※本作は永遠のアセリアAnotherの番外編短編小説です。
アセリアAnother本編ではありえない話を、オリ主桜坂柳也とヒロインのカップリングで進行させていきます。
なので、そういった話がお嫌いな方……原作キャラがほとんど活躍しねぇぞ。どういうことだゴラァ!? な、人は、今すぐバック・プリーズ。
そうじゃない方は、稚拙な文章ではありますが、しばし目線をお留めいただければ幸いです。
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あ、あと本作はあくまで番外編なので、時系列は基本とんでもないことになっています。
なので、その辺りもよろしくお願いします。
きっかけそのものは些細な出来事だった。
午前中の訓練が終わった昼休み。ラキオスが誇る二人のエトランジェに、オルファやネリー、シアーといった、スピリット・タスク・フォースの年少組が、ハイペリアでの生活について訊ねたのがすべての発端だった。
最初三人だけだった聴衆は、やがてハイペリアに興味津々のアセリアが加わり、続いて異世界の食文化に関心を持ったエスペリアが加わって……という具合にどんどんと増え、いつの間にかSTFに所属する全員が、青年達の口から語られる異世界の情景に夢中になっていた。
二人のエトランジェも、故郷の世界のなんでもない様子を一つ話す度に、いちいち笑ったり頷いたりしてくれるスピリット達の反応が面白くて、いつしか話題選びに夢中になっていた。
そのうち、二人の口から語られる内容は、ハイペリアの年中行事へとシフトしていった。
一月の正月から話題は始まり、二月の節分、バレンタインと、日本人にとって比較的ポピュラーなイベントを押さえながら、話は十二月のクリスマスへと続いていく。
「クリスマスっていうのは、俺達の世界のとある聖人の誕生日なんだ」
クリスマスがどういう日なのか、その説明については柳也が短めに。
「その誕生を祝って、みんなで集まってパーティをしたり、教会でミサを開いたりするんだ。パーティにはクリスマスツリーを飾り付けしたり、定番メニューは……ローストチキンとか?」
具体的にクリスマスに何をやるのかについては、悠人が詳しく話した。
ミサやクリスマスツリーといったハイペリア特有の固有名詞が飛び出す度に、素早いレスポンスで質問が飛び交う。その答えを提示するその都度、感嘆の溜め息が耳朶を撫でた。
「あと、クリスマスといえば、子どもにとっては嬉しい日なんだ」
悠人はいつの間にか膝の上にやって来たオルファを見下ろして呟いた。
情熱の炎を溶かし込んだ赤いつむじを優しく撫でつつ、「なんで〜?」と、問いかける彼女に彼は言う。
「クリスマスとサンタクロースは切っても切れない関係だからな」
「サンタクロース?」
もったいぶった悠人の返答に、怪訝な吐息をこぼしたのは、意外にもハイペリア人の柳也だった。
悠人に対抗したわけではあるまいが、ネリーを膝の上に乗せた彼は、眉間に深い縦皺を刻んだまま、友人に問う。
「何だ、それ?」
「いや、サンタクロースだよ。サンタ? ……まさか、本当に知らないのか?」
「んぅ? ……あぁ、ちょっと待て。いま、喉元まで出掛かっている」
柳也は手慰みにネリーの頭を撫でながら呟いた。隣でシアーが羨ましそうに眺めているが、引っ込み思案な彼女のこと、自分もしてほしい、とは言えないようだ。
そうしているうちに、柳也は何か思い当たったのか、「サンタか! あれか!」と、手を叩いた。
「あの犯罪者か!」
「……………………は?」
得心した様子の柳也が叫んだ途端、場の空気が固まった。主に、悠人を中心に。
「あ、あの……柳也?」
「勿論知っているぞ。サンタクロース。今年一年間良い子にしていた子どものところにやって来る悪魔の使者。煙突ないし窓のある家に夜な夜な忍び込み、玩具のプレゼントを餌にして誘拐を企む凶悪犯ッ! ……良い子ばかりを狙うというのがポイントの、悪魔の御使い、サンタ!」
始めは冗談かと思った。しかし、柳也の表情、語気、身振り手振りから察するに、友人は本気だった。彼は本気で、サンタクロースが凶悪な犯罪者だと信じているようだった。
「いや、あの、それ、違う……って、みんなも信じない!」
周りのスピリット達――アセリアまでもが――怯え、わななく様子を見て、悠人は慌てて間違った情報を訂正した。
その上で、おそるおそる、柳也に訊ねる。
「な、なぁ、柳也? その知識って……どっから、仕入れたんだ?」
「ん? しらかば学園の柊園長だ」
柳也は、きっぱり、と言い切った。
「たしかあれは、俺がしらかば学園に入学して、最初の冬だったな。それまでは毎年、サンタの野郎から、プレゼントという悪魔の餌を、愚かしくも喜んで受け取っていたんだが……今にして思えば、あれは、年単位でこちらを油断させようとするヤツの作戦だったんだな。むぅう……恐るべし、サンタ。子どもの純真な心を利用しやがって!」
柳也は憤然と険の帯びた表情で言い放った。諧謔や冗談など微塵も介在しない、混じりッけなしの純粋な怒りが、口調から滲んでいる。
悠人としてはもう、笑うしかない。
「……そういえば、園長、あの後何か呟いていたな。たしか……『今年から国の予算が削られて、みんなのプレゼントを買えなくなってしまった……なんてことは、一切ないから』とか、なんとか。まぁ、園長が“ない”って言っていたということは、やっぱりサンタは悪魔なんだろう」
「……………………」
「パパ? 泣いてるの?」
心配そうに見上げてくるオルファの視線が、頬を優しく撫でた。
悠人は泣いた。思いっきり泣いた。号泣だった。男泣きだった。目の前の友人が、哀れで、哀れで、涙が止まらなかった。
あと、胸の内で怒りの炎を灯した。とりあえず、ハイペリアに帰還したらまず最初に、顔も知らない柊園長を殴ろうと心に誓った。
永遠のアセリア
-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-
番外編 Episode02「バルカン半島のサンタクロース ――季節イベント物。強いて言うなら悠人友情ルート――」
その後も、スピリット隊のみんなとはクリスマスの話題で盛り上がった。
サンタについての正しい知識もみんなに教え、それじゃあ今年はSTFでそのクリスマスを実践してみようという話になった。勿論、ハイペリアと違ってファンタズマゴリアの一年は二四〇日しかないから、計算が必要になる。決行はスリハの月、緑の週の週末。よっつの日をイブとし、いつつの日をクリスマス当日とすることに決まった。
サンタクロースについては、年少組のオルファとネリー、シアーとヘリオン、それから、サンタの話を聞くなりすぐに会いたいと言ったアセリアのもとに、悠人が赤い衣装と白髭を身に付けた仮装で行って、プレゼントを配るが決まった。…………ついでに柳也にも。
幼い頃に受けた情操教育の結果、いまだサンタを凶悪な犯罪者と思いこんでいる彼を哀れに思ったらしいエスペリアが、「リュウヤさまにもプレゼントを差し上げましょう」と、ハンカチ片手に進言したためだ。悠人としても異論はなく、友のために仮装することになった。
やることが決まれば、準備も早い。
クリスマスツリーにはモミの木の代わりにリクディウスの森から適当な木を選んで採り、飾りつけは手作りのリースなどを巻くことに落ち着いた。その際、ネリーが、
「どうせなら七夕っていうのも一緒にやっちゃえばいいじゃん!」
と、言ったため、クリスマスツリーには各々の短冊も吊るされた。ネリー曰く、「そのキリストって人は神様なんでしょ? だったら、全然問題なっし!」とのことだ。どうやら彼女の中では、『神様=太っ腹な存在』という等式が出来上がっているらしい。ちなみに、ネリーの吊るした短冊には、『くーるな女になりたい!』と書かれていた。
ツリーの準備が終われば、次はサンタクロースのコスチュームとプレゼントの用意だ。両方とも、オルファたちには秘密裏のうちに準備しなければならない。
悠人達はまずサンタコスチュームの調達から取り掛かった。
クリスマスという文化そのものが存在しないファンタズマゴリアでは、勿論サンタの衣装など普通に売っていないから、完全フルオーダーだ。デザインを悠人が起こし、それを、エスペリアやヒミカに分担して裁縫してもらう。エスペリアの手先が器用なことは悠人も知っていたが、ヒミカも負けず劣らず芸達者だったのは少し驚いた。
コスチュームの調達が確実となれば、次はプレゼントの準備だ。
これにはまず、プレゼントを欲しがっている年少組とアセリアに『サンタに送る手紙』を書いてもらった。
「ユートはサンタの住所を知っているのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
手紙を回収する際、アセリアの残念そうな言葉がやけに印象に残った。適当な住所を口にしたら、まず間違いなくサンタを探すため休暇を取っていただろう。
ともあれ、STFの年少組、そしてアセリアの手紙については、なんの滞りもなく回収に成功した。
あとはその手紙に書かれているプレゼントを用意して、当日を待つばかりだが、ここで難問が一つ。
それは柳也のプレゼントをどうするか、ということだった。
サンタを凶悪な犯罪者と思い込んでいる彼が手紙を書くはずもなく、さりとて口頭で何か欲しいものはないか、と訊ねれば、返ってくるのは、
「強いて言うなら納豆が欲しいです。あと、白ご飯が欲しいです」
と、有限世界では到底入手不可能な、かつクリスマスプレゼントとして適切でない返答だった。
食事時に質問したのが駄目だったのかもしれない、と今度は訓練の最中に同じ質問をぶつけると、
「熟女が欲しいです。あの、芯がとろけてマシュマロみたいな柔らかな乳房と、ただれた鎖骨からのラインが欲しいです」
という返事を提出された。用意出来るわけがなかった。
「あいつなら何をやっても喜んでくれるだろうけど、出来れば柳也が心から喜んでくれる物がいいよなぁ」
友人想いの悠人は悩んだ。
柳也はいったい何が欲しいのか。何を渡せば喜んでくれるのか。
しかし、どうにも良い案が思いつかない。
そこで、視点を変えてみることにした。すなわち、自分以外で柳也の親しい人物から聞き出す作戦だ。
ベストなのは佳織だろう。なんといっても柳也の幼馴染で、彼のことをいちばんよく知る人間だ。しかし、義妹は現在王城にて軟禁中の身、気軽に会いにいける環境にいない。
ゆえに悠人は、次点の人物に会いに行くことにした。
◇
「それで、わたしのところに来た、と」
悠人が選んだのは最近何かと柳也と一緒にいることが多いリリィだった。
付き合いの長さでいえば自分にすら劣るが、なんといっても柳也とは情を交わした仲との噂さえある彼女だ。女性ならではの視点からのアドバイスも期待出来た。
「それにしてもその、くりすます、ですか? どういう行事なんです?」
「もともとはキリストっていう聖人の生誕を祝う日だったんだ」
悠人はクリスマスについて、数少ない知識を総動員してリリィに説明した。
「世界的な宗教を興した人で、世界中にその風習が広まっていったんだけど、俺達の国ではそういう宗教的な要素は薄くて、単純なお祭りみたいになってる。ただ、お祭りはお祭りでも、それぞれの家族でパーティしたり、恋人同士で夜を過ごしたり、って感じだな」
「恋人同士……」
悠人の説明を受けたリリィは、何やら頬を赤く染め、黙りこくってしまった。
どうやら思考の海に浸っているようだが……なんだろう。時折聞こえてくる、「ああ、リュウヤさま……二人っきりだからってそんな!」みたいな呟きは。柳也について考えているのは間違いないようだが、プレゼントのことを考えているようには……。
「…………はっ。いけません。わたしとしたことが、ちょっぴり妄想に浸ってしまいました」
「いや、自分で言っちゃ駄目だろ」
悠人は思わず突っ込んだ。
普段、柳也の隣に立っている彼女からは、物静かというか、感情の起伏に乏しいイメージがある。それが、一気に塗り替えられた気分だった。
「プレゼントですよね、プレゼント……そうですね。ミリタリー好きのリュウヤさまですから、その方向でいっては?」
「いや、それは俺も考えたんだけど。この世界で用意出来る物がない。第一、俺はあんま戦車とか詳しくないし……」
「は? せんしゃ?」
「いや、俺達の世界のミリタリー用語……だと、思う」
「では……あまり言いたくないのですが、女性関連では?」
桜坂柳也の好きなもの。一に剣術、二に戦争、三に女。これ有限世界の常識なり。
躊躇いがちに紡がれたリリィの言葉に、しかし悠人はかぶりを振った。
「それも考えた。けど、女性関係で具体的に何をしてやれるかが思いつかない。まさか、本当に女の人をくれてやるわけにもいかないし」
女が駄目。ミリタリーが駄目。そうなると、いったい何を上げればいいのやら。
悩む悠人に、不意にリリィが声をかけた。
「……少し方向性を変えてみましょうか?」
「っていうと?」
「リュウヤさまが好きな物ではなく、リュウヤさまが必要としている物をプレゼントしてはいかがでしょう?」
「……なるほど。必要な物か」
蒙を開かれた思いだった。
いままで、柳也に喜んでほしい、という自分の気持ちばかりが先行して、彼の好きな物ばかりを選んでいた。
しかし、よくよく考えてみれば、本当に彼に喜んでもらいたいのなら、彼がいま本当に必要としているものを送るべきではないか。
悠人は出会ってから今日までの、柳也に関するありとあらゆる言動に思いを馳せた。
普段の言動。何気ない日常の中に散りばめられた、小さなヒントを掻き集めて、答えを探す。
「…………服とか、どうかな?」
「はい?」
「いやさ、柳也ってこっちの世界に来た時に、着ていた制服駄目にしているんだよ。だから、いまのあいつの着ているモノって、全部官給品なんだよな」
「なるほど。つまり、いまのリュウヤさまは公的な立場でいる時の服には困らないけど、プライベートな時間の時に着る服がないわけですね?」
「ああ。もともと柳也はそんなに着飾るタイプじゃないし。……貧乏だったし」
まだ現代世界の日本で暮らしていた頃の思い出が蘇った。
夕食の時、ふとしたきっかけで、佳織が柳也を話題にしたことがあった。あの当時はまだ、「柳也」ではなく「桜坂」だった。
『桜坂先輩って、背は高いし身体つきもがっしりしてるから、なかなかサイズの合う服がないんだよね〜。それにほら、サイズの大きな服って、ちょっと高くなっちゃうでしょ? そういうのもあって、先輩ってなかなか好きな服を着れないことが多いんだよね』
『そうか。……ところで、なんでそんなに桜坂の服装事情に詳しいんだ?』
あの後、佳織は必死になって自分と柳也の関係を否定していた。半泣きの様子だったが、はて、そんなに自分の声は恐ろしく聞こえたのだろうか。自分では普通に喋ったつもりだったのだが。
「あ、あの……ユートさま? お顔がとても恐ろしい形相になっていますが?」
「ん? そんなことはないだろう? 俺はいたって平常心だぁ」
「う、嘘です! 何を思い出しているのかは分かりませんが、いま、ユートさまはとぉぉぉぉぉぉぉぉっても、恐い顔をしています!!」
「そんなことはないさー。……チクショー、桜坂めぇ。俺の佳織に、色目を使いやがってぇ……」
悠人は作者の矮小な文章表現力では到底表せないほどの凄絶な形相で呟いた。
それはさておき、
「でも、服っていうのは案外、良い線いってるんじゃないかって、思う。……ほっといたら、あいつ、私服も軍服ばっかになりそうだし」
ダグラスからの私的な援助を知らない悠人は、溜め息混じりに呟いた。
「リリィさんだって、どうせデートするなら、ちゃんとした服を着た柳也の方がいいだろう」
「それはまぁ……って、ででで、デートって?!」
「あれ? リリィさんと柳也ってそういう関係じゃなかったのか? ……もしかして、俺、早とちりした?」
悠人はバツが悪そうに肩をすくめた。
よく、今日子や光陰から自分は色恋に鈍いと言われるが、こんなでは反論のひとつも出来ない。
ともあれ、方針は定まった。あとは実際に服を用意するのと、どんな服が良いか考えるだけだ。
悠人はリリィに礼を述べると、早速、エスペリア達のもとへ相談に走った。
◇
悠人から突然の面会を受けたその夜、リリィ・フェンネスは雇い主たるダグラス・スカイホーク通産大臣の執務室へ足を運んだ。
「ダグラス閣下」
「む? どうしたリリィ? お前から私のところに来るのは珍しいな」
食後のコーヒーブレイクの最中だったらしいダグラスは、キリマンジャロに似たやや酸味の強い液体を口に含むと、密偵の彼女を迎え入れた。
リリィはそんな上司に歩み寄ると、真剣な眼差しを向け、口を開いた。
「ダグラス閣下、教えてほしいことがあります」
「む。何だ?」
「はい。……その、サンタクロースというのは、どういう恰好をしているのでしょう?」
◇
スリハの月、緑、よっつの日。すなわち、ファンタズマゴリア版クリスマスイブ。
アセリア、オルファといった第一詰め所のプレゼント対象者が寝静まったことを確認した悠人は、ひっそり、とエスペリアの自室へと足を運んだ。二人に配るプレゼントと、完成したサンタの衣装を引き取るためだ。STFの隊長たる自分の部屋には、何かと来客が多い。そこで、イブの当日までエスペリアにプレゼントと衣装を預かってもらっていたのだ。
極力物音を立てぬよう努めながら扉の前に立ち、静かにノックを三回。秒と待たされることもなく、戸が開く。すると、クリーム色のネグリジェに身を包んだエスペリアが顔を覗かせた。
「お待ちしておりました、ユートさま」
つい先ほどまで、翌日のパーティに並べる料理の下ごしらえをしていたエスペリアは、疲労など微塵も感じさせない上品な微笑みとともに自分を出迎えてくれた。
見慣れたメイド服とは違った装いに身を包んだエスペリアの姿に、悠人は思わず、ドキリ、としてしまう。不思議なことに、服飾の技術が異様に発達している有限世界では、元来、『だらしない服』を語源とするネグリジェも現代世界のそれと遜色劣らぬデザイン性を有していた。エスペリアの、細身だが肉感的な身体のラインを、フリルで装飾されたネグリジェは、ぐっ、と引き立てていた。ただ眺めているだけで、男の本能を十分に刺激してくれる。情欲の炎が、燃え上がる。
いかんいかん、と悠人はかぶりを振って煩悩を退散させた。
いま考えるべきはスピリット隊の子どもたちのこと。子どもたちの笑顔(ついでに六尺豊かな大男が驚く顔)。
いかがわしい煩悩や妄想は捨てなければ。
【もっとも、原作ゲームではその子どもに手を出していたわけだが】
――うるさい。黙れ。バカ剣。
腰に差した〈求め〉に茶々を入れられ、悠人は憮然とした表情を浮かべた。
昂ぶり始めた性欲が、一気に霧散していくのを自覚する。
はてさて、スピリットのマナと身体を求めているらしいこの神剣は、自分を興奮させたいのか、萎えさせたいのか。
さておき、気を取り直した悠人は、エスペリアにサンタの衣装とみんなのプレゼントの所在を訊ねた。
エスペリアはクローゼットを開けると、まるで国宝級の古九谷でも扱うかのような手つきで、ワインレッドの衣装を取り出した。悠人のイメージを柳也が渋々スケッチに起こし、エスペリア達が縫ったサンタの服だ。上下だけでなく、黒革のベルトにミトンの手袋、帽子にブーツ、挙句の果ては白髭と、日本人がよく知るスタンダードなサンタの装いをほぼ完璧に再現している。エスペリア達の珠玉の一品だった。
「それから、こちらがみんなのプレゼントになります」
悠人にサンタの衣装を手渡したエスペリアは、次いでクローゼットの中から白地の袋を取り出した。内容積七〇リットルはあろう大きな袋だ。すでに全員分のプレゼントが収められているらしく、袋の外見は所々で四角く変形していた。この中には勿論、柳也へのプレゼントも入っている。
プレゼントの入った袋を受け取ると、ズシリ、とした重みが手首の筋肉を引き絞った。さすがに六人分ものプレゼントとなるとそれなりに重い。特に、シアーへのプレゼントがパンチを効かせているようだった。
「……ネリーがいなくても寂しくないように大きなヌイグルミが欲しいです、だっけ」
「シアーのプレゼントですね。ハリオンの提案で、熊のヌイグルミにしました」
「凄いな、これ。ヌイグルミだけで袋の半分使ってるぞ」
念のため袋の中のプレゼントの数を確認する悠人は思わず嘆息した。サンタの衣装と同様、デフォルメされた熊の人形も、エスペリア達の手作りであることを彼は知っていた。
「これもエスペリア達が作ったんだろ? 凄いよな、みんな。戦争なんかしなくても、これだけで食べていけるんじゃないか?」
「い、いえ。そんな……その、大したことではありませんから」
悠人の手放しの賞賛を受けて、エスペリアは気恥ずかしそうに微笑んだ。スピリットは基本的に誰かから褒められるということに慣れていない。それはエスペリアも同じで、悠人の言葉を受けた彼女は、頬を薔薇のように赤く染めるとそのまま俯いてしまった。
悠人はそんなエスペリアに微笑みかけ、言う。
「いや、大したことあるって。裁縫の技術もそうだけど、誰かのためにこんなに頑張れることがさ、俺は凄いと思う」
今回のことばかりではない。エスペリアやヒミカ、ハリオンといった、スピリット隊の年長組は、経験の浅い自分や若いスピリット達のために、いつも様々な形でサポートをしてくれた。時に厳しく、時に優しい彼女達の言葉が、行動が、どれほど自分達の身と心を救ってくれたことか。彼女達だって、辛くないはずはないのに。苦しくないはずはないのに。疲れた様子など微塵も見せず、いつだって誰かのために、エスペリア達は頑張ってきた。
「……そんなエスペリアには、ご褒美が必要だよな」
みんなのプレゼントが入った袋を閉じた悠人は、ブレザーのジャケットのポケットに右手を突っ込んだ。指先が、何やら柔らかな質感に触れる。目的の物を掴んだ悠人は、改めてエスペリアを見た。
じっ、と見つめていると、魂が吸い込まれてしまいそうな錯覚さえ感じてしまう深い孔雀石の瞳が、真っ直ぐ自分を見上げてくる。先ほど感じた性欲とはまた別な感情で、胸が高鳴った。頬が、やけに熱い。
悠人は一度だけ深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「エスペリア、手を出してくれないか?」
「え? あ、はい」
エスペリアは悠人に求められるがまま繊手を差し伸べた。これから何をされるのだろう、という不安と困惑、それに加えて、ほんの僅かな好奇心が、見上げてくる眼差しに同居していた。
悠人は左手でエスペリアの手を取った。ポケットから引き抜いた右手を、素早くその手に重ねる。今日というこの日のために用意したそれを、エスペリアに握らせた。両手を、きめ細やかな肌から離す。
桜色のリボンとクリーム色の袋で簡単にラッピングされたクリスマスプレゼントが、エスペリアの手の中にあった。
喜びよりも驚きの方が大きいのだろう。何度かの瞬きの後、エスペリアは目を丸くして、掌の中の物と、悠人の顔を見比べた。
気恥ずかしさからか、やや頬を朱色に染めた悠人はぶっきらぼうな口調で言った。本人としてはなるべく好意的な笑みを浮かべたつもりだったが、そのはにかみはどこかぎこちない。
「メリークリスマス、エスペリア。これ、俺からのプレゼント」
「ユートさま……」
「その、気に入ってもらえると、嬉しい」
「あの……開けてしまっても?」
「も、勿論」
ややどもり気味に答えた悠人の視線を感じながら、エスペリアは緊張した面持ちで袋の口を開けた。「あ」と、驚きの声。袋の中から出てきたのは、羊の毛並みが柔らかい手袋だった。
エスペリアの視線が、再び悠人の目へと向く。
「ほら、エスペリアって、訓練でも、家事でも、手を使うことが多いだろ? せっかく、綺麗な手なんだし、これからもっと寒くなるだろうし……エスペリアには、必要な物かな、って」
悠人は照れと緊張からしどろもどろになって答えた。女性に何かをプレゼントする時くらいクールな男を演じていたいが、自分には無理だと自覚させられる。こんな時、光陰だったらどうするだろうか。いやきっと、友人ならクールを意識しすぎてかえって三枚目なところを演じてしまうに違いない。
悠人は小さく溜め息をついた。まったく、締まらないにもほどがある。
エスペリアを見てみろ。プレゼントを受け取った彼女は、頬を紅潮させたまま、戸惑っているではないか。
「……ゴメン。エスペリア。やっぱ、迷惑だったよな」
「い、いえ! そんなことはありません!」
エスペリアは慌ててかぶりを振った。普段よりもやや強い語調の否定。彼女は受け取った手袋を大事そうに、宝物でも扱うかのように、胸に抱いた。
「嬉しいです。すごく。……さっきは、まさか自分が、プレゼントを貰えるなんて思っていなかったから、少し驚いただけで」
エスペリアはそう言って、可憐な笑みを浮かべた。見ている男の心を一瞬で虜にしてしまう、魔女の微笑みがそこにはあった。
「大切にします。ありがとうございます、ユートさま」
「ん。いいって」
そう、素直にお礼を言われると、ますます照れが助長されてしまう。悠人は「さ、そろそろ行かないと」と、サンタの衣装とプレゼントの入った袋を小脇に抱えた。さすがに、エスペリアの前で着替えは出来ない。
悠人はサンタのセット一式を抱えたまま、そそくさとエスペリアの部屋を退室した。
去り際、背中にかけられた「頑張ってください」の声が、温かかった。
◇
「というわけで……変、身ッ!」
ファンタズマゴリアの夜の下、ワインレッドの衣装を身に付けた白髭の男が、仮面ライダー新1号の変身ポーズを取っていた。正体は勿論悠人だ。万が一、有事と遭遇した場合に備えて、腰には<求め>を差している。
サンタの衣装を身に纏った悠人は、まず第一詰め所のオルファとアセリアへのプレゼントを配った。オルファの部屋へは楽勝で侵入することが出来たが、こと人の気配に関しては野生動物並に鋭いアセリアの部屋に忍び込むのは苦労した。それでも、<求め>の力を使いながらどうにかして気配を殺し、枕元にプレゼントを置くことに成功した。いまは第二詰め所へと向かう道すがらだ。
第二詰め所へと向かうブーツを履いた足取りは、重くはないが軽くもなかった。
サンタ姿の悠人の頭の中は、これからプレゼントを配る人たちのことでいっぱいだった。
――たぶん、ヘリオンのプレゼントは楽に配れる。ネリーとシアーは相部屋だから、どちらか片方に気付かれた時点でアウトだ。慎重にいかないとな。……問題は、柳也だ。
ある意味で、アセリア以上に厄介な相手が柳也だった。気配の察知能力のみでいえばアセリアに劣る彼だが、なんといっても友人はサンタの存在を絶対悪と見なしている。忍び込んだところを目撃されればただでは済まない。おそらくは、手加減抜きの斬撃が襲ってくるだろう。
――おい、バカ剣。仮に柳也と勝負したとして、俺が勝てると思うか?
【ふむ。……状況次第だろうが、十中六七、汝が負けるであろうな】
腰元の相棒は、きっぱり、と言い切った。
【神剣の位階だけで言えば我らに分があるが、汝の剣技はいまだあの者に届いておらぬ。また、いまの汝では我の力を十全に引き出すことも出来ぬ】
――ははっ。はっきり言うな。
【否定しようない事実だからな。とはいえ……】
――ん?
【これでも成長した方だ。この世界にやって来たばかりの頃の汝であれば、十戦やって一勝も出来なかっただろう】
――……それ、フォローしているつもりなのか?
【…………フン】
不機嫌さを滲ませた沈黙が、返答だった。相棒のらしくない態度に、思わず苦笑がこぼれる。先ほどまで頭の奥底に根ざしていた不安が、根こそぎ消えていくのを自覚した。
その時、悠人の視界に第二詰め所の洋館の壁が映じた。
にわか作りのサンタクロースは、プレゼントの入った袋を背負い直す。さぁ、意識を切り替えよう。これから向かうのはある意味で戦場なのだ。不安はいらない。恐怖を恋人に、勇気を友としろ。
ワインレッドの悠人は、そう、自分に言い聞かせると、洋館への道程を刻んでいった。
◇
第二詰め所へやって来た悠人は、事前にヒミカ達と打ち合わせしていた通り、洋館の裏口から入館を果たした。
日々六人分の食事を作っている台所に通じた裏口の戸を開くと、そこにはヒミカとハリオンがいた。エスペリアの時とは違い、こちらは二人とも部屋着のエプロンドレスを身に付けている。
「こんばんは、ユートさま」
「それから、いらっしゃいませぇ〜」
悠人を出迎えた二人は、早速サンタ業務の最後の打ち合わせを始めた。
といっても、要はプレゼントを配る順番を決めるための話し合いだ。プレゼントを配る上での最大の難関が柳也、という悠人の見解は、ヒミカとハリオンの二人にも支持された。難所は後回しにして、部屋への侵入が比較的簡単そうなヘリオン達から先に、プレゼントを置いていく方針を三人は決めた。
方針が決まった後は早速実行だ。人間の時間は有限で、サンタの活動時間は夜の間に限られている。仕事はなるべく速やかに遂行するべきだろう。
悠人が最初に向かったのはヘリオンの部屋だった。スピリット隊の最年少はオルファだが、軍歴でいえばオルファよりも若いヘリオンは、気配の探知能力も低い。部屋への侵入は容易だった。悠人は特に障害もなくプレゼントのマフラーを置いていった。
次に向かったのはネリーとシアーの相部屋だ。相部屋ということは単純に考えても目の数は二倍、それだけ侵入は難しい。悠人は〈求め〉の気配を極限まで殺し、物音を立てぬよう抜き足差し足、二人の枕元に立った。袋からプレゼントを出す際の音にさえ気を配りつつ、シアーには熊のヌイグルミを、ネリーには彼女の望んだ“くーるな女に必須の髪留め”のプレゼントを置いてやる。そして、部屋を出た。
ここまでは順調に終了。ミッションの八三パーセントを完了。
しかし、本当の難問はここからだ。悠人は最後に、柳也の部屋へと向かった。
◇
部屋の前までやって来た悠人は、まず戸に耳を当て中の様子を窺うことから始めた。
神剣の力で強化された鋭敏な聴覚が、友人の規則正しい寝息を捉える。どうやら眠っているのは間違いないようだが、まだ油断は出来ない。
なんといっても相手は“あの”桜坂柳也だ。良くも悪くも予想がつかない、規格外の男なのだから。
悠人は、アセリアの部屋へ立ち入った時以上の慎重さを指先に託して、そっ、とドアを開いた。
いきなり全開にせず、まずは僅かに開いた隙間から中の様子を覗う。朝の早い友人は、ベッドの上で眠っていた。ただしそれが、浅い眠りか、熟睡なのかは判別がつかない。
――ええい、ままよ。
悠人はさらに、ゆっくり、と戸を押し開けた。極力、音を立てぬよう心がけたつもりだが、それでも無音ではいられない。摩擦の音、木の軋む音が、青年の緊張を高めていく。
部屋に入った。一歩、また一歩と、慎重に抜き足差し足。子どもの頃に観た忍者のアニメを真似して習得したスキルが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「ん……んんんぅ……」
「ッ!」
不意に、ひときわ大きな寝息が悠人の耳朶を叩いた。ベッドの上でみじろぎ。不要な音を立てて起こしてしまったかと、悠人の全身の毛が逆立った。
緊張の一瞬。
柳也は寝返りを一つ打ち、また規則正しい寝息を続けた。
ほぅっ、と安堵の息がこぼれた。まったく、この男は起きていても寝ていても、いつも自分を驚かせてくれる。
柳也が寝ていると分かって安心した悠人は、彼の枕元にラッピングされたジャケットを静かに置いた。自身の数少ない給金を捻出して購入した物で、カジュアルだが所々に垣間見えるミリタリーな意匠に一目惚れした一品だった。
――メリークリスマス、柳也。
与えられた任務はこれにて終了。
胸の内で聖夜を祝う言葉を告げた悠人は、何気なし柳也の寝顔を見た。そして、目が合った。
「…………」
「…………」
見つめ合う二人。黒と黒の視線が交錯し、沈黙の時間が続く。柳也は、ばっちり、目を覚ましていた。
頭の中が真っ白になる。考えが、上手くまとまらない。意志とは無関係に、口が勝手に言の葉を紡ぐ。
「…………ホーホーホー。メェェェリ、クリスマス」
「て、テメェ……サンタぁぁぁぁあぁあああああ―――――!!!!!」
常日頃から用心深い柳也は、就寝時も脇差だけは一瞬で手の届く所に置いている。
素早くベッドから起き上がった柳也は脇差を掴むなり抜刀、裂帛の気合を口から迸らせ、一尺四寸五分の白刃を真一文字に滑らせた。
悠人は反射的に後ろに退いた。とにもかくにも敵の第一撃を凌ぎ、こちらの第一撃を命中させろ、とは他ならぬ柳也の教えだった。間一髪で、脇差の間合から離脱する。
ベッドから飛び降りた柳也は、必殺を期した初太刀を避けられたことに舌打ちした。
「テメェ……とうとう今年は、子どもだけに飽き足らず、大人の俺まで誘拐しようっていうのか!? そうは問屋がおろさんぞ!」
「い、いや、ちが……」
「問答無用! 直心影流、夏の太刀筋、受けてみやがれ!」
直心影流の太刀筋は春夏秋冬。状況に合わせた四季の太刀裁きが最大の特徴だ。そのうちの一つ、苛烈な夏の太刀筋が、悠人の袈裟を狙う。
悠人は咄嗟に<求め>を引き抜くや白刃に叩きつけて防御した。剣技では柳也に劣る悠人だが、純粋な身体能力では自分の方に分がある。抜き打ちの速さは、目の前の友人にも負けない。
そのまま鍔迫り合いに持ち込むことなく、悠人は床を蹴って後ろに退いた。
すぐさま第二撃に備えて態勢を整える。
が、予期した追撃は、一向にやってこなかった。
見れば、柳也は、わなわな、と身を震わせ、愕然とした表情で自分と、自分の手の中の永遠神剣を見つめていた。
「も、<求め>、だと……?!」
しまった、と気が付いた時にはもう遅い。
正体がばれたか。
身を硬くする悠人に、しかし柳也は予想外の言葉を投げかけた。
「ま、まさか……テメェ、悠人までかどわかしやがったなぁ!」
柳也はどこまでも勘違いしていた。サンタのおじさんが子ども達にプレゼントを配る理由も、目の前の男が友人の神剣を持っている理由も。要するに、彼はアホだった。猪突猛進。一度思い込んだらどこまでも突っ走らなければ止まれない、獣だった。
「許さん! 許さんぞ、サンタぁぁぁぁぁぁあああ――――――!!!」
憤怒の形相の柳也は咆哮した。
黒檀色の瞳が、禍々しい炎を灯した。
なお、今更ながらこの小説は、遠くスウェーデンの山奥で働いている本職のサンタクロースの皆さんをけなしたい、という意図の下に書かれたお話ではない。念のため、断っておく。
「食らえェッ! 桜坂柳也の怒りの必殺剣! スパイラル大回転んッ――――――」
柳也は壁に立てかけていた同田貫を引っつかむとすかさず抜刀、自らの最大の奥儀で眼前の敵を仕留めるべく肉迫した。
つむじ風が、悠人の頬を撫でた。
目の前を、黒い風が通り抜ける。
防御も、回避も、ありとあらゆるディフェンスを、試す暇すらなかった。
神剣の位階の差、身体能力差をあっさりと覆す、柳也の必殺剣が、迫っていた。
内懐に潜り込んだ柳也は膝を折り、両手の二刀をはためかせ、跳躍――――――、
「こおら! いい加減にしてください〜〜〜ッ」
――――――しようとして、間の抜けた声に出鼻をくじかれた。
見れば、部屋の入り口にハリオンが立っていた。
どうやら、自分達の発する、どたばた、とした物音が我慢出来ず、駆けつけたらしい。
相も変らぬにこにことした笑顔は、悠人をして思わず微笑を返したくなってしまうが……なんだろう、この、奇妙なプレッシャーは?
なぜだか分からないが、いまのハリオンには逆らってはいけないような気がした。本能が、そう告げていた。口答えをすれば、反論をすれば、明日の日の出を迎えられない確信が、背骨を貫いていた。そしてそれは、目の前の友人も同じらしく、柳也は慌てて必殺剣の構えを解いた。
突然の闖入者によって戦いをやめざるをえなくなった二人に、ハリオンは言う。
「二人とも、いま何時だと思ってるんですかぁ? 良い子はもう寝る時間です。柳也さまも、サンタのおじさんも、あんまり煩くしたら、めっ、ですよ?」
ハリオンは笑っていた。
いつもと同じ、男達の本能をとろけさせる、にこやかな笑みを浮かべていた。
それなのに、それなのに……なぜ、その笑顔を眺めていると、冷や汗が止まらないのか!?
【け、契約者よ、早くこの場から立ち去るのだ。あ、あの妖精に近付いてはならぬ……!】
珍しく怯えた〈求め〉の言葉が、脳髄を痺れさせる。
悠人は無我夢中でハリオンの言葉に頷いた。
頷かなければ、自分に明日はない、と本気で思った。
見れば、隣では柳也も必死に首を縦に振っている。
「じゃ……じゃじゃじゃじゃじゃあ、俺、行くわ。お、お邪魔しました〜」
三六計逃げるにしかず。
かつてない生命の危機を本能で察知した悠人は、そそくさと柳也の部屋を退室した。なにはともあれ、プレゼントを届けることは出来たのだから、良しとしよう。
背後からは男の悲鳴。
「俺が悪かった〜!」とか、「だからお仕置きだけは勘弁してけろ〜〜ぅ」とか、友人の声が聞こえたが、気にしない。
悠人は一仕事終えた後の心地良い疲労感に身を委ねながら、第一詰め所への帰路へと就いた。
◇
翌日、昼。つまり、ファンタズマゴリア版クリスマスの当日。
第一詰め所の玄関の戸を、六尺豊かな大男の手が叩いた。勿論、柳也の手だ。その後ろには、ヒミカを始め第二詰め所で暮らす妖精の少女らの姿がある。
「たのもー」
来訪時のお約束の挨拶を口にして数秒、ぱたぱた、という足音が聞こえて、ドアが開いた。出迎え役は、大方の予想を裏切って、アセリアだった。
「ん。よく来た」
「そりゃあ来るさ。なんといっても今日はクリスマスだからな。美味いモン喰い放題だぜ♪」
花より団子を地で行く柳也だった。彼の意識は早くも、パーティで振る舞われるエスペリアやヒミカの料理に向いていた。
そんな柳也の態度が共感出来たか、アセリアは「ん。わたしも料理は楽しみだ」と、頷いた。こころなしか口調が弾んで聞こえたのは、はたして柳也の聞き間違えだったか。
勝手知ったる第一詰め所。アセリアのお出迎えを受けた柳也達は、続々とリビングに入室した。
リビングにはエスペリアを手伝って右へ行ったり左へ行ったりを繰り返す、我らが隊長殿の姿があった。両手に鍋掴みを装着し、おたまとエプロンで武装したその姿は、どうやっても主夫にしか見えなかった。
「お、みんな、いらっしゃい」
「……おい、悠人。仮にも隊長ともあろう者が、部下にそんな姿を見せるって、どうよ?」
「言うな。副隊長……っと?」
柳也の言葉に苦笑をこぼした悠人は、そこで友人の服装がいつもと若干異なっていることに気が付いた。ファンタズマゴリアに召喚されたその日、柳也は着ていた制服を駄目にしてしまっていた。以来、彼の装いは公私ともに基本は軍服だった。その軍服の上に、今日はジャケットを羽織っている。見覚えのあるジャケットだった。大容量のカーゴポケットがたくさん付いた意匠は、現代世界のミリタリーベストを連想させる品だ。
「柳也、それ……」
「ん? いや、実はな、昨晩、不審者が部屋に侵入しやがってな。幸い、俺は怪我もなく、盗られた物もなかったんだが……なぜか、枕元にこのジャケットが置いてあったんだ。捨てるのも勿体無いし、この際、俺の服にしてしまおうと思ってな。……どうだ、なかなか似合うだろう? いつもより二割増しで男前に見えないか?」
柳也は悠人にジャケットを見せびらかしながら、からから、と笑った。
そんな彼の態度に、悠人は苦笑をこぼす。似合っているに決まっている。男前になるのも当然だ。なぜならそれは、自分が吟味に吟味を重ねて、選んだ一品なのだから。
「ああ。似合ってる」
「そうか。似合っているか」
嬉しそうに微笑んだ柳也につられて、悠人もまた莞爾と微笑む。子どもがそのまま大人になったかのような男の浮かべる満面の笑みが、悠人には嬉しかった。
台所から甘い肉汁の香りが漂ってきた。移り気な友人はその匂いを嗅いで、さらに笑みを深めた。
おまけ
謎のサンタクロースの襲撃から二時間後、ハリオンの説教タイムからも解放された柳也は、ひとりベッドで、ぐったり、としていた。
夜という、体を休めるための時間帯に起きた突然の戦闘、突然の説教は、彼の体力を深刻なレベルで奪っていた。
「……今日はもう寝よう」
疲弊からかすれた声で呟いた柳也は毛布を頭から被り直した。今度こそ安らかな眠りを迎えられますように、と念を篭め、瞼を閉じる。と、その時、カタン、という小さな音が、彼の耳朶を撫でた。
――……またかよ。
布団の中で、小さく溜め息をついた。
音は、柳也の部屋の窓の方からした。さらに続けて、きぃぃ、とガラス戸が開く音。部屋の窓は内側から押して開くタイプの窓だ。外からの風が窓を開けることは通常ありえない。何者かが部屋への侵入を試みているにあい違いなかった。
いったい何者なのか。まるで見当がつかなかったが、このような時分に窓からの侵入を試みるような手合いだ。剣呑な輩に違いない。
――今度はいったい誰だ?
寝返りをうつ振りをしながら、左手を壁に立てかけた脇差の鞘へと近付ける。
布団から顔を出し、薄く目を開くと、見慣れた顔が、そこにあった。
「……リリィ?」
意外な人物の登場に、思わず口に出して呟いていた。
窓からの侵入などという剣呑な手段を取って現われたのは、なんとリリィ・フェンネスその人だった。部屋の窓辺に腰掛けた彼女は、柳也が起きていたことに対する驚きもなく、いつもの冷徹な仮面を被り、彼を見下ろしていた。
月明かりに照らされた小麦色の頬はほんのりと上気しており、同年代の少女とは思えぬ妖艶な色香を醸し出している。
薄っすらと青い月の輝きを宿した瞳に見つめられ、柳也は思わず、ドキリ、としてしまった。
「こんばんは、リュウヤさま」
「あ、ああ……こんばんは」
柳也は上体を起こすと、リリィに応じた。凶悪な面魂には、いまは困惑の表情が浮かんでいる。こんな夜遅くにやって来て、リリィはいったいどういうつもりなのか。その目的は何なのか。なぜ、玄関からやって来ずに窓からの侵入を試みたのか。いくつもの疑問が頭の中に浮かんだが、とりあえず、柳也は目下最大の疑問を口にした。
「その、リリィ……その恰好は?」
部屋にやって来たリリィは、見慣れた王国軍の制服を着ていなかった。ワインレッドのジャケットに同じくワインレッドのミニスカート、頭には同色のナイトキャップを被り、丈の長いブーツを履いている。いわゆる、ミニスカサンタのコスプレだった。
リリィは密偵の仮面を被ったまま、無表情に言う。
「ユートさまからクリスマスとサンタクロースについてお聞きしました。それで、ダグラス閣下にサンタクロースがどんな恰好をしているのか聞いたところ、サンタには女性ヴァージョンもあるのだが、と、この服を用意してもらったんです」
「ダグラス殿……なんて良い趣味をしているんだ?! ってか、あんたホントにアメリカ人か?!」
柳也は思わず天を仰いだ。天井の染みの形が、不思議とダグラスの顔に見えてしまう。木目肌の通産大臣は、不必要にニヒルな笑みを浮かべて親指を立てていた。白い歯が、キラリ、と輝いている。ものごっつ憎たらしかった。
それはさておき、柳也は改めてリリィを見た。丈の短いスカートと、丈の長いブーツの間に見えるふくらはぎ、ふとももが、非常に魅力的だった。また、もとよりリリィは密偵として鍛えているだけあってスレンダーな体格をしている。可愛らしいサンタの衣装とのミスマッチ感が、独特のセクシーさを醸成していた。思わず、むしゃぶりつきたくなってしまう。
自分を見つめる男の眼差しに、情欲の炎を見取ったか、リリィはほのかに頬を染めた。
柳也は自分が好色な笑みを浮かべていることを自覚しながらも、それを引っ込めることなく、リリィに問うた。
「して、そんな恰好で、こんな夜分に、このような野獣そのものの男の部屋に一人でやって来た、その真意は?」
「プレゼントです。サンタクロースは、良い子にプレゼントを配る存在だと聞いています」
リリィは窓辺から立ち上がると、柳也のベッドに腰を下ろした。
上体を起こしたままの男の肩に、自然な仕草で背中を預ける。そっ、と耳元で囁いた。
「プレゼントはちょっとしたサプライズです。この姿のわたしを、リュウヤさまの好きにしてください」
「……そんなオチだろうと思ったよ」
「嫌ですか?」
「嫌なわけがあるか」
細い肩に、腕を回した。腕力に任せて抱き寄せてやると、ちょうどリリィの顔が自分の胸元にやって来た。星の輝きを溶かし込んだ眼差しが、真っ直ぐ見上げてくる。何を求めているのかは、すぐに分かった。
柳也は、そっ、と彼女の頬に手を添えると、自らの唇を、少女の唇へと近づけた。
<あとがき>
タハ乱暴「番外編のあとがきの相方はヒロインに務めてもらおう! ということで、今回の相方、高嶺悠人君です」
悠人「誰がヒロインだよ。……読者の皆さん、永遠のアセリアAnother番外編、お読みいただきありがとうございました!」
タハ乱暴「本作のコンセプトは、友情物語。柳也のために頑張る悠人の姿を見ていただければ嬉しいです。あと、何気に万能キャラなダグラス大臣の暗躍も」
悠人「ミニスカサンタのコスプレは、オリキャラで、かつ番外編だから出来た暴挙だよな。……ところでタハ乱暴、お前、十一月の後半辺りから私生活が忙しすぎて、ずっと執筆時間が取れなかったらしいな?」
タハ乱暴「うん。だからこの話は実はリハビリ小説だったりします。流石に本編でリハビリ試すわけにはいかないので、番外編でやっちまいました。これも番外編だから出来ること」
悠人「なるほどな。……それで、今後の番外編の構想は?」
タハ乱暴「いま考えているのはエスペリアのifルートと、テム様のifルートだね。……あと、朱里のifルート」
悠人「おい、それって本編後のおまけの話か?」
タハ乱暴「うん。あのおまけ、ほとんど遊びで書いているんだけど、意外と柳也と朱里って良いコンビなんだよねぇ〜。あと、鈴々も」
悠人「まぁ、根が兄貴分的なキャラだからな。ああいう幼さをウリにしたキャラとは絡ませやすいんだろ」
タハ乱暴「まさしくその通り! でも、さすがに朱里ifルートを番外編にして良いのかどうかは、疑問だけどね」
悠人「そっか……。ちなみに、前回アセリアが訊いていたから俺も訊くけど、今回の話は原稿用紙何枚分になったんだ?」
タハ乱暴「んう? 字数だけでいえば原稿用紙四五枚だねぇ。ちょっと多いなぁ。……しばらく書いてないと、文章をコンパクトにまとめる技術がずいぶん衰えている」
悠人「お前に文章構成能力がないのは元からだろうが……さて、永遠のアセリアAnother番外編、お読みいただきありがとうございました!」
タハ乱暴「本編の方もよろしくお願いします」
悠人「ではでは〜」
柳也の欲しいものは既に良い子供の領分を越えている為、自動で却下されました。
美姫 「でも、似たような物が後からプレゼントされたじゃない」
プレゼント自身からな。サンタを目の仇にしておきながら、良いプレゼントを貰いやがって。
美姫 「他の面々には何とか気付かれずにプレゼントを渡せたみたいで良かったじゃない」
確かにな。アセリア辺りはどうなるかと思ったけれど、思った以上に求めもやるな。
美姫 「本編ではあまり出番がないから忘れかけていたけれど、高位の神剣だけの事はあるわね」
アセリアでのクリスマスネタ、ありがとうございました。
美姫 「ありがとうございま〜す」