有限世界に所属するすべての国家は、人間の兵達が己を鍛える訓練場とは別に、スピリット専用の訓練場を整備している。

 これは兵士達の安全面を確保するためで、要するに、強大な攻撃力を持つスピリットと人間の兵達を一緒の場所で訓練するのは危険だからだ。圧倒的な攻撃力と機動力を誇るスピリットは、現代世界の兵器に例えれば戦車のようなもの。運用上のちょっとしたミスが重大な事故に繋がりかねない。事実、スピリットが導入されたばかりの聖ヨト暦六十年代までは、貴重な人命が失われる事故が各国で多発した。

 そこで各国は、既存の訓練場とは別に、新たにスピリット専用の訓練場を設けることにした。効果はすぐに表れた。過去のデータからスピリットが訓練をする場所は広く野外が適当との結論を得ていた用兵者達は、続いて実践でそれを証明してみせた。

 最初にそのことを実証したのは勿論、初めてスピリットを戦争に投入した聖ヨト王国。以来、有限世界においては、スピリット用の訓練場は、広く野外にあり、スピリット達が気兼ねなく自分達の訓練に励めるよう人間の訓練場とは別に設ける、というのが各国の常識となっていた。

 士達の居る部屋を逃げるように飛び出したエトランジェ悠人は、スピリット暴走の一件でいまは閉鎖されている野外訓練場にいた。

 この場所でスピリット達が互いの技を練磨しあっていたのも今は昔のこと。かつては数多くの黄色い声で賑わっていた訓練場も、いまや誰もが敬遠して近寄らない土地となっていた。

 もっとも、いまの悠人にはむしろその方がありがたかった。誰も近寄らないということは、一人きりになりたい時には打ってつけの場所ということなのだから。

 訓練場にやって来た悠人は、倉庫から一振りの木剣を持ち出すと、黙然と素振りの稽古を始めた。

 全長三尺ほどの木の棒を正眼に構え、上段に振り上げて、真っ向に振り下ろす。再び正眼に構え直し、上段からまた垂直に振り抜く。ひたすらにそれを繰り返す。

 剣術の基本に沿って左手を主に、右手を従にした手の内は高い完成度を誇り、その修練の程を窺わせた。

 持ち前の才能や、努力だけの結果ではあるまい。剣術をこよなく愛し、その楽しさを余すことなく伝えた師あっての練度だろう。

 剣を握る悠人の表情は活き活きと輝いており、士達の前で見せた不機嫌そうな様子は微塵も感じられなかった。

 ――剣を握る手は鷲掴みじゃなく、小指から順に力を緩めていく……だったよな?

 胸の内で呟いたその問いかけに対する応答は、当然ながらない。

 しかし、頭の中に思い浮かべた師は、友は、会心の笑みとともに頷いてくれた。

 あの頃の笑顔のままで。自分と、佳織と、三人で戦っていた頃の、自信に満ちた微笑みのままで。

 思い出の友人は、かんらかんら、と笑っていた。

「柳也……」

 自然と口をついで出てしまう、かつての友の名前。

 桜坂柳也。佳織の幼馴染で、自分の親友で、二人の戦友でもあった男。

 こうして黙然と独り剣を振っていると、どうしても彼のことが思い出されてしまう。

 女好きで、剣術が大好きで、友達想いの好漢だった。突如として異世界に放り出された自分と佳織を取りまとめ、進むべき道を示してくれた。戦いに関しては素人同然だった自分達を鍛え、生きる術を教えてくれた。暗くなりがちな自分を支え、スピリットを殺すことに心を痛めていた佳織を支え、そして、ある日突然姿を消した。

「なんで、なんだよ……!」

 無心に振るっていたはずの剣尖に、思わず憤りの感情が宿ってしまったのを自覚して、悠人は、はっ、とし、素振りをやめた。

 口を開けば出てくるのは疲労を伴った荒い息ばかり。

 いつの間にか、余計な力が入りすぎていたらしい。

 荒い息遣いを抑えようと努めつつ、悠人は憂いを帯びた眼差しで空を見上げた。

 雲ひとつない青空。目が痛いほどの快晴は、友人がよく浮かべてた屈託のない笑いを思い出させる。

 ある日、突然に柳也はいなくなった。自分達の前から姿を消し、王国軍から籍を抜いた。誰にも何も言わずに消えた柳也について、ある者は戦いから逃げ出したのだと評し、いまではそれが当たり前の解釈になっている。

 それとは対照的に、自分と佳織の評価は上がった。違う。柳也が逃げ出すなんて、そんなことあるはずがない。友人を庇おうとした自分と妹の態度は、他人からは美談と映じたらしい。

 かくして桜坂柳也には戦うことから逃げ出した臆病者というレッテルが貼られ、自分と佳織には友愛の精神を持った真の勇者という名札がついた。

 なおも柳也は一度決めたことを途中で投げ出すような男ではない、と言い張ると、いつの間にか出来ていた取り巻き達は「桜坂柳也憎し!」と、声高に叫ぶようになった。

「なんでなんだよ……なんで、何も言わずに消えちまったんだよ!」

 桜坂柳也は戦うことが何よりも大好きな男だった。そんな柳也が、戦うことから逃げ出すなんてありえない。柳也が姿を消したのには、きっと他に何か理由があるに違いない。悠人の考えは、いまも変わらず友人の男を信ずるものだった。

 しかし、彼は同時に、自分や佳織にさえ何も言わずに消えた親友に怒りを覚えていた。

 なぜ、何も言わず行ってしまったのか。自分達はそんなに頼りなかったか。相談する価値さえも、自分達にはないのか。ないと思っていたのか。

 会って話がしたかった。会って、彼の真意を知りたかった。彼がどうして自分達の前からも姿を消したのか、真実が知りたかった。

 しかし現実には、自分達は柳也の手がかりすらつかめず、スピリット退治に追われる毎日を送っている。友人と会える日は、一向にやって来る気配を見せない。

「柳也、お前はいま、どこで何をしているんだ……?」

 呟いた言葉はもう何百回と口にしたお決まりのフレーズ。悠人は深い、深い溜め息をついた。

「そんなもの、本人に訊いてみないと分からないだろう?」

 背後から声をかけられた。

 どうやら稽古と思索に夢中になっている間に近づいたらしい。

 聞き覚えのある声は、今日あったばかりの男のものだ。

 振り向くと、そこに門矢士が立っていた。この世界にやって来た時に着ていた王国軍の制服を脱いで、いまは赤いサマーセーターの上から栗色のジャケットを羽織り、黒いスラックスを履いている。

「桜坂柳也……だったか。お前達の昔の仲間は」

 佳織から一通りのレクチャーを受けているのだろう、士は相変わらず無遠慮に言葉をぶつけてきた。

 向こうがそういう態度を取るのなら、こちらもそれに相応しい態度を取るまでだ。

「あんたには関係のないことだ。俺達の問題に、首を突っ込まないでくれ」

 悠人は年上の士にも礼を失した、ぶっきらぼうな口調で答えた。

 士が、ふん、と鼻で笑う。

「そうやってすぐムキになるところはまだまだお子ちゃまライダーだな。関係ないかどうかは俺が決める。教えろよ、お前達の昔の仲間のこと」

「佳織から聞いているんだろう? 戦いから逃げ出した、臆病者だって」

「ああ。聞いた。だが、お前からは聞いていない」

 士は悠人に近付くと、真顔で言った。

「俺は、お前の口から聞きたいんだよ。桜坂柳也が、どんな男だったのか。姿を消した云々の話じゃない。その男が、お前から見てどんな奴だったのかを知りたいんだ」

「…………強い、男だった。俺達三人の、誰よりも強い男だった」

 口を開いて、他ならぬ自分で驚いた。

 自分はどうして、こんな初対面同然の男に、こんなことを話しているのだろう。

 疑問に思っている間にも、自分の制御下を離れた唇は、詠うように言葉を紡ぎ出す。

「妥協や諦めなんかとは無縁の男だった。いつも前向きで、いつだって笑顔を忘れないでいて、俺なんかはいつもあいつを頼っていた。……無類の女好きってのが、偶に瑕だったけど」

 呟いて、悠人は苦笑を浮かべた。

 胸の内ではかすかな得心。ああ、そうか。自分は一人でも多くの人に、彼の本当の姿を知ってほしかったのか。たとえそれが異世界からやって来た旅人であっても、臆病者なんかじゃない柳也のことを知ってほしいと思ったから、こんなにも饒舌に、彼のことを話すことが出来るのか。

「面白い男だな。そいつ」

「ああ。……それで、俺の親友だった。いまでもそう思っているんだ」

 柳也は親友。そう呟いて、悠人は穏やかな笑みを浮かべた。

 思えば、士の前で笑うのは、これが初めてかもしれない。そう思っていると、案の定、士は、

「初めてだな。お前の笑っているところを見るのは」

と、苦笑して首から提げたキャメラのシャッターを切った。

 手の中でキャメラを弄びながら、士は続ける。

「俺も会ってみたくなった。その男、桜坂柳也と」

 士が、そう言って微笑んだその時だった。

 王城内にけたましく響く警鐘の音。スピリットの出現を示す、警報音だ。

「士君! 悠人君!」

 野外訓練場に夏海がやって来た。

 肩で息をし、必死に呼吸を整えながら、二人を見る。

「王都内、東の十三番地区で、スピリットが暴れているそうです」

「なんだって!」

 慄然とした反応をしたのは無論、悠人だ。

 一日の間に二度もスピリットが出現するのは相当珍しいことなのか、両目を見開き、驚きを露わにしている。

「現場にはもう佳織ちゃんとユウスケが向かっています」

「ユウスケもか。なら、ひとまずは安心だな」

「それでも、急ぐに越したことはない」

 悠人は短く叫んで、野外訓練場の外に停めていたマシン・イクサリオンに跨った。

 素晴らしき青空の会の技術提供の下、開発されたイオンエンジン搭載のオンロードタイプのオートバイは、最大出力六五〇馬力、最高速度七五三キロをマークする。

 その後ろに続くのはマシン・ディケイダー。同じくオンロードタイプのマシンで、最高速度は時速三五〇キロ。後部座席には夏海を乗せている。

「飛ばすぞ。着いてきてくれ」

「ああ」

 スターターボタンを押してエンジンに火を灯す。ギアは最初から全開、四速だ。あっという間に時速一〇〇キロ代に到達した二台のスーパーマシンは、程なくしてラキオスの街並みへと沈んでいった。

 

 

 

 

 

仮面ライダーディケイド

 

21.5話「面白い戦い B パート」

 

 

 

 

 

 王都ラキオスの東十三番地区は、鍛冶屋や製鉄で栄える工業地区だった。

 有限世界では油を燃やして生み出す火力よりも、万能エネルギー・エーテルを使った熱の方が、工業の原動力としては一般的だ。とはいえ、そこに火の危険が付き纏うのは現代世界と変わらない。ひとたび火の手が燃え移れば、大惨事は必至だった。

 二体の青スピリットと一体の緑スピリットが襲撃したのは、東十三番地区で釘を製造している工場だった。当然ながら鉄を使う商売だ。火とは切っても切れない関係にある。釘を作る際の微量な熱の加減は、エーテル技術よりもふいごを使った方が効果的だ。

 現場に到着した佳織とユウスケは、即座に危険な状況にあることを悟った。

 佳織はすかさず変身音叉“音角”を懐より抜いた。

 その隣では、ユウスケが臍下丹田に気を篭める。直後、ユウスケの腰を巻く形で、超古代の霊石を中央に頂いた鉄色のベルトが出現した。アークル。古代日本で繁栄したリント族の科学が生んだ、究極の生体兵器だ。装着者の意思が戦う方向へと働いた瞬間、零石アマダムがその肉体を強化し、特殊な生体甲冑を生成する。

「羽撃鬼!」

「変身!」

 佳織の姿が、変わる。

 ユウスケの姿も、変わる。

 佳織は勿論羽撃鬼の姿に。

 ユウスケは、赤い炎の鎧を纏った戦士の姿に。

 邪悪なるものあらば、希望の霊石を身につけ、炎の如く邪悪を打ち倒す戦士あり。

 仮面ライダークウガ・マイティフォーム。 

 超古代、破壊と残虐の限りを尽くした好戦的種族グロンギを打ち倒すために、平和を愛するリント族が唯一の戦士として生み出した、古代の英雄だ。

 からっぽの星、時代をゼロから始めよう。伝説は、塗り変えるもの。いま、アクセルを解き放て!

 羽撃鬼とクウガは、これが初の共同戦線とは思えぬタイミングで、同時に駆け出した。

 羽撃鬼が狙うのは同じ槍遣いの緑スピリット。緑色のメイド服とカチューシャという装いの少女は、しかし、かつてラキオス王国最強の一角を担ったスピリットであった事実を、彼女は知っていた。

 他方、赤のクウガが狙うのは二体の青スピリット。二人とも長髪の少女で、片方は水色の髪をポニーテールに結っている。得物はいずれも両手剣。ただし、長髪をそのままに流している方は、長巻のように柄が長い。

 とにもかくにもこの工場から敵を引き離さなければと、真っ向から立ち向かっていったクウガは、間合いの長い敵の武器に苦戦した。

 二体の青スピリットの連携は完成されており、一方が真正面から挑めば、もう一方はクウガの側方か背面に回り込むという、戦術を核にして攻め立ててくる。

 いまもまた、ポニーテールの少女が前からクウガを刺突し、その対応に専念している間に、もうひとりの少女が背後に回ろうとしていた。

「超変身っ」

 正面からの攻撃を跳躍して避け、空中で身を捻りながらアークルに気を篭める。すると、空中で赤い装甲が剥げ、見るからに俊敏な印象を抱かせる青い甲冑を身に纏った。

 邪悪なるものあらば、その技を無に帰し、流水の如く邪悪をなぎ払う戦士あり。

 仮面ライダークウガ・ドラゴンフォーム。

 身軽さと瞬発力に優れた水の心の戦士は着地するやそのまま横転、足下に落ちていた鉄パイプを拾い上げる。すると、工業用の鉄パイプはクウガの手の中で瞬時に変貌、ドラゴンクウガの必殺武器ドラゴンロッドへと姿を変えた。

 水の心の戦士、長きものを手にして敵を薙ぎ払え。

 再度正面から迫ってくるポニーテールの青スピリット。

 クウガの手の中でドラゴンロッドが旋回し、躍る。

 牽制の袈裟斬りをロッドで軽く弾いたクウガは、その瞬間にはもう背後に回りこんでいたもうひとりの青スピリットに向かって、振り返ることなくロッドを突き出した。

 鳩尾を突かれ、勢いをなくす青の少女。

 素早く振り向いたクウガは、ドラゴンフォーム特有の素早い動きで敵を翻弄しつつ、正面から、側方から、背後から、突き、叩き、薙いだ。

「おりゃぁッ」

 ひときわ大きなモーションからの突き。左胸を強打された少女が一歩二歩と後ずさり、途端、激しい苦しみを訴え始める。

 スプラッシュドラゴン。ドラゴンロッドの尖端に集中させた封印エネルギーを一気に叩き込む、ドラゴンフォームの必殺技だ。

 少女の左胸に封印の文字が浮き上がり、やがて、水色の娘は紅蓮の炎に包まれて爆散した。

 封印のエネルギーから生まれるクウガの炎の力は、燃え広がる心配がない。

「アセリア!」

 倒した青スピリットの名前か、ポニーテールの少女が叫んだ。

 憎悪の篭もる眼差しで、クウガを見据える。

「あなた、よくもッ」

「超変身」

 再びマイティフォームに変身したクウガは、もう一人の少女に向かって爆走した。

 足首に巻かれた黄金の環……レッグコントロールリングに精神を落とし込み、右足に、封印エネルギーを集中する。

 地面を蹴って跳躍するや空中で一回転、遠心力を上乗せした強化型マイティキックを、青スピリットに叩き込んだ。

 青スピリットは咄嗟に前面に水の盾を展開したが、炎の蹴りはそれを難なく突き破り、小柄な肉体を爆発、四散させた。

「音撃吹道、旋風一閃!」

 羽撃鬼の声が響き渡り、クウガはそちらの方を振り向く。

 クウガが二体の敵を倒したのとほぼ同じくして、羽撃鬼もメイド服の緑スピリットに必殺の一撃を叩き込んでいた。

 クウガは羽撃鬼に駆け寄った。

 底抜けに明るい口調で、「やったね、佳織ちゃん」と、自分よりも年若い少女の健闘を讃えた。

 

 

 二人のライダーが新たな敵の気配を知覚したのはその時だった。

「おのれ、エトランジェッ!」

 怨嗟の篭もった声は耳によく馴染む女の声。振り向くと、林立する工場の屋根の上に、スピリットが一、二、三……総勢、十五体。それもみな炎の神剣魔法を得意とする赤スピリットばかりだった。

「スピリットが、あんなに……」

 この世界で数多くのスピリットを倒してきた羽撃鬼が、震える声で呟いた。

 さしもの彼女も、これだけの物量差を前にするのは初めてなのか。

 一方のユウスケは幾分落ち着いている。出身世界における最終決戦の際に、数百のグロンギ怪人を相手取った時のことを思い出したか。ファイティングポーズを取るその態度に、臆した素振りは微塵も見受けられなかった。

 もっとも、落ち着いているからといって状況が不利なことに変わりはない。

 敵は曲射射撃が可能な赤スピリットが十五体。対する我がほうだが、遠距離の敵に攻撃する手段は限られている。羽撃鬼の旋風一閃は長射程広範囲だが、それでも十五体すべてを一撃で倒せるほどの威力はない。

 他方、自分はといえば、クウガには離れた敵を倒すための手段はあるものの、それは一射一殺が原則の攻撃だ。単発式で、加えてその手段はエネルギーの消耗が激しすぎるため長時間の戦いに向かない。せいぜい倒せるのは五、六体。それが終われば、敵の一斉射撃が待っているに違いない。

 ――佳織ちゃんの旋風一閃も、一発で倒せる敵は三、四体が限界だろう。二人合わせて八〜十体。これだけを倒せても、残り五体の攻撃は防げない。

 あらゆる兵器に言えることだが、射撃というものは強力になればなるほど、発射直後の隙が大きい。その隙を衝かれたら、いくら超古代の英雄や異形の鬼といえどひとたまりもない。

 ――せめて士か悠人君がいてくれれば……。

 そうは思うものの、いないものはしょうがない。ここはせめて近隣への被害や羽撃鬼へのダメージが少なくなるよう努めなければ。そのための最善の戦術は……敵の注意がすべてこちらに向くよう、派手に先制攻撃を極めるしかない!

 クウガが決意した、その時――――――

 二人のライダーも、十五体の赤スピリットも、予期せぬ方向から、青い流星が飛んできた。

 小さな流れ星だ。その気になれば、掌で掴めるくらいのサイズである。しかし時速九九〇キロの超高速で飛翔し、自在に方向を転換、あまつさえ三次元縦軸の機動を可能とする戦神は、誰の手にも捕まることなく飛行を続け、赤スピリット達に幾度となく体当たりを極めた。

 小型だが高速で移動する飛翔体の運動エネルギーは凄まじく、直撃を受けた赤スピリット達は次々と屋根から落下していく。

 さすがにそれだけで命を落とす者はいなかったが、少なからぬダメージを受けたようだった。

「……ガタック、ゼクター?」

 クウガの隣で羽撃鬼が呟いた。茫然とした口調。

 青い飛翔体はすべての赤スピリットを屋根から追い落とすや、悠然と飛行を続け、主の手元へと帰っていく。

 振り向けばそこには、ひとりの青年がこちらに歩み寄ってくるところだった。

 悠人の着ている物と同色同デザインのブレザーを着た若い男だ。六尺豊かな長身に加えて、肩幅広く筋肉質な体格。決して美男子ではないが精悍な面構えに浮かべた微笑は、自信と余裕を宿している。腰にはベルトで留めた大小の刀。実戦的な庄内拵の二振りを、これまた実戦的な閂に差していた。

 男が右手を掲げると、ガタックゼクターがその手に停まった。

 手の中の装甲虫を労うように微笑みかけると、青年は立ち止まってクウガの隣に立つ羽撃鬼を見た。

 左手の人差し指と中指を立て、チャオ、とまるで長年の友に話しかけるように、軽い挨拶をする。

「やぁ、佳織ちゃん。久しぶり」

「桜坂、先輩……?」

 愕然とした羽撃鬼の呟き。

 驚愕にわななく心は、しかしクウガとて同じだ。

 桜坂先輩。その名前には聞き覚えがある。他ならぬ佳織が話してくれた、三人目の……

「ちょっと幼馴染のピンチっぽかったから、助けにきたぜ?」

 ブレザーの青年……桜坂柳也はそう言って赤スピリットの集団を見据えた。その腰元には、すでにライダーベルトが巻かれている。

「変、身っ――――――!」

HENSHIN !】

 右手のガタックゼクターをセットアップレールに接続し、資格者認証。右腰のアポーツより、サインスーツと特殊合金ヒヒイロカネ製の装甲が形成される。左右の肩には各二門ずつの銃口。青色の装甲は貫通爆弾の直撃にも耐えうる強度を有し、いかなる敵の攻撃も寄せ付けない。

 仮面ライダーガタック・マスクドフォーム。

 エトランジェ柳也の、もう一つの姿だ。

「待っていてくれよ、佳織ちゃん。すぐに、片付けるから、さ」

 仮面の向こう側で、本人はウィンクでもしているのか。

 おどけた口調で呟いたガタックは、次の瞬間、赤スピリット達から猛烈な一斉射撃の洗礼を受けた。

 多弾の小火球ファイアボルト。中型の火球を目標に向けて飛ばすファイアボール。炎の柱に雷光を纏わせたライトニングファイア。たちまち、ガタックの姿は炎の中に飲み込まれる。

 射撃がやんだ。通常の銃火器と違って神剣魔法を連射するには、呪文詠唱というインターバルが必要となる。

 僅かな小休止。

 燃え盛る炎が勢いを弱めることはないが、濛々と上がる煙は消えていった。

 はたして、ガタックはそこに立っていた。赤スピリットの攻撃など無意味と言わんばかりに、けろりとしてる。

「終わりか? そいじゃ、こっちの反撃、いくぜ?」

 宣告。そして、両肩のガタックバルカンが火を噴いた。

 異空間ジョウントと連結している“無限弾装”より次々と送られてくるイオンビームのエネルギーが、毎分五〇〇〇発の発射速度で光弾を生成、叩き出す。

 赤スピリット達は前面にマインドシールドを展開するも、それらはことごとく突破されていった。イオンビームの光弾を五、六発も受ければ、たちまちスピリットの肉体はマナの霧へと還っていく。

「おいおい、いくらなんでもヤワすぎだろう? 俺は、面白い戦いがしたいんだ」

 赤スピリットが半数近い七体まで減った時点で、ガタックは射撃をやめた。一群に対して肉弾戦を挑むつもりだ。

 わざわざ向こうから間合いを詰めてきた敵に向けて、赤スピリット達のダブルセイバーが方々で唸る。

 しかしガタックは最小限の動きで時に避け、自慢の装甲で時に受け止め、その度にカウンターを叩き込んでいった。

 殴り、蹴り、叩き、チャンスがあれば投げる。格闘技の難しい技は必要ない。マスクドフォームのガタックの一撃々々は、そのすべてが必殺の威力を有している。一撃を叩き込みさえすれば、脆弱な赤スピリットの肉体など一瞬で吹き飛ぶ。

 ガタックの尋常ならざる戦闘力に、ここにきて恐れを知らない赤スピリット達も警戒心を抱いたか。

 残る人員が四体にまで減った時、少女達は四方からガタックを包囲した。全員、ダブルセイバーは下段の構え。同士討ち覚悟の、同時攻撃を敢行する腹積もりだろう。

「……いいねェ。敵に取り囲まれて、殺気を向けられて、ゾクゾクするぜ。楽しくなってきた。……キャスト・オフ!」

Cast Off !】

 キャスト・オフ。そう、掛け声を上げた刹那、ガタックの装甲が剥離した。重い装甲が秒速二〇〇〇メートルの速さで四方に飛び散り、榴弾の破片となって取り囲むスピリット達を傷つける。

 眠っていた両の角が起き上がった。

 鎧を脱ぎ捨て本来の姿を陽光に晒したガタックが、そこには立っていた。

Change STAG BEETLE !】

 仮面ライダーガタック・ライダーフォーム。

 高速戦闘に長けた、仮面ライダーガタック本来の姿だ。

 キャスト・オフによって吹き飛ばされた四体のスピリットのうち、二体は当たり所が悪かったのと、直撃した破片の数が多かったか、すでにマナの霧と化していた。

 残る敵は二体。しかしその二人も、少なからぬダメージを受けており、動きは鈍い。

 ガタックは両肩に装備された二本一対の剣……ガタックダブルカリバーを両手に構えた。ゼクターから生成される荷電粒子のエネルギーを刀身に宿した刀剣で、切れ味以上に絶大な破壊力が持ち味の武器だ。勿論、切れ味においても優れている。

 赤スピリットの一人がダブルセイバーを横に滑らせた。

 撫で斬り。

 左のマイナスカリバーで受け止めたガタックは、すかさず右のプラスカリバーを敵の正中線へと振り下ろす。

 血飛沫。飛散する鮮血は瞬時に黄金の霧へと変わり、ガタックの装甲を汚すことはない。

 背後から斬撃の緊迫。下段からの斬り上げ。

 振り返ると同時にマイナスカリバーで弾くが、ダブルセイバーは少女の手の中で回転し、間髪入れず再度の斬り上げを放ってくる。変則水車斬りだ。狙いはガタックの顎先か。

 水車斬りは本来、半時計回りに回転させた薙刀による二回連続の斬り上げだ。遠心力を上乗せした刀勢はとにかく速く、鋭く、よほど足下に注意を払っていなければ防御は難しい。

 加えて赤スピリットの得物は上にも下にも刀身を持った双剣だ。通常の槍や薙刀が一回転な必要なところを、半回転で済ませていた。

 ガタックの運動能力を持ってしても、避けることは不可能だろう。……少なくとも、通常空間においては。

「クロック・アップ」

Clock Up !】

 ガタックはライダーベルトの左側のスラップスイッチを叩いた。

 中央のガタックゼクターから溢れ出すタキオン粒子が青い甲虫戦士の全身へと行き渡り、ガタックの心身を千分の一秒の世界へと追いやる。

 クロック・アップ。ゼクターから生成されるタキオン粒子を全身に行き渡らせることで異なる時間流の中へと自在にダイブし、高速戦闘機動を可能とするガタックの切り札だ。

 クロック・アップ時のガタックにとっての一秒は通常の時間流に生きる人々にとってのコンマ〇〇一秒に相当し、逆に通常空間で暮らす人々にとっての一秒は、高速機動中のガタックにとっての一〇〇〇秒……十六分にも及ぶ。

 ガタックがクロック・アップの世界に身を置いていたのは、通常空間を生きるクウガ達の感覚で僅かコンマ〇二秒間に過ぎなかった。

 しかし、高速戦闘機動中のガタックにとって、通常空間でのコンマ〇二秒は二十秒に等しい。

 ガタックはその二十秒間をたっぷりと使った。

 ゆっくりと迫る双剣の斬り上げを余裕で避け、小さく深呼吸、赤スピリットの背後へと歩いて回った時点で僅かに三秒。ガタックゼクター上部の三段階スイッチを、順番に押していく。

1...2...3... ...

 自分以外には誰一人いない高速機動空間に、電子音声が響いた。

 再びゼクターから溢れ出したタキオン粒子が、今度はガタックの右足に集中した。爪先のライダーストンパーが本来物理的な破壊のエネルギーを持たないタキオン粒子を波動へと変換し、原始レベルでの破壊を振りまく凶器へと、右足を作り変える。

「ムゥン」

 ガタックの放ったアッパーカットが、無防備な赤スピリットの背中を打った。

 宙へと舞い上がる少女の身体。ガタックがそうしている間にも通常空間に意識を置く赤スピリットには、自分の身に何かが起きているのか知る由もなかったろう。

 すかさず、戦いの神の異名を取るライダーはベルトのゼクターホーンを操作する。

「ライダーキック!」

Rider Kick !】

 クロック・アップ空間に電子音が轟き、ガタックが地面を蹴った。三十メートルを軽く上回る跳躍。空へと舞いながらガタックは、極限まで破壊のエネルギーを溜め込んだ右足を回転させながら、同じく宙に身を置く赤スピリットに叩き込んだ。

 タキオンの波動が原子の崩壊速度を加速させ、直後、空中に大輪の花火が打ち上がる。

Clock Over... ...

 通常空間に戻ったガタックは、軽やかに着地した。

 傍目には突如として姿を消したガタックが、また突如として姿を現したかのようにしか見えなかったろう。

 まさに戦場を支配する戦いの神の二つ名に恥じぬガタックの戦力だった。

「……ううん。腹二分目だな。この戦いは」

 ガタックがいまだ変身を解かない羽撃鬼を見た。

 幼馴染にかける穏やかな口調は、佳織がよく知る幼馴染のものにあい違いなかった。

「桜坂、先輩……」

 羽撃鬼が変身を解いた。

 少女の姿に戻った佳織の目尻には、大粒の涙が浮かんでいる。

 ある日、突然自分達の目の前から姿を消した男。誰よりも会いたいと願った男。その男との突然の再会に、少女の涙腺は緩んだ。

 佳織の足は自然と駆け足になった。

 一刻も早く、彼の身体に触れたかった。

 もう二度と、自分達の前からいなくならないよう、彼をこの手で抱きとめなければ。

 佳織は感情表現が多彩な娘ではない。むしろ、他者に対しては引っ込み思案なところがある。その彼女が、思いっきりガタックの胸に飛び込もうとした。

 しかし、そんな少女の動きを制止したのも、他ならぬガタック自身だった。

「おっと、ストップだ。そこまで」

 最初は声で。声だけでは佳織が止まらないことを悟ると、スラップスイッチを叩いてクロック・アップをしてまで、少女の手から逃れようとする。

 人間の感覚器官では、いや、ライダーの超感覚を持ってしても知覚は困難な高速機動で少女の背後に立った青の戦士は、苦い口調で頭を下げた。

「申し訳ない。話をしてやりたいのは山々だが、いまはまだ、君達に捕まってやるわけにはいかないんだ」

「先輩、何で……?」

 動揺しきった紫水晶の視線が、仮面の奥にあるはずの青年の顔を見据えた。

 会いたいと、心からそう願っていたのに。返ってきた答えは明確な拒絶だった。柳也とは十年近い付き合いだが、こんな風にはっきりと自分の存在を拒むのは初めてのことだった。なぜ、彼がそんな言葉をぶつけてくるのか、原因が分からない。原因が分からないことが、混乱に拍車をかけた。

 茫然とする佳織と、いまだ素顔を見せないガタックは、互いに無言で見つめ合った。

 二人の関係を今日知ったばかりのクウガは、粛として傍観者に徹する他ない。

 

 

「佳織! 柳也!」

 静寂の時間を破ったのは、三人が意識しない方向からの声だった。

 振り向くと、遅れて到着した悠人がこちらに駆け寄ってくる姿が映じた。その背後には士と夏海の姿もある。

「……悠人か」

 ガタックの仮面に隠された柳也の唇から、複雑な感情を載せた声がこぼれた。その仮面の下で、青年はいったいどんな顔をしているのか。

 佳織のもとに駆け寄った悠人は、その身に怪我がないことを確認するとほっと安堵の息をついた。

 ついで、見つめ合う二人の間に割り込み、かつて仲間と呼んだ男の青い仮面を睨みつけた。

「柳也……」

「ちょっとした同窓会だな。これで、瞬と碧と、岬さんと小鳥ちゃんがいれば完璧だった」

 わざとらしくおどけた口調。

「もっとも、あの四人までこの世界に連れてくるわけにはいかないわな」

「……聞きたいことはいくつもある。話したいことも。けど、その前に、義務を果たさせてもらう」

 悠人はそう言ってイクサナックルを懐中より取り出した。

 その腰にはすでにイクサドライバーが巻かれている。

「桜坂柳也、ラキオス王国軍軍規に則り、軍を脱走したお前を確保する」

「……そっか。俺は、そうなっているのか。まぁ、当然だわな」

 ガタックは自嘲気味に笑うと、天を仰いだ。

 悠人はそんなかつての親友を前に、イクサナックルの前部を左手で強く押す。DNA認証。冷却口とは別に取り付けられたスピーカーの穴から、電子音が響く。

Ready

「捕まえた後で、聞かせてもらうぞ。なんで突然いなくなったのか。なんで、俺達にも何も言わずに消えたのか?」

「……申し訳ない。いまはまだ、捕まってやるわけにはいかないんだ。俺には、やるべきことがあるんでね」

 やるべきこと。そう、ガタックが口にした瞬間、青の戦士を見る士の目つきが鋭くなった。

 もっとも、悠人自身は彼の前に立っていたため、その様子を視界に納めることはなかったが。

「変身」

Fist on !】

 イクサナックルをドライバーのレールにセットし、白銀の太陽戦士の鎧を悠人は装着。

 初動からバーストモード、100%の全開で、ソードモードのイクサカリバーを正眼にガタックへと襲い掛かった。

 先手必勝とばかりに袈裟に斬る。

 しかし、渾身の力を篭めたイクサの初撃は失敗に終わった。

「良い打ち込みだ。稽古は続けているようだな」

 左にマイナスカリバーが赤い刀身を受け止めた刹那、右のプラスカリバーがイクサの胸甲を薙いでいった。

「ぐぅッ」

 火花とともに散る苦悶の呻き声。装甲が斬撃を食い止めたため直接的なダメージはない。しかしその衝撃は、悠人の肉体に尋常ならざる負担をかけていた。

 ガタックはその後も二度三度と斬りつける。

 時折、イクサカリバーが反撃の紅刃を叩き込むも、そのことごとくは左のマイナスカリバーの防御に阻まれてしまう。

「くそっ」

 小さく吐き捨てて、イクサはこのままでは埒があかないと一旦距離を取る。接近戦は不味い。幸い、こちらにはガンモードのイクサカリバーとブロウクン・ファングという射撃可能な手札がある。

「させねぇよ」

 ガタックもそれは承知の上だ。かつては、ともに肩を並べてスピリット退治に明け暮れた仲である。イクサの手の内は、誰よりも知っている。

「クロック・アップ!」

Clock Up !】

 スラップスイッチを叩いたガタックは高速戦闘機動空間へと突入した。

 拳銃形態のイクサカリバーの銃口が閃光を放ち、対ファインガイア用のケースレス弾が亀の歩みで迫ってくる。

 ガタックはそれを悠々避けつつ、イクサに接近した。

 マイナスカリバーとプラスカリバーを束ね、枝切りバサミへと変形させる。

 刀身部には荷電粒子ではなくタキオンの波動が蓄積され、破壊を振りまくその時を心待ちにしているかのようだった。

「ライダーカッティング!」

Rider Cutting !】

 プラスカリバーの一刃と、マイナスカリバーの一刃がイクサの胴体を挟んだ。ガタックが「ムゥン」と、両腕に力を篭める。

 イクサの体が持ち上がり、ガタックは太陽騎士の身を天へと掲げた。通常空間に身を置くイクサに、この状況から脱する術はない。

「うぉぉぉ――――――ッ!」

 無限に生産されるタキオンの波動が、ダブルカリバーの刀身よりイクサの体へと流れ込んだ。

 金属と金属の重なり合う音。鋏のダブルカリバーが、刃と刃を重ね合った。

 イクサの変身が解けた。地上に叩きつけられた悠人の唇から苦悶の声。クロック・アップの世界にあって、奇妙に間延びして響く。

 ガタックもクロック・アップを解除した。

 感情を宿さない赤い視線が、横たわる少年を見下した。

「……強くなったな。だが、俺と面白い戦いをするには、まだまだだ」

「く、うぅ……柳也ぁ……」

 甲虫戦士を見上げる少年の視線は儚く揺れている。

 ガタックはダブルカリバーを両肩の電磁ロック機構に取り付けると、悠人にを背を向けた。この場から立ち去るつもりか。

「柳也…ま、待てぇ……」

 必殺技の直撃を受けた悠人は必死に手を伸ばした。いますぐにでも立ち上がって追いかけたかった。しかし、半死状態の身体は鉛のように重く、伸ばした手は空を掴むばかりだった。

 折角、会えたのに。

 ようやくまた、あの声が聞けたのに。

 届かない。彼を制止したいこの手が、届かない。

 悠人は悔しさから歯噛みした。

 力のない自分が、こうして倒れていることしか出来ない自分が、友を止めることが出来ない自分が、不甲斐なくて、情けなかった。

「悪いな、悠人。俺は、立ち止まるわけにはいかないんだよ」

 やらなければならないことがある。最初にそう言ったガタックは、佳織の肩を軽く叩いて、戦場を去ろうとした。

 

 

「待てよ」

 立ち去ろうとするガタックの背中に、声がかけられた。

 それまで幼馴染三人の成り行きを傍観するばかりだった士だ。

 彼は地面にへたばっている悠人を一瞥してから、ガタックの背中を見た。

「この男はお前の仲間、だったんだろう? なら、少しはこいつの言葉に耳を傾けてやったっていいんじゃないのか?」

「それで大人しく捕まってやれってか? はっ。そんなのはゴメンだね」

 ガタックが足を止めて振り向いた。

 クワガタムシを象ったデザインの仮面に隠された表情は、相変わらず見えない。しかしなんとなく、好戦的な笑みを浮かべていることが窺えた。

「それとも何か?  悠人の代わりにあんたが俺を捕まえるってか?」

「違うな」

 士はジャケットの内よりディケイドライバーを取り出した。臍下丹田に宛がい、ベルトをセットする。

 その様子を見たガタックが、「ほぅ……」と、感嘆の吐息を漏らした。

「捕まえるなんて生易しいことはしない俺は、破壊するだけだ」

「……ディケイドか」

 ガタックが再びダブルカリバーを両手に握った。

「すべてのライダーを滅ぼす悪魔。……いいぜ。あんたとなら、面白い戦いが出来そうだ」

「抜かせ。……変身っ」

Kamen Ride. DECADE !】

 ライドブッカーのカードケースからライダーカードを選択し、ディケイドライバーにインサート。破壊者の異名を取る緋色の仮面戦士へと変身を完了する。

「しゃああッ」

 ディケイドの変身が終わるや否や、裂帛の気合を発しながらガタックが、姿勢も低く突っ込んできた。

 両手のダブルカリバーが、無数の光線と化して唸る。

 ソードモードのライドブッカーで時に受け、時に弾き、時に流したディケイドは、隙を衝いて片手剣を一閃、足を払った。

 あらかじめそれを予期していたらしいガタックは軽く地面を蹴って後退。

 直後、素早く拳銃形態へとライドブッカーを変形させたディケイドの射撃が、甲虫戦士の胸甲を叩いた。

「くっ……クロック・アップ!」

Clock Up !】

 一発。二発。三発目の弾丸が装甲に炸裂する寸前、スラップ・スイッチを叩いたガタックは、高速機動の世界へと逃れた。

 音速の十数倍の速さで飛来していた銃弾が急激に飛翔速度を遅め、牛歩となったのを見てから、ガタックは悠々それを回避する。

 相手の側面へと回り込み、ダブルカリバーを一閃。ディケイドの体が、宙を舞った。ここまでで、通常空間ではコンマ一秒。

「……クロック・アップかッ?!」

 自分の突如として宙に浮いたのを自覚して、ディケイドは瞬時に何が起こっているのかを悟った。

 クロック・アップ。カブトの世界で敵のワームや、ZECTのライダーにさんざん苦しめられた機能だ。

「なら、これだ!」

 地面に叩きつけられたディケイドは、その後も何度となく予測不可能、察知不可能、防御不可能の攻撃を浴びながら、ライドブッカーより一枚のカードを抜いた。

 必死の思いで立ち上がるや、ディケイドライバーにインサートする。

「クワガタムシには、カブトムシだろッ」

Kamen Ride. KABUTO !】

 電子音が鳴り響いた次の瞬間、ディケイドの姿が変わった。

 赤い装甲と青い複眼。カブトムシを象った仮面には巨大な角が頂かれ、ディケイドライバーより生成されるタキオン粒子が全身を駆け巡る。

 仮面ライダーカブト。宇宙からの侵略者ワームに対抗して、秘密結社ZECTが開発したライダーシステムの第一号だ。

 ディケイドはKamen Ride のライダーカードを使用することで、別な九人の仮面ライダーに変身することが出来る。姿のみならず、その能力はオリジナルと寸分たがわず、この機能はディケイドの戦術の中核となるシステムだった。

 そしてこのカブトには、ガタックと同様、クロック・アップの機能が搭載されている。

 カブトの姿へと変貌を遂げたディケイドは、ライドブッカーから新たなライダーカードを選択した。

 クロック・アップ・システムを起動させるためのカードだ。ディケイドライバーに、スラップスイッチは搭載されていない。ディケイドカブトの場合は、ライダーカードを使用してクロック・アップする。

Attack Ride. Clock Up !】

 ライダーカードをインサートした直後、カブトを取り巻く空間の、時間の流れが変わった。

 夏海。クウガ。悠人。佳織。

 通常空間に身を置く彼らの声が遠くなり、代わりに、それまで見えなかった敵の姿が、視界に映じる。

「ほぅ……俺と同じ時間流に飛び込んできたか」

 右のプラスカリバーを上段に、左のマイナスカリバーを正眼に構えたガタックは、三間の間合を隔ててカブトを正面から見据えていた。

 カブトもソードモードのライドブッカーを抜き、刀身を一撫でしてから相手を睨む。

「これでお互い、クロック・アップの優位性はない。あとは……」

「互いの、力と技と、根性の比べっこだな」

 ライドブッカーを右手に、カブトが左手を前へと突き出した。掌を上向きに、四本の指を折る。

 来い。

 挑発的な意図を篭めたボディランゲージに、ガタックは、乗った。

「はああッ」

「おおおッ」

 襲ってきたマイナスカリバーの一撃をライドブッカーで受ければ、プラスカリバーが胴を薙ぐ。

 反撃の刃を叩き込めばマイナスカリバーに阻まれ、逆襲のプラスカリバーが腕を裂く。

 攻めのプラスカリバーと、守りのマイナスカリバー。

 二刀流剣術の最も単純な形態にして、それゆえに熟成され、隙のない技術体系。

 徐々に追い詰められていくディケイドカブトだったが、斬撃の応酬は、不意にやんだ。

 もともとタキオン粒子は人体に有害なエネルギーだ。長時間に渡ってそれを全身に流し続けることは、クロック・アップの暴走を誘発する危険性を孕んでいた。

 クロック・アップの暴走。それは、高速機動の時間流に装着者の肉体が完全に順応してしまい、クロック・アップの世界が戻れなくなってしまうことを意味している。

 ゆえに、ゼクターには装着者の肉体に悪影響が及ばない範囲でクロック・アップを強制終了させる安全装置が搭載されていた。この機能は、ディケイドライバーにも備わっている。

 ガタックはカブトよりも数秒早く、クロック・アップの世界に突入した。それは言わずもがな、二人の限界時間の差となって表れる。

「……そろそろ、不味いな」

 ダブルカリバーを一閃、ディケイドカブトを地面に叩きつけたガタックは、両の二刀を放り捨てた。

「申し訳ないが、俺の方はタイム・オーバーだ。俺の都合ばかりで申し訳ないが、早々に、ケリ、着けるぞ」

1...2...3... ...

 ガタックゼクターを操作し、タキオンの波動を右足に送り込むがガタック。

 この高速機動世界で彼に残された時間は、あとほんの僅かしかない。

「つぅ……いいぜぇ。こっちも、終わりにしてやるよ」

 対するディケイドカブトは劣勢にあったにも拘らず強気で言い放った。手には一枚のライダーカード。ディケイドライバーに、インサートする。

Final Attack Ride. KA KA KA KABUTO !】

 立ち上がったカブトの右足に、ディケイドライバーが生成したタキオンの波動が集中した。

 カブトとガタック。

 静かに睨み合う、青と赤の眼差し。

 ガタックが地面を蹴り、カブトが、左足を軸に、右足を回し放つ。

「ライダーキック!」

Rider Kick !】

 天から襲うガタックの回し蹴り。

 地に旋風を巻き起こす、カブトの回し蹴り。

 タキオンの波動が激突し、そして、爆ぜた。

 

 

 

 

 

今回登場したライダー

 

仮面ライダークウガ(マイティ/ドラゴン)

 

身長:200cm 体重:99kg/90kg

パンチ力:3t/1t キック力:10t/3t

ジャンプ力:ひととび15メートル/30メートル 走力:100メートルを5.2秒/2秒

必殺技:マイティ・キック(30t)/ドラゴン・スプラッシュ(30t)

 

 「仮面ライダークウガ」に登場。「仮面ライダーディケイド」では士の相棒小野寺ユウスケが変身する。「ディケイド」本編における活躍は少ないが、個人的にいちばん好きな平成ライダーだったりする。

 

 

仮面ライダーカブト(マスクド/ライダー)

 

身長:190cm/195cm 体重:132kg/95kg

パンチ力:8t/3t キック力:10t/7t

ジャンプ力:ひととび20メートル/37メートル 走力:100メートルを8.9秒/5.8秒

必殺技:ライダーキック(19t)、他

 

 「仮面ライダーカブト」に登場。宇宙からの侵略者ワームに対抗するために、秘密結社ZECTが開発したライダーシステムの第一号。通称、太陽の神。「ディケイド」本編ではカブトの世界で天道ソウジが変身した他、カブトのカードを使ったディケイドが変身した。

 

 

仮面ライダーガタック(マスクド/ライダー)

 

身長:190cm/194cm 体重:134kg/97kg

パンチ力:8t/3t キック力:9t/7t

ジャンプ力:ひととび19メートル/36メートル 走力:100メートルを8.9秒/5.8秒

必殺技:ライダーカッティング、ライダーキック(19t)

 

 「仮面ライダーカブト」に登場。宇宙からの侵略者ワームに対抗するために、秘密結社ZECTが開発したライダーシステムの第二号。通称、戦いの神。本作では桜坂柳也が変身する。ちなみにタハ乱暴はザビーが好き。渋くていいね、蜂は。

 

 

 

 

<あとがき>は続編第21.8話後にて。……これでもう逃げられない。




柳也が登場〜。
美姫 「悠人たちの前からは黙って去ったみたいだったけれど」
うーん、何か目的があるみたいな口ぶり。
美姫 「それが何かは口にはしなかったけれどね」
そして、激しいバトルが繰り広げられたんだけれど。
美姫 「決着は次に持ち越しね」
うーん、気になる。果たして、どちらが勝つのか。
美姫 「それでは、今回はこの辺で」
ではでは。



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