『料理は愛情』
いったい誰が言い始めたのだろう、この素晴らしい言葉を。
愛ある料理ほど美味しいものはない。
なにより、愛ある料理は食べるだけで心が豊かにしてくれる。
愛のある料理は、身体の血となり、肉となるだけでなく、心の栄養になってくれる。
現在、世界で飢える人々に真に必要なのは単なる食物ではない。
飢餓に苦しむ人々の多くが住む国々は、往々にして政治が上手く機能せず、国民は誰もが先行きの見えない未来に、どこかで不安を覚えている。
そんな彼らに必要なのは、単なる食料としての料理ではなく、病んだ心に染み渡る、愛ある料理なのだ。
明日の見えない不安だらけの人生に、愛ある料理は充足を与えてくれる。心が充足を得れば、必然政治も上手くいく。
愛ある料理は素晴らしい。
それは、決して疑いようのない事実……否、真理なのだ。
……けどね、愛ある料理は素晴らしいけど、さ……
“愛”の反対は“憎しみ”なわけで、愛のありすぎる料理は、時に人を傷つける代物になるわけで……
つまり、これは……そう、そんなお話……。
秋。
ゆったりとした時間の流れる休日の午後。
穏やかな日差しが差し込み、隣の家では秋刀魚でも焼いているのだろうか、香ばしい煙が糸のように細く庭を流れていく、高町家。
しかし、穏やかな空気とは裏腹に、縁側に腰を下ろす男の胸中は、不安と恐怖とでざわついていた。
予定されていた来訪のために用意された茶にも手を出すことなく、男はまるで死刑執行当日を待つ受刑者のように怯え、縮こまっていた。
180センチ近い長身の巨躯を小さくし、ひたすらに怯える男の名前は赤星勇吾。剣道界では期待の新星としてその名を知られ、在学する私立風ヶ丘学園の剣道部では、全国ベスト16に入るほどの腕前を持つ好成績を持つ、凄腕の剣士である。
ひとたび竹刀を持たせれば、いかな強敵をも打ち倒す彼は、試合の中で対峙する敵以上に自分の動きを縛る、“恐怖”に打ち勝つ術を当然ながら心得ている。
しかし、そんな彼をして打ち勝つことも、ましてやまともに立ち向かうことすら出来ない、絶対的な恐怖。
それは……
「赤星さ〜ん、用意出来ました―――――――ッ!!!」
「……とうとう、か」
ゆっくりと、重すぎる腰を上げる勇吾。
死刑執行の時間が、とうとうやってきてしまったのだ。
ふと正面を向いてみれば、そこは見慣れた友人の家の庭。悲壮な表情で今生最期に見る風景を、まざまざと網膜に焼き付けようと視線を巡らせると、視線はある一点で止まった。
「晶……」
「勇兄……」
勇吾を死刑場に連れて来るよう言い使ったのか、晶は沈痛な面持ちで兄と慕う男の名を呼んだ。
「美由希ちゃん、出来たって」
「そうか」
交わした言葉はたったそれだけ。
しかし、たったそれだけの言葉から、人の心に機敏な勇吾は、晶の胸の内を瞬時に読み取った。
勇吾はなるべく晶に心配をかけまいと、辛そうな表情に、しかし必死に笑みを作り、彼女に優しく笑いかけた。こんな時でも他者への気遣いを忘れぬ彼に、晶がますます表情を曇らせる。
次の瞬間、勇吾の厚い胸板を、柔らかい衝撃が襲った。
飛び込んできた少女の小さな体をしっかりと抱き止め、勇吾はしばし少女の温もりと香りに酔いしれた。
「本当に、行っちゃうのかよ?」
「ああ……なんで、そんなこと聞くんだ?」
「だって…もしかしたら勇兄、このままだと死んじゃうかもしれないんだよ!?」
死――その言葉の意味を、今日ほどリアルに感じたことはない。
葬儀屋でもないのに、自分の周りではよく人の生き死にが語られているから、自分の番が回ってきても、ショックはあまりないかと思っていたが……
「高町は先に戦って、逝った。今度は、俺が戦う番だ」
「師匠だって勝てなかったんだよ! 勇兄が敵うわけないだろ!?」
「ははっ、はっきり言ってくれるな」
自分と友人との彼我の力量差は明らかである。しかしそれでも、勇吾にはやらなければならない理由があった。
ゆっくりと体を離し、勇吾は空しく笑ってみせて、晶の頭を撫でてやる。自分も不安でいっぱいのはずなのに、彼女の不安を少しでも取り除いてやろうと、優しく、丁寧な手つきで、彼女の髪を解きほぐす。
目尻いっぱいに涙を溜め、見上げてくる晶の視線に、勇吾の胸がチクリと痛んだ。
「俺は剣道家だからな。申し込まれた戦いには、例え勝てないって分かっていても、誠意を以って、全力で相手をしないと。それに……」
勇吾は、そこで言葉を中断した。
次に口にする内容は、晶の心を傷つけることになるかもしれない……そんな逡巡が、勇吾に二の足を踏ませていた。
彼は数秒の間深く悩み、そして悩み続けながらも次の言葉を口にした。
「何より俺は、美由希ちゃんのことが好きだからな。彼女のお願いは、それがどんな無理難題でも、聞いてあげたいんだ」
自分に対する晶の気持ちは、なんとなくではあるが感じていた。
しかし、自分に嘘は吐きたくなかった。
だから彼ははっきりと自分の想いを告げ、それで自分が死ぬことになったとしても構わないと、自らの意志を述べた。
果たして、晶は、悲しげな表情で「そっか……」と、静かに呟いた。
「そっか……やっぱり勇兄は美由希ちゃんのこと……」
「ああ、好きだ。この世界の誰よりも、いちばんに大切な人だ」
「そっか……けど、それでも……」
晶は、泣き顔を隠すように俯くと、目元を腕でゴシゴシと擦った。
そして改めて顔を上げ、彼女は……
「それでも俺は、勇兄のことが好きだ。勇兄が美由希ちゃんのことを好きでいても、俺は勇兄のことが大好きだ!」
「晶……ありがとな」
剣道家は、少女の想いに誠意を以って、全力で応えた。
笑顔で礼を言う彼の表情は、不安や恐怖など微塵も感じさせない、晴れやかなものだった。
やがて勇吾は、縁側からリビングに上がると、思い出したように縁側に放置したままの、ぬるくなってしまった茶を見た。
「末期の水……か」
勇吾は湯飲みの中身を一気に煽ると、晶に向き直った。
「これは晶が淹れてくれたのか?」
「え? う、うん…」
「美味かったぞ」
出来れば、ぬるくなる前の、熱い状態で飲みたかった。
優しく頭を撫でさすり、勇吾は湯飲みを持ったまま、死刑台へと続く階段を登った。
実際にはその道のりは、リビングに隣接する隣の部屋までという短いものであったが、勇吾にはそれが途方もない道のりに思えた。
「勇兄……」
ひとり取り残された晶は、その広い背中が見えなくなるまで、いつまでもそれを見つめていた。
やがてあきあの頬を、一筋の涙が濡らしていった。
そして……
「さあ赤星さん、遠慮なんてしないで、いっぱい食べて下さいね!!」(嬉々とした笑顔)
「いただきます!」(滝のような涙)
そして、高町家の部屋という部屋、廊下という廊下に、ひとりの勇敢な男の、天を貫かんばかりの悲鳴が轟いた……
とらいあんぐるハート壊れSSシリーズ第三弾!
美紗斗さん、料理する!
海鳴大学病院の医師・フィリス・矢沢に、これといった専門はない。
自身も『高機能性変異性遺伝子障害』という特殊な病気を持つ彼女は、相当多岐に渡る医療の勉強をしている。
最近は重病や重傷を抱えているのに、なかなか病院に来てくれない困った患者さん達のために、もっぱら整体やカウンセリングばかりをやっているが、すでに彼女は20代半ばにしていくつかの医師免許を持っており、その中には先述したカウンセリングを行うために必要な、カウンセラーの資格もある。
カウンセラーとは、簡単に言ってしまえば何らかの問題を抱えている人から相談を受け、それに適切な援助を与える人のことだ。この場合は職業としてカウンセリングを行う人々のことを指し、医者であるフィリスの場合は、診断・診察・投薬などの医療行為も可能な、特別なカウンセラーの扱いとなる。
医師であると同時にカウンセラーでもある彼女の元に足を運ぶクライエントは多い。
彼らが抱える悩みはまさに多種多様で、仕事関係であったり、人間関係であったり、それこそクライエントの数だけ相談事があると言っても過言ではない。
その日、彼女の元にやって来たクライエントも、非常に深い悩みを抱えていた。
「彼女の家に招かれること5回。そのうち彼女の手料理をご馳走になったのが5回。さらにそのうち彼女の手料理を食べて病院に運ばれたのが5回。そ、そりゃ俺だって彼女のためにも作ってくれた料理は全部食べなきゃって思いますけど……もう…………もう、限界なんです!」
整った形の眉の下の瞳から滝のような涙を流し、本日のクライエントは自らの思いの猛りを吐露した。
クライエントの名前は赤星勇吾。名字を英語で直訳すると、『レッド・スター』という、某赤いリーダーのマシンと同じ名前になってしまう男である。
彼がフィリスの元に最初にやって来たのは、実は今日が初めてではない。
遡ること2週間、原因不明の腹痛を訴え病院に搬送されてきた彼を、フィリスが看たのがそもそもの始まり。
彼女がカウンセラーの資格を有していると知った勇吾は、その後も何度か彼女の元を訪れては、悩み事を相談していた。
「最近は食事もロクにしてないんです。料理ってだけで吐き気がしてきて……茹でるとか、焼くとか、そんな簡単な調理が施されていても蕁麻疹が出てくるんです。だから最近は釣った魚とか、採った野草とか、盗んだ野菜とかをそのまま食べてるんです」
「え、ええっと……どこから突っ込んであげればよいのか分からないけど、とりあえず野菜を盗むのは犯罪よ?」
「いえ、いいんですよ。最初からフィリス先生に気の利いたツッコミなんて期待してませんから」
何気に失礼な事を言う勇吾だが、本人にとっては真剣な相談なので、無闇に横槍を入れるわけにもいかない。
「山で濃い紫色の花をした野草を採ったり、街中でよく見かける雑食の黒い鳥を捕獲したり、海に行って興奮した時に腹を膨らませる魚を釣ったりしました……」
「それって一番目のやつからトリカブト、何を食べているか分からない鴉、フグですよね!?」
「……それで、全部そのまま生で食べました」
「えええッ!!?」
あまりの内容に驚くしかないフィリス。2番目の鴉はともかく、彼が口にしたという食材は全部毒付きである。
「そしたら気を失って……気が付いたら病院にいました」
「あ、当たり前ですよ! いったい何を考えているんですか!?」
おそらく、彼は何も考えていないのだろう。いや、考える力を失くしてしまったと表現するべきだろうか。短期間に何度も病院に搬送されるという過度のストレスが、彼の脳から思考力を奪っているのは明白だった。
「と、とにかく、今日カウンセリングが終わったら一度検査しましょうね?」
ちなみにフグ毒はテロにも使われる青酸カリよりも強力な毒性物質なのだが、それを食べてなおクライエントが生きている事実に関しては、フィリスもノーコメントである。いちいちそんな事に構っていては、この人外巣窟海鳴市で普通に生きていくことは出来ないし、なにより話が一向に進まないのであくまで無視だ。
「お願いします。昨日食べた全身白色でちょっとささくれ立ってたキノコが、腹の中でどうなってるか気になるんで」
「それはドクツルタケ(俗名「死の天使」)ですよね!?」
……だから構ってちゃアカンのだって。
一方、その頃……
――総本山。
ごく一部の事情を知る人々はその場所をそう呼ぶ。
別段巨大組織の中枢というわけでもなく、外観はただの喫茶店に過ぎないそこは、一般の客からしてみれば、美味い料理とお菓子を味わうことの出来る憩いの場。先述したごく一部の事情通からしてみれば、重要な会議の場だった。
喫茶『翠屋』。
普段はランチタイムで客足の賑わうその店頭には、その日珍しく『CLOSE』の札がかかっていた。
そしてその店内では、今まさに重要な会議が行われていた。
店内に集ったは10人と1匹から成る男女の一団。
彼らが話し合う議題は、すなわち―――――――
「いやあ、もう、どうにかしなくちゃ色んな意味で不味いでしょ」
発言したのは高町家長男・高町恭也の親友である月村忍。当初の人気投票では最終的に第5位という微妙なランク付けながら、OVAでは最終的に主人公の恋人キャラというポジションを、オフィシャルで獲得したタナボタキャラである。
「あ、なんか紹介にトゲがあるぞー」
すいません。このお話は基本的にギャグSSなので。そういう紹介はむしろ仕様なんです。
「う〜ん…まぁ、いっか」
「月村、そこはむしろちゃんと訂正しておいた方がいいと思うぞ」
「え? そう?」
「あんな男の文章でも、誤解を与えかねない箇所にはちゃんと注意しておいた方がよい」
そう忍に口を尖らせるは、前回の壊れギャグSS『耕介、咆える!』において、ただ叫んでツッコミを入れているだけという役回りの上、最終的には耕介同様壊れキャラにされ、タハ乱暴のことをかなり恨んでいる高町恭也だ。
「あの時の恨みは、生涯忘れることはないだろう」
HAHAHAHAHAHA!! 忘れとけ、忘れとけ。憎しみは何も実らせはしないぞ。んん!?
「うわ、なんかその声聞いてるだけでごっつムカツクわ〜」
……むぅ、実は結構気にしていることをヌケヌケと言ってくるなぁ、この亀は。
「そないコトはど〜でもいいから、早くウチの紹介しといてや」
はいはい。
……え〜、人の心を土足で踏みにじる、言葉の暴力を平然と振るうこの亀は……
「何か言うたか!?」
……スイマセンスイマセン。ちゃんとまともな紹介文書くから、その手にした鎖鎌をどうか懐にお納め下さい。
「情けない男だ」
「……ってか、わたし達も同じように脅せば、ちゃんとした紹介文作ってくれたのかな?」
「……今からでも脅しておくか?」
いや、ホント勘弁して下さい。
紹介文って基本的に説明だから、長々と書いても話が進まないんで。
「だったらやらなきゃいいじゃない? 多分この話を読んでる人達の9割は、とらハについてちゃんとした知識を持ってると思う」
……ああ、それもそうだねぇ。
「お、おい!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! いくらなんでもそれは……」
「いくらなんでも酷すぎると思います!」
あ〜、五月蝿いぞ、諸君。
ちなみに喋っているのは上から晶、那美、なのはの順番である。
『紹介文が名前だけになった!?』
寸分の狂いもなくコーラスを奏でる3人の声。しかし、よくよく考えてみても豪華な声優陣だよねぇ、とらハって。
「はいはい、みんな! ちょっと落ち着いて」
作者のタハ乱暴がそんな感慨に浸る中、もはや当初の議題の事など完全に頭からすっぽ抜けてしまっている若い衆を取り纏めるは、会議の場を提供している『翠屋』店長にして、この会議の議長を務める高町桃子。
流石は年長者の貫禄といったところか、取り乱す少女達を鮮やかなプロレス技で次々に静かにさせていくその手腕は、見事ととしか言い様がない。
「それで、最初の忍ちゃんの意見に話を戻すけど……」
「いえ、あの…桃子さん、なのはちゃん達、静か過ぎるっていうか息してない……」
「話を戻すけど……」
つまらない意見や、話の進行の妨げになる意見は却下である。
流石は年長者。こうしたギャグSSでの仕切りの術を、ちゃんと心得ている。
「たしかに不味いわよね〜。いやホント、色んな意味で」
「そうですね。とうとう家族以外の方にまで犠牲者がお出になるなんて」
「ノエル! みんなのことはスルー!?」
むしろツッコミ所は勇吾のことが“被害者”ではなく“犠牲者”という表記になっていることであろう。つまり、それは彼が被害に遭うことは予め想定されていた、あるいは予定されていた事であったわけで……
「でも、たしかにこのままじゃ不味いですよね」
「あ、復活した」
「チッ、締め方が甘かったか……」
「……桃子さん?」
「うん? 何、忍ちゃん?」
咎めるような忍の視線にも、返ってくるのは満面の笑顔だ。
一方、復活したコスプレ少女は、つい今しがた自分に締め技をかけた女性の笑顔は無視して、その義理の息子に問うた。
「そもそも、美由希さんは単に料理が下手なだけなんですか? それとも舌が……」
……かなり遅くなってしまったが、改めて本日の会議の議題についてご説明しよう。
本日の会議……『第101回家族だけじゃないよ会議』の議題……
それは、『如何にして高町美由希の料理スキルを良い方向に向上させるか!?』という、無謀極まりないものだったのだ!!!
タハ乱暴のかなり失礼な解説を無視し、恭也は那美の質問に対して冷静に答えた。
「単純に料理下手なだけだと思います。毎日かーさんや晶達の料理を食べてますから、舌音痴ということはないかと…」
セーブファイル20個の記憶容量に加え、クイックセーブファイル10個(DVDエディッション版)の記憶の中に埋もれた過去を回想しつつ、答える恭也。
他方、それに反対意見を述べる戦うメイドさん。
「ですが、単なる料理下手では美由希さんの料理には説明のつかない箇所があります」
たしかに、よくうっかりで砂糖と塩を間違えたり、うっかりでお酢をボトル一本丸ごと投入したり、うっかりでもけ……ゲフンゲフンッ……などの、お約束な失敗をしてしまうキャラはこの業界数多いが、それだけでは説明の出来ない部分が、彼女の料理にはある。
例えば、同じく義妹キャラであると同時に料理下手でもある朝倉○夢の料理は、主人公曰く、『死ぬほど不味い』が、一応、食べられる代物なのだ。……翻って、美由希はどうだろうか?
「あれは料理……なのかな?」
「う〜ん、辞書(岩波書店)で引くと“料理”は、『@材料に手を加えて、食物をととのえ作ること。調理。また、こしらえた食べ物』……って、あるから、一応、美由希ちゃんのも料理ってことになるんだろうけど……」
「あれは人類が長い歴史をかけて積み上げてきた食文化に対する冒涜だ」
そこまで言うか、義兄にして師匠。
「言わなくてはやっていられん!」
「まぁ…たしかに、お師匠は美由希ちゃんのアレの、いちばんの被害者ですからなー」
「心中お察しします」
普段は頼りがいのある広い背中を小さくして、ぽんぽんと両サイドから弟子2人に肩を叩かれる恭也。なんだか自然と頬が緩んでしまう、和む光景である。
その傍らで、忍は今回のお話の、主役登場の布石作りに勤しんでいた。
「生みの親としては、そのへんのところ、どう思います?」
「そうだね……」
……はい、ようやくここで今回の主役のご登場です。
今回の主役にして本会議の議題目標成功のための最も重要なキーパーソン……美紗斗の言動、その一挙一動に、皆の耳目が集中する。
「フォ○ドの社長・ア○ア○ッカは……」
『……はい?』
皆の声が寸分の狂いもなくハモッた。
(何故、ここで世界的大企業フ○ードの社長の名前が出るのだろう?)という、疑問さえ浮かぶことなく、全員頭の中を真っ白にし、なにやらすでに壊れキャラの片鱗を見せつつある美紗斗の言動、一挙一動に、先程までとは違った意味で耳目を集中させる。
「フォー○の社長・アイ○○ッカは、自らの自伝の中で、専属のコックに対して質問している。ある日、夕食に出されたハンバーグのあまりの美味しさに感動した彼は、コックに聞いたそうだよ。『君の作るハンバーグはとても美味しいが、何か秘訣はあるのかい?』と……」
『はぁ……』
「そのコックはね、こう答えたそうだよ。『私のハンバーグは最高の素材をミンチにして作っているからですよ。街で売っているハンバーグは、安い素材をミンチにしているから不味いんです』……」
『…………』
無言だった。
たしかに、それは一面の真理ではあって、間違ってはいないだろう。
しかし、『素材さえ良ければ料理人の腕は関係ない』という意味合いを含んだ発言をするには、この場は料理人が多すぎた。
ゆえに、みながみな、気を遣って、誰も言葉を口にしようとはしなかった。
今、このぴりぴりとした緊張感漂う空気の中では、不用意な発言が爆弾の導火線に火を点けることになると、誰もが分かっていたから。
ただ不幸だったのは、そんな空気を汲み取ることの出来ない者が、この場にたった1名……否、1匹居たという事実であろう。
「? ……それ、どういう意味?」
「つまりだね、久遠。例え料理人の腕が悪くても、素材さえ上等なら確実に美味しい料理が出来……」
「わー! わー!」
「……恭也、人が話している最中に突然なんだい? 失礼だよ」
決して学業優秀とは言い難い恭也であるが、そんな彼だって『人の話はちゃんと最後まで聞きましょう』という、社会生活の基本事項は知っている。だが、ここで横槍を入れなければ、どのタイミングで入れろというのか!?
すでに恭也の背後では鬼が集結していた。それも人間を守るために自らを鍛え、強大な魔と戦ってくれる心優しい鬼達ではない。
和洋中の料理をそれぞれ修めた、どんな不幸が襲っても決して諦めることのない不屈のクッキングファイターのなれの果てが、3人、そこには、居た。
「いくら美紗斗さんでも言って良い事と悪い事があります……」
両手に嵌める薄皮のグローブ。『空手バカ一代』なんだか、それとも剣術に浮気したいんだか、ラーは、ゴリがいないにも関わらず攻撃を行おうとしていた。
「美由希の実の母親だからって、容赦はしませんよ」
両手に握るはお菓子作りには絶対使いません、刀身長方形の中華包丁。外見年齢と設定年齢にかなりの差分が見られる朱鬼さんは、天使のような笑顔を浮かべながら、しかし全身から滲み出る殺気を隠そうとはしなかった。
「せやな〜、料理人バカにした罪は思いで〜」
両手に握るは長柄の棍。多分とらハ3に登場するヒロインで、倫理的にいちばんヤバイガメラは、口から火こそ吐かなかったが、明らかに怒っていた。
ちなみに美紗斗は、一度として料理人をバカにしてはいない。そもそも、件の発言をしたのはア○アコッ○の専属コックである。ちょっと冷静に考えてみれば、美紗斗自身に罪はなく、彼女が怒りをぶつけられる理由はどこにもない。
しかし、今の彼女達にはそんな事はどうでもよかった。
今の彼女達に必要なのは、『素材さえ良ければ料理人の腕は関係ない』発言に対する怒りの矛先を向けられる、実体を伴った対象だった。すなわち、怒りをぶつけられさえすれば、相手は誰でも良いのだ!
一方、三者三様、特撮ヒーロー大好きな作者の陰謀により、それぞれ不名誉な(ある意味名誉な)形容を付けられてしまった3人に視線をやり、今のところの何の紹介文も特殊な形容もない美紗斗は、自らの発言を必死に覆い隠そうとする甥の両肩を“ポン”と、軽く叩くと、あまりにも残酷な台詞を彼に告げた。
「……じゃあ、あとは任せたよ」
「なんだってぇ!?」
いつの間にやら座っていた椅子に鋼糸で縛り付けられ、身動きの出来ない状況に追いやられていた恭也は、愕然とした表情で叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! そもそも何で俺が相手をしなきゃならないんですか!?」
「だって、タハ乱暴のナレーションによれば相手は誰だって良いんだろう?」
「だからって何で俺なんですか!? 他にも代わりはたくさん居るでしょう!?」
「情けないな。これで本当に兄さんの息子なのか?」
「とーさんだったら絶対に逃げますってこの状況は!!」
そもそも士郎だったら、こういう状況になる前に何処かへ去っていることであろう。
「本当にしょうのない子だね、君は。そういうところは兄さんそっくりだよ。……恭也、周りをよく見てみなさい」
言われて、なるべく目の前の鬼3人は視界に入れぬよう店内に視線を巡らせる恭也。
次の瞬間彼は、別の意味で愕然とした。
「フィアッセ? 月村? 神咲さん!? ど、どういうことだ? 誰も居ないぞ!?」
「彼女達はさっさと逃げていったよ。君が『わー! わー!』なんて横槍を入れ始めた辺りから」
「そ、そういう事は早く言って下さい!!」
「それじゃあ恭也、頑張ってくれ」
「せめて鋼糸を解いてから行って下さい!! ……っていうか、美紗斗さんはこれからどこにいくつもりですか!?」
すでに旅行鞄を用意し、出発の準備はすでに整った感のある美紗斗。いつ間にやら彼女の手には、赤い表紙の四角い手帳が握られていた。
美紗斗は椅子に縛り付けられたままもがき苦しむ恭也を振り返ると、にっこりと笑った。その笑顔に、恭也は一瞬現在置かれている状況も忘れ、思わず見惚れてしまう。こと女性関係では鈍感で朴訥な彼であったが、その彼をして見惚れてしまうほど、美紗斗の笑みは上品で、美しかった。
……次の台詞さえなければ。
「勿論、極上の素材を探しに行くんだよ」
「ちょっとマテェ!!!」
しかし美紗斗は待たなかった。
すがる甥の(怨嗟の篭もった)視線を振り切って、彼女は映画のワンシーンのように、優雅にコートをはためかせ、旅行鞄を引き摺って翠屋を後にした。
……あとに残されたのは――――――
「さぁ、お師匠、堪忍してくださいね〜」
「ふっふっふっふ……とうとう師匠を超える日が来たようですね」
「恭也ぁ、恨むなら美紗斗さんと血が4分の1繋がっている自分の出生を恨みなさい」
暴走する鬼達と、
「み、みんな、正気に戻るんだ! いや、戻ってくれ!! 戻ってくださいお願いします!!!」
錯乱する御神の剣士。そして……
「……きょーや、頑張って!」
事情を何らわきまえぬ妖狐の、4人と1匹だけだった。
そしておそらくこの陣容は、数分後には3人と1匹に変わるであろう。
かくして、美紗斗は旅に出ることになった。
目的はただひとつ、『娘のために極上の食材を手に入れる』である。
そして彼女は、その目的を完遂するために、旅の友(供)として、ひとりの男を招集した(巻き込んだ)。
その、男とは……
「何でよりにもよって恭也くんでも耕介さんでもなく、美紗斗さんと接点一番薄そうな俺なんですか!!?」
「私だって一緒に旅をするのなら、見ているだけで目の保養になる美少年の方がよいに決まっているじゃないか」
「いや、俺、一応成人してるんですけど…」
その辺りに関してはやっぱりノーコメントである。
それに、よく言うではないか!
「何を?」
心は永遠の15歳……と。
「そんなんで納得出来るかぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
やれやれ、我がSSにおける最近の男性陣は怒鳴ってばっかりである。
「お前のせいだ!!!」
……かくして、美紗斗と真一郎の旅は作者の陰謀と美紗斗の独断によって始まった。
彼女達の旅はまさに苦難の連続であった。
そしてその全容は……
次回にて!
「……は?」
いや、この話実は前後編の二編一話構成なのよ。
「え? 嘘ッ!?」
いやいや、ホントホント。
「じゃ、じゃあ……タイトルの『美紗斗さん、料理する!』って、タイトルに偽りありじゃないか!」
あ〜〜〜、そうだね。美紗斗、料理してないもんね。
……んじゃ、タイトル改名しよう。
「は?」
『美紗斗さん、料理する!』改め、タイトルは……
美紗斗さん、旅に出る!
これならどうだ?
「アホか〜〜〜〜〜〜!!!」
「ところで美紗斗さん」
「なんだい、真一郎くん?」
「材料を集めに行くのはいいんですけど、何を作るかは決まってるんですか?」
「ああ、当然じゃないか」
美紗斗は真一郎ににっこりと笑いかけた。それは生粋の朴念仁・高町恭也をして見惚れたあの微笑みだった。
「美由希は初心者だからね。カレーにしようかと思ってる」
次回へ続く……
〜あとがき〜
どうも、連載抱えているくせにこんな話ばっか作っているタハ乱暴です。
今回のお話はいかがだったでしょうか?
当初は先の2作同様1話で纏めるつもりだったんですが、キリが良かったので前後編にしてしまいました。笑いのボルテージが上がり切らないで読み終わってしまったかどうか、たまらなく不安です(そもそも、こんな話で笑ってくれたかどうかが不安ですが)。
さて、次回はいよいよ材料集めの旅&料理編です。
料理といえばタハ乱暴は昔、電子レンジでゆで卵を作ろうとして失敗したクチですが、初めてKanonをプレイした際、主人公に物凄い親近感を抱きました。ええ、勿論カップ焼きソバのネタです(苦笑)。
ではでは〜
ところで本文中に出てきたアイア○○カの自伝ですけど、私も読んでみましたけど、8割方どうでもよい内容の本でした(笑)。
立ち読みなんで内容もうろ覚えなのですが、自分の私生活ばっかり書いてありました。買わない方が、身のためです。
カレーを作るために美沙斗が向かった場所とは。
美姫 「やっぱり、インドにスペイン、後は…」
まあ、無事に済むとは思えないな。
美姫 「そうね。一体、次回はどうなるのかしら」
主に真一郎が。
美姫 「次回を待ってますね」
ではでは。