<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態のせいで空気がぶち壊しになった。以上。

 

 

 内容がよく分かったところで本編へどうぞ。

るーちゃん「だ・か・ら、分かるかぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

才人「よりもよって何でそこを説明するんだ!?」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺はいやんばかんうっふぅぅぅぅんな展開の中でドイッチュランドの貴公子と一騎打ちをすればいいんだな!」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」

 

 

 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。

 

 

 メイドのシエスタから才人が大変なことになっている、と聞かされた柳也は、慌てて食堂へと駆け込んだ。

 足を運んでみると、現場では才人と金髪碧眼の少年が、なにやら口論を展開していた。始めは感情を載せた言葉の応酬を繰り広げていたが、そのうち、金髪の少年の口から無視出来ない剣呑な単語が飛び出した。

「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ。決闘だ!」

「おもしれぇ」

 立ち上がったギーシュに、才人は歯を剥いた。

 なるほど、口論の内容から察するに、非はあの金髪の少年の方にあるらしい。しかし金髪の少年は自分の非を認められず、貴族としての矜持も手伝って、才人を八つ当たりすることで己の名誉を守り、鬱憤を晴らすことにしたらしい。才人からしたら、迷惑な話だろう。

 ――とはいえ、いきなり喧嘩腰で応対した才人君にも、問題はあるか。

 タイミングが悪かったという他はあるまい。才人はルイズのことでかなり鬱憤を溜め込んでいた。そこに、今回は金髪の少年のキザったらしい態度が刺激となった。不快な情動を発散するために攻撃という手段を選択したのは、才人にとっても、少年にとっても不幸だった。

 このままでは最悪の事態になりかねない。そう考えた柳也は、二人へ一歩近付いた。

 こうした剣呑な空気を、暴力を伴わぬ一喝を以って破るのは容易なことではない。ここはむしろ、まったく別な方向の話題を提示して、相手の気を逸らすべきではないか。

 柳也は意を決するや、腹の底から吼えた。まさに、獅子吼と呼ぶに相応しい咆哮だった。

「血糖だと!? 才人君、ギーシュ君! 悪いことは言わない。二人とも早く病院へ行くんだ」

「君が行きたまえ。君が! そして頭を見てもらえ!」

 柳也の言葉に、ギーシュが怒鳴った。褌男の会心の一喝は、むしろ少年達の神経を逆撫でするだけに終わってしまった。なお、なにゆえ彼がいまだに褌一丁なのかは永遠の謎に包まれている。

 かくして、柳也の尽力もむなしく、二人の戦いの舞台はとんとん拍子に整っていった。

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE05:「この三角筋の美しいラインに見惚れろ!」

 

 

 

 二人の人間が同一の条件下で向かい合い、互いに死力を尽くして戦い合う。決闘の文化は、六世紀にはゲルマン民族の間ですでに風習化し、軍人達の間で揉め事を解決するための手段として一般化していたとされる。決闘による軍人同士の死亡事故があまりにも多いことから、一八四三年にはプロイセンで決闘を避けるための名誉裁判が制度化したが、現代のアメリカ軍においても、決闘はソルジャー・ファイトという文化として残っている。これは階級の上下に関係なく、戦いを挑まれた者は一人の男として相手と殴り合わなければならない、というものだ。

 ドット・メイジのギーシェが決闘の場として指定したヴェストリ広場は、魔法学院の敷地内、“風”と“火”の塔の間にある、中庭のことを指していた。西側に位置しているため、広場には日中でも陽の光があまり差さない。平時、人気の少ない場所柄から、決闘にはまさにうってつけの場所だといえた。

 しかし、普段、人気のない広場には、噂を聞きつけた生徒達の喧騒で溢れかえっていた。

 金髪のギーシェ少年が薔薇の造花を掲げつつ、芝居がかった仕草で、「諸君! 決闘だ!」と、言い放つと、広場の其処彼処から歓声が上がった。そのほとんどは、野太い男達のものだ。やはりいつの時代、どこの世界においても、男にとって戦いほど、人間の動物としての本能を刺激する行為はないらしい。

「まぁ、気持ちは分かるがな」

 即席の観覧席に集ったギャラリーの顔、顔、顔。声、声、声。それらを目にし、耳にした柳也は、思わず呟いていた。

 男にとって決闘は最高の見世物だ。少年達の血湧き肉躍る心が、柳也には我がことのように理解出来た。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

「俺にだって名前があるんだよ……」

 観衆達の無責任な声を耳にした才人は、憮然として呟いた。

 ギーシュは優雅に腕を振って、歓声に応えている。

 柳也は才人の肩を、優しく叩いた。

「まぁ、気にするな。この世界では、平民なんぞ、貴族からしてみれば路傍の石ころ同然なんだろう。君の名前は、これから、この戦いで覚えてもらえばいいさ」

「それもそうですね」

 歓声を上げる貴族達。歓声に応えるギーシェ。それらを、どこか他人事のように眺めながら、二人はそんな会話を交わしていた。

 と、そこに、観覧席から、我らが主、るーちゃんが、ひょっこり、顔を出した。

「……っていうか、あんた達はなにしてんのよ!?」

「あっ、るーちゃん」

「るーちゃん、って言うな! ……みんなから聞いたわよ? なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!」

「あいつの態度があんまりにもムカついたんだよ!」

 売り言葉に買い言葉。語気強く叱責するかのようなルイズの言葉に、才人も強い語調で答えた。

 ルイズは溜め息をついて、肩をすくめる。

「謝っちゃいなさいよ」

「なんで?」

「怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」

「ふざんけんな! なんで俺が謝んなくちゃならないんだよ! 先に馬鹿にしてきたのは向こうの方だ」

「いいから」

 ルイズは先ほどよりも強い調子で才人を見つめた。ついで、縋るような視線で柳也を見る。

「あんたからも言ってやって。メイジは平民に絶対に勝てないの! 絶対に勝てないし、怪我するわ。いいえ、怪我で済んだら運がいい方よ!」

「……残念だが、今回ばかりは、ご主人様の言う事を聞いてやるわけにはいかないな」

 しかし、柳也はかぶりを振った。

「男っていう生き物は、馬鹿な動物でね。一度引けぬと悟ったら、あとは突き進むことしか出来ないのさ」

 柳也自身、何度も経験してきたことだ。

 現代世界でメダリオと遭遇した時。有限世界でオディール・緑スピリット率いる二個大隊と遭遇した時。勝ち目はないと分かっていながらも、自分は決して引かなかった。いや、引けなかった。引こうという気が起こらなかった。

 柳也は年下のご主人様を、訴えかけるように真摯な眼差しで見下ろした。両肩に手を置き、諭すように呟く。ルイズは震えながら、「ばか」と、小さく呟いた。

「作戦会議は終わったかい?」

 ギーシュが才人の方を向いた。相変わらずきざったらしい態度だった。

 才人とギーシュは、広場の中央に立った。

 互いに睨み合う。

「とりあえず、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」

 ギーシュは薔薇の造花を弄りながら、歌うように言った。あるいは、本当に詩人なのかもしれない。

「誰が逃げるか」

 対する才人は、憤懣とした眼差しをギーシュに叩きつけた。精悍な面魂だった。

「さてと。では、始めるか」

 ギーシュが言った。

 言うが早いか、才人は駆け出した。喧嘩は先手必勝だ。最初に戦いの流れを掌握した方が勝つ。

 ギーシュまでの距離はおよそ十歩。メイジだか貴族だか知らないが、あの高慢ちきな鼻っ柱を折ってやる、と才人は意気込んだ。

 ギーシュは、そんな才人を余裕の笑みで見つめた。迎え撃つでも、回避する風でもなく、悠然とその場に立っている。ただ一挙動、薔薇の花を振るった。

 花びらが一枚、宙を舞う。

 そうかと思った次の瞬間、花弁は、甲冑を着た女戦士の形をした、人形になった。

 才人が、柳也が、思わず目を剥く。

 身長は人間と同じくらいだが、硬い金属製のようだ。淡い陽光を受けて、薄い青緑色の甲冑が鈍くきらめく。兜の両サイドに着いた羽飾りは、近世前期の騎士を偲ばせた。

 甲冑の女戦士は才人の行く手を塞ぐように立ちはだかった。

 必然、才人の歩みが止まる。

「な、なんだこりゃ!?」

「ゴーレムさ」

 才人に疑問に、ギーシェが答えた。

「僕はメイジだ。だから、魔法で戦う。よもや、文句はあるまいね?」

「て、てめぇ……」

「言い忘れたな。僕の二つ名は〈青銅〉。青銅のギーシェだ。従って、青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手するよ」

「えっ?」

 女戦士の形をしたゴーレムが、才人に向かって突進してきた。

 かと思った次の瞬間、金属の右拳が、才人の腹にめり込んだ。お手本のような、右ストレートだった。

「げふっ!」

 才人はうめいて、地面に転がった。無理もない。青銅製の拳が、腹に炸裂したのだ。しかも、勢いのあるストレートだった。

 ゴーレムは悠然と才人を見下ろした。

 すぐさま立ち上がろうとする才人だったが、しかし、苦しくてそれが出来ない。プロボクサーの拳を、腹に受けたらこんな感じになるのではないか、と思った。

「なんだよ。もう終わりかい?」

 ギーシェが呆れた声で言った。貴族にはむかうくらいだから、もっと楽しめるかと思っていたが、これでは期待はずれもよいところだ。

「なんなら、君も一緒に戦ったらどうだい?」

 ギーシェは柳也を見た。

 柳也はかぶりを振って少年に言う。

「これは決闘だろう? 男と、男が、一対一で、己の死力を賭して戦っているんだ。加勢するなんて無粋な真似はしないさ。……それに、まだ、才人君は終わっちゃいないぞ?」

「へ、へへへ……当たり前ですよ、柳也さん」

 柳也の言う通りだった。

 乾いた笑いをこぼしながら、がくがく、と膝を震わせながら、才人はなんとか立ち上がった。

 観衆の中から、「サイト!」と、ルイズの悲鳴が轟く。

 サイトは一瞬、そちらに視線をやった。軽く微笑む。

「へへへ。お前、やっと俺を名前で呼んだな」

「おやおや、立ち上がるとは思わなかったな……。手加減が過ぎたかな?」

 ギーシェはサイトを挑発した。

 サイトは、ゆっくり、とした足取りで、ギーシェに向かって歩き出した。観衆の中から飛び出したルイズが、その後を追いかける。肩を掴んだ。

「寝てなさいよ! バカ! これで分かったでしょ? 平民は、絶対にメイジに勝てないの! なのに、どうして立つのよ!」

「はぁ? んな、当たり前のこと、聞くなよ、るーちゃん」

 才人は肩に乗せられた手を振り払った。

「んなもん、ムカつくからに決まってるだろ?」

「ムカつく? メイジに負けたって恥でもなんでもないのよ?!」

 鳶色の瞳が、才人の無謀な行為を糾弾する。

 たしかに、この世界ではメイジの実力は絶対的なものがあるだろう。たったいま、身をもって実感した。平民は絶対に、メイジには勝てない。認めてやる。しかし……

 才人はよろよろと歩きながら呟いた。

「うるせぇ」

「え?」

 何を言われているのか分からず、ルイズが茫然と呟く。

「いい加減、ムカつくんだよね……。メイジだか貴族だか知んねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。アホが。自由民主主義、舐めんじゃねぇよ」

 才人は眼前のギーシュを見つめた。

 ギーシュは薄く笑みを浮かべながら、圧倒的な実力差も弁えずに向かってくる才人を見つめている。

「やるだけ無駄だと思うがね」

「全然効いてねぇよ。お前の銅像、弱すぎ」

 才人は持ち前の負けん気を発揮して、唸った。

 ギーシュの顔から、笑みが消える。代わりに表情に現出した感情は、怒り、だ。

 ゴーレムの右手が飛んだ。

 顔面に炸裂。

 頬への直撃で、才人は吹っ飛んだ。

 鼻骨が折れた。鼻血が、バッ、と噴出する。

 才人は鼻を押さえた。茫然と、考える。

 ――参ったな……。

 これが、メイジの力か。多少の喧嘩はしたことがあるが、今回のは流石にやばい。こんなパンチ、受けたことも、自ら放ったこともない。

   けど、倒れられない。負けてたまるか。

 才人はよろよろと立ち上がった。

 ワルキューレは、そんな才人を容赦なく殴った。

 立ち上がる。

 殴られる。

 地面に倒れる。

 立ち上がる。

 殴られる。

 地面に倒れる。

 際限なく、繰り返された。

 八発目のパンチは、才人の右腕に当たった。鈍い音。

 左目はとっくにふさがって見えなかった。だから、右目で、腕を確かめた。ははは。可笑しな話だ。人間の腕って、あんな方向へ曲がるものなのか。

 痛みは、現状を認識して、初めて知覚した。しかし、悲鳴は、ぐっ、と堪えた。

 ゴーレムの足が、痛みを我慢する才人の顔面を踏みつけた。

 頭を地面に強く打ちつけ、才人は一瞬気を失った。

 目を開けると、青空をバックに、ルイズの顔が見えた。

「お願い。もうやめて」

 見れば、ルイズの鳶色の瞳は潤んでいた。

 泣いてくれているのか。こんな聞き分けのない使い魔のために? 平民のために?

 才人は、声を出そうといた。しかし、殴られた胸が痛くて、声が出ない。それでも、声を振り絞った。

「……泣いているのか? お前」

「泣いていないわよ! ……誰が泣くもんですか。もういいじゃない。あんたはよくやったわ。こんな平民、見たことないわよ」

 折れた腕が、じりじり、と痛んだ。

 才人は唇を歪ませた。

「いてえ」

「痛いに決まってるじゃないの。当たり前じゃないの。何、考えてるのよ?」

 ルイズの目から、涙がこぼれた。才人の頬に、まだ熱い雫が落ちた。

「あんたはわたしの使い魔なんだから。これ以上、勝手な真似は許さないからね」

 そんな二人に、ギーシュの声が飛んだ。

「終わりかい?」

「……ちょっと待ってろ。休憩だ」

「サイト!」

 ギーシュは微笑んだ。そして、薔薇の花を振った。一枚の花びらが、一本の剣に変わった。錬金の魔法だ。

 ギーシュは自ら作り出した剣を掴むと、才人に向かって投げた。刃渡り八〇センチほどの片手半剣が、仰向けに横たわる才人の隣に突き刺さった。

「君。これ以上続ける気があるのなら、その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言、こう言いたまえ。ごめんなさい、とな。それで、手打ちにしようじゃないか」

「ふざけないで!」

 ルイズが立ち上がって、怒鳴った。しかし、ギーシュは気にした風もなく、続けた。

「わかるか? 剣だ。つまり、武器だ。平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。まだ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」

 才人はその剣に、そろそろ、と右手を伸ばした。折れているから、指先に上手く力が入らない。

「だめ!」

 才人の右手が、ルイズによって止められた。

「絶対に駄目なんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」

「……俺は元の世界にゃ、帰れねぇ。ここで暮らすしか、ないんだろ?」

 才人は独り言を呟くように言った。その目は、ルイズを見ていない。ルイズは、才人が何故いま、そんなことを口にするのか、まったく理解出来なかった。

「そうよ。それがどうしたの! いまは関係ないじゃない!」

 ルイズが、ぐっ、と、才人の右手を握り締める。才人は力強い声で、言い放った。

「使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯は不味くたっていい。下着だって、洗ってやる。生きるためだ。しょうがねぇ。でも……」

 才人はそこで、言葉を切った。左の拳を、握り締める。

「でも、何よ……?」

「下げたくない頭は、下げられねぇ!」

 才人は最後の気力を振り絞った。立ち上がる。ルイズを跳ね除け、地面に突き刺さった剣を抜いた。

 その時だった。

 才人の左手に刻まれたルーン文字が、光り出した。

 

 

 ミスタ・コルベールは口角泡を飛ばして、オスマン老師に説明していた。

 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出してしまったこと。

 ルイズがその少年と契約した際に、現われたルーン文字が気になったこと。

 それを調べていたら、始祖ブリミルの使い魔……ガンダールヴに行き着いたこと。

「ふぅむ……」

 オスマン長老は、コルベールが描いた才人の左手のルーン文字のスケッチを見つめながら唸った。

「あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔“ガンダールヴ”に刻まれていたものとまったく同じであります!」

「……で、君の結論は?」

「あの少年は、“ガンダールヴ”です! これが大事じゃなくて、なんなんですか!? オールド・オスマン!」

 コルベールは、禿げ上がった頭を、ハンカチで拭きながらまくし立てた。

「ふむ……。確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じということは、ただの平民だったその少年は、“ガンダールヴ”になった、ということになるんじゃろうなぁ」

 オスマン老人が呟いたその時、ドアがノックされた。

 「誰じゃ?」と、問いかけると、ドアの向こう側から、ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ? 何ぞ起こったか?」

「はい。ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようで、大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」

「まったく、暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい」

 報告を聞いたオスマン老人は深々と溜め息をついた。

「で、誰が暴れておるんじゃね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

 その名前を耳にした途端、オスマン老人の頭の中に、金髪碧眼の少年が薔薇を一輪、口に咥えている姿が思い浮かんだ。

「あの、グラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。大方、女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」

「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」

 オスマン老人とコルベールは思わず顔を見合わせた。

 室内の様子を知らないロングビルの報告が続く。

「教師たちは、決闘を止めるために“眠りの鐘”の使用許可を求めています」

 オスマン長老の目が、鷹のように鋭く光った。

「アホか。たかが子どもの喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「わかりました」

 ドアの向こう側で、ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。

 コルベールは唾を飲み込んで、オスマン氏を促した。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 オスマン氏は、杖を振るった。遠見の魔法だ。この場から移動せずにして、遠くの様子を見聞きすることが出来る便利な魔法だった。

 壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。

 

 

 驚きの連続だった。

 剣を握った瞬間、才人の身体から、まるで痛みが消えてしまった。

 そればかりか、かつてない活力を五体に感じる。身も、心も、ズタボロの現状、この力はどこから湧きあがるのだろう、と考えた才人は、左手のルーンが光っていることに気が付いた。

 身体が、羽根のように軽い。まるで、飛べそうだ。加えて、左手に握った剣が、自分の身体の延長のように、しっくり、と馴染んでいる。不思議だった。いままで、剣なんて握ったこともないのに。

 自分の身に起きた変化に戸惑う才人に、ギーシュは冷たく微笑んだ。

「まずは、誉めよう。ここまでメイジに楯突く平民がいることに、素直に感激しよう」

 ギーシュは手に持った薔薇を振るった。どうやら、あの造花の薔薇が、彼の魔法の杖らしい。

 ――どこまでも、キザな奴だ。

 そんなことを考える余裕があるのに、才人はまた驚いた。

 こんなに身体がボロボロなのに、自分はいったい、どうしたのか。

 ギーシュのゴーレムが襲ってきた。青銅の塊。戦乙女ワルキューレが、ゆっくり、とした動きで、才人に向かってくる。

 ――なんだよ。

 才人の胸の内に、ふつふつ、と怒りが滾った。

 ゴーレムに対する怒りでも、ギーシュに対する怒りでもなかった。あんなトロ臭いやつに、いままでいいようにあしらわれていたのか、という、自分自身への怒りだった。

 才人は、地面を蹴った。

 

 

 その斬撃の軌跡を、正確に見取ることが出来たのは、広場に集まった群衆の中にあって僅かに一人、柳也だけだった。

 ――……なんだ?

 柳也は獲物を前にした猛禽のように鋭い眼差しを才人に向けた。正確には、剣を握った、才人の一挙一動に。

 ――動きが、変わった……?

 ゴーレムの放つ鉄拳を、最小限の体裁きで右にいなした才人の手から、一条の閃光が迸る。かと思った刹那には、逆袈裟に振り抜いた斬撃が、ゴーレムの右腕を肩から、ばっさり、切り落とした。才人の握っている武器は、切断力に優れる刀ではなく、破壊力に優れる剣だ。よほど熟練した者が好条件に恵まれない限り、金属の鎧を切断することは難しい。その、玄人でさえ難しい芸当を、才人はやって見せた。

 ――全体的に運動機能がアップしている。身体が発している熱量も、先ほどまでとは明らかに違う。それだけじゃない。剣を握る手の内、敵の攻撃を避けた足裁き、逆袈裟への一刀……すべてが最短・最適・正確無比な動作で放たれている。

 素人のラッキー・パンチにしては、すべてが上手くいきすぎていた。

 自分のゴーレムが、粘土のように才人に切り裂かれるのを見て、ギーシュが声にならない呻き声を上げた。

 ぐしゃっ、と音を立て、ワルキューレが地面に倒れる。

 同時に、才人はギーシュ目掛けて旋風のように突っ込んだ。アセリアやヘリオンほどの瞬発力はない。しかし、同世代のスプリンターを格段に上回っている。

 ギーシュは慌てて薔薇を振った。花びらが舞い、新たなゴーレムが一、二、三……六体現われる。

 全部で七体のゴーレムが、ギーシュの武器だ。一体しか使わなかったのは、それには及ばないと過信していたためだ。

 ゴーレムが、才人を取り囲んだ。一斉に、躍りかかった。

 一気に揉み潰そうとする。

 しかし、次の瞬間、五体のゴーレムが、バラバラに切り裂かれた。振るう剣の軌跡は、神剣未発動時の自分を超え、柊園長に匹敵しているかもしれなかった。

 ギーシュは咄嗟に残りの一体を、自らの盾として置いた。

 終わった、と柳也は確信した。

 次の瞬間、盾のゴーレムは難なく切り裂かれた。当然の帰結だった。ワルキューレの青銅の装甲が才人の攻撃に対して役に立たないのは初太刀の時点で判明している。この場合、ギーシュは少しでも勝利の可能性に賭けて、ワルキューレを攻撃手段として使うべきだった。付け加えるならば、自らも攻撃に加わるべきだった。

 「ひっ!」

 ギーシュは、顔面に蹴りを食らって吹っ飛んだ。地面に転がる。

 才人が、ギーシュ目掛けて跳躍する。

 ギーシュは、目をつぶって頭を抱えた。

 サクッ、と、抵抗を感じさせない静かな音がした。

 おそるおそる、ギーシュが目を開ける。

 才人は、剣をギーシュの右横の地面に突き立てていた。

「続けるか?」

 才人は、呟くように言った。

 ギーシュは首を振る。完全に、戦意を喪失していた。

 震える声で、ギーシュは言った。

「ま、参った」

 

 

 ギーシュの口から敗北宣言が漏れた途端、周囲から歓声が上がった。

 「あの平民、やるじゃないか!」とか。「ギーシュが負けたぞ!」とか。

 才人は浅い呼吸を繰り返しながら、それら歓声の数々を他人事のように聞いていた。

 ――……俺、勝ったのか?

 才人は茫然と立ち尽くしていた。

 自分で自分のやったことが、信じられなかった。

 自分はいったいどうしたのだろう。途中までは、ボロボロにやられていた。それが、剣を握った瞬間、身体が羽にでもなったように感じた。気が付いたら、ギーシュのゴーレムをすべて切り裂いていた。

 ――俺って、剣なんか使えたっけ?

 使えるわけがない。自分に武道の経験はないし、せいぜい体育の授業で数時間、竹刀を握ったのが数少ない経験だ。そんな自分が、どうして?

 考えれば考えるほど、わけがわからない。それに、いまは考える力が湧き出てこない。血を、流しすぎたみたいだ。

 茫然とする才人は、勝利の実感をいまいち味わえずにいた。そしてそれゆえに、反応が遅れてしまった。 

 自分を狙う、青銅色の突風を、知覚するのが遅れてしまった。

 

 

 ギーシュのゴーレム……ワルキューレは、現代世界でいうところの人工知能に似た概念を搭載している。つまり、いちいちギーシュが命令を下さずとも、ワルキューレ達は、マスターを守るために、半自動的に自立行動が可能、ということだ。ワルキューレは本来、詠唱中で無防備のメイジを守るための武器である。今回はギーシュが、その使い道を間違えたのだった。

 才人が最初に斬ったワルキューレは、その機能を完全に停止させたわけではなかった。切断されたのは右腕のみで、左腕はまだ残っていた。

 地面に倒れ伏したワルキューレは、素早く周囲を見回して状況把握に努めた。

 最初に決められたプログラムに従って、守るべきマスターと、倒すべき敵の位置を確認する。

 敵は、マスターに剣を突き立てて、脅迫していた。

 ゴーレムたるワルキューレに疲労はない。

 青銅の女戦士は素早く立ち上がると、背後から才人に迫った。

 

 

 ワルキューレの接近を最初に察知したのは、敗北宣言をしたギーシュだった。

 彼は才人の背後から迫るワルキューレの姿を認めるや、慌てて叫んだ。

「や、やめろ、ワルキューレ! 戦いは終わったんだ。僕を卑怯者にするつもりか?!」

 ギーシュの命令は、僅かに一瞬、遅かった。

 マスターの命令を受けたワルキューレが、それに応じた魔力信号を全身の運動機能に伝達させるまでには、若干のタイムラグがある。

 ギーシュが叫んだ時には、もう、ワルキューレは、才人の後頭部に向けて拳を放っていた。

 その時だった。

 轟、と風が薙いだ。

 才人の動きが旋風ならば、それは暴風だった。

 黒い影が、才人とワルキューレの間に割り込んだかと思った時には、もう、男の右手が、青銅の左手を、受け止めていた。

 広く、大きな背中が、優しく呟く。

「……よくやったぞ、才人君」

 やってきたのは、またしても平民だった。ミス・ヴァリエールが、使い魔召喚の儀の際に呼び寄せた全裸の男。いまは彼女の召使いとして働いている男は、ギーシュも、才人も、ワルキューレも知覚出来ない圧倒的な瞬発力で、躍り出た。

「君のその、最後まで諦めない気高い姿……この桜坂柳也、大いに感動した。良い戦いを見せてもらったよ。そのお礼と言っては難だが、この、男と男の決闘を台無しにしようとした、無粋な戦乙女は、俺が倒そう」

 青銅製の拳を掴んだまま、男が、ワルキューレを放り投げた。

 一瞬にして、ワルキューレの身体が八メイルは上空に投げ出される。

 男が、地面を軽く蹴った。

 次の瞬間、男の身体は宙へと躍り、ワルキューレに肉迫した。いまだ八メイル上空に身を置く、ワルキューレに。

 男が、右手で拳骨を作った。その拳骨が、光を放った。ギーシュ達の知る、魔力は明らかに異質の、それでいて強大なエネルギーの盾が、男の拳を包むように現出した。

「オーラフォトンシールド……ナックル」

 男が、右手を前へと突き出した。

 何の捻りもない、ただの右ストレート。しかしその拳は、一瞬ながら音の壁を突破し、ワルキューレの装甲を貫いた。

  紙細工のように、貫いた。

 男が地面に着地する。

 歓声はない。誰もが、茫然と男と、彼に貫かれた戦乙女の残骸を見つめ、声を失っていた。あのルイズさえ、言葉を忘れている。

 いま、目の前で起こった光景は何だ? あの平民、素手で青銅のワルキューレを叩き壊したように見えたが……。いや、殴る前、男の右手が光ったように見えた。あれはまさか、魔法では……いくつも疑問が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。特にルイズは、驚愕から目を白黒させていた。

 才人とギーシュは、男の背中を、唖然とした眼差しで眺めていた。

 やがてそのうち、才人が、震える声で呟いた。

「りゅ、柳也さん……あなたは、いったい?」

「……永遠神剣第七位、〈決意〉、そして〈戦友〉の契約者……守護の双刃のリュウヤ」

 男は、桜坂柳也は、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて二人を振り返った。右手を引き抜いたワルキューレを、無造作に放り捨てる。青銅の戦乙女は、今度こそ完全に機能を停止させていた。

「君と同じ日本人で、異世界ファンタズマゴリアからやって来た、化け物さ」

  化け物、と、こともなげに告げた柳也の言葉を耳にした途端、才人は急速に眠気を覚えた。

 気が付くと、左手が剣の柄から離れている。

 才人の異常に気が付いたらしいルイズが、はっ、として、慌てて駆け寄ってくるのが見えた。おーい、勝ったぞ、と言おうとしたら、腰が抜けた。重い疲労感。意識が急に遠くなっていった。

 倒れる寸前、才人は自分を、何か太い腕が受け止めるのを感じた。

 

 

「サイト!」

 いきなり倒れかけたサイトの体を、リュウヤが支えた。駆け寄ったルイズは、その体を揺さぶろうとしたが、他ならぬリュウヤに止められた。

「あまり動かしてやらない方がいい。結構、手ひどくやられたからな。……大丈夫、命に別状はないさ」

 リュウヤはそう言って微笑むと、ルイズの耳元にサイトの口と鼻を寄せた。ぐー、といびきが聞こえる。寝ているようだった。

 ルイズはほっとした表情で、溜め息をついた。

 ギーシュが立ち上がって、ルイズと、リュウヤを見る。

「ルイズ。彼は何者なんだ? それに、あなたは……?」

「ただの平民でしょ」

「ただの貧乏人さ」

 ルイズとリュウヤの言葉が重なった。

 リュウヤはギーシュ少年に、にっこり、微笑みかける。笑っていたが、奇妙な迫力に満ちていた。

「すまないが、彼の治療がしたい。質問はまた今度にしてくれ。……それとも、邪魔をするというのなら、容赦はしないぞ?」

 ギーシュが泣きそうな顔で首を横に振った。

 「行こうか」と、リュウヤに促され、ルイズは彼を部屋へと先導した。

 ルイズは目をごしごしとこすった。まったく、サイトといい、リュウヤといい、異世界からやって来たと自称する男達は理解不能だ。つまらないことで意地を張って。つまらない意地で傷ついて。痛そうで。可哀想で。時たま優しい言葉をかけてくれて。泣けてしまう。

「使い魔のくせに、勝手なことばかりして!」

 ルイズは寝ている才人に怒鳴った。ほっ、としたら、なんだか頭にきた。

 

 

 オールド・オスマンとミスタ・コルベールは、“遠見の鏡”で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。

 二人とも顔色は優れない。特にオスマン老人は顔面を蒼白にしている。

 コルベールは震えながらオスマンの名前を呼んだ。

「オールド・オスマン」

「う、うむ」

「あの平民、勝ってしまいましたが……」

「うぅむ」

「ギーシュはいちばんレベルの低い“ドット”メイジですが、それでもただの平民に遅れを取るとは思えません。そしてあの動き! あんな平民見たことない! やはり彼は“ガンダールヴ”!」

「うむむ……」

 オスマン老人は、もはやコルベールの言葉を聞いていなかった。

 違う。注目するべきは、あの剣を手にした方の平民ではない。たしかに、剣を握ってからの彼の動きには目を見張るものがあった。コルベールの興奮も、無理からぬだろう。しかし、真に注目すべきは彼ではない。

 ――あの、力は……。

 ギーシュを倒し、誰もが安堵した隙を突いて襲い掛かったワルキューレ。そのワルキューレを、一撃で粉砕したあの若者。一瞬の間に彼が見せたあの動き、そして、青銅の装甲を貫く際に放った、あの輝き。

 オスマン老人は、不意に三〇年の過日の出来事を思い返していた。三〇年前、まだ壮年だった自分が参加したワイバーンの討伐戦。その最中に現われ、自分を救ってくれた異邦人の姿と、鏡の向こう側に映じた青年の姿とが、不思議と重なった。

 ――間違いない。同じじゃ。三〇年の昔、あの森で、儂が遭遇した、彼の“力”と、まったく同質の力じゃ。

 魔力を超えた、原始生命力の輝き。その原始生命力を、一厘の減衰もなく攻撃力に転換した、あの能力。自分以外、過去にアレと遭遇したことのないメイジ達には感じ取れなかっただろうが、あれはまさしく……

「永遠、神剣……」

 オスマン老人は重々しく呟いた。

 コルベールが、怪訝な表情を浮かべる。

「永遠神剣? いったい、何ですか、それは?」

「む? い、いや、何でもないわい」

 オスマン氏は軽く咳払いをしてからかぶりを振った。

 高齢の顔に、さらなる懊悩の皺を刻んで、言う。

「……あの少年が本当に“ガンダルーヴ”だとして、王室のボンクラどもに渡すわけにはいかぬな。そんな玩具を与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇をもてあましている連中はまったく、戦が好きじゃからな。……あの少年の件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」

「は、はい! かしこまりました!」

 オスマン氏は杖を握ると窓際へと向かった。遠い三〇年の過日へと、改めて想いを馳せる。

 もし、自分の想像通り、あの青年が永遠神剣の力を有しているとしたら、それこそ由々しき事態だ。下手をすれば、ガンダルーヴの伝説も何もかも吹っ飛びかねない。

 ――伝説のガンダルーヴと、永遠神剣が、あの落ちこぼれのミス・ヴァリエールのもとに現れた。……これはいったい、何を示しているのじゃ?

 窓から見えるハルケギニアの空は、どこまでも青い。

 しかし、オールド・オスマンの胸中には、暗澹たる暗雲が立ち込めていた。

 

 

 特別、気にするようなことは何もないはずだった。

 好きだったギーシュに裏切られて、その事実を白日の下に晒した少年と金髪のメイジが決闘をすることになった。

 元彼の戦いを観に行く義理なんてどこにもなかったし、たかが平民の少年に興味など惹かれるはずもなかった。

 その、はずだったのに……

「ねぇ、ケティ、あなたの彼氏がヴェリスト広場で決闘をするそうよ」

 クラスメイトの女友達に生返事を返しているうちに、いつの間にか教室から引っ張り出されていた。たぶん、魔が差していたのだろう。フラれたショックで茫然としている隙を衝いてきた友人も友人だが、話題の内容もよく吟味せぬうちに頷いていた自分も自分だった。

 気が付くと彼女……ケティ・ド・ラ・ロッタは、元彼と平民の少年の決闘を観戦させられていた。

 最初は乗り気ではなかった。

 しかし、戦いが推移するうちに、紫水晶の眼差しは、二人の戦いに釘付けになっていた。

 より正確にいえば、ギーシュに挑む少年の姿に。

 少年は、一言でいえば弱かった。ワルキューレに殴られ、地面に倒れるその姿は、滑稽を通り越して哀れでしかなかった。ケティ自身、始めはそんな彼の姿を嘲笑った。実力の差は、誰が見ても明らかだった。

 しかし、少年は何度も立ち上がった。立ち上がって、ワルキューレに挑み、その度にまた、倒された。無様に、醜く、土と、血で汚れた顔は、正視に耐えられぬほど歪んでいた。

 それなのに、ケティは、不思議と少年の顔から目を離すことが出来なかった。

 どうして彼は立ち上がるのだろう。そのまま倒れていれば、まだ助かるかもしれないのに。どうして彼はメイジに刃向かうのだろう。泣いて許しを請えば、痛い目に遭わずに済むかもしれないのに。

「んなもん、ムカつくからに決まってるだろ?」

 少年の口から迸った理由は、ひどく単純で、愚かで。でも、誇り高くて。美しくて。炎のように、情熱的で。

「下げたくない頭は、下げられねぇ!」

 平民のくせに。

 平民のくせに、プライドを持って、意地を抱いて。

 剣を握った。

 それから先は、何が起こったのか分からなかった。

 あれほど優勢を誇っていたギーシュのワルキューレはあっという間に全滅して、気が付くと、元彼は敗北を宣言していた。

「……あの平民、ギーシュ様に勝っちゃった」

 信じられなかった。

 目の前の現実が。そして、自分の心が。

 気が付くと、自分の頬を熱いものが流れていた。涙、だった。それは、敵味方関係なく誰かの生還を喜ぶ、人間の原始的な感情のせいなのか。それとも、元彼が打ちのめされたことに対する悲しみのせいなのか。

 ともあれ、この日、この瞬間、ケティの心の中に、一人の少年の姿が住み着いた。

 無様で。醜くて。平民のくせにプライドが高くて。愚かで。だけど、誇り高くて。美しくて。きっと、優しい人。

 名前はいったい何というのだろう? 今度会ったら、お話ししてみようかしら。

 裸体の男に担がれて消え行く背中を眺めながら、ケティは少年の……才人の横顔を思い浮かべた。

  

 


<あとがき>

 不思議だ。今回、ギャグがほとんどない。違和感がある。なぜだ? やはり本作はギャグあってのゼロ魔刃なのか?!

 ……それはさておき、ゼロ魔刃、EPISODE:05、お読みいただきありがとうございました!

 今回は原作ストーリーの決闘シーンを、タハ乱暴流にアレンジして再現しました。台詞回しとか、るーちゃんの出番とかがそうなので、見比べてみるのも楽しいかもです。

 さて、今回の話でついに才人がガンダルーヴ覚醒、柳也の神剣解放が起こりました。ちょうど一巻の半分ほどですか。早いものだなぁ。

 次回もお付き合いいただければ幸いです。ではでは〜




今回は決闘だけにギャグが殆どなかったな。
美姫 「そうね。柳也というよりも周りがシリアスだった感じかしら」
決闘が始まれば柳也もギャグなしだったけれどな。
美姫 「最後の方なんかは原作とは違う展開だしね」
オスマンが永遠神剣を口にしたのにはちょっと驚きだけれど。
美姫 「この世界にも過去、永遠神剣の使い手が来たという事よね」
益々次回が気になる事に。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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