ジェームズ一世が口にした二人きりで話せる場所とは、王の居室だった。

 老王に誘われるがままにマチルダが入室した部屋は、息子の王子の居室がそうであったように、殺風景な内装だった。部屋の床面積自体は大したものだ。しかし、部屋の広さに対して、インテリアは粗末な軍用品が数点のみという有り様だった。とても、一国の王の部屋とは思えない。

 彼女の表情を読み取ったか、ジェームズ一世は「息子と一緒だ」と、言った。

「家財道具一式は売り払った。なに、生活に不便はないし、明日、命を落とす身じゃ。身辺の整理がしやすくて、かえってよい」

 ジェームズ一世は苦笑しながら、寝台に腰かけた。

 老いた国王は痩せっぽっちで、身の丈に対して体格は小柄だった。それなのに、王が腰かけただけで、寝台は、ぎぃぃ、と音を立てた。どうやら木材の中を虫に食われてしまっているようだ。

 ジェームズ王はマチルダに椅子を勧めた。これまた、女の身のマチルダが腰かけただけで軋むような三流品だった。

 マチルダの着席を認めたジェームズ王は、「さて」と、口調を改めた。

 彼女を見る眼差しから、過去を懐かしむ情感が消え、真剣さを帯びる。

「……先ほども言ったが、久しぶりじゃな、マチルダ・サウスゴーダ」

 その名を呼ばれて、対面に座すマチルダの表情が険しくなった。

 サウスゴーダ。かつて己が捨てた家名。捨てざるをえなかった家名。捨てるように仕向けられた家名……。その名を、他ならぬ家名を奪った張本人に呼ばれて、彼女は一気に不機嫌になった。

 かつてマチルダは、アルビオン有数の大貴族、サウスゴーダ家の娘として、何不自由のない生活を送っていた。優しい母。偉大なる父。兄弟にも恵まれ、幸せな生活だった。しかし、その幸福な日常は、ある日、唐突に奪われた。

 わけも分からぬまま父は投獄され、獄中で自殺した。アルビオン王室はさらに彼女達から家名を奪った。一家は国外に追放され、放浪の中で家族は散り散りになった。幼かったマチルダは、生きていくために、メイジの業を盗みのために使うようになった。大怪盗、土くれのフーケの誕生だった。

 マチルダは、老いたる王を鋭く見据えた。

 彼女にとって、ジェームズ王は復讐の対象だった。この男のために、自分の人生は狂わされた。この男は、自分から家族を奪った。この男さえ、いなければ!

 マチルダはいまにもこの手で目の前の男の首を絞めてやりたい誘惑にかられた。

 しかし彼女は、自らの内で荒れ狂う感情の激流を、口から出かかる寸前でなんとか堪えた。いまは、感情の昂ぶりにまかせて、声を荒げる場面ではない。彼女は努めて平静な声音で、ジェームズに声をかけた。

「……お久しぶりですね、陛下」

「うむ。息災じゃったか?」

 マチルダの米神が、ぴくり、と脈打った。

 自分から家族を奪っておいて、その言い草は何だ!? 貴様に心配されるなんて、反吐が出る!

 思わず口から出かかったその言葉を制したのは、マチルダ自身の意思ではなく、ジェームズ王の意思だった。彼の言葉は、こう続いた。

「……などと言う資格は、朕にはないな。恨んでおるのじゃろう? この王を」

 老王は、深い懊悩の色を顔に浮かべて、マチルダに優しく問いかけた。

 答えなどはっきりしていた。自分はこの男のことを恨んでいる。当たり前のことだ。あれだけの仕打ちを受けて、恨まないわけがない。

 しかし、マチルダはジェームズの質問にどう答えるべきか悩んだ。自分の本音をそのまま口にすることを、躊躇ってしまった。

 無論、老王の胸中を慮っての躊躇ではない。ジェームズの質問の意図が分からないがゆえの躊躇だった。 いったいこの男は、どういう意図で、自分にこんな質問をぶつけてきたのか。復讐者の、自分に。

 怪訝な表情を浮かべるマチルダに、ジェームズ一世は優しく微笑みかけた。どこまでも優しい微笑だった。

「そうか。やはり、恨んでおるか。無理もないな。朕はそなたに……そなたの家族らに、とても償いきれない仕打ちをした」

「……恐れながら、陛下に質問があります」

 男の心中が分からない。分からないことは、考えてもしょうがない。そんなことにエネルギーを使うくらいなら、自分の用件を口にした方が断然よい。

 そう判じたマチルダは、寝台に座る王に冷たく言い放った。

 ジェームズ王は「うむ」と、気品あふれる所作で頷いた。

「聞こう。朕には、その義務がある。朕のことを恨んでいるそなたの質問に、答える義務がある」

「お訊ねしたいことは、他でもありません。父のことです」

 マチルダが、王に訊きたかったこと。話したかったこと……それは、かつて目の前の男によって牢獄へと追いやられた、亡きに関することだった。

「陛下、父は、いったいいかなる罪で、投獄されたのでしょうか?」

 サウスゴーダ家の没落の第一歩。自分の人生を狂わせた、最初の事件。しかし、奇妙なことに、父の罪業について、王室からマチルダ達家族には、何の説明もなかった。マチルダ達がいくら説明を求めてもなしのつぶて、まともに取り合ってすらくれなかった。

 当時、マチルダはまだ幼かったが、子ども心にも父の投獄には奇妙なものを感じた。

 年を経るにつれて、父は陰謀に巻き込まれたのではないか、と思うようになった。

 父はありもしない罪をでっち上げられ、悲憤のうちに死んだのだ。いや、自殺というのも怪しい。なんといっても獄中での出来事だ。看守の口さえ封じてしまえば、暗殺の手段などいくらでもある。

 もし、父の投獄が自分の予想した通り、陰謀だったとすれば、目の前の男はその片棒を担いだ人間、ということになる。そればかりか、主犯格かもしれない。これだけは、はっきり、とさせておく必要があった。

 マチルダの問いに、ジェームズ王はしばしの沈黙を挟んだ。

 どう筋道立てて話すべきか、言葉を選んでいる様子だった。

 たっぷり数秒をかけた後、ようやく考えがまとまったか、老王は訥々としわがれた声で言葉を紡いでいった。

「そなたの父……アンドリュー・サウスゴーダは、禁忌に触れたのだ」

「禁忌?」

「そうじゃ。彼は、その禁忌に触れることで得た知識を、こともあろうに、民草へと教えようとしたのだ。朕はその行動を、国家反逆罪と見なし、彼を逮捕した。彼の行動は、国民に対して、徒に混乱を与えるだけだ、と判断したのだ」 

「その、禁忌とは?」

 マチルダは語気強くジェームズ王に訊ねた。

 もし、彼の言葉が真実だとすれば、父はその禁忌とやらのせいで死んだことになる。自分は、その禁忌とやらのせいで家族を奪われたことになる。

 憎しみを孕んだマチルダの問いかけに、はたして、ジェームズ一世はかぶりを振った。

「言えぬ。それだけは、たとえそなたであっても、答えられぬ」

「…………」

「そのような顔をされても、答えられぬものは、答えられぬのじゃ」

 凄絶な憎悪の感情を宿したマチルダの眼差しを真っ向から受け止めて、なお、ジェームズ王は言った。

 その上で、彼はゆっくりと、長年胸の内に溜まった苦悩を吐き出すように続けた。

「ただ、これだけは言おう。その禁忌は、アルビオンというこの大陸そのものの成り立ちに関わる秘密だ」

「アルビオン大陸の、成り立ちに関わる秘密?」

「……アルビオンは、なぜ、宙に浮いていると思う? 斯様に広大な大地が、なぜ、地面に叩きつけられることなく、空に浮いていられる? そしてまたなぜ、ハルケギアニアの大陸は、地上にある? ……つまりは、そういうことじゃ」

 その言葉に、マチルダは、はっ、とした。それでは、父が触れた禁忌とは――――――

「誰しも、自分たちの足下にある地面が、ある日突然、空に浮かんでしまうとなれば、動揺する。そしてまた、その逆も然り、じゃ。それまで当たり前のように空に浮かんでいた大地が、ある日突然落下してしまうかもしれない。そんなことが知れれば、民はパニックになってしまうじゃろう」

「で、では、父は……」

「……アンドリューは優秀な土メイジであり、また同時に優秀な地質学者じゃった。あれは、この大陸に眠る鉄のことを研究しているうちに、その秘密に気が付いてしまったのじゃ。

 アンドリューは、アルビオン大陸の秘密を、一般大衆に広く知らしめようとした。この事実を隠匿しておくことは、国民に対する犯罪である、と言っておったわい。朕はそうは思わぬ。真実を明らかにすることが、必ずしも民のためになるわけではない。真実を明らかにすることによって、民を不安にさせてしまうこともある。朕は、そなたの父を諌めた。しかし、アンドリューは聞き入れてはくれなかった。朕はやむをえず、アンドリューを国家反逆罪で逮捕した。

 ……言い訳にしかならぬが、朕はアンドリューを殺すつもりはなかった。牢に入れて、頭を冷やしてもらうだけのつもりじゃった。しかし、彼は獄中で自害した。そなたらには、本当に申し訳ないことをしてしまった」

 ジェームズ王はそう言って、口を閉ざした。

 父の一件は、国王にとっても長い間悩みのタネになっていたらしい。すべてを語り終えた彼の表情は、どこかすっきりとしていた。

 ジェームズ王はにこやかに微笑んで、マチルダに問いを重ねた。 

「して、どうする? 父の仇同然のこの王を、この場で殺すか? そなたには、朕に復讐する権利がある。どうせ明日には敵にくれてやるこの命、アンドリューの娘のそなたにくれてやるのも、悪くはない」

 何もかもを諦めた、自暴自棄になっての言葉ではない。

 ジェームズ王は、真実、マチルダになら殺されてもよい、と考えていた。自分の下した判断の結果首を吊った男の娘だ。自分は彼女に、取り返しのつかないことをしてしまった。マチルダには自分を裁く権利がある。反乱軍どもにくれてやるには惜しいこの命だが、彼女にならば……。

 ジェームズ一世のそんな心情を、表情から読み取ったマチルダは、甘美なる誘惑に一瞬、心動かされた。真相を知ってなお、彼女の胸の内からこの王を恨む気持ちは消えなかった。この手で首を絞めてやりたい気持ちに変わりはなかった。

 しかし、と彼女はかぶりを振った。ここでこの男を殺せば、たしかに自分の溜飲は下がるだろう。しかし、その後はどうなる? 残された兵士達は? 明日、彼と一緒に死のうと望んでいるウェールズ達はどうなる?

 残される者の苦しみを、誰よりも理解しているマチルダだ。

 そのことを考えると、彼女はどうしても彼を殺す気になれなかった。

「……やめておきます。いま、あなたを殺害すれば、たしかに私の気持ちは晴れるでしょう。ですが、残される者達の気持ちを思うと、とてもそんな気にはなれません。明日、あなたとともに戦うつもりでいる兵のことを思うと……」

「……そうか」

 ジェームズ王は深々と溜め息をつくと、血管の浮き出た細い掌で目元を覆った。

 吐き出す言葉に、嗚咽が混じる。

「よう、育ってくれた。よう、優しく育ってくれた。今日のこの出会いは、始祖ブリミルからこの老いぼれへの、最後のプレゼントじゃ。最後の夜に、アンドリューの娘と会えた。こんなにも美しく成長した、そなたと……こんなに嬉しいことはない!」

 アンドリュー投獄に端を発するサウスゴータ家の没落は、投獄を命じた国王本人にとっても、長く頭を悩ませる要因だったのだろう。彼は、くっくっ、と押し殺した声で泣き崩れた。その姿を見てマチルダは、何も言えなくなってしまった。

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:37「馬鹿」

 

 

 

 ウェールズと別れた柳也達は、パーティ会場から退出することにした。

 近くにいた給仕係にどの部屋を使ってよいか確認していると、三人は背後から声をかけられた。

 揃って振り返ると、ルイズを慰めに行ったはずのワルドが立っていた。どうやら、お姫様へのお勤めは終わったらしい。

「探したよ」

「ワルド、探していたって?」

 柳也はワルドの額に視線をやって訊ねた。

 子爵の額には、薄っすらと汗の滲む様子が見て取れた。どうやら相当な時間、自分達を探していたらしい。はて、いったいなんの用件だろうか。

「きみ達に、言っておきたいことがあってね」

「なんだ?」

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

「……こんなときに、か?」

 柳也は驚いた声で聞き返した。

 彼の背後では才人とケティも、そろって当惑の表情を浮かべている。

 ワルドは会場の中央で兵達を肩を組み騒いでいるウェールズを見ながら頷いた。

「是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。明日の決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

「なるほど、用向きというのは、その式に出席するか否か、というわけか」

「その通り。きみが相手だと、話が早くて助かるよ。……それで、どうする? 式に出席するとなると、イーグル号には乗れなくなってしまう。勿論、帰りの船は用意してくれるそうだが」

「勿論、出席いたします」

 ケティがいち早くレスポンスをよこした。

 貴族といえども年頃の娘、結婚といううものに憧れを抱いているのだろう。栗色の瞳は、キラキラ、と期待で輝いていた。

 ケティは輝く眼差しで才人と柳也を見た。

「お二人も出席しますよね」

「ミス・ロッタ、残念ですが……」

 しかし、ケティの期待とは裏腹に、柳也はかぶりを振って言った。

「俺はやめておきますよ」

「理由を聞いても?」

 柳也の回答に、ワルドが訊ねた。

 柳也は頷いて、自らの考えを述べる。

「さっき聞いた話なんだが、反乱軍の中には途中から貴族派に参加した連中もいるらしい。そういう輩の中には、ぎりぎりまで反乱軍への参加を見送っていた貴族もいるそうだ。戦でロクに戦果を挙げていないそいつらが、功を焦って非戦闘員満載のイーグル号を襲う可能性がある。俺は、そっちを守ろうと思う」

「そうか……たしかに、その通りだな」

 ワルドは残念そうに呟くと、次いで才人を見た。

「きみはどうする?」

「……俺も、柳也さんと一緒にイーグル号に乗っています。あの王子様が守ろうとしているものを、守りたい」

「そうか、分かった。……なあ、リュウヤ」

 ワルドは柳也を見た。

 精悍な顔立ちには残念そうな表情はなく、灰色の双眸には、真摯な輝きが宿っていた。

「きみはルイズの従者だ。ということは、僕がルイズと結婚すれば、きみは僕の従者にもなるわけだ」

「ああ、そうだな」

「だが、きみとは、そういう身分や立場の上下とは関係なしに、良き友人でありたいと思っている」

「ワルド……」

「きみと一緒に飲んだ、あの夜の酒は美味かった。きみとはまた、あんな酒が飲みたい。だから、僕とルイズが結婚しても、変に卑屈になったりしないで、どうかその態度を変えないでほしい」

 ワルドはそう言って、莞爾と微笑んだ。なんとも涼しげな笑みだった。

 応じて、柳也もまた口元に微笑をたたえた。

 あの夜の酒を美味いと感じたのは、自分も一緒だ。この男とはまた、あの夜のように酒を酌み交わしたい。

 柳也はワルドの申し出に、深々と頷いた。

 自然と顔がにやけてきて、困った。

 今日はよき日だ。この世界で出会った友人の新たな門出。それを祝ってやることが出来るのだから。なんと幸福なことだろう。

「ワルド」

「うん?」

「結婚、おめでとう」

「……・ありがとう、リュウヤ」

 ワルドは照れ臭そうに微笑んで、その場を立ち去っていった。

 

 

 柳也は明かりの灯った蝋燭の燭台を片手に、暗い廊下を歩いていた。給仕係が教えてくれた客室に向かうためだ。彼の背後には、才人とケティの姿もある。

 廊下の壁面には、一定の間隔で窓が設けられていた。電球のような照明装置が存在しないハルケギニアだ。城のような長い廊下を持つ建物には、相応の大きさの窓がつきものだった。

 ニューカッスルの城の窓はガラスが張られ、格子状の桟が設けられていた。窓からは折り重なる双月の明かりが差し込み、廊下の床を照らしていた。

 廊下に出て、いくつ目かの窓を見つけたときだった。

 窓の側に、人影があった。小柄な少女のシルエット。薄い闇の中、目を凝らしてみると、知った顔だった。ルイズだ。

 柳也はご主人様の少女に声をかけようとして、反射的に口をつぐんだ。

 ルイズは、窓から月を見上げながら、ひとり、涙ぐんでいた。

 それはまるで、幼い頃に読んだ童話に出てくるお姫様のようだった。月光を浴びて、キラキラ、と輝く、長い、桃色がかったブロンドの髪。憂いをたたえた美しい横顔。白い頬を伝う涙はまるで真珠の粒のようで、悲しい、はかなげな表情を浮かべているにも拘らず、彼女の清楚な美しさを際立てる要因になっている。

 柳也達は思わず息を飲んだ。同性のケティでさえ、その美しさにしばし見惚れてしまった。幻想的なまでの美しさとは、まさにこのことか、と三人は陶然とその場に立ち尽くした。

 気配に気づいたか、それまで月を見上げていたルイズが、つい、とこちらに視線を向けた。

 柳也達の存在に気がつき、慌てて目頭をぬぐった。ぬぐったが、ルイズの顔は秒と保たずに、ふにゃっ、と崩れた。涙の滴が、後から、後からあふれ出した。

 その姿を見て、柳也達はかけるべき言葉を失った。

 なんと声をかけてよいやら、まったく思いつかなかった。

「……ッ!」

 狂おしいほどの衝動が、柳也の背筋を這い上がった。

 胸の内を、猛々しい熱情が占拠した。

 燭台を才人に預けて、柳也はルイズの小柄な体を強引に抱き寄せた。これ以上、彼女の泣き顔を見ていたくなかった。彼女の美貌に、やはり涙は相応しくない。そう思ったときには、もう、柳也は衝動的に彼女を抱きしめていた。ルイズの泣き顔を覆い隠すように、すっぽり、と胸の内に少女を抱え込んだ。

 突然、柳也に抱きしめられたルイズは、驚きから一瞬、男の腕の中で、びくり、と身を震わせた。

 しかし、すぐに体から力を抜くと、柳也の六尺豊かな体にもたれかかってきた。

 柳也は、そんなご主人様の体を優しく受け止めた。

 自分に体重を預けてくるその華奢な肩を、強く、抱きしめた。

 何があったのか。どうして泣いているのか。疑問は、いくつも頭の中に浮かんできた。

 しかし彼は、何も言わずに口を閉ざし、ルイズの背中をさすり、頭を撫でた。おさなごをあやすように。しらかば学園の弟達に、かつてそうしてやったように。優しく、優しく撫でさすった。

 ルイズは柳也の腕の中で嗚咽をこぼした。泣きながら、彼女は言った。

「いやだわ……あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫さまが逃げて、って言ってるのに……恋人が逃げて、って言ってるのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」

「…………」

 柳也は、ルイズの言葉に答えなかった。

 彼女の唇からこぼれる言の葉が、独り言のなのか、自分に対する問いかけなのか、判断に迷ったわけではない。彼女の言葉を自分に対する質問と認めた上で、彼は答えなかった。

 ただただ無言で、ルイズの肩を抱き、背中を撫で、頭をさすった。

「……早く帰りたい。トリステインに帰りたいわ。この国、嫌い。イヤな人たちと、お馬鹿さんでいっぱい。誰も彼も、自分のことしか考えていない。あの王子様もそうよ。残される人たちのことなんて、どうでもいいんだわ」

 それは違う、と、そう叫びたかった。

 あの勇敢なる王子を、自分も尊敬した彼を侮辱するルイズの言葉を、かぶりを振って否定したかった。

 だが、柳也は自分の考えを決して口に出そうとはしなかった。ウェールズの考えに共感した自分もまた、ルイズの言う「お馬鹿さん」の一人だ。そんな自分の言葉を、彼女はまともに取り合ってはくれまい。少なくとも、いまの情緒不安定なルイズは。

 ウェールズの考えを伝えるにしても、それはいまではない。

 そしてその役目は、自分ではない。

 柳也は深々と溜め息をついた。

 腕の中のルイズから視線をそらし、窓の外の月に目線をやる。

 あの夜空に浮かぶ銀色の月は、明日結婚を控えたこの花嫁に、微笑んでくれているのか、それとも――――――

 ――せめて、明日までには笑顔を取り戻してほしいものだが。

 明日は女にとっての最高の晴れ舞台だ。それなのに、明日もまた憂いに満ちた表情だなんて、悲しすぎる。

 胸の内に少女の熱を感じながら、柳也は切に願った。

 この少女が、笑顔で明日を迎えられますように、と。

 

 

 深夜。

 同室の才人が寝静まったのを確認してから、柳也は粛とした所作で、宛がわれた客室を出た。

 その姿は、いつもの軍服に帯を巻き、脇差と、錬金の効果が切れて元の姿に戻った鍛鉄棒を差した完全武装のいでたちだ。

 客室から退室した柳也は、辺りに人の気配がないことを確認すると、足音を立てないよう注意しながら廊下を突き進んでいった。慎重な、しかし迷いのない足取りだった。確たる目的地を持っている証左だった。

 目的の場所は、あらかじめ自分の足で確認して、頭に叩き込んでいる。

 柳也は人目を忍びながら目的地へ向かって歩いた。

 ふとその足が、ぴたり、と止まる。

 突き当りの曲がり角。ここを左に曲がれば、目的地はすぐそこだ。

 何を思ったか、柳也は壁面に、ぴたり、と身を寄せた。足音を絶ち、呼吸を止めて気配を殺し、曲がり角の向こうをそっと窺い見る。

 はたして、視線の先にあるのは武器庫の扉だった。番兵が二人、世間話に花を咲かせつつ、見張りをしている。柳也はあの武器庫に用があった。より正確に言うならば、武器庫の中に収められた品々に。

 ――あの二人が邪魔だな。

 武器庫の周辺をしばし観察して、柳也は口の中で呟いた。

 武器庫の扉までは角を曲がって二十メートルほど。倉庫に通じる道は他になく、蔵に辿り着くにはこの道を使うしかない。一本道で、しかも距離が長い。当然、遮蔽物になるような物はなく、角を曲がればすぐ番兵の目に留まってしまうだろう。

 武器庫に辿り着くまでに発見されるのは必至。そうなれば当然、なんでこのような夜分に、このような場所を歩いていたのか訊かれることになるだろう。

 素直に、「武器庫の中に用がある」と、言って、はい、どうぞ、と通してくれるわけがない。最悪、貴族派のスパイではないかと疑われ、ルイズ達に迷惑をかけてしまう可能性すらある。

 武器庫への用向きは、あくまで自分の個人的な都合だ。ルイズ達を巻き込むわけにはいかない。

 あの二人に騒がれては不味い。彼らの目と口を塞ぐには、どうすればよいか。

 ――あまり手荒な真似はしたくないんだが。

 いまは武器庫の見張り番をしているあの二人も、明日の決戦では主戦力だ。暴力的な手段をもって二人の体を傷つけることは、柳也としても本意ではない。とはいえ、それ以外に手段がないのもまた事実。

 ――やるしかないか。

 柳也は小さく溜め息をつくと、意を決して曲がり角から飛び出した。

 その瞬間、柳也の右側を、青白い雲のようなものが横切っていった。

 雲は真っ直ぐ番兵二人を目指していった。二人の顔にまとわりつくと、それまで世間話でやかましかった彼らは揃って口をつぐみ、ぱたり、とその場に倒れ込んだ。柳也の耳朶を、二人分の寝息が打つ。

 眠りの雲。“風”系統をベースに、“水”を加えた魔法の一つだ。この雲のミストを吸った動物は、脳の覚醒状態や体の疲労に関係なく猛烈な眠気に襲われることになる。

 いったい誰が?

 柳也は反射的に後ろを振り返って、あっ、と驚いた。

 いつの間に背後に近づいていたのか、そこにはマチルダと才人が立っていた。二人とも、自分と同様武装したいでたちで、才人は背中にデルフリンガーを背負っていた。

「お前達……」

 どうしてここに?

 しかし、柳也が下の句を口にするよりも早く、マチルダが遮るように口を開いた。

「こんな夜更けに、こんな場所を出歩いて、いったいどうしたんだい? ……まぁ、大方の事情は察しているけどね」

 涼しげな双眸を僅かにつり上げ、マチルダは柳也の顔を、じぃっ、と見つめた。口にこそ出していないが、使い魔の男の行為を咎める意図は明白だった。

 マチルダに睨まれた柳也は、不意に、自分が悪いことをしている気分に襲われた。

 目の前の彼女達に対する後ろめたい気持ちが込み上げてきて、彼はバツが悪そうに溜め息をついた。諦観の溜め息だった。

「ワルドにも言ったんだけどな。反乱軍五万の兵力と言っても、その実態は、反乱に参加した貴族達が各々持ち寄った兵を集めただけの連合軍だ。その貴族達の中には、王党派と貴族派、どっちに付けば自分がより得をするか判断に迷った挙句、ぎりぎりまで反乱軍への参加を渋っていた奴もいるらしい。そういう連中は、この戦いでロクな戦功を上げていないはずだ。

 戦後統治のことを考えるなら、是が非でもこの攻囲戦で戦果を上げないとな。功を焦った連中が、先走る可能性は十分にある」

「明日の正午を前に、抜け駆けする部隊が出てくる?」

「そういうことだ」

「あんたの予想では、それはいつ頃だい?」

「夜明け前。黎明時は、人間の判断力がいちばん鈍る時間帯だから」

「柳也さんは、その抜け駆けしてくる連中を迎え撃つつもりなんですね?」

 脇差と鍛鉄棒を帯に差したいでたちや、武器庫に立ち寄ろうとしていた事実から師匠の意を読み取った才人が訊ねた。

 弟子の問いに、柳也は「ああ」と、言葉短く頷いた。それから彼は、武器庫の扉を一瞥した。

「抜け駆けが予想されるのはごく一部の部隊だが、それでも、敵の数は数百という単位になるだろう。さすがに、脇差一振、鍛鉄棒一振じゃあ、話にならん。せめて、槍ぐらいないかと思ってな」

「姫殿下には、手紙の回収しかしない、って言っていたじゃないか? 自分でその約束を、破るつもりかい?」

 マチルダの唇から辛辣な質問が飛び出した。

 アンリエッタに言ったことは自分でも覚えている。魔法学院を出発する前夜、自分はたしかに、アンリエッタにそう言った。自分達の任務は手紙を渡すことであって、それ以外のことをするつもりは一切ない、と。

 なるほど、自分のやろうとしている行為は、自分で口にした約束を反故にするように見えるかもしれない。しかし、そうではない。自分は、あの時アンリエッタと交わした約束を、破るつもりはない。

「誤解してくれるな。俺が、抜け駆け部隊と戦うのは、何も、王党派の手助けをしようって思ってのことじゃない」

「それじゃ、何で戦うんです?」

 才人が訊ねた。

 弟子の質問に、柳也は迷いのない口調で、きっぱり、と言い切った。

「決まっている。るーちゃんのためだ」

 女にとって結婚式というのは、一生に一度、あるかないかの人生の晴れ舞台だ。男の一方的な幻想が生み出した価値観かもしれないが、少なくとも柳也は、心底、そう信じていた。

 そんな人生の晴れ舞台を、戦争という圧倒的暴力によって潰される女の心中というのは、いかなものなのか。

 想像しただけでぞっとする。ルイズには、そんな気持ちは絶対に味あわせたくない。

「貴族派だの、王党派だの、互いの主義主張は、俺にゃ、どうだっていい。けど、その争いに巻き込まれて、一人の女の結婚式が潰されようとしている。俺の知り合いの女だ。俺の大切なご主人様の結婚式だ。そう思ったらよ、いてもたっても、いられなかった。るーちゃんの結婚式を潰そうとしている連中が、許せなくなった」

 才人とマチルダは柳也の目を見た。

 黒檀色の瞳には、近い将来に待つ戦闘へ向けての烈々たる気迫と、誠実な輝きが宿っていた。嘘を言っている眼差しではない。この男は真実、ルイズの結婚式を守りたい、その一念で、反乱軍五万の軍勢とたった一人で対峙しようとしているのだ。

 その固き決意と揺るぎない信念、その根底にある、ちっぽけな動機を知った才人とマチルダは、揃って溜め息をついた。呆れた溜め息だった。

 マチルダが唇を尖らせて言う。

「……あの女は、あんた達をこの世界に呼び出した女だ。言わば、あんた達に厄災を振りまいた張本人だよ? そんな女のために、何でそこまでしてやれるんだい?」

「たしかに、るーちゃんは俺達をこの世界に呼び出した張本人だ。俺や、才人君のこの世界での不幸は、るーちゃんに端を発すると言っても過言じゃない。けど……」

「けど?」

「俺達をこの世界に召喚したのがるーちゃんなら、この世界で初めて俺達の存在を受け入れてくれたのもまた、るーちゃんだ。嫌いになんてなれねぇさ。

 それに、ワルド子爵は友達だ。友達の結婚式を守りたい気持ちの、どこか不自然だよ?」

 柳也は、何を当たり前のことを訊いてくるのか、といった面持ちで答えた。

 大切なご主人様と、大切な友人の結婚式を守る。守るために、体を張る。命を、張る。

 桜坂柳也という男にとって、それは当然の行動だった。かつて、大切な我が子の未来を守るために、実際に命を捨てた両親に育てられたこの男にとって、それはごく自然な行動原理だった。

 柳也の返答に、マチルダは二の句をなくしてしまった。

 口にするべき言葉を見失ったマチルダに、今度は柳也の方から質問が飛ぶ。

「俺を馬鹿だと笑うか? 姫様にはああ言っておきながら、結果的に、アルビオン王政府の手助けをしようとしている、俺を、馬鹿だと思うか?」

「……ああ、馬鹿だね」

「率直だなぁ」

 マチルダの返答に、柳也は苦笑した。

 しかし、そのほろ苦い笑みは、秒と経たずに消滅した。

 マチルダの言葉は、「けど……」と、続いた。

「今夜はその馬鹿が、もう一人増えるみたいだよ」

 マチルダは深々と溜め息をついて、柳也の脇をすり抜けていった。彼の背後には、武器庫の扉がある。

 驚いて振り返った柳也が、ご主人様の後ろ姿に声をかけようとした瞬間、また、彼の左脇を誰かがすり抜けていった。才人だ。

「いやいや、馬鹿もう一人追加ですから、馬鹿三匹です」

「才人君……マチルダ……」

 名前を呼ばれて、二人は揃って振り返る。

 ご主人様と、弟子の顔には、莞爾とした微笑が浮かんでいた。

「ほら、なに、ボサッとつっ立ってるんだい? 武器庫の中身を頂戴して、さっさと行くよ」

「そうっすよ。リーダーがいないんじゃ、話にならないんですから」

「二人とも……その、いいのか?」

 柳也は恐る恐るといった口調で二人に訊ねた。

 自分がこれから迎え撃とうとしている敵は数百という数の軍隊だ。これまで相手取ってきた破壊の杖や仮面の男とは、戦いの質と規模が違う。

 いかなガンダールヴ、いかなトライアングル・メイジといえど、下手をすれば命を落とす可能性すらある。そんな敵だ。

 怖くはないのか? 命が惜しくないのか?

 また、マチルダはアルビオン王室に対して恨みを抱えている。柳也の知る限り、誰よりもアルビオン現政権の滅亡を望んでいるのが彼女だ。そんな彼女にとって、結果的にアルビオン王室の手助けをすることになるこの戦いは、参戦する意義のない戦いだ。それなのに、どうして……?

 柳也の質問の眼差しに、二人はかぶりを振った。

「そりゃあ、怖いですよ。でも、俺も、自分の死より怖いモン、見つけちゃいましたから」

 才人は照れ臭そうにはにかんで、柳也を見た。

「俺も、るーちゃんのことが好きです。るーちゃんの結婚をお祝いしたい、っていうケティのことも好きです。るーちゃんの結婚式を守りたい、って柳也さんのことも好きです。俺はみんなに、死んでほしくありません」

 もしかするとこの少年は、自分の気持ちをかくも素直に口にするのは初めてなのかもしれない。才人の瞳は決然とした輝きを発しながらも、どこか羞恥の色を孕んでいた。

 才人の言葉を受けて、柳也は困った表情を浮かべた。胸の内から込み上げてくる歓喜の感情の制御に困ってしまった。当然だ。斯様にも真っ直ぐな言葉で、正面から好きだ、と気持ちをぶつけられて、嬉しくならないはずがない。

 まったく、自分はなんと果報者なのか。才人といい、ギーシュといい、ファンタズマゴリアに残してきたヘリオンといい、弟子に恵まれすぎている。

 際限なしに熱くなっていく眼窩の奥を気力をもって締め上げ、柳也は続いてマチルダを見た。

 マチルダは薄い微笑を浮かべながら、柳也に言った。

「アルビオン王室への恨みは、消えちゃいないよ。……たぶん、この気持ちは一生消えないだろうね。

 わたしが、あんたに協力するのは、別な理由からさ」

 マチルダの言葉に、柳也は怪訝な面持ちになった。彼女の言う別な理由について、まるで見当がつかなかった。

「わたしは貴族をやめた人間だ。けれど、貴族の誇りまで捨てたつもりはないよ。わたしは、あんたにこの命を救われた。あんたがオールド・オスマンに取り入ってくれなかったら、わたしは罪人として裁かれ、きっと命を落としていた。わたしは、まだ、命を救ってもらった恩を、返していない」

「……別に、恩返しを望んで助けたわけじゃないんだが?」

「あんたの気持ちは関係ないよ」

 マチルダはきっぱりと言い切った。

 どこまでも傲慢で、どこまでも身勝手な発言に、柳也は返す言葉を見失ってしまう。

 どこかで聞いたことのある言葉だ、と彼は既視感を覚えた。はて、どこでだったかと考えて、すぐに、はっ、となった。

 お前の気持ちは関係ない。

 覚えがあって当然だ。それは、他ならぬ己自身が、かつて目の前の女にぶつけた言葉ではないか。

 思わず唖然となった柳也に、マチルダは薄く微笑んで続ける。

「これは、わたしの気持ちの問題さ。言っただろ? 貴族の誇りまで捨てたつもりはない、って。受けた恩を返さないなんて、わたしの貴族としてのプライドが許さない」

「…………」

 柳也はしばし、マチルダの目を見つめた。相手の秘めたる真意を探ろうとする時、この男には相手の目を見る癖がある。

 しばしの間、ご主人様の目を見据えていた柳也は、やがて深々と溜め息をついた。

「なんだよ、お前ら……俺なんかより、よっぽどの馬鹿野郎じゃねぇか」

 柳也は前へと踏み出した。六尺豊かな大男、一歩の歩幅は広く、あっという間に先を行くマチルダと才人に追い着いた。

 並んで歩く二人の間に割って入った柳也は、ごくごく自然な所作で両腕を広げ、二人の肩を抱き寄せた。

 驚く二人に、柳也は好戦的な笑みを浮かべて、囁いた。

「それじゃあ、まぁ、三匹の馬鹿、行くとするかッ!」

 凶悪な面魂のその横顔に、才人とマチルダは頷いた。

 


  <あとがき>

 もうずいぶんと昔のことになりますが、タハ乱暴の妹が病気を患って、それがちょいと重い病気で、そのことで母が泣いていたとき、タハ乱暴はかけるべき言葉が見つからず、ただただ抱きしめるしか出来ませんでした。当時は、慰めの言葉一つ出てこなかった自分を悔しく思いましたが、いまの自分があの場にあっても、やはり抱きしめるしかなかったと思います。かける言葉が、やはり見つかりません。

 女の涙、それも本当に大切な人が泣いている姿というのは、もう抱きしめるしかない。これはタハ乱暴の経験則ですが、今回は柳也にもこれをやってもらいました。柳也にとってルイズは、本当に大切な女の子なんです。

 さて、読者の皆様、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました!

 風のアルビオン編もいよいよクライマックス! 最後の戦いへのプロローグとしての位置付けで書いた本話ですが、楽しんでいただけましたでしょうか?

 マチルダの過去話捏造など、今回もタハ乱暴の妄想(というより願望?)入りまくりの話でしたが、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。

 さて、そのマチルダの過去についてですが、あのようなバック・ストーリーを考えたのには、それなりの理由があります。原作第二巻における僅かな出番を読む限り、ジェームズ一世という男、何の理由もなしにサウスゴータ家を潰すような人物とは思えません。これはマチルダの父ちゃんが何かしでかしたんだな、と思い、その理由を捏造しました。賛否両論あるかと思いますが、タハ乱暴はこんな感じじゃないかなぁ、と予想します。

 なお、マチルダ's・ファザーの名前については、完全に捏造です。

 読者の皆さん、今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました。

 次回もお付き合いいただければ、幸いです。

 ではでは〜

 

 

<おまけ>
 

 今日、世界の軍隊は陸海空軍の三軍を基本として、軍事力の整備を行っています。一部の内陸国や発展途上国は、土地柄や財政面の問題から海軍や空軍を持たないこともありますが、世界のスタンダードはこの三軍制と言えるでしょう。唯一の例外はアメリカで、この国は三軍に匹敵する規模の海兵隊と沿岸警備隊を持ち、これらを合わせた五軍制を敷いています(海兵隊や沿岸警備隊を保有する国は他にもありますが、三軍に並ぶ規模と権限を持っているのは米国だけ)。

 さて、今日軍隊の主流となっている三軍制ですが、この中で最も歴史が新しいのが空軍なのは、言うまでもありません。

 人類が初めて飛行機を始めとする航空機を実戦に投入したのは一九一五年に始まった第一次世界大戦でのこと。この時点で空軍なる組織はまだ世界のどの国にも存在せず、航空部隊は陸軍や海軍に属する“部隊”にすぎませんでした。空軍が独立した組織として一般化したのは第二次世界大戦以降のことで、第二次大戦の覇者たるアメリカ軍でさえ、空軍の独立は戦後まで待たねばなりませんでした。空軍という組織の歴史は、二〇一一年現在でさえ、まだ一〇〇年にも達していないのです。

 現実の世界では軍隊組織としてはまだまだ若輩者の空軍ですが、ルイズ達の暮らすハルケギニアではどうなのでしょうか? ハルケギニアにはかなり早い段階から、飛行船という航空機が存在しました。さらに原作第二巻に登場したウェールズ皇太子の”空軍大将”という肩書から察するに、独立した組織としての空軍が存在しているようです。もしかするとあの世界の空軍の歴史は、我々現実の世界の空軍史よりも長いかもしれません。

 今回の飛行船考察では、ハルケギニアの空軍について、考えてみたいと思います。

 

<空軍誕生>
 

 最初に、ハルケギニアの空軍がいつ頃、どういう経緯を経て誕生したのかを考えていきましょう。まずは、現実の世界の空軍について。

 先述した通り、空軍は陸海空三軍の中でも最も歴史の若い軍隊です。なんといっても、人類が実用的な航空機の開発に成功したのが、十九世紀も終わり頃のことですから。飛行機にいたっては、ライト兄弟がライトフライヤーT号の飛行に成功したのが一九〇三年も一二月のこと。陸軍の六〇〇〇年、海軍の三〇〇〇年に比べて歴史が浅いのは、当然と言えるでしょう。

 現実の世界ではじめて空軍を保有したのは、第一次大戦中のイギリスとドイツですが、その規模や権限は、まだまだ航空部隊レヴェルの感が強いものでした。

 空軍が陸海軍と並ぶ独立した組織としての地位を定着させるのは、第二次世界大戦以降のことです。先の大戦では、第一次世界大戦で登場した航空機――とりわけ飛行機が、主役を務める戦闘が少なくありませんでした。これからの時代は航空兵力の優越が勝敗を決する、という考えが世界中に広がり、航空機を効率的に運用するための独立組織として、空軍の存在が求められるようになったのです。

 空軍はまず、第二次大戦の戦勝国の間で設立されていきました。それまで陸軍、あるいは海軍の麾下にあった航空部隊の規模を拡充、陸海軍に並ぶ独立した組織としての運営を始めました。

 このように、現実の世界における空軍誕生までの歴史は、まず飛行機械が出現して、次に飛行機械を運用する航空部隊が出現し、その航空部隊が空軍として独立した、という流れになっています。

 では、続いてハルケギニアにおける空軍の誕生史を考えてみましょう。

 ハルケギニアにおける飛行機械の代表格といえば飛行船です。ですが、ハルケギニアには飛行船の登場以前から、航空戦力と呼べるものが存在していました。“フライ”の魔法で空を飛ぶメイジや、彼らの騎乗するドラゴン、グリフォンといった幻想動物達です。

 魔法の力が当たり前に存在するハルケギニアの各国では、これらの航空戦力を効率的に運用するための組織が、かなり早い段階から設立され、機能していたと考えられます。ただし、その組織は航空部隊レヴェルの規模でしかなく、まだ空軍と呼べるような組織ではなかったとも推測されます。ハルケギニアで魔法の力を使えるのはメイジのみ。また、ドラゴンやグリフォンを自在に操ることの出来る人材も少なく、組織の規模は小さくならざるをえなませんでした。

 航空部隊が空軍へと進化したのは、やはり飛行船が登場して以降のことと考えられます。

 平民でも扱うことの出来る飛行船は、航空部隊の規模拡大を一気に推し進めました。飛行船を動かす船乗り達、飛行船を整備するバック・アップの人員、その加入に伴って動く、莫大なカネと物資……。特に予算規模の大きな国軍航空部隊は、もはや部隊と呼べぬ規模まで巨大化し、やがて空軍に発展していったと考えられます。

 さて、現実の世界と同様、ハルケギニアにおいても、空軍が航空部隊から発展したとすれば、それは陸海軍どちらに所属する航空部隊だったのでしょうか? 疑問を解く鍵は、例の『夢一号エンジン』のプラットフォームが船舶であることにあります。また、原作第三巻において新生アルビオン空軍の士官が、“艦長”、“提督”といった海軍用語を使っていたことも、ヒントとなるでしょう。

 すなわち、ハルケギニアの空軍は、海軍から生まれた組織と考えられます。このことは、今回の<おまけ>で取り上げる内容にはあまり関連しませんが、次回の<おまけ>で予定している、ハルケギニアの空戦についての考察で、深く関係してきます。

 

<空軍の役割>
 

 空軍の歴史について考えたところで、次にハルケギニアにおける空軍のあり方、その役割について考えていきましょう。

 空軍の役割とは何か? 空軍の果たすべき目的とは何なのか? その答えは、「制空権の保障」です。平時には自国の領空と、それに関わる一切の経済活動を守り、有事の際には自国領空の防衛は勿論、敵国領空へと侵攻し、敵航空戦力を撃破。制空権を確保し、地上の味方部隊を掩護する。これこそが、空軍という組織の最大の役割と言えるでしょう。

 ハルケギニアの空軍組織、航空部隊の役割もまた、この「制空権の保障」にあると考えられます。

 もともと、制空権という考え方は、海軍の制海権という考え方が発展したものです。

 海は広いようで、狭い。海上輸送では気象・海象や海底地形、陸地地形の関係で、船が安定して航行出来る海路が限られています。海自体は広くとも、人間が使える海は、狭いのです。制海権とは、この限られた海路と、その海路が属する海域を安定的に利用し、敵性国家や競争相手国の利用を拒否する管制権力のことを示します。

 制空権とは、海路を空路、海域を空域に言い換えた管制権力なのです。

 では、その空路と空域を守るために必要とされる戦力とは何か? その戦力で出来るバトル・ドクトリンとは? それは次回の飛行船考察にて……。




マチルダの父の過去か。
美姫 「それと柳也たちの夜中の行動ね」
前者はとりあえずの決着を見たけれど、後者はこれからだから楽しみだな。
美姫 「たった三人で迎え撃つというのは中々燃える展開よね」
本当に嬉しそうだな。
美姫 「まあね。一体どうなるのか、今から気になって仕方ないわ」
そんな気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」
しかも、二話続けてよ!



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