お互いが納得のいく結果になるよう努めよう。

 そう口にした柳也がまずやったことは、互いの目的をはっきりさせることだった。

 震動の止まったマリー・ガランド号の甲板上、船員と斬込隊、そしてルイズ達が見守る中、柳也と船長、空賊頭の男は話し合う。

「俺達の目的はアルビオンに向かうことだ。それ以上を望むつもりはない」

「俺達の目的はこの船と、この船に積んである硫黄だ。いまのご時世、硫黄はいい商売道具になる」

「わたし達の目的はアルビオンに行って、硫黄を売りさばくことです」

「なるほどな。つまり妥協点の鍵は、硫黄ってわけだ。……この船に積んでいる硫黄の量は?」

 柳也はにこやかに笑いながら船長に訊ねた。

 黒船のみならず、マリー・ガランド号の動力さえも掌中に収めている彼の機嫌を損ねまいと、こちらも精一杯の笑顔で答えた。

「結晶状態の硫黄が、約三トン」

「大量だな……。全部使えると仮定して、黒色火薬が十五トン作れる計算だ」

 黒色火薬の原料は硝石、硫黄、木炭の三つだ。用途にもよるが、黒色火薬の一般的な配分比率はそれぞれ七、二、一だから、三トンの硫黄全部を使えるとすれば、十五トンの火薬を作ることが出来る。

「……ちなみにいま、アルビオンで硫黄はどれくらいの相場なんだ?」

「キロ単位で二八〇〇〜三二〇〇スゥです」

「……うん。さっぱり分からん」

 異世界の貨幣単位の意味を知らない柳也は苦笑気味に呟いた。ちなみに硫黄九八パーセントの工業用硫酸は、キロ単位だいたい二二円で購入出来る。

 小首を傾げる柳也を見かねたワルドがそっと耳打ちした。

「一〇〇〇スゥで、一エキューだ。五年前に行われた調査では、トリステインの平民一人当たりの年間生活費は一二〇エキューだったはずだが」

「ってぇことは、三トンだから……だいたい八四〇〇〜九六〇〇エキューってとこか。うん。いい商売だなぁ」

 一〇〇〇エキュー以上の単位を聞いて思い浮かぶのは、いつぞやの武器屋で見かけたシュペー卿の業物だ。たしか、あれが二〇〇〇エキューの値がついていたはず。その四〜五倍の値段だ。平民七十〜八十人を一年間養えるだけのカネだ。

「だったら船長、七・三で連中に硫黄をくれてやったらどうです? その代わり、空賊どもはマリー・ガランド号と、その船員には手を出さない、ってのは?」

「そんな!」

 柳也の提案に、船長は悲鳴を上げた。

「七・三なんて無茶だ。儲けなんてほとんどねぇ! せめて八・二ぐらいじゃないと、こいつらを食わせてやれません!」

 硫黄の仕入れ値。風石の値段。船の維持費。船員達に払う給金に港の利用料……それらの経費を素早く計算した船長は、そう叫んだ。いくら硫黄がいい商売になるといっても、限度というものがある。連絡船は、月に一度しか出せないのだから。

「八・二か……だとさ?」

 柳也は空賊頭を見た。

「それで、この船を見逃してやくれまいか?」

「……こっちも商売だ」

 空賊頭は苦い顔で呟いた。

「空賊は、山賊や海賊よりもカネがかかる。なんせ、船を飛ばさにゃなんねぇからな。八・二じゃ、風石の代金だけで終わっちまう」

「……おいおい、足下見れる立場かよ?」

 柳也は笑いながら空賊頭を睨みつけた。

 マリー・ガランド号に乗る斬込隊から一斉にどよめきの声が上がる。柳也は「まぁ、いいけどよ……」と、続けた。

「八・二で譲歩しろよ。その代わり、てめぇらにはもう一つ金づるを渡してやらぁ」

「なんだと?」

「ここにいる三人は貴族だ」

 柳也は親指を立てて背後のルイズ達を示した。

「人質に取れば、身代金がたんまり貰えると思うんだけどなぁ?」

 柳也の言葉に、才人達の顔が硬化した。ただ一人、ワルドだけが興味深そうに「ほほう」と、溜め息を漏らす。

 自分達を人質に取れ。言下に篭められた意味は、自分達をアルビオンまで連れて行け、という要求だ。なんと柳也は、空賊達の船でアルビオンまで行こうと言い出したのだった。

「ちょっと、リュウヤ!」

「黙ってろよ、るーちゃん」

 勝手に話を進めようとする従者の暴挙に、抗議の声を上げるルイズだったが、柳也の本気の剣気を孕んだ睨み利かされ、思わず黙り込んでしまう。

「俺達の目的は、一刻も早くアルビオンへ向かうことだ。そうだろう?」

「それは、そうだけど……」

「だったらどんな船で行こうが、構わないはずだぜ?」

 柳也はマリー・ガランド号に接舷する黒船を見上げた。

 自分達の乗っている船よりも一回りは大きな巨艦だ。その分、風石も多く積んでいるだろう。帆も大きいことから、足回りはこちらの方が軽快そうだった。

 また、空賊の船に乗り込むことは一種の偽装になると考えられた。貴族派の連中も、まさか自分達が賊徒の船でアルビオン入りを目論んでいるとは思うまい。

 柳也は船長と空賊頭の顔を見回した。

「この取引は、それぞれにメリットとデメリットのある、極めて公平な契約だ。

 俺達は、マリー・ガランド号よりも快速の船でアルビオンに向かうことが出来る。その代わり、俺達は空賊どもに周りを取り囲まれた状態になる。

 マリー・ガランド号は、スカボローの港まで安全に航海することが出来る。ただし、硫黄の儲けは減るし、俺達も空賊船に乗るから、船賃は払えない。

 空賊どもは、硫黄一・六トンと貴族三人の収獲だ。代償は、マリー・ガランド号と硫黄六・四トンを見逃すこと。……我ながら、素晴らしく公平な提案だと思うが?」

 背後で、マチルダが噴き出した。何が公平なものか。結局は自分達にばかり利益を生む契約だ。人質になるといっても、黒船の動力機関の制御を柳也が掌握している限り、有名無実なものだ。しかも、自分達の命を握られている二人は、彼の提案を拒むことが出来ない。取引が聞いて呆れる。

 柳也はこれ以上ないくらいの爽やかな笑顔で二人を見た。

 その笑顔の語るところは、「うんと言わなければ、分かっているな?」だ。

 ただでさえ悪人面のこの男、腹に一物抱えた上での笑顔は、相手に威圧感さえ与えてみせる。

 空賊頭と船長は、しばし苦渋の時間を噛み締めた後、しぶしぶ頷いた。

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:35「手紙」

 

 

 

 自ら進んで空賊に捕らえられた柳也達は、全員、黒船の船蔵に閉じ込められた。閉じ込められた、とはいうもの、実際はVIP待遇で、空賊達はまるで腫れ物に触れるような繊細さで一行を扱った。この連中の機嫌を損ねたら最後、自分達の船を沈められかねない。船を失った空賊の末路は悲惨だ。とにかく、奴らのご機嫌を取らねば。空賊達は柳也達からの要求は何でも呑んだ。ワルド達は杖を取り上げられなかったし、柳也と才人も相棒の刀剣を没収されることはなかった。監禁場所が船蔵なのは、単にこの船にも客室に相当する設備がなかったからにすぎず、柳也達が「欲しい」と言えば、空賊達は大抵の物を持ってきてくれた。

 柳也達が閉じ込められた船蔵は、どうやら食糧庫のようだった。

 一六畳ほどの広さの部屋に、穀物やら野菜やらが麻袋に詰められた状態で雑多に収納されている。長い船旅には欠かせないラム酒もここにしまわれていた。酒瓶の箱は特に厳重に封がなされていた。

「ラム酒、鞭打ち、男色……ってか? こっちの世界でも、ラム酒は船乗りの救世主らしいな」

 ラム酒の入った箱を興味深そうに眺めながら、柳也は感嘆の呟きを漏らした。

 いつもの軍服の上に、薄手の毛布を被っている。勿論、空賊達からせしめ取った物だ。空の気温は、地上よりもずっと低い。一人最低二枚は毛布がいるとして、柳也は空賊達に要求した。当然、空賊達は渋い顔をしたが、例の縦震動を加えてやると、快く毛布を貸してくれた。ついでに、「腹が減ったから温かいスープをくれ」と言うと、空賊達は米神を引くつかせながら笑顔を浮かべる、という器用な芸当を見せ、調理場の方へと駆け込んでいった。いまは件の彼がスープを持ってくるのを待っている最中だ。

「……まったく、前代未聞だな」

「うん? 何が?」

「きみのことだよ」

 ぬくぬくと毛布で暖を取りながらスープがやって来るのを待つ柳也に、ワルドは呆れたように言った。

 前代未聞。まさしく前代未聞だ。身代金要求のために捕らえられたはずの人質が、実質、空賊の船を支配しているなど、いまだかつて聞いたことがない。しかも、船を支配するだけでなく、その船をタクシー代わりに使うなんて……、

「大点不敵な大物か、単に図々しいだけなのか」

「……前者は褒め言葉が過ぎるな」

 柳也は苦笑した。自らを臆病者と称して憚らない彼に、ワルドの言葉はくすぐったかった。

「かといって図々しいっていうのも頷きたくないなぁ。……実際、まだそんなに無茶な要求はしていないだろ?」

 船蔵に押し込まれてから柳也が口にした要求は僅かに二つ。防寒用の毛布と、温かいスープの二つだけだ。この二つが法外に無茶な要求だとは思えない。

「しかしそれは、あくまで、まだ、だろう?」

「ああ。まだ、だ」

 柳也とワルドは顔を見合わせると、互いにニヤリと笑った。

 そう。本当に無茶な要求をするのは、これからだ。

 アンリエッタから受けた密命は、アルビオンに到着すれば終わり、というものではない。ウェールズ皇太子と接触するためには、ニーカッスルの戦場へとこの船の針路を向けさせなければならない。

 大きな横揺れが、船蔵の柳也達を襲った。船が動き始めたのだ。どうやらマリー・ガランド号からの硫黄の積み替え作業が終わったらしい。

 船が動き出したのと同じくして、廊下の方から足音が聞こえてきた。徐々に柳也達のいる船蔵へと近付いてくる。お待ちかねのスープの時間のようだ。

 柳也はワルドを見て訊ねる。

「この船をニーカッスルへ向かわせたい。どうするのが、いいと思う?」

「この船のボスを説得する。それがいちばん手っ取り早くて、いちばん労力がかからない」

「うん。俺と同意見だ」

 柳也は頷くと、いまだ開く気配を見せぬ戸を眺めた。

 親指を立て、扉を示す。

 ちょうどその時ドアが開き、スープの皿を持った小男が顔を見せた。

「彼に連絡役を頼もう」

 柳也の言葉に、監視役の男は怪訝な表情を浮かべた。

 

 

 頭に会いたい。会って話がしたい。

 スープを持ってきた小男に、柳也が突きつけた三つ目の要求がこれだった。

 毛布とスープはすぐに持ってきてくれた小男だったが、さすがにこの要求に対しては即答を控えた。

 「頭と相談してくる」と、言い残し、小男は船蔵から立ち去っていった。

 その背中を手を振って見送りながら、柳也は「まぁ、拒否されることはないだろうが」と、やや大袈裟に呟いた。強い確信の篭もった響きだった。拒否すればこの船がどうなるか分かっているだろうな、と脅迫の意を孕んだ響きだった。

 柳也の呟きを耳にした小男は、ぎょっ、とした様子で振り返ると、駆け足で船長室へと向かった。

 今度こそその背中を見送りながら、柳也は、「主人公のやり口じゃないなぁ」と、溜め息混じりに呟いた。

 彼の背後で原作主人公の才人が、まったくだ、と頷いた。

 それから四半刻余り、柳也達は小男が戻ってくるのを待った。

 小男を待つ間、柳也は毛布にくるまり、スープを啜って時間を潰した。ハルケギニアは瓶詰の技術はあっても、缶詰の技術はまだ存在しない。鮮度の落ちた野菜や肉を煮込んだスープは薄味で、少々物足りなさを覚えた。

 空の上で食べるスープの味に柳也がわびしさを感じていると、マチルダが隣に寄ってきた。

 どうかしたか? と、振り向くと、この世界におけるもう一人のご主人様は、真剣な眼差しを向けてきた。柳也にのみ聞こえるか聞こえないかくらいのかすかな声量で囁きかける。

「正直に言いな。あんた、いま相当辛いだろ?」

 何に対する、辛い、なのか、すぐに分かった。

 自分の体調のことだ。柳也は答えず、「どうして気付いた?」と、こちらも彼女にしか聞こえないよう声を絞って聞き返した。

 マチルダは険を帯びた表情で使い魔の神剣士を見た。

「毛布だよ。あんた、さっきからずっと毛布を手放してないじゃないか?」

 マチルダは自らも羽織っている薄手の毛布を示して言った。

「いくらここが空の上で気温が低いっても、この程度の寒さ、神剣士のあんたには大した苦にならないはずだよ。それなのに、あんたはこの船に乗り込むなりまず毛布を要求し、しかも片時も手放そうとしない。それはつまり……」

「……みなまで言ってくれるな」

 柳也はマチルダの言葉を途中で遮った。

 諦めたように溜め息をつき、言を紡ぐ。

「お前の言う通りだ。俺はいま、自分の体温管理も出来ないほどに消耗している」

 神剣士の肉体は、基本的に病気に罹らない。

 肉体自体が強化されているからなのは勿論、体温調節を始めとする体調管理の一切を、永遠神剣が担当しているためだ。この身体管制のおかげで、神剣士は病気知らずでいられるだけでなく、その都度、環境に対して最適なコンディションを保つことが出来た。夏の暑い日には発汗を促し、冬の寒い日には筋肉の硬直を防ぐため血流を強くする、といったコントロールをすべて神剣がやってくれた。

 いまの柳也は、そうした体調管理の一切が出来ない身だった。

 先の仮面の男との一戦で、マナを消耗しすぎた。それに加えて、空賊の襲撃だ。この船の動力を押さえ続けるので相棒の神剣達は手一杯。とても、自分の体調管理に割く余力はなかった。

 また、柳也自身も一昨日の晩から連戦を重ね、疲弊している身だった。いまの彼に出来ることといえば、毛布にくるまり暖を取り、体温を逃がさないよう努めるぐらいだった。

「実を言うと、この船、沈めてやるぜ、ってのはハッタリだ」

 柳也は薄味のスープを舐めながら囁いた。

 よく見ると、毛布を着込んでいるはずなのに、その額には冷や汗が浮いている。

「いまの俺に、それだけのパワーはない。せいぜい、この船の動力を二分止めるのが限界だ。二分過ぎれば、船はまた浮く。……いまの俺には、その程度の力しか残っていない」

「……そう」

 マチルダは小さく頷くと、薄く微笑んで言った。

「馬鹿だね、あんた。言ってたじゃないか? 姫さんは嫌いだって。な嫌いな人間のために、そんなになるまで頑張って……本当に、馬鹿だ」

「馬鹿だよなぁ、ホント。自分でも、そう思う」

 柳也は苦笑すると、スープをすすった。

 脳裏に、一人の女の顔が浮かんだ。アンリエッタの顔だ。真実の友情などという美辞麗句を口にして、ルイズ達をけしかけた張本人。

 あの女の顔を思い浮かべるだけで、柳也は苛立ちが募るのを自覚した。

「けど、るーちゃんが、頑張ってるからな。従者の俺も頑張らにゃ」

 あの女は嫌いだ。しかし、ルイズのことは好きだ。

 ルイズだけではない。才人やケティ、目の前のマチルダにワルド子爵、殿を買って出たギーシュ達……自分は彼らが大好きだ。大好きな彼らが頑張っているから、自分も頑張ろうと思った。頑張ろうと、思えた。

 柳也は莞爾と微笑んで、マチルダを見た。

「みんなには、オフレコで頼むぜ? 最強戦力がこのザマじゃあ、士気が下がる」

「……わかったよ」

 マチルダは呆れた溜め息をこぼした。

 はて、目の前のご主人様は、自分のいまの発言をどう感じたのか。彼女はそれからすぐに睨みを効かせた表情で自分を見据えて言い放った。

「ただし、本当に辛くなったら、わたしにだけは言いな。まがりなりにも、わたしはあんたの主人なんだ」

「……ウレーシェ」

 聖ヨト語で短く礼を述べたその時、再び、扉が開いた。

 全員の視線が、そちらに向く。

 先ほどスープの皿を持ってきた、痩せすぎずの小男だった。

「頭がお呼びだ」

 

 

 六人が連れていかれた先は船長室だった。空賊の船とは思えぬほど立派な部屋で、中央には豪華なディナーテーブルが置かれていた。その、いちばん上座に、空賊頭は腰かけていた。

 先端に、大きな水晶がついた杖をいじっている。どうやら、彼はメイジのようだった。

 空賊頭の周りでは、いかにもガラの悪そうな空賊達が緊張した面持ちでルイズ達を見つめていた。全員、腰から曲刀なり、拳銃なりの武器を吊り下げている。鎧こそ着込んでいなかったが、臨戦態勢なのは間違いなかった。

 最初に口を開いたのは空賊頭の方だった。

 彼は、「まぁ、ともかく座りな」と、ルイズ達に着席を促した。

 先に、柳也とワルドが椅子に仕掛けがないか慎重に調べた上で腰かけ、みなが続いた。

 六人が着席したのを認めた空賊頭は、ぼさぼさの黒髪を乱暴にかきむしりながら、柳也を見た。

「おめぇ、いったいぜんたい、どういう魔法を使ったんだ?」

 何のことを言っているのか、すぐに分かった。〈決意〉の分身を寄生させた、この船の動力のことだ。

「デティクト・マジックで、船内はくまなく調べた。けれども、船内のどこにも、魔法や何か仕掛けを施した痕跡は見つからなかった」

 空賊頭は苦虫を噛み潰したかのような顔で、溜め息をついた。

 永遠神剣のことを知らない彼には、柳也がどうやってこの船の動力装置のコントロールを奪ったか、見当もつかない様子だった。

 ついには、柳也本人の口から、真相を聞き出そうとする始末だ。相当、追い詰められていることが窺えた。

「お前、本当にどうやってこの船の動力にちょっかいを出したんだ?」

「この船に乗る前に言ったろ? それを話しちゃ、手品にならない」

「まぁ、違いねぇ」

 空賊頭は大して落ち込んだ様子もなく頷いた。もともと、返答を期待しての質問ではなかったようだ。

 彼はまた溜め息をつくと、「それで?」と、柳也を見た。

「俺に用があるって聞いたが?」

「ああ。あんたに、是非ともお願いしたいことがあってね?」

「お願い?」

「ああ。お願いだ」

 「脅迫の間違いだろ」と、口の中で呟いて、空賊頭は「それは?」と、先を促す。

 自分の思い通りの会話の運びに、柳也はにっこり笑って、平然と言った。

「俺達を、アルビオン王国ニーカッスルまで連れて行ってもらいたい」

「ニーカッスルだと?」

 空賊頭が目を剥いた。周りの連中の口からも、どよめきの声が漏れる。

 ニーカッスルといえば、いままさに王党派と貴族派が決着をつけんと睨み合っている戦地ではないか。いったい、そんな所に何をしに行こうというのか。この連中はいったい……

 空賊頭は真剣な眼差しで柳也達を見据えた。

「知らないわけじゃないよな? あそこは、いま戦場だぜ?」

「ああ。知っている。俺達は、その戦場に用があるんだ」

「……おめぇ達、もしかして貴族派の援軍か? それとも……」

「さぁ、どっちだと思う?」

 空賊頭の言葉を途中で遮り、柳也はニヤリと冷笑を浮かべて言った。

 その態度が、目の前の六人の正体を何よりも雄弁に語っていた。

 空賊頭は苦々しい声音で言う。

「……王党派の連中は、明日にでもこの世から消えようって状況なんだぜ?」

「らしいな」

「貴族派につく気はないか? 俺達は、連中とはちょっとした繋がりがある。見たところ、お前達は相当腕が立つみたいだし、礼金をたんまり貰えるだろうぜ?」

「死んでもイヤよ」

 柳也が口を開くよりも先に、ルイズが言った。

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なんかにつくもんですか!」

「……って、うちのリーダーはこう言っている」

「リーダー?」

「ああ。まぁ、にわかには信じられないかもしれないが……」

 柳也は苦笑を浮かべた。ルイズを示して言う。

「このちんまいお嬢さんが、俺達六人のリーダー・るーちゃんだ」

「なっ! ちょっとリュウヤ! ちんまい、って何よ!? あと、るーちゃんって言うな!」

 柳也のあんまりな言いように、ルイズが激昂して声を荒げた。

 柳也はご主人様のお怒りを無視して、淡々と続ける。

「もう隠す必要もないから言うが、こちらにおわすはトリステイン王国でも五本の指に入る名門、ラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ嬢にあらせられる。此度はさる高貴な身分にあられるお方から密命を帯び、大使としてアルビオンへ向かっている次第だ」

「亡国の政府への、最後の使者ってわけかい」

「そういうことだ」

 柳也は頷くと、テーブルの上に身を乗り出し、空賊頭に顔を近づけた。

 凶悪な面魂に剣呑な眼差しを宿し、彼は続ける。

「さっき、貴族派の連中と繋がりがある、って言ったが、まぁ、運が悪かったと思って、俺達をニーカッスルまで連れて行ってくれ。ちゃんと連れて行ってくれたら、なんとか命だけは助けてもらえるよう、王党派の皆さんに頼み込んでやるからよ?」

「……その必要はない」

 空賊頭が、凛とした声音で言った。

 柳也の表情が、む? と硬化する。

 目の前の男が纏う雰囲気が、一瞬にして変わった。注意深く耳目を集中してみると、口調や言葉遣いも改まっていることに気付く。先ほどまでの粗暴なものではない。凛とした気品に満ちた所作だった。

「王党派に便宜を図ってもらう必要はない。きみたちがそんなことをしてくれなくても、我々の身の安全は保障されているからな」

「……お前」

 空賊頭の豹変ぶりに、柳也は警戒から椅子から僅かに腰を上げた。何が起こってもすぐ動き出せるよう膝を軽く曲げ、次の運動に備える。油断のない視線を、目の前の男に、そして周囲の男達に置いた。

 空賊頭は「失礼した」と、謝罪の言葉を口にした。何に対する謝罪なのか見当もつかない柳也達は、揃って怪訝な表情を浮かべた。続けて紡がれた言葉は、貴族に対する礼節を重んじたものだった。

「貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」

 周りに控えた空賊達が、一斉に直立した。

 空賊頭が、縮れた黒髪を剥いだ。なんとそれはカツラだった。眼帯を取り外し、これまた作り物の髭を、びりっ、とはがした。現れたのは、金髪碧眼の凛々しい若者だった。

「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官――本国艦隊といっても、すでに本艦“イーグル”号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まぁ、その肩書きよりもこちらの方が通りがいいだろう」

 若者は居住まいを正し立ち上がると、威風堂々、言い放った。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 柳也の目が点になった。ルイズがあんぐりと口を開け、才人が顎がはずれんばかりに驚愕する。ケティは突き付けられた現実にわなわなと震え、マチルダは茫然とした眼差しを目の前の王子に向けた。ワルドだけが、興味深そうな眼差しを亡国の皇太子に注いでいた。

「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをうかがおうか?」

 ウェールズはにっこりと微笑んだ。どんな気難しがり屋も思わず微笑み返したくなるような、魅力的な笑みだった。

 しかしルイズ達は、その微笑に微笑み返せずにいた。あまりにも意外な展開に、知覚と認知が追い付かず、口がきけずにいる。ただ茫然と、みっともないぽかん口を晒すばかりだった。

「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍のフネに囲まれてしまう。まぁ、空賊を装うのも、いたしかたない」

 ウェールズはいたずらっぽく笑って言った。

「いや、大使殿達には、誠に失礼をした。お互い知らなかったとはいえ、双方ずいぶん肝を冷やしてしまったな」

 マリー・ガランド号停船の一件と、柳也による動力掌握の件のことだ。

 ウェールズは肩を落とし、目を点にし、愕然と顎をはずすというなんともマンガチックな驚き様の柳也を見た。

「さて、お互い正体も分かったことだし、本艦に施した細工とやらを解除してもらえないだろうか?」

「……まずで、おうずぃ?」

 柳也が妙に訛りの強い口調で訊ねた。

 はっ、と正気に戻ったルイズが、慌てて柳也の鳩尾めがけてに肘鉄をかます。ぐえぇ、とカエルを踏み潰したかのような呻き声が、男の唇から迸った。

「こら、あんた! 王子様に失礼でしょ!」

「彼を叱るのはよしてやってほしい、大使殿」

 ウェールズは特に気にしたふうもなく言った。なんとも気さくで、清々しい皇太子だった。

「さっきまでの顔を見れば、無理もない。偽者じゃないかと疑う気持ちは当然だ。いまから、証拠を見せよう」

 ウェールズは、ルイズの指に光る、水のルビーを見つめて言った。

 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。

 いったいどういう作用なのか、二つの宝石が共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。ケティが、思わず「きれい……」と、呟く。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。きみがはめているのは、トリステインのアンリエッタ王女殿下が嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」

 ルイズは頷いた。

「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」

「たいへん失礼をいたしました」

 ルイズとワルド、そしてケティは席を立つと一礼して、その場に跪いた。

 慌てて、才人もそれに習う。柳也とマチルダはどこか面倒くさそうに続いた。

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵です。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かってまいりました」

 ワルドが優雅に頭を下げて言った。

 ルイズがポケットからアンリエッタの手紙を取り出し、恭しく捧げ渡した。

 ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。慎重に封を開き、便箋を取り出して読み始めた。

 真剣な面持ちで手紙を読み進めていたウェールズは、そのうち顔を上げた。

「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛らしい……従妹は」

 ワルドは無言で頭を下げた。肯定の意。再び、ウェールズは手紙へと視線を落とした。最後の一行まで読むと、彼は微笑んだ。

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 ルイズの顔が輝いた。才人とケティの表情にも、安堵の色が浮かぶ。

 よかった。これで任務は終了だ。

 しかし、続くウェールズの言葉は、すべてが終わったと思い込んでいた彼らにとって、思いがけないものだった。

「しかしながら、いま、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでな」

 ウェールズは笑って言った。

 魅力的なその笑みが、この時ばかりは、死神の発する死刑宣告のように思えた。

「多少、面倒だが、ニューカッスルまでご足労願いたい」 

 


<あとがき>
 

才人「柳也さん、これだけは言わせてください。……今回の話ですけど、アレは主人公のやり口じゃありません!」

柳也「うぇえええ!?」

 

 というわけで、読者の皆様おはこんばんちはっす。あくどい主人公・桜坂柳也の父親の、タハ乱暴でございます。

 今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございました。今回の話は、いかがでしたでしょうか?

 今回の話は、基本的に原作通りの展開なのに、主人公の柳也が悪役にしか見えない、という話でした。これでまた、人気落ちるな、あいつ……(笑)。

 しかし、柳也はワルドと仲良いなぁ。初めてじゃないだろうか、ワルドとこういう関係を築く主人公って。

 次回もお付き合いいただければ幸いです。

 ではでは〜

 

 

  <おまけ>
 

 前回のあとがきの最後で、飛行船の飛行原理について考察してみました。今回のあとがきでは、飛行船の歴史について考えてみましょう。

 現実の世界では、我々人類は空を飛ぶ鳥に憧れて、様々な形態の飛行機械を作ってきました。今日では、気球、飛行船、グライダー、ヘリコプター、飛行機、ロケットの六種類が一般的です。

 翻ってハルケギニアには、鳥以外にもドラゴンやグリフォンといった、空を飛ぶ動物がたくさんいます。よって空への憧れは、我々地球人が抱いたものよりもはるかに大きな感情だったことでしょう。強い感情のエネルギーは、新しい発明への原動力です。飛行機械研究への着手は、地球人よりも早かったと考えられます。

 どうすれば人間は空を飛ぶことが出来るか? この問いに対して、ハルケギニアの人々は、三つの解答を導き出したと考えられます。それらは、
 

@ 魔法の力で空を飛ぶ

A ドラゴンなど、飛行可能な動物に騎乗して飛ぶ

B 飛行可能な乗り物に乗って飛ぶ

の、三つです。
 

 これら三つのうち、最初に空を飛ぶという人類の夢を叶えたのは、@の方法論だったと考えられます。続いて実現されたのはAの方法論。しかしこの二つは、ごく一部の限られた人間にしか使えない技術でした。ハルケギニアで魔法の力を使えるのはメイジだけですし、ドラゴンやグリフォンといった、人間を背中に乗せられるような大型動物の調教には、長い期間と資金が必要です。調教師だって、そう簡単に調達出来る人材ではないでしょう。幻想動物を調教出来るような人材を育てる手間暇は、馬の調教師を育成するよりもはるかに難しそうです。

 もっと広範に使える技術として、Bの飛行可能な機械の開発が求められたのは、想像に難くありません。

 現実の世界では、科学的なアプローチから飛行機械の開発が始まりました。ギリシア神話のイカロスのエピソードからも分かるように、人類はまず、鳥という動物の模倣から飛行機械の研究をスタートさせています。生物の身体メカニズムの解析は、立派な科学です。

 他方、ハルケギニアの場合は、魔法的なアプローチから飛行機械の開発に努めたと考えられます。メイジ達の使う魔法の力をベースに、一般人でも扱える技術を開発する。ハルケギニアの飛行機械研究は、ここに端を発していると考えられます。

 

<夢一号エンジンの開発と、そのプラットホームの選定>
 

  飛行機械の動力源として、風石がいつ頃から注目されたのは定かではありませんが、研究が始まったかなり初期の段階ではもう、風石の持つ風のエネルギーは注目されていたのではないか、とタハ乱暴は考えます。風石が内包する莫大な風のエネルギーに注目した研究者達は、どうにかしてこのエネルギーを取り出せないかと苦心し、その結果完成したのが、前回のあとがきでタハ乱暴が命名した、『夢一号エンジン』です。

 この『夢一号エンジン』の完成に伴って、飛行機械研究は次の段階へと進みました。それは、『夢一号エンジン』を積み込むプラットホームの選定です。

 現在でこそ、船に乗せるのが一般的な『夢一号エンジン』ですが(この言い回しだとまんまオフィシャルな設定に思えますが、これは非公式設定です。念のため)、発明当初は様々な物に積まれ、性能がテストされたと考えられます。その中には、空飛ぶ絨毯を目指した物もあったことでしょう。空飛ぶベッドなんて物を作ろうとした人もいたかもしれません。そうした数々の試作品の果てに、最終的に『夢一号エンジン』は船舶に搭載されるのが一般的となりました。

 なぜ、『夢一号エンジン』は船に搭載されるようになったのか? これはエンジンのサイズと、性能の問題からそうなったと考えられます。『夢一号エンジン』の性能は、積載する風石の質量に大きく左右されます。積載する風石が大きければ大きいほど、あるいは多ければ多いほど、飛行船はより速いスピードで、より長い距離を飛べるようになります。飛行性能の高性能化を図れば図るほど、『夢一号エンジン』のサイズは大きくせざるをえなくなります。

 現実の世界でも、ハルケギニアにおいても、最もペイロードの大きな乗り物は船です。いわゆる10万トン・タンカーの輸送力と経済性には、飛行機も鉄道も敵いません。『夢一号エンジン』のプラットホームとして、ペイロードの大きな船舶は最適な乗り物だったわけです。エンジンを積み、貨物を積んでもなお有り余るペイロードが注目されて、飛行船は一般化したと考えられます。

 ちなみに、今回タハ乱暴は、エンジン先にありきで飛行船の誕生を考えましたが、プラットホーム先にありきで考えなかったのには理由があります。外装先にありきで考えた場合、どう思考実験をしても、あの形にならないんですよねぇ〜。前回のあとがきでも書きましたけど、船って、飛行機械としては最悪の形状なので。プラットホームを先に発明した場合、もっと飛行機然とした形になるはずなんですよ。よって、今回のあとがきでは、エンジン先にありきで、考察しました。

 

<飛行船の未来>
 

 かくして誕生した飛行船ですが、誕生後、その技術的な進歩はあまりなかったのではないか、と考えられます。というのも、飛行船が、『夢一号エンジン』と船舶のセットである以上、技術発展にはそのどちらもが歩みを合わせねばならないからです。建艦技術が先に発展しても、それがすぐ飛行船に反映されるわけではなく、その逆もまた然り、と考えられます。

 また、ハルケギニアの国家は基本的に地繋がりです。つまり、大航海時代が発生しない! 建艦技術が最も発展したのが大航海時代です。遠洋航海に耐えうる船への要求が、新たな技術を生み出したわけです。その大航海時代がないということは、技術の発展速度は非常に遅いと考えられます。

 すなわち飛行船は、誕生と同時に技術進歩の暗黒時代に乗り上げてしまったわけです。そしてこの暗黒時代は、才人が召喚されるまで続いていたと考えられます。

 飛行船業界にとって幸運だったのは、地球人・平賀才人が召喚されたのが、天才・コルベールが教鞭を振るっている、魔法学院だったことです。才人自身はただの学生にすぎませんが、彼の発言はコルベール教員に数々のインスピレーションを与え、様々なアイデアの原動力となりました。その結果が、原作第九巻に出てきた、“アレ”です。

 おそらく、ハルケギニアの飛行機械研究は、“アレ”の登場によって、第三段階に進むものと考えられます。飛行機械の開発に情熱を燃やす数多の研究者達はこれからしばらく、“アレ”の模倣に努め、そこから新しいアイデアをどんどん生み出していくと考えられます。

 ハルケギニアの研究者達に幸あれ!

 

<EPISODE:37あとがきに続く> 




柳也の公平な提案により、無事に話し合いは解決したな。
美姫 「公平……」
まあ、その辺りはマチルダが突っ込んでいるから良いとして。
美姫 「そのまま空賊を捕らえるかと思ったけれどね」
力が殆ど残っていない状態だしな。誤魔化しながら空賊船へと乗り換えた形となったな。
美姫 「結果として原作同様に王子だと分かって良かったけれどね」
だな。次回はいよいよ手紙の返却かな。
美姫 「そんな気になる次回は……」
この後すぐ!



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