注)この話はHeroes of Heartに登場するオリキャラ……闇舞北斗のストーリーであり、本編開始前の外伝的内容となっております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1973年2月7日

 

 

 

 

 

 

四国カルストは、東は鳥形山から西は大野ヶ原に至る、延長25キロにも及ぶ広大な台地だ。標高は1200〜1400メートルほどで、日本のカルストとしては、もっとも高所に位置している。

ススキやササに覆われたなだらかなスロープには、白い石灰岩のカレンフェルトが無数に散らばり、ドリーネやポリエといった地形も、多く見られる。

ドリーネとは石灰岩が雨などに当たることで溶解し、陥没したすり鉢状の窪地のことで、ポリエは大きな凹の地形を指している。

カルスト最西部の大野ヶ原には、配送する現時の落ち武者を追ってきた兵士の軍が、無数のカレンフェルトを見て、それを源氏の白馬の大軍が待ち構えていたと勘違いし、慌てて引き返したという伝説すら、残されている。

高所だけに天候が変わりやすく、霧が漂う中で目撃したカレンフェルトが、白馬の兵と見えたのであろう……

ちなみに、カルスト(Karst)は英語ではなくドイツ語で、ユーゴスラビア西北部に位置するカルストの地名からとっているらしい。この土地が石灰岩台地であることから、そういった形質の台地を、『カルスト』と名付けるようになったのだという。

台地に通じる数少ない道路は、平日ということも手伝ってか、一台の自動車も見られない。

というのも、東西25キロにも及ぶ広大なこの台地には、若干の公共施設がある程度で、別段、平日の午前中に人を惹きつけるようなものではなかったからだ。

あるいは、未だ根強く生きている、『日本赤軍』などに代表される国内のテロ活動を恐れてのことなのかもしれない。

なんにしろ、この人目につきにくい状況は北斗にとって臨むところであった。

 

 

 

 

 

道路を滑るようにして、純白のバイク……イスカリオテは走っていた。

最高速度時速650キロというモンスター・バイクは、さすがに一般の自動車道を走っているため、そのスピードを10分の1ほどに抑えられていたが、ハンドルを握る北斗は、いつでも最高速度を引き出すための準備は出来ていた。

と同時に、いつでも戦闘態勢に移行できる準備も……

『ダーク』の秘密諜報員から入手した情報によれば、夏目聖山の屋敷を襲撃したAH−1Gは、四国カルストに逃げ、そこで行方を絶ったらしい。

まず間違いなくそこに基地があると推察した諜報員は、追跡の結果、四国カルストの一画で、急遽……最低でも1週間ほど前から建設されたと思わしきヘリポートを発見した。

そして、その諜報員は、連絡を行った直後、交信が途絶えている。

……以上の条件から、北斗は『機動戦士S.T.』の現地基地は四国カルストにあると確信した。

 

(すまない……)

 

北斗は、連絡の途絶えた諜報員に対して心の中で詫びた。

諜報任務などの高度なマニュアルは、いかに人造人間を主力とする『ダーク』でも、人間が行う。死んでいった彼にも自分の生活があっただろうし、もしかしたら妻子がいたかもしれない。

直接の面識はなかったが、そのことを考えると、北斗は謝らずにおれなかった。

 

(君がくれた情報は無駄にはしない)

 

殉職していった諜報員が送ってくれた情報によって、件のヘリポートは、その位置や状況を正確に把握されている。そして、ヘリポートの状況から大体の基地の規模を考え、位置を考えると、そのポイントは正確に絞れた。

今、北斗が走っている一般道からは進入しにくい場所にあり、カレンフェルトの数が極端に少ない場所なので、ほぼ間違いないだろう。

あとは、その場所まで突き進むのみ……なのだが……

 

「きたか……」

 

いつの間にか、バイクの排気音が増えていた。

イスカリオテのサイドミラー越しに見えるオートバイは4台。

全員が振るフェイスのヘルメットを装着し、イスカリオテと着かず離れずの距離を保っている。

先程までイスカリオテ1台のみが走っていただけに、突如として出現した4台の存在は異質であった。なにより、素人でも肌で分かるような、強烈な殺気を放っている。

『機動戦士S.T.』の部隊であることは、もはや疑いようがなかった。

だが、こちらの顔はまだ相手には知られていないようで、いきなり襲い掛かってくるような気配は、今のところなかい。

とはいえ、このまま彼らを放っておいて、取り返しのつかない事態になる可能性は高い。また、何もなかったとしても、このままでは北斗の行動が大きく阻害されてしまうのは、確かであった。

 

「…………」

 

フルフェイスのヘルメットの中で、北斗は視線を周囲に巡らせた。

やはり急ごしらえのためなのか、監視カメラは道路の出入り口にしか設置されておらず、視認出来る範囲内には見当たらない。また、その手の機械の駆動音も、聞こえない。

早計ではあるが、追随するオートバイにも、カメラは搭載されていないようだ。

 

「よし……」

 

もう一度周囲を見回してから、北斗は速度を絞った。

速度計の針が、60…55…50……と、下っていく。

イスカリオテの加速性能を知っているだけに、ハンドルの動きは慎重で、傍目にはほとんど動いていない。

後続の4台も、それに合わせて速度を落としていく。

速度計の針が、ついには20を指した。

突如として急速に速度を落とした北斗を不信に思ったのだろう、1台のオートバイが、スピードを上げてイスカリオテの隣に並んだ。

刹那、イスカリオテは“爆発”した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart外伝

〜漆黒の破壊王〜

―――奪われた誇り―――

話「激斗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“爆発”……そう、まさにそれは“爆発”的な加速だった。

北斗がハンドルをほんの1センチ回しただけで、タコメーターの表示は一気に躍り上がり、針が7〜8000回転まで跳ね上がる。

3500ccの排気量を司るマフラーが猛々しいエキゾーストの咆哮を上げ、排気脈動の唸りが響き渡る。

520psのパワーを引き出すエンジンが激しくピストンし、車体前方に装備された2つのキャブレーターの吸入口が、まるでノズチのように、風を吸い込み、急速に上昇する車体の熱を、急速に冷却していく。

グリスをたっぷりと溜め込んだシールチェーンが激しく連動し、フロント、リア両タイヤの周辺機器が鳴動する。

もはやサイレンサーは用を足していない。

イグニッションコイルによって引き上げられた高電圧と、灼熱のオイルが車体で脈打ち、それに呼応して速度計の針が、一気に20から100まで跳ね上がった。

爆発的な超加速でスタートを切ったイスカリオテは、あっという間に後続の4台との距離を広げた。

数瞬の後、ようやく距離を広げられたと認識したライダー達が、慌ててスピードを上げる。

だが、ライダー達がオートバイの速度を時速100キロにまで上げている間に、すでにイスカリオテのスピードは時速300キロにまで跳ね上がっていた。

だが、それ以上は上げない。

仮にもここは一般道路である。いつ、民間人が現れるか分かったものではない。

イスカリオテのブレーキング性能を持ってすれば、例え時速300キロの直進をしていたとしても、8メートルほどで時速20キロまで落とすことが出来る。

ステアリングも利用すれば、もっと短距離で絞れるかもしれない。

サイドミラーに4台の姿が見えなくなったところで、北斗はイスカリオテの減速を開始した。

時速120キロほどまでスピードを絞ると、ようやく、必死に追い掛けてくる4台の姿を捉えることが出来た。

 

「推定距離70メートル……」

 

フルフェイスヘルメットの下で北斗が呟いたのと同時に、オートバイがさらにスピードをアップさせた。

キャスター角が目に見えて広がり、それに伴ってトレールも広がって、オートバイが迫ってくる。

目測で時速140キロ。

相手はまだ北斗の正体を図りかねているのだろう。

攻撃の気配は、まだない。

―――と、北斗と4台の車間距離が40メートルほどまで狭まったときであった。

無謀にも、北斗はイスカリオテのハンドルから左手を離し、その手を懐に滑り込ませたかと思った刹那、北斗の手元が、“ドンドンドンドンッ”と、怒涛の4連射を轟かせた。

銃口を離れた9mm特殊徹甲弾が、5台のバイクの爆音に飛来音を掻き消されながら、4人のライダーの眉間へと吸い込まれた。

フルフェイスのヘルメットに1センチほどの大きさの穴が穿たれ、鮮血とともに破片が飛び散る。

コントロールを失った4台は、重なるようにして、転倒した。

その様子をサイドミラーで確認して、イスカリオテが再び加速する。

追走していたオートバイには、カメラは搭載されていないようだったが、通信機ぐらいは装備されているだろう。

連絡が途絶えたことによって、追撃の部隊が派遣されてくるのは、必至である。

それまでの間に、北斗は出来るだけ敵の基地に接近しておきたかった。

 

 

 

 

 

気が付くと、景色は見慣れた祖父の屋敷ではなく、物々しい雰囲気の、見知らぬ機械が何台も積まれた怪しげな部屋だった。

照明のほとんどない、薄暗い部屋をじっと見回す。

ゆっくりと体を揺さぶり、手足を動かして血液の流れを加速させる。

霞がかった意識は次第に覚醒していき、光はようやく自分の置かれている状況を理解した。

自分はどうやら、軟禁されているらしかった。

……否、自分達は、と言いなおすべきかもしれない。

振り向くと、先ほどまでの自分と同じように、昏々と眠り続けている12人の人影があった。

エーテルを嗅がされたのか、その眠りは光のそれよりも深い。

また、光が両手両足を拘束されていないのに対して、彼らは両手両足に枷をつけられ、口元も、猿轡(さるぐつわ)で覆われている。

この待遇の差はなんなのか? という疑問が浮かぶよりも先に、光は眠っている人達の顔を見て、自分達がここに至るまでの経緯を悟った。

……脳裏に、あの凄惨な光景が鮮明に蘇える。

襲来するヘリコプター。

次の瞬間、怒涛の如く降り注いだ金色の雨。

轟く悲鳴。

飛び散る鮮血。

自分達を守るため、何人ものSP達がその身を貫かれ、倒れていく。

そして、それを狙い済ましたかのように現れた何台もトラック。

中から出現した何人もの軍服姿の襲撃者。

オレンジ色の光が何度も煌き、その度に人々の悲鳴が響く。

初めて間近で見た、殺しという行為……

あの光景を思い出すだけで、身震いしてしまう。

涙が止め処なく流れて、光の頬を濡らした。

そのときであった。

今まで照明という照明がほとんどなかった室内が途端に明るくなり、部屋の扉が“ギィ……”と、静かに開いた。

 

「気が付いたかね?

 

現れたのは、50代前半と思われる白人の男性だった。

身長は180センチといったところだろう。精悍な顔つきの、いかにも軍人、といった雰囲気の男である。

お世辞にも上手いとはいえない日本語で話した彼は、光の返事がないのを見て、コホンと咳払いし、今度は英語で「気が付いたかね?」と、言った。

光は、ただ茫然として相手を見ている。

 

「……英語が分からないのか?」

 

そこで、ようやく相手の男の質問が自分に対するものであることを理解した光は、慌てて口を開いた。

 

「あ、分かります。大丈夫、伝わってます」

 

この歳、この状況に直面するまで、本物の英語に触れたことのない光である。

中高大と、学んできた英語力の知識をフルに活かし、光はたどたどしく文章を繋げていった。

 

「我々はきみに危害を加える気はない。事が終わったら解放するから、安心したまえ」

 

自分の言葉が相手に通じていることを知った男が、不器用な笑みを見せ、ゆっくりと言った。

相手を安心させるようなその言い方に、光の頭は急速に冷静さを取り戻していく。

 

「我々にも我々の都合があるから、それまでは解放することも出来ないが、日本政府が我々の要求を呑むまでの、しばらくの辛抱だよ。なに、日本政府はテロリズムに対して極めて弱い国家だ。彼らが我々の要求を呑むのも、時間の問題だろう」

「はぁ……」

 

男の言う『テロに弱い日本』の意味を、光が理解するまでに数秒がかかった。

60年代後半から70年にかけて、日本国内では暴力的革命を標榜する武闘派共産主義者が様々なゲリラ闘争を繰り返し、社会不安を煽っていた。特に『ブント』と呼ばれる共産主義者同盟で大阪を中心に活動していた学生達の過激派は、銃器や爆弾による武装蜂起を目的とした革命軍隊『赤軍派』を名乗り、より過激な思想を背景に手段を選ばない行動を開始した。

赤軍派の最高幹部であった塩見(しおみ)孝也(たかや)は公然と『世界革命戦線構築』、『世界同時革命』の思想を掲げ、日本の革命活動の拠点を全世界に求める『国際根拠地建設』構想理論を論じ70年代には完成させると叫び始めている。

この構想は、北朝鮮、キューバ等の社会主義国にテロ活動の拠点を設け、そこに赤軍派の活動家を送り込んで軍事訓練を受けさせ、再び日本に逆上陸して武装蜂起を決行し、日本を共産主義国家にするという、無謀極まりないものだった。

……だったのだが、現にそれに呼応する形で、1970年の1月には日航機『よど号』ハイジャック事件が起き、この頃から、日本はテロに弱い国家という印象が世界中に芽生えはじめていた。

男は「失礼する」と、言って、光の手や足をまじまじと見つめたあと、優しく、包み込むように掴んでから、「動かしてみてくれ」と、言った。

男の意図することが理解できず、光は言われるままに手足を動かす。

 

「ちゃんと動くかい?」

「あ、はい……」

「よかった」

 

その言葉を聞いて、ようやく光は男が自分の身体のことを心配してくれているのだと悟った。

 

「あの……」

「ん?」

「ありがとうございます」

「いや、気にしないでいいよ」

 

男はそうすることがさも当然であるかのように、光の体に目立った傷や、怪我をしていないか確認すると、すっと静かに立ち上がった。

 

「……見たところ、これといった異常な箇所はないようだが……気になることがあるようなら、外にいる見張りに言ってくれ」

 

そう言って、男が親指を扉の方に向けると、そこには見るからに屈強そうな白人の男性がいた。やはり軍服を着て、肩からはイスラエル製、ウズィ・サブ・マシンガンを下げている。

一見すると、190センチはあろうかという巨躯と、鋭い眼光ばかりが目立ってしまうが、なかなかに理知的な顔立ちをしていた。

白人は光の方を向くと、二コリと好意的な笑みを浮かべてから、表情を引き締め、警戒にあたった。

 

「不自由はないかい?」

「今のところは、特に……」

「そうか。もしあるようだったら、それも見張りに言ってくれ。出来るだけ、要望には答えるから」

 

男は寝息で緩み始めていた12人の猿轡を締め直すと、扉の方へと歩いていった。

去り際、扉を閉めようとする男を、光は呼び止めた。

 

「あの……質問してもいいですか?」

「ん? ああ、答えられる範囲ならばね」

「どうして、あなた達は……人質でしかないわたしに、そんなにしてくれるのですか?」

「ああ……」

 

なんだそんなことか、といった感じの表情を浮かべ、男は憮然とした態度で言った。

 

「我々は、女性に対しては紳士的にと……女王陛下から言われているからね」

 

男がそう答えたそのときであった。

その場に、やはり軍服を着た黒人の男性が現れ、男の前で立ち止まると、威儀を正し、挙手をしてから「緊急報告!」と、英語で言った。

男は一瞬、チラリと光に視線を向けてから、黒人に「ドイツ語で話せ」と言った。

話の内容を光に理解されるのを恐れたのだろう。

英語はすっかりポピュラーになって久しいが、未だドイツ語を高いレベルで理解出来る日本人は、そうそういない。

……不幸だったのは、光は大学時代、ドイツ語を専攻していたということだった。

専門用語などはともかく、日常的会話程度のレベルならば理解できた。

 

「山道に侵入した不審車の件なのですが……」

「どうした?」

「ハッ。そのバイクを追っていた偵察部隊との連絡が途絶えました」

「なにッ」

 

『不審車』という単語を耳にして、光の胸の動悸が速くなる。

もしかしたら……という疑念が、何度も頭の中を交錯する。

 

「それともうひとつ……」

「なんだ?」

「はい。夏目聖山邸から数百メートル先の林の中で、AH−1Gコブラのものと思わしきヘリコプター残骸が発見されました……」

「……そうか」

 

無論、発見されたコブラの残骸は、北斗が撃墜したものである。

その報告の意味することを知って、男の表情が少しだけ険しいものとなった。

しばしの逡巡の後、男は黒人に言い放つ。

 

「山道に侵入した不審車はコブラを撃墜した奴のものに違いない。至急、コブラを出撃させろ。連絡の途絶えた偵察部隊の捜索もだ。……おそらく、最悪の結果になっているだろう。捜索隊にはちゃんと武装をさせておけ」

「ハッ」

「それから……」

 

男が一旦言葉を区切り、少しの間沈黙した。

まるで、次の言葉を躊躇っているかのようである。

しかし、男はその躊躇いを振り切るようにして、決断した。

 

「“マルダー”を2機、出撃させろ。なんとしても、そいつを殺せ」

 

ドスを孕んだ声で、男は言った。

黒人が挙手し、踵を返す。

一方、話を聞いていた光は、男の言った“マルダー”について考えていた。

“マルダー”を出撃……ということは、それは何らかの兵器なのだろう。

だが光には、その単語を理解するための知識が決定的に欠けていた。

 

(闇舞先生……)

 

まるですでにその不審車に乗っているのが北斗であるのは確定しているかのように、光は心の中で思い人の身を案じた。

 

 

 

 

 

実のところ、その考えは当たっているのだが……

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

『機動戦士S.T.』の前線基地と思わしきポイントまであと数百メートルというところで、北斗は不意にイスカリオテを減速させた。

マフラーに装備されたサイレンサーの許容範囲内にまで排気音が収まったところで、速度をキープし、聴覚を研ぎ澄ませる。

進行方向の彼方から、ヘリのローターの回転音が聞こえてきた。

その音は徐々に大きくなり、北斗がふっと視線を空へと向けると、見慣れたシルエットが彼の視界に入った。

 

「……きたか」

 

北斗はイスカリオテを片手ハンドルで充分操作できる範囲まで速度を落とすと、先ほどの戦闘で4発撃ったブローニング・ハイパワーの弾倉に、銃弾を補充し、スライドを引いた。

初弾が機関部に装填されたことを確認し、再びイスカリオテを加速させる。

同時に、ハンドルに取り付けられた50口径機関砲の射撃スイッチを操作し、いつでも銃弾を撃てるようにしてから、イスカリオテは本格的に加速を開始した。

数秒もせずに、そのシルエットは明確かつ鮮明なものになった。

―――AH−1Gコブラ。

おそらく、夏目聖山邸を襲った機体と思われるそれは、すでに機首をこちらに向け、ミニガンの銃口は、その出番を今か、今かと待ちわびているようだった。

軽く舌打ちし、北斗はスロットルを開けたままクラッチを切り、エンジンを空吹かせながら、加速を緩める。

それでも、時速100キロはあろうかというスピードである。

巡航速度の時速278キロで接近してくるコブラとの相対距離は、すぐに縮まった。

その距離は、なおも縮まり、ついにイスカリオテはコブラに搭載されたミニガンの射線上に入る。

刹那……!

 

「フンッ」

 

北斗は、狙いすましたそのタイミングで、クラッチレバーから指を離した。

抵抗のないまま空転し、充分に回転数を稼いだエンジンが、やおらギアに直結され、瞬時に、過剰なまでにトルクのかかった後輪は、235キロの重量を、思いのほかあっさりと持ち上げ、イスカリオテの車体をウィリーさせる。

そして直後、イスカリオテのキャブレーター内に格納された機関砲が火を噴き、ミニガンが咆哮するよりも早く、その銀色の砲身を50口径ブローニング弾で叩き潰した。

スロットルをパーシャルに戻し、浮き上がった前輪が接地して、何度目かの爆発的加速を見せる。

一瞬……それはまさに、一瞬の攻防であった。

……否、敵の“防”を許さぬ、イスカリオテの雄叫びだった。

コブラが、イスカリオテが、天地の両方で交差し、互いの上空を、下を、潜り抜ける。

大きく弧を描いて、コブラは上空で旋回を始めた。

まだ、戦う気だ。

それもそのはず、ミニガンを失ったとはいえ、コブラにはまだ40mmグレネードという牙がある。

その牙を完全にへし折るか、コブラそのものを破壊するまで、北斗に気を抜くことは許されない。

イスカリオテもカーブを描いて車体を向き直し、迎え撃つ。

2体の獣の明暗を分けたのは、その機体の大きさだった。

イスカリオテの何倍もの全長のコブラは、当然、旋回に要する距離も大きくなり、必然、反応が遅れてしまう。

その間に、イスカリオテはすでに迎撃体勢を整えていた。

イスカリオテに搭載された、もうひとつの牙……

短距離用マイクロミサイルの発射体勢が、整ったのだ。

……だが、その武器が火を噴くのはもう少し先のようだった。

未だ旋回中のコブラを撃ち落そうと、北斗がミサイルの発射ボタンを押そうとした刹那、“バババババッ”と、無数の閃光が煌いた。

反射的にブローニング・ハイパワーを引き抜き、閃光が煌いた方向に向かってトリガーを引き絞る。

すると、それと連鎖するようにして悲鳴があがり、北斗とイスカリオテを、何発かの銃弾が襲った。

 

「チィッ」

 

ハンドリングも軽やかに、イスカリオテの防弾ボディで弾丸を弾く北斗。

しかし、それでも何発かは彼の肉を抉り、全身を、灼熱の痛みが襲った。

すぐさま、ナノマシンの再生が始まる。

―――だが、ナノマシンが完全に傷を修復するまで待ってくれるほど、敵は寛容ではなかった。

 

“ガガガガガッ!”

 

現れたのは2台の軍用車。

車体上部の機関銃が咆哮し、助手席の窓からはニョキッと手が出て、ウージー・サブ・マシンガンを連射している。

襲いくる弾丸をあるときはイスカリオテを盾にし、あるときは躱しながら、北斗はブローニング・ハイパワーを撃った。

2台の窓ガラスが割れ、運転手の顔半分が吹き飛ぶ。

おそるべし、9mm特殊徹甲弾の威力。

だが、運転手を失っても機関銃手と、サブ・マシンガンを抱えた者達は俄然、やる気である。

そんな彼らに対して、北斗は50口径機関銃を撃った。

相手を完膚なきにまで叩き潰すための、機関銃掃射であった。

機関銃手達がどっと倒れ、それっきり動かなくなる。

――と、まるでその瞬間を見計らっていたかのように、コブラから、“ボッボッボッボッ”と、重低音が連続で鳴り響いた。

40mmグレネードだ。

40mmグレネードが嵐のように降り注ぎ、路上を滅茶苦茶にしていく。

徹底的に、北斗を殺るつもりだ。

そしてそれは、北斗も同様である。

マイクロミサイルを確実に命中させられる距離まで接近すべく、イスカリオテが走る。

手榴弾の爆風と破片の雨の中を、走る。

イスカリオテがコブラの真下を通過したそのとき、北斗は前輪に急ブレーキをかけ、後輪を持ち上げたまま旋回。

後輪を接地させた瞬間、ついに、短距離用マイクロミサイルの引き金を引いた。

“ガコン……ッ”と低い唸りを発し、イスカリオテが反動で震え、マイクロミサイルが発射される。

ミサイルは旋回しようとしていたコブラのエンジン部に、吸い込まれるように命中し、そして……

 

“グワアアアァァァァァァーーーンッ!!!”

 

大音響とともに、コブラは爆発した。

パイロットの生死は、絶望的である。

破片が道路にばら撒かれ、砂塵が巻き上がり、道路に立ち込める。

その中を、北斗はイスカリオテで駆けた。

衝撃波で砂塵を吹き飛ばしながら、イスカリオテは疾走する。

立ち込める砂塵の中から脱出した、まさにそのとき、北斗の鼓膜を、不吉な、いがらっぽい轟きが打った。

間違えようのない、ディーゼルエンジンの音……

しかもその音は、確実にこちらに接近しつつある。

そして数秒とせぬうちに、それは姿を現した。

ディーゼル音の正体を見極めて、北斗は愕然となった。

 

「公道にそんなものを持ち込むな!」

 

思わず叫んでみたが意味はない。

第一、自分もその公道でミサイルを撃っている。

だが、その事実を踏まえたとしても、これはないだろう……という代物が、北斗の前に立ちはだかった。

―――ドイツ製、マルダー歩兵戦闘車。

最高速度・時速75キロ。最大出力・約600馬力。全重量約29トンのバケモノである。

1970年に生産の開始されたこの歩兵戦闘車は、最大で歩兵9人が乗り込め、車体登頂に20mm機関砲を装備している他、ミラン対戦車ミサイルと、7.62mm機関銃などの武装を搭載している。

さすがの北斗も、この歩兵戦闘車には驚きを隠せないようだった。

だが、茫然としていられる暇はそれほどない。

20mm機関砲の銃口が火を噴いたのと同時に、北斗はイスカリオテをマルダーの後ろに回り込ませた。

歩兵戦闘車とバイクとでは、機動性の差を比べるまでもない。

上手くマルダーの背後に回り込んだ北斗は、そのままイスカリオテを直進させた。

先に敵の基地に辿り着き、それを盾にしてマルダーの攻撃を封じるつもりだ。

百メートルほど走って公道をはずれ、丘を滑るように走る。

あと少し……

もう少しで、目的のポイントに辿り着こうかという、まさにそのときだった。

前方に、北斗はまた信じられないものを発見した。

―――マルダーだ!

マルダーは、2輌出撃していたのだ!

マルダーがミラン対戦車ミサイルを撃つ。

20mm機関砲が同時に火を噴き、7.62mm機関銃が弾幕をばら撒く。

イスカリオテが無理なドリフトターンを決め、マルダーから離れた。

だがそれでも、灼熱のジェット噴流は、炎の舌をたなびかせて、イスカリオテの背後を追う。

不意に、北斗が振り向いた。

振り向き様にブローニング・ハイパワーが火を噴き、前方もろくに確認せず、加速させる。

9mm特殊徹甲弾に撃ち抜かれ、ミランが爆発した。

 

「グ……ッ!」

 

爆風が北斗の背中を襲い、風の対流で、イスカリオテが大きく揺さぶられる。

全身を苛む痛みに耐え、北斗はイスカリオテを絶えず走らせた。

フルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨て、汗にまみれたその顔を晒す。

襲いくる機関銃弾を必死に躱しながら、北斗は思案した。

 

(このままではいつかやられる)

 

いかに改造人間といえど、対戦車ミサイルを一発でも喰らおうものならば、命はない。たとえ一発では死ななかったとしても、動きの止まったところを襲われれば、結果は同じだ。

たとえ体勢を整えるべく逃げたとしても、相手はF−4ファントムUを所有しているような組織である。すぐに追っ手がきて、やはり結果は同じだ。

もはや退路はない。

最初にジャック・バイソンを倒してしまった時点で、自分がこうなることは決まっていたのだ。

ならば、するべきことはひとつだ……

 

(やるしかない……)

 

北斗は決意した。

『世界を変えうる3人の男』のひとり、『killing gentleman』……闇舞北斗が、決断した。

フロントカウルを翻し、今まで逃げに徹していたイスカリオテが、轟然とマルダーに向かって突き進む。

その行為は、一見すれば無謀で、マルダーの乗組員からすれば、最後の足掻きに過ぎなかっただろう。

……だが、彼らは知らなかった。

目の前にいるライダーが闇舞北斗であることも……

その彼が『killing gentleman』と呼ばれる戦士であることも……

そして、その男の乗るマシン……イスカリオテが、AH−1Gコブラをも撃墜するだけの、強力なマイクロミサイルを搭載していることも……

イスカリオテは、襲いくる銃弾の中をあえて突き進んだ。

50口径ブローニング弾をマルダーに叩き込みながら、突撃した。

敵の応戦は、申し訳程度の機銃掃射のみ。

北斗はイスカリオテでその弾幕を躱しながら、マルダーとの距離を5メートルまで縮めた。

敵の機銃がぴたりと止まる。イスカリオテの機関銃も同様に止まる。

ここまで距離を詰められると、かえって跳弾の方が恐ろしいことを、互いに知っていたからだ。

あわや衝突――! ……というところで、北斗はスロットルを全開し、転倒すれすれのハングオンを決めてカーブし、マルダーの背後に回り込んだ。

ここにいたってようやく相手も北斗の狙いが体当たりでないことに気付いたのだろう。

慌てたように砲塔を回転させるが、もう遅い。

 

“ガコン……ッ”

 

重低音とともにイスカリオテのマイクロミサイルが発射され、マルダーのボディに吸い込まれて……命中!

弾頭からほとばしるジェット噴流の衝撃波が、50口径ブローニング弾の連射を受けても砕けなかったマルダーの装甲を易々と叩き割っていく。

……そして、爆発。

マイクロミサイルの直撃を受けたマルダーは、中の乗組員ごと木っ端微塵となって、周囲に爆炎と衝撃波を巻き起こす。

ミサイルが爆発するよりも早く安全圏に退避していた北斗は、その様子をしばらく見つめて、不意に、思い出したようにイスカリオテのフロントカウルを撫で始めた。

見ると、イスカリオテはまさに満身創痍といった状態であった。

無理もない。

スペック上は52口径90mm戦車砲の直撃を受けても最低2時間は動けるイスカリオテだが、それはあくまで机上の話……

実戦ではそんな机上の理論は通用しないし、これまでの無茶な走行、無茶な戦闘、そして命中した無数の弾丸は、52口径90mm戦車砲の直撃にも匹敵するダメージを、イスカリオテに与えていた。

さすがのイスカリオテも、限界が近付きつつある。

北斗は、出来ることならばイスカリオテを休ませたかった。

四国カルストに入ってからの短い時間であったが、彼の命を幾度も守ってきたこの戦友に対して、ねぎらいの言葉のひとつでもかけてやりたかった。

しかし、そんな事情を知ってから知らずか、敵の容赦ない攻撃は続く。

最初に北斗を襲ったマルダーが、再び姿を現したのだ。

 

「もう少しだけ……頼むぞ」

 

労わりの念を籠めて、優しく車体をひと撫でして、北斗はイスカリオテを発進させた。

イスカリオテの姿を確認して、マルダーが20mm機関砲を撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。

射程内に捉えたところで、7.62mm機銃も火を噴く。

ハンドリングも軽やかに、イスカリオテはそれらすべての弾丸を躱し、徐々にマルダーとの距離を縮めていく。

ミラン対戦車ミサイルが飛んでくるのにも構わず、それを撃ち落し、背後からの爆風を追い風に、イスカリオテが加速する。

速度計はとうに最高速度の時速650キロをマークし、イスカリオテは、それ以上の速さで走った。

ミランの砲撃が止まる。

イスカリオテとマルダーの距離が、近付きすぎたのだ。

外殻を装甲で覆われているマルダーなどの戦車と違って、装甲のないイスカリオテにミサイルが命中すれば、その影響はそのまま撃った方にまで及ぶ。

いかにマルダーとて、今の距離でミラン対戦車ミサイルの余波を受ければ、ただでは済まない。

代わりに、20mm機関砲と7.62mm機関銃の猛撃はより激しくなった。

しかし、それも跳弾を恐れたのか、次第に衰え、ついに砲身は沈黙し、あろうことか、時速75キロの全速力で後退を始めた。

ここにきて、ようやく北斗とイスカリオテに並々ならぬ気配を感じたのだろう。

だが、その決断はあまりにも遅すぎた。

北斗の左手が咆哮する。

ブローニング・ハイパワーが何度も雄叫びを上げ、9mm特殊徹甲弾が、ミラン対戦車ミサイルの発射口へと吸い込まれていく。

ミラン対戦車ミサイルを、誘爆させるつもりだ。

無論、これだけの近距離である。

北斗とイスカリオテへの被害も、甚大であろう。

しかし、北斗はそのダメージを最小限に抑えるべく、他のバイクにはない、イスカリオテにのみ搭載された機能を使用した。

 

「頼むぞ……イスカリオテ!」

 

ハンドルに取り付けられたいくつものスイッチ……そのうちのひとつに指をかけた刹那、イスカリオテのキャブレーターが咆哮した。

同時に、イスカリオテのタイヤがあらぬ方向へ回転し、ありえぬ走行を開始する。

――バックである。

イスカリオテは、オートバイであるのにも関わらず、バックを開始したのだ。

急速にその場から離脱するイスカリオテ。

その直後、マルダーの砲塔が爆発し、火柱が、天へ、地へとのぼって、マルダーが炎上する。

衝撃波が真正面から北斗とイスカリオテを襲い、追い風となって北斗達の逃走を助ける。

安全圏内に逃れた北斗は、ようやくイスカリオテを停車させた。

 

「お前は最高のマシンだ」

 

呟いて、北斗は戦友の体を労わるようにして、何度も撫で摩った。

その度に、“ジュー”と、肉の焦げる嫌な音と臭いが漂う。

……本来ならば、車体を冷却するための風を吸い込むキャブレーターを逆噴射してバックしたイスカリオテは、それはほんの数秒であったが、その身に大きな負荷を与え、車体の表面温度はすでに100度を超えていた。

しかし、それでも北斗はイスカリオテを撫でるのをやめなかった。

やがて、イスカリオテから降りて、北斗はスタンドを立て、イスカリオテのエンジンを切った。

アイドリングがぴたりと止まり、静寂が訪れる。

北斗はイスカリオテのサイドボックスから備前長船五郎入道正光と、電磁ブレードを取り出し、ベルトに提げ、アーマライトAR−18を手に取った。予備弾倉は6本(120発分)。ちなみにブローニング・ハイパワーの弾数は、予備弾倉を含めて8本(104発分)である。

 

「少しだけ、待っていてくれ」

 

北斗は未だ熱を持った、傷だらけのイスカリオテのボディを撫でると、ゆっくりと歩き出した。

―――そう、コブラやマルダーとの戦いなど、所詮、前哨戦に過ぎない。

本当の戦いは、これからなのだ……

 

 

 

 

 

「あの……顔色が悪いようですけど……」

 

2度目にあの白人の男が来たとき、光は、彼の顔が土気色に染まっている事に気が付いた。

元来、そういうことは放っておけない……よく言えば、善人の彼女である。

相手が自分を軟禁していることも忘れ、彼女はそう訊いてしまっていた。

 

「ん? ああ……やはりそう見えるかい?」

 

男は力のない笑みを見せると、「実は……」と言って、軍服の胸ポケットから4つ折りの写真を取り出した。

「本当はいけないんだがね……」と言いつつ、光に写真を渡す。

手渡された写真を広げて見て、光の表情が、硬直した。

 

「この男のことで、少し頭を悩ませてしまってね」

 

光の表情の変化に気付かぬ男は、淡々と語ったが、光の耳に、もはやその言葉は届いていない。

写真には、ミラン対戦車ミサイルを、ブローニング・ハイパワーで撃ち落す北斗の、決定的瞬間が捉えられていた。

ヘルメットを外していることから、2輌目のマルダーに向かって突撃している最中を、カメラに捉えられたのだろう。

光の表情の変化に気付いた男が、怪訝な顔をする。

 

「どうかしたかね?」

「え、あ、い、いえ! なんでもありません!」

 

明らかに“なんでもなくない”様子の光の態度に、男はある確信を抱いた。

 

「知っているのかい? この男の正体を……」

「い、いえ! まったく、これっぽっちも! ただの赤の他人です」

 

……はっきり言って自爆してしまっている。

自爆してしまっているのだが、心優しい作者(北斗「どこがだ」)や、(少なくとも本人にとっては)紳士的な態度の男は何も言ってやらない。

 

「そうか……全然、まったく知らない人なのか……」

「は、はい、そうです」

「彼の名前も知らないのか……」

「ええ、当然」

「彼の職業も?」

「あ、当たり前じゃないですか」

「じゃあ、そのまったく知らない彼に対しての興味は?」

「これっぽっちもありません!」

「…………彼の女性遍歴を教えると言ったら?」

「是非、教えてください」

 

すかさず喪服のポケットからシステム手帳を取り出し、筆記の準備をする光。

そんな彼女を、男は訝しげな表情で見つめた。

その視線に気付いて、光は首を傾げたが、次の瞬間には自分が墓穴を掘っていることに気が付いた。

 

「……あ…………」

「……ふぅ」

 

男が深い溜め息をついた。

 

「知っているんだね?」

「あぅ……」

 

こうなってはもはや光になす術はない。

光は俯き加減に頷いた。

 

「彼は何者なんだい? ……いや、正体は言わなくてもいい。せめて、名前だけでも教えてくれないかね?」

 

一瞬、名前を偽って答える、という考えも浮かんだ。

しかし、相手はプロである。自分程度の嘘が通じるとは、到底、思えない。

光は、観念した。

 

「……闇舞北斗」

「……え?」

 

男が聞き返す。

その表情は、何か信じられないものを見るように、驚愕に染まっていた。

しかし、俯いたままにあった光は、男の表情の変化に気が付かない。

単純に白人である目の前の男が、日本人である北斗の名前を聞き取れなかっただけだろうと思って、彼女はもう一度、彼の名前を口にする。

 

「……闇舞北斗……です」

「そういう……ことか……!」

 

北斗の名前を聞いた途端、男の顔が修羅の如き形相へと変わった。明らかな怒りの感情を言葉の端々に孕ませて、呟く。

その形相は、先ほどまでのことを考えると、まるで別人であった。

さすがに光も不信に思い、顔を上げたが、すでにそこには男の姿はなく、男は門番に向かってドイツ語で叫んでいた。

 

「この場は俺に任せて、お前は司令室に行って伝えろ! 敵は……あの男は……」

 

男の言葉は、わずかながら震えていた。

それは男が、『闇舞北斗』という名に対して、どうしようもない畏れを抱いていることの証明でもあった。

 

「……敵は……SIDE〈イレイザー〉の〈壱番〉……闇舞北斗! 『killing gentleman』だ!」

 

 

 

 

 

……果たして、北斗はいつまで〈ショッカー〉の呪縛に囚われ続けなければならないのか……

 

 

 

 

 

『ダーク』の諜報員から連絡のあったヘリポートは、それなりの大きさのドリーネの窪地を平坦にし、地面をコンクリートで固めただけの、かなり杜撰な造りだった。

おそらく、夏目聖山の葬儀の話を聞きつけてから、急遽用意したものなのだろう。

それでも、AH−1Gコブラを飛ばすために必要な設備は一通り整えられており、そのあたりは流石、第一級の組織だと思わせる。

ヘリポートには、地下へと続く入り口があった。

重厚な鉄の扉に閉ざされたそこは、ウージー・サブ・マシンガンを携えた6人の警備員が守護していた。

北斗は、ドリーネの構造上の死角に身を潜めながら、ヘリポートの動静を窺っていた。

すでに自分がマルダーやコブラといった近代兵器を撃破したことは、敵に知れ渡っていることだろう。

当然、警備体制は強化されて然りであり、案の定、しばらくすると、警備員の数は倍の12人に増えていた。なんとしてでも、北斗をここで倒すつもりだ。

基地施設を防衛する場合、入り口でどれだけ相手を倒せるかは重要な問題である。

入り口以前で相手を全滅できればそれにこしたことはないし、全滅できなかったとしても、敵の戦力を8割倒せれば施設への被害は少ない。逆に、1割しか倒せなかった場合、色々な制約のかかる防衛という戦闘を完遂するのは難しい。

それを相手も熟知しているからこそ、彼らは気を抜かない。

そして北斗もまた、その重要性を知っていたからこそ、チャンスを待っていた。

1分…2分と、時間だけがいたずらに過ぎていく。

――と、そのときであった。

不意に、いくつもの軍靴の音が北斗の鼓膜を打ち、見ると、ヘリポートには新たに10人の武装した男達が現れていた。

武器はソビエト製、30連発AK47(カラシニコフ)……

防衛のためのサブ・マシンガンではない。攻撃のための、アサルト・ライフルである。

リーダーと思わしき男が、12人に何か話している。

聴覚を集中すると、会話の中に何度も、『SIDE〈イレイザー〉』、『killing gentleman』、『闇舞北斗』といった単語が出てくる。

北斗は、ついに敵側に自分の正体を知ったことを悟った。

悟ったのと同時に、会話している今こそが好機と、無音で立ち上がって、AR−18のトリガーを引き絞った。

北斗の20連発が唸りを上げ、10数人が、一瞬のうちに倒された。

AR−18が吠え、衝撃で北斗の全身が激しく震え、髪は乱れ、肩が軋む。

北斗の奇襲によって、あっという間に、17人が息絶えた。

 

「奴だ、殺せ!」

 

男がひとり、AK47を乱射しながら叫んだ。

AR−18が、カチッと音を鳴らす。弾切れだ。

北斗はAR−18を捨て、ブローニング・ハイパワーを引き抜いた。

 

“ドンドンドンドンドンッ!”

 

脅威の5連射が鳴り響き、全員が眉間を撃ち抜かれ、朽木の如く倒れていく。

騒ぎを聞きつけて、入り口からさらなる敵が現れた。

数は4人。

 

(残弾数8発……)

 

ブローニング・ハイパワーの残弾数を心の中で確認しながら、北斗はAR−18に新たな予備弾倉を叩き込む。

敵が、AK47を、ウージーを撃った。

北斗も、AR−18をフル・オートで撃つ。

秒速990メートルの超高速弾が、向かってくる男達をなぎ倒す。

北斗は、突撃した。

出入り口まで、一直線に駆け込む。

北斗は、床や壁、天井を鉄板で補強されただけの洞窟を、足音も立てず、風のように走った。

この走り方は、北斗が長い戦闘経験の中から編み出した、術であった。

道場稽古などから学んだ技ではない。実戦から編み出した、術である。

 

『猫のように立ち、雪豹の如く駆け、黒豹の一撃で倒す』

 

それこそが、北斗の戦いにおける精神であった。

さしずめ、今、北斗は雪豹の如く駆けているのだろう。

改造人間の能力をフルに発揮して駆ける今の北斗を止められる者は、誰もいない。

秒速を超える、ウージーの9mmルガー弾と、AK47の7.62mmラッシャン・ショート弾が、かろうじて彼の身を掠める程度だ。

その銃弾も、北斗がAR−18を撃つと、ほどなくして沈黙する。

洞窟は、まるで迷路のように通路が枝分かれていた。

その枝分かれした通路を、北斗は足の運ぶままに進む。正しいか、正しくないかは関係ない。

とりあえず、前に急ぐことだけを、考えていた。

いくらかも走らぬうちに、北斗の視界に、いくつもの、鉄の扉が入ってきた。

走りながら聴覚を研ぎ澄まし、それほど厚くない鉄の扉の向こう側の物音を探ってみる。

扉の向こう側は、繋がった広い部屋になっているようで、かなりの厳重な警備体制が敷かれているようだった。どの扉も、2〜4人の警備員が息を殺して、北斗の襲撃を待っているようである。

 

「…………」

 

北斗は、無言でいちばん警戒の薄い扉の前に立つと、ヒンジの部分を、渾身の力叩いた。

 

―――吼破・水月!

 

“バンッ!”

 

洞窟中に響くような炸裂音が鳴って、鋼鉄の扉が吹き飛ぶ。

まさか北斗が扉を破壊して入ってくるとは、思いもしなかったのだろう。警備兵達は、突然の出来事に呆気にとられ、トリガーを引くことも忘れていた。

北斗が、2人の警備兵に先制の一撃を撃つ。

ブローニング・ハイパワーが“ドンドンッ”と、2度脈打ち、スライドがピストンして、9mm特殊徹甲弾が2人の眉間に打ち込まれる。

その重低音に、意識を引き戻されたのか、兵士達が、慌ててAK47のトリガーを引いた。

――だが、もう遅い。

すでに北斗は部屋中に、所狭しと積み上げられた木の箱の陰に飛び込んでいた。

AK47の掃射が止む。

どうしたのかと、北斗がそっと木箱の隙間から中身を覗いてみると、なるほど、木の箱の中には大変な量の弾薬が詰められていた。

誘爆を恐れて、誰も撃ってこない。

警備兵達は、AK47の銃身に、銃剣を着剣した。

北斗も、AR−18を置いて、腰の、備前長船五郎入道正光の柄に手をのばす。

敵の数は……22人。

接近戦で片付けるには、いささか多勢である。

北斗は、正光を正眼に構えた。

 

「しゃあッ」

 

男のひとりが、裂帛の気合とともに挑みかかる。

闘牛を連想させるその突進は、さながら力士のようであった。そう考えると、どことなくモンゴロイドの顔立ちをしているようにも見える。

おそらくは、この男も元スポーツ選手なのだろう。

北斗は、冷静にそんなことを考えながら必殺の一撃を躱し、正光を男の額に叩きつけた。

刃は、叩きつけただけでは、相手を斬ることは叶わない。鍬打ち……つまり、引き斬る動作がなくては、意味がない。

しかし、北斗クラスの改造人間ならば、ただ叩きつけただけでも相手に甚大なダメージを与えることが出来る。

男の頭が、“グシャリ”と不吉な音を立てて潰れた。

それが合図であったかのように、一瞬にして5人の男が、北斗との間合いを詰めてくる。

間合いとは、一歩踏み込んで得物を振るえば、相手の体に得物が触れる距離のことだ。さしずめ、改造人間の瞬発力をフルに使った北斗の間合いは約10メートルといったところだろう。相手の間合いは、よく見積もって約4メートル。

この約6メートルの差こそが、互いの明暗を分ける。

北斗が、振り下ろした正光を、反動で振り上げ、再び動いた。

 

「ぎゃあッ」

 

男のひとりが叫ぶ。

見ると、男は手首を失っていた。手首がぶら下がったままのAK47が、床に落ちて、音を立てる。

手首を斬り落としたときには、北斗はすでに別の男の背後に回っていた。

必殺の踏み込みをせんとしていた男の背中を、強く蹴り飛ばす。

背骨の折れる音がして、その体は手首を失った男にぶつかった。重なり合うようにして倒れる2人。

間髪入れず、別の男が北斗に襲い掛かる。

必殺の刺突ではない。北斗の足を封じるための、斬撃だ。

北斗は、地を蹴って跳躍し、それを躱した。

それを狙いすましていたかのように、あとの2人が万有の法則に従って落下する北斗を突き刺そうと、銃剣を構える。

北斗は、咄嗟に電磁ブレードを引き抜いた。

電磁ブレードと正光を巧みに振るい、襲いくる2つの刃を払い除ける。必然的に前のめりになった2人の延髄に刃を叩きつけ、秒の速さで引き斬る。一拍の間をおいて、2人の首筋から、大量の鮮血が噴出した。

残ったひとりが、着地の瞬間を狙って、銃剣を突き出す。

電磁ブレードでそれを払い除け、北斗は、不自然な体勢ながらも、渾身の力で正光を振るった。

 

「ぐぇッ!」

 

断末魔の蛙のような悲鳴を上げて、男がガクリと膝を折り、首を折った。

北斗は跳び退き、再び、正眼の構えをとる。

残った16人は、茫然とその光景を眺めていた。

今、目の前で起きている出来事が、信じられない、といった様子である。

 

「……次は誰だ?」

 

ドスを孕んだ声で、北斗が言った。

その声に、男達が、一様にしてビクリと身を震わせる。そして、はっとしたように顔を見合わせた。その表情からは、明らかな躊躇が見てとれる。

 

「俺がやる」

 

後ろの方から、男がひとり、現れた。背の丈170センチほどの黒人である。小柄ながら、しっかりとした体つきをしており、目つきが鋭い。

北斗は、この男はあの組織の末端の男が言っていた、60年代後半にベトナムで戦ってきた元軍人ではないか、と予想した。

男は、AK47に銃剣を着剣していなかった。

あくまで、銃剣をナイフとして、使うつもりらしい。

男の銃剣を持っていないほうの手が、不意に、“パチン”と鳴った。いつの間にか、ジャック・ナイフを握っている。

男は、異様な構えを見せた。

右足を後ろへひいて、右手のナイフを、腰の後ろへと隠し、左手のナイフを顔の前に、真っ直ぐ立てる。

優美で、かつ凄みのある構えだった。

北斗は、正眼の構えから、八相の構えへと移った。

男から、並の者には感じられぬ、一種の気配を感じ取ったのである。

八双の構えをとりながら、北斗は“ジリッ”と、後退した。

2人の距離が、3・4メートルほどに広がる。

北斗にとっても、男にとっても、充分な間合いだった。

男が、何の予備動作もなしに、跳躍した。

一条の閃光が、北斗の顔面目掛けて飛来する。

北斗の八相が、変化無限の太刀を煌かせる。

―――稲妻が、走った。

閃光と化した刃がぶつかり、火花が散る。

 

「グッ!」

 

男の唇から、呻き声が漏れた。

手にしたバヨネットが砕け、破片が、男の眉間に深々と突き刺さる。

男が、左へ体を躱すやいなや、腰の後ろへ引いていた右手のジャック・ナイフで、北斗の下腹部を襲った。

正光を握る左手がバッと離れ、すかさず、男の手首を握り潰す。血管がプツリと切れ、骨がグシャリと砕け、肉が陥没する。

激痛が、男の身を襲った。

額からの痛みと、右手首の痛みが、男の意識をフッと遠のかせる。

だが、男は動くのをやめなかった。

男の足刀が、唸りを上げて、北斗の首を狙う。

北斗が、右手を捻って、男の脇腹を正光で斬り裂いた。

一拍おいて、鮮血が迸る。

今度こそ、男は絶叫した。

今しがたできたばかりの傷口を蹴って、北斗は男を突き飛ばす。

北斗は、再び正光を両手で握りしめ、正眼に構えた。

 

「まだ……やるか?」

 

挑発するように、北斗は言った。

それは今、戦っている男だけでなく、彼らの戦いを静観している15人……ひいては、『機動戦士S.T.』という巨大組織全体に対しての、最後通知だった。

 

「……返事がなければ、俺はやるぞ」

 

突き飛ばされた男が、のろのろと立ち上がる。

新たにもう一本、ジャック・ナイフを取り出して、無事な左手で構え、突撃する。

北斗の構えが、正眼から右脇構えへと移った。

男が、なりふり構わずジャック・ナイフを突き出す。

刹那、北斗は左足を一歩前へ踏み出し、一刀の下に、左肩へと振り下ろした。

ザックリと、左肩から大腸の辺りまでを一気に斬り裂かれた男は、ようやく沈黙した。

柳生新陰流の極意……『一刀両断』の、恐るべき威力であった。

 

「さて……どうする?」

 

北斗は愕然としてその光景を傍観していた15人に向けて、そう告げた。

15人は互いに顔を見合わせると、恐怖に引きつった表情のまま、絶叫を上げて、北斗に襲い掛かった。

 

「馬鹿者どもが……」

 

呟いて、北斗は正光を正眼に構えなおした。

 

 

 

 

 

戦いは北斗の圧倒的勝利に終わった。

15人全員を一刀の下に斬り捨てた北斗は、恐るべき正光の切れ味に感嘆の思いを馳せながら、名刀の手入れを行っていた。

持ってきたミネラルウォーターで血の汚れを清め、錆を防ぐために柔らかいティッシュペーパーで丹念に刃を拭う。

この状況下ではそれが限界だったが、それだけでも、正光は元の輝きを充分に取り戻していた。

北斗は、弾薬庫の高い天井に取り付けられた申し訳程度の照明に正光をかざした。

改造人間の視力を持ってして、舐めるように見てみたが、ミクロのレベルはともかくとして、刃こぼれ一つしていない。信じられないほどである。

どれほどの名刀であっても、一度打ち合えば、刃こぼれは生じるものである。

5・6人ほどの人間を骨まで斬れば、刃がボロボロになるのは必至である。

 

「恐るべきは備前の技術か……」

 

苦笑しながら呟いて、北斗は正光を鞘へと納めた。

AR−18を持ち直し、扉の方へと歩き出す。

先ほど自分が破壊した扉からは外に出ない。

出た瞬間に、何千発もの銃弾にやってこられては、さしもの北斗も勝ち目はない。

北斗は、扉にもたれかかりながら、そっと耳を当てた。

―――敵の気配は……ない。

それでも、北斗は慎重に、そっと静かに扉を開けた。

銃弾の出迎えの代わりに、シンとした静寂があった。冷気に似た静寂である。

そっと扉を閉めて、しばらく歩いてみても、静寂は続いた。

北斗はむしろ、その静寂に悪寒を覚えた。だが、北斗に許された選択肢は、そう多くはない。

北斗は、構わず突き進んだ。

しばらく突き進むと、北斗の目の前に、また、鉄の扉が現れた。

先刻の扉のように側面に取り付けられた扉ではなく、どうやらここが行き止まりらしい。

北斗は、そっと耳を扉に当てた。それほど重要な部屋ではないのか、弾薬庫のものほど、扉は厚くない。

扉の向こう側からは、人の気配は感じられなかった。

そっと扉を開くと、やはり誰もおらず、ここから別の場所に続く通路もない。

北斗は、ゆっくりと暗い室内を見回した。

―――そこは資材置き場だった。

この基地を建造する際に用いた資材の余り、そして、今回の作戦に用いた資材を備蓄しているのだろう。

所狭しと積み上げられたダンボール箱や木箱は、今にも崩れそうである。

北斗は、もうこの部屋に用はないとばかりに、踵を返す。

――と、不意に、部屋から出ようとした北斗の足の動きが止まった。

鉄の扉越しには見つけられなかった、何か不信なものでも発見したのだろうか? ぐるりと首だけを動かして室内を再び、今度は舐めるようにじっくりと見回すと、彼は忌々しげに唇を歪めた。

 

「部屋に入るまで……いや、部屋に入ってからしばらくいても俺に気配を知らせないとは……よほどの強者と見た。だが、俺に対してその殺気を向けるのはこれっきりにしろ。次に、俺に牙を剥けるようなことがあれば、容赦しない」

 

何もない空間に向かって、まるで独り言のように北斗は呟いた。

だが、その言葉の端々には、見えない何者かを威嚇しているような態度が見てとれる。

すべての言葉を吐き出すと、北斗は今度こそ用済みといった様子で、部屋を跡にした。

 

 

 

 

 

北斗が資材置き場から立ち去って数分後……

乱雑に積み上げられた箱の陰から、その男は出てきた。

 

「ふぅ……息まで止めて、完璧に気配を消していたと思ったんだがね……さすがは『世界を変えうる3人の男』のひとりといったところかな」

 

訛りのない綺麗な英語で呟く男は、長身の白人であった。白いスーツをりゅうと着こなし、暗い洞窟内にも関わらず、サングラスをかけている。

どことなく、北斗と雰囲気が似ていた。

年齢は北斗よりも少しだけ年上のようだが、がっしりとした体つきも、身長も、北斗に似ており、サングラスをかけた顔は精悍そのものである。

 

「さて……私もそろそろ動き出すか」

 

呟いて、男はスーツの下に手を突っ込めると、肩から下げたショルダーホルスターより、一丁の中型自動拳銃を抜き、スライドを引いた。

男の掌にすっぽりと納まっているその拳銃は、ワルサーPPK。

名銃……ワルサーP38を開発したドイツ・ワルサー社が、警察用拳銃として開発、製造した良銃である。

32口径の弾丸を8発装填するこの拳銃は、その申し分ない性能から、販売開始後、80年以上(2005年現在も含めて)にわたって、ワルサー社の売れ筋商品となっている。

また、高性能にも関わらず、全長148ミリ、重量570グラムとコンパクトなサイズも、魅力のひとつだ。

男は初弾を機関部に装填したワルサーPPKを持ったままそっと部屋を出ると、北斗の跡を追った。

 

 

 

 

 

「厄介な……」

 

元来た道を引き返して、あの分岐点まで戻ってきた北斗の、開口一番の台詞はそれだった。

呟きが洞窟の奥へと吸い込まれ、反響する。

その瞬間、30以上の銃声が轟然と鳴り響き、北斗の足元まで銃弾が降り注いだ。

……北斗は今、あの分岐点の通路の陰に身を潜めていた。

何故、先に進まないかといえば、北斗が間違えた道を進んでいる最中に集結したと思わしき兵士達が、通路一杯に広がり、陣取っていたからだ。この陣形は、北斗に回避の余地など与えないほどに、高密度の弾幕を張り巡らす事が出来る。

北斗がちょっとでも喋ったり、物音を発てれば途端に彼らのAK47は咆哮し、銃弾を撒き散らす。

改造人間である北斗は、例え急所に命中したとしても、それが眉間でない限り、1発や2発の弾丸では致命傷にはならない。

しかし、相手の兵士の数は30人以上……

下手に動けば、900発以上の弾丸が北斗の全身を襲う可能性がある。そして、そうなってしまえば、たとえ死なないにしても北斗は行動不能に陥り、そこに更なる銃弾を撃ち込まれ、結果的に待っている未来は“死”以外の何者でもない。予知能力を使わずとも、おのずと予想のつく未来である。

かといって、北斗が動かなければ、相手も動かない……

戦いは膠着状態に陥っていた。

……だが、いつまでもこうして沈黙を続けているわけにもいかない。

いつかはどちらかが動いて、勝敗を決さねばならない……

北斗は、動いた。

足元に落ちていた石ころを投げると、直後、この世の終わりを思わせるような幾重もの銃声が、投げた石ころに注がれる。

その一瞬……コンマ1秒にも満たないわずかな瞬間ではあったが、その瞬間だけは、全ての銃口は石ころに向けられていた。

北斗は、通路から飛び出すと、AR−18をフル・オートで撃った。

5.56mm×45の小口径高速弾が、空気との摩擦で静電気の火花を発しながら、兵士達に集中する。

鳴り響く悲鳴。弾丸を直接その身に受けずとも、別の者の体を貫通した弾丸が、その身を引き裂く。

どっと重なり合うように倒れる兵士達。

中には無事な者も居るのだろう。

しかし、反動で吹き飛ばされた同胞の体は、万有の法則に従って倒れこみ、彼らの動きを阻害する。

陣形が……乱れた。

AR−18が弾切れの合図を鳴らし、北斗はブローニング・ハイパワーを引き抜く。

機関部が、スライドが、激しくピストンし、9mm特殊徹甲弾とともに、金色に輝く空薬莢を排出する。

あっという間に、ブローニング・ハイパワーに装填された13発が底をついた。

 

(残り3人……)

 

死体の下敷きとなって、戦力を発揮できずにいる者を含めれば8人である。

北斗は、ブローニング・ハイパワーの弾倉を交換せず、地を蹴り、いまだ健在の3人に襲い掛かった。

接近戦で、仕留める気だ。

ブローニング・ハイパワーの予備弾倉5本(弾丸65発分)。AR−18の予備弾倉3本(弾丸60発分)。

弾丸はまだ充分あったが、マガジンを交換するのに要する時間を、北斗は惜しんだのだ。

全身の筋肉を躍動させ、跳び上がった北斗の拳は、落下の加速度と相乗効果を示し、凄まじいエネルギーを生み出す。

北斗の拳が、真正面でAK47を構える男の額を打った。

男の首が、まるで鋭い刃で切断されたように、宙を舞う。

そのまま北斗は、左足を軸足に、背後にいる男に向かって強烈なラウンドハイ・キックを炸裂!

鳩尾にめり込んだ足は肉体を貫き、男の内臓を掻き回す。

あっという間に2人の敵を仕留めると、北斗は、最後の1人……もっとも遠く、離れた位置からAK47を掃射する男に向かって、より速く……より遠い……必殺の一撃を、繰り出した。

 

「吼破・水月―――!」

 

黒豹の牙が、最速の一撃が、3メートルは離れていた距離を一気に詰め、男の体に爆発する。

AK47の連射がやんだ。弾が切れたわけでは、ない。

北斗は、沈黙したAK47を取り上げると、男の鳩尾にめり込んだ拳を引き抜いた。

“ドサリ……”という音がして、男の体が倒れる。

北斗は、AK47に10発以上の弾丸が残っているのを確認すると、射撃スイッチを操作し、セミ・オートで、死体の山に埋もれ、這い出そうともがく5人に向かってトリガーを引いた。

 

“ヴララララランッ!”

 

銃口から飛び出した7.62mmラッシャン・ショート弾は、堆積する死体の体すらも貫いて、さらにその下にいる男達の体を貫く。

全弾が急所を狙った必殺の弾丸……

死体という壁のために、弾丸はかなりのエネルギーを失ってしまったが、命中した箇所が箇所だけに、5人はすぐに沈黙した。同時に、AK47が“カチッ”と、乾いた音を鳴らす。

北斗はAK47を投げ捨てた。

眼下に広がる紅の海と肉塊の陸をチラリと一瞥して、彼は囁くように呟く。

 

「……これで、何人だ?」

 

ここに至るまでに倒してきた人数は、ゆうに100人はくだらないだろう。

仮に、この前線基地に『機動戦士S.T.』東京支部の人間が全員揃っていたとしても、この数字はかなりの戦力を減らしたことになる。

その場にいた30人以上の敵の生死を確認すると、北斗は先ほど放り投げたブローニング・ハイパワーとAR−18を拾い上げ、それぞれの予備弾倉を装填した。

全身を苛む灼熱の痛みを堪えながら、ブローニング・ハイパワーのスライドを引き、初弾を機関部に送り込む。

全ての工程を終えて、北斗の周囲を、静寂が包んだ。

……しかしやがて、その静寂はいくつもの軍靴の音により、破られる。

銃声がやんだことを不信に思った敵が何人か、確認のためにやってきたのだろう。

 

「6人か……」

 

接近する軍靴の音から人数を割り出すと、北斗は迎撃の姿勢をとった。

死体の山を掻き分け、人一人が座れるスペースをつくると、そこに右膝を着け、ゆっくりと両腕を突き出し、ブローニング・ハイパワーを構える。

軍靴の音が、段々と近付いてきた。

それと同時に、通路の奥の暗闇に、自然のものとは異なった黒点を発揮する。

黒点は次第に大きくなり、ついには人の形をとった。

刹那、ブローニング・ハイパワーは咆哮した。

 

“ドンドンドンドンドンドンッ!”

 

黄金の人差し指がトリガーに命を賭け、重低音と衝撃波を叩き出す銃口が、左から右へと旋回し、強烈な連射反動を吸収して、肩胛骨が激しくピッチング。

6発の9mm特殊徹甲弾が空気を裂き、遠くの黒点に吸い込まれていく。

数瞬の後、オレンジ色の光が、北斗の視界をよぎった。

マズルフラッシュだ!

銃口の数は、1つ……

 

(……一人しくじったか!)

 

己が射撃の腕前に内心で毒づきながら、北斗は、襲いくる7.62mmラッシャン・ショート弾を躱す。

……否、違った。

音速を上回るスピードで飛来する弾丸の正体は、たしかに7.62mm口径ではあるものの、ラッシャン・ショート弾とは似ても似つかぬ弾丸であった。

―――308NATO弾(7.62mm×51)。

その名が示すように、NATO正式のライフル弾である。

同じ7.62mm口径でも、ワルシャワ条約機構制式のラッシャン・ショートより、初速で秒速120メートルも速く、威力も高い。

北斗は、突如襲ってきた308NATO弾の奇襲を躱すと、先ほどまで自分が隠れていた物陰に再び移動しようと、地を蹴った。

その瞬間、北斗の鼓膜を、遠くの方から“ガチンッ”という金属音が打つ。

 

(ボルトアクション式か……!)

 

跳んでしばらく経って、北斗は(しまった)と後悔した。

現代のライフルのほとんどは、弾丸の装填方法を手動のボルトアクション方式か、自動のセミオートマチック方式のどちらかを採用している。

前者は狙撃銃に多く、後者は自動ライフル、突撃ライフル多い。

北斗は、相手が普通の人間にも関わらず、この暗闇の中、正確な射撃をしてきたことから、暗視スコープを装備したボルトアクション式の狙撃銃を使っているのではないか、と推測した。

ボルトアクション式の利点は、手動装填、手動排莢を行なうことで、セミオートマチック式に比べて、発射弾薬の爆発エネルギーを発射自体に集中できるため、命中精度の著しい好影響を与える、ということに尽きる。

複数の標的を、それもほぼ同時に狙うのならばともかく、単一の標的を狙う分には、ボルトアクション式ほど適した狙撃銃はないだろう。

北斗の視界で、2発目のマズルフラッシュが煌いた。

銃口を離れた308NATO弾が、音速の2倍以上の速さで、飛来する。

跳躍し、滞空中ゆえに動きのとれない北斗は、咄嗟に、ブローニング・ハイパワーを構えた。

 

「相対距離約80メートル……」

 

トリガーにかかる人差し指に、力が籠もる。

“ドンドンッ”と、重低音をひっさげて、2発の9mm特殊徹甲弾が牙を剥いた。

空中で交差する、3発の弾丸。

308NATO弾が、物凄い速さで北斗の眼前に迫る。

目をつぶりたい衝動を抑えながら、北斗は、常に狙撃主の姿を視界に捉えようと、視線を動かした。

2発の弾丸が、狙撃主の顔を捉える。

舞い散る赤い噴水!

額と顔面中央に9mm特殊徹甲弾を撃ち込まれ、狙撃主の首から上が、石榴のように破裂する。

北斗は、口元にフッと冷笑を浮かべた。勝利を確信した、笑みだった。

……しかし、彼の笑みはそこまでだった。

直後、彼の右眼に激痛が走った。

 

「ぐああああああっ!!」

 

絶叫する北斗。

洞窟中に響かんばかりのその声は、まるでこの世の終わりを暗示しているかのようである。

すぐさま、ナノマシンがその痛みを和らげようと、麻酔効果を発動させる。

急速に襲ってきた痛みは、急速に引いていった。

だが、北斗の絶叫は止まらない。

最初の痛みが、尾を引いているのだ。

北斗ほどの精神力の持ち主をして、叫ばずにはいられない痛み……それは一体、いかなるものなのか?

……北斗の右眼は、完全に潰れていた。大量の血が、頬を伝う。

人間の体の中で、ある意味最も脆弱な部位……目。それは改造人間になっても、基本的に変わることはない。

すでにナノマシンの治療は始まっていたが、このデリケートな器官を修復するためには、最低でも5時間は必要であった。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

ようやく叫ぶのを抑え、北斗は無事な左眼を開け、自分の両手を見た。

そして彼は、いまだ尾を引く痛みに顔をしかめながら、右腕を肩と同じ高さに水平に上げ、手首を振ってみた。

 

「まずい……」

 

北斗の表情が、愕然としたものに変わった。

潰れた右眼は、方と同じ高さに上げた右手の動きを、まったく捉えてはいなかった。

右眼は、正常な視界の90%以上を失っていた。

重武装の巨大犯罪集団を敵に回し、あまつさえその前線基地に侵入している今の彼にとって、この隻眼のハンディはあまりにも大きすぎる。左手の視野に飛び込んだ敵には対応できても、右手の方角で動く敵の様子が、つかめない。

なまじ左眼が見えているだけに、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、気配を読むでは、カバーしきれそうになかった。

唯一、幸いだったのは、北斗の利き腕が左手だったことだろう。

気休め程度の、幸運ではあったが……

北斗は、眼球を潰されたときの、あまりの衝撃に思わず落としてしまったブローニング・ハイパワーを拾い上げた。

 

(残弾数5発……)

 

一緒にAR−18も拾い上げると、北斗はわずかな照明を浴びてギラリと光る隻眼を、洞窟の奥へと向ける。

右眼の視力を失っても、右腕が動く限り、北斗は戦い続けるつもりだった。

己が半身を、助け出すために……

彼は、大胆にも通路のど真ん中を歩き始めた。

右目の視界を失ったとはいえ、こうして真ん中を歩いた方が視界は広いし、咄嗟の事態に素早く対応出来る。そう判断した上の、行動だった。

北斗は、しばらくは周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩いていたが、100メートルほど進んだところで、不意に立ち止まった。

100メートル先で、敵の気配を、感じ取ったのだ。かすかに聞こえる呼吸音を、聞き取ったのである。

さらに警戒を強めて歩くと、左眼が、敵の姿を捉えた。

 

「5人か……」

 

ブローニング・ハイパワーの残弾、ギリギリで倒せる計算である。

独眼龍となった北斗は、唯一見える左眼にエネルギーを集中した。

5人の敵とその周りの景色が、段々と明確になってきた。

どうやら5人は、門番のようである。向かって右側の壁に分厚い鉄の扉が取り付けられており、5人は扉を守るように陣取っていた。

敵の武装は……すべてウージー・サブ・マシンガンだ。

北斗は、意を決して歩き出した。いつになく慎重な北斗である。

先刻のような撃ち漏らしを二度と引き起こさないためにも、もう少し距離を縮めておきたかったのだ。もしあのとき、6人目を撃ち漏らすことなく射止めていれば、右眼を潰されることもなかったのだから……

とはいえ、すでに自分もウージーの射程内にいる身である。

接近は、慎重に行わねばならない。

北斗は、相手の有視界を約30メートルと見積もって、相手との距離が40メートルほどまで縮まったところで、立ち止まった。

左手のブローニング・ハイパワーをゆっくりと構え、照準を合わせる。

――と、そのときだった。

この距離まで接近して、初めて、扉の向こう側の声が、少しだけ聞こえてきた。

その、聞き慣れた声が、北斗の鼓膜を静かに打つ。

まぎれもない……間違えようもない、己が半身の声……

光の声だった。

北斗は、すべてを悟った。

あの5人が守っている扉の向こう側に、彼女がいる。

そう思った瞬間、北斗はトリガーを引き絞っていた。

 

“ドンドンドンドンドンッ!”

 

壮絶なる5連射が、荒波の如く押し寄せ、5人の武装した兵士に命中!

崩れ落ちる5人の武装兵士。

直後、鉄の重々しい扉が勢いよく開き、中から、6人の兵士が現れた。

どうやら、北斗がここまで突破してくると睨んで、待ち伏せていたのだろう。

6人は、先の5人とは違い、2人がAK47を、3人がウージーを、そして1人が、ドイツ・モーゼル社製の狙撃用ボルト・アクション・ライフル……『モーゼル・モデル66SP』という、バラバラの装備をしていた。

敵の銃撃が始まるよりも早く、北斗のAR−18がけたましく火を噴く。

1分間に800発という高速連射が煌き、前衛の2人……AK47を持った2人が仰け反るように倒れる。

直後、敵のウージーが、モーゼルが、反撃の炎を銃口から放つ。

ばら撒かれた弾丸の何発かが、通路のど真ん中から右へ跳んだ北斗の体を擦過する。

北斗は、右手のAR−18を左手に持ち替え、セミ・オートで撃った。

銃口が左から右に移動し、ウージーの3人が倒れる。

モーゼルSp66が次弾を装填し、北斗を撃った。弾丸が北斗の脇腹の肉を抉る。暗がりの中にして、正確な射撃である。

北斗は次の弾は装填させないとばかりに、40メートル隔てた距離を、一気に詰めようと走った。無論、その間にもAR−18の容赦ない射撃は続ける。

モーゼルの男が、光達が軟禁されていると思われる鉄の扉を開け、AR−18の銃撃を防いだ。舌打ちする北斗。

北斗は、射撃で相手を射止めるのを諦め、接近戦で倒すべく電磁ブレードを引き抜いた。

正光を抜かなかったのは、片手だけで戦うならば、刃渡りの短いブレードの方が扱いやすかったからである。

敵は、北斗が銃撃戦を諦めたと悟ると、鉄の扉を閉め、足元に転がっている仲間の死体からAK47を奪い取り、銃口を北斗に向けた。

フル・オートの射撃が、北斗を襲う。

その中を全速力で駆け抜け、潜り抜ける北斗。何発かがその身を掠り、肉を抉っていったが、致命傷にはならなかった。

30連発AK47が、弾の放出をやめた。

敵が、慌てたようにAK47を放り投げ、足元のモーゼルを拾い上げる。

その無防備な一瞬を、見逃す北斗ではない。彼は、一気に加速して、敵に迫った。電磁ブレードに、稲妻が走る。

敵が、モーゼルに次弾を装填する。

北斗が、ブレードを振り上げる。

モーゼルの銃口が北斗に向けられた刹那、その銃身を、北斗の電磁ブレードがズブズブと切り裂いた。

 

「ッ!?」

 

敵の表情が、驚愕に染まる。

構わず、北斗は無表情にブレードを引いた。

鋼鉄の銃身が、木製のフレームが、まるで飴細工のように溶け、燃え、切り裂かれていく。

全長1メートルを超えるモーゼルが、真っ二つに割れた。

北斗が、そのままブレードの軌道を変え、相手の喉元へともっていく。

―――閃光が、煌いた。

少なくとも、死ぬ間際の敵には、そう見えた。

自分の喉元に迫り、触れ、肌を滑るように閃く、銀色の刃……

それが閃光と言わずして、なんと言えよう。

男は、断末魔の絶叫を上げる間も与えられず、絶命した。

一拍置いて、噴出する鮮血。

北斗は、返り血すら浴びずにブレードをホルスターにしまった。

 

 

 

 

 

“ドンドンッ!”

“バララララララッ! バララララララッ!”

“ドンドンドンッ!”

“ガァァァアアンッ! ガァァァアアンッ!”

“ヴァラララランッ! ヴァラララランッ!”

 

洞窟中に反響し、響き渡る銃声。

分厚い鉄の扉を挟んでなお聞こえてくるその音に、光は怯え、震えていた。

頭に浮かぶのは、北斗のこと……

彼の生きている世界は理解しているつもりだし、親指大の弾丸で人が死ぬことも、知識として知ってはいる。

しかし、実際に知識として知るのと、体験して知るのとでは大きく違い……狂気の銃声が轟くたび、光は北斗の安否が気がかりでならなかった。

なまじ耳だけが聞こえて、目でその様子を見れないことも、彼女の不安を煽る材料になっている。音だけが聞こえても、誰がその音を発し、誰が撃たれたかまでは、分からないのだ。

常人ならば、すでに不安で身も心も押し潰されているようなこの状況下で、平静を保っていられるのは、ひとえに彼女がひとりではない、という安心感が手伝っていたからであろう。

 

「心配ですか?」

 

静かに部屋の隅に座り、俯き加減にじっと鉄の扉を眺める光に、バリトンを孕んだ初老の男の声がかけられる。

エーテルの眠りからいち早く目覚めた、内閣官房長官……国枝久雄であった。

どういうわけか他の12人よりも早く目覚めた国枝は、すでに光から事情を聞いて、“闇舞北斗”なる人物が自分達を救出するために動いていることを知った。

同時に、彼女がその“闇舞北斗”に対し、並々ならぬ恋情を抱いていることも……

 

「少しだけ……」

「安心してください。銃声が聞こえるということは、その“闇舞北斗”という人物がまだ死んでいないことの証明でもあるのですから」

「それは……分かってるんですけど……」

 

頭では理解できても、どうしようもならないことだってある。

いくらこの銃声が彼の生存を教えてくれる音とはいえ、銃声はあくまで銃声……決して、福音の鐘に聞こえることはない。いつ途切れるかも分からないし、その音自体が狂気の音なのだ。それに、その狂気の音がいつ自分に向かってくるかも、分からない。

やはり、姿が見れないと、どうしようもなく不安になってしまう。

 

「今は、信じて待つことですよ」

 

国枝は光を元気付けるように言った。

光のことを、心の底から心配しているようである。

彼女を見る視線には、娘の身を案じる親の、慈愛の気配があった。

今年で62歳になる国枝に、子供はいない。

戦時中、関東軍の兵士として満州にいた彼は、現地で朝鮮人の女性と恋に落ち、愛を育んだが、戦争が終結して、双方の民族は彼らが結ばれることをよしとしなかった。

心ならずも引き離されてしまった2人……国枝は戦時裁判が終わってすぐにでも朝鮮へ飛ぼうとした。

しかし、それと前後して起きてしまった朝鮮戦争が、国枝の朝鮮行きを阻んだ。

彼女の訃報が国枝の耳に届いたのは、朝鮮戦争が終わって4年経った後である。

以来、国枝は身内から何度勧められても、頑なに独身を守り通してきた。

子供のいない国枝だからこそ、親子ほどに歳の離れた光を、わが娘のように思えるのだろう。

 

「厳しいことを言うようですが、今の我々には何も出来ない……外には見張りが5人もいるし、部屋の中にも……」

 

そう言って、国枝が顎をしゃくった先には、ウージーとAK47、そしてモーゼルSp66で武装した6人の兵士が、じっと息を潜めて立っていた。

おそらくは、北斗がここまでやってくると踏んで、待ち伏せているのだろう。

 

「……6人もいる。到底、私達が勝てる相手ではありませんし、こちらはまだ11人も眠ったまま……実際、今の我々に出来る事と言えば、その、“闇舞北斗”なる人物の無事を祈りながら、救助を待つことぐらいなんです」

 

最後に「話はそれからです」と付け加えて、国枝は神妙に言い放った。

光が、俯きながらもか細い声で「はい……」と答える。

国枝は、そろそろ限界かもしれないな、と思った。

内閣官房長官である彼は、必然的に防衛庁の長官や幕僚、その他海外の高官と会う機会が多く、太いパイプラインを持っている。

そういった人々との会話の中で、“闇舞北斗”の名は何度が耳にしていた。

『世界を変えうる3人の男』……“闇舞北斗”……

世界中の情報機関が彼の名を知り、素性を知りながら、手を出せないでいる相手……

彼の手に掛かれば、CIA(アメリカ中央情報局)もKGB(ソ連軍国家保安委員会)も、赤子同然に過ぎないとさえ言われている。

国枝は、おそらく光の言う“闇舞北斗”なる人物は、件の彼だと確信していた。

だからこそ、彼は会ったこともないその人物を『信じて待つ』ことができたし、だからこそ、光の不安も理解できた。

世界中の情報機関が手を出せない……ということは、北斗がそれほどの力を持っているからに他ならない。どの組織も、彼に手を出すことで自分達にも及ぶ被害を懸念して、手が出せないのだ。

ならば、北斗から攻めてきたり、心ならずも彼に戦いを吹っかけてしまい……結果的に、交戦状態に陥ってしまった場合、相手はどうするか……?

 

(全力で挑んでくるだろう。自分達が、生き延びるために……)

 

それほどの抵抗を、北斗は受けているのだ。

いかに彼を知り、彼に全幅の信頼を寄せていたとしても、『万が一』という言葉が、頭から離れることはない。

北斗の人柄を知り、その戦闘能力に関してはまったく聞かされていない光などは、なおのこと、『万が一』が『十分の一』に見えて……不安だった。

そしてその不安は、彼女の神経を、彼女の知らないところで確実に磨り減らしていった。

この状況があと一時間続けば、神経衰弱に陥りかねない。

 

「闇舞先生……」

 

国枝は、せめてその“闇舞北斗”なる人物が、彼女の前に姿を現せてくれればと、思った。

多くの人を助けるべき立場にある内閣官房長官の自分が、たった一人に対して、何もしてやることが出来ないのが、悲しかった。

異変が生じたのは、そのときであった。

先ほどまで日常的に聞こえていた銃声がふと止んだかと思うと、かなり近いところで、“ドンドンドンドンドンッ!”と、5つ炸裂し、直後、断続的に男達の悲鳴があがった。

 

『ぎゃあっ!』

 

その声を聞いて、一瞬2人の体が硬直する。

悲鳴は、扉のすぐ外から聞こえてきた。

部屋の中にいた6人が、顔を見合わせ、勢いよく扉を開いて外に出て行く。

刹那、再び2発の銃声が鳴った。

それに呼応するかのように、2人分の悲鳴があがる。

国枝は、まさかと思って立ち上がった。

しかし、歩き出そうとした一歩は、間近で銃声が鳴っているという緊張のためか、踏み出せなかった。

また銃声が鳴る。

また、悲鳴が轟く。

 

“バタンッ!”

 

不意に、鉄の扉が勢いよく開いた。

一瞬だけ、外の光景が光と国枝の視界に入る。

開かれた鉄の扉の後ろに、先ほどまで部屋の中でモーゼルを抱えていた男が回り込んだ。どうやら、鉄の扉を盾に使うつもりらしい。

このとき、光と国枝はついに北斗がここまで来たことを悟った。

 

“キィンッ!キィンッ!キィンッ!”

 

高速で金属と金属のぶつかり合う音!

案の定、扉を盾に使ったのだ。銃声は、それっきりだった。

勢いよく開け放たれた扉が、再び勢いよく閉まる。

扉の向こうから、断続的な銃声が鳴り響く。

光と国枝の間で、言葉では表せぬような緊張が走る。

なおも鳴り続ける銃声。

しかしそれは、3秒ほど続いて、唐突に止んでしまった。どうやら、どちらかが弾切れを起こしてしまったらしい。

……そして、しばらく待ってみても、次の銃声は鳴り響かなかった。

どうやら、ここでの戦闘は終わったらしい。

狂気の銃声が聞こえなくなって、ほっと安堵の息をつく傍ら、光はどちらが勝ったのか、気にせずにはいられなかった。そして、それは国枝も同じである。

もし、次にこの鉄の扉を開けて、入ってくるのが闇舞北斗ではなかったら……

国枝は、震える己が両脚を拳で叩いて檄を入れると、光を守るように、彼女の前へと立った。

やがて、分厚い鉄の扉に手のかかる音がして、ゆっくりと、重苦しいそれは開いていく。

室内の薄暗い照明と、通路側のやはり薄暗い照明とが、通路と部屋の境界上で交差して、妙な逆光をつくる。

そしてとうとう、完全に扉が開ききった。

そこに立っていたのは――――

 

「……よかった。探しましたよ」

 

―――闇舞北斗、その人であった。

 

 

 

 

 

「闇舞、先生……?」

 

扉を開けて最初に俺を迎えたのは、夏目先生の震える声だった。

通路側とさして変わらぬ明るさの軟禁室に一歩踏み込むと、国枝官房長官に守られる形で立っている、彼女の姿が視界に入ってくる。

刹那、隻眼に改造人間としての全機能を集中させて、俺は彼女を観た。

可視光線レベル…………異常なし。

赤外線レベル…………異常なし。

X線レントゲンレベル…………異常なし。

…………よかった。特に際立った外傷はない。

夏目先生の安否を確認して、ほっと胸をなでおろす――と、同時に、急速に肩の力が抜けていくのを感じた。

張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れ、あやうく、右手の20連発突撃銃を、手放しそうになる。

慌ててAR−18を抱え上げ、俺は暗い室内を見回して、状況の確認をしようと……したところで、思わぬ奇襲を受けた。

 

「……っ!?」

 

視界の隅で黒い影が動いたかと思った刹那、その黒い影……夏目先生が、俺の胸に飛び込んできたのだ。

備考をくすぐる甘い香りとともにのしかかってくる、柔らかな衝撃。

今度こそAR−18を落としてしまった俺は、しかし、その手を黒塗りの凶器に伸ばそうとはしなかった。

……のばすことが、出来なかった。

 

「よかったぁ…本当によかったぁ……」

 

改造人間の俺が触れただけで折れてしまいそうなほど細い両腕を背中に回し、抱き寄せてくる。

顔を俺の胸に埋め、くぐもった涙声で、言葉を紡いでいく。

 

「闇舞先生だぁ……動いてる……生きてる……温かい……温かいよぉ……」

 

何度も、何度も、その細い指で、俺がここにいることを確かめるように、夏目先生は俺の背中をなでさすった。

何度も…何度も……

 

「……やめてください、夏目先生。先生が汚れてしまいます」

 

今日だけで、どれほどの血を流し、浴びてきただろうか?

今日だけで、どれほどの命をその背に背負ってきただろうか?

心身ともに穢れきっている今の俺が触れれば、夏目先生まで汚れてしまう。

俺は夏目先生のことを思いやって言ったつもりだった。

しかし、彼女は―――

 

「……嫌です」

 

彼女はそう呟いて、俺を抱きしめる両腕に、いっそう力を篭めてくる。

 

「心配しました。闇舞先生が……北斗が、私の知らない間にいなくなっちゃうんじゃないかって……本当に、心配したんだから……!」

「光……」

「北斗が言ったのよ。私は自分の半身だって。だったら、少しぐらい我が侭を言わせて。……もう少しだけ、こうさせて。……もう少しだけ、あなたを感じさせて……」

「…………」

 

俺は無言で背中に回した両手に力を篭め、夏目先生……光を力強く抱き締めた。

―――そうして、どれほどの時間が経っただろう?

5分か……それとも、5時間か……そう錯覚させるほどの、辛さと…喜びの両方が混沌とした時間が経過し、光はゆっくりと落ち着きを取り戻していった。

呼吸が規則正ししものとなり、嗚咽が少しずつ小さくなっていく。

やがて彼女は、俺に体重を預けたまま、静かに口を開いた。

 

「……ごめんなさい。私、取り乱してしまって」

 

俺の胸に顔を押し付けているせいか、ややくぐもった声。しかし、その声は先程よりいくらか落ち着いている。

とりあえずは、一安心……といったところだろう。

 

「いえ、構いません……」

 

俺は彼女の背中に回した両腕から、少しずつ力を緩めてやった。

すると光も、ゆっくりと手を解き、俺から体を離して、涙で濡れた顔を上げる。

――と、突如としてその表情が蒼白となった。

一体、何が起こったのか、光の顔色はなく、口をぱくぱくとさせながら、未だ潤んでいる瞳は、ある一点を捉えて離さなかった。

俺はその視線の先を追って、はたと気付く。

彼女の視線の先にあるもの……それは―――

 

「北斗……その眼…………!?」

 

―――俺の、失われた右眼だった。

それまでは暗い照明のため見えなかったのだろう。

しかし、ここまで接近してしまったことにより、彼女は、見なくてもよいものを見てしまったのだ。思わず、自分の迂闊さを呪う。

だが、見られてしまったものは仕方がない。

俺は口を覆う光を、なるべく刺激しないように唇を動かした。

 

「大丈夫ですよ。すでにナノマシンによる復元は始まっていますし…麻酔効果で痛みはほとんどありませんから……」

 

若干の虚飾を交えながら、言葉を吐き出す。

たしかに、ナノマシンによる復元は始まっていたが、『麻酔効果による痛み止め』というのは、嘘である。損傷箇所が脳に近いだけに、迂闊な麻酔は、脳の活動を阻害し、判断力や、反応速度を鈍らせかねない。だから、今はナノマシンの麻酔機能はほとんど作用していない。右眼は、酷く痛みを訴えていた。

並の人間なら、少しでも気を抜いた時点で意識を手放してしまいそうなほどの鈍痛である。出来ることならば、この場に踏み止まって、治癒に専念したいぐらいだ。

しかし、今はこれ以上光を心配させないことの方が先決である。

 

「本当に大丈夫です。闇舞北斗は…あなたを必ず守ると誓ったこの男は、銃で撃たれることに馴れています。……ですから、そんな顔をしないで」

 

なるべく光に心配をかけないよう、穏やかな口調で笑いかける。ただ、それが上手くいったかというと―――

 

「そんな辛そうな笑顔で言われても説得力ないです!」

 

―――どうやら失敗していたらしい。

痛みに気をとられて、顔の筋肉のわずかな動きに気付かなかったようだ。土壇場における自分の演技力と忍耐力のなさを、盛大に呪う。

一瞬、このまま強引に押し切ってしまおうとも思ったが……

 

「―――それで、本当はどうなんですか?」

「それは……「正直に言ってください」…う……」

 

……その目論みは脆くも崩れ去った。

 

「それで、どうなんですか?」

 

目尻一杯に涙を溜めたまま、光が再度の問いかけをしてくる。

一瞬、返答に困ってしまったが、あまりにも真剣な彼女の眼差しに感化されたのか、俺の口は勝手に動いていた。

 

「……実は、まだ少し…いや、かなり痛みます」

 

瞼を閉じているとはいえ、隙間から入りこんでくる風や砂塵は、内容物のない今の状態ではかなり苦痛である。加えて、内側からの痛みもあるので、逃げ場がない。

さすがにそうした具体的な痛みというのは伝えなかったが、それでも光は涙に濡れた瞳で心配そうに俺の顔を見ている。

 

「もっとよく見せてください」

 

俺の返事を待たずして、光はそっと両手で俺の頬を挟み、ぐっと引き寄せていった。少しだけ背伸びをし、なるべく俺に顔を近付けようとしている。

仕方なしに、俺は少しだけ膝を折って屈んだ。

光と俺の身長差が、ちょうどいい具合になくなって、お互いの視線が、複雑に絡み合う。

 

「……右眼、開けられますか?」

「……あまり気持ちのよいものじゃありませんよ」

 

一応断っておいてから、少しだけ右眼を開く。

ほんの数ミリの隙間が開いただけだったが、裸眼で1.2の視力を持っている彼女には、あまり関係がなかったらしい。本来あるはずのものがないことがはっきりと分かって、光は表情を曇らせ、視線を逸らした。

自分から見せてくれと言っておいてその態度はなんだと……怒る気にはならない。

誰だってこんな気持ちの悪いものを見て気分が良いわけがない。当然の反応だ。

しかし、光が視線を逸らしたのは一瞬のことだった。

彼女はキッと表情を引き締めると、真剣な眼差しで俺の眼を、そして顔を見つめてきた。悲鳴ひとつ、上げようとしない。

 

「右眼以外にも、小さな傷がたくさん……」

「安心してください。どれも致命傷ではありません。それにこれぐらいの傷は、この手の仕事をやっていれば仕方のないことです」

「闇舞先生は今までにもこんな怪我を?」

「さすがに眼球が潰れるというのは今回が初めてですが……」

 

killing child』と呼ばれていた頃はそれほど強力な相手とぶつからなかったし、SIDE〈イレイザー〉時代は仲間達とのコンビネーションでどうにか切り抜けてきたので、実際、これほどの傷を負ったのは今回が初めてである。出来れば、これっきりにしたいものだ。

 

「ごめんなさい。私達のために……」

 

項垂れて呟いた一言と同時に、目尻という堤防の限界を越えて、涙が一筋、彼女の白い頬を滑り落ちる。

俺はかつて幼かった留美にそうしてやったように、彼女の涙を指でそっと拭った。

 

「気にしないでください。俺は、俺のやるべき事をやっているだけですから」

「やるべき事?」

「はい」

 

俺のやるべきこと……あの夜、俺自身がやらなければならないと、自分自身に誓った約束事……

 

「闇舞先生にとって、私達を助けるのは義務でしかないんですね」

 

光が少し表情を曇らせながら、俯いて呟く。

 

「いえ、義務とは違いますが…それに、『私達を助けるため』というのは、少し語弊があります」

「?」

 

上目遣いに小首を傾げる光。

一瞬、次の言葉を口にするべきかどうか躊躇われたが、結局、俺は言うことにした。

 

「……あの夜、約束しましたよね。あなたを助けるために、俺はここに来たんです」

「!?」

「本人達を目の前にして言うのは少し勇気がいりますが……実を言えば、俺にとっては内閣官房長官も、政財界の重役というもの、どうでもいいことなんです。……少しだけ、無駄な話をすることになりますが、容赦してもらえますか?」

「……はい」

「…………闇舞北斗という男は、今まで、自分が生き延びるために多くの人間を屠ってきました。たしかに、それは人間が人間として生きようとする以上、仕方のないことです。繁栄の陰に貧困があり、満腹の陰に空腹がある。人間は生きていくためには、他人を食らっていくしか術を持たぬ生き物です。しかし、闇舞北斗の場合は、その度がすぎていた」

「……」

「俺は自分が生き延びるためだけに、留美(いもうと)という言い訳をしながら、実際に人を殺してきた。恩になったヤクザの仲間達。何の罪もない善良な人達。大好きだった友人。大罪を犯した犯罪者。かつての同胞。〈ショッカー〉の協力を拒んだ者。己が主義主張の下に戦った軍人達。生贄に差し出された者。道化にしかなりえなかった者。道化にすらなりえなかった者。そして、それらの人達に関係する、それ以上に多くの人達……」

「……」

「何百、何千という人間を殺し、屠って、闇舞北斗は生きてきました。自分自身が生き延びるためなら、何だってやってきました。それは、今も変わっていません。……結局のところ、俺という人間は救いようのない、途方もない馬鹿なんです。重い十字架を背負いながら、『留美のため』という言い訳をすることでその重さを忘れようとしていた。そして、留美がいなくなってしまって、それが出来なくなると、俺は暴力に訴え、やはり目の前の現実から逃げようとした。それも出来なくなると、今度はあなたの体にすがり着いた。……俺は最低の男ですよ」

「……」

「……ですが、そんな馬鹿者にも、捨てる神があれば、拾う神もありました」

「それは……」

 

光が、おずおずと言いにくそうに口を挟む。

俺は小さく頷くと、何の躊躇もなく言い放った。

 

「……俺を拾ってくれた神……それは夏目先生、あなたです」

「私が?」

「はい。……さらに言えば、俺を救ってくれたのは『もう1人の自分』だった。『自分の半身』という、相手のことを何ら思い遣ってもいない言葉に頷いてくれた、あなたでした。あなたがいなければ、今の闇舞北斗はありえなかった」

「……」

「闇舞北斗は今まで、自らが生き延びるためだけに戦ってきました。それは言い換えれば、自分自身を守るための、救うための戦いでした。……夏目先生、俺は、『もう1人の俺』であるあなたを助けるために、ここまで来たんです。自分あなたに誓った、『あなたを守る』という約束を守るために、俺はここまで来たんです」

 

そうでなければ、マルダーが2輌も出てきた時点で……否、ヒュイコブラが出現した時点で、俺はとっくに逃げ出していただろう。あれらの兵器は改造人間にとっても天敵で、出来れば戦いたくない相手だった。

それをしなかったのは、ひとえに彼女がここに居たからである。

そして、あの夜、彼女と交わした約束があったからこそ、俺は逃げずにここまで来られたのだ。

 

「光……もはや俺にとって君はなくてはならない存在だ。だから安心してくれ。君が生きている限り、俺は死なない。たとえ右眼を失おうとも…たとえ五体をバラバラにされようとも…君が生きている限り、俺は生き続ける。そして、君を守る。君を守るために俺は生きる。光を守ることは、俺にとっては自分を守ることでもある。自分を守るためならば……俺はどんなことだってしよう」

 

俺はゆっくりと彼女の肩を抱き寄せた。

光は、一瞬だけビクッと驚いたように身を震わせたが、すぐに身体から力を抜くと、体重を俺に預けてきた。

 

「俺が光を守るのは義務でも何でもない。ただ、俺がそうしたいから、そうしている。だから、そのために傷つくことは恐くないし、むしろ本望なことだ。だから光が気にすることはないんだ」

「……そんなこと言われても……気にしますよ。あなたは『私の半身』でもあるんですあなたの怪我は、私の怪我なんですよ?」

「……そうだな」

 

俺は彼女の耳元で囁くと、先ほどと同じようにゆっくりと体を離した。

 

「闇舞先生の気持ちはよく分かりましたし、嬉しいです。……けど、正直、納得はできません。言いたいことは、たくさんあります」

 

当然だろう。

あまりにも身勝手で、相手のことを考えていなさすぎる。

こんな話、納得できるわけが……

 

「……だから、約束してください」

「……?」

「必ず、生きて帰ってくるって……」

「…………」

「言いたいことを言うのも、納得のいくまで話し合うのも、それからにしましょう。……だからそのためにも、生きてください。生きて、帰ってきてください」

「……約束しよう。何があっても、生きてここに戻ってくると」

 

俺は一度離した彼女の体を片手でもう一度抱き寄せると、もう片方の手で彼女の頬を挟み、クッと引き寄せた。

俺の彼女の唇が重なり合い、熱を伴なう。

彼女の熱が俺の身を焼き焦がし、俺の熱が彼女を焼き焦がす。

鼻で息をするのも辛くなるほど長いキスをして、俺達はそっと身を離した。

 

「そして、その約束を必ず守ると誓おう。闇舞北斗の名において……」

 

もう一度だけ…今度は短いキスを交わしてから、俺は茫然と事の成り行きを見守っていた国枝官房長官に向き直った。

 

「国枝内閣官房長官ですね?」

 

ニュースなどでよく見る顔だし、間違えようはなかったが、念のために確認をとる。すると、相手の男は静かに頷いた。

 

「挨拶が遅れましたが自分は……」

「いえ、それ以上は言わなくても分かっています。あなたが誰なのかも、あなたがどのような目的でここに来たのかも……」

 

苦笑しながら言う国枝官房長官の表情は、少しだけ複雑そうだった。

まぁ、目の前で『俺にとっては内閣官房長官も、政財界の重役というもの、どうでもいいことなんです』などと言われれば、当然の反応だろう。

 

「……それならば話は早い。国枝先生、ここは危険です。今からすぐにそちらの方々を起こして、ここから脱出しましょう……と、言いたいところですが」

「どうしました?」

「国枝先生、あなた方にはしばらくの間、この部屋に居てもらいます」

 

国枝官房長官は一瞬虚を衝かれたような顔をすると、すぐに表情をキッと引き締め、「それはどうしてかね?」と、視線で問い掛けてきた。

続いて、自ら口を開き、言葉を紡いでいく。

 

「君は私達を……いや、そこの彼女を救いに来たと自ら言っていましたが、それならばまず彼女の安全を優先して、退路を確保するべきではないのですか?」

 

ずっしりと背中に圧し掛かるような、重量感のある声。

この声によって、1億の日本国民の命運が決まり、それ以上に多くの海外の人々との関係が決まるのだ。

 

「……たしかに、おっしゃる通りです。しかし、敵の正体も不明瞭なまま逃げては、この後、第二、第三の事件が起きる可能性があります」

「なるほど……」

「……それに、『機動戦士S.T.』の背後に潜んでいる何者かの正体も、暴かなければなりません」

「背後に潜んでいる何者か……? それは一体どういうことですか?」

「『機動戦士S.T.』という組織は、あまりにも金のかかりすぎる組織なんです」

「金のかかる組織……?」

「3万人もの構成員を抱えているだけでも厄介なのに、その3万人は各国軍隊の不良分子だったり、プロのスポーツマンだったりと、国籍も宗教もバラバラで、おおよそ現実的ではない組織なんです」

 

国籍や宗教がバラバラだと、たとえ1つの思想の下に統制したとしても、日常的なレベルから士気の低下は必至。さらに3万人という数字は、よほど組織の管理体制や福利厚生をしっかりしなければ、いくらでも暴動や反乱が起きる規模だ。

加えて……

 

「『機動戦士S.T.』が保有する兵器はどれもが強力で、高価な物ばかりなんです」

 

ヒュイコブラはまだ米軍で調達が始まってしまったばかりだし、マルダーだって生産が開始されて3年である。こんな状況でこれらの兵器を購入しようと思えば通常の何割増しかの値段は必至だろうし、燃料代や弾薬代だってバカにならない。

例外はAK47やウージー・サブ・マシンガンぐらいなものだが、あれだって大量に数を揃えるとなればかなり値は張る。

しかもこれらの兵器はほとんどが国籍がバラバラで、非合法組織が秘密裏に手に入れるには、購入ルートの確保からして難しい。

 

「そしてなにより、これらの兵器を大量に揃え、多くの構成員を抱えた組織を運営し、長い間維持していくには、年間どれほどの資金が必要になるか……要人暗殺だけで、とてもまかないきれるものじゃない」

「結局、君は何が言いたいのですか?」

 

しびれを切らしたように国枝官房長官が訊ねてくる。

 

「結論から言えば、『機動戦士S.T.』は一国の政府の援助なしには成立しない組織なんですよ。……それも、アメリカやソ連といった大国の、ね……」

「君はあの組織の背後に、それらの国家が控えていると言うのか!?」

「アメリカかソ連とは限りません。確率は高いでしょうがね」

「ふむぅ……」

 

話を聞いているうちに、暗がりにも国枝官房長官の顔色が蒼白となっていくのが分かる。

そんな彼に追い討ちをかけるような形になってしまったが、俺は言葉を続けた。

 

「この作戦基地にいる『機動戦士S.T』を壊滅させ、その背後にいる黒幕を引きずり出さねば、事件は完全に解決したとは言えません。そして、現状でそれが可能なのはこの場で俺だけです」

 

今にして思えば、光は俺の考えを先刻承知だったのだろう。

だからこそ『生きて帰ってきて』と、言ったのだろうし、そんな約束をさせたのだ。

さすがは『俺の半身』と、言うべきなのだろうか?

俺は先ほど地面に落としてからそのままのAR−18を拾い上げると、残りの予備弾倉とともに国枝官房長官に手渡した。

 

 

「AR−18というアサルト・ライフルで、小口径高速弾を20発装填しています。使い方は分かりますか?」

「いや……関東軍時代に使っていた三八(サンパチ)式はボルトアクションだったから、アサルト・ライフルというのはどうにも……」

「フル・オート、セミ・オートの切り替えスイッチがこれで、セフティがこちらです。小口径とはいえ、フル・オート時の反動は小柄な日本人にはやはりキツイので、撃つ時は下っ腹に力を篭めてください」

「分かりました」

「敵が来たら、遠慮なく撃つように。撃つことを迷えば、命を落とします」

「承知しています。なに、腐っても関東軍の兵士。歳はとったが、まだまだ闘う気力は衰えていません」

 

その闘う気力が、彼を政治という戦場に導いたのだろう。

物静かだが、炎を噴き上げているかのような彼の瞳は、まさしく政治家という戦士である。

 

「俺が入る時はノックを通常よりも1回多く鳴らします。リズムは“トントトンッ”で」

「分かりました」

「それでは……」

 

俺は国枝官房長官に一礼して、光の方に向き直った。

彼女は何か言いたげに唇を開いたが、すぐに真一文字に閉じると、優しい笑みを浮かべて一言……

 

「行ってらっしゃい」

 

と、言った。

 

「ああ、行ってくる」

 

とだけ答えて、俺は彼女達に背を向けて、軟禁室の外へと出た。

静かに鉄の扉を閉め、足元の死体から、まだ1発の弾丸も消費していないAK47と、所持していた予備弾倉を拝借する。無論、返す気はさらさらなかったが。

 

「使わせてもらうぞ……」

 

俺は何も言わぬ骸に一礼すると、洞窟の最深部を目指して駆け出した。

早急にこの戦いを終わらせて、彼女の元へ帰るために……

 

 

 

 

 

軟禁室を後にした北斗を待っていたのは、どこにそれだけの戦力を温存していたのか、数十メートルにわたって、何十にも張られた防衛線だった。

おそらくは、北斗抹殺のために、この基地にいるすべての戦力を投入したのだろう。

軍隊並みの統制の下に、確固たる殺意を持って攻撃をしてくる彼らは手強く、はなはだ厄介な相手ではあったが、光の無事を知って、精神の安定を得た彼の敵ではなかった。

 

“ヴァラララランッ!”

 

北斗の手の中で"悪魔"が咆哮し、そのたびに朽ち木の如く倒れていく兵士達。敵から弾薬を奪っていけるので、残弾の心配はいらないという余裕が、北斗に、容赦なくトリガーを引かせる。

いつしか、北斗の進行を阻もうとする者はいなくなっていた。

……あとは、『機動戦士S.T.』の作戦司令室を制圧するのみ。

自分が葬った多くの屍を、命の道を踏みしめ、数十メートルを進むと、北斗は少し開けた、ドーム状の空間に出た。

後から掘ったものではなく、元々こうした空間があって、それを利用したのだろう。数百年単位で浸透した雨水によってなだらかに削られた壁に、いくつもの扉が設けられている。

 

「これは……」

 

北斗は、本能的にここが基地の中枢で、このたくさんの扉の中に、司令室へと繋がる扉があると悟った。一つ以外の扉はすべて、兵士達の簡易宿舎と考えていいだろう。

北斗は、向って右側の扉から調べていった。正常な左側の視界を充分に確保しつつ、鉄の扉に耳を当てる。野生動物のそれに匹敵する嗅覚と聴覚を研ぎ澄まし、扉の向こう側を探る。

一つ目の扉は…………違う。

二つ目の扉…………も、違う。

三つ目の扉は……………

 

「……ここか」

 

北斗は、不適な冷笑を唇に浮かべた。

中にいるのは5人。この5人の中に、この作戦の指揮官がいるのだろうか?

北斗は、念のため他のすべての扉も調べてみたが、どの扉からも、それらしい気配は感じとれなかった。

彼は、改めて右から三番目の扉に向き直る。

……もう、間違いなかった。

ついに北斗は、『機動戦士S.T.』東京支部を、追い詰めたのである!

北斗は、静かにドアノブに手をかけた。

はたして、向こう側で待ち構えているであろう5人は、どれだけの重火器で武装しているのだろうか?

それとも、他の兵士達同様、AK47や、ウージーで武装しているのだろうか?

北斗は内心、後者であることを祈りながら、ゆっくりとドアノブを捻った。

 

 

 

 

 

意外にも、扉を開いた北斗を出迎えたのは、天を裂くような銃声ではなく、バリトンの効いた男の声だった。

 

「ようこそ闇舞北斗……いや、世界最強の男、『killing gentleman』と呼ぶべきかね」

 

流暢……というよりは、自然すぎるぐらい自然な英語。明らかに、英語を母国語としている者の話し方であった。

見ると、そこには横一列に整列した5人の男がいた。全員白人で、特に目立った武装はしていない。

北斗は、少し拍子抜けした感じで、けれども油断せずに彼らに近付いていった。

 

「この基地の指揮官は誰だ?」

「私だ」

 

北斗がAK47の銃口を向けながら言うと、真ん中の、5人の中でも、一際屈強そうな男が、一歩前に出た。

身長187センチの北斗と並んでも、不自然でない巨漢である。AK47の銃口を向けられているというのに、その表情は、ピクリとも動かない。年のころは、40代前半といったところか。

 

(この男――強い……)

 

おそらくは、人間としては最強クラスの部類に入るだろう。

本能的に感じた男の秘めたる力を想像し、反射的に身構える。

 

「……名前と組織での地位は?」

「私はビラルドン・ゲルハルト。『機動戦士S.T.』東京支部長で、組織の戦術インストラクターも兼任している」

「ゲルハルト……ドイツ人か?」

「違う。イギリス人とドイツ人のクォーターで、国籍は英国にある」

「なるほど……ではゲルハルト、いくつか聞きたいことがある。質問に答えてもらうぞ―――と、その前に……」

 

北斗は、ゆっくりとAK47の銃口を左右に揺らしながら、鋭い牽制の視線を5人に向けた。

それだけで4人がぶるり、と身を震わせるが、やはり目の前にいる、ビラルドンだけが、微動だにしない。肝がすわっている。

 

「……貴様らの武装を解除してもらう。拳銃はもとより、ポケットナイフ一本にいたるまで、すべての武装をその場に捨てろ」

「断る」

 

ビラルドンの背後にいる4人のうちの1人が言い、拳銃を抜くよりも早く、ホクトのAK47が、男を蜂の巣にする。

それを見た3人の表情が、一斉に青ざめた。

ビラルドンの表情は……やはり動かない。

 

「……2度は言わんぞ?」

「言うとおりにしろ」

 

ビラルドンがぴしゃりと言い放ち、ホルスターごと、拳銃を足元に放る。

それを見習って、1人…また1人と……拳銃を、ナイフを、足元に放った。

どうやら全員、他には何も持っていないようで、念のためX線で透視をしてみたが、やはり結果はシロだった。

 

「……さて、武装は解除したが、聞きたいこととは?」

 

武器を手放してなお、態度を変えないビラルドンに、内心舌を巻きながら、北斗はAK47の銃口を向けたまま、口を開く。

 

「……まず、『機動戦士S.T.』の正体について、聞かせてもらうおうか」

「正体?」

「そうだ……ヒュイコブラは米国製、AK47はソビエト、ウージーはイスラエル、モーゼルSp66とマルダー歩兵戦闘車はドイツ……これだけの多国籍兵器を、しかも数をそろえるとなれば、一国の政府の力なしでは出来ないことだ」

「…………」

「アメリカか、ソ連か……言え。貴様らの背後には、一体何者が……?」

「……そのどちらでもない」

「なに?」

「イギリスだ」

「なッ!?」

「我々は……『機動戦士S.T.』は、イギリス政府直属の特殊機関。国際社会のイニシアチブをアメリカ、ソ連に専守されている現状を打破すべく、各国の要人を暗殺するために創設された、紛れもない国家機関だ」

「なんということだ……」

 

北斗は、愕然とした。

それは、北斗が想像していたよりも、はるかに強大な敵の正体だった。

イギリス……かつて世界最強を誇ったこの国は、ビラルドンが言うように国際社会のイニシアチブをアメリカ、ソ連に奪われた現在でも、ある意味で、最強の国家であった。

なぜならば、イギリスには世界最強の特殊部隊SAS(Special Air Service)があり、同じく世界最強のイギリス情報部がある。

この2つの機関はともに世界最強のレッテルを貼られており、特にイギリス情報部(SIS、またはMI6とも呼ばれる)には北斗と同じく『世界を変えうる3人の男』の1人……コードネーム007・ジェームズ・ボンドがいる。

SASの方も、1960年代末の北アイルランド戦争の例を出すまでもなく、優秀な兵士達が揃っており、この時点で北斗は知らなかったが、後に湾岸戦争にて、SASは8人組部隊ブラヴォー・ツー・ゼロが、自分達の数倍ものイラク軍部隊に何度も遭遇し、これを1人の負傷者もなく、すべて撃退していくという快挙を見せている。

北斗は、『機動戦士S.T.』の背後にイギリスがいると知って、もしや、と思い、ビラルドンに言った。

 

「ゲルハルト、まさか貴様は……」

「察しの通り、私はSAS、後ろの3人はイギリス陸軍の兵士だ。……もっとも、すでに退役しているから、元と言うべきかもしれんが」

「やはりそうか……では、次の質問だ。貴様ら『機動戦士S.T.』は各国要人の暗殺を目的として設立された機関だと言ったな?」

「うむ、そう言ったな」

「それが今回に限って、どういうわけか、身代金要求などという手段を用いている。このことについての説明をしてもらおうか」

「結論から述べれば、我々が今回に限って身代金要求という手段をとった理由は、相手が日本だからだ」

「……それは、日本なら金を出すから……ということか?」

「いや。それもあるが、真意は日本の国力を削ぐためだ」

「なに……?」

「イギリスは君達日本人が考えている以上に、日本のことを高く評価しているということだ。闇舞北斗。君は現在、日本が我が国からどのように見られているか、知っているかね?」

「……いや」

 

北斗は、しばらく考えてから首を横に振った。

北斗の知るかぎり、日本はここ数年、テロリズムの脅威にさらされているとはいえ、他の同盟国から、これといって特別視されるようなことはしていない。

なにより、今はベトナム戦争の真っ最中である。

日本を含めた西側の同盟国は、他の国に目を向けられる余裕などないはずだし、まして今回の事件の背後にいるのは、かつて世界最強を誇ったイギリスである。

たかだか西側同盟国の一員にすぎない日本など、とるに足らない相手のはずだ。

 

「教えてくれ。日本は一体、イギリスからどう捉えられているんだ?」

「いいだろう。……今や日本はイギリスだけでなく、西側の同盟国や、安保条約を結んでいるアメリカ、そして、この国の第一位仮想敵国であるソビエトからも、危険視されている。……西側最強の同盟国として、な」

「なんだと……」

「意外かね? 闇舞北斗。……まぁ、たしかに、現在の日本だけを見れば、そう思ってもしかたないだろう。しかし、我々は常に10年、100年先を見越して発言し、行動している。……何もこれは特別なことじゃない。国際政治において、先のことを考えるのはむしろ当然のことだろう?」

「……生憎、俺は政治家ではない。10年先のことを考えるより、今現在この瞬間をどう生きるかを考えるので手一杯だ」

「……我々が得た情報によれば、闇舞北斗は改造手術を受けた際に、『予知能力』を発現させていると聞いているが」

「残念ながら、俺はこの能力が嫌いだ。……しかし、なるほど、よく分かった。要するに世界各国は、日本がかつて真珠湾を奇襲攻撃した国家だから、いつか再び『トラトラトラ』を打電する日が来るのではないか、と危惧しているわけだ」

「それだけではない。イギリス政府は日本がいつか核武装をするのではないか? と、懸念している。だからこそ我々は今回に限って、日本の国力を削ぐべく上層部から命令をされた。……イギリス政府では、日本の国力を敗戦直後のレベルまで落とすべく、まだいくつかのプランを立てている」

「とりあえず核武装に関しては安保条約があるかぎり大丈夫だろう。あれは瓶の蓋だからな。……それで、その"いくつかのプラン"というのは?」

「第五次作戦まであると聞いているが、詳しくは知らない。『機動戦士S.T.』が請け負ったのは今回の作戦だけで、あとの4つはSISか、はてまた現役SASか……」

「出来れば、どちらも相手にしたくないものだが」

 

本心からの言葉を吐露して、北斗は溜め息をついた。事件の背後に潜んでいる存在の巨大さに、半ば呆れているようにも見える。

ビラルドンは、そんな北斗を見ながら、

 

「驚いたな……」

「何が?」

「いや、改造人間はもっと表情が乏しいものだと思っていたんだが……」

「……俺をそこらの戦闘員と一緒にするな」

 

北斗は、心外だな、とばかりに肩をすくめた。

それを見て、またも改造人間である北斗が人間らしい仕草をしたことが可笑しかったのか、ビラルドンは少しだけ唇を歪ませる。

 

「いや失礼。……ところで闇舞北斗。君は何故、私が追い詰められた状況とはいえ、こうも簡単に組織の秘密を喋ったと思う?」

 

まるで悪戯好きの少年が「当ててごらん?」と言うように、ビラルドンは皮肉っぽい笑みを浮かべた。

北斗は、それには無言で答えて、ビラルドンの動きを牽制するように、鋭い視線を向ける。

北斗の、殺気というより、明確な殺意を孕んだ視線の余波を浴びて、ビラルドンの背後にいる3人が「うっ」とたじろぐ。しかし、ビラルドンは動じない。

ビラルドンは、皮肉っぽい笑みをたたえたまま、

 

「冥土の土産……というやつだよ。残念だが君にはここで死んでもらう」

 

と、宣告した。

 

「……それは、今の状況を理解した上で、言っているのか?」

「ああ、そうだとも」

 

答えるビラルドンは、余裕の笑みを浮かべていたが、全身からは北斗同様、殺意のオーラを放っていた。

圧倒的すぎるその気迫の前に、北斗はおろか、仲間である3人すら、その場から2歩、3歩と退いてしまう。

 

「ほぅ……貴様の拳銃は足元に転がっているが、間違いなく、それを貴様が拾い上げ、トリガーを引くよりも早く、俺のAK47が火を噴いていると思うが」

 

(……数メートル越しに感じるこの気迫……! さすがは元SASといったところか。これで前線から退いているなど、とても信じられん)

 

内心を悟られぬよう、平静を装いながら北斗は言った。

しかし、そんな北斗に対して、ビラルドンは笑みを絶やすことなく、しかし、殺意のオーラをさらに強めてくる。

 

「君を殺すのに拳銃は使わない。実を言うと、私は銃器が嫌いなんだ。撃ち損じる可能性があるからな。それに、改造人間に標準的な拳銃が効くとは思えんしね」

 

たしかに、一瞬だけ視線をそちらにやると、ビラルドンの足元に転がっている拳銃は通常の9mm口径・ブローニング・ハイパワー。

北斗の使用するものと違い、装填されている9mmルガー弾では、改造人間――それも最高レベルの戦闘員――である北斗に対しては、例えダムダム弾であってもやや非力である。

 

「……だから私は、別の武器を使わせてもらうよ」

「別の武器だと?」

「そう。君達日本人には、とても馴染みのある物だと思うが」

 

ビラルドンは、そう言って一歩前へと踏み出した。踏み出すというより、滲み寄るといった感じの、足取りである。しかも、すり足だ。

北斗は、無手のビラルドンにぞっとするような悪寒を覚えて、無意識に身構えた。

そして、なおも歩き続け、北斗に近付いてくるビラルドンに向って、AK47の銃口を向けたまま言う。

 

「……止まれ」

 

ドスを孕んだ、並の者が聞けば心身ともに縮み上がってしまうかのような、恐るべき威力を持った北斗の声と鋭い視線。

しかし、ビラルドンは北斗の言葉に、すぐには従わなかった。

彼はさらに数歩進んで、自分の右側に一台、標準よりも少し大きめな業務用デスクがくるところまで歩いてから、ようやく歩みを止めた。デスクの一番上の引き出しは、ビラルドンぐらいの身長なら、ちょうどよい位置に設けられている。

ビラルドンは、その引き出しに軽く手を触れ、ニヤリと不敵に唇を歪めた。

北斗との距離は、3メートルは離れている。

 

「……ッ!」

 

そこに至って何かに気付いたのか、北斗は視た。隻眼からX線を放出し、デスクの引き出しの中を透視する。

……暗く…狭い空間に閉じ込められた、一振りの長い棒…………

―――それが日本刀だと気付いた時には、すでにビラルドンは素晴らしい踏み込みとともに、抜刀していた。

 

(―――速いッ!)

 

トリガーを引き絞ろうと思った時には、すでに銃身は切り落とされていた。

咄嗟のバックステップで返す刃を躱し、使い物にならなくなったAK47をビラルドンに投げつける。

投擲したAK47はビラルドンに余裕で避けられてしまったが、北斗は、何とかビラルドンの間合いから脱出することに成功した。

 

「……よくぞ躱したな」

 

ビラルドンは、抜いた刃を一度鞘に納め、それをベルトに差すと、あっぱれ武人といった雰囲気を漂わせながら、余裕のある笑みを浮かべた。

北斗は、腰の備前長船吾郎入道『正光』の柄を左手で握り締め、ビラルドンに問う。

 

「貴様…その刀は一体……!?」

「現役時代、2年ほど日本に滞在していたことがあってね……その時に、日本の剣術というものを習った」

 

ビラルドンは、眼光鋭く静かに言った。

北斗は、チラリと銃身の切り落とされたAK47を一瞥した。

当然のことながら、銃の銃身は金属で造られている。最近は、フレームの大部分をプラスチックで製作したり、樹脂などを用いて設計する銃も出現し始めたが、弾丸の通り道である銃身だけは、例外なく金属……主にスチールが使われている。

つまり銃身とは、大雑把に言ってスチールの管なのだ。スチールの強靭さは、改めて述べる必要はないだろう。

そのスチールのパイプを、一刀の下に切り落とすには、よほどの技量を持った剣士が、かなりの業物を用いなければ、至難の技である。

北斗はビラルドンの恐るべき力の一端を垣間見て、戦慄した。

 

「……さて、これから殺す相手と、あまり長話をしても決心が鈍るかもしれないのでね……君によって散っていった多くの同胞達のためにも、そろそろ、終わりにさせてもらう」

 

ビラルドンは、身を低くして抜刀の構えをとった。

北斗も、身を低くし、何があっても即座に抜刀できる姿勢をとる。

 

「貴様の流派は?」

 

北斗は『正光』の鯉口を切って言った。

 

「タイ捨流……」

 

ビラルドンは答えた。

その時の彼からは、すでに笑みは掻き消えていた。

 

 

 

 

 

剣聖・上泉(かみいずみ)伊勢守(いせのかみ)信綱が編み出した新陰流は、後に2人の天才を生み出すこととなる。

すなわち、柳生新陰流・流祖の柳生宗厳(むねよし)と、タイ捨流流祖の丸目(まるめ)蔵人佐(くらんどのすけ)の2人である。

言わば、この2つの流派は同じ親元で育った兄弟のようなものであると同時に、歴史の

日陰舞台で幾度も激突してきた、宿命の敵同士。

その因縁の2大流派が、今、闇舞北斗とビラルドン・ゲルハルトという2人の剣士によって、またも激突しようとしていた。

 

 

 

 

 

司令室の前に広がるドーム状空間に出たのは、ビラルドンの方が先だった。

北斗がその後を追って、両足を地面に触れさせるのと、ビラルドンが向き直るのはほぼ同時だった。しかし、ビラルドンはすでに大刀を鞘走らせ、八相の構えに入っている。

―――驚くべき早業! しかも、ビラルドンの八相には、微塵の打ち込む隙もない。並の剣士や武術家では、たちまちに脳天を断ち割られてしまうだろう。北斗の予想以上の、使い手である。

タイ捨流の特徴は、戦場用として編み出されたことで、鎧甲冑を身につけていることを前提に、『右横の上段』と呼ばれる八相の構えをとる。

八相とは、『八発八止』という攻撃に対する変化無限を意味し、相手の先制を待つ"後の先"の太刀である。だが、実際には変化無限などありえるはずがないので、一太刀による強力な奇襲が、八相の構えの弱点ともいえる。

そして、そのことは北斗もよく知っていた。

柳生新陰流を習っていた当時、同じ門下の兄弟子がそういった剣術の歴史などをよく知っており、彼自身そうした知識を披露することが好きで、よく聞かされたのだ。

問題はその奇襲のタイミングである。下手なタイミングで打っても、返り討ちに遭うだけである。

北斗は、戦機が熟すのを待って、『正光』を下段に構えた。こちらから積極的に攻めぬことを、アピールするためである。こうすることで、タイ捨流の八相を封じるのだ。

八相の構えをとっているうちは、こちらから仕掛けぬ限り相手から動いてくることはまずない。

北斗は、持久戦に持ちこむつもりだった。

両者とも、動かなくなった。時間が、ゆっくりと経過していく。

いつからそこにいたのか、指揮官を援護しようと拳銃を持って扉のところまで来ていた3人は、しかし、拳銃のトリガーを引くことも忘れ、息を殺して、身動きをすることができなかった。

緊迫感と、自分が殺されてしまうような恐怖感……両者の刀に、目が吸い寄せられる。身の毛がよだつような緊張感に、肉も骨も、固まってしまったかのような錯覚を覚える。

誰もが、白刃の切っ先を、凝視せざるおえなかった。耳が痛くなるような静寂が続く。

不意に、北斗が刀の切っ先を、徐々に上げていった。下段から中段へと、少しずつ変化していく。

―――明らかな誘い。

最初はビラルドンも、それを気にはしなかった。

しかし、膠着状態が長引くにつれ、次第に焦り始めたのか、彼はその誘いを、無視できなくなっていった。

 

「せいやあッ!」

 

ほどなくして、ビラルドンの裂帛の気合が静寂を破った。

強烈な踏み込みで一気に距離を詰め、真っ向から北斗の頭上に太刀を振り下ろす。

兜もろとも脳天を叩き割る、戦場用のタイ捨流の一撃である。命中すれば、改造人間である北斗とて、無事では済まない。

しかし、"後の先"の構えから放たれた“先の先”の一撃は、最強とはなり得なかった。

そして、柳生新陰流の極意は“まぼろし”。敵の攻撃を受け流し、巧みに攻撃に転化して、敵を斬るという、守勢が流動的に攻勢に回る剣技!

北斗は、左手一本で『正光』を持ち、ビラルドンの一撃を鍔元で受け止めた。

そして同時に、秒の速さで、空いた右手でもう1つの牙を抜いた。

――電磁ブレードという、牙を……

 

「なッ!?」

 

北斗は、電磁ブレードを真っ直ぐにビラルドンの心臓へと突き刺した。

“ズブリッ”と、今までの激戦で刃こぼれの激しい刃を吸いこんでいくビラルドンの体。

 

「ぐぅッ……!」

 

そして刃に走る、稲妻の奔流!

心臓に叩きこまれた電磁パルスが、血液を流れてビラルドンの全身へと伝う!!

 

「があああああッ!!!」

 

自らの肉体の内と外で起きている異常。

その恐怖の叫び声は、次の瞬間、断末魔の叫びへと変わっていた。

 

 

 

 

 

「何者だ……?」

 

ビラルドンの断末魔の絶叫が途絶えていくらかが経ち、北斗が電磁ブレードを死体から引き抜いたのを合図に、ようやく我を取り戻した1人が言った。こころなしか、その声はわなないている。

 

「何者なんだ……! 貴様は!?」

 

たった今、目の前で殺されたビラルドンは仮にも元SASの隊員である。SASといえば、世界中のいかなる特殊部隊の追随を許さぬ、まさに世界最強の特殊部隊である。隊員1人1人の実力はよく訓練された数十人にも匹敵し、その軍事知識は、下手なマニアなど及びもしない。

現役を離れて久しいとはいえ、ビラルドンの実力の健在ぶりはイギリス陸軍出身の男もよく知っている。それゆえに、男にはビラルドンが殺されたことが信じられなかった。そしてそれは、あとの2人も同様である。

とはいえ、相手は改造人間。3人の心の中に、仕方がないという思いが、なかったわけではない。

問題は北斗が、ここにいたるまでに、幾多の戦闘を経験している、という事実である。

いかに〈ショッカー〉の改造人間――それも最強クラスの戦闘員――とはいえ、この作戦司令室にいたるまでの十重二十重の防衛線、2輌のマルダー、1機のヒュイコブラなどをすべて撃破し、あまつさえそんな疲弊した状態で、しかも格闘戦でSAS隊員を倒すなど、およそ不可能な芸当である。

その不可能な芸当を成し遂げてしまった男の存在自体を、3人が訝しんだのも無理のないことだった。

 

「……………………」

 

しかし、北斗は3人の問いには答えなかった。言うまでもない、といった感じで彼は3人を見据え、視線だけで、『これ以上の戦いはお互い無意味だ。降伏しろ』と、訴えかけている。

だが、ビラルドンを殺されたことで少なからず動揺していた彼らは、その視線が示す意味を取り違えてしまった。彼らはその視線が持つ"威圧感"のみに気をとられ、無意識に、北斗に拳銃を構える動作をとっていた。

北斗が、舌打ちとともに秒の速さでブローニングを抜く。

 

“パパパンッ!”

 

3人の男が銃口を向けるよりも早く、3発の銃声が轟いた。

……しかし、それはブローニング・ハイパワーのものではなかった。

そして3発の銃弾は、3人の男達ではなく、彼らの構えた拳銃だけを貫き、鉄の凶器をすべて使い物にならなくしていた。

 

「……もうやめたまえ」

 

不意に、北斗の背後から声がかかった。バリトンの効いた、男らしい声である。

北斗は、ブローニング・ハイパワーを構えながら振り向いた。

そこには、長身の白人が立っていた。紺のスーツを着たその男は、サングラスをかけ、左手に中型の自動拳銃……ワルサーPPKを握っていた。改造人間である北斗には、銃口からかすかに硝煙が漂っているのが、見て取れる。

 

「これ以上の抵抗は君達にとっても無意味だ。命が……家族が大切なら、もうやめるんだ」

 

長身の白人の言葉に毒気が抜かれたように、3人は力なく項垂れた。彼の言った『家族』という言葉を思ってか、1人は涙を流し始める。

北斗は、突然の闖入者にさして驚くこともなく、ブローニング・ハイパワーを向けたまま言った。

 

「……あれからずっと俺を追っていたのか?」

「そうだ。君が敵を片付けていってくれたおかげで、随分楽だったよ」

 

白人は敵意がないことを示すためか、ワルサーをスーツ下のショルダーホルスターに差しこみ、両手をポケットに突っ込んだ。

それを見習い、北斗も同様にブローニングをしまいこむ。

無論、両者とも拳銃を一時的にしまっただけで、いつでも引き抜けるよう、スーツの第1〜3ボタンは開いたままだ。

 

「貴様は何者だ?」

 

北斗の問いに、白人はチラリと口元に微笑を浮かべて、サングラスをとって、ゆっくりと北斗の方へ足を進めた。

サングラスをとった相手の顔を見て、北斗のみならず、背後の3人の顔色もサッと変わる。

……それは、北斗達の世界では、あまりにも高名な人物の顔であった。

もっとも、その男の顔をこうして直接見るのは、北斗は今日が初めてある。後ろの3人は、本国ですれ違ったことぐらい、あるかもしれない。

世界最強の男と、その高名な人物の足が、一メートルほどの距離を隔てて止まった。

 

「君とは初対面だが、さすがに目の鋭さが違うな。今まで戦ってきた〈ショッカー〉怪人の中に、君ほど男はいなかった。さすが、『killing gentleman』の異名で恐れられているだけのことはある」

 

相手が、先に口を開いた。北斗の素性を知りながら、まったく力んでいる様子はない。

隙はなく、目つきは北斗に劣らぬほど鋭かったが、口調はいたって穏やかであった。

 

「君だってそうじゃないか。会えて光栄だ、ダブル・オー・セブン」

「お互いに、本気で銃口を向け合う状況の中で、出会わなくてよかった。さすがに、君とは対決したくないからね」

「まったくだ。たった1人で原潜を沈めるような男とは、戦いたくない」

 

相手が右手を差し出してきて、北斗はその手を強く握り返した。

紺のスーツを着た、この白人の男こそが、コードネーム007の名で知られる、イギリス情報部の切り札であった。

闇舞北斗、コナー・ウィルソンとともに、世界最強のレッテルを分かち合うほどの、人物である。

 

「しかし、英国情報部の切り札である君が、わざわざこんな極東にまで来るとはな……イギリス情報部は多忙を極めていると聞いているが、案外暇なのか?」

「皮肉はよしてくれ。日本には、正式な任務で来ているんだ」

「正式な任務……? イギリス情報部が、超一流といわれる君を起用するほどの?」

「そうだ」

「出来れば、さしつかえのない範囲で教えてくれないか?」

「いいだろう。少なからず、君も関わっている事だからね。これはイギリス情報部……というより、イギリス政府直々の特務なんだが、実は、今回私が来日した理由は、『機動戦士S.T.』東京支部の活動をストップさせるためだったんだ」

「なに?」

「不思議かもしれないが、事実だ。イギリス政府は、第五次作戦まで用意していた『日本沈没計画』を、白紙に撤回した」

「何故、そんなことを?」

「アメリカとソ連から、圧力がかかったんだよ。さしものイギリス政府も、この2つの超大国に睨まれては、勝ち目がないからね。東京支部司令……ビラルドン・ゲルハルトから、事情は聞いていたのかい?」

「ああ……現在、世界各国から日本が危険視されていること。日本国力を戦後の……27年前の時点まで叩き落そうとしていることなどを聞いた」

「……その情報にもう1つ、現在、日本の暗部で、謎の特殊機関が発足しつつあるという情報を加えておいてくれ」

「なッ!?」

「我々は、その組織のことを『Secret(秘密) Warriors(戦隊)』と、呼んでいる。残念ながらそれ以上のことは私の口からは話せない。ただ、問題はその特殊機関の設立によって、アメリカとソ連が焦り始めたんだ」

「焦り始めた……。まさか米ソは、焦燥にかられて予想だにしなかった行動に出た?」

「ズバリだよ。米ソは表向き冷戦構造を保ちながら、極秘裏に手を組んで、早期に『Secret Warriors』を壊滅させるべく、やはりこちらも特殊機関を設立したんだ」

「その、組織の名は……?」

「秘密工作機関『Government Of Darkness』。その戦力の多くは……改造人間だ」

「…………」

「イギリス政府はこの組織の介入を機に、日本への不干渉を決定した。ただちにイギリス中の秘密組織という秘密組織にそれが通達されたが、時差の問題からすでに『機動戦士S.T.』東京支部は動き出していた。報告が東京支部に届いた時には、すでに戦力のほとんどがこちらの基地に移動した後だった」

「だから君が直々に止めにきた。場合によっては武力行使もやむおえず、の覚悟で」

「そうだ。もっとも、私が手を出すまでもなく、君が『機動戦士S.T.』を壊滅させてしまったんだがね。……私から話すべきことは、これですべてだよ」

「…………だ、そうだ」

 

北斗は、後ろでその話を茫然と聞いていた3人を振りかえった。

 

「ジェームズ・ボンドの名は陸軍の兵士である君達もよく知っているだろう。その彼が、嘘をつくと思うか?」

 

北斗の問いに、3人は揃って首を横に振る。

 

「―――それならば、彼の……イギリス政府の恩情を無駄にしないためにも、君達は生き延びろ。生きることを考えろ。生きて、祖国の大地を踏んでこい」

 

そう締めくくって、北斗は、今度は自分から右手を目の前の白人に差し出した。

 

「色々と貴重な情報をありがとう」

「いや、構わないさ。これは君を巻き込んでしまったことに対する、せめてもの罪滅ぼしだから」

「罪滅ぼし?」

「イギリスは君を敵に回したくないってことさ」

 

ダブル・オー・セブンが唇に苦笑を浮かべて、北斗も曖昧に笑った。そして、2人はもう一度力強く握手を交わした。固く握られた相手の手から、いかに彼が強靭な精神力と、大きな心を持っているかが、北斗の手に伝わってくる。

国境や民族といった隔たりを越えた、鍛えぬかれた男と男の固い握手の後、2人はどちらからとなく左右に分かれた。

途中、一度だけダブル・オー・セブンは立ち止まって、踵を返した。

 

「……これからどこへ?」

 

北斗は彼らに背中を向けたまま、

 

「もう1人の自分のところへ」

 

と、言った。

 

 

 

 

 

来た道を引き返して、北斗は彼女の元へと足を急がせる。

さして長くもない一直線な通路は、彼自身が葬ってきたいくつもの亡骸によって埋もれていたが、北斗はそれに足をとられることなく、力強く歩を進めた。

ほどなくして、目的の扉が見えてくる。いかにも重厚そうな、鉄の扉。

北斗は、その前に静かに立つと、ゆっくりと深呼吸をしてから、"トントトンッ"と、特徴的なノックをした。分厚い鉄の扉だが、音は向こう側まで伝わったはずである。

しばらく経って、"ギギギィ……"という、不気味な金属と金属の擦れる音とともに、ゆっくりと扉が開いた。

片手でAR−18を抱えた国枝官房長官が、訝しげに銃口と顔を覗かせ、北斗の姿を見るなり、ほっと息をついて彼を出迎える。

 

「無事でしたか……」

「すべて終わりました」

 

北斗はたった一言の簡潔な報告を終えて、彼は一歩部屋の中に足を踏み入れるなり、真っ直ぐ彼女の元へと向った。

そして、1メートルと離れていない距離で彼は立ち止まり、2人の視線が絡み合う。

2人はしばらくの間、何も語らず無言で見つめ合った。

やがてその状態が1分ほど続いて、北斗は静かに口を開く。

 

「……約束は守りましたよ」

 

自分がちゃんと生きてこの場に居ることを見せつけるように、彼は小さくガッツポーズをとった。

それを見て、光の目尻に涙が浮かび上がり、一筋だけ、頬を伝って地面に落ちた。

 

「おかえりなさい……!」

 

光は、言葉と同時に北斗の胸へと飛び込んだ。

彼女は何も言わなかった。ただ、北斗にしがみつき、その存在を確かめるように無言で打ち震えていた。

北斗は、そんな彼女の肩に手をのばすと、彼は声もなく光を抱きしめた。

この瞬間、2人の時間が止まった。

 

 

 

 

 

――1972年8月12日

 

 

 

 

昼下がりの暖かい屋根の上での昼寝を終えて、猫達は飼い主のいる懐かしい自分の家への帰路を急ぐ。猫のわずかな前頭葉は明日のこと……未来のことを、考えるようにはできていない。

猫達はいつも懐かしい過去の世界を生き、あの世界に戻るために、しなやかな体をピンと張って、屋根から屋根へ、塀から塀へと、飛び移っていくのだ。

音もなく、器用にほとんど足場のない塀の上を足早に駆け、猫達は昨日を目指す。

ふと、1匹の猫が、西の空に視線をやった。

西の地平に隠れかかっている太陽は、まるで空から消え去るのを惜しむかのように、赤々と輝いて自らを誇示していた。

地上に近付いた落日の光を眺め、猫の瞳孔は、細く絞られていった。

――と、不意にその瞳孔が大きく見開かれる。

猫の第2の目と言っても過言ではない髭がピンと逆立ち、猫は、西の空から、己が頭上へと目をやった。

そこには、鳥が3羽飛んでいた。

しかし、どこかおかしい。自分が知る鳥達とは、大きさも、シルエットも、まるで違う。

あれではまるで―――と、考えようとしたところで、猫の思考は止まった。

猫は3羽の鳥が自分に危害を加える存在ではないと悟ったのか、次の瞬間には興味をなくし、喉の奥を見せて大きく欠伸をした。

そして、歩みを再開する。

自分の昨日の、幸せへと向って……

 

 

 

 

 

夕暮れ時、大地は赤く染まっていた。世界のすべてが燃え立つ炎のような紅に染まる風景は、まさに心奪われる美しさである。ともすれば、世界がこのまま燃え尽きて、失われてしまうのではないかとすら思わせる、破滅的な輝き……

世界を鮮やかに照らす紅の色は、同時に、世界を暗闇へと落とし入れる血の色でもある。

そんな光を背負って、こちらへとやってくる人影がある。逆光のせいか、その人物が一体誰であるのか、一見しただけでは分からない。

ゆえに、人は尋ねる。

()(かれ)」と。

だが、気をつけなければならない。その影は人ではなく、『魔』であるかもしれぬのだ。

ならば、『魔』と出会ってしまった人間はどうなるか……?

答えは、"神隠し"に遭う。昼と夜とが交代するこの時間、人界と魔界の境界は崩れ、ひとつに溶け合うのだ。夕暮れ時を『黄昏時』、または『逢魔が時』と呼ぶのは、このためである。それを証明するかのように、空は夕陽の赤と、夜の闇が交じり合い、薄い、紫めいた色を帯びていた。

そんな曖昧模糊とした色彩の、空の下、2台のジープが、並んでいた。

市販のものではない。かつて第二次世界大戦の戦場を駆け巡り、今なお、現役で走り続けている、軍用のものである。自慢の60馬力はすべて輸送のために使われているのか、武装はしていない。荷台の部分にはカバーがかけられていて、積み荷は外から見えないようになっていた。

積み荷だけではない。フロントガラスは鏡面仕様になっており、やはり運転手の姿は、確認できないようになっている。

いったいいかなる人物が、2台のジープを運転し、いかなる積み荷を載せているのか?

積み荷のことを考慮してか、2台のジープは時速60キロほどのスピードで、人気のない山道へと進んでいった。

 

「―――以上が、現在のあなたが置かれている状況です」

 

2台のジープのうち、先行するジープの荷台の上……カバーによって仕切られた狭い空間の中、バネッサ・キースリングの日本語は、同じく荷台の上で体を小さくして座っている闇舞留美の耳の中に、透き通るように入っていった。

あの後――留美を狙って現れたサラセニアンを撃退したあの後――、留美はSIDE〈イレイザー〉の生き残り……シュウ、春麗、バネッサ、ミスリムの4人によってジープの荷台に乗せられ、同じく荷台に乗ったバネッサから、事のあらましについての説明を受けていた。

自分の兄……闇舞北斗の所属する〈ショッカー〉という組織について。北斗の体に施された、改造手術について。SIDE〈イレイザー〉のこと。そして、北斗にとって自分が、半ば人質同然に〈ショッカー〉によって四六時中見張られていたことについてなどを、彼女から聞かされた。

 

「……あまり、驚かないんですね?」

 

すべてを話し終えて、あまり特別な反応を見せない留美に、バネッサは少し驚いたように言った。

留美は、曖昧な笑みを浮かべながら首を横に振ると、これまた曖昧な表情で口を開く。

 

「ううん。驚いてるよ。驚いてるんだけど……」

 

驚かないはずがない。恐ろしくないはずがない。ただ、自分でもどう反応すべきか分からないのだ。

話のスケールが大きすぎるために、かえって留美は冷静でいられた。

バネッサの目には、その姿は『肝が据わっている』と、捉えられたのだろう。彼女の留美を見る視線には、感心のようなものがあった。『さすがはホクトの妹』というものも、少しだけ混ざっている。実際は、話の内容を漠然としか理解できずに、困っているだけなのだが……

 

「いくつか質問したいことがあるんだけど……いいかな?」

 

とりあえず、留美は目の前の見た目中学生にしか見えない女性に質問することにした。

今は少しでも多くの情報を得るべきだと、彼女の脳は判断したようである。

 

「わたしで答えられる範囲でなら」

「じゃあ、まずは〈ショッカー〉のことについてもう少し詳しく教えて」

「え? でももうかなりのことは話したはずですけど……」

 

自分と1つしか違わないのに、『ちゃん』付けなのは気付かないフリをして、バネッサは口を開いた。

 

「うん。〈ショッカー〉がどんな構成で、どんな目的を掲げていて、どんな戦力を持った、どれだけの規模の組織かってことは聞いたよ。……でも、私が知りたいのはそういうことじゃなくて、もっと根本的なことなの」

「根本的?」

「うん」

 

留美が小さく頷いて、バネッサの眼が、キラリと光る。

 

「私が鈍いだけかもしれないけど、聞けば聞くほど、〈ショッカー〉っていう組織は分からない。鉄の掟の下に統制された規律ある集団に見えて、気のみ気のままに動くような人もいる。綿密な準備段階を踏まえて慎重に作戦行動をとることもあれば、一個人の狂気が生み出したとしか思えないような行動もとる。……これって、組織としてはあまりにも両極端だと思うの。これじゃまるで……」

「まるで……なんですか?」

「……まるで、子供みたい」

「…………」

「ねぇ、教えて。そもそも、〈ショッカー〉って何なの? 〈ショッカー〉の指導者ってどんな人なの?」

「…………」

 

バネッサは言葉を失った。なぜなら、それはバネッサ自身の疑問でもあったからである。

『―――〈ショッカー〉とは何者なのか?』

組織に入ったばかりの頃、バネッサは当然のごとくその疑問を抱いた。しかし、その解答を教えてくれる人物は現れなかった。

〈ショッカー〉という組織を構成する大半の人間は脳改造を施されており、必要な質問以外は応じないようになっていたし、第一、下っ端の人間には、その事は教えられていなかった。これは、脳改造を施されていない技術者陣や、外部協力者も同じである。

また、その疑問に答えてくれそうな人物達は『ゾル大佐』や、『死神博士』、『地獄大使』といった〈ショッカー〉の大幹部達ばかりで、いかに〈ショッカー〉最強の特殊部隊のメンバーとはいえ、究極的には一介の戦闘員にすぎない自分では、質問さえ許されないような立場の者達ばかりだった。

ほかに、解答を持っていそうな人間がいなかったわけではない。しかし、彼らは彼らで、いつもバネッサが質問をすると、解答を暈すなり何なりして逃げていた。

やがてバネッサはSIDE〈イレイザー〉に編入され、激務に追われるうちにその疑問自体を風化させていった。

しかし、今ここにきて、その疑問が再び浮上したのである。

 

「……〈ショッカー〉の首領が何者なのか、何を目的としてこの組織を作り上げたのか、それを知っている人間は〈ショッカー〉の中でも多くはありません。私達SIDE〈イレイザー〉ですら、詳しくは聞かされていませんから……」

「……そっか」

「…………でも」

「?」

「……でも、あの2人なら何か知っていたのかも……」

 

バネッサの脳裏に浮かび上がった、2人の人物……今は亡きランバート・クラークと、生死不明の闇舞北斗。

北斗もランバートも、2人は10年以上もの間〈ショッカー〉に仕えてきた身である。

特に、アトミック・ソルジャーの犠牲者であったところを救ってもらったランバートの、〈ショッカー〉への忠誠心は本物だった。彼が、〈ショッカー〉の首領から直接それらの真相を伝えられていた可能性は高い。

もっとも、今となっては確かめようのないことだったが……

 

「……そっか。じゃあ、次の質問。多分、これがいちばん重要な事なんだろうけど……」

 

一度開いた口を一文字に閉じ、留美は言い淀んだ。逡巡である。よほど言いにくいことなのか、薄く形のよい彼女の唇は少し震えていた。

 

「なんです?」

 

そんな留美の様子を知って、バネッサが次の言葉を促す。

留美は、上手い具合に言葉が見つからないまま舌を動かした。勿論、そうしながらも、会話の中で適切な言葉を捜す努力は怠らない。

 

「……どうして、私を助けてくれたの?」

 

バネッサは、留美の質問の意図するところが理解できず、一瞬キョトンとした。

見た目中学生な彼女の顔が、さらに幼いものとなる。

 

「えっと……それはどういう意味で?」

「う〜ん。なんて言ったらいいかな……つまり、〈ショッカー〉っていう組織には鉄の掟があって、それを破ったらすぐに反逆者のレッテルを貼られちゃって、粛清されちゃうわけでしょ?」

「はい。その役目は主にわたし達SIDE〈イレイザー〉が行ってきました」

「――今回、バネッサちゃん達は暗殺の対象だった私を助けて、こんな逃げるための手引きまでしてくれて……これって〈ショッカー〉から見たら明らかな反逆行為だよね?」

「……そうですね」

 

バネッサは伏せ目がちに答えた。これから自分達に襲いかかってくるであろう、〈ショッカー〉の執拗な追撃を想像してか、その表情は暗い。

 

「さっきバネッサちゃんから聞いた限りじゃ、〈ショッカー〉っていう組織はすごく大きな組織だよね。そんな組織から睨まれるなんて、普通は避けたいと思う。でも、バネッサちゃん達はその普通じゃないことをやっちゃった。結果的に〈ショッカー〉から追われる羽目になっちゃった。私を、助けたせいで……」

 

それでも、彼らだけが〈ショッカー〉から追われるだけならばまだいい。彼らはその〈ショッカー〉でも最強を誇ったSIDE〈イレイザー〉のメンバーである。彼らだけならばまだ生き延びれる可能性はある。しかし、今はプロである彼らにとっては邪魔なだけの、非戦闘員である自分がいる。

……結局のところ、バネッサ達が留美を助けることによって生じるメリットは何もないのだ。むしろ、闇舞留美という重荷を抱え込んだことによって生じるのは、デメリットばかりである。しかも、そのデメリットは〈ショッカー〉の追撃という、圧倒的に大きいものだ。

留美は、そのことを充分すぎるほど理解していた。

そして、理解していたがゆえに、逆に自分を助けてくれたバネッサ達の真意を計りかねていた。

 

「……ねぇ、教えて。どうしてあなた達はリスクを冒してまで私なんて重荷を抱えようとしたの?」

 

留美は、やや厳しい視線をバネッサに向けながら言った。唇が若干震えているのは、不安によるものなのであろう。

改造人間であるバネッサは、留美の唇が震えていることや、彼女の動悸が少し早まっていることに気付いていたが、あえて何も言わず、『なんだそんなことか……』という具合に、何度か頷いてみせた。

そして、彼女は平然と、至極単純で、明瞭な理由を述べた。

 

「理由は簡単です。わたし達はみんな、ホクトが好きだからですよ」

「兄さんが?」

「はい」

 

バネッサは、わずかにはにかんだ。

 

「わたし達はSIDE〈イレイザー〉というチームのリーダー以上に北斗が好きなんです。だから、わたし達はあなたを助けた。わたし達の好きなホクトの妹だったから助けた。それだけのことですよ」

 

もっとも、それ以外の理由がなかったわけではない。

―――あの時、北斗が死神カメレオンから自分を守ってくれたあの時、死神カメレオンは明らかに自分を襲おうとしていた。現役SIDE〈イレイザー〉のメンバーである自分を、だ。

いくら死神カメレオンに正常な判断力が欠如していたとはいえ、襲っていい者とそうでない者の識別ぐらいは出来ただろう。なぜなら、それは判断力云々以前に、作戦の前にプログラミングされるものだからだ。

つまりバネッサは――バネッサだけではない。SIDE〈イレイザー〉のメンバーは――、北斗の努力の甲斐もなく、〈ショッカー〉から失敗者として始末される立場になっていた、ということである。

しかし、バネッサはあえてそれを留美に言うのを止めておいた。

今の今まで、何の事情も知らなかった彼女に余計な負担をかけたくはなかったのだろう。

 

「……そっかぁ。ふふふっ」

「……? 何を笑っているんですか?」

「いや、兄さんは愛されてるんだなぁ、って」

「……そうですね。なんだかんだでホクトは面倒見よかったですし」

 

自分がSIDE〈イレイザー〉に入ったばかりの頃、ロシア語で書かれた兵器の操作マニュアルを一晩かけて翻訳してくれた北斗のことを思い出して、バネッサが苦笑する。

あの夜は任務先で手に入れた貴重なテキーラを一番かけてゆっくりと味わうと言っていたが、結局一滴も飲まずに翻訳に尽力してくれたのだった。

 

「……それじゃ最後の質問、いいかな?」

 

昔を懐かしむバネッサの穏やかな表情に余裕ができたのか、留美は唇に微笑を浮かべながら言った。

 

「はい」

「これはちょっと個人的な質問なんだけど……」

「なんです?」

 

次第に余裕の出てきた留美の表情に気をよくしたのか、バネッサもある意味歳相応な表情をつくった。

……だが、その表情は次の瞬間には一変した。

 

「……兄さんとはどんな関係なの?」

 

留美は、天使のような満面の笑みのままバネッサに訊ねた。

 

「…………」

 

"ピシィッ"と、バネッサの表情が硬直する。どうやら、一時的なフリーズ状態に陥ったらしい。

10秒…20秒……と、時間が経って、ようやく彼女の脳がその言葉の意味を理解した時、彼女の顔色は一転した。

 

「な、ななななな……」

 

茹でダコのように顔を赤らめ、バネッサはわなわなと震え出す。

ただでさえ幼かった外見がさらに幼いものとなり、次の瞬間、彼女は爆発した。

 

「そ、そそ、そ、それはどういう意味ですか?」

「はっきり言わなきゃ分からない?」

 

顔を真っ赤にし、しどろもどろなバネッサに対して、留美は相変わらず天使のような満面の笑みを浮かべている。ただ、そこはかとなく周囲の気温が少しだけ下がっているような気がするのは……気のせいではないだろう。

 

(このプレッシャー……まさかシャアッ!?)

 

ちなみに、あのアニメが実際に放映されるのはこれより7年後のことである。

 

「る、留美さんの言っている関係というのはよく分かりませんが……わ、わたしとホクトの間には、べ、別に何もありませんでしたよ」

「本当に?」

「…………う……」

「絶対に何もなかったって言える?」

「うぅぅ……」

「本当に、絶対に兄さんとは男女の関係じゃなかったって誓える?」

 

一言一言を発するたびに、プレッシャー重圧が増大していく。一言一言が発せられるたびに、その身が縮こまっていく。

その状況を形容するならば、『蛙に睨まれた蛇』。たいへんシュールな光景である。

蛙の追求に蛇は自らの鋭い牙の存在すら忘れて、とうとう屈服した。

 

「……………………ごめんなさい。ホクトとは何度か寝ました」

「……ふぅん」

 

顔を真っ赤にしながら答えたバネッサに、留美はジト目で、彼女を突き刺すような視線を向けた。

そして、ボソリと一言……

 

「……兄さんのロリコン」

 

―――この時、留美は失念していた。

たしかに、今の留美の呟きは普通の人間には聞こえないほどかすかなものだった。

しかし、目の前にいるバネッサは普通の人間ではない。感覚機能を何倍にも強化された、改造人間なのだ。どんなに小さな声であろうと、普通の人間の唇から発せられた周波数の音である以上、この距離で聞こえぬはずがない。

 

「!?」

 

バネッサは、恐るべき衝撃を受けた。

そして……

 

「ど、どうしたのバネッサちゃん!?」

 

……凹んだ。

留美に背を向け、のの字書きをする元世界的秘密結社〈ショッカー〉のトップスナイパー。

 

「ど、どうせわたしなんて……」

「いや、あの、その……」

「ふふふ〜、どうせちっちゃいですよ〜、でも、速さでは負けないんです〜」

「ば、バネッサちゃん、それキャラが違う〜!」

 

ちなみに、あのゲームが発売するのはこれより31年も未来のことである。

落ちこむバネッサをオロオロしながらも必死にフォローする留美だったが、彼女の言葉はバネッサの耳には届いていないようだった。

 

「ぐ〜るぐ〜る……」

「あああ、ど、どうしたら……」

 

そんな微笑ましい(?)光景が繰り広げられている最中だった。

 

"ガッ! キキキキキィィィィィィイイイ〜〜!!!"

 

決して平坦とは言えない悪路での急ブレーキに、ジープの1.1トンの車体が大きく揺さぶられる。

突然の衝撃に何の備えもしてないかった留美は、床に頭をぶつけてしまった。

 

「っ〜〜〜!」

「る、留美さん、大丈夫ですか?」

 

心配そうにバネッサが声をかけた時、ようやくジープは完全に制止した。

 

「あいたたた〜〜〜。……い、一体何が起きたの!?」

「……春麗、どうしたんですか?」

 

バネッサは、改造人間でなければ聞き取れないような周波数の音で、運転席に座っている彼女の名を呼んだ。

すると、運転席の方からも、同じ周波数で返事が返ってくる。

 

「……追っ手よ」

 

バネッサの双眸がギラリと凶悪な輝きを見せ、その直後、傍らにいる留美では介入することの出来ない世界での会話が始まった。

 

「SIDE〈イレイザー〉の皆様、どちらに行かれるおつもりですか?」

 

男とも、女とも判別できる、妙に機械的な声。抑揚のないリズムで紡がれる言葉には、前後して"ぶーんっ"という、かすかな振動音が纏わりついていた。

 

「ちょっと皆で海外旅行にでも行こうと思って……悪いんだけど、そこ、どいてもらえないかしら?」

 

いつもの調子で言う春麗だが、その表情からは微塵の余裕も覗えない。それは、目の前の相手が、一瞬の油断も出来ない相手であることを、暗に示していた。

鏡面仕様のフロントガラスを挟んで、春麗の目の前には灰色のスーツをりゅうと着こなした男がいた。見た感じ普通のサラリーマンだが、その表情にはひどく覇気がない。どこか植物的な物静かさを感じさせる男である。

 

「海外旅行……うらやましいご身分ですな。しかしながら、少しばかり荷物が多すぎるのでは?」

「あら、女の子の荷物としてはこれでも少なすぎるぐらいですよ」

「そうそう。私ならスーツケース10個は固いわね!」

「……自慢になりませんよ、春麗」

 

何故か得意げに言う春麗に、冷静なツッコミを入れるバネッサ。

しかし、その双眸は未だ凶悪な輝きを秘めたままだった。

 

(気温22度。湿度35%。微風あり。障害物は周辺の木々。敵はジープの周囲を完全に取り囲む形で戦闘員が40人ほど。怪人は、1人……)

 

改造人間全体としても比較的高い部類に入る感覚能力を最大に発揮して、バネッサは周辺の地形、天候、敵の数、位置などの情報を収集し、脳内で処理していく。それは次に起きるであろう事態に、備えてのことなのか……。

 

「なるほど。ですが、いくら改造人間とはいえ、女の身でその大荷物は酷でありましょう。どれ、私がお手伝いを……」

「あら、それには及ばないわよ」

「はい。わたし達には頼りになる荷物持ちがいますから」

「……それって僕のことかい?」

 

後方のジープの運転席に座っているシュウが、複雑な表情で訊ねる。

しかし、バネッサも春麗にもそれには答えず、人ならざる者同士の会話を続けた。

 

「……ま、とにかくそういうわけだから、あなたに手伝ってもらう必要はないわ」

「はい。ですから、この辺りでお引取り願えませんか?」

 

バネッサが、表情の見えない男に向って愛想笑いを浮かべる。

当然、男にはその表情は見えないのだが、声色からしてなんとなく理解したのだろう。彼はニヒルな微笑を返して、肩を竦めた。

 

「分かりました……と、素直に言えないのが残念ですなあ。出来れば、あなた方と戦いたくはなかったのですが……」

「僕達だって、怪人となんて戦いたくないよ」

 

シュウが、手元でなにやらカチャカチャと金属でできた何かを操作する。

"ジャキンッ"と、金属と金属のぶつかり合う鋭い音が鳴って、命を刈るための道具は準備を整えた。

 

「残念ですなあ。実に残念です。……ですが、これも仕事ですから」

 

男が"パチンッ"と、軽く指を鳴らす。

すると、今まで気配を殺し、林の中に潜んでいた者達が姿を現した。

黒を基調とし、人間の骨格を思わせるペイントをされた全身タイツで現れた彼らは、やはり黒を基調としたフェイスガードをしており、その表情を覗うことは出来ない。額と、腰のベルトのバックルに刻まれた鷲は、まるでドイツ国旗を思わせるかのように、両翼を広げている。

――〈ショッカー〉の戦闘員であった。

その数、バネッサが感知した通り、ざっと40人……

 

「最後にもう1度言いましょう。そちらのお嬢さんを我々にお渡し下さい。……今ならまだ、〈ショッカー〉にもご慈悲がありましょう」

 

その言葉は、留美にもはっきりと聞こえる周波数の声で紡がれた。

ここにいたって始めて、男の存在を知った留美が、ビクリと身を震わせる。

不安げにバネッサへと視線をやると、バネッサは小さく「大丈夫ですから」と言って、幼子にそうするように頭を撫でさすった。彼女の震えが、次第に治まっていく。

 

「慈悲……ねぇ。私達の仲間はその慈悲ある〈ショッカー〉に襲われたんだけど?」

「仮にこのまま留美さんを渡したとしても、僕達の命の保証はないしね」

「残念ですが、丁重にお断りさせてもらいます」

 

2人の運転手が口を揃えて言い、バネッサが首を縦に振って同意する。

 

「……仕方ありませんね」

 

男は、やれやれと肩を竦めて、気怠そうに右手を掲げた。

そして、それが合図であったかのように、ジープを取り囲む戦闘員達は動き出した。

ある者はナイフを抜き、ある者は銃器の安全装置を解除する。

ある者は背の丈ほどもある長大な杖を構え、ある者は手榴弾を投擲するべく、大きく振りかぶる。

 

「留美さん……」

「なに?」

「これを……」

 

バネッサは、本能的に外で起きている異変に気付いたのか、じっと固まったままの留美の掌に、1挺の自動拳銃を握らせた。

―――ドイツ製・ワルサーP4である。

名銃・ワルサーP38の全長縮小版で、9mmルガー弾を8発装填することが出来る、ダブル・アクション式トリガーを備えた自動拳銃だ。

 

「すでに初弾は装填されています。身の危険を感じたら、迷わず撃ってください」

 

力づけるようなバネッサの言葉に、留美は若干震えながらも頷いた。

そのやり取りを聞いていた男が、右手を掲げたまま口を開く。

 

「……下手に足掻かせて、苦しませるのは可哀想ですよ?」

「へぇ…もう、自分達の勝利を確信してるんだ?」

「当然です。あなた方ならば理解できるでしょう? 状況は、圧倒的にこちらが有利なのですから」

 

たしかに、とシュウは内心で同意する。

周囲を取り囲む戦闘員達と違って、自分達はジープに乗っている状態だ。戦うためには、必然的に『ジープから降りる』というアクションをこなさねばならない。これでは反撃が遅れてしまうし、下手をすれば手榴弾によって先手を打たれ、全滅しかねない。

状況的は圧倒的にこちらが不利である。しかし、不思議なことに、シュウ達の胸中には、『焦り』という言葉はあっても、『不安』という言葉はなかった。

そして、その焦燥自体も、究極的には『このままでは海外に脱出するための飛行機に間に合わなくなってしまう』という程度のもので……彼らにはむしろ、戦いに対する『余裕』すらあった。

なぜなら、彼らには…………

 

「……それはどうかの?」

 

ミスリム・シュレッガーという、魔術師の心強い仲間がいるのだから。

 

 

 

 

 

指揮官である男が、攻撃開始の命令を出そうとした直前であった。

空間転移で、最も危険な戦闘員――銃器で前方のジープを狙っている者――の背後に出現したミスリムは、得意の火球による奇襲で彼らを撃破すると、続いて彼らの銃器を奪い取り、空に向って乱射した。

普通の人間の兵士と違って、脳改造を施されている〈ショッカー〉の戦闘員は、目の前で起きたイレギュラーによって、パニック状態になることはない。ただ、機械のように決まったパターン通りに動いて、目の前のイレギュラーを対処するだけである。

しかし、当然ながらそのためには、目の前で起きたイレギュラーの正体を知らねばならない。

戦闘員達は全員、視線を音源へと向けた。

その一瞬――コンマ1秒あるかないかの、その一瞬の間に、バネッサ達は飛び出した。

両手にウージー・サブ・マシンガンを構えたシュウが、ジープの車体の上に立って、右足を軸に体を回転させながら掃射する。

照準も何もない、周囲に弾幕を張るための射撃は、撃ち洩らしもあったが、大半の敵に一撃を加えることに成功した。

とはいえ、仮も戦闘員は〈ショッカー〉の改造人間である。急所に当たらない限り、ピストル弾の1発ぐらいでは死ぬことはまずない。

しかし、戦力を低下することはできたし、連続して起きたさらなるイレギュラーは、脳を改造された彼らをして、動揺を生ませた。

一瞬、虚を衝かれた戦闘員達に、シュウの、ミスリムの、バネッサの、春麗の牙が迫る!

瞬時にして、そこは戦場へと変わった。

 

 

 

 

 

全身の筋肉をバネに、爆発的な加速で接近したシュウが、その豪腕をもって戦闘員達を殴り倒す。その背後を狙って、別の戦闘員がナイフを振り下ろす。

しかし、振り向きざまに放たれたシュウの右回し蹴りは、戦闘員のナイフを弾き飛ばし、さらにその右足は、そのまま戦闘員の脳天に向って、踵落としを極めた。頭蓋ごと脳髄を砕かれ、絶命する戦闘員。

シュウはウージーに新たな弾倉を叩き込み、遠巻きにその光景を見ていた他の戦闘員達を掃射した。

 

 

 

 

 

春麗は、ヒット&アウェイでバトルナイフを戦闘員達の喉元で閃かせるや否や、華麗なステップで横に跳び、拳に装着したスタンガン内臓のメリケンサックで、進路上にいた頭部を殴りつけた。

脳を焼き焦がされ、たちまち絶命する戦闘員。そして彼女は、その死体を回し蹴りで別の戦闘員に叩きつけるや、着地させた足を軸足に、中国拳法『飛燕三連脚』で、たちまちに2人を撃破した。

その光景を、他の戦闘員達は茫然と見ていることしか出来ない。あまりに俊敏な春麗の動きに、戦闘員達はついていけないのだ。

そして、彼女の動きについてこられない以上、接近戦において、彼女に勝てるはずもなかった。

 

 

 

 

 

ミスリムは戦闘員達の攻撃が届かない遥か上空へと飛翔すると、彼らに向って無数の火球を降り注いだ。1発1発が人間の拳骨ほどの大きさもある、炎の雨である。

不思議なことに、周辺の木々に燃え移らない炎の雨は戦闘員だけを貫き、彼らの命のロウソクを燃やし尽くす。後に残ったのは、証拠隠滅プログラムによって白濁とした液体に溶解した戦闘員の体と、彼らが所持していた武器だけだった。

 

 

 

 

 

"ターンッ!"という、空を引き裂くような銃声が鳴って、眉間をライフル弾で撃ち抜かれた戦闘員が仰向けに倒れる。

その様を冷ややかにチラリと一瞥するなり、すぐさまバネッサは後ろへと跳躍した。先ほどまでバネッサがいた地点に群がる戦闘員達。

移動しながら、バネッサは両手で抱えたボルトアクション式スナイパー・ライフル……アメリカ製・レミントンM700を操作する。

ボルトに付属したハンドルを起こし、閉鎖された機関部が解放される。そしてそのままハンドルを引くと、金色の空薬莢が宙を舞い、機関部に、新たな弾丸が叩き込まれる。

彼女が次に着地した時には、すでにレミントンM700は発射態勢に入っていた。

そして地面が足に着くなり、刹那的な速さでトリガーを引き絞る。

照準を合わせるどころか、射撃姿勢もとらずに放たれた銃弾は、彼女に向ってナイフを投擲しようとする戦闘員の眉間に、寸分の狂いもなく命中した。膝を折り、崩れ落ちる戦闘員。

直後、バネッサは左に跳び、レミントンの薬莢排出、次弾装填を行うと、そのまま着地をすることすらなく、レミントンを撃った。

空中という、あまりにも不安定な姿勢からの、それもライフル射撃である。有視界戦闘とはいえ、通常、弾丸が命中することなど、ありえる話ではない。しかし……

 

「!?」

 

その戦闘員には何が起きたのか分からなかっただろう。そして、その疑問が解決されることはもう永遠にない。

なぜなら、彼の脳は、バネッサの放った銃弾によって、四散してしまったのだから……

―――いかなる状況であっても、確実に射撃を成功させることの出来る、世界でも屈指のスナイパー……それが、バネッサ・キースリングなのだ。

 

 

 

 

 

4人が4人、それぞれがそれぞれの戦いを繰り広げ、最初いた40人の戦闘員達は、見る見るうちにその数を減らしていく……

やがて、立っている戦闘員は1人としていなくなった。

 

「な、なんということだ……」

 

指揮官の男は明らかに狼狽していた。

無理もない。40人いた戦闘員が、たった4人――しかも相手は守るべき対象がいるというハンディキャップを背負っている――の改造人間に、全滅させられてしまったのである。

 

(これがSIDE〈イレイザー〉の実力だというのか!?)

 

相手はかつて組織でも『最強』の名を欲しいがままにしてきた、SIDE〈イレイザー〉である。決して舐めてかかれる相手ではないし、まして、油断などできるわけもない。だからこそ、たった4人の戦闘員を相手に40名もの戦力を投入し、銃器や手榴弾など、〈ショッカー〉の組織性を考慮すれば、考えられないような装備を投入したのだ。

司令塔である〈壱番〉を失い、あまつさえ他の8名のメンバーを失った彼らは、その戦力を大きく激減させていたはずだったし、事実そうであった。かつて〈ショッカー〉で最強を誇った戦闘員達は、一般社会への正体露見を覚悟してまで投入された40名もの圧倒的戦力による猛攻の前に、なす術なく全滅するはずだった。

……そのはず、だったのだ。

それが今や、目の前の光景はどうだろうか?

40名もの戦闘員は逆に全滅させられ、対称的に、相手の損害は戦闘で消費した弾薬や、メリケンサックのバッテリーのみで、本人達への実害は皆無に等しい。40名の戦闘員達の勇猛果敢な攻撃は、彼らにかすり傷一つ負わせられなかったのである。

男の脳裏を、『撤退』の二文字がよぎる。

しかし、男は大きく頭を振ってその考えを否定した。

目の前にいるSIDE〈イレイザー〉がそう簡単にこの場から逃げさせてくれるとは到底思えなかったし、もし、仮にここから逃げ延びたとして、おめおめと逃げ帰ってきた失敗者を、〈ショッカー〉が許すとも思えない。

もはや彼に、退路はなかった。

しかし―――

 

(やるしかない……!)

 

男に退路はなかったが、進路まで奪われたわけではなかった。

男は、この状況に絶望すると同時に、自らを奮い立たせた。腹をくくったと、言うべきかもしれない。

究極的に見れば、所詮戦闘員に過ぎないSIDE〈イレイザー〉と、自分とでは、人数や戦闘技術の優劣を除けば、改造人間としての基本性能はこちらの方が上である。一対一の状況に持ちこむことが出来れば、決して勝てない相手ではない。

 

「ククククク……」

「? 何が可笑しいんだい?」

 

突如として苦しげに笑い出した男に対し、シュウが怪訝な表情で訊ねる。

そんなシュウの問いに対して、男は小刻みに肩を上下させながら、

 

「いえ、人間、覚悟を決めると、どんな切羽詰った状況でも存外冷静になれるものだと、身をもって実感しまして……」

 

その言葉に、春麗の美しい眉が"ピクリ"と動いたのと、男の貧相な身体に変化が起きたのは、ほぼ同時だった。

背広の下の筋肉が不気味に蠢き、一気に膨張を始める。

男は、一気に背広をワイシャツごと破り捨てた。彼の上半身が、露わになる。

剥き出しになった肉体は、すでに人のものではなかった。

人間の体毛とは明らかに異質な、針金のような剛毛が全身をびっしりと覆い尽くし、その背中からは、差し渡し数メートルはある透明な羽が生えていた。

変貌はそれだけに留まらなかった。彼の双眸は果実の艶やかさを孕んだ赤い複眼へと変化し、乾いた唇は針のように鋭く伸びていた。先端が、鏃のように尖っている。

肉体の劇的な変化に耐えかね、ズボンも、シューズも、紙切れのように破れ飛んだ。ただ一箇所、腰のベルトだけが残り、バックルが肥大化して、鷲の意匠が凝らされたレリーフとなる。

男は、完全な変身を遂げていた。

――〈ショッカー〉の改造人間……モスキラス。

 

「ブゥゥーヨン」

 

口の針状の管で、人間の体液を奪い取ることを得意とする、""の怪人である。

本来の姿を現したモスキラスを前に、SIDE〈イレイザー〉の4人は全身を緊張させた。

 

「モスキラス……」

「比較的最新型の改造人間だね。厄介だな」

「皆、あやつは飛行能力を備えておる。充分に注意せい」

 

ミスリムが警戒の勧告を促すのと前後して、モスキラスは羽をはためかせ、宙を舞った。

そして、複眼による多重視界で狙いを定めると、針を突き立て、一直線に――まるで矢のように突撃した。

標的は、他のメンバーより対空攻撃力が著しく低い、春麗だ。

 

(速い―――! けど……)

 

単純な軌道である。

たしかに、改造人間としてのスペックはモスキラスの方が上だろうが、春麗ほどの実力者ならば、余裕で回避できる。

彼女はギリギリまで誘って、カウンターで極めるつもりだった。

しかし―――

 

「!」

 

春麗の拳は、虚しく空を切るだけだった。

彼女の眼前まで接近したモスキラスは、その羽の大きさからは信じられないほどの旋回能力を見せ、彼女の拳を躱したのだ。

そして、あろうことか、彼女の背後へと頭から回り込むや、彼女の首筋に針を――

 

「春麗!」

 

咄嗟に拳を割り込ませ、モスキラスの針をシュウが掴む。

そのまま片手でモスキラスの体を放り投げ、追撃を繰り出そうとするが、モスキラスはシュウに手放された直後には、すでに彼の射程圏外を飛んでいた。

 

「春麗、大丈夫ですか?」

 

レミントンM700のスコープでモスキラスの姿を捉えながら、バネッサが訊ねる。

春麗は「ええ……」と小さく答えると、「油断したわね」と、続けた。

 

「所詮、""だと思って油断していたわ。よくよく考えたら、下手な鳥なんかよりも、昆虫の方が空を飛ぶのが上手かったりするものね」

「――でも、やっぱり昆虫は昆虫だよ」

 

針を掴んだ時に肉が切れたのか、掌を真っ赤にしたシュウが、もう片方の手で春麗にウージーを手渡して言う。

 

「さっき飛んでいるところを見て理解した。たしかに旋回能力には優れているけど、やっぱり速度の点で他の鳥型の改造人間よりも格段に遅い。僕達なら、充分に捉えられる相手だよ」

 

シュウは、まだ弾の残っている弾倉を捨てると、新しく予備弾倉を取り出して、ウージーのグリップに叩きこんだ。市販されているウージーの予備弾倉の中ではもっとも小さい、装弾数25発の箱型弾倉である。

シュウは、見ている方がむず痒くなるぐらいに、ゆったりとした歩調で、前へと歩み出た。

そして、モスキラスとの距離を、直線で10メートルほどまで詰めると、おもむろにウージーの銃口を、怪人の頭部へと向けた。

 

「シュウ……?」

 

シュウの行動を不審に思ったのか、春麗が訝しげな視線を彼の背中に送る。

その視線に気付いたのか、それとも最初から言うつもりだったのか、シュウは背中を向けたまま、穏やかな口調で言った。

 

「彼はどうやら一対一の戦いを所望しているみたいだから」

 

視線だけで「ね?」と、同意を求めると、モスキラスは""そのものの奇怪な顔をニヤリと歪めた。

そして、内心(甘い奴だ)と、蔑みながら、針を振動させる。

 

「騎士道精神ですか。ご立派ですねぇ」

「そんなんじゃないよ。ただ、一対一じゃないと満足に戦おうとしない、恥かしがり屋のキミとダンスをするには、これが一番だと思ってね。それに……」

「それに? 何です?」

「たとえ一対一であっても、僕はキミに負けない」

 

言い終えた直後、シュウの掌の中で、ウージーが咆哮した。1分間に600発の弾丸を叩き出すフル・オート射撃が、空中にいるモスキラスを奇襲する。

だが、モスキラスはUFOのような機動で舞い上がって、それら弾丸の雨を避けた。

そしてくるりと空中で一階転をして、シュウの頭上へと一瞬で移動するや、彼の首筋目掛けて、針を突き出し、突進した。

 

(とったッ―――――!)

 

奇妙な感動だった。

自分がこれから、あのSIDE〈イレイザー〉のナンバー2・〈弐番〉に止めを刺すのだと思うと、背筋がゾクゾクした。

――さて、奴の体液はどんな味だろうか……?

 

「っ……!」

 

しかし、モスキラスの針は、シュウの首までは届かなかった。

針は、咄嗟に2人の間へと滑らせ、あわやというところでブロックしたシュウの左腕に、深々と刺さっていた。

 

(狙いが逸れた!? だが……)

 

やることに変わりはない。

多少、首筋から吸うよりも時間はかかるが、腕からでも相手の体液は吸える。

モスキラスは、ストローで水を飲むように、"ちゅー"と、頬を窪ませた。

体内を駆け巡る血液が、体中のありとあらゆる体液が、急速に左腕へと流れこみ、体の外へと逃げていくのが分かる。

針を抜こうとしてか、シュウは乱暴に左腕を振り下ろした。

しかし、深々と刺さった針はその程度では抜けず、モスキラス自身もまた、その程度の衝撃では振り解けない。

 

「無駄ですよ。一度刺さったら、相手が死ぬまで抜けません」

 

器用にも、モスキラスは針で体液を吸いながら、針を振動させて、言葉を紡いだ。

するとシュウは、意外なことにモスキラスに向って、微笑みかけた。

 

「よかった。この程度で抜けるのなら、体を張った意味がないからね」

「なに?」

「別に針を抜く必要なんてないんだ。その針を封じることが出来れば、それでいい。モスキラス、その針はキミにとっての発声機関であると同時に、キミの唯一にして最大の武器だ。違うかい?」

 

モスキラスの、昆虫然とした表情が、恐慌に染まった。

シュウの狙いを悟ったモスキラスは、この場から脱出するべく、必死に左腕から針を抜こうとするが、彼自身がそう言ったように、針は、シュウが死ぬまで抜けることはない。

シュウはひどく緩慢な動作でウージーを地面に放ると、右手で手刀をつくり、それをモスキラスの針へと振り下ろした。

 

「っっっ―――――!!?」

 

声にならない悲鳴が、モスキラスから上がった。

針を叩き折られたモスキラスは、あまりの激痛に苦悶するも、これ幸いとばかりに、シュウから離れようとする。

……だが―――

 

「!?」

 

今までの緩慢な動きからは想像も出来ないほどの速さで、モスキラスの背後へと回ったシュウは、両手でその薄い、透明な羽を掴むと、一気に引き千切った。

 

「っっっ―――――!!?」

 

再び声なき絶叫が轟く。唯一にして最大の武器であると同時に、自らの発声機関である針を折られたモスキラスは、もはや叫び声を上げることも出来ないのだ。

モスキラスは前のめりになって倒れた。

口から、背中から、夥しい出血をしている。

シュウは、無言でモスキラスの背中を蹴り飛ばした。

二転、三転と地面を転がり、最後には大木にぶつかって、仰向けに倒れる。

シュウは、何故か小刻みに両肩を上下させながら、モスキラスに近付いていった。

そして、彼はモスキラスの胴体に跨った。いわゆる、マウントポジションである。

 

「言ったろ? たとえ一対一であっても、僕はキミには負けない、って」

 

ひどく、冷ややかな表情で、シュウは淡々と言った。

氷のような口調が、馬乗りになられたモスキラスの恐怖心を刺激する。

 

「――さて、何か言い残すことはあるかい?」

 

モスキラスは、必死に針を振動させて、何か言おうとした。しかし、出来なかった。

半分近くまでぽきりと折れた針は、もはや振動すらしなかった。

 

「そういえばもう喋れないんだったね……。いいよ、もう。何も言わなくても」

 

シュウは右手で拳をつくると、天高く振り上げた。

モスキラスの表情が、恐怖に引き攣る。

 

「おやすみ……」

 

打ち下ろされた右拳が、モスキラスの頭部を粉砕した。

 

 

 

 

 

証拠隠滅プログラムの作用からか、司令塔である頭部を失ったモスキラスの体は、急速に液化していった。白濁とした液体が地面に染み込み、やがて見えなくなっていく。

シュウは、最後までモスキラスの体が液化したのを見届けると、ヨロリと立ち上がった。

――が、その足取りは重く、1歩・2歩と歩いたところで、彼の巨体はドカッと膝を着いた。

バネッサ達が目を丸くする。

 

「う〜ん、どうやら血を抜かれすぎたみたい」

 

「足に力が入らないや」と、付け加えて、シュウは曖昧に笑った。

とりあえず、一応無事な彼の様子を確認して、バネッサ達はほっと胸を撫で下ろした。

 

「――それで、アクセルは踏めそう?」

「いや、恥ずかしながらこれがまったく……」

「仕方ありませんね……」

 

肩を竦めて、「少し休憩にしましょう」と、バネッサが言う。

さらなる追っ手の危険性を考慮すれば、早々にこの場から離れるべきは明白だったが、3人はあえてその提案に同意した。

アメリカ生まれのジープは、欧米人の体格に合うように設計されているし、馬力も強い。

いかに改造人間とはいえ、老体のミスリムでは荷が重いだろうし、バネッサにいたっては、運転技術云々以前の問題として、アクセルに足が届かない。また、守るべき対象である留美に運転を任せるなど、論外である。

シュウが動けない以上、バネッサ達はこの場に留まるしか術を持たなかった。

そうと決まると、彼らはそれぞれ、思い思いの場所に腰を落ち着けた。無論、ジープから距離が開かないように配慮し、必要最低限の警戒も怠らない。

バネッサは、留美にここで休憩することを伝えるべく、ジープへと歩いていった。

防水カバー1枚の戸を開くと、留美はその身を震わせていた。おそらく、外から聞こえてくる銃声や悲鳴に、怯えてしまったのだろう。

バネッサは、できるだけ留美を刺激しないよう微笑を浮かべた。

 

「留美さん、終わりましたよ。追っ手はすべて撃退しました」

 

『殺した』とか、『全滅させた』などの、直接的表現はあえて使わなかった。

しかし、それでも意味は充分に伝わったのだろう。

留美は未だ恐怖に表情を強張らせたまま「そう……」と、相槌を打った。

 

「少しここで休憩をとります。よかったら外に出ませんか?」

 

バネッサは、緊急用の輸血キットと、いくつかの密封パックを手に取った。ビニールの袋の中に、銀紙に包まれた細長いスティックが5本、入っている。

バネッサの呼びかけに、留美はしばし逡巡した後、コクリと頷いた。

バネッサは新たにソーセージを取り出すと、留美を手で招いた。

 

「わぁ……」

 

ジープから降りた留美の第一声が、それだった。

西の水平より自分達を赤く照らし出す、壮大な夕陽。夕焼け自体はさほど珍しくはなかったが、空気が澄んでいるからであろう。東京の町並みから見たものより、格段に美しい。

感慨深げにそれを眺めていると、バネッサがソーセージを手渡した。

 

「レーションですけど、本場ドイツ製ですから、味は悪くないですよ」

「ありがと」

 

留美はソーセージとバネッサの顔を交互に見比べて、袋を破り、一口頬張った。

それを満足げに見届けてから、ようやくバネッサは輸血キットと密封パックを持ってシュウの元へと向った。

慣れた手付きで輸血キットを操作し、シュウの左腕に取り付ける。

 

「あまり時間はとりたくないんですけど……どれぐらいで動けそうですか?」

「普通に考えたら血が馴染むまで2〜3時間は欲しいけど、そうも言ってられないよね。高機能食はある?」

「どうぞ」

 

バネッサが密封パックを開けて、中のスティックを1本取り出す。

片手しか使えないシュウの代わりに銀紙を破ると、中からは毒々しい緑色のスティックが顔を覗かせた。そしてそれを、右手に握らせる。

シュウは少し嫌そうな顔をしてから、それに噛みついた。その様子は、どこか投げやりにも見える。

 

「アクセルを踏むだけなら10分で終わらせるよ」

「大事をとって15分にしましょう」

 

バネッサは立ち上がると、踵を返して、春麗とミスリムを振り返った。

ミスリムはいつも通り瞑想を、春麗はぐっと伸びをしながら、心身を休めている。

バネッサは、2人に向ってスティックを投げた。

2人とも反射的に手を伸ばして、飛来物をキャッチする。

それから一瞬だけバネッサの方を見ると、2人はスティックの銀紙をはがしていった。ミスリムの表情はいつも通り動かなかったが、春麗はあからさまに嫌そうな顔をしている。

それを見てバネッサも、スティックの銀紙をはがす。その表情はやはり、とても喜んでいるようには見えない。

 

「バネッサちゃん、それ何?」

 

まだソーセージを半分ほど残している留美が、緑色のスティックを指差して、バネッサに訊ねた。

バネッサは愛想笑いを浮かべながら、

 

「高機能食品です。まぁ、言ってみれば宇宙食のようなもので……。改造人間の強化細胞を維持するのに必要な栄養が、これ1本で3日分摂取できるんです」

「へぇ…。あ、そういえば、偶に兄さんも同じようなのを食べてたっけ。……なんだか食べる時、いつにも増して物凄い表情だったけど」

「そ、そうですか……」

 

あからさまに視線を逸らし、バネッサはスティックに噛みついた。

顎を動かすたびに、バネッサの幼い表情が引き攣る。その目尻には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

留美は、同じようにスティックを食べる他の3人を見回した。

「…………」

「…………」

「…………」

 

皆、一心不乱に高機能食品を食している。

だが、その表情はとても複雑なものだった。……ミスリムだけは、変わらなかったが。

 

(い、一体どんな味なんだろ……?)

 

留美の胸中で、アレを食べてみたいという好奇心が、鎌首をもたげてくる。

 

「……ねぇ、バネッサちゃん」

「なんですか?」

「それって美味しいの?」

「……………………食べてみます?」

「う、うん」

 

よせばよいものを、留美は己が内から湧き上がる好奇心を抑えきれなかった。

バネッサは、まるで『目の前に広がる死地に向かって、たった1人で赴こうとする新兵』を見るような表情で、スティックをポケットナイフで(バネッサにとっての)一口分だけ切り取って、留美に渡した。

一見すると、毒々しいまでの緑色をしただけで、あとは何ら変哲のない、普通の加工食品である。妙に表面が艶々しているのが、若干気になるが。

留美はそれを口元にもっていった。

 

(う……)

 

プラスチックのような、嫌な臭いがする。

この時点で、人の食べる物ではないような気がしてきた。

 

(……で、でも、兄さんも食べてたんだし、きっと食べれないようなものじゃないよね。果物の王様って言われてるドリアンだって、臭いはキツイっていうし)

 

持ち前の前向き思考で、どうにか臭いを克服する。

留美は意を決して、それを口にした。

その、味は―――

 

「○×△□●×▲■〜〜〜〜〜!!!」

 

―――凄かった。

甘さと、苦味と、辛さのすべてが、1つの調和をなすことなく、混沌として混ざり合い、留美の味覚神経を冒していく。

その味を、あえて比喩的表現技法を用いるならば、『朝倉音夢の一歩手前』である。

たまらず、留美は残ったソーセージを口に入れた。

 

「えっと…水、飲みます?」

 

ジープから水筒を取ってきたバネッサの言葉に、勢いよく留美が首を縦に振る。

バネッサの手から水筒を奪い取ると、彼女はそれを一気に飲み干した。

 

「なにこの味〜〜〜! バネッサちゃん達って、いつもこんなの食べてるの!?」

「いえ、いつもというわけでは。……まぁ、今分かってもらったように味が味ですから、私達も戦闘の後で著しくエネルギーを消耗した時とか、敵地後方で何週間もサバイバルしなくてはならない状況以外は、あまり食べません」

「兄さんのあの表情の理由がよく分かった……」

 

苦笑いを浮かべるバネッサは、言いながらも残りのスティックを食べていった。

口の中に広がる異様な味に陰鬱としてくるが、対称的に、肉体の方は高機能食品を摂取したことにより早くも活性化を始めていた。

その光景を留美は、気の毒そうな視線で見つめていた。

 

 

 

 

 

そんな彼らの様子を、高度300メートルもの上空から見つめる、6つの眼があった。

夜の帳が見え始めた紺色の夜空に、溶け込むかのような体色の彼らは、差し渡し4メートルはあろうかという巨大な翼を羽ばたかせ、まるで何かタイミングを窺っているかのように、旋回を繰り返している。

――ショッカーの飛行型改造人間・蝙蝠男だ。

斥侯能力に長けた改造人間で、素体の蝙蝠の数十倍という強力な超音波を発することの出来る、獰猛で狡猾な蝙蝠である。最大の武器は長さ10センチはあろう巨大な牙で、その先端は何か毒性物質でも相手に注入するのか、小さな穴が開いていた。

3体の蝙蝠男は、全員が首からハンディ・カメラを下げていた。レンズの先は、下界で休息をしている、5人に向けられている。どうやらテープは入っていないようで、送信用のアンテナが付いていることから、何処かに撮影した映像をダイレクトに送っているようだった。

3体の蝙蝠男が、留美達5人を監視していることは、疑いようがなかった。

ハンディ・カメラで撮影した映像の送信先は、〈ショッカー〉の基地なのだろう。

下界にいるバネッサ達は、まだ蝙蝠男達の存在に気付いていない。

高度300メートルという、精鋭・SIDE〈イレイザー〉にとって、決して遠くはない距離に居るにも関わらず、である。

蝙蝠男達は、ある特別な周波数の超音波を放つことで、自らの羽音を掻き消して、その存在を完璧に秘匿していた。夜空に溶け込むかのような灰色の体色も、自らを隠蔽するのに、一役買っている。

蝙蝠男達はしばらくその場を旋回していたが、やがて10分が経って、シュウへの輸血が終わると、ブレのない映像をとるためか、ホバリング浮遊に移行した。

そして、さらに5分経って、ようやくシュウもジープを運転出来るほどに回復したのか、彼は軽く手足を動かすと、ミスリムに声をかけ、ジープの元へと手招いた。

その様子を見て、バネッサと春麗も動き出し、留美の肩をそっと抱きながら、ジープへと歩いていった。

先ほどと同じで、前方のジープに春麗、バネッサ、留美が、後方のジープに、シュウとミスリムが乗り込む。そして、けたましい駆動音と共にジープがアイドリングを開始し、やがて決して良好とは言えない山道を、滑るように走り出した。

蝙蝠男達は、即座にホバリングを止め、ジープを追って飛び出した。

片翼だけで1メートル70センチはある翼を大きく広げ、徐々に加速していくジープを追跡する。

蝙蝠男は、〈ショッカー〉の飛行型改造人間の中でも、決して飛行速度が速い部類ではなかったが、荷台に隠れている留美のことを考慮して、時速60キロで走るジープとの差は、着かず離れずで、ちょうどいい具合だった。

完全に沈んでしまった夕陽から一転して、星が輝く夜空をバック背景に、蝙蝠男はいつまでもジープを追っていった。

 

 

 

 

 

――1973年3月10日

 

 

 

 

 

その部屋は美しいフルートのメロディに占拠されていた。

やや速めのテンポで紡ぎ出されていく音色は優しく、ぴたりと重なった2重の旋律は大きく唸りを上げている。

あまりにも対称的な、""""の音楽……

やがて曲も終盤に差し掛かり、メロディラインが、クライマックスへと向って激しく動き出す。

――と、そんな時であった。

それまで寸分の狂いもなく重なっていた2つのメロディが、僅かずつであったが、ずれ始めたのである。演出ではない。本当に僅かずつであるため気付きにくいが、演奏者のミスである。

音がずれ始めたことに気付いて、奏者の男が必死に音を合わせようと四苦八苦する。

もう1人の奏者である女もどうにかして音を合わせようとするが、曲がクライマックスに入っているだけに、上手い具合にチャンスが掴めない。

そうこうしているうちに、曲はフィニッシュまであと6小節といったところまできていた。

正常なメロディラインを紡ぎ出す女は、どうすることも出来ぬまま終焉を迎えようとしている男に、チラリと何か指示するような視線を送った。

男は、少し慌てながら頷き返すと、残り4小節となったところで、突然、演奏を止めてしまった。

室内を、女の吹く正常なメロディだけが包み込む。

そして残り2小節となったところで、男が再びフルートを吹き始めた。先ほどとは違う、正常なテンポを取り戻したメロディだ。

2人の奏でるメロディがぴたりと重なり、胸が痛むほどに鮮烈なフィニッシュを飾った。

しばらくの間、曲の余韻が部屋の中を包み、そして、静寂が訪れる……

すべての時が静止した中、フルートから口を離して、女……光は微笑を浮かべながら、「闇舞先生、また失敗しましたね」と、少しだけ咎めるような口調で言った。

どうやら、北斗はいつも同じようなミスを犯しているらしい。

形の整った眉を八の字にして、納得がいかないといった様子の北斗は、しかし、素直に「すみません」と、謝った。

北斗が光に、フルートを教えてほしいと頼み込んだのは、昨年の暮れのこと。

あの事件の後、改めて光の演奏を聞いた北斗は、その音色に心酔してしまい、自らもフルートという楽器に興味を抱いて、現在に至る。

 

「闇舞先生の弱点は、急にテンポが速くなると、指が追いつかないことですね」

「面目ありません。分かってはいるつもりなのですが、どうも速いテンポの時に次の音は何だったか? と、考えていると、指が追いつかないもので」

「こういうのは頭で考えるより、体に憶えさせた方がラクですよ。考えるより慣れる、です。……あとは、相手の音をもっと聞き取ること。闇舞先生は技術の習得は早いですから、それさえ守ればもう基礎は完璧です」

「……基礎、ですか」

「はい。応用はまだまだです」

 

『先は長いですよ』といった感じの含み笑いを浮かべて、光は譜面台に乗せられた楽譜をパタンと畳んだ。

 

「そろそろ休憩しましょうか」

「……そうですね。もうかれこれ1時間ばかり吹いていますし」

 

「さすがに舌が痺れました」などと、真顔で冗談を言って、北斗も楽譜を畳んだ。

それから2人してフルートの手入れをし、ケースにしまうと、おもむろに北斗が口を開く。

 

「何か飲みますか?」

「あ、はい。……でも、まだちょっと練習したいから、お酒は遠慮します」

「……そうですか」

 

少し残念そうな表情を浮かべながら、北斗はフルートを置いてキッチンの方へと足を運んだ。

 

「温かいものと冷たいもの、どちらにします?」

 

もう暦は3月になったとはいえ、まだ外は肌寒い。

光は少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「そうですね……じゃ、温かいので」

「紅茶でよろしいですか?」

「はい」

「分かりました」

 

コンロを点火して薬缶を載せ、湯を沸かす傍ら茶葉と角砂糖を探す。

湯が沸いたらまずはカップとポットに湯を注ぎ、軽く回して器を温め、湯を捨てる。それから茶を入れる。茶葉の量は人数+1杯ぐらいがちょうどよく、自分と光で3杯葉を入れる。湯はなるべく上の方から注ぎ、葉を踊らせる。そうしたらポットの蓋を閉め、コジーを載せて、しばらくの間蒸す。

すべて、何気にティータイムの習慣があったシュウから教わったものである。

――さて、角砂糖は見つかった。あとは茶葉だけだが……

 

「……おや?」

「どうしたました?」

「いえ、茶葉が……」

「茶葉がどうかしたんですか? 見つからないんですか?」

「いえ、そうではなく……」

 

キッチンは基本的に光の領域だが、茶葉のしまってある場所ぐらいは北斗にも分かるし、現に密封パックも見つかった。

問題は…………

 

「茶葉が、切れていました」

 

空の密封パックをひらひらと揺らし、苦笑する北斗。

光もそれを見て、乾いた笑いを浮かべた。

 

「…そういえば切れていましたね。というより、他のものも残り少なかったような……」

 

確かに、改めて探してみると、日本茶も、コーヒーも、残り僅かとなっている。どちらもせいぜい、残り1杯といったところだ。

 

「……少し待っていてください。ちょっとひとっ走りして買ってきます」

「え? いいですよ。そんな……」

「住むところを提供してもらっているんですから、これぐらいはさせてください。ちょうど、気分転換もしたかったところですし……」

 

あまり遠慮するのも失礼だと思ったのだろう。

光は「分かりました」と言って、メモ用紙を千切って北斗の知らない銘柄の茶葉や、コーヒー豆などを書き込み、裏返して店の名前と住所を書き込むと、それを彼に手渡した。

 

「じゃあ、お願いします」

「はい。では、少しの間待っていてください」

 

北斗は玄関から出ると、駐車スペースに停めてあるイスカリオテの元へと向った。

もはや日常においても彼の愛車となりつつあるマシンに跨り、エンジンをキックする。

エンジンを温めるため、しばらくそのままアイドリングを続けてから、北斗はアクセルを吹かした。

 

 

 

 

 

「……これで最後か」

 

メモ用紙に書かれた店はすべてわりと近所であったので、北斗も迷うことなく探し当てることができた。

最後の店での買い物を終えた北斗は、店から出るなり、おもむろに空を仰いだ。

どうも雲行きが怪しい。北斗が一軒目の店で買い物を終えたあたりから、空は少しずつ機嫌を損ねていった。

本日の北斗の服装は、革のジャケットにジーンズ、手の甲と指の部分に革のパットが挿入されたグローブという、比較的アクティブなスタイルで纏められていた。

革製品にとって、雨は天敵である。

 

「こりゃあ、夕立が降るかな」

 

彼の隣りを歩く誰かが呟く。

北斗はそうなる前にと、急いで駐車場に停めたイスカリオテの元へと向い、購入したコーヒー豆をシート下の収納スペースにしまった。

イスカリオテのエンジンは超小型のプルトニウム原子炉で、空冷式だが、収納スペース周辺の素材は放射能を通さない物質で造られており、放射能汚染の心配はない。

北斗は、念のため収納スペースから小さく畳まれたレインコートを取り出すと、ベルトのフックに引っ掛けた。これでいつでもコートを着ることが出来る。

北斗はもう1度空を仰いで、「急ぐべきだな……」と、呟くと、フルフェイスのヘルメットを被って、エンジンをキックした。

ゆっくりとスタートし、加速を始めるイスカリオテ。

街乗りにはあまり相応しくない時速80キロのスピードでしばらく走っていると、とうとう、"ポツリ…ポツリ……"と、空は泣き出してしまった。そして急激に勢いを増し、"ザーッザーッ!"と、滝のような涙を流し始める。夕立だ。

北斗は、適当な場所でイスカリオテを停め、レインコートを羽織った。

前をしっかりと閉め、速度を落として走れば、意外と中は濡れないものなのだ。

北斗は、先ほどとは打って変わって、半分ほどのスピードで帰路に就いた。

やがてマンションの建物が見えてきて、駐車場の出入り口まで差しかかったところで、不意に北斗はイスカリオテを停めた。

何を思ったのかヘルメットのバイザーを上げ、駐車場の出入り口の方を睨みつける。

 

「…………」

 

そこには、白いトレンチコートを着た男が、傘も差さずに、駐車場の出入り口を塞ぐ形で立っていた。濁流のような雨のせいで人相は分からないが、背格好からして、かなりガッシリとした体格のようである。

北斗は警戒した。

あの事件の後、『機動戦士S.T.』の東京支部をたった1人で壊滅させた男として、『killing gentleman』の名はさらに裏社会に知られるようになった。それと同時に、様々な理由から彼を狙おうとする輩も増えた。

いくら秘密結社『ダーク』の加護を受けているとはいえ、それも完璧ではない。ここ数ヶ月、北斗は彼自身を狙って現れる襲撃者達と、何度か戦っていた。

今、目の前にいる男も、北斗の侵入を邪魔しようとしていることから、そうした襲撃者である可能性は高い。

とはいえ、何の事情も知らない一般人である可能性も0ではないし、改造車を取り締まる私服警官の可能性もある。

彼は、少しだけ殺気を解き放った。もし男が北斗を狙う襲撃者ならば、これで何らかのアクションを起こすはずである。

しかし、男はまったく動ぜず、ただ静かに、北斗の方を見つめていた。

北斗はさらに殺気を放出した。今度のは一般人でも充分感じ取れるほどの、強烈なものだ。これで何の反応も起こさない人間など、まずいないだろう。

しかし、今度も男は微動だにしなかった。

単に鈍いだけなのか、それとも何らかの意図があってのことなのか……?

北斗が思案していると、不意に、男が動き出した。

ゆったりとした、しかし、隙のない歩みで、真っ直ぐ北斗の方へと向ってくる。

北斗は、『やはり敵か?』と思い、改造人間の能力を解放した。

……心臓が、"ドクンッ"と激しく脈を打つ。

腰部に収められた超小型原子炉がタービンを全開にし、灼熱の痛みを伴なって、全身の強化細胞、極小機械が活性化する。

五感のすべてが限界以上に研ぎ澄まされ、人間の知覚領域を凌駕する。

そして、北斗は知った。

感覚機能の強化によって、彼は、目の前にいる男が、人ならざる存在……北斗と同じ、改造人間であることに気付いた。

だが、北斗は男に攻撃をすることが出来なかった。

相手の歩みに、隙がないというのもある。

相手の目的が分からないというのもある。

しかし、それ以上に、北斗には目の前の男を攻撃できない理由があった。

北斗の顔色が驚愕に染まり、硬直する。

…………見覚えのある、顔だった。

 

「馬鹿な……お前は…………!?」

 

やがて男は、北斗との距離を2メートルほどまで詰めると、ニカッと笑みを浮かべた。

 

「よぅ、久しぶりだな、闇舞」

 

レインコートの男……小島獅狼は、人懐っこい笑顔を浮かべたまま、数年ぶりにあった親友に向って挨拶をした。

雨が徐々に勢いをなくしていく。

夕立は、もうすぐ去っていこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜設定〜

 

“バック”

 

通常のバイクには搭載されていない、イスカリオテの特殊機能。

本来ならば冷却風を吸引するキャブレーターに取り付けられた小型ジェットを起動させることで、最大速度・時速250キロでのバック走法を可能にしている。

ジェットの燃料は最大5分だが、ジェット使用時には冷却風を吸引できなくなってしまうため、連続で30秒のみ使用が可能。

……まぁ、言わずもがな、『ワイルド7』をパクったんだけどね(笑)。

 

“UZI・SMG”

 

口径:9mm×19

全長:470mm(ストック伸長時:655mm) 銃身長:264mm 重量:3800g

装弾数:32発(25発、40発) ライフリング:4条右回り 連射速度:600発/分

 

ユダヤ人がイスラエルを建国したのはWW2後間もなくだった。アメリカのゴリ押しによって出来たイスラエルだったが、当然、その地にはアラブ人が先住しており、アメリカは彼らを追い出して、無理矢理イスラエルを建国した。彼らは難民となり、周囲のアラブ諸国はイスラエルを敵視した。こうしてイスラエルは周り全て敵という状況に追い込まれてしまったのである。

現在、軍人一人あたりに掛かる軍事費が最も多いのはイスラエルである。だが、建国当初のイスラエルは武器、資金も不足しており、米国から供給されていた装備だけでは不十分であった。なにせ、こっちは国民350万人に対して、周辺のアラブ諸国は1億である。イスラエルは早急に自国での個人用武器、戦車、船舶などの開発を目指した。

その大役を任されたのがイスラエル最大の陸戦兵器メーカー……IMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリー:ヘブライ名TAAS)社である。

やがて、開発者のイスラエル陸軍、ウジエル・ガル中尉は、チェコ製のVz24サブ・マシンガンを参考にし、ウージー・サブ・マシンガンを開発した。

ウージーは非常に優れた短機関銃である。単純な構造のため故障が少なく、信頼性が高いほか、整備性も非常に高い。また、その構造の単純さゆえに、ろくな訓練を受けていなくても使用できるうえ、600発/分という適度の連射能力も、操作を容易にし、命中精度を高めている。安定した射撃が可能な銃だ。

スチール・プレス加工を多用することで生産性を高められており、海外からもオファーがかかって、米国の大統領護衛隊、西側ヨーロッパ諸国の軍にも採用された。現在でもイスラエル軍が使用している他、海外でも輸出、コピー、ライセンス生産されている。軍用、身辺警護用などに使われている。

ちなみに、メディアなどでは『あぶない刑事』シリーズや、最近では『バトルロワイアル』にも出演し、美少女ゲーム業界でも『ファントム・オブ・インフェルノ』などに出てくる。美少女ゲームに銃……いい時代になったなぁ(マテ

 

“AK47”

 

口径:7.62mm×39

全長:874mm 銃身長:418mm 重量:3840g

装弾数:30発 ライフリング:4条右回り 連射速度:600発/分

 

『悪魔の銃』の異名を持つ突撃銃。

1941年、当時、戦車兵だった開発者のミハイル・カラシニコフ軍曹は、大祖国戦争の最中、ドイツ軍のMP40を始めとした、携帯可能な機関銃の威力に衝撃を受けた。その後負傷した彼は後方部隊に配属され、銃工へと転身し、戦後にはMP44などの突撃銃を参考に、自国での運用、生産に適した突撃銃を開発する。

その銃は1947年にソ連の主力突撃銃として採用されたことから、AK47の名称が与えられた。

世界の紛争やテロなどでは必ず登場する、米国のM16、ドイツのG3と並んで三大突撃銃と称されるひとつ。

安価で単純設計なことから、ソ連本国以外にも、第3諸国で使用され、ワルシャワ条約機構加盟軍の代名詞ともなった。その亜種は500種を超え、コピー品も含めれば全世界で7000万丁以上が調達されている。

本銃に関してはなんと西側の諸国でも使われ、米軍の特殊部隊やフィンランド軍、南アフリカ陸軍、イスラエル軍などがAKの亜種を使用し、兵士からも信頼は厚い。

構造が単純なゆえに整備いらずで、かつどんな悪環境でも作動し、弾詰まりも起きづらい。操作も簡単なため、兵士の訓練機関も少なくてすみ、なにより威力が高く、重いので、M16などと違って弾丸が風に流されることもない。

大口径ゆえに反動が大きく、銃声もうるさい。また、マガジンが長すぎて伏せ撃ちに不利などの欠点が指摘されるが、それを補って余りある利点を持つ。

さすがに東側の兵器のため抵抗があるのか、西側の映画では名もなき兵士がよく使うものの、主人公級が使うことはあまりない。それでも、ソビエトが崩壊した最近では『バトルロワイアルU』、『ホワイトアウト』などに出演している……って、どっちも邦画じゃねぇか(爆)。

ちなみに、モザンビークの国旗に描かれているのはこのAK47。

 

“モーゼルSp66”

 

口径:7.62mm×51

全長:1140mm 銃身長:650mm 重量:6500g

装弾数:5発 ライフリング:4条右回り

 

狩猟用であったモデル66をベースにした、スナイパー・ライフル。

同社の傑作……モデル98を上回る、“究極の命中精度”を目指して造られたモデル66は、元々特殊な二段式のボルトを装備しており、短いレシーバーで大型の弾薬を装填・排莢することが出来た。これは同社のM86の全長1273mm、銃身650mmを見ても、明らかで、Sp66でもこの機構をそのまま採用している。その結果、全長の短くなった本銃は、多くの狙撃者に愛された。

狙撃専用の本銃は、調整できるショルダー・ストックと、頌準用工学スコープを付属し、肉厚の受信に反動を減少させるマズル・コンペンセーターを装備している。

“究極の命中精度”を目指しただけあって、命中精度はすこぶるよい(というか、モーゼル社のスナイパー・ライフルは大概優秀なんだけどね)。

登場は1965年だが、いまだ現役。

 

“ワルサーPPK”

 

口径:9mm×17

全長:155mm 銃身長:83mm 重量:635g

装弾数:7発+1

 

ご存知、『007』の二代目拳銃にして彼の代名詞ともなった愛銃(初代はベレッタM1919)。

そもそもの発端は、1920年代、当時新鋭企業であったドイツ・ワルサー社が警察用として開発したワルサーPP(Polizei Pistole)を、銃不足にあえぐ欧州各国の軍が注目し、士官用の携帯用拳銃として採用したのが始まり。

人気の出たPPをさらに携帯に向く様に小型化をはかった物がワルサーPPK(Polizei Pistole Kurzschlus)で、携帯性と性能に優れた本銃らは多数生産され、欧州各国の軍、警察で使用された。

しかし、第2次大戦中の戦時急造で粗悪品が大量に出回った事と、 ドイツのゲシュタポが好んで使用したため評判が低下し、一時は生産自体が危ういものとなってしまう。そのイメージを一新させたのが映画『007』シリーズである。スパイのスタイルに合致し、後にPPKはジェームズ・ボンドの代名詞と云われるほどに有名となった。本銃は、実際に情報機関関係者も愛用している。

性能面ではワルサー社伝統ダブル・アクション・トリガーを採用する事で連射のしやすい拳銃となり、全長155mmと小粒ながら38口径の弾丸を撃つ事が出来る。

発売からかれこれ70年以上経っているが、未だ人気の、ワルサー社のドル箱のひとつ。

ちなみに、『007』は最近(『007−トゥモロウ・ネバー・ダイ』)になって愛銃をこのPPKからワルサーP99に持ち替えており、意外な共通点として、あの『ルパン3世』もワルサーP38からP99に持ち替えている。

 

“マルダー”

 

乗員数:3+6人

全長:6.79m 全高:2.98m 全幅:3.24m 重量:29.2t

動力:600馬力空冷ディーゼル 最大速度:75km/h 航続距離:520km

主武装:20mm機関砲×1門(1250発)

副武装:7.62mm機関銃×1門(5000発)、ミランATGW

 

第二次世界大戦以降、車輌兵器のジャンルの中に、歩兵戦闘車という新しい兵器が誕生した。この、歩兵戦闘車を、世界で初めて開発したのが西ドイツである。西ドイツが開発した車輌の名は『SPZ12−3』。1960年代初頭のことである。

大概がそうであるように、新しく作られた物というのは、利点よりも、欠点の方が多く、目立ってしまう。それは『SPZ12−3』も例外ではなく、世界初の歩兵戦闘車は、数多くの欠点を抱えていた。

主に、

 

    車体後方に乗り降りのためのハッチがないこと

    NBC兵器に対する防御能力がないこと

    同時期に正式採用された主力戦車『レオパルドT』の機動力に着いて行けなかったこと

 

――などが、挙げられる。

これらの欠点を改正するべく開発されたのが、マルダーである。

マルダーの特徴はなんといっても、『世界一防御力の高い歩兵戦闘車』と賞賛されるほどの重装甲にある。その防御力は20mm機関砲の徹甲弾を受けても貫通しないほどで、これはマルダーが浮航能力を無視して重厚な装甲板を使ったことによる。なお、これにより、マルダーは『世界一の防御力』を誇ると同時に、『世界一の重量』を誇っている。

普通ならば、この重量がネックになって、機動性は落ちるはずなのだが、マルダーの場合は、600馬力という大出力のエンジンを使うことによって最高速度75km/hと、本来、併走する予定であった『レオパルドT』よりも高い機動力を発揮する事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 

 

タハ乱暴「バトルばっかのお話で、過去最大容量」

北斗B「それだけ無駄な箇所が多いということだ」

タハ乱暴「いや、これでも結構削ぎ落としたんですよ」

北斗B「まったくそうは思えん。大体、何だ? ヒュイコブラから始まって、マルダー、カラシニコフAK47、ウージー、モーゼルSp66、ワルサーPPK、P4、レミントンM700……これら兵器の説明だけで、かなり容量を食っているぞ?」

タハ乱暴「えっと……タハ乱暴の趣味です」

北斗B「オマケに最後は007まで登場させて……どう考えても、彼が登場する必要性はないと思うんだが」

タハ乱暴「ああ、あれはタハ乱暴の茶目っ気♪」

北斗B「……気持ち悪いから止めろ」

北斗C「……というより、今回、かなり俺が強くなりすぎているような気がするんだが?」

北斗A「まったくだ。RPG−7(対戦車ロケット弾)でも持っているならいざしらず、拳銃やバイクでヒュイコブラやマルダーを落とすなど……非現実的にもほどがある」

タハ乱暴「いや、元々特撮自体現実じゃないし……」

真一郎「……っていうか、改造人間ってあんなに強いものなの?」

タハ乱暴「いえ、そんなことはないんですが……ちょっと北斗のスペック見てみます?」

北斗B「そんなものがあったのか?」

タハ乱暴「この間作ったんですよ。えっと……コレです」

 

闇舞北斗

身長:187cm 体重:72kg

最高視力:約4.2km先の人間の顔を識別することが出来る

最高聴力:約3.5km四方の囁き声を識別することが出来る

ジャンプ力:ひととび約15m

走力:100mを2.5秒で走る/1日で約172kmを走る

パンチ力:約2.5t/m^2   拳速:26m/s

キック力:約7.5t/m^2

 

北斗A「……見る限り、ヒュイコブラやマルダーに勝てる要素がまったくないんだが?」

真一郎「……っていうか、今回、明らかにこのスペックを無視してたような……」

タハ乱暴「HAHAHAHAHA! まぁ、気にするな。よくあることだ!!」

真一郎「……そうだね。主人公がデータ以上の能力を発揮するっていうのは、この業界の常識だし」

北斗B「……ところで、今回は久しぶりに留美達の出番があったが?」

タハ乱暴「バトルばっかじゃ飽きてくるだろうと思いまして」

北斗C「……そう思うなら、始めからこんな話を書くな!!」

北斗A「最後に小島の出番もあったな」

タハ乱暴「はい、そうですね。彼は次回、そしてその次の回における、キーパーソンとなるキャラクターです。

―――では、最近調子が悪いのか、かなり遅筆になっていますが、次回もお付き合い願えれば幸いです。では!」






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