するのに十分な余積がある。その分、警戒も厳重だが、大軍を率いて攻めるのなら、こちら側から進軍した方が有利だ。けれど、俺達が相手取る敵は、抜け駆けをしようなんていう、少数兵力の部隊だ。警戒厳重な正面から攻め込めば、たちまち壊滅状態になってしまう」
「なるほど。敵の立場からすれば、勝機を見出すには、背後からの進軍しかない、ってわけだ」
「そういうことだ」
才人の言葉に頷いて、柳也は続けた。
「この城の背後は崖だ。そっちから攻めようと思ったら、飛行船を使うしかない。マチルダ、この世界の飛行船って、大型の船でだいたいどれくらいの人数を運べるものなんだ?」
「……わたしは技術者じゃないから、なんとも言えないけど……そうだね。船を動かす人間を含めて、せいぜい一〇〇〇人が限界だろうね」
柳也はニューカッスル城に砲撃を加えていたロイヤル・ソヴリン級の巨体を思い出した。なるほど、たしかにあれだけの巨艦ともなれば、それぐらいのペイ・ロードはあるだろう。
ロイヤル・ソヴリン級は戦闘艦だというから、兵員や物資の輸送能力はないだろうが、仮にあのクラスの大きさで輸送艦ともなれば、七〜八〇〇人の輸送が可能と考えられた。
もっとも、これから戦闘が予想される敵は、抜け駆けなんて姑息な手段を使おうとする連中だ。さすがに、あのクラスの大きさの輸送船を持っているとは思い難いが。
――それでも、可能性としてマックス八〇〇人の敵と戦う事態を考慮しなけりゃならんわけだ。
こりゃきっついなぁ、とぼやいて、柳也は小さく嘆息した。しかし、その表情には、自分の決断に対する後悔などは微塵も浮かんでいない。
もとより、戦うことが何より大好きな柳也だ。また、ルイズの結婚式を守りたいという想いは、彼の心から恐怖や後悔といった感情を取り除いていた。
――それにまぁ、俺一人だけじゃないしな。
才人とマチルダの顔を見る。頼もしい仲間達だ。こいつらと一緒に戦えると思うだけで、凛然と勇気が湧いてくる。
裏庭に出た。
ニューカッスル城の裏庭は、平時には練兵場として機能しているらしく、サッカー・グラウンドほどの広さがあった。見張り台が一つ、ぽつん、と置かれている。十メートルほどの高さの櫓で、コートを着込んだ兵士が一人、周囲の監視をしていた。
一つしかない見張り台を見て、才人が、「柳也さんの言った通りですね」と、呟いた。
「見張り台、一つしかないじゃないですか? いくらなんでも警戒が薄すぎるでしょ」
「……薄くせざるをえなくなっちまった、ってところだろうな。実際は。……ほら、あれを見てみろ」
柳也は裏庭の隅の方を指差した。
これまでの小規模な戦闘や、飛行船からの砲撃によって生じたものだろう、瓦礫が一か所に集められ、山を作っていた。瓦礫の中には、使えなくなった大砲の姿も見える。
「砲台やトーチカといった防御施設は、例のレキシントン号が全部潰していったんだろうな。よく見ると、見張り台もありあわせの資材で、急遽作った感がある」
昨日はレキシントン号による砲撃があった。もしかするとこの櫓は、つい数時間前に築いた物なのかもしれない。
見張り台を見上げていると、仕事中と兵士と目が合った。にっこり微笑んで、柳也は軽く手を振ってやる。兵士も愛想よく笑って、手を振りかえした。
「……さて、あとは結婚式が終わるまで、ここを確保し続けるだけだな」
「出来れば、誰も来てほしくないですけどね」
「いや、まったく。……けど、十中八九、来るだろうな」
「来るでしょうねぇ」
「小説だもんなぁ」
「小説ですもんねぇ。来ないと、まったく面白くない」
柳也と才人はしみじみ頷き合った。「なんてメタな発言だい」と、マチルダがぼやいた。
それからマチルダは、柳也にだけ聞こえる声で、彼の耳元で囁いた。
「いまの体調は?」
「絶好調! ……ごめんなさい。嘘です。絶不調です。だからその冷たい目をやめてマイ・バディ!」
会心の笑みとともに答えた柳也だったが、マチルダの冷たい視線に耐えかねて、彼は悲鳴を上げた。
マチルダは使い魔の男になおも冷たい眼差しを注ぎながら、
「わたし達の間で嘘や隠し事はなし、って、初めて一緒に寝た日に、言ったよね? 主人命令だ。正直に言いな」
と、鋭く囁いた。
柳也は諦めたように溜め息をついて、
「……神剣士として戦えるのは、フル・パワーで十二秒間が限界だ」
と、冷ややかに笑って応じた。
ご主人様の女は「そう」と、呟いて、瞑目した。
瞼を閉ざしたまま、彼女は続けて問う。
「ただの人としてのあんたは、どの程度戦える?」
「敵兵の練度にもよるが、よほど運に恵まれていて、三十人ってところか。……不運に恵まれりゃ、一人も殺せずに死ぬな」
マチルダは目を閉じたまま、もう一度「そう」と、呟いた。
◇
夜明けの瞬間が近付いていた。
浮遊大陸アルビオンでも、夜明けを告げるのは、水平線の向こう側から顔を覗かせる太陽だ。
朝焼けに燃える東の空を遠くに眺めながら、柳也達は裏庭での待機を続けていた。
と、不意に、柳也の表情が、「む?」と、硬化した。耳朶を叩く奇妙な風の流れ。
神剣の力を使っていなくとも、エトランジェたる柳也の五感は驚異の精度を誇る。その彼の聴覚が、聞きなれぬ、しかし聞いたことのある、機械の駆動音を拾った。
はて、どこで聞いた音だったか、と考えて、柳也は、はっ、とした。間違いない。この音は……!
「才人君、マチルダ、どうやら、やっこさんのお出ましのようだ。敵飛行船、この崖の下を航行中」
柳也は緊張した面持ちで二人に告げた。マチルダの錬金で作り出した同田貫を閂に差し、武器庫から失敬した槍を肩に担ぐ。
戦闘態勢を整えた柳也を見て、才人とマチルダも緊張した表情を作った。
「やっぱり来たかい」と、マチルダが小さく吐き捨てる。
「マーフィーの法則だな。来てほしくないものに限ってやって来るのが人生だ」
柳也は好戦的な冷笑を浮かべつつ、二人の顔を見た。
「ここに来る前に見たロイヤル・ソヴリン級よりも音が小さい。敵輸送艦は、おそらくイーグル号と同じか、それよりやや大きいぐらいだろう。……いま、浮上を開始した」
空気の流れが変わるかすかな音を拾って、柳也がまた言った。敵がやって来るのも時間の問題か。
柳也は見張り台の櫓を睨み上げると、腹の底から絶叫した。
「気を付けろ! 敵が来るぞ―――――――ッ!!」
櫓の上で、見張りの兵士が、ぎょっ、とした表情を浮かべるのが見て取れた。
懐から単眼の望遠鏡を取り出し、周囲を見回す。
「崖の下だ! 飛行船の音が下から聞こえたッ」
「何も見えないし、何も聞こえないぞ!」
「俺は人より耳が良いんだ! 数は一隻。おそらく輸送艦だろう。気を付けろ。たぶん、崖下の死角から一気に浮上して襲いかかる作戦だ!」
「しかし、敵の攻撃は正午からのはずだが……」
「大方、功を焦った抜け駆け部隊だろう……その程度の連中の統率も出来ないなんてな。こりゃ、貴族派に先はねぇな!」
アルビオン人の兵士の手前、柳也は豪気に笑ってみせる。それから彼は、見張りの兵士に警鐘を鳴らすよう言った。
崖の下より聞こえてくる音から察するに、敵船とはまだ距離がある。いまのうちならばまだ、警鐘を鳴らしても敵には聞こえないはずだった。敵に気取られることなく、迎撃態勢を取ることが出来る恩恵は大きい。
伝えるべきことを伝え終えた柳也は、裏庭の中央まで移動した。いざ敵が現れた際には、自らが囮になって敵を引き付ける気構えで腕を組み、仁王立ちする。その気迫凛然たるや、出番を控えた闘牛を思わせるものがあった。
ズシリ、と肩に重みを感じた。腕を組んだまま肩に担いだ、槍の重みだ。
柳也が武器庫から失敬してきた槍はいわゆるロング・スピアーに分類される槍だった。その名の通り、鉾槍に分類される武器の中でも長大な全長を持つ槍だが、柳也の担ぐ槍は、全長二・三メートルとロング・スピアーの中でもいささか小ぶりな代物だった。
ただし、その重量はヘヴィー級だ。
柳也は武器庫に保管された槍の中でも、特に重い物を選んで手に取っていた。
重い、ということは、頑丈な造り込みをしている証左だ。実際、肩に担いだロング・スピアーは、柄を何条もの鉄をたばねて作っていた。
頑丈な造り込みで知られる同田貫を普段から愛用する柳也だ。彼は刀以外の武器にも、頑丈さを求める傾向があった。
勿論、槍には〈決意〉の一部を寄生させて、強度を上げている。
柳也に習って、マチルダと才人も裏庭の中央へと移動した。
耳膜を叩く飛行船の音は、やがて才人達普通人の耳朶をも打つほどに大きくなっていった。
飛行船の接近する音が大きくなるにつれて、柳也は己の胸が際限なしに高まっていくのを自覚した。
まったく困った性だと、苦笑するほかない。こんな状況にも拘らず、己の魂は、この先に待つ戦いを期待しているのか。自身に対する呆れから、柳也は思わず笑ってしまった。
岬の突端から、マストの最上部が飛び出した。
そうかと思った次の瞬間、ずんぐりとした丸船が、ぬぅっ、と崖の下から姿を現した。敵の飛行船だ。形状から察するに、やはり輸送艦か。左舷側をこちらに向けながら、上昇を続ける。
やがて船は、ぴたり、と空中で静止した。
船首に何やら文字が書かれているが、柳也には読めない。
「ジャクソン号……」
柳也の隣で、マチルダが呟いた。船首に書かれている文字を読んだようだ。どうやら船の名前らしかった。艦名を船首部分に刻むのは、どこの世界でもお約束なのか。
舷側に、人影が見えた。
遠目にも長身なのが見て取れる、壮年の男だった。鎖帷子の上に、マントを羽織っている。自身の身の丈ほどもある巨大な大剣を背負ったそのいでたちは、メイジというより戦士を思わせる装いだった。
男の顔面には、大小様々な傷跡がびっしりと刻まれていた。これまでに、いったいどれほどの戦場を潜り抜けてきたのか。顔中の傷は、彼の男が歴戦の猛者であること証といえた。
舷側には、件のメイジ以外に人影はない。自然、三人の視線は鎖帷子のメイジに集中した。
他方、舷側から裏庭の様子を見下ろすメイジの方もまた、その視線は三人に釘付けとなっていた。ランドマークとなりえるものをあらかた潰し尽くした裏庭では、他に見るものがないのか。油断のない視線を、真っ直ぐ柳也達に向けてくる。
「貴公ら、いったい何者だ!?」
壮年のメイジが、舷側から身を乗り出し、柳也達を見つめながら怒鳴った。
柳也は、ははあ、と得心した様子で頷いた。どうやら敵は、自分達三人が何者なのか判断しかねているらしい。
たしかに、いまの自分達の装いは、アルビオン王軍兵士の一般的な装備体系からはずれている。武器を持っているとはいえ、一見した限りでは、討つべき敵兵なのか、討てば不名誉になる非戦闘員なのか、判断に迷うところだろう。
鎖帷子のメイジの怒声交じりの質問に対して、柳也は即答を避けた。
自分達は何者か。難しい質問だ。正直にトリステインから来た人間だと口にすれば後々外交問題に発展しかねないし、かといってアルビオン王党派の人間だと偽るのも何か違う。異世人という答えは論外だ。到底、信じてはもらえまい。
さて、どう答えるのがいちばんよいか。
ふぅむ、と難しい顔をしながら顎を撫で、柳也はしばし黙考した。
それから彼は、ニヤリ、と冷笑を浮かべた。
不意に頭の中に浮かんできた、二文字の単語。いまの自分達三人を表現するのに、これほど相応しい言葉は他にない。
柳也は舷側に立つ壮年のメイジを仰ぎ見るや微笑した。残忍で、好戦的な笑みだった。
「馬鹿三匹だよ」
ご主人様の少女と、友人の結婚式を守る。ただそれだけのために、僅か三人で数百の敵を迎え撃とうとする馬鹿どもだ。それ以外に、形容の言葉が見つからなかった。
◇
冷笑を浮かべながらの柳也の言葉が、開戦の合図となった。
先に戦端を開いたのは、艦橋よりガドウェインと三人のやりとりを眺めていたドーチェスター卿だった。不意打ちによる早期決着を狙う彼は、状況が膠着するのを嫌って、弓兵部隊に命令を発した。
「ええいっ! グズグズしていたら、敵の増援を招くばかりだッ。敵はたかが三人。恐れることはない。弓兵部隊、一斉に矢を放て!」
「お待ちください、閣下ッ」
ドーチェスターの指示を耳にして、ガドウェインが慌てた声を発した。
敵はたしかに三人ぽっち。恐れるような数ではない。しかし、この敵はどこか得体が知れない。そもそも、敵かどうかさえ判然としない。
先手を取るのは戦の常道だが、この敵に対しては別だ。火中の栗を拾うようなもので、何の策もなしに手を出せば、大火傷を負うことになるだろう。
また、ドーチェスター卿は一斉射撃などと口にしたが、わが方の弓兵部隊が装備しているのはクロスボウだ。扱いに長けた熟練の兵士でさえ、発射速度は一分間に一発が限界とされる。一度射撃したら、次の一分間、敵に大きな隙を晒すことになってしまう。
――斯様に敵との距離が近い状況では、一分間の隙はあまりに大きい!
射撃をするにしても、時間差をつけて、間隔を開かないようにするべきだ。ガドウェインはそう考えた。
しかし、彼の制止の言葉は、僅かに一瞬、遅かった。
ドーチェスター卿の命令一過、弓兵部隊の抱え持った発射器が一斉に駆動し、九十本の矢が空へと舞い上がった。射角をめいっぱい取った、曲射射撃だ。
ガドウェインは舌打ちして、目線で矢の行方を追った。
九十人の弓兵達は、つい先日までその手に鍬を握っていた身の上だ。素人にちょっと毛が生えた程度の練度でしかなく、矢の散布界はかなり広くなると予想された。
――九十本のうち、真に脅威たりえるのは三割もあるまい。
ガドウェインは素早く判じて、舷側から裏庭の様子を見下ろした。
鋭く弧を描きながら飛んでいた矢が、最高高度に到達し、落下を始めた。
裏庭の三人に、その場から動く気配は見られない。襲いくる矢の雨を、まるで恐れていない様子だった。
ローブを身に纏った女が、懐から杖を取り出した。ガドウェインの顔の筋肉が、あっ、と硬化した。
ルーンを唱え、杖を振る。次の瞬間、三人の足下の地面が、突如として隆起し始めた。女の魔力に支配された土石が、瞬く間に土のドームを形成し、三人の頭上をすっぽりと覆う。
瞬時に形成された土のドームが、ぎらり、と輝いた。鉄の光沢だ。ローブの女が、“錬金”の魔法で土のドームの表面を鉄に変えたに違いなかった。
鉄のドームは、同じく鉄製の鏃をまったく寄せつけなかった。鉄の防御力は勿論のこと、ドームが傾斜しているから、矢を弾いてしまうのだ。
「気をつけよッ、敵の中に、メイジがいるぞ!」
ガドウェインは甲板上の弓兵部隊を振り返った。弓兵部隊のみならず、軽歩兵隊の面々も顔色が変わる。
直後、土のドームが轟音を上げて、内側から崩れた。
慌ててそちらを振り返ると、土のドームを蹴破って、巨大な土ゴーレムが姿を現した。身の丈十メイルになんなんとする、本当に巨大なゴーレムだ。右肩に、ローブの女を乗せている。そして、両の掌には、それぞれ槍の男と、剣の男を乗せていた。
嫌な予感がした。
ガドウェインは魔法で攻撃するべく杖を抜こうとした。
しかし、彼の行動はまたしても、僅かに遅かった。
裏庭の土ゴーレムが、両手に乗せた二人を宙へと放り投げた。
巨大な土ゴーレムの膂力をもって投擲された二人は、美しい弧を描きながら宙を舞い、やがて、ジャクソン号の甲板へと着地した。
十人のメイジを含む、四〇〇人の軍勢が蠢く戦場に。
四〇〇人のど真ん中に。
たった二人で、降り立った。
槍の男が、ニヤリ、と笑った。身の丈ほどもある槍を中段に構え、居並ぶ兵達を好戦的な眼差しで見回す。
「……ざっと三〇〇〜四〇〇ってとこか? 選り取り見取りだなぁ、こいつぁ」
その発言に、ガドウェインは慄然とした眼差しを二人の若者に注いだ。
四〇〇もの敵兵が乗っている船に、たった二人で乗り込む。一見した限りではあまりにも無謀な行為。あまりにも浅慮なる蛮行。しかしその実、作戦を実行した男の頭の中には、冷静な計算があることにガドウェインは気がついた。
狭い甲板の上では、兵力に勝るこちらの方がかえって不利だ。機動する地積がほとんどないし、同士討ちの危険から、クロスボウを始めとする強力な攻撃のほとんどに制限がかかる。他方、敵側からすれば、周りはほぼ敵だから、思う存分武器を振り回すことが出来る。まさしく、槍の男が言った通り、「選り取り見取り」の状況だった。
――この男、戦い慣れている。勝利は危険の中にこそ存在するという戦場の真理を、経験として知っている!
ガドウェインはそう直感した。
苦しい戦いになるな、と歴戦の勇者は武者震いをした。
<あとがき>
読者の皆様、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました!
今回の話は完全にタハ乱暴のオリジナル・エピソードでした。レコン・キスタなる組織は、どうも原作を読んだ限り、軍隊としてのまとまりに欠けた組織のように思えます。なんといっても、総司令官が一司祭に過ぎませんからね。実際、リアルに考えると抜け駆けとか、軍令違反は日常茶飯事だったのではないかと考え、今回のようなお話を作りました。ご満足いただけたでしょうか?
さて、次回はそのドーチェスター隊との決戦です。
抜け駆け攻撃によって急激に動き出す物語。
レコン・キスタ、王軍、馬鹿三匹、そしてあの男……。
次回もお付き合いいただければ幸いです。
ではでは〜
レコン・キスタ、完全に一枚岩じゃない感じだしな。
美姫 「当然ながら今回のように巧を焦る者が居ても可笑しくはないわよね」
寧ろ、一人で済んでいる分ましかもな。
美姫 「とは言え、絶好調じゃない柳也にとっては四百はやっぱり脅威じゃないかしら」
さてさて、どうかな。
美姫 「早速、続きを読まないとね」
だな。