最初の出会いは最悪だった。

 自分の進退が掛かった使い魔召喚の儀式。

 閃光とともに現われた男は全裸姿で、目を合わせるなり自分を痴女呼ばわりしてくれた。

 翌日もさんざんだった。

 朝起きると自分の下着は全滅していて、昨日召喚した男の褌になっていた。

 その後は後で、わけの分からないポーズを取りながら学院のメイドに迫ったり、やることなすこと、もう滅茶苦茶だった。

 けれど、その後……

 その日の授業で魔法に失敗して、自分の異名……ゼロの由来を知った時、みんなが笑った由来を、彼だけは、笑わなかった。

「ほら、すでにるーちゃんは一つ、魔法を成功させている。ちゃんと出来ているじゃないか、魔法」

 変態のくせに。

 恥じらいなんてまるで感じず、全裸で草原を駆け回る変態のくせに。

 その時、かけてくれた言葉はどこまでも優しくて。

 その時、浮かべた微笑みは、途方もなく優しくて。

「ほら、何もないなんてこと、ないだろう?」

 続く言葉を紡いだ彼の顔は、この上なく、凛々しく思えた。

 思えて、しまった。

 それから、彼に振り回される毎日が始まった。

 桜坂柳也。異世界からやって来たと自称する、褌一丁の平民。

 彼の発言はとにかく滅茶苦茶で。

 彼の行動はとにかくハチャメチャで。

 巻き込まれる度に、途方もない疲労感が襲ってきた。

 けど、その疲労感は決して嫌なものではなかった。

 どこか楽しくて。

 どこか嬉しくて。

 どこか、優しかった。

 そんな彼はいま、ベッドの上で眠っていた。

 自分達を守るために身を投げ出した彼は、酷い火傷を負った状態で、医務室に担ぎ込まれた。

 すぐさま水系統のエキスパートが何人も治癒魔法をかけたが、傷は一向に回復しなかった。

 心臓は動いている。脈もある。だが、傷が治らない。意識も戻らない。ただただ、眠り続けている。

「…………」

 昏々と眠り続ける黒焦げの顔を眺めながら、ルイズは胸が苦しくなった。

 あの決闘騒動の時、気を失った才人が担ぎ込まれた時と、同じ種類の痛みだった。

 辛かった。

 柳也が目を開けてくれないことが。

 柳也が、笑ってくれないことが。

 柳也が、自分を「るーちゃん」と呼んでくれないことが。

 たまらなく、辛かった。

 椅子に座ったままの姿勢から、そっと伸ばした指先で、頬を撫でる。

 炭化した皮膚はどんなに優しく撫でても、ボロボロ、と崩れ落ち、その下の生々しい筋肉の繊維を外気に露出させる。

 男の頬骨は、頬の肉は、傷つき、疲れ果てていた。

「……るーちゃん」

 背後から、声がかけられた。

 振り向くと、そこには、ベッドの上で眠り続ける男と同じ世界からやって来た、と自称する、自分の使い魔がいた。

「学院長が呼んでる。すぐ、宝物庫に来てくれ、って」

「……わかった」

 ルイズは座っていた椅子から、ゆっくり、と腰を上げた。
 
 才人の方へと近づき、部屋を出る寸前、柳也の方を振り返った。

「早く起きなさいよ、馬鹿…… 」

 少女の言の葉は、小さく医務室の中に木霊した。

 物言わぬ男は、やはり何の反応も示さなかった。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:14「短肋骨挙筋を探して九十九里」





 一人の男が、決死の覚悟で身を投げ出した翌日。

 トリスティン魔法学院では、昨夜から蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。

 なんといっても、秘宝の“破壊の杖”が盗まれてしまったのだ。

 宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁に開いた大きな穴を茫然と眺めていた。

 その壁には、『破壊の杖、確かに領収いたしました』と、土くれのフーケの犯行声明が刻まれていた。

「……それで、犯行の現場を見ていたのは、君達かね?」

 明るくなってから一通り現場の検証を終えたオールド・オスマンは、緊張した面持ちでコルベール教員の背後に控えていた一団を見た。

 ルイズ、才人、タバサ、キュルケ、ギーシュ、そしてケティの六人だ。昨晩、土くれのフーケの犯行を直に目撃し、破壊の杖を持った彼女と干戈を交えた張本人達だ。しかしそこに、桜坂柳也の姿はなかった。

「ふむ……詳しく説明したまえ」

 事前の話し合いで代表に決まっていたルイズが進み出た。

「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗っていたメイジがこの宝物庫の中から何かを……その、破壊の杖だと思いますけど……盗み出したんです」

 柳也が壁に穴を開けたことは口にしない。これも、事前に六人で話し合った末に決めたことだった。

「それで?」

「その後、フーケは私の召使いの男を破壊の杖から出した炎で攻撃しました。その後は、私達に襲ってきて……」

 ルイズはそこで一旦言葉を区切ると身震いした。演技ではなく、本当の心の底からの震えだった。

 あの時の光景、あの破壊の杖の威力を思い出すと、恐怖が止まらない。

「その後、ギーシュや私の使い魔が戦っていたところに、学院長達がやって来たんです。あとは、学院長も知っての通りです」

「ふむ……」

 オスマン老人はたっぷりたくわえた髭を撫でた。

「あの後、フーケは速やかに飛行魔法でその場を立ち去ったのじゃったな。襲撃に使ったゴーレムも、フーケが離れた途端ただの土くれになってしまいおった。後を追おうにも、手がかりはなしというわけか……」

「オールド・オスマン」

 その時、宝物庫に慌てた様子のミス・ロングビルがやって来た。

 オスマン達は今更ながら、いままで学院長の有能な秘書の姿が見えなかったことに気が付いた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 興奮した様子で、コルベールがまくし立てた。

 走ってきたのか、ミス・ロングビルは胸の動悸を抑えながら言う。

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査?」

 オールド・オスマンが訊ねた。

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、コレが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル」

 オスマン老人が感心したように頷き、コルベールが慌てた調子でその先の言葉を促した。

「で、結果は?」

「はい。フーケの居所がわかりました」

「な、なんですと!」

 コルベールが、素っ頓狂な声を上げた。

 オスマン老人の双眸が、ギラリ、と鋭く輝いた。

「誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」

「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、廃屋はその隠れ家ではないかと」

「間違いありません! それはフーケです!」

 ルイズが反射的に叫んだ。

 その背後では、才人とギーシュが顔を見合わせている。二人は、フーケの居所が分かった事実に対する驚きよりも、別の何かについて驚いている様子だった。

 オスマン氏はそんな二人を一瞥してから、視線をミス・ロングビルに戻した。

「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか」

「すぐに王室に報告しましょう!」

 コルベールが叫んだ。

「王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

「ばかもの!」

 オスマンはかぶりを振ると、目を剥いて怒鳴った。齢八十を過ぎた老人とは思えぬほどに気迫凛然とした一喝だった。

「王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上……身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然、我らで解決する!」

 ミス・ロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのようだった。

 オスマン氏は咳払いを一つして、有志を募った。

「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 オスマン氏はそう言ってみなを見回した。

 しかし、誰も杖を上げなかった。困ったように、顔を見合わせるばかりだ。

 土くれのフーケの力は、みな噂で知っている。

 また、昨晩騒ぎの現場に駆けつけた教員達は、破壊の杖の威力を実際に見て知っている。ミス・ヴァリエールの召使いが壁役になってくれたからいまに繋がっているもの、あのままだったら、自分達は間違いなく死んでいた。

 あんな力と戦いたいとは、誰も思わなかった。

「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 オスマン氏はみなの士気を鼓舞するように言った。しかし、それは虚しい言葉だった。

 オスマン自身、三〇年前と昨晩とで、永遠神剣の持つ力は嫌というほど知っている。出来ることならば、誰からも犠牲を出したくはない。本音を言えば、誰も杖を掲げないでくれ、とさえ思っていた。誰も杖を掲げなければ捜索隊を出す必要もなく、王室衛士隊からも犠牲は出ない。

 しかし、オールド・オスマンの思惑は裏切られた。

 その時、杖を掲げる者がいた。

 それは教師ではなかった。

 ギーシュだった。

「ミスタ・グラモン!」

 土系統の魔法を担当するミセス・シュヴルーズが、驚いた声を上げた。

「何をしているのです! あばたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

「誰も掲げないではありませんか? それに、昨晩、あなた方の盾になった男は、僕の知り合いです」

 ギーシュは毅然とした態度で言い切った。

 するとその隣で、才人がデルフリンガーを鞘から抜き放ち、剣を掲げた。

「俺は杖を持ってないから、剣を掲げさせてもらいますよ」

「サイト! あんた、何やってるのよ!」

 ルイズが悲鳴を上げた。

 才人は平然と答えた。

「ギーシュと同じだよ。昨晩、俺達は柳也さんに守られた。あの人の仇を取ってやりたい」

「……私も」

 今度はタバサが杖を掲げた。

「私も、負けっぱなしは嫌」

「タバサが行くんじゃ、わたしも行くしかないわね」

 キュルケも杖を掲げた。

「タバサとは友達だもの。それに、火系統のメイジの私が、炎に泣かされたまんまじゃ、カッコつかないし」

「ああん! もう!」

 ルイズはヒステリックに声を荒げた。

 ギリシア神話に伝わるカッサンドラーのように髪を振り乱し、そして杖を掲げた。

「どいつもこいつも勝手なんだから! わたしも行くわよ! ツェルプストーには負けてらんないし、サイトはわたしの使い魔なんだから」

 それに、柳也は自分の召使いだ。

 召使いが受けた仕打ちは、雇い主の自分が返してやらねばなるまい。

「あの……私も……」

 ルイズが杖を掲げたのを見て、ついにはケティさえもが杖を掲げた。

 おずおず、とした口調だったが、紫水晶の瞳には決然とした輝きがあった。

 教師陣から次々と反対の声が上がった。

 オスマンも、生徒達の決意を賞賛しながらも、決断を渋った。行かせたくはない。行かせれば、この子達を確実に死地へと向かわせてしまう。

 しかし、賽は投げられてしまった。

 杖を掲げ、剣を掲げた少年達の決心は固く、梃子でも動きそうになかった。

 なにより、有志を募ったのは自分自身の言葉だった。

 オスマンは、震える声で言った。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」





 捜索隊の有志一同と、オスマン氏がサポート役として随伴を命じたミス・ロングビルの七人は、早速馬車に乗って魔法学院を出発した。

 馬車といっても、屋根なしの荷車のような馬車だ。襲われた時に、すぐに外に飛び出せるほうが良い、ということで、このような形態の馬車を選択した。

 御者はミス・ロングビルだ。

 荷車の後ろの方で、才人とギーシュは顔を突き出し、何やら話し合っていた。

 ルイズはその様子を、むっ、とした表情で眺めている。

 小声で話しているため詳しい内容は分からないが、何回か聞こえてくる「女」とか、「俺が」といった単語から察するに、ろくな話ではないだろう。

 まったく、これから敵地に赴くというのに、男ときたら……。

「ねえ……」

 ルイズは小さな溜め息をついて、隣に座る少女に声をかけた。

 栗色の髪をした下級生の少女は、「なんです?」と、愛想の良い笑みを浮かべて応じた。

「あんた、何で志願したのよ? あんたはこの中じゃいちばん戦う理由がないじゃない」

「ミス・るーちゃん、それは違いますわ」

 ケティは上品に微笑んで言った。

 たおやかな花を連想させる笑みだったが、紫水晶の瞳からは、真っ直ぐな芯の強さが感じられた。

「あのゴーレムが現れた時、情けないことに私は腰を抜かしてしまいました。そんなところを助けてくれたのが、ミス・るーちゃん、あなたの使い魔さんです」

 ケティは、いまだに話し合いを続ける才人とギーシュの方を見た。

「私は、あの人に命を救われたんです。今度は、私があなたを助ける番です」

「義理堅いのね、あんた」

「疑問があれば飛び込むことを躊躇うな。受けた恩には必ず報いろ。ロッタ家の家訓ですわ、ミス・るーちゃん」

 「るーちゃんって呼ばないでよ」と、ルイズは小さく言った。





 深い森の中の開けた場所に、目的の廃屋はあった。元は木こり小屋だったのか。小ぢんまりとした小屋の側には朽ち果てた炭焼き用らしい窯と、壁板のはがれた物置が併設されていた。

 七人はフーケが中にいると仮定した上で作戦を立てた。ギーシュが原案を提出し、タバサがそれを練った。

 まず、偵察兼囮役が小屋に近付き、中の様子を確認する。

 そして、中にフーケがいればこれを挑発し、外に誘き出す。 

 外に出ない限り、フーケの得意な土ゴーレムは召喚出来ない。小屋の中には、材料になる土がないからだ。

 また、破壊の杖は強力だが、強力すぎるゆえに屋内での戦闘は向かない。フーケはまず間違いなく、外に出てくるだろう。そこを、魔法で一気に攻撃する。ゴーレムも破壊の杖も使う暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈める作戦だ。

 偵察兼囮役は才人が務めた。

 ギーシュとの決闘で見せた敏捷さが、その選出理由だ。

 才人はデルフリンガーを正眼に構えながら小屋の側まで近付いた。

 窓から様子を覗うと、小屋の中は無人だった。罠かもしれない、と才人は考えたが、少し悩んで、皆を呼んだ。

 近くの茂みに隠れていた六人が、おそるおそる、近寄ってきた。

 タバサがドアに向けて杖を振った。罠の有無と、人間の気配の有無を確認した後、彼女はドアノブを開けた。

 やはり中は無人だった。





 一同は作戦を変更することにした。

 すなわち、小屋の中に潜んでフーケを待ち構え、油断したところを一網打尽にする作戦だった。

 念のため辺りを偵察に行ってきます、とミス・ロングビルは言った。

 それなら範囲を分担した方がよい、とギーシュが言い、才人も同意した。

 話し合いの末、ロングビルが北側を、才人とギーシュが南側を分担することになった。

 三人はそれぞれ森の中へと姿を消した。





 森の奥深くを目指して歩き続けていたミス・ロングビルは、不意に立ち止まると、その場にしゃがんで地面を撫でた。

 薄い冷笑。

 この土なら、良いゴーレムを作れそうだ。

 妖艶に微笑んだロングビルは、懐から指揮棒のような杖を取り出すと、ルーンを唱えようとした。

 しかし、その詠唱は妨げられた。

 背後に、斬撃の緊迫。

 咄嗟に前へと跳び、襲撃を避ける。

「ちっ、はずしたか!」

 振り返ると、そこにはミス・ヴァリエールの使い魔の少年が、ぼろぼろの剣を正眼に立っていた。

 「なぜ?」と、問いただす間もなく、続く新たな襲撃者の攻撃。

 木々の群れが作り出した死角から次々と飛び出した青銅のゴーレム達が、ロングビルに向かって殺到した。

 ロングビルは咄嗟に新たなルーンを唱え、地面に向かって杖を振った。

 地面の土が盛り上がり、瞬く間に土手を作って、ワルキューレらの攻撃を阻む。

 だが、いかんせん数が多い。

 二体が土くれの壁を突破して、青銅の剣を振りかざした。

 ロングビルは軽やかな身のこなしで後ろに跳んだ。

 戦乙女らの斬撃が空振りに終わる。

 その直後、左側方からさらなる襲撃者の気配を感じた。

 薔薇の剣を八双に構えたギーシュが、ロングビルめがけて袈裟斬りを放った。

 ロングビルは自分に向けてルーンを唱えた。

 レビテーション。

 浮遊の魔法で一気に上空へと舞い上がり、二人の少年から距離を取る。

 一瞬の間に起こった攻防を抜け出し、ミス・ロングビルは肩で息をしながら、地上を見下ろした。

「ミスタ・グラモン、それにミス・ヴァリエールの使い魔さん? どうして……」

「しらばっくれるな、土くれのフーケ」

 才人は乱暴な口調で言い放った。

 上空のミス・ロングビルを睨み上げる。

「ばれてないとでも思っていたかよ? 柳也さんがお前に近付いた時、俺や、ギーシュのワルキューレも、お前に接近していたんだぜ?」

「ワルキューレの視界は、僕の視界だ」

 ギーシュが言った。

 七体のワルキューレを背後に控えさせ、自身も剣を手にしている。

「黒づくめの男が森の中の廃屋に入っていった、か……面白い冗談だ。僕と、サイトが見た土くれのフーケは、とびきりの美人だったというのに」

「お前の顔を間近で見ていないるーちゃん達は騙せても、俺達は騙せないぜ?」

「……なるほど。荷馬車でやけに一生懸命を話をしているかと思ったら、私を倒すための作戦を練っていたわけかい」

 ミス・ロングビルは表情に険を帯びて言った。

 眼鏡の奥に見える優しそうな目は釣り上がり、地上の二人を見る眼差しは、獲物を細くした猛禽のように鋭くなった。

 その眼光に威圧されながらも、才人とギーシュは剣を構え、腹に力を篭めて言い放った。

「そうだ! お前が一人になるのを待っていた」

「狡猾なお前のことだ。僕達を一度油断させてから襲撃することは分かっていたからね。あなたの誘いにも乗ったわけさ。……さあ、フーケ!」

 ギーシュの背後でワルキューレ達が一斉に身構えた。

「降参したまえ。いくら凄腕のメイジでも、この物量差には敵わないだろう?」

「破壊の杖を持ってこなかったのは不味かったな。柳也さんの仇、取らせてもらうぜ!」

 才人とギーシュが好戦的に言い放った直後、ミス・ロングビルは笑った。

 いつものような薄い微笑ではなく。

 高らかな哄笑だった。

「おめでたい頭だねぇ。あんた達、私が破壊の杖を携帯していないとでも思ったのかい?」

 ロングビルは……いや、土くれのフーケは、相手を小馬鹿にしたような態度で言い放つと、そっ、と眼鏡を取った。

 空中に放り投げる。

 と同時に、ルーンを唱え、杖を振った。

 次の瞬間、銀のフレームで出来た眼鏡が閃光を放った。

 才人とギーシュが思わず目を閉じる。

 やがて閃光が止み、二人は目を開けて愕然とした。

 フーケの手に、青い結晶体が特徴的な、樫の杖が握られていた。

「形態変化の魔法か……」

 ギーシュが、苦々しげに歯噛みした。

 形態変化の魔法は、文字通り、対象の形態を変える魔法だ。錬金の魔法と似ているが、少し違う。錬金の魔法は物体の性質そのものを変えてしまうが、形態変化の魔法は、物体の本質はそのままで、見た目だけが変わる。どちらかといえば、幻影の魔法に近い。

 フーケは、破壊の杖を眼鏡に変えて、常に持ち歩いていたのだ。

 形態変化の魔法を計算に入れていなかったのは、少年達の誤算だった。

「この物量差には勝てない。そう、言ったねえ?」

 フーケは、妖艶に微笑んだ。

「本当にそうか、試してやろうじゃないか!」

 言い放つと同時に、杖を掲げる。

 青い結晶体から、炎の弾丸が飛び出した。





 ミスタ・クラウスはトリスティン学院に勤務する水系統のメイジだった。クラスはトライアングルで、得意な魔法は水の特性を活かした治癒の魔法だ。

 彼は医務室のベッドの上で昏々と眠る男の看病を続けていた。平民の男だったが、昨晩、彼はオールド・オスマンを含む多数のメイジの命を救うはたらきをしたという。学院長からの厳命で、手厚く看護せよ、と彼は言われていた。

 ミスタ・クラウスはベッドの男に向けて険しい視線を送っていた。

 医務室の棚にはいくつもの魔法の秘薬の入った瓶が並べられていたが、その半数が空になっていた。すべて、柳也に使ったのだ。これだけの魔法の秘薬に加えて、水系統のエキスパートたる自分の治癒魔法を使っても一向に回復しない傷。はたして、この青年は快方に向かうのだろうか。オスマン氏の厳命の手前、看病に手を抜くことは許されないが、助かる見込みのない患者を渡されても、こちらが辛いだけだが。

 クラウス教員がそう思った時、医務室のドアが開いた。

 やって来たのは、オールド・オスマンだった。

「ミスタ・クラウス、彼の容態はどうだね?」

「オールド・オスマン。それが一向に良い方へいきません」

「ふむ。そうじゃろうな……」

 クラウスが答える、オールド・オスマンは小さな声で何かを呟いた。

 「は?」と、クラウスが訊き返すと、学院長は「何でもない」と、かぶりを振った。

「それよりミスタ・クラウス、長い治療で疲れておるじゃろう? しばらく休憩したまえ」

「ですが、患者の治療が……」

「これは学院長命令じゃ」

 オスマン老人は、きっぱり、と言い切った。

「後の治療と看護は、私がしよう」

「オールド・オスマンがですか?」

 ミスタ・クラウスは素っ頓狂な声をあげた。

 オールド・オスマンはたしか土系統のメイジのはず。彼ほどの魔法使いともなれば治癒魔法の一つや二つ使えてもおかしくはないが、はたして、それはこの青年に対して効果のあるものなのか。

 ミスタ・クラウスは小首を傾げたが、それ以上、学院長を問いただす気にもなれず、医務室を後にした。





「さて……」

 医務室に柳也と二人だけになったオールド・オスマンは、ベッドの側の椅子に腰かけて、昏々と眠り続ける男の顔を見た。

「まずは、礼を言わせてくれ。私達を……そしてこの学園の生徒を守ってくれて、ありがとう」

 オスマン氏は、物言わぬ柳也に向かって深々と頭を垂れた。

 他の教員達には、絶対に見せられない姿だった。

 平民に過ぎない柳也に、メイジの自分が、それもこの学院の最高権力者たる自分が、頭を下げるなど。

 しかし、頭を垂れて礼を述べるオスマンに、躊躇いはなかった。

 彼は真実、異世界からやって来たこの男に、感謝していた。

 自分達を。なにより、生徒らを守ってくれて、ありがとう、と。

「もっとも、いまのお前さんには、私の言葉などは聞こえぬのであろうがな」

 オスマン老人は莞爾と微笑むと、懐からある物を取り出した。

 杖ではない。

 それは、刃渡りが七、八センチほどの小さなナイフだった。

 オスマンはナイフを握ったまま、無言の柳也に語り続ける。

「……三〇年前、私を救ってくれた彼は、私に様々なことを教えてくれた。永遠神剣のこと。そしてマナのこと。聞くところによれば、お前さんたち神剣士の肉体は、マナによって構成されているようじゃのう。マナを取り込むことによって神剣士の肉体はより強く、また傷ついた神剣士の肉体は回復すると聞いた。つまり、お前さんたち神剣士の傷を癒すには、水の治癒魔法をかけるよりも、直接マナを注ぎ込んだ方が効果的というわけじゃ」

 普段、神剣士達は、周囲の大気や食物などからマナを取り込むことで、自らの肉体を維持している。

 自然に出来た傷なども、同様にマナを取り込むことで修復している。

 そのマナを取り込む機能が弱っているからこそ、いまの柳也は、自ら傷を癒すことが出来ない。

 周囲の大気からマナを取り込むことさえ困難だから、いつまで経っても快方に向かわない。

 二発のコロナインパルスは、彼にそれほどのダメージを与えていた。

 オールド・オスマンは続けた。

 ナイフを右手に握り、袖を引っ張って左手の手首を外気に露出させる。老人の、細い手首だった。

「マナとは、原始生命力。この世界に存在する、ありとあらゆる物が持つ、生命の輝き。いまのお前さんは、その生命力が著しく損なわれている状態じゃ。そこに、この私の、生命力を直接注ぎ込めば……」

 オスマン老人は、ナイフの刃を自らの手首に当てた。

 躊躇いなく、引き切る。

 すぅっ、と刃が老人の薄い皮を裂いた。

 血が、滲み出す。

 オスマンはナイフを置くと、柳也の口を無理矢理こじ開けた。そこに、リストカットした左手を宛がった。

「同志リュウヤよ、このおいぼれの命、お前さんにくれてやる。……だから、頼む」

 オスマン老人は、懇願した。

 物言わぬ男に向けて、必死に言葉を紡いだ。

「私の生徒達を……私の、子ども達を……助けてくれ」

 オスマン老人の声が、小さく医務室に木霊した。

 物言わぬ男の、指先が、ピクリ、と動いた。




<あとがき>

 ……あれ、一巻の頃のルイズって、こんなに乙女させて大丈夫なキャラだっけ? ……あれぇ?

 読者の皆様、どうもおはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 ゼロ魔刃、EPISODE:14、お読みいただきありがとうございました。

 今回は珍しく主人公不在の話です。

 身贔屓ではなく、褌の男と愉快な仲間達(ルイズ「だから一括りにするなー!」)の中では、柳也は最強の戦力です。今回のEPISODE:14と、次回のEPISODE:15では、そんな柳也不在の状況で、才人達がどう動いていくか、などを見ていただければなぁ、と思っております。

 さて次回はVSフーケの第二ラウンドです。

 原作のようにロケットランチャーもなく、柳也も欠いた状態で、ルイズ達がどう戦うのか。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜








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