港町ラ・ロシェール。

 貴族も愛用する宿“女神の杵”亭一階の酒場。

 アルビオン大陸を目指すルイズ達一行の中で、唯一破壊の杖事件に関与していないワルドのために開いた永遠神剣についての説明会は、いつしか今後どう行動していくかの作戦会議へとシフトしていった。

 アルビオンに上陸した後、どのルートを使ってウェールズ皇太子らが陣を張るニューカッスルまで向かうか。またあの仮面の男が妨害してきた際にはどうするのか。戦うか、それとも逃げるか。戦うとしたらどうやって? 逃げるとしたらどうやって? また、アルビオンへの船が出発するまでに柳也が回復しなかった場合はどうするのか。ルイズ達は途中から合流したキュルケ達にも事情を話して知恵を求めた。もっともキュルケはゲルマニアの出身だから、アンリエッタの手紙のことなど、事情のすべてを話すわけにはいかなかったが。

「改めて確認するが、命題は単純だ」

 みなの顔を見回して、ワルドが言った。

「ニューカッスルにいるウェールズ皇太子と接触する。それだけのことだ」

「問題はその道中だね。厄介な問題が、二つも転がっている」

 ワルドの言葉を継いで、マチルダが言う。

「一つは、私達の存在は誰にも知られてはならないということ。私達の存在が世間に公表されれば、トリスティンとアルビオン、はてはゲルマニアの立場までもが悪くなってしまう。そしてもう一つの問題が、アルビオンの貴族派からの妨害だ」

「問題の二つ目については、当初はあまり危険視していなかった」

 ワルドが深々と溜め息をつきながら言った。

「僕はスクエア・クラスのメイジだし、他にもルイズにギーシュ君、ミス・ロングビル、ミス・ロッタという四人ものメイジがいたらかね。大抵の脅威は切り抜けられる自信があった。……だが、ここにきて状況は大きく変わってしまった」

「あの仮面の男の存在ですね?」

 ギーシュの問いに、ワルドは大きく頷いた。

「そうだ。ここにきて、あの仮面の男が貴族派の人間かもしれない可能性が出てきた。……いや、むしろそうだという前提の下で、行動しなければならないだろう」

 ルイズ達から聞かされた話によれば、あの仮面の男が持っている永遠神剣なる武器は、天地を震撼させるほどの威力があるという。それほどの戦力に正面から立ち向かうのは下策中の下策。出来ることならばあの男の襲撃を避けられるようなルートを通って、ニューカッスルまで向かいたいが。

 ワルドは過去アルビオンに足を運んだ経験を持つルイズと、アルビオン出身のマチルダを交互に見た。

「ルイズ、ミス・ロングビル、敵は待ち伏せなどがしにくく、こちらは安全にニューカッスルまで向かえるような道はあるかい?」

「私は知らないわ」

 ルイズは首を横に振った。過去にアルビオンを訪れたといっても、姉達と一緒の小旅行でのことだ。そういう目で現地を散策したことはない。

 ならば、とワルドは期待の眼差しをマチルダに向けた。しかし、彼女の口からもまた、色よい返事はなかった。

「あるわけないだろ、そんな都合の良い道が」

 そもそも、仮にそんな都合の良い道があったとしても、とうの昔に貴族派によって確保されているだろう。聞くところによれば、ニューカッスルを包囲している貴族派の兵力は五万は下らないという。道の一歩や二本を確保するために部隊を割くことは簡単なはずだった。

「となると、僕達の取れる方針は限られているな」

 ワルドは肩をすくめて言った。

「ニューカッスルまでの最短ルートを、敵の妨害を退けながら進むしかない」

「あの仮面の男が現われたときはどうするんです?」

 才人が訊ねた。

 キュルケとタバサの二人が加わったことで、我が方の戦力は魔法学院を出発した時点と比べて充実している。才人自身、ワルドに言われるまでもなく、大抵の敵ならば退ける自信があった。しかし、神剣士のあの男だけはいけない。

 破壊の杖事件では才人自身、永遠神剣の脅威について嫌というほど味わっている。もし、仮面の男の持つ神剣が、あの〈殲滅〉並の威力を持っていたとしたら、柳也不在の現状では、対抗する手段がない。

 僅かに怯えと不安を口調に滲ませた才人に対し、ワルドの回答は極めてシンプルだった。

「逃げられそうなら逃げる。それが無理なら、戦う。それしかない」

「ミスタ・リュウヤのことはどうします?」

 ケティがいまは深い眠りに就いている柳也のことを思い出し言った。

「戦うにせよ、逃げるにせよ、そこにミスタ・リュウヤがいるといないとでは、その次に取れる行動の幅が大きく変わってくると思います。ミスタ・リュウヤの回復具合次第では、あの仮面の男と戦った方が良い場合も……」

「彼は連れていくべき」

 ケティの口にした議題について、きっぱりと断言したのは、相変わらず手元の本に目線を落としているタバサだった。

「神剣士である以前に、彼は一流の戦士。戦えなくても、彼の経験と知識は役に立つ」

「僕も賛成です。神剣の力が使えない状態でも、ミスタ・リュウヤは強い」

 タバサの言葉に、ギーシュが言った。

 ワルドは、ふむ、と顎鬚を撫でながら、みなの顔を見回した。

 他のみなも、タバサやギーシュのように口にこそ出さなかったが、柳也を連れて行くことには賛成の様子だった。

 ワルドは熟考の後、「よし」と、頷いた。

「方針を確認しよう。我々は明後日、船に乗ってアルビオンへと向かう。上陸後はルイズとミス・ロングビル先導の下、ニューカッスルまで最短ルートを進む。勿論、従者君も連れてだ。途中予想される貴族派からの妨害は、蹴散らせるものは蹴散らす。逃げた方が速い場合は逃げる。仮面の男が現われたときは、運が悪かったと思おう」

 ワルドは歴戦の戦士らしく諧謔めいた口調で自らの言葉を締めくくった。

 そうだ。永遠神剣の力は天災と同じだ。遭遇したら、運が悪かったと思って事態に対応するしかない。

 ワルドは今後の方針についてそう言い終えると、一転して明るい声音を発した。

「さて、じゃあ、今日はもう寝るとしよう。部屋を取った」

 ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「部屋割りだが、キュルケとタバサ、ケティの三人は相部屋だ。それから、ギーシュとサイトが相部屋。そして、リュウヤとミス・ロングビルが相部屋だ」

 まぁ、妥当な部屋割りか、とルイズを除くみなは頷いた。柳也とマチルダは使い魔と主人の関係だから、同室でも問題はあるまい。

 他方、名前を呼ばれなかったルイズは、はっ、とした様子で、同じく自分の名前を口にしなかったワルドを見た。

「僕とルイズは同室だ」

「そんな、ダメよ!」

 無作法だと自覚しつつも、思わず席を立ってワルドに詰め寄る。

「いくら婚約者同士だからって……まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」

 自分もワルドも、まだ若い男女だ。何か間違いがあったらどうするのか。いや、そもそも間違いなんて起こすつもりはないけれど……。

 顔を真っ赤にして言うルイズに、しかし、ワルドはかぶりを振って答えた。

「大事な話があるんだ」

 動揺した様子のルイズとは対照的に、冷然とした表情で、ワルドは彼女を見つめた。

「二人きりで話したい」

 

   

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:28「孤独」

  

 

 

 ルイズとワルドが取った部屋は、貴族を相手にする“女神の杵”亭でもいちばん上等な部屋だった。

 広々とした間取り。現代世界のホテルのスイートルームと比べても遜色ない、計算された生活空間。インテリアの類は高級感溢れながら、それでいて実用品として慎ましやかな佇まいを持つ物ばかりが上品に配置されている。宿主の趣味なのか、寝室に鎮座するダブルのベッドは天蓋付きの立派な代物で、瀟洒なレースの飾りをあしらえていた。

 寝室に設けられた丸テーブルに座ると、ワルドはワインの栓を抜いて、杯に注いだ。それを、一息に飲み干す。

 一気飲みはワインの楽しみ方としてどうなのか、とルイズは思ったが、ワルドがやると、野蛮なその光景も絵になった。

「きみも腰掛けて、一杯やらないか?」

 誘われるままに、ルイズもテーブルにつく。ワルドが婚約者の杯を、真紅の液体で満たしていく。自分の杯にも注いで、ワルドはそれを掲げた。いったい何に乾杯するのだろう、とルイズは思った。直後、ワルドの口から飛び出したのは、思いがけない言葉だった。

「二人に」

 ルイズは、自分の頬に浮き出た照れを隠すように少しだけ俯いて、躊躇いがちに杯を合わせた。かちん、と陶器のグラスが触れ合う。

 口を付けると、甘いモルトが喉を滑り落ちていった。

「きみと二人で、こうしてワインを飲める日が来るなんてね……」

 ワルドが昔を懐かしむような目で呟いた。二人が最後に会ったのは十年近く昔のことだ。当時のルイズは、無論子どもだ。いまも子どもには違いないが、いまは酒の味も少しはわかる。あの頃の自分は、ワインは勿論、アルコールの類は一切ダメだった。

「こんなことを言うと年寄り臭いと思われるかもしれないが、月日が経つのは早いものだ。覚えているかい? あの日の約束……。ほら、きみのお屋敷の中庭で……」

「あの、池に浮かんだ小船?」

 ワルドは静かに頷いた。

 ワインの味と、懐かしい思い出を噛み締めるように、穏やかな口調で続ける。

「きみは、いつもご両親に起こられた後、あそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」

「ほんとに、もう、ヘンなことばっかり覚えているのね」

 ルイズは羞恥から俯いた。

 当時子どもだった自分に、己を正確に客観視する能力はなかった。憧れの子爵の目にはそんな風に映じていたと知って、今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。

 幼き日の自分の行動に身悶えするルイズを見て、ワルドは楽しそうに笑う。

 朗らかに笑いながら、「当然さ」と、応じた。

「そりゃ覚えているさ。きみのことだからね。

 ……きみはいっつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われていた。でも、僕は、それはずっと間違いだと思ってた。確かに、きみは不器用で、失敗ばかりしていたけれど……」

「意地悪ね」

 ルイズは頬を膨らませた。

 ワルドは慌てて言葉を足す。

「誤解しないでくれ、ルイズ。僕は何も、きみの失敗を笑おうというつもりじゃない。……確かに、きみは失敗ばかりしていたけれど、誰にもないオーラを放っていた。魅力といってもいい。それは、きみが、他人にはない特別な力を持ってるからさ。僕だって、並のメイジじゃない。だから、それが分かる」

「まさか」

 ルイズは信じられない、とばかりに呟いた。

 しかし婚約者の彼は、かぶりを振ってルイズの呟きを否定する。

「まさか、じゃない。例えば、そう、きみの使い魔や、きみが呼んだというあの従者君……」

「サイトと、リュウヤ?」

「そうだ。サイト君が武器を掴んだときに、左手に浮かび上がったルーン……。あれは、ただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ」

「伝説の使い魔?」

「そうさ。あれは、“ガンダールヴ”の印だ」

 ワルドは切れ長の双眸を炯々と輝かせて言った。

「始祖ブリミルが用いたという、伝説の使い魔だ。誰もが持てる使い魔じゃない。

 それにリュウヤは、永遠神剣という超兵器を自在に操る異世界の勇者じゃないか。これまた、誰もが持てる使い魔じゃない。きみは、やはりそれだけの力を持ったメイジなんだよ」

「信じられないわ」

 ルイズは首を振った。ワルドは、若い男女が二人きりという状況に緊張している自分を気遣って、冗談を言っているのだ、と思った。

 確かに、あの才人は武器を握るとやたらとすばしっこくなって、バカみたいに強くなる。けれども、伝説の使い魔だなんて、とてもじゃないが信じられない。

 もし、そうだとしても、何かの間違いだろう、と思う。自分は、ゼロのルイズだ。落ちこぼれ。どう考えたって、ワルドの言うような特別な力が自分にあるとは思えない。伝説の使い魔や、異世界の勇者と釣り合いの取れるような人間ではない。

 ルイズのそんな心中を知ってか知らずか、ワルドはなおも熱っぽい口調で続ける。

「きみは偉大なメイジになるだろう。そう、始祖ブリミルのように、歴史に名を残すような、素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう予感している」

 いくらなんでも大袈裟だ、とルイズは言おうとした。

 しかしその言葉は、続くワルドの言葉と、彼の熱烈な視線によって制止された。

「この任務が終わったら、僕と結婚しよう、ルイズ」

 突然のプロポーズ。

 ワルドの口にした単語の意味が一瞬理解出来ず、この人は何を言っているのだろう、と呆けてしまう。

 そんなルイズに、ワルドは言う。

「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」

 ルイズは動揺した。

 十年ぶりに会って、いきなりこんな結婚とか、婚約とか言われても、と思う。

 とにかく何か口にしなければ、と混乱する頭で必死に紡ぎ出した言葉は、否定の切り出しだった。

「で、でも……」

「でも、なんだい?」

「わ、わたし……。まだ……」

「もう、子どもじゃない」

 ルイズの言わんとすることを察したワルドは、きっぱり、と言い切った。

「きみは一六だ。自分のことは、自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださってる。確かに……」

 ワルドはそこで一旦言葉を切った。ルイズに顔を近づける。

「確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかってる。でもルイズ、僕には君が必要なんだ」

「ワルド……」

 ルイズは困惑した。

 憧れの人の口から熱烈なプロポーズの言葉を贈られて嬉しいはずなのに、なぜだかちっとも喜びの感情が湧いてこない。それどころか、これからの将来に不安すら覚えてしまう。

 不思議と、才人と柳也……自分がこの世界に呼び出した二人の男のことが頭に浮かんだ。

 ワルドと結婚しても、自分は才人を使い魔として側に置いておくのだろうか? それに柳也は? 使い魔ですらないあの男を、側に置いておけるのだろうか?

 なぜか、それは出来ないような気がした。

 もし、異世界からやって来たあの二人をほっぽり出したら、はたしてどんなことになるだろうか?

 才人の場合は、キュルケか、それとも彼が自分には知られていないと思っている、施しを与えている厨房のメイドあたりが、世話を焼いてくれるだろう。では、柳也の場合は?

 柳也の場合は、きっと誰からの世話も必要としないに違いない。あの男は強い。自分なんていなくても、この世界で生きていく手段や、元の世界に帰る方法を見つけてしまうに違いない。彼一人では無理でも、彼の側にはマチルダがいる。自分なんかよりもはるかに優秀なメイジのご主人様が。

 ――やっぱり、わたしはワルドが言ってくれるような、凄いメイジなんかじゃない……。

 ルイズは膝の上で拳を握り締め、俯いた。

 柳也も、才人も、自分がいても、いなくても、何も変わらないに違いない。

 そのことを思うと、非力な自分が悔しくて、情けなくて、苦しかった。

「でも、でも……」

「でも?」

「あの、その、わたしまだ、あなたに釣り合うような立派なメイジじゃないし……もっともっと修行して……」

 ルイズは俯いた。俯いて、続けた。

「あのね、ワルド。小さい頃、わたし、思ったの。いつか、皆に認めてもらいたい、って。立派な魔法使いになって、父上と母上に誉めてもらうんだって」 

 ルイズは顔を上げて、ワルドを見つめた。

「まだ、わたし、それができてない」

「……きみの心の中には、誰かが住み始めたみたいだね」

 ワルドが、少しだけ寂しそうな口調で呟いた。

「そんなことないの! そんなことないのよ!」

 ルイズは慌ててその発言を否定した。

 婚約者の勘違いを正そうと、さらに言の葉を紡ごうとして、しかし彼女の発言は、他ならぬワルドの言葉によって阻まれてしまう。

「いいさ、僕には分かる。わかった。取り消そう。いま、返事をくれとは言わないよ。でも、この旅が終わったら、きみの気持ちは僕にかたむくはずさ」

 強い自信に漲る言葉。

 有無を言わさぬ強い眼差しに、ルイズは頷くしかなかった。

「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう?」

 ワルドはグラスの中身を飲み干すと、席を立ってルイズの隣へと回った。

 婚約者の少女の顎先へと手をやり、唇を重ねようとする。

 ルイズの身体が一瞬、強張った。

 反射的に、すっ、とワルドを押し戻す。

「ルイズ?」

「ごめん、でも、なんか、その……」

 ルイズはもじもじとして、ワルドを見つめた。

 なぜ、彼からの口付けを拒んでしまったのか、自分でもよく分からなかった。ワルドと自分は婚約者同士で、唇を合わせること自体には何ら問題はないはずだ。けれども、彼がキスを求めていると悟った瞬間、なぜだか、嫌だ、と思ってしまった。

 本日何度目かの当惑が、ルイズの滑舌を鈍くした。自分の中に生じた得体の知れないこの気持ちを、上手く言葉に表すことが出来なかった。

 そんなルイズを見て、ワルドは苦笑を浮かべた。そして、かぶりを振った。

「急がないよ。僕は」

 ルイズは再び、俯いた。

 どうして、どうして……と、心の中で何度も反芻する。

 ワルドはこんなに優しくて、凛々しいのに。ずっと、憧れた人だったのに……。

 結婚してくれ、と言われて、嬉しくないわけではない。しかし、何かが心に引っかかる。

 その何かが何なのかは、自分でもよく分からない。

 ただ、引っかかったその何かが、ルイズの心を躊躇わせていた。

 なぜだか、無性に柳也の声が聞きたくなった。

 

 

 ルイズとワルドの取った部屋よりはツーランクほど劣るものの、マチルダの取った相部屋は、二晩限りの寝床としては十分に広いスイートルームだった。少なくとも、ミス・ロングビルの名前で借りている魔法学院のの一室よりはずっと広い。インテリアの類も高級感溢れる物ばかりが並び、宿泊客に快適な生活空間を提供していた。

 しかし、いまのマチルダに、スイートルームの快適さを楽しむ心の余裕はなかった。

 アンリエッタから今回のアルビオン行きを打診されて以来、マチルダの胸中は常に憂鬱だった。王族連中のための任務。行き先は自分達を追放した故国アルビオン。この二つの要素だけでもたいへんなストレスを感じていたというのに、ここにきて柳也が倒れてしまった。

 破壊の杖事件では敵として戦った男とはいえ、いまの柳也は自分の使い魔だ。また、自分と彼とは幾度となく体を重ねた間柄でもある。その柳也の昏倒は、マチルダの胸に強い鈍痛をもたらした。

 一階の酒場で買ってきたウィスキーを呷りながら、彼女は室内に視線を巡らせた。

 ツイン・ベッドの片方で、六尺豊かな大男が昏々と眠り続けている。

 桜坂柳也。異世界からやって来た、自分の使い魔。

 彼の存在をマチルダが初めて知ったのは、春の使い魔召喚の儀があった日のことだった。

 落ちこぼれのミス・ヴァリエールが、人間の使い魔を召喚した。それも二人も。生徒達のそんな噂話は、学院長の秘書ミス・ロングビルとして働いていたマチルダの耳にも伝わっていた。しかし、この時点では、マチルダは召喚された二人に何の関心もなかった。ゼロのルイズの二つ名は有名だったが、この時の自分の興味や関心は、もっと別の物に向けられていた。魔法学院の宝物庫に収められているという、破壊の杖。それをどう盗み出してやろうか、その計画の考案に腐心していた。だからこの時点では、召喚された二人の名前も知らなかった。

 初めて桜坂柳也という名前を耳にしたのは、使い魔召喚の儀があった日から数日後のことだった。ヴェストリ広場を舞台にギーシュと才人が決闘をした日、マチルダは初めて男の名前を知った。とはいえ、彼と直接話をしたわけではない。またしても生徒達の噂話から得た情報だった。ルイズの召喚した平民二人が、傲岸なグラモン家のお坊ちゃんの鼻を明かしてやった。彼らはそれぞれ、サイト、リュウヤ、という名前らしい。初めてその名前を耳にしたマチルダは、変な名前だ、と思った。それ以上の興味はなかった。ギーシュを倒したことについても、感慨はほとんどなかった。

 初めて桜坂柳也という男に関心を抱いたのは、さらにそれから数日後のことだった。破壊の杖と、それを収めている宝物庫の情報を求めて接近したコルベール教員が、うっかり、漏らした永遠神剣という単語。自分の求めている破壊の杖もまた、その永遠神剣なる武具にカテゴライズされるらしいということ。過日、ヴェストリ広場で大立ち回りを演じた褌の男が、その永遠神剣を持っているらしいという情報。

 コルベール教員の話を聞いたマチルダは、胸の高鳴りを自覚した。

 警戒厳重な魔法学院の宝物庫に収められた幻のマジック・アイテム、破壊の杖。かつて数多くの同業者達がその奪取を計画し、しかしその悉くが失敗に終わった、盗賊殺しの宝具。その宝物に、おそらく自分は史上最も近付いている。その手応えを得たマチルダは、かつてない興奮を覚えた。

 なんとしても桜坂柳也に会わなければ、と思った。会って話をしたい、と思った。

 実際に彼と話をする機会は、思いのほか早く、そしてあっさりと訪れた。

 オールド・オスマンが件の彼を学院長室に呼び出した。その帰りの送迎を、マチルダは頼まれた。待ち望んでいた二人きりの時間。やがて彼は、宝物庫が見たい、と自ら口にした。

 連れてきた宝物庫の前で、彼はマチルダに言った。魔法の力に対しては絶大な防御力を誇る宝物庫も、物理的に巨大な力には耐えられないのではないか、と。

 なるほど、と思った。宝物庫の扉や壁には強力な固定化の呪文がかけられている。しかし、材質そのものはどこにでもある普通の石材であり、鉄だ。これを力技で破壊するのは、そう難しいことではなかった。

 彼と会ってやはり正解だった、とマチルダは強く思った。彼女を含め、これまで数多の盗賊が苦心していた宝物庫破りの術を、この男はいとも簡単に見つけ出してしまった。

 彼との再会は数日後のことだった。その夜、マチルダは過日の柳也からの助言の通り、宝物庫を襲撃した。巨大な土のゴーレムで魔法学院本塔の外壁を破壊し、蔵の中に侵入。目的の破壊の杖を手にした直後、かの男との戦闘に突入した。自分はトリスティンを荒らす大怪盗土くれのフーケとして。他方、男は異世界から神剣士として。二人は、永遠神剣を手に戦った。

 柳也は、強かった。最初の不意打ちで相当のダメージを負っていたにも拘らず、第五位の永遠神剣たる破壊の杖を手にした自分の猛攻を凌いでみせた。そればかりか、反撃すらしてきた。満身創痍の身で、しかもルイズ達という重荷を背負いながら、あの男は自分に勝つつもりだったのだ。

 いまにして思えば、あの夜自分が勝利を収めることが出来たのは、運によるものが大きかったように思う。もしもあの時、柳也の得物の刀が砕けず、最後の一撃が自分に届いていたら、間違いなく自分は負けていた。武器の耐久限界のことなど、自分は計算していなかった。あのタイミングで柳也の武器が砕け散ったのは、運が良かったとしか言いようがなかった。

 見事破壊の杖を盗み出し、邪魔な柳也をも下したマチルダは、仕事の仕上げとして目撃者全員の口封じを目論んだ。

 破壊の杖を盗み出した翌日、マチルダは言葉巧みにルイズ達を学院の外に連れ出し、人里離れた森の中へと誘導した。そこで一気に殲滅しようとした。しかし、結果は失敗だった。敗因は主に二つ。ルイズ達の抵抗が予想以上に激しかったことと、昨晩倒したはずの柳也の戦線復帰だった。

 取るものもとりあえずといった様子で戦場に駆けつけた柳也は、昨晩の戦いで負った傷の痛みに苛まれていた。また、神剣士としても、本来の実力の二割も発揮できぬほどに体力とマナを消耗していた。

 しかし、神剣士である以前に、桜坂柳也は第一級の戦士だった。敗北の経験を勝利への原動力と出来る、強力な剣士だった。

 マチルダは手負いの柳也と戦い、敗北した。

 だが、戦いはそれで終わらなかった。自分を見限った破壊の杖……永遠神剣第五位〈殲滅〉の暴走。その結果もたらされた、破壊の惨禍。自分との決着は、新たなる戦いの幕開けに過ぎなかった。

 暴走した〈殲滅〉は、その場にいた全員を殺そうとした。かつての契約者だったマチルダさえも殺そうとした。

 第五位の永遠神剣が操る土くれの人形には、マチルダ達メイジの魔法は通用せず、頼みの綱の柳也も消耗著しかった。

 絶望的な状況の中、柳也はマチルダに言った。

 この場を切り抜けるために、自分と使い魔契約を交わしてほしい、と。

 マチルダは生き延びるために、その提案を受け入れた。

 強引にキスを求める男の薄い唇に、マチルダは自分のそれを押し付けた。

 この瞬間、桜坂柳也は彼女の使い魔となった。

 コントラク・サーヴァントの契約を結んだ瞬間、マチルダの頭の中に、様々な情報が流れ込んできた。

 見知らぬ空。

 見知らぬ地平。

 見知った男の、見慣れぬ姿が、次々と脳裏に浮かんでは消えていく。

 それは男の記憶であり、過去の体験の映像だった。

 オレンジ色の炎を前にひとり咽び泣く幼い日の柳也。

 幼馴染の少年を前に必ず守ると誓いを口にする柳也。

 多くの仲間に囲まれて、幸せそうに笑う柳也。

 両の腕で大小の刀を抱き、破壊の惨禍を振り撒く柳也。

 哄笑が、マチルダの耳朶を打った。戦いの狂気に歪んだ男の笑顔が、マチルダの胸を打った。

 感情が、頭の中のに流れ込んできた。剣を振るい、敵を屠る男の胸の内が、伝わってきた。

 楽しい、楽しい、と男は胸の奥底で激しく訴えていた。敵が強ければ強いほど、敵が多ければ多いほど、男は激しく昂揚し、歓喜に打ち震えていた。強大な敵を蹂躙し、屈服させることに、男は大きな快感を得ていた。自分の方が強いと証明することに、男は心血を注いでいた。死の恐怖を感じる度に、男は生の喜びに陶酔した。

 男は、自らの本能が赴くままに、自らの快楽を追及するために、敵を蹂躙した。敵を求めて戦場を彷徨った。敵が見つからない時は、自分で敵を作った。男は、自分の快のためだけに、戦争を起こした。

 使い魔の契約を交わして、マチルダは初めて知った。桜坂柳也という男の狂った激情を。桜坂柳也という男の異常性を。

 その姿はどこまでも邪悪で、その存在は、あまりにも背徳的すぎた。

 しかし、そうであるがゆえに、マチルダは桜坂柳也という男に惹かれた。人間は環境によって形作られる。ならば、この男の邪悪な人格は、どのようにして作られたのか、と。マチルダはこのとき、利害関係を超えた興味を、桜坂柳也に抱いた。

 柳也達とともに〈殲滅〉の泥人形を倒したマチルダは、その後ルイズらに捕縛された形で魔法学院へと帰還した。

 オールド・オスマンは恩人の形見の永遠神剣奪還のために動いてくれた若者達を称賛し、次いでマチルダと柳也に厳しい視線を注いだ。憂いを帯びた眼差しだった。

 緊急時だったとはいえ、犯罪者と使い魔契約を結んだ柳也の処遇をどうするべきか、オールド・オスマンは苦慮していた。

 重大な犯罪に手を染めたマチルダは、王国の法の規定に従って裁かれねばならない。では、柳也は? ルイズ達を守るために犯罪者と悪魔の契約を交わした柳也は、同じく犯罪に関わった人間として裁かれねばならないのか?

 司法制度の未熟なハルケギニアでは、自身は犯罪に手を染めていなくとも、その犯罪者と関係しているというだけで法廷に立たされてしまう。自身、柳也とは個人的に親しいオールド・オスマンは、そうした事情からマチルダを王国政府に引き渡すことを躊躇していた。魔法学院を統べる学院長としては、犯罪者を然るべき機関に送らなければならない。しかし、一人の私人としては、柳也を守るためにも、マチルダを法廷に立たせたくはない。

 熟慮の果てにオールド・オスマンが下した判断は、事件を初めからなかったことにすることだった。

 破壊の杖事件は起こらなかった。魔法学院は何も盗まれていないし、何も失ってはいない。だから学院の秘書ミス・ロングビルを王国政府に引き渡す必要もなければ、王室連中に柳也のことを報告する必要もない。ミス・ロングビルには今後とも学院の秘書として勤務してもらう。また、桜坂柳也には秘書見習いとして、ロングビルの補佐についてもらう。

 学院長からの破格の申し出に、マチルダは魔法学院に残ることを決めた。

 その日から、柳也はマチルダの部屋で寝泊りするようになった。若い男女が同じ部屋で暮らすことに、二人のご主人様ははじめ難色を示した。しかし、使い魔と主人が一緒に暮らすのは自然なことだし、マチルダが再び犯罪に手を染めぬよう、彼女を常に監視する人間が必要だった。二人の共同生活は、斯様な経緯の下で始まった。

 彼と一緒に過ごす初めての夜、マチルダは柳也に、お互い隠し事はしないようにしよう、と提案した。

 経緯はどうあれ、いまの自分達はご主人様と使い魔だ。特別な関係の上、きっと長い付き合いになる。一緒に暮らしていく上で、余計なストレスを溜め込まないためにも、隠し事はなしでいこう、と。

 マチルダの提案に、柳也は、応、と頷いた。

 その晩、二人は夜通しでお互いのことを話し合った。

 自分がなぜ盗賊になったのかを訊かれたマチルダは、柳也に自らの身の上を語って聞かせた。故国アルビオンでの生活。いまは亡き両親のこと。当時アルビオンの王室を巡って渦巻いていた暗い陰謀に巻き込まれ、父は謀殺された。家名は奪われ、一家は散り散りになった。マチルダは生きるために、始祖ブリミルから賜った魔法の力で盗賊稼業を始めた。最初は失敗の連続だった。あやうく命を落としかけたこともあった。実力をつけ、それなりに名前が売れ始めてからも、マチルダに安寧の時間はなかった。同業者達からの嫌がらせ。被害者貴族が送り込んでくる刺客の数々……。そうやって何度も失敗を重ね、経験を積んでいくうちに、土くれのフーケの名は徐々にトリスティンの暗黒社会に浸透していった。

 やがて、生きるため仕方なくやっていた盗みの仕事は、驕り高ぶった貴族への復讐達の手段へと変わっていった。家名を奪い、屋敷を奪い、家族を奪っていった貴族という存在が、王の権力が、憎かった。土くれのフーケは、貴族専門の盗賊として名を馳せた。

 マチルダの話を聞き終えた柳也は、今度は自らの過去を語り始めた。彼もまた、家族のいない男だった。

 当時六歳の柳也少年から二親を一度に奪った交通事故。燃え盛る炎の中、両親は最愛の息子を助け出そうと我が身を顧みなかった。父と母の決死の努力の末に柳也は助け出されたが、二人は死んだ。

 幼かった柳也にとって、両親の死が与えた衝撃は大きかった。塞ぎ込む彼を励まそうと最初にやって来たのは、母方の親戚だった。優しい言葉をかけてくれた彼らの瞳には、怪しい輝きがあった。彼らは、両親の遺産を狙っていた。大人達は、天使のような微笑の下に、暗い欲望の刃を隠し持っていたのだ。

 六歳の柳也少年に、大人達の暗い欲望の念は毒でしかなかった。

 彼は人間不信に陥り、それゆえに孤独となった。

 両親を失った後、柳也は最終的に、亡き父の親友が経営する施設に引き取られた。両親の遺産は、柳也が成人し、財産を管理できるようになるまで、その親友が管理することになった。父の親友は、柳也を実の子のように扱い、温かく接してくれた。施設には柳也と同じように両親のいない子どもがたくさんいた。彼らもまた、柳也に優しく接してくれた。しかし、当時の柳也は彼らの優しさを、彼らから感じられる温もりを、疑ってしまった。自分に優しいのは、何か裏があるからに違いない。父さんや母さんの遺産を狙った、あの親戚達のように。そう思ってしまった。

 柳也は、自分に向けられる優しさを拒絶した。温もりを拒絶した。裏切られるのが恐かった。好意の裏に隠された人間の暗い部分を覗き見るのが恐かった。大人が恐くて。子どもも恐くて。人間が、自分に寄ってくるすべての人間が恐くて、拒絶した。その結果、孤独になった。他人を信用せず、寄せ付けず……そんな彼と、親しく付き合ってくれる人間など、いるはずがなかった。

「いまにして思えば、当時の俺は弱虫のガキで、馬鹿だったんだよ」

 苦笑をこぼしつつ、諧謔めいた口調で、柳也は幼い頃の自分を酷評した。

「自分から心を開こうとしない男に、誰が心を開いてくれる? 自業自得だ。そのくせ、一人ぼっちは嫌だってんだから……結局、我侭なガキだったんだよな」

 幼き日の彼は、孤独を恐れた。孤独が恐くて、一人でいるのが辛くて、寂しくて……そのくせ、他人を信じられなかった。一人でいるのは嫌だ。しかし、他人を寄せ付けるのも恐い。矛盾した二つの感情は、幼い柳也の心をズタズタに引き裂き、彼の人間不信を、彼の孤独を、ますます増大させた。

 柳也が秋月瞬と高嶺佳織の二人と出会ったのは、そんな時期のことだった。

「野犬に襲われていた二人を助けて。代わりに自分がボロボロになって……。傷ついた俺を、瞬と佳織ちゃんは、すっげー心配してくれたんだ。不謹慎な話だけどよ、それがすっげー嬉しかった。利害とかは関係なく、瞬と佳織ちゃんが、心の底から俺のことを心配してくれたのが、分かったから。……父さんと母さんが死んでから、初めて、自分じゃない他人を、信じることが出来た」

 疑念の塊だった彼の心に眩しい光が差し込み、孤独だった彼の心を、優しい灯火が照らした。

 瞬と、佳織の二人と出会って、柳也は孤独から解放された。自分がいかに愚かな人間であったのかを自覚した。それまで見えなかったものが見えるようになり、それまで疑ってばかりだった誰かの優しさを、信じられるようになった。

 柳也は柊園長を始めとした施設のみなに謝罪した。これまでの自分の態度を。優しさを拒絶したことを。施設のみんなは、そんな柳也を許してくれた。その上で、彼らは言ってくれた。ここにいるみなは、大なり小なり柳也と同じように親を失う痛みを知り、孤独の辛さを知っている。であればこそ、自分達と家族にならないか、と。その優しさに、その温もりに、幼い柳也は、ぼろぼろ、と涙を流したという。

「独りは嫌だなぁ、って。あの時、もう独りぼっちは懲り懲りだ、って心底思ったよ」

 自らの過去の物語を、柳也は複雑そうに笑って呟き、締めくくった。

 暗い話題を口にしながらも、あえて笑ってみせた柳也の瞳には、しかし、そのときの恐怖を思い出したか、深い憂いの色が滲んでいた。

 その晩、マチルダの部屋に明かりは灯っておらず、月の光も灰色の雲に遮られて、ほとんど届かなかった。にも拘らず、マチルダには柳也の黒檀色の瞳がよく見えた。どこか寂しげな、寒々しい黒色が、やけに印象深かった。

「…………」

 マチルダはいまだ昏々と眠り続ける柳也の顔を眺めた。

 先の一戦は、よほど彼に消耗を強いたのだろう。自分達を守るために力を使い果たした男は、寝返り一つ打たぬまま、深い眠りに身を委ねている。

 琥珀色の液体を飲み干し、グラスをテーブルに置いた。ベッドの脇に立ち、指先を、そっ、と使い魔の額へと伸ばす。

 やや汗ばんだ肌を撫でながら、マチルダは小さく呟いた。

「この、大馬鹿野郎……」

 罵りの声は、小さく、細く。

 思い返されるのは先刻の酒場での光景。柳也の不在に、不安そうにしているルイズ達の顔。彼女達にとって、桜坂柳也という男の存在はそれほど大きなものだったのか。沈痛な面持ちで俯く少女達の姿は痛々しく、正視するのが辛いほどだった。

 彼の二人の弟子は、何も出来なかった自身の非力さを呪い、揃って歯噛みしていた。ケティは、そんな友人二人を気にしながらも、かけるべき慰めの言葉が見つからずに、悔しげな表情を浮かべていた。柳也とは付き合いの浅いキュルケも、暗い面持ちを隠さなかった。タバサは、一見したところ普段と変わらない様子だった。話を聞いているのかいないのか、会議の席でも、いつものように目線は手元の本に落とされていた。しかし、やはり彼女もいつもとは違っていた。ページを捲るペースが彼女にしては遅く、同じ箇所を頻繁に読み返しているのが目についた。大好きな読書に集中出来ないほど、タバサも動揺していた。

 そしてルイズは、不安と、悲しみと、寂しさから、いまにも泣きそうな顔をしていた。公爵家の三女というプライドからか、みなの前では気丈に振る舞うルイズだったが、時折浮かべる悲壮な表情からは、彼女の抱えた悲しみがあふれ出していた。プライドが高く、いつもエネルギッシュな彼女が肩を落とし消沈している姿は、特に正視に耐えかねた。柳也に会いたい。柳也の五体壮健な姿が見たい。マチルダには、ルイズの胸中が手に取るように分かった。

「あんたは、孤独であることの辛さを……痛みを、よく知っているだろうに。そのあんたが……」

 深々と溜め息をついて、額を軽く小突いてやる。使い魔の寝顔が、呻き声とともに歪んだ。

「誰かを孤独にして、不安がらせているんじゃないよ」

 咎めの言葉を口にした表情は険を孕んでいた。

 しかし、昏々と眠る男を見下ろす視線は、どこか優しい。

 早く起きろ。早く起きて、元気な姿をあの娘達に見せてやれ。そして自分にも、元気な姿を見せてくれ。

 胸の内で何度も呟きながら、マチルダは柳也の額を撫でさすった。

 何度も。

 優しく。

 開け放たれた窓から入り込んできた夜風が、柳也の前髪を揺らしていた。

 


<あとがき>

 

 どうも、読者のみなさま、おはこんばんちはっす。

 最近(2010年12月現在)、「とある魔術の禁書目録」に嵌まっている、タハ乱暴でございます。

 今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございました。

 前回と同様、今回の話も説明から始まり、柳也のいないところで話が進むという構成でした。さすがにそれだけというのもあんまりなので、これまで曖昧にしてきた柳也とマチルダの関係にスポットを当ててみましたが、いかがでしたでしょうか? マチルダの柳也に対する態度の変化の歴史など、察していただければ幸いです。ちなみに、柳也の過去については、ゼロ魔刃用に拵えたものではなく、アセリアAnother本編と共通のものです。

 さて、今回は二話同時更新です。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜




今回は柳也が眠っている状態だからか、あまり大きな変化もなく。
美姫 「ワルドとのやり取りの他に、マチルダメインね」
だな。二人の関係を独白でって感じで。
美姫 「流石に今回はおバカな事はなかったわね」
柳也の目覚めがいつになるのかも気になる所だが。
美姫 「そんな気になる次回は……」
この後すぐ!



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