注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・翠屋――

 

 

 

 

 

「店長、そろそろランチタイムに切り替えてもいですか~?」

「あ、うん。みんな、お願いね」

 

厨房から矢次に聞こえてくる了解の声。

レスポンスの早いその声に満足そうな笑みを浮かべ、桃子は同様に厨房で忙しく動き始めた。

翠屋にとって、ランチタイムはティータイムと並んで客の出入りが激しく、忙しい時間帯だ。

ある程度は作り置きの出来るケーキなどの洋菓子がメインとなるティータイムと違い、ランチタイムは品数的にも、調理的にも、翠屋の優秀なスタッフをフルに働かせてやっと乗り越えられるような時間帯だった。

最近になってやっとランチタイムのめまぐるしさにも慣れてきた真一郎も、やはり忙しなく手と足と頭を動かしている。

ついでに口も。

 

「店長、チーフ、まだ調子悪いんですか?」

「あ~うん。まだ、ちょっと疲れているみたい」

 

言うまでもなくフィアッセのことである。

彼女はここ数日、店長である桃子の了解を得て欠勤していた。

店員には性質の悪い風邪をこじらしたと言っていたが、誰もが嘘だと気付いていた。

ここ数日の、何を言われても上の空なフィアッセの態度を見れば、どんな鈍感者でも一目瞭然であったろう。

けれども誰も何も言わないのは、フィアッセが何かに悩んでいるからだと、全員が気付いているからである。

矛盾しているようだが、みなの気遣いが、そうさせているのだ。

無論、真一郎や小鳥もそのひとりだった。

 

「心配ですね」

「うんまぁ……ね。結構、ひとりで背負い込んじゃうタイプだから」

「何か……力になれれば良いんですけど」

 

心配そうな表情の小鳥。

それは真一郎や桃子、ひいては、翠屋にいる店員全員の思いでもあった。

しかし、みんな分かっているのだ。

今のフィアッセに必要なのは慰めや励ましではなく、悩み、解答を出すための時間なのだと。

 

「えっと、じゃあ、坂上さん呼んできますね」

 

小鳥が言うと、桃子は暗い雰囲気を振り払うかのように表情を一変させ「お願いね~」と明るく答える。

坂上さんというのは、フルネームで坂上貴代といい、言わばサブチーフ的な役割を担っているアルバイトの少女だ。

今もここ数日欠勤しているフィアッセに代わって、カウンターで接客をしていたらしい。

小鳥は手に付いた小麦粉の白い粉を軽く拭くと、ぱたぱたとカウンターの方へ歩いていった。

なぜか保護者のような視線をその背中に向けていた真一郎は向き直ると、店頭販売用のケーキ作りに没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

~ハートの英雄達~

第拾壱話「決意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・フィアッセのマンション――

 

 

 

 

 

初めて高町恭也という少年に出会った時、フィアッセは彼のことを歳不相応に無愛想な少年だなと思った。

しかしそれは、しばらくしてすぐに改められる。

彼があまり感情を表に出さないのは、幼くして一族を失ったという悲しみと、残ったのは自分達だけという責任感からのポーズで、実際は笑顔の眩しい、優しい少年だったのだ。

そしてなにより、フィアッセは彼のことを強い子だと思った。

いつも一緒に義妹の少女を連れていた彼は、幼いながらも常に彼女を守っていた。

そしていつしか、その守るべきモノの中に自分が入っていることを知った時、フィアッセはたまらなく嬉しくなったのを覚えている。

思えば、自分はあの時から高町恭也という男性に恋をしていたのかもしれない。

そしてそれを自覚したのは、幼き日の約束……。

 

『また、夏に来るから……』

 

フィアッセの母……ティオレの言葉にも耳を貸さず、美由希はわんわん泣き続けている。

幼い日、フィアッセはティオレと、彼女の父である英国議員アルバート・クリステラと一緒に、高町家へと、遠路遥々遊びに来ていた。

やがて数日が過ぎ、冬になって彼女達がロンドンへ帰ろうとした時、その小さな事件は起きた。

フィアッセが帰る、と聞き、美由希が泣き出してしまったのだ。

美由希がわんわん泣いて、ティオレとアルバートが困り果てて、フィアッセが抱き締めてあやしても、美由希は泣き止まなかった。

挙句、美由希に吊られてフィアッセまで泣き出して、もはや収拾が付かなくなった時、ひとり仏頂面をしていた恭也が、美由希の頭を不器用に優しく撫でて、言った。

 

『……泣くな。俺、そのうちフィアッセがずっと日本にいられるようにするから、な?』

『え……?』

 

フィアッセと美由希の声が重なる。

ふたりは顔を上げて、恭也を見た。

まだ小学校に入ったばかりの少年の顔は紅に染まっていた。

 

『いつか俺がフィアッセと結婚すれば、ずっと日本にいられるはずだから。アルおじさんがそう言ってたから』

『お……おお』

 

アルバートも察したらしい。

 

『フィアッセを恭也くんがもらってくれれば、ずっとフィアッセは日本人だ』

『……ほんと?』

『うん』

『ほんとにほんと?』

『うん』

 

そう言って、不器用に恭也は微笑む。美由希はぐずぐずと鼻を鳴らしながら、やっと泣き止んだ。

ようやく安心した空気が漂ったころ、今度はフィアッセが、

 

『……ほんと?』

 

などと聞いてしまったものだから、恭也は一瞬固まって、また不器用に微笑んで、

 

『うん』

 

と、答えてくれた。

 

『ほんとにほんと?』

『うん』

 

フィアッセが涙を拭いて、まだ潤んだ瞳で恭也に微笑み返す。

そしてゆっくりと小さな両手を伸ばして、

 

『…………』

 

首筋まで真っ赤な恭也をきゅっと引き寄せて、

 

『……うれしい!』

 

そう言って、彼を抱き締めた。

恭也はどうしていいのか迷って、しかし肩にまた熱いものが流れ落ちてくるんを感じると、自分も手をフィアッセに伸ばした。

 

『……うん』

 

曖昧な、消え入りそうな頷きとともに、フィアッセの小さな体を抱き締めた。

 

 

 

……子供の頃の、無邪気で甘酸っぱい約束。

そして、つい先日交わしたばかりの、新しい約束。

 

 

 

――ある晴れた休日の昼。

恭也は趣味である盆栽の手入れを終えると、即座に車庫に置かれた自分の愛車の元に向い、メンテナンスを行っていた。

ベストな状態で走るためには欠かせない作業だ。エンジンなどの駆動系とブレーキを調整し、洗浄する。

漆黒のXR250は、すでに恭也の手で改造済みだった。

XRの外見を損ねず、性能を可能な限り上げたバイクは、元々盆栽を趣味とする恭也の創作意欲を満たすにはまだまだ不十分で、彼は新しいパーツを買いに行こうと立ち上がった。

――と、そんな時、翠屋の都合だろうか。一旦、フィアッセが家に戻ってきた。

翠屋のエプロンを着たフィアッセが、恭也を見つけてやってくる。

『食事処で働いているのだから』と、仕事中はあまりバイクに触らせない恭也だったが、その日はなぜか彼女の接近を許していた。

 

『そんなにバイク、面白いの?』

 

背後からの、少し棘のあるフィアッセの声。

ここ数日、恭也はバイクか盆栽に没頭しており、フィアッセ達はあまり構ってもらえない日々が続いていた。そのことに対する不満が、うっかり口に出てしまったのかもしれない。

しかし、そこは朴念仁と名高い高町恭也。

普段は鋭いくせに、こういった時にはとことん鈍い。

フィアッセの語感には何の違和感も覚えず、彼は――

 

『ああ。今まで世の中にこんな楽しみがあるとは思わなかった』

『ふうん』

 

これにはさすがのフィアッセも頬を引き攣らせた。

しかしこの後、彼女はすぐ機嫌を直すこととなる。

 

『……なぁ、フィアッセ』

『なに?』

『今、赤星の奴が単車購入のためにバイトしてるんだ。それで買ったら一緒にツーリングしようって誘ってくれた』

『よかったね』

 

楽しそうに語る恭也とは対照的に、フィアッセはどこか不満気だ。

 

『ああ。それで…………よかったら、一緒に行かないか?』

 

途端、フィアッセの顔がぱっと明るくなる。

恭也から、こういった事に誘われるのは滅多にないことなのだ。

フィアッセはぶんぶんと首を縦に振った。

苦笑しながら恭也は、再びバイク弄りに没頭する。

 

『約束だからね?』

『ああ……約束だ』

 

そう言って、彼はいなくなった。

果たされぬ2つの約束。

そのことを思い出すたびに、フィアッセは人知れず泣いていた。

しかし、今日はどうしてか涙は出なかった。

原因は分かっている。

2週間ほど前、フィアッセに『真実』を知りたいかと尋ねた男。

ベッドに身を沈めながら、フィアッセは未だ答えを出しあぐねていた。

 

 

 

 

 

――????――

 

 

 

 

 

「はい牙龍、ご飯出来たよ」

 

どこから調達してきたのか、エプロン姿の翼龍が牙龍の前に『料理と思わしきモノ』を差し出す。

こころなしか白い皿が腐食を始め、蒸気を出しているように見える。

物陰に隠れながらその光景を見届ける蟲龍の額には、なぜか汗が浮かんでいた。

 

「……翼龍、料理を作ってくれるのは有難いのだが、俺にも任がある。大祭司から与えられた任は解かれていない。すぐに“人形”を追わねば……」

 

皿の半分が『料理と思わしきモノ』によって融解したのを見て、牙龍が席を立つ。

……しかし、

 

「ダメよ! 牙龍は病み上がりなんだからちゃんと体力付けないと。牙龍はみんなのリーダーなんだから」

 

ガシッと手首を掴まれ、その歩みを止められる。

牙龍は渾身の力で振りほどこうとするが、翼龍の言うように病み上がりのためか、それとも単純に翼龍の腕力が強いのか、ピクリとも動かない。

牙龍は諦めとも捉えられる溜め息を付くと、意を決してソレと見合いすることにした。

 

「……一応聞くが、コレは何の料理なんだ?」

「人間達の料理で、カレーって言うの。蟲龍が教えてくれたんだよ」

 

牙龍がなるたけ視界に入らないよう、ギリギリの入射角で見る。

黒い。

これ以上無いというぐらいにドス黒い。

……皿が、完全に溶けた。

ふと手元にある、蟲龍が街で見つけて買ってきたステンレス製のスプーンを持って、『カレーと思わしきモノ』をすくってみた。

 

“じゅおおおおおおおおっ!”

 

……スプーンが、真ん中から穴を開けて溶けた。

 

「…………」

 

無言でそれを見詰める牙龍。

視線を動かし、翼龍を見る。

 

「…………?」

 

これ以上ないくらいにニコニコとしていた。

本気で泣きたい気分だった。

物陰からそれを見ていた蟲龍は、牙龍の冥福を心の底から祈りつつその場を離れた。

しばらく歩くと、彼は不意に背後から気配を感じ、振り向く。

そこには――

 

「いくぶんか落ち着いたようじゃねぇか」

「……迷惑をかけたな」

 

毒龍はフンッと鼻を鳴らして、蟲龍を睨み付ける。

 

「爪龍が動き始めたぜ」

「大祭司様の命令か?」

「だろうな。あらかじめ甲龍が倒されることを予測していたんだろう。爪龍の野郎、えらい俊敏な動きだったぜ。……もっとも、とうの本人が何処で何をやってかは分からねぇが、な」

 

――と、毒龍が辺りを見回し、自分達以外に誰も居ないことを確認すると、眉を細め、声も蟲龍の聴覚ギリギリのラインまで切りつめる。

蟲龍は毒龍の不自然な態度から察して、自身も辺りを見回した。

 

「……こいつぁ、まだ未確認情報なんだけどな、“例の組織”が動き始めたようだぜ」

 

直後、蟲龍が顔を顰め、身を強張らせる。

蟲龍と毒龍は、人間社会に潜入し、情報収集の任に就いていた。

蟲龍が翼龍に料理を教えたり、水着を買ってきたりしたのも、その情報収集の成果である。

ことなる異文化と接触した場合、なにより必要なのは情報だ。どんな些細な事でも、判断材料のひとつになる。

毒龍が髪を金色に染めているのも、蟲龍がロングコートを羽織っているもの、やはりその成果なのだ。そしてそれは、結果として人間社会に対する完璧な偽装となっていた。

蟲龍の表情を読み取り、毒龍はさらに声をひそめる。

 

「連中、すでにこの街へ向っているらしいぞ」

「……厄介な。あと400人と少しだというのに」

「連中に殺されちゃぁ、意味がねぇ。だから爪龍も、結構手の込んだ断魂をしてる」

「ほう…どういったものなんだ?」

「そいつぁ――――」

 

 

 

 

 

有名な大手デパートのエレベーター。

地上8階建ての巨大な店舗には、なくてはならない物である。

昼時も間近なこの時間帯、デパートは昼食を摂ろうとする客で溢れかえっていた。

エスカレーターには絶え間なく人が並んでおり、普段はそれほど人気のない階段も、体力の漲った若者達が何人か歩いている。

そういった満員傾向はエレベーターとなれば特にである。

明らかに定員オーバーをしていると思わしき鉄の箱の中で、見た目30代も半ばの“彼”は、強化ガラス製の窓から地上を見下ろしながら、不思議な感慨に浸っていた。

駆動する鉄の塊……自動車の色鮮やかな様を見て、彼はなぜか細く微笑んだ。

振り返り、エレベーターの階数を見る。

15人定員の鉄の箱は、現在3階を越えたところだった。

レストランなどの飲食店が集中しているのは最上階である8階。これからまだ5階分上昇せねばならない。

 

「……そろそろだな」

 

男が、狭いエレベーターの中で身を翻した。

端から見れば迷惑そのものな行動に、他の客が一斉に彼を見る。

……そこには、人間と龍……そして、豹と思わしき生物のキメラがいた。

キメラ……爪龍は一度吼えて、逃げ場のない箱の中で、両腕に備え付けられた鉤爪を振るった!

 

 

 

 

 

“チーンッ!”

 

エレベーターが、6階で止まった。

重い鉄の扉が開き、外から2人の老夫婦が入ってくる。

男……爪龍は2人の老人を支えるようにして、エレベーターの中へと招き入れる。

 

『ありがとう(ございます)』

 

今時、珍しい気遣いの出来る若者に出会った事が嬉しいのか、それとも、単純に助けてもらった事が嬉しいのか、老人が揃って口を開いた。

爪龍はやや照れながら、残る2階分、老人達と世間話などをした。

老夫婦は知らなかった。

先刻まで、このエレベーターには定員を越えるほどの人々が居た事を。

その人々の姿どころか、何の異物も存在しない事を。

そして、このエレベーター内の酸素濃度があまりにも高い事を。

 

“チーンッ!”

 

チャイムの音と同時に、扉が開く。

爪龍は老夫婦をエスコートしながら、唇の端を舐めた……。

 

 

 

 

 

――海鳴市・月村邸……前?――

 

 

 

 

 

退院したばかりの真雪と、子持ちの耕介と愛を除いて、デルタハーツのメンバーは忍の元に向っていた。

昨夜、忍から美由希専用の武器が出来たとの連絡が入ったのだ。

現状のデルタハーツ最大のネックは、真雪に代わって参戦した美由希専用の武器がない事だった。

一応、真雪の代で使われていたイエローセイバーがあるものの、美由希は『永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術』の使い手。小太刀とは、一般に刃渡り2尺の刀のことを指す。真雪のイエローセイバーは、刃渡り3尺近い太刀だった。

今までは他のメンバーからメタルブレードを受け取り、自分の物と併用して使っていたが、そんな非効率的な戦法では限界が生じる。

そのことを懸念した忍は、もはや舞の愛車となりつつあるデルタアクセルの強化改良と平行で、美由希の武器開発に着手していた。

そして、それが昨夜完成したというのだ。

美由希は新たな自分の武器を楽しみに。

那美は未だ解放されぬ久遠の安否を気遣いながら。

舞は自分の中で燃え盛る得体の知れない何かに怯えながら。

リスティはビデオカメラ片手にニヤニヤと笑みをもらしつつ。

美緒は滅多に見れぬであろう“豪邸”とやら見たさに意気揚々として。

それぞれがそれぞれの思惑を抱えながら、5人はリスティの愛車で覆面パトカーでもあるプリメーラHP10で月村の屋敷へと向っていた。

 

「ハーハッハッハ!! 気に入ったぜコイツ! ターボ装着済みで250馬力たぁ驚きだっ!」

「ど、どうも……」

 

リスティは自分が運転すると言ったのだが、ちょっとした用で一旦海鳴警察署に寄ったところ、戻ってきた時には舞が運転席に座っており……

 

「リスティの姉御っ! さっさと行きましょうぜ!」

 

などと言って、署の目の前にも関わらずいきなり三速でかっ飛ばしたのだ。

……そして、現在にいたる。

 

「ハハハハハッ! 伊達に頭○字D全巻読んじゃいないぜっ!!」

 

本を読むだけで人はここまで出来るものなのだろうか?

 

(……仲間だ)

 

果たして、それは誰の思いだったのか……?

そうしているうちに、地元の走り屋数人とやりあってしまい、10時に到着する予定が12時を少しだけ過ぎた頃になって、なぜか疲弊したデルタハーツの面々は月村の屋敷に到着した。

 

「て、天国のお父さんとお母さんが見えました……」

「うう…川の向こうでとーさんとおとーさんが……」

「ああ……顔も知らない姉達の姿が……」

「望、あたしはもう駄目なのだ……」

「……?どうしたんです?みなさん」

 

怪訝な顔をして、心配そうに尋ねる舞。

4人とも、『お前のせいだ』とは言わなかった。

おぼつかない足取りの4人と1人。

しかし、そんな光景も、門の方から放たれた、凛とした女性の声によって元に戻った。

 

「その件に関しては忍様のお祖父様に全権委任してします。ここにご足労いただいても、申し訳ありませんが交渉には応じられません」

 

見ると、メイド服を着たノエルと、中年太りの男が、なにやら口論をしているようだった。

 

「そないなこと言われてもな……ワシは征二に結構な貸しがあるんや。個人的なモンやけどな」

「書面において具体的な要項とその照明を提示した上で、忍様のお祖父様に主張を通してください」

 

ノエルは口調を崩さず、ピシャリと言い放つ。

中年の男は、お世辞にも格好よくない体躯を突き出し、指に挟んだ葉巻をゆらゆらと揺すった。指には成金趣味としか言いようのない金色の指輪が嵌められている。

 

「……ったく、モノのわからんヤツやな」

「…………」

「そもそもおまえみたいなんに、人間の情なんてモンがわかると期待したワシがアホやったかのう」

「…………」

 

ノエルを侮辱しているかのような言動に、那美が嫌悪感を露わに飛び出そうとする。

が、リスティは冷静にそれを止めると、静かに見守った。

 

「お引き取りください。忍様のお祖父様を通さない交渉はいっさいの法的意味を持ちません。従って、安次郎様がここにいらっしゃることに意味は発生しません。それに……すでに亡くなった旦那様とのことは、残念ながら確実な物的証拠のみによってしか交渉になりえません」

「……ふん。まあ、強のところは帰ったろか。妙なことにならんうちにワシに従っておいた方が、お互い幸せやと思うがな?」

「次回以降のご訪問でも交渉には応じられません」

「…………けっ」

 

安次郎と呼ばれた男は、火種も消さず葉巻を地面に捨てると、踵を返す。

――と、今まで黙っていたリスティが立ち上がり、4人を引き連れて安次郎の前に出た。

安次郎は一瞬驚いたような表情を浮かべ、ノエルに振り向く。

 

「こいつらは忍の友達か?」

「はい、そうです」

「あいつも友達っちゅうもんを持つようになったんかい」

 

下卑た笑みを浮かべる安次郎。

1人1人の顔を見比べ、記憶に刻みつける。

――と、リスティが懐から警察手帳を出して、安次郎に見せた

 

「……一応言っとくけど、煙草のポイ捨ては軽犯罪なんだよ?」

「ほう…そらスマンかったな。今度から気つけるわ」

 

意に介した様子もなく、安次郎は坂を下りていった。

ノエルが、素手で煙草の火種を揉み消して、吸い殻を拾う。

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

かしこまった態度のノエルに、那美達は恐縮してしまう。

 

「忍お嬢様から話は窺っております。どうぞ、中へ」

 

促がされ、ぞろぞろと屋敷の中に足を踏み入れる。

先導されるままに着いていくと、やがて彼女達は、地下への階段へと案内された。

 

「こちらの奥の……作業室におらっしゃいます」

 

言われるままに階段を降りていく――と、そこは作業室と言うより格納庫に近かった。

否、違う。

ジェットマシン5機が余裕で入るぐらいのスペースに、ちょこんと、『作業室』と殴り書きされたプレートのかけられた部屋がある。

 

「あちらが作業室でございます」

 

ノエルに案内され、200メートルほどの距離を歩く。

さすがに鍛えているだけあって、誰も音を上げようとはしない。

むしろ那美達は、この格納庫の広さの必要性に疑問を感じていた。

そして、なにより――

 

「ノエルさん、アレ、なんなんですか?」

 

全員の意志を代表するかのように美由希が尋ねる。

そう、彼女達の目の前には巨大なシートを被せられた、これまた巨大な機械が台車に乗せられていたのだ。

全長は30メートル、全高は10メートルといったところだろうか。まだ未完成のようで、実際に完成した時の大きさは想像もつかない。

那美は、これが以前忍の言っていた『人間の未知の力を実用可能なエネルギーに変換する装置』かと思った。

 

「……すみませんがお答えできません。忍お嬢様も、コレに関しては私にすらなにもおっしゃられておりませんから」

「あ、そうなんですか」

 

正直意外な話だった。

忍はノエルに対して絶対の信頼をおいている。

そのノエルに、忍が隠し事をするなどと、到底思えなかったからだ。

 

「まぁ、誰にだって秘密の1つや2つぐらいあるさ」

 

リスティがちゃっかりとカメラで機械を撮りながら言う。

小型といえ、カメラはそれなりに大きく、リスティの口元を隠すには充分だった。だから、誰も気付かなかった。

秘密という単語を紡いだリスティの唇に、自虐的な笑みが浮かんでいたことに。

 

「忍お嬢様、神咲様達がいらっしゃいました」

 

正確に2回ノックする。

 

「あ―――うん、入ってもらって」

 

部屋の中から聞こえてきた忍の声に、ノエルは頷くと、そっと戸を開けた。

カチャリ…とノブが半回転して、扉が開く。

 

「う―――あ、どこか適当なとこに座ってて」

 

薄汚れた作業服を着た忍がやんわりと微笑みかける。

言われて辺りを見回すもの、床に広げられた設計図や精密機械、部品の散乱具合に、座るスペースなど1人分もない。

リスティだけが、能力を使って宙に浮いた。

やがて一段落終えた忍が、精密機械の部品と思わしき物を置いて、油で汚れた顔をタオルで拭う。

 

「……さてと、ごめんね~。待たせちゃった?」

「あ、いえ」

 

申し訳なさそうな忍の声に恐縮する美由希。

自分専用の武器を作ってもらって、時間的な文句が言えるはずもない。むしろ、感謝しているくらいなのだ。

忍は、作業室の奥の方から縦に1メートル、横に30センチほどの木箱を取り出して、美由希に渡す。

 

「……まずは、美由希ちゃんの刀」

 

ガサガサと油紙に包まれて、さらに木箱で包装された中身は美由希愛用の小太刀だった。

デルタイエローの武器を作る際に、小太刀の寸法や特性を知るために借り受けた物である。

 

「で、こっちが新しく作った方」

 

すすすっと、差し出された鉄製の箱。

ロック部には小さな機械が付いており、円形状のランプから光が放たれている。そしてその下には、デルタブレスレットと同じ形の窪みがあった。

 

「デルタブレスレットをそこに嵌めてみて」

 

言われて、巻いたブレスレットを外し、窪みに嵌める。

ジジジッという電子音がして、ブレスレットが外れた。

 

「……はい、これで今度から美由希ちゃんがスーツを装着した時、個人装備として取り出せるよ」

 

どうやら電送装置と接続され、いつでも呼び出せるようになったらしい。

もっとも、最近になってやっとジェットマシンの“自動操縦”の仕方を覚えた美由希である。そんな専門的用語(本人にとってはそう聞こえる)を言われても、よく分かってない。

 

「ありがとうございます」

 

とりあえず礼を言った。

 

「あはは、いいよいいよ。あとデルタアクセルの方は格納庫にあるから……リスティさん、これ、耕介さんに渡しておいてください。ノエル」

 

書類が入っていると思わしきケースを渡し、最後に忍はノエルを呼んだ。

忍の表情から何か察したのだろう。

ノエルは一旦退室すると小動物用のケージを運んできた。

中に居たのは―――

 

「久遠っ!」

 

ケージの中で小さな子狐が尻尾を揺らしている。

しかし那美の声に気付くと、子狐……久遠はケージの鍵を器用に開けて、那美の胸元へと飛び込んだ。

 

「あはは…元気だった?」

「くぅん」

 

まるで那美の言葉が分かっているかのように、久遠はひとつ鳴いてみせる。

那美は久々に抱き締める久遠の感触を、毛並みを確かめるようにしながら言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫? 忍さんに変なことされなかった?」

「な~み、それはどういう意味かなぁ?」

 

物凄い形相の忍。那美はそれにたじろぎ、逃げ腰になりながらもその場に踏み止まる。

 

(ま、ちょっとはしたけど)

 

……したのか、ちょっとは。

心の中で呟いて、忍は那美を部屋の隅まで追い詰める。

 

「い、今のは言葉のあやでして……」

「問答無用っ…えいっ!」

 

忍の手が那美の胸へと伸びる。

 

“ふにふに”

 

「おお~なかなかに好感触」

「ちょ、忍さん止めてください!」

 

一瞬早く飛び降りた久遠が心配そうに見詰める。

那美はなんとか戒めを解こうとするが、単純な腕力の差か、ピクリとも動かない。

那美の脳裏に、なぜか過去に1度だけ見た牙龍が、顔も知らぬ少女にガッチリと腕を掴まえられた光景が浮かんだ。

 

「ひゃ、ぁんっ!」

「おお~しかも好感度! 大きさは…70のA?まだまだ発展途上だね」

「へぇ~正解だよ、忍」

「…っていうか! なんで…んんっ、リスティさんが知ってるんですか!?」

「……野暮なことは聞かない」

 

そういうわけにもいかないのだが、今はこの手を何とかする方が先決である。

――と、直後、那美達のブレスが警報を鳴らした。

 

『!!』

 

那美の胸を揉んでいた忍もこれには手を放し、すぐさま引き出しの中からデルタアクセルのキーを取り出して、舞に投げ渡す。

リスティがブレスのボタンを押して、回線を開いた。

 

『大変だみんな! Point 7-4-8N2で正体不明の敵が出現。警官隊が避難活動にあたっているみたいだけど、こっちにも出動要請が入った!デルタハーツは至急現場に向ってくれっ』

 

切羽詰まった耕介の声。

誰もが、すでに動き出していた。

 

 

 

 

 

――宇津木市・市民公園――

 

 

 

 

 

宇津木市の市民公園はその設備や規模もさながら、なにより、噴水の綺麗なイルミネーションが目を惹き、近所の人々からは親しみを篭めて噴水公園などと呼ばれている。

真一郎は、所用で店長の許可を貰いマジェスティでその場所まで来ていた。

高校時代からの友人が、この街に住んでいるのだ。

その友人の頼みを済ませて公園のベンチで一休みしている最中に、異変はしょうじた。

 

「な、なんだありゃ……?」

 

遅刻でもしたのだろうか?

高校生と思わしき少年が“ソレ”を見て呟く。

真一郎はその方向へ視線を這わし、驚愕した。

市民公園の中心に位置する巨大な噴水。

その水の流れを塞き止めるかのように、びっしりと、白い糸が張られている。

その形状はまるで蜘蛛の巣のようで……真一郎は思わず懐からパイソンを抜いた。

刹那、

 

“がしゃあっ!”

 

ガラスが割れるかのような音。

見れば、夜になれば道を照らし、夜間のトレーニングを好むアスリートや、夜の噴水を見るべく来た人々の道標となるべき電灯が割れた瞬間だった。

そして、その電灯に絡み付く蜘蛛の糸。それを吐き出す巨大な蜘蛛……否、蜘蛛の怪物!

 

「チィッ」

 

フランス外人部隊で鍛えられた兵士の感覚が危険を察した瞬間、真一郎はパイソンを連射した。

 

“ぎゃああああああああっ!”

 

357マグナム弾の一点集中により、蜘蛛の怪物がこの世の物とは思えぬ叫びを上げる。

そして5メートルほどの高さから落ちて……絶命した。

しかし、蜘蛛の怪物はそれだけではなかった。

 

「きゃああああああああっ!」

 

女性の悲鳴。

振り向くと、若い女がばりばりと頭から蜘蛛の怪物に喰われている。

真一郎は、そのあまりにも無残な光景に目を背けた。しかし直後、マジェスティのシートを開けると、中からメモリーカードの詰まったケースと、『M.R.ユニット』を取り出した!

スイッチを押し、装置を起動させる。

 

M.R.unit start up…… Please set changing memory card.

 

取り出したるは飛蝗の絵柄が刻まれたメモリーカード。装置の挿入口にカードをインサートする!

 

Now lording……Type grasshopper system standing by.

 

ベルト状に変形し、たちまち真一郎の腰に巻かれる『M.R.ユニット』。

 

Please say metamorphosis code……』

 

必要なのはたった一言。

真一郎は精神を統一させ、その言葉を叫んだ!

 

「変、身――!」

 

 

 

 

 

――海鳴市・藤見台――

 

 

 

 

 

昼過ぎになって、フィアッセはベッドから起きるとシャワーを浴びて、着替えを済ませ、志郎の墓参りに来ていた。

度々訪れる墓前には、常に誰がか掃除をして、花を生けたと思わしき痕跡があり、フィアッセは内心で苦笑する。

桶に水を汲み、花束をひとまずそこに差して、フィアッセは静かに両手を合わせた。しばし、今は亡き、自分にとっても父親のような存在であった彼と無言の会話を続ける。

一度だけ、フィアッセが口を開いた。

 

「志郎……わたし、どうしたらいいのかな?」

 

……フィアッセは、まだ迷っていた。

ここに来れば何か答えが見付かるかもしれないと思ってきてみたが、やはりこんな事で出るはずもない。あるいは、志郎が答えを教えてくれるかもしれないと期待していたのだが、当然ながら、言葉が返ってくるわけもない。

ふと、人の気配を感じた。

 

“ザッザッ…ザッザッ…”

 

玉砂利を踏む音が響き、気配が、彼女の背後までくる。

振り向くと、そこには見知った顔があった。

 

「……きみも、墓参りかい?」

 

不器用に笑う北斗に微笑み返し、フィアッセは、彼の左手にある花束を見た。

 

Tartarian asuter……」

 

和訳すると、紫苑という秋の花。

花言葉は、『あなたを忘れない』。

北斗は墓碑に花束を捧げると、両手を合わせ、目を瞑った。

しばらくして、不意に北斗が口を開いた。

 

「今昔物語に、紫苑にまつわるこんな話がある」

「……?」

「仲の良い2人の兄弟の母親が重病でなくなった。兄弟は心を篭めて弔い、それからは雨の日も墓参りをかかさなかった。だが、勤めている兄は毎日墓参りをするわけにも出来ず、兄は母を亡くしたという悲しみごと忘れようとして、ワスレグサを墓に植えた。逆に弟は、ワスレヌクサ――紫苑のことだが――を植えて、母を忘れなようにと墓参りを続けた。ある夜、弟の夢に鬼が出てきて、『親孝行の気持ちの褒美に明日のことが前の夜にわかる力を授けよう』と、言った。その後、弟はその力の加護を受けて、幸せに暮らしたという……」

 

突然語り出した北斗に、フィアッセは戸惑いの表情を浮かべる。

しかし北斗は続けて、諭すような口調で言った。

 

「過去を大切に想う事も大切だ。だが、必要以上に過去を省みることは過去に囚われている事になりかねない。俺は…過去を想いつつも新しい事を知るのは、悪くはないと思っている」

「あ……」

 

北斗の意図を察し、フィアッセもビクリと身を震わせる。

 

「無論、強制はしない。どう答えを出すかは……きみの自由だ」

 

フィアッセの脳裏に、様々な思い出が甦った。

恭也と初めて会った時のこと。

志郎や美由希と一緒に山に行った時のこと。

風邪を引いて寝込んだ時に、恭也がつきっきりで介抱してくれた時のこと。

顔を真っ赤にしながらプロポーズしてくれた日のこと。

志郎が死んだ日。慰めてくれた恭也。

鬼のような形相で鍛練を続け、膝を壊した恭也。

これ以上高みに行く事を許されず、独り泣いていた恭也。

コンサートの日、自分達を必死になって守ってくれた恭也。

バイクという楽しみを知って、自分をツーリングに誘ってくれた恭也……。

恭也だけではない。

幼馴染のアイリーンや親友のゆうひ。

大好きな母親や、自分のために身を粉にして働いている父。

ソングスクールの友人達。

……どれも、大切な、本当に大切な思い出であり、大切な人達だ。

そして、そういった思い出の上に自分がいる。

優しい人達に囲まれて、今の自分がいる。

思えば、いつも自分は守られっぱなしだった。

中でも恭也は、自分の命が危険に晒されてなお守ろうとしてくれた。

 

「……なんだ…………」

 

答えはすでに出ていたのだ。

たしかに知ることは恐いが、それ以上に、生死不明なんてあやふやなままの方がもっと恐い。もし10年も保留されて、やっと死亡通知がきたりなんかしたら、それこそ自分は壊れてしまうかもしれない。

それに……もし、逆の立場だったら、“彼”はきっと『真実』を知ろうとするだろう。

 

「…………北斗さん」

「……なんだい?」

 

「―――わたしは、知りたいです。恭也が……生きているにしろ死んでいるにしろ、もし、そのどちらでもなかったとしても、『真実』を知りたいです」

 

自分はいつも守られてばかりだった。

彼はいつも自分達を守り続けてきた。

でも……

 

「―――もう、守られっぱなしは嫌ですから」

 

生きているならば、今度こそフィアッセは彼を守りたいと思う。

いつも“みんなの笑顔”を、“みんなの居場所”を、“みんなの夢”を守り続けていた彼を、今度は自分が守りたい。

もし死んでいるならば……その時はその時だ。未来の自分など、知ったことではない。過去の自分があったから、過去にみんながいてくれたから、今の自分がいるのだから……。

 

「……そうか。強いな、きみは」

 

北斗は微笑んで、懐かしむような表情で志郎の墓を撫でた。

 

 

 

 

 

――宇津木市・市民公園――

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

“グシャアッ!”

 

ホッパーキングの放った拳を受けて、また1体蜘蛛の怪物が内臓をぶちまけ、絶命する。健康な、ピンク色の腸が辺りに撒き散らされ、足場を悪くする。

しかしホッパーキングは自慢の跳躍力を生かし、細かなジャンプでその問題をクリアしていった。

 

「クソッ! こいつもか!!」

 

ホッパーキング――真一郎は、驚きを隠せないでいた。

蜘蛛の怪物がぶちまけた内臓……それは、形状といい、大きさといい、人間のソレそのものだったのだ。

そのことはまるで、蜘蛛の怪物が“人間を改造したモノ”であるかのような錯覚を真一郎に覚えさせる。

すでに20体以上の蜘蛛の怪物を倒していた。

しかし、怪物の数は一向に減らず、むしろ増えているようにすら思える。

 

「だああっ! もうメンドクサイ!!」

 

真一郎は咆えると、蜘蛛の糸に覆われた噴水の頂に跳躍し、安全を確認してベルト横の、メモリーカードが収納されたケースから1枚を取り出す。

『剣』の絵柄のソレをインサートすると、『M.R.ユニット』から、女性の声が発せられた。

 

Now lording……Weapon call……Shining sword !

 

瞬間、ホッパーキングの身体が光を帯び、その右手に、見るも美しいクリスタルの輝きが握られる。

どこからともなく、突如として出現したその剣……シャイニングソードを振るい、ホッパーキングは蜘蛛の怪物に斬りかかった!

 

“ズシャァァァァァアアアッ!”

 

鮮血を撒き散らし倒れ逝く蜘蛛達。

シャイニングソードを何度も振るいながら、真一郎は思う。

 

(……どれぐらい保つかな?)

 

正規の動力源を使用していない『M.R.ユニット』では、変身時間は30分と限られてしまう。すでに真一郎が戦闘を開始して、10分ほどが過ぎていた。

 

(ちょっと、きついな。これは……)

 

しかし、真一郎が思うや否や、爆音が轟いた!

 

“ヴァァァァァァァァァアアアアアアアアッ!!!”

 

デンジ推進システムで爆発的加速を得た、デルタアクセルだ!!

 

「デルタブレイカァァァァァアアアッ!!」

 

舞の叫びとともに、破壊の弾丸となったデルタアクセルが蜘蛛の怪物達を蹴散らし、倒していく!

 

“ガガガガガ!…………ドゴォォォォォンンッ!!”

 

デルタブレイカーをまともに受けた者は勿論、直撃を逃れた怪物すらも、その攻撃によって絶命していった。

後ろから、リスティの乗ったプリメーラも追ってくる。

やがて同じ場所に停車すると、中から那美達が飛び出した。

ホッパーキングはその面々の顔を、深く心に刻みながら、少女達に近付こうとする怪物達を薙ぎ払う。

那美達が、右手を高く掲げた!

 

『三心覚醒!』

 

瞬間、彼女達の姿が光に呑み込まれる!

光の消えた時、そこに彼女達の姿はない。

あったのは――――

 

「デルタレッド……ナミ!」

 

「デルタブルー……マイ!」

 

「デルタイエロー……ミユキ!」

 

「デルタホワイト……リスティ!」

 

「デルタブラック……ミオ!」

 

 

 

 

 

人を慈しむ優しき想い。

 

 

 

 

 

何の変哲もない日常をともに暮らしたいという願い。

 

 

 

 

 

そして、何かを守りたいという、強い意志。

 

 

 

 

 

「三心戦隊デルタハーツ!」

 

三つの想いを背負って戦う、5人の戦士達が誕生した!

「今日は本気でいかせてもらうよ、イエローブレード!」

 

デルタイエロー――美由希が、ブレスに片手を載せ、自分専用の、新たなる武器を呼ぶ。

直後、デルタイエローの腰に鞘が現れ、十字差しの型をとる。

柄を握り、感触を確かめると、イエローはその、小太刀サイズの刃を抜いた!

触れればいかなる物をも寸断しそうな刀身が露わになり、デルタイエローが蜘蛛の怪物に向う。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!

 

気合とともに、大きく体を反り返らせ、イエローブレードを突き出す!

 

 

――小太刀二刀御神流・裏・奥義之参「射抜」!

 

 

最速の突きより放たれた一撃は、次々と蜘蛛の怪物達を蹴散らしていく。

それを見た他のデルタハーツの面々も、それぞれの武器で戦闘を開始した!

そして、ホッパーキングは……

 

Now lording……Weapon call……Crystal Armor !

 

『鎧』の絵柄のメモリーカードをインサートし、閃光とともに、クリスタルアーマーを召喚する。

水晶の輝きを持つ鎧を纏い、ホッパーキングは蜘蛛の怪物達に斬りかかった!

 

 

 

 

 

――海鳴市・藤見台――

 

 

 

 

 

「紅茶でよかったかな?」

「あ、はい」

 

近くの自販機で缶ジュースを買ってきた北斗が、フィアッセに手渡す。

ぺこりとお辞儀してプルタブを開け、口に含む。

ほんのりと苦い缶の味と臭いが砂糖だらけの液体で無理矢理に掻き消され、普段から翠屋の紅茶に慣れているフィアッセにはあまり美味しく感じられなかった。

北斗もブラックのコーヒーを飲んで、やはり顔を顰める。

 

「……あまり美味くはないな」

「そうですね」

 

苦笑するフィアッセ。

北斗はフィアッセが何故笑っているのか分からずに、首をかしげるばかりだ。

『真実』を知りたい。フィアッセがそう言った時、北斗は少し落ち着いてからにしようと提案し、こうして静かに春の空の下でゆっくりとくつろいでいた。

フィアッセもその意見には賛成した。ここ数日のアンニュイな気分を、少しでも払拭させたかったのである。

お世辞にも美味いとは思えない缶ジュースを飲み干して、一息つく。

先に口を開いたのはフィアッセだった。

 

「―――それで、闇舞さんが言う『真実』というのは……」

「それは―――む?」

 

途端、北斗の表情が凍り付いた。

改造人間ハカイダーである北斗は、脳以外の全ては機械で出来ている。

脳とは、言ってしまえば人間の中枢器官であると同時に人間の第六感といったものを司る箇所でもある。

虫の知らせとでも言おうか。極端にシンプルな形を留めた北斗の脳は、なぜか悪寒を感じた。

改造人間としての全機能を行使し、かつて〈ショッカー〉最強の戦士であった頃の感覚を研ぎ澄ます。

…………いる。

人間では、不可能なほどに気配を殺しているが、たしかに“何か”いる。

それも1つだけではない。5、6、7、8…………全部で14体。少し趣きは違うが、自分と同じ気配と臭いがする。

不安げに見詰めるフィアッセを視線で制し、北斗は、懐に隠し持っていた短剣を抜きいつでも応戦できる体勢をとった。

ギラリと凶悪な輝きを放つ刃に、フィアッセは息を呑む。

 

「俺はストーカーされるほど良い男でもないんだが……な!」

 

“轟!”と、風が鳴ったかと思うと、声にならない奇声とともに、何も存在しない空間から鮮血が迸る!

北斗が左手にした短剣とは別に投げた投擲用ナイフが、罰当たりにも卒塔婆に深々と突き刺さり、枯れた板がパキンッと音を立てて割れた。

フィアッセの視線が、2度音を発した方向へと移動する。

そこには―――

 

「…………え?」

 

途端、寂しげな墓地の背景が歪み、ヌメヌメとした緑色と、そこから流れる赤が露わになる。それはやがて人の形を取ったかと思うと、フィアッセは、その人間を見て、驚愕した。

……悪夢の産物だった。

突起状の目の先端にある瞳がゆらゆらと揺れ動き、大きく裂けた口からは血とともに泡を吐き出している。

おおよそ人間の姿ではない“それ”は、フィアッセに不気味な奇怪さを与えると同時に、彼女に、昔本で見た“ある生き物”の姿を思わせた。

たしかこれは――

 

「……“死神カメレオン”」

 

そう。

カメレオンだ。

体格は人間そのものだが、頭部だけがカメレオンのそれに似ている。

 

「…………派手に動きすぎていたようだな。政府へのインパクト性を高めるためだったとはいえ……こうも早く貴様らに嗅ぎつかれるとは、な」

 

北斗が言葉を発すると同時に、フィアッセ達の周囲の空間が突如として歪み始める。やがてそれは段々と人の形を成していき……13体の、死神カメレオンとなった。

周囲を取り囲む13体の怪人に、眉根ひとつ動かさず、北斗は気配を発して怪人達の動きを牽制する。

 

「……クリステラさん」

「え、あ、はい!」

「よく見ておいてくれ。これが、今から俺があなたに話す『真実』の一端だ……!」

 

まるで北斗の言葉を遮るかのような死神カメレオンの攻撃を躱し、鳩尾を蹴り上げ、掌底で頭蓋を砕く。

挽き肉状のミンチになり、飛び出した脳髄の一部は、フィアッセも、イギリスの学校の教科書などで見たことのある、見慣れた色と形をしていた。

それはまさしく―――

 

「―――1971年、中国科学者チャン・カンチェン博士は、動物の有機体内に存在するDNAを電気的方法によって取り出し、これをまったく同じ方法で別種の生物のDNA内に移し、高周波を使って遺伝子情報を結合させるシステムを開発した……。チャン博士はソビエトに亡命をしたらしいが、未だ消息は掴めていない。しかし、チャン博士はこのシステムでアヒルとニワトリ、ヤギとウサギなど、双方の特性を併せ持つ、怪物もどきのキメラ……すなわち、混合新種を創造した。現在チャン博士の行方は不明……だがな。しかしこれとはまったく違う方法で、71年から30年も前よりその分野において研究を重ね、成功を収めた組織がある」

「それは一体……?」

 

北斗の言おうとしたことが分かったのか、フィアッセが次の言葉を促がす。

北斗は死神カメレオンの攻撃を器用に躱しながら、フィアッセを守りつつ、話を続けた。

 

National-Sozialistische-Deutsche-Arbeiter-Partei.もう分かっただろう? 組織の名は…………」

「ナチス…ドイツ……」

 

北斗がゆっくりと頷き、俊敏にブレードを振るい、死神カメレオンを薙ぎ倒す。

 

「もっとも、ナチスドイツがやろうとしていたのは他の動植物の特性を人間に組み込むことで最強の兵士を創造するというものだった。同種の計画は、大日本帝国でも行なわれていたし、趣旨は違えど、ドイツ内でもそういった最強の兵士を創造する計画はいくつもあった。俺が知る限りで、『フランケンシュタイン計画』、『ビッグX計画』、『水棲サイボーグ計画』とある。

……そうした研究の中でも、比較的実用段階までこぎつけたものの、完成直前で放棄された改造技術がある。サイボーグをサイボーグと呼ばず、『改造人間』と呼ぶ、悪魔の技術……。ナチスドイツが志し半ばで朽ち果てた時、それを受け継ぐ者達がいた。組織の名は……〈ショッカー〉!」

 

北斗が短剣を振るい、最後の1体を切り裂いて、その言葉は虚空へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

――宇津木市・市民公園――

 

 

 

 

 

異常な数でホッパーキングを悩ませていた蜘蛛の怪物達も、デルタハーツとホッパーキングの猛攻によって次第に数を減らし始めていた。

特に走り屋モードに入ったブルーの活躍によって、蜘蛛の怪物達はなす術もなく蹴散らされていく。

 

「おらおらおら~! てめぇら皆殺しだぁっ!!」

 

本当にまだ無免許なのかと疑いたくなるぐらいに、華麗なハンドル捌きでスピン状態を維持し、美しくも荒々しいドリフトによって生じた、言わば小さな台風は蜘蛛達が撒き散らす、鋼鉄よりも硬い糸などもろともしない。

蜘蛛達も、なんとかしてそれを止めようとタイヤ向けて糸を放つも、

 

「はぁぁあっ!」

「オラァッ!」

 

ホッパーキングも含めたデルタハーツの援護によって阻まれ、上手くいかない。

その間にも、アクセルワーク推定10段階は達していると思われる高速で蹴散らしていく。

 

「ハ~ッハッハッハッハッハ!! そんなんじゃ程度の低い暴走族にも勝てねぇぜっ!」

 

蜘蛛達にそんな気はないのだろうが、舞は絶好調である。

久々に思いっきり車を走らせれたのが嬉しいのだろうか。マスク下の顔は嬉々としていた。

―――そして5分後……。

辺りに広がる蜘蛛の怪物の山。先刻まで残酷極まりない凄惨な光景だったというのに、なぜか誰もそのことには触れなかた。

いつのまにか、ホッパーキングは消えていた。

 

「な、なんなんですかこれはっ!?」

 

車を降りた舞が悲鳴を上げる。

誰も『あんたがやったんだよ』とは言わなかった。

デルタハーツのメンバーは、基本的に優しい人達ばかりだった。

 

「うぅぅぅ……」

 

デルタアクセル内で待機していた久遠が、乗り物酔いで呻いていた。

 

 

 

 

 

――海鳴市・藤見台――

 

 

 

 

 

「〈ショッカー〉?」

 

最後の死神カメレオンを撃破し、安全を確認してフィアッセがその言葉を繰り返した。

北斗は頷くと、警戒を怠らず続ける。

 

「そう、〈ショッカー〉だ。もっとも、組織そのものは随分前に壊滅しているがな。しかし、その技術は流出し、他の非合法組織に出回っていたのは事実なんだ。その大半は、技術そのものを理解できず、使いこなせていないが、いくつかの組織、人物はそういった技術を理解し、使いこなすことに成功している。そこに転がっている連中を見てくれ」

 

言われて、フィアッセは死体となった死神カメレオンを凝視する。

そこまできて、はたと気付いた。

 

「じゃ、じゃあこの怪物達は――!?」

「そう、そういった改造手術によって生み出された、改造人間だ」

 

フィアッセの瞳が、涙で潤んだ。

――こんな……。

――こんな醜い化け物が元人間だというのか?

――自分はもしかして夢でも見ているのだろうか?

しかし、それは現実だった。

初めてではないが、つまり、この人達は人間で、それを北斗は―――

 

「!!」

 

北斗がフィアッセの肩を叩き、ビクンと震えた。

北斗はそれを気にもせず、一言、

 

「俺が恐いか?」

 

フィアッセは慌てて首を横に振った。

北斗は自嘲気味に微笑む

 

「いいんだ、無理をしなくても。ただ……これは偽善かもしれないが、これだけは知ってほしい。彼らは犠牲者なんだ。勝手に選別され、勝手に攫われ、勝手に体をいじり回された。たしかに、一部の例外はいるだろうが、その大多数はそういった人達ばかり……。そして、現代の科学ではこうなった彼らを元に戻すのは……」

 

見る見るうちに腐敗していく死神カメレオン。

フィアッセはそれを見ているうちに、内心で恐怖が芽生え始めていた。いや、確信と言うべきなのかもしれない。

北斗は今、こういった改造人間が真実の発端と言ったのだ。そして実際に改造人間は存在し、現に目の前にいる。

――あの、恭也に似た青年は、自分となのは、そして真一郎を助けるために何をした。

甦る青年の言葉。

 

『……変身!』

 

その瞬間、青年は変わったのではないか。

すべてのものを破壊する、哀しみの瞳を持った、漆黒の復讐鬼に……。

もしや、あれも改造人間ではないのか?

 

「さっきも言ったように、たしかに〈ショッカー〉は壊滅した。しかし、その技術は流出していたんだ。今は亡き、〈ショッカー〉に籍を置いていた科学者の、研究ノートと一緒にね。そして、そのノートと流出した技術を、その科学者の弟子達が受け継いだ。しかし、そこである問題が生じた」

「なんなんですか、それは?」

「風祭大門、望月伸也、田所俊介。それがその弟子達だった。そのうちの、望月伸也博士、田所俊介博士が暴走したんだ」

「え…?」

「特に田所博士は、元来優れていた商才で高額の資金を獲得し、それを元手に、自ら、その研究ノートと、技術の研究にあたったんだ。そして、ついに完成させてしまった。改造人間を……そして、それを導く“組織”を」

「“組織”……」

「その“組織”の名は―――」

 

――と、そこまできて、不意に北斗が口をつぐんだ。

全身から放たれる殺気は武芸者でもなく、戦闘に関しては素人のフィアッセにも分かるほど鋭い。

刹那、刃風が唸った。

フィアッセを抱え、北斗は跳躍する。

 

「え? え!?」

 

何事か分からぬフィアッセは戸惑うばかり。

しかし、北斗はすでに敵を捉えていた。

ナイフのように明快な殺気を研ぎ澄ませた、“ソレら”の存在を。

北斗とフィアッセが居た場所の地面が抉れ、切り裂かれる。

 

「ギエーッ!」

 

それはもはや人の声ではなかった。

両手に大きな鎌を備えた、まるで人間と蟷螂を掛け合わせたような怪物が7体、北斗とフィアッセの周りを囲んでいる。

 

「“蟷螂男”……」

 

北斗は内心で舌打ちしていた。

 

(―――戦闘型か。あらかじめ配置されていたか、もしくは死神カメレオンが倒されたことを知ってか。どちらにしろ、まだかなりの数がいるようだな)

 

死神カメレオンを倒してからまだ1分と経過していない。

そんな短期間に自分達にここまで接近し、包囲網を完成させるということは、死神カメレオンにくっついて行動していたか、もしくは、死神カメレオンの傍に待機しており、彼らの死を確認した瞬間に配置に就いた以外には考えられない。

それはつまり、北斗、ないしフィアッセのどちらかがすでに監視されていることの証明でもある。

 

「まず間違いなく前者だろうがな」

 

北斗がその気になれば、わずか7体程度の蟷螂男など1分もかからずとも倒せるだろう。しかし、それは北斗1人で戦った時の場合だ。

蟷螂の能力をフィードバックされているだけあり、蟷螂男の俊敏さは侮れるものではない。

もっとも、北斗に見切れぬほどでもなければその動きに及ぶものでもないが、仮に北斗が1体目を倒しにいったとすれば、すぐに別

蟷螂男がフィアッセを切り刻んでしまうだろう。かといって、相手の出方は待っていられない。おそらく、何もしてこないであろうからだ。

こちらも動けないのだから、何もしなければ時間が稼げる。

時間さえあれば、もっと多くの改造人間を投入することが出来る。最悪、騒ぎを嗅ぎ付けて『龍』が来るかもしれない。

そうなってしまえば、さらにフィアッセを危険に晒させかねない。

それだけは何としても避けねばならぬ状況だった。

前門の虎、後門の狼ではないが、まさに進退極まる状況だった。

―――だが、次の瞬間、北斗はニヤリと唇の端を歪めた。

 

「……やっと来たか」

 

破顔して、北斗はフィアッセに振り向く。

 

「もう、安心ですよ」

「?」

 

フィアッセには何のことか分からない。蟷螂男達も同様だ。

しかし、北斗には“聞こえていた”。

ここよりはるか遠くから、こちらへと迫りくる、聞き慣れた、バイクの爆音が!

 

 “ドゥゥゥゥゥゥゥゥン!!”

 

やがてその音は蟷螂男達も察知して、

 

“ドドドドドドドド!”

 

ついにはフィアッセの耳にまで届いて、

 

“ドウン! ドウン! ドウン! ドウン!”

 

彼は、降り立った。

 

「遅いぞ、不破」

「すみません。少し、手間をとりました」

「……やはり、ずっと監視されていたか」

 

不破は静かにコクリと頷く。

雷龍との戦いで破損したサングラスはかけていない。

そのため、その顔ははっきりとフィアッセの眼に留まった。

 

「恭也……」

 

誰がなんと言おうと、間違いなく彼は恭也だ。

だが不破は首を振って否定する。

瞼を閉じ、静かに精神を統一させ、その眼を見開く―――!

 

「……変身!」

 

胸の紋章は紅蓮の紅。

大きな複眼は悲哀の蒼。

全身を覆う装甲は絶望の闇。

仮面に走った2本のラインだけが、申し訳程度に彼の心中を映し出す。

そして、腰に携えた二振りの小太刀!

その姿はまさしく――――

 

「鬼……?」

「グォォォォォォォォォォオオオオオオッッ!!」

 

漆黒の復讐鬼は、咆哮する。

 彼の者の名は――

 

「仮面ライダー……ネメシス!」

 

海神オケアノスの娘にして復讐の女神……ネメシス。

 

「いくぞぉっ!」

 

二刀差しにされた小太刀の一刀を抜き、ネメシスは、7体の蟷螂男に斬りかかった!

 

 

 

 

 

――東京都・太平産業本社ビル――

 

 

 

 

 

太平産業は、日本最大のコンツェルンである大東亜企業グループの基幹会社である。

今でこそ資本金8000億円、年商5兆円の超マンモス企業である太平産業は、数年前まではどこにでもある中小企業だった。

しかし、その数年前に就任した現社長の改革手腕により、偉業の成長を成し遂げているという経緯がある。大東亜グループが太平産業を合併したのも、その頃である。

今では主に日用品の販売を主流としている太平産業は、極一部とはいえ、軽電、重電、造船、航空、車両、製鉄といった部品の生産も手がけており、最先端技術の宝庫である大東亜グループになくてはならない存在となっていた。

それら一連の改革をした男こそが、今、太平産業本社ビルの社長室でくつろいでいる男……田所俊介である。

俊介はイギリス製のコーンパイプを吹かしながら、ある電話を待っていた。

部下からの電話だ。しかし、太平産業の社員ではない。大企業ならばどこもが抱えている暴力団といった組織の人間でもない。

もっと私的な、決して俊介を裏切ることのない、部下……。

 

“トゥルルルルルルッ! トゥルルルルルルッ!”

 

来るべき時が来たかと、俊介は受話器を取った。

聞こえてくるのは、若い男の声だ。

 

『俺です。『AA-07』と蟷螂男が接触しました』

「そうか。付近に待機させた“改造人間”をすべて下がらせろ。無論、お前は残って監視を続けよ。……無理だとは思うが、くれぐれも見付かるな」

『了解しました』

 

受話器を置き、俊介は立ち上がると、社長室の隅に置かれた、俊介の私物であるクローゼットの前に立つ。

そっと戸を開けると、中には何着もスーツが仕舞われていた。俊介は、その中から一着を取り出すと、着ていた背広を脱いで“それ”を着る。

到底スーツとは思えないそれは、医者などが愛用する白衣だった。

生化学の権威、“緑川博”の弟子、田所俊介は健在ということか。

 

「さて、どうなるかな?」

 

クククッなんて含み笑いを溢して、俊介は不気味に笑った。

 

 

 

 

 

――海鳴市・藤見台――

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

ネメシスの一閃。

その鋭い斬撃は、蟷螂男の剣速を陵駕し、異形の怪物の両手を大鎌ごと切り落とす!

その身に備えた最大の武器を奪われた蟷螂男は、牙を抜かれた獅子同然だった。

しかし、牙を抜かれても獅子には爪がある。

同様に、残された強靭な顎で果敢に攻める蟷螂男。しかし、必然的に前屈みとなり、不自然な体勢となってしまう。

並みの人間ならばこれでもよいが、ネメシスは並でなければ人間でもない。

そのような姿勢からの攻撃では、むしろネメシスに攻撃のチャンスを与えるだけだ。

ネメシスは腰を引き、身を屈めると、突き上げるように蟷螂男を蹴り上げる。

そのままサッカーボールの要領で別の蟷螂男に投げ付けた!

 

“ビュンッ!”

 

空を裂く音がして、次の瞬間にもう1体の蟷螂男は、攻撃を受けて倒れた。

 

「ギェーッ!!」

 

それしか言えないのか。蟷螂男達の咆哮は恐怖とも怒りともとれる雄叫びだった。

 

「フンッ」

 

ニードルを投擲し、倒れ込んだ2体の蟷螂男の頭を貫く。

ビクンビクンと身を反らせ、蟷螂男は絶命した。

2体撃破。

しかし着地のタイミングを好機と見た1体の蟷螂男がネメシスに迫る。

 

“ブウンッ!”

 

空を裂く大鎌の音。

刃風が唸り、背後よりネメシスを襲う!

―――が、

 

“ガキィッ”

 

いつの間に取り出したのか、一刀の小太刀でそれを受け止め、もう一刀の小太刀を回転しながら振るった。

剣速によって生じたカマイタチと、刃そのものからなるダメージが、蟷螂男を一気に襲い、切り裂く!

 

「ギェーッ!」

 

胴体を真っ二つに切断され、夥しい量の血を撒き散らし、蟷螂男は絶命した。

ネメシスはそれを一瞥して、残った4体の蟷螂男と向かい合う。

 

「……これだけの数。面倒だ」

 

呟いて、ネメシスは小太刀を鞘に納めた。

全身から放たれる殺気が、蟷螂男達をその場に縫いとめた。

理性では理解できずとも、本能がネメシスの実力を悟っているのだろう。

ネメシスは構えると、不可視の速度で抜刀した!

必殺の四連撃が、蟷螂男達を襲う。

 

『っ!!』

 

漆黒の二振りが、まるで双翼のように舞う。

一の太刀は前衛の1体を。

二の太刀はそのすぐ傍にいる1体を。

三の太刀はそこよりも少し遠くにいる1体を。

そして四の太刀はさらに遠くの1体を。

漆黒の閃光が閃き、4体の蟷螂男を時間差で切り裂いていく。

しかし、やはりそれだけでは致命傷にならない。

この四連撃……すなわち、御神流で言う奥義之六『薙旋』には弱点がある。

『薙旋』は抜刀後の四連撃を“素早く”、そして“正確に”極めなければならない。どちらか一方が欠けては、成立しないのだ。

この場合の“正確”とは、相手にダメージを与えることではなく、相手に当てること。ダメージは抜きにして、とにかく正確に命中させることから始まる。

ゆえに生身の人間相手ならばともかく、蟷螂男のような敵が相手で、敵味方入り乱れる混戦や、一対多での戦闘において、「薙旋」は最強と成り得ないのだ。

 

「ギェーッ!」

 

『薙旋』初撃の抜刀は居合に近い。そのため、抜刀直前、そして納刀の際に若干の隙が生じる。

蟷螂男は、それを見逃さなかった。

そのタイミングこそが、ネメシスの本当の狙いとも知らずに……。

 

「ギェーッ!」

 

大鎌を振るい、ネメシスに斬りかかろうとする蟷螂男。

―――しかし、突如としてその動きが止まった。否、止められた。

足の動きを何かが阻んでいる。

蟷螂男達は地面を見た。

縛糸。

直径1ミリにも満たない鋼鉄の糸が蟷螂男達の動きを鈍らせているのだ。

その間にネメシスは体勢を整え、手前の蟷螂男から1体、1体殴り始めた。

蟷螂男が全滅するのも、もはや時間の問題だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

あらゆるモノを砂と変える豹は次なる獲物を探し、徘徊する。

忌まわしき“地獄の軍団”の名を継承せし組織は、復讐鬼に襲い掛かる。

明かされる真実と浮上する謎。

歌姫と黒衣の剣士が邂逅せし時、剣士は、鬼となる。

 

次回

Heroes of Heart

第拾弐話「真実」

 

 

 

 

 

 

~懲りずに続く対談形式あとがき~

 

タハ乱暴「……なんか凄いことになってる(汗)」

真一郎「書いてるお前が言うな、お前が」

タハ乱暴「いや、俺は何も考えず、基本的にテキトーに、本能の赴くままに書いてるから(笑)」

真一郎「……まあいいや。それより、今回設定説明がないみたいだけど?」

タハ乱暴「めんどい」

真一郎「……一応、俺も明心館空手の有段者なんだけど」

タハ乱暴「HAHAHAHAHA! 冗談に決まってるじゃないか。いや、次回にまとめてババッとやろうと思ってな。つーか次回じゃないとネタばらし出来ない。だから、そんな殺気立った拳は早くしまいなさい」

真一郎「なら早く書け」

タハ乱暴「そう言うな。俺も結構忙しいんだから」

真一郎「そうなのか?」

タハ乱暴「ああ。『快傑ライオン丸』のLD見たり『ジャッカー電撃隊』のDVD見たり」

真一郎「館長直伝あ~んど瞳ちゃん強化版……」

タハ乱暴「殺気!」

真一郎「絶(浮気したら殺すわよ)・吼破ぁっ!」

タハ乱暴「ぐっはあっ!!」

真一郎「…………勝った(涙)」

タハ乱暴「おめでとう!」

真一郎「…………はい! Heroes of Heart第拾壱話、お読みいただきありがとうございました!」

タハ乱暴「次回もまた!」






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