階段を駆け上がった先では、一本の枝が伸びていた。

 大人が横隊で二十人以上並べる、太い枝だ。

 その枝に沿って、一艘の船が停泊していた。船幅が全長の半分ほどもある、いわゆる丸船だ。才人達の常識で言うところの帆船のような形状だが、空中で浮かぶためだろうか、舷側に羽根のような構造物が突き出している。そのシルエットは、才人の脳裏に一つの船を連想させた。

 ――メリー号・フライングモデルかよ……。

 才人は地球にいた頃に読んだ海賊の漫画に登場した船を思い出した。

 あの作品に登場した主人公で船長の少年は、羽根のついたマザーシップを見て「飛べそうだ!」と、叫んでいたが、

「……無理だろ、これ」

 特に飛行機に詳しくない才人だったが、断言出来た。無理だ。このデザインは。空力とか、空力とか、空力とか色んなものを無視している。飛べるはずがない。

「飛べそ〜〜〜〜!!!」

 背後から嬉々とした声が才人の耳朶を打った。思わずずっこける。振り返ると、ようやく一行に追い着いた柳也が、やけに、キラッキラッ、した眼差しで、フライングモデルを眺めていた。

「すげー! すげー! モノホンの帆船だ。カラック船だ。キャップテン・ドレイクの世界だ! くぅぅぅぅ、まさか、生きているうちにお目にかかれるとは! ドレイク艦長万歳! ロイアル・ネイビー万歳!」

 才人はまたずっこけた。感動のポイントはそこか。

 ミリタリー・オタクの青年は、本物の帆船を前に感無量、身の内から湧き上がる幸福感と嬉しさを抑えきれず、澎湃と涙を流した。

 いま、彼の頭の中では、海賊王ドレイクがイギリス艦隊を率いてスペイン無敵艦隊を打ち破る情景が展開していた。オタクの十八番、妄想だ。ガレオン船の甲板に立ち、指揮を執るドレイク船長は、勿論、自分と同じ姿をしている。あまりにも深すぎる妄想へのトリップ。

 突然、「低い弾道でスペイン艦の土手ッ腹を打て! 敵艦を沈めるのだ!」と、叫び出した柳也を見て、この人、駄目かもしれない、と才人は思った。

 船は上に伸びた枝から何本もの太い綱で吊るされていた。

 一行が乗った枝からは、タラップが甲板に伸びていた。

 六人が船上に現われると、甲板で寝込んでいた船員が慌てて起き上がった。 

「な、なんでぇ? おめぇら!」

「船長はいるか?」

 ワルドが訊ねた。

 柳也達に声をかけてきた男は、ラム酒の瓶をラッパ飲みしながら、酔って濁った目で答えた。

 「すげー! この世界でも船乗りはラム酒なんだ!」と、柳也が妙にずれたポイントで感動する。

「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」

 ワルドは答えずに、すらり、とサーベル杖を引き抜いた。

「貴族に二度同じことを言わせるきか? 僕は船長を呼べと言ったんだ」

「き、貴族!」

 相手が貴族だと知って、一気に酔いが醒めたか、船員は立ち上がると船長室へすっ飛んでいった。

 しばらくして、寝ぼけ眼の初老の男を連れて戻ってきた。初老の男性は、帽子を被っていた。彼が船長のようだ。

「何の御用ですかな?」

 船長は胡散臭げにワルド達を眺めた。特に、甲板に置かれた備品を見つけては感動のあまり奇声を上げるミリタリー・オタクに、厳しい視線を向ける。

 ワルドは無言でルイズを見た。ルイズもまた無言で頷くと、かつかつ、とローファーを鳴らし、柳也に接近。弁慶の泣き所目掛けて、ローキックをかました。脛を押さえ、痛がりながら、ぴょんぴょん、飛び跳ねる我らが主人公。

 ワルドは、ごほん、と一つ空咳をしてから、

「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」

と、たたずまいを直し自らの身分を明かした。

 相手が身分の高い貴族と知って、船長は急に言葉遣いを改める。

「これはこれは。して、当船へはどういったご用向きで?」

「アルビオンへ、いますぐ出港してもらいたい」

「無茶を!」

 船長は困った様子で声を荒げた。

 貴族は恐いが、プロとして言っておくべきことは言わなければ。

「あなたがたが何しにアルビオンに行くのか、こっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」

「どうしてだ?」

「アルビオンがここ、ラ・ロシュールに最も近付くのは朝です! その前に出港したんでは、“風石”が足りませんや!」

「“風石”って?」

 才人が小首を傾げた。

 さんざん喚き散らして少しは腹の虫が収まったか、隣に立つケティがそっと耳打ちする。

「“風”の魔法力を蓄えた石のことですよ。その力で、船は宙に浮かぶんです」

「子爵様、当船が積んだ“風石”は、アルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら、足が出ちまいますゆえ」

 船長がワルドに言った。どうやら彼は、この船の船長であり、また経営者でもあるようだ。

「したがって、いまは出港出来ません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」

「“風石”が足りぬ分は、僕が補う。僕は、“風”のスクウェアだ」

 船長と船員は、顔を見合わせた。どうやらワルドが最初に話しかけた男は、この船の乗組員の中でも、かなり高い地位にあるようだった。

 二人は揃って、ワルドの方を向いて頷いた。

「ならば結構で。料金ははずんでもらいますよ?」

「積荷は何だ?」

 ワルドが訊ねた。その言葉に、なるほど、この船は輸送船だったのか、と柳也が得心したように頷く。船幅の広長い丸船は、大量の物資を積み込むのに適している。また、そのずんぐりとした形状ゆえに、風浪に強い。輸送船にはぴったりの造りだった。

「硫黄で。アルビオンでは、いまや黄金並の値段がつきますんで。新しい秩序を建設なさっている貴族の方々は、高値をつけてくださいます。秩序の建設には、火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」

「その運賃と同額を出そう」

「本日は当船、マリー・ガラント号をご利用いただき、ありがとうございます」

 船長はこずるそうな笑いを浮かべて頷いた。

 商談成立。矢継ぎ早に、船員達へ命令を下す。

「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 ぶつぶつと文句を口にしながらも、よく訓練された船員達は船長の命令に従ってきびきび準備を始めた。船を枝に吊るしたもやい綱を解き放ち、横静索によじ登って帆を打つ。

 戒めが解かれた船は、一瞬、空中に沈んだ。男衆の股間が一瞬、きゅっ、と締まる。しかしすぐに“風石”が発動し、その力で上昇を始めた。

 帆と羽根が風を受け、ぶわっ、と張り詰め、船は前へと動き出した。

「す……」

「すげぇええ! 飛んだぁぁああ!」

 才人の口から出かかった言葉を、柳也が引き継いだ。まるではじめて飛行機に乗った子どものようなはしゃぎようだった。

 才人はそんな師匠の姿を茫然と見つめた。

 先ほどまで仮面の男と一進一退の攻防を繰り広げていた柳也と、いまの柳也の姿とが結びつかなくて、軽い混乱さえ覚えてしまう。

 しかしまた同時に、この子どものような部分こそが、桜坂柳也という男の本質なのだ、とも思った。子どものようなひたむきさ、愚直さ、一途さがなければ、斯様に戦史を愛し、剣を愛することは出来まい。

 才人は舷側に乗り出して地面を見た。

 “桟橋”と呼ばれた大樹の枝の隙間に見える、ラ・ロシェールの灯りが、ぐんぐん、遠くなっていく。結構なスピードが出ているようだ。

「……四三〜五ノットってところだな」

 才人の隣に立った柳也が呟いた。

「飛行機としてはやや低速だが……これだけの巨体を浮かすだけも、相当なテクノロジーだ」

 一行が乗り込んだ丸船は、全長が五十メートル近い巨艦だった。空を飛ぶ船ということで、普通の船よりも軽く作ってはいるだろうが、それでも六十トンを下ることはあるまい。六十トンといえば、重戦車並の重量だ。

「戦車を飛ばしているようなもんだよ、これは。……昔、日本軍は特三号戦車っていう、空飛ぶグライダー戦車を作ろうとしたが、あれは三トンの軽戦車だったしなぁ。しかも失敗している」

「すごいですよね。どうやって飛ばしてるんだろ?」

「ううん……ちょっと、調べてみようか」

 柳也は呟くと、舷側の縁に手を置いた。

 掌から船体へと、〈決意〉を寄生させる。

 先の戦いでほとんどのマナを使い切った彼だが、寄生対象の内部構造を調べるくらいのエネルギーは残っていた。

「…………ふむふむ。なるほどなぁ……」

 しばし瞑目し、独り呟く。

 どうやら永遠神剣の力を使ってマリー・ガランド号の船体構造を調べているようだが。

 ――端から見たら危ない人だなぁ。

 才人は苦笑しながら、柳也の開眼を待った。

 やがて調査が終わったか、瞠目した柳也は複雑に笑ってみせた。

「……随分と、乱暴な仕組みだった」

「どういうことです?」

「簡単に言えば、船底と、船尾にロケットエンジンを乗っけているようなもんだ。“風石”が巻き起こす“風”の推力を、前に進む力と、上へ押し上げる力に使っている」

「帆は? 普通の船だったら、あれで進みますよね?」

「帆は、針路の決定に使われている。舵はなかったから、風向き次第でどの方向にも曲がるぞ、この船」

「……じゃあ羽根は?」

「飾りだな、実際のところ」

 柳也はきっぱりと断言した。

 ああ、やっぱりあの羽根、要らないんだ、と才人は得心した表情で頷いた。

「むしろ邪魔だな。あの羽根が、いちばんの空気抵抗の元になっている。……一応、揚力を生んではいるようなんだが……」

「マストとかの空気抵抗も差し引いて、プラマイ・ゼロなわけっすね? むしろマイナス?」

「マイナスだな。残念!」

「じゃあ、何のためなんでしょうね、アレ? やっぱりどこの世界の人間も、空飛ぶモンには羽を付けたがるもんなんでしょうか?」

「ううむ。興味深いテーマだなぁ……はたして、人類はなぜ羽根を求めるのか?!」

「…………なに、くだらない話してるのよ?」

 異界の技術のあまりの不可思議さに首を捻る地球人二人のもとに、船長と話を終えたらしいワルドとルイズがやって来た。

 見れば、ケティとマチルダも自分達の側に寄ってきている。

「船長の話では、明日の昼過ぎにはスカボローの港に到着するそうだ」

「スカボローって?」

 突然出てきた異世界の地名に、柳也が怪訝な顔をする。

 ワルドは「アルビオンにある港町の一つだ」と、説明する。

「僕達が目指すニーカッスルまでは、馬を飛ばして一日の距離にある」

「ニーカッスルの戦況は?」

 これはケティの質問だ。ワルドは難しい顔で答えた。

「王軍は貴族派の軍に攻囲されて苦戦中とのことだ、ミス・ロッタ。攻囲軍の数は五万」

 五万という数字を聞いて、柳也は思わず唸り声を発した。五万人といえば旧陸軍の二個師団に相当する兵力だ。そのうち戦闘要員はどれくらいになるだろうか、と計算しようとして、柳也はやめた。計算したところで、気が滅入るだけのような気がした。

「対する王軍の兵力は、最小の見積もりで三〇〇程度。多くとも、五〇〇程度だろう、という話だ」

「ウェールズ皇太子は?」

「わからん。生きてはいるようだが……」

「どうせ、港町はすべて反乱軍に押さえられてるんだろう?」

 マチルダの問いに、ワルドは苦々しく「そうだろうな」と、頷いた。

「だったら、どうやって王統派と連絡を取るつもりなんだい?」

「陣中突破しかあるまいな。さっきも言った通り、スカボローからならニーカッスルまではあっという間だ」

「兵力五万の反乱軍の間をすり抜けてか?」

 柳也は諧謔じみた微笑を浮かべて訊ねた。

 この場にいる六人のうち、四人は軍隊経験がない。彼らの感じる緊張や不安を少しでも和らげてやるべく浮かべた笑みだったが、正直、上手く笑えている自信はなかった。それくらいに、絶望的な状況だった。

 歴戦のメイジは、こちらも微笑みながら応じる。

「そうだ。それしかない」

「……ま、反乱軍の連中も公然とトリステインの貴族に手出しはしないだろうな」

 「そんなことをすれば外交問題になる」と、柳也は呟いた。

 ワルドは頷くと、

「その辺りが抜け道だな。隙を見て、包囲線を突破し、ニーカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないだろうが」

 ミリタリー・オタクであり、軍隊経験もある柳也は「そうだな」と、同意した。

 夜間における作戦行動は本当に恐ろしい。ただでさえ視界が悪くなる上に、方向感覚・距離感の喪失といった事態が容易に起こりうる。その上、今回は敵の勢力圏内を移動するわけだから、敵兵や罠の存在にも気を配らなければならない。暗夜においては、かなりの至近距離まで敵の接近に気付かないことがしばしばありうる。

 その後も二、三の注意事項と、アルビオンに到着してからの行動方針を確認して、ワルドは最後にこう締めくくった。

「アルビオンに到着したら忙しくなるぞ。みんな、いまのうちに休んで、英気を養っておくんだ」

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:34「空賊」

 

 

 

 ワルドから休んでおくように言われた一行だったが、休憩所の選定には思いのほか労を要することとなった。

 マリー・ガランド号は本来輸送船であって、貴族を乗せるような客船ではない。当然、客室なんて洒落た設備はなく、僅かに船蔵の空きスペースと、船員達が雑魚寝するタコ部屋くらいしか休憩出来るような場所はなかった。

 タコ部屋はルイズが嫌だとごねたため、当然却下。かといって船蔵は、先述したように本当に僅かなスペースしか空いていない。せいぜい、大人三人が横になれるぐらいしかなかった。対して、柳也達は六人。このうちはワルドは風石の不足分を補うために甲板で魔法を唱え続けなければならないから、実質五人だ。

 侃々諤々の議論の末、僅かな空きスペースは、女性陣が使用することになった。

 地球人の男衆二人は、甲板の隅の方で眠ることとなった。なお、船員達から薄い毛布を借りる二人は、なぜか脛を押さえて、ぴょんぴょん、飛び跳ねていた。議論の決め手となったのが何なのかは、察してくれい。

 空の上にいるためだろう、吹きさらしの甲板は寒く、また常に様々な方向からの気流に晒されていた。

 寝心地は最悪だったが、疲労が溜まっていたこともあり、二人は横になるなりすぐ睡魔に襲われた。

 やって来た睡魔達のボディブローの連打に意識を奪われた彼らが、次に目を覚ましたのは、空が朝焼けに燃える時刻のことだった。

 船員達の喧騒が、地球人二人の耳朶を叩いた。

 眠っていた意識が揺り起こされ、瞼越しに眩しい光を感じた。目を開ける。青い空が広がっていた。

 柳也と才人は起き上がると、舷側から下を覗き込んだ。白い雲が見えた。船は雲の上を進んでいた。いまの高度はいったいいくつだろう。

「アルビオンが見えたぞー!」

 鐘楼の上に立った見張りが、大声を上げた。

 才人は寝ぼけ眼をこすり、舷側から眼下を覗き見た。しかし、広がるのは白い雲ばかりだ。どこにも陸地など見えない。

「才人君、あっちだ」

 柳也に肩を叩かれ、振り向いた。

 彼の指差す方向に顎先を向け、才人は、愕然とした。頭の中に残っていた眠気の残滓が、一気に引いていく。思わず、目が点になった。

「…………What's ?」

 才人は息を呑んだ。

 柳也に示されるがままに振り仰いだその先に、巨大な……まさに巨大としか表現のしようがない、雄大な光景が広がっていた。

 雲の切れ間から、黒々と大陸が覗いていた。飛行船に乗る才人が、見上げる位置に。巨大な大地が広がっていた。大地ははるか視界の続く限り延びている。地表には山が聳え、川が流れていた。

「う……浮いてる……」

 茫然とした呟きが、才人の唇から漏れ出た。

「驚きました?」

 いつの間にか甲板にやって来たケティが、才人の耳元で囁いた。

 見れば彼女だけでなく、ルイズとマチルダの姿もある。アルビオンが見えたということで、船蔵から出てきたらしい。

 ケティの問いかけに、才人は激しく首を縦に振った。

「ああ、ああ! こんなの、見たことねぇや!」

「あれが浮遊大陸アルビオンです。ああやって、空中を浮遊して、大洋や大地の上をさ迷っているんです。でも……」

 ケティは才人の隣に並ぶと続けた。

「月に何度か、ハルケギニアの上にやって来るんです。大きさはトリステインの国土と同じくらい。通称は“白の国”」

「どうして、白の国なんだ?」

「あれを見てください」

 ケティは大陸を指差した。

 大河から溢れた水が空に落ち込んでいる。落ちていく水は白い霧となって、大陸の下半分を包んでいた。なるほど、あれが“白の国”の由来か。地上の人々から見れば、まさしく白い大地が浮かんでいるように見えるだろう。

「……霧はやがて雲となり、ハルケギニアの大陸に雨を降らして回る」

 柳也がケティとは反対側に立って呟いた。

「恵みの雨であり、災厄の雨だ。雨は乾いた大地を潤いし、そこを豊穣の土地とする。しかし一方では川の水を溢れさせ、大洪水を引き起こす」

「柳也さんは、知ってたんですか? アルビオンが、空にあるって」

「ああ。マチルダから聞いていた」

 柳也はマチルダを見た。視線が交錯する。かぶりを振られた。アルビオンが故郷だということは、話すな、という意思表示。

 柳也は小さく頷くと、黒い浮遊大陸に視線を戻した。

「……だが、知っているのと、実際に見たのとでは、やはり違うな。……なんて……なんて雄大な……」

 柳也ははるか彼方の大地を、食い入るように見つめた。

 神剣士の柳也は、視線の先にある大陸からマナを感じ取っていた。巨大な、あまりにも巨大な、生命の息吹だ。あの大地に存在する、無数の生命の鼓動だ。ヒトのマナ。獣のマナ。木々のマナ。水のマナ。土のマナ……大陸に存在するあらゆるマナを、柳也は肌で感じた。魂で感じた。眺めていると、不覚にも涙が込み上げてきた。

 柳也は目元を覆いながら、熱を帯びた口調で言う。

「……馬鹿だよなぁ、人間って生き物は。こんな……こんなにも巨大なマナを……生命力を巡って、ちっちぇ争いばっかしてるんだから。ホント、みみっちぃ存在だぜ」

 そのとき、鐘楼に上った見張りの船員が、大声を上げた。

「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」

 才人は言われた方を振り向いた。なるほど、船が一隻近付いてくる。マリー・ガランド号よりも、一回り大きい。舷側に開いた穴からは、大砲が突き出しているのが見て取れた。

「……ガレオン・タイプのようだな」

 才人の隣で柳也が呟いた。

 マリー・ガランド号と同様、羽根が付いていることを除けば、近付いてくる船は、柳也の記憶にあるガレオン船に似た形状をしていた。

 ガレオン・タイプは十六世紀の、いわゆる大航海時代に作られた軍艦の一つで、舷側に大口径の重カノン砲を搭載しているのが特徴の帆船だ。ガレオン・タイプが登場する以前、ヨーロッパ各国の海軍が保有する戦艦は、みな手漕ぎのガレー船だった。海岸線の複雑な欧州の海はどこも風向きが変わりやすく、操艦技術の未熟な時代、帆船は軽快な運動性が求められる戦闘艦には不向きとされていた。

 ところが大航海時代になると、欧州の列強国達はこぞって植民地争奪戦に乗り出し、海軍は遠洋航海をする機会が格段に増えた。しかしガレー船は、動力を人力とするため、航続力が短い。また、オールの長さの関係から、船底を浅くせざるをえず、風浪に弱かった。これでは、遠洋航海にはとても耐えられない。そこで、風を動力とし、船底を深く作れる帆船が注目されるようになった。各国の海軍は、これまで見向きもしてこなかった帆船の戦闘艦化に努めた。理想的な模範解答は、イギリスから提出された。これがガレオン・タイプで、誕生したばかりの新型戦艦は、海賊王サー・フランシス・ドレイクの手によってそのポテンシャルを十全に発揮、スペイン無敵艦隊撃破の原動力となった。以降、海戦の主役はガレオン・タイプとなり、各国海軍はガレオンの模倣に努めた。

 ガレオンの特徴はなんといってもその火力だろう。ガレオンの登場以前、戦闘艦は小口径のカノン砲しか搭載出来なかった。大口径の重カノン砲は、強力だが重く、反動も強い。下手に艦載すれば重心が崩れ、撃てば反動で転覆の恐れすらある代物だった。そんな重カノン砲の搭載にはじめて成功したのが、ガレオン・タイプの船だった。

 もし、視界に映じたあの船が、見た目通りのガレオンだとすれば、少々厄介なことになるかもしれない、と柳也は思った。

 ガレオンは戦闘艦だ。つまりは軍艦だ。しかし、聞くところによれば、アルビオン王軍の空軍艦隊はすでに壊滅して久しいという。とすれば、接近するガレオンは反乱軍の船となる。

 あの船がアルビオンに近付くマリー・ガランド号の臨検のためやって来たとしたら…………早くも、正体露見の危険がある。

 柳也は苦々しく接近する船を見上げた。

 

 

 後甲板で、ワルドと並んで操船の指揮を取っていた船長は、見張りが指差した方向を見上げた。

 黒くタールが塗られた船体は、まさに戦う船を思わせた。こちらに、ぴたり、と片舷側だけで二十数個も並んだ砲門を向けている。距離があるため、さすがに船員の顔は見えなかったが、剣呑な表情を浮かべているであろうことは間違いなかった。

「アルビオンの貴族派か? お前達のために荷を運んでいる船だと教えてやれ」

 見張り員は、船長の指示通りにて旗を振った。しばし待つ。黒い船からは、何の返信もない。

 そのとき、何かに気が付いた副長が「あっ」と声をあげ、顔を青くした。「どうした?」と船長が訊ねると、副長は早口で言った。

「あの船は旗を掲げておりません!」

 その言葉に、船長の顔もみるみるうちに青ざめていった。

「してみると、く、空賊か!?」

 空賊。文字通り、空を縄張りに活動する賊だ。内乱の混乱に乗じて活動が活発になっていると聞いていたが、よりにもよって、自分の船が遭遇するとは!

「逃げろ! 取り舵いっぱい!」

 船長は船を空賊船から遠ざけようとした。しかし、時すでに遅し。黒船は併走し始めていた。

 DOM! と、一門の砲が唸り声を上げた。威嚇射撃だ。砲弾は、マリー・ガランド号の針路上にある雲の彼方へ消えていった。

 停船しなければ、蜂の巣にしてやるぞ、という意思表示に他なからなかった。

 程なくして、もっと直接的な意思表示がなされた。黒船のマストに、四色の旗流信号がするすると登る。

「停船命令です、船長」

 副長が、諦めたように呟いた。

 船長は苦渋の決断を強いられた。この船とて、自衛用の武装がないわけではない。しかし、移動式の大砲がたった三門、甲板に置いてあるに過ぎない。小口径のカノン砲だ。威力と射程は、敵ガレオンの搭載する重カノン砲に及ばない。のみならず、砲の数でも負けている。

 船長は助けを求めるように、隣に立ったワルドを見つめた。

 しかしワルドは、落ち着き払った様子でかぶりを振った。船を飛ばすために、魔法を使いすぎた。自分にはもう、彼らと立ち向かうだけの力はない。

 船長は口の中で、「これで破産だ」と、呟くと、力なく命令を下した。

「裏帆を打て。停船だ」

 

 

 いきなり現われては大砲をぶっ放した黒船と、行き足を弱め、停船した自船の様子に怯えて、ルイズは思わず柳也に寄り添った。

 六尺豊かな巨体を後ろから、不安そうに併走しつつ近付いてくる黒船を見つめる。

 やがて黒塗りのガレオンは、互いの船の船員の顔がぼんやり見える距離にまで接近してきた。

 舷側には、十数人もの男達が並び、こちらに剣呑な眼差しを向けている。彼らの手には、矢をつがえた弓や、フリント・ロック式の拳銃、あるいはライフル銃の姿があった。黒船の乗員の武装を見て、一同の顔が硬化する。

「空賊だ! 抵抗するな!」

 黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。

 すると同時に、鉤の付いたロープが放たれ、マリー・ガランド号の舷縁に引っかかる。こちらの船に乗り込むつもりだ。船の間に張られたロープを伝って、屈強な男達がやって来る。斬込隊だ。手には斧や曲刀などの得物を握っている。その数、およそ五十人といったところか。

 才人は背中のデルフリンガーの柄に手を伸ばした。

 鞘から剣身を抜こうとした時、背後から肩を叩かれた。いつの間にかやって来たワルドだった。小さな声音で話しかける。

「やめておけ」

「でも……」

 ワルドの声量に合わせて、才人も声を絞って答えた。ワルドはゆっくりかぶりを振る。

「敵は武器を持った水兵だけじゃない。あれだけの門数の大砲が、こちらに狙いをつけているんだぞ? 戦場で生き残りたかったら、相手と己の力量をよく天秤にかけ、わきまえることだ」

「停船の命令から斬込隊の投入まで、相手は無駄なことは一切やっていない」

 ワルドに続いて、柳也も言った。

「乗船までの連携も見事だ。援護役の射撃隊の登場、ロープを引っ掛ける部隊の投入、斬込隊の乗船と、一瞬の遅滞もない。空賊などと名乗っているが、統制の取れた動きと練度は、軍隊並に訓練されたものだ」

「おまけに、向こうにはメイジがいるかもしれない」

 マチルダの言葉に、柳也とワルドは頷いた。

 揃って才人の顔を見る。

「野戦であればまだしも、ここは逃げ場のない空の上。しかもこっちは、マリー・ガランド号の乗組員を守りながら戦わなきゃならない」

「僕達が傷つくのはともかく、無関係な船員達を犠牲にするわけにはいかない。迂闊な行動は、慎むべきだ」

「……くそっ」

 才人は悔しげに吐き捨てると、デルフの柄から手を離した。

 斬込隊の乗船が終わった。

 最後に、派手な恰好をした一人の空賊が、どすん、と音を立てて甲板に降り立った。

 最初に目を引いたのは、左目に巻かれた眼帯だった。顔中に無精髭を生やし、ぼさぼさの長い黒髪を、赤いバンダナで乱暴に纏めている。汗とグリース油で真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした逞しい胸板が覗いていた。どうやら空賊の頭領らしい。

「船長はどこでえ?」

 空賊の頭領は伝法な仕草と言葉遣いで船上を見回した。

 マリー・ガランド号の船長が、「わたしだが」と、手を上げる。

 恐怖で震えながら、それでも精一杯の威厳を保とうと努力していた。

 そんな船長を見て、頭は嗜虐的な笑みを浮かべると、大股で船長に近付いた。

 彼の頬を、ぴたぴた、と曲刀の白刃で叩く。船長の顔が真っ赤に染まった。恐怖と屈辱感からくる紅潮だった。

「船の名前と積荷は?」

「トリステイン所属、マリー・ガランド号だ。積荷は硫黄だ」

 空賊達の間から、溜め息が漏れた。硫黄は黒色火薬の原料の一つだ。戦時下のアルビオンで売りさばけば、さぞや高値がつくに違いない。

 頭はにやりと笑うと、船長の帽子を取り上げて自分が被った。

「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」

 船長が屈辱で震えた。

 それから頭は、甲板でたたずむルイズ達に気が付いた。ルイズとワルド、そしてケティの身に纏うマントを見て、呟く。

「おや、貴族の客まで乗せてるのか」

 ルイズに近付き、顎を手で持ち上げた。

「こりゃあ、別嬪だ。お前、俺の船で皿洗いをやらねぇか?」

 男達は下卑た笑い声を上げた。ルイズはその手を、ぴしゃり、と払う。

 燃えるような怒りを視線に篭めて、男を睨みつけた。

「下がりなさい。下郎」

「驚いた! 下郎ときたもんだ!」

 男達は大声で笑った。

 再び才人がデルフの柄に手を伸ばす。また、ワルドがそっと止めた。

「なあ、使い魔君。きみはどうにも冷静になれないようだな」

「で、でも……ルイズが……」

「いま、きみが暴れたところで状況は何ら好転しない」

 柳也が耳元で囁いた。ワルドも頷く。

「……まぁ、かといって、このまま何もせず黙っているのも、癪ではあるな」

 語気を強めて、柳也が呟いた。

 それまで、彼の言葉に全面的な同意を示していたワルドが、「うん?」と、頷くのをやめる。

 驚いた表情で才人が見上げると、柳也は莞爾と笑って言った。

「剣を振るうだけが戦いじゃない。まぁ、見ていろ」

 

 

 才人に微笑んで前へと踏み出した柳也は、ルイズの顎に添えられた空賊頭の腕を、むんず、と掴んだ。

 むっ、として振り返る頭に、にこやかな笑みを向ける。

「こらこら、あんまり若いお嬢さんを恐がらせてやりなさんな」

「あん?」

 空賊頭は柳也の手を乱暴に払いのけると、曲刀の切っ先を柳也の顎先に向け、歯を剥いて威嚇した。

 背後に立つ斬込隊、銃や弓を構える射撃隊も、柳也に狙いを定める。

「誰に向かって口を聞いてるんだ? てめぇ、自分の立場が分かってんのか?」

「……そっちこそ、誰に向かって口を聞いているんだ?」

 柳也はにこやかな笑みを引っ込めると、一転して冷ややかな眼差しを空賊頭に注いだ。

 ただでさえ見る者を威嚇する凶悪な面魂が、さらに剣呑さを帯びる。

「てめぇら、まさか主導権を握っているのは自分達だって、勘違いしているんじゃねぇだろうな?」

 柳也は居並ぶ空賊連中を冷淡な眼差しで見回すと、嘲るように肩をすくめた。大仰な仕草で右手を掲げる。空賊達の視線が、彼の右手に集まった。

 柳也は、ニヤリ、と笑って指を鳴らした。

 その瞬間、マリー・ガランド号に接舷した黒船に、激震が走った。強烈な縦震動が船体を揺さぶり、マストが、みしみし、と音を立てる。予期せぬ震動の襲撃に、船内の其処彼処から悲鳴が上がった。怪我人が続出し、舷側に立つ射撃隊は慌てて武器の確認に努める羽目になった。特に銃器は、暴発の危険性から細心の注意を払う必要がある。柳也達に向けられた銃口が、一斉に下へと向けられた。

「な、どうした!?」

  振動はマリー・ガランド号にも伝わり、柳也達の足下で微震を起こした。

 空賊頭は突如として自船を襲った異変に、茫然とした表情を浮かべた。

 黒船の方から、「分かりません!」と、がなり声が上がる。

「突然、船が震え出したんでさあ! 長年船乗りやってますが、こんなことは初めてだ!」

「お頭、大変です!」

 別の船員が舷側から乗り出し、マリー・ガランド号の空賊頭に向かって叫んだ。どうやら黒船の航海士らしい。

「イーグル号の高度が、勝手に下がっています!」

「なんだと!?」

 頭が驚愕の声を発した。続いて、はっ、とした顔になる。縦震動の正体は、それか。

「どういうことだ!?」

「動力の風石からの“風”が、急に止まっちまったんです。原因は分かりません。現在、毎秒一〜二メートルの低速で、降下中!」

「おいおい、言葉は正しく使えよ?」

 航海士と頭の会話を聞いていた柳也が、クスリ、と笑った。

「偉大なる孔子大先生も言っている。言葉は正しく使うべきだ。降下中、じゃなくて、落下中、だろう? ……もしくは墜落中か?」

「てめぇ!」

 空賊頭が柳也の胸倉を掴んだ。

 柳也の口調から、自船に起こった異変には目の前の男が関与していると気付いたようだ。

「いったい何をしやがった?!」

 空賊がロープを引っ掛けた時から、柳也は〈決意〉の分身をマリー・ガランド号へ寄生させ、ロープを伝って敵船へと移動させていた。斬込隊が乗船を強行している間に黒船の船体構造を調査し、いままで、反撃の機会を待っていたのだ。

 黒船の飛行原理が、マリー・ガランド号と同じ仕組みであることに気が付いた柳也は、〈決意〉の力で敵船の動力機関を管制下に置いた。第七位の神剣でしかない〈決意〉の力では、巨大な船体のすべてを支配することは出来ない。ましてや、いまの柳也は仮面の男との戦いで消耗しきった身だ。出来ることは少ない。しかし、船体のごく一部分のみを支配するだけならば、いまの彼でも可能だった。動力機関を支配した柳也は、風石から“風”のエネルギーを取り出す装置に細工を加えた。

 はたして、風石のエネルギーを利用出来なくなった敵船は、進む力も浮くための力も失い、落下を始めた。

 ロープで繋いでいるマリー・ガランド号への影響を考慮して、いまは低速での落下に留めているが、柳也の意思一つで、一気に地面に叩きつけることも可能だ。

「言うと思うか? 種明かしをしたら、手品じゃないだろうが」

 柳也は侮蔑の笑みを漏らすと、空賊頭の手を払い除けた。

 たたずまいを直し、友好的に微笑みかける。

「これで自分達の置かれている立場は理解したな? 俺はその気になればてめぇらの船をすぐ地表に叩き落すことが出来る。……妙な考えは起こすなよ? 俺が死んでも、落下は止まらん」

 勿論、これは嘘だ。柳也が死ねば、その瞬間、契約者からのマナの供給がストップし、黒船に寄生した〈決意〉の分身は消滅することになる。

 しかし、永遠神剣のことを知らない空賊どもに、この嘘を見抜くことは出来まい。

「さて、さっきのお前さんの言葉を繰り返してやろうか。てめぇ、自分の立場が分かってんのか?」

「……ハッ」

 しかし空賊頭は、柳也の言葉に好戦的な笑みを浮かべてみせた。

「変わっちゃいねえよ。てめぇらをぶち殺して、この船に乗り移ればいい。そうすりゃ、万事解決だ」

「なるほど。いい作戦だな。だったら……」

 柳也はまたも右手を掲げると、指を弾いた。

 瞬間、マリー・ガランド号に激震が走った。船体が揺れ出し、ガクン、と高度が落ち始める。今度は〈戦友〉の分身を、マリー・ガランド号に寄生させたのだ。

 黒船から伝わってくる微震とは比べ物にならない震動に襲われて、空賊頭は慌てて舷側に寄りかかった。茫然とした表情で、柳也を見る。

「てめぇ……」

「これでどうだ?」

「てめぇ、イカレてんのかッ!?」

「いや、自分ではいたって冷静なつもりだ」

 激昂して叫ぶ空賊頭に、柳也は肩をすくめて答えた。その額には、うっすらと汗が滲んでいる。ただでさえ消耗している身体で、さらに永遠神剣の力を行使した。その疲労が、どっ、と襲い掛かっていた。

 しかし彼は、敵に弱みは見せまいと、気丈にも毅然と振る舞い、嘯いてみせる。

「どうせ殺されるのなら、お前達も道連れにしようと思ってな。」

「……何が望みだ?」

 空賊頭が悔しげな顔で訊ねた。会話の主導権が、柳也達の方へと移譲された瞬間だった。

 柳也はにっこり笑うと、「対等な立場での交渉だ」と応じた。

 その言葉に、マチルダが、ぷっ、と噴き出す。敵船と自船、両方の命運を掌握しておいて、対等な立場とは。

 柳也はパートナーの様子には無視して、続ける。

「俺と、あんたと、マリー・ガランド号の船長とで話し合おう。全員が、納得のいく結論が出るよう努めようじゃないか?」

 柳也の言葉に、空賊頭は忌々しげに歯噛みすると、がっくり、と項垂れた。

 


<あとがき>
 

 空賊船を逆に乗っ取るって展開は、数あるゼロ魔二次創作の中でも初めてだと思います。

 どうも、読者の皆様おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました。今回の話は、いかがでしたでしょうか?

 仮面の男との一戦を終えて、アルビオンへと向かう柳也達。しかし、性悪タハ乱暴が彼らに安全な旅を提供するはずもなく、またしても波乱の旅路となるのでした。……南無。

 さて、次回はいよいよ“彼”とのご対面です。

 次回もお付き合いいただければ幸いです。

 ではでは〜

 

 

 

<おまけ>
 

 「ゼロの使い魔」という作品には、飛行船という、軍オタの魂をたいへんくすぐる飛行機械が存在します。飛行船が原作「ゼロの使い魔」にはじめて登場したのは第二巻。それ以降、飛行船は物語の様々な場面で登場し、活躍してきました。しかし、その飛行原理や性能などはいまだ謎な部分が多く、「ゼロ魔」の二次創作を書いている作家の頭を悩ませるタネとなっています。

 本作「ゼロ魔刃」においても、ついに本話EPISODE:34で飛行船が登場しました。今後もこの作品を執筆していく上で、飛行船に対する考察は避けては通れぬ道です。そこで今回は、あの世界の飛行船について、私見を述べていきたいと思います。

 先述したように、飛行船という乗り物が原作「ゼロの使い魔」に初めて登場したのは、第二巻のことでした。本話EPISODE34にも登場したマリー・ガランド号です。この船は、作中において『帆船のような形状だが、空中で浮かぶためだろうか、舷側に羽が突き出している(「ゼロの使い魔 第二巻」165ページより)』と描写されており、さらに挿絵まで用意された数少ない飛行船です。このマリー・ガランド号を、ゼロ魔世界におけるスタンダードな船として、その飛行原理について考えてみましょう。

 

<風石について>
 

 ハルケギニアの飛行船は風石の力で飛びます。これは原作ではっきりと明言された設定ですが、少し捕捉が必要なのではないか、とタハ乱暴は考えます。原作第二巻に、次のような描写があります。

 『戒めが解かれた船は、一瞬、空中で沈んだが、発動した風石の力で宙に浮かぶ(原作第二巻、168ページより)』

 ここで注目すべきは、『一瞬、空中で沈んだが、発動した風石の力で宙に浮かぶ』という部分です。風石の力で飛ぶ、といっても、発動しなければ船は浮かない。船を浮かすためには、風石が発動する必要がある。では、風石の発動とは、どういうことなのか? そもそも、風石とはいったいどういう代物なのか? 読者の問いに、マリー・ガランド号の船長は答えます。

『“風”の魔法力を蓄えた石のことさ。それで船は宙に浮かぶんだ(同二巻、167ページより)』

 “風”の魔法力とは何か。これはおそらく、風そのもののを指していると思われます。原作第十五巻に、風石ではありませんが、同じく火の魔法力を蓄えた火石について、ミョズニトニルンがこう言っています。

『周りの熱を吸い取って、凝縮するのです。あの“火石”というやつは……(原作第十五巻、116ページより)』

 

 周囲の熱量を吸収、凝縮し、結晶化した物が“火石”だといいます。風石は風の結晶というわけです。風石の中には、風が凝縮した状態で入っていると考えてよさそうです。

 風は運動エネルギーを持っています。風とは、簡単に言えば、空気の流れのことです。空気という質量物が運動すれば、そこには当然エネルギーが生じます。風石が蓄える魔法力とは、風の運動エネルギーのことを言っているのでしょう。『風石が発動する』とは、運動エネルギーが石から解放されることを意味していると考えられます。

 たかが風じゃないか、と思わないで下さい。日本列島を毎年襲う台風は時に自動車を吹き飛ばし、家屋すら倒壊させるほどの威力を持っています。蒸気機関のタービンは、風の運動エネルギーによって回ります。全備重量五十トンのジャンボ・ジェットを飛ばしているのも、勢いよく噴出する風なのです。風の運動エネルギー、侮りがたし、です。

 マリー・ガランド号の船長は、風石について他にも次のような特徴を述べています。

『子爵様、当船が積んだ風石は、アルビオンへの最短距離分しかありません(同二巻、167ページより)』

 この発言で注目するべきは、『最短距離分しかありません』という部分です。最短距離分しかない、ということは、風石から取り出せるエネルギーには限りがある、ということを意味しています。内包している風を全部取り出したら、風石はただの石になってしまうと考えられます。

 以上をまとめると、風石には主に二つの特徴を持っていると考えられます。

 @ 風石の中には風の運動エネルギーが蓄えられている

 A 風石から取り出せるエネルギーには限りがある

 これらのことを踏まえた上で、続いて風石から運動エネルギーを取り出す手段を考えてみましょう。

 

<ハルケギニアの科学は世界一ィィィィイイ!!>
 

 『発動した風石の力で宙に浮かぶ』とは言うが、そもそもどうやって風石を発動させるのか?

 風石のようなマジック・アイテムを扱える人間といえば、まず思い浮かぶのはメイジの存在です。しかし、マリー・ガランド号にはワルド達を除いてメイジは一人もいませんでした。マリー・ガランド号の船員達は、魔法を使えない一般人にも拘らず、風石を発動させたのです。このことから、飛行船には、魔法を使えない一般人でも風石からエネルギーを取り出せる、機械的な装置が積まれている、とタハ乱暴は考えます。最初に、補足が必要なのではないか、とした根拠は、ここにあります。飛行船は風石の力で飛ぶ。それは間違いない。しかし、より正しく表すなら、『機械的な装置を使って風石から運動エネルギーを取り出して、その力で飛ぶ』とした方がよいでしょう。

 この機械的な装置とは何か? タハ乱暴は、「ズバリ、それはジェット・エンジンではないか?」と、考えます。勿論、我々のよく知るジェット・エンジンそのものではありません。あくまで、似た機能の装置、というだけです。

 飛行機は、下から上へとはたらく揚力と、前へ押し出す推力を得て、はじめて空中を自在に飛び回ることが可能となります。このうち揚力は主翼が、推力はエンジンが生み出します。

 ジェット・エンジンには色々な種類がありますが、基本的な構造と機能はどれも変わりません。すなわち、空気を圧縮機で圧縮し、燃焼室で燃料を燃焼させ、その排気ガスをノズルから噴出する。排気ガスとは“風”です。しかもこの風は、圧縮と燃焼を経て高温・高圧の、凄まじい運動エネルギーを有しています。この排気ガスを推力に、ジェット機は前へと進みます。

 おそらく、マリー・ガランド号などの飛行船にも、これと似た機能を持つ装置が積み込まれているのでしょう。ジェット・エンジンの場合は、吸引口で吸い込んだ空気を圧縮して後方に排出しますが、こちらの場合は、風石から取り出した“風”を船外後方へ勢いよく排出し、その運動エネルギーを推力にして、前進していると考えられます。

 また、飛行船に搭載されているジェット・エンジンの場合は、揚力も生んでいると考えられます。

 先ほど、飛行機は揚力で空を飛んでいると書き、主翼が揚力を生んでいると書きました。別にこれは、主翼に揚力を発生させる特殊な装置が組み込んである、という意味ではありません。主翼が揚力を生む、とは、主翼の形状と大きさが空気の流れる速度に変化を生み、その変化が揚力となるからです。

 マリー・ガランド号の舷側からは、左右一対の羽が突き出しています。この羽根状のパーツもまた、飛行機の主翼同様揚力を生む造りになっていると考えられます。しかし、マリー・ガランド号の場合、主翼が生む揚力だけで空を飛べるとは到底思えません。

 そもそも、船のデザインは空を飛ぶのに適していません。船には突起物が多すぎますし、マリー・ガランド号は原作において、『帆船のような』と描写されています。つまり、マストと、それに張る帆を持っている。実際、第二巻173ページの挿絵を見ると、立派なマストを三本も持っています。空気抵抗の塊です。船のデザインとは、あくまで水上を走るのに最適化されたデザインなのです。

 重量も問題です。勿論、飛行船は空を飛ぶ分、水上船よりも軽量化が図られているでしょうし、基本的に木造らしいので、現代の一般船舶に比べればだいぶ軽量級の船でしょう。大きな物でも、一〇〇〇トンを超えることはないと考えられます。しかし、それでも膨大な質量です。先ほど全備重量五十トのジャンボ・ジェットが云々、と書きましたが、あれは空力的に洗練されたデザインだからこそ飛行可能なのです。マリー・ガランド号のデザインで、主翼の揚力のみで浮くのは不可能と考えられます。

 不足している揚力を補うにはどうすればよいか? 飛行機の場合、解決策は主に二つあります。一つは、主翼の巨大化です。翼が大きくなれば、発生する揚力も大きくなります。しかし、これは同時に重量増大にも繋がりますから、軽量であることが必須の飛行船には不向きの手法です。

 もう一つの手段は、エンジンのパワーを揚力にも使うことです。これを実際にやったのが、イギリスのハリアー戦闘爆撃機です。ハリアーは垂直離着陸が可能なVTOL機として有名な飛行機です。飛行機マニア、軍オタで、ハリアーの名を知らない奴は、新人さんか、モグリと思って間違いないでしょう。

 人類は太古の昔から鳥の飛ぶ姿を見て空を飛ぶことに憧れ、その願望が航空機を生み出す原動力となりました。ところで、鳥というものは大型の一部の種類を除けば、助走なしに、つまり垂直に飛び上がるのが普通です。航空機も本来そうあるべき、という考え方は古くから存在しました。飛行機の分野でそれを具現化したのが、VTOLであり、その最も成功した例がハリアーでした。

 VTOL機の最大の特徴は、垂直離着陸能力を持つことです。つまり、離陸の際に、地上を滑走する必要がない、ということです。通常、飛行機が空を飛ぶためには、まず地上を滑走する必要があります。主翼が揚力を生み出すには、ある程度の風力を受ける必要があるのです。この風力を得るために、飛行機は滑走するのです。

 VTOL機の傑作、ハリアーもまた、滑走なしに垂直に離陸可能な飛行機でした。このハリアーの垂直離着陸機能を可能としたのが、ロールスロイス・ペガサス・エンジンです。このエンジンは、ベクタードスラスト方式と呼ばれる機構を備えていました。“推力変向方式”と訳されるのが一般的です。

 ペガサス・エンジンの外見上の特徴は、一つのエンジンで四つのジェット・ノズルを持っていたことでした。これら四つのノズルは前後に二つずつ配置され、離着陸時には下方に向け、水平飛行時にはノズルを回転させて後方に向けることが可能でした。まさしく推力変向方式です。この方式ならば、排気ガスの推力を前進にも、離陸にも使用出来ます。

 ハルケギニアの飛行船に搭載されているジェット・エンジンも、このベクタードスラスト方式を採用していると考えられます。勿論、これはものの喩えです。マリー・ガランド号の船底や後方にノズルがあって、それが向きを変えている、と言うつもりはありません。あくまで、似た方式というだけです。ハリアーの場合は、離陸時にのみエンジン・ノズルを下向きにしますが、飛行船の場合は常時下方向にも“風”が噴出していると、タハ乱暴は考えます。

 図にすると、こんな感じです。

ペイントで作成しました♪

 ペイントで製作しました。

 ……かえって分かり辛いわ!

 ま、まぁ、気を取り直して、以上の考察から、本作「ゼロ魔刃」において、あの世界の飛行船が飛ぶ原理は、

 

『ベクタードスラスト方式によく似たジェット・エンジンによく似た機械的な装置が、“風石”から取り出した“風”を常時下方へ後方へと排出し、その運動エネルギーによって、飛んでいる!』

 

と、結論付けたいと思います。この、ベクタードスラスト方式によく似たジェット・エンジンによく似た機械的な装置を、仮に、『夢一号エンジン』と名付けたいと思います。あくまで、仮の名前です。今回、EPISODE:34で、柳也が〈決意〉を寄生させたのは、この『夢一号エンジン』なわけです。風石からエネルギーを取り出すのを、邪魔してやったわけですね。

 

<帆は何のためにある?>
 

 帆船の帆は何のためにあるか? これは言うまでもなく、風を受けて推力に変えるためです。では、飛行船にとっての帆は何のためにあるのか? タハ乱暴は、マリー・ガランド号の甲板に聳える三本のマストは、方向転換やブレーキ時、前進する時の補助に使うのではないか、と考えます。飛行のために必要な推力は、『夢一号エンジン』のパワーで足りていますので。帆を傾けることで進みたい方向を変え、いっぱいに広げることで空気抵抗を増してブレーキングの効果を高める。前進時には風力を受けて、夢一号エンジンの補助をする。こういった用途のために、帆は装備されているのではないかと推測します。

 また、帆は普段、飛行船を水上船として使用する時の主動力になる、と考えられます。タハ乱暴は、飛行船が船舶の形をしているのは、空だけではなく水上でも運用するからだと考えています。その根拠は、飛行船はかなり用途の限定された乗り物と思われるからです。アルビオン大陸は月に一度しかハルケギニアに接近しません。そのたった一度の機会のために、飛行船を保有するのはあまりにもナンセンスです。飛行船は、一般の水上船に比べて管理と維持に莫大なコストがかかるでしょうから。アルビオンが接近していない日は、羽根をはずして通常の帆船として運用していると考えられます。

 次回あとがきに続く




まさか、まさかの逆乗っ取り。
美姫 「柳也が居た事と、彼の神剣の特性故に起こった事態ね」
これで閉じ込められたりもなく、行き成り交渉に。
美姫 「とは言え、マチルダが噴き出すのも無理ないわね」
ああ。対等と言えるかどうか怪しいもんな。とは言え、船の動力部を握られてはな。
美姫 「応じない訳にも行かないものね」
さて、次回はどうなるんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね〜」
待ってます。



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