夜。

 港町ラ・ロシュールにある宿“女神の杵”の、とある部屋のバルコニー。

 ベランダでは、二人の男の笑い声が弾けていた。

 ともに、六尺豊かな大男だ。一方はオリーブ・ドラブの軍服を見に纏い、もう一方は貴族の証たるマントを羽織っている。柳也とワルドの二人だった。二人は同じ酒を飲み、言葉を交わしていた。

 「世間話をしに来た」というワルドの求めに柳也が応じてから、すでに四半刻あまりが経っている。

 柳也が酒場から持ち出したウィスキーのボトルはとうの昔に空になっていた。いまは、ワルドが持参したボトルを開けている最中だ。

「……それにしても……くっくっ……」

 喉の奥から込み上げてくる笑いを殺しもせず、柳也が言う。

「いくら敵に反撃の開始を悟らせぬためとはいえ、敵陣深くに取り残された仲間への暗号文が、『お前のケツを貸せ』とは……!」

「傑作だろう? 下品で。伝令が捕まったせいで、暗号文は敵の手元にもいってしまったがね。戦闘の後、捕虜の連中が口々に言うんだ。『トリスティンの貴族どもはみんな男色家なのか!?』ってな。みんな、とんでもない顔をしていた」

「そいつは拝顔したかったなぁ」

 ニヤニヤ笑いながら、柳也はグラスを満たすウィスキーを舐める。

 顔を真っ赤にしながら、ワルドもボトルを呷った。

 自らの武勇伝を語るワルドの口調に、いつもの柔らかさはない。粗暴な言葉遣いは、目の前の男を対等な立場として認めている証左だった。

 他方、ワルドの話に耳を傾ける柳也の舌先にも、目上の者に対する配慮は宿っていない。ワルドと同様、相手のことを対等な立場で扱っていた。相手への敬意と親愛が同居した、穏やかな態度だ。

 ともに好奇心強く、人見知りしない性格の柳也とワルドだった。酒を酌み交わし、言葉をぶつけ合うこといまだ僅かな時間、軍人という共通点も手伝って、いまや二人はすっかり意気投合していた。

「ところで……」

 ふと柳也がグラスを傾ける手を止めて言った

「さっきるーちゃんに聞いたんだが、プロポーズしたんだって?」

「……やはり性急すぎただろうか?」

 同様に酒を飲む手を休め、ワルドは柳也の顔を見た。

 勇ましい髭面に浮かぶ表情は僅かに後悔の滲んだもの。どうやらワルド自身、このタイミングでルイズにプロポーズしたことについては思うところがあるようだった。

 逆に質問された柳也は、肩をすくめて言う。

「男と女のことだ。性急だったかどうかは、当人同士でなきゃ分からんよ。……俺個人の意見としては、驚いた、っていうのが正直な感想だ。聞けば、二人は十年近く会ってなかったらしいじゃないか? その間、手紙のやり取りがあったわけでもなく……そんな二人なのに、なんで再会してすぐなのか? っていう疑問はある。……ってか」

 柳也は怪訝の面持ちで訊ねる。

「根本的なことを訊くけどよ、正直、ワルド子爵はるーちゃんとの婚約について、どう思っているんだ? 回答次第じゃ、るーちゃんの従者として、二、三発ぶん殴らないといけなくなってしまうんだが」

 最後に剣呑な言葉を付け加えて、柳也はワルドを見た。

 ワルドは薄く微笑みながら、

「僕達の婚約は、もともと両家の親同士が結んだものだ」

と、訥々と語り出した。

「死んだ僕の父と、ルイズのお父上は友人だった。二人は同じ釜の飯を食べた戦友で、仲が良かった。僕とルイズの婚約の話は、父達の友人関係から始まったんだ。

 とはいえ、貴族と貴族が結んだ婚姻の約束だ。政略結婚の意味合いがまったくなかったと言えば嘘になる。そして僕自身も、公爵家の三女を嫁に貰うことで生じる様々なメリットを期待している部分は、ある」

 先刻、ワルドは自らを、貴族やメイジである前に一人の男である、と名言した。

 男に生まれた以上、上を目指すのは当然のことだ。

 そしてワルドは軍人であり、貴族である。公爵家の一族というステータスを得られれば、彼の目指す高みに一気に近付くことが出来るはずだった。

 ワルドの返答に、柳也は相槌を打つ以上の反応を示さなかった。

 政略結婚など、貴族社会ではよくあることだ。数多ある政治手段の一つにすぎない。正直な男だな、とは思うが、特にそれ以外の感慨を抱くことはない。

 むしろ柳也が著しい反応を示したのは、続くワルドの言葉に対してだった。

「だが、そんなこととは関係なく、僕は純粋に、ルイズのことが好きだ」

 ワルドは、柳也の顔を真っ直ぐ見ながらきっぱりと言い放った。

 気恥ずかしさや気後れした様子は一切ない。

 ルイズのことが好きだと、はっきり、と言い切った。

 アルコールにやられた浮ついた口調ではなかった。灰色の瞳には深い知性の輝きと、真摯な眼差しが宿っていた。

「……そっか」

 ぽつり、と柳也の唇から呟きがこぼれた。

 嬉しげな微笑が、口元に浮かぶ。

 目の前の男がルイズの婚約者で良かった。こんなにも真っ直ぐ自分の気持ちを口に出せる彼なら、ルイズのことをきっと幸せにしてくれる。いずれは元の世界に戻る自分と違って、きっと、ずっと……。

「よかった。あんたのこと、殴らなくてすみそうだ」

「僕も訊いていいかな?」

 安堵の笑みを浮かべる柳也に、ワルドが言った。

「きみは、この世界をどう思う?」

「どう、とは?」

「これは質問の仕方がいけなかったな」

 ワルドは自らの非を認めると、肩をすくめて苦笑した。

 そして、足りない言葉を補いながら、改めて柳也に問う。

「異世界からやって来たきみの目には、この世界はどう映っているんだい?」

「……異世界からやって来た、って言っても、俺はまだ二十年生きていないガキだ」

 柳也は薄っすらと冷笑を浮かべながら応じた。

 この手の質問はよくあることだ。自分が異世界人だと知って、この世界をどう思うか、訊ねない方がむしろ少数派だといえる。おそらくは外国人に自分の国をどう思うか訊ねるのと同じような感覚なのだろう。

 そして柳也は、この種の質問に対しては、決まってこう答える。この世界で出会い、言葉を交わし、手を握り合った人達の顔一つ一つを思い浮かべながら、答える。

「知識も経験もまだまだ未熟だし、ましてや俺は、この世界のありとあらゆる場所を巡ったわけじゃない。この世界のことを正確に分析して批評出来るほど、俺はこの世界のことを知らない」

 「けど、まぁ……」と、柳也は続けた。

「この世界に召喚されてから、決して少なくない人達と出会った。るーちゃんやギーシュ君達……俺はみんなのことが好きだ。みんなのいるこの世界が、俺は好きだ」

 柳也は莞爾と微笑んで言った。

 冷静な分析には程遠い、主観的な好き嫌いを前提にした発言だった。

 みんなのことが好きだから、みんなのいるこの世界が好きだ。みんなのいるこの世界が好きだから、体を張ってでも守りたいと思う。

 屈託のない笑みとともに紡がれる口調には、冗談や諧謔の色はない。真実、桜坂柳也の本心からの言葉であることを窺わせた。

 自身気恥ずかしい台詞を口にしている自覚はあるらしく、男の頬は若干赤い。

 しかし、黒檀色の双眸は、羞恥をいささかも感じていないかのように、ワルドの顔を真っ直ぐ見つめていた。凛然と意志力の漲る眼差しだった。

「……申し訳ないな。質問の主旨からずれた答えだった」

 まごうことなき自分の本音を口にした柳也は、ふっ、笑みを解くと、ワルドに謝罪した。

 ワルドが自分から聞きたかったのは、異世界人の目から見たこの世界の様相、この世界への感想だ。それなのに自分は、異世界人としてではなく、桜坂柳也という一個人として感想を述べてしまった。これは、ワルドが求めていた答えからはかけ離れている。柳也は小さく頭を下げ、灰色の瞳を見つめた。

「いいや」

 はたして、柳也の謝罪に、ワルドはかぶりを振って応じた。

 彼は先ほど柳也がそうしたように、莞爾と微笑むと、優しい声音で静かに呟く。

「……ありがとう」

 突然の礼。

 怪訝な顔をする柳也に、ワルドは言った。

「嬉しいよ。この世界に生きる者として、この世界が好きだと、そう言ってくれた君の言葉を、僕は光栄に思う」

 ウィスキーで満たされたグラスを一舐めし、ワルドは視線を空へと向けた。

 少し雲が出てきたか、星空の海にたゆたう白銀の月がかすかに翳っている。ワルドは月を仰ぎながら、ひっそりと呟いた。

「僕も、この世界が好きだ。僕の大切な人達がいて、大切な人達の願いがある。そんな、この世界が好きだ。そんなこの世界を、守りたいと思う」

「大切な人達の、願い?」

「きみにもあるんじゃないか?」

 ワルドはかたわらの柳也に視線を落とした。

「いまも胸の中で生き続けている……自分という存在の中心にある、大切な人の願いというやつが」

「……そうだな」

 笑いながら、頷く。

 自然と思い出されるのは両親が自分に託した最期の言葉。最期の願い。強くなれ。そして、優しくあれ。桜坂柳也という人間を今日まで動かしてきた、いちばんの行動原理。

 口ぶりから察するに、ワルドにもあるのだろう。生まれも育ちも異なる二人だが、案外自分達は似た者同士なのかもしれなかった。

「俺にもあるよ。いまの俺があるのは、その願いを託されたから。……そう言っても過言じゃない、大切な願いってやつがさ」

「そうか」

「ああ」

 いつの間にか、柳也の手の中でグラスは空になっていた。ワルドは無言でウィスキーを注ぐ。自らはボトルに口を付けた。男二人、黙って杯を傾ける。

 言葉は、多くは必要なかった。

 似た者同士の男が二人、腹を割って話し合えば、もう、それ以上の言葉は不要だった。

 柳也はワルドの本音を聞き、ワルドも柳也の本音を聞いた。その時点で、二人の胸中ではお互いへの親愛の情が生まれていた。

 男は、たとえ会って間もない間柄であろうと、一度腹を割って心を通わせれば、すぐ莫逆の友となりうる。

 今夜は美味しく酒が飲めそうだと、柳也は思った。

 

   

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:30「別離」

 

 

 

 今夜は美味い酒が飲めそうだ。

 柳也が異変を感じ取ったのは、そう思った直後のことだった。

 突如として頭の中に鳴り響く、相棒の永遠神剣達からの警告音。不穏なマナの気配を知覚し、全身の肌が殺気に粟立つ。柳也は反射的に、気配を感じた方向を振り返った。

 怪しいマナの気配を感じ取ったのは“女神の杵”中庭の練兵場。ベランダの手すりに両手をつき、柳也は広く遠く視界を確保する。

 思わず放り投げてしまったグラスが地面に落下し、割れる音が耳朶を叩いた。

 炯々とした眼差しが、コンテナや樽の転がる中庭の其処彼処を舐めるように這い回る。一見したところ、練兵場に不審な点は見られない。人っ子一人どころか、鼠一匹姿が見当たらない。にも拘らず、そのマナの気配は自分の神剣レーダーを絶えず刺激していた。それも、相棒の神剣達が警戒を促すほどの強度で。これは……。柳也の額に、自然と脂汗が浮かぶ。

「どうした?」

 突然の柳也の行動に、隣に立つワルドが怪訝な表情を浮かべて訊ねた。

 柳也は振り返らずに、

「……妙なマナの気配を感じる」

と、眉間に皺を寄せて呟いた。

 柳也が神剣士だと知るワルドは、その言葉に表情を硬化させた。

 反射的に思い浮かべたのは、あの仮面の男の姿だ。

 腰から提げた杖を抜き放ち、ワルドは身構えた。彼の杖は、ルイズやタバサ達の持つ杖と違い、サーベルのような形状をしていた。柄と鍔、さらには西洋刀剣によくあるタイプのハンドガードを持ち、全長は一メートル近い。剣身に当たる部分は刃こそないものの、いかにも頑丈そうな造り込みをしていた。その外観は魔法の杖というよりは打ち物といった印象が強い。おそらくは打撃武器としても運用可能なのだろう。武人の蛮用に耐えうる一品といえた。

「どこだ?」

「練兵場だ。だが、姿は見えない。たしかに気配を感じるんだが……」

「“インビジブル”か……」

 忌々しげな呟きがワルドの唇から漏れた。

 「それは何だ?」と、柳也は視線を中庭に向けたまま問いかける。

「“風”系統の姿を消す魔法だ。こいつを唱えると、周囲に特殊な魔法のフィールドが発生し、相手からは自分の姿が見えなくなる」

 光の屈折と反射を利用した魔法だろうか、と柳也は推測した。動物の眼球は、大雑把に言えばレンズのようなものだ。眼球の持つ水晶体が凸レンズの役割を果たし、光を集めることで物を見ている。では、その光の集中を妨害したらどうなるか。周囲に魔法のフィールドを展開し、光の進路を捻じ曲げて、相手の目に光が入らないようにしたらどうなるか。答えは、フィールドを展開した者の姿が見えなくなる、だ。

「対抗策は?」

「ない。ディティクトマジックを使えば、探知は可能だが……」

「中庭は広い。全体を隈なく走査するのは難しい、か。……何か弱点は?」

「インビジブルの使用中は他の魔法を使えない。少なくとも、ハルケギニアの系統魔法は」

 ワルドの発言には、永遠神剣の力については分からない、という意味が篭められている。もし、この不穏なマナの気配の正体が、あの仮面の男だとしたら……。柳也は小さく舌打ちした。およそ戦いというものは、最初の一手で主導性を握った方に軍配が上がる。その大切なファースト・ストライクの機会を、早々と相手に握られてしまった。

 その時、柳也達の視界に奇妙な光景が映じた。

 現代世界の日本と違い、ハルケギニアの夜は人工の光源に乏しい。暗い中庭を鋭く観察する男達の目に、不意に、“それ”は留まった。

「……なんだ、あれは?」

 柳也の唇から、乾いた呟きが漏れた。顔に張り付いた表情は動揺。隣に立つワルドも、あまりの事態に慄然と瞠目する。

 何の前触れもなかった。

 “それ”はいきなり、柳也達の視界の中に出現した。

 楕円形の、巨大な鏡。端的にその見た目を言い表すのならば、そう形容するのが最も適切だろう。大きさは高さが六メートル、横幅が最大で四メートルといったところか。鏡面には緑をベースにしたマーブル模様が浮かび上がり、絶えず回転を続けている。それでいて、マーブル模様が一つの色に混ざり合うことはなかった。

 よく見ると、鏡は地面から少し浮いていた。いかなる神秘の現象か、絶対座標に対して完璧に静止している。横にも、縦にも、ぶれることがなかった。

 いったい、あの鏡のようなものは何なのか。

 はたして、柳也の疑問はすぐに解決された。

 鏡のような何かが視界に出現して僅かに数秒後、神剣士の耳膜に、大地の悲鳴が触れた。

 のしのし、のしのし、と相当な質量を持つ何者かが、地面を踏み鳴らして前へと進む音。すぐさま、像などの大型動物だろうか、と考えて、かぶりを振る。耳朶を叩く足音の間隔から察するに、件の何物かの歩幅は、二足歩行する動物特有のものだ。

 どうやら自分達のいるこの場に近付いているらしく、地響きの音は徐々に大きくなっていく。

 まるで怪獣映画のようだ、と柳也は思った。足音を使って恐怖を煽るのは、怪獣映画でお馴染みの演出だ。

 柳也は足音の聞こえてくる方へと視線をやった。

 そこには、マーブル模様の鏡が浮いていた。

 ――まさか!

と、そう思った次の瞬間、マーブル模様の鏡面から、ぬぅっ、と巨体が躍り出た。

 一つ目の巨人だった。岩のようにごつごつとした体表。五メートルはあろう巨躯。二足歩行のシルエットは人間よりもはるかに大柄で、特に上腕の筋肉が発達しているのが見て取れる。頭部に毛はなく、一本の角が屹立していた。胸から下腹にかけて剛毛が覆っているが、巨大な男根を隠しきれていない。

 巨大な頭を支える太い首には、鉄のバングルが嵌められている。首輪には鎖が繋いであり、鎖は、マーブル模様の鏡面の中から伸びていた。昨日戦った、あの犬頭の怪物が見につけていた物と同じ首輪と鎖だった。

「な、ななな、ななななななな――――――」

「あれは、サイクロプス!」

 突如としてマーブルの鏡面から飛び出した巨人を見て、ワルドが愕然と叫んだ。

 口を、ぱくぱく、させていた柳也が、顔を引きつらせながら振り返る。

「さ、サイクロプス!?」

「トリスティン南部の地方に生息する巨人族だ。しかし、なぜこのような場所に……?」

 ラ・ロシュールはトリスティンの北部に位置する町だ。サイクロプスが生息圏とする南部とは、正反対の位置にある。それだけに、一つ目の巨人を前にしてワルドが感じた動揺は深かった。

 他方、隣に立つ男の驚愕がかえって冷静さを取り戻すきっかけとなったか、柳也は、毅然とした眼差しで現われたサイクロプスを睨んだ。

「なぜもクソもあるか! 大方、あいつの仕業だろうよッ」

 舌先に猛々しい憎悪の感情を乗せて、柳也は吐き捨てる。

 もはや姿を消す意味はないと判断したか、いつの間にか黒いマントを着た貴族が、マーブル模様の鏡の側に立っていた。

 仮面の男だった。

「マチルダの推測は俺も聞いている。昨日の犬の化け物も、あのサイクロプスも、やっぱり仮面の男が操っていやがったんだ!」

 状況から判断するに、おそらくあの首輪と鎖は、犬頭の怪物や目の前のサイクロプスをコントロールするための装置なのだろう。マーブル模様の鏡は、そうして操る自らの眷属を呼び出すための装置に違いない。

 サイクロプスは煉瓦を敷き詰めた地面を踏み砕きながら“女神の杵”へと向かってきた。

 猛然と迫る一つ目の巨人を睨みながら、柳也はワルドに訊ねる。

「サイクロプスの特徴は!?」

「一つ目、巨体。怪力の持ち主で、動きもそれなりに素早い」

「頭は?」

「スマートだ」

 柳也は忌々しげに舌打ちした。厄介な相手だ。野生動物の反射神経と丸太のように太い腕。この二つの要素だけでも脅威だというのに、加えて頭まで良いときている。

 ――この場での迎撃は不利だ。

 敵の戦力と我が方の戦力を大雑把に比較検討した柳也は、そう判断するや、踵を返した。

 応じて、ワルドも柳也の背中を追う。

「どうした?」

「一階の才人君達と合流する」

「その心は?」

「昔から変わらない兵法の原則は、緊要な時機、緊要な場所に、敵よりも多くの兵を集めることだ。いまがその、緊要な時機だ」

「なるほど」

 ワルドの問いに答えるや、柳也は一度だけ背後を振り返った。

 迫るサイクロプス。

 そして、マーブル模様の鏡。

 仮面の男の姿は、いつの間にかまた消えていた。

 

 階段を下りた先の一階も修羅場と化していた。

 才人達と合流を果たすべく酒場にやって来た柳也とワルドは、そこで恐るべき光景を目撃した。

 最初に視界に映じたのは、昨晩は活気に満ちていた店内の荒れ果てた姿だった。次いで目にしたのは、圧倒的な暴力を前にして怯え惑う人々の顔だった。

 そして何より、歴戦の二人の目を惹いたのは、店の中を我が物顔で歩き回る異形の怪物の姿だった。猪の頭を持つ、亜人だ。三メートル近い巨躯。でっぷり、と突き出した腹。隆々と瘤の浮いた手に丸太そのものの棍棒を携え、トナカイの皮で身を飾っている。大きな頭蓋を支える太い首には、犬頭の怪物やサイクロプスが嵌めていた物と同じデザインのバングルが巻かれていた。バングルには鉄の鎖が繋がれ、鎖は、やはり怪物の側で浮遊するマーブル模様の鏡面へと延びていた。

「今度はオーク鬼か……ッ」

 棍棒を振り回すオーク鬼の視線から逃れるべく、姿勢を低くしながらワルドが呟いた。

 オーク鬼の名には柳也も聞き覚えがあった。たしか、ハルケギニアにおいて人間の生活圏を脅かす、最もポピュラーな動物の名前ではなかったか。

「あれがオーク鬼か! ……るーちゃん達から、話には聞いていたが」

 柳也は自らも姿勢を低く、遮蔽物の陰に隠れながら猪頭の亜人を見据えた。

「……あの首輪のセットや、現われたタイミングから考えて、あれも仮面の男の手下のようだな」

「だろうな。……それにしても、大きい」

「そうなのか?」

「普通、オーク鬼の背丈は二メートルくらいだ。あのオーク鬼は、三メートルはあるぞ」

「一・五倍か……ということは、体重は三倍以上!」

 柳也は引き攣った笑みをこぼした。仮に平均的なオーク鬼の体重を二〇〇キログラムとすれば、目の前で暴れるオーク鬼の体重は約七〇〇キロ以上となる。その質量の塊が突進してきたとしたら……人間の脆弱な体など、バラバラになってしまうだろう。

「ちなみに平均的なオーク鬼の体重は三〇〇キログラムだ」

「大雑把に見積もって一トンかよッ!」

 柳也は思わず頭を抱えた。クロサイ並の体重だ。仮にクロサイと同じ時速五〇キロで体当たりしてきたとしたら、二三ミリ砲弾並の運動エネルギーとなる。二三ミリ砲は、当たり所によっては戦車すら沈黙させられる威力だ。

 柳也とワルドはオーク鬼の動きに気を払いつつ、才人達を探した。

 みなの姿はすぐに見つかった。床と一体化したテーブルの脚を折り、それを二つくっつけて立て、遮蔽物としている。ルイズ、才人、タバサ、キュルケ、ギーシュ、ケティ、マチルダ。全員揃っていた。

 柳也とワルドは姿勢を低くしたまま、素早くそちらへ滑り込む。

「リュウヤさん!」

「才人君、状況は?」

「見ての通りですよ」

 テーブルの陰で身を小さくしながら、才人が言った。親指を立て、暴れるオーク鬼を示す。

「店の中にいきなりヘンテコな鏡が現われたと思ったら、そっからアレが飛び出してきたんですよ。何なんです、アレ?」

「仮面の男の手下、って線が濃厚だな」

 柳也は自らがベランダで見たものを才人達に話して聞かせた。

 説明の途中、ズシン、と大きな質量が地面を踏み鳴らす音が、柳也達の耳朶を打った。視線を向けると、吹きさらしの向こう側にサイクロプスの太い足が見えた。どうやら入口側に回り込んだらしい。柳也は濃緑色の足を指差しながら、「あれがそのサイクロプスとやらだ」と、説明した。

 途端、天井と壁が、バリバリ、と音を立てて軋み出し、やがて崩落した。

 四メートル近い巨躯が店内に侵入し、周りを見回す。

 ぎょろり、とサイクロプスの一つ目が炯々たる眼光を放った。

 酒場のカウンターに身を隠す小太りの店主が、「わ、わしの店がー!」と、悲鳴を上げた。

 柳也はそんな店主を哀れに思いながら、溜め息混じりに言う。

「二度目の、それもアルビオンへの出航を翌日に控えたこのタイミングでの襲撃だ。仮面の男が貴族派の人間なのは、ほぼ間違いないな」

「状況の整理は出来たな」

 ワルドが低い声で言った。

「では、次は具体的にどう行動するかを考えようじゃないか。戦うか、逃げるか。戦うとしたらどうするか。逃げるとしたらどうするか」

「わたしたちの目的はアルビオンのウェールズ王子に会うことよ」

 ルイズが言った。

 自分達の目的はウェールズ王子にアンリエッタの手紙を届けることだ。ここで戦って、あの二体の怪物を倒すことではない。無用な争いは、避けるべきではないか。

 キュルケに対してはいつも喧嘩腰のルイズだが、それはヴァリエール家とツェルプストー家の過去の因縁が原因だ。本来の彼女は、争い事を嫌う優しい性格の持ち主である。そんなルイズの発言を、柳也とワルドは歴戦の軍人としての視点から分析する。

「たしかに、ルイズの言う通り無駄な戦闘は避けたいところだな」

「ああ。なんせ、こっちは僅か九人の少数精鋭だからな」

 再び姿を消した仮面の男のこともある。兵力の逐次投入は、戦略的は愚策だが、戦術的には上策だ。今後も襲撃があることを考えれば、消耗戦は避けたかった。

 ワルドは渋面を作りながら、

「やはり、戦わずに逃げるか?」

「そう易々と逃がしてくれるか? 逃げるにしても、あの二匹を足止めする殿が必要だろう」

「ただでさえ少数なのに、その上でさらに戦力を分散するのか?」

「ただの戦力分散じゃない。一部を以って敵を拘置し、主力を以って目的を果たす。これも、古来より変わらない戦いの原則だ」

 柳也がそう言った時、このような事態にあいながらもいつも通り優雅に本を広げていたタバサが、本を閉じた。杖を抜くと、「わたしが残る」と、小さく呟く。その声に、才人とルイズが、ぎょっ、として彼女の方を振り返った。柳也は唇を真一文字に結ぶと、真剣な眼差しでタバサを見る。眼鏡の向こう側で、エメラルドグリーンの瞳が決然と輝いていた。見知った輝きだ。戦うことを決意した者特有の、意志の輝きだった。

「……いいんですか?」

「いい。……それにわたしは、あなたたちが何のためにアルビオンに行こうとしているのか、よく知らない」

「頼みます」

「まかせて。その代わり」

「ん?」

「あなたたちが目的を果たして、学院に帰ったら、また、あなたの世界の話を聞かせて」

「お安い御用です」

 柳也は莞爾と微笑んで言った。

 タバサの背後にいたキュルケが、魅力的な髪をかきあげる。

「それじゃ、わたしも残ろうかしらね」

 全員の視線がキュルケに集まった。

 キュルケは燃え盛る炎のように赤いリップに濡れた唇に、自信に満ちた微笑を浮かべた。

「友達だもの。この子を一人にはさせないわ」

 キュルケは小柄なタバサの小さな肩にそっと両手を置くと、優しく微笑んだ。

 それから、キュルケはルイズに向き直る。

「ねえ、るーちゃん。勘違いしないでね? あんたのために、ここに残るわけじゃないんだから」

「わ、わかってるわよ。でも……」

 ルイズは当惑した表情で俯いた。ツェルプストーは憎き家系だ。けれど、いまのキュルケは……。

 言いたいことがある。しかし、貴族のプライドが邪魔をして、思うように口が動いてくれない。ジレンマに陥ったルイズは子どものように拗ねた様子で、制服の裾を、ぎゅっ、と握り締め、俯いた。

 そんな彼女の肩を、柳也は優しく叩いてやった。「ほら……」と、唇からは具体的な指示を省いた催促の言葉。鳶色の眼差しと、黒檀色の優しい眼差しが交錯し、やがてルイズは、意を決したように頷いた。

 ルイズは、キュルケに向かって、ぺこり、と頭を垂れた。

「……ありがとう、キュルケ。あと、るーちゃんはやめて」

「どういたしまして、るーちゃん。それから、そのお願いは聞けないわね」

 キュルケは小さくウィンクをすると、好戦的に笑った。才人は勿論のこと、柳也や、婚約者のいる身のワルドでさえ見惚れてしまう、魅力的な笑みだった。

 柳也の背後で、疲れたような溜め息が漏れる。

 溜め息を発したギーシュは、やれやれ、と肩をすくめると、ニヤリ、と笑って柳也達を見た。

「女の子二人が残るというのに、男の僕が残らないんじゃ、カッコがつかないじゃないか」

「ギーシュ、お前……」

「忘れたかい? 僕の武器は七体のワルキューレだ。一人でありながら八人分の戦力さ。殿として、これ以上の適役はいないだろ?」

 才人が何か言う前に、ギーシュは理路整然と自分の論を展開した。

 殿を置く、ということは、つまりは持久戦だ。持久戦に何より不可欠なのは、気力体力を合わせた総合的な粘り強さである。その点、七体ものワルキューレを武器とするギーシュは傑出している。ゴーレムのワルキューレは飢えや渇きを覚えず、疲れを感じない。気力はともかく、体力に関しては無尽蔵のものを持っている。大きな破損を負わない限り、いくらでも持久出来るはずだった。

 ギーシュは才人を見つめた。異邦人の瞳には、自分を心配する憂いの色しかない。ギーシュはそんな、争い事とは無縁の、平和な異世界からやって来た友人に向かって、優しく、諭すように語りかける。

「伊達や酔狂、陳腐な自己犠牲なんかじゃないぞ。……そりゃあ勿論、女の子の前でカッコつけたい、って思いもあるけどね。ちゃんとした軍事的根拠があって、僕はここに残るんだ」

 ギーシュ・ド・グラモンは薔薇の杖を手に、朗らかに微笑んだ。自分を貴族として見ず、一人の友人として純粋にその身を案じてくれている才人に、最高の笑みを向けるつもりで。ギーシュは、微笑んだ。誇り高い微笑だった。

 そんなギーシュの姿に胸を打たれたか、ケティが自らの胸に手を当てて、「ギーシュ様、わたしも!」と、言った。

 しかし、貴族の青年はかぶりを振って、友人の申し出を断った。

「いいや、ケティ。きみは、ミスター・リュウヤ達と一緒に行動するべきだ」

「ギーシュ様! でも……!」

「聞いてくれ、ケティ」

 ギーシュは憤るケティの両肩に手を載せると、彼女の言葉を制して言った。

「ミスター・リュウヤは神剣士で、たしかに強い。けれど、遠距離の敵に対する攻撃手段に乏しい。そしてそれは、サイトとるーちゃん、それから、土メイジのミス・ロングビルも同様だ。これから敵地に乗り込むのに、有力な間接攻撃を出来るのがミスター・ワルドだけというのは、なんとも頼りない。けれど、きみの炎があれば、取りうる戦術の幅が、ぐっ、と広がる。きみの炎が、ミスター・リュウヤ達には必要なんだ」

 ケティは柳也の振り返った。

 柳也は頷くと、「たしかに、俺達にはミス・ロッタの炎が必要だ」と、答えた。

 ケティはなおも何か言いたげに唇を動かしたが、結局、それは言葉にはならなかった。

 少年の決意が固いことを知り、その決断が軍事的根拠に基づくものであるのなら、自分には何も言えない。

 それでも、一言……たった一言だけ、ケティは呟いた。

 かつて恋人であった、そしていまは良き友人の少年に、ポツリ、と。

「……無理だけは、しないでくださいね」

「ミス・ロッタの言う通りだ」

 柳也は殿として残ることを決めた三人の顔を見回した。

 精悍だが凶悪な面魂には剣呑な表情が浮かび、よりいっそう凄絶なマスクを形作っている。

「きみたちの目的は、あの二体を足止めすることだ。倒す必要はない。危なくなったら、すぐに逃げろ」

「残念ですけど」

 キュルケが自信に満ちた笑みをこぼした。

「この世界の貴族に、逃走の文字はありませんの。異世界の勇者様」

「行って」

「ご武運を。ミスター・リュウヤ、お互い無事に生き残ったら、今度こそみんなで馬鹿騒ぎしましょう」

 キュルケに続いて、タバサが、ギーシュが、口々に言った。

 それを聞いて柳也は、不覚にも涙が出そうになった。

 熱を帯びる目頭を気力で押さえ込みながら、柳也は、会心の笑みを作った。

 柳也達は低い姿勢で歩き出した。酒場から厨房に出て、通用口から外に出る作戦だ。先頭をワルドが行き、ルイズ、ケティ、マチルダ、柳也と続く。殿を受け持つのは才人だ。

 ワルドがテーブル盾の外に飛び出し、ルイズ、ケティと続いた。

 マチルダがテーブルの陰から飛び出したとき、一行の動きに気付きたサイクロプスが、足下に転がっていたテーブルを拾い上げ、放り投げた。タバサが杖を振って、風の防御壁を展開する。圧倒的な風圧に揉まれて、石のテーブルがばらばらになった。その隙にマチルダは厨房へと向かった。

 柳也がテーブルの外へと飛び出した。

 才人もそれに続こうとしたそのとき、「サイト!」と、ギーシュが呼び止めた。

 振り返ると、ギーシュが右手で拳を作り、才人の方へと突き出していた。

 友人の意図を悟った才人は、にかっ、と笑うと、自らも拳を握り、軽くぶつけた。

 ギーシュの顔にも、笑みが浮かんだ。

「ケティを頼む。あの子は、僕の大切な友達なんだ」

「当然だろ? それにあの子は、俺の友達でもあるんだ」

 踵を返す。才人は、テーブルの外へと飛び出した。

 

 

 才人達の姿が見えなくなって、キュルケは、ポツリ、と呟いた。

「まったく、とんだ三流役者ね。嘘が下手すぎるわ」

「……なんのことだい?」

 テーブルの盾に背中を預けながら、すました顔で言うギーシュに、彼女は呆れた表情を向けた。

「危険度云々で言えば、アルビオンに乗り込む向こうの方が高いけど、戦力は向こうの方が充実している。あっちにいた方が、生還出来る可能性は高い」

「…………」

「……とか考えて、ケティを向こうに預けたんじゃないの?」

「……違うよ。純粋に、戦術面でどう戦力を分けるべきか、考えた末の結論さ」

 ギーシュは渋面を作ると、肩をすくめて言った。

 キュルケの隣でタバサが、

「……大根役者」

と、小さく呟いた。




<あとがき>

 読者の皆様、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 今回もゼロ魔刃をお読みいただき、ありがとうございました。今回の話はいかがでしたでしょうか?

 今回の話ではEPISODE:26に引き続き、また新たに幻想動物を二体登場させてみました。原作にも登場したオーク鬼と、ギリシア神話が元ネタのサイクロプス君です。人間以外の動物の生態を描写するというのは難しいことでしたが、同時に楽しい実験でもありました。異形の怪物ならではの演出なんぞを感じ取っていただければ幸いです。

 さて、次回はそのサイクロプス君とオーク鬼との戦闘です。はたして、巨大な力を持ったこの怪物達に三人の役者はどう挑んでいくのか? そして店主の嘆きは天に通じるのか!?

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜

 

<おまけ>

 作中において柳也はオーク鬼の突進を、サイと同じ時速五〇キロメートルと見積もりましたが、実際はどうなんだろうと思い、ちょっと計算してみました。

 文系大学出身の素人の大雑把な計算なので、理数系の方からするとお目汚しにしかなりませんが、折角なので。

 まずは、計算に使う数字を抽出しましょう。原作「ゼロの使い魔」では、オーク鬼は二足歩行動物で、成獣の平均身長は二メートルと表記されています。「ゼロ魔刃」に登場するオーク鬼ことブレイバー君の身長は、その一・五倍の三メートルという設定です。手足の長さについては、原作での描写がまったくないので、おおむね人間のそれに準じたプロポーションとして考えます。その人間ですが、計算で使う身長の値は一・八メートルとします。

 数字を抽出したところで、早速、計算に入りましょう。動物が一歩あるくのにかかる時間は、足の長さの平方根に比例します。例えば、足の長さが人間の2倍なら、その平方根の1.4倍が、一歩あるく時間となります。また、足の長さが2倍なら、当然、その一歩の歩幅も2倍になります。速度は、距離÷時間で算出されます。つまりこの場合ですと、『2÷1.4』という計算式です。要するに2の平方根です。『足の長さの平方根=速度』と考えて、まったく差し支えありません。では、計算してみましょう。

 

・平均的なオーク鬼の場合
2(m)÷1.8(m)=1.1111……(m)   1.11の平方根は、1.05なので、平均的なオーク鬼が一歩あるくのに要する時間=歩行速度は、人間の、1.05倍。

 

・ブレイバー君の場合
 3(m)÷1.8(m)=1.6666……(m)   1.67の平方根は、1.29なので、ブレイバー君が一歩あるくのに要する時間=歩行速度は、人間の、1.29倍。

 

 人間の歩行速度は一般に時速四キロメートルです。この時速四キロという数字に、上記の値を掛けた数字が、オーク鬼の歩行速度となります。つまり、

 

・平均的なオーク鬼の歩行速度
 4(km/h)×1.05=4.2(km/h)

 

・ブレイバー君の歩行速度
 4(km/h)×1.29=5.16(km/h)

 

となるわけです。

 次にオーク鬼が全力疾走したときの最高速度を考えてみましょう。原作「ゼロの使い魔」では、オーク鬼の動きについて、『大柄な体に似合わない敏捷な動きで』という一文があります(三巻、一五三ページ)。敏捷という言葉を辞書で引くと、『すばしっこいこと』とあります。(「岩波 国語辞典」より)。すばしっこい……具体的に数字で表すと、どれくらいのスピードなんでしょう? 人間から見て素早いということは、少なくとも、目では追えるが捕まえることは出来ない、ということなんでしょうが……。

 一人でうんうん唸っていても答えは出ません。ここは身近な人に相談してみましょう。……ってなわけで、マイ・シスター。きみにとっての、素早い、って何だい?

「ネコ? 子どもの頃、いくら追いかけても捕まえられなかったし」

 おお……おおおおおお! ドサドサドサ(目から鱗百枚)

 流石だ、マイ・シスター。お兄ちゃんが悩んでいたことに対し、一瞬にして回答を叩き出しおった。

「っていうか兄ちゃん、クリスマスの夜に何くだらないことで悩んでんのさ?」

 うっさいわい。

 さて、暴論なのは百も承知の上で、ここでは『敏捷な動き』を、『ネコの走る速さ』と定義したいと思います。では、ネコの最高速度とは? パラパラパラ(動物図鑑を捲る音)……ええと、時速四八キロか。結構、速いな。平均的なオーク鬼の全力疾走時の速さを、この時速四八キロとすると、ブレイバー君は……。

 

・ブレイバー君の最高速度
 ブレイバー君の身長は、平均的なオーク鬼の1.5倍。1.5の平方根は、1.22だから、
 48(km/h)×1.22=58.8(km/h)

と、なります。柳也の読みは、九キロメートルほど甘かったわけです。

 さて、歩行速度と最高速度が算出出来たところで、いよいよ肝心の突進力について計算してみましょう。突進力という言葉は様々な意味合いを持ちますが、ここでは単純に体当たりの衝撃と考えましょう。つまり、運動エネルギーです。運動エネルギーを算出する公式は、『質量(kg)×速度(m/s)×速度(m/s)÷2』です。まずはオーク鬼の質量……すなわち体重を求めてみましょう。

 といっても、そう難しい式は使いません。原作「ゼロの使い魔」文中に、『体重は、標準の人間の優に五倍はあるだろう』という一文があります。ハルケギニアの平均身長と平均体重は分かりませんが、あの世界の医療や食糧事情から鑑みて、六〇キロを超えることはないと考えられます。というわけで、単純に六〇の五倍、三〇〇キログラムを、オーク鬼の平均的な体重と考えます。ブレイバー君は、その平均的なオーク鬼の一・五倍の身長の持ち主ですから、『縦×横×厚み』で、1.5の三乗……3.375を、平均体重三〇〇キログラムに掛けてやります。すると、ブレイバー君の体重は、1012.5キログラムと算出されます。分かりやすく、一トンとしましょう。

 平均的なオーク鬼の最高速度は時速四八キロメートルなので、秒速は一三・三メートルとなります。ブレイバー君は一六・三メートル。この値でそれぞれの運動エネルギーを算出すると、

 

・平均的なオーク鬼の突進の運動エネルギー
 300(kg)×13.3(m/s)^2÷2=26534(J)

 

・ブレイバー君の突進の運動エネルギー
 1000(kg)×16.3(m/s)^2÷2=132845(J)

 

 運動エネルギーは一般にジュールという単位で表されます。ジュールの定義は、『一ニュートンの力が、力の方向に物体を一メートル動かすときの仕事』ですが、これでは何のことやらさっぱり……。そこでここでは、運動エネルギーとは別に、一平方メートル当たり何キログラムの衝撃となるのかも、併せて計算しましょう。公式は、『質量(kg)×速度(m/s)×速度(m/s)÷19.57』です。最後の19.57という中途半端な数字は、もともとこの計算式はヤード・ポンド法の値を使って計算するのを、メートル法の値に直したためです。

 

・平均的なオーク鬼の突進の衝撃力
 300(kg)×13.3(m/s)^2÷19.57=2711.7kg/m^2

 

・ブレイバー君の突進の衝撃力
 1000(kg)×16.3(m/s)^2÷19.57=13576.4kg/m^2

 

 二・七トンに、一三・六トンか……。仮面ライダーのスペックかっ。

 かくして、すべての数字は出揃いました。整理すると、

 

・平均的オーク鬼
 身長:2m  体重:300kg  歩行速度:4.2km/h  最高速度:48km/h
 突進時のエネルギー:約2万6500J  突進時の衝撃力:2.7t/m^2

 

・ブレイバー君
 身長:3m  体重:1000kg  歩行速度:5.2km/h  最高速度:58.8km/h
 突進時のエネルギー:約13万2800J  突進時の衝撃力:13.6t/m^2

 

 では、オーク鬼とブレイバー君の体当たりがどんだけ凄いのか、色々なものと比較してみましょう! 比較対象は、タハ乱暴の独断と偏見で次の十個です。

 

名前 質量 初速(m/s) 運動エネルギー(J) 衝撃力(kg/m^2)
平均的オーク鬼 300kg 13.3 26,500 2,700
ブレイバー君 1000kg 16.3 132,800 13,600
9mm弾 8g 355 504 52
44マグナム弾 15.4g 411 1,300 133
7.62mm弾 7.8g 710 1,970 201
460ウェザビー 32g 823 10,800 1,110
12.7mm弾 42.9g 910 17,800 1,820
20mm弾 105g 1030 55,700 5,690
30mm弾 425g 1050 234,300 23,900
クロサイ 1500kg 13.9 144,900 14,800
超電磁砲 7g 1030 3,713 380
ペガサス流星拳 53kg 340 6,126,800 626,142

 結論。ペガサス流星拳が最強だ(マテ)。

 いや、ペガサス流星拳には敵わないにしても、とんでもない奴だな、ブレイバー君。相手が人間なら、体当たりの一発で即死は確実だ。しかもこいつ、武器持ってるし。……勝てるかな、ギーシュ達? っていうか、俺、こんなんの戦闘描写書けるかな? すっごい不安だ。




あとがきは難しいお話だな。
美姫 「アンタのおつむでは理解不能よね」
えっへん。
美姫 「褒めてないわよ。さて、本編の方は相当ピンチね」
だな。ロングビルが敵になっていないから楽になるかと思いきや。
美姫 「ここぞとばかりに神剣の力を使ってきているわね」
とんでもない事態になったけれど、果たして柳也たちは無事に脱出できるのか。
美姫 「そして、残ったキュルケたちはどうなるのか、よね」
とっても気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ!」



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