大きな翼と長くしなやかな尻尾を持ち、鋭い牙と爪を有す。前脚はなく、腕部が翼と一体化している。尻尾は硬く鋭い鏃のようになっており、猛毒を分泌するとされている。

 ワイバーン。紋章学と命名された学問上では、“強い敵意”を象徴するドラゴンの亜種。

 後の偉大なる魔法使いオールド・オスマンがトライアングルクラスのメイジだった頃、トリスティンの一地方……ロッホネスの村では、この翼竜の魔物がしばしば人を襲う事件が起こっていた。

 ロッホネスの村は、古来より地元住民から魔物の棲む森と渾名される森林地帯を背にしており、住人の多くはこの森から採られる木材を売って生計を立てていた。妖精の世界といえば聞こえはいいが、要は正体不明の魑魅魍魎が巣くう森、その上ワイバーンが出て人を襲うとなれば、さしもの住民達も進んで森へ近付こうとはしなくなる。しかし当の森で生計を立てている以上、いつかは足を踏み入れなければならない。困った住人達は、地元の領主に軍隊の派遣を要請した。

 当時ロッホネスの地を治めていたガルガリン卿が、翼竜退治のために派遣した兵力はメイジ六人を含む三〇〇名という大規模なものだった。この派遣軍のメイジの中には、壮年だったオールド・オスマンの姿もあった。

 ワイバーンとの戦いは熾烈を極めた。

 体長だけで八メイル、尻尾を含めた全長にいたっては一五メイルはあろうかという巨大な翼竜は、牛を一飲みにする巨大な顎を開き、両脚の爪を使って兵達に襲い掛かった。

 兵達は時に矢を射、石を投げ、急降下する翼竜に対して槍衾を作って対抗した。

 オスマンを含めたメイジ達も、各々得意の魔法を使って攻撃した。

 しかしワイバーンは倒れなかった。そればかりか猛毒が溶け込んだ血を辺りに振りまいて抵抗した。

 ワイバーンの流した赤い血は、すぐに空気に溶け込んで霧となり、その霧を吸い込んだ兵達は尋常でない苦しみを訴えながら血反吐を吐いた。中には「目が見えない!」と、叫びだす者もいた。網膜に作用する毒性物質。現代世界で、サリンと呼ばれる物質をワイバーンは血液に含んでいた。

 何がなんだか分からぬうちに、森の中は修羅場と化した。

 僅かに生き延びた十数人の兵とオスマンは、毒の霧から逃れるように森の中を駆け回った。

 しかし人間達の逃亡を、ワイバーンは許さなかった。

 毒の霧を纏い、咆哮を上げつつ翼をはためかせるワイバーンの執拗な追跡に、オスマンらは散り散りばらばらとなった。

 ワイバーンは派遣軍のメイジの中でも最も強力だったオスマンに狙いを定めた。

 翼竜は爪を尖らせ、牙を剥いた。毒の尾を槍のように突き出して、小さな獲物を追った。

 オスマンは無我夢中で逃げた。冷静な判断力を失った彼は、あろうことか森の奥へ、奥へと逃げた。

 奇跡が起こったのは、オスマンが孤独な逃亡を続ける最中のことだった。

 魔物の棲む森。現地住民でさえその最奥には近寄ろうとしない深部の沼地に、一人の男がいた。

 一見して奇妙ないでたちをした男だった。当時にして年齢は四十代半ばほどか。細面の顔立ちには濃い疲労の色と、唇の端から垂れた赤い筋が目立っていた。

 丈の長いオリーブ色のコートを羽織った男の手には、見たこともない形状の杖が握られていた。

 当時の男が搾り出した声と言葉を、オールド・オスマンは老いたいまでも鮮明に思い出すことが出来る。

 逃げるオスマンと、追うワイバーン。その光景を見て何を思ったか、男は手にしていた杖を掲げると、苦しげに言葉を紡いだ。

「永遠神剣第五位〈殲滅〉の主として命ずる。マナよわが願いに応じよ。太陽をのたうつ黒き熱塊となりて、我が眼前の敵を粉砕せよ……」

 男が言葉を搾り出した刹那、その足下に魔法陣が出現した。見たこともない魔法陣だった。オスマンはこの時初めて、男が魔法使いだということに気付いた。

「コロナインパルス、シュート!」

 次の瞬間、男が掲げた杖の先端から、圧倒的な熱量を孕んだ炎の塊が飛び出した。

 黒い飛礫。

 それが物凄い速さでワイバーンに炸裂したかと思った時にはもう、ワイバーンの身体は爆散していた。

 秒速二キロメートル。熱量六〇〇〇度の破壊の飛礫。見たこともない魔法。未知なる怪異。

 混乱するオスマンの目の前で、ワイバーンを倒した男は、血を吐き、倒れた。

 

 

 後にオールド・オスマンは述懐する。

 この男と、この男の持っていた杖との出会いこそが、自分の人生を変える転機であったと。

 オールド・オスマンが、永遠神剣と呼ばれる神々の最終兵器と出会ったその日、ハルケギニアは災厄の因子をその身に孕んだ。

 

 

 

永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE01:「この逞しい腹筋を見よ!」

 

 

 

 大量の水に熱を加え、人の肌にちょうど良い適温の湯を作る技術というのは、科学が万能化した現代世界の住人……特に、日本人にとっては当たり前のことのように思えるかもしれない。

 しかし湯沸しの技術が未発達だった時代は、風呂といえば蒸し風呂が一般的だった。

 世界的に見ても有数の風呂好き民族日本人が暮らすわが国でさえ、近世戦国時代までは沸かし湯を提供していた湯屋は少数派で、浴槽には普通蒸気が渦を巻いていた。

 科学技術の代わりにエーテル技術を発展させた有限世界でも、風呂といえば一般的は蒸し風呂だ。

 スピリット隊の詰め所のように沸かし湯の、それも大浴場を抱えている場所はむしろ稀で、財政豊かな国家所有の施設か、資産家の屋敷くらいのものだった。

 ――そう考えると、異世界くんだりまで来て沸かし湯にありつけられる俺は、幸せ者だな。

 スピリット・タスク・フォース第二詰め所の大浴場。

 ラキオス王国の守護の双刃こと桜坂柳也は、異世界の空の下で湯にありつける喜びを存分に噛み締めていた。

 風呂好き民族日本人の例に漏れず、柳也もまた大の風呂好きだった。

 手足を伸ばせるほどの浴槽に浸かれば自然と顔の筋肉が緩み、鼻歌のひとつもこぼれてくる。惜しむらくは背中を流してくれる美人の相方がいないことだが、普段から美女美少女に囲まれている環境だ。あまり文句をこぼし続けるのも罰当たりだろう。

「いやぁ、極楽々々。七五日は長生きできる」

【主よ、発言が少々老人臭いぞ】

 文字通り一身同体の間柄にある相棒の苦笑する声が、頭の中に響いた。

 「おきやがれ」と、これまた古い言い回しで笑って、柳也は透明な湯を手桶ですくって顔を濡らした。

 今日一日の勤めのうちに生やした無精髭が、水気を吸い取って張りを失う。意志の強さを感じさせる太い眉に、大振りな双眸。古の武人、加藤清正を習って拳骨を咥えられるように鍛えた顎は程よく引き締まっている。凶悪な面構えながら、匂うような男ぶりが感じられた。

 浴槽から上がる。

 文字通りの、六尺豊かな大男だった。競泳選手のように広い肩幅に、分厚い胸板。普段から刀剣を振り回すその腕は太く、掌はヤスデの葉を思わせるように大きい。戦速ともなれば一時間で二十キロを踏破する下肢は、すらり、と長い。

 風呂桶ごとかたわらに置いていた糠袋を掴んだ。さらにすぐ手の届く範囲に立てかけておいた脇差を引っつかんで、流しへ向かう。

 普通、風呂の中にまで脇差を持ち込む武人はいない。後の手入れが大変だからだ。どんなに用心深い武人でも、よほど危急の時でない限り、このように勿体のない真似はしない。

【ご主人様は臆病者ですからね】

 自分の身体に寄生する、もう一人の相棒が呟いた。

 柳也は自分が臆病で小心者だと自覚している。それゆえに、今日までこの異世界で生き延びることが出来た、と。脇差は敵ばかりの異世界で生活していく上で必要な、最後の武器だった。

 流しに上がった柳也は、石鹸で糠袋を泡立てると早速全身を揉んだ。一日の疲れとともに、溜まった垢をこそぎ落とすべく糠袋を左右の手に持ち替える。

 意外に思えるかもしれないが、桜坂柳也という男は綺麗好きだった。

 幼少の頃、両親が命を落とす光景を直接目にした柳也は、早い段階から、人間が恐ろしいほど呆気なく死んでしまうことを実感として知っていた。

 人間、死ぬ時はいとも容易く死んでしまうもの。死に場所やタイミングを選べないことなどざらにある。であればこそ、いつ死んでもいいように、身綺麗にだけはしておきたい。現代に生まれたいくさ人は、有限世界の戦場に立つようになって以来、出来るだけ身を清潔にするよう心がけていた。

 身体を洗った後は、続いて頭を洗う。

 どういうわけか有限世界の風呂の文化は発達しており、石鹸どころかシャンプーにトリートメントまである。そして、兵士とはいえ女所帯のスピリット隊の詰め所には、当然のようにそれが完備してあった。

「これが意外に予算を食うんだよな……っと」

 洗髪といっても所詮は男の髪の毛だ。そして柳也はまだ若い。抜け毛を気にすることもなく、思いっきり頭皮を掻き毟って、

【主、主、いま、毛が八本抜けたぞ】

「ぬおおぅっ!」

 柳也は思わず頭を押さえた。訂正。若くても、抜け毛は気にするらしい。

 柳也は涙目になってかたわらの風呂桶を掴んだ。

 瞑目し、ざばっ、と中を満たしていた湯を思いっきり被る。

 瞠目して、右手で髪をゆすいだ。指先にシャンプーのまとわりつく感覚。どうやら一回の湯浴みでは流しきれなかったらしい。

 柳也はもう一度風呂桶に湯を張って、瞼を閉じた。

 ――……ん?

 柳也は小首を傾げた。

 瞼を閉じたのに、視界が明滅している。はて、この大浴場はそんなにも明るい場所だったか。

 不信に思って目を開くと、視界一面を白い闇が覆い尽くしていた。

「なっ……!」

 柳也は慄然と溜め息を漏らした。

 目の前だけでない。上下左右。東西南北。四方のすべてが白い闇に包まれている。気が付けば柳也は、その身を閃光の中に置いていた。

「……痛っ!」

 眼球に灼熱した痛み。どうやら、驚いた拍子に流し損ねたシャンプーが目に入ってしまったらしい。

 思わず目を閉じた柳也だったが、相変わらず瞼の裏側は、チカチカ、と目障りな明るさを保っていた。

 裸身に風の流れを感じたのはその時だった。

 続いて、ざわざわ、といくつもの喧騒。心なしか、黄色いさえずりを多く含んでいるように思える。

 ヒミカ達がやって来たのか。しかしそれならばもっと聞き覚えのある声がするはずだが。

「いやぁぁぁぁぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」

 女の悲鳴が上がった。聞いたことのない声だ。

 すわっ、何事かと、柳也はかたわらの風呂桶と脇差に同時に両手を伸ばした。

 左手で風呂桶を掴み、湯を被る。風呂桶を放り、すかさず脇差の柄に左手を添えて、周囲を見回した。

「……は?」

 意図せずして、呆けた声が漏れ出た。

 見渡す限りの大草原。奇妙なマントを羽織り、共通デザインの白服を身に纏った少年少女達。自分と同年代か、それよりやや若いか。その中の一人が、やけに真っ赤な顔をして自分を見つめている。

「……いかん。思わず恋をしてしまった」

 稀に見る美少女だった。すらり、と伸びた足、細い足首。身の丈はそれほど高くなく、女性的な凹凸には欠けるものの、尻の辺りから足にかけて、十分に魅力的なボディラインを描いている。

 顔はやや童顔だ。桜色の長髪と、同じく桜色の瞳が、わなわな、と震えた目線をこちらに向けていた。

 ――どう見てもアジア系ではないが。

 野ざらしのどくろの色……とまではいかぬが、少女の肌は白い。

 不思議なのはその白い頬が、いまは茹蛸のように真っ赤に染まっていることだ。なにやら興奮しているようだが。

 少女の目線を追ってみる。行き先は勿論自分。では、いったい自分のどこを見ているのか。よく見ると、彼女の視線は自分のある一点に注がれていた。

 股間に。

 そう、例によって前隠しの布をかけていない股間に。

 柳也は上を見た。下を見て、また上を見て、右、左と目線を動かした。もう一度右を見て、再び少女へと目線を戻す。両手を挙げて万歳のポーズを作ると、すぅっ、と思いっきり息を吸い込んだ。ちなみに彼の肺活量は5000ccを軽く上回っている。

「いやぁぁぁぁぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」

 とりあえず、柳也は悲鳴を上げておいた。

 

 

 高度に発達した科学は、魔術との区別がつかない。

 SF界のビッグ・スリー、アーサー・C・クラークが看破したように、地球人類の大部分が信仰する科学文明は、その実、魔法に近いものがある。逆にいえば魔法もまた科学に近い側面を持ち、両者は切っても切り離せない関係にあるといっていい。

 科学文明ではなく魔法の文化を発達させた世界ハルキゲニアのトリスティン王国。貴族による封建社会が形成されて久しいこの国には、立派な貴族を育成するための教育機関として、他国にも誇れる王立の魔法学校があった。

 その魔法学校、王立トリステイン学園が、学校の敷地として抱える広大な大平原に、幾人、幾十人のメイジ達が集まっている。

 そのうちの一人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、自分の召喚したそれを見て思わず息を呑んだ。

 魔法学校トリステイン学園の二年生昇級のために必要な使い魔召喚の儀式。

 同期のメイジから『ゼロのルイズ』と揶揄される彼女は、是が非でも召喚の儀を成功させねばならないという執念に燃えていた。

 ――見てなさいよ。今日こそは絶対に成功させてみせるんだから!

 最初の呪文詠唱から数えて六回目。そろそろ日も暮れようかという時間帯、必死の形相で、祈るように呪文を唱えたルイズは、魔力を託した杖を振って歓喜に震えた。

 杖から溢れ出た魔力光を振りかけられた地面には、召喚魔法が正常に発動したことを示す魔方陣が浮かび上がっている。

 直後、爆発。

 今日一日で七度目になる、耳慣れた破壊のエネルギーが炸裂した音。

 草原に煙が立ち込めて、目の前が何も見えなくなる。

「なんだ〜、また失敗か?」

「いい加減にしろよな〜」

「さすがはゼロのルイズだ!」

 爆発を目にして、周りからそんな嘲笑、はては誹謗中傷が飛んでくる。

 しかしルイズはそれらを一切無視した。

 ただただ目を凝らして、煙が晴れるのをじっと待った。

 ――お願い。グリフォンやドラゴンなんて高望みはしないから……!

 切々と胸の内で呟いて、食い入るように煙の向こう側を見る。

 やがて煙が晴れていき……

 そこには、二人の男の姿があった。

 一人は自分と同世代と思しき少年。見慣れない不思議な衣を身に纏い、驚いた様子で辺りを見回している。

 そしてもう一人は、ルイズよりもやや年上と思しき青年。高い身長に大柄な体格が屈強な印象を与える、凶悪な面構えの男だった。どうやら入浴中に召喚されたらしく、褐色の肌と逞しい筋肉を惜しげもなく陽光に晒して……って、

「いやぁぁぁぁぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!???」

「……む?」

 どうやら髪を洗っている最中だったらしい男は、その悲鳴に気付いて顔を上げた。

 かたわらに置かれた桶を掴み、湯をかぶる。

 シャンプーを流してさっぱりした男は、顔を真っ赤にしたルイズを見た。

 そして、悲鳴を上げた。

「いやぁぁぁぁぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!??? 痴女よっ、痴女!」

「って、誰が痴女かぁぁ!!」

「お前だ! お前! どっからどう見ても痴女だろうが」

 全裸の男はきっぱりと断言した。

 それを受けて周囲からひそひそと囁き声。「え、ルイズってばそうだったの?」と、声が聞こえた時、ルイズは顔を真っ赤にして反論した。

「わたしのどこが痴女だっていうのよ!?」

「まず、男に餓えたその目つきがいやらしい。
 次に、俺の裸を見て顔を真っ赤にしている……つまり興奮しているところがいやらしい。
 最後に、そのピンク色の髪! 頭の中で常にいやらしいことを考えているからそんな色の髪が生えるに違いない! いやらしい。まったくもっていやらしい!! よって貴様は痴女以外の何物でもない!」

「おおっ、なるほど」

 全裸の男と一緒に現われた少年が、ポン、と手を叩いた。

 見れば、側に立っていたコルベール教員も「そうか! それで彼女の髪の色は……」などと呟いている。

 ルイズはさらに顔を赤くして怒鳴った。

「わたしのこれは生まれつきよ。いやらしいからこうなったんじゃない!」

「なに!? 生まれついてのピンク髪!? ということは君は生まれつきエロかったということか! この変態めッ。貴様は某管理局のエース・オブ・エース並のエロ娘だ!」

「管理局のエース? なによ、それ?」

「うむ。あのピンクい魔力光は千人に一人にしか扱えないエロ魔力光。あれを操れるあの女は、やはり痴女に違いない!」

「……何の話をしているの?」

「…………気にするな。どうやら異世界から電波を受信したらしい。――と、そんなことより!」

 全裸の男は立ち上がると、なぜか傍らに置いてあった鞘ぐるみの脇差を引っ掴んだ。

 南洋の豹を思わせる筋肉を躍動させ、腰を低く、身構える。

「これは一体何の撮影だ? 貴様、お風呂大好き民族日本人の入浴を邪魔するとは、いい度胸をしているなぁ!」

 ドスを孕んだ低い声。

 威嚇の意味を込めた脅迫は、しかし、いまのルイズにはどうでもよかった。

 ルイズはいま、それどころではなかった。

 居合の姿勢のまま脇差を構えたこの男、前隠しの布はなく、股の間では、いかなる芸術的文学表現を用いてもその美化が困難なグロテスクな物体が、ぶらんぶらん、揺れている。

「ま、負けた……」

 背後で、クラスメイトのギーシェが何故か落ち込んでいる。その視線は、どういうわけか全裸男の股間に向けられていた。

 しかし、繰り返し言うがそんなことはどうでもいいのだ。

「こ、来ないでぇ……」

 ルイズは怯えを含んだ悲鳴を上げた。

 恐かった。ただひたすらに恐かった。

 褐色に日焼けした筋肉の躍動。それ自体は著名な彫刻家が表したかのように美しい。

 しかし問題は逞しい腹筋の下、猫科の動物のようにしなやかな両脚に挟まれて、ぶらんぶらん、と揺れているグロテスクな物体。

 それを眺めていると、なにやら自分の本能の奥底に眠る恐怖心が刺激され、意味もなく身を震わせてしまった。

 全裸の男は、憤怒の形相でルイズを睨む。

「貴様ァ、よくも大切な入浴の時間を……その所業、万死に値する!」

 にじりにじり、と歩み寄りながら、全裸男は吠えた。

 全裸男が脇差の鯉口を切ろうとしたその刹那、

「……見苦しい」

 冷たい声が全裸男と、ルイズの耳朶を撫でた。

 振り向けばそこには眼鏡をかけた小柄な少女と、青い鱗が特徴的なウィンドドラゴンが一匹いた。

「シルフィード、やって」

 頷くような素振り。次の瞬間、全裸男を取り巻く大気の流れが変化し、急速に気圧が高まっていく。

「うぼぱぁああっ」

 突如として横殴りに放たれた空気の槌。

 ルイズに飛びかかろうとした(ルパン・ダイブに非ず)まさにその時。攻撃を受けた全裸男は、そのまま吹っ飛び、気を失った。

 その股間では相変わらず、ぶらんぶらん、と例のブツが揺れていた。

 

 

 


<あとがき>

 全裸男は誰かって? それは読者の皆さん一人々々の胸の中に思い浮かんだ人物がそうです(笑)

 「ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃」(略してゼロ魔刃)、EPISODE:01、お読みいただきありがとうございました!

 もともとPAINWESTの掲示板にて、アセリアAnotherの感想に書かれていたコメントから発展したこのお話。リレーSS板でひっそり連載していたものが、こうして形式を整えた形になると、書いているタハ乱暴も感慨深いものがあります。

 さて今回の話でハルキゲニアに召喚された謎の全裸男。彼がいったい何者なのか? そしてハルキゲニアに何をもたらすのか? すべては次回のEPISODE:02にて明らかになる……かな?

 次回もお付き合いいただければ幸いです。ではでは〜




まずは一言。
美姫 「何々?」
男の入浴シーンは細かい描写なしで――ぶべらっ!
美姫 「いきなり失礼な発言ね」
う、うぅぅ、だって思わず想像してしまったよ。
それに大丈夫! 俺とタハ乱暴さんの仲だぞ。
美姫 「どんな仲よ!」
ぶべらっ! じょ、冗談はさておき、実際抜け毛の所で思わず頭に手が。
美姫 「そんなの気にしないの! と言うか、そこが問題だったの!?」
いや、普通は洗髪したら数本は抜けるだろう? でも、思わず気になって。
美姫 「おもいっきり私見な意見だったわね。と言うか、もっと他に感想言いなさいよ」
確かに。しかし、ルイズも災難というか。
美姫 「入浴中に呼んでしまったから仕方ないと言えば仕方ないんだけれどね」
果たして素っ裸で呼ばれて、外で裸身をさらすこの男は。
美姫 「まあ、多分彼なんでしょうけれど」
だな。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」



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