注)この話はHeroes of Heartに登場するオリキャラ……闇舞北斗のストーリーであり、本編開始前の外伝的内容となっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1973年3月25日

 

 

 

 

 

広々とした部屋を、華麗なる旋律が支配していた。奏者は1人で、聴衆はいない。美しく奏でられるメロディには不釣合いなその事実に、もし1人でもその音を聞く者がいれば驚愕を禁じえなかっただろう。

しかしそれは至極当然のことだった。男は世間に名の知れた奏者でもなく、男が笛を奏でる場所は一個人の一室に過ぎないのだから。

扱い慣れた拳銃ではなく、美しきフルートを両手にし、戦闘服に身を包んだ北斗は一心不乱に曲を吹き続けていた。

曲は“リフレイン”。2人の“友情”をテーマに歌った、小学生の合唱でよく題材になるほどにシンプルながら、それゆえに歌詞、メロディともに奥深い曲。

奏者によって、また歌い手によってはありふれた平凡な曲にも、大家の名曲にもなりえるメロディは、今、北斗の手で奏でられることによってそのどちらでもない、中間とも言い難い曲になっていた。それは数多の命を奪ってきた修羅の道を歩む男が、人生の中で培った数少ない“友”との時間に想いを馳せながら吹いているからか、それとも、その想いを大切しながら、その“友”に対して言葉にし難い怒りを覚えているからなのか。“友情”と“憎悪”の境界で揺らぎ続ける“友”への想いは、曲自体にも影響を及ぼしているようである。

後に“世紀の歌姫”と呼ばれることになる“うたうたい”は言う。

曰く、

 

『“うた”というのは、自分の魂を聴いてくれる人たちに伝えるものだ。魂を篭めるものなのだ』

 

しかしそれは、“うた”のみならず、そのメロディもまた一緒なのだろう。歌い手が魂を篭めるから、演奏者もまた自らの想いを、魂を篭めてメロディを創っていく。乗せていく想いが歌のテーマに沿わぬものであれば、曲がおかしくなるは至極当然なのかもしれない。

しかし、曲の印象自体はおかしくとも、奏でられるメロディはまさしく“本物”だった。

 

(――不思議だ)

 

相反する“友”への感情の制御に苦闘しながらも、北斗は自身が奏でるメロディが、自分が奏でているものであると信じられなかった。それほどまでに、今日の北斗のフルートの音は冴え渡っていた。

 

(光の笛を使っているからか…?)

 

北斗が手にしているのは、普段彼が愛用している練習用のフルートではない。光が残していった、彼女愛用のソプラノフルートである。

通常のフルートよりも尺の短いソプラノフルートは、本来は北斗のように手の大きい人間には向かない。だから北斗は練習の際、何度も指が曲に追いつかなくなって失敗を繰り返していた。

しかし、今、この瞬間だけは、まるで踊るように指が動いてくれる。まるで、光のフルートを吹いていることで、彼女の繊細なタッチが乗り移ったかのように。

 

(光……)

 

――自分は今、彼女と一体となってフルートを吹いている。

そう考えることだけが、北斗の心を慰めた。

煮え滾るマグマのような“憎悪”に静かな雨を降らせて冷え固め、静謐な“友情”の大地を守る。かろうじて保たれている均衡は、しかし、曲を吹くのをやめれば崩壊する。

そして、そんな繊細な人の心を知らぬ機械の人形達は、無惨にも北斗の心を掻き乱すかのように通信機を鳴らした。北斗は、通信機を無視してフルートを吹き続けた。

 

(あと少し…せめてこの曲が終わるまでは……)

 

曲がクライマックスへと運ぶにつれ、北斗の中の想い……獅狼への“憎悪”と“友情”、そして光への“愛”が、三者三様のメロディとなって北斗の中を、部屋中を駆け巡る。

通信機のアラームが、一層の大きな音を立て始める。

北斗もまた、より一層の大きな唸りを生み、曲に命を吹き込む。

 

「…………!!!」

 

最愛の者を失った悲しみが、爆ぜた!

親友を想う男の心に、烈風が吹き荒れる!!

……そして、結晶した怒りだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart外伝

〜漆黒の破壊王〜

――奪われた誇り――

第十三話「守るべき男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妙に頬がくすぐったい。

それに、妙に荒い息遣いが聞こえる。

まるで誰かに舐められているようだと思ったとき、意識は急速に覚醒していった。

視界が暗い。どうやら自分は目をつぶっているらしい。

これでは何も見えないわけだと、ゆっくりと瞼を開いてみる。はたして、最初に彼女の視界に飛び込んできたのは――

 

「……え?」

 

子犬だった。体長は30センチほどだろうか。少し汚れた茶色の毛並みがまず視界に入り、次いでまだ乳歯も生え揃っていない口が映る。子犬は、どこか愛くるしい仕草で自分の頬をペロペロと舐めていた。

 

「――!?」

 

いくら子犬といえど、眼前という間近で、それも判断力が鈍っている起き抜けで直視すれば迫力は成犬のそれと一緒だ。子犬の真意はどうあれ、見上げる視線が獰猛なものに見えたとしてもしょうがない。

一瞬の硬直の後、薄い毛布を跳ね除けて起きた光は、眼下の子犬の大きさが30センチにも満たないと判っても、まだしばらくの間激しい動悸と格闘せねばならなかった。

心臓に手を当て、しばらくじっとしていると徐々に鼓動が緩やかなペースを刻み始める。

ようやく鼓動が落ち着いたところで、彼女はふと思い出したように跳ね除けた毛布を見つめた。

一体誰がかけてくれたのだろうか? 一体いつ自分は眠ってしまったのだろうか? いや、それよりもここは何処なのだろうか?

思考がまとまらない。意識ははっきりとしていたが、まだ自分の判断力は正常ではないようだ。

とりあえず辺りを見回してみる。それ以前の経緯はどうあれ、まずは、ここが何処なのかを確かめねば。

がらんとした部屋だった。いや、部屋と呼ぶには広すぎる。まるで倉庫か学校の体育館のように天井が高い。やはり高い位置に設けられた窓はどれも風で“ガタガタ”と震え、随所にヒビの入った物やすでに割れてしまっている物などは、もはや窓としての機能を果たしていない。

床はコンクリートが剥き出しになっている。かろうじて自分が寝ていた場所は何者かによって布団が敷かれているが、その他には何も――――

 

「……新谷さん! 田村さん!」

 

彼女のいる場所には照明がなかった。ゆえに彼女は、直前になるまで彼女のすぐ側で同じように毛布に包まれて気を失っている2人の女生徒の存在に気が付かなかった。

死んだように昏々と眠り続ける2人を見て、光の脳裏に一瞬最悪の考えがよぎる。慌てて2人の顔に手をかざすや、息があることを確認してほっと安堵の溜め息。

2人の無事を確認し、安心した光が手をどけると、先刻まで光の頬を舐めていた子犬は、まるで人肌の温もりを求めるかのように、今度は倒れている美香の頬を舐め始めた。もしかすると子犬は、彼女達に母親の熱を求めているのかもしれない。

先刻は突然のあまり驚きもしたが、そうやって考えると子犬が愛らしく見えてくる。

そっと光が手を伸ばすと、人に慣れているのか、子犬は彼女の掌に身を任せた。頭を撫でられて、気持ちよさそうに小さく鳴く。

子犬を撫でながら、光はさてどうしたものかと考えた。

依然として自分達の置かれている状況は不明である。似たような経験から、(四国での時のように、自分達は何者かに軟禁されているのでは…)と、考えが及ぶが、それさえ現状では不明である。また、もしそうだとしたら、ここで迂闊に2人を起こしてもかえってパニックになるだけではないか?

こうしたときに対処法が思いつかない、例え思いついたとしてもそれを実行に移すだけの能力がない自分が悔しかった。無意識のうちに、子犬を撫でる手にも力が籠もってしまう。

――と、その時であった。

がらがらと喧しい音を立てて、金属製の巨大な扉が開いた。

夜気を引き連れて現れたのはひとりの男。おそらくは北斗と同世代の、ギリギリ戦中生まれの男だろう。相当実戦の中で使い込んできたのだろうか、薄汚れた白いトレンチコートからはどこか風格じみたものすら感じる。

 

「あなたは……」

 

光は、はっと息を呑んだ。男を見た瞬間、記憶がフラッシュバックし、気を失う直前の出来事をすべて思い出したのだ。

間違いない。自分や、2人の女生徒を気絶させたのはこの男だ。――とすると、やはり自分達は男によって拉致され、軟禁状態にあるのだろうか。

つくづく自分はこんな役回りが多いと嘆く間もなく、男は倉庫の中へと足を踏み入れた。光達のいる方を目指して、真っ直ぐ進んでくる。

光の手の中で嬉しそうにしていた子犬が、その掌中から勢いよく飛び出して、尻尾を振りながら男を迎え入れるように鳴いた。

男の足元まで駆け寄るや、彼の足にじゃれるように走り回る。照明がないため光には男がどんな表情を浮かべているのかは判らなかったが、どうやら男も満更でもないようだ。

男が徐々に近付いてくるのに伴って、光は無意識に身を硬くしていった。表情には怯えの色がありありと浮かんでいる。

男の顔が、露わとなった。精悍な顔立ちである。ちょっと身なりを整えて街中を歩けば、道行く人の10人に1人か2人は振り返るような好青年だ。歩みこそ真っ直ぐに光達の元へと向けられているが、足下で戯れる子犬に注がれている視線はあくまで優しく、それでいて男らしい力強さに満ちている。

ついに男の全身像が明らかになったとき、彼女と男の距離は2メートルもなかった。

男は、ゆっくりとその場に屈み込んで子犬を抱き上げると、再び立ち上がった。そして視線を光に向けると、急に人懐っこい笑顔を浮かべた。万人が好感の持てる、笑顔だった。

 

「おはようございます」

「え? あ…お、おはようございます」

 

意外にも礼儀正しい誘拐犯の挨拶に、教師という職業柄か自然と返しの挨拶が口から出てしまう。

 

「ん。やっぱ挨拶は大切だもんな。体の調子はどうです? お世辞にも布団は良物とは言えないから、どこか不具合があるようだったら早めに言っといてください。……もっとも、言われたところでどうにも出来ないのが、俺達の現状なんですけど」

「あ、あの……」

「ん、どうしました? どこか具合が悪い?」

 

笑顔から一転して心配そうな表情を浮かべる男。コロコロと表情を変えていく様子はまるで幼い少年のようである。

光は、相手が自分達を拉致した誘拐犯であるにも拘らず、男の笑顔に毒気を抜かれてしまっている自分自身に戸惑いを隠せずにいた。

 

「あなたは…誰です?」

「……これは失礼」

 

光の話す内容が、身体の不調を訴えるものではないと判った男は、しかしまだ油断は出来ないとばかりに光の全身を視線で一舐めする。それだけで彼女の身体に異常がないかどうか判ったのか、男はほっと安堵の息をつき、改めて元の笑顔を浮かべた。

 

「たしかに、人に物を尋ねる前には自己紹介をするべきでしたね。僕の名前は……と、その前に、ひとついいですかね?」

 

子犬を抱えながら人差し指を立て、男はおずおずと申し出た。判断材料のない光には頷くほかない。

 

「実はこの喋り方……結構、無理してるんですよね。…敬語って、どうも苦手で」

 

苦笑いで言う男の意図を悟った光は、なんだそんなことかと「普通に話しても構いませんよ」と、言った。

それに「すんません」と、返す男の態度は、被害者に対する誘拐犯のものではない。

 

「……と、んじゃ、改めて自己紹介をさせてもうらぜ。俺の名前は小島獅狼。よろしくな」

 

誘拐犯としての自覚がまったくないのか、男は何の躊躇いもなく自らの名を明かした。先の事を考えていない……というよりは、気にしていないのだろう “敬語”という拘束から解放された彼の表情は、一層晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。

小島獅狼……その名前を聞いて、光は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。一切の思考が停止し、ただ心臓の動悸だけがまたしても激しくなっていく。

 

(小島獅狼って……まさかこの人が北斗の昔の親友!?)

 

一瞬の空白を置いて、再開する思考。

突如として突きつけられた目の前の事実に体はどう反応するべきか迷っているらしく、何か言葉を発しようと開いた唇はワナワナと震えるだけだった。

そんな光の内心の驚きなど露知らず、獅狼は茫然とする光に苦笑を向けながら、彼女の手をがっしりと握った。北斗同様、巌のように硬く、大きい、しかし安らぎを与えてくれる男の手だった。

 

「その様子だと闇舞のヤツから色々と聞いてるみたいだな。ま、安心してくれ。そこで寝ている2人も含めて、あんた達に手は出さないからさ。……夏目光さん」

 

二度目の驚愕が、光の心をヒットした。

気を失わされる直前の獅狼の言動から、彼が自分達の素性を知っているうえで誘拐したのであろうことは予想できていた。“推測”は獅狼の言葉によって、“確信”へと変わった。

 

「あなたは……」

 

光は、舌で言葉を探しながらおずおずと口を開いた。相手の素性が明らかとなった以上、これからの言動は細心の注意をはらって行わなくてはならない。相手はただの誘拐犯ではない。北斗のことを仇と見ている、彼の親友なのだ。

決意とともに開かれた光の口は、しかし獅狼によってやんわりと塞がれた。

 

「ストップ。色々聞きたいことはあるだろうけど、まずはそちらのお嬢ちゃん達を起こさないとな」

 

「話はそれから…」と、付け加え、にっと笑いかけるや獅狼は未だ気を失っている涼子の側へと移動した。子犬を床に降ろし、被せられた毛布を取り払う。

 

「…………」

 

眠っているのとは少し違う、静かに両目を閉じた涼子の表情を見つめながら、獅狼は顎に手を当ててしばらく無言でいた。少女を観察する眼光は鋭く、その表情は真剣そのものである。

獅狼の様子があまりにも真剣であるため、光も、何事かが涼子の身に起きたのでは? ……と、獅狼の一挙一動を、固唾を飲んで見守った。

獅狼は、涼子の身へ手を伸ばそうとして……躊躇い、再度その身に触れようとして……やはり躊躇した。

そして光に向って、一言。

 

「……どこまでがセクハラになりますかねぇ?」

「……さぁ?」

 

何をもってセクハラとするかしないかは、される側の感性に依存する。当の本人が気を失っている状態では、判断のしようもない。しかし相手は年頃の娘である。教育者として、一応、釘は刺しておくべきだろう。

 

「……出来るだけ胸とお尻は触らないようにお願いします」

「はい」

 

器用に背中と腹部だけに手を当てて仰向けに抱き起こした獅狼は、おもむろに背骨にそって指を這わせた。

見方によっては淫猥ともとれるその動きは、しかし目を閉じ、何かのツボを探っているようにも見える獅狼によって、まったく別の意味があるのだと気付かされる。

やがて目当ての“何か”を見つけたのか、カッと獅狼の両眼が開かれるや、閃光の如く獅狼の手刀が閃いた。

 

「……!」

 

光が驚きの声を上げる間もない一瞬の出来事。

涼子の背中から鈍い音がして、獅狼はニヤリと微笑を浮かべた。

 

「……これでよし。すぐに気が付く」

 

わざわざ声に出したのは、光を安心させるためなのだろう。事実、光は僅かながら涼子の睫毛が“ピクリ…”と、動いたのを見逃さなかった。

獅狼はそっと涼子を布団の上に横たえると、続いて美香の側へと移動した。涼子にしてやったのと同じように背中に指を這わせ、手刀を閃かせる。

 

「……これでよし。あとはこのお嬢さん達の体力次第だ。……人並みに体力があれば、5分で目、覚ます」

 

意外にも先に意識を覚醒させていったのは美香だった。涼子の方が活発な印象があったので、これには光も素直に驚いた。

まだ頭がぼんやりとしているのだろう、虚ろな視線の2人を並べ、光を横に座らせると、獅狼は“パンッ”と、手を叩いた。音響で倉庫全体に打撃音が広がり、2人の少女のみならず光までもが反射的に“ビクリッ”と、身を震わせる。

ようやく完全に意識を覚醒させた2人を待っていたのは、激変した周囲の環境、そして状況だった。

 

「ちょ、え、こ、ここ何処よ!?」

 

大声を上げたのは涼子である。音響によってその声は倉庫中に広がり、耳元で怒鳴られた美香などは頭を抱えていた。

その美香は、激変した周囲の環境、状況に驚きはしたが、さして大声を上げるようなことはせず、周りを見回して状況を把握しようと努め始める。どうやら適応能力は美香の方が上らしい。真っ先に光や獅狼の存在に気付いたのも、美香だった。

 

「おはようございます、お嬢さん方…」

 

それぞれが違った態度で茫然とする2人に、獅狼はペースを崩すことなく笑いかけた。しかし、さしもの獅狼の屈託のない笑みも、いきなり絶海の孤島に放り出されたにも等しい2人の少女には通用しなかった。

美香は突然の挨拶にどう反応すればよいのか迷い出し、涼子にいたっては、それまで視界にすら入っていなかったのだろう、突如現れた謎の男の、あまりにも日常を感じさせる挨拶に言葉を失っている。

それぞれの反応に、獅狼は少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

「……最近の学生は挨拶もまともに出来ないのかよ」

「心苦しいばかりです…」

 

憤慨しているというよりも、自身が歳をとってしまったことを嘆いているように聴こえるその言葉に、光は、置かれている状況にも拘らず乾いた笑みを浮かべるしかない。

 

「……ま、とりあえず全員気が付いたところだし、色々とお話しましょうかねぇ」

 

少しだけ寂しげな憂いを引きずった笑顔で、獅狼は切り出した。

未だ状況説明さえされていない涼子と美香が目を丸くするが、説明に割く時間が惜しいのか、気にせず獅狼は話し出す。

 

「まずは……ここが何処だか、だな。ここはある貿易会社が昔使っていた倉庫のひとつだ。元は生鮮食品の貯蔵庫だったらしいけど…ま、今は見る影もないわな。冷蔵庫もないし。あんた達は現在、その倉庫に軟禁されているってわけ」

 

薄々は現在の所在に気付き、状況にいたっては確信すら抱いていた光は、獅狼の話を聞いてもあまり驚かなかった。

驚いたのは涼子と美香の2人である。それまで何の不自由もなく暮らしてきた2人の少女は、唐突に現れた非日常的な事態に対して驚愕以外の術を持ってはいない。涼子はおろか美香でさえ、さらりと明かされた事実に絶句している。

無理もないことだった。北斗と知り合ったことである程度の事態に対する免疫が備わった光と違い、裏の世界はおろか、表沙汰になるような犯罪とさえブラウン管を通してでしか関わったことのない2人には、その告知は酷すぎた。

いち早く自分達の身に起きた事態を受け入れた美香は、獅狼に向って問う。

 

「それは……私達が誘拐された、ということですか?」

「ん、そうだ。お嬢さん呑み込みが早いね。世の中の人間がキミみたいなのばかりだったら、俺達もラクで済むんだけどなぁ」

「目的は……」

「ん?」

「目的は何なんです? 誘拐の目的は?」

 

光の頭の中では、すでに誘拐の目的はただ一つの可能性に絞られていた。闇舞北斗、小島獅狼、そして自分の名前が出て、誘拐の目的がそれ以外にあるとは考えられない。

しかし、所詮は可能性である。推測にすぎない。しかしその推測は、今、はっきりとした確信に変わろうとしていた。

 

「…………キミ達を攫った目的……それは、ある男をおびき寄せるためだ」

 

“ドクンッ……”

 

「ある男」……そのフレーズを聞いて、光の心臓の鼓動が高鳴る。

 

「その男は、ごく一部の人間からは『世界最強の男』とすら呼ばれる男で、君達の見知らぬ裏社会を根城としている男だ」

 

もう間違いがなかった。やはり獅狼は、そのために自分達を攫ったのだ。

 

「おれはそいつに恨みがある。その復讐のために…ヤツをおびき寄せるためにキミ達を攫った。…ま、いわゆる“人質”ってヤツだな。……いや、むしろこの場合は“餌”か?」

 

本気で自問自答している獅狼に、事の経緯を知る光は相変わらず真剣な眼差しを、獅狼の言葉に茫然とする美香と涼子は愕然とした視線を送った。

“人質”は古来よりそうした荒事の際、様々な意味合いをもって行われる常套手段である。それぐらいのことは裏社会の人間でなくとも、歴史を教える立場にある光には周知の事実だ。しかし、荒事の経験はおろか、そうした知識を教えられてもテスト以外に使い道のない美香達には、獅狼の言う“人質”や“餌”の意味が理解出来ない。

そして彼女達は疑問に思う。『何故、そんな人物をおびき寄せるために無関係な自分達が巻き込まれなければならないのだろうか?』と。

しかしそれは間違いだ。3人の中で最もと関係が深いのは光であるが、如月学園という学び舎を通してとの繋がりは美香達にもあるし、そもそも、関係があるかどうかなど、それこそ今回の場合は人質にとっては無関係である。

 

「……多分、君達は今、『そんな事のために何で無関係な自分達が攫われなくてはならないのか?』…って、疑問に思っているだろ?」

 

 美香達の視線に気付いた獅狼が、苦笑しながら訊ねる。今まで長い間こうした機会に恵まれなかったのだろう。苦笑いからは表社会の――それも10歳以上年下の――娘達にどう説明してやるべきか、苦悩の色が窺えた。

 美香達は「うん」とも「すん」とも言わなかった。

 仕方なしに獅狼は独り言葉を紡いでいく。

 

「そいつと君達の間に、密接な繋がりがあるかどうかは、この際関係ねぇんだ」

 

 は裏社会に生きる人間、それもその世界でトップクラスに位置している男である。しかし、そんな彼にも日常を過ごす居場所や、戦いで負った傷を癒すための居場所は必要だ。そして、それは硝煙の香り渦巻く裏社会ではなく、平穏な表社会に求められる。ゆえに彼は、自らの名前が表社会で一般的になるのを望まない。いや、してはならない。すれば、彼は表社会での居場所を失ってしまう。

 

「人質っていうのは便利だよな。身代金に、仲間の釈放…それに要注意人物の引き渡し……事件が大きければ大きいほど、人質の数が多ければ多いほど、関係者の名前は世間に知られることになる。まぁ、まだ声明は出してないから、ヤツの名前はごく一部の人間にしか知られていねぇが」

 

それがせめてもの救いである。声明が出され、『闇舞北斗』の名が浮上すれば、彼はもはや表世界でひっそりと生きてゆくことは叶わない。警察も大々的に動くだろうし、下手をすれば地球防衛軍を敵に回すことになりかねない。裏社会に生きる人間にとって、それだけは絶対に避けなければならない事態なのだ。

獅狼は、説明を受けてなお、未だ茫然としている2人を見た。彼女達はまだ自分達が置かれてしまった状況に信じられないといった様子で言葉もない。

 

「ヤツにとって自分の名前が表社会に出ちまう事は由々しき事態だ。だから、ヤツは自分の名前が露見しないよう、必死になって君達を連れ戻そうとするだろう。

……いや、もしかしたらもう動き出しているかもしれねぇなあ。アイツの事だから」

 

「昔から結構せっかちなトコ、あったし」と、思い出し笑いで唇を歪める獅狼は、そこで一旦言葉を区切った。

彼は一瞬素の表情に戻ると、3人の様子を見比べてから、次の言葉を言うか言うまいか、逡巡した。その言葉を言った後の3人の反応を思ってのことである。獅狼は、やがてその視線を光に向けた。

北斗と最も繋がりの深い彼女。まるで値踏みするようにまじまじと視線を注いで、彼は何か決意を固めたように目を閉じた。

その一連の動作は、獅狼の主観では1分ほどのことだった。しかし、実際には1秒にも満たぬ一瞬の事であった。

獅狼は、重い唇をゆっくりと開いた。

 

「…………それに、実のトコ、その男と君達との間には、大なれ小なれ、繋がりがあるからな」

 

その言葉に、光は目を見開いた。

 

(まさかこの人、2人に北斗の事を言うつもり……!?)

 

光の表情の変化に視線を逸らし、“ボリボリ”と頭を掻き毟りながら獅狼は、「隠し事は嫌い…っつうか、苦手なんだよな」と、ひっそりと呟いた。まるで窓ガラスを割って親に叱られている最中、親の咎めるような視線から逃れる少年のようであった。

 

「…な、何よ、それ!?」

 

涼子が、わけがわからないといった風にわななく。

 

「何よそれ!? そんなわけあるはずないじゃない! わ、私達とそんな人に繋がりなんて……」

「いいや、あるんだよな、これが……」

 

獅狼が、言い辛そうに切り出す。

 

「……その男を、キミ達は知っている。キミ達、今年で2年だろ?」

 

制服の学年色を指差しながら、獅狼が言った。美香と涼子は、その問いに頷きで答えた。

 

「だったら知っているはずだ。君達も1回くらい授業受けてるだろうし、世間一般じゃ行方不明になった人だから、1度くらいは話題にも上ってるだろうし」

 

美香と涼子の表情が、硬化した。

まさか……まさかその人物…………『世界最強の』男というのは――――

 

「……男の名前は、闇舞北斗。…如月学園の、元教師だよ」

 

獅狼は、何故か申し訳なさそうに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“バタン……”

 

倉庫の扉は巨大であるがゆえにその余韻も大きい。

その余韻が鳴り止まぬまま、獅狼は独り夜気に向ってそっと溜め息をついた。

 

「大分お疲れのようですね」

 

そんな獅狼を気遣って、近くまで寄ってきた戦闘員のひとりが心配そうに言う。戦闘員達の、リーダー格の男だ。

 

「ん? ああ…まぁ……な。現役を離れて10年以上経つけど、今時の女子高生と話すのはどうも緊張するなぁ」

 

心労を紛らわすためだろうか、獅狼はあえて冗談っぽい口調で言った。そんな獅狼に、覆面越しだったが戦闘員もまた笑みを浮かべる。

しかしその笑みは一瞬にして凍りついた。彼は姿勢を正すと、獅狼に向って敬礼をした。

敬礼を向けられた獅狼もまた佇まいを正すや真剣な表情に戻り、「うむ」とばかりにひとつ頷く。

 

「報告します! “クレイモア指向性対人地雷”50基、全ての設置を完了。現地8名の戦闘員はそれぞれの持ち場に配置完了。各員装備に問題なし。本報告終了後、自分も持ち場に戻ります」

「“ミニガン”は?」

「全システム・チェック完了。問題なし。“対闇舞北斗用特殊ME弾”の装填を完了!」

「抜かりはねぇってことか……」

 

リーダーの報告に、“ペロリ”と上唇を舐める獅狼。

戦闘員が言った“クレイモア指向性対人地雷”とは、直径1.2mmの鉄球を700個内蔵し、爆発させたい方向にのみ700個の鉄球を極めて高い速度で飛翔、敵を殺傷させる指向性の、対人地雷である。通常の地雷と異なり、鉄球を飛ばすため地中ではなく4本の足を地面に突き刺して、爆発させたい方向に向けて設置されるのが特徴で、大規模部隊の進攻や、拠点防御などに絶大な威力を発揮する、たかが鉄球と侮れない威力の兵器である。

“ミニガン”とは、本来航空機などに搭載される“M61・20mmバルカン砲”を小型化した物で、正式な名称は“M134”。口径は7.62mmで、毎分2000発、ないし4000発という圧倒的な速度で弾丸をばらまく鉄の死神である。

しかし、はたして“対闇舞北斗用特殊ME弾”とは一体なんなのか……?

戦闘員の報告を聞き終えた獅狼は、踵を返して自分の持ち場へと戻ろうとするリーダーの背中に、声をかけた。

 

「おい……」

「はい?」

 

振り向くリーダーは、これ以上何か言うべきことはあったかと自問しながら振り返る。

獅狼は、ひとつ呼吸を置いて、静かに、自らの想いを言葉に、言葉を夜気に乗せて言った。

 

「お前達の行動にもう今更何も言うつもりはねぇが……これだけは言っとくぜ」

「……」

「……絶対に、命を粗末にするんじゃねぇぞ!」

 

相手は戦いの天才・闇舞北斗。軽はずみに『絶対に死ぬな』などとは、言えない。そんな無責任な台詞を、言えようはずがない。

だから今はこれが精一杯。絶対に命を粗末にするな。自分の命を守ることを最優先に行動せよ……としか、言う他にない。

リーダー格の戦闘員は、獅狼の言葉に力強く頷いた。その表情は覆面越しだったが、獅狼にはとても頼もしいものに思えた。

そして彼は、自らの上司、敬愛すべき“少年”に向って、言った。

 

「私は今、あなたとこの場所に居ることを……あなたのために戦えることを、誇りに思います」

「……俺もだ。ったく、とんでもねぇ幸せ者だよ、俺は。お前達のような、素晴らしい仲間に出会えたんだからな」

 

獅狼は笑った。リーダーも声を上げて笑った。2人の男は、年の差など関係なしに顔を見合わせ、笑いあった。

ふと真顔に戻ると、2人はほぼ同時に踵を返し、互いに背中を向けた。

 

「じゃ、俺は倉庫に戻るから。しんがりは、任せたぜ」

「……守りましょう。必ず」

 

獅狼が依頼し、戦闘員が応じる。

そして2人は歩き出した。

各々自分のなすべき事を、果たすべく。

 

「作戦開始だ……」

 

ポツリと、獅狼が夜空に向って呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に、特に意識していたわけではなかった。

ただ、戦闘者ゆえのセンスというか、勘というか……とにかく、そうしたものが働いたのは間違いない。気が付いたときにはもう、俺の体はその身に秘められた改造人間の“力”を解放していた。

基本的な身体能力の底上げがなされると同時に、急速に覚醒していく各種の感覚器官。超越感覚は目覚めるやすぐにその役目をはたしてくれた。可視光線はおろか、X線や赤外線すら捉えることの出来る視覚は、すぐさま周辺で活動する生命の“熱”を映像として映し出し、1キロ先の泥沼に落ちた針の音すら捉えられる聴覚は、ソナーの如くその位置を割り出す。

『ダーク』の情報部から得た情報を元にイスカリオテを走らせ、辿り着いたのは海際に位置する今は使われていない倉庫街だった。緻密な情報の取捨選択、そして分析の末に判明した、獅狼のアジトである。ここに光達が囚われているかどうかはまだ不確定だったが、『ダーク』のコンピューターが弾き出した解答によれば、79%の確率で人質はこの場所に捕らえられているという。

倉庫街に到着してまず目についたのは、その立地条件の良さだった。銃撃戦の際、壁に遮蔽物の多さもさることながら、都会から遠すぎず、近すぎず……なるほどこの日本で敵を迎え撃つには最適な場所に位置している。ここならば、いくら銃を乱射しようと滅多なことでは気付かれない。

倉庫街の何処に居ても、20秒以内で駆けつけられるようアイドリング状態のままイスカリオテを停車し、俺はH&K・G3を抱えて倉庫街へと足を降ろした。G3のセレクター・レバーは、フル・オートの位置に固定する。

ふと、苦笑が漏れた。こんなところランバート少佐に見られたら、鉄拳制裁ものだ。

市街地におけるCQB(近距離戦闘)で最も注意すべき事は、敵味方の素早い識別だ。敵との遭遇を果たしたら、少なくとも2秒以内に敵か味方かを判別しなければならない。識別に2秒以上の時間をかければ自分が悲惨な目に遭うだけだし、かといって焦って識別もままならぬまま撃ってしまえば、もしそれが友軍であった場合取り返しの付かないことになってしまう。まして、今回のケースの場合、識別すべきは光達人質の3人と、小島達の犯行グループである。救出にきた人質を誤って死なせてしまったとあれば、眉唾ものである。

ゆえにCQBでセレクター・レバーをいきなりフル・オートの位置に移動させるのはご法度だ。何かの拍子にトリガーを引いてしまったら、元も子もない。下手をすれば単に自分の位置を相手に知らせるだけの行為に終始してしまう可能性がある。

…………とはいえ、だ。超越感覚が捉えた生命の反応はいずれも人のソレではない。おそらくは獅狼の部下――〈ゲルショッカー〉の改造人間。先制でどれだけの弾丸を相手に撃ち込めるかで、その後の展開は大きく左右される。

よってG3のセレクター・レバーはフル・オートのままに、俺は銃口を下に下げながら壁伝いに倉庫街へと紛れた。

超越感覚の恩赦によって、敵の位置は一目瞭然だった。北に2人、南に1人、西に3人、北西に2人の、計8人。南の敵からさらに離れた場所に別の生命反応があるが、距離が遠すぎるせいか、そこに“居る”としか判らず、人数までは分からない。

俺の現在位置からもっとも近いのは西の3名。距離はだいたい100メートルほどで、ゆっくりと警戒しながら進んで2分ほど。倉庫という遮蔽物のためにその姿は、まだ見えない。

姿が見えないということは今のままではいくら撃っても相手には必中しないということだ。よって、俺は連中に向ってさらに近付いていかねばならない。相手もまた、俺の接近には気付いているはず。下手な小細工をするより、真っ直ぐ進んでいくのが得策か……。

G3の銃口を腰の辺りまで上げながら、俺は開いている右手で首元の襟の下に取り付けられたスイッチを押した。

戦闘服の背面に取り付けられた小型バッテリーから、全身の筋肉に電流が流れ出す。かつてSIDE〈イレイザー〉で使用していた戦闘服に、『ダーク』が改良を加えた新戦闘服は、バッテリーのさらなる小型化、電力強化によって筋力強化機能が強化されている。のみならず、迷彩塗装を施された戦闘服はそれ自体が耐熱、防弾性に優れ、かつ柔軟性にも優れた一品だ。着用者に軽快な運動を提供しながら、着用者の肉体を守るための機能も充実している。

来るべき戦闘に向けてのすべての準備を終え、俺はそろりそろりと足を運んだ。周囲にトラップがないかどうか確かめながら、摺り足で移動していく。

 

「ん?」

 

言ってる側から、である。

次の一歩を歩き出そうとしていた右足の数ミリ前で、ピアノ線が張られていた。おそらく、何らかのトラップの発動キーだろう。

無色透明のピアノ線は、昼間においてさえ発見はかなり困難である。まして夜間での発見はよほどの注意力がなければ不可能である。

ピアノ線に沿って視線を伝っていくと、案の定そこにはクレイモア指向性対人地雷が鎮座していた。倉庫が並ぶブロックと、ブロックを結ぶ広い通路の陰に置かれ、その存在を秘匿している。

あやうくピアノ線に触れるところだった右足を下げ、改めてピアノ線を踏まぬよう、足を運ぶ。遮蔽物がまったくないブロック間の通路だけに、移動は迅速に行わなければならない。

開戦の合図は、唐突に訪れた。

ワイヤーを跨いで2歩目を繰り出そうとした直後、今まで倉庫街を照らしていたありとあらゆる照明が消え、継いで空に向って1発の鈍い炸裂音が轟いた。光の尾が、広い範囲で辺りを照らし出す。

――照明弾だ!

 

「チィッ……!」

 

迂闊だった。敵が終始迎撃戦に回るとは限らないのだ。気配を探ると、北西に居た2人のうち1人が、10メートルの距離まで接近していた。方向は……向って右側!

ワイヤーを刺激しないよう体を捻りながら左に跳躍し、G3の銃口を真っ直ぐ右側へと向ける。

直後、倉庫の陰から人影が現れた。身長は170センチといったところだろう。体格からして、明らかに光達ではない。

その動きに迷いはなかった。あらかじめ俺の位置を察していただけあって、銃口は真っ直ぐ俺の腹の辺りを狙っている。

G3のトリガーを引いた。

先制の銃火が、弧を描いて人影へと降り注いだ。

 

「……!」

 

敵がトリガーを引くのは、その直後。コンマ1秒にも満たぬ一瞬の差。しかし、音速の何倍ものスピードで飛翔するライフル弾には、致命的なタイムラグだ。G3の放った銃弾は敵の腹部に命中し、相手の放った銃弾――一瞬のことでよくは確認しなかったが、銃声から判断するにおそらくM−14ライフルから放たれたものだろう――は、俺の髪を何本か散らすに留まった。

 

「痛……ッ!」

 

銃撃の直後、俺達は互いには足を動かして移動した。いつまでも開けた通路の上に居ては、両者ともに危険である。倉庫の陰に身を隠し、俺は右手でアサルト・ベストに括りつけた手榴弾をもぎ取った。

2重の安全装置を解除し、10メートルほどを隔てた向こう側に投擲。飛翔時間を考えても、溜めは必要ないだろう。

1秒経って、俺の視界に、つい今しがた俺が放った物とは別の手榴弾が映った。どうやら、考える事はみんな一緒のようである。

時間的に爆発するより早く取って投げ返すことは不可能だ。とにかく、出来るだけ着弾点より遠くに逃げなくては……。物は米国製のパイナップル。逃げる時間は――残り3秒。

俺は足の筋肉をフルに使って走った。

風速や軌道から予想した着弾地点からなるべく離れようと、手も一緒に動かす。向うは――敵が潜んでいる、向こう側のブロック。

 

“バーンッ!”

 

盛大な炸裂音とともに、手榴弾が爆発する。

爆風が背中を押し、脅威の破片が1つ、頬を掠めていく。

 

“バーンッ!”

 

また炸裂音。

今度は俺の背後からではなく、前方から。俺が放った、手榴弾したのだ。

トラップにかからないようコーナーを曲がり、ひとつブロックを越えて銃口を向けたその先には…………手榴弾の爆発から逃れきれず、大量の破片をその身に受けた青い戦闘員がいた。

〈ショッカー〉の戦闘員ならばこれで終わりだ。手榴弾の直撃を受ければ、即死とまではいかずとも、少なくとも戦闘不能にはなる。

さて、〈ゲルショッカー〉の戦闘員は……?

 

「ぐ…そぉぉぉおおッ!」

「やはりまだ動くか……!」

 

破片が刺さったのか、その両眼は開いていない。しかし、それでもなお動き続ける超越感覚から俺の位置を悟ったのだろう。戦闘員が向けたM−14の銃口は、正確に俺の頭部を狙っていた。

 

“ヴァラララランッ!!”

“ドドドドドドンッ!!”

 

フル・オート射撃の二重奏が響き渡り、無数の銃弾が俺の横顔をすり抜け、戦闘員を貫いていく。しかし、それでも致命打にはならない。手榴弾の直撃を受け、2度のフル・オート射撃を浴びてなお、〈ゲルショッカー〉戦闘員は銃口を俺に向けた。

動かした首の位置を元に戻し、俺はヤツの額の位置に照準を定める。残弾は……ちょうど、残り1発。

 

“ドンッ! ……カチッ”

 

G3が、弾切れの合図を起こしたその刹那、俺の目の前で、〈ゲルショッカー〉戦闘員の頭部がザクロのように弾け飛んだ。

至近距離から撃った7.62mm弾は強化骨格をも砕き、赤とピンク色の飛沫を、夜空に散らせる。

 

「1人……」

 

ポツリと呟いた俺の唇に、ピンク色の生温かいモノが触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して幸先の良い勝利ではなかった。

むしろ、〈ゲルショッカー〉の改造人間の生命力の強靭さを見せ付けられただけのような気がする。

液状化していく死体を見下ろしながら、素早くマガジンを交換すると、その先に待っていたのはまたも戦場だった。

 

“ドーン! ドーン! ドーン!”

 

轟音が鳴り響き、ついで空を裂く音が、三連続。

ふと振り返り、上空を見上げると、ゆっくりとこちらに向って自然落下してくる砲弾が……3発!?

 

「迫撃砲かッ!?」

 

射程は短く、弾速も遅く……しかし、高い弾道を描いて着弾することから、迫撃砲は遮蔽物を越えて砲撃するのにうってつけだ。おそらく、先の1人と戦っている間に、位置を探られていたのだろう。

いくら弾速が遅いといってもそれは秒速200メートル前後という世界での話。早急にこの場から移動せねばならないのは明白だった。

しかし、それも迂闊にはままならない。

迫撃砲に装填される砲弾は大抵がHE弾(高性能榴弾)だ。HE弾は手榴弾と同じで、着弾と同時に内部の炸薬が発火、爆発。周囲に弾殻を撒き散らすことで広範囲へのダメージを狙った砲弾である。

迂闊に動いて下手な場所に移動すれば、凄惨な目に遭う。まずは3発の砲弾の着弾地点を見極め、それから最適な移動ルートを選択せねば……

いつでも足を動かせるよう備えながら、俺は滞空する3発の悪魔を睨みつける。

幸いにして榴弾の速度は遅い。飛来する砲弾のスピードは普通の人間にとってはなるほど、いささか酷かもしれないが、俺達改造人間にとっては脅威というほどではない。オマケに榴弾は重い。横風の影響を受ける心配がないから、軌道計算がラクで良い。

とはいえ、命中すればそれで一貫の終わりである。余裕は、それほどなかった。

考えられる最適なコースを選んで、俺は一気に駆け出した。

1秒後、まず先刻まで俺の居た場所――まだ溶けかけの戦闘員の死体があるその地点に、榴弾が命中した。振り向かずとも、その音だけで全てが瓦解したのが分かった。

続いて2発の榴弾が、ほぼ同時に俺の両サイドに着弾する。

破片の1つが、頬を裂いていった。しかし、被害はそれだけで留まった。皮膚が切れ、鮮血が迸るのも構わずに、俺は走り続けた。

迫撃砲の再装填には時間がかかる。もし、連中の迫撃砲がきっかり人数分だけ……3セットだけならば、今のうちに出来るだけ接近しておかねばならない。

コンクリートの上を滑るように駆け抜けると、不意に、俺の前方で、知覚範囲内で1人が動き始めた。迫撃砲を撃っていたとおぼしき、3人のうちの1人である。どうやら、迫撃砲が3セットしかない予想は当たっていたらしい。おそらく動き出した1人は、迫撃砲の再装填、そして動いた俺への再照準のための、時間を稼ぐつもりなのだろう。

俺の視界に、ブルーの戦闘服とライフル銃のマズルフラッシュが入ったのは同時だった。

すかさず倉庫と倉庫の間に逃げ込み、G3で応射。すると相手もまた、倉庫の陰に隠れて、応戦を始めた。

 

“ヴァラララランッ!!”

“ドドドドドドンッ!!”

 

「クソッ!」

 

俺は焦っていた。2本の火線が交差する間にも、着々と迫撃砲の発射準備は整っているはずなのだ。今頃は照準の最中に違いない。

いつまでもこの場に居ては危険である。俺は意を決して、倉庫の陰から飛び出した。

銃弾の嵐が、俺を襲った。身を隠す物など何もなく、ただ照準を逸らすためにジグザク移動をする俺に、敵もまたランダムに撃ちまくる。

はたして、先に弾切れを起こしたのは敵だった。俺はこの隙を逃すまいとG3を構える。が――――

 

“ドーン! ドーン!”

 

二度目の轟音。反射的に頭上を向くと、予め俺が移動することを予測していたのだろう。2発の砲弾はそれぞれが時間差で、別の場所に着弾するような軌道を描いていた。

 

「チィ――――――ッ!!」

 

もはやG3なんて構えている余裕はない。相手との距離は先刻より近くなっているのだ。着弾までの時間も、その分早くなっている。

持てる力の限りを使って足の筋肉を動かし、右へ跳躍。直後、1発目の砲弾がさっきまで俺の居たコンクリートの大地に炸裂した。

いくつかの破片が体に当たるが、どれも戦闘服の優れた防御性能を凌ぐほどの威力は持ち得ていない。倉庫の壁に激突しながら、ほっと安堵の溜め息。しかし、気を抜いていられない。

2発目の砲弾もこの場所なら凌ぐは可能だ。しかし、先刻まで銃撃戦を展開していたヤツは、すでに移動を開始している。

悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がると、丁度その時、嫌なタイミングで件の戦闘員は現れた。しかも、得物がライフル銃から軽機関銃にシフトしているというオマケ付きだ。

 

“ガガガガガガガガッ!!”

 

アサルト・ライフルのフル・オート射撃とは一味違う射撃音。無数の鎌を持った死神は、まだ立ち上がったばかりの俺に切りかかってきた。

いかに改造人間といえど、音速の何倍ものスピードを持つライフル弾から逃れることは容易ではない。ましてこちらは立ち上がったばかりで、まともに足の動かぬ身。左右への移動・回避は、不可能だ。すると残された逃げ場は最悪の場所である。

 

「クソッ!」

 

置かれた状況に対して悪態をつきながら、俺は真上に向ってジャンプ。最も身動きの取り難い、宙へと待った。

 

「馬鹿めッ!!」

 

敵の戦闘員が、叫びながら機関銃の銃口を上と向ける。

――ああ、そうだとも! 俺は馬鹿だ。あれほど“生”を渇望し、親友すら裏切ってきながら、惚れた女のためにわざわざ死地に向うような、愚か者だ!!

G3を真下に向けながら、俺は心の中で毒づいた。

俺とヤツが、ほぼ同時にトリガーを引き絞る。

 

“ドドドドドドンッ!!”

“ガガガガガガガガッ!!”

 

ヤツの体から、赤い血潮が噴出した。

俺の脇腹からも、銃弾が掠め、血飛沫が夜空に舞った。

 

「ぬおおおおおおおおおお―――――――――ッ!!!」

 

射撃の腕前は、ヤツより俺の方が上だった。1発目の銃弾を、機関銃を支える左腕に受けたヤツはそれ以降照準を乱れさせ、俺の腹を掠めていった1発を除いて、銃弾が俺の体に触れることはなかった。

俺はそのまま万有の法則に従って落下した。そのついでに、ヤツに向って右足を突き出した。

 

“ゴッ……!”

 

骨の砕ける、嫌な音。

落下の加速度を受けて威力を増した俺の蹴りは、ストレートに、戦闘員の頭蓋を叩き割った。さしもの〈ゲルショッカー〉怪人も、指令中枢たる脳髄を損傷しては、生きてはいけまい。

頭蓋を砕いた戦闘員の頭部を踏み台に、そのまま地面へと着地する。

――と、みたび前方で、

 

“ドーン! ドーン!”

 

嫌になるような音が響いた。上空を見ると、2発の榴弾がこちらに接近してくる。

俺は、迷うことなく走った。真っ直ぐ、2人の敵が待ち構えている場所へ、走った。

数秒とせず、敵の姿が見えてくる。2人の戦闘員は、急速な俺の移動に、迫撃砲による砲撃を諦めたようで、1人はM−14アサルト・ライフルを、もう1人はM60汎用機関銃を手に、迎撃体勢をとっていた。

敵の動きに先に気付き、動いたのは俺だった。

左腕とともにG3を真っ直ぐ伸ばし、走る足を休めずにトリガーを引き絞る。狙いは――――――機関銃を持っている戦闘員の、頭部。

 

“ドドドドドドンッ!!”

 

烈火の如くG3が吼え、猛り狂う銃弾が牙を剥いた。

一瞬遅れて2人の戦闘員も応射を開始するが、放つ銃弾は俺がいた虚空を裂くばかり。しかし、それは俺の方も一緒だった。残念ながら俺の射撃は、バネッサほど精密なものではない。俺の放った銃弾は、戦闘員の頭部ではなく、胸部へと数発が命中したに留まった。普通の人間相手ならばそれでも十分だが、改造人間相手にはその程度ではまだ、不十分である。

G3の弾が切れると同時に、倉庫の陰へと俺の体は移動する。休みなしで頑張ってもらった両足にしばしの休息を与えることにし、俺はその場に立ち止まり、マガジンを取り替えるや射撃を開始した。

激しい銃撃戦が始まった。連中は距離が近すぎるため、迫撃砲を使うことが出来ないのだ。3人の死闘は、アサルト・ライフルと、機関銃の掃射のみで終始した。

そんな戦いに一石が投じられたのは、銃撃戦が始まって数秒後。M−14を持っている方の戦闘員が突然射撃を止めたかと思うと、手榴弾を投げてきたのだ。しかもご丁寧に、奪って投げ返せぬよう4秒を数えて。

しばしの休息は終わった。まだ休みたいと駄々をこねる両足を叱咤し、俺はその場から全力で離れる。

1秒後、背後で炸裂音がし、烈風が俺の背中を押した。

そして狭い通路の陰を縫って、M−14を構えた戦闘員が逃げる俺を追ってきた。

気配を感じ取った俺は、振り返り、応戦する。

 

「ギイイイイイイイイ――――――!!」

「がああああああああ――――――!!」

 

戦闘員が吼えた。俺も、吼えた。何故だか、戦闘中にはたまらなく叫び出したくなることがある。俺はそれを、戦いから生じる恐怖を体の外に逃すための儀式であると、勝手に解釈している。隠密行動の時以外、俺は出来るだけそういうときは叫ぶようにしていた。そうすると、不思議と頭が冷静になれた。

G3は4発撃って弾を切らした。マガジン交換の余裕は、ない。それは相手も一緒だ。敵も2発撃って、M−14の弾は切れてしまった。ちなみに弾丸は、お互い狭い通路ながら奇跡的に命中していない。

同時に、俺達はライフルを放った。そして俺達は、互いに拳銃を抜いた。皮肉なことに、互いの拳銃はよく見慣れた……ブローニング・ハイパワーだった。唯一、俺のブローニングの方が、『ダーク』の方で改造を施されている点だけが、違った。

 

“ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!”

 

戦闘員がシングル・アクション・トリガーを操作するよりも早く、俺はダブル・アクション・トリガーでヤツの頭をぶち抜いていた。その後も、4発、頭蓋に叩き込む。9mm特殊徹甲弾は、正確に戦闘員の急所を貫通し、破壊していった。

 

「ジェガノ――――フッ!!」

 

倒れていく戦闘員の名前だろうか?

M60を持ったヤツの足音が咆哮とともに接近してくる。1秒と経たず、ヤツは通路の入り口に姿を現した。

得物が違っていた。どうやらM−14の戦闘員と銃撃をしている僅かな隙に、持ち替えたようである。その太い両腕には、ソ連製の対戦車ロケット兵器……RPG−7が抱えられていた。

 

“ドシュッ!”

 

俺は条件反射で伏せた。

頭上を秒速300メートルの衝撃とともに、40mmロケット弾頭が通過していく。

ロケット弾の通過後、俺はブローニングのトリガーを立て続けに8回、引いた。残っていた8発の9mm特殊徹甲弾が、次々と相手の体内に吸い込まれていく。

 

「――シンディ…………」

 

今度は恋人の名前だろうか? それとも、娘の名前だろうか? 一瞬の空白の後、戦闘員は呟いて倒れた。

聴覚に意識を集中すると、心臓はまだ動いていた。俺はブローニングも放り出して、ベルトに引っさげた鞘から電磁ブレードを抜いた。

口から、鼻から、両目から血を流す戦闘員に馬乗りになるや、俺は鈍い光沢を放つブレードを一気に心臓へと突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えげつない殺し方をしやがる……」

 

北斗の現在値から北側にある倉庫の屋根の上。暗視スコープを通して北斗の様子を覗う戦闘員は、言葉に憤怒の色を混ぜながらボソリと呟いた。覆面で隠されているためいかなる表情を浮かべているのかは判別できないが、4人の戦友を失ったことで、禍々しく歪んでいるであろうことは想像に難くない。

 

「トーマス、ラウ、ジェガノフ、ダーウード……」

 

4人の名を呼ぶ声は、怒りのあまり震えてしまっている。

獅狼を含め、この場に集った9人は、みなベトナム時代からの付き合いだった。そして、彼ら9人は〈ゲルショッカー〉四国戦線最後の生き残りでもある。怒涛の戦場を潜り抜けてきた彼らの仲間意識や連帯感といったものは、普通の人々の間で交わされる友情や家族愛よりもはるかに強い。

そして彼は、“戦闘員”の名が示すように歴戦の戦士だった。戦士は、散っていった同胞の死を悼み、悲しむよりも、その同胞達に“死”を与えた男に怒りを募らせ、彼らの墓標を作ることよりも、男に同様の“死”を与えることを優先した。

闇舞北斗は、もはや彼の敬愛する上司のみならず、彼ら自身もまた仇討ちをすべき対象となっていた。

 

「仇はとってやる……」

 

低く呟くと、戦闘員はスコープから目を離し、傍らに鎮座しているRPG−7を背負い、M−14を引っ掴むと、音もなく跳躍した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

気が付いたときにはもう敵の気配はそこにあり、あと1秒反応するのが遅かったら、俺はその命を失っていただろう。

 

「……ダーイ!」

 

低く、怨嵯の篭められた声と、鉄の駆動音が背後からして、俺は反射的に頭を低くし、身を屈めていた。直後、頭上数センチのところ、金色の火線が薙いでいく。

――敵の攻撃。しかも1メートルとない至近距離で、俺の真後ろから。

どうしてここまで接近を許してしまったのかという後悔よりも早く、思考は戦闘者のソレへとシフトしていった。自身の現状を確認し、的確な状況判断を下し、それを踏まえて最良の行動を体にとらせるべく、辺りに視線を這わす。

G3にも、ブローニングにも弾はない。電磁ブレードは、まだ液状化していく死体に突き刺さったままだ。俺に残されたカードは、至近距離では使い物にならない手榴弾と、己の肉体のみ。

 

「しゃあッ!」

 

右足と両腕の3点を軸に、体を回転させながら背後に向って足払い。しかしそれは、敵の銃弾同様に虚空を薙いだ。

体の捻りから行動を察したのだろう。軽く後ろに跳躍し、敵はいとも簡単に足払いを躱していった。

そして敵はM−14を構えた。滞空中にも関わらず銃口を俺に向け、トリガーを引き絞ろうとする。

俺は回転の反動と、同時に力を篭めた両腕の運動を用いて立ち上がった。そしてそのまま、敵に向ってタックルを敢行する。

 

「ぬうッ!」

 

銃口から第一弾が飛び出すよりも早く、俺の体は敵を5メートルは吹っ飛ばした。

すぐさま反転して跳躍し、戦闘員の死体から電磁ブレードを引き抜く。液化していく戦闘員の死体から引き抜いたブレードの表面は、血液と白濁とした体液で薄いピンク色に染まっていた。

俺の足元で、銃弾が炸裂した。チラリと一瞥を這わすと、敵の戦闘員は尻餅を着きながらもM−14のトリガーを引き続けていた。タックルのダメージが抜け切っていないのか、照準は乱れている。

ダメージが回復し、狙いが正確になる前にと、俺はその場から軽く跳躍して倉庫の屋根の上へと逃れた。直後、再び戦闘員のM−14が咆え、いつ今しがた間で俺が居た空間を金色の銃弾が掃射していった。

戦闘員の反応は優秀だった。未だ回復しきれておらぬ身であるから、照準こそ決して高い命中率を維持してはいなかったが、俺の一挙一動に素早く反応して、その都度銃口の向きを微妙に変えてくる。

みたび、銃火が俺を襲った。着弾は足元。無論、方向は下から上へ。フル・オートで放たれた7.62mm弾は、倉庫の屋根を容易く貫通し、俺の真後ろを通過していった。

反応の機敏さもさることながら、徐々に照準が正確になっている。おそらく、タックルのダメージが回復してきたのだろう。

俺は大股で2歩前進した。

戦闘員の反応は早かった。コンマ数秒と経たず銃火はピタリとやんだ。戦闘員の倒れている位置からでは、今の俺の位置を狙うことは角度の問題から不可能なのだ。少なくとも、ヤツが立ち上がり、射撃位置まで移動するのに1秒はかかる。

そして俺はその1秒の間に出来るだけのことをする。ブレードを鞘にしまっている暇はないので口で咥え、G3よりは取り回しの良いブローニングを優先してマガジン・チェンジを行う。

絶え間なく流動的に時間が流れていく戦場では1秒などあっという間だ。新しい弾倉を叩き込み、軽いスライドを引いて機関部に最初の1発を装填してやると、もう1秒は過ぎてしまう。

俺は振り向き、そしてブローニングを構えた。これまでの反応の素早さから、戦闘員はすぐにでも屋根の上に跳び乗り、撃ってくると思われた。

……しかし、俺の見解は甘かった。

ヤツは一向に撃ってこなかった。それどころか、ヤツは姿すら見せなかった。

そればかりか、ヤツの気配そのものが完全に消失していた。

姿が見えないのはまだよい。可視光線、赤外線、X線の3種の光線を捉えることの出来る改造人間の眼も、万能ではない。それらの光線を通さない物質で身を固めれば、欺く事は不可能ではない。しかし、足音はおろか呼吸音、そして心臓の鼓動音すら聞こえないというのは、一体どういうことなのか……?

勿論、それ専門に能力を特化させた改造人間なら話は別だ。死神カメレオン然り、蝙蝠男然り。しかし、相手は一介の戦闘員に過ぎない。同じく戦闘員とはいえ、〈ショッカー〉に在来する技術の中でも最高クラスのものを使って構築されている俺の耳を騙すことは、不可能なはずだ。

ブローニングは真っ直ぐ構えたまま、そっと耳膜に意識を集中させる。精神を統一してみると、すぐに半径数キロ内における、様々な音が聴こえてきた。

虫の音。闇に潜む小動物の活動音。自動車の排気音。誰かの話し声。鉄を擦り合わせる音。呼吸音。誰かの足音。心臓の鼓動。大気の揺らぎ。

……大気の、揺らぎ?

おかしい。倉庫の屋根の上に居る限り、今夜は風らしい風は吹いていない。にも拘らず、俺から、ごく近い場所で、不自然な大気の……空間の揺らぐ音が聴こえる。

 

「これは…まさか……」

 

頭の中を、チラリと嫌な考えがよぎった。

悲しいかな、実際にあってはほしくないその考えを否定しようとして考えれば考えるほど、疑念は確信へと近付いていった。

思い出せ。戦闘員がいちばん最初に攻撃を仕掛けてきた時、ヤツはどのようにして俺の前に現れた…………?

気配はやはり唐突に出現した。

振り向くとやはりそこには先刻の戦闘員が立っていた。

振り向いた双眸の数センチ先には、直径7.62mmの深い穴があった。

 

「空間転移か―――――!?」

 

反射的に膝を折って深く屈むと、再び銃弾は頭上数センチのところを通過していった。

なんということであろうか。敵はただの戦闘員ではなく、魔術師――それも空間転移という高等魔術を行使する――だったのだ。

魔術師の戦闘員は、銃弾が躱されると、即座に次の行動を起こした。

放たれた烈蹴の爪先は、正確に俺の顎にヒットした。

 

「ぐッ……!」

 

顎先を中心に頭部全体へと伝播する痛み。改造人間の人工骨すらも砕く、脅威のキックだ。

衝撃で背中から屋根に倒れ込む俺に、戦闘員は間髪入れずM−14の銃口を向けてくる。容赦なく引かれるトリガー。

 

“ヴァララララララン!”

 

銃弾は、明後日の方角へと吸い込まれた。

銃身を弾いた右足を即座に元の位置へ戻し、反動を利用して左足で戦闘員の股間を打つ。

急所攻撃……特に、股間への攻撃は、なかなかこれで勇気がいる。上手くいけばたいへん効果的なダメージが期待出来るが、失敗したり、命中しても上手く極まらなかった場合には、これ以上はやらせまいと、相手も必死の反撃をしてくるようになるからだ。例え相手が素人であっても、死に物狂いの反撃には時にプロの戦闘者すら命を落とすことがある。

しかし幸いなことに、今回の場合は強烈な反撃が返ってくることはなかった。2度の空間移動で、相手も精神的にそう余裕がなかったのだろう。股間への直撃に、トリガーから指を離すことさえ忘れ、無駄に弾丸を浪費していく。

“カチッ”と、戦闘員のM−14が弾切れを起こした。俺はこの隙を逃すまいと、左手のブローニングを閃かせた。

 

“ドンッ! ドンッ! ドンッ!”

 

痛みで苦悶の声を上げる戦闘員の腹部に、ここぞとばかりに銃弾を叩き込む。距離が近すぎたため、9mm特殊徹甲弾は100%の威力を発揮せぬまま戦闘員の体を貫通してしまった。しかし、一瞬とはいえ、膨大な特殊徹甲弾のエネルギーを受けた戦闘員の体は大きく仰け反り、俺はその隙に飛び起きてさらに銃弾を叩き込んだ。

 

「ぐおがぁッ!!」

 

奇声を発し、胸を抱える戦闘員。銃弾が心臓を撃ち抜いたのだ。

戦闘員の口から、穿たれた穴から、血液が噴出する。ただの血ではない。あらゆる病魔に対する免疫を持ち、放射能さえも無力化する悪魔の血液だ。

 

「お、おのれ……」

 

紡がれる怨嵯の声は低く、そして暗い。耳にするだけで背筋がぞっとするのは、空気を振動させ、耳膜を振るわせる声そのものに、“魔力”が宿っているからなのか。

 

「た、ただでは死なない。し、獅狼様のためにも…死んでいった、皆のためにも……」

 

震える声で、戦闘員がなにやら紡ぎ始めた。それが魔術発動のためのキーであることは、すぐに分かった。

 

“ドンッ!”

 

ひとつの単語を言い切ることなく、戦闘員の頭部がザクロのように破裂する。

ブローニング・ハイパワーの機関部から叩き出された9mm特殊徹甲弾が人工頭蓋を貫通し、炸裂したのだ。

鼻から上を完全に失った戦闘員は、それっきり沈黙した。その体はナノマシンの作用で液状化を始め、これで俺の残る敵は獅狼を含めて4人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その、はずだった。

 

「な、に……?」

 

怨念の篭められた声はなおも木霊した。

戦闘員の声は、その亡骸が消滅を開始し、口がもはや口の形状を留めていないにも拘らず、俺の耳膜を打ち続けた。

 

「馬鹿な!」

 

それはまさしく、“馬鹿”な話だった。ついたった今しがた死んだ――それも、自らの手で殺した戦闘員の声が、なおも聞こえるなど、馬鹿げた話だった。

しかしこれは現実である。恨みの篭められた声はなおも辺りに響き渡り、呪文を紡ぎ続けた。

そして魔術式は――――――完成した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この場で不思議な体験と遭遇していたのは、北斗だけではなかった。

彼が敵対するその戦闘員達の前にも、不思議な現象は起こっていた。

2人の戦闘員は、驚愕に目を大きく見開いていた。その視線の先には、灰色に輝く男の姿があった。比喩ではない。彼らの目の前に現れた男は、本当に灰色の光輝をその身から放っていた。

男は全身タイツのような、ツナギのような、奇妙な戦闘服を着ていた。カラーリングは青と黄色。彫りの深い、アーリア系の美顔には、少し不釣合いな恰好である。

見方によっては滑稽にすら思える男の容姿を、しかし2人の戦闘員は笑い飛ばすことが出来なかった。彼らは揃って絶句し、一言も言葉を口に出来ないでいた。

目の前の光景の異常さに声が出なかった……というのも、勿論理由のひとつである。しかし、彼らが声を発せられぬ最大の原因は、男が着ている戦闘服も、男自身の顔も、よく見知ったものであったという理由にあった。

 

「ぶ…ブランドン!?」

 

〈ゲルショッカー〉四国戦線最後の生き残りの1人。大切な戦友。真面目で、堅物で……それだけに融通の効かないところもあったが、基本的には陽気な、明るい男。戦闘時、非戦闘時問わず、常に皆の“和”を大切にしようとしていた彼の笑顔に、何度救われたことか。しかしその大切な同胞は、今まさに闇舞北斗との死闘を演じているはずではなかったか……?

灰色のブランドンは、2人の戦闘員ににこりと笑いかけると、おもむろに彼らの傍らで出番を待つ、2門の迫撃砲を指差した。

 

「ブランドン?」

 

迫撃砲を指差す彼の真意が分からず、片方の戦闘員が首を傾げる。

しかし、もう1人の戦闘員は、ブランドンの意思を汲み取った。ゆえに彼はブランドンに向って吠えた。

 

「迫撃砲を使えというのか? しかし、闇舞北斗は素早い。たった2門では、ヤツを捉えることは……」

 

弱気な戦闘員の発言に、ブランドンは口を開いた。

声はなかった。しかし唇の動きから彼が「大丈夫……」と、言ったのが分かった。

 

「大丈夫? 一体何が大丈夫なんだ? 今なら迫撃砲を撃っても、闇舞北斗には命中するということか?」

 

戦闘員の問いに、ブランドンはゆっくりと頷いた。

――と、その体が急速に揺らいでいく。灰色の光輝が徐々に消失し、同時に、ブランドンの体が、空気へと溶けていく。

 

「ブランドン!!」

 

戦闘員の1人が、慌てて手を伸ばした。

しかし、差し伸べた手は虚空を薙いでいくばかり。そうしているうちに、ブランドンの体は完全に消えてしまった。まるで、始めからそこには誰もいなかったかのように……。

2人の戦闘員は、しばし茫然とした。

やがて1人の戦闘員が叫んだ。

 

「迫撃砲の準備だ! ブランドンの遺言だ!!」

 

『ブランドンの遺言……』と、叫ぶ戦闘員の言葉に、もう1人の戦闘員もまた頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは――――――!?」

 

不可解な現象が、北斗の足下で起こっていた。

完成した魔術式がもたらしたものなのか、いつの間にか茜色の屋根が、うっすらと薄化粧を施されていた。

 

「雪……だと?」

 

指先に触れた小さな埃のような物は、たちまち溶けて消え失せた。

霜が、茜色の肌を覆っていく。

足下から冷気が這い上がり、北斗の体を芯から責めていく。

しんしんと、氷の結晶は徐々に大きさを増し、量をも増して積もり始めた。

 

「これが魔術だというのか――――――?」

 

豪雪だった。

ただの雪ではない。北斗という存在を中心に、半径10メートルにわたって降りしきる、“死”の吹雪だ。

舞い降りる雪のカーテンはその場にいるすべての人間を包み込み、エネルギーを奪っていく。それも、かなりのスピードで。

――このままここに居ては危険だ。北斗がそう思うのに、時間はかからなかった。

北斗は、その場から逃げ出そうとした。しかし、動かそうとした足は、動かなかった。

 

「うッ……!」

 

そればかりか、指の間接ひとつ動かすのが苦痛になっていた。彼の体は、闇色のクリスタルによって雁字搦めとなっていた。マイナス70度の氷結の世界では、水蒸気はたちまち音を立てて凍てつき、風は輝いて、真っ白な死の世界が敷き詰められる。

 

「これが狙いだったのか……」

 

魔術師の戦闘員――ブランドン――が死に際に……否、死してなお現世に残した魔術式。それがもたらした異常空間の渦中で、北斗は慄然とした。しかし、次の瞬間には、彼はその精悍な顔にニヒルな冷笑を見せた。

 

「だが……」

 

“パキパキ…”と、北斗の体から氷の軋む音が鳴る。

 

「この程度で、俺を止められると思うな!」

 

それは氷結が決壊する音だった。

全身の強化細胞を、極小機械群をフル稼働し、異常発熱を起こす北斗の体温はすでに100度を超えていた。僅かに残された生身の生体部分の耐久限度を超え、なおもその熱量は増大していく。

急速に冷やされた肉体は、また急速に熱を取り戻していった。

異常発熱に連れて、まず彼を拘束する上半身の氷結が溶け始める。まるで1個の小さな太陽を連想させる人工心臓の発熱が、最も激しかった。

クリスタルの割れる音が、幾重にも重なった。なおも降り続ける雪も、北斗の体に触れるその都度、その姿を液体へと変えていく。

薄氷の剥がれる音が、ついには下半身にまで達し始めた。

――と、その時、氷結から逃れることに肉体の全機能を行使している今の北斗にとって、最も聞きたくない音が、天空を割いた。

 

“ドーンッ! ドーンッ!”

 

地獄の釜の蓋が、また開かれる。

空を裂いて飛翔する2発の榴弾は、真っ直ぐ北斗の位置へと向っていた。

 

「――――――!?」

 

言葉に出来ぬ絶叫。

必死に氷を溶かし、その場から逃げ出そうとする北斗だったが……………………間に合わない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ズドドドドオン!!”

 

爆発。

崩壊。

そして炎上。

かつてその場に生者が居たという証はなく……

残されたのは、崩壊した建物の瓦礫のみ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やった、のか?」

「おそらく……」

 

2人の戦闘員は、茫然と倉庫の焼ける光景を眺めていた。マスク下の表情からは、“信じられない……”といった気持ちが、ありありと浮かんでいる。

無理もないことだった。世界最強の男・闇舞北斗。その男の最期としては、あまりにも呆気なさすぎたからである。

しかし、遠方で燃え盛る倉庫の光景は紛れもなく現実の出来事であり、迫撃砲の筒には、砲弾発射時の熱がまだ残っていた。

 

「やった…ははは……やった……!」

 

興奮と感動は、時間差でやってきた。

戦闘員の1人が立ち上がり、防炎のため、そして顔を隠すためのフルフェイスマスクを剥ぎ取る。露出したアジア人の表情は、泣き笑いのようだった。

 

「やったぞ〜〜〜! 俺達は、闇舞北斗を倒したんだ!!」

「落ち着け」

 

歓喜の雄叫びを、バンザイとともに天へと送る戦闘員。

もう1人の戦闘員は、傍らの相棒よりもいくらか冷静だった。

 

「落ち着けだって!? これが落ち着いていられるかよ! 俺は……いや、俺達は、あの、闇舞北斗を倒したんだぞ!? あの世界最強の男を、殺したんだぞ!?」

「だから落ち着け! まだそうと決まったわけじゃないだろう。…ヤツが、本当に死んだのかどうか」

「じゃあ、耳を澄まして聞いてみろ! ヤツの心臓の音が聴こえるか? ヤツの呼吸をする音が聴こえるか? ヤツとの距離はほんの100メートルと少しだ。しかし、俺には聴こえない。……ヤツは、死んだんだ」

「…………」

 

たしかに、彼の言う通り北斗の心音も、呼吸音も、まったく聞こえてこなかった。

 

「……念のため、死体の確認をするべきだ。榴弾の炸裂のせいで、この距離からではヤツが死んだのかどうか、視認では確認が困難だ」

 

榴弾による倉庫の炎上のため、周辺の気温は一気に上昇してしまっている。100メートルそこそこからの赤外線を用いた視認では、北斗の体温を捉えることが出来ない。

戦闘員は、M−14を掴み立ち上がると、狂喜乱舞する相棒を促した。

アジア人は、しぶしぶながらもM−14を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の戦闘員が、自らの設置したクレイモアに引っかからないよう慎重に100メートルを進んだとき、すでに倉庫の炎上は鎮火しつつあった。崩壊した倉庫は建材の大半がコンクリートと鉄で、燃料となる物質が少なすぎたのである。

2人は警戒を強めながら倉庫に接近していった。

……ほどなくして、彼らの探す死体は見つかった。

 

「おい!」

 

最初に発見したのは、マスクを脱いだままのアジア人。

見つけ出された北斗は、上半身を外へと露出させてはいたが、残りの下半身は完全に瓦礫の下敷きになってしまっていた。纏う戦闘服と露出する肌は流れる血で染められ、閉じられた双眸から覗く眉は微動だにしない。

2人の戦闘員は、赤外線を用いて北斗を見た。

まだその身は熱を帯びていたが、しかしそれも次第に低下しつつある。念のためX線を利用して透視すると、心臓も、脈も動いていなかった。

 

「ほら、な。こいつはもう死体だ。…結局、こいつは獅狼様の手を煩わせる必要さえなかったってことさ」

「しかし……」

 

なおも躊躇する相棒に向って“フン”と鼻を鳴らし、アジア人は、ゆっくりと男の亡骸へと近寄った。

 

「へっ、こうなっちゃ噂の『killing gentleman』も形無しだな」

 

男は、緩慢な動作でM−14の銃口を北斗の首筋にあてがった。彼の首を、獅狼の元へ持っていこうという魂胆なのだろう。

戦闘員は、トリガーガードにかけていた指をずらし、引き金を――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ドウウウゥゥゥゥゥン…………”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――引くことすら出来ず、その頭部をザクロのように四散させた。

そして男は、再び立ち上がる。

肩に突き刺さった榴弾の破片も、背中に突き刺さった倉庫の瓦礫も、痛みこそすれ、彼の動きを妨げることは出来ない。

崩壊の際に盾とした戦闘員――ブランドンの死体を押し退け、倒壊した瓦礫も押し退け、闇舞北斗は、再び大地に立ち上がる。

 

“タンタァァァァァァアアアン!!”

 

相棒の死に、一瞬反応の遅れてしまった戦闘員が撃った2発の弾丸が、北斗の右脇腹を穿つ。銃弾は貫通することなく、北斗の体内に留まり、彼の身を、内側から破壊していく。

しかし彼はそれを気にしない。

闇舞北斗は、ついに自らに圧し掛かっていたすべての瓦礫を押し退け、その愛銃のトリガーを引いた。

 

“ドドドドドンッ!!”

 

拳銃では本来ありえぬ、秒間6発の超高速連射が、ブローニング・ハイパワーが、戦闘員の胸を、腹を狙って、6発の死神を吐き出していく。

 

「この化け物めッ!!」

 

戦闘員がM−14のトリガーを引き、フル・オートで射撃。

しかし、彼曰くの『化け物』は、戦闘員の動きから掃射を察知。1発目の弾丸が撃ち出されるよりも早く、射線より消え失せる。

自ら呼吸を止め、心臓を止め、全身の脈拍すら止めた男に、戦闘員の弾丸は届かない。触れられない。

そして、その反対に、北斗の放つブローニングの弾丸は――――――

 

“ドドドドドドンッ!!”

 

至近距離からの射撃である。威力は当然100%発揮とはいかない。しかし、6発の弾丸を間断なく受けた戦闘員の体は、きりもみして吹っ飛んだ。

機関部には残り1発。北斗は素早くズタボロになったアサルト・ベストから予備弾倉を抜き、装填。ダブル・アクションで、トリガーを引く。

機関部から叩き出された9mm特殊徹甲弾が、転がる戦闘員の背中に炸裂! 貫通はしない。貫通せず、体内に留まり、そこでクラッシュしたのだ。

戦闘員が、絶叫を上げた。青と黄色の戦闘服に新たな色が加わり、転げ回る。

戦闘員は、地べたに這い蹲りながらM−14を狂ったように乱射した。照準も何もない、ただ敵を近寄らせないための弾幕である。

等しく10センチほどの間隔を開けて放たれる銃弾の嵐の中を、しかし北斗は、1発の銃弾に触れることもなく進んでいった。全身の五感を研ぎ澄まし、『予知能力』や『過去視』などの超能力を統べる、いわゆる第六感すら覚醒させた今の北斗には、たかが1挺のライフルで形成された弾幕など、さして障害にもならない。

戦闘員は、必死に射撃の反動に耐えながら、トリガーを絞り続けた。M−14が“カチンッ”と、弾切れの合図を鳴らすと、今度はレッグ・ホルスターに差していたダブル・アクションのリボルバー……S&W・M10を抜いた。バレルは、4インチ・モデル。

S&Wのリボルバー特有のノッチ音が2回鳴り、ダブル・アクションでハンマーが駆動。トリガーが引かれるや鉄槌は振り下ろされ、衝撃波が、全長185ミリ、重量750グラムのボディから放たれる。レンコン状のシリンダーが勢いよく回転した時、黄金の38スペシャル弾は、もう銃口から離れていた。

 

“ドゥン! ドゥン!”

 

機関部が閉鎖されていないリボルバーだけに、銃声はオートマチックよりも大きい。

叩き出された2発の38スペシャル弾は、運良く2発ともが北斗の頬を、肩先を掠めていった。衝撃で突き刺さっていた肩の榴弾の破片がはずれ、傷口から血流が迸る。

命中率でいえば、格段にライフルに劣る拳銃で、まさか命中するとは思っていなかったのだろう、驚愕に戦闘員は両目を大きく見開いた。

それと連動するかのように、ダブル・アクションを引く人差し指の動きが、一瞬……ほんの僅かであったが、鈍った。

 

「ッ――――!!」

 

時を同じくして、北斗の右足が、大きく一歩踏み込む。

夜空に躍る赤い片翼を生やした北斗は、しかし痛みを堪え、戦闘員が3発目の弾丸を撃ち出すよりも早く、肉迫する。

 

“ドウゥゥンッ!!”

 

絞られるトリガー。

落ちるハンマー。

銃声が轟き、1人の死神がこの世に生を受ける。

黄金の鎌はトルネードを描きながら、戦闘員の頭部に、その刃を振り下ろす。

放たれた9mm特殊徹甲弾は、戦闘員が痛みを知覚するよりも早く、強化骨の頭蓋を突き破り、そこで、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜島の噴煙は、まるで銭湯の壁に描かれている一枚の絵画のようだと、山口燐道少尉は思った。

――これが、俺の眼が最後に見る日本の風景か……。

感慨に浸っていると、すぐ側で話しているはずの司令官の声が、やけに遠く聴こえる。

 

「……諸君の忠烈無比の精神は決して無駄にはしない。我々も、後から続く。靖国の桜の下で、待っていてくれ……!」

 

入道雲が眩しい。一瞬、涙のためかとも考えたが、そんなものはとうの昔に枯れはててしまっている。

鹿児島県鹿屋市西原。市街地南西の鹿屋大地にある、海軍飛行隊の基地。

望んでか、望まないでか、後に特攻基地として有名となってしまう、悲劇の地。

太平洋戦争に初めて特別攻撃隊が組まれ、正式に登場したのは1944年の10月、フィリピン戦線でのことであった。かの有名な“レイテ海戦”のおり、10月25日の朝、クラーク、セブ、ダバオの3飛行場から出撃したのが、その初陣である。このとき、ダバオを出た“特攻菊水隊”、“朝日隊”、“山桜隊”の6機は、敵軽空母、潜水艦などに被害を与えたほか、クラーク基地を出た攻撃用5機、援護用4機の“零戦”9機からなる、関行男大尉指揮下の“特攻敷島隊”が、敵空母群にそれなりの被害を与えるのに成功する。

以来、特攻は海軍に限らず陸軍でも編成されるようになった。

とりわけ、敵がサイパン、沖縄と迫るにつれ、特攻は激しさを増していった。このとき、九州各地から飛び立っていった特攻機は1500機以上。しかし、そのほとんどは失敗に終わってしまった。

その理由は主に2つあった。パイロットの練度の低下と、米軍の心理的恐怖の低下である。

公式記録、64機という脅威の撃墜数を誇る“大空のサムライ・坂井三郎”も言っているように、太平洋戦緒戦における日本軍の連戦連勝の陰には、多くのエースパイロット達の姿があった。しかし、シフト制を採用していなかった海軍は彼らエースらを酷使し、消耗させ、最期には特攻機に乗せてまで働かせ、結局、死なせてしまった。……そして残ったのは、練度の低い、素人同然の新米パイロット達である。

元々、特攻は高い技術を必要とする攻撃である。エースパイロットですら、数度にわたる訓練をせねば遂行できぬほど難しい。それを、飛行時間が10時間にも満たない新米パイロットに、こなせるわけがない。

また、そうしたエースパイロットに支えられた特攻は、米軍に心理的な恐怖をも叩きつけた。冒険好きで、好んでコマンド部隊(“決死”隊)を編成するようなアングロサクソン民族でさえ、特別攻撃隊(“必死隊”)を編成したことは、未だかつてなかったのである。文字通り肉弾となって挑んでくる日本兵達の存在は米軍にとってはまさに恐怖の軍団だった。

しかし、この頃になると、もはや特攻に対する米軍の心理的恐怖はほとんど消え失せてしまっていた。人間の慣れというものは、これ以上ないほど恐ろしいものである(それでも、民間人の島民までもが玉砕覚悟で挑んできた硫黄島、沖縄では、さしもの米軍も恐慌状態に陥った)。

敵が沖縄に来るまでは、特攻はサイパンの飛行場にある“B−29スーパーフォートレス(超空の要塞)”を地上で爆破するのが目的だった。しかし、戦局はそうもいっていられなくなってしまった。

今や、“義烈空挺隊”なるものの編成まで進んでしまう始末である。沖縄の読谷と嘉手納飛行場に強行着陸し、地上の米軍機を火薬で爆破しようというものだが、こんな作戦、到底可能であるはずがない。……このような無茶な考えに至るまで、日本は追い詰められていたのである。

そのように切迫した状況の中、山口少尉が、特攻を志願するのは、避けがたい運命でもあった。すでに多くの戦友が、次々と空へと旅立ち、そして帰ってこないでいる。

そして今日、山口少尉自身もまた、4機の零戦を統率して、沖縄へ向けて出発しようとしていた。

基地司令の挨拶が終了し、水杯が始まった。

白布を敷かれたテーブルの上に、9つの杯が並べられている。8つの杯には、副官が御水を注いでいった。

基地司令が杯を持ったのを合図に、まず山口少尉が、ついで7名のパイロット達が杯を手に取る。彼らのうち4名は山口と並んでおり、テーブルを挟んで向こう側にいる3名のパイロットは、突入を確認するための見届け役……いわば、切腹の介錯人だった。つまるところ、2つのグループを隔てるテーブルこそが、生と死の境界なのである。

基地司令は、立ち並ぶ5名の顔を順番に見ていった。左手に軍刀を携え、日の丸の鉢巻をした彼らの表情は、様々だった。これから死ににいくというのに、笑みを浮かべるものさえいる。だが、しかし、なんと血の気のない笑顔であろうか。

司令官は、万感の想いを杯に篭め、それを掲げた。目尻に、うっすらと涙すら浮かんでいる。

 

「諸君らの健闘を祈る!」

「乾杯!」

 

パイロット達は、一斉に杯を掲げて、飲み干した。

彼らが乗り込む零戦は、すでにプロペラを回転させている。機体の腹に、750キロ爆弾という大きな子供を孕んだ母のエンジンは、轟々と唸りを上げていた。しかし、耳を塞ぐ者は誰一人としていない。飛行場の兵や整備員達、手の空いている者はみな滑走路の前に整列し、5名のサムライ達に、今生の別れを告げる。

山口達は杯を紙で包むと、飛行服の胸ポケットにしまった。基地司令が、それを合図とするかのように敬礼した。山口達もまた、敬礼した。基地で働くすべての者達が、彼らに敬礼をした。

5名のサムライは次々に機体へ乗り込んだ。

旗が振られ、滑走が始まる。視界の隅で、人々が手や帽子を振っている。

ふわりと、離陸する―――――――

振り返れば、見送る人々の姿が見えた。そしてそれらの光景を遮るようにして、部下達の零戦の姿が映る。

山口は、もう一度桜島を見た。見納めの、桜島の雄大なる大自然。

山口機はゆっくりと旋回し、南へと針路をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を閉じれば、忌まわしき記憶も昨日のことであるかのように思い出せる。

――あの日、〈ゲルショッカー〉戦闘員リーダー……山口燐道は、結局敵に一矢を報いることは出来なかった。基地を出て1時間が経った頃、運悪く山口の編隊は、哨戒中の“グラマン”12機の編隊に遭遇してしまったのだ。東南アジアで、“零戦の好敵手”と謡われた“F4Fワイルドキャット”ではない。脅威の“零戦”を徹底的に研究し、機体、そして戦術にまでそのノウハウを活かした、“F6Fヘルキャット”だった。

ただちに見届け役の3機が迎撃に向ったが、相手の数はその4倍。到底敵うはずもなく、3機の零戦は、地獄よりやってきた猫達の一斉射撃によって、たちまち撃墜されていった。

猫達が抱えた6挺の12.7mm口径の機銃は、続いてその照準を5機の零戦に定めた。

軽快な運動性がウリの零戦であるが、750キロという、自重の5分の2近い重量の爆弾を抱えていては、持ち前の敏捷さを発揮出来るわけもなく……グラマンの、敵ではなかった。

1機…また1機と、戦友達が次々と墜とされていく。

これが、下に吊り下げている爆弾が通常の60キロ爆弾であれば、どれほどマシな戦闘が出来ただろうか。ほぼ無抵抗のまま撃ち落されていく仲間達の機体を見ながら、山口は歯痒さと悔しさを同時に感じた。

2機のグラマンが、左右から山口の機体に襲い掛かった。12.7mm機銃が6挺、唸りを上げて金色の弾丸をばら撒いていく。

山口は、それらを必死に躱そうとした。しかし、零戦は思うようには動いてくれなかった。坂井三郎が、“西沢広義”が、“岩本徹三”が……多くのエース・パイロット達が命を託し、多大な戦果を挙げた零戦も、本来の運用法を無視し、まして格上の機体と戦えば、時にパイロットを裏切る。

山口の零戦は、あっという間に火勢に呑みこまれた。

しかし、山口は幸運だった。……否、帝国海軍の軍人である彼にとって、それはむしろ不運と嘆くべきなのか。

彼の乗った零戦は、火が燃料や爆弾に引火することなく、海へと着水し、撃墜をまのがれた。彼は、生き延びたのである。

荒れ狂う波に揉まれながら、彼は遠くから仲間達が「この死にぞこないめが!」と、自分を非難する声を聞いたような気がした。

 

「いや……」

 

攻撃を受け、いつ沈んでもおかしくない機体を頼りに海を漂流していたあの頃のことを思い浮かべ、山口は軽く頭を振る。

死にぞこなった……のでは、ない。

間違いなく、自分はあの日一度死んだのだろう。かつての帝国海軍のパイロット……公式には戦争に殉じ、二階級特進で大尉となった山口燐道は、あの日、名実ともに死したのだ。

死者となった自分に、再び命を与えてくれたのは、“警察官”という新しい職務だった。

漂流中にアメリカの潜水艦に助けられ、数年後に帰国した彼は、婚約者であった女性と籍を入れた。しかし、新妻との甘い一時は、彼から忌まわしき記憶を消し去るにはいたらなかった。警察官の激務だけが、彼から戦争の記憶を、一度死ぬ前の自分の過去を、忘れさせてくれた。

そんな家庭を顧みない自分に、妻が愛想を尽かしたとしても、何ら不思議なことではなかった。ただ、途方もない喪失感が、彼を苛んだ。山口はこの時、二度目の死を迎えたのだ。

2度死んだ男は、みたび、命を与えられた。大いなる母の名は、〈ゲルダム団〉。

3度目の人生もまた、これまでと同じく激務の日々だった。それも、過去の2度の人生と比較しても、これ以上ないというぐらい、凄惨な戦場が待ち受けていた。しかし、その戦場での生活は、過去の2度の人生の、どれよりも充実した日々であった。

1度目の人生は、戦争に殉じた日々だった。否応なしに戦いを強制され、最期には特攻へと向わされた日々……。

2度目の人生は、仕事に殉じた日々だった。過去の自分を忘れるため、必死に仕事に没頭し、挙句愛妻に逃げられてしまった日々……。

しかし3度目の人生は、きっかけはどうあれ、初めて、自分の意志で戦うことを決意し、自分の意志で、戦場へと向った日々……。

 

『――お前達の命、俺に預けてくれ。…代わりに、俺の命も、お前達に預けるからよ』

 

彼自身、かつてベトナムで語った自分の言葉を憶えてはいないのだろう。あまりにもサラリと、その時の自分の気持ちをありのままに語った“少年”の言葉、彼自身には当たり前のことすぎて、印象が薄いのだ。……しかし、そうした台詞を何の気概なしに言うことの出来ない“大人”達の心には、その言葉は今でも風化することなく残っている。山口達の魂は彼とともにあり、獅狼の魂は、彼らとともにある。

すべては〈ゲルショッカー〉のためなどではない。山口の、3度目の人生は、その戦いは、すべて、彼と、自分達のための戦いだった。

 

『――へぇ、オヤジは元警察官だったのか』

 

ある日、ふと上司に自分の過去を無性に明かしたくなった。山口は普段、年上ということもあってプライベートでは獅狼からは『オヤジ』と呼ばれて、親しまれていた。山口自身、親子ほども歳の離れた上官に父親呼ばわりされるのは、満更でもなかった。

 

『…………うん、決めた。 やっぱ隊内で隠し事はよくないよな。オヤジが昔の事を話してくれたんだし……』

 

そう言って、彼はその日、長い沈黙の後、自らの過去を語った。

自分が〈ゲルショッカー〉に与するようになった経緯。夕凪春香のこと。闇舞北斗のこと……。

やがてこれらの過去は、組織が壊滅するにあたって、部隊の全員に知らされることになる。

 

『――〈ゲルショッカー〉は壊滅した。俺はこれから、独自に闇舞北斗の行方を追うつもりだ。……お前達は、これからどうするんだ?』

 

四国戦線で苦楽をともにした戦士達は、全員が、それこそ誰一人の例外もなく獅狼に着いていくと言い張った。

獅狼は、怒鳴り声を上げて彼らを諭した。しかし、山口達は聞き入れなかった。

 

「我々の命は、“レオウルフ様”とともにある……」

 

そう。あの日、ベトナムで誓ったのだ。自分達の命は、小島獅狼その人のために……その人とともに、あるのだ。例え自分達が志半ばで倒れたとしても、獅狼が生き続ける限り、自分達の魂は、決して消えはしない。

 

「すべては“レオウルフ様”のために。そして、私自身のために」

 

散っていった“大人”達の魂は、彼らの愛する“少年”に、受け継がれる……。

山口は……〈ゲルショッカー〉戦闘員は、決意を新たに立ち上がり、傍らに鎮座する最強の武器を手にした。

――ゼネラル・エレクトリック社製・M134“ミニガン”。圧倒的な破壊と死を振り撒く、鉄の悪魔。

本体の重量だけで18キロを超える鉄塊を軽々と担ぎ、戦闘員は、自らが潜む倉庫の扉へと6本の銃口を向けた。

 

「――さあ、来い、闇舞北斗。“レオウルフ様”は、この身に代えても死なせはしない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ……」

 

戦闘員の死体が完全に液化し、完全に戦闘能力が失われたのを確認して、北斗はようやく呻きとともに地面に膝を着いた。

銃弾を受けた脇腹が、じくじくと痛む。未だ倉庫の破片が突き刺さっている背中からは、すでに大量の血液が流れ出ている。

 

「うぅ…くそ……」

 

体内を駆け巡る血液の量は、10分にも満たない戦闘で……否、今こうしている間にも、確実にその絶対量を減らしていた。息を吐くその都度、傷口から“ゴボリ……”と、まるでポンプのように、鮮血が体内から押し出されていく。改造人間でなければ、すでに危険な状態だ。

しかし北斗は、それらの傷口には軽く止血の処置をするだけに留まった。止血といっても、本当に簡単な処置で、激しい戦闘の最中であれば、いつまた血が流れ出しても、おかしくない状態である。

本当ならば、北斗は今すぐこの場で、体内に残留する弾丸を摘出し、適切な処置を施して傷口を塞ぐべきであった。しかしそうしなかったのには、ちゃんとした理由がある。

人質の救出作戦というのは、ある意味時間との戦いである。やたら時間をかけすぎるより、迅速な行動、的確な対応をもって素早く行動をした方が、作戦成功の確率は格段に上がる。

なにより、人質の安全のことを考えれば、出来るだけ時間はかけない方がよい。獅狼の性格からして、人質に手を出すような可能性はゼロに等しいが、自分をここまで追い詰めた戦闘員の存在を考えると、油断は出来ない。

 

(――ここは傷口の治療よりも人質の救出を優先すべきだ)

 

万全をきすのなら、銃弾だけでも摘出しておくべきだろう。戦闘中、いつ、体内で暴れ出すとも限らない。

しかし、体内に残留する2発の位置はわりと深いところにあり、摘出には高度な技術と数多くの手順、そしてそれを行うための時間を必要とせねばならない。

なにより、相手が迫撃砲といった重火器を持っていることが分かった以上、『確実に安全である』と、断言できる場所でなければ、一箇所に留まっていることはなおのこと危険である。

人質の救出を優先するにしろ、傷の手当てを優先するにしろ、まずはこの場から離れなければ。

 

「たしか最後の1人は南だったか……」

 

倒壊した倉庫の瓦礫からG3を掘り出しながら、超越感覚の知覚範囲を広げ、周辺の生命反応を探る。

視界を赤外線のサーチ・モードに移行し、耳膜に意識を傾けると、反応はすぐにあった。

――と、いうよりも、ありすぎた。

 

「……なんだ、これは!?」

 

視界に映るは平均36度の赤外線を放つ人間大の反応が、ざっと数百人。聴覚に飛び込んでくる生命の吐息にいたっては、数千あまり…。

 

「……なんだ、これは?」

 

もう一度、同じ台詞を、今度はいくらか落ち着いた様子で繰り返す。

冷静に確かめてみると、視界に映ろう熱源は、すべてが常に一定の温度を保ってその場に存在していた。生物であれば、恒温動物であれ、変温動物であれ、大なれ小なれ体温の変化はあるはずだが、それが一向に感じられない。聴こえてくる呼吸音も、規則正しい一定のリズムを刻んでいるが、それが逆に不自然で、不気味である。

 

(カモフラージュ……か?)

 

個体ごとに無限の色彩を有する野生の植物が根を張る密林で、迷彩服を着込むように。赤外線誘導のミサイルの追尾を回避すべく、数百度の熱を放出して燃焼するフレアのように。

北斗達改造人間の超越感覚を欺くことは難しいが、決して不可能なことではない。現に、今もこうして何らかの装置を起動させることにより、北斗はその優れた視覚、聴覚を欺かれそうになっている。

――とはいえ、冷静にそれら反応のひとつひとつを分析していけば、それらが偽りの反応……人工的に、作られたものであることを見破るのは、不可能ではない。ひとつひとつの反応を丹念に分析し、残った真の反応の数こそが、敵の本当の人数とその配置。そして、軟禁されていると思われる人質の数と、その居場所なのだから。

 

(だが……)

 

ひとつひとつを分析していくには、数が多すぎる。それこそ、人質救出を困難にしかねないほどの反応数だ。これらをすべて分析した頃には、どれほどの時間が経っていることか。

――かといって、迂闊に突撃すればかえって返り討ちに遭う可能性もある。最初に敵の反応を確かめたとき、南に配置されていたのはたった1人だったが、それこそが偽りだとすれば、敵の数はもっと多いものと、仮定すべきである。

迂闊に動く事も出来ず、また、立ち止まる事も許されない。思考の袋小路に潜り込んでしまった北斗は、しかし、頭を振って自らの疑念をすべて振り払った。

懊悩の間にも、時間は刻一刻と過ぎていくのだ。ここであれこれ考えすぎて、徒に時間を浪費していては、それこそ本末店頭である。

悩んだ時間はほんの数秒。

北斗は、悩むのもそこそこに歩き出した。まだそこら中に設置されているであろうクレイモアや、その他のトラップを警戒しながら、ゆっくりと…しかし確実に、南側に林立する倉庫群へと近付いていく。

歩を進めるにつれて、各種感覚が近くする反応はより大きく、より多く、そして、より鮮明になっていった。ひとつひとつの反応の正体が明瞭なものとなり、どれがダミーであるか、どういった類の装置であるかが、はっきりとしていく。しかしそれでも、そのうちのどれが本物であるのかを判別するには、時間をかけずにはいられない。

……だが――――――

 

(どれが本物で、どれがダミーであるか。何が本物の人間で、何がダミーなのか。たしかに、見分けるには時間がかかる。だが、どれが偽者で、どれが改造人間であるかなら――――)

 

肉体の強さという点において、改造人間は常人よりもあらゆる点において優れている。卓越した運動能力。極小の昆虫の動きすらも知覚する感覚能力。

言うまでもなく、この優れた肉体を支えるは通常の臓器ではない。莫大なエネルギーの源は脂肪ではなく超小型の原子炉であり、全身の強化筋肉に活力の源たる血液を送るのは、強化筋肉によって構成された人工心臓である。そして、これらの部位は当然ながら常に膨大な熱量のエネルギーを放っている。

 

(――先刻は分からなかったが、この距離でなら)

 

探すのは普通の人間よりも明らかに体温の高い存在。

熱を伴わない存在はすべて漆黒に。熱を持った存在はサーモグラフィーのように赤みのかかった視界の中で、反応はすぐに見つかった。方角、南。向き、真正面。直線距離、60メートル。数は1。末端の方は常人と変わらぬ体温だが、その中心では200度近い熱量を有した物体が、“ドクドク”と脈を打っている。

 

「『A−197』倉庫……」

 

視界を赤外線モードから暗視モードに切り替え、熱源のあったその場所の名を呟く。月光や星々の煌きといった僅かな光を何倍にも増幅した視界の中で、ペンキの色褪せた倉庫の文字ははっきりと読み取れた。

直線距離が60メートルというのは、トラップや奇襲を警戒しながら進むことを考えると、決して短い距離ではない。数人単位の分隊でも人手がいればよいが、ひとりで行動している以上、必然的に歩く距離も、かかる時間も長くなってしまう。

 

(時間の余裕は、あまりないというのに……)

 

内心で舌打ちしながら、北斗は慎重に歩を進めた。

人質を監禁している本拠地が近いのか、トラップの数はより多く、その隠し場所より巧妙になっていった。1つのトラップを回避しても、またすぐに次のトラップが発動するよう2段構え――所によっては3段構え――になっている。

北斗がこれまで習得してきた技術の全部を使えば、それらトラップの全てを解除することは、決して不可能ではなかった。しかし、例の如く時間がかかりすぎるという理由から、彼はわざわざ、最初からトラップの仕掛けられていないコースを選択し、そのうえで奇襲に備えながら進んだ。

60メートルの距離を詰めるには、きっかり3分を必要とした。

並列する別の倉庫の陰から様子を覗ってみると、件の倉庫の周辺には特に気になるようなトラップは仕掛けられていなかった。倉庫自体、別に要塞化されているわけでもなく、見張りの戦闘員もいない。

いや、見張りなど必要ないのだろう。相手も改造人間なのだ。接近するこちらの動きは、倉庫内部からでも確認しているはず。

『手に取るように』とまではいかずとも、こちらの動きはある程度筒抜けになっていると考えるべきだった。――とすれば、下手な小細工を講じたところで、見破られる可能性は高い。そもそも、そんな策を講じるほどの時間はこちらにはない。

倉庫の陰から陰へ。射線にいる危険性がなるべく少なくなるよう、移動は迅速かつ正確に。素早く移動を済ますと、巨大な鉄の扉は目の前にあった。

『A−197』倉庫は、周囲にある他の倉庫とまったく変わらぬ外観をしていた。だが、この中にまだ見ぬ敵が潜んでいると思うと、この何の変哲もない倉庫が、北斗には難攻不落の要塞に見えた。

彼は最後の確認とばかりに、もう一度視界を赤外線モードにし、聴覚を研ぎ澄ませた。

 

(――――居る)

 

ダミーの反応を除けば、中にいる生物の数は、3……。うち、改造人間は1人。人数が合わなかったが、あとの2人は人質の誰かなのだろう。

 

(……小島か?)

 

改造人間となった獅狼の詳細なデータを持ち得ない北斗では、残念ながら超越感覚だけで中に居る改造人間の正体を特定するのは難しい。そもそも〈ゲルショッカー〉の改造人間とは今日初めて遣り合ったのだし、前に獅狼と再会した時には、あまりの事態に気が動転して、データをとるのを忘れていた。

しかし、北斗はなんとなく……第六感とも呼べぬ、本当に微弱な予感ではあったが、中で潜んでいるのは、獅狼ではないような気がしていた。

 

(なんにしても――――)

 

いつまでもここで中の様子を窺っているわけにもいかない。真実(すべて)は、この扉の向こうにあるのだ。

スライド式の鉄の扉の取っ手の窪みに指をかけ、北斗は古びた門を力一杯に開け――――――

 

“チン……”

 

扉を数ミリだけ動かした直後、彼の耳膜を、金属と金属が擦れ合う不吉な音が打った。

 

「っ……!」

 

不意に、背筋に悪寒が走った。

猛烈な寒気とともに全身の感覚がいきり立ち、意識せず嫌な汗が額に浮かぶ。

 

『――ここに居ては危険だ!』

 

頭の中に飛び込んできた自身の声に、北斗の体は素直に従った。

気が付いた時には、彼はもう大きく地面を蹴って、右側へと跳躍していた。

その、直後の事だった。

 

“バリバリバリバリ!!”

 

唸るようなモーターの駆動音が鳴って、脅威の銃弾は1分間に4000発という高速で6つの銃口から放たれた。まず隙間から銃弾が飛び出て、継いで分厚い鉄の板を突き破って、無数の7.62mm弾がつい今しがたまで北斗がいた空間を裂いていく。

 

「――ミニガンかッ!?」

 

視界を横切る黄金の銃弾、倉庫の中から聴こえてくる電動音から、北斗は自分を襲う兵器がヘリなどの航空機に搭載される機関銃であると判断した。

ブスブスと内側から扉を突き破る火線は、銃弾が北斗に命中していないことに気付くや、彼が跳躍した右側へと移動した。

 

「…この馬鹿力めッ!」

 

着地後、なおも地面を蹴りながら、北斗はまだ見ぬ倉庫の番人に向かって毒づく。たしかに、いくら改造人間とはいえ、18キロもある巨大な鉄の塊をたった1人で――しかも、分間4000発の発射速度の7.62mm弾の反動に耐えながら――操るとなると、射撃手はかなりの腕力の持ち主であることは想像に難くない。

しかも、射撃手の反応速度はかなり速いようだった。北斗が攻撃を察知して回避運動をとってから、火線がその動きを追うまでに要した時間はかなり短い。狙いも、壁一枚を隔てているにも拘らず、動く北斗の軌跡を寸分違うことなく追っている。

2度目の着地の後、北斗は短くステップを踏んでから跳躍した。そのまま『A−197』倉庫の屋根の上に降り立つと、天地を揺るがすが如きミニガンの射撃はピタリと止んだ。さすがに中にいる戦闘員――山口のことだが――も、自らが潜む倉庫の天井を破壊するような真似はしないようだった。天井を撃つのと壁を撃つのでは、倒壊の危険性はぐっと違ってくるのだ。

銃火より逃れた北斗は、しかしその場からでは内部に潜む敵に対して攻撃が出来ないがゆえに、立ち往生する。

G3に装填されている7.62mm弾も、ブローニングに装填されている9mm特殊徹甲弾も、足下の屋根を突き破ることは可能であろうが、一度銃口を離れた弾丸は北斗の命令を聞いてくれはしない。万が一、跳弾が人質を傷つける危険性もあれば、逆上した戦闘員が人質を盾にする可能性もあるのだ。

こちらが相手からの攻撃を受けることはないが、さりとて、自分もまた相手には攻撃をすることが出来ない。

徒に時間だけが経過していく中、不意に、どうしたものかと考え込む北斗の耳膜を、“ガシャン!”という、何か金属製の物が、地面に勢いよく叩きつけられる音がした。

反射的に音のした方……足下に広がる屋根の大地よりも、もっと下の地面に視線を向けて、北斗は思わず眉をひそめる。

倉庫の扉の前には、M134“ミニガン”が落ちていた。かつてのガトリング砲と違い、手動ではなく電動式で動く鉄の悪魔は、電源から切り離されて沈黙のまま横たわっている。

 

(……誘っているつもりか?)

 

強力な武器をあえて放棄し、しかもそれをわざわざ敵に見せ付けるということは、つまりそういうことなのだろう。

元々今回の誘拐の目的は北斗をこの場におびき寄せ、彼を倒す事にあるのだ。そのためには絶対条件として北斗と戦い、どちらかが死ぬまで戦い続けなければならない。敵としても、決着の着かない状況というのは、望むべきものではないのだろう。

とはいえ、その誘いに北斗が乗るかどうかは、別問題である。

 

「十中八九、罠だろうな」

 

あえて、声に出して言ってみる。

その声は改造人間である相手の耳に間違いなく届いているはずだったが、敵は目立った反応は見せなかった。罠があるとも、そうでないとも解釈の出来る、沈黙である。どうやら、中に潜んでいる戦闘員は自分を律する術を習得しているらしい。

北斗は、ひとつ溜め息をついてから屋根より飛び降りた。

むざむざ敵の誘いに乗って罠に嵌まるつもりはなかったが、こちらとしても膠着状態が続くのは避けておきたい。

足下に転がる“ミニガン”を蹴飛ばして、北斗は扉の向こう側へ続く闇へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重く、固い鉄の扉を押し開き、倉庫の中へと進むとそこは闇が支配していた。

裸電球ひとつない暗闇だ。わずかに頼れるのは星々の灯りと、月の光だけだが、生憎と今宵は月齢20.1の半月。地面から4メートルほどの高さに設けられた窓から差し込む光は、決して充分な量とはいえない。

とはいえ、それはあくまでも普通の人間を対象とした場合の話。改造人間である俺の視界は、あくまでも鮮明だ。暗い倉庫の内装、四隅に溜まった埃の山、そして……

 

「…………」

 

……そして、〈ゲルショッカー〉制式の戦闘服に身を包み、じっと俺を見据える男の表情。彼は、戦闘服とセットになっているフルフェイスのマスクをしていなかった。げっそりと削げ落ちた頬も、傷だらけの唇も、顔を構成するすべてのパーツが、外気に晒されている。外見から判断するに年齢は40代前半といったところだが、実際のところは分からない。ただ、顔立ちからしてアジア人であるとだけは断定出来た。

 

「資料では何度も顔を見たことがあるが、実際に会うのはこれが初めてだな。……初めまして、闇舞北斗。伝説のSIDE〈イレイザー〉最強の男と会えて光栄だ」

 

少しだけ訛りが目立つイントネーションの日本語。発音は九州地方独特のものだ。九州の方言や発声は真似をし難いというから、おそらくは生まれながらの日本人なのだろう。若々しい外見とは裏腹に、実際の年齢を感じさせる口調は力強さこそなかったが、凛とした張りを持っていた。

 

「お前は……」

「私は〈ゲルショッカー〉四国戦線担当・コジマ大隊所属の戦闘員だ。……もっとも、すでに組織は壊滅してしまっているから、“元”という注釈が付くが」

「……そうか」

 

男の言葉に耳を傾けながら、男と、その周囲をよく観察する。

やはり倉庫内に目の前の男以外の敵はいない。――とすると、男はたった1人でミニガンを扱っていたことになる。かなりの腕力と、技量の持ち主であることは、間違いなかった。

周囲に男以外の敵の気配はない。しかし、別の気配はあった。この倉庫を探す際、そして倉庫に進入する際にも知覚した、2人分の気配……おそらく、俺をここにおびき寄せるために犠牲となった、2人の女生徒のものだろう。

惚れた弱味というかなんというか。俺の超越感覚は、光と他の人間を判別する事に関しては百発百中の精度を誇っている。それこそ、髪の毛1本1本の感触にいたるまで、俺の体は記憶している。

その俺の感覚が、「この2人の気配は光のものとは違う」と、告げていた。そしておそらく、その宣告に間違いはないだろう。

しかしそれだと、同時に疑問も残る。俺はてっきり人質の3人は、全員同じ場所に監禁されているものだと思っていた。というより、人質をとる場合、それを一箇所にまとめておくのはひとつのセオリーだ。その方が監視も容易だし、人質監視のために割く戦力も少なくてすむ。

しかし敵は、そのセオリーを踏襲していなかった。ならば残された光、そして未だ姿を現さぬ小島は、一体――――――

 

「……考えていることを、当ててみようか?」

「なに?」

「ふむ。なにやら難しい顔をしていたからな」

 

意識することなく、苦笑が漏れる。どうやら俺のポーカーフェイスは、ちょっとでも光が関わってくるとまったく通用しなくなってしまうらしい。……『killing gentleman』ともあろうものが、情けない話だ。

 

「……当ててみろ」

「夏目光は何処だ? ここにはいないのだろうか? それに、未だ姿を見せない小島獅狼は何処にいる? いつ、どんなタイミングで出てくるつもりなのだ? 何か意図するものがあるのか? ……と、まあ、こんなところか」

「…悔しいが正解だ」

 

俺はニヤリと唇を歪ませ、ブローニングの銃口をヤツへと向けた。親指でハンマーを起こし、照準を相手の頭部に合わせる。

 

「――質問がたくさんあるな……。まずは、お前の名前から教えてもらおうか」

「……これは質問ではなく、脅迫じゃあないのか?」

 

男もニヤリと唇を歪めた。直径9mmの銃口を向かれてなお、緊張した様子は見られない。細胞の活動レベルも、通常のままだ。

 

「質問さ。……というよりは、誠心誠意のお願いだな」

「…なるほど。お願いとあっては、私もその誠意に応えないわけにはいかないな」

「自発的な協力、感謝する。……それで、お前の名前は? あいにく、名無しと話しをするような酔狂な心は持ち合わせていないのでな」

 

名前も知らぬ相手とじっくり話し合う事がどれだけ危険なことであるかは、これまでの経験から身をもってよく知っている。親しく話しているつもりでも、いきなり“ズドン!”というパターンは、何度もあった。

例え語られる名が偽りのものであったとしても、名無しよりはマシだ。少なくとも、いきなり発砲――という事態だけは、避けられる。

 

「名前か……本名はもう、とうの昔に捨てたのだがな。組織では『サンタクロース』のコードネームで呼ばれていたが」

 

早速偽名である。しかし、あえて強く本名を聞き出すつもりはなかった。あくまでこれは自白を強要する“脅迫”などではなく、自発的な協力を促す“お願い”なのだ。

それに、彼は「本名はもう、とうの昔に捨てた……」と、言った。俺に色々な事情があるように、相手にも事情があるのだろう。それを深く詮索するつもりは――それが、任務の成否に関わるような重大な事でもない限り――俺にはない。

俺はひとつ頷いてから、次の質問――もとい、お願いを口にした。

 

「よし『サンタクロース』、次のお願いだ。光と小島が、少なくともこの倉庫の中に居ないのは分かった。……では、新谷涼子と、田村美香の2人はどうした?」

 

『サンタクロース』はシニカルな笑みを見せると、踵を返した。背を向けたまま倉庫の奥へと進み、ベニヤ造りの大きな木箱をひとつ、担いで戻ってくる。

150cmほどの身長で、小柄な体格の持ち主であればギリギリ2人は入れるほどの大きさだ。『サンタクロース』は、木箱をそっと自分の隣に置いた。どうやら箱を盾にするつもりはないらしい。

『サンタ』のおじさんは、ゆっくりと丁寧な手つきで、子供達へのプレゼントが入った箱を開けた。

 

「…………」

 

プレゼントは両手両足を太いロープで縛られ、目には目隠しを、口には猿轡を噛まされていた。“ミニガン”を至近距離で撃つためだろうか、耳にはオレンジ色のイヤープロテクターをしている。しかしそれでも、完全には銃声をカットし切れなかったのだろう。彼女達は怯え、身を震わせていた。

一見したところ特に目立った外傷はない。着衣の乱れもなく、レイプされた形跡もない。とりあえずは無事を確認して、一安心だ。

俺は視線を季節外れのサンタクロースへと戻した。

 

「……どうやら彼女達に手は出していないようだな」

「若く可愛らしいお嬢さん達だ。惜しいとは思っているさ。…しかし、獅狼様の意向でな。決して人質には、手を出すなと言われた」

「なるほど、あいつらしい」

 

どんな状況に身をやつしても、弱者と、女にだけは手荒な真似はしない。そういえばたしかに、小島獅狼という男はそんな人間だった。

 

「それにな……」

 

『サンタクロース』が、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 

「『サンタ』のおじさんが良い子の皆に手を出したら、倫理的にまずいだろう?」

「……プレゼントを受け取る年齢でもないだろうに、彼女達は」

 

俺達は互いに顔を見合わせた。そして、笑い合った。

笑いながら俺は――自分でも器用だとは思うが――ブローニングを向けたまま、ドスを孕んだ声で、

 

「さて『サンタクロース』、プレゼントの包装を開けておくれ」

 

と、言った。

『サンタ』のおじさんは頷くと、2人の体を木箱の中から出し、イヤープロテクターを外した。そっと耳元で「助けが来たぞ」と囁きかける。彼はもう1度「動かないでください」と、2人に囁いてから、少女達の手足を縛る戒めを、改造人間の怪力をもって引き千切った。“ブチブチ”と音を立ててロープが繊維を伸ばし、引っ張り強度の限界を突破して寸断する。

彼女達の手足に、拘束を受けていたという痕跡はない。どうやらロープは、それほどきつくは縛られていなかったらしい。おそらく、これも小島の意向とやらなのだろう。

猿轡が外され、目隠しが取り除かれた。

視覚を取り戻した少女達は、まず『サンタクロース』に怯えた表情を向け、ついで視線を俺の方へと向けて――――――ムンクの叫びにも似た、驚いた表情を浮かべた。

 

「や、闇舞先生!?」

「嘘……じゃ、じゃあ、やっぱりあの人達の言ってたことって……」

「……お久しぶりですね。新谷さん、田村さん」

 

正直、2人のことはあまりよく憶えていない。担任の教師でもなかったし、授業で話すことも稀だった。ただ、授業後の部活動でグランドを走る彼女達の姿は、少しだけ憶えている。

元気いっぱいの新谷さんはチームのムードメーカーで、辛い部活の練習にもいつも笑顔を浮かべて走っていた。一方、消極的な性格の田村さんは、特に目立った活躍こそなかtったものの、見るべきところはちゃんと見ており、冷静な判断でいつもチームを勝利へと導いていたのを、記憶している。

俺は視線で『サンタクロース』を促すと、彼は2人の背中を押してやった。

2人はやや戸惑いながら、ふらふらとした足取りで俺の方へと近付いてきた。

 

「随分あっさりと引き渡してくれたな」

「人質は最初から事が終わった後、解放するつもりだった」

「……それもあいつの意向というわけか」

「ああ。……先の事を考えるのなら、事が済んだ後も人質は解放するべきじゃない。事が終わった後も、人質はとことん利用するべきなのだ。しかしそれを、あの方は……」

「……それが小島獅狼なのさ」

 

俺の脇に、新谷さんと田村さんが辿り着いた。拘束はさほどきつくはなかったようだが、やはり長時間の戒めにかなり体力を消耗させたのだろう、縋るように俺の体に寄り添ってきた2人の少女の顔色に生気はなく、小柄な体は心なしかより小さく感じられる。

はたして、見上げてくる彼女達には、一体俺の顔はどう映っているだろうか。これから親友のことを語ろうとする、俺の表情は……。

 

「空手が大好きで、女子供にはとことん優しい真っ直ぐなヤツで……俺の知る中で、多分最も綺麗な心を持った男だった」

 

良いヤツだった。優しいヤツだった。言葉では語り尽くせぬほどの魅力が、小島獅狼という少年にはあった。いや、今でもおそらくそれは変わっていないのだろう。

今、目の前に立つ男は俺と同じだ。小島獅狼という少年の魅力に魅了され、その虜になった男なのだ。

つくづく思う。まったく、俺という人間は本当に果報者だった。あんなにも素晴らしい男が、あんなにも素晴らしい人間が、親友でいてくれたのだから。

そしてつくづく思う。まったく、あいつはなんと幸せな人間だったのだろうか、と。あんなにも素晴らしい男の愛を一身に受けたあいつは、死してなおなんて果報者なのだろうか、と……

 

「……何故だ?」

「ん?」

 

気が付くと、『サンタクロース』は憤りに顔を歪めていた。先刻まで陽気に笑っていた男と同一人物だとは到底思えない。それぐらい、男の豹変ぶりは凄まじかった。

 

「何故、お前はそんなにも優しい顔であの方のことを語れる!?」

 

一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。優しい顔? この俺が? しかし、どうやらそれは本当のことらしい。

視線を巡らせると、新谷さん達と目が合った。彼女達は置かれた状況の過酷さにも拘らず、気丈にも首を振って俺の疑問に答えてくれた。

視線を『サンタクロース』に戻す。

 

「獅狼様はお前の敵。お前は獅狼様を裏切り、あまつさえあの方の最愛の人の命を奪い、あの方の実り多き未来を奪った! ……そんな男が、どうしてそんな顔をする?」

 

……何故、か。そう言われても、自分が今一体どんな表情を浮かべているのかすら分からないのだがな。

 

「……たしかに、小島獅狼にとって俺は敵だ」

 

あいつにとって、闇舞北斗という男は、自分達を裏切り、あまつさえ自分から夢を、未来を、そしてなにより最愛の人を奪っていった、憎き敵に他ならないだろう。

 

「……そして、俺にとって小島獅狼という男もまた、敵だ」

 

俺にとって、今のあいつは俺と戦うためだけに光を攫っていった、許すことなど到底出来ぬ、憎き敵に他ならない。

今の俺達には、互いに命を賭けた殺し合いをするのに十分なだけの理由がある。俺にも、あいつにも、互いを憎しみの炎で焼き尽くしてなお、憎み合うだけの理由がある。

今の俺達は、まぎれもない敵同士だ。しかし、少なくとも俺は、あいつのことを単純に敵としては見られない。

俺は今でも、あいつのことを――――――

 

「……俺は今でも、小島獅狼のことを親友だと思っている」

 

親友だからこそ、あいつを助けたいと思う。

親友だからこそ、あいつを救いたいと思う。

あいつには、いつまでも笑っていてほしいから。

あいつには、かつての俺のように憎しみに身を焦がしてほしくはないから。

なによりも、あいつのことが大好きだから。

だから今、俺はここに立っている。あいつとの戦いを望んで、ここに立っている。

あいつに真実を突きつけるは簡単だ。しかしそうして、あいつが憎悪の捌け口を見つけられぬまま苦しむ姿を見るのは、あいつと戦うこと以上に嫌だ。

誰よりも優しく、男らしく、そして、一心にひとりの女を愛した男……彼を、憎しみの呪縛から解き放つために、俺は、あいつと戦って、あいつを救い、光も救う。そして小島と、光と一緒に、未来を築く。

自分でも欲張りな男だと思う。老子曰く、「足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆うからず」だ、そうだが、例えここで欲張ることで、この身が滅ぶことになったとしても俺は構わない。

 

「……俺は光を愛している。そして、小島のことも大切な親友だと思っている」

 

それが、闇舞北斗の本心だから。

暗殺者という本当の顔を隠し、親友達を欺いてきた男の、心からの言葉だから。

……しばしの沈黙があった。

『サンタクロース』は俺の瞳を真っ直ぐ見つめ、俺もまたヤツの瞳を見つめ返した。射るような互いの視線は、互いの本心を暴き出すためか。

嘘偽りのない本当の心を垣間見、先に視線を逸らしたのは、『サンタクロース』のおじさんだった。

 

「……残念ながらその言葉、そして獅狼様を想うお前の気持ちは本物のようだな」

「ああ。分かってもらえたようで、嬉しいよ。……さて、ここからが本題だ。『サンタクロース』、最後のお願いだよ」

 

会話の間にも、俺の超越感覚は小島や光を探して活動を続けていた。あれほどあったダミーとの判別も、すべて完了している。

結論から言って、小島達はこの倉庫街には居ない。少なくとも、倉庫街を中心に半径3百メートルの圏内には、彼らの反応はない。

状況から判断するに、小島が逃げたという可能性はないだろう。そもそも夕凪の仇を討つことが彼の最終目的なのだから、それは考えにくい。その意図は分からないが、おそらく別の場所で俺のことを待っているのだろう。ならばまずは、その居場所を特定せねば。

 

「――2人の居場所を……小島と、光の居場所を教えてくれ。あいつらは今、一体何処にいるんだ?」

「…………そのお願いに応える前に、ひとつ聞かせてくれないか?」

 

逸らされた男の視線が、再び真っ直ぐ俺を見据えてくる。それで光達の居場所が聞き出せるならば――と、俺は頷いて『サンタクロース』の申し出を聞き入れた。

 

「お前達の進む道が分かたれたあの日の事件……私はその事件のことを、獅狼様からの言伝で聞いた。しかし、その獅狼様もまたその時は意識を失っており、夕凪春香との一件は事件後、ブラック将軍から教えてもらったと言っていた」

 

薄い唇から言葉が流れ出すにつれて、『サンタクロース』の言いたいことが分かってきた。

彼の聞きたい事……それはつまり――――――

 

「……本当のことを言ってくれ、闇舞北斗。本当に夕凪春香を殺したのは、お前なのか?」

 

14年前の事件の真実。夕凪春香を殺害した、本当の真犯人。今回の凄惨な復讐劇を、一瞬にして茶番にしかねないNGワード。それを問う『サンタクロース』の表情は、いたって真剣だった。

一瞬、どう答えてやるべきか判断に窮した。なにせ真相は今回の一件……光達3人の誘拐に始まった、凄惨な死闘の意義そのものを揺るがしかねない事実なのだから。しかし、逡巡はほんの一瞬のことだった。

『サンタクロース』は俺の言葉を信じてくれた。ならば、俺もその誠意に応えてやらねばならないだろう。

耳目に意識を集中させ、集音マイクや、盗聴器の類を探す。万が一にもこの場の会話が小島に漏れないことを確認してから、俺はゆっくりと首を横に振った。

『サンタクロース』は驚かなかった。ただ一言、「そうか…」と、複雑な表情を浮かべて俯いた。

 

「……質問をしたことを、少し後悔している」

「?」

「知らなければよかった……とな。お前が、獅狼様から聞いた話通り、汚い裏切りをはたらき、親友と呼んだ少年をなんの躊躇いもなく殴り飛ばした冷酷な男であったら、どれほど良かったことか…。そうであったら、どれほどあの方にとって幸福であったか……しかし、私が話したお前は、獅狼様の話に聞いた闇舞北斗ではなかった。裏社会に名を馳せる『killing gentleman』は、決して冷酷な殺人鬼などではなかった」

 

『サンタクロース』が、俯いた顔をゆっくりと上げる。月明かりに照らされ映る顔は、薄く冷笑を浮かべ、どこか不気味だった。

 

「“俺達の始まりの場所”……」

「なに?」

「お前の最後のお願いの答えだ。獅狼様は、そこに居る」

「……そうか」

 

“俺達の始まりの場所”。そこが何処であるかは、すぐに見当がついた。俺達の始まりの場所……俺と、小島と、夕凪の、過ごした時間の、すべてが始まった場所――――――

 

「……だがしかし、お前をこのままそこに行かせるわけにはいかない」

 

『サンタクロース』が、有無を言わせぬ断固とした口調で言った。幽鬼の如き不気味な薄ら笑いを浮かべる男は、しかしその瞳に烈々たる決意の炎を滾らせ、視線で俺を射抜いた。

 

「元々今回の一件、獅狼様はご自身の復讐に私達が関与することを良しとはしていなかった。そこに、我々が無理を言って参加させていただいたのだ。……おそらく、ご自身の復讐を関係のない者に邪魔されたくなかったのだろうな。……そして、ご自身の復讐に、闇舞北斗という、稀代の戦闘者との私闘に、我々を巻き込みたくなかったのだろう」

 

 プロフェッサー・ギルから見せてもらった〈ゲルショッカー〉の資料。そこには、〈ゲルショッカー〉戦闘員は〈ショッカー〉戦闘員の2倍近い戦闘力を有していることが事細かに記載されていた。同時に、〈ゲルショッカー〉戦闘員を組織に縛り付ける鎖……彼らの、生殺与奪を握る重要なファクター・ゲルパー薬の存在も。

 おそらく小島は、組織が壊滅してからも自分についてきてくれた彼らに、残された人生をまっとうしてほしかったのだろう。資料には現在、もうゲルパー薬を製造している旧〈ゲルショッカー〉の施設や、『デストロン』の施設が存在していないことも記されていた。組織の壊滅から現在にいたるまでの時間を考えるに、ゲルパー薬のストックはかなり減っていたはずである。残り短い彼らの人生、その時間を、自分などのために拘束したくはない。小島は、そう考えたに違いない。

 

「どこまでもお優しいお方だ。裏社会で生きていくには、致命的なまでに純真なお方だ。だが、それゆえにあのお方の心は強く、そして脆い。冷酷な殺人鬼・闇舞北斗を前にしたところであのお方の復讐心は微塵も揺るがないだろう。しかし、そうでない……未だ獅狼様のことを親友と思い、かつての獅狼様同様愛する者を救い出すために戦うお前を前にすれば……あのお方の優しい心は、揺らぐかもしれん。未だ自分を親友と呼ぶ男を手にかけることで、罪悪感に一生涯苦しむかもしれん」

「……だろうな。あいつは優しい男だから」

「――ならばこそ、獅狼様の前に今のお前を立たせるわけには行かない。今、ここで倒す!」

 

 静かな口調から感じとれる、圧倒的な敵意。

 物質的に知覚し、数値化出来ぬ『サンタクロース』のそれは、俺への宣戦布告を機に、急激に膨張していった。

 本能が、肉体に警鐘を鳴らしていた。視界に映る男の強化細胞の活動レベルは未だ普通の人間と同程度で、その意味で目の前の男に恐怖を覚える理由はない。しかし、理性とは裏腹に、戦闘者としての本能は一刻も早くブローニングのトリガーを引くことを俺に強要していた。

 超越感覚で捉えるまでもなく、また、実際に戦ってみるまでもなく、本能は悟っているのだ。詳細なポテンシャルこそ未知数なれど、目の前の男の強さは、これまで戦ってきた数多くの敵の中でも、最強クラスの存在であることを。

 

「……新谷さん、田村さん」

 

 未だ俺にしがみついている2人を安心させようと唇から漏れ出た言葉は、予想以上に緊張に張り詰めていた。

 不安そうに見上げてくる視線に(しまった……)と、思いながらも、とりあえず表情だけは無理矢理笑わせながら、俺はブローニングを構えていない右手で、心臓よりも少し下の辺りにある2人の頭を撫でてやった。脆弱な人肌をガードしながら、作業性を考慮して第2関節の辺りまで先端部を排除されたアサルト・グローブから突き出た傷だらけの指に引っかかりながら、黒髪が流れていく。

 

「少々厄介な事態になりそうです。すみませんが、少しの間離れていてくれませんか?」

 

 『サンタクロース』の一挙一動に超越感覚のすべてを動員して警戒しながら、諭すように2人に言う。具体的な言い回しはあえて避けたが、伝えたいことは伝わったはずだ。

 可愛そうではあるが、正直2人の存在は邪魔だった。こうしてしがみつかれる事自体言うに及ばず、近くにいるだけでその分動きが阻害されてしまう。救出目標の人質であるため迂闊に弾避けにするわけにもいかない。はっきり言って、足手まといなのだ。

 新谷さんはともかく、田村さんはその事を俺の言葉から十分に理解してくれたらしい。おずおずと体に回された腕を離すや、未だしがみついてくる新谷さんの手の、指一本一本を丁寧にはずしていった。

 

「涼ちゃん、闇舞先生の言うとおりにしよ」

「え? で、でも……」

「恐いのは私も一緒。けど、闇舞先生はちゃんと『少しの間……』って、言ってくれたよ」

 

 「そうですよね」と、田村さんが見上げてくる。芯の強い娘だ。自分だって恐怖で震えているというのに、それを我慢して友人を安心させようと微笑みかけている。

 俺は新谷さんに「ええ、少しの間だけです」と、頷いた。正直、その「少しの間」がどれぐらいの時間になるかは分からなかったが、田村さんの気遣いを無駄にすることもない。

 俺の言葉、そしてなにより田村さんの微笑みが効いたのだろう、最後のほう、新谷さんは自分からそっと腕を離した。

 

「さ、行こう」

 

 自分達が側にいては俺が思うように動けないことをちゃんと理解しているのだろう、普段消極的な正確の田村さんは、新谷さんの手を引いて倉庫の物陰に隠れた。特別な徹甲弾でなくとも38口径以上のFMJ弾(=フル・メタル・ジャケット。威力よりも貫通性を重視した弾丸)ならば簡単に貫けるような薄い木の盾だったが、あえてそれは口にしなかった。無駄に彼女達を不安にさせることもなかったろうし、俺もヤツも、その場所に被害が及ばぬよう戦えばよいことだ。

 

「……彼女達の避難は終わったのか?」

「ああ。これで心置きなくこのトリガーを引けるというものだ」

「そうか」

 

 『サンタクロース』は、どうしたことか瞼を閉じた。戦闘服のポケットに手を突っ込み、まるで撃ってくださいとばかりに胸を張る。明らかに攻撃を誘っているという意図が見え見えだった。

 何か秘策でもあるのだろうか? しかし、向けられた銃口から放たれるのは必殺の弾丸だ。照準も正確で、互いを隔てる距離は音速を超える弾丸ならば秒とかからず到達する距離である。セフティも解除されている。この不利な状況を覆せるほどの策があるとは、到底思えない。

 あるいは、開き直りか。しかし、小島に忠誠を誓ったこれまでの戦闘員達の戦いぶり、そして目の前の男が放出するプレッシャーを省みるに、それは考え難い。

 何か魂胆があるのは明白だった。しかし、その何かが分からない。判断材料となる情報が、圧倒的に不足している。しかしもとより、外からの観察で改造人間のすべてを知ることは不可能だ。せいぜい、知覚出来る僅かな情報から相手のスペックを推測するぐらいである。

 こうしてただ対峙しているだけで理解出来るのは、限られた事実のみ。とすれば、それ以上の事を知ろうと思ったら、そのために行動するしかない。

 何が起きてもすぐ対応出来るように……超越感覚の総動員による相手の監視はそのままに、俺は躊躇うことなくトリガーを引き絞った。

 

“ドンッ!”

 

 6条のライフリングが走る短い銃身を通り抜け、必殺の9mm特殊徹甲弾がトルネードを描きながら銃口から離れる。その軌道は、改造人間の視力だからこそ捉えられる映像だ。改造人間の能力を使っていない者には、軌跡すらたどれぬスピードだ。

 『サンタクロース』に動く気配はない。細胞の活動レベル、人工心臓の熱量もそのまま。ポケットから、両手を出そうとすらしない。両眼も、閉ざされたままだ。

 いったい何を考えている……と、そう思った、次の瞬間だった!

 

“パンッ”

 

 32口径以下の拳銃だからこそありえる、控えめな銃声。戦闘員のポケットに7.65mm大の穴が開き、飛び出した32ACP弾が、正確にターゲットへと飛翔する9mm特殊徹甲弾を、直撃する。

 視界に飛び込んできた32ACP弾は、特殊な加工もされていないいたってスタンダートなHP弾だった。スペックは弾丸重量6.5g、銃口初速は平均で秒速315m。初速の状態で銃弾が保有する運動エネルギーは322ジュールで、9mm特殊徹甲弾の足元にも及ばない程度の威力だ。しかし、正確な飛翔を続けていた9mm弾は、思わぬ伏兵の登場と、横腹からの攻撃に隙を突かれ、あらぬ方向へと、飛んでいってしまう。

 そして、『サンタクロース』が両目を開け、傷ひとつないポケットから手を出したその時、俺達の戦いは始まった。

赤外線を捉える視界の中で、『サンタクロース』の肉体が、爆発的に膨張していく。人工心臓が急激な運動を始め、全身の強化細胞に力が滾る。

彼我の距離、およそ3メートル。改造人間ならば秒とかからず接近可能なその距離を、『サンタ』のおじさんはトナカイに頼ることなく一瞬にして詰めた。ポケットから出された手には、いまだ完全に展開しておらぬフォールディング・ナイフが握られている。

咄嗟に、シース代わりのホルスターからブレードを抜いて、受け止めた。フォールディング・ナイフはブレードと交わる直前に完全な変態を果たし、特殊合金製の刃にぶつかって、短い寿命をまっとうした。すかさずブレードを振り抜き、『サンタクロース』の手首へと斬撃を放つ。

ナイフを砕かれた男の反応は、機敏だった。刀身のない柄だけとなってしまった金属の棒を手放し、引っ込める。振るったブレードは空を薙ぎ、男は、再び穴の開いたポケットから銃口を覗かせた。

 

「……ッ!」

 

視界に飛び込んできたのはなんのことはない、7.65mmの穴の開いた短い鉄の筒にすぎない。しかし、その筒の奥に鈍い輝きを秘めた鉛の塊を捉えるや、俺の体はすでにステップを踏んでいた。

上体をエビのように反らし、それぞれ武器を握った両手を地面に着地させる。腹筋のわずか5センチ上を弾丸が通過し、直後、俺はバク転で後方へと跳んだ。

めまぐるしく移り変わる視界の中に、再び『サンタクロース』の姿が飛び込んできたのと同時に、ブローニングを撃つ。普通の人間であれば、軌道を読む暇もなく地面に伏していてもおかしくはない超高速の9mm弾が、ターゲットの胸部を狙って銃口を離れていく。

 

「ふ……ッ!」

 

身体の上体を整えるための調息は一回。一歩目の踏み切りは右斜め前方へ、二歩目の踏み切りは旋転とともに俺の頭上へ。

およそ人間ではありえぬその動きの果てに、『サンタクロース』はとうとう穴の開いたポケットから手を出し、プレゼントを俺に見せた。

 

「――ずいぶんと懐かしい物を使ってくれる!」

 

そうは言うが、俺も人のことは言えない。未だ左手が握る自動拳銃はほとんど別モノとはいえ、1935年に完成した製品だ。

『サンタクロース』が手にしていたのは、俺と同じ、ブローニング拳銃だった。もっとも、モデルは違う。俺のハイパワーよりも25年も昔に開発された7.65mm口径の自動拳銃……M1910だ。口径バリュエーションは7.65mmと、9mmの2種類あり、7.65mmの方は装弾数7発。

すでに2発撃っているので、残りは5発か、6発という計算になる。改造人間にとってはさして脅威とは言えない口径であるが、まだそれだけ残っているのなら、油断は出来ない。

 

“パンッ! パンッ!”

 

真上から鳴り響いた、2発の銃声。見上げてみると、着弾コースは綺麗に俺の頭部を狙っている。着弾までの距離は2メートルもなく、時間的な余裕はコンマ1秒とない。回避をしている暇は………………ない。

 

“グワァアッ!”

 

すでに床を踏み締める両足に、さらなる力を篭める。コンクリートで舗装された床に亀裂が走り、地面が隆々と盛り上がる。膝を折り曲げ、銃弾との距離を稼ぎ、そして、ブレードを握る右腕を振るう。

 

“ギンッ ギンィッ!”

 

あわや間一髪のところで、2発の銃弾は特殊合金製の刀身に弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいった。

必殺の銃弾を防がれた男は、しかしいささかの動揺も見せることなく、振るったブレードの刀身を足場にし、軽い跳躍とともに再び俺から距離をとる。軽やかな着地が極まり、『サンタクロース』は倉庫の出入り口の扉を背後にし、ブローニングの銃口を俺へと向けた。

銃口と刃の切っ先を向けながら、男を振り返る。

 

「……やるな」

「そっちこそ」

 

エンゲージは10秒にも満たない短い時間で行われた。しかし、その短い間に展開した激突で俺達には十分。相手の実力は、この身を苛む筋肉の悲鳴とともに、よく理解できた。

 

(――この男、強い)

 

少なくとも、これまで俺が戦ってきた1000人近い戦闘者の中でも、ベスト10入りは確実であろう強さだ。SIDE〈イレイザー〉のメンバーでも、まともに戦って勝てる可能性があるのは俺か、ランバート少佐ぐらいのものではないだろうか。まさしく一分の隙も、一瞬のミスも見せられない相手である。

手にした2つの鉄を交差させ、間合いを詰めるべくゆっくりとにじり寄る。利き手である左手が常に最大のパワーを発揮できるよう、左半身を前にして左へ…左へ……。

俺に動きに反応し、『サンタクロース』もまた左へと動く。次の行動が読まれにくい摺り足で、一歩一歩、確実にステップを踏み、ぎりぎり俺の間合いから逃れていく。

2人とも距離など関係なく攻撃のできる拳銃を持っていながら、なお間合いの読み合いを続けるのは、決してそれが必殺の武器となりえぬことを互いに理解しているからだ。俺達は一定の距離を保ちながら、相手の動きを追った。

もし、今の俺達を上空から見下ろすものがいるとしたら、それは奇妙な組演舞にも見えるだろう。しかし、これは優雅な演劇などではない。一歩一歩が極度の緊張を強いる、一触即発の死のステップなのだ。ただ相手の姿を視界に納め続け、ゆっくりと一歩一歩を踏み出す単調な作業は、しかし俺達の体から急速にエネルギーを奪い、酸素を取り上げていく。だが、たとえそれで心身ともに疲弊したからといって、少しでも横着をしようと一瞬でも気を張ることを怠れば、それは即刻その者の死へとつながる。これは定められたシナリオ通りに事が進む演舞ではない。相手が気を抜くまでこちらも気を抜けぬ、紛れもない殺し合いなのだ。

勝負の趨勢は膠着したまま、俺達は相手を追い、相手から逃げ、同じ場所をぐるぐると何周も回った。一周を進むその都度、筋肉から抗議の声が上がり、神経が擦り切れんばかりに磨耗していく。

やがて10分は周回を続けていただろうか、長時間の緊張状態に筋肉が悲鳴を上げ、神経が高熱を発し始めた頃、限界は同時に訪れたらしい。俺達は元居た場所へと立ち止まり、再び対峙した。

 

「…………」

「…………」

 

お互いもう無駄な言葉は発しない。喉を震わせ、発声することでほんの僅か失われるエネルギーや酸素すら、惜しい状況なのだ。

――と、その時、静かな湖の水面の如く膠着するこの状況に一石を投じ、水面に波紋を生じさせ、場を掻き乱す者が現れた。

否、それは“者”ではなかった。“者”とは、あくまで人間を対象に使う形容詞であり、背後に積み上げられた荷の陰から跳び出してきたのは、人ではなかった。

それは獣だった。爛々と獰猛に目を輝かせ、咆哮とともに俺の方へとやってきたのは――――――

 

「犬……?」

 

物陰から様子を覗う田村さんの、呆然とした声が聞こえた。

そう、膠着した状況を掻き乱すかのように登場した闖入者は、なんと1匹の成犬だった。体長1メートルはあるであろう、大きな雑種犬。牙を尖らせ、爪を研ぎ澄ました獣は、まるで『サンタクロース』に仕えるトナカイのように、彼の手助けをするべく、背後から俺に襲いかかってきた。

 

「なんだッ、こいつは!?」

 

殺気と纏わせながら飛んできた背後からの気配に、反射的にブレードを振り抜く。しかし、成犬は都会で飼われるペットではありえぬ、野生の、稲妻を連想させる俊敏さで身を翻し、ブレードの刃圏から逃れるや、電光石火の如く振るった右腕に、勢いよく噛み付いてきた。

 

「ぐぅッ……!」

 

防刃性に優れる生地を易々と突き破り、ピンク色の歯茎に支えられた犬歯が肉に喰い込む。強靭な顎で力の限り牙を突き立てられ、血液が運河の如く体内から流れ落ちていく。

顎の力だけで腕に掴みかかる犬を振り落とそうと、乱暴に右腕を振るった。しかし、どんなに力を篭めても揺さぶっても、顎の力は一向に衰えることはなかった。

不意に、俺の右腕の動きに翻弄される犬と、俺、そして『サンタクロース』の視線が絡み合った。『サンタクロース』は驚いたように「お前……ッ!」と、成犬に困惑の表情を向けた。どうやら彼は、この犬のことを知っているらしい。

――その時、一瞬だけ『サンタクロース』を見る犬の視線が、獰猛な肉食獣のそれから、孤軍奮闘する仲間を思いやるかのように、慈愛を孕んだものに変わったように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

視線で言葉を交わした1人と1匹は、俺の理解の外で意思疎通を果たしたらしい。感極まったように、目の前の男は言った。

 

「そうか! お前達もあの方のために!!」

 

成犬に向けられた男の台詞が、いったい何を意味しているのかは俺には分からない。しかし、ひとつ気になる発言があった。「お前達も……」だと? まだ、仲間がいるというのか?

慌てて超越感覚の知覚範囲を広げ、周囲の気配を探る。相変わらずダミーの反応は活発だった。そして、俺の改造人間としての感覚器官は、それとは別にいくつかの反応を感知した。

俺は、愕然とした。少なくとも、この倉庫から半径100メートルの圏内だけで、数十の生体反応を確認する。俺に向けた殺気の刃を隠そうともしないそれらの反応の主は、無論人間ではない。

小島の仲間は、全員改造人間であると――全員、〈ゲルショッカー〉の生き残りであると――思い込んで、油断した。あいつの仲間には、まさしく文字通りの人外もいたのだ。

 

「チィ……ッ!」

 

一向に離れる気配のない犬を睨み、手首のスナップだけを頼りにブレードを回転させる。鈍い銀色の軌跡が虚空に描かれ、ばっくりと顎が開いて、ストンと、犬の首が落ちた。

背後で少女達の悲鳴が上がるが、気にしている暇はない。突然の闖入者に掻き乱された膠着は、たとえその下手人を屠ったとしても、決して元に戻ることはない。

犬を相手に悪戦苦闘していた間にも、『サンタクロース』はさっと踵を返し、倉庫の出入口をくぐろうとしていた。そして倉庫の扉の前には、電源から切り離されたとはいえ、“ミニガン”という悪魔が転がっている。いや、そればかりか倉庫の外には、これまで倒してきた戦闘員達の武器が、無傷のまま残っている。

男の後姿を狙って、ブローニングを撃つ。2発が肩を掠め、3発が右腕に命中。1発が右足に命中するが、男の疾走は止まらない。

9mm特殊徹甲弾の威力が、強すぎる。100mの距離で30mmの鋼鉄板を貫く徹甲弾も、弾丸が体内に残って暴れなければ、最大の威力は発揮できない。たとえ命中しても、相手が痛みを知覚する前に体外へ出てしまっては、ほとんど意味がない。特に、改造人間ともなれば、尚更だ。

軽く舌打ちし、『サンタクロース』の後を追う。急激な運動で体内の弾丸が暴れだし、全身を苦痛が苛むが、構っている暇はない。

――なんとしても、ヤツが武器を手に入れる前に、動きを止めなければ。

 

「吼破・水月――――!!!」

 

離れた相手との距離を一気に詰め、同時に直接攻撃を叩き込むには、コレがいちばんだ。爆発的呼吸に制御され、解放された肉体は、筋肉の伸縮、血液の流動、一歩目の踏み込みから重心移動に至るまで、すべてベストなタイミングで行われ、それ自体が一個の凶器となって、必殺の拳を繰り出す。

これまで、初見で俺の『吼破・水月』を躱せた人間はランバート少佐を除けば皆無だ。まして『サンタクロース』は俺に背を向けている。回避は絶対に不可能。ヤツは、通常の何倍もの威力に膨れ上がった俺の鉄拳を受け、背中から人工心臓を貫かれる――――――

 

“ゴッ!!!”

 

……手応えは十分あった。しかし、放たれた一撃は『サンタクロース』の体を掠りもしなかった。

盾に、阻まれたのだ。

 

「な……に……?」

 

“メキメキ”と骨の砕ける感触と、肉を引き裂いていく感触。自らの身を挺し、『サンタクロース』を守ったのはなんであろう、体長20センチにも満たない1匹の子猫だった。1個の砲弾となった俺がもつ全エネルギーを一身に受けた勇敢なる子猫は、か細い悲鳴を上げて、その短すぎる生涯を終えた。

幼き子猫の、尊い犠牲の果てに稼がれた時間はほんの一瞬にすぎない。しかし、俺達レベルの戦闘者――それも改造人間――ともなればその一瞬で十分。コンマ1秒にも満たぬ一刹那でも、それだけあれば色々な事が出来る。そう、例えば……

 

“ジャキンッ……”

 

……例えば、電源から切り離され、使い道のないただの鉄の塊と成り下がった凶器に、再び電力を注いで、鈍重な鉄塊から強力な武器へと元通りに直すこととて、俺達には可能なのだ。

なんということであろう、自らの身を挺して子猫が盾となり、俺の攻撃を受けている間に、『サンタクロース』は電源から切り離され、使い物にならなくなっていたはずの強力な武器を使用可能な状態にしてしまったのだ。

電動式の“ミニガン”の、新たな電源は『サンタクロース』自身である。先刻まで大容量のバッテリーに接続されていたコードは今、自ら切り開いたのだろう、割腹した男の赤い腹をコンセントに、その奥へ奥へと埋まっていた。どうやらヤツは、改造人間であれば誰しもが体内に持っている動力炉に、ミニガン”のコードを直結したらしい。おそらくは今頃、“ミニガン”の内部では大容量バッテリーから得られる以上の電力が荒れ狂い、逃げ場を求めていることだろう。そして『サンタクロース』は、荒れ狂う電流の放出先として、“ミニガン”を駆動させた。

電流がシステムの内を駆け巡り、低く唸るような音と、金属と金属とが擦れ合う嫌な音が鳴って、6本束ねられた銃身が回転を始める。やがて7.62mmの口径から1発目の銃弾が頭を覗かせた時、『吼破・水月』を放った直後で、大きく隙を生じさせていた俺は、広げた両足を慌てて揃え、右へと跳躍しようとして――――――1発の銃弾が、自身の右肩を貫通していくのを垣間見た。

 

「…………痛ッ」

 

音速の何倍ものスピードで放たれた弾丸だ。痛みは貫通してから、一瞬の間を置いてやってきた。そして直後、未だ跳躍で逃げることすら叶わぬ俺に向かって、無数の銃弾が雨霰とばかりに降り注いだ。視界の中で、必殺の一撃を受け宙を舞う子猫の亡骸が、銃弾の嵐に、あるいは衝撃波の荒波に揉まれ、引き千切られていくのが見えた。

2発、3発と、弾丸が体の中に吸い込まれては、吐き出されていく。今度は右肩と胸筋の付け根のあたりに1発と、再び右肩に1発。どうやら“ミニガン”の照準はやや右側に偏っているようだ。4発目、5発目は幸いにしてただ空間を薙いでいくだけで、銃口が6発目の銃弾を吐き出し、6本の銃身がようやく一回りしたところで、ようやく俺の体は行動に移った。

右半身から徐々に中心線へと修正されつつあった火線から、左側への跳躍で一気に逃れ、体で大気を引き裂きながら、ブローニングをダブル・アクションで連射する。照準は『サンタクロース』本人ではなく、彼が持つ“ミニガン”だ!

 

“ドドドドンッ!”

 

4発撃ったところで、スライドが後退したまま動かなくなった。弾切れだ。着地と同時にマガジン・キャッチを解除し、空になった弾倉を捨てるやすぐに新たな弾倉に交換。再び銃口を標的へと向けると、そこには4発の9mm特殊徹甲弾に貫かれ、今度こそ本当の意味で使い物にならなくなった“ミニガン”を 慌てて手放す『サンタクロース』の姿があった。

“ミニガン”は、穿たれた4つの穴から電流を迸らせていた。 “ガチンッ”と、断末魔の悲鳴を上げる凶器は、たちまちその身を苛む電流の熱で弾丸の炸薬が引火。内部で起きた多数の暴発の末に、18キロの巨体を爆発させた。

 

“バァァァァァァアアアン――――――ッ!!!”

 

「うぬぅッ……!?」

 

間一髪のところで、自ら割いた腹に繋がっているコードを引っこ抜いた『サンタクロース』は、超至近距離で起きた爆発から逃れるべく背後へと飛び退いた。そしてそんな彼に、高熱を伴った烈風と、四散した“ミニガン”の破片は、無情にもつい今しがたまで忠実に仕えていた主人に対して牙を剥き、その身を引き裂かんと襲い掛かった。1つ…また1つと鉄片は容赦なくかつての主人を襲い、その身を傷つけていく。

爆発の余波は、俺の居る場所までやってきた。最初に秒速数千メートルは下らぬであろう高熱を伴った烈風が吹き、続いて無数の鉄片が襲いくる。まるで手榴弾が爆発した時のようだが、飛んでくる破片はより大きく、より速く、そして逃げ場がないほど広範囲にわたって散らばっていた。

回避運動は勿論のこと、利き手に持ったブローニングを素早くホルスターに戻し、代わりに握ったブレードを必死に動かして、襲来する破片を防御する。時に巧みに体裁きを活用して避け、時に真正面から受け止め、時に打点をずらして受け流しながら、俺は恐るべき夕立をやり過ごす。

嵐は、数秒と経たずに過ぎ去った。

傷ついた体で、なんとか降り注ぐ鉄片の全てを回避し、防ぐことに成功した俺は、そのままブレードを逆手に持ち変えるや、間を挟むことなくヤツに向かって疾走する。視界の中に居る男は、その身を爆風に煽られ、躱しきれなかった鉄片に傷つけられ、そして爆発の猛威から逃れた直後で、大きな隙を見せていた。“誘い”ではない。千載一遇のチャンスに、間違いなかった。

ヤツと俺の間に隔たる距離は約5メートル。一歩目の踏み込みで一気に距離を詰め、二歩目の踏み込みで微調整。三歩目の踏み込みは、最も力強く、深く……脇を締め、膂力の限りを尽くして、俺は裏切上にブレードを一閃する。

 

「ッ……!!」

 

傷ついた体でありながら、いきなりの接近に機敏に反応し、咄嗟にポケットから2本目のフォールディング・ナイフを抜いた『サンタクロース』の対応は流石である。しかし、残念ながら絶妙のタイミングをもって放たれた俺の技と、『ダーク』の人造人間にも使われている特殊合金製のブレードを受けるには不足気味だ。構造上通常のナイフと比べて強度で劣るフォールディング・ナイフは、俺の斬撃を受けて1本目の物と同じ運命を辿り、砕け散った。

そして今度は、ナイフは砕けながらも無傷で逃げ延びた1本目の時とは違い、『サンタクロース』は別の運命を辿った。今度は勢いを緩めることすら叶わなかった斬撃を目前にして、もはや身を反らすことすら出来ない男の胸中はいかなものか。必殺の一刀は、寸分違わぬ狙いの下に戦闘服ごと男の胸筋を切り裂き―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ズキン……”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぐッ!」

 

――――――心臓を抉ることなく、『サンタクロース』の筋肉繊維を寸断するに留まった。

 

「……なに?」

「な、に……?」

 

奇しくも重なった言葉は、容姿こそ同一であれ、まったく異なるニュアンスを孕んだ言葉。前者は、相手が放ったはずの必殺の斬撃があまりにも浅い一撃に終始した事に対する驚愕。そして後者は、己が体内で起きた異変に対する驚愕と、「こんなときに……!」という、憤り。

右の脇腹が、猛烈に痛んだ。とうとう、恐れていた事態が起きてしまった。激しい運動の連続に、ついに体内の銃弾が暴れ出したのだ。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

自分の体の中で、本来体内にはない物が周辺の組織を抉り、傷つける不快な感触。激痛とも、鈍痛ともとれる、言葉では形容のし難い痛み。これまでの戦いで蓄積されたダメージと疲労で弱った体には、かなり辛いものだ。

出来るだけ脇腹に負担がかからぬよう大きく後ろに跳躍し、一度詰めた距離を再び自分から引き離す。必殺を目的として放った一撃が決定打となりえなかったことで生じた隙を、突かれないためだ。痛みで動きが鈍るような、今の俺の体である。不意打ちを受けるような事態は、絶対に避けねばならない。

一度は距離を詰め、確実にトドメの刺せる攻撃を放っておきながら、途中でそれを致命打とならぬよう修正し、また折角詰めたはずの距離を再び引き離した一連の行動は、『サンタクロース』にはさぞ奇怪なものに映ったのだろう。怪訝な表情を浮かべる『サンタクロース』だったが、再び距離をとった俺から、迷彩の戦闘服に滲む赤黒い染みを発見すると、彼はようやくすべてを理解したような表情を浮かべた。自身もいくらかの傷を負っているからか、顔色は優れない。

 

「どうやらここに来るまでの間、無傷ではいられなかったようだな」

「生憎、弾を抜いている暇がなかったものでな。今、腹の中に2発残っているが、そのままにしておいた」

「……そんな状態で、私を……獅狼様を倒すつもりだったのか? だとしたら、〈ゲルショッカー〉の技術も、私達自身も、舐められたものだな」

「別に侮ってはいないさ。現にこうして、ダメージを受けているわけだからな。しかし、この程度の傷ならば30分もあればナノマシンが再生してくれるだろうし、弾丸は後から摘出すれば……」

「そいつはどうだろうな」

 

やけに意味深な口調で、『サンタクロース』が俺の言葉を最後まで聞き入れることなく言った。土気色の顔に、嘲笑うかのような冷笑を浮かべている。

 

「……どういう意味だ?」

 

聞き逃せない一言に、自然と語調が強くなる。問い詰めるというよりも、まるで尋問か、脅迫の時にしか使わないようなドスを孕んだ声だ。

そんな俺とは対称的に、『サンタクロース』はいたって落ち着いていた。“ミニガン”の爆発で自身もかなりのダメージを受けていたはずなのに、表情からは余裕すら感じられる。……今の彼は、どこか不気味ですらあった。

 

「言葉通りの意味だ。『この程度の傷ならば30分もあればナノマシンが再生してくれるだろう……』か。希望的観測だな」

「何……?」

 

男の言葉に、ますます疑念が深まる。ナノマシンによる再生が、希望的観測だと? それではまるで、俺の体内にあるナノマシンが機能不全を起こしているような言い草ではないか。しかし、他の二流三流の組織で開発された物ならばいざ知らず、〈ショッカー〉製の、高性能でありながら信頼性に優れるナノマシンに限って、故障などあるはずが……。

 

「私の言葉の意味が判らぬのなら30秒やろう。…その間に、自らの体内で起きている異変を感じ取るがいい」

「異変だと……?」

 

じくじくと痛み右腹に掌を添え、意識を集中させる。感覚を外へではなく内へと向け、体内の細胞の1個1個にいたるまで様子を探る。

 

「これは…………!!」

 

ナノマシンが………………作動していない? いや、機能はしている。現に体内のナノマシン達は細胞を活性化させ、俺に人外の力を与えてくれている。激しい運動に大量の酸素を欲する体に、ヘモグロビンの代わりとなって酸素を届け、全身の機能を助けている。しかし、ただひとつ……数ある〈ショッカー〉製ナノマシンの機能のうちの、ただひとつの機能……肉体の回復能力を飛躍的に高める “再生機能”だけが、正常に作動していないだと……!?

自分の体内で起きている異変に、驚愕の他とるべき反応が見つからない。改造人間として第2の人生を歩み始めて14年、長い月日の中、ただの一度たりともなかった異常に、とるべき対処法がすぐに思いつかない。まさか、こんな事がありえるなど……!

たしかに、いかに優れた〈ショッカー〉の技術といえど、扱うのが人間である以上、故障が起きるのは必至だ。しかし、ナノマシンは物が物、活躍の場が、活躍の場だ。ちょっとした故障が生死にも関わるため、その製造、運用には常に細心の注意が払われている。無論、それはナノマシンを管理する技術者のみならず、実際にそれを体内に注入され、その恩恵を受けている者達にも同様のこと。むしろ、ナノマシンの故障によって実際に生死が関わってくるのは彼らなのだから、その運用には技術者以上の注意が払われて然るべきであり、少なくとも俺は、〈ショッカー〉が壊滅した今もなお、定期的なメンテナンスを欠かしていない。

つまり、今この場においてナノマシンが故障するなど万に一つとしてありえない現象なのだ。勿論、それでも「偶然によるものだ」と、言って、一言で片付けることは出来るが………………

 

(……待て。本当にただの偶然なのか?)

 

かつてない事態、予想だにしていなかった事態に直面し、俺は明らかに混乱していた。しかし、その混乱する頭脳に再び冷静さを取り戻させたのは、他ならぬ俺の戦闘者としての思考だった。

そう、「偶然によるものだ」と、言って、一言で片付けることは可能だ。しかし、ならば『サンタクロース』は何故、当人である俺ですら指摘されるまで気付かなかった異変を知ることが出来たのだろうか? もしかすると俺のナノマシンの異常は、彼らの手による、人為的に引き起こされたものではないのか? もし、そうだとすれば、『サンタクロース』が不敵な態度をとったのは俺の体内にまだ2発の弾丸が残っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と知ってからだ。つまり、未だ体内に残留する2発の弾丸が、重要な意味合いを持つことになるが……。

そこまで考えが至り、俺はあるひとつの結論に辿り着く。もし、本当にこのナノマシンの機能不全が人為的に引き起こされた事象だとしたら、俺はその原因として十分該当する存在を、たしかに知っている。

それは、かつて地獄の軍団が研究し、実用化寸前までこぎつけた、俺達改造人間にとっては恐怖の存在――――――

 

「特殊ME弾か……」

 

呟きはかすれたように小さなもの。しかし、改造人間の優れた耳にはそれでもちゃんと届いたらしい。俺の言葉に、『サンタクロース』はニヤリと冷笑を浮かべた。

――特殊ME弾。それは、〈ショッカー〉内部で『緑川博士の反乱』が起きたあたりから研究が進められていた、対改造人間用の特殊な弾頭だ。主に、裏切り者の改造人間を相手とするときのために研究され、俺達SIDE〈イレイザー〉でも試作品のテストを請け負ったことがある。

〈ショッカー〉の改造人間に採用されている超技術は、はっきり言って異常だ。中でも、ナノマシンの多機能性、高性能、そして信頼性は、実際に体内に多数を保有する俺達ですら目を見張るものがある。

改造人間の肉体において、ナノマシンの果たす役割は多い。例えば、通常なら自らの強大なパワーにいつ自壊してもおかしくない俺たちの体を、そうならないよう支えているのは強靭な人工骨であるが、その人工骨がいつまでも劣化することなく機能し続けていられるのは、常に人工骨の維持に必要な養分をナノマシンが精製しているからに他ならない。ナノマシンは、その名のとおり極小サイズの機械群だ。際立って目立つような存在ではないが、俺たちの体になくてはならない存在なのである。逆に言えば、ないとそれだけ困る存在なのである。

――と、いうことは、改造人間にとってそれだけ重要な存在であるナノマシンの機能を意図的に低下、あるいは停止させる方法があるとしたら、それは俺達にとって脅威以外の何者でもないということになる。たとえ効果が一時的なものであるにしろ、それが俺達に与えるダメージは大きい。

特殊ME弾は、そうしたコンセプトの下に研究・開発された。元は裏切り者の改造人間(具体的には仮面ライダー)を処刑するために研究されていた弾頭で、被甲から発せられる特殊な電波がナノマシンの機能を狂わせ、体内に残留している限り効果は永続するという代物である。

先に結論から言えば、この特殊ME弾は失敗作だった。研究され、試作品の開発こそされたが、実用化はされなかった。理由はいくつか挙げられるが、総合的に見て使い物にならなかったのである。

特殊ME弾は改造人間の体内に侵入・残留することで特殊な電波を発し、ナノマシンを狂わせる。発想は良かったが、しかし純粋な銃弾としてのME弾はあまりにも低性能すぎた。俺のような戦闘員タイプの改造人間でなければ、体表を貫通することすらままならなかったのである。また、弾丸1発あたりの製造コストが一般的な9mmルガー弾の数百倍というもので、生産性も低かった。

そしてなにより、特殊ME弾では〈ショッカー〉の高性能なナノマシンに対抗しきれなかった。何百回と行われた実験の結果、特殊ME弾の電波では最大で数パーセント程度の機能低下しか見込めないことが分かり、むしろ『特殊ME弾の使用は相手を逆上させるだけで、使用者に多大な危険が伴う』と、上層部の方で判断されてしまった。

特殊ME弾の研究は、俺が仮死の眠りに就くその直前まで、それら諸欠点の改善のため続けられていた。しかしプロフェッサーから聞いた話によると、それ以降も研究は続けられたが結局実用化はされぬまま、組織は壊滅してしまったらしい。〈ゲルショッカー〉は〈ショッカー〉の正当なる後継。前の組織で行われていた研究が続行されていたとしても不思議ではないが、まさか完成していたとは……

 

「正確には完成品ではない。我々〈ゲルショッカー〉でも特殊ME弾の研究は続けられていたが、結局実用化はしなかった。……今、我々が使っているのは、別な可能性を追求し、製造した物だ」

 

ポケットからブローニングM1910を取り出し、『サンタクロース』はトリガーを引くことなく、おもむろにそのスライドを引く。鋼と鋼の擦れ合う音が鳴り、エジェクションポートから薬莢を着たままの弾が1発だけ飛び出す。おそらくは、あれも特殊ME弾なのだろう。弧を描きつつ落下する金色の弾丸を空中でキャッチすると、彼は見せ付けるように親指と人差し指でそれを摘み上げた。

 

「……こんな小さな弾頭で、欲張りすぎるから失敗するんだな。いくら親元を同じとするとはいえ、ナノマシンは〈ショッカー〉が長い年月の中で完成させた、いわば洋の東西、世界の表裏を問わない人類の科学技術の結晶。…そんな代物を、こんな小さな弾頭で全部を壊そうと欲張るから、失敗する」

 

言葉を紡ぐ『サンタクロース』の体は、その人類の科学技術の結晶の恩恵を受けて、徐々に“ミニガン”の爆発のダメージから立ち直りつつある。対象的に、その人類の科学技術の結晶が正常に機能していない俺は、こうして相手の言葉を聞いている間にも、肉体に受けたダメージから徐々に体力を吸い取られていく。

はたして、指先で特殊弾頭を弄る『サンタクロース』の微笑みは、特殊ME弾の効果に対する愉悦の笑みか、今の無様な俺の様子に対する嘲笑なのか。

 

「組織で研究されていた特殊ME弾は、ナノマシンの全機能を低下させる事を目的に特殊電波を放ち、結果数パーセントの機能低下を引き起こすことしか出来なかった。しかし、我々が使っているこの弾は、一方向にしか電波の効果が発揮されないよう、目的を絞ってある。つまり、ナノマシンの自己修復機能だな。……目標をひとつに絞ったことで、特殊電波の威力は格段に上昇した」

「……なるほどな」

 

改造人間の種類によっては1000項目近い機能を持つナノマシンの、低下させる機能をひとつに限定したことでその機能だけは完璧に停止させたわけだ。しかも、他の機能を生かしておくことで身体の異常を気付かせ難くすることにも成功しているとは……よく考えたものだ。敵ながら天晴れとしか言い様がない。

 

「さすがにまいったな。これは」

 

総合的に客観するなら、状況は俺の方が不利だ。ただでさえ一息つくその都度、体力と精神力の両方が削ぎ落とされているというのに、そのうえ特殊ME弾によってナノマシンの再生機能が作動していないときている。これでは、急所に対するたった一発の銃弾、たった一発の攻撃が、文字通り命取りになりかねない。

無論、特殊ME弾が発する怪電波の影響からナノマシンを逃がしてやる手段はある。簡単な事だ。体内から弾丸を摘出してやればいい。弾丸の摘出後、一度被った電波の影響からナノマシンが立ち直るのにどれぐらいの時間がかかるかは分からないが、少なくとも現状よりは状況は改善されるだろう。

しかし、それを無事に遂行するためには多大なる労力と時間が必要だ。そして目の前の男は、いや、彼のみならず、周囲の物陰から様子を覗い、隙あらばいつでも襲い掛からんとする獣達は、俺にその手術をさせてくれるだけの時間を与えてくれるつもりはないらしい。まったく、ケチな『サンタクロース』もいたものである。

このまま戦い続けても、体の内外から大きなダメージを受けるのは必至。このままじっと睨み合いを続けたとしても、特殊ME弾を摘出しない限り体力の回復はない。俺がとるべき行動は、最初から決まっていた。

傷口が完全に開ききる前に。体内で暴れる2発の弾丸によるダメージが致命的なものになる前に。そして長き死闘の果てに、心身ともに疲弊し、俺が一歩も歩けなくなる前に、迅速に『サンタクロース』を倒し、獣達の包囲を突破し、そして弾丸の摘出をする。そしてそのうえで、光達が待っている“俺達の始まりの場所”へと行く。はっきり言って難しいにも程がある。しかし、今の俺にこれ以外にとるべき道はない。

そして、この道を無事に歩むためには、“あの力”を使うより他にない。迅速に『サンタクロース』を倒す……とはいうが、ただ我武者羅に突っ込むわけにはいかないのだ。『迅速に』という形容動詞を付属したのは、これ以上ダメージを蓄積させるわけにはいかなかったからで、無理に短期決戦を挑んで逆に大きなダメージを受けては本末転倒である。無理なく短期決戦を挑むためには、やはり“あの力”を……『予知能力』を使うしかない。

個人的には未だあまり好きにはなれない能力だ。アレを使う度に思い知らされる、自分が他の“人間”とは違うという事実。“化け物”同然の力。正直、能力を使うことには躊躇いがあるし、気も進まない。

しかし、この際個人的な感情に構ってなどいられない。幸い先刻『過去視』を実行してからすでに数時間が経過している。超能力を使用するために必要な充電期間はすでに終了している。

 

「……30秒経った。そろそろ戦闘再開といこうじゃないか」

 

再び強烈な殺気を纏いながら、『サンタクロース』が言う。自ら与えた30秒の猶予の間に、肉体のダメージはほとんど回復したようだ。少なくとも、外から見た感じでは主だった外傷は消えている。

『サンタクロース』の両手には、いったい何本持っているのか、3本目のフォールディング・ナイフと、S&W・M29リボルバーが握られていた。発売当時は世界最強であった44マグナム弾を6発装填する大型のリボルバーで、おそらく、あれに装填されている弾薬も特殊ME弾なのだろう。

遠近両方のレンジで戦える装備を取り出した男は、摺り足で徐々に近付いてきた。これまでの激突から、距離を置いて銃を撃っても通用しないことはお互いに分かっている。銃を撃っても俺が防げないギリギリの距離まで、接近するつもりだ。

5メートルは離れていた互いの距離が、4メートルほどまで迫った。摺り足の移動としては、迅速な動きだ。もはや、迷っている暇はなかった。

 

「…………」

 

意識を集中させたまま瞼を閉ざせば見えてくるのは完全なる暗闇。しかしながら俺の改造人間としての超越感覚は、視界を封印したところで戦闘になんら支障をもたらすことはない。大気の流れを耳が捉え、肌が感じ、鼻が吸い、舌が味わう。暗転する視界の中で、残る四感を通して見る世界は、むしろ色彩に満ち溢れている。

超越感覚をフルに機能させながら、さらに意識を集中させる。すると、暗闇に取り残された俺の視界に、閃光が瞬いた。まるでブラックホールの檻に囚われているかのような錯覚の後、目の前に、一枚の巨大なスクリーンが現れた。脳の何処かに置かれた映写機が回り始め、映画が始まる。

……1秒後の、『サンタクロース』の姿が見えた。慎重な摺り足で、なおも俺との距離を詰めようとしている。

 

「…………」

 

距離を3メートルまで詰めながら、なおも近付いてくる『サンタクロース』にならって、俺もまた1歩踏み出す。瞼の裏に映るビジョンが即座に変わる。俺が『1歩踏み出す』という行動をとったことによって変わった、『サンタクロース』の1秒後の姿。映像の中、突然動き出した俺に驚いた男は、摺り足をそこでやめた。1秒後、予知通り『サンタクロース』は立ち止めた。

 

(まだだ。1秒先の未来を見るだけじゃ足りない。もっと先の未来を…5秒後のビジョンを……)

 

俺の求めに応じて、瞼の裏の映像が変わる。突如として立ち止まった『サンタクロース』は、しばらく考えてからこれ以上の接近は不可能と判断したらしい。迷わずリボルバーのトリガーを引き絞ったのは2秒後。連射する彼が放った6発の弾道は、5発が真っ直ぐ頭を狙い、急所に対する攻撃をフェイントにして腹部へ1発が飛んでいく。頭部を狙った5発を俺はなんとかブレードで防ぐも、腹部を最後の1発は間に合わず、特殊ME弾がもう1発、腹の中に侵入し、残留してしまう。

1秒が経ち、2秒が経つ。男が素早くリボルバーの照準を合わせ、トリガーを引き絞ろうとするも、あらかじめそれを知っていた俺は、男の人差し指に力が注がれるよりも早く、一気に膝を折って体勢を低くする。

 

“ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!”

 

『サンタクロース』は「しまった!」というような表情を浮かべるが、すでに5人の死神はこの世に生を受けた。頭上を5発が通っていくのを悠々見送りながら、左手にブレードを、右手にG3を持ち、6発目の弾丸が撃ち出されるよりも早く、ヤツへと接近する。

 

“ガンッ!”

 

最後の1発をブレードで弾き、3メートルとない距離を滑りながらG3のトリガーに指をかける。直後、再び俺のとった行動によって変わってしまった未来のビジョンに、背後から襲いくる猟犬の姿が映る。ヤツが飛び出してくるのは、背後にある倉庫の屋根の上から。

G3のトリガーにかけた指はそのままに、右半身を反らして俺はその場所に向かってライフルを撃つ。フル・オートで放たれた無数の銃弾に、猟犬は襲撃の出鼻を挫かれ、屋根から飛び降りるのを躊躇する。

そしてその隙に俺は、銃弾を弾いたブレードの軌道をだけを変化させ、裏切上に振るった。

 

“ズシャァァァァァァアアアッ!!”

 

「ぐうぅッ!」

 

そのままブレードを振り抜き、上体を反らしながら背後へと回る。絶叫とともに男の体から噴き出した鮮血に身を濡らすこともなく、さらに背後から一撃、二撃と『つばめ返し』の要領でV字に斬り、そのまま背中を蹴り飛ばす。

 

「がうぁッ!!」

 

獣のような悲鳴をあげ、地面を転がる『サンタクロース』。視界は閉ざしていても、音の反響でヤツが何処に転がっていったかは手に取るように分かる。真正面、距離7メートルの位置。倉庫の壁に激突し、地面にへたばる男は、受けた傷が相当深いのか、すぐには立ち上がろうとしない。

7メートル程度なら、銃弾ならコンマ秒とかからず届く距離だ。瞼の裏側で朱に塗れた男の姿を確認し、俺はトドメとばかりにG3の銃口をヤツが這いつくばっているであろう場所へと向け、トリガーを引き絞る。直後、瞼の薄い壁を突き破って、マズルフラッシュの閃光が蛍のように散った。

 

“ヴァラララララララ……!!”

 

目を閉じているため、正確な照準は期待できない。しかし、これも音の反響を利用すれば弾道修正は可能だ。

 

“ビシィッ!”

 

銃声に掻き消されながら1発目の着弾音が鳴る。跳弾はせず、コンクリートにめり込む音。俺は少しだけ銃口を上へやる。

 

“バシンッ!”

 

2発目の着弾音は金属に穴を穿つ音だ。音の伝わり方からして件の金属の正体は、おそらく倉庫の外壁に使用されている薄鋼板。俺は僅かに銃口を下へやった。

 

「ぐぅうッ!」

 

3度目の着弾を示す証は地面や壁に激突する音ではなく人間の悲鳴。どうやら、この位置で正解のようだ。痛みを押し殺しているかのような男の悲鳴に紛れて、直径9mmの矢が肉を裂いて進む音が連続的に耳膜を打つ。

暗黒の視野では、マズルフラッシュの閃光が連続的に照っては消え照っては消えていた。儚い一瞬の煌きに照らされ、朱に塗れ、悶え苦しむ男のビジョンがわずかに揺らぐ。

否、それはマズルフラッシュの閃光が原因で起こった揺らぎではなかった。G3が20発の弾丸を全て吐き出し、ぼうっと丸い灯火が途切れてもなお、ビジョンの揺らめきは続いている。そればかりか、それまで明瞭であった映像が薄れ始めている。弾切れを起こしたG3をそのままに、ホルスターに納めたブローニングを乱暴に引き抜きながら軽く舌打ちする。

どうやら、『予知能力』の限界がきてしまったようだ。未来を予測する、あるいは予知するという能力は誰もが持っているものだが、はっきりと明瞭で確実なビジョンを伴った予知というのは、その何百倍も脳の神経を酷使することになる。まして生来の能力者ではない俺の場合、予知に対する神経の消耗は生まれながらの能力者よりもはるかに酷い。

暗幕に映し出された画像は、もはや解読不可能なほど薄れつつあった。わずかに確認できる人影も、もはや人影というよりはただの黒点にしか見えない。このまま瞼を閉じ続け、あと一刹那の時をやり過ごせば、やがて視界は完全な暗闇となるだろう。

ここで俺に与えられた選択肢は2つ。このまま未来予知を断念して戦闘を続けるか、それとも未来予知を続けるか。無論、予知能力の連続使用など本来ならご法度の行為である。脳に本来果たすべき役割以上の仕事を押し付ければ、その先に待っているのは再生することなき神経細胞の崩壊。車のエンジンと同じだ。7000rpmの回転数で最大出力を発揮するエンジンに、それ以上の力を加えて回転数を上げたところで、それ以上出力が上昇することはない。そればかりか、エンジンに無用なダメージを与えてしまう。

1度能力を使用する度に1時間の充電期間が必要なのは、酷使した脳……すなわちエンジンを休ませ、冷却するのに必要だからだ。一度焼きついたエンジンはもう二度と元には戻らない。そうならないようにするために、「まだまだ先を見たい……」と望む理性を肉体が無理矢理抑え込み、無理矢理休ませようとする。それが、1時間の充電期間。

この1時間の充電を待たずに予知能力を行使すれば、どうなってしまうかは実際のところ分からない。やったことがないからだ。俺と同じように予知能力を持っていたランバート少佐も、能力を使う際のこの原則だけは守っていた。

しかし、大体の想像はつく。生来の能力者でない俺が無理をして能力を使い続ければ、その果てに待っているのは神経細胞の崩壊……いや、それ以上の代償。大きすぎるリスクを考えるなら、能力の連続使用はやめた方が無難だ。

 

(だが……)

 

未来予知を一時中断し、瞼を開いた視界の中では、ちょうどブローニングが火を噴いたところだった。もはや虫の息同然の男の体に、なおも鉛で出来た矢が次々と穴を穿っていく。

全身から滝のような血を流しながら、なおも力強く睨みつけてくる男は、しかし何もしてこない。もはや『サンタクロース』の体に反撃のための余力は残されていなかった。反撃のための手段もなかった。

そんな地面に這いつくばる彼を守るためか、背後で、頭上で、獣達は動き出す。巧妙に隠された気配を感じ取った刹那、それこそ文字通りあらゆる方向から、犬が、そして猫が、俺に向かって襲来した。人間では決して到達出来ぬ四足から発揮される軽快なフットワークで迫る彼らを、俺はブレードを振り、ブローニングを撃ち、片っ端から始末していく。

 

(予知能力をなしに、迅速な勝利など不可能だ――――!!)

 

もはや『サンタクロース』に戦力はほとんど残っていない。さしあたって脅威と呼べるのは、周囲を取り囲む獣達だ。しかし、こいつらが最も厄介な存在でもある。

まず、標的の大小の差が激しく、数が多すぎる。これでは戦闘の効率化が難しく、1体を始末するのに時間がかかってしまう。それに、飛び道具こそ持っていないものの、野生の本能と強靭な肉体に支えられた戦闘力も侮れない。

そしてなにより脅威なのは、獣達の戦意だ。彼らは、決して傷つくことを恐れない。傷ついても、それが致命傷でなければ再びこちらに牙を剥いてくる。いや、致命傷であっても、その命が続く限り、残された時間をフルに使って牙を剥き、爪を突き立ててくる。彼らは、決して折れることなき高い戦意を保持したまま、稲妻の如く、烈火の如く、押し寄せてくる。

まこと厄介な存在としか言い様がなかった。しかも、行動にパターン性がないため、次の行動が読みにくい。

 

「クソッ!」

 

ブローニングの弾が切れ、身を守る武器はブレード一振りのみとなった。

なおも左側から襲いくる一匹の猫を刃圏に捉え、斬撃ともに電磁パルスを叩き込む。黒焦げになった猫の遺骸が地に落ちるよりも早く、別の犬がまた左側から飛び込んできて、ブレードごと左手首に噛みついた。犬はブレードに口を裂かれながらも決して顎の力を弛めようとはせず、ひたすら噛み付き続け、ブレードと左手の動きを奪う。

左側の防御網が崩れたのを好機と見たのか、犬と猫、それぞれ3匹からなる部隊が左側面から俺を襲い、爪を、牙を突き立てる。右足を軸に左足を動かして迎撃するも、1匹を蹴り飛ばす間に残りの5匹が俺を襲い、犬に噛まれたままの左腕と無事な右腕を動かしてさらなる迎撃を試みるも、やはり2匹を殴る間に3匹が俺を襲った。

爪が、牙が肉に食い込み、さらなるダメージが肉体に蓄積されていく。なおも追撃しようとする獣達を、俺はやっとのことで離れてくれた犬を放り投げ、3匹を空中で叩き落とした。

6匹を迎撃しても、獣達は一向にその数を、そして勢いを減らそうとはしない。なおも俺を狙って襲い掛かる連中に、俺はいくばくかの恐怖すら覚えた。

もはや望んでいた迅速な勝利を現実のものとするには、無理をする他に術はないようだった。間に挟んだ時間は1分と少し。たったこれだけの充電期間で、はたして脳がどれだけ保つか……危険な賭けではあるが、やるしかない。

 

「…………」

 

激しい運動をしながらも気息を整え、瞼を閉じ、集中する。暗闇の視界の中に一編の画像を見つけ出すのは、そう難しいことではなかった。

さすがについ先ほどまで発現させていた能力。二度目の発動に際して、新たにビジョンを呼び起こすのに要した労力は一度目よりも少なく済んだ。しかし、一度目の能力発動時にはなかった現象が、俺の脳を襲った。

 

“ズキン……”

 

「……ッ!」

 

5秒先のビジョンを見ながら、ブレードを、そして拳を振るうその最中に、あってはならない痛みが頭を襲う。

強烈な頭痛。それは予知能力の連続使用という過負荷をかけられた脳が発した、最初の悲鳴だった。

 

“ズキン……ズキン……”

 

ブレードが、拳が、そして烈蹴が、敵の動きを正確に予知したビジョンの下に繰り出され、これまた正確に襲いくる獣達を討っていく。

敵の数は着実に減りつつあったが、一匹を蹴散らすその都度、頭痛は加速度的に激しさを増し、俺の頭を痛めつけていく。肉体の痛みとともに、それは徐々に無視できぬものへと昇華していった。

瞼の裏に映るビジョンには、屋根の上から俺を狙い、3秒後に飛び掛かる猫の姿が見える。狡猾にもその1秒前――すなわち2秒後――には、物陰から飛び出した犬に俺は足を噛まれ、動きのとまったところに4秒後、ヤツの爪が俺の耳元を引っ掻いていく。

俺はそうはさせじと手元に喰らいつこうとしていた犬を殴り飛ばし、天高く跳躍した。

屋根の上から機を覗っていた猫は、自分のいる位置よりも高い位置に俺が跳躍したことで飛び出す機会を失い、逆に俺は、絶好の先制攻撃のチャンスを得た。

 

“ズキン…ズキン…ズキン……!!”

 

「ぐッ――!!」

 

徐々に頭痛の間隔が短く、激しい痛みになってきた。

空中でバランスを失いかけるのをなんとか堪え、俺は右足にエネルギーを集中させ、屋根の上で驚愕に目を見開く猫を狙ってキックした。

 

「ライダ―――ポイントキ――ック!」

 

かつてダブルライダーとの戦いで、本郷猛が見せた、ターゲットの一点のみにエネルギーを集約させて放つ強力なライダーキック。相手が薄い倉庫の屋根の上にいたので、倉庫を壊さぬよう猫の体にのみキックのエネルギーを叩き込むべく、咄嗟に見様見真似で放ったが、意外と上手くいくものだ。改造人間の脚力から放たれたキックのエネルギーを一身に受け、猫は断末魔の悲鳴さえ上げずに絶命した。

俺は間髪入れずに倉庫の屋根を蹴り、再び跳躍した。物陰に隠れているであろう犬を上空から見つけ、電磁パルス発生スイッチを押してブレードを投げる。

物陰に潜むことで安心からくる油断があったのだろう。上空から投げられた刃に身を貫かれ、直後襲った総身を焼く激痛に苛まれ、犬はぐったりと体から力を抜いて倒れる。垂直に着地し、犬の死体からブレードを引き抜いて、俺はなおも迫りくる犬猫の軍団に向き直った。その数は、最初の頃より大分減って、今や十数匹といったところ。

 

“ズキンズキンズキンズキン……!!!”

 

もはや頭痛と頭痛の間の間隔は存在しない。懸命に歯を食いしばって意識を、そして未来予知のビジョンを維持しながら左手でブレードを構える。

躊躇うことを知らない野獣達は、迷いなく突っ込んできた。背後や頭上に潜む者はなく、全員が一丸となって向かってくる。

未来のビジョンでは、先頭を駆ける犬がそのまま突進すると見せかけ急ブレーキをかけ、やや遅れながらぴったりとその犬の両サイドに付いてまわっていた2頭のシェパード犬が代わって先頭に躍り出て、フェイントをかけた時間差攻撃を仕掛けている。なかなか頭の良い連中だ。

俺は先頭の犬ではなく、その両サイドを固める2頭に意識を集中した。やがて予知した通り先頭の犬が急ブレーキのフェイントをかけ、付き従っていた2頭がそれにとって代わるように前へと出る。その一連の行動は見事と形容する他なく、無駄な動きというものが一切ない。人間だって、ここまで完璧なコンビネーションを果たすのは難しいだろう。

しかし、その鮮やかな連携も、予めそうなることを知っていた俺にとっては、稚戯同然。最初から先頭の1匹ではなく両サイドの2頭に狙いを定めていたから、3頭が狙っていた混乱は、俺には起きない。

一歩踏み出し、2頭の迎撃にあたる。向かって右側から攻めてくる1頭を殴り飛ばし、左側から攻めてくる1頭をブレードで斬る。

アテがはずれて驚愕しながらも、仲間の仇討ちとばかりに迫る先頭の犬の胴体を足場にして、俺は天高く跳躍して突撃する一群を躱そうとした。

しかし、宙へと舞った直後、無慈悲にも必要以上の労働を強いられていた脳は、その仕返しとばかりに俺の頭を金槌で思いっきり打ってきた。

 

“ズキィィィィィィイイインッ!!”

 

「……ぐああ――――――ッ!!!」

 

これまでにない、かつてない強烈な頭痛が空を滞空するこの身に襲い掛かってきた。激しい頭痛の痛みは頭のみならず、肉体すらも揺さぶって俺を破壊しようとする。

獣達の追撃から逃れるべく跳んだ空中だったが、さすがに頭痛からは逃れようがない。脳だけでなく、肉体が内包するありとあらゆる機関を苛む激痛に、体の制御は徐々に奪われつつあった。

 

「ぐ…が……」

 

自分の体だというのに、まるでコントロールが効かない。強化細胞内のナノマシンも、不規則に脈打つ人工心臓も、制御しようと意識を集中させればするほど、頭蓋をカチ割らんばかりの痛みが襲い、集中の邪魔をする。

このままではいけない……そう、思い至り、『予知能力』の発動をリセットする。直後、それまでの痛みが嘘のように、頭の痛みは呆気なく霧散した。しかし、体の制御はすぐには戻らなかった。

俺は垂直に落下していった。受身をとって墜落の衝撃を和らげようにも、指の一関節さえ上手く動かせない。俺は天から落ちる雨の気分になった。

雨粒には手も足もない。だから重力や横風に対してあまりにも無力だ。体重の軽い彼らのほとんどは、上からの力と、横からの力に翻弄され、固い地面に激突して、爆ぜ消えていく。

地上までの高度は約5メートル。改造人間である俺は、仮に頭から落下したとしても、爆ぜ消えていく……とまではいかない。せいぜい、頭蓋と首の強化骨に亀裂が入るぐらいだ。しかし、このまま落下すれば大ダメージは必至。しかも現状を打破しようにも体は動かないときているし、墜落そのものを回避するにはすでに地面に近付きすぎている。

まさに進退窮まった。進むことも戻ることも出来ず、ましてその場に立ち止まることすら叶わない。ただ、重力という絶対にして不可避の力のままに落下していくのみ――――――

 

“ピク……”

 

「……ッ!?」

 

見る見るうちに、眼前へと迫る冷たい地面。そして世界は……暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ズウウゥゥゥゥン……!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

傷だらけの血まみれ。しかも、肉体のいたる箇所につけられた傷は、どれも致命傷となり得るものばかり。もはや自分に残された時間は10分とあるまい。改造人間としての機能も、今や10%以下にまで低下してしまっている。

今にも肉体から離れようとしている意識を必至に繋ぎとめながら、山口は……『サンタクロース』は、冷静に自己分析をする傍ら、目の前の光景に茫然と見入ってしまっていた。

地上5メートルの高さからなす術もなく落下していくひとりの男。その身に一体何が起きたのか、彼はその状況を覆せるだけの力を持っていながら、重力に対してあくまで無抵抗に落ちていく。たかだか地上から数メートル、件の男にとってはどうという距離ではないし、受身どころか墜落そのものとて回避可能な距離だ。しかしそれなのに、男は一向に動こうとしなかった。

何か異変が起きているのは明らかだった。しかし、その異変を知ろうにも、また異変に突け込んで追い討ちをかけようにも、体の自由がほとんど利かない現状では、それは不可能なことだった。今、『サンタクロース』に出来るのは、ただ男が落下していくのを見守るのみ。やがて男と地上との距離は、1メートルもなくなりつつあった。

――と、その時、それまで微動だにしなかった男の体が…………男の左手の指が、ピクリと、僅かながら動いたような気がした。直後、地上から数十センチという激突寸前の距離で、男はようやく、しかし劇的に動き出した。

 

「砕け散れぇぇぇぇぇぇえええッ!!!」

 

獣のように雄叫びを上げ、男は左手で地面を殴った。

 

“ズウウゥゥゥゥン……!!”

 

鳴動する大地。砕ける地表。舞い上がるコンクリート片。

男の一撃によって崩壊した硬い地面は、柔らかな土の大地へと変貌を遂げる。

男は突き出した左腕をそのままに、握った拳を開いて大地に触れた。

 

「ぬぅぅぅ―――――――!」

 

左腕一本で己のすべてを支え、男は、再び大地に降りる。

左腕以外体が動かせないのか、男は、柔らかな大地の上に倒れ込む。

 

“ドサッ……!!”

 

その姿は、『世界最強』と呼ばれる男の姿としては、あまりにも無様なものだった。しかし、彼は自らの利き腕一本で窮地を脱し、再び大地に足を降ろした。

男……闇舞北斗は、『サンタクロース』が決して知ることの叶わぬ苦闘の末、再び地上に帰還したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(不味いな……)

 

身動きひとつとれぬ空より帰還した北斗は、しかし大地を踏み締める喜びを味わう余裕を持っていなかった。地面に這い蹲る彼の表情は暗く、額からは大粒の汗が止め処なく流れている。

再び地上に舞い戻った北斗であったが、依然として肉体の自由は取り戻せていなかった。かろうじて動く左腕も、改造人間の力を発揮するまでには至っていない。

しかし、逆に言えば左腕は動くのだ。たとえ改造人間の強大なパワーが発揮出来ずとも、左手でやれることは多い。そう、例えば――――――

 

「…………」

 

北斗は、ゆっくりと辺りに視線だけを巡らせた。首は動かさない。無理に動かそうとすると、激痛が走る。限られた視界の中、彼は目を皿のようにして標的を探した。

7、8メートルほど先に、『サンタ』のおじさんは倒れていた。自分と同じように満身創痍の状態で倒れ、じっとこちらを見つめている。

北斗は、唯一動く左手を、ブローニングを納めたホルスターへと伸ばした。器用に片手だけを動かして、愛用の自動拳銃と、専用の予備弾倉を取り出す。北斗は、指でセフティがされていることを確認してから、マガジンを抜いたブローニングを自分の顔の前へと持っていった。

 

“ガリ……”

 

ほのかに香る鉄の臭いと、静かに広がる淡く舌が痺れる感触。咥えた鉄塊に新たな予備弾倉を挿入すると、マガジン・セフティのはずれた音がかすかに鳴った。左手でしっかりとグリップを握るや、ぐっと顎に力を篭め、スライドを引いて機関部に最初の1発を装填する。

――そう、今、唯一動かすことの出来る左手を使って、現在最優先で倒すべき『サンタクロース』にトドメを刺すにはこの方法しかない。

改造人間の腕力でようやく押さえることの出来た9mm特殊徹甲弾を、現状の、平時とさして変わらぬ腕力にまで落ちた左手一本で撃って、どうなってしまうかは北斗自身予想がつかない。実戦で試したことがないからだ。下手をすれば、以降の戦いで左腕がまったく使えなくなってしまう可能性もある。しかし、G3は片手で操作するには大きすぎるし、ブレードは、地面にへたばっているこんな状況で遠くまで投げられるわけがない。

彼は、反動で銃口が跳ね上がることを念頭に置いて、倒れる『サンタクロース』に照準を合わせた。

あとはハンマーを起こしてトリガーを引くばかり……という段階で、射撃は、思わぬところからの攻撃で中断させられた。

 

“おおおおお――――――ん”

 

それまで背後で北斗の様子を覗っていた獣達が、倒れ伏す彼に向かって一斉に襲い掛かってきたのだ。

 

「!?」

 

北斗の様子を背後から覗っていた彼らに、一体自動拳銃という代物がどういう構造をした物なのかは分からない。しかし、仲間達の死を間近で見た彼らは、経験としてそれが『遠くからでも敵を殺せる危険な武器である』ということを、知っていた。そしてその銃口が自分達の仲間に向けられていると知った時、彼らの行動は素早かった。

体格も体重も、運動の特徴はおろか、種類すらてんでバラバラの10匹の獣。彼らは牙を突き立て、爪を突き立て、自らの体重すら武器にして、北斗に襲い掛かった。彼の太い腕に、脚に、広い背中に、まるで北斗を押さえつけるように全員が圧し掛かる。

彼らは、知っているのだ。自分達の牙や爪では、北斗を怯ませ、弱らせることは出来ても、決して致命傷にはなり得ぬことを。そして、今この場に北斗にトドメを刺せるだけの攻撃力を持っている自分達の仲間が、いったい誰であるのかを。

ゆえに彼らは圧し掛かる。彼らの牙や爪は北斗の動きを阻害するために使われ、彼らの体重は、それ自体が強力な武器となって彼の身を苛んだ。

 

“グオ――――――ンッ!”

 

1匹の猫が、獅子さながらに『サンタクロース』に向かって吠える。意味は、正確に伝わった。

 

「自分達が押さえつけているうちに、殺れ…というのか? お前達は……」

 

『サンタクロース』には、彼の使える主と違って、獣達の言葉を解する能力はない。しかし、彼の問いかけに今度は別の猫が鳴き、彼は確信した。

腑抜けた体に檄を入れ、『サンタクロース』はのろのろと立ち上がった。彼はもう一度自身の現状を省みて、今自分が持つ、最も高い攻撃力を有したソレを、戦闘服からもぎ取った。手榴弾である。

それは現在、『サンタクロース』が持っている最強の武器だった。炸薬に〈ゲルショッカー〉で開発した特殊な火薬を使っているこの手榴弾は、1発の威力、制圧範囲ともに、スタンダードな手榴弾とは比べ物にならない。

『サンタクロース』は迷わずセフティ・レバーを外し、ピンを引き抜いた。彼が持つ手榴弾は、ピンを引き抜いてから5秒で爆発する仕組みになっている。彼は、北斗に圧し掛かる10匹に向かって叫んだ。

 

「手榴弾を投げる! 逃げろッ!!」

 

タイムリミットは5秒。それまでに、出来るだけ遠くに離れねば獣達は手榴弾の巻き添えを喰らってしまうことになる。

しかし、そのことに関して『サンタクロース』はあまり心配していなかった。彼らの持つ4本の脚は、自分達にはない高い運動能力を彼らに提供している。5秒もあれば、たちまち彼らは手榴弾の殺傷範囲から逃れてくれることだろう。むしろ『サンタクロース』の心配は、別のところにあった。

自分の言葉が彼らに通じるかどうか……先刻の叫びは確かに通じた。しかし、今度もまた彼らが自分の言葉を解してくれるだろうか? 『サンタクロース』の懸念はもっともだった。そして彼の懸念は、的中してしまった。

獣達は、北斗の上から動かなかった。

 

「逃げろ! 早く!!」

 

『サンタクロース』は、もう一度叫んだ。すでに1秒経ってしまっている。残された猶予は、そう多くはない。

『サンタクロース』はさらに声を張り上げて「逃げろ!」と、叫んだ。しかし、犬達はなおも動かなかった。掌の中では炸裂を運命付けられた凶器が、正確に時間を刻んでいる。『サンタクロース』は、自分が徐々に焦り始めているのを自覚した。

一方、依然として獣達に押さえつけられたままでいる北斗は、『サンタクロース』の内なる葛藤など露知らず、彼の取り出した手榴弾を見て気が気でなかった。体の自由が利かなくなってすでに十秒近く。肉体はなんとか両腕の自由を取り戻し始めていたが、全身に群がり、圧し掛かるこの10匹の獣達をすべて払い除けるには圧倒的にパワーが足りていない。傷ついているとはいえ相手はプロ中のプロ。万が一にも手榴弾の有効範囲を取り違えることはあるまい。仮に今すぐ手榴弾を投げられたとしたら、回避は絶対に不可能だ。

『サンタクロース』とは違った性質の焦燥を内に抱えながら、北斗はなんとかしてこの状況を打破しなければと考えを巡らせた。しかし、浮かんでくる打開策はどれも改造人間・闇舞北斗の身体能力でなければ出来ぬ事ばかりで、今の彼には実行不可能なものばかりだった。

そんな八方塞な状況の中、唯一の希望は左手にあった。10匹の獣達による一斉攻撃を受けてなお離さなかったブローニング・ハイパワーである。

自由が利き始めているとはいえ大型犬に圧し掛かられ、電磁ブレードにもG3にも触れることが出来ない右手と違って、ブローニングを握る左手は、右手と同様に2匹の猫に押さえつけられて身動きがとれずにいたが、人差し指はトリガーにかけられたままで、一応の操作は可能だった。手首のスナップもなんとか利く。現状の北斗にとって愛用の自動拳銃は、まさしく最後の希望だった。

装填されている9mm徹甲弾の威力なら、当たり所によっては1発で猫の3、4匹は貫通出来る。北斗は、手首のスナップだけで銃口の位置を変え、自らの左肩甲骨に鎮座して上腕筋を痛めつける猫に狙いを定めた。

しかし、四本足の彼らの感覚は鋭敏だった。彼らの眼、耳、花、肌、そして髭は、殺気さえ感じられぬ北斗の動きをあっさりと看破し、1匹の猫が、体長50センチほどの体躯から発揮されているとは信じられないほどのパワーで北斗の左手を押さえつけ、彼の指に噛み付いた。その結果、ブローニングの銃口は、あらぬ方向を向いてしまった。

最後の希望は、空しくも絶たれた。だが、それは敵方である『サンタクロース』も同じだった。手榴弾のピンを抜いてからすでに2秒、いくら四本足の彼らといえど、よほどの健脚ぶりを披露せねば、手榴弾の有効範囲からの脱出は絶望的である。

『サンタクロース』は、もはや祈るような思いで叫んだ。

 

「頼むッ! 早く逃げてくれッ!!」

 

進化の過程を違えた種こそ違えど、自分達は同じ主を守るためにこの場に集った仲間同士。『サンタクロース』は、もうこれ以上仲間が死んでいく姿を見たくはなかった。

しかし、彼の絶叫も獣達には届かなかった。彼らは、徐々に力を取り戻しつつある北斗を押さえつけるのに必死だった。

3秒が経った。残された2秒間では獣達の脱出はもう不可能だ。

『サンタクロース』の心を、絶望が襲った。とうの昔に凍りついたはずの涙腺から、当の昔に枯れ果てたはずの涙がこぼれる。彼は、泣きながら喚いた。

 

「馬鹿野郎! 死にたいのか!?」

 

――何故、逃げてくれない。

――何故、自分の言葉は彼らに届かない!

自分の言葉を聞いてくれぬ彼らへの怒りが、無力な自分に対する怒りが、『サンタクロース』の心をズタズタに引き裂き、彼から冷静さを奪う。真に伝えるべきは早くこの場から離れてくれという旨のはずなのに、口からついで出た言葉は彼らを叱責するものとなっていた。

 

“おおおおお――――――ん”

 

……しかし、様々な怒りを孕ませた『サンタクロース』の叱責は、それまでの言葉と変わって獣達に届いた。

 

「!?」

 

『サンタクロース』ははっとして顔を上げた。そういえば自分はさっきから叫んでばかりで、彼らの顔を見ていなかった。改めてまじまじと獣達の顔を見てみる。そこには、死を目前にしているという自覚がないのか、信じられないほど穏やかな顔をした10匹の獣が居た。

犬達は、そして猫達は、みな慈愛に満ちた表情で真っ直ぐ『サンタクロース』を見つめていた。まるで何かを待っているかのような彼らの態度は堂々としており、その様子はまるで自己の信じるもののためならば死すら厭わぬ殉教者のようですらある。

 

“グオ――ン”

 

別の獣が、『サンタクロース』に向かって短く吠える。それを封切にして、北斗の上に乗る10匹の獣達が雄叫びの混声合唱を始める。まるで何かをせっついているかのような間断のない叫びは、『サンタクロース』の心に深い驚きと確信を与えた。

 

(……私の言葉は、決して届いていないわけではなかった。彼らは私の言葉をちゃんと理解してくれていた。このままその場に留まっていては、逃れようのない死がこの先に待っていると理解したうえで、彼らはその場から動かなかったのだ!)

 

それはすなわち、獣達は最初から死という運命を覚悟して行動しているということに他ならない。

自分達の力では、例え10匹が一斉に襲い掛かったとしても、本調子の闇舞北斗を停めることは出来ない。如何なる異変が起こったのか、幸いにして現在彼は本来の力を失っており、自分達の力でもなんとか抑えが効いているが、それもいつまで続くか分からない。現に自分達が足蹴にしているこの男は、徐々に本来の力を取り戻しつつあるようだ。

ならば、この男を倒すチャンスは今しかない。この男が本来の力を取り戻す前に、自分達がこの男を取り押さえているうちに、強力な攻撃をもって倒すしかない。それも、たった一撃で男を倒せるだけの威力をもった強力な攻撃が必要だ。

そして、それを確実に命中させるためには、誰かが犠牲にならねばならない。一瞬でも自分達が男の体から退いて、男が瞬時に力を取り戻し、逃げないという保証はどこにもないのだから。

彼らはこの数秒間、ずっと訴えかけていたのだ。自分がそれを無視し続けていただけで、彼らはずっと……自分が手榴弾のピンを引き抜いてから、ずっと訴えかけていた。

 

「我々のことは気にするな。お前達同様、我々も獅狼様のために死ねるのなら本望だ。このまま我々ごとヤツを……闇舞北斗を殺してくれ」

 

と……。

それは『サンタクロース』に悲しい決断を強いる嘆願だった。しかも、彼がそのメッセージに気付いた時には、手榴弾のピンを抜いてからすでに4秒が経過していたのである。決断を下すにあたって生じた彼の迷いや悲しみは、彼の中で解決するための時間さえ与えられなかった。

いや、『サンタクロース』には迷っていられる時間すらなかった。

爆発まで残り1秒となった時点で、彼は自然と手榴弾を握る右手を大きく振り上げていたのだ。

彼は筋金入りの戦士だった。何百回と訓練し、体に叩き込まれた動作は、仲間を自分の手で殺めねばならないというこんな状況でもなお、自然と彼の体を動かしていた。『サンタクロース』の眼に、刹那の瞬間冷徹な光が宿る。

手榴弾のピンを抜いてから4.5秒、彼の手から殺戮の果実がすべり落ちたのは、まさにその時だった……。

 

“グワアアアァァァァァァ――――――ン!!!”

 

強烈な爆音が夜気を裂き、人の崩れる音が、静かに倉庫街へと響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少し、私の身の上話を聞いてくれないか」

 

夜の澄んだ空気に、『サンタクロース』のくぐもった声が響いた。

コンクリートのひんやりとした感触に背中を預け、2人の男は並んで仰向けに横たわっていた。

仰臥する空は深夜に近付いたことでますます夜の帳を深め、月は、静かに2人の男と、周りを取り囲む10匹の獣達を見下ろしていた。

 

「……今からもう、30年近く前の話になる。私は海軍の戦闘機のパイロットとして20代の青春を謳歌していた。ラバウルで戦い、負傷して、本土に送られてからは、連日の如く空襲をかけてくるB−29を相手に戦った。

しかし、ガ島が盗られ、フィリピンが盗られ……挙句の果てに硫黄島が盗られて、アメリカが陸軍と海兵隊を沖縄に上陸させたとき、特攻要員に任命された」

「じゃあ、あなたは……」

「死に損なったのさ。仲間達と一緒にグラマンに落とされて、海を漂っていたところをアメリカの潜水艦に救助された。……よくは憶えていないが、ガトー級だったと思う。アメリカの捕虜収容所に連れていかれた後、終戦の3年後に本土に還された」

「……」

「帰国してまず実家の桜島に帰って、その後江田島の海軍記念館に行って……笑ってしまったよ。海軍の戦死者すべての氏名が彫られた記念碑の中に、自分の名前があるんだから。……おそらく私は、あの日一度死んだのだろうな」

 

己が半生を今振り返ってみて、男は自嘲の憫笑を口から漏らす。その際、ごほりと咳き込んだ唇には、一筋の赤い線が伝っていた。

 

「戦争が終わって日本は、私が知っている日本と変わってしまっていた。アメリカから与えられた自由とデモクラシーに酔いしれながら、私の知っている日本はどんどん腐っていった。世界に名だたる日本の精神は消えてなくなってしまった。……私は職業軍人でね、そんな日本に、私の居場所はなかった。

朝鮮戦争が始まって、警官になった。戦争の記憶も、腐っていく祖国に対する怒りも、過日に追いやって、ただ仕事に没頭した。そのうち見合いで知り合った妻も、そんな私に愛想を尽かしたのだろうな。一方的に、離婚届を出してきたよ。…勿論、子供は向うに取られた。私のとって、二度目の死だな。失って初めて気が付いたんだ。なんだかんだで私は、妻のことを愛していたのだと。

それからしばらく、死人同然の生活を送っていた私に、手を差し伸べてくれた者達がいた……」

「それが、〈ゲルショッカー〉」

 

『サンタクロース』は、ぎごちなく頷いた。激戦の末に負った傷が相当痛むのだろう、数ミリ動かすのにも、辛そうに顔を歪めている。

 

「改造人間としての第3の生は、とても充実したものだったよ。その意味では、組織には感謝している。……しかし、なによりも組織に感謝していることは、獅狼様と巡り合わせてくれたことだ。

私達大人が持っていないモノを持っている少年……隊の誰もが最初は彼を隊長とするのを嫌がり、何時の間にか彼以外が隊長になるのを嫌うようになっていた。……本当に、不思議な魅力を持ったお方だ」

「――そうだな。……本当に、そうだ」

 

自分もまた小島獅狼と最初に出会ったとき、そしてしばらくの間は、何かと付きまとってくるカップルに辟易としていた。一時などは嫌悪感さえ抱いていた。しかし、いつの間にか2人と一緒にいることを、悪くないと思っている自分がいた。

小島獅狼にはどこか不思議なカリスマがある。それだけは、認めなければならないだろう。

『サンタクロース』がふっと優しげな笑顔を浮かべて、そっと瞼を閉じながら言う。

 

「あの方の下で戦えて……私は本当に幸福だった。人を殺してばかりの人生ではあったが、それだけは胸を張って言える。『私は、小島獅狼様の下で働いてきたのだ』と…。私は今日、獅狼様のために戦えて、本当に幸せだ」

「……例えそのためなら、自分が命を落としたとしても、か?」

 

『サンタクロース』は……敬愛する主の下に集いし仲間を犠牲にしてまで、勝利を望まなかった男は、自らの手から滑らせた手榴弾の爆発によって千切れた下半身を遠くに見据え、コクリと静かに頷いた。

 

「……後悔はない。むしろ何度も言っているように幸せな気分だ。……唯一の心残りは、私達の死を悼んで流す、あのお方の涙を拭いてやれないことぐらいだ」

 

多くの仲間を失い、己が半身を失った男に、刻一刻と、“その時”は迫りつつあった。

死を目前にしてなお優しいその表情は、彼が仕える主の事を思い浮かべているからか。北斗は、(ああ…、小島獅狼という男は本当に果報者だ)と、思いながら、男の顔を見つめた。

そしてふと、彼は頭の中で浮かんできた疑問を口にした。

 

「……話は終わりか?」

「ああ…」

「あなたの、本当の名前は教えてくれないのか?」

 

不意の頼みに、『サンタクロース』はしばし沈黙した。組織に身を置くようになって十数年、本名を呼ばれる機会はほとんどなかった。自分でさえ、下手をすると忘れそうになってしまう。

私の、本当の名前……

 

「山口だ。山口燐道」

「そうか。良い名前だな」

「本当にそう思っているのか?」

「ああ…いや、多分」

 

2人は軽く笑った。彼らを取り囲む10匹のうちの1匹が、そんな2人に呆れたのか、大きく欠伸をした。どこか、「やってられないよ……」と、諦めているようにも見える。

不意の質問をするのは、北斗だけではなかった。山口もまた、不意に言った。

 

「……闇舞北斗」

「ん?」

「私の身の上話はした。今度はお前の話を聞かせてくれないか?」

「……つまらない話だぞ」

「構わない。聞かせてくれ。今、無性に話をしたいんだ」

 

山口の頼みに、北斗は少しだけ戸惑った。まさかこんなところで己が半生を振り返ることになろうとは、思ってもみなかった。

彼は、舌先で言葉を探しながら、静かに語った。

 

「……俺が生まれたのは戦中の43年。すでにミッドウェーの大敗で日本の命運が決した後のことだ。戦争が終わったのが2歳のときだったから、俺は戦中生まれだがむしろ戦後派の人間だな。戦前、戦中の日本をよくは知らなかったから、アメリカさんの統治にもあまり抵抗はなかったと思う。ただ、子供なりに漠然と何かおかしい……っていうのは、感じていたが」

「お前の生まれは何処なんだ? 闇舞北斗の経歴は、調べていくとお前が東京に来た後のことしか分からなかったが…」

「千葉だ。九十九里の浜で、地引き網なんかを手伝っていた。……今思えば、たった9歳のガキが45口径の反動を抑えきれたのは、そのときに腕力を鍛えていたおかげかもしれないな」

「そうか…。どんなところだったのだ? お前の故郷は」

「…家を出るとすぐに海が広がっているんだ。太平洋の荒波は高く、風は強く……部屋の中に居ても、濃い潮の臭いが漂ってくるほどだった。

自慢じゃないが俺はその頃から泳ぎが得意でな、夏でも冬でも学校から帰ってはまず海に飛び込んで、荒波に揉まれながら遠泳するのが日課だった。…これでも、同い年の子供の中では村で一番速かったんだぞ? その後は浜で網を引いている母さんの手伝いをしたり、留美の世話をしたりで……子供ながらほとんど暇はなかったな。毎日が忙しくて、大変だったが、とても充実した日々だった」

「そうか……」

「あっちの人達はみんな優しくて、強かったが、人遣いが本当に荒かった。浜辺に行けば漁を手伝わされ、それが嫌で陸に留まれば米の収穫を手伝わされて……って感じで、家に帰る頃にはもう、きーちゃって、きーちゃって(疲れて、疲れて)」

 

つい口から出た故郷の方言に、北斗はまったく気付いた様子もない。それは眼を瞑っている山口も同様で、千葉で生まれた男の話は、徐々に故郷の言葉が混ざり始めていた。

 

「けど、音を上げてはいられないんだ。帰ったら帰ったであかんぼの留美をだまさなくちゃ(あやさなければ)ならなかったし、母さんは母さんで忙しかったから、やんなきゃいけない事はおんもり(たくさん)あったからな。

留美がひとりで立って、歩けるようになってからは、あいつを連れて網を引いた。……さすがに網は引かせなかったがな。網にばかり気をとられてうっちゃらかしていると(放っておいていると)、勝手に何処かへ行こうとするからきーちゃった(困った)ものだ。強く怒るとひねくれるし…。

ただ、網に獲物がかかったときは興味深々に見ていた。地引だから貝とかがほとんどなんだが、偶に魚とかが入っていると、食い入るように見ていた。こう…てらてら光るコケラ(鱗)が綺麗だったんだろうな。子供の頃から、好奇心の強い娘だった。

――そういえば、あなたは桜島の出身だって言ったな。桜島は一体何が……」

「…………」

 

山口は、すでに長い眠りに就いていた。その寝顔はあまりに安らかで、とても血で汚れた殺人者とは思えないほど穏やかである。

北斗は、開きかけた口を閉じた。じっとその寝顔を見つめた後、彼はのろのろと立ち上がった。

おぼつかない足取りで獣達が囲む輪から抜け出し、彼は一度だけ振り返って、10匹に向って言った。

 

「彼のことを、頼む」

 

1匹の犬が返事とばかりに小さく鳴き、残る9匹も次々に鳴き出す。

あれほどの死闘を繰り広げたというのに、1人と10匹の間に争いの気配はない。獣達にとって北斗は仲間達の仇であるが、彼らは決して敵わぬと分かっている相手に対しての復讐よりも、今、長き眠りの果てに故郷へ帰ろうとしている仲間の側に居てやることを選んだのだ。

獣達の返事に北斗は満足そうに笑みを浮かべると、二度と振り返ることなく歩き出した。

彼の数十メートル先では、イスカリオテの側で2人の少女が彼の帰りを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

 “M−14”

 

口径:7.62mm×51

全長:1124mm 銃身長:634mm 重量:4450g

ライフリング:4条右回り 装弾数:20発

初速:830m/s

発射速度:700〜750発/分

 

ヨーロッパ、太平洋、朝鮮半島と、3つの戦場を米軍人とともに駆け抜けた傑作“M1ガーランド・ライフル”、“M1カービン・ライフル”の後継として米軍が新たに採用したオートマチック・ライフル。当時、世界各国で開発・製造が盛んに行われていたアサルト・ライフル事情を顧みて、フル・オート射撃の機構を組み込まれている。

新規に設計された銃ではなく、今なお多くの米兵に愛される“M1ガーランド”をベースにフル・オート機構を組み込んだ銃で、ライフルとしての完成度は高い。

しかしながら、反動の強い“30-06弾”の代わりに採用した“308NATO弾”でも反動が大きく、フル・オート射撃時のコントロール性がすこぶる悪くなってしまった。

ただ、前述したように、ライフルとしての完成度は高いため、“M21”の制式名称で、狙撃銃として今なお一部の部隊で使われている。恐るべきは半世紀が経過してなお色褪せない“M1ガーランド”の完成度といったところだろう。

ちなみに、これはタハ乱暴の私見であるが、おそらく、世界で最も不運なライフル銃であろう。

 

 

“G.E. M134「ミニガン」”

 

口径:7.62mm×51

全長:900mm 重量:18.0kg

装弾数:ベルト給弾式

発射速度:6000発/分

 

F−14やF−15といった航空機に搭載されている20mm口径の機関砲“M61バルカン砲”。“M134ミニガン”は、口径を7.62mmとし、発射速度を1分間に2000発、もしくは4000発の切り替え式にした、いわば“M61”の弟分のような存在である。

主にヘリコプターなど回転翼機に搭載され、対人用、もしくは対空戦闘用の機銃として使用される。

20mmから7.62mmに口径が小さくなったとはいえ、対人用としては十分な威力があり、命中した際には痛みを感じる前に相手が死んでいるため、「無痛ガン」という通称がある。

 

 

 

“特殊ME弾”

 

旧〈ショッカー〉で研究が進められていた、対改造人間用の特殊な弾頭。

比重の重い特殊合金の被甲に覆われたコアからは特殊な電波が出ており、改造人間のナノマシンの機能を一時的に狂わせることが出来る。

発想は良かったが実用化の道のりは険しく、研究半ばにて〈ショッカー〉は壊滅。後続の〈ゲルショッカー〉に引き継がれるも、そちらでも実用化はしなかった。

本話にて使用されたのは、電波の能力を落とすことで完成度を増した物。

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 

 

 

北斗A「……さて、何か申し開きはあるか?」

タハ乱暴「す、すいませんでしたぁ! 前回の次回予告をまったく無視して、その上サブタイまで変えてしまって……」

北斗A「まったく! これでただでさえ少ないであろう外伝読者をさらに減らしてしまったな」

タハ乱暴「うわ〜! それを言わないでくれ〜〜〜!!」

真一郎「……それで? 結局のところ何でそんな事になったのさ?」

タハ乱暴「う、うむ…。実は8人の戦闘員との戦闘シーンは当初上手くいけば10ページ、最悪20ページぐらいの分量で公算してたんだ。ただ、書いている途中で『アカン! 獅狼との対決までにもっと北斗を傷つけな』って思ってな、それでずるずると文量増加の一途を辿っていって……」

北斗B「挙句、山口達名もなき戦闘員に感情移入してしまったものだから、大幅に文量が増えてしまったんだな?」

北斗C「そして俺と小島の戦闘シーンはカット。次回持ち越しというわけか」

タハ乱暴「うわ〜〜〜ん! 仕方なかったんだ〜〜〜!

だってフォントサイズ“10.5”の字で、Word文章150ページとか、容量重すぎるだろ? ケイジさん達に迷惑かかるだろ? それどころか読んでる途中で絶対ダレるだろ? 書いてる俺がダレたんだから!」

北斗A「自慢出来ることかッ! ……大体作者であるお前が読んでダレるってどういうことだ?」

タハ乱暴「いやほら、今回シリアス戦闘路線だったろ? あんまり緊張が続くとやっぱりな」

北斗B「……おい、今更だがこんなヤツに書かせて本当に大丈夫なのか? ちゃんと完結するのかこの話?」

真一郎「一応本編、外伝ともにちゃんとラストまでの展開は考えているみたいですよ」

北斗C「あとはこの男の頑張り次第だろうな。……それよりも、おい、タハ乱暴。本当に海よりも深く反省しているのなら、もう一度読者の皆様にちゃんと謝っておけ」

タハ乱暴「読者の皆様、ご迷惑をおかけてして本当に申し訳ありませんでした!」

 

 

 

北斗C「しかし今回の話は、本当に戦闘しかなかったな。一体いつからこの物語は生粋のバトル・ストーリーになったんだ? ヒーロー物じゃなかったのか?」

タハ乱暴「いやまあ、はい、そうですね。ヒーロー物というよりは、やっぱり生粋のバトル・ストーリーでしたねぇ…」

北斗C「作者のお前がしみじみと言うな」

真一郎「でも、本当に今回はいつになくヒーロー物っぽくなかったな。ピンチに次ぐピンチ、その度に起死回生……っていう、王道パターンはちゃんとこなしてるけど、なんだか路線は70%ぐらいハードボイルドだったような…」

タハ乱暴「ハードボイルド? どこが? そもそもこの男にそんなハードボイルドは似合わないって」

北斗A「……設定だけ見るとハードボイルド系小説の主人公なんだがな。ただ、この歳にして悩み多き主人公というのは、たしかにハードボイルドからはほど遠い。……自分で言うのもなんだが」

北斗B「しょっちゅう戦う理由だとか、主義主張なんかが変わっているからな。タハ乱暴の友人からは、『優柔不断主人公ダーネスワルツ』なんて、妙な肩書きまで付けられた」

タハ乱暴「けどさぁ〜、その辺りはちゃんと外伝の第一話で、北斗自身に語らせてるだろ? 

『時によっては変革化することもある』って、さ」

真一郎「それにしたって変わり身が早すぎだと思う。戦う理由ひとつとっても、第一話の時点ではまだ不明で、漠然と任務に従っているだけだったのが、第二話で〈ショッカー〉に対する忠誠から来るものだ……って、なって」

北斗A「第四話で、『俺はただ生き延びるためだけに戦っている』と、なったんだったな。しかも、その後も転々と戦う理由、主義主張が変化している。……それこそ、1話ごとに変わっているような気がするんだが?」

タハ乱暴「うん。変わってるね」

北斗A「……あっさりと認めやがった、コイツ」

タハ乱暴「う〜ん…じゃあ、次回予告無視という致命的ミスの挽回の意味も篭めて、ちょっとだけ解説しておこうか。

そもそも、闇舞北斗という男がこの世界に入るきっかけとなった事件で、北斗は『留美を守らなければ』という一心で、地面に転がっていた銃を執ったわけだな。つまり、戦う理由としては、確固たる目的意識というよりも、漠然とした衝動で行動していたわけだ。それが目的意識に変わっていったのは、あいつが東京に出てから。

東京に出てから知恵を身に付けた北斗は、戦う理由をただ漠然と『留美を守らなければ』っていう思いはから、『唯一の肉親である留美の現在、そして未来を守らなければ』という、確固たる目的意識に見出したわけだ。それが少し変わったのが、獅狼達と出会ってからなんだ」

北斗B「それまでは『留美だけを守る』というのに、『小島獅狼と夕凪春香の笑顔、そして彼らと一緒に過ごす日常を守る』という目的が加わったわけだ。……今にしてみれば、俺も欲張ったものだ。たったひとりで3人もの人間を、守ろうとしていたんだからな」

 

 

 

タハ乱暴「ところで、ここまでの説明で何か気付くことはないか?」

真一郎「え? ……特に、何もないような気もするけど」

タハ乱暴「実は、この時点で北斗は、3人の人間、そして3人との時間を守るために戦っていたわけだ。つまり、自分を守ろうとは思っていなかったんだよ」

真一郎「ああ、なるほど。……あれ? でも闇舞さんって確か……」

北斗B「『俺はただ、自分が生き延びるためだけに戦っている』……そう、言っていたな。俺は」

タハ乱暴「きっかけは初穂の事件だ。それまで守ろうとしていた獅狼と春香を、『実際に手は下していないとはいえ、間接的に殺してしまった(少なくとも、当時はそう思っていた)』と、考えた北斗は、自責の念にかられたわけだ。守りたかった存在を、自分が殺してしまったという事実は、北斗の心をズタズタに引き裂いた。その上、『こんな汚れた自分に、留美を守る資格なんてあるのか?』って、すんごいネガティブな考えに及んでしまった。

そこで北斗は、自分に嘘をつくことにしたんだ。自分が傷つかないよう、そして、唯一残った守るべき存在である留美を、気がねなく守ることが出来るように、な。それが、『ただ生き延びるために戦う』って、理由なんだ」

真一郎「……つまり、どういうことなんだよ?」

タハ乱暴「簡単に言ってしまえば、『ただ自分が生き延びるためだけに戦う。自分がより住みよい世界にするために戦う』っていう具合に、自分本意の考え方をすることで、親友を殺してしまったっていう、心の痛みを軽減したわけだ。〈ショッカー〉という強大な組織を相手にして勝てる見込みはない。しかし〈ショッカー〉は親友と、その家族さえ殺せば、自分の命は保証してくれるという。……ならば自分は、自分の身を守るために親友を殺そう。自分の身を守るためなのだから仕方がないって、そういう風に考え込もうとしたんだよ。

あと、『自分に住みよい世界』っていうのは、勿論留美のいる世界だから、留美を守る理由の正当性に繋がるわけだしな。

――こうやって北斗は、自分を騙そうとしたわけだ」

真一郎「なんていうかまぁ……不器用な人だな」

タハ乱暴「いや、まったく」

北斗C「それからの俺は、しばらくの間その嘘を自分につき続け、〈ショッカー〉の任務を遂行することが自分のためになると思い込むことで、10年以上過ごしてきた。ただ、その間に何度もその嘘は揺らぎそうになった。ランバート少佐やバネッサ達の事を、俺はかつての獅狼達のように思っていたんだよ」

北斗B「心から守りたい存在……SIDE〈イレイザー〉という小さなコミュニティの中で、俺は彼らのことを家族同然に感じていた。だから少佐や浩平、ミハイルが死んだ時は同じく家族同然のスレイブを、躊躇うことなく殺した。完璧に制御していたつもりだったんだが、怒りと憎しみは消えてなかったんだろうな。

仮面ライダーが攻めてきたときも一緒だ。後でバネッサ達と合流するまで、俺は、俺以外の12人が全員死んでしまったのだと思った。だから、無謀にも格上の改造人間2人に対して、たった1人で挑むような愚かな真似をしてしまった。死神カメレオンからバネッサを守ろうとしたときも、ほとんど無意識に体は動いていた。

どうやら10年近くつき続けていた嘘は、すでに壊れかけていたんだろうな」

タハ乱暴「完全に嘘が崩壊してしまったのは北斗が仮死の眠りから目覚めてからだ。消息不明のSIDE〈イレイザー〉、そして留美の存在が、北斗の完璧なはずの嘘を壊してしまった。偽りの仮面が剥がれた時、北斗の本心は守りたいと心から思った存在を失ったことに対する悲しみと、守りきれなかった自分への怒りでボロボロになっていた。

今や北斗が戦う理由として選んだのは、すでに崩壊してしまった嘘……『ただ自分だけが生き延びるために戦う』っていうものだった。けど、実際そんな理由どうでもよくなっていたわけだ。だから目覚めたばかりで本調子でもないのに、ロボット刑事と戦ったりなんてした。自分の命なんて、もうどうでもよくなっていたんだな。

そんな時に、光と再会したわけだ。……んで、あとは本文に書いてあるとおり」

北斗B&C「惚れちまったんだよな〜〜〜〜〜」

北斗A「守るべきものが新しくできただけでなく、真に愛する者を得たことで、今度は心から自分も守りたいと思うようになった。『愛する者と、一緒に未来を行くために』な」

 

 

 

タハ乱暴「いや〜〜〜、しかしもうすぐ外伝も終わりか」

真一郎「え゛!? も、もうそんなところまでいってたのか?」

北斗C「知らなかったのい? 本当だったらこの話とあと3話で完結する予定だったんだが」

北斗B「この男のせいでな……」

北斗A「まったく…」

タハ乱暴「う〜ん…なんかどんどん作者としての威厳が失われているような……」

北斗A「作者としての威厳?」

北斗B「そんなものあったのか?」

北斗C「大体作者どころか、父親としての威厳すらない男だぞ?」

タハ乱暴「……最近子供達の言葉が冷たいです。ハイ。

さてさて、『Heroes of Heart外伝』第十三話、お読み頂き、たいへんありがとうございました!」

真一郎「この駄文ももうすぐ終わりです(予定通りいけばの話だけどね)。皆さん、最後までお付き合いしてください」

北斗A「それでは次回、『Heroes of Heart外伝』第十四話に……」

北斗B「戦え、闇舞! 行け、北斗! 変身せよ! ハカイダー02!!!」

 

 

 

北斗C「まだ、ハカイダーには変身できないけどな」






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