「よお、るーちゃん。……助けは、必要か?」
己の背後に立つ少女に向かって、桜坂柳也は眼前の敵を見据えたまま、莞爾と微笑みながら訊ねた。
ルイズ。
この世界に自分を呼び寄せた張本人にして、いまは自分のご主人様。
気が強くて、頑張り屋で、何よりプライドの高い彼女は、自分の問いかけには答えずに言う。
「馬鹿。遅いのよ……馬鹿っ」
背中に突きつけられたその声は、ほのかに湿り気を帯びていた。
珍しく耳にするご主人様の弱々しい声音に、もしかしたら自分のために泣いてくれているのか、という考えに至った柳也は、「いかんなぁ」と、呟いた。
女を泣かせるなんて、最低の男のすることだ。しかし、胸の動悸を抑えられない。自分如きのために、ルイズが涙を流してくれている。それを嬉しく思う感情を、止められない。
傷だらけの背中を向ける柳也に対して、ルイズは、嗚咽混じりの声で、そして乱雑な口調で続けた。
「でも……その……ウレーシェ」
守ってくれて、ありがとう。
躊躇いがちに紡がれた、聖ヨト語での感謝の言葉に力強く頷いて、柳也は同じく聖ヨト語を呟いた。
「シエステハノハイ」
どういたしまして、と呟いて、柳也はオーラフォトン・バリアの展開を解いた。
黄金の精霊光が消失し、目の前の敵の姿がよく見えるようになる。
第五位の永遠神剣を持った土くれのメイジは、憎々しい表情で自分を睨んでいた。
「……あんた、なんで……」
コロナインパルスの直撃を、二度も食らって、なぜ生きているのか。いや生きているだけならまだしも、なぜ、たった一晩で戦場へ駆けつけられるほど体力が回復しているのか。
目の前の男の肉体からは、昨晩の戦闘の痕跡がまったく見受けられない。火傷の跡一つ残っていない。あれだけの傷を、どうやって修復したのか。昨晩の時点で、治癒に注げるようなマナは彼には残っていなかったはずだが。
わななく言葉に篭められた言外の意図を察した柳也は、真顔で答える。
「ある男が、己の命を差し出してくれたんだよ」
柳也はフーケを鋭く睨みながら言った。
「マナとは、この宇宙に存在するすべての物質に宿る原始生命力。貴様の攻撃によって、その生命力を著しく消耗した俺は、確かに、本来ならここに駆けつけるだけの体力は残されていなかった。……だが、その男は、俺に、自らの生命力を分け与えてくれたんだ」
魔法学院の医務室で柳也が意識を取り戻した時、自ら手首を切ったオールド・オスマンからは、すでに大量の血液が損なわれていた。
血は、動物を動かすエネルギーの源だ。純度の高いマナを豊富に含んでいる。その血を己に注いでくれた彼は、今頃、魔法学院の“水”系統のメイジ達の治療を受けているはずだった。人間は全身を駆け巡る血液の約三割を失うと失血死してしまう。柳也が気が付いた時、オスマン老人はまさしくその一歩手前の状態に身を置いていた。
柳也は右手を、心臓の辺りに添えた。
激しく脈打つ心臓からは、己のマナだけではなく、オスマン老人から注がれたマナも感じられた。
心臓だけではない。骨に、筋肉に、全身の血管に、柳也はオスマンから分け与えられた命の息吹を自覚した。
生命の炎を感じた。
「無論、神剣士の肉体を構成するマナは膨大だ。人一人の命を全部もらったところで、全快とはいかない。良くて本調子の二割程度の回復でしかないだろう。……だが」
柳也はそこで一旦言葉を区切ると、褌に対して閂に差した脇差を抜き放った。
父の形見の一尺四寸五分の白刃が、炎に照らされて妖しく輝く。
右手一本で水平に持ち上げた刀身の、かます切っ先を、フーケに向けた。刀身にはすでに、〈決意〉が寄生してその性能を高めていた。
「二割で、十分だと判断した。お前如きを倒すのに、全力は不要だと考えた。ゆえに、俺はここに来た」
挑戦的な口調と、好戦的な冷笑。
易い挑発をしてくれる、とフーケは目の前の男を嘲笑う。
「面白い冗談だね。第七位かそこいらのあんたが、いまや第五位の神剣士たる私を倒す? それも、全力は不要? はっ。笑わせてくれるよ」
「語るなよ、ヒヨっ子が」
フーケの余裕の笑みが、硬化した。
「……何だって?」
「永遠神剣と出会ってまだ一日も経っていないヒヨっ子が、神剣士の戦いを知った風に語るな、と言ったんだ」
フーケの頬が紅潮した。思わずむしゃぶりつきたくなる魅力的な唇が、ぶるぶる、と震えている。
柳也は黒炭色の双眸に烈火の炎を灯し、言い放つ。
「たしかに、神剣の位階や出力は、神剣士の強さを決める要因の一つだ。だが、神剣士同士の戦いで重要なのは、それだけじゃない」
知識と技術。経験。そして何より、相棒たる永遠神剣との信頼関係。
永遠神剣は単なる武器ではない。時に笑い、時に泣き、時に暴走し、時に契約者を裏切る。永遠神剣は、そうした一個の人格を持った、生きた存在なのだ。この生きた存在と、いかにして付き合っていくか。たかだか一晩かそこらで、見出せるものではない。永遠神剣との良好な関係を築けなければ、どんなに位の高い神剣を持っていたところで、それは宝の持ち腐れだ。
「俺と、俺の相棒の神剣達は、決して長い付き合いじゃない。だが、その短い付き合いの中にも、色々あって、いまに至っている。たった一晩で築いたお前達の絆と、俺達の絆……さて、どちらが勝つかな?」
「ほざきな!」
フーケが破壊の杖を振りかぶった。
青い結晶体から伸びる炎の舌が、空中でしなる。
プロミネンス・ウィップ。一万度の高熱の鞭は、フーケの意思一つで如何様にも伸縮する。火砕流の鞭はいまや十メートルにまで延伸し、およそ空き地に立つ敵のすべてを間合に捉えていた。
フーケが鞭を振り下ろした。
炎の舌が、真っ直ぐ柳也に向かって襲い掛かる。
プロミネンスウィップの威力を知る才人とギーシュが、悲鳴を上げた。
しかし柳也は、いささかも臆することなく、右の脇差を地擦りに構え、右前へと踏み込んだ。
腰を沈め、肩を落とし、首を右に傾ける。
炎の鞭が左頬を掠めていった直後、彼は右の脇差を、掬うように斬り上げた。
プロミネンスウィップの軟鞭がぶった切れ、切断面から、黄金のマナの霧が上った。
「鞭を伸ばしすぎたことが仇となったな。これだけ長いと、斬るのは楽だったぞ?」
柳也の唇から、低い呟きが漏れた。
ほぼ同時に、その様子を見つめる才人とギーシュの口から、歓声が轟いた。
火砕流の鞭を斬割した柳也は、フーケを見据えて言い放った。
「さあ、面白い戦いをしよう」
永遠のアセリアAnother
× ゼロの使い魔クロスオーバー
ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃
EPISODE:16「忘れるな? 俺達は外腹斜筋とともに生きているんだ」
即座にプロミネンスウィップを引っ込めたフーケは、レビテーションの魔法で宙へと浮かぶや柳也との距離を取った。
あの男の攻略法は分かっている。あの男は基本的に近距離での攻撃手段しか持っていない。一定の距離を保ちながら神剣魔法による射撃に徹すれば、容易に撃破出来る。
昨晩の戦闘からそう判じたフーケは、空中にて魔法陣を展開。破壊の杖を振って、まずは様子見とばかりにファイアボルトを地上に浴びせかけた。
降り注ぐ炎の弾幕を、柳也は右へ左へ不規則に移動して避け続けた。
ランダムに機動することによって、フーケの射撃の狙いをつけにくくしてやる作戦だ。
と同時に、柳也は走りながら注意深く地面を観察した。
空き地には、掌大の石が、ごろごろ、転がっていた。
柳也は疾走したままそのうちの一つを拾い上げると、砲丸投げの要領でフーケに投げた。
柳也の手を離れた次の瞬間、石弾はフーケの目前にまで迫っていた。音速に迫る投擲だった。
しかし、神剣の力によって大幅に身体機能が強化されているフーケは、滞空した状態のまま攻撃を、ひょい、と避けた。いまの彼女には、亜音速の投擲さえ通用しない。
「はっ。なんだい、そのヘナチョコ球は!」
高らかな嘲笑。
しかし、その笑みは、すぐに苦悶の表情へと変わる。
背後から、突如として衝撃。
次いで、背骨と肋骨の何本かが砕ける感覚。
見ると、自分の背中に、大きな石が炸裂していた。
ついいましがた、柳也が投げ、フーケが避けたばかりの、石弾だった。
ちゃんと回避したのに、なぜ!?
突然の事態に集中を乱したフーケの身体が落下する。
その降下地点を素早く見極めた柳也は、着地の瞬間を狙ってまた石弾を投げた。彼我の距離は約十五メートル。
またしても襲来した投石に、フーケは今度はファイアシールドを展開して対抗した。
高速回転する炎の盾は、何の変哲もない石ころをたちどころに蒸発させ、自分に反撃の好機を与える…………その、はずだった。
その時、フーケの眼前で驚くべき光景が展開された。
自分に向かって真っ直ぐ飛んできた石弾が、突如として方向を変え、左方へと回り込んできた。
右手で〈殲滅〉を握っていたフーケは、左側方より襲来する石弾への対処が遅れてしまった。
左の上腕に衝撃。
筋繊維が破断し、骨が砕ける。女の細腕が、あらぬ方向へと曲がった。
すぐさま、〈殲滅〉が損傷した筋繊維や骨の修復を開始する。しかし、回復はあまり得意ではないのか、修復作業は遅々としたものだった。
フーケの額に、脂汗が滲む。猛烈な痛みを訴える左腕を押さえながら、彼女は、土気色の顔で柳也を睨んだ。
「……いったい、何をした?」
「俺の所有する永遠神剣、〈決意〉と〈戦友〉は体内寄生型の神剣でな。その特殊性を利用して、様々な奇跡を起こすことが出来る。例えば、その辺りに転がっている路傍の石に寄生して、投石時の機動を自在にコントロールしたり、とかな」
かつて有限世界で実施した、オペレーション・バトル・オブ・ラキオスにて放ったハープーン・アローと同じ原理だった。石も矢も、相棒の一部を寄生させることで、空気抵抗や重力、慣性の法則といった自然法則に囚われない機動が可能となる。それこそ、敵の目の前で突如として反転、側面や背後へと回り込むような機動が。
「機動の操作をしただけで、石そのものには何の強化も施していない。ゆえに、マナの燃費も少なくて済む。自分でも、上手い戦術だと思うんだけどな?」
「くっ」
フーケは〈殲滅〉を振るった。
青い結晶体からプロミネンス・ランスが飛び出す。連続で、何発も放つ。
あっという間に炎の槍衾が形成され、柳也を襲った
「……馬鹿が」
柳也は吐き捨てると地面を滑るように駆けた。両手の甲を中心に、オーラフォトン・シールドを展開する。
槍衾の只中を、柳也は突き進んだ。
驚くべきことに、一発の直撃弾もなかった。
何発かの炎は至近弾となって柳也を襲ったが、両手の盾に阻まれ、軌道を反らされ、男は無傷のまま槍衾を突破した。
フーケは唖然としてその光景を見つめていた。
「昨夜の戦いで、何度その魔法を見せられたと思っている? プロミネンス・ランスは確かに精密性に優れた射撃魔法だ。だが、その軌道は直線的だ。落ち着いて軌道を見極めさえすれば、避けられない攻撃じゃない」
その気になれば、おそらく才人でも避けられるだろう。槍衾を前にしても冷静さを失わない勇気さえあれば、ギーシュでも可能かもしれない。
プロミネンス・ランスの猛攻を退けた柳也は、フーケとの距離を五間まで詰めていた。
左手で握る脇差の手の内を練る。
柳也は、鋭い眼差しでフーケを見据えながら、なおも距離を詰めた。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと歩きながら。
しかし確実に。
彼我の間合が、煮詰まっていく。
濃密な剣気が、フーケの顔面を撫でる。
七メートル。
六メートル。
五メートルまで近づいたところで、柳也は淡々と言い放った。
「土くれのフーケ、お前は新しい玩具を手に入れた子どもだ。お前の戦い方は、神剣の性能に頼りすぎている。神剣の性能は、頼るものではない。神剣の性能は活かし、引き出すものだ。神剣とともに戦っている俺に、お前は勝てない」
【その通りです、ご主人様!】
【たとえ高位の神剣であろうと、我と主のタッグの敵ではない!】
柳也の体内で、莫大な熱量が生じた。
相棒の永遠神剣達が、同意とばかりに歓声を上げていた。
フーケが、憎悪の炎を灯す眼差しを柳也に叩きつけた。
〈殲滅〉を、力の限り振るう。
青の結晶体が眩く輝き、特大のファイアボールが飛び出した。
彼我の距離はおよそ四メートル。
回避運動は、神剣士の柳也の身体能力をもってしても間に合わない。
正面より光速で迫る熱風を頬で感じながら、しかし柳也は落ち着いた様子で攻撃を迎え撃った。
「〈戦友〉、バリア!」
【ラジャーです!】
柳也は右手を突き出した。
刹那の速さで展開した精霊光の壁に、炎の砲弾が炸裂した。
爆発。
黄金色の蒸気が、もうもうと上がる。
土煙が、男と女の姿を飲み込んだ。
自らが巻き上げた粉塵の中で、フーケは、きょろきょろ、と相手の姿を探した。
神剣士となって日が浅い彼女は、まだ神剣レーダーの使い方をマスターしていなかった。
「ファイアボールの出力、昨晩よりも落ちているな」
背後から、男の冷たい声が響いた。
次いで、頭の中に甲高い警告音。
振り向くと、一尺四寸五分の白刃が襲ってきた。
「〈殲滅〉ッ」
咄嗟に〈殲滅〉を掲げ、炎の盾で攻撃を防いだ。
斬撃を跳ね返された脇差は、くるくる、と回転しながら上へと弾け飛んだ。
……弾け、飛んだ?
脇差、だけ?
敵が脇差だけを投擲したのだ、と気が付いた時には、もう遅かった。
背後より、猛然と迫る気配。
振り向く間もなく、背中に凄まじい衝撃。
背骨が折れ、肋骨が折れ、肺が潰れ、他の臓器もクラッシュした。
苦い鉄の味が、喉の奥から込み上げる。
圧倒的なエネルギーの奔流に、フーケの身体はたまらず吹っ飛んだ。
煙の中から飛び出したフーケは、巨木に激突し、地面に落下した。
もんどり打って荒れた野を転がる。
直後、煙の中から柳也も飛び出した。
激震。
荒ぶるバッファローの如き怒涛の勢いで、柳也はフーケに迫った。
その右拳を、精霊光の盾で覆って。
その拳に、己を突き動かすすべてのエネルギーを乗せて。
フーケが、五体に残った最後の力を振り絞って上体を起こした。
〈殲滅〉の結晶体を、迫り来る脅威へと向ける。
ファイアシールドが、フーケの正面に展開した。
しかし柳也は、躊躇うことなく、真っ向からフーケに肉迫した。
「受けてみろ。これがぁ、桜坂柳也の必殺拳んんッ!!」
柳也が、右腕を突き出した。
己の想いと、相棒二人の想いと、オスマンの願いを篭めて、拳を叩き込んだ。
インパクト瞬間、彼は手首に回転を加えた。
コークスクリューブロー。
強烈なトルネードを描く鉄拳が、炎の盾に炸裂した。
高速回転する火砕流と、高速回転する精霊光が鎬を削る。
そして、突き抜けた。
柳也の拳が。
炎の盾を。
オーラフォトンの輝きを放つ剛拳が、破壊の杖をへし折った。
◇
誰もが、唖然として言葉を忘れていた。
誰もが、粛として声を出せずにいた。
土くれのフーケ。
トリスティンの貴族達を震え上がらせる、メイジの大怪盗。
その魔法の腕前は圧倒的で。手にした破壊の杖の力は絶対的で。ギーシュやキュルケはおろか、シュヴァリエの称号を持つタバサまでもが、足下にも及ばなかった。
しかし、その絶対的な力を、彼は破ってしまった。
褌の男。
桜坂柳也。
彼は、土くれのフーケを、倒してしまった。
「……名付けて、スパイラル大回転ナックル」
樫の杖を砕いた拳を、フーケの眼前で、ぴたり、と止め、柳也は低く呟いた。
鼻の先からわずか一寸の距離を隔てて制止した拳を、フーケは茫然と眺めていた。
〈殲滅〉は破壊した。
もはやフーケに、神剣士としての能力はない。
事実柳也は、あれほど巨大だった彼女のマナが、急速に萎んでいくのを知覚した。
やがてフーケは、ガックリ、と肩を落とした。
唇が小さく動く。
負けたよ。あんたには……。
か細い声で紡がれた言葉は、同時に、少年達が自ら強いた緘口令の解禁の合図でもあった。
「「い……いよっしゃあああ――――――!」」
ギーシュと才人が、お互いを抱き合って歓声を上げた。
タバサが、ほっ、と安堵の溜め息を漏らし、キュルケが嬉しそうに彼女の肩を叩いた。
緊張の糸が切れたか、ケティが、へなへな、と地面に膝を着く。
そしてルイズは、
ルイズは、気が付くと、柳也のもとへと走り出していた。
その背中に目指して。
その広い背中に向かって、彼女は地面を蹴った。
そして、ローファーの爪先を突き出した。
「なんなのよその緊張感ゼロの名前は!?」
「うぎゃぱあああ――――――ッ!!!」
久々の跳び蹴りが、柳也の背中を殴打した。
柳也の身体が吹っ飛ぶ。
敗北を認めたフーケが、目を丸くした。
茂みの中に頭から突っ込んだ柳也は、真っ赤な顔で起き上がると、ルイズに向かって吠えた。
「な、何をするんだるーちゃん!?」
「うるさい! あんだけシリアスに決めといて、最後の最後でソレ!? そのネーミング!? あと、いい加減るーちゃんはやめなさい!」
「スパイラル大回転ナックルのどこがいけないというんだ!? あと、俺はこれからもるーちゃんと呼び続けさせてもらう!」
負けじと吠えたルイズに、柳也はさらに大きな声を発して言い放った。
そんな彼の胸板を、ルイズは、ぼかぼか、叩いた。
「最初から最後まで全部問題ありよ、この馬鹿。ネーミングセンスゼロの馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿ぁ……」
胸板を叩くルイズの拳は、やがて勢いを失くしていった。
馬鹿、と罵る言葉には、次第に嗚咽が混じり出した。
戦場特有の緊張感が押さえていた感情の迸りが、堰を切って溢れ出す。
「馬鹿……この、大馬鹿……なんで……なんであんな無茶、したのよ……心配、したんだから……」
「申し訳ない、るーちゃん」
「るーちゃんって呼ぶなぁ……この、馬鹿……」
ルイズは涙でぐしゃぐしゃの顔を柳也に向けた。
せっかくの美人が勿体ない、と柳也は思った。
そんな美人に、そんな表情をさせているのは自分だと思うと、心苦しくもあり、やはり、嬉しくもあった。
この涙は自分のために流されたと思うと、男として、歓喜の感情を抑えられなかった。
「……身体、もう、大丈夫なのよね?」
「まだ本調子とはいかないが……でも、さっきのは見ただろう? あれぐらいには動ける」
「あんたが眠っている間、溜まった雑事がいっぱいあるのよ?」
「眠っている間って……たった一晩じゃないか」
「一晩も、よ……」
ルイズは涙の雫が浮かんだ目尻を指で拭った。
鳶色の瞳には、優しい輝きが灯っていた。
「永遠神剣のこととか、言いたいこと、聞きたいことがたくさんあるわ。でも、まず……帰ったら、部屋の掃除をしなさい。それから、洗濯物も」
「ああ。そうだな。……帰ろう、魔法学院へ」
「帰ろう」というフレーズを、自然に口に出来た自分に、柳也は内心驚いていた。
ふっ、と穏やかに微笑む。
どうやらいつの間にか、あの魔法学院のルイズの部屋は、自分にとって帰るべき場所になっていたらしい。
自分が生まれた家と、しらかば学園、コーポ扶桑の四畳半、ラキオスの第一詰め所、第二詰め所に続く、第六の家だった。
柳也はルイズの背中を叩いて、彼女の歩みを促した。
その時だった。
柳也の表情が。
柳也の、顔面の筋肉という筋肉が、硬化した。
視線が、ある一箇所に釘付けとなっている。
そんな柳也の様子を不審に思ったルイズは、彼の視線を追った。柳也の近くにいたフーケも、彼の目線の延長上を見る。
ルイズとフーケは、同時に息を飲んだ。
柳也の視線が注がれる先……そこには、ギーシュ達が倒した土ゴーレムの、残骸とでもいうべき土くれで出来た山があった。土系統のエキスパートたるフーケがゴーレムの材料として選んだだけに、良質の盛り土だった。とはいえ、それ自体には何ら見るべきところのない山だ。
問題は、山の頂にあった。
盛り土の山の頂には、破壊の杖の先端に付いていた青い結晶体が横たわっていた。
杖をへし折った際に、衝撃であそこまで飛んでしまったのか。
いや違う、と柳也は思った。
あれは、〈殲滅〉が自らの意思で移動した結果だ。
何の根拠もない直感。
しかしその直感は、やがて確信へと変わり、程なくして、真実そうだったことが示された。
不意に、青い結晶体が、かつてない眩い輝きを放った。
凄まじい光量だった。
青白い閃光が空き地を埋め尽くし、白い闇が、柳也達の視界を奪う。
「な、なんだ?」
ここに至ってようやく異変を察知したギーシュの口から、うろたえた声がこぼれた。
それが合図だったかのように、発光現象が、ぴたり、と止まった。
青白く霞む視界の中、柳也は盛り土の山に視線を注いだ。
柳也の顔から、血の気が引いていった。
土くれが。
フーケのゴーレムだったものが。
うねうね、と粘土細工のように、あるいはアメーバのように、蠢いてた。
それは異様な光景だった。
およそ現実味の乏しい光景だった。
土くれが。
生物でない土くれが、動いている!?
「な……にぃ……?」
柳也は咄嗟にフーケを見た。
フーケが、必死にかぶりを振った。
あれは自分じゃない。あの現象に、自分は関与していない。切々と訴えかけるジェスチャーは、嘘を言っているようには見えなかった。
柳也は視線を盛り土の山に戻した。
土くれが、変形を始めていた。
茶褐色の土砂が重力に逆らって山頂へと押し寄せ、青の結晶体を飲み込んだ。
結晶体を飲み込んだ途端、土くれの動きは俄然活発化し、徐々に、形を成していった。
すらり、と長い下肢。厚い胸板。二メートル近い長身に比して大柄な体格。頭部には、目と、鼻と、口を模したモニュメント……。成したシルエットは、人間の姿をしていた。
茶褐色の泥人形。
土くれの人形は、肌と同色の瞳に柳也達の姿を映すと、ニヤリ、と微笑んだ。
「馬鹿な……」
柳也の唇から、愕然とした呟きが漏れた。
もう一度、彼は「馬鹿な」と、呟いた。
「……ばか、な」
泥人形が、口を開いた。
言葉を覚えたばかりの子どうがそうするように、何度も、何度も、柳也の口にした「馬鹿な」というフレーズを繰り返した。
最初たどたどしかったその発音は、やがて流暢になっていき、不意に、泥人形は口を閉ざした。
「……なるほど。声帯とは、このように動かせばいいのか」
「お前は……」
柳也は、愕然とした響きの声で訊ねた。
「お前は……誰だ?」
「つれないことを言ってくれるな、〈運命〉の囚人よ。あんなに熱い戦いを繰り広げたというのに、もう、我のことを忘れたのか?」
泥人形は、ふざけた口調で言い放つと、「よろしい。改めて自己紹介をしよう」と、芝居がかった仕草で両腕を広げた。
自らの存在を誇示するように、泥人形は声高に言い放った。
「我が名は〈殲滅〉。永遠神剣第五位、〈殲滅〉。かつて第三位の〈破壊〉より別れし、暴力の使徒だ」
<あとがき>
なんか柳也が変態なのに男前だ……。
どうも読者の皆様、おはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。
オスマン老師の血を受けて、主人公ここに復活! 血液型の問題は〈決意〉と〈戦友〉がなんとかカバー。そして炸裂する新必殺技「スパイラル大回転ナックル」。……はい。あの男は悪ノリすればするほど、ネーミング・センスがあちらよりになる傾向があるようです。
さて、読者の皆さんの中には、今回の戦闘描写を読んで、EPISODE:13であれだけ強かったフーケがパワーダウンしている印象を抱いた方がいるかもしれません。それは決して間違いではなく、事実、フーケはこの時点で昨晩よりもパワーダウンしています。昨晩の戦闘でマナを使い過ぎちゃったんですよね。柳也が消耗した状態で戦闘に臨んだように、フーケも消耗していたわけです。
さて、次回は〈殲滅〉を名乗る泥人形との戦闘です。
実はフーケは中ボスに過ぎなかったわけですな。
HP、MPともに消耗したパーティ、褌の男と愉快な仲間達の戦いにご期待いただければ幸いです。
ではでは〜
<今回の強敵ファイル>
〈殲滅〉のフーケ
柳也を基準とした戦闘力
攻撃力 | 防御力 | 戦闘技術 | 機動力 | 知能 | 特殊能力 |
A | D | D | C | B | C |
主な攻撃:〈殲滅〉の力を使った神剣魔法
特殊能力:メイジとしての魔法。錬金など
土くれのフーケが第五位の永遠神剣〈殲滅〉と契約を交わした状態。ファイアボール、ファイアボルトといった多彩な神剣魔法を状況に合わせて巧みに操り、一度は柳也を敗北させた。
高位神剣ならではの圧倒的な火力を持ち、正面に展開するファイアシールドなど防御性能にも優れる。また、フーケがレビテーションの魔法を使うことによって、機動力も確保している。
最大の武器は百万度の熱量を秒速二キロで射撃するコロナインパルス。一発の発射に必要なマナが多く、燃費が悪いのが欠点だが、その威力は凄まじく、事実上ハルケギニアのメイジ達に対抗する手段はない。
今回の戦闘では昨晩の戦いによる疲れと、フーケ自身の戦闘技術の低さから勝利を収めたが、フーケが〈殲滅〉の扱いに習熟するだけの時間があれば、おそらくハルケギニア最強戦力の一角となっていただろう。
原作では:原作には登場せず