注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・藤見台――

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

ネメシスの一閃。

その鋭い斬撃は、蟷螂男の剣速を陵駕し、異形の怪物の両手を大鎌ごと切り落とす!

その身に備えた最大の武器を奪われた蟷螂男は、牙を抜かれた獅子同然だった。

しかし、牙を抜かれても獅子には爪がある。

同様に、残された強靭な顎で果敢に攻める蟷螂男。しかし、必然的に前屈みとなり、不自然な体勢となってしまう。

並みの人間ならばこれでもよいが、ネメシスは並でなければ人間でもない。

そのような姿勢からの攻撃では、むしろネメシスに攻撃のチャンスを与えるだけだ。

ネメシスは腰を引き、身を屈めると、突き上げるように蟷螂男を蹴り上げる。

そのままサッカーボールの要領で別の蟷螂男に投げ付けた!

 

“ビュンッ!”

 

空を裂く音がして、次の瞬間にもう1体の蟷螂男は、攻撃を受けて倒れた。

 

『ギェーッ!!』

 

それしか言えないのか。蟷螂男達の咆哮は恐怖とも怒りともとれる雄叫びだった。

 

「フンッ」

 

ニードルを投擲し、倒れ込んだ2体の蟷螂男の頭を貫く。

ビクンビクンと痙攣を起こし、蟷螂男は絶命した。

2体撃破。

しかし着地のタイミングを好機と見た1体の蟷螂男がネメシスに迫る。

 

“ブウンッ!”

 

空を裂く大鎌の音。

刃風が唸り、背後よりネメシスを襲う!

―――が、

 

“ガキィッ”

 

いつの間に取り出したのか、一刀の小太刀でそれを受け止め、もう一刀の小太刀を回転しながら振るった。

剣速によって生じたカマイタチと、刃そのものからなるダメージが、蟷螂男を一気に襲い、切り裂く!

 

「ギェーッ!」

 

胴体を真っ二つに切断され、夥しい量の血を撒き散らし、蟷螂男は絶命した。

ネメシスはそれを一瞥して、残った4体の蟷螂男と向かい合う。

 

「……これだけの数。面倒だ」

 

呟いて、ネメシスは小太刀を鞘に納めた。

全身から放たれる殺気が、蟷螂男達をその場に縫いとめた。

理性では理解できずとも、本能がネメシスの実力を悟っているのだろう。

ネメシスは構えると、不可視の速度で抜刀した!

必殺の四連撃が、蟷螂男達を襲う。

 

『っ!!』

 

漆黒の二振りが、まるで双翼のように舞う。

一の太刀は前衛の1体を。

二の太刀はそのすぐ傍にいる1体を。

三の太刀はそこよりも少し遠くにいる1体を。

そして四の太刀はさらに遠くの1体を。

漆黒の刃が蒼い閃光を放ち、4体の蟷螂男を時間差で切り裂いていく。

しかし、やはりそれだけでは致命傷にならない。

この四連撃……すなわち、御神流でいう奥儀之六『薙旋』には弱点がある。

『薙旋』は抜刀後の四連撃を“素早く”、そして“正確に”極めなければならない。どちらか一方が欠けては、成立しないのだ。

この場合の“正確”とは、相手にダメージを与えることではなく、相手に当てること。ダメージは抜きにして、とにかく正確に命中させることから始まる。

ゆえに生身の人間相手ならばともかく、蟷螂男のような強靭な生命力を有する敵が相手で、敵味方入り乱れる混戦や、一対多での戦闘において、『薙旋』は必殺と成り得ないのだ。

 

「ギェーッ!」

 

腹を斬られ、悶え苦しむ蟷螂男がネメシスに迫る。

『薙旋』の初撃の抜刀は居合に近い。そのため、抜刀直前、そして納刀の際に若干の隙が生じる。

蟷螂男は、それを見逃さなかった。

そのタイミングこそが、ネメシスの本当の狙いとも知らずに……。

 

「ギェーッ!」

 

大鎌を振るい、ネメシスに斬りかかろうとする蟷螂男。

―――しかし、突如としてその動きが止まった。否、止められた。

足の動きを何かが阻んでいる。

蟷螂男達は地面を見た。

その場にいる全員が縛糸されていた。

直径1ミリにも満たない鋼鉄の糸が蟷螂男達の動きを鈍らせているのだ。

その間にネメシスは体勢を整え、手前の蟷螂男から1体、1体殴り始めた。

蟷螂男が全滅するのも、もはや時間の問題だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

~ハートの英雄達~

第拾弐話「真実」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恭也……」

 

戦闘を終えてなお変身を解かぬネメシスに、フィアッセが言葉を探しながら呟く。

素人目にもネメシスと蟷螂男の戦力差は明らかだったし、ネメシスが無傷な事は分かっている。

しかし、フィアッセはなんとなく感じていた。そして、心配していた。

無傷のはずのネメシスが、何故か息を激しく切らし、疲労感を漂わせているという、異常に。

それが恭也かもしれない相手ならば、不安や心配は尚更の事である。

フィアッセはもう一度、自分の大好きなその人の名を呼ぶ。

 

「大丈夫なの、恭也?」

「大丈夫だ……っ…………それと、俺は恭也などという男ではありません」

 

ネメシスがしまったといった感じで、慌てて口調を直す。

フィアッセの疑念は、ますます確信へと変わっていった。

それを察したのか否か、ネメシスはそそくさとレッドスターに跨ると、エンジンをキックして、その場から去ろうとする。

しかしそれを許さぬ者がいた。

 

「待て、不破!」

 

北斗だった。

『不破』と呼ばれたネメシスは一瞬動きを止め、ゆっくりと振り返り、フィアッセを見た。

大きな複眼が、さらに大きく見開かれる。少なくとも、北斗にはそう見えた。

フィアッセは『やっぱり…』といった表情で溜め息をついている。

 

「クリステラさん、名前を間違えてもらっては困る。あいつの名は不和恭也……きみの言う、高町恭也ではない」

「あ、そうなんですか?」

 

芝居のかかった仕草の北斗と、演技だと丸分かりのフィアッセ。

音楽家というのは総じてみなこういう性格なのだろうか。二人の表情は、妙に活き活きとしている。

 

「名前を間違えてはいけない。名前を間違えたら相手は不快だし、話せるものも話せない。分かったかね、クリステラさん?」

「はーい」

 

何故、この2人はこうも楽しそうなのだろうか?

ネメシスは無言でバイクのハンドルを切ろうとして―――止められた。

 

「どこへ行く気だ、不破?」

 

一転して真剣な表情の北斗がネメシスの右腕を掴み、その動きを止めた。

渾身の力で振り払おうとするが、がっちりと捕まれた右腕は、ピクリとも動かない。

それどころか――

 

「ムンッ」

「っ!」

 

180センチはある巨体を軽々と持ち上げ、北斗は片手で漆黒の戦士を投げ飛ばした。

まるで壊れた人形のようにくるくると宙を舞い、ドサッと背中を強く打つ。

 

「うぅ…」

 

たまらずに苦悶の声を上げるネメシス。

なおも北斗は冷たく言い放つ。

 

「変身を解け、不破」

 

その細まった双眸から放たれる鋭い視線に射抜かれ、ネメシスの背筋に震えが走った。

最強のネメシスをして震え上がるほどの戦慄。

これにはさすがのネメシスも承諾せざるをえなかった。

立ち上がって精神を集中し、光りとともに変身を解く。

溢れんばかりの光芒に包まれ、ネメシスの肉体が不破のそれへと変貌する。

現れた不破を、フィアッセは頭から爪先までしげしげと眺めて、ニコッと笑みを浮かべた。

呆気にとられた不破に、右手を差し出す。

 

「フィアッセ・クリステラです。ヨロシクね、不破恭也君」

 

小悪魔のような微笑みを浮かべ、フィアッセは言った。

北斗が細く微笑みながら不破を促がす。

躊躇いがちに、不破はそっと右手を動かして、フィアッセの手を握った。

 

「……不破恭也だ」

 

視界の端に見える北斗の笑顔が、憎らしくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

――海鳴市・さざなみ女子寮――

 

 

 

 

 

「……じゃあ、これから相川君は協力してくれるんですね?」

 

嬉々とした愛に気圧されして、額に脂汗を流しながら真一郎は大きく頷いた。

べつに愛が恐かったわけでもなければ、後ろから突き付けられているデルタブラスターの銃口が恐ろしかったわけでもない。

愛の顔を近付けられた瞬間、普段は温厚な耕介の表情が、まるで悪鬼羅刹のように豹変したことが恐かったのだ。

……あの後、マジェスティに乗ってその場を去ろうとしたホッパーキングは、デルタハーツによって拉致された。

甲龍との戦いの際、美緒に変身を見られたのが致命傷だったのだろう。

美由希などは、翠屋のコックである真一郎がホッパーキングであることを知ってたいそう驚いていたが、ちゃっかりと鋼糸でホッパーキングの動きを止めようとしていた。

無論、ホッパーキングもマジェスティで必死に逃げたが、走り屋モードの舞の駆るデルタアクセルに勝てるはずもなく、あっさりお縄を頂戴したわけである。

 

「美少年が加わってくれれば百人力だ……ん、もう美青年というべきなのか?」

 

平然とデルタブラスターの銃口を向けたまま真雪が首を傾げる。

 

「……どうでもいいから早く解放してくださいよ」

 

真一郎はチェーンを3重巻きに椅子に縛り付けられていた。

また、『M.R.ユニット』も3メートルほど離されている。

 

「すいません、規則なもので」

 

心から心配してくれつつ、ちゃっかりチェーンの鍵を握っている那美の言葉に、真一郎は何も言えなくなってしまう。

溜め息をついて、真一郎はデルタハーツの面子を見回した。

 

(今はこの娘達が戦ってるんだよな……)

 

真一郎の胸が、ひどく痛んだ。

6年前の時もそうだったが、三心戦隊は未だ10代の未成年を戦闘に起用している。

決して人手不足というわけではないのだろうが、その状況はまさにかつての真一郎達を思わせた。

 

「でも驚きました。相川さんが昔デルタハーツのメンバーだったなんて!」

 

翠屋でコックとして働く真一郎しか知らない美由希は、意外な事実に多少混乱をしていた。それは那美や舞も同様で、知らずに何度か共に戦っている手前、苦笑を浮かべるしかない。

真一郎は7年前、三心戦隊デルタハーツのゴールドハートとして戦ったことがあった。

当時、度重なる秘密結社『龍』の猛攻を前に、耕介達初代デルタハーツは苦戦を強いられていた。

そして『龍』との戦いを始めて1年が経過したある日、デルタハーツは存続の危機を迎える。

1000体を超える“龍魔”達と、それを従える高位の“龍人”達の総攻撃を受けたのだ。

付近の警官、国際空軍の陸戦部隊まで狩り出された激戦で、デルタハーツは善戦するもついに敗北し、捕えられてしまう。

当時、デルタハーツは『龍』にとって目の上のタンコブのような存在だった。

孫子曰く『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』と。

『龍』達は、デルタハーツのデータが欲しかったのである。

唯一救いであったのは、新たな戦力として開発中だったニューデルタスーツが完成していたことだった。

しかしそれも、国際空軍に要請した装着者の訓練が遅れており、とてもではないが間に合わない。

そんな中、当時のさざなみ長官……陣内啓吾は苦渋の決断をする。

当時としても超法規的措置で、なんと民間人にスーツを着用させたのだ。

それがゴールドハートこと真一郎率いる、新生デルタハーツだった。

新生デルタハーツは見事耕介達初代デルタハーツを救出、さざなみの新たな戦力として耕介達と協力し、ついに『龍』を撃退したのである。

真一郎は当時のことを思い出して、悲痛そうな表情を浮かべた。

しかしやがてかぶりを振って気分を払拭すると、話題を変える。

 

「そ、そういえばさっき2人子供がいましたよね? あの子達は耕介さんの子供なんですか?」

「う、うん。まぁ…」

 

ポリポリと照れたように頭を掻く耕介と、頬を赤らめる愛。

真一郎は、一目で耕介と誰の子供か看破した。

 

「ははーん、耕介さんと愛さんのお子さんでしたか……」

 

ニヤニヤと笑いながら言ってのける。

まるで新婚のように照れる2人を見ながら、真一郎は心の中で喝采した。

 

「美人の奥さんに可愛い子供……絵に描いたような家庭じゃないですか」

「そんな美人だなんて……」

 

頬をさらに紅潮させる愛を見て、真一郎は苦笑する。

真雪はデルタブラスターのトリガーを絞った。

バシュッなんて音がして、銃口から熱線が飛び出し、真一郎を拘束していたチェーンが断ち切られる。

軽く肩を回して、真一郎は思い出したように言った。

 

「ああっと、耕介さん、店長や小鳥にはこのこと……」

「わかってる。言わないよ」

 

耕介の言葉にニコリと笑って頷き、真一郎は『M.R.ユニット』を片手にさざなみ寮を後にした。

 

 

 

 

 

真一郎は耕介達とある契約を交わしていた。

それは自分の持つ『M.R.ユニット』についての情報を秘匿する代わりに、自分がこの『M.R.ユニット』を用いてデルタハーツに協力するという内容だった。

最初、耕介は真一郎の申し出に目を見開いていたものの、真一郎の真剣な瞳に頷き、承諾した。

メンバーや世代こそ代わったとはいえ、デルタハーツのみなは相変わらずで、真一郎を歓迎してくれた。

 

(ホント、優しすぎるんだよ。この街の人達は……)

 

翠屋へとマジェスティを走らせる真一郎はずっと考えていた。

 

(でも、嫌いじゃないな)

 

だからこそ守りたいと思う。

この街の人は優しいから。

自分のよく知る人達は優しすぎるから。

店長への言い訳を考えながら、真一郎は同時に考えていた。

何時の間にか対向車線へと出てしまったらしく、トラックがクラクションを鳴らして慌てて躱した。

 

 

 

 

 

「そういえば耕介、これ、忍から頼まれてたんだけど」

 

思い出したようにリスティがトランクケースから書類の束を取り出し、耕介に渡す。

A4サイズの茶封筒に入れられたそれを取り出すと、大きく目を見開いた。

 

「耕介さん?」

 

不審に思ったのか、愛が声をかける。

耕介はしばらく内容を黙読すると、書類を整え、愛に渡した。

ついで、リスティと真雪も覗き込む。

 

「……っ! おい耕介! こりゃあ……」

「ヒュゥ……流石だね、忍も。まさかデルタアクセルにこんな改造を施すなんて」

「“ジェットストライカー”っていう前例があるからな。でもよ、これだけのサイズを動かすとなると、那美やボウズの力じゃとても足りねぇぞ」

「それに対しても……ほら」

 

リスティが書類に書かれたとある図面を指差す。円、棒、折れ線など様々なグラフや、立体的3面図で書かれた何かの設計図。様々な数字の羅列と理論などが書かれており、とても一般人には理解できようものではない。

しかし、彼女達は仮にも軍人だった。

グラフや数列の意味は分からずとも、図面から何なのか推測は出来る。

さらに言えば、理論そのものは分からずとも、日本語さえ理解できれば文章は読める。

 

「……抜かりはねぇってことか」

 

真雪がニヤリと唇の端を歪めた。

耕介が頷き、リスティが書類を茶封筒にしまう。

――と、愛が突然、

 

「耕介さん……」

 

神妙な顔でリスティの持つ茶封筒を睨みながら、

 

「結局それ、何が書いてあったんですか?」

 

とぼけた愛の言葉に、その場にいた全員が絶句したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴臨海公園――

 

 

 

 

 

「……さて、どこまで話したかな」

 

半ば強制的に不破を交えて、北斗とフィアッセは藤見台を下山し、臨海公園のベンチに腰掛けていた。

フィアッセの手には、先刻のお詫びだと北斗から握らされたペットボトルがある。

奢られてばかりだなと、フィアッセは苦笑した。

不破はというと、北斗の計らいか、それとも単なる親切心なのか、フィアッセを後部座席に乗せさせられ、カーブのたびに抱き締めてくるフィアッセのふくよかな胸の感触を背中に感じて、いつものクールな態度はどうしたのか、顔が赤い。

 

「若いな」

「……ほっといてください」

「若いって、闇舞さんも十分若いじゃないですか」

 

見た目は30代前後の北斗だが、実年齢は60をとうに過ぎている。

ハカイダーである彼は、いつからか歳をとらなくなっていた。

 

「それで、その、田所俊介って人が作った組織というのは……?」

「ああ。しかし、それについてはまず〈ショッカー〉についてもう少し話さねばならない」

「……そう言えば、俺もその〈ショッカー〉という組織に関して詳しくは知りませんでしたね」

 

不破の言葉に、フィアッセが驚いたような表情を浮かべる。

不破はそれを見て、構わず北斗を促がした。

北斗がふっと自虐的に笑って、精悍な顔を影で染めた。

 

「ああ…〈ショッカー〉とは、世界征服を目的として結成された悪の秘密結社だ。それこそフリーメイソンのような世界規模の団体すら目ではない、地球規模の、な」

「その〈ショッカー〉っていうのは、CIAやKGBみたいなスパイ組織なんですか?」

「いや、そんなレベルじゃない。たしかに奴らにはそういった側面もあるが、今、言ったように〈ショッカー〉最終目的は世界征服だ。規模もスケールも、CIAやKGBとは比べ物にならない……荒唐無稽と思うかもしれないが、〈ショッカー〉はその時代よりも、軽く見積もって30年は先の科学技術を有していた。無論、マンハッタン・プロジェクトの遺産もだ」

 

人類が生み出した最強最悪の兵器……核。

〈ショッカー〉という組織は、それすらも有していたというのか?

フィアッセは自分が触れようとしている『真実』がこれほどものなのかと恐怖した。

 

「だがそれ以上に、〈ショッカー〉には核兵器すらも上回る戦力があった。それが『改造人間』だ」

 

北斗が手身近な小石を手に取って、力を込めた。

ピシピシと亀裂が走り、小石は粉微塵に砕ける。

それを見たフィアッセが、息を呑んだ。

 

「俺も『改造人間』だ。……もっとも、“今の”俺を改造したのは、〈ショッカー〉とは別の組織だがね……。1958年にリチャード・ハインマンが提唱した、ナノマシンの理論。そして、チャン・カンチェンが作り出した遺伝子組み替え結合システム。……だがそれよりも早く、『改造人間』に関する技術を独占していた組織……いや、国家が2つあった。第二次世界大戦当時の、ナチスドイツと、大日本帝国……ここまでは、少しだけクリステラさんにも話したと思うが」

「あ、はい」

「具体的に全部の計画を話す事は出来ないが、そのうちのひとつ……つまり、ナチスドイツと、〈ショッカー〉とは、密接な関係にあったと言われている。ナチス経由で改造技術が〈ショッカー〉に流れたのは、想像に難くないだろう。

つまるところ〈ショッカー〉の言う世界征服とは、『改造人間』が中心の世界を創り、〈ショッカー〉がその『改造人間』を支配する事なんだ。具体的に説明すれば、世界の政府主要メンバーを〈ショッカー〉が改造し、その傀儡とすることでアメリカや、当時のソビエト、ヨーロッパ、アジア、アフリカ……文字通り、世界中を裏で操ろうとしたんだ。現に〈ショッカー〉は、1971年当時には、世界の90パーセントを手中に治めてさえいた」

 

にわかには信じられない話だったが、北斗が嘘をついているとは思えない。

なにより、フィアッセの隣にいる2人は人外の力を持っているし、フィアッセ自身も、本来ならば存在そのものに疑念を抱くべきであろうHGSなのだ。

信じられないはずがなかった。

 

「しかしやがて、不動とも思われた〈ショッカー〉にも亀裂が生じる。クリステラさんも聞いた事ぐらいあると思うが……〈骸骨仮面〉の知っているかな?」

「あ、ママから聞いた事があります。一時はヨーロッパにも出てきましたよね」

「そうだ……『暗闇に映える白いオートバイを、あたかも自らの手足のように自在に操る、緑色の骸骨仮面』。当時の、口裂け女や人面犬なんかが代表的な都市伝説としては有名だし、クリステラさんが子供の頃にもあったと思う」

「え?」

「〈骸骨仮面〉の都市伝説に関しては、時代を経る毎にそのディティールが少しずつ変化……いや、進化している傾向があるんだ。ある人は『赤い仮面に青いバイク』、ある人は『銀の仮面に白いバイク』……クリステラさんが子供の頃は、『緑の仮面に緑のバイク』の2人だったかな? ……ともかく、その〈骸骨仮面〉は実在するんだ。そして、その〈骸骨仮面〉こそが、強大な〈ショッカー〉に戦慄を走らせるほどの戦士でもあった。〈ショッカー〉は、たったひとり……いや、2人か。ともかく、その〈骸骨仮面〉と、少数の協力者によって壊滅させられてしまう。さしもの〈ショッカー〉も、〈骸骨仮面〉には敵わなかったんだ。この時に生じた技術流出の話はしたね?」

「はい」

「続けよう。〈ショッカー〉壊滅後、流出した技術を手にして、様々な悪の組織が結成された。世界を手中に治めようとするアメリカとソビエトが極秘裏に手を組んだ“GOD秘密機関”。『新人類』という超能力者を改造し、世界征服を企んだ“新人類帝国”。どちらも裏の組織だが、そういった組織の最たる例だ。そして現在、この日本である組織が結成され、今日、クリステラさんが見たような怪物を作り出している……」

 

いよいよ核心に迫る時がきた。

フィアッセが息を呑み、不破までもが額に汗を浮かべる。

北斗の双眸が、紅蓮の色に染まった。

 

「組織の名は『ヘルショッカー』! 忌まわしき、地獄の軍団の名をもつ悪魔の集団だ!!」

 

 

 

 

 

――????――

 

 

 

 

 

――遠くに見えるは燃え盛る炎。

――傍らに広がるは夥しい血の海と、弟である蛇の亡骸。

――そして、血の海に漂う人影。かつて雷神と呼ばれた男の屍。

――天を見上げれば、神々の国へと続く虹色の橋は燃え、炭となって砕け散ろうとしていた。

――世界は色褪せていた。

――世界は黄昏にまみれていた。

――神々は地に堕ち、自身もまた朽ち果てようとしている。

――知恵を司る神と、その槍を飲み込んでしまったせいだろう。

――徐々に、腹回りが痛くなっていく。

――やがて自分は死ぬのだろう。妹の元へと逝くのだろう。

――そうなる前に、わたしは…………

 

 

 

 

 

頬に、ひんやりと心地の良い風を感じた。

次第に意識が覚醒していき、霞がかった思考から霧が晴れていく。

ふと見上げれば、少女の顔があった。後頭部には柔らかく、温かい感触。

彼……牙龍は、自分を膝枕しているらしき少女の名を呼んだ。

 

「……翼龍」

「牙龍! よかった、気が付いたんだ」

「俺は……どうしたんだ?」

「ビックリしたよ。牙龍ったら、わたしの料理を食べた途端倒れちゃうんだもん」

 

刹那、思い出したくもない恐怖が牙龍の頭をよぎった。

牙龍の舌に焼付き、脳裏に刻まれた“あの味”が甦る。

あの、舌先を溶かしかねないぐらいの甘さと、その身を凍えさせかねない苦さと、世界を震撼させる酸っぱさと、この宇宙における万物の法則を打ち砕くかのような辛さがミックスして、さらに……

 

「オレハナニモミテナイタベテナイオレハナニモミテナイタベテナイオレハナニモミテナイタベテナイオレハナニモミテナイタベテナイオレハナニモミテナイタベテナイオレハ……」

「どうしたの牙龍?なんか辛そうだよ」

「……気にするな。というより、かれー、だったか? その料理の名前は。いったい材料は何なんだ?」

「え~と、たしか……」

「白米、牛肉、馬鈴薯、人参、玉葱……最後にカレーだな。今のこの国ではルーというものが主流らしいが」

 

死地より生還した牙龍を、蟲龍が生温かい視線で迎える。

首を動かし見ると、毒龍までもが壁にもたれかかっていた。人間の世界に溶け込むために染めた金髪とピアスが、毒龍のニヤニヤとした笑みを引き立てる。

ふと翼龍を見ると、何故か引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「……どうした、翼龍?」

「あ、いや、その……」

「なんだ、言いにくい事なのか? 言ってみろ。別に怒りはしない」

「……ホント?」

「ああ」

「じゃ、じゃあ……」

 

未だ引き攣った笑みの翼龍に、洞にいた全員が注目する。

 

「じ、実はね、今の蟲龍の話を聞いて……ちょっと材料を間違えちゃったみたいで……」

「……なに?」

 

牙龍の頬が少しだけ引き攣った。

 

「何を入れたんだ?」

「えっと…里芋、薩摩芋、牛蒡、大根、ピーマン、南瓜と……ピラニアのお肉……」

「……………ルーは?」

「あ、それは普通のだよ。隠し味にマヨネーズとケチャップを混ぜたけど」

 

牙龍は頭が痛くなるのを感じた。

毒龍が完成品を想像して、げっそりと青ざめる。

 

「いや、というかそんな食材でどうしたらあんなに黒くなるんだ?」

 

蟲龍はむしろそちらの方が気になっていた。

 

「……まぁ、いい。それよりも毒龍、お前は俺に何か用があったのではないのか?」

「……何故、そう言える?」

「蟲龍と毒龍は、人間界の調査員……特別な時以外に、片方が居ても、両方揃っているというのはおかしい。職務怠慢だ。それに、蟲龍はともかく……お前が俺の体を心配してくれるとは思えないからな」

「失礼な奴だぜ」

 

そう毒づく毒龍の顔に嫌悪はない。

むしろ、『さすが俺達のリーダーだ』といった感じに笑みすら浮かべている。

作られた金髪が揺れ、だらしなく着飾っていた毒龍が身を翻すと、たちまち毒龍は白銀の正装を纏った。

それに習って、人間の服を着ていた蟲龍も正装に変わる。

牙龍は翼龍の膝から起き上がり、自身もまた正装へと変身した。

彼らで言う正装とは……人間の世界で言う軍服である。さしずめ、戦闘形態が鎧甲冑とでも言おうか。

そして、翼龍も含めた全員が正装をとる。それはすなわち、今の一瞬でこの場が軍議の場になったことを表わしていた。

形式上は格下である翼龍、蟲龍、毒龍の3人が、牙龍の前で跪き、控える。

 

「大祭司が行方をくらまし、爪龍が行動を開始した。……まぁ、爪龍の方は大祭司があらかじめ用意していた保険みたいなモンだろうが、問題は大祭司の方だ。牙龍なら、大祭司が何処へ行ったか分からないかと思ってな」

「大祭司様が?」

 

牙龍が蟲龍と翼龍を見る。

2人は頷いて、大祭司不在の事実を牙龍に告げた。

 

「あんたは俺達“普通の龍臣”と違って、あのお方より“後から”人の身を授けられた龍だ。だから、なんか知ってんじゃねぇかっって、思ったんだけどよ」

「……確証はないが、もしかすると……」

「もしかすると?」

 

これには毒龍だけでなく、蟲龍、そして翼龍までもが息を呑んだ。

牙龍はしばし沈黙して、不意に口を開いた。

 

「大祭司様は、“千年石”を取りに行ったのではなかろうか?」

「なにっ!?」

 

毒龍が驚愕の表情を浮かべ、硬直した。

傍らの蟲龍、翼龍も同様に驚愕の表情を浮かべ、破顔する。

 

「なら…ついに……」

「その可能性は高い」

 

厳粛たる空気の中、毒龍が作られた金髪ではなく、地の、燃え盛る炎の如く真っ赤な髪を揺らして笑みを浮かべる。他の者も同様だ。

ただ、牙龍だけが何かを案じていた。

他の龍達が歓喜する中、ただ独り素直に喜びを表わせぬ牙龍に気付き、翼龍が声をかけようとする―――が、それは憚られた。

その、憂慮に満ちた牙龍の瞳を見てしまったから……。

仕方なしに、ただ、彼の名を呼んだ。

 

「牙龍……?」

「む、どうした?」

 

心配そうな翼龍の顔を見て、牙龍が怪訝な顔をする。

 

「ううん。なんでもない!」

 

翼龍は一転して明るく振る舞うと、牙龍の手をとった。

 

「翼龍、この手はなんだ?」

「細かい事は気にしない! それより、行こっ」

「いや、何処へ」

「何処だっていいの! ささ、行くよっ!!」

 

毒龍と蟲龍に助けを求めようとするも、『行ってやれ』といった表情を浮かべる2人に何も言えずに、牙龍は渋々歩を進めた。

やがて2人の姿が見えなくなり、蟲龍と毒龍はそれぞれ一転した暗い面持ちで闇へと溶け込んだ。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴臨海公園――

 

 

 

 

 

「大東亜企業グループの……太平産業は知っているかい?」

 

突然話題を変えた北斗の意図が掴めず、フィアッセは首を傾げた。

日本に住み始めて長いとは言え、フィアッセは基本的に英国人である。

日本最大のコンツェルンのことや、その基幹会社の事など知らなくても無理はない。

北斗自身フィアッセの解答に期待はしていなかったが、事情を知っていていいはずの不破すらも首を傾げるというのは、いかんともしがたい状況であった。

 

「日本最強最大のコンツェルン、大東亜企業グループ。太平産業はその基幹会社で、都銀3位の大東亜銀行を中核に置く信託、相互銀行など有力8社の金融団を背後にもつ金融資本型コンツェルンである大東亜企業グループの、貴重な産業部門を担っている会社だ」

 

要は大きな会社だという事を言いたいのだろう。

そこまできたところで、フィアッセがあっと口を開いた。

 

「……そう。この大平産業こそが、いや、太平産業の現社長……田所俊介こそが、秘密結社『ヘルショッカー』の首領だ。太平産業は、『ヘルショッカー』という組織がカモフラージュのために用意した企業……と言っても、過言ではない。いや、すでに大東亜企業グループ全体までもが、『ヘルショッカー』の傘下にあるとすら言ってもいいだろう」

 

大東亜企業グループという一大コンツェルンを味方にした『ヘルショッカー』は、その立場と経済力を利用して自分達の存在を巧妙に隠し、何年もの間、改造技術の向上、“自作”改造人間の生産に励んできた。

先刻の死神カメレオンや蟷螂男、フィアッセは知らなかったが、宇津木市で出現した蜘蛛男も、そういった過程で完成した改造人間達だったのである。

……そして、去年の12月末、それは起きたのだ。

 

「―――ここから先は、不破の方が詳しいだろう」

 

 

北斗の言葉に、不破は眉根ひとつ動かさずに、ひたすらに海を見詰めた。

フィアッセは、咄嗟に心を読もうかとも考えたが、止めた。

海を見詰める不破の瞳に、これ以上ないというぐらいの哀しみを見てしまったから……。

必死にかけるべき言葉を探すフィアッセに、不意に不破が口を開いた。

 

「闇舞さんはクリステラさんに何を言ったかは知りませんが、俺は、ここまでで良いと思っています」

「え?」

「これ以上知れば、クリステラさんまで危険な目に遭わせてしまう」

「…………」

 

嘘偽りない、不破の本心だった。

不破は誰にも傷ついてほしくないのだ。例えそれが不可能な事でも、誰も傷つかないように、自分だけ傷つこうとする。自分がスケープゴートになることで、みんなを救い、守ろうとしている。

かつての高町恭也にも通じるその考えに気付いたからこそ、フィアッセは何も言えなかった。

しかし、北斗はそれを許そうとはしない。

 

「不破…それはクリステラさんに失礼な話だぞ」

「なにを……」

「クリステラさんは『真実』を知りたいと決意して、俺に求めた。彼女は言ったよ。『もう守られっぱなしは嫌です』……ってな」

「…………」

「彼女は守られっぱなしは嫌だと言った。つまり、自身も戦うことを決意したんだ。彼女は強い。『真実』を知ろうとする覚悟をもっている。そんな彼女に……『真実』を知ろうとする者に教えないのは、罪だ」

「しかし……」

 

なおも反論しようとする不破を、北斗は遮った。

 

「真実を知ろうとして……また、真実を暴こうとして殺された人間は大勢いる。己の命というリスクを背負いながら、彼らは戦ったんだ。自分達の力で……な。

しかし彼女には俺達がいる。彼女は、俺達が守ってやればいい。彼女が危険に陥れば、俺とお前が守ってやればいい……」

 

もはや不破は返す言葉を失っていた。

それを察して、北斗は一気に畳み掛ける。

 

「不破……お前には、“守りたいものがある”んだろう? ……何かを守りたいから、“力”を求めていたのだろう?」

 

それは鮮烈たる一言だった。

不破の心を貫き、抉り取るには充分すぎるほどの威力をもった刃だった。

喉元から声が出掛かって、不破は喋るのを止めた。どう足掻いても、言い訳になってしまうし、北斗には通じそうにない。

 

「それと同じだ。クリステラさんには戦うための爪も牙もない。だが、知ろうとしている……。己の命をリスクにしてまで、『真実』を知ろうとしている。何故だか、分かるか?」

 

不破は首を振った。

北斗は、断定的に答えた。

 

「守りたいからだ。自分の家族を。友人を。高町恭也を……。人間はいつしか力の進化を止め、知恵の進化を行なってきた。人間は、文明の武装を始めたんだ。『真実』とは知っているだけで武器となる。彼女は、『真実』を武器にして皆を守ろうとしている。ほら、『力』の意味は違えど、目的は一緒だ」

「…………」

「話してやれ、不破。お前は今一度、戻るべきなんだ」

 

諭す北斗の瞳には、言い知れぬ闇が在った。

闇の中には、もはや戻れぬところに居る者の哀しみがあった。

不破はそれを間近にして、俯き、傍らのフィアッセに向き直る。

真っ直ぐな瞳に射抜かれ、不破はいささか居心地が悪くなるのを感じた。

もはや、不破に残された選択肢はひとつしかない。

 

「……去年の…暮れぐらいなるかな」

 

それは雪の降る山道で起きた事件だった。

 

 

 

 

――2007年12月暮れ・山道――

 

 

 

 

 

神が誕生したとされる奇跡の日も終わり、数日が経ったある日、この極東の島国は全国的な寒波に見舞われた。

それは海鳴市も同様で、粉雪の舞う中、人々はやがて来るであろう新たな年に思いを馳せつつ、煌びやかな輝きを放つ街の中を動いていた。

もはやこの国に、そしてこの世界に、人の光の届かぬところなどない。

そんな油断があったわけでもないのだろうが、降り積もる雪の中を、2台のバイクが駆け抜けていた。

2台はやがて峠へと入り、さらにスピードを上げる。

綺麗な海と高さもまちまちな山に囲まれた海鳴市は、種目問わず、比較的アスリート達に好まれる地形にあった。

そしてそれは、地元の走り屋やライダーにも同様の事が言える。

断続的に山がある……ということは、必然峠もあるということだ。

高さも、大きさもまちまちということは、そういった者達にとって、絶好の場所であるとも言える。

しかしその日は生憎の雪。

スリップの危険もあれば、下手をすれば衝突事故の可能性とてある。

峠からはバイクの姿が消え、雪の降る中を駆け抜けるのは休日返上で仕事に勤しむ運送業者か、それでも走ろうとする物好きだけ。

2台のバイクを駆るライダーは後者のタイプだった。

漆黒にペイントされたタフさで有名なホンダのXR250。

日本のバイクメーカーではホンダに並ぶスズキのGSX1400のLR5。

2台のバイクは明らかに規定速度を超え、2人のライダーは走る事を楽しんでいた。

最初は海鳴市周辺を何周もしていた2人だったが、やがて空の色が灰色から藍色に変わると、最後の1本とばかりに、これまでにない加速でコースを外れ、隣り街へと続く峠の道を駆け抜けた。

―――しばらく走っていると、2人はバックミラー越しに、2台のトラックを見た。

それだけならばさして気にする事もなかったが、2人はそのトラックが出している異常な速度を見て、眉根を寄せた。

明らかに100キロ近いスピードのトラックは急いでいるようで、2人は道を開けようと片方の車線により、速度を落とした。

しかし、次の瞬間、彼らはそれが間違いである事を悟る。

彼らが減速を始めた途端、2台のトラックのコンテナが開き、中から、6台のバイクが現われ、加速を始めたのだ。

これには2人も驚き、慌てて加速するも、6台のバイクはどんどん速度を上げていった。

バックミラーで相手の姿を確かめようとするも、フルフェイスのヘルメットと、防寒性に優れたライダースーツを着ているため、顔や体格が分からず、2人はますます困惑した。

だが2人は即座に気持ちを切り替えると、マシンのスピードを上げ、隣り街……生田市へと向った。

トラックもバイクの連中も、明らかに組織化された集団である。

2人はならばと、市街地に潜り込む事を考えたのだ。

しかし……

 

「!?」

 

GSX1400のライダーが声にならない悲鳴を上げた。

前方より、同じようなバイク集団がこちらに向ってきたのだ。

 

「挟み撃ちかっ」

 

XR250のライダーが叫び、2台のバイクはやむなく横の雑木林へと向った。

雑木林を抜け、何もないところで相手をしようと考えたのである。

舗装された道路を抜け、雑木林に入ろうとした瞬間、突如として、2人の視界は暗転し、全身に鋭い激痛が走った!

 

「っ!!」

 

コントロールを失ったGSX1400は100馬力のパワーを保ちながら走り去り、XR250は大木に叩き付けられて新雪の上へと落ちた。

先刻までフルスロットで走っていたためか、“じゅおおおおおおおお”と音を立てて、白い雪が氷解していく。

しかしそれ以上に、2人は自分の身に起こった現象を把握しようともがいた。

手足をばたつかせているうちに、自分達がなにやら細い糸のような物に絡まれ、捕縛されている事が分かった。

糸……といっても、それはただの糸ではない。

雲の横糸のように粘着性があり、凧糸のように細いのだが、触れてみると鋼鉄のように硬い、半透明の糸だった。

 

「……っ!」

 

XR250に乗っていたライダーが隠し持っていた小刀を取り出し、糸を切り裂いた!

空いた片方の手でもう片方の糸を断ち、両手に小刀を持って足に絡みついた糸を切る。

ライダーは転がるXR250のシートを開けると、中から小太刀大の、2本の鞘と、それに納められた二振りの小太刀を二刀差しにして構えた。

フルフェイスのヘルメット脱ぎ、囚われているもう1人のライダーを助ける。

絡み付く全ての糸を寸断したところで、今度は先刻から自分達を追ってきた6台と、前方より迫り来る4台が現れ、バイクから降りた。

まるで生気の感じられない9人は、機械的な動作でヘルメットを取ると、変身を始めた。

2人のライダーが、ぎょっとあとずさる。

9人のライダーは徐々に体を変貌させ、怪物としか言いようのない“それ”へと変貌していった。

2本の犬歯が牙のように伸び、頭の骨格からして変わっていく。

額からはまるで仏の如く第三の目が現れるも、それは人間のものではなく、ルビーのように赤い六角形で、また、左右の双眸も変化していった。

頭頂からは短い触角じみた角が2本伸び、成長しきった犬歯に続くように、歯並びが人間のそれから変化していく。

すらりとした胴体より伸びる四肢は細く、そして長くなり、その先端の手足は鉤爪のように変わった。

あえて言うのならば、その姿は蜘蛛と人間のキメラ……“蜘蛛男”。

GSXに乗っていたライダーが、足元に転がっていた手頃な大きさの木の棒を手に取り、構えた。

9体の蜘蛛男は一斉に襲ってきた。

……否、正確には蜘蛛男の吐く白い糸の奔流が、2人を襲った。

たちまちGSXに乗っていたライダーの持つ木の棒が使い物にならなくなり、また、彼の視界も真っ白に閉ざされた。

慌ててヘルメットを脱ぐと、中から端正な顔立ちの、甘いマスクが露わになる。

青年は180センチはあろうかという巨体を俊敏に動かして、矢継ぎに放たれる糸の激流を躱した。

もうひとりの青年は周囲の木々を上手く遮蔽物にし、長さ5センチばかりの木製の飛針で応戦していた。

木製とはいえ、何の防御手段もない眼球への攻撃は絶大で、何本もの飛針が瞳に刺さり、何体かの蜘蛛男が呻き声を上げる。

しかし―――

 

「っ……!?」

 

背後からの激痛!

振り向き様に小太刀を振るうと、いつのまに回り込んだのか、気配すら感じさせずに蜘蛛男の一体が血飛沫を上げた。

しかし、その猛攻が止む事はなかった。

次々に放たれる斬撃の猛襲に、青年は時にそれを受け、時にそれを流し、時にそれを捌きながら避けるも、その間に迫ってきた蜘蛛男達によって手足を拘束されてしまった。

 

「ぐっ!」

 

手足を鋼鉄のように硬い糸に縛られ、体の自由を失った青年が背中を強く打って、苦悶の表情を浮かべる。

長身の青年は逃げながらも手頃な大きさの石を拾い、反撃に転じていた。

石といっても、赤子ほどの大きさもある巨石だ。

それを力任せに振るわれては、さしもの蜘蛛男も頭から潰れ、異様な色の体液を撒き散らした。

だが――――

 

「マジかよ……」

 

青年が唸った。

頭を潰された蜘蛛男は、そのような状態でなお、“ビクンビクン”と生命活動を止めていないのだ。

青年は追撃に備えて大きくステップし、囚われの相棒の元へと向った。

一方の青年も、両手両足を縛られながらも巧みに身をこなして小太刀を手に取り、まず足の糸を切断して、次に腕の糸を切断した。

見ると、先刻一撃を与えたはずの蜘蛛男はもう出血が止まっている。

恐るべき生命力と、再生力だった。

 

「はぁぁぁぁぁぁあああっ!」

 

気合と共に刃を一閃し、次々と蜘蛛男達に斬撃を見舞う。

しかし、蜘蛛男達の生命力は強靭で、胴体を斬りつけた程度では命を狩ることなど到底出来ない。

 

「高町っ! 狙うなら頭だ!」

 

巨石を持って、もうひとりの青年が駆けつけた。

力任せに石を振るい、蜘蛛男を薙ぎ払い、その頭部を潰す。

高町と呼ばれた青年は頷くと、いちばん前に出てきた蜘蛛男の頭部向って刃を一閃した。

 

“ズシャァァァァァァアアアッ!”

 

さすがに頭蓋を切り裂くことは出来なかったが、それでも蜘蛛男の目を潰すことは出来た。

すぐに再生が始まるが、一時的にしろ、視界を失ったのは致命的であった。

 

「赤星っ!」

 

高町が叫び、もうひとりの青年に合図する。

アイコンタクトを取り合って、2人は元居た場所へと駆けた。

その動きを察知し、遅れながらも蜘蛛男達が追ってくる。

高町のXR250が倒れている所まで戻ってくると、赤星と呼ばれた青年が転がっていたフルフェイスヘルメットのバイザーを降ろし、車体からガソリンをなみなみと注いだ。開いている隙間は、持っていた手拭いで塞いだ。

蜘蛛男達が姿を追いついた時には、すでに準備は整っていた。

 

「喰らいやがれ!」

 

赤星が激昂して、ヘルメットを力一杯に投げた!

くるくると弧を描き、ヘルメットの中から大量のガソリンがぶち巻かれる。

ガソリンのシャワーを浴びた蜘蛛男達は、一瞬だけ戸惑ったように逡巡し、再び動き出した。

 

「……これで終わりだ」

 

高町がポケットから100円ライターを取り出し、火を点けて投げた。

ライターは火が消える前に蜘蛛男に触れ、ガソリンまみれの蜘蛛男達は――

 

『ギェェェェェェェェ……』

 

燃え盛る炎の中、蜘蛛男達が断末魔の悲鳴を上げた。

少なくとも、高町と赤星にはそう見えた。

だが……

 

「馬鹿な……」

「嘘だろ……」

 

蜘蛛男は生きていた。

雪でガソリンの効力が半減していたと考えても、不自然なほどに蜘蛛男達は蠢いていた。

しかし、もはや彼らに攻撃をする機能はなく、蜘蛛男達は、ただただ咆哮するばかりだった。

しかしそれでも、生きているのだ。

昨日までの高町と赤星の常識の中に、こんな生物はいない。

抑制していた恐怖が、込み上げてきた。

そして、戦いはまだ終わってはなかった。

 

「にゃるほど…にゃるほど……高町恭也B+……赤星勇吾はBっつところかねぇ……判断力、戦闘力ともにおっとろしいでねぇ」

 

その声は天空からの響きにも似ていた。

咄嗟に声の方向を見ると、木々の合間を縫ってひとりの青年が、顔を覗かせている。

真冬だというのに半袖のポロシャツにジーンズという薄着が、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「しっかし、さすがに蜘蛛男程度じゃ、話にならんぎゃあね。やっぱ、最初っからワイが出りゃあよかっちゃな」

 

その微妙な名古屋弁も、彼の人柄を隠すのに一役買っていた。

2人は身構えるも、見たことのないタイプの相手にどう出ていいのか分からないでいた。

 

「さっきまでの連中と一緒に考えとったら、でら痛ぇ目遭うでよ~」

 

それが合図だった。

青年の瞳が金色に輝いたかと思うと、突如、青年が先刻の蜘蛛男達と同じように変貌を始めた!

だが、その変身は蜘蛛男達のそれとは似て非なるものだった。

まず変身の方法が違う。

蜘蛛男達が徐々にその身を変貌させていったのに対し、彼の青年は一瞬にしてその姿を変えた。

だが、変身を終えたその姿は蜘蛛男達とさして変わらぬ、異形の怪物であった。

姿形は鎧甲冑を纏った、“鴉”のようでもある。

黒絹のようにしなやかであり、かつ鋼鉄のような硬質感を漂わせる毛並みの下の肉体は強靭で、大地を震撼させかねぬ勢いすら感じられる。

背中より生やす二対の翼は雪降らす雲と同じ濃い灰色。

鋭い嘴から紡がれる言葉は、まるで地獄の悪鬼を思わす“何か”を孕んでいる。

 

「じゃ、行こまい!」

 

何もないはずの空間から突如として剣を出し、人の姿をした鴉は突進した。

高町が額へと伸びる剣先を防ごうと、一刀の小太刀でその攻撃を躱そうとする――が、

 

「『ヘルショッカー』四天王がひとり、北の多聞天こと“カラスルゲ”様の実力、ぬぶっとったらあかんがや!」

 

蜘蛛男などとは比べ物にならないパワーで放たれた斬撃は速く、そして正確だった。

小太刀で受けることには成功したものの、そのまま弾き飛ばされ、背中をしたたかに打ってしまう。

 

「ちょいちょいちょぉぉい!」

 

着地して即座に放たれる蹴りの猛襲。

赤星は、受け身をとる間もなく蹴り上げられ、高町と同じように木々へと叩き付けられてしまった。

……否、木々をへし折って地面に叩き付けられた。

 

「くっ……!」

 

かろうじて高町が立ち上がり、小太刀を構える。

 

「へぇ…圧倒的な実力差を見せ付けられてなお、戦うか。その意気込みはよし。けど、絶対勝てやしねぇ相手にそれは無謀っちゅうんよ?」

 

鴉が飛翔する。

背中の双翼を羽ばたかせ、空を舞う。

我流だろうか?

どの流派の教典にも載っていない構えを取り、鴉は剣を構えた。

 

「戦えば負けない。それが御神の剣だ……!」

 

高町も、鴉に負けじと二振りを、まるで双翼のように構える。

“轟!”と風が唸った。

高町から発せられる、質量すら持った殺気。明確な殺意。

なんとなくではあったが、鴉はそれを感じて、低く呻いた。

そして次の瞬間、何かを察したように、

 

「なるほど…じゃあ、ワイも本気出しゃんと……な!」

 

呟いて、自身も全身から殺気を放ち、高町の動きを牽制する。

次に出すのは、2人とも最強の攻撃……。

 

「しゃっ!」

 

先に動いたのは鴉だった。

今までの一連の動作から、鴉の動きは高町や赤星のそれを圧倒していることは明白。

先に動かれては、勝ち目などない。

その……はずだった。

 

「これで、終わりだぎゃあっ!」

 

鴉が高速で刃を一閃する。

 

“ガキィ!”

 

しかし、高町はそれを執念の一刀で防いだ。

無論、お互いのパワー差は歴然だ。

全身が悲鳴を上げ、激痛に苛まれながらも、高町はなんとか保ち堪え、まだ軋む体で地を蹴った。

刹那、視界がモノクロに染まった。

モノクロの世界で、高町と鴉の2人……2匹の獣だけが動いている。

予想外の鴉の動きに驚愕しながらも、高町は鴉の背後に回り、小太刀を一閃する。

 

“ガキィッ!”

 

背面でも硬い箇所に当たってしまったのだろうか。

鈍い音がして、小太刀は跳ね返ってしまう。

――が、高町は再度別の一刀を振るった。

今度は襟首に。

 

“ガガガガガッ!”

 

またも鈍い音。

跳ね返ってくる衝撃をものともせず、高町は、最後の一撃を見舞った。

狙いは……心臓!

人間の常識が通用するかは分からなかったが、シルエットが人のそれに酷似している以上、臓器の位置も同じである可能性は高い。

高町は、その可能性に賭けた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」

 

一閃。

その一撃は間違いなく鴉の左胸を捉えて――

 

“ガキィッ”

 

「残念」

 

鈍い音と、鴉が呟いて、時間が、流れ始める。

モノクロの世界から弾き出され、咄嗟に高町は後方へと大きく地を蹴った。

だが―――

 

「天翔流格闘術・破邪雷塵剣、奥義之弐……」

 

追撃の刃は容赦なく伸びてくる。

その刺突は防御の隙間を縫って、肋骨の間を貫き。

 

「『舞姫』……」

 

……高町の体内で、狂い踊った。

 

 

 

 

 

――海鳴市・海鳴臨海公園――

 

 

 

 

 

「―――これが高町恭也、そして赤星勇吾の身に降りかかった、警察では単なる失踪事件として処理されている、事件の真相だ」

「…………」

 

フィアッセは言葉を発せないでいた。

一言一句聞き逃すまいと聴覚に集中していたせいもあるが、それ以上に、話の内容、そして、その事を知っている不破の正体を思って、声を出すのを憚っていたのだ。

 

「……察しの通り、その後、高町恭也と赤星勇吾は『ヘルショッカー』に捕えられ、改造手術を受けた」

 

答えは、ひどくあっさりと出された。

不破……否、高町恭也は自嘲気味に笑って、海へと視線をやった。

 

「俺はみんなとは違う。フィアッセが……みんなが知っている、“人間”の高町恭也は、もういないんだ。赤星も、そう」

 

今は偽装のため完璧にXR250に扮しているレッドスターを指差す。

 

「赤星は……人間の人格を無機物に移植するというコンセプトで、人格の一部を高性能コンピューターに移植され、そのコンピューターはあのバイク……レッドスターに組み込まれた。そして俺は……」

 

精神統一も、『変身』の掛け声も必要なかった。

傍目には分からぬであろう内なる感情が作用したのか、恭也は徐々にその姿を異形のそれへと変えていった。

慌ててフィアッセが辺りを見回すも、人影はなく、また恭也もそれが分かっていたからこそ、このような愚行に走ったという事が理解できた。

以前、見た時は遠くからだったのと、切羽詰まっていた状況だったためよく見えなかったが、近くにきて、やっと分かった。

胸の赤い紋章は出来損ないの亀と蛇を思わす彫りで、頑丈そうな生体装甲は意外にしなやかである。

復讐鬼の姿をとった恭也は、その仮面の下にある唇を震わせた。

 

「―――人間と、妖怪や、悪魔といった存在との融合をコンセプトに改造された、試作型改造人間『AA-07』……それが、今の俺なんだ」

 

震えていた。

いかに強靭な肉体と、絶大なパワーを手にしても、所詮心は不完全な人のもの。

告白するネメシスの肩の震えは、フィアッセにも見て取れた。

 

「っ……!?」

 

気が付くと、ほぼ反射的に体が動いていた。

恭也の震えが、ピタリと止まる。

まるで聖母のように慈愛の笑みを浮かべて、フィアッセはネメシスの体を引き寄せ、抱き締めていた。

 

「大丈夫だよ…」

 

自然と、唇から言葉が紡がれる。

 

「大丈夫…恭也は……恭也だよ。他の誰でもない、高町恭也。私が知っている、剣を握った男の子……」

 

ゆっくりと力を込めながら、優しく抱き締める。

もう何年も忘れていたかのような錯覚を、ネメシスは覚え、その感触を思い出していた。

『温もり』という……人の温かさを。

いつしか、変身は解け、ネメシスから恭也の姿へと戻っていた。

ごつごつとささくれ立った手がフィアッセの背中に伸び、恭也もまた、フィアッセを抱き締める。

フィアッセの頬に、何か熱いものが触れた。

 

「……っ…うくっ…………」

 

涙だった。

静かに……

鳴咽を堪えながら……

恭也は、泣いていた。

 

「……ありがとう…ありがとう…」

 

涙声で、恭也は告げた。

 

「本当は恐かった。『真実』を告げて、みんなに拒絶されるのが…。仮に俺が受け入れられても、赤星もいる。そうして、みんなに忘れ去られるのが……恐かったんだ」

 

いかに力を得ても、それを扱うは人の心。

いかに文明で、力で武装しようとも、心まで武装できるほど、高町恭也は器用ではない。

 

「変身すると、激痛とともに一瞬、気が遠くなるんだ。それと同時進行で変身が進むから……もし次に変身を終えたら、俺は俺でなくなってるかもしれない。痛みに気が狂って、俺が俺でなくなっているかもって。何度も、何度も、変身しても、いつもそれが恐かった。自分が自分でなくなってしまう…そんな、気がして……」

 

自分が自分でなくなる……。

それはどれほどの苦痛であり、不安であるのだろうか。

少なくとも、傍らの北斗はその事をよく知っている。

それに伴い、人間がどう狂っていくかも。

 

「恐かったんだ…恐かったんだよ……」

 

最後の方は言葉にすらなっていなかった。

柔らかな感触と、優しい温もりに抱かれ、恭也はただ慟哭した。

 

 

 

 

 

「醜態を晒したな」

「ふふふ、でもわたしとしては恭也の意外な姿が見れてよかったかも」

 

くすくすと可愛いらしい仕草で笑うフィアッセ。

ここ数日、翠屋でめっきり見れなくなってしまったと嘆かれた、彼女の笑顔だ。

 

「……俺は腹を切る」

「そんな大袈裟な」

「ここ数ヶ月で見てきた不破の行動や言動を見ると、むしろ大袈裟な方がいいような気もするがね。痛いときは痛いと、辛いときは辛いと、ちゃんと言ってもらいたい」

「あ、たしかにそうかも」

「…勘弁してくれ」

 

どこか陽気な音楽家2人に攻められ、恭也は戦ってもいないのに疲弊していた。

しかし、不快ではない。

むしろ、フィアッセに話したことで、何か、縛りのようなものから解放された気分で、体は妙に軽く、気持ちは浮ついていた。

ふと唇に指を這わせる。

 

「…………」

 

微かに、本当に微かにだが、恭也は笑っていた。

目の前では優しい姉と、命を救ってくれた恩人が楽しそうに笑っている。

そしてそんな空間に、自分は居る。

一度は失い、諦めかけた安らぎは、いともた易く手に入った。

 

「……こんなに簡単だったなんてな」

「? どうしたの、恭也?」

「いや、なんでもない」

 

ほんの少し勇気を出して話すだけだった。

相手がフィアッセだったから……というのもあるかもしれない。

しかし、恭也は知っている。

基本的に彼の知る、この街の住人達は自分勝手で、お節介で、優しい人達ばかりなのだ。

きっとそのまま放置していたら、頼みもしないのに恐るべき情報網でこっちの正体など看破して、そして構ってくるのだろう。

そして向けられる同情や憐憫などではない分、当事者としては性質が悪い。

醜態を晒したのが、フィアッセだけでよかったと心底思った。

 

「フィアッセ、この事はくれぐれも内密に」

「この事って……ネメシスが恭也だって事?それとも、恭也が泣いちゃった事?」

「……本気で腹を切りたくなってきた」

「よせ。死ぬほど痛いぞ、あれは」

「……切った事あるんですか?」

「ああ。まだ生身だった頃、な。8発の銃弾が腹の中を掻き回して、貫通したのは5発ほどだったんだが、あとの3発は未だ腹の中。仕方がないからナイフで銃弾を摘出して、民家に駆け込んで裁縫用の針をバーナーであぶって消毒して、自分で縫った。無論、麻酔などなかったからな……あれは痛かった。弾丸を摘出する時よりも、縫合の際、糸が体の中を通っていく瞬間の方が物凄く気持ち悪かったのを覚えている」

「そんな事細かに説明しないで下さい」

「……あの頃は俺も若かった」

「いつの話ですか?」

「俺がまだ14の時だ」

「……波瀾万丈な人生を」

 

気が付くと、3人が3人とも笑っていた。

フィアッセは優しげに、恭也は無愛想ながら照れ臭そうに、北斗は唇の端を本の少しだけ緩めて、笑っていた。

だが、その笑いも長くは続かない。

 

「……っ」

 

不意に恭也が立ち上がった。

額に玉のような汗を浮かべ、動悸もいくぶんか速い。

北斗は恭也が何故立ち上がったのか察したようで、一言、

 

「行くのか?」

 

と、訊ねた。

恭也は無言で頷くと、XR250に跨る。

 

「恭也っ!」

 

フィアッセが声を上げた。

心配そうな表情で、こちらを見ている。

恭也はにこりともしなかったが、

 

「大丈夫」

 

そう、力強く告げて、バイクのエンジンをキックした。

 

 

 

 

 

臨海公園の駐車場に一台のタクシーが停車した。

それだけなら見慣れた光景。誰も気に留めもしない。

だが、開いたのは後部座席ではなく運転席のドア。そして中から出てきたのは明らかに私服姿の男……爪龍だった。他に人影はない。

タクシーの中は妙に暑く、また、こんもりと白い粉が撒き散らされていた。

それが何を意味するのか……当然、周囲の人々は気にも留めない。

爪龍は視線を駐車場よりやや向こう側へとやった。

常人では絶対に見えないような距離を挟んで、バス停がある。

駐車場の料金所に設置されたデジタル時計を見ると、あと一時間ほどで帰宅ラッシュを迎えようとしていた。

爪龍の口元が、細く微笑んだ。

まだまだ時間に余裕はある。

そんな仕草をして、爪龍は踵を返した。

ふと、目の前を若いカップルが横切った。

爪龍の眼が、獲物を見つけた狩人のように怪しく輝く。

体の一部……人差し指が、戦闘体のソレへと変わった。

振り向き、異様に長い人差し指の爪で、カップルの背中を撫でる。

 

「え……?」

 

傍目には、その光景はどう見えただろう。

若いカップルの衣服が一瞬にして消滅したかと思うと、次の瞬間にはカップルの肉体までもが完全に灰となった。

 

「……これで93人」

 

爪龍の双眸が、優しげに細まった。

 

「原子分解か…」

「ッ!?」

 

不意にかけられた声に、爪龍が振り向く。

そこには……

 

「たしかに、原子レベルで分解すれば人間の身体、そして衣服は空気中へ四散し、固形物として残るのは僅か。あとは、その固形物を食えば証拠は隠滅される」

 

「貴様っ!」

 

突如として現れた青年……恭也を前にして、爪龍は激昂した。

 

「たしかに……これなら足も付きにくいし確実に断魂を遂行できる。だが、残念だったな。タネ明かしされた手品は、もはや手品ではない」

「……手品のままでいられる方法、あるぞ」

「?」

「タネを知っているお前の口を封じればいい」

「……結局、そうなるか」

 

恭也はすでに変形を終えたレッドスターに跨ったまま、精神を統一し、両手を前へと掲げた。

しかし次の瞬間には振り下ろし、まるで実際に手の中に刀があるかのように二刀差しに構え、叫ぶ。

 

「……変身!」

 

胸の紋章は紅蓮の紅。

大きな複眼は悲哀の蒼。

全身を覆う装甲は絶望の闇。

仮面に走った2本のラインだけが、申し訳程度に彼の心中を映し出す。

そして、腰に携えた二振りの小太刀!

その姿はまさしく――――

 

「鬼……それも、人間を喰らう食人鬼か!?」

「グォォォォォォォォォォオオオオオオッッ!!」

 

漆黒の復讐鬼は、咆哮する。

彼の者の名は――

 

「仮面ライダー……ネメシス!」

 

海神オケアノスの娘にして復讐の女神……ネメシス。

復讐の戦鬼が、今、銀色の刃を向ける。

 

「戦闘体に移行する…」

 

爪龍が呟き、彼の肉体もまた変貌を遂げる。

人間と、龍と豹のキメラ。

鋭い手足の爪と、2本の腕から直接生えた鉤爪がひどく生々しい。

戦闘体となった爪龍は、ひとつ深呼吸をすると、地を蹴って、一気にネメシスへと迫った!

 

“チィンッ”

 

鉤爪の一閃が、ネメシスの生体装甲を掠める。

その一撃によって、切られた箇所から徐々に灰になっていく。

ネメシスは小太刀を抜刀すると、躊躇うことなくその箇所を切り、抉り取った。

 

「……っ!」

 

切り離された肉片はたちまち灰と化し、その一部は大気と一体と化す。

爪龍が遠くで舌打ちするのが分かった。

 

「ならば……切り離しようのないここならばっ!」

 

爪龍が狙った先は胸部中心よりやや左……心臓の位置だ!

だが、それをやすやすと許すネメシスではない。

 

「ハッ!」

 

手首のスナップを利かせ、ワイヤーを放つ。

ワイヤーは空中で円を描くように器用に歪曲し、爪龍の鉤爪を捕縛した。

続いてニードルによる牽制。

 

「っ!」

 

降りかかるニードルの雨を片方の爪で捌きながら、牙でワイヤーを切断する。

だがその間に、すでにネメシスは爪龍の懐へと潜り込んでいた。

 

「フンッ!」

 

“ズシャアッ!”

 

ネメシスの拳が爪龍の顎を突き上げるようにして極まった!

続けて、ネメシスはその拳を爪龍の腹部へと2度・3度と叩き込む。

無論、すべての拳に衝撃を表面ではなく内部へと浸透させる打ち方……『徹』を込めて。

 

“バゴオッ! ドギャアッ! バキャアッ!”

 

近接戦闘において、爪龍は決してネメシスに劣ることはない。

むしろ原子分解という、ある意味最強の武器を備えている分、こと攻撃力に関しては爪龍の方が上であろう。

しかし、それは爪という武器を行使した場合だ。

爪を使っての攻撃……ということは、必然爪を振るうか、爪で刺すかの選択となる。つまり、モーションにリーチが必要な攻撃なのだ。

零距離ないし極めてそれに近い距離での攻撃は不可能なのである。

距離をとろうと跳躍しても、ネメシスにはすぐに追い着かれてしまう。

 

「くっ!」

 

身を反らし、蹴りでネメシスの腹を蹴り上げた!

形勢を逆転され、跳ね飛ばされたネメシスが地面で背中を打ってしまう。

爪龍の、反撃が始まった。

爪を研ぎ澄まし、ネメシスへと襲い掛かる。

――――が、

 

“ブォォォォォォオオオンッ!!”

 

「!?」

 

不意に走った激痛に顔を顰める間もなく、爪龍が跳ね飛ばされる。

――レッドスターだ!

 

『高町! 今だっ!!』

 

不意に、そんな声が聞こえた。

聞こえた……ような、気がした。

 

「応っ!」

 

小太刀を抜刀し、刃を滑らせる。

 

「はあああああああああっ!」

「っ!!」

 

 

――小太刀二刀御神流、『花菱』。

 

 

様々な角度から放たれる連撃。

爪龍も必死にガードするも、対応が間に合わない!

 

「がぁあああああっ!!」

「りゃああああああああっ!」

 

爪龍も、防御は無駄と悟ったのか、攻勢に出始めた。

もはや機能を果していない爪で必死に斬り付ける。

ネメシスもまた、応戦する。

 

「ダァッ!」

 

だが、ネメシス――恭也が修めているの『御神流』は、ただ刀を使うのではない。剣に囚われない、変幻自在の多角攻撃が持ち味。

 

「ごあっ!」

 

全身を突き抜けるような蹴りの一撃に、爪龍が低く嘶いた。

その刹那、ネメシスの体が光り出した!

輝きは右膝から全身へと広がり、やがて再び右足へと収束されていく。

鉄柱にぶつかり、喀血した爪龍に向って、ネメシスは右足を突き出した!

 

「カーズド・ライトキック――ッ!!」

 

力の名は水。

季節は冬。

その色は黒。

“呪われた右足”が、総てを眠らせる!

 

「…………ガハッ!!」

 

“ドゴォン!!!”

 

爆発。

炎上。

総ての存在を眠らせ、安息へと導く炎。

 

「少しは吹っ切れたようだな……あいつも、クリステラさんも」

「はい…」

 

いつ間に来ていたのか、それを眺める北斗とフィアッセが、炎の輝きを見つめていた。

 

 

 

 

 

――東京都・太平産業本社ビル――

 

 

 

 

 

「―――とまあ、以上が、現時点の『AA-07』に関するデータです」

 

白衣を纏った俊介に報告するのはGパンにシャツという、季節感をまったく無視した格好の青年。

大東亜企業グループの基幹会社の社長室で過ごすには、おおよそ相応しくない格好である。

だが青年の表情は真剣そのもので、対応する俊介の表情もまた険しいものだった。

 

「我々が改造した段階でのAA-07の性能を3倍上回っているが?」

「まぁ、その件に関しちゃあ、数でなんとかするしかにゃあでしょ。今のワイらでAA-07と戦おう思っちゃ、ワイか、ワイを除いた四天王の残り3人、もしくは、“AA-09”を投入するしかにゃあでよ」

「その中でもっとも高い確率は……」

「自慢でにゃあが、ワイっちゅうことになるんだろうねぇ」

「期待しているぞ。“カラスルゲ”」

「……その名前はよしてくれ。たしかに、俺はその名に誇りを持っているが、あなたの前では、俺はかつての“カラスルゲ”ではない。『ヘルショッカー』幹部怪人、“多聞天”だ」

「…そうであったな。すまなかった」

「いや、これから気を付けてくれりゃあええで」

 

青年は踵を返し、その姿を変貌させる。

 

「……これから、おもろうなるぎゃあ」

 

―――人の姿をした鴉。

“多聞天”は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

戦士達の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。

出現する異形達。

無謀なる指揮官は伝説の男に呼ばれ、何を言い渡されるのか?

三心の下に集う戦士達は咆哮する。

 

「ボク達の最終兵器……見せてあげるよ!」

 

次回

Heroes of Heart

第拾参話「宣告」

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

 

“ヘルショッカー”

 

大東亜企業グループ基幹会社大洋産業社長の田所俊介が組織した地獄の軍団。

大東亜企業グループという組織そのものが『ヘルショッカー』と言え、その財源は大東亜企業グループの総資本をはるかに上回る。

旧ショッカーの技術と、緑川博士の研究ノート(仮面ライダー)を元に製造された改造人間を戦力としており、高町恭也を改造したのも彼らである。

ほぼ田所俊介のワンマン組織と言える。

 

 

“改造人間”

 

ここで指す改造人間とはヘルショッカー製の改造人間という意味であり、以下はそのランクである。

 

 

“初期改造体”

 

田所博士が最初期に改造した改造人間を指す。

まだ旧ショッカーの技術を解明するための段階であり、基本的な能力を備えた以外特徴がない。

また、言語機能がなく、人語はおろか、擬音すら発せられない。

 

 

“中期改造体”

 

田所博士がショッカーの技術を理解し、解明した段階で製造された改造人間。

初期改造体と違い、言語を話すことが出来るが、変身機能が低く、人間から改造人間へ、というプロセスを踏めない。また、踏んだとしてもそれは一回限りの変身となる。

 

 

“後期改造体”

 

田所博士が実験目的ではなく戦闘目的で製造した改造人間。

仮面ライダーほどではないが変身機能を有し、平均で100回までの変身を可能としている。

 

 

“終期試作改造体”

 

田所博士が緑川博士の研究ノートを元に、仮面ライダーの技術を加えた改造人間。

仮面ライダーの技術を加えることによって手段や目的が広がり、様々なコンセプトの元に改造された実験体でもある。

仮面ライダーネメシスは、この終期試作改造体にあたり、『人間と妖怪などの生命体を組み合わせた改造人間』をコンセプトとしている。

 

 

“終期改造体”

 

田所俊介が最終目的としている改造人間。

その詳細は不明。

 

また、ヘルショッカーの改造人間は旧ショッカーの技術をベースに開発されており、名称も旧ショッカーのものを使用している。

 

 

“蜘蛛男”

 

身長:188~208cm 体重:86~106kg

 

初期改造体。

基本能力はショッカーの蜘蛛男と大差なく、鋼鉄の如し糸を吐き出す。

また、強靭な顎と腕を持つが、毒針を放つ能力はない。

 

 

“死神カメレオン”

 

身長:170~190cm 体重:95~115kg

 

中期改造体。

保護色による完璧な偽装を目的とした斥候型の改造人間。

 

 

“蟷螂男”

 

身長:165~185cm 体重:58~78kg

 

中期改造体。

両腕に生えた大鎌を武器とする。

比較的安定した性能。

 

 

“爪龍”

 

身長:214cm 体重:137kg

 

人間と龍、そして豹が組み合わさったような龍臣。

甲龍の死亡後、大祭司より自動的に動くよう指示されていた。

手足の爪と鉤爪から対象物を分子レベルへの分解を可能とする高周波を放ち、人知れず人間を襲う。

俊敏な動きで敵を追い詰める戦法が得意。

 

 

 

 

 

 

~結局元に戻ったあとがき~

 

どうも、タハ乱暴です。

Heroes of Heart第拾弐話、お読みいただきありがとうございます。

今回強引ながら恭也の正体を明かしました。

やっと、やっと、普通に技名が書ける(泣)。

御神流の技って抽象的に書くと結構難しくて……偉大なる他の作家方は素晴らしいです。

さて、今回やっと第三の組織の登場です。その名も『ヘルショッカー』(まんまだなこりゃ)!

真一郎の変身体が『ホッパーキング(仮面ライダー企画段階の名)』だったので、原点回帰という意味合もあり組織名には『ショッカー』と入れたかったんですが、仮面ライダーのOP『レッツゴーライダーキック!』に、『迫る~ショッカー!地獄の軍団~♪』というフレーズがあったのでまんまその名前をとりました。

そして最後の方にチョロっと出てきた“カラスルゲ”! 彼に関してはその名前に注目してください。“カラスルゲ”……どこかで聞いた響きがないでしょうか?

思い当たった方はすでに特撮の世界にどっぷり漬かっている証拠です(笑)。

“特撮界のアフラ・マズダとアンリ・マユ”の出てくる“アレ”ですから。

それでは、あと1話で1クールがようやく終わります。次なる展開に期待していて下さい(そんな事言っていいいのか、俺?)。






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