舞踏会の夜から三日後の昼。

 柳也と才人の二人は、魔法学院の学園長オールド・オスマンに頼んで、破壊の杖事件に関わった主なメンバーを、学院長室に集めてもらっていた。

 その顔ぶれは、事件の当事者たるミス・ロングビルを筆頭に、ルイズ、タバサ、キュルケ、ケティといったメイジの少女達、先の事件では結果的にいちばんの重傷者だったギーシュ、自分達の事情をある程度知っているコルベール教員といった面々だ。

 二人はオスマン氏の許可を得た上で学院長室に長椅子とテーブルを持ち込み、やって来た彼らにそれを薦めた。

「……今日、みんなに集まってもらったのは他でもない」

 召還を掛けてもらった全員が学院長室に集まったのを認めた柳也は、そう言ってみなの顔を見回した。

 貴族達を教える魔法学院の長たる人物の執務室だけあって、学院長室は決して狭い部屋ではない。魔法学院の本塔は円柱状の建物だが、畳で数えればゆうに三十畳はあるだろう。しかし、一〇人もの大人が詰め掛けると、さすがに窮屈な印象は否めなかった。

「今日はここに集まってもらったみんなに、俺と才人君の事情について、ちゃんと話をしようと思ってな」

「ミスタ・リュウヤ、それはどういう意味です?」

 事件から三日が経過して、ようやく怪我が完治したギーシュが怪訝な顔で柳也に訊ねた。

 才人と同じ日に柳也に弟子入りを果たしたギーシュだが、彼は永遠神剣のことや二人が異世界出身であることなどをまだ聞かされていなかった。

 柳也は才人とオスマン氏に目配せをして、口を開いた。

「要するに、俺と才人君がいままで秘密にしていた事を、白状するということだ」

「それは、あんた達が時々口にしている、こっちの世界とか、元の世界とかの発言のことかい?」

 眼鏡の奥で、ミス・ロングビルの双眸が、ギラリ、と凶悪に輝いた。

 学院長の優秀な秘書としての態度ではなく、つい先日までトリスティンの貴族達を震撼させた大怪盗としての目つきで、三人の男達を見る。

 はたして、柳也は頷いた。

「正確に言えば、その発言についても、だ。今日は、俺と才人君について、俺達が話しうるすべての情報を伝えたいと思っている。俺達がどこから来たのか。そして何より、永遠神剣のことについて……」

 先の破壊の杖事件では、その場の勢いで、際どい発言を連発してしまった。柳也と才人は相談の末に、少なくともこの場にいる面子にはもう、隠す必要はないと判断したのだった。なにより、ここに集まった面々は信頼出来る。彼らには、自分達の抱えている事情を知ってもらいたかった。

 柳也の言葉に、才人も頷いて言う。

「みんなには知っていてもらいたいんだ。俺と、柳也さんのことを」

「これから話すことは、はっきり言って、荒唐無稽な話だ。到底、信じ難い内容に満ちている。しかし、誓って言うが、これから話すことはすべて真実だ。その上で、お願いしたいことがある」

「それは、これから二人が話すことは、他言無用にしてもらいたい、ということじゃ」

 柳也の言葉を、オールド・オスマンが継いだ。

 みんなにすべてを打ち明ける機会と場を設けたい。

 柳也と才人からそう相談を受けたオスマン氏は、誰にも密談を聞かれぬ場として、快く学院長室を開放したのだった。恩人の頼みというのも勿論あるが、何より、オスマンが異世界からやって来た二人の話を聞きたかった。

 柳也と才人、オスマンの三人は、居並ぶ七人の顔を見回した。

 しばしの沈黙。

 やがて彼らの中で人一倍好奇心と探究心の強いコルベールが、自らの杖を掲げて言った。

「私は誓いますぞ。永遠神剣のことや、異界のことを知る。このような機会は滅多にないのです。たとえ誰にも話せない内容であろうと、私はお二人の話を聞きたい!」

「僕も誓いますよ」

 ギーシュが薔薇の造花を掲げて言った。

「僕も常々、ミスタ・リュウヤの強さには興味がありましたし。それに、サイトとは友達ですからね。友達のことをよく知りたいと思うのは、当然のことでしょう?」

 二人の言葉を封切りに、メイジの少女達は続々と他言無用の宣誓をした。

 最後にミス・ロングビルが柳也を見ながら、「なりゆきとはいえ、あんたは私の使い魔だからね」と、言いながら杖を掲げた。

「私も、あんたのことをもっとよく知りたい」

「……マチルダ」

「おっと、ここでは名前はタブーだよ」

 思わず自分の本名を口にした柳也を、ロングビルはたしなめた。

 ここでの彼女はあくまでミス・ロングビル。オールド・オスマンの忠実な秘書で、いまはルイズの従者の一人なのだ。

 柳也は、そうだったな、と苦笑をこぼして、改めてみなの顔を見回した。

 ついで才人に視線を向け、最後にオスマン氏を見た。

 二人が頷いたのを確認して、柳也はゆっくりと口を開いた。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:20「願い」





「まず最初にはっきりさせておきたいことは、俺と才人君はこの世界の住人ではない、ということだ」

「この世界?」

 柳也の発言に、実際に疑問の言葉を口にしたのはギーシュ一人だった。

 しかし、二人が異世界からやって来たことを知るルイズとコルベール以外の面々も、彼の言葉に怪訝な表情を浮かべた。

 柳也はそんな周囲の反応に頷きながら続ける。

「そうだ。ここではない、別な世界という意味だ」

「それは、その……トリスティン以外の国からやって来た、という意味ではないのですか?」

「違う。それだったら単純に、俺達は外国人だ、と説明しているよ」

 柳也はかぶりを振った。

 小さく溜め息をつき、居並ぶ面々を見回す。

「俺達の生まれ故郷は、この世界の大陸のどこにも存在しない。俺達は、文字通りの異世界から、るーちゃんの召喚に応じてやって来たんだ」

 柳也の発言に、事情を知らぬ一同が目を剥いた。

 滅多に表情に感情を載せることのないタバサでさえ、動揺で瞳が揺れている。

 「信じられないわ!」と、キュルケがヒステリックに口にしたが、それがみなの気持ちを代弁していた。

 しかし彼らの当惑は、続く柳也の言葉によって、納得へと変わらざるをえなかった。

「あの破壊の杖は、元々俺達の世界にあった物だ。あんな代物が、ハルケギニアに存在するか?」

 柳也の発言に、その場に集まった一同は沈黙した。

 破壊の杖の誇った圧倒的な火力と、あの泥人形との戦闘を思い出し、実際に戦った少年達は身震いした。

 たしかに、あれほどの威力を持った魔法は、この世界には存在しない。あれほど強力な意思を持ったマジック・アイテムは、この世界には存在しない。いや、存在してはならない。あんな物は二つと存在してはならない。あの力は危険だ。あの力は、貴族の権力基盤を崩してしまいかねない。

 柳也は頷くと続けた。

「つまりは、そういうことだ。……あれとはタイプは違うがな。俺達の世界には、あれと同等……いや、物によってはあの破壊の杖以上の威力を持った武器も存在する」

 思い出されるのは現代世界で猛威を振るった最新兵器の数々。ミサイル。精密誘導爆弾。原潜。空母。そして何より、核兵器。

 ミリタリー・オタクとして、そして唯一の被爆国の国民として、柳也は原爆の恐ろしさをこの場の誰よりも知っている。

「俺達の世界では、たった一発で七万人を死滅させるような、とんでもない武器もあった」

「七万人ですって!?」

 ギーシュが愕然とした様子で呟き、コルベールとオスマンが顔を見合わせた。

 ルイズとケティが顔を青ざめる。

 王室と貴族による封建社会が幅を利かせているハルケギニアの人口は、現代世界の地球と比べると何倍も少ない。農業技術が未熟なことに加えて、第一次産業革命を向かえていないため、せっかくの食糧を郊外へ運搬するための物流の基盤が脆弱なためだ。また、戸籍謄本自体が未成熟なことから、そもそも正確な人口の把握すら難しいのが現状だった。

 そんな異世界の住人にとって、一発で七万人もの人間を死滅させる兵器というのは、想像力の埒外の代物だった。

 柳也は驚く異世界人達に、なおも残酷な事実を突きつけた。

「この七万人という数字は、この兵器の極めて初期型を使った時の威力だ。この兵器はその後何十年もの間に改良を加えられ、いまじゃ最初のタイプの数千倍の威力を持っている」

 核兵器の威力を表現する際に、キロトン級、あるいはメガトン級という言葉を使うことがある。これは、その核兵器の爆発した際のエネルギーが、TNT火薬に換算して何キロ分のエネルギーを持っているか、ということを意味している。

 ロシア軍の持っている大陸弾道ミサイル・スカープに搭載できる核弾頭の威力は、マックスで二五メガトン。つまり、TNT火薬で同じ破壊力を生み出そうと思ったら、二五〇万トンの爆薬が必要ということだ。

 閑話休題。

 そろそろ、話を元に戻すべきだろう。

 柳也は才人に目配せした。

 頷いた才人が、この世界に持ち込んできた数少ない私物の鞄を取り出した。蓋を開け、中から黒い箱を取り出す。十六インチのノートパソコンだった。二つ折りの状態から開き、暗い画面と、キーボードを見せる。

「俺達がこの世界の住人じゃない証拠の一つが、才人君の持っているこれだ」

「むむ? 何ですか、これは?」

 ミスタ・コルベールが立ち上がって、しげしげ、と才人の手の中のノートパソコンを眺めた。

 他のみんなも、コルベールほどではないが興味津々といった様子で、才人の手元を見つめる。

 才人は得意気に胸を張って言った。

「これはノートパソコンって言って、俺達の世界の道具の一つだ。使い方は……まぁ、説明が難しいから辞めておくけど……」

「いまからこいつを君達の前で動かす。君達は幸運だぞ? 四系統の魔法とはまったく別な力で動く機械の、最初の目撃者だ」

 才人は柳也に「お願いします」と、言って、ノートパソコンを手渡した。

 才人と柳也がこの世界にやって来て、すでに十日近くが経っている。コンセントはおろか、電気のないハルキゲニアだ。ノートパソコンのバッテリーは、とうに電力を切らしていた。

 柳也はノートパソコンの入力ジャックに右の人差し指と中指を当てた。体内の〈決意〉に語りかける。

 ――〈決意〉、イメージは電気クラゲだ。

【領解した、主よ。出力は、毎秒九〇ワットでよいな?】

 ――ああ。それでいい。

 柳也は頷いて、右腕の筋肉を発電細胞へと変えた。破壊の杖事件の発端となったあの夜のように、この男は体内寄生型の永遠神剣を使って、人体の内部構造と機能を変化することが出来る。もっとも、所詮は第七位の神剣だから、出来ることは限られているが。

 電気を生み出す動物として有名なデンキウナギの発電器官は、発電板という特殊な細胞によって構成されている。発電板は筋肉細胞が変化したもので、デンキウナギはこの発電板を数千個持っていた。細胞一つ当たりが生み出す電圧は約〇・一五ボルトで、数千個を一斉に発電させることにより、最高電圧は六〇〇〜八〇〇ボルトにも達する。

 柳也はこの発電板をイメージして、右腕の筋肉細胞を変化させた。

 脳のすべての神経細胞を、電力供給のために集中させる。

 ノートパソコンはハイテクだが、それゆえにデリケートな機械だ。電気エネルギーのちょっとしたコントロールのミスが、故障に繋がってしまう。最近のコンピュータは細部がやたらブラック・ボックス化しているから、壊れても直せない可能性の方が高い。

 柳也は細心の注意を払いながらバッテリーを充電していった。

 額に、じわり、じわり、と脂汗が浮かぶ。

 第七位の神剣でも、九〇ワット程度ならば電気を発生させることは難しくない。しかしそれを長時間続けるとなれば話は別だ。マナを大量に必要とするし、神経も使う。

 やがて、たっぷり五分は充電をし続けていただろうか。

 柳也は深々と息をついた。その頬は心なしか少し痩せこけて見える。

 凄まじい空腹感が、柳也を襲った。たっぷり三〇〇キロカロリーはエネルギーを使った気分だった。なお、三〇〇キロカロリーをワットに直すと約一二五六メガワット。一秒間の消費電力がマックス九〇ワットなら、約四時間はノートパソコンを使用していられる計算だった。バッテリーにそれだけの電力を溜め込めればの話だが。

「……才人君、これくらいでいいかな?」

「はい。ありがとうございます」

 才人は嬉しそうに笑って、久々にノートパソコンの電源スイッチを押した。

 ぶぅぅぅん、と低く唸るような機械の駆動音。

 液晶画面に命が吹き込まれ、OSのロゴが浮き上がる。

「な、なんと細かく、美しい画なのでしょう!」

 コルベールが興奮した様子で歓声を上げた。

 ケティとキュルケが、液晶画面に映るデスクトップの背景を見て、思わず「綺麗……」と呟く。

 何の変哲もない風景写真。夕日が映える富士山の画面。しかし、異世界の住人達の目には、如何なる名画にも勝る鮮烈な画として映じた。

 才人はマウスカーソルを動かして、マイドキュメントに保存してある動画ファイルを開いた。異世界に召喚される少し前に、インターネットの無料動画サイトで、少し非合法なソフトを使ってダウンロードした映像だ。当時流行っていたアニメの映像だった。

 液晶画面の中で、画像が滑らかに動く。栗色の髪をツインテールにした幼い少女と、同い歳くらいの金髪の少女が、夜の大都会を背景に、空中で激突していた。

 ハルケギニアの住人達は唖然とした様子で、その映像を眺め続けた。

 五分間の発電で気力と体力をすっかり使い果たしてしまった柳也は、強烈なデジャヴを感じた。

 昔読んだSF小説の中に、これと同じような場面があったのを思い出す。ストーリーはよくある架空戦記物で、現代の日本自衛隊が太平洋戦争で劣勢の日本軍を助けにタイムスリップする、というあらすじだった。六十年前の政府要人に、現代の自衛隊戦力をブリーフするため映写機を回すシーンが、まさしくいま目の前に広がる情景と合致していた。

 映像が終わり、異世界の住人達はそれこそ魔法から解かれたように揃って感嘆の溜め息をついた。

「信じるよ……」

 やがてミス・ロングビルが、茫然とした口調で呟いた。

「信じざるをえないじゃないか。こんな凄い物を見せられたら」

「俺達の時もそうだった」

 柳也は疲弊した顔に苦笑を浮かべて言った。

 人間は本来保守的な生き物だ。

 常識では考えられないことや、認めたくないものに対しては目を向けず、耳を傾けない悪癖がある。柳也自身、そうした悪癖を持つ人間の一人だった。決定的な現実を突きつけられて、初めて永遠神剣や有限世界の存在を認めた人間なのだ。

「魔法なんてものを見せつけられて、初めてここが異世界だと認めたんだ」

 魔法が当たり前に存在する世界の住人と、科学技術が発展した世界の住人。そして、龍の大地で永遠神剣を手に戦争を繰り広げていた男。

 それぞれまったく立場の異なる彼らは、ここにきて始めてそのギャップを埋める段階に至ったのだった。





 自分と才人はハルケギニアの人間ではない。地球という、別な世界、別な惑星からやって来た人間だ。最初にそのことをはっきりさせた後、柳也は才人を見た。

「さて、ここからは才人君も聴衆だな」

「はい」

 才人は頷いて、ルイズ達の座る長椅子へと腰を下ろした。

「聞かせてください。俺達が戦ったあの破壊の杖のこと。柳也さんの力の正体……永遠神剣について」

「ああ」

 柳也は頷くと、唾を飲み、大きく深呼吸をした。

 新鮮な酸素がたっぷり溶け込んだ血液を脳に送り、思考をクリアな状態にした上で、舌先で言葉を選びながら口を開く。

「俺自身、永遠神剣という存在のすべてを知っているわけではない。永遠神剣には、神剣士の俺でも知らないことがまだまだある。だが、俺に説明出来ることは、全部話させてもらうよ」

 永遠神剣とは何なのか。その問いに対する答えを、自分は知らない。いつ、どこで、どのようにして生まれたのか。永遠神剣と呼ばれる武器が、この宇宙にはいくつ存在するのか。なぜ、永遠神剣はマナを求めるのか。そういった問いに対する明確な答えを、自分は持っていない。自分が持っている情報は限られた内容に過ぎない。その限られたすべてを、彼らには話そう。この世界で出会った大切な人たちに、自分の秘密を、知ってもらおう。

 学院長室に集まった一同は、固唾を呑んで柳也の唇を注視した。

 やがて、小さな決意を胸に秘めて、男は言の葉を紡ぎ出した。

「永遠神剣とは、一言で言い表すなら、力と、意志を持った武器だ」

「力と意志を持った……」

「武器?」

 キュルケとタバサが怪訝な顔をして問うてきた。

 才人が、「それって、デルフみたいなもんですか?」と、重ねて質問をぶつけてくる。

 力の象徴たる刃を持ち、かつ意志を持つインテリジェンスソードは、たしかに永遠神剣に近い存在といえた。

 柳也は首肯した。

「そうだ。もっとも、永遠神剣の場合、神剣の声は原則契約者にしか聞こえないがな。それから、神剣と名前が付いてはいるが、必ずしも剣の形をしているというわけではない。この間の〈殲滅〉や、俺の〈決意〉なんかが良い例だ。

 永遠神剣は力と意志を持っている。力とは……まぁ、この場にいる人間には詳しい説明は不要だろう。要するに、破壊の杖事件で俺やロングビルが見せた戦力のことだ」

 柳也は破壊の杖を手にしたフーケと実際に戦ったルイズ達の顔を見回した。

 あの凄惨な戦いの情景を思い出したか、メイジの少女達は揃って顔色を青くした。

 柳也は構わずに続ける。

「もう一つの意志は……永遠神剣には、確たる人格がある、ということだ。それこそ、才人君のデルフのようにな。個体にもよるが、永遠神剣は人格と呼べるだけの知性と意志を持っている。永遠神剣は時に笑い、時に泣き、時に無関心を装い、時に人を騙す。そして何より、永遠神剣は自ら所持者を選ぶ。自分を最も使いこなせる人間を。自分の本能からの欲求を、満たしてくれる人間をな」

「永遠神剣の本能?」

 ミスタ・コルベールが、興奮から紅潮した顔を、ずい、と近づけてきた。

 柳也は思わず渋面を作った。どうせ顔を近づけられるなら、やはり美人の方がいい。

「なんなのですか、それは?」

「……永遠神剣の本能、それは、マナを求める、ということだ」

「マナ?」

 タバサの呟きに、柳也は「原始生命力のことだ」と、答えた。

「この宇宙に存在するすべての物を構成するエネルギーだ。木も、草も……獣も、人間も。道端に転がっている石ころや、俺達が普段吸っているこの大気にすら、マナは宿っている。およそマナを持たない物質はこの世には存在しない。あるのは、エネルギー値が高いか、低いかの違いだけだ。

 永遠神剣がなぜ、マナを求めるのかは俺にも分からない。永遠神剣は、確かにその生存のためにマナを必要とする。しかしほとんどの神剣は、必要以上に多くのマナを得ようとする。それこそ、人間で言うところの食欲や睡眠欲、性欲といった、本能に根付いた欲求行動としてな。

 マナを得る度に永遠神剣は強化されていく。それだけを見ると、単に強くなりたいがために永遠神剣はより多くのマナを欲しているようにも思える。だが、それだけでは説明のつかない何かが、永遠神剣を突き動かしているように俺は思う」

 柳也はそこで一旦言葉を区切って、話題を転じた。

「永遠神剣はマナを求めるために、自分をより上手く使いこなせる素質を持った人間を選別し、契約を結ぶことで、神剣の所持者に超絶的な力を与える。肉体を高密度のマナで再構成し、身体能力を飛躍的に高めるなんていうのは序の口で、高位の神剣ともなれば、コロナ・インパルスのようなとんでもない威力を放つことも可能だ」

 百万度の熱量を持ったコロナ・インパルス。その直撃を受けた自分は、一時再起不能になるほどのダメージを負った。もしこの学院に、永遠神剣のことを知るオスマン氏がいなかったとしたら、自分はおそらく生涯ベッドの上での生活を余儀なくされていたことだろう。

「あの……」

 不意にケティが、おずおず、といった様子で挙手をした。

「いま、ミスタ・リュウヤは高位の神剣とおっしゃりましたが、それは永遠神剣には位階がある、ということですか?」

「いいところに気付きましたね、ミス・ロッタ」

 柳也は莞爾と微笑んだ。

「永遠神剣には第十位〜第一位までの位がある。数が少なければ少ないほど神剣の持つパワーと意志力は強くなり、また段階が上がるほどに、位ごとの差も大きくなっていく。第十位〜第六位まではどんぐりの背比べ状態だが、第五位からはどんとその差は跳ね上がる」

「柳也さんの神剣は何位なんです?」

「第七位だ。俺は、〈決意〉と〈戦友〉という二振と契約しているが、両方とも第七位の神剣だ」

「あの破壊の杖は、第五位の〈殲滅〉って名乗っていたわね」

 キュルケが泥人形の〈殲滅〉が口にした自己紹介を思い出して言った。

 柳也は頷きながら、難しい顔をした。

「ああ。……本当なら、俺のような下位の神剣士が勝てるような神剣じゃなかった。はっきり言って、今回の勝利は僥倖に僥倖が重なった上での、奇跡だった」

 三十年もの眠りから解き放たれたばかりでマナの不足していた〈殲滅〉。メイジとしては一流でも、神剣士としてはヒヨっ子同然だった使い手のフーケ。自分に命を分け与えてくれたオスマン氏。自分の予想以上に粘った才人達の奮戦。そして、丁半博打の末に取り戻した愛刀・同田貫の威力。これら偶然の要因が一つでも欠けていたら、自分はあの神剣に勝つことは出来なかった。

 もし、〈殲滅〉が万全の状態で、かつフーケが神剣の力を使いこなすのに十分な練習期間を得た後に戦っていたら、とてもではないが自分に勝ち目はなかっただろう。百万度のコロナ・ブラストを連発されて、それで終わっていたはずだ。〈殲滅〉の圧倒的な火力の前には、現代世界のいかなる兵器も通用しまい。核兵器でもぶち込めば話は別だが、それではもはや勝利とは言えまい。

 ――今更ながら、とんでもない橋を渡っていたもんだ。とっくに、落ちているかもしれないな。

 柳也は真顔になってオスマン氏を見た。

「俺が同志オスマンに頼んでみんなを集めてもらった最大の理由は、実はそこに起因している。高位の神剣は強い。この世界のメイジでは、高位の永遠神剣に対抗するのは難しい。同じ神剣士の俺ですら、到底太刀打ち出来ない。そして、破壊の杖……〈殲滅〉が俺の世界から持ち込まれた物である以上、今後も永遠神剣がこの世界に出現しない、とは限らない」

 柳也はオスマンの許可を得た上で、破壊の杖が魔法学院の宝物庫に収められるに至った経緯を話した。

 いまから三十年も昔にこの世界にやって来た、地球人の神剣士。すでにその話を知っている才人とコルベールを除く全員が、一様に驚きを露わにした。よもや才人や柳也以外にも、異世界からやって来た人間がいるだなんて。しかも永遠神剣が、この世界にまだ存在している可能性があるなんて。悪夢以外の、何物でもなかった。

 柳也は青ざめるメイジ達を見回して言った。

「この場にいるみんなにお願いがある。もし、今後永遠神剣を見かけるようなことがあれば、位階の高低に関わらずまず俺に教えてくれ。その神剣が俺達にとって脅威たりえるか。脅威たりえるようなら、どうアクションを起こすか。そういったことは、神剣士の俺の方が、正確に判断を下せると思うから」

 頼む、と呟いて、柳也は深々と腰を折った。

 永遠神剣の力は強大だ。

 素人が下手に手を出せば、破壊の杖事件のような惨事がまた起こりかねない。

 今度また高位の神剣が牙を剥けば、その時は死者が出る可能性も十分にある。

 ――この世界で出会った大切な人達を、失いたくはない。
 
 己は決して万能ではない。己の出来ることには限界がある。その限界の中で、少なくとも、目の前にいる人達だけは守りたい。

 柳也は、切々と訴えた。

 己の思いの猛りを、目の前の大切な人達にぶつけた。

 ――守ってみせる。この、優しい人達を……。

 胸に刻んだ男の決意は強く、烈々しい感情を伴っていた。





 学院長室のちょうど真下にある本塔宝物庫。

 破壊の杖事件の際に外壁の一部が損壊した部屋は、学院の土メイジ達が総力を挙げて修繕作業に当たり、いまではすっかり元の落ち着きを取り戻していた。

 暗い室内には、相変わらず数々の宝物が所狭しと陳列されている。その中に、戸棚ばかりがいくつも並んでいる一画があった。あまり大きくないマジック・アイテムや、貴重な魔法薬など細々とした品を保管しているスペースだ。

 その戸棚の一つに、正方形の木箱は仕舞われていた。オールド・オスマンが自ら固定化の呪文を唱えた箱で、中には蒼い結晶体の欠片が二つと、隙間を埋める梱包材が大量に詰め込まれている。

 蒼い結晶体とはなんであろう、永遠神剣第五位〈殲滅〉の欠片だった。先の戦いで才人が真っ二つに斬割した、神剣の本体だ。

 破壊の杖事件の後、オスマン氏は〈殲滅〉の残骸をまた宝物庫に保管していた。学院の生徒達に多大な被害を及ぼした破壊の杖だが、彼にとっては大切な恩人の形見の品だ。処分するには忍びなかったのだ。

 くしゃくしゃに丸めた茶色い紙にくるまれた状態で、〈殲滅〉の残骸は保管されていた。

 柳也達に対しては圧倒的な戦闘力を誇ったクリスタルは、いまはただの宝石のように、美しい輝きをたたえていた。

 光源のない、宝物庫の中にあって。

 光を通さない、木箱の中にあって。

 真っ二つに切り裂かれた〈殲滅〉の欠片は、自ら、鈍く発光していた。

【……お…れ……】

 箱の中に響くは、無音の怨念。

 三十年ぶりに日の光を見たのも束の間、再びこの暗い部屋に閉じ込めた、人間どもに対する恨み辛み。

【……いま…見ていろ……我…必…ず……】

 柳也は、知らなかった。

 第七位の神剣士は、あまりにも知らないことが多すぎた。

 第五位の神剣の持つ、意志力の強さを。

 本体をバラバラにされながら、なおも自己の存在を確立し続けるだけの、意志力の凄まじさを。

 柳也は、知らなかった。

【再……蘇……って……みせ…………る…………】

 魔法学院の宝物庫で、二つに裂かれた〈殲滅〉が、不気味に輝いていた。




<あとがき>

 もし自分が柳也や才人の立場だったら、いちばん辛いのは納豆が食べられないことだろうなぁ。

 どうも、読者のみなさんおはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 今回もゼロ魔刃をお読み頂きありがとうございます。

 今回の話は、風のアルビオン編に突入する前の閑話的な話です。

 あまり大きく話が動く回ではありませんが、柳也達とルイズ達との距離が少しでも縮まっていくのを感じていただければ幸いです。

 さて、今回も最後の方に妙な奴が出てきましたね。

 いやぁ、しぶといなぁ。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜




柳也たちの事情を説明した所で今回はお終い。
美姫 「かと思ったら、また最後に怪しげな事が」
この事にはまだ誰も気付いていないみたいだし、今後どう転がるか楽しみですよ。
美姫 「一体どうなるのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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