才人達が独力で倒したはずの土ゴーレムの残骸から、泥の人形は生まれた。

 茶褐色の顔に凶悪な冷笑を浮かべて、泥人形は自らを〈殲滅〉と名乗った。

 永遠神剣第五位、〈殲滅〉と。

「馬鹿な……」

 泥人形と対峙する柳也の唇から、愕然とした呟きが漏れた。

 裂帛の気合とともに、眼前の怪異なる存在に言の葉を叩きつける。

「破壊したはずだ! お前は……〈殲滅〉は、確かに、俺がこの手で!」

 右手を握り、拳骨を作る。

 あの時、己はこの右手を精霊光の盾で覆い、フーケの握る杖を確かにへし折った。

 手応えははっきりと感じたし、その直後、フーケからも神剣士としての能力が失われていくのも感じた。

 ありえるはずがない。

 目の前の泥人形を操っているのが、〈殲滅〉であるはずがない。

 あの神剣は、確かに自分が砕いたのだ。破壊したのだ。

 その神剣が、泥人形を操れるわけがない!

 しかし、驚愕にわななく柳也に向けて、泥人形は酷薄に告げた。

「破壊した? もしかして、それはあの棒っ切れのことを言っているのか?」

「なに?」

 柳也の表情に、動揺の色が浮かんだ。

 彼だけでなく、柳也から永遠神剣の存在について知らされている才人、破壊の杖を盗んでいったフーケさえもが、その言葉に慄然と顔の筋肉を硬化させた。

 泥の人形は、そんな人間達の反応を嘲笑うかのように、楽しげに続けた。

「どうやら、破壊の杖、破壊の杖と呼んでいるうちに、無意識のうちに、我が杖の形態をした永遠神剣と、思い込んでいたようだな」

「杖じゃないとしたら、あんたは……」

 フーケが言った。

 自分の盗んだ破壊の杖が、実は杖ではなかった。

 その事実は、彼女の声を硬くさせた。

「我が本体は、あの棒切れの先端に付いていた青いクリスタルよ。……再三、自己紹介をしようか。我は〈殲滅〉。永遠神剣第五位、〈殲滅〉。クリスタル型の永遠神剣だ」

「クリスタル型だと!?」

 柳也が茫然と叫んだ。

 では、己がへし折った樫の棒は、文字通りただの棒でしかなかったというのか。

「気の毒だが、そういうことだ。あの樫の棒は、前の契約者が取り付けたものだ。持ち運びに便利なように、とな」

「……お前が破壊の杖の本体で、俺達が勘違いしていたことは分かった」

 柳也は忌々しげに泥人形を睨むと、淡々と言い放った。

 認めたくない真実だが、まずは冷静に現在直面している状況を認めなければ。次の行動方針を決めるためにも、冷静に、先入観を捨てて状況を確認しなければ。

 胸の内で何度も自分に言い聞かせ、柳也は泥人形を見た。

「だが一つ、分からないことがある。お前が無事なのに、なぜ、フーケは神剣士としての能力を失った? 永遠神剣の契約は、神剣か、契約者が死ぬまで永遠に続くもののはずだ」

「確かに、永遠神剣の契約は絶対だ。一度その女を契約者に選んだ以上、我は死ぬまでその女のために力を使わなければならない。……我が、低位の神剣であればな」

 泥人形は胸を張って言った。

 自らの存在を誇示するように。

 自らの優秀さを強調するかのように。

「第五位の永遠神剣ともなれば、神剣の意思で契約者との契約を解除することが出来る。……我は、その女に失望したのだ」

 泥人形はフーケを見た。

 侮蔑の眼差しを向けられて、フーケの表情に険が滲んだ。

 唇をきつく噛み、〈殲滅〉を名乗る泥人形を睨む。

「三十年だ。三十年もの間、我はあの薄暗い宝物庫に入れられた。宝物庫とはいうが、我のように意思を持つ存在には、幽閉も同然の生活だった。退屈だった。退屈すぎて、気が狂いそうだった。そんな我を外に連れ出してくれたことに関しては感謝している。その感謝ゆえに、我はお前に力を与えたのだ。お前の望みを叶えるために。すべてを破壊する力を、な。……だが、お前はその力を上手く使えなかった。のみならず、第七位の下等な神剣士に敗北した。我は、失望したのだ。ゆえに、我はお前との契約を解除した」

 わざとらしい嘆息の後、〈殲滅〉はニヤリと笑った。

「お前と契約を交わしている間、我はお前の記憶を読み取った。この世界の魔法はまこと興味深かったゆえな。特に、ゴーレムを生み出す魔法。これを覚えれば、我も自分の自由に出来る肉体を得られるのではないかと思い、熱心に勉強した。その結果が、これだ」

「……残った僅かなマナを使って、人間大のゴーレムを錬金した。そのゴーレムの肉体に、本体のクリスタルを収めた!」

「その通りだ、〈運命〉に縛られし者よ」

 柳也の分析を肯定して、〈殲滅〉は言った。

「我はこれより、この泥の肉体を駆使して、旅に出る。我が理想とする契約者を探すための旅に。我を完璧に扱いこなせる、契約者を求めて」

「……させると思うか?」

 柳也は閂に差した脇差を抜き放った。

 無銘なれど一尺四寸五分の業物が、凶悪な輝きを放った。

 相手は第五位の神剣だ。戦闘の直後で消耗している今を逃しては、第七位の自分が勝てるチャンスはない。

 決して逃しはすまい。

 質量を伴ったかのような剣呑な殺気を向けられて、しかし泥人形は哄笑した。

「強がるではない。昨晩、そして今日の戦闘で、お前の身体はもう限界であろう?」

「…………」

 柳也は答えず、〈殲滅〉を睨んだ。

 無言の答えが、泥人形の指摘が正しいことを示唆していた。

「いまのお前から感じ取れるマナは、つい今しがたその女と戦っていた時よりもはるかに小さくなっている。おそらくはあの最後の一撃に、すべてのパワーを集中させたのであろう?

 いまのお前は、喩えるならば老いた巨象だ。自らの体重を支えることも出来ぬほどに、足腰の弱った巨象だ。いまの弱ったお前では、神剣の力に耐えられまい」

「それはお前も一緒だろう?」

 柳也は脇差に〈戦友〉の一部を寄生させ、かます切っ先を眼前の敵に向けた。

 右半身に、中段に構える。

「お前のマナも、昨晩に比べればだいぶ小さくなっている。それに契約者不在の状態じゃ、あのコロナインパルスや、大技は出せまい」

「確かに、お前の言う通りだ。だが、いまのお前如きを相手にするのであれば、この程度の力で十分だ」

「ほざけっ」

 裂帛の気合。

 大きく前へと踏み込み、手の内を練る。

 右手に握った脇差を、横一文字に振り抜いた。

 確かな手応え。

 白刃は泥人形の胴体に、会心のタイミングで炸裂した。

 茶褐色の下腹が真っ二つに割れ、〈殲滅〉の上半身が地面を転がる。

「ふっ……」

 泥人形の唇に、侮蔑の微笑が浮かんだ。

 直後、泥人形の上半身が倒れている地面の土が隆起し、まるで意思を持っているかのように、うねうね、と蠢き始めた。

 アメーバのような泥は、やがて人形の失った下半身を形作った。

 〈殲滅〉は、何事もなかったかのように平然と立ち上がった。

「無駄だ。この泥の肉体は、そこに土がある限り無限に再生する。我を倒すには、この体のどこかにある、クリスタルを破壊するしかないぞ?」

 呟いて、泥人形が地面を蹴った。

 茶褐色の人影の姿が消えたと思った次の瞬間、〈殲滅〉は柳也の背後に現われた。

 いったいいつ背後に回り込んだのか、どんな機動をしてきたのか、まったく知覚出来なかった。

 ただ分かったことは、このままでは己は確実に敵の一撃を喰らってしまう、という近い将来の出来事だけだった。

 柳也は反射的に前へと踏み出した。

 振り向き様の斬撃や、後ろを振り返ってからの防御行動は間に合わないと判じた彼は、あえて背を向けたまま前進した。

 ボクシングスタイルに構えた〈殲滅〉の右拳が、流星の如く閃いた。

 背中に凄まじい衝撃。

 だが、致命傷ではない。

 柳也は相手の攻撃のエネルギーさえも利用して、とにかく前へと飛び出した。

 もんどりうって地面を転がり、立ち上がる。

 〈殲滅〉と対峙。

 両者の間の距離は、およそ十五メートルといったところか。

 体勢を立て直すには十分な距離だ。

 しかし、そう判断した柳也の考えは、あまりにも浅はかだった。

 再び、〈殲滅〉が地面を蹴り、その姿が視界から消えた。

 刹那の後、泥人形は腰を深く沈め、正面から地面に肉迫していた。

 腰溜めにした右の拳が、唸る。

 顎先を狙ったアッパーカット。

 顎を引き、寸前で避けようとする柳也だったが、その時にはもう、泥人形の硬い拳が、男の身体を宙へと放り投げていた。

 〈殲滅〉が、小さく唇を動かす。

 宙を溺れる柳也に向けて、泥人形は好戦的に微笑んだ。

「さぁ、面白い戦いをしよう」

 重力に従って落下した柳也が、地面に激突した。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:17「脅威の内腹斜筋」




 背中から地面に落下した柳也だったが、落下時の衝撃は激痛を伴うだけで、ダメージ自体はさして大きなものではなかった。

 肉体の損傷そのものは、むしろ殴られた顎の方が甚大だ。

 すぐさま、体内に寄生する相棒二人の作用で、修復が開始される。しかし、マナを大きく消耗しているいまの状態では、回復の歩みは遅々としていた。

 痛みを堪えながら立ち上がった柳也は、追い討ちを警戒して素早く体勢を整えた。

 泥人形を正面に捉え、右半身に、〈戦友〉の寄生した脇差を正眼に構える。

 彼我の距離は約八メートル。

 神剣士同士の戦闘では、あってないような間合だった。ましてや、〈殲滅〉の間合は当初自分が想定していたよりもかなり長大で、かつその攻撃は速かった。

 泥人形の〈殲滅〉が地面を滑って柳也に迫る。滑る、としか形容のしようがないほど、無駄のない接近だった。

 拳を握らず、五本の指を真っ直ぐに伸ばした貫手が、柳也の頭を狙った。

 突きだ。

 対する柳也は素早く左半身に構え、左腕を前に出した。左腕を盾にしたガード。オーラフォトン・バリアも、シールドさえ展開しない。いまや柳也の肉体に、防御に割けるようなマナは残っていなかった。

 泥人形の貫手が、両腕の盾に炸裂した。

 物凄い衝撃。

 両腕の骨が、筋肉の筋が、ミシミシ、と軋む。

 苦悶に歪む男の顔。

 柳也はたまらず、左足を後ろに下げた。

 突然の後退に泥人形の姿勢が崩れる。

 すかさず柳也は、右手の脇差を下から上へと切り上げた。

 泥の左腕を、肩口からぶった切った。

「ムゥン!」

 しかし、片腕を失いながらも、泥人形の〈殲滅〉は勢いを失わなかった。

 貫手を引き、左足を軸に右足を真っ直ぐ蹴り込んでくる。

 狙いは鳩尾。

 膝を効かせた一撃が、急所を真っ直ぐ突きこんできた。

 柳也は摺り足で右に走った。

 同時に、左手で敵の蹴りをすくい上げる。

 左足を下げ、上段に構えた脇差を、泥人形の右足に振り下ろした。

 斬割。

 右足を大腿部から、すっぱり、切り落とされ、さしもの〈殲滅〉もたまらず横転した。

 しかし、所詮はそれだけだった。

 地面から泥を吸い上げ、すぐに失った左腕と右足を復元した〈殲滅〉は、立ち上がるとニヤリと笑った。

 侮蔑の嘲笑だった。

「どうした? ただ闇雲に斬るだけでは、我は倒せんぞ?」

 敵に反撃の暇を与えてはならない。

 舌打ちしながら柳也は脇差を地擦りに、横転の末に離れた距離を詰めた。

 胴体を逆袈裟に切り上げる。

 泥人形が仰け反った。

 柳也はすかさず返す刀を振り下ろそうとして、その右腕の動きを止めた。

 いや、正確には止められた。

 素早く伸びた泥の左手が、振り上げた柳也の右手首を掴んだのだ。

 凄まじい握力に、手首の骨が軋む。

 咄嗟に顔面目掛けて繰り出した左フックは、しかし、同じく泥人形の伸ばした右掌に受け止められてしまった。

 慌てて左手を引こうとするが、敵の右手に、がっちり、握り締められ、己の腕はビクともしなかった。

「さっき、あの女に言った言葉を返してやろう。どうした? パワーが落ちているぞ?」

「コノ……!」

 右足のローキック。

 足首の捻りを効かせながら、脛を狙う。

 ほぼ同時に、自分の両腕から手を離して、〈殲滅〉は垂直に低くジャンプした。

 柳也の臍の辺りまで跳んだ泥人形は、空中で仰向けになるや、そのまま両足を前へと突き出した。

 無防備な柳也の胸板を、強烈なダブル・キックが激しく打った。

 肋骨が折れ、肺が押し潰される。

 柳也の唇から、血の塊が迸った。

 六尺豊かな大男の巨躯が、後ろへ吹っ飛んだ。

 空中で回転し、軽やかに地面に降りた〈殲滅〉が、狂気の眼差しを柳也に向けた。

 男の体が、大地に放り出される。

 〈殲滅〉は追撃を加えるべく、地面を蹴った。

 その直後、泥人形の側頭部を、凄まじい衝撃が襲った。

 空気の鎚。

 タバサの放った、エア・ハンマーだ。二人の戦いを見つめていた彼女は、ずっと突け込む隙を窺っていたのだ。

 二発三発と空気の大槌頭を部に叩き込まれ、泥人形の頭部が石榴のように吹っ飛んだ。顔の上半分が消滅する。泥人形が、バタリ、と倒れた。

 やったか。

 タバサは眼鏡越しに油断のない視線を泥人形に注いだ。

 すると、顔の上半分を失った泥人形の唇が、ニヤリ、と歪んだ。

 そのあまりの凄絶な光景に、タバサの肩が、びくり、と震えた。

 泥人形が両腕を使って、上体を起こす。タバサの方を、目のない顔で見た。

「頭部を狙うアイデアはなかなか良かったぞ、小娘。我が本体の結晶は大きい。その結晶を隠すには、それなりのスペースがいる。胴体か、あるいは頭か。胴体を斬られても我のダメージは少なかった。ならば、本体のある場所は頭に違いない。……そう、推理したのだろう? だが、残念だったな。我の本体は、頭にはない」

 泥人形は呟いて、両手をシャベルに地面を掘った。

 すくい上げた土を、頭に塗りたくる。

 徐々に泥人形の顔が復元していく光景は、おぞましい、の一言に尽きた。

 頭部の復元を完了した〈殲滅〉は、タバサの方へ右手を突き出した。

 その足下に、赤い魔法陣が出現する。

 突き出した右手が赤く発熱し、白熱の光球を掌がつかんだ。

「コロナインパルスのような大技は無理だが、契約者不在の状態でも、ファイアボルトくらいは撃てる」

 白熱した光の球から、いくつもの小火球が飛び出した。

 熱量の塊が、タバサに向かって殺到する。

 音速に迫る勢いの火球の弾幕を、幼い少女に避ける術はない。

 キュルケが悲鳴を上げ、タバサは目を瞑った。

 自ら視界を閉ざした彼女だったが、頬を撫でる熱波が、攻撃の襲来を予感させた。

 不意に、その熱波が消えた。

 ついで耳膜を震わせる少年の声。

 目を開けたタバサの視界いっぱいに、才人の顔があった。

 風のように地を駆けた彼は、タバサを抱きかかえて攻撃を避けたのだった。

「ほぉ……」

 まるで豹か何かのように敏捷な動きを見せる才人の様子に、泥人形は唇を好戦的に釣り上げた。

「ノーマルの人間にしては、なかなかに良い動きをするではないか、小僧。……それに」

 泥人形の〈殲滅〉は冷笑を浮かべ、地面を蹴った。

 左側方へ、ふわり、と着地する。

 泥人形を背後から奇襲しようとしたギーシュの上段斬りは、目標を見失い失敗に終わった。

 〈殲滅〉はその姿をあざ笑うように嘯く。

「貴様もだ、小僧。貴様は貴様で、多少は剣の素養があるようだな。……面白い」

 面白い。

 そう呟いた〈殲滅〉に対し、ギーシュは身構えた。

 あの泥人形の攻撃を受けた柳也がどうなったかは、特等席で見せつけられた。

 自分に奴の攻撃を防ぐ手立てがない以上、絶対に攻撃を喰らうわけにはいかない。

「貴様らのような活きの良いガキは、破壊のし甲斐がある」

 耳膜を、冷たい声が撫でた。

 その刹那、ギーシュの視界から〈殲滅〉の姿が消えた。

 いやギーシュの視界からだけではない。

 タバサを抱えたままの才人の視界からも、泥人形の姿が消えた。

 ――どこだ? どこから来る!?

 右か。左か。

 それとも背後か。

 落ち着きなく周囲を見回すギーシュに、はたして、攻撃の襲来を告げたのは、ようやく上体だけを起こした柳也だった。

「上だ、ギーシュ君! 思いっきり前に飛べ!」

「ッ!」

 反射的にギーシュは前に跳んだ。

 直後、彼の立っていた場所に、巨大なファイアボールが炸裂した。

 ついで、泥人形もその場に降り立つ。

 地面を蹴った〈殲滅〉は高空へと身をやり、落下しつつ神剣魔法を放ったのだった。

 前に跳びながら前転し、起き上がるなり踵を返したギーシュは、燃え盛る草むらを茫然と見つめた。

 身震い。

 柳也の指摘がなければ、今頃自分は――――――。

「他事を考えるな!」

 再度、柳也からの指摘。

 ギーシュは慌てて薔薇の剣を構えた。

 剣身に、凄まじい衝撃。

 泥人形の右ストレートだった。

 拳を引き、今度は素早い左ジャブ。

 手の内を効かせ、素早く打点を見極め、再度の攻撃を少年は凌いだ。

 だが、そこまでだった。

 続く左ジャブの連打がギーシュの右頬を叩き、ガードの崩れた胸に、右ストレートが炸裂した。

 声にならない悲鳴。

 苦悶の絶叫とともに、血反吐が迸った。

「ギーシュ!」

「ギーシュ様!」

 才人とケティが、同時に悲鳴を上げた。

 急速に遠のく意識の中で、ギーシュは二人の声を確かに聞いた。

 ――……ああ、君達は……。

 五体に残る最後の力を振り絞って、ギーシュは二人の方を見た。

 優しい眼差しが、涙ぐむケティと、かつて自分を追い詰めた平民の姿を捉えた。

 ――こんな僕のことを、心配してくれるのかい……?

 最悪の状況の中で、それだけが嬉しかった。

 ギーシュの意識は、暗闇へと飲み込まれていった。





 弟子の一人が倒れていく一部始終を、柳也は余すことなく見つめ続けた。

「あ……ああ……かっ……ぐうぅっぅくっ……くぅぅ……!」

 唇から漏れる呻き声は、悲しみと、怒りが同居したもの。

 鍛えぬかれた裸身は、烈火の怒りに燃えて、鋼のような筋肉を摩擦していた。

 爛々たる光芒を放つ双眸には、かつて現代世界で、タキオスに瞬を傷つけられた時に見せた、凶暴な匂いが宿っている。

 凄絶な眼光を、泥人形に叩きつけながら、柳也は咆哮した。

「おおおおおお――――――ッ!!!」

 立ち上がる。

 脇差を手に、敵へと突っ込む。

 全身これ炎と化した烈火の怒りで、柳也の鼻腔から、バッ、と鮮血が迸った。

 鞏膜の毛細血管が音を立てて切れ、目尻から幾条もの血の滴りが流れ落ちた。

 一尺四寸五分の脇差が唸る。

 風を切って、阿修羅の如く唸る。

 柳也の髪は逆立ち、歯はガチガチと打ち合って口腔粘膜を噛み裂き、唇の端から、夥しい血がこぼれ落ちた。

 次なる標的を才人に定めようとしていた泥人形が、絶叫に振り向いた。

 刹那、肉迫。

 右足を前に出し、黒き眼差しを叩き込む。

 袈裟から、脇差を振り下ろす。返す刀で、胴を薙ぐ。上段に振りかぶり、稲妻の如く叩き込む。

 一呼吸の間に放った三連斬。

 刀勢に怒りを、憎しみを載せた斬撃の数々は、そのすべてがかつてない冴えを見せ、泥の肉体に吸い込まれた。

 茶褐色の泥の飛沫が、血煙の如く舞う。舞う。舞う。

 柳也は吼えた。

 牙を剥いて、吼えた。

 悲憤の咆哮だった。

 だが、その怒りをもってしても、泥人形の〈殲滅〉には、致命打とはなりえなかった。

 袈裟に斬られ、胴を真っ二つに切り裂かれ、その上正中線を斬割された泥人形は、たちまちすべての部位を復元し、反撃してきた。

 短いステップ。

 腰を沈め、垂直にアッパーカット。

 三連斬にすべての力を注ぎ込んだ柳也は、その素早い動きについていけない。

 顎先に衝撃。

 宙へと叩き上げられた身体に、追い討ちの体当たり。

 柳也の身体が、みたび吹っ飛ぶ。

 弾き飛ばされたその先は、奇しくもルイズと、フーケのいる場所だった。

「リュウヤ!」

 受身の取れぬまま地面に叩きつけられた柳也に、ルイズが駆け寄ってきた。

 一度は止まったはずの涙をまた流し、柳也を抱き起こそうとする。

 六尺豊かな大男の巨体は重かったが、それでも、なんとか上体だけは起こすことが出来た。

 柳也の視界に、ルイズとフーケの横顔、そして才人へ攻撃を始めた〈殲滅〉の姿が映じた。

「……くぅぅ……クソ!」

 ルイズに支えながら、柳也はそのままの姿勢で地面を叩いた。

 何度も。何度も。怒りのままに。

 憎かった。

 目の前の敵が。

 憎かった。

 なにより、無力な己が。

 あの時と同じだ。

 ファンタズマゴリアに召喚された、あの日の情景と。

 あの時も、無力な己は、メダリオやタキオスという強大な敵を前にして、瞬を守ることが出来なかった。

 大切なものを、守ることが出来なかった。

 そしていままた、自分の目の前で、大切なものが、失われようとしている。

「くそ……くそぉぉ……」

 己にもっと力があれば。

 パワーもスピードも、泥人形の〈殲滅〉のそれは脅威的だが、決して対処できないレヴェルではない。

 厄介なのは、あの防御力。本体の結晶体を傷つけない限り、ダメージ一つ負わせられないという、あの特殊能力だ。せめて、この能力を破るだけの火力があれば。

 せめて、致命打とは言わずとも、有効打を負わせるだけの攻撃力があれば。

 せめて、せめて…………

「せめて、同田貫さえあれば……」

 震える男の唇から漏れたのは、失った愛刀を恋しがる苦悩の叫びだった。

 肥後同田貫上野介。

 亡き父の遺品にして、かつての己の愛刀。

 ある意味で、〈決意〉や〈戦友〉以上に頼りにした、己の、もう一つの相棒。

 あの豪剣を手に、自分は、有限世界の戦場を駆け抜けた。

 数多の敵をあの刀で切り捨て、数多の危機をあの刀で乗り越えた。

 たとえ一敗地にまみれたとしても、あの刀とともに己を鍛え、再戦し、そしていつも勝利を収めてきた。

 いまこの場に、同田貫さえあれば。

 しかし、その願いは決して叶うことはない。

 有限世界に置いてきてしまった愛刀を、この世界で手にすることは二度とない。

「…………!」

 その時、柳也は何かに気が付いたかのように、はっ、とし、フーケを見た。

 血の滴る双眸に、一筋の光明を見出した輝きがあった。

「な、なんだい?」

「土くれのフーケ!」

 柳也はフーケの手を掴んだ。

 縋るように、彼女の肩を抱いた。

「ゴーレムを使っていたということは、あんたは土系統のメイジだな?」

「あ、ああ。そうだけど……」

「なら、錬金は出来るな!?」

「馬鹿にしないでほしいね」

 フーケは、少しむっとした様子で言った。

「私は土のエキスパートだよ。錬金は得意分野だ」

「よし。ならフーケ、二つ、頼みがある」

 柳也はフーケに顔を寄せた。

 むせ返るような血の匂いが、フーケの鼻をついた。

「一つ目の頼みは、錬金の魔法で、俺に武器を作ってくれ。武器の詳細なデティールは、俺が伝える。

 そしてもう一つ……俺と……」

 柳也はそこで一旦言葉を区切ると、唇を舐めて血を拭い、紅蓮の吐息を紡いだ。

「俺と、コントラクト・サーヴァントの契約を交わせ!」




<あとがき>

 この展開は誰も予想してなかっただろうなぁ……。

 どうも、読者の皆さんおはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 ゼロ魔刃、EPISODE:17、お読みいただきありがとうございました。

 なんか今回、所詮、泥人形に過ぎない〈殲滅〉が馬鹿に強いですが、これは柳也が消耗していたのと、原則ハルケギニアのメイジと神剣士とでは基本スペックに大きな差があるからです。実際には並のスピリットよりも弱いくらいです。ただ、あの防御力は反則ですが……。

 ちなみにこの再生能力のイメージはウルトラマンメビウスに登場するインペライザーというロボット怪獣がモデルです。ウルトラ怪獣は特殊能力のネタの宝庫ですからね。おこぼれに預からせていただきました。

 さて、次回はついにフーケ編のラスト・バトル!

 次回もお付き合いいただければ幸いです。

 ではでは〜








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