これまでの仮面ライダーディケイドは!
「……アセリアの世界か」
◇
「まさか、守ったっていうのか……ディケイドが、子どもを?」
「破壊者が、子どもを守っちゃおかしいか?」
◇
「この世界の仮面ライダーは、別名エトランジェとも呼ばれています」
◇
「柳也、お前はいま、どこで何をしているんだ……?」
◇
「やぁ、佳織ちゃん。久しぶり」
◇
「桜坂柳也、ラキオス王国軍軍規に乗っ取り、軍を脱走したお前を確保する」
「……そっか。俺は、そうなっているのか。まぁ、当然だわな」
◇
「すべてのライダーを滅ぼす悪魔。……いいぜ。あんたとなら、面白い戦いが出来そうだ」
「抜かせ。……変身っ」
◇
「申し訳ないが、俺の方はタイム・オーバーだ。俺の都合ばかりで申し訳ないが、早々に、ケリ、着けるぞ」
「つぅ……いいぜぇ。こっちも、終わりにしてやるよ」
◇
【Final Attack Ride. KA KA KA KABUTO !】
立ち上がったカブトの右足に、ディケイドライバーが生成したタキオンの波動が集中した。
カブトとガタック。
静かに睨み合う、青と赤の眼差し。
ガタックが地面を蹴り、カブトが、左足を軸に、右足を回し放つ。
「ライダーキック!」
【Rider Kick !】
天から襲うガタックの回し蹴り。
地に旋風を巻き起こす、カブトの回し蹴り。
タキオンの波動が激突し、そして、爆ぜた。
・
・
・
両者が戦闘を行っていた時間は、通常空間で生きる者達から見れば、僅か数秒間に過ぎなかった。
カブトとガタック。
二人が同時に放ったライダーキックは黄金の閃光を放って激突し、それぞれの身体に少なからぬダメージを与えた。
衝撃でクロック・アップ状態が解け、ガタックは柳也に、カブトはディケイドへ、そして士の姿へと戻ってしまう。
互いに凄まじいエネルギーの奔流を浴びた両者はその場から弾け飛び、地面を転がった。
「ぐ……うぅ……」
「がぁ……はあっ……!」
互いに地面をもんどり打って転がった二人は、ともに苦悶の絶叫を唇から迸らせた。
特に、士のダメージが酷い。振り返ってみれば今日は二度の戦闘の中で、威力を減衰させたとはえイクサのブロウクン・ファングの直撃を受け、その後にライダーキックを打ち合ったのだ。肉体にかかる負担は、並大抵のものではなかったろう。
「士!」
「士君!」
変身を解いたユウスケと夏海が、士のもとへと駆け寄った。
彼自身は痛みを堪えているつもりのようだが、顔を歪め、右足を両手でさするその様子は、尋常な痛がりようではない。
慌ててユウスケがスラックスの裾をたくし上げると、士の右足は真っ赤に腫れていた。ディケイドのスーツ越しでこの有様だ。生身のままで直撃を受けていたら、どうなっていたことか……。頭の中をよぎった想像に、ユウスケは顔を青くした。
「桜坂先輩っ!」
他方、柳也のもとへ佳織が駆け寄っていった。
悠人も義妹に習って柳也のもとへ近付こうとするが、なにぶん、彼自身のダメージも大きい。いまだ這って移動する身では、迅速な移動など望むべくもない。
佳織はそんな兄の分まで柳也を介抱しようとして、
「触るなッ!」
と、伸ばした手を拒絶された。
いかに手負いの身とはいえ柳也は男で、佳織はまだあどけない少女だ。腕力の差は歴然としている。
佳織の手を強引に払い除けた柳也は、痛む右足を押さえながら、凄絶な形相で立ち上がった。
額からは脂汗を流し、血が滴るほどに下唇を噛んで、佳織を睨む。
「言った、はずだ。……俺はまだ、捕まってやるわけにはいかない!」
右足を引きずりながら、柳也は佳織達に背を向けた。
慌てて佳織が追おうとするが、空中より飛来したガタックゼクターが、少女の行く手を阻む。
「やっ、あっ、ああっ。ま、待ってください、桜坂先輩!」
「ガタック……良い子だ」
空中を得意気に旋回して佳織を撹乱する相棒に頼もしい笑みを浮かべ、柳也は口笛を吹き鳴らした。
直後、あらかじめ付近に待機させておいたのか、一台のオフロードバイクが戦場へと駆け込んできた。無人で。仮面ライダーガタックのもう一人の相棒……ガタックエクステンダーだ。ガソリン・エンジンとイオンエンジンのハイブリットで、最高速度は時速四一〇キロ。ガタックゼクターを中継した遠隔操作による無人走行が可能で、イオンエンジンの回転数を最大にしたエクスモードでは、飛行すら可能とした。
自分のもとへやって来たガタックエクステンダーに跨った柳也は、青色吐息、土気色の顔で悠人達を見た。
「昔の好と、剣を重ね合った仲だから、忠告しておいてやる。悠人、佳織ちゃん……それからディケイド、悪いことは言わん。お前達も、ラキオス王国軍にはこれ以上深入りするな」
「なに?」
「この国の中枢には、化け物が巣くっている。ぼやぼやしていたら、それこそ後ろからバッサリだぜ?」
「それは、どういう意味……」
「忠告は、したぞ」
なおも問いかけようとする悠人の言葉を遮るように、柳也はきっぱりと言い切った。
エクステンダーのスタンドを上げ、ギアをチェンジ。逃走のために初動から四速で、鋼鉄の暴れ馬の躍動を身体全体で抑えながら、タイヤを滑らせた。
「ま、待て!」
唯一の五体満足、戦闘可能なユウスケが愛車トライチェイサー2000に跨るが、もう遅い。
ユウスケがスターターボタンに指をかけたその時には、青の装甲のマシンは何処かに消え去っていた。
仮面ライダーディケイド
第21.8話「絆 Aパート」
戦闘が終わり、傷を負った士と悠人は、ひとまず王国軍の医務室へと運び込まれた。
外科医療の技術が確立していない有限世界では、実際の治療は基本的な内科療法に終始する。
軍医の調合した内服薬を飲み下した士と悠人は、薬に含まれていた睡眠促進剤の作用もあって、ベッドに横になるやすぐに眠りこけてしまった。
そんな病室の外では、ユウスケ達が軍医から二人の容態について詳しい説明を受けていた。
白衣を着た彼の説明によると、どうやら二人の傷は致命傷に至るような代物ではないらしい。
「お二人とも流石はエトランジェ様ですな。ライダーの装甲の作用もあるのでしょうが、攻撃のダメージが最小限になるよう、咄嗟に身を捻っていたようです。意識しての運動ではないでしょう。本当に咄嗟の、反射的な行動だったと思います」
「それで、お兄ちゃん達の回復は……」
「傷自体は全治一週間といったところでしょうか。疲労だけなら、半日もあれば回復すると思います」
「良かったぁ」
軍医の口から二人の命に別状はないと聞かされて、佳織は泣き笑いの表情を浮かべた。
聞くところによれば高嶺兄妹の両親はすでに他界しているらしい。下手をすれば残されたたった一人の家族が失われかけたのだ。兄の無事を知った佳織の反応は、決して大袈裟なものではなかった。
「……それで、士君達とはいつから話が出来るんですか?」
喜びのあまり冷静さを欠きつつある佳織に代わって、夏海が訊ねた。
言葉は悪いが、ライダーの士が傷を負って倒れるのはよくあること。むしろ夏海にとっては、彼の声が聞けるかどうかの方が重要だった。
「いまは薬の作用で眠っていますが、二人とも基本的な身体機能は高い水準にありますから、二時間の内には目覚めるかと」
身体能力が高いということは、薬の効き目が薄いということでもある。三十代半ばと思しき軍医の彼は、「まったく、エトランジェ様は医者の天敵ですな」と、苦笑をこぼしながら言った。
その時、
「ふむ。それは吉報じゃな」
と、しわがれた男の声が三人の耳朶を撫でた。
振り向くと、恰幅の良い体格と、豊かな白髭が特徴的な初老の老人が、こちらに歩み寄ってくる姿が映じた。見るからに高級そうな生地で仕立てた、ラクダ色の法衣を身に着けている。どうやら王国軍の重鎮のようだが。
「へ、陛下!」
その姿を目にした途端、白衣の軍医がしゃっちょこばった。佳織も、慌てて目元を拭い姿勢を正す。
四人の前に現われたのは、ラキオス王国軍の最高司令官にしてこの国の最高権力者、ルーグゥ・ダィ・ラキオス王その人だった。
ユウスケと夏海は驚いていた。薄々、その容姿から重要な役職にある人物に違いないと見当付けていたが、まさかこの国の国王とは。しかもそのような要職にある人物が、わざわざこのような場所にやって来るとは……二重の意味での、驚きだった。
世界を巡れば、色々な人と出会う。大企業の社長とも出会ったことのある二人だが、王様というのは初めてのパターンだった。
「みな、楽にしてくれて構わぬ」
やって来たラキオス王は皺の寄った顔に気さくな笑みを浮かべて言った。
そうは言っても相手はこの国の最高権力者だ。とりわけ、ラキオス軍に籍を置く佳織や軍医にとっては、まさしく雲の上の人である。緊張するなという方が難しい。
一向に身を硬くしたままの四人を見たラキオス王は、苦笑しながら軍医に訊ねた。
「エトランジェの容態は?」
「命に別状はありません。いまは薬で眠っておりますが、じきに目を覚ましますでしょう」
「そうか。よかった」
「あの、陛下……」
佳織が、おずおず、とした口調でラキオス王に話しかけた。
「もしかして、お兄ちゃんのお見舞いのために、陛下はここに?」
「うむ。それもある」
「それも?」
「うむ。実はな、先ほど、王国軍の幕僚達を集めて会議があったのだが、そなたと、エトランジェ・ユートに伝えねばならぬことが決まったのだ。……すまぬが、席をはずしてくれるか?」
ラキオス王は軍医を見た。中年の彼は国王の言葉に淡々と頷いて姿を消した。
佳織は怪訝な表情を浮かべて身構えた。その後ろでは、ユウスケと夏海もまた同様の態度を作っている。
人払いが必要な話とはいったい何なのか。どうやら、あまり耳ざわりの良い話ではないようだが。
「まず、会議の結果だけを伝えるぞ。此度の会議で、そなたらにエトランジェ・リュウヤに対する抹殺指令が下った」
「そ、そんな……」
ラキオス王の言葉を聞いて、佳織が悲痛な表情を浮かべた。
王国軍の人間からすれば柳也は目の前の戦いから逃げ出した脱走兵だが、佳織からすればもう一人のエトランジェは大切な幼馴染だ。
その、大切な彼を、自分達の手で殺せ、と正式な命令が下ったことに、佳織はショックを隠せなかった。
悲痛な表情を浮かべたのはラキオス王も同様だった。
彼は苦労の数だけ皺を刻んだ顔に憂いをたたえて言った。
「そなたの気持ちは分かる。聞くところによれば、エトランジェ・リュウヤはそなたの幼馴染だったそうだな? そんな相手を、自らの手で殺せなどと、あまりにも酷な命令だ」
「陛下、桜坂先輩は戦いから逃げ出したんじゃありません。きっと、何か事情があって……」
「うむ。余もそう思う。かの者がわが軍を脱走するに至った背景には、何か原因があるに違いない。しかしリュウヤがユートを傷つけ、あまつさえわが軍の兵でもないエトランジェに傷を負わせたのも事実だ。余は王国軍の最高司令官として、軍規にのっとり、エトランジェ・リュウヤを脱走兵として、国家反逆罪を犯した罪人として罰せねばならぬのだ」
そして、エトランジェに対抗出来るのはスピリットか、同じエトランジェである以上、柳也抹殺のお鉢は幼馴染の佳織に回すほかない。
「ラキオス王国軍最高司令官として命令する。エトランジェ・カオリ、脱走兵リュウヤ・サクラザカを、そなたの手で抹殺せよ」
苦渋の表情を浮かべたラキオス王は、佳織に言った。そして、一拍間を挟んだ後、彼は続けた。
「……以上が、ラキオス王国軍最高司令官としての、余の命令だ。そしていまからは、そなたと同様、エトランジェ・リュウヤの身を案ずる一個の男として、依頼する」
「依頼?」
非情な命令を与えられ、俯いていた佳織が顔を上げた。
「エトランジェ・リュウヤを、確保してくれ」
「確保、ですか? 抹殺ではなく?」
「うむ。そうじゃ」
ラキオス王は重々しく頷いた。
「幕僚連中はリュウヤを殺すことしか眼中にないようだが、あれほどの男が軍を脱走したのだ。何かよっぽどの理由があるに違いない。それを知るためにも、儂はあの男ともう一度話しがしたい。そのためには、まずあの男と二人だけになれる時間を作らねばならぬ」
「そのために、わたしに桜坂先輩を捕まえろ、と?」
佳織が、はっ、として表情を輝かせた。
柳也から事情を聞くことが出来れば、彼を死の未来から救うことが出来るかもしれない。
「頼めるか?」
「はいっ。任せてください」
佳織は小柄な体躯で精一杯胸を張った。
そんな佳織の肩を、にっこり、笑ってユウスケが叩いた。
「俺も協力するよ、佳織ちゃん。あの柳也って男、俺達にも忠告っていうか、気をつけろ、って言っていた。根っからの悪人じゃないみたいだしな。
……それに、彼をもう一度、君達の元へ帰すことが、この世界で俺達のやるべきことかもしれない」
「ユウスケさん……ありがとうございます!」
柳也が脱走してからは、悠人とともに孤独な戦いに神経をすり減らして過ごしてきたのだろう。ユウスケの温かい言葉に佳織は感極まって涙ぐんだ。
そんな二人を見て、ラキオス王もユウスケに頭を垂れる。折り目正しいその所作は、さすが一国の君主と思わせる凛々しさがあった。
「余からも礼を述べさせてもらおう。異界からのエトランジェ殿。感謝する」
「いいんですよ、王様。夏海ちゃんはどうする?」
「わたしも佳織ちゃんに協力します。当面は士君達の看病と、図書館通いになると思いますけど」
「図書館?」
夏海の口から飛び出したその単語に、ユウスケは小首を傾げた。
佳織に協力することと、図書館に通うことが、いったいどう関係するというのか。
はたして、夏海はユウスケの疑問に答えた。
「スピリットのことを調べてみようと思うんです。この世界にライダーが呼ばれるようになったのは、そもそもスピリットの暴走に原因がありますから。柳也さんの脱走と、何か関係してるかも」
「……そういえばたしかに、さっきも俺達を助けに来た、っていうよりは、スピリットを倒しに来たみたいだったな」
「ふむ。では、そなたには一人文官を付けよう。こちらの世界の文字は、少し特殊ゆえ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺は佳織ちゃんと一緒に桜坂柳也を探すよ」
かくして、各々の方針は決まった。あとは、それを実行に移すのみだ。
「じゃあ、とりあえずわたしは士君達のことを看ていますね。二人が起きた時、陛下の言葉をすぐ伝えられるように」
夏海はそう言って、二人が横たわる病室の戸を開けた。軍医の許可は、すでに貰っている。
戸を開けた夏海が、小さく悲鳴を上げた。
何事かと表情を強張らせたユウスケ達が、部屋を覗き込んだ。
負傷した二人のために用意された治療室には、ベッドが二つ並んでいる。しかしその二つともが、いまは無人だった。
開け放たれた窓から吹き込む風が、一同の頬を撫でる。
治療室には士の姿も、悠人の姿もなかった。
◇
病室を抜け出した士と悠人は、病人服からそれぞれ普段着に着替えると、重い体を引きずって、王都市街を彷徨い歩いていた。
遡ること僅か十分前、ライダーに変身する者の常として、身体能力の高い彼らは、尋常ならざる速さで麻酔薬の効果から脱した。
互いの無事を安堵し、喜び合ったのも束の間、二人は病室の外で交わされたラキオス王の言葉を聞いてしまった。
「此度の会議で、そなたらにエトランジェ・リュウヤに対する抹殺指令が下った」
ラキオス王が口にした非情な命令に、悠人はベッドから飛び起きた。途端、いまだ傷の癒えきっていない体が痛んだが、痛みに屈している場合ではなかった。
急いで友人を見つけなければ、彼が殺されてしまう。悠人の頭の中を支配していたのはただその一念であり、彼はすぐさま病室からの脱出を思い立った。そんな彼に、士は同行の意を示した。
「言っただろ? 俺も、その桜坂柳也と会ってみたい、って。会いはしたが、まだ、まともな話一つしていないからな」
かくして、病室を脱出した二人は王城を離れ、市街に降りていた。
「なんとかして、軍よりも先に柳也を見つけないと……」
「あの男の隠れ家について、何処か見当があるのか?」
「ああ。いくつかな。……いまはあいつもお尋ね者だ。下手な場所には隠れられない」
「ローラー作戦で片っ端から調べるぞ」
幸い自分達には、マシン・ディケイダーとイクサリオンという足がある。
二人は方針を固めると、遠隔操縦で二台のマシンを呼び寄せた。
◇
外見だけに目を向ければ、とても立派なお屋敷だった。
では内装は、と視線を巡らせると、洋館の中は荒れていた。人の手が入れられぬようになって少なくとも二年は経過しているだろう。床には埃の絨毯が敷かれ、壁も天井も著しく損傷している。人ではなくネズミやコウモリといった小動物の住処となって久しいらしく、室内は動物の死骸と糞尿の臭いとで、ひどい悪臭に浸っていた。
桜坂柳也はそれらの異臭に鼻腔を犯されながら、ゆっくりと瞼を開けた。
ほんの少しの休憩と思って床に横になっていたが、どうやら眠ってしまったらしい。左手に巻いた腕時計の針は、最後に見た時から二時間も進んでしまっている。
身を包む不快な臭いに顔を顰めた柳也は体を起こすと、ぐっ、と、身体中の筋を伸ばした。激しい戦闘を経験した後で、全身の筋肉が凝り固まっていた。筋を伸ばし、間接を伸ばし、最後に下肢の腱を伸ばそうとして、柳也は苦痛に顔を歪めた。右足を押さえ、その場にうずくまる。つい数時間前、ディケイドが変身したカブトとぶつけ合った右足が猛烈に痛んだ。
トラウザーズの裾を捲くってみると、くるぶしから膝までが青白く変色していた。さすってみると、異常に発熱していることに気付く。
傷ついた右足を眺めた柳也は、やがて、くすり、と微笑んだ。
「……強かったな、あいつ」
クロック・アップ状態の自分と互角に戦ったのもそうだが、なによりあの男はこちらの猛攻を受けていささかも怯まなかった。普通ならば、あれだけの斬撃を叩き込まれれば戦いを続行する気にもならないはずだ。それなのに、あの男は……ディケイドは、自分に立ち向かってきた。
「まるで、どっかの誰かさんみたいな、馬鹿野郎だよな」
呟いた柳也は、ほろ苦く笑う。
不思議と、ディケイドのことを思い出すと、戦友だった少年のことも思い出された。彼も……悠人もまた、恐がりで、弱虫で、戦うことが大嫌いなくせに、自分に挑みかかってきた。
自分を連れ戻そうと、自分と話をしたいと、圧倒的な実力差も顧みず、必死になって、真正面から向かってきた。
「……やばいな。すっげー、嬉しい」
柳也は喜色満面、涼しげに微笑んだが、すぐに小さく溜め息をついた。
「……ったく。俺は、王国軍からは離れろ、って言っただろうに」
柳也は億劫そうに右足を引きずりながら、側にあった窓を押し開けた。
有限世界にあって明らかに異質な、ガソリン・エンジンの駆動音が二つ、柳也の潜伏している洋館の方へと近付いてくる。
「ったく、馬鹿野郎が」
柳也は苦々しげに、しかしどこか嬉しそうに呟いて、屋敷の外に出た。
◇
洋館は、かつて王国軍がスピリット達の住居として利用していた兵舎だった。
もしかしたら柳也はそこに潜伏しているのかもしれない、という悠人の意見に、士は「なるほど。灯台下暗しってわけか」と、同意した。
聞くところによれば桜坂柳也という男は優れた戦士であると同時に類希な戦術家でもあるという。戦術とは、人間同士の高度な心理ゲームだ。怪しいところには身を置かず、むしろ、ありえないだろうというところに身を潜めている可能性はなるほど、高いかもしれない。考えを統一させた二人は、早速件の洋館へと向かった。
互いの相棒に跨って道を急ぐと、探していた男は、悠然と洋館の庭で待ち構えていた。
スロットルを絞り、ブレーキをかけて、二人はディケイダーとイクサリオンを停車させた。
「柳也……」
「よっ。さっきぶり」
柳也は人差し指と中指を立てた右手をに米神へ運んだ後、手首のスナップを利かせて一回転させた。どうやら、挨拶のつもりらしい。
悠人は顔をくしゃくしゃにした。友人の無事な姿を確認出来た安堵で、体中から力が抜けていくのを自覚する。
思わず柳也の方へと駆け出したくなる彼だったが、悠人は必死に胸の内から湧き上がる衝動を自制して、口を開くだけに留めた。
「ついさっき、王国軍内で、お前に対する正式な抹殺指令が下った」
「……そうか。ま、そりゃそうだよな。王国軍の最精鋭たるお前を傷つけちまったんだ。極刑は免れん」
「頼む。一緒に来てくれ。お前を死なせたくない」
「おいおい。その台詞は、王国軍のエトランジェが言うものじゃねぇぞ?」
柳也は苦笑をこぼすと、右手を掲げた。異空間ジョウントより飛来したガタックゼクターが、その右手にすっぽり、と収まる。
「残念だが、お前の言う通りにはしてやれない。俺にはまだ、やらなければならないことがある。俺の身柄を拘束したいなら、力ずくでこい」
「柳也……」
悠人は泣きそうな顔になった。
どうして……なんでこうなってしまったのか。頭の中で何度も湧き上がる疑問に、答える術を持つ男は、すでに戦闘意欲に燃えている。
「来いよ。今度は二人掛かりでもいいぜ?」
「いや、一人でやらせてもらうよ」
その時、その場にいた三人の耳朶を、別な声が叩いた。
涼しげなテノールの声のした方を振り向くと、すらり、とした長身の青年が庭の林から現われた。バイオレットカラーのVネックのTシャツの上にしろのカット・ベストを羽織り、同じく白のトラウザーズという活動的なファッションに身を包んでいる。
「海東」
士が警戒心を剥き出しに身構えた。嫌な奴と会った、と表情が語っている。
「やあ、士。また、僕の邪魔をしにきたのかい?」
端整で甘い顔立ちが、にこやかに微笑んだ。
海東大樹。士と同様世界を渡り歩く能力と手段を持った世界の旅人だ。連立するいくつもの世界に潜む“お宝”を狙うトレジャーハンターで、ディケイドとはこれまでに何度も激突した間柄にあった。
「海東……お前、何の用だ?」
「何の用って、愚問だね。僕の用件といえば、一つしかないだろう?」
「また、お宝か」
呆れたように呟いた士に、海東は微笑み頷いた。
それから、新たな闖入者の登場に警戒している柳也を見る。
「君が、桜坂柳也だね?」
「……ああ。そうだ」
柳也は僅かな沈黙を挟んだ後、首肯した。目の前の男の意図がいまいち把握できず、胡乱に彼を見ている。
「僕は海東。君のお宝をいただきに来た」
海東はそう言って青年が腰に差した大小を示した。
「肥後同田貫上野介。戦国時代の刀工、同田貫正国の作刀で、市場での価格はアベレージ三〇〇万。いわく付きや有名人の愛刀の場合は付加価値込みで一五〇〇万は下らないお宝だ」
「……こいつに目をつけるとは、なかなか物の価値が分かる男じゃないか」
柳也は冷笑を浮かべた。庄内拵えの鞘を軽く叩き、目の前の青年を睨みつける。
「けど、こいつはくれてやれねぇよ。父の数少ない形見の品なんでね」
「勿論、タダでよこせとは言わないよ」
海東は笑って言った。その手にはいつの間にか次元を超える能力を持った拳銃、ディエンドライバーが握られている。五〇口径の銃口を縦に二門搭載した拳銃は、武器としての役割の他に、士のディケイドライバーと同様、ライダーカードを読み取る機能を持っていた。
「聞くところによると、君は面白い戦いを望んでいるらしいね。僕がその望みを、叶えてあげよう」
【Kamen Ride.】
海東はディエンドライバーのスリットに一枚のライダーカードを挿入した。ディケイドライバーの時と同様、合成された電子メッセージが鳴り響き、海東に次の動作を要求する。
海東はディエンドライバーの銃口を天高く向けた。
柳也を見て、ひとりはにかむ。引き金を、引き絞った。
「変身」
【DI... ... END !】
ツイン・マズルから飛び出した赤い閃光が、花火のように空中で飛び散り、光のシャワーが降り注ぐ。
その爆心地に立つ青年は、特に動揺した様子もなく光の粒子を受け入れた。
異次元空間から飛び出したエネルギーが海東の身体を薄いヴェールとなって包み込み、青年を戦うための姿へと変える。重厚な黒の鎧と、空色の体表が特徴的な、仮面銃士だった。
仮面ライダーディエンド。世界の破壊者たるディケイドと対をなす、青のライダーだ。
「それじゃあ、始めよう。君の望む、面白い戦いをね」
ディエンドはディケイドと同様、多種多様なライダーカードを戦力の中核としている。
青の仮面騎兵は左腰のカードホルダーからライダーカードを一枚引き抜いた。ディエンドは『Kamen Ride』のライダーカードを使用することで、カードに示されたライダーを召喚、自らの戦力として使用することが出来る。ディエンドライバーに挿入し、またトリガーを引き絞った。
【Kamen Ride. GAOH !】
ツイン・マズルから飛び出した光が、異次元空間よりディエンドの僕を呼び出した。
赤錆びた赤銅色の装甲。大型の爬虫類を連想させる意匠の仮面。胸と肩、そして仮面から突き出した突起が、“牙”を思わせる。
仮面ライダーガオウ。時の列車ばかりを狙うさる盗賊が、神の路線を支配するマスターパスの力で変身した、すべてのものを喰い尽くすためだけに存在するライダーだ。
「君の相手は彼がしてくれるよ」
ガオウは右手に携えた鋸のような片手剣を掲げると、柳也を示した。
「お前か? 俺に喰われたい奴は」
「……ははっ。楽しい食事になりそうだな」
すでに青年の腰にはライダーベルトが巻かれている。そして右手には相棒のガタックゼクター。戦いのための準備は、すべて揃っていた。
「だが、喰われるのはお前さんの方だ。変、身っ!」
【HENSHIN !】
右手のガタックゼクターをセットアップレールに接続し、資格者認証。右腰のアポーツより、サインスーツと特殊合金ヒヒイロノカネ製の装甲が形成され、青年の姿は一瞬にしてガタック・マスクドフォームへと変わった。
「さぁ、面白い戦いを始めよう!」
柳也のその言葉が、戦闘開始の合図だった。
ガオウが鋸剣ガオウガッシャーを片手下段に構えたまま、ガタックに向かって突進した。
ガタックは両肩のバルカンで応戦。しかしガオウは、その重装甲を活かして弾幕の雨を突っ切り、逆に肉迫する。ガオウの手の中から伸びた一条の光線が、鋭く、掬い上げるようにガタックの胸甲を狙った。
「ちぃっ」
ガタックは身を捻って避けようとしたが、応じて、軌道を変更した刃の太刀行きの方が、僅かに速かった。
フリーエネルギーを宿した刃とヒヒイロノカネ製の装甲が激突し、火花が散る。凄まじい衝撃。反射的にガタックは後方へ跳躍し、衝撃を逃がそうとした。
「グゥ……ッ!」
地面を蹴った瞬間、右足に痛烈な痛みが走った。思わず、柳也は仮面の奥で顔をしかめる。ディケイドと叩きつけ合った右足が、またぞろ痛み出した。
ガオウの攻撃を跳躍して避けたガタックは、しかし、右足の痛みもあって上手く着地出来なかった。
右足を庇うあまり余分な力が左足に入りすぎてしまい、腰の重心が据わらず姿勢が崩れてしまう。膝こそ着かなかったが、そこに隙が生じた。
「やはり喰うのは俺の方だったようだな」
【Full Charge !】
フリーエネルギーを刀身に集めたガオウが、上段に構えた。必殺の一撃を、叩き込むつもりだ。
この状況を打破する方法は、一つしかない。
「キャスト・オフ!」
【Cast Off !】
電子メッセージがゼクターから響き、ガタックの装甲が剥離した。
秒速二〇〇〇メートルの速さで飛び散った無数の鉄塊が、猛然と走り寄るガオウの行く手を阻む。
ガオウは、一度は上段に構えた剣を八双に持ち変えるや、右へ左へ太刀を振るい、襲いくる鉄片の雨を払い除けた。
【Change STAG BEETLE !】
眼前の敵対者がそうしている間に、ガタックは第二形態への変身を完了した。
ライダーフォームに変身するや、彼はすかさず左腰のスラップ・スイッチを叩く。右足の痛みが無視出来ないレベルにある以上、長期戦は避けたい。そしてガタックというライダーシステムには、短期決戦をする上で最適の機能が装備されていた。
「クロック・アップ」
【Clock Up !】
高速戦闘機動へと突入したガタックは、右足に余計な負担をかけないよう歩いてガオウに接近した。
とはいえ、ガタックにとってはゆったりとした歩みも、通常空間に身を置くガオウからしてみれば超音速からの怒涛の接近だ。襲いくる装甲片の嵐に気を割く牙神に、対抗する術はない。
ガタックは悠々歩み寄りながら、両肩のダブルカリバーを合体。両の刃で、ガオウの身体をたばさんだ。傷ついたいまの右足では、ライダーキックは放てない。破壊に特化させたタキオン粒子のキック・バックのエネルギーは、あまりにも大きすぎる。
「ライダーカッティング」
【Rider Cutting !】
タキオンの波動が刀身に満ち、溢れ出した余剰エネルギーが放電現象を引き起こす。
柄を握る両手に軽く力を篭めた次の瞬間、ガオウの胴体が、真っ二つに切断された。
目の前で、火花が散る。
【Clock over.】
高速戦闘機動空間から、通常の時間軸に戻った刹那、ガタックの赤い複眼を、火砕流が撫でた。装着者の鼓膜を保護するべく、マイクによって調整された爆発の音が、小さく耳朶を叩く。切断と同時に注ぎ込まれた高出力のタキオンの波動が、原子レベルでの崩壊を早め、ガオウの肉体を爆発させたのだった。
必然、炎に飲み込まれるガタックだったが、ZECTの科学陣が総力を結集して完成させたライダーシステムにはさしたるダメージとならない。
業火の中心に悠然と立ったまま、彼はディエンドを見た。
「やはり、喰うのは俺の方だったな。いまの戦いは……ま、腹四分目ってところか」
ガタックは青の装甲で被覆された腹部を叩いて笑った。
顔が仮面で隠れていて良かったと、内心では安堵する。右足が痛くて、痛くて、たまらなかった。
――いよいよ耐え難いところまで悪化しやがった。こりゃあ、早くケリをつけないと……。
ヒヒイロノカネの仮面の下、額に脂汗を浮かべた柳也は右手を伸ばした。
掌を上に、人差し指から小指までを折る。来い、というジェスチャーだ。
「これじゃあ満腹には程足りん。あんたが来いよ」
「いやいや。それには及ばないよ」
しかしガタックの誘いを、ディエンドはやんわりと断った。
「僕の手駒は、まだ大勢いる」
ディエンドは左腰のカードホルダーから新たなライダーカードを取り出した。
仮面の下で、柳也の顔が苦渋に歪む。まるでいまの自分の状態を嘲笑うかのような態度だ。
「クワガタ虫には、やっぱりカブト虫だね」
ディエンドライバーのスリットにライダーカードを挿入し、トリガーを引き絞る。ツイン・マズルから飛び出した光弾が、また、新たなライダーを召喚した。
◇
病室で眠っているはずの二人がいなくなった。
この事態を受けたラキオス王は、しかし、いささかも慌てることなくその場にいたみなに言った。
「二人のエトランジェが儂の言葉を聞いて病室を抜け出したのは確実だ。問題はどこまで話を聞いていたかだが……ここでは最悪の事態を想定して行動するべきである」
「陛下、最悪の事態とは……?」
不安げな表情を浮かべる佳織の問いに、ラキオス王は重々しく頷いた。
「二人のエトランジェが、リュウヤを確保するために独自の行動を取った場合だ。儂も、ユートがリュウヤのことをいまも友と思っていることくらい見当がつく。ユートは何にも増して、リュウヤの安全を優先しようとするだろう。
もし、彼らがリュウヤの身柄を拘束し、身を隠すようなことになれば、ツカサ殿はともかくとして、ユートは軍律違反者となってしまう。そうなれば、儂としても擁護のしようがない」
王政国家のラキオスでは、国王は政治の最高権力者であり、軍の大元帥でもある。その大元帥が、明らかな軍規違反者を弁護出来るわけがない。
ましてや柳也は、いまや王国軍の人間に危害を加えた重犯罪者だ。その彼を庇えば厳罰は確実、下手をすれば極刑すら免れない。
「一刻も早く二人と合流し、その上でリュウヤを探す必要がある。カオリ、そしてユウスケ殿、儂に着いてきてくれ」
ラキオス王はそう言って、二人のエトランジェを王宮本殿の地下へと招き入れた。もう一人のエトランジェ……夏海は、当初の予定通り図書館へと向かった。
ラキオス王達三人は、地下へ地下へと伸びる長い廊下を歩き続けた。
「まず緊要なのはこの三人の間で連絡を密に取る態勢を作ることだ。残念ながら我が世界には、ユートやカオリらの言う“けいたいでんわ”なる物はないが、その代わり、エーテル技術を利用した通信装置がある。但し、これは高度な技術を使っている上、扱いが難しく、何より高価な代物だ。普段はこの城のエーテル変換炉の側でエネルギーを充電しつつ保管している」
「なるほど。いまからそれを取りにいくんですね?」
ユウスケは親しみの篭もった口調でラキオス王に問いかけた。
彼は、国王の立場にありながらユートやリュウヤのために尽力するラキオス王のことがすっかり気に入っていた。
「うむ。……エーテル変換装置も、通信装置も、わが国の最重要機密だ。ユウスケ殿、くれぐれも他言無用を願いたい」
「勿論ですよ、王様」
「感謝する。……着いたぞ」
やがて三人の前にいかにも頑丈そうな鉄の扉が現われた。
「この先にわが国の最重要施設、エーテル変換装置のメイン・システムがある」
ラキオス王が鉄の扉を押し開け、カオリとユウスケは思わず茫然と目を見開いた。
そこには、現代の科学技術の常識からすれば到底信じがたい、高度な技術が存在していた。
巨大な結晶が、宙に浮いている。材質はわからないが八面体で、半透明の蒼い輝きを放っていた。それを、これまた巨大な剣が貫通し、中心部で放電にも似た現象を起こしている。
円柱状の隔壁に囲まれ、回路図のような文様を刻んだ石がはめ込まれていた。天井には、結晶の美しさを冒涜するような、民家ほどの大きさがある不恰好な機械が繋がり、耳障りな稼動音を響かせていた。
いち早く正気を取り戻した佳織が、ラキオス王を見た。
「陛下、これが……」
「うむ。これが、エーテル変換装置の動力中枢だ。マナの結晶体を、第四位の永遠神剣で貫くことで、一個のシステムとしている」
「永遠神剣って、スピリット達が持っていた?」
ユウスケもラキオス王の顔を見た。白髭をたくわえた国王は、ゆっくり、と頷いた。
「うむ。ここにある神剣も、スピリット達の持つ神剣も、本質的に違いはない。……あるとすれば、神剣の持つ力の差くらいだ」
ラキオス王が、巨大な結晶体に向けて右手を掲げた。
するとその動作に呼応するかのように、結晶に突き刺さった永遠神剣が、紫色の光を放った。
光を帯びて、ラキオス王の影が細長く伸びる。
「永遠神剣第四位〈求め〉。聖ヨト王の治世から、この国を守り、動かしてきた。……わが王家が神より賜った、偉大なる神剣だ」
不穏な気配を感じた。
ユウスケは数多くの世界を巡ってきた経験から。佳織は、義理の兄と、幼馴染とともに駆け抜けた戦場での経験から。
二人は反射的に身構え、ラキオス王を見た。
正確には、その影を。
神剣の光に当てられて、長く伸びたラキオス王の影から、いくつものヒトガタが出現していた。
顔も、身体の輪郭も判然としない、黒いヒトガタだ。
しかし丸みを帯びたラインはやがてすべてが剣を携えた女の姿を取り、ユウスケと佳織の姿を見て、微笑んだ。
餌となる獲物を見つけた肉食動物のように、狡猾に、残忍に、好色に、笑って見せた。
青。赤。緑。黒。いくつもの視線が、二人を見つめていた。
「スピリット……!」
「陛下、これはどういうことなんですか?!」
咄嗟に音角を構えた佳織が、詰問口調を叩きつけた。
ラキオス王が悠然と振り返る。
「すまぬな。儂はそなたらに嘘をついた」
「嘘?」
「うむ。この場所に通信装置などありはしない。あれは口実でな。そなたらをこの場所に連れてきたのは人質にするためだ。そなたらには……サクラザカ・リュウヤをおびき寄せる、餌になってもらう」
変身の暇すらなかった。
ラキオス王の言葉を合図に、彼の影から出現した無数のスピリット達が二人に飛び掛った。
◇
【Kamen ride. BLADE !】
ディエンドが新たに召喚したのは、オリハルコンの鎧を身に纏った青いライダーだった。
仮面ライダーブレイド。一万年の古代より蘇った不死生命体に対抗するべく、人類基盤史研究所BORDが開発した仮面ライダー第二号だ。剣を用いた格闘戦に特化しており、不死生命体の能力を封印したラウズカードを最大の戦力としている。
「君と同じ、剣士タイプのライダーだ。存分に楽しんでくれ」
「……へっ。気を遣ってくれて、どうも!」
ガタックはダブルカリバーを構えて突進した。
こうなってしまった以上、勝負はやはり短期決戦で終わらせたい。そのためには、先手必勝が一番の作戦だ。左のマイナスカリバーで上段から斬りかかると見せかけて、右のプラスカリバーで胴を薙ぐ。そうやって、戦いの主導権を握る腹積もりだった。
ガタックの突進に応じて、ブレイドがベルトの左側に提げたホルスターより、己が愛剣を抜き放った。オリハルコンの刀身が、日の光を受けて、きらきら、と輝く。醒剣ブレイラウザー。ブレイド最大の武器であり、ラウズカードを使用するための端末でもある。
ブレイドは醒剣を八双に構えて、ガタックの攻撃を迎え撃った。
マイナスカリバーが上段より迫り、ブレイラウザーが斬撃を上に弾く。
必然、がら空きになった胴体を、プラスカリバーの本命が狙った。
確かな手応え。同時に、オリハルコンの装甲が火花を散らす。
のけぞった瞬間を逃すまいと、ガタックは何度も、何度もカリバーを振るい、ブレイドを攻め立てた。
しかし右足を庇うあまり踏み込みが浅く、思うような決定打とならない。
――クソ!
苛立たしげに、強く斬りつけた。
しかし、それが不味かった。
それまで一足一刀の間合を保ちつつ攻め立てていた距離が、開いてしまった。
その隙を衝いて、ブレイドはブレイラウザーのナックルガード部に収納されたオープントレイを展開した。オリハルコン・プラチナ製のトレイには、不死生命体の力を宿す十二枚のラウズカードが収められている。ブレイドはそのうちの一枚を引き抜くと、醒剣に搭載されたスラッシュリーダーにカードを通した。
【Slash.】
電子音声が鳴り響き、オリハルコンの刀身が眩い輝きを放った。
リザードスラッシュのラウズカード。五二体の不死生命体の中でも、特に切れ味の鋭い刃をその身に内臓しているリザードアンデットの能力を封印したカードは、ブレイラウザーの切れ味を何倍にも強化する効果がある。
「しゃあああッ!」
裂帛の気合を迸らせ、ガタックが迫った。
先ほどの仕切りなおしとばかりに、マイナスカリバーを袈裟に斬る。
応じたブレイドの右手が、一条の閃光を放った。
金属の打ち合う音…………は、鳴らなかった。
「なっ――――!」
驚愕に息を飲む。
振り下ろしたマイナスカリバーが、柄から二〇センチほどの部分で、すっぱり、切断されてしまった。
――ヒヒイロノカネの刃が砕けるならまだしも、切断されただと?!
驚愕に気を取られていたのは、僅かな一瞬。
しかし、人間をはるかに上回る運動能力を持ったライダー同士の、それも接近戦では、その一瞬が命取りになる。
ブレイドの右足が、青い流星と化した。
そうかと思った次の刹那、ガタックの身体は蹴り飛ばされ、また距離が開いてしまった。
――いかん!
また距離が開けば……敵にまた、時間的な猶予を与えれば、ラウズカードを発動させてしまう。
【Clock up !】
着地したガタックはすかさずスラップ・スイッチを叩いた。本日五度目のクロック・アップ。消耗したいまの身体では、三秒ともつまい。
――奴にカードを発動させる隙を与えるな。一気呵成に、攻め立てろ!
赤い視線の先では、ブレイドが新たなラウズカードをスラッシュリーダーで読み取ろうとしていた。
ガタックは青の剣士の次なる一手を防ごうと接近を図った。
右足を引きずりながら前へと踏み出し、残るプラスカリバーを横に薙ぐ。
【Mach.】
しかし、高速戦闘機動中のガタックが肉迫するより、ブレイドがラウズカードを発動させる方が僅かに速かった。
電子音がゆっくり響いたかと思うや、目の前から敵の姿が消える。
勢い余ったプラスカリバーが虚空を滑った次の瞬間、背後より斬撃の緊迫を感じた。
左足を軸に回転しつつ、ガタックは返す刃で払い上げる。
互いに得物をぶつけ合う手応え。
いったいいつの間に回りこんだのか、クロック・アップ状態のガタックに劣らぬスピードを発揮したブレイドが、背後に立っていた。
――クロック・アップのスピードに、着いてきた?!
これもラウズカードの効果なのか。
ブレイドが発動させたのはジャガーマッハのラウズカード。不死生命体最速のジャガーアンデットの能力が封印されており、使用者の運動能力……とりわけスピードを数百、数千倍に高める効果があった。周囲の時間を加速させるクロック・アップと違い、単純に身体能力を強化しているだけなので、カードの効果持続時間は、クロック・アップ・システムよりも優れている。
ブレイラウザーにプラスカリバー一振で挑むのは厳しいと判断したガタックは、一度敵との距離を取ろうとした。
だが、いまやガタックと互角の速さを得たブレイドが、それをむざむざ許すはずもない。
ガタックが退けば退いた分だけ肉迫し、ブレイラウザーが光線と化す。
ガタックはそれらの斬撃を時に避け、時にいなし、時に受け止めてディフェンスを重ねたが、やがて限界が訪れた。
リザードスラッシュの効果はまだ持続している。斬撃を何合も受け続けるうちに、とうとうプラスカリバーまでもが切断されてしまった。
「グゥ……ッ」
最大の武器を失ったガタックは、反射的にブレイドの内懐へと潜り込む。そこが、ブレイラウザーの唯一の死角だった。
そのまま、腰を沈め、捻ってショベル・フック。両の拳を回転させつつ叩き込んだ。
ブレイドの体が、ぐらり、と揺れる。
これ幸いと、ガタックはその隙に距離を取った。
――どうする? クロック・アップも、そろそろ限界だ。一気に勝負を着けるためには、どの手札を選択すればいい?
ダブルカリバーが使い物にならなくされた以上、目の前の敵を一撃で倒せる手札は、ライダーキックしかない。
しかし、その選択はあまりにもリスクが大きすぎる。
――……なんて、言っている場合じゃないなッ。
覚悟を決める他なかった。
ただでさえ、この後にはディエンドとの戦い、そして何より、親友との戦いが控えているのだ。
これ以上、目の前の敵にかまけている時間は、ない。
【1...2...3... ...】
ガタックはベルトのゼクターに搭載された安全装置を、一つ一つ解除していった。タキオン粒子の出力をコントロールするためのスイッチは三段階あり、三つ全てを解除することで、最大出力のタキオンを破壊の波動に変換することが出来る。
ガタックの予備動作に気が付いたか、ブレイドもオープントレイを開いてラウズカードを二枚引き抜いた。ラウズカードは同時に複数枚使用することで、強力なコンボ技を発動させることが出来る。その分、エネルギーの消耗も激しくなるが、それを補って余りあるメリットがあった。
【Kick. Thunder.】
ブレイドが読み取ったのはローカストキックとディアーサンダーのラウズカードだった。ローカストキックは使用者の脚力を飛躍的に高める効果を持ち、もう一枚のディアーサンダーは雷のエネルギーを自在に操作出来る能力を得られる。この二枚を組み合わせたコンボ技はライトニングブラスト。電撃のエネルギーを右足に纏わせて放つ飛び蹴りだった。
【Lightning Blast !】
「ライダーキック」
【Rider Kick !】
ガタックとブレイドは同時に地面を蹴った。
両者ともに、跳躍力に際立った差はない。
あとは、互いの持つ一撃を全力でぶつけ合うばかりだった。
「しゃあああッ」
「おおお――――――!」
ガタックが光る右足を回し蹴り、ブレイドが放電する右足を真っ直ぐ伸ばす。
二つの流星が空中で激突し、やがて、真昼の空に二つ目の太陽が出現した。
◇
なんとか、勝った。
爆発の炎から飛び出して地面に着地すると、どっ、と疲れが襲ってきた。
思わずその場にへたりこんでしまいたい誘惑にかられる五体を必死に叱咤して、ガタックはディエンドを睨んだ。
仮面で隠した消耗を悟られぬよう、努めて余裕ぶった口調で言の葉を飛ばす。
「クワガタ虫の勝利だったな。俺がムシキングらしいぜ?」
「ははは。君は色々なネタを知っているね」
剥き出しの殺気を向けられたディエンドは、しかし肩をすくめて笑ってみせた。
「どうだい? そろそろお腹は一杯かな?」
「いいや。まだ、腹七分目だ」
ガタックは小さくかぶりを振った。
「俺はまだ食い足りないぜ? いよいよ、エンジン掛かってきたところだ」
「その余裕も、いつまで持つかな?」
ディエンドが新しいライダーカードを取り出した。
ガタックは内心、「もういい加減にしろ」と、吐き捨てつつ、「またお友達を召喚か?」と、訊ねた。
しかし意外にもディエンドは首を横に振って、
「いいや。君も良い具合に消耗してきたみたいだからね。今度は僕直々に相手をしてあげよう」
と、ライダーカードをディエンドライバーに挿入した。
【Attack ride Blast !】
「避けたければ、好きに避けてくれ」
ディエンドライバーの照準が、自分へと合わさった。
ブラスト。ディエンドライバーの発射速度を高めるカードだ。ただでさえ二門の銃口を持つディエンドライバーに、バルカン砲並の発射速度が備わればもはやその射撃を回避することはほとんど不可能といっていい。
――六度目のクロック・アップ! ……は、さすがに無理か。本調子ならまだしも、身体がギシギシいってやがる。
立って、相手を睨みつける。
それだけで、気力と体力をどんどん消耗していく。
そんな状態でクロック・アップを使えば、待っている未来は暴走以外にない。
――へっ。年貢の納め時かよ。……まだ、ここで倒れるわけにはいかないってのに!
悔しかった。何より、非力な自分が。
自分にもっと力があれば。自分がもっと強ければ。王国軍を脱走してから何度も、何度も、強く思ったことだった。
いまもまた、ガタックは、強く、力を欲した。
「それじゃあ、お宝いただきだ」
ディエンドが、トリガーを引き絞った。
ブラストの効果で無数に分裂した銃口が、一斉にエネルギーの塊を吐き出した。
「柳也!」
【Fist on !】
その時、これまで傍観者に徹していた悠人が躍り出た。
イクサナックルをベルトにセットするやすかさずセーブモードのイクサに変身。
身動きの取れないガタックの前に立つと、両手を広げ、仁王立ちした。
「なっ、悠人!」
ガタックの口から、悲痛な叫びが迸った。
ドドドドドドッ、と銃撃とは思えぬ咆哮を上げて、ツイン・マズルから飛び出した無数の光弾が、イクサの装甲を激しく叩く、叩く、叩く。文字通りの、弾雨だった。
エネルギー弾がイクサのボディに炸裂する度、白煙が上がり、火花が散る。侵入角が甘く、装甲の上を滑った銃弾が地面を抉り取った。背後に建った洋館の壁に、ズボズボ、と穴が穿たれていく。
やがて二千発も消費しただろうか。
唐突に、射撃が止んだ。
自らを盾にしたイクサが地面に膝を着いた。
「……どういうつもりかな?」
ディエンドライバーの銃口を地面に向けたディエンドが、イクサに言い放った。
心なしかその口調には、苛立ちが滲んでいるように思える。
「その男は、君にとっても敵のはずだよ? 僕の仕入れた情報によれば、その男は脱走兵だそうじゃないか?」
「……あんたの、言う通りだ」
イクサは右腰のホルスターから拳銃形態のイクサカリバーを引き抜いた。安全装置を解除し、銃口をディエンドに向ける。
「こいつは脱走兵で、俺の敵だ。……けど、こいつは……柳也は、俺の友達だ!」
フェイスシールドが開いた。胸部のイクサ・エンジンが最大に回転し、余剰の熱が炎となって噴出した。
荒れ狂う炎を身に纏いながら、イクサ・バーストモードは立ち上がった。そして、決然と叫んだ。
「お前に、柳也はやらせない!」
「悠人……」
茫然とした呟きが、イクサの背中を撫でた。
拳銃形態のイクサカリバーが、猛然と唸りを上げた。
今回登場した仮面ライダー
仮面ライダーディエンド
身長:194cm 体重:88kg
パンチ力:6t キック力:8t
ジャンプ力:ひととび30メートル 走力:100メートルを5秒
必殺技:ディメンションシュート、他
「仮面ライダーディケイド」に登場。ディケイドのライバル。ディケイドと同様ライダーカードを自らの戦力とする他、他のライダーを召喚する特殊能力を持つ(但し、召喚するライダーは必ずしも原典オリジナルの戦力を有しているとは限らない。特に、龍騎ライダーにその傾向が顕著)。
仮面ライダーガオウ
身長:198cm 体重:102kg
パンチ力:7t キック力:6t
ジャンプ力:ひととび25メートル 走力:100メートル6.2秒
必殺技:タイラント・スラッシュ
劇場版「仮面ライダー電王 俺、誕生!」に登場。電王シリーズ最強の呼び名も高いライダーで、劇中では四人の電王+Vゼロノスを相手に互角以上の戦いを展開した(次点は個人的にH幽汽。M電王とL電王の二対一を圧倒していたから)。鋸状の刀身を持ったガオウガッシャーが武器。また、悪玉ライダーでは唯一の『Double Action』持ち。
仮面ライダーブレイド
身長:201cm 体重:101kg
パンチ力:280AP(=2.8t) キック力:480AP(=4.8t)
ジャンプ力:ひととび33メートル 走力:100メートルを5.7秒
必殺技:ライトニングブラスト(2200AP=22t)、ライトニングソニック(3800AP=38t)、他
「仮面ライダーブレイド」に登場。古代の不死生命体アンデットと戦う仮面ライダーで、アンデットの力を封印したラウズカードを戦力に戦う。ブレイドが最終的に変身するブレイド・キングフォームは、平成ライダー最強のフォームの呼び声も名高い。
<あとがき>
今回のあとがきは21.8話のBパートにて。
またしても新たなライダーが登場。
美姫 「それに加え、一瞬いい人っぽかったラキオス王が」
うーん、神剣にスピリット。何か裏がありそうな感じではあるな。
美姫 「柳也が脱走した原因もそこにあるのかしら」
どうなんだろう。それは今後明らかになるとして、今回は何気にピンチな状況だったな柳也。
美姫 「連戦の上に足を痛めているものね」
悠人に助けられてとりあえずは無事だけれど。
美姫 「一体、この後どうなってしまうのかしら」
次回も待ってます。