注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。
テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)
――稲神山・山中――
稲神山に設置したキャンプまであと数百メートルの辺りまでバイクを走らせて、黒尽くめの青年……不破の優れた聴覚は、不意に山の中に満ちていく笛の音色を捉えた。
聞いているうちに演奏者の見当がついた彼は、邪魔するのもなんだと思い、XR250のエンジンを止め、歩いていく。
笛の音は壮大で、かつ優雅な音色を導き出している。
音楽家を気取るつもりではないが、綺麗だと、正直に思った。
先へ進む足取りが、思わず軽くなる。
キャンプの前まで来て、不破は足を止めた。
パチパチと鳴る焚き火の音。
焼き立ての、香ばしい魚の匂いが鼻をくすぐる。
そして、大自然に溶け込むかのように流麗な、フルートの音色。
音楽を紡ぐ男は、青年の姿に気付くと、クライマックスへと入る。
それに伴って、不破も形だけながらメロディラインを追い、口ずさむ。
漆黒の衣を纏った2人の男の、奇妙な演奏会。
やがて曲も終わりに近付くと、不破は歩みを再開し、男の隣に座る。
曲が……終わった。
「……なんていう曲です?」
「フランツ・リストの『ハンガリー狂詩曲』。ピアノの魔術師とまで言われたリストの、代表作とも言える曲だ」
「ほぅ……」
素直に感慨の声を洩らす不破。
戦いの疲れさえも笛の音色に癒され、気を抜いた瞬間、その静謐な表情が苦痛に歪んだかと思うと、彼は絶叫した。
「ぐああああああああああ――――っ!!」
右足がひどく痛む。
右足だけでなく、全身に堪えようのない激痛が走る。
並みの人間であれば発狂しかねないほどの痛みが、全身の細胞を刺激する。
“改造人間”という強靭な体を持つ彼でさえ、ここまで悶え苦しむ痛み。
ただの人には、想像もつかない激痛。
“呪われた右足”を使ったことによる、代償。
「ぐぅ……あっ……かはっ」
「……」
不破の醜態を見て、男は再びフルートを手に取り、演奏を始める。
――ショパンの、革命のエチュード。
青年の耳に、その美しくも激しい旋律だけが微かに残る。
あとは何も聞えない。
川のせせらぎも、焚き火の音も、何も聞えない。
「…………」
男はただフルートを吹き続けた。
自分ではこの痛みを和らげることも、治すことも出来ない。
否、方法はあるが、今は使えない。使うわけには、いかない。
今、自分に出来るのは、こうして音楽を奏でることで少しでも意識を逸らすことだけだ。
そして、幸運にも、彼の奏でる音楽だけが、不破の意識をその場に留めていた。
(せめて、この痛みが和らぐまでは……)
男の演奏は、朝日が昇るまで続いた。
Heroes of Heart
〜ハートの英雄達〜
第三話「陥落」
――海鳴市・月村邸――
海鳴市の高級住宅街。
その一画に、一際大きな洋風の館がある。
現在、日本でも数少ない旧財閥系の流れを組む月村財団。
その本拠地とでも言うべき屋敷こそが、ここである。
「愛ちゃ〜ん。こっちこっち!」
「まってよ勇ちゃんっ!」
綺麗に整った芝生の上を、4歳ほどの小さな子供が駆けている。
男の子の方は槙原勇也。
女の子の方は槙原愛歌。
「……お待ち下さい。勇也様、愛歌様」
そして、2人の兄妹を追いかける、メイド服を着た長身の女性。
ノエル・綺堂・エーアリヒカイト。
この月村の館で唯一のメイドであり、たった2人だけの住人のひとりでもある。
「へっへ〜。またないよ〜だ」
「だからまってってば〜」
一見すれば平和な光景である。
元気よく走り回る子供達と、それに付き合って遊ぶ長身の、それもかなり美人な女性。
そんなほのぼのとした状況とは一転して、館の中では一種緊張した空気が漂っていた。
「……やっぱり現状での使用は難しいか」
びっしりと小さな文字の書かれた図面を眺めながら、耕介は溜め息をついた。
円卓状のテーブルに座っているのは3人。
耕介の妻である愛と、この月村の館を管理する、若干18歳の少女……月村忍。
若くして『失われた技術』の解読に成功した彼女は、さざなみの科学班に所属しており、そこで技術長官という役を担っている。
そして、さざなみの長官である耕介と、副官である愛。
この3人が険しい表情で一緒にいる。
それは、ここが軍議の場であることを示していた。
「仮にもし今のままで使ったとしても、オリジナルの20%程度にしかなりません」
図面の記号ひとつひとつを解説しながら、忍は疲れたような表情をする。
「一応、スーツの基本能力は上げられるだけ上げておきますけど、コレはちょっと……」
「……分かった。無理を言って、悪かったね」
そう言って、耕介は頭を下げた。
愛もそれに習ってぺこりとお辞儀する。
技術者の意地なのだろうか。悔しげな表情の忍は不器用に笑っていた。
「じゃあ、とりあえずスーツの件は頼むよ」
「あ、はい。こっちの方は任せといてください」
言って、忍に黒のアタッシュケースを渡す耕介。
忍はその重みをしっかりと確かめてから、研究室に向かった。
「……耕介さん」
「はい?」
「何故、今になって“あれ”を使おうと思ったんですか?」
帰り道。
愛車であるMINIクーパーのハンドルを切りながら、愛は言った。
遊びつかれてしまったのか、後部座席の勇也と愛歌は眠っている。
「何故、今になって“あれ”を使おうと思ったんですか?」
まるで子供のように、無言の耕介にもう一度聞く。
“子供の前では極力仕事の話はしない”
これが、愛と耕介が暗黙の了解のうちに立てた約束だった。
子供が眠っている今ならば、愛は耕介と対等に仕事の話が出来る。
しばらくの間、車内は車の駆動音だけが響いていた。
やがて――
「……6年前の事件の時、俺達は“あれ”を使ったよな?」
「…………はい」
「だからだよ。『龍』の復活は下手をすれば人類の存亡に関わる事態だ。6年前の戦いで、俺達は奴らの力を嫌というほど目の当たりにした。戦えはしたけれど、“あれ”なしでは勝てなかった。そして今度の敵は戦えすらしない。もしかしたら、“あれ”すらも通用しないかもしれない」
いつになく弱気な耕介。
こんな耕介を見たのは、6年ぶりのことだった。
そこで愛は、はたと気付いた。
何故、ここまで耕介が彼らのことにこだわっているのか。
その理由を愛は……否、当時のさざなみに所属、ないし協力していた者はみんな知っている。
「…………まだ、“あの事”を?」
「忘れられませんよ。“あんな事”」
悲痛な面持ちの耕介。
その表情を前にしては、愛は何も言えなかった。
寮に帰ってから、愛は一言だけ耕介に告げた。
「“春原さん”の事、あんまり思い詰めないで下さいね」
耕介を励ますためなのか、「浮気は嫌ですよ」なんて付け加えて。
しかし、その気遣いすらもが、今の耕介には苦痛だった。
「すまない。相川君……」
――6年前、当時少年であった彼に、何度となく言った台詞。
耕介の心の闇は、本人さえもが想像しえないほど、深いものだった。
――海鳴市・海鳴大学病院――
デルタハーツのメンバーは定期的に健康診断を行なっている。
仮も人を守るために戦っているのだから当然の事であるが、やはり『病院』という単語そのものにアレルギーを示す人もいるようで……。
「嫌だ〜! 嫌なのだ〜!」
「み、美緒ちゃん離れて〜」
まるで猫のように柱にしがみ付く美緒。
そして、それを必死に剥がそうとしている那美。
やや幼児退行している美緒に苦戦している那美を、助ける人はいない。
というより、この2人の様を見ていた他のメンバーは、真雪の「アホらし」の一言でさっさと自分達の検査を終わらせに行ってしまったのである。
ちなみに、何がここまで美緒の恐怖を掻き立てるかというと、幼い頃に無理矢理歯医者に連れて行かれたという経験からもあるのだが、10歳の頃、たまたま当時の寮生……仁村知佳の定期検診に着いていった時に、誤ってバリウムを飲んでしまったのが原因であるらしい。
「あたしは健康なのだ〜。だから検査なんて必要ないのだ〜」
「そ、そんな事言わないで〜」
当人達からすれば必死の攻防なのだろうが、端から見たその光景は、子供同士がじゃれ合っているようにしか見えない。
一足先に検査を終えた舞は、そのほのぼのとした光景を見て微笑んでいた。
「……なぁ、ボウズ」
不意に真雪に声を掛けられ、リスティは思わず身構えてしまった。
真雪がこうやっていきなり話し掛けてくる時、大抵良い思いをした事はない。
そういった、過去の経験からなせる行為である。
しかし、今日の真雪の、いつもとは違ったトーンの口調に気付いて、訝しげな表情を浮かべた。
HGSであるリスティは人の心を読む事が出来る。
しかし、今は検査のために特殊な薬品を飲んでおり、その能力の1割も使えない状態だ。
真雪の真意が、読めない。
「なに?」
「お前、今でも耕介のこと好きか?」
「なっ!?」
途端、リスティは赤面し、指先で弄んでいた煙草(無論、火は点いていない)を落としてしまった。
「な、ななななな何をいきなり言っているんだ?」
「そんなに慌てることないだろうが」
しれっとした真雪の言葉。
リスティは、自分でも気付かぬうちに黙り込んでいた。
真雪やリスティだけでない。
6年前の戦いを共にしたさざなみのメンバーはみな耕介に好意を寄せていた。
那美の姉であり先代のデルタブルーである神咲薫も。
今でこそ『天使のソプラノ』まで称される歌手……椎名ゆうひも。
ただ、その中で愛の想いが実っただけ。
そう、ただそれだけなのだ。
少なくとも、リスティはそう認識していたし、そう考える事で自分を抑えていた。
「お前はいいよ。恋人や結婚とまではいかなくとも、家族として、一緒に暮らしてられるんだからな。でもな――」
「――中には、未だに耕介のことが忘れられずにいる奴だっているんだ」
真雪の独白に、リスティは口を覆った。
真雪は昨夜交わした愛との会話を思い出していた。
『愛……』
『ま、真雪さん!?』
『聞きたいことがある』
『あ、はい』
『耕介の事だよ』
『耕介さんの……?』
『ああ。この間、針龍が街で暴れ出した時に耕介の奴、居なかったろ?』
『は、はい。でもそれは調べ物があったからで……』
『あいつは調べ物があったからといって、自分の仕事を投げ出すようなちゃらんぽらんな奴じゃない』
『真雪さん…』
『頼む! 教えてくれ。あいつはいったい何に囚われているんだ?』
そして知ってしまった。
耕介が何故、ああも『龍』に固執する理由を。
そして認識してしまった。
愛には話して、自分には何も話してくれなかったという事実を。
「くそっ!」
苛立ちを紛らわすかのように、真雪はズボンのポケットから煙草の箱を取り出すと、禁煙にも関わらず吸い始めた。
――????――
「“華龍”よ。華龍は何処におる?」
「お呼びですか大祭司」
仮面の大祭司の呼びかけに、セミロングの長い黒髪の女性が現われる。
華龍と呼ばれた彼女は、大祭司の顔を見るなりその表情を読み取って驚愕した。
「まさか、針龍が……」
「うむ。あやつとて腐っても“龍の民”……それも“龍臣”だ。それを倒すとなれば――」
「相手はかなりの実力者ですね」
「うむ」
針龍は彼らの中でも最も弱い龍だった。
実力こそあるものの、感情表現が豊富で、落ち着きがない。
それは彼らが崇める“神”への信仰の強さゆえなのだが、1回目の戦いではそれが傷となった。
そして、2回目の戦い。
「今、針龍を倒した者の情報を“角龍”に集めさせている。華龍よ、汝に命ずる」
「はい」
「針龍が行なっていた『断魂の儀』、を汝が行なえ」
「承知いたしました」
答えて、瞬時に華龍の気配がその場から消える。
辺りに散らばる、薔薇の花弁。
大祭司はそれを見ながら、細く微笑んだ。
――海鳴市・藤見町――
のどかな町内を、1人の老人が歩いている。
また別の所では、煙草を吸いながら空を見上げる青年もいる。
学校帰りなのだろうか。
小学生達はアイスキャンディーを片手に談笑している。
平和。
まさにそんな表現がぴったりくるような光景。
だが、そんな状景を打ち壊すかのように、彼女は現われた。
「……“戦闘体”、移行」
静かに、そしてたった一言。
それだけで、彼女は異形の怪物へと変貌した。
その姿を例えるならば、人と龍と…………薔薇。
「ああっ!」
不意に、そんな声がした。
ラーメン屋のバイトなのだろうか。
出前中と思わしき少女は、彼女の変貌を見ていたようで、信じられないといった様子で口を覆っている。
だが、その行為はもう――
「……え?」
痛みは感じなかった。
ただ一瞬、閃光が走っただけ。
少女が最後に、その網膜に焼き付けた像は、茨の鞭を持った怪人の姿だった。
――稲神山・山中――
『あの、6年前の惨劇が再び起きてしまいました』
携帯テレビに映るニュースを見ながら、不破は感慨深げに苦笑した。
画面に映っているのは変貌した自分の姿。
画面の下の方に赤い字で書かれた、『謎の怪物出現!』などというテロップが目立つ。
「一応、ネメシスと名乗ったんだがな」
期待などしていない。
何も知らない民間人から見れば、針龍も自分も化け物であり、その化け物と戦う力を持ったデルタハーツや警察すら脅威の怪物でしかないのだ。
次々に映されるインタビュー映像。
その中に、中学生と思わしき緑髪の少女が映ったところで、不破は思わずスイッチを切った。
「……辛いか?」
男の声。
振り返って、不破は彼を直視する。
「辛くないと言えば嘘になります」
やや自嘲気味に笑って、青年は答える。
男は無言のまま携帯テレビのスイッチを再び押す。
『臨時ニュースをお伝えします。海鳴市、藤見町近辺で未確認生命体が出現しました! 付近住民には避難勧告が発令され――』
速報を見るなり、不破はXR250の元へと走り出す。
まだ昨日の痛みは残っているが、この際我が侭は言えない。
“ブォォォォォオオオンッ!”
耳に残るバイクの排気音を聞きながら、男はフルートを手に取った。
曲名は――ベートーベン、悲槍ソナタ。
――海鳴市・さざなみ女子寮――
「耕介さんっ!」
病院のテレビで未確認生命体出現の報せを知り、慌てて戻ってきた那美達。
司令室でモニターを見ていた耕介は、彼女達を一瞥してから、席に着かせた。
彼女達の言いたいことは、分かっている。
「デルタスーツの修復、強化にはまだ時間がかかる。科学班の月村技士に頼んでるけど、あと24時間は待ってくれって言ってる」
耕介の声に、少女達の顔に絶望の色が浮かんだ。
誰もが、スーツ無しで勝てる相手ではないことを悟っていたからだ。
「……それでも、わたしは行きます」
那美の言葉に、舞が、美緒が、頷く。
何か言いたげな耕介を制して、リスティがなにやらジェラルミン製のアタッシュケースを、どこからともなく転送する。
病院で投与された薬の影響がまだ残っているのだろう。
その顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。
「本当はいけないんだけどね」
そう言って、ケースを開けるリスティ。
中には、5丁の拳銃と、それに対応したマガジンが収納されていた。
これまでリスティが、過去の事件で押収してきた不法所持拳銃の一部だ。
「効果はなくても、牽制ぐらいにはなる」
リスティの言葉に、みなが頷き、それぞれケースに収められた拳銃に手を伸ばす。
伸びた腕の数は……4本。
そこで耕介達は初めて気付いた。
真雪が――
真雪の姿が、ない。
「……真雪さんは?」
耕介の言葉に、みなが辺りを見回す。
「真雪さん……」
胸中に得体の知れない不安を抱えながら、耕介は彼女の名を呟いた。
さざなみ地下基地の奥にある武器庫。
ここには、デルタハーツの使う超兵器から拳銃や突撃銃などの通常兵器。過去に使用していた物までもが保管されている。
真雪は武器庫に入るなり、目当ての物を見付けると、それを左手首に巻いた。
――それはブレスレットだった。
中心に、黄色い宝石のような物が安置されている。
お世辞にも綺麗とは言い難いそれの感触を確かめながら、真雪は走り出す。
(耕介……お前が6年前の事を引き摺ってんのなら、あたしが……)
己の内に秘めた恋心と、決意を背負って。
(あたしが決着をつけてやるッ)
彼女は――
(そしたら……そしたら……)
己の戦地へと向かう。
(少しは、あたしのことも頼ってくれよな)
――海鳴市・藤見町――
「ぅっ……く…………!!」
衝撃。
たった一度のパンチ。
それだけで、小柄な少女の体は吹っ飛んだ。
「晶っ!」
後ろの方から自分を呼ぶ声が聞える。
城島晶という少女は、今、まさに命の危機に瀕していた。
目の前にいるのは1体の怪物。
晶は知らなかったが、華龍という名のそいつは、晶の予想を大きく上回る速度の拳を放つ。
100メートルを数秒で走り抜けるであろう速度の接近。攻撃。
咄嗟の判断で回避をしようとするも、体の反応が追い付かない。
「ぐっ……がぁっ……」
衝撃が体を突き抜け、痛みとなって晶を襲った。
明らかに手加減された、不自然な姿勢からの攻撃。
薄れゆく意識の中、晶の胸中には悔しいという感情すら浮かばなかった。
「次はあなたかしら?」
華龍の言葉に、棍を構える緑髪の少女……鳳蓮飛。
周囲からは「レン」の愛称で親しまれている彼女は、今目の前で気を失った友人の姿を見て、体が震えるのを感じた。
華龍の殺戮が始まって20分。
藤見町、ひいては海鳴市全域に警報が発令されるのはその10分ほど前なのだが、夕食の買い物を終えた晶とレンは、居候先である高町家に向かっている最中にその光景を見た。
「あらあら、可愛いお嬢さんね」
あの、淫猥かつ、戦慄を感じされる声が思い出される。
パワーやスピードといった、器の性能ではない。
圧倒的な実力差から生じた恐怖という感情を、レンは必死に押し殺した。
先に緊張を解いた晶も、この様である。
「あなたも武道家なのね……残念だわ」
懐から薔薇を取り出し、一瞬のうちに茨の鞭へと変化させる。
棍のような直線攻撃しか出来ない武器がもっとも苦手とする、曲線攻撃を可能とする武器。
「なまじ中途半端に強いと、顔に傷が残っちゃうわよ」
微笑んで、華龍は一気にレンの元へと接近する。
「くっ!」
並外れたレンの動体視力でも、何か影のようなものが動いたとしか見えないほど速い。
“ガォォォォォォォ!”
――と、その瞬間、1台の車が2人の間を縫って割り込んだ!
スープラJZA70。
名車セリカXXの血を色濃く受け継いだ、バイオレンスマシン。
その暴力的な加速からなされるドリフトは、瞬く間に華龍を跳ね飛ばす!
「……へ?」
一瞬、何が起こったか分からないレン。
だが、スープラから出てきた人物の顔を見て、レンは驚愕の表情を浮かべた。
「ま、真雪さんっ!?」
仁村真雪。
自分達の知り会いが数多く集う、さざなみ女子寮の古株。
彼女が何故、ここにいるのか、レンには分からなかった。
「レンちゃん、晶ちゃんを車の中へ」
「あ、は、はい!」
言われて、倒れている晶を引き摺りシートに寝かせる。
大丈夫。脈はある。
それを伝えようと、レンは真雪を見る。
そして、彼女は戦慄した。
真雪の瞳に宿った決意と殺意に。
「これ以上、好きにはさせない。……あたしのためにも、耕介のためにも……」
そう言って、彼女は右手を掲げる。
「三心装着――っ!」
人を慈しむ優しき想い。
何の変哲もない日常をともに暮らしたいという願い。
そして、何かを守りたいという、強い意志。
今の彼女に、それらはあるのだろうか?
「イエローハート……マユキ!」
3年間に渡り、かつて耕介達が愛用していたスーツ。
黄色い、太陽の光を宿した戦士は名乗りを上げて疾走した。
「イエローセイバーッ!」
6年ぶりに握る剣の感触を確かめつつ、イエローハートは華龍へと斬りかかる。
“ギンッ!”
「!?」
目の前で起きた現象に、真雪はマスクの中でまばたきをする。
華龍の持っていた鞭はたちまち硬質化し、イエローセイバーと同等、もしくはそれ以上の硬度を有する。
“ガッ…キィンッ…ギャッ………ヂッ……”
打ち合うこと数十合。
イエローハートは、徐々に押されていた。
旧式のスーツを使っているせいもあるだろう。
しかし、それ以上に――
(こいつ……強い!)
先日戦った針龍などとは、比べ物にならない強さ。
一見、五分五分の戦いをしているように見えるが、状況は圧倒的に不利だった。
……華龍は、手加減をしているのだ。
徐々に打ち込む力が強くなっていく。
まるで、どの程度までならば自分が耐えられるか、測っているかのように。
「この程度なのかしら?」
「くっ……だぁっ!!」
全身のバネを最大限まで緊張させ、解き放つ、イエローハート最強の一撃。
「!」
それを捌こうとして、華龍の茨の剣に亀裂が走った!
「これは……」
「へっ、残念だったな」
真雪は何も、計算無しに打ち合っていたわけではない。
相手の武器の一点に、攻撃を集中していたのだ。
その結果が、これである。
「……なるほど、少しは楽しめそうね」
そう言って、鞭を投げ捨てる華龍。
先日のネメシスの一件のせいだろう。
武器を捨てた華龍に、イエローハートは身構えた。
刹那―――
「!?」
イエローハートの胸を、衝撃が襲った。
内部からの衝撃ではない。明らかに、外部からの攻撃。
慌てて胸元を見てみると、そこには一枚の薔薇の花弁が貼り付いていた。
「“鮮血薔薇”……。薔薇の運命に眠りなさい」
穏やかで、まるで聖母を思わせるかのような声。
舞い散る無数の花弁が当たるたびに、イエローハートは傷つき、ダメージを受けていく……。
「ぐっ…がっ……ああっ………痛っ…………」
言葉の間隔が長くなっているのは、敵の攻撃が緩まっているからではない。
敵の攻撃が激しすぎて、声を出す暇すらないのだ。
「あああ――――っ!!!」
いつしか、イエローハートのスーツは脱げていた。
あまりの衝撃に、スーツ自体が対消滅することで装着者を守ったのである。
「……期待はずれね」
華龍の呟きにも、真雪は答えない。
攻撃の合間に手放してしまったイエローセイバーを手に取り、立ち上がる。
「絶対に、負けるわけにはいかねぇんだよ!」
絶叫。
疾走。
徐々に2人の距離は縮まっていく。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「遅い……」
斬撃を躱した華龍の手刀が、真雪の心臓を――。
“ガッ! ガッ! ガッ!”
「……なぜ、邪魔をしたのかしら?」
「貴様がその人を殺そうとしていた。理由はそれだけで充分だ」
「なるほど、明瞭な答えね」
左腕に刺さったニードルを引き抜き、華龍は微笑む。
心臓ではなく、脇腹を抉られた真雪はぐったりとして動かない。
息はあるようだが、危険な状態だった。
不破はそれを見ると、レッドスターから降りて、華龍と向き合う。
「お師匠……?」
その容姿に、愛する師の面影が重なって、戸惑いがちに呟く。
サングラスを掛けた不破は一瞥すると、静かに精神を集中させる。
そして――!
「……変身!」
胸の紋章は紅蓮の紅。
大きな複眼は悲哀の蒼。
全身を覆う装甲は絶望の闇。
仮面に走った2本のラインだけが、申し訳程度に彼の心中を映し出す。
そして、腰に携えた二振りの小太刀!
その姿はまさしく――――
「鬼……?」
「グォォォォォォォォォォオオオオオオッッ!!」
漆黒の復讐鬼は、咆哮する。
彼の者の名は――
「仮面ライダー……ネメシス!」
海神オケアノスの娘にして復讐の女神……ネメシス。
「そぅ…あなたが針龍を……」
目の前の鬼が針龍の仇だと知り、華龍の気配がイエローハートと戦っていた時のそれとは明らかに変化する。
最初から、本気の眼だった。
「“鮮血薔薇”!」
襲いくる無数の花弁。
ネメシスは小太刀を鞘から抜き、時には捌き、受け、流していく。
ほとんど質量ゼロに近い花弁を次々に切り払うネメシスの技量は、尋常の剣士のそれではない。
そのうちの何枚かはネメシスの体にへばりつき、衝撃を発したが、単発の威力は微々たるもの。耐えられないほどではなかった。
小太刀を振るいながら、ネメシスは次なる一手のための布石を投じる。
「……ワイヤー?」
注意して見ねば分からないほど細い、ワイヤー。
それが華龍の体に、十重二十重と巻き付いている。
無論、華龍の力ならば簡単に引き千切ることは出来る。
しかし、その瞬間は完全に無防備と化してしまうだろう。
「……ここから離れさせてもらうぞ」
レッドスターに乗り、呟くネメシス。
華龍の背中に、衝撃が走った!
「なっ!?」
「このまま一緒に来てもらう」
フロントカウルに叩き付けられ、そのまま運ばれる華龍。
攻撃出来ないこともないが、明らかに時速500キロ以上は出ている。
これだけの速度で迂闊なことをすれば、自身にも被害が及びかねない。
ネメシスと華龍は、瞬く間に離れていった。
数十分後。
レンの通報により、現場には1台の救急車が到着した。
病人ではない。怪我人を運ぶためだ。
1人は自分の親友。
そして、もう1人は――
「真雪さん! しっかりしてください! 真雪さん……っ!」
揺さ振る愛の声。
しかしそれすらも、今の真雪には聞えない。
「真雪さん! 眼を開けてくれよ!! 真雪さん!」
傍らで手を握る耕介。
その手の温もりすらも、今の真雪には届かなかった……。
次回予告
仲間を欠いた戦士達。
しかし、龍は容赦なく人々の魂を東の空へと送り届ける。
戦いの中で、少女がした決断とは?
「耕介さんっ!ブレスレットを貸してください!」
次回
Heroes of Heart
第四話「新生」
設定説明
“デルタスーツ・新”
現在デルタハーツが使用している強化スーツ。
スーパー戦隊のスーツとしては中期型(汎用性が高い)の発展系。
0.5mmという超極薄のスーツながら、44マグナム弾をも弾き返す耐久性をもつ。
また、スーツ内部にレイアウトされたパワーレギューターによって通常時の10〜20倍のパワーを出すことが出来る。
ブレスレット状のアイテムから射出され、装着される。
“デルタスーツ・旧”
7〜5年前にかけて、耕介達が使用していた旧型のスーツ。
出力そのものは那美達の物と大差ないが、防御性能と運動性の面で劣る。
共通武装は新型スーツと同様。
龍魔
『龍』の戦闘員。
『龍』の中でも最下級に位置する集団だが、その戦闘能力は常人よりも遥かに優れ、パワーだけならば常人の5倍をマークする。
反面、高度な知性的行動は出来ないものの、生命力が強く、デルタハーツの武器でも倒すのには時間が掛かる。
移動手段
とらハ本編では、様々なキャラが自分の愛車をもっているが、CGなどで確認できるのは、唯一、愛さんのMINIクーパーだけである。
なので、各キャラ(とくに免許持ち)の連中の移動手段を、作者の独断と偏見と趣味で決めてみました。
一応、現在までの登場キャラで、決定済みなのが以下の通り
車の方
愛……ROVER MINIクーパー
真雪……TOYOTA スープラE−JZA70
バイクの方
耕介……KAWASAKI ゼファー1100(黒)
不破……HONDA XR250(黒)
〜あとがき〜
どうもタハ乱暴でございます。
Heroes of Heart第三話、お読みいただきありがとうございます。
最初に言っておきますが、
「俺は真雪さんのことが嫌いなわけじゃないですからね!!!」
本話での真雪さんの扱いは特撮ファンから見れば燃える展開かも知れませんが、普通(?)のとらハファンから見たら「これはとらハか!?」ってなもんですし。
まぁ、全編にわたって「これはとらハか!?」なんですけどね。