己とコントラクト・サーヴァントの契約を交わせ。

 才人と泥人形の〈殲滅〉とが死闘を繰り広げる中で、柳也はフーケにそう言い放った。

 その発言を耳にして最初に驚きの言葉を放ったのは、フーケではなく、側にいたルイズだった。

 真っ赤な顔をして、召使いの男を怒鳴りつける。

「ちょっ、リュウヤ、あんた何言ってるのよ! この女と使い魔の契約を結ぶなんて……」

「それしか方法がないんだ!」

 ルイズの怒声に対して、柳也はより荒々しい怒声を以って応じた。

 殺気混じりの咆哮に、ルイズの肩が震える。

 切羽詰った様子の柳也は、一つ深呼吸をし、ルイズとフーケに己の考えを述べ始めた。

「時間がない。だから、二人ともよく聞いてくれ。俺はいま、武器を持っていない」

「武器なら、持っているじゃないか」

 フーケが右手の脇差を見て言った。

 柳也はかぶりを振って続ける。

「違う。本来の武器、という意味だ。俺はいま、本来の武器……かつての愛刀を失った状態でいる」

「失った?」

「そうだ」

 ルイズの問いに柳也は頷いた。

「肥後同田貫上野介。るーちゃんにこの世界に召喚された俺は、元居た世界にこの愛刀を置いてきてしまったんだ。……フーケ」

 柳也はフーケを見た。

「昨晩の戦闘で、俺が二刀流で放った回転しながらの斬撃を覚えているか?」

「あ、ああ」

「あの斬撃はな、実を言えば、慣れた愛刀で放ったわけじゃなかった。あの時、俺が手にしていた剣は、つい昨日買ったばかりの数打ち物だ。俺の本来の愛刀……同田貫なら、あのタイミングで武器が壊れることなど、絶対になかった!

 ……俺は、決して剣術の達人というわけじゃない。この身はいまだ得物を選ぶ、不肖の器だ。同田貫を持たないいまの俺は、戦力が半減している状態だ。だからフーケ、頼む。俺に、同田貫を作ってくれ!」

「ちょ、ちょっと待ちな!」

 真正面からぶつけられた男の言葉にたじろぎながら、フーケは言った。

「れ、錬金で武器を作ることはやぶさかじゃないよ。このまんまじゃ全滅だからね。私だって命は惜しいんだ。少しでも勝率が上がるのなら、喜んであんた達に協力するよ。……けど、あんたのその頼みは無理だ」

 フーケは悔しそうに言った。

「私は、あんたのその、どうだぬき、って武器のことをよく知らない。どんな形状で、どんな寸法で、どんな材質を、どのように使っているのか。まったく知らない。いくら説明するって言っても、そんな武器をそっくりそのまま錬金するのは、不可能だ」

「分かっている。だからこその、コントラクト・サーヴァントなんだ」

 柳也はフーケの返答に被せるように言った。

「聞いた話によれば、使い魔とメイジは、契約を交わした瞬間、特別な絆で結ばれるらしいな。メイジの感情が使い魔に伝播したり、逆に使い魔の考えていることがメイジに伝わったり……」

「まさか、あんた……」

 柳也の意図するところを悟ったフーケが、茫然と彼を見た。

 まさか。いや、そんな……。そんな方法で、かつての愛刀を取り戻すなんて……。

 朱色に染まった男の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

「そうだ。俺と、あんたの頭の中に、特別な絆とやらを、結ばせてもらう。そうすれば、あんたは俺の同田貫を、より高い再現度で錬金出来るはずだ。幸い、俺のあの刀のことなら、切っ先から柄まで、あらゆることを知っている」

「ば、馬鹿を言うんじゃないよ!」

 フーケがうろたえた。

「失敗したら、どうするつもりなんだい!? 使い魔の契約を結んだ。それでも、私が錬金を出来なかったら……」

「その時は、その時だ」

 柳也は平然と言った。

 あまりにもあっさりと言い放った男の言葉に、フーケは思わず息を飲む。

「戦いなんて、太古の昔から丁半博打みたいなもんだ。どんなに人間が叡智を結集しても、結局は運で決まる部分がある。だったら、いまこそ、その運を試す時さ」

「……使い魔の契約は、一生モノなんだよ? 一度結んだら、あんたか、私が死ぬまで解けない」

 フーケはなおも渋った。

 使い魔契約のリスクを説き、男の心変わりを期待した。

 柳也はかぶりを振った。ニヤリと笑って、言う。

「構わないさ。あんた美人だし。好みのタイプだ。あんたみたいなとびきりの女と、一生モンの繋がりを持てる。男としては、これ以上の喜びはない」

「私の気持ちはどうするのさ? あんたみたいなブ男と、一生モノの付き合いをしなければならなくなる、私の気持ちは?」

「そんなもの知るか。いまは黙って俺とキスをしろ」

 力強い言葉。

 どこまでも傲慢で、どこまでも身勝手な発言に、フーケは、苦笑を浮かべた。

「……呆れたね」

 フーケは深々と溜め息をついた。

 しかしその表情からは何か吹っ切れたのように険が落ちていた。

 隣に立つルイズが、柳也とフーケの顔を交互に見る。

 フーケは、やがて薄く微笑した。

 この窮地にあって、フーケと柳也の二人は、互いに笑った。

「馬鹿な男だね、あんた。……でも、嫌いじゃないよ、あんたみたいな馬鹿な男は」

 フーケが懐から杖を抜き、ルーンを唱えて振るった。

「我が名はマチルダ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

「へぇ。あんた、本名はマチルダって言うのか」

「先に言っておくけど、姓はないよ。私は、ただのマチルダだ」

「俺と同じで、ワケありってわけだ」

「この場を無事に生き延びたら、あんたのワケも聞かせてもらいたいね。この世界とか、元居た世界とかの発言について」

「そうだな。この場を、無事に生き延びれたら」

 柳也は莞爾と微笑んで、眼下の唇に、自らの唇を押し付けた。





 必死に〈殲滅〉の攻撃から逃げる才人だったが、いよいよその身は限界を迎えようとしていた。

 もともと先のゴーレムとの戦いで足を負傷していた彼だ。

 逃げ回るだけの体力が尽きてしまえば、後は泥人形の猛撃を受け続けるしかなかった。

 〈殲滅〉もそんな才人の事情を知っているからこそ、少しでも楽しい時間を長引かせるべく、攻撃には手心を加えていた。

 そのことが、才人に死よりもなお辛い苦痛を与えることになった。

 〈殲滅〉の攻撃はどれも致命傷には至らない。ゆえに、死という終わりがいつまで経ってもやってこない。

 手加減した拳。そして手加減した蹴りが炸裂する度に、才人は呻き、苦悶に表情を歪めさせた。

 タバサやキュルケ、ケティらも必死に魔法で攻撃したが、所詮は蟷螂の斧に過ぎなかった。

 やがてケティの精神力が尽き、キュルケの精神力が尽きて、ついにはタバサの精神力さえ尽きた。

 その頃にはもう、才人には立ち上がる余力さえ残されていなかった。

「ふむ。なかなかに楽しい時間だったが、それも終わりか」

 地面にうつ伏せになって倒れる才人の背中に、泥人形が足の裏を押し付けた。

 才人の唇から、苦悶の声が漏れる。

 〈殲滅〉は泥の足にかける圧力を、徐々に増していった。

「さぁ、聞かせてくれ。お前の潰れる音を」

「があ……あ……ぁぁ……」

 才人の悲鳴が、やがてか細く、途絶え途絶えになっていく。

 肺を押し潰され、心臓を圧迫され、もはや彼は生きていることが苦痛になっていた。

 キュルケは、タバサは、そしてケティは、その光景を前に己の無力を嘆いた。

 自分達の力は。

 普段、自分達が誇っている魔法の力は、こんな程度に過ぎなかったのか、と。

 目の前の命一つ、救うことすら、出来ないのか、と。

 その時、才人を踏みつける〈殲滅〉の背後で、一条の閃光が走った。

 銀色の光、としか形容出来ないほどに冴え渡る袈裟斬り。

 突如として背中を斬りつけられた泥人形は、思わず前のめりになった。

 次いで、その背中に向けて、追い討ちの鋭い蹴り。

 泥人形の身体が吹っ飛び、宙を舞った。

 圧力から解放された才人が、激しく息を吐く。

 慌てて仰向けになり、気道を確保した才人は、見た。

 その男の顔を。

 自分を助けた、その男の姿を。

 最初、才人はその男が誰なのか分からなかった。

 いや才人だけでなく、キュルケも、ケティも、タバサでさえ、その人物が誰なのか、分からなかった。

 知っているはずの顔なのに、誰だか分からなかった。

 彼らはあまりに見慣れていた。その男の裸身を。常に裸一貫、褌一丁で戦う彼の姿を。

 ゆえに、いまの彼の姿を見て、才人達は一瞬戸惑った。

 その男は……桜坂柳也は、オリーブ・ドラブの服を身に纏っていた。いかにも容量がたっぷりありそうなポケットの付いたジャケット。いかにも動きやすそうなトラウザーズ。脛の下三分の一までを覆うオーヴァーブーツは、すらり、とした彼の下肢を引き締め、それでいて力強い歩みをこの男に提供している。腰にはベルトではなく帯を巻き、帯には、黒漆の鞘を大小二振、実戦的な閂に差していた。そしてその左手には、かつて見たこともないほどに美しい稲妻を刀身に描く、大刀が握られていた。

 才人は知らない。

 いまのこの男の、この姿を。

 かつてこの男が、この装いで有限世界の戦場を駆け抜けていたことを。

 M-43フィールド・ジャケット。そして、父の形見の大小二振。

 肥後同田貫上野介、二尺四寸七分。

 無銘の脇差、一尺四寸五分。

 それはまさしく、かつて龍の大地を震撼させた男の、戦装束だった。

「柳也、さん……?」

「申し訳ない。遅れた」
 
 才人は茫然と柳也の姿を見上げた。

 柳也は莞爾とした微笑みを浮かべ、才人を見下ろした。

 前を開いたジャケットから覗く左胸に、見慣れないルーン文字が刻まれている。

「……“守護者”のルーン」

 タバサが、その胸の文字を見て、小さく呟いた。

 隣に立つキュルケが、その声を拾って訊ねた。

「守護者?」

「本で読んだことがある。使い魔の中には、使い魔として契約した時に特殊な力を得ることがある。守護者のルーンを刻まれた使い魔は、主人を守る、という使い魔の第一義に、もっとも適した能力を付加させられる」

「それは……」

「鎧」

「鎧?」

 キュルケの問いに、タバサは頷いた。

「守護者のルーンを刻まれた使い魔は、その記憶の中から、鎧を実体化させる能力を得る。主人を守り、主人の敵を倒すために、最も適した鎧を……」

「なるほど、鎧か……」

 神剣士としての聴覚でタバサの小さな声を拾った柳也は、冷笑を浮かべた。

「たしかに、こいつは鎧だな。軍服という、立派な戦闘服だ。何より、身体によく馴染む。そして……」

 柳也は手にした大刀を正眼に構えた。

 手の内を練る。

 両手が握る漆柄の感触は、手に、そして己の魂に馴染んだ感覚を蘇らせた。

「この刀も。この、同田貫の感触も……あの時のままだ。この姿で、あの戦場を駆け抜けていた時のまま」

 肥後菊池住同田貫上野介。本名を、国広。

 元幅と先幅の差が少ない慶長新刀は重ねが厚く、実用刀としては最適の造り込みをしている。刃紋は直刃。互いの目まじりで焼き幅も広く、小沸がつく。

 かつては亡き父が愛用し、恩師柊園長の手を経て、柳也の手に渡った。有限世界では数多の命を奪い、ハルケギニアに召喚された際に手元からは失われた。そしていままた、フーケの……いやマチルダの手によって、復活した。

「さぁ、〈殲滅〉……いまこそ、見せてやるよ」

 視線の先でようやく立ち上がった泥人形を睨み、柳也は言い放つ。

 〈決意〉と、〈戦友〉と、そして同田貫。

 最高の相棒達とともに、男は言い放つ。

「守護の双刃、桜坂柳也の必殺剣をなぁ!」





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:18「覆われた筋肉。復活の双刃」




 威勢良く啖呵を切った柳也だが、その実、彼に残された時間はそう多くはない。

 身を覆う鎧と、かつての愛刀を手にしたとはいえ、消耗したこの身は変わらないし、敵の本体を直接攻撃せねばならない状況は変わらない。

 おそらくは己に残されたチャンスはあと一度。

 ゆえに目指すは早期決着。

 たった一度のチャンスにすべてを賭け、己の全身全霊をこめた、渾身の斬撃を叩き込む。

 それしか道はない。

 彼我の距離は約二十メートル。

 柳也は右手に同田貫を、左手に無銘の脇差を握った。

 同田貫に〈決意〉を、脇差に〈戦友〉を宿して、前へと踏み出した。

 烈火の勢いで。

 一匹の剣鬼となって。

 最短距離を、突っ切った。

「……愚かな」

 泥人形が嗤う。

「馬鹿正直に、真正面から来るとは」

 右の拳を前に突き出す。足下に魔法陣。拳が白熱し、白熱した右拳から、ファイアボールが発射された。

 前進する柳也に、轟然と迫る。

 柳也の右手が、閃光と化した。

 右の同田貫が、炎の砲弾を真っ二つに斬割する。

 泥人形は落ち着いた様子で、今度はプロミネンス・ランスを撃った。

 先の戦闘でフーケがそうしたように、炎の槍衾を形成して、迫り来る脅威を迎え撃つ。

 今度は柳也の左手が閃光と化した。

 次々と襲い来る炎の刺突を時に避け、時に脇差で防ぎ、弾く。

 特に脅威と思われる炎の槍のみを、同田貫で斬割する。

 守りの脇差と、攻めの同田貫。

 守りの〈戦友〉と、攻めの〈決意〉。

 ここに至って目の前の二刀流の脅威を悟った泥人形は、次いでファイアボルトをぶっ放した。

 炎の弾幕が、柳也を寄せ付けまいと唸る。唸る。

「おおおおおおお――――――ッ!!!」

 柳也は咆哮した。

 咆哮とともに、両の二刀を振り乱した。

 銀色の閃光が乱舞する。

 鉄の剣気が繚乱する。

 斬撃の壁に阻まれ、炎の銃弾が消える。黄金のマナの霧となって消える。

 防御をすり抜けた何発かが柳也の身に炸裂した。炸裂したが、男は、前進を止めなかった。

 身を焼く苦痛は、いまやこの男を止める足枷にはならない。

 敵の本体を傷つけねばならない現状は、いまやこの男の太刀筋を鈍らせる要因にはならない。

 間合が詰まる。

 あっという間に詰まる。

 泥人形の〈殲滅〉が、また右腕を白熱させた。今度はその拳を、腰溜めに構えた。柳也の斬撃が放たれるや、カウンターを叩き込む腹積もりだ。

 しかし柳也は、構わずに突っ込んだ。

 突っ込み、泥人形の直前で、腰を落とした。

 左足を地面に着け、両の二刀の手の内を練り、腰を捻る。

 スパイラル大回転斬り。昨晩、フーケとの戦闘で不発に終わった、桜坂柳也最強最大にして、独創の剣。

 泥人形の殲滅が、腰を回しながら右拳を突き込む。

 狙いは男の頭部。

 柳也が、身を捻り込みながら地面を蹴る。

 狙いは――――――。
 
「プロミネンス・ハンマーぁぁぁ!!」

「スパイラル大回転斬り――――――ッ!!」

 灼熱のカウンターが、柳也の頭蓋を襲った。

 しかし、それより速く振り抜かれた回転剣が、泥の拳を破壊した。

 そのまま、竜巻の如く回り、敵を切り刻む。

 双刃の刀勢に、凄まじい遠心力が宿る。

 右の同田貫と、左の脇差が、猛禽の翼の如くはためいた。

 独楽の回転を得た両の二刀が暴れ、無数の斬撃が、泥人形の肉体を余すことなく斬割した。

 本体の結晶の位置が分からないのなら、それでもいい。それなら、この泥人形のすべてを切り刻むまでだ。

 シンプルな結論に達した柳也は、回り続けた。

 そして回し続けた。

 両の二刀を。

 最高の相棒が宿った、最高の相棒達を。

 振り回した。

「ぐぅ…おぉぉ………!!?」

 権の竜巻に身を晒された泥人形の口から、苦悶の絶叫が迸った。

 ついに、〈殲滅〉の口から、明確な苦痛の感情が発せられた。

 それに勇気付けられ、柳也はさらに回転を早めた。

 無数の斬撃に徐々に肉体を削られ、ついに泥の殲滅は、二つの足首だけを残して消えた。

 柳也の回転が止まる。

 着地。

 ウェザーブーツを履いた足裏が、残った足首をも踏み潰した。

 踵を返し、ルイズと、フーケの方を見る。

 力強く微笑みながら、彼はガッツポーズを取った。



 

 誰もが、柳也が勝った、と思った。

 だが彼らの喜びは、束の間の一瞬、許されたことに過ぎなかった。

 鬨の声を上げる柳也は、不意に背後に殺気を感じた。

 咄嗟に、前へと踏み出す。

 直後、柳也の立っていた空間を、泥の左フックが薙いでいった。

 柳也は振り返ると同時に同田貫を一文字に振るった。

 泥の腕が、肘の辺りから斬割される。

 後ろを振り向いた柳也の顔面の筋肉が硬化した。

 そこには、復元を終えた泥人形が立っていた。

「そ、そんな……」

 地面に倒れたままの才人の唇から、愕然とした呟きが漏れた。

 あの攻撃を喰らっても、まだ健在だなんて。

 柳也の斬撃は確かに敵の身体を余すことなく切り刻んだ。一箇所も残さず、切り刻んだはずだ。それなのに、いまだあの泥人形が健在ということは、まさか……。

 ――奴の本体の結晶は、あの泥人形の中にはない!

 才人は素早く辺りを見回した。

 彼の視線は、ある一点で止まった。

 才人は思わず歯噛みした。なぜ、いままで気がつかなかったのかと悔やんだ。

 最初の先制攻撃で柳也に真っ二つにされた、泥人形の上半身と、下半身。その下半身が、いまだ形を崩すことなく、才人の視線の先で大地に立っていた。

「ルイズ!」

 才人はルイズを見た。

 キュルケもケティも、タバサも精神力がもう尽きている。

 魔法を放てるのは、自分のご主人様しかいない。

 成功確率ゼロの、魔法使いしかいない。

 ――ゼロだって何だっていい! 要は、あの泥さえ吹き飛ばせれば!

 ルイズが才人の声に反応して、こちらを見た。

 才人は五体に残る最後の力を振り絞って立ち上がると、デルフリンガーを正眼に、大地に立つ下肢を顎でしゃくった。

「あの足に魔法をぶっ放せ!」

「あ……わ、わかった!」

 才人に示されいまだ健在の泥の下半身を見て、ルイズは状況を悟ったか。短くルーンを唱え、杖を振るった。

 ファイアボールの魔法。

 しかし、結果はやはり失敗。

 爆発が、泥の下半身を飲み込むだけ。

 だが、その爆発で十分だった。

 爆風に晒されて泥が吹き飛び、青い結晶体が、宙へと放り出された。

 才人は地面を蹴った。

 デルフリンガーを上段に、大きく口を開ける。

 阿吽の呼吸。

 “あ”の口で息を吸い、“う”の口で止め、“ん”の口で息を臍下丹田に落とし、気力に変え、全身に漲らせる。

 左手のルーンが輝いた。

 才人は、デルフリンガーを思いっきり振るった。

 手の内を練り、重力に任せるのではなく、重力を利用して、渾身の真っ向斬りを放った。

 すぱああん、と快音を立て、青の結晶体が真っ二つに割れた。

 その直後、なおも柳也に襲いかかろうとした泥人形に、ビキビキ、と亀裂が走った。

 途端、泥人形は地面に落とした陶器のように割れていった。

 やがて泥人形は、もとの土くれと化した。

 今度は、復元しなかった。

 すべての力を使い果たしたか、剣を振り下ろしたままの姿勢で、才人が、ばたり、と倒れた。

 それが合図だったかのように、柳也も、ばたり、と倒れた。

 タバサとケティが尻餅を着き、キュルケが、ぐったり、した様子で木にもたれかかる。ギーシュはいまだ、意識を失ったままだ。

 フーケは「ようやく倒したか」と、安堵の息をついた。

 そしてルイズは……。

 ルイズは、全力を出し切った召使いと使い魔のもとへと、一目散に駆け出した。

 かくして、トリスティン魔法学院の間で後に語り継がれる大事件“破壊の杖”事件は、幕を下ろした。




<あとがき>

 かくして、褌の男はその異名を捨て去るのだった。

 どうも、読者の皆様おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 ゼロ魔刃、EPISODE:18、お読み頂きありがとうございました。いやぁ、前回のあとがきでも書きましたが、ホント、反則ですよね。〈殲滅〉の再生能力って。しかも格闘戦はこなすし、射撃戦はこなすし。これで大技も出せたらアセリアAnother本編でも良い線いけますよ。コイツ。

 さて、今回のラストは結局才人がトドメを刺すような形にしました。

 アセリアAnotherといい、ゼロ魔刃といい、柳也は主人公だけど一枚看板を背負っていけるような器ではないので。才人に道を示す、という役割に甘んじてもらいました。

 いないとは思いますが、柳也のトドメを期待していた方は申し訳ありません。

 さて次回はついに第一巻の内容が終わりです。いやぁ〜、長かったぁ。

 風のアルビオン編はもうちょっとシェイプ・アップできるといいなぁ〜。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜





<今回の強敵ファイル>

〈殲滅〉の泥人形

柳也を基準とした戦闘力

攻撃力 防御力 戦闘技術 機動力 知能 特殊能力
C

主な攻撃:肉弾戦、低レベル神剣魔法

特殊能力:復元再生能力

 第五位の永遠神剣〈殲滅〉がフーケに見切りをつけ、彼女と契約中に覚えたゴーレムの魔法を使って仮初めの肉体を得た姿。契約者不在の状態のため強力な神剣魔法こそ使えないが、本体の結晶体が傷つかない限り何度でも復元再生する能力で柳也達を苦しめた。

 とりたてて強力な技を持たず、また防御力自体もさほど高いものではない。しかしなんといってもこの怪物の持つ最大の武器は、本体の結晶体を傷つけない限り周囲の泥を使って復元する再生能力だろう。この再生能力の前には、柳也のスパイラル大回転斬りさえ通用しなかった。また、コロナインパルスなど強力な神剣魔法こそ使えないが、ファイアボールなどの低レベル神剣魔法は使えるため、遠近そつなくこなせるテクニカル・ファイターでもある。

 まさにゼロ魔刃、土くれのフーケ編最強の敵であった。


原作では:原作に登場せず








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