注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

荒ぶる暴竜の咆哮は止まらない。

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

そして、荒ぶる暴竜の破壊も止まらない。

赤き王の名をもつ怪獣は、ついに崩れた岩肌から這い出て、破壊を始めた。

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

身長45メートル。体重2万トン。

まるで骨を思わせる体躯と、骸骨がそのまま肉となったような顔。

どくろ怪獣レッドキングの破壊は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

〜ハートの英雄達〜

第六話「巨人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――国守山・山中――

 

 

 

 

 

「もらったぁッ!」

「ッ!」

 

一閃。

銀色の刃が軌跡を描き、鋭い伸びを見せて目の前の男の喉元へと吸い込まれていく。

青龍刀の切っ先は、確実に北斗の喉元を捉えていた。

横薙ぎに払った一撃は空中で反転し、斜めに泳いで返す刃が今度は男の眉間を狙う。

喉と顔面を狙った十字斬り。

間髪入れずに放たれた二撃目は、溢れ出る出血を止めようと首を押さえる男の無防備な額を、圧倒的な速度を以って斬割する――その、はずだった。

 

「な、何故だ!?」

 

山中に響く、わなないた声。

それは、未知の存在との遭遇に対する恐怖の色を滲ませていた。

 

「何故、貴様からは血が出んのだ!?」

「さてな」

 

喉を斬られ、呼吸も困難なはずの北斗は平然と答えた。

北斗の喉は、たしかにダメージを負っていた。喉仏より1センチ下の辺りを深々と切り裂かれた彼の肌には、クレバスのように鋭い亀裂が走っていた。

にも拘わらず、出血はない。

いつまで経っても、血の流れ出る気配はない。

 

「貴様が言ったんだぞ? 俺は普通の人間ではない、と」

 

振り下ろされた青龍刀を自身の短刀で受け止めながら、北斗は嘲りの言葉を“龍臣”に向ける。

直後、彼の姿は牙龍の視界から掻き消えた。

否、それは消えたように見えただけだった。

北斗の姿は消えたのではなく、超高速のスピードで動き始めただけだった。空気を切り裂き、風を貫くような走りから出される動きは、かつて針龍が使った“疾風針貫”にも似ている。

しかし、決定的に違うのは、直線的な移動しか出来なかった“疾風針貫”と違って、今の北斗は自在にカーブをしているということだ。その動きは、明らかにただの人間が発揮出来る運動ではない。

今や目の前の男が、もっと本質的な意味で普通の人間ではないと理解した牙龍は、青龍刀をいつでも躍らせられるよう身構えながら、全身の五感を総動員して北斗の姿を追った。

 

“ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!”

 

「!?」

 

地鳴り。

そして、激しく震える大地。

視線を巡らせれば、すでにレッドキングは活動を開始している。身長45メートル、体重2万トンの怪獣が縦横無尽に動き回れば、余波の地震は震度3や4ではすまない。

ともすれば自身危険に陥りかねない地震の、震源地付近に居るのだ。

一瞬だけ集中を解いた牙龍は、とにもかくにも退路を確保するべく、刹那の間だけ北斗のことを思考の外へと追いやった。

慢心があったわけではなかった。

地面を揺さぶる地震は巨大で、いくら目の前の男が普通とは違うといっても、そうそう耐えられるようなものではない。地面に足を付けて生きている以上、この地震から逃れることは不可能だ。震動に足を取られて、窮地に陥るのは奴も避けたいはず。奴もきっと、この瞬間だけは攻撃を緩めるに違いない。

牙龍に油断はなかったし、盲点などもなかった。

ただ、目の前の男の能力を実際より少しだけ過小評価していたこと……それだけが、彼の失敗だった。

 

「これで終わりだッ!」

「なにっ!?」

 

突如飛び込んできた北斗の言葉。

牙龍は声のした方に振り返り、空を見た。

銀色の刃が、彼の双眸を切り裂いた!

 

「ぐぎゃぁぁぁぁぁあああっ!!」

 

まるで眼球を火で焼かれたような感覚が、牙龍に襲い掛かった。

一瞬、自分の身に何が起きたのか分からず、牙龍は2歩、3歩とよろめく。視力を失ったことにより、平衡感覚が取り難くなってしまったのだろう。

体中を駆け巡る痛みに耐えながら、近くにあった一本の木に寄り掛かり、彼は必死に脳を動かした。

今の一撃が北斗からの攻撃であったのは間違いない。では、奴はどこから攻撃したのだろうか? 空を見上げた時、一瞬、黒い影のようなものが見えたが、あれがそうだというのだろうか。しかし、ならば彼はそれまで何処に居たというのか? まさか、空を飛んでいたとでもいうのか……

はたして、北斗は空に居た。

比喩ではない。本当に、空を飛んでいたのである。

普通とは少し変わっているとか、超能力やHGSでも説明が付かないような異常現象。

視力を失った牙龍には分からなかったが、今、まさに目の前でそれが起きていた。

北斗は短刀を納めると、そのまま走り出した。

トドメの一撃を加えるべく、牙龍の元へ……ではない。

己が愛機である純白のバイクの前まで辿り着くと、彼はエンジンをキックした。

 

“ブォォォォォオオオンンッ!!”

 

視覚を失ったとはいえ、聴力はまだ生きている。その轟音は、当然ながら牙龍の耳にも届いた。

 

「な、何故だ!? 何故殺さない? この戦い、有利なのは貴様であろう!!」

「悪いが、これ以上お前に付き合うわけにはいかない。俺にはまだやらなくてはならないことがあるのでな」

 

牙龍には分からなかった。

自分にはまだ戦闘体という“切り札”があるが、自分はそれを使う気はない。そして今までの攻撃で自分は右腕と眼を失っており、攻撃力は2割ほどまで低下している。この圧倒的有利な状況を放棄してまで、北斗が何をしようとしているのか、牙龍には理解できなかった。

 

「おおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

遠ざかるバイクの音を聞きながら、牙龍はただ吠え続けた。

 

 

 

 

 

――海鳴市・国守山――

 

 

 

 

 

「おらおら、お譲ちゃん達! しっかり掴まってなぁ!!」

 

走り屋モードの舞の声が車内に響く。

ビクビクと震えながら、残りの4人のメンバーはガクガクと頷いた。

月村忍が『失われた技術』と現代科学、そしてそこはかとない己の野望を組み込んだ『デルタアクセル』は、まさに三角形の車だった。

車のフォルムの基本は長方形だ。長方形の車体に、4個のタイヤを付けている。このデルタアクセルとて、それは例外ではない。

しかし、三角形に整理された機体の各頂点から放射されたエネルギーフィールドで車体を包み込み、突撃するという『デルタブレイカー』なる必殺技を保有するデルタアクセルは、なりは四角形ながら、走行時には三角形となり、その速度を上げていた。

スピード狂の舞にとって、これほど燃える車はないであろう。

さざなみ寮本部からの連絡を受けて、那美達は急遽デルタアクセルを起動。レッドキングを地上から迎え撃つという作戦を立案した。

この作戦を実行するきっかけとなったのは、美由希の存在である。

デルタイエローになったばかりの美由希は実戦経験が少なく、当然ながらシュミレーターの経験も皆無である。元々物静かな文学少女である。ゲームセンターなどにも行かず、本ばかり読んでいた彼女の工学に関する知識は、ビデオデッキを起動させられればマシ程度のものだった。

一応、国際空軍管轄下のデルタハーツにも航空戦力は与えられている。

しかし、それは5機編成を基本としており、美由希が欠けての出撃は無謀としか言いようがなかった。

たとえ4機だけで出撃したとしても、那美達も怪獣との戦闘はこれが初めてなのである。不完全な編成で善戦できるとは、到底思えない。

しかし陸からの攻撃ならば、簡単なレクチャー程度で攻撃をすることが出来る。

スーツで強化した肉体ならば、補助無しでロケットランチャーを撃っても反動に振り回されることはないし、航空機を操縦するほどの高度な技術と知識も必要ない。

ある意味、これしかないという決断だった。

 

『今、国際空軍日本支部に連絡して応援を要請した。20分もすれば着くって言っていたから、みんな、それまで頑張ってくれ』

 

ブレスレットの向こう側から聞える耕介の声。

その言葉に、みなは励まされた。

作戦の内容は以下のようなものだ。

まずスーツを装着した那美と美由希が、デルタブラスターに対怪獣用オプションを付けて、レッドキングに威嚇攻撃。安全なポイントまで誘導する。

次にデルタアクセルに乗っているリスティと美緒が対怪獣用歩兵携行型ミサイルを積んだロケットランチャーで注意をこちらに寄せ、麻酔弾で攻撃。

眠っている最中を国際空軍の応援部隊で一網打尽にするという作戦だった。

やがて少女達はレッドキングとの距離、500メートルにまで近付くと、静かに右手を掲げた。

 

『三心覚醒!』

 

デルタハーツとレッドキングの戦いは、ゴングを鳴らした。

 

 

 

 

 

――生田市・紀野駅――

 

 

 

 

 

“ギャァァァアアアオォォォォォォ!”

 

レッドキングの巨大な唸り声に、変身の解けたネメシス……不破は、気だるい体を起こした。体中が、まだ痛む。

場所は路地裏。どうやら、レッドスターが人目に付かない所まで運んでくれたらしい。

 

「すまんな、レッドスター」

 

ヘッドライトを点滅させ、まるで『いいってことよ』などと言っているようだった。

 

「悪いが、もう一仕事してもらうぞ」

 

不破はレッドスターに跨ると、全身に走る鈍い痛みを堪えながら、精神を統一する。

膝はガクガク、意識は朦朧としている。霞がかかったかのように思考は上手くはたらかず、言葉を発するのにも苦痛を伴った。

 

「……変身!」

 

それでも彼は変身した。人の身を捨てて、復讐鬼と化す。

赤き王を倒すべく、彼は“赤き流星”を駆って戦場へと向った。

 

 

 

 

 

――国守山・山中――

 

 

 

 

 

“ガガガガガガガガッ”

 

一条の光線がレッドキングの皮膚を焼いた。

しかし、肉の焦げる異臭はするものの、ほとんど効果はない。

 

「…っ! これだけやっても効果がないなんて」

 

対怪獣用オプションを装着したデルタブラスターを見て、美由希が声を荒げる。

対怪獣用オプションによって通常の3倍までエネルギー量を増幅させたデルタブラスターは、1発で5階建ての建物を吹き飛ばすぐらいの力を持つ。それが通用しないということは、レッドキングの皮膚はそれよりも遥かに硬く、厚いということだ。

那美は、出撃前に本部の耕介から送られたレッドキングのデータを思い出す。

 

 

―――――どくろ怪獣 レッドキング――――――

 

身長:45m〜70m

体重:2万〜4万2千t

初出現:1966.9.4

出現:太平洋多々良島、日本アルプス、ギアナ高地

確認個体数:4体

備考:怪力。ダイナマイト1万トン分のパンチ力と、強靭な皮膚をもつ。

 

 

実際に見て初めて分かったことだが、レッドキングの皮膚は硬いなんてものではない。

どくろ怪獣の名が示すように、骨格をそまま肉にしたような形状のレッドキングの身体は、皮膚そのものが高密度のカルシウムの塊であるかのように強靭だった。

麻酔弾を撃ち込むにしても、まずはこの皮膚を貫通せねばならない。

そう思って何度も攻撃を繰り返しているのだが――

 

“ギャァァァアアアオォォォォォォ!”

 

痛みによる咆哮でも怒りでもない。ただ、自らの存在を誇示するかのような咆哮。那美達の攻撃は一向に無視だ。

 

「これじゃ誘導なんてとても……」

 

那美の絶望的な声。

 

“ドドドドドドドドドッ!”

 

しかし、そこに1台のバイクが駆けつけた!

 

「ネメシス!」

「どうしてここに…」

「どこに誘導すればいいんです?」

 

バイクでの走行中に、その優れた聴覚で那美達の会話を聞き取ったのだろう。

言われて、那美達はブレスレットの液晶画面を操作し、ネメシスに地図を見せる。

2秒ほどそれを見たあと、ネメシスはレッドスターから颯爽と降りるなり、傍らに積んだスポーツバッグを開け、中から鉄の塊をいくつも取り出した。

 

「それは?」

 

鉄の塊は何か大きなパーツだった。手慣れた手つきでパーツを嵌め、回し、組み立てていく。

完成したのは小さな砲だった。口径は80mm、全長は2メートルもある。

ネメシスはそれを脇に抱え込むと、レッドキングに向ってトリガーを引いた!

 

“ズバババババババババババババッッ!!!”

 

戦車砲にも匹敵する砲口から放たれた、光の刃。

それが、レッドキングの強靭な皮膚を貫き、切り裂いていく!

 

“グギャァァァァァオオオオオッ!”

 

この時、初めてレッドキングは痛みを感じた。

まるで世界の終わりを予感させるかのような咆哮は、怒りと痛みに対する悲鳴と化し、海鳴中に響き渡る。

やがてレッドキングはきょろきょろと辺りを見回して、ちっぽけな3匹の虫を見付けた。

レッドキングの表情が、歓喜に歪んだ。獲物を見付けた、獣の表情だった。

 

「早く! 移動しますよ!!」

 

ネメシスが叫ぶ。見ると、すでに彼はレッドスターに跨っていた。

 

「あああ、わ、私達は走りなんですが」

「…チィッ」

 

一度だけ舌打ちして、レッドスターから降りてレッドとイエローの首根っこを掴む。力任せにレッドスターに乗せると、ネメシスは先刻の大砲を持って、

 

「頼むぞ、レッドスター!」

 

ヘッドライトを点滅させ、レッドスターは『任せろ!』と答えた。

 

「自動操縦ですから安心してください」

「ええ? ええ!?」

「わ、う、動き出した!?」

「黙ってないと舌を噛むぞ!!」

 

“ブォォォォォオオオンン”

 

轟音。

爆音。

ひとりでに走り始めたレッドスターはレッドとイエローを安全ポイントまで連れて行く。

レッドスターは意思を持つバイクだった。その思考パターンにはとある人物の人格が移植されており、ネメシスの精神とは深いところで繋がっている。

たとえレッドとイエローが運転できずとも、たとえレッドスターは行き先を知らずとも、ネメシスが脳波で送った地図により、迷うことなく目的地まで連れていってくれる。

レッドスターが遠ざかるのを確認しながら、ネメシスはレッドキングの誘導を開始した。

 

 

 

 

 

――海鳴市・さざなみ女子寮――

 

 

 

 

 

「ちょっと部屋に戻ってくる」

 

愛にそう伝え、耕介は自室の押入れを開けるなり、中からカードロック式のトランクケースと、棒のような物が入った布袋を取り出した。

胸ポケットの中にあるカードキーを差し込んでトランクを開ける。

すると、中からは一着のスーツ、軍隊で使うような迷彩塗装されたパイロットスーツを取り出した。

それまで着ていた長官服を脱ぎ、耕介はパイロットスーツに着替えた。

いくらあと少しで応援部隊が来るとはいえ、それまでの間、デルタハーツが生きていられるという保証はない。自分も含めて、さざなみのメンバーは怪獣との戦闘経験は皆無だし、現地にいる5人も、シュミュレーター訓練は5人のうち3人は不慣れで、うち1人は一度もやったことはないのである。

また、山中に基地を置いているという地形的な理由から、さざなみには戦車など地上兵器が配備されていない。怪獣や星人に対する戦力は航空兵器のみだ。

本来、強力な重火器を積むはずの地上兵器がないさざなみでは、必然、小回りの利くデルタアクセルなどの車輌などを使用するしかない。しかし、それではパンチ力に欠け、怪獣に対する絶対的な抑止力にはなりえないのだ。

耕介はパイロットスーツに着替え終えると、布袋の中から一振りの太刀を取り出した。

鯉口を切り、鞘から引き抜くと、見事な乱刃の刀身があらわになる。

――と、不意に背後から気配を感じて、耕介は振り向いた。

そこには和服を纏った銀髪の少年が居た。やや日本人離れした外見とは裏腹に、渋めの和服がよく似合っている。

 

「お久しぶりです、耕介様」

「ああ。…6年ぶりだな、御架月」

 

銀髪の少年……“御架月”は、耕介ににこりと微笑んだ。

耕介は特殊機関さざなみの長官であると同時に、神咲一族と呼ばれる退魔師の一族の人間でもあった。

耕介が今しがた持っている太刀……“御架月”は、一般的に霊剣と呼ばれる類のものである。銀髪の少年……“御架月”は、この刀“御架月”の守護霊とでも呼ぶべき存在だった。

御架月そのものの霊剣としての力は低い。

天叢雲剣、鬼丸、髭切、膝切と続く日本の霊剣の中でも、下位の部類に属するだろう。

しかし、このように霊を宿した刀である御架月は、本来の位よりもはるかに上位の力を有している。使い手と霊の相性が良ければ、その力はさらに高まる。

ちなみに、御架月というのは魂を宿した刀の名前から取っており、銀髪の青年の名前はシルビィというらしい。

 

「6年ぶりで悪いんだけど、ちょっとだけ力を借りるぞ」

「いいですよ、もう。耕介様のことだからちょっとじゃ済まないでしょうし」

 

はにかんだ笑顔の御架月。

元々銑鉄技術の優れた日本で打たれた美しい刀と、銀髪の美少年。ある意味ミスマッチとも言える美の融合を6年ぶりに見た耕介は、それを懐かしいな…と、思う自分に苦笑して、さざなみの地下へと向う。

途中、トイレに行こうとして目が覚めた愛歌と会った。

 

「あ、パパ」

「ん? 愛歌、トイレか?」

「うん。そしたらもっかい寝る〜」

「よしよし。寝る子は育つからな。大きくなれよ〜」

「えーやだよー」

「え? なんでだ?」

「だっておっきくなったらパパのブランコできないもん!」

 

ブランコとは、耕介の二の腕に勇也と愛歌が掴まり、ぶらぶらと体を揺らす遊びのことだ。

長身に加えて立派な体格、怪力の耕介ならではの遊びである。

 

「ん…でもなぁ愛歌、そのまま愛歌がちっちゃいままで、勇也はぐんぐん大きくなってくんだぞ? 愛歌だけ取り残されちゃうんだ。そんなの、嫌だろ?」

「やだ!」

「そうだろ。だから早く寝なさい」

 

優しく、諭すように言う。なかなかの父親ぶりである。

トテトテと歩いていく愛歌を見送りながら、耕介は再び歩き出そうとして――

 

「パパ」

「ん?」

「その服、かっこいいね」

 

はにかむような笑顔で言ってくれた。

 

「可愛い娘さんですね。耕介様と誰の子供なんです?」

 

御架月の声。

愛と結婚したのが5年前なので、その時、すでに封印されていた御架月は愛歌のことを知らない。それでも、顔立ちが少し似ていたからだろうか。御架月は瞬時に愛歌が耕介の娘だと見抜いた。

 

「俺と、愛さんだよ」

「おめでとうございます」

「ありがとうな」

 

6年ぶりに交わす、相棒との会話。

“6年前の戦い”で封印されて以来、初めての実戦前であるというのに、2人は相変わらずの調子だった。

 

 

 

 

 

格納庫のハッチまで来て、耕介と御架月はとある赤い戦闘機の前で立ち止まった。

――ジェットホーク・M。

“赤い鷹”の名をもつこの機体は、今から15年ほど前、“次元戦団バイラム”の侵略時に、現在の国際空軍の原形である空軍組織“スカイフォース”の精鋭部隊“鳥人戦隊”が使っていた物の量産型だ。

ジェットコンドル、オウル、スワン、スワローの4機と合体することで、大型爆撃機イカロスハーケン、巨大ロボットジェットイカロスへの変形機構を持つが、量産型の性か、イカロスハーケンへの合体機構はオミットされ、また、装甲、動力ともにオリジナルよりも低下している。

それでも、いまだ第一線で活躍できるだけの性能を秘めたスーパーマシンであることには違いない。

耕介は手慣れた手つきでコンピューターを動かすと、時限式でハッチの開放を始めた。

事態が一刻を争う状況である以上、本来なら今すぐにでも開けるべきだったが、自分ひとりでそれら全ての操作を行うことは不可能である。愛に何も言っていない手前、支援をアテにするわけにもいかない。

 

(…これ以上、心配かけさせたくないしな)

 

自分が出撃すると知ったなら、愛はひどく心配するだろう。ただでさえ最近の『龍』の侵攻で心労著しい彼女である。出来るだけ、彼女に負担をかけさせるようなことはしたくなかった。

 

「5分後にテイクオフする。御架月、頼むぞ」

「はい、耕介様」

 

耕介は自身の内に秘められた霊力を徐々に解放しながら、銀髪の少年に言った。

 

 

 

 

 

――国守山・安全ポイント付近――

 

 

 

 

 

レッドキングを誘導するネメシスの体力は限界に近付きつつあった。

先の“角龍”との戦いのダメージが残っていたせいもあるが、全身に付き纏う疲労感と痛みを抑えながら身長45メートルもの怪獣と戦っているため、緊張のあまり、全身の筋肉が限界に近付きつつある。

 

「くそっ」

 

ネメシスとて、魔法の力で動いているわけではない。

地上を歩くには当然、筋肉を使って2本の脚を交互に動かし、万有の法則に従って動かなければならない。

いかにレッドキングの動作が緩慢であろうと、身長45メートルもの怪獣の歩幅は広く、また一方のネメシスは大砲の反動に耐えながら、全力疾走で走らねばならないのだ。

追いつかれないように逃げるのが精一杯といった状況だった。

 

“グギャァァァァァオオオオオッ!”

 

レッドキングの第一の武器、怪力から繰り出されるパンチがネメシスを襲う。

 

“ズドォォォン!”

 

それだけで、小規模ながら木々を薙ぎ倒し、無理矢理作ったようなクレーターができた。

当然、まともに食らえば命はない。

デルタハーツから見せてもらった安全ポイントまではあと約1キロ。ここが正念場である。

 

「…食らえ」

 

ネメシスが抱えている大砲……DTBランチャーが火を吹いた!

閃光がレッドキングの皮膚を裂き、貫く。

しかし、何度も撃たれたことによって痛みに対する慣れが生じたのか、レッドキングは炎上する体にも構わず、猛然とネメシスに襲い掛かる。

周囲の木々を薙ぎ倒し、ただネメシスだけを追い回す。

安全ポイントまであと500メートル。もうすぐだ。

 

 

 

 

 

一方、すでにレッドキングの姿を確認していたデルタハーツの5人は、各々が対怪獣用で武装し、待ち構えていた。

ネメシスという予想外の協力者の存在に、最初はホワイト達も驚いていたが、デルタブラスターが通用しないことを聞いた途端、デルタアクセルのトランクから2挺の武器を渡し、配置に就かせた。

ホワイトとブラックが構えているのは本作戦のトリ……麻酔弾を装填したロケットランチャーだ。

ブルーはデルタアクセルに乗って、そのままアクセルに搭載されたパルスマシンガンの標準を、息も荒く構えている。

本来ならばこの場に居なかったはずのレッドとイエローは、急遽渡されたヴォーテックス・キャノンの操作に手間取っている。

 

“グギャァァァァァオオオオオッ!”

 

レッドキングの姿はすでに視界に入っていた。

安全ポイントまであと200メートル。

自分達との距離は500メートル。

 

「安全圏侵入後すぐに攻撃するよ」

 

ホワイトの言葉に、全員が頷く。

徐々に縮まっていく距離。

ホワイトは胸の内で、カウントを取った。

150…120…100……50…30…10…0!

 

「攻撃開始!」

 

ホワイトの掛け声に、レッド、ブルー、イエローの武器が、一斉に火を吹いた!

 

“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッガガッビュンビュンビュンッ!!!”

 

パルスマシンガンが、ヴォーテクッス・キャノンが、レッドキングの頑丈な皮膚を傷つけ、穴を穿とうとする。

そこに、ネメシスのDTBランチャーも加わった瞬間、レッドキングの皮膚に亀裂が走った!

 

「今です、リスティさん!」

「わかってるっ! 美緒!!」

「了解!」

 

“バーンバーン!!”

 

ホワイトとブラックの構えたロケットランチャーから、2発の麻酔弾が、レッドキングの皮膚の亀裂向って撃ち放たれた!

麻酔は即効性。効果は50メートル級の生物でも5分足らずで効果が出てくる。

 

――勝った!

 

ネメシスを含め、誰もがそう思った瞬間、レッドキングは突然くるりと体を回転させ、無傷の尻尾で2発の麻酔弾を弾き落とした!

 

『なっ!?』

 

誰もが勝利を確信した瞬間だっただけに、みなの動きが一瞬だけ止まった。

そして、戦場ではその一瞬が命取りになる。

レッドキングは突進を再開すると、虫ケラ同然のデルタハーツに襲い掛かった。

レッドキングのパンチが、デルタハーツの5人を襲う!

ネメシスは反射的に跳躍した。

 

「カーズド・ライトキック――!」

 

光り輝くネメシスの必殺キックが、レッドキングのパンチの軌道を逸らした。

危機一髪。

しかし、そうのんびりともしていられない。

1日に2回の変身、2回のカーズド・ライトキックは、ネメシス――不破の体を確実に蝕んでいた。身も凍るような激痛に苛まれながら、ネメシスは必死に叫ぶ。

 

「くっ! レッドスター!!」

「みんな、早く乗って!!」

 

デルタアクセルとレッドスターはただちにその場を離れる。

この荒ぶる怪獣とまともにやりあって、勝てる確立など万に一つもないことは、全員がよく理解していた。

 

「グァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

絶叫が、仮面のネメシスの口から吐き出された。

あまりの痛みに、ネメシスはこれまでにないほどの悲鳴を上げた。

主人の、生命の危機を敏感に感じ取ったのだろう。ネメシスはそのままデルタアクセルとは別……街の方向に逃げていく。

ネメシスの意識は、もう、ない。

そしてネメシスという最大の協力者にして戦力を失ったデルタハーツは、

 

「この! この!」

「はぁ!」

 

デルタブラスターによる貧弱な攻撃を亀裂部に繰り返すだけ。

素で撃った時よりは効果があるものの、それは決定打にはなりえない。

そしてレッドキングは、逃げる彼女達との距離を確実に詰めていく。

レッドキングが再び豪腕を持ち上げた。

走りながら、膨大な運動エネルギーを伴った鉄拳を振り下ろす。

デルタアクセルの走る地面に、巨大な影が生じる。

まさに、そのとき……

 

“バババババババババッ!”

 

爆発。

咆哮。

レッドキングの背後を、無数の光の弾丸が襲った!

 

“ゴォォォォォオオオッ!”

 

レッドホーク・Mだ!

 

『みんな! 大丈夫か!?』

 

ブレスレット越しに聞える耕介の声。

その声に、走り屋モードのブルーさえもが驚く。

レッドホークに乗ってきたのは、耕介だったのだ。

 

 

 

 

 

――海鳴市・さざなみ女子寮――

 

 

 

 

 

「耕介さん!?」

 

ひとり司令室に残された愛は驚愕の表情を浮かべた。

やけに遅いなとは思っていたが、まさか戦闘区域に向ったとは思わなかったのである。

愛は咄嗟に、通信用マイクを取った。

 

「耕介さん! 何をやってるんですか!?」

『…ごめん愛さん。俺には、みんなを見殺しにすることなんてできないよ』

「だからってこんな……」

『愛様、耕介様を責めないで下さい』

「!?」

 

聞き慣れた声が、マイク越しに愛の耳膜を打つ。

忘れようもない、夫の愛刀……御架月に宿りし少年の声だ。

 

「御架月……くん?」

『お久しぶりです、愛様』

「まさか、耕介さん……」

『俺も歳をとりましたね。さすがに、御架月の補助無しで戦闘機に乗るのは辛いです』

 

退魔師とは、訓練をすることで霊力を自在に操ることが出来る者達のことを言う。

その使い道は人によって様々だが、霊力を常時放出し、薄い皮膜のようにして全身を覆うスーツに使うというものがある。

これは耕介が着ているパイロットスーツに相当し、耕介は2重にスーツを着ることによって、衝撃を2重にブロックしているのだ。

 

「耕介さん……」

『ごめん愛さん。…でも、俺がやらないと、ね。愛さんに危険な真似はさせたくないし、寮生のみんなも、出来ることなら傷付けたくない。これは俺の我が侭なんだ』

「…………わたし、今、料理の勉強中なんです」

『?』

「まだまだ全然下手ですけど、いつか、きっと美味しい物を作りたいです」

『まさか……』

「はい。耕介さんには練習台になってもらいます。じゃなきゃ離婚です」

『ははっ、離婚は嫌だなぁ』

「――だったら、約束してください。……絶対に、生きて戻ってくるって」

『……そんな約束はしない』

「え?」

『そんな約束するまでもない。俺はまだ、愛の美味い料理を食べてないからな』

 

まるで少年のような笑顔を浮かべて、耕介は答えた。

愛は一瞬だけ、モニターに視線を移すと、マイクに向って言う。

 

「あと5分ほどで日本支部から増援が来るはずです! 持ち堪えてください!!」

『了解! …特殊機関さざなみ長官、槙原耕介が命令する。これよりさざなみの全権は槙原愛副官に一時委ねる。槙原耕介は一兵士として戦闘に参加! デルタハーツは槙原副官の指揮下に入れ!!』

「こちら特殊機関さざなみ長官代理の槙原愛です。これより第2次怪獣撃退作戦を実行します。間もなく国際空軍より増援部隊が来ます。デルタハーツは地上よりジェットホークを支援。合流後、一斉掃射に入ってください。……みなさん、頑張ってください!」

 

 

 

 

 

『了解!』

 

“バババババババババッ!”

 

耕介の乗ったジェットホーク・Mがプラズマホークカノンでレッドキングを攻撃する。

決定打にはならない。しかし、牽制にはなっていた。

思うように動きの取れないレッドキングに、地上から、デルタハーツがヴォーテックス・キャノンや、パルスバルカンで追撃をする。

単調な連携で、しかも強靭なレッドキングに対しては決定的なダメージにならない。しかし、時間稼ぎには丁度いい。

そうこうしているうちに、5分が経過した。

耕介のジェットホークに通信が入った。

 

『――こちら国際空軍UA日本支部特殊航空部隊『蔡雅』隊長、“御剣空也”大尉です』

 

通信をしてきたのは若い男だった。まだ20代も後半といったところだろう。

通信が入ったのと同時に、国際空軍の現主力戦闘機サンダーウイングと、戦闘攻撃機のライトニングウイングが4機、2機の計6機戦闘区域に到着した。

 

『御剣君か!?』

『お久しぶりですね、槙原さん』

『…その声は……いづみちゃん!』

 

――特殊航空部隊『蔡雅』。

蔡雅一族と呼ばれる、日本に古来より伝わる忍者の一族のみで構成された、特殊部隊だ。

メンバーは蔡雅一族の中心である御剣家6人の子供、長男・空也、次男・火影、長女・澪、次女・いづみのサンダーウイング4機と、三男・剛と四男・尚護のライトニングウイング2機によって編成されている。

 

『これより第二次怪獣撃退作戦を遂行する。各機散開して、機関銃の掃射。デルタハーツがまだ地上に居る。ミサイル、“超力砲”は使うな!』

『御意!』

 

空也の言葉を合図に、鉄の結束力を持つ『蔡雅』は攻撃を開始した。

サンダーウイング、ライトニングウイング、そしてジェットホーク・Mが散開し、矢次に攻撃を加えていく。

デルタハーツのメンバーは、このまま地上に居ても邪魔になるだけだと退避を開始した。

状況は優勢だった。レッドキングの最大の弱点は、航空兵器に対する決定的な攻撃力を持たないという点にある。

7機もの戦闘機にこうまで攻撃されては、防戦一方にされるしかない――はずだった。

 

『なっ!?』

 

“ドガァッ!”

 

尚護の乗ったライトニングウイングが火花を散らす。

レッドキングが、足元に転がっていた巨石を投げたのだ。

予想外の攻撃にライトニングウイングは左翼を損傷し、真っ黒な煙を噴き上げる。

 

『シノビ六号機被弾! 制御不能!!』

『尚護君! 脱出するんだ!!』

『りょ、了解!!』

 

“バシュッ!”

 

炎を上げ、落下していく機体から尚護のパラシュートが脱出する。

地面に激突する戦闘機の姿を見ながら、全員はレッドキングの認識を改めた。

レッドキング最強の武器はダイナマイト1万トン分の破壊力を持つパンチでも、強靭な皮膚でもない。

あの、その場にあるあらゆる物を武器にしてしまう怪力にあったのだ。

無論、素手の投石である。投石の軌道は直線的だし精度自体もすこぶる悪い。尚護のライトニングウイングが被弾したのは、彼自身がその攻撃を予想していなかったことによる油断ゆえだ。

皮肉にも、耕介達の攻撃によって辺りの地盤は崩れ、いくつもの岩が転がっていた。

下手な鉄砲も数を撃てば当たる。

レッドキングは、足元に転がっている手頃な大きさの岩を次々と投げた。

 

“ドガァッ!”

 

『シノビ弐号機被弾。脱出する!!』

 

火影のサンダーウイングも被弾した。

一機百数億もする戦闘機は怪獣の投げた岩一個によって墜落していく。

 

『くそぉっ!』

 

ジェットホーク・Mがプラズマホークカノンを連射しながらレッドキングへと接近していく。いかに高層ビルを全壊させる威力を持っていようと、直撃しなければ意味がない。

しかし、レッドキングの前でその行動は無謀だった。

 

『槙原長官! 先行しすぎです!!』

『援護が間に合わない!』

『人間を舐めるなぁッ!』

 

次々に周囲の岩を粉砕していく。

耕介の目的はレッドキングではなかった。

彼が狙っていたのは、レッドキングの武器となる岩だった。あの岩礫さえなくなれば、空中にいるこちらが被弾する確率はぐっと低くなる。

しかし、逆に接近のしすぎで、それが仇となった。

 

“ガガガガガンッ!”

 

レッドキングのパンチが、ジェットホーク・Mの翼を叩き折った!

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

機内では火花が散り、黒煙が炊いていた。

バチバチと電気系統が悲鳴を上げ、機体の制御がまったく効かない。

黒煙をたなびく主翼から鋼板が次々と剥がれ落ち、レッドホーク・Mはたちまち失速し、慣性の法則に逆らいながら落下していく。

その瞬間、耕介の時は、止まった…………

 

 

 

 

 

それは比喩ではなかった。

墜落していくジェットホーク・Mも、空を舞う鳥もその場に止まり、レッドキングすら止まっている。

何もかもが動かない世界に、耕介と御架月だけが動いていた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

あまりの出来事に耕介が信じられないといった表情を浮かべる。

御架月も同じように、まるで狐に化かされた気分だった。

 

「……力が欲しいか?」

「!?」

「!」

 

不意に、そんな声が聞えた。

慌てて辺りを見回すと、彼は、耕介達のすぐ目の前……墜落しようとしているジェットホーク・Mの軌道上のど真ん中に“浮いていた”。

男――北斗は、まるで猿の惑星で人間を見つけた時のような顔をしている2人に、ただ同じ言葉を繰り返す。

聞き慣れた日本語にも関わらず、彼がその言葉の意味を理解するのには、たっぷり10秒の時を要した。

 

「え、あ、ああ。そりゃぁ、欲しいさ。こんな怪獣に負けない、強い力が……」

「では、お前に問おう。力とは……何だ?」

 

北斗の真意は耕介には読めない。

ただ、目の前の見知らぬ男から放たれている気配は尋常ではなく、耕介は真面目に考えざるをえなかった。

やがて、数秒の沈黙の後、耕介は答える。

 

 

「…力っていうのは……そう、道具だと思う」

「道具?」

「ああ。力って道具を使うのは結局人間だ。そして、その人間の体を支配しているのは心だろ? 大切なのは、力を使う意思なんだと思う」

 

沈黙が続く。

――間違っていたのか? 耕介がそう思った直後、北斗はやれやれといった感じで、

 

「34点だな」

「……は?」

「及第点、という事だ。赤点ではない。追試はないから、留年を逃れたんだ」

「……はぁ」

「力を使うのは心だ。力に振り回されるな。力を振り回せ。力に溺れるな。力という海を泳いで渡れ。お前は何のために力を使うのか……忘れるな」

「おい、それはどういう……」

 

一気に捲し立てると、北斗は胸元から一本の真空管を取り出した。

ガラス張りの管の中には、一筋の光が見える。

北斗は真空管の蓋を開けると、その中に入っていた光を掌に載せ、耕介に差し出した。

 

「受け取れ。これがお前の力となる」

「?」

「触れろ。そうすれば、すべてが理解できるはずだ」

 

耕介は手を伸ばした。

光に触れる。暖かい光だ。

瞬間、耕介の頭の中に鮮明なビジョンが映り出した。

太古の地球。砂漠を背景に戦う、巨人と怪獣。閃光と稲妻。巨人が勝利し、怪獣が消滅する。だが巨人もまた、力を使い果たし、無念の叫び、悲しみの叫喚を残して、消えていく……。脳という受け皿の中に、知識というスープが次々と注がれていく。

光が、弾けた。

目の前に広がるのは青。一面に広がる海。風がなびき、太陽が照りつけている。

風に吹かれて、“さざなみ”が嘶いた。

やがてビジョンが不鮮明になり、元の空間へと戻っていく。

 

「耕介様、これ、凄い力ですよ……」

 

見ると、光は御架月の中に入っていった。

本来ならばもっと慌てるべき事態なのだが、不思議と、そんな気にはなれなかった。

 

「なぁ、これは一体……?」

 

あまりの光景と現象に光介は振り返り、北斗に言う。

だが、いつの間にか北斗は消えていた。

この場にあるものは、光りを宿した御架月を持った耕介と、その太刀の化身である御架月のみ。

そして、時が動き出す……

 

 

 

 

 

墜落するジェットホーク・M。

その赤いボディが地面に叩き付けられた瞬間、紅蓮の炎が燃え上がった。

 

「いやぁぁぁぁぁあああっ!」

 

愛の絶叫。耕介がジェットホーク・Mから脱出した気配はない。

生存は絶望的だった。

 

『フォックス・ツー! フォックス・ツー!』

 

空也のサンダーウイングから2発のミサイルが放たれる。すでに地上のデルタハーツは戦闘区域より退避しており、巻き添えを食らうことはない。

 

“バァァァンバァァァァァァンッ!”

 

ミサイルによって生じた衝撃波が辺りを包み込む。

 

(やったか?)

 

しかし、立ち込める煙の中から現われたレッドキングは未だ健在であった。

 

『くそ!』

 

空也が悲痛な声を上げる。

これだけの攻撃を叩き込んでなお、レッドキングの進行は止まらないというのか。

全員の心の片隅で、絶望という名の感情がとぐろを巻いていった。

――と、その時!

レッドホーク・Mの残骸から銀色の閃光が弾け、天高く舞い上がった。

やがて光は収束し、空中で人の形を成した。筋骨隆々とした、銀色の巨人だ。白銀に輝く巨躯を、青のストライプが鎧のように覆っている。その身長、50メートルはあるだろうか。

巨人は大地を揺るがしながら、地上へと降り立った。

樹齢数千年の大樹を思わせる太く逞しい両脚がしっかりと根を張り、巨人の黄金色の瞳が、天から地上へと鋭くも優しい、慈愛に満ちた光を注ぐ。

厚い胸板の中央から突き出した蒼い宝石が、巨人の身体に命を吹き込んだ。

光の、巨人だ。

昔、誰かが言った。

歴史は繰り返す。2度目は悲劇として。3度目は喜劇として…。

では、伝説は繰り返すのだろうか? ……それとも、蘇るのだろうか?

 

「ジュアッ!!」

『あれは!』

『光の……巨人?』

『まさか、ウルトラマンだというのか!?』

 

蔡雅のメンバーは戸惑いの表情を浮かべながら驚愕する。

巨人は、戸惑うように自身の体を見回すと、意を決したようにレッドキングへと突進していった!

 

「ダァッ!!」

 

“ガキィィィィィイイインッ!!”

 

巨人……ウルトラマンの蹴りが強固なレッドキングの蛇腹を抉った!

続いて2度、3度とパンチを両肩に食らわせ、レッドキングの背後に回り、尻尾を掴んで投げ飛ばす。

ライトニングウイングのコックピットの中で、いづみはその荒々しい戦い方を見て、どこか違和感を感じていた。

 

(……あの戦い方、どこかで見たことがあるような?)

 

それもそのはずである。

ウルトラマンの正体は、耕介なのだ。

 

『戦える!!』

 

司令室でこの様子を見ていた愛や、蔡雅、デルタハーツのメンバー以上に、最も驚いていたのは耕介自身だった。

それはかつて、デルタハーツのリーダー……レッドハートとして戦っていた時の感覚が甦ったかのようであった。

もう一度戦える。

再び、この身を使って戦うことが出来る!

“6年前の戦い”で壊れかけてしまった自分が、怪獣相手に戦えている!

驚き以上に、若い頃の血が甦ったことに、耕介はなによりも歓喜していた。

 

“ドドドドドドドドッ!!!”

 

怒涛のラッシュ攻撃。

訓練された兵士の動きではない。

暴走族という、常に毎日が戦場であり実戦であった世界に生きてきた男の、喧嘩殺法だった。

レッドキングは、徐々に追い詰められていく。

ついには山を背後にしてしまい、逃げ場を失った。

戦いの最中、耕介の頭の中にあるイメージが浮かび上がる。

手を十字にクロスさせ、膨大な量の光を放出する、技。

耕介は見様見真似で、精神を統一し、そのポーズを取った。技の出し方は、体が知っていた。

 

「デュワァァアッ!」

 

直後、閃光が巨人の手から太い線を描くように溢れ出し、レッドキングの肉体を切り裂いた!

 

“ガガガガガガガガ……ドガガガァァァァアアアンン!!”

 

爆発。

炎上。

巨人から放たれた“光線”は、レッドキングを貫くと、一気に怪獣の肉体を崩壊させた!!

その後には、何も残らない。

 

『嘘、だろ……』

『戦闘所用時間113秒……化け物か』

 

剛と空也の言葉は、その場にいる、そして作戦に参加した全員の気持ちを代弁していた。

 

“ピコーン……ピコーン……”

 

胸の蒼い宝石が赤く点滅を始める。

ウルトラマンは腕を前にかざし、光を放って消えていった。

 

 

 

 

 

「ぐ…はぁ……」

 

元の姿に戻った耕介は、とてつもない疲労感と苦痛に襲われ、ふらふらだった。

片手にした御架月の刀身が、微妙に光を放っている。

 

「……派手に壊しちまったな」

 

耕介はジェットホーク・Mの残骸を見ながら呟いた。

緊急用の小型通信機を作動させ、本部と連絡を取る。

 

 

 

 

 

――海鳴市・さざなみ女子寮――

 

 

 

 

 

低く鳴咽を洩らす愛。

最愛の人が死んだのだ、無理もない。

――と、本部の通信機のランプが点滅し、受信を知らせる。

愛は涙を拭うと、マイクを取った。

 

「……はい。こちら本部」

『ごめん愛さん。ちょっと動けそうにない。迎え、よこしてくれるかい?』

 

いつもと変わらぬ、最愛の人の言葉。

愛は彼の声を聞いただけで、本気で泣き出した。

 

『ああっ! 心配かけたのは謝るからさっ!! もう、こっちもクタクタなんだよ』

「知りません! 耕介さんなんて知りません! もう、離婚です!!」

『……はは、キツイなぁ』

 

その後1時間して、耕介はレスキュー隊により救助された。

海鳴総合病院に向うヘリの中、耕介と愛は、決して手を離すことはなかった。

 

 

 

 

 

――稲神山・山中――

 

 

 

 

 

「その力をどう使うかはお前の自由だ。好きにするがいい」

 

虚空に向って呟く北斗。

その傍には、苦痛のため声も枯れ、体が先に保たず眠ってしまった不破の姿があった。

 

「不破…これで、お前の寿命はあと3ヶ月もないぞ。どうするつもりだ?」

 

眠り続ける不破は答えない。

北斗は、せめて彼の体が回復するまで、その眠りを妨げる者の出現がないようにと願って、フルートを演奏し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

赤い王は倒された。

だが、王の目覚めと共に次々と怪獣達は動き出す。

傷ついた復讐鬼と光の巨人は、この事態にどう動くのか?

 

「俺はもう……ウルトラマンなんだ!」

 

次回

Heroes of Heart

第七話「覚醒」

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

“蔡雅”

 

国際空軍UA日本支部が保有する特殊部隊『シノビ』の空軍。総員は蔡雅一族約80名なのだが、実質は御剣家の6人のみ。

『シノビ』は忍者のみで構成された組織で、総勢357名もの国家免許取得忍者が所属している。

 

 

“デンジ推進システム”

 

漫画家、長谷川裕一先生の「すごい科学で守ります」が詳しい。

バリアーを頂点(三角形、四角形などの)で保持して、その場にフィールドを張り、デンジバリアーを空力の形に整えるというシステム。

強大なエネルギーを発生するため、攻撃手段としても使える。

最小の三点力場でも5万tの質量を飛ばすことが出来る。

 

 

“DTBランチャー”

 

全長:2120mm 口径:80mm

 

ネメシスが持っていた超大口径の光子バズーカ砲。

空気中のイオンを吸収し、砲弾として、電磁推進システムによる加速を用いて射出する。

約45tもの破壊力を有するが、反動が凄まじく、ネメシスクラスの腕力がないと扱えない。

 

 

“デルタアクセル”

 

全長:3375mm 最高時速:365km/h

 

デルタハーツの移動用兵器。

要するにポインターやマットビバイクルと同じ物。

ヴォーテックス・キャノンと呼ばれるビーム砲を搭載しており、若干ながらバリアシステムも存在する。

デンジ推進システムを応用した『デルタブレイカー』という必殺技がある。

 

 

“ジェットホークM”

 

全長:29m 総重量:75t

1991年の戦いで“鳥人戦隊”が使用していたものの量産型。

対消滅エンジンや、バードナイト特殊鋼を使用していないため、性能は劣るし、重量もかさむ。

開発されて20年近く経つ今なお現役の名機。

“フラッシュ整流ボード”を応用して飛行する。

最高飛行速度はマッハ5.6。武装はプラズマホークカノン。

 

 

S.U.P.-F04 サンダーウイング”




1999〜2001年の“恐怖の魔王”との戦いで国際空軍の主力戦闘機として活躍した名機。

テトラヒドロンエンジンこそ搭載していないものの、その技術を応用した超力砲を持つ。

最大速度はマッハ2.0。

詳しいスペックが掲載された資料が存在しない(企画書とかにはあるだろうが)ため、スペックは作者の妄想。

……レーダー? そこまで考える余力はないよ(笑)。

 

 

S.U.P.-F/A-05ライトニングウイング”

 

本作オリジナルの戦闘機。

サンダーウイングの支援機として開発された。

超力砲こそ装備されていないものの、戦況に応じて様々な武器を搭載可能。

最大飛行速度はマッハ1.8。

ちなみにスペックは……そこまで考える余裕ありませんよ(笑)。

 

 

“レッドキング”

 

身長:45m 体重:2万t

 

第六話、第7話に登場。

初代ウルトラマン第8話でピグモンを殺した奴。

国守山の地下に眠っていたが、龍のTNT爆弾により目覚め、破壊の限りを尽くす……ことはなかった。

さざなみ寮が近かったおかげで、迅速な対応が出来、今回は被害を最小限に食い止められたものの、もし間違えば街はたちまち壊滅させられるであろう。

強靭な皮膚と怪力が武器。

通称、どくろ怪獣。

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

どうも、タハ乱暴です。

Heroes of Heart第六話、お読みいただきありがとうございます。

今回、少し話が長くなってしまいました。どうも自分は怪獣を書くと長くなってしまうようで……。相変わらず、自身の文章構成能力の無さには別の意味で感服してしまいます。

さて、今回は2番目のヒーロー……ウルトラマン???の登場です。???は次回に明らかになる予定ですね。そして飛び出す兵器群の数々! 実際、自分もどれがどれだか分かりません(爆)!!

で、その次回ですが、連続でウルトラマン???が戦うことになります。そして、ネメシスもまたボロボロの体を引き摺って戦います。

あと、北斗がした力の問いかけですが、アレは彼の正体を知る上で重要な手掛かりとなります。彼の正体は、第八話ぐらいで明らかに出来たらいいな〜なんて思ってます。

最後に、久々にメールチェックしたら移動手段の根拠を教えてくれという方が意外にもおられまして、この場を借りてお教えします。

 

 

 

まず愛さんのMINIクーパーですが、これはそのまんまですね。とらハ2本編で思いっきり登場してたんでそのままです。最初に製造されたのは1958年なんですが……愛さんのお祖父さんが使っていたことを考えると、恐ろしく長持ちしてますね(汗)。車検……よく合格したなぁ。

 

真雪さんのスープラは、もう、アレですね。暴力的な加速を持つパワフルエンジンが真雪さんの無限大とも思えるパワーに通じたんです(決して真雪の体重がとらハ2登場ヒロイン中最重量だからではない)。まぁ、暴力的という面では美緒もそうですが(美緒ファンの方々、スミマセン)、彼女はバイクなので(笑)。

 

恭也のXR250は学生でも買えるっていう点を踏まえました。たしかに恭也は無駄遣いしなさそうですし、ボディガードの仕事や翠屋のバイトなんかもやってるので金は持っていそうですが、今現在、XR250の新品を買おうと思うと50万チョイするんですね。ちなみに、何故XR250にしたかというと、ホンダ製のバイクだったからです。恭也のグリップオンを思い出していただければ分かると思いますが、ホンダのバイクはタフなことで有名なんで。カラーが黒なのはお約束です。

 

耕介のゼファーに関しては作者の罪……あ、いや趣味です。本編を見ると、どうも耕介のバイクは800cc(だったと思う)と説明されていますが、こいつは1062ccです。モロ、違いますね。買い換えた、ということにしておいてください。個人的にはCB1300(というかCBシリーズは全部好き)とか、GSX1400とかも好きです。






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