――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日、夜。


「これは不味いことになった」

 制圧したリモドアの基地司令部に主だった面々を集めたラキオス王は、開口一番そう言った。

 いわゆる闘将の相と形容される切れ長の双眸が、ほの暗い眼光を発しながら居並ぶ顔ぶれを見回す。

 軍議の席には、各部隊の大隊長と王都直轄軍の参謀長、そして悠人と柳也、リリアナの姿があった。

「まさかバーンライトがサモドア山道の門を開けるとはな。牽制のためにラセリオに置いた戦力も、あ奴らの目には脅威と映らなかったか」

 続いたラキオス王の言葉には、深い懊悩が滲んでいた。

 バーンライトの第一軍に不穏な動きがあることはダグラスの密偵からの報告でラキオス王も知っていたはずだが、やはり、まさか、という思いは拭えないのだろう。バーンライトの今回の行動は、それほどに予想外のアクションだった。

「あるいは、その脅威を認識した上での行動かもしれません」

 暴れん坊参謀こと王都直轄軍参謀総長のヴェルナー・キーニッツが言った。

「開戦以来、バーンライトは押されっぱなしですから。正面からぶつかってもラキオスには敵わないと判じ、あえてラセリオ方面に活路を見出したのかもしれません」

「敵の企図するところがどうあれ……」

 一〇一スピリット大隊隊長のヴァルター・ネーリングが口を開いた。

「我が軍はバーンライトのこの行動に対し、どうアクションを返すか、早急に決めねばなりません。ヴェルナー参謀長、まずは、データの洗い出しをお願いしたいが」

「分かりました」

 ヴェルナー参謀長は卓上に地図を広げた。例によってラキオスとバーンライトの主要な都市を記した勢力地図だ。

 ここで改めて両国の主要都市の位置関係をおさらいしておくと、まず北方の最北に王都ラキオスが位置している。その四〇キロメートル東にエルスサーオが位置し、そこから南南東に八〇キロメートルほど進んだ地点にリーザリオがあった。さらにリーザリオから南東に六〇キロメートルほど行った地点に、現在柳也達が駐留するリモドアがあった。敵国王都サモドアは、リモドアから南西一〇〇キロメートルほどの地点にあり、そこからサモドア山脈を通って北西に一〇〇キロ進んだところに、問題のラセリオはあった。ラセリオは王都ラキオスから南に六〇キロに位置する都市でもある。

 これら各都市の位置情報を確認した上で、ヴェルナー参謀長は滑らかに舌を動かした。

「最初にはっきりさせておきますが、今回のサモドア山道の門戸開放の動きは、タイミングから見て、我が軍のリモドア占領に対するアクションではない、と考えられます。おそらくバーンライトは、リーザリオ占領の直後辺りから、今回の作戦の準備を進めていたのでしょう。事実、情報部の諜報員も、この時期、迅雷作戦なる作戦コードがまことしやかに囁かれていた事実を確認しています」

 ここでいう情報部諜報員の中には、勿論、ダグラスが私的に雇っている密偵の存在も含まれている。特にサモドア王城に出入している〈隠六番〉は、王国軍に貴重な情報の数々を提供していた。サモドア山道の門戸開放の情報をラキオスがいち早く知れたのも、〈隠六番〉の存在によるところが大きかった。

「次に、今回の敵の行動――相手の作戦コードをそのまま用いて、迅雷作戦と称しますが――の目的をはっきりさせたいと思います。すでに聞きおよびの方も多いかと思いますが、バーンライトの今回の標的は、明らかに我が国の王都だと考えられます」

 ヴェルナー参謀長は、きっぱり、とした口調で言い切った。

 ダグラスの密偵達や情報部が入手した情報によれば、迅雷作戦は、サモドア山道を通過して国境線を越境した部隊が王都ラキオスを攻撃する捨て身の奇策だという。ある程度の防備を固めているラセリオは無視して素通りし、主力が不在のラキオスを衝くという、なんとも大胆不敵な作戦だった。

 情報によれば、バーンライトは迅雷作戦をラキオスに対する起死回生の一打と捉えているらしい。

 エルスサーオを襲撃した下手人引渡し要請から始まった此度の戦争は、事前に戦争の準備を進めていたラキオスが、いまのところは有利に進めていた。

 迅雷作戦の戦略目的は、このラキオス優勢の流れを逆転させることだという。そのための戦術目標に、王都への攻撃を設定したのは、なるほど順当といえた。政治の担い手が民衆ではなく、一部の王族に限られているラキオスでは、王都を直接攻撃されるという事態は、何にも増して大きな痛手となりうる。

「続いて、両軍の戦力についてざっと概観いたします。迅雷作戦に投入された敵戦力は、山岳大隊のスピリット一五体です」

 山岳大隊。

 ヴェルナー参謀長がその単語を口にした途端、場の空気が凍りついた。

 第一軍の山岳大隊といえばバーンライト最強のスピリット部隊だ。その精強さ、勇猛さは、敵国ラキオスにも鳴り響いている。ダーツィからの外人部隊も、何体か抱えているという。

「彼女達の目的は無論、サモドア山道を通過してラセリオの防衛線を突破、ラキオスを襲撃することにあります。

 対して我が軍の戦力配置ですが、まずラセリオの防衛戦力は、スピリット二四体を基幹としております。ただ、現在のラセリオにはこの数字の七五パーセントの戦力しか駐留しておりません」

「それはなぜか?」

 三〇一スピリット大隊長のズカサマ・ベワカが訊ねた。

「先のラース襲撃事件で壊滅したラースの防衛戦力の補填のためです。現在、ラセリオからは六体二個小隊のスピリットが、かの地へ派遣されています。勿論、これを呼び戻すことは可能ですが……」

「問題は、そうするには時間がかかりすぎる、ということですね?」

 そう言ったのは一〇一歩兵大隊長のオットー・ラッシュだった。

 軍歴二〇年のベテランで三九歳。特に士官学校の成績に優れているわけでなく、体力に恵まれているわけでもない。しかし、なんといっても経験が豊富だ。与えられた仕事に対してはちゃんと成果を出し、部下を取りまとめるのも上手い。輝かしい軍功とは無縁の軍人だが、まさしく王国軍の縁の下を支える人物だった。

「ラース・ラセリオ間の距離は約一六〇キロ。スピリットの足でも、最短で二日はかかる距離です。ラセリオを発った伝令がラースへ到着するまでに二日。部隊移動の事務手続きを終えるまでに一日。件の二個小隊がラセリオに戻るまでにさらに二日かかるとして、五日の旅路です。

 このような亀の歩みでは、ラースの二個小隊がラセリオに到着する頃には、現地の部隊は壊滅しているでしょう。山岳大隊は強い。僅か三体の戦力の優越は、彼女らに対して優位とはなりえません。

 それをするくらいなら、このリモドアから部隊を送り込んだ方がまだ早い。街道を使えば二四〇キロで済みますからな。約八〇キロ分の時間の節約になります」

「現時点でラキオスにはどの程度の戦力が常駐しているのか?」

 ベワカ大隊長が訊ねた。エルスサーオ方面軍出身の彼は、王都直轄軍の詳しい戦力事情を知らない。

「現在、ラキオスには初等訓練途上のスピリットが十体ほど常駐しております。ただ、これらのスピリットは練度のバラつきが大きく、まともな戦力としては数えられません。正規兵は二三〇名が残っております。

 最後に、現在、このリモドアの地に集結した我が軍の戦力について。昼間の戦闘でいくらかのダメージを負ったとはいえ、我が軍はいまだスピリット戦力六二体を保有する強大なものです。しかもそのうち二体はエトランジェ。正規兵も、負傷者を除いてもまだ六〇〇名以上が健在です」

「して陛下、どうなさるおつもりですかな?」

 ヴァルターが訊ねた。敢闘精神旺盛な彼は、早くも暴れたくてうずうずしている様子だった。

「本職の考えますところ、我が軍が取りうる戦略方針には三つの選択肢があるかと思われます。

 一つ、このリモドア戦線から戦力の一部を引き抜き、ラセリオ方面軍及び主力不在の王都直轄軍の援護に向かわせる案。これは時間との戦いですな。援護の部隊がラセリオやラキオスに到着するのが早いか、バーンライトの山岳大隊がサモドア山脈を下山するのが早いか。リモドアからラセリオまでの二四〇キロという距離は、スピリットの足ならば三、四日あれば詰められる距離です。ただ、この三、四日は全速力で、まったくの休みなしで、という計算です。実際には五〜七日は要するでしょう。他方、サモドア山脈は険しい山と聞き及んでおりますが、山岳大隊はその名の通り山岳戦闘のプロ集団ですから、もしかするとあの山を五日かそこいらで下山してしまう可能性があります。なかなかスリリングな博打になるでしょう。

 二つ目は、リモドア戦線の戦力はこのまま動かさず、迅雷作戦に対しては、王都の現戦力とラセリオ方面軍に対処を一任する案です。サモドア山道の門戸開放の情報は、程なくしてラセリオ・そして王都にも伝わることでしょう。幸いにして王都にはレスティーナ国防大臣がおります。我々は基本的な戦略方針を伝えて、後の指揮を王女様に任せることが可能です。但し、この案は失敗した際のリスクがあまりにも大きなものとなります。もし、ラセリオ方面軍が迎撃に失敗すれば、バーンライトは王都とラセリオを叩きたい放題になってしまいます。

 三つ目は、より積極的な攻勢案です。ラセリオへは戦力を送らない。その代わり、スケジュールを早めて明日にでもリモドアを出発、山岳大隊不在の隙を衝き、サモドアを叩く作戦です」

 ヴァルターが提示した三つの戦略方針に、居並ぶ将帥達は顔を見合わせた。

 特に、歴戦の勇将らしい好戦的な三つ目の選択肢が彼の口から上った途端、軍議の席はざわついた。

 敵迅雷作戦に負けず劣らずの、なんとも大胆不敵な作戦だ。なるほど、山岳大隊が下山するよりも先に我がほうがサモドアを占領してしまえば、敵がラキオスを攻める意味はなくなる。

 とはいえ、いくらなんでも明日出発というのは性急すぎやしまいか。兵達も今日の戦でだいぶ疲れている。ここはたっぷり休息を取って英気を養い、サモドア攻略作戦はそれから発動すべきではないか。

 喧々囂々とした喧騒は次第に大きくなり、そんな中、やがて一人の人物が挙手をした。

 ヴァルター大隊長の頼れる相棒、一〇二スピリット大隊のハンス・エーゼベック大隊長だった。

 ハンスの顔を見て、ラキオス王は不適に微笑んだ。

 ヴァルターが積極論を好むのに対し、ハンスが至上とするのは慎重かつ確実な戦い方。

 まったく正反対な戦い方を好む二人だけに、彼らが意見をぶつけ合った果ての結論は、これまで何度もラキオスに勝利という栄光を与えてきた。

 ハンスはラキオス王の顔を見た。

「ヴァルター大隊長が提示した三つの方針は、どれも一長一短です。リモドアの占領によって、陛下ご立案のクルセイダーズ・プランはついに第三段階を終了しました。次はいよいよ最終段階、サモドア攻略作戦となります。

 クルセイダーズ・プランはここまで、おおむね順調に進んでおります。この大切な局面で、大切な主攻方面での戦力分散は愚策中の愚策。とはいえ、現状のラセリオ方面軍の戦力では山岳大隊と戦うには心許ないものがあるのもまた事実です。かといって、いますぐサモドアを攻めるのも良策とは言えません。圧倒的に、準備が不足しておりますゆえ」

「ではどうすればよいというのだ?」

 自身の意見をすべて否定されたヴァルター大隊長は、しかしニヤリと笑って訊ねた。

 ハンスは自分と違う考えの持ち主だ。彼と議論をぶつけ合うことは、ヴァルターにとって至福の時間であり、実りある時間だった。

 ハンスは淡々と続けた。

「客観的に見て、ここはやはり第一の戦略方針が最も成算が高い案に思われます。ただ、先ほども申しました通りこの局面での戦力分策は愚挙にございます。よって、ラセリオへの援軍には最小の規模で、最大の成果を挙げられる精鋭を選りすぐるべきでしょう」

 ハンスは視線をラキオス王から柳也へと向けた。

「エトランジェ・リュウヤ、たしか貴公は、スピリット・タスク・フォースの話を陛下に提案した際、この部隊を機動力に優れる部隊としたい、と申していたな?」

「ええ」

 柳也はニヤリと笑ってハンスを見た。

 彼には大隊長の言わんとすることついて、おおよその察しがついていた。というより、背後を衝かれんとしているこの状況、この文脈で、そうならない方がおかしいだろう。

 はたして、柳也の予感は的中する。

「その自慢の機動力とやらだが、こういう時にこそ活かすべきではないかね?」

「大隊長のおっしゃる通りですな」

 柳也は頷いた。

「我がSTFならば、リモドア方面の戦力減少は最小限に留めることが出来、かつラセリオの戦力を最大限に増強することが可能です」

 伝説の四神剣の一振り〈求め〉と契約を交わしたラキオスの勇者、高嶺悠人。

 守護の双刃を自称する桜坂柳也。

 そしてラキオスの蒼い牙の異名を取るアセリア・青スピリット。

 この三人を擁するSTFは、僅か一〇名ながら名実ともにラキオス最強の戦力だ。なんといっても、ラキオス最強の青スピリットと、エトランジェ二名を擁している。この一〇人がラセリオ方面軍のスピリット隊と合流すれば、かの地にはスピリット四個大隊に相当する戦力が集結することになる。たとえバーンライトの精鋭山岳大隊が攻めてきたとしても、十分戦うことが出来る。

 また、オペレーション・ゴモラの成功によってリモドアに集結したスピリット戦力は、エトランジェ二人を含めて六二。ここからSTFを別の戦線に向けて引き抜いたとしても、五二人ものスピリットが残る。それだけの戦力があれば、十分、リモドアの確保は可能だ。

「悠人、俺達でやろうぜ」

 柳也は隣に座る悠人を見た。

 STFの隊長はなんといっても彼だ。彼が口を開かねば、何も始まらない。

 悠人はしばしの沈黙を挟んだ。

 ラセリオが落とされれば、次は王都が脅威に晒されることになる。王都には佳織がいるのだ。絶対に、それだけは阻止しなければ。

 悠人は静かに、しかし力強く頷くと、挙手をした。

 ラキオス王が彼を指名する。

 名前を呼ばれた瞬間、悠人は一瞬、嫌そうな顔をした。しかしすぐに表情を引き締めると、丁寧な言葉遣いで彼は言った。

「……国王陛下に上申します。俺達STF隊を、ラセリオに派遣してください」

 悠人の上申に、ラキオス王は満足げに笑った。

 

 

「悠人、ちょっとだけいいか?」

 司令室を退室し、接収した詰め所へと向かう道すがら、不意に柳也が口を開いた。

 両手を合わせ、申し訳なさそうに言う。

「申し訳ないんだが、ちょっと立ち寄る所を思い出した。詰め所にはすぐ戻るから、先に行ってみんなを起こしておいてくれ」

「分かった。……柳也」

「ん?」

「今度の迅雷作戦だけど、勝算は……?」

「勝つ。それだけだ」

 悠人の問いに力強く言い放って、柳也は足早に駆け出した。

 詰め所への帰路をはずれ、別な場所へ通じる道をひた走る。

 やがて柳也を取り巻く景色は一変し、彼は雑木林の中へと足を踏み入れた。

 バーンライトは国土全体が痩せた土地だが、それでもリモドアの周辺はまだ肥沃な方で、森と呼べるような木々の茂りをいくつか見ることが出来る。

 林の中に入った柳也はそこで立ち止まると、口を開いた。

「……ここなら誰もいないぞ」

 独り言というよりは、まるで誰かに語りかけるかのような口調。

 はたして、柳也の呟きから数秒の時を置いて、彼の背後に人の気配が出現した。

 聞き覚えのある息遣いだ。忘れようはずもない。行為にこそ及ばなかったとはいえ、互いに裸を見せ合った仲だ。

 柳也は後ろを振り返った。童顔でかわいげのある顔立ちをした女性が立っていた。

「数日ぶりだな、ネネ。息災だったか?」

「ええ。リュウヤさまもお元気そうですね」

 ネネ・アグライア。ダグラス・スカイホークが私的に抱える密偵の一人で、詳しくは知らないが柳也と同じエトランジェの女性だ。コードネームは〈隠五番〉。リリィがラキオスの使者としてバーンライトに行っている間は、柳也とダグラス通産大臣とを繋ぐ連絡役としての任を与えられている。

「リモドアにはいつ?」

「つい先ほどです」

「リーザリオでの仕事はどうした?」

「暖簾を畳みました。いまは本業に専念しています」

「また随分と日本的な表現を使うなぁ」

 暖簾という懐かしい単語を耳にして、柳也は思わず苦笑した。

 柳也とネネのファーストコンタクトはリーザリオにあるとある娼館でのことだった。柳也が客としてネネを買い、ネネが娼婦を装って柳也にコンタクトしてきたのだ。柳也が件の娼館に足を運んだ時は、彼女は店のナンバー2だった。その彼女が辞めたということは、あの娼館にとっては大打撃だろう。

「それで、今回は何の報告だ?」

「いえ、今回は特に連絡事項があるというわけではありません。ただ……」

「ん?」

「迅雷作戦のことで、リュウヤさま達が何かお困りでしょうと思いまして」

 ネネはそう言って、いたずらっぽく微笑んだ。

 つい先ほどリモドアに到着したばかりだというネネの口から迅雷作戦の名前が出たことに対して、柳也は特に驚く様子を見せなかった。

 そもそも、過日に第一軍に不穏な動きがある、と自分に伝えたのは彼女なのだ。

 その彼女が、ラキオス王や自分でさえ今日になるまで知らなかった迅雷作戦の詳細について何か知っていたとしても、なんらおかしくはない。

 柳也は肩をすくめてみせた。ここで嘘を言っても仕方がない。

「大いに困っている。まだまだ情報が不足しているし、どんな作戦を取ろうか迷ってもいる」

「何か腹案が?」

「いくつかな。だが、そのためにはいくつかのハードルがあってな」

「どれを実行するべきか迷っている、と?」

「ああ」

 柳也は難しい表情で頷いた。

 実を言えば彼の胸中には、今回の迅雷作戦に対してこれしかない、と思える作戦計画のネタがすでにあった。しかし、その作戦を実行するには、あまりにもクリアすべき問題が多すぎた。

「私達密偵一同は……」

 ネネは口調を真剣なものに改めて言った。

「ダグラス閣下から、エトランジェ・リュウヤの言うことにはよく耳を傾け、その発言内容がラキオスの国益に繋がるのであれば、王都から離れられない自分の代わりに全力で支援せよ、と命じられております。エトランジェ・リュウヤさま、あなたの迷う理由を……あなたのお考えをお聞かせ願えませんか? もしかしたら、私達が協力すれば何とか出来る問題かもしれません」

「……分かった」

 僅かに躊躇いの沈黙を挟んだ後、柳也は自分の考えている作戦計画の概要をネネに明かした。

 柳也の言葉に熱心に耳を傾けていたネネは、やがて艶美に微笑んで、彼に言った。

「……それでリュウヤさま、私は何をすればいいんですか?」

 その返答は、彼女が自分の提案を認めてくれたということ。

 自分の作戦がもたらす結果をラキオスの国益に繋がると判じ、その支援を約束してくれた、ということ。

 柳也は好戦的な冷笑を浮かべて、言った。

「……迅雷作戦を潰す。ネネ、協力してくれ」

「喜んで」

 ネネはまた妖艶に微笑んで、頷いた。

 女好きの自分に限らず、男という生き物の顔を容易にとろけさせる、魅力的な笑みだった。

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第二章「蠢く野心」

Episode47「迅雷作戦」

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、緑、いつつの日、深夜。


「バーンライトの山岳大隊がラキオスを狙っている!?」

 深夜。

 ラキオス軍が接収した旧第二軍スピリット隊兵舎の食堂に、ヒミカの驚愕した声が響いた。

 あの後、軍議を終えて柳也と別れ、ひとり兵舎に帰った悠人は、エスペリアに言ってSTF隊のみなを起こさせた。

 昼間の戦闘で疲れていたところをたたき起こされたスピリット達は、直接不満を言葉にしてぶつけてくることこそなかったが、みな不満げであり、機嫌は悪そうだった。

 そんな彼女らの様子に心苦しく思いをしながら、悠人は現在のラキオス軍が置かれている状況を簡潔に説明した。

 サモドアの山岳大隊が山道の門を開放し、サモドア山脈を下山して王都ラキオスを狙っている。これに対して、現在の王都にはまだ初等訓練も終わっていないスピリットが十体ばかりしかいない。また、ラセリオ方面軍の戦力は二個大隊いるが、現在は定数の七五パーセントの兵力しか駐留していない。バーンライトの精鋭、山岳大隊に対抗する戦力としては、これではあまりに心許ない。そこでSTFに、ラセリオ方面軍を援護する命令が下された。と、そこまで悠人が説明したところで、ようやく柳也が兵舎に帰ってきた。

 帰宅して早々、柳也は食堂に集まったみなの顔を見回して、軍議の進行を引き継いだ。

「クルセイダーズ・プランでラセリオ方面隊をこっちに持ってこなかったのは、バーンライトがサモドア山道の門を解放した場合に備えてのことだった。牽制のための戦力だったわけだが……奴さんも考えやがったな。ラセリオの突破が難しいならそこはあえて無視して、現在は防衛戦力が空っぽのラキオスを狙えばいい。難しい任務には違いないが、サモドア山脈で鍛えられた山岳大隊の機動力なら、不可能なことじゃない」

 強固な抵抗が予想される敵は機動力を以って迂回し、逆に弱体な敵を精鋭部隊で突破する。それはあたかも、第二次世界大戦においてドイツ軍が披露した電撃戦の如き戦術だった。

 第一次世界隊の敗北の結果、ヴェルサイユ条約によって軍備を大きく制限されたドイツ陸軍は、いざ開戦となれば物量に頼る陣地戦は不可能と早々に判断し、機動力を駆使した運動戦を重視した。その一つの完成形がドイツ機甲部隊の父、ハインツ・グデーリアン考案の電撃戦だった。

 戦車を主力とする機甲兵力の打撃力と機動力を中心に進撃するこの戦術は、敵の主力との決戦を目的としていなかった。むしろ主力に対しては機動力を以って迂回し戦闘を避け、敵の最も弱い箇所を、打撃力を以って突破することを目的としていた。敵の後方に回り込むことで相手の士気を阻喪させること狙ったのだ。

 迅雷作戦からは、まさしくこの電撃戦に通じるものが感じられた。

 戦車も航空機も存在しない世界でこの発想が生まれたことに、柳也は内心舌を巻いていた。

 しかし一方で、柳也は迅雷作戦を考案した人物は、どうしようもない愚か者だ、と判じていた。

「とはいえ、迅雷作戦はどだい不可能な、馬鹿げた作戦だ」

 柳也は断定的に言い切った。

 その言葉に、エスペリアが怪訝な表情を浮かべた。

「馬鹿げた作戦、ですか?」

「ああ。ラセリオ方面軍を無視してラキオスを叩く。言葉にすればこれだけだが、実際にラセリオ方面軍を無視して迂回するためには、敵軍の詳細な情報が必要になる。いまのバーンライトに、それだけの情報戦の能力はないだろう」

 ドラゴン・アタック作戦の結果、ラキオス国内におけるバーンライトのスパイ網は壊滅した。このことから、いまのバーンライトの情報機関にラキオスの軍事力に関する詳細な情報を入手する能力はほとんどない、と推測出来た。なんといっても、開戦から二週間が経過していまだに国内に潜伏したダグラスの密偵達を駆逐出来ていないでいるのだ。国内の敵を相手取るのに手いっぱいな現状で、外に派遣する人材の余裕があるとは考え難い。

「それどころか、迅雷作戦の情報を俺達に知られているような体たらくだぞ? この情報は当然、ラセリオにも伝わっている。ラセリオでは今頃、対迅雷作戦用に哨戒任務のスケジュールを組んでいるはずだ。方面軍がそんな目を皿のように光らせている状況で、これを無視出来る可能性はあまりに低い」

「勿論、ゼロではないけどな」と、柳也は難しい顔で言った。

 言いはしたが、内心では、その確率は限りなくゼロに近いだろう、と呟いていた。

 今回の迅雷作戦は、作戦成功のためにまず必要な前提条件が欠けたまま原案が提出され、敵国のアイデス王によって承認されていた。それも、原案の発案者は情報戦のエキスパート……情報部長官だという。

 ――バーンライトの情報部長官はいったい何を考えているんだ? 自分のトコの情報部が、現在直面している問題を知らないわけではないだろう。

 バーンライト国内に潜伏しているダグラスの密偵達からの妨害工作。

 ドラゴン・アタック作戦の結果壊滅した、ラキオス国内のスパイ網。

 次々と流出していく自軍の情報。

 これだけの問題を抱えながら、迅雷作戦という、何より情報部の力が重要な作戦を立案した情報部長官の神経が、柳也には信じられなかった。

 思えば、柳也はこれまでに二度、情報部長官と対決し、二度とも勝利した。

 一度目は新型エーテル変換装置奪取作戦であり、二度目は魔龍討伐作戦だった。後から知ったことだが、この二つの作戦はすべて情報部長官が立案し、ラフォス王妃が強引に推して、アイデス王に承認させたものだという。

 改めて考えてみれば、これらの作戦にはすべて欠陥があった。新型エーテル変換装置奪取作戦は、ラース襲撃後の逃走計画が杜撰であり、また書類を奪うだけの作戦にしては破壊活動があまりに目立ちすぎた。隠密作戦に徹すれば、ああも易々と迎撃に遭い、自分達の追撃を受けることはなかったはずだ。

 また、魔龍討伐作戦では、そもそも計画自体がどだい無理のある代物だった。バーンライトがリクディウスの魔龍を討伐するためには、どう上手く駒を進めたとしてもエルスサーオを突破しなければならない。その後で魔龍と戦い、かつラキオス軍の追撃をかわさねばならない。この作戦にバーンライトは二個大隊を投入してきたが、あれはあまりに少なすぎた。もし本気で魔龍討伐作戦を完遂させようと思うのなら、四個大隊は投入するべきだった。それも、緒戦のエルスサーオ突破戦で一個大隊、続く龍との戦いでもう一個大隊を擦り減らす覚悟で、だ。

 ――これら二つの作戦といい、今回の迅雷作戦といい……バーンライトの情報部長官はとんでもない人物だな!

 まだ会ったこともない人物を、風評だけで判断するのは柳也の嫌う行為の一つだった。

 その柳也をして斯様な考えが浮かんでしまうほど、情報部長官の立てた歴代の作戦は杜撰すぎた。

 ――あるいは、情報部長官はわざとバーンライトにとって不利な作戦を立案しているんじゃなかろうか?

 一瞬、そんな荒唐無稽な考えが脳裏を過ぎた。

 直後、馬鹿々々しい、とかぶりを振る。

 他ならぬバーンライト国民の情報部長官が、バーンライトを滅ぼそうとして、いったいどんなメリットを得られるというのか。いくらなんでも、誇大妄想甚だしい。

 柳也は苦笑を浮かべて、頭の中に浮かんだ妄想を打ち消すと、悠人達を見回した。

「ともあれ、如何に成功の可能性が低い作戦だろうと、俺達にラセリオ方面軍を見捨てる、という選択肢はない」

 迅雷作戦自体は絵に描いた餅のような作戦だが、バーンライトの最精鋭山岳大隊が動いている、という事実は無視出来ない。最悪の場合、ラセリオ方面軍の壊滅という事態さえ起こりうる可能性がある。

 柳也の脳裏に、かつてラセリオで顔を合わせ、言葉を交わしたスピリット達の姿が映じた。はたしてセリア達は、今頃何をしているだろうか。

 柳也は悠人を見た。頭の中に映じたセリア達の姿が消え、過去の自分を救ってくれた幼馴染の顔が過ぎった。

「それに王都には、佳織ちゃんもいるしな」

「ああ……」

 悠人は力強く頷いた。

 王都への攻撃を許せば、囚われの佳織に危険が及ぶ。

「迅雷作戦は、絶対に潰してみせる」

「それじゃあ、俺達も作戦を考えよう」

 柳也は食卓の上に広げられた白地図を示した。

 それを合図に、STF隊の隊長補佐にして参謀役のエスペリアが、各データのブリーフを始めた。

「まず、基本事項の確認をしましょう。

 敵はサモドアに拠点を置く第一軍山岳大隊のスピリット部隊一五人。彼女達の目的は、王都を直接叩くことです。その侵攻経路は、まずサモドア山道を通って山脈を下山し、ラセリオを迂回、リュケイレムの森を進んでラキオスに到達するもの、と考えられます。サモドアからラキオスまでは最短ルートを使って約一六〇キロですが、サモドア山脈は山道を使っても険しいので、敵の行軍距離は実際にはもっと長いものになるでしょう。

 これに対抗する我が軍の戦力は、まずラセリオを拠点とするラセリオ方面軍です。二個大隊の戦力を持っていますが、山岳大隊に対してこの数では絶対的な優位性は獲得出来ません。次に私達STF隊ですが、これについては今更詳しく説明する必要はありませんので省略します。

 最後に、各都市間の距離について説明します。まず、私達の現在地リモドアからラセリオまでは、街道を通った最短ルートで二四〇キロメートルあります。人間の足ならば一二日掛かりますが、私達スピリットの足で全速力を出していけば三、四日で到着する距離です。但し、これはあくまで休憩時間や持久力の個人差などを計算しておりませんので、実際には五〜七日ほどの日数を要してしまう、と考えられます。サモドアからラセリオまでの距離は約一〇〇キロメートルです。国境線監視所までですと約八〇キロメートル。ただ、先ほども言ったようにサモドア山脈は険しいので、山岳大隊の機動力でも下山には四、五日は掛かる、と戦略研究室では踏んでいるようです」

「聞いての通り、結構、切羽詰った状況だ。俺達がラセリオに到着するのが早いか、敵がラセリオの哨戒線に引っかかるのが早いか、というな。最悪、俺達がラセリオに辿り着いた時にはもう、方面軍主力は壊滅している可能性もある。逆に、俺達がラセリオに辿り着いた直後くらいに山岳大隊が国境線を越境する事態も十分にありうる」

「今回の任務で必要なのは、複雑な作戦よりも単純でスピードのある作戦、ということですね?」

 ヒミカの言葉に、柳也は頷いた。

「そうだ。そこで悠人、提案があるだが」

 柳也は隣の席に座る悠人を見た。

「俺達STF隊はたった一〇人の部隊だ。あまり戦力分散の愚を冒したくはないが、今回はあえて、隊を二つに分けたい」

「どういうことだ?」

 悠人は怪訝な表情を浮かべた。

 戦力集中の原則と、戦力分散の愚は、柳也が普段から口を酸っぱくして言っている戦いの鉄則だ。その鉄則を、他ならぬ柳也が破るような発言をするとは……いったい如何なる真意に基づいての言動なのか。

 はたして、柳也は難しい顔で呟いた。

「今回の作戦では、ヒミカの言った通りスピードが肝要となる。だが、エスペリアの説明からも分かるように、かなりギリギリのスケジュールだ。方面軍と山岳大隊が交戦する前に、俺達がラセリオに辿り着ける保証はどこにもない。そこで、保険を掛けておきたい」

「保険?」

「ああ。……ヘリオン」

「は、はい!」

 突然指名されたヘリオンは、びくり、と肩を震わせた。

 寝ているところを起こされて、慌てて髪を結ってきたらしい。いつもは綺麗な下弦と上弦の孤影を描くツインテールには、少しだけ張りが欠けていた。

「分散するもう一隊の戦力は、俺とヘリオンの二人だけでいい。後のみんなは、悠人の指揮の下、リモドアからリーザリオ、エルスサーオ、ラキオスを経由して、ラセリオに向かってくれ。俺とヘリオンの一隊は、本当の最短ルートを使って、ラセリオに向かう」

「本当の最短ルート?」

 悠人がまた訝しげに聞き返した。

 見回してみればエスペリアやヒミカといったSTFの知恵者達も小首を傾げている。

 本当の最短ルートも何も、リモドアからラセリオへの道程は基本的に一本道のはずだ。リーザリオ、エルスサーオを経由して一度ラキオスに戻り、そこから南下する以外に、ラセリオに到達する方法はない。

 しかし柳也は、そんな戦友達に不敵な冷笑を向けて言い放った。

「リモドアからサモドアへ向かい、サモドア山道を通って、ラセリオに向かう。これが、本当の最短ルートだ」

 柳也のその言葉に、ヘリオンが悲鳴を上げた。

 他方、悠人達は茫然とその言葉に聞き入った。普段表情を表に出さないアセリアも、驚きからいつもより僅かに目を見開いた。オルファやネリーといった年少組さえ、慄然とした表情を浮かべた。

 サモドアから、サモドア山道を通ってラセリオに向かう。それはつまり、敵性地域を通過して、ラセリオに向かうということ。敵国の王都を通って、ラセリオに向かうということ。それはつまり、敵地に潜入するということ。

 駄目だ。危険すぎる。やめろ。許可出来ない。

 悠人がそういった言葉を吐き出そうとした直前、柳也はまた不敵に微笑んだ。黒檀色の瞳は好戦的に燃え盛り、唇は、高圧的に歪んでいた。

「実はな、もうサモドア潜入の準備を知り合いに依頼しているんだ」

 柳也は自分の帰りが遅くなった理由を、情報部の知人に会うためだったと説明した。

 勿論、これはネネのことだが、自分とダグラス通産大臣との協力関係がいまだ公には出来ない以上、事実をそのまま口にすることは憚られた。

 柳也は件の情報部の知人について、「彼からはこれまでにも何度か、貴重なデータを貰っていたんだ」と付け加えた。

 それを聞いた悠人は、得心した様子で深々と頷いた。これまでにも柳也は、王国でも限られた立場の人間にしか知らされていないような情報を事前に知っていることがあった。なるほど、そうした知り合いがいたからこそ、この男はあんなにも情報通でいられたのか、と。

 他方、レスティーナとの繋がりから、柳也とダグラスの関係に薄々気が付いているエスペリアは、彼の嘘を聞いて暗い面持ちのまま俯いた。通産大臣が私的に抱えている密偵の存在こそ知らない彼女だったが、柳也の言う情報部の知人が、ダグラスとの繋がりから出来た人脈であることは容易に想像出来た。

 桜坂柳也という男の人格を信頼しながらも、同時に危険視もしているエスペリアだ。柳也が嘘をついていると思う度に、彼女の懊悩はより深まっていった。

 無論、エスペリアとレスティーナが昵懇の仲だとは知らない柳也は、彼女の何気ない仕草の意味に気が付かない。

 柳也は自分の作戦計画のさらなる詳細を披露するべく言葉を重ねた。

「その知り合いには、俺とヘリオンの分の国民証明証と通行手形を用意してもらっている。勿論、偽造書類だがな。それから、軍が管理しているサモドア山道の門を通してもらう算段もつけてもらう予定だ。

 すべての段取りが上手くいって、無事に山道入りした後は、サモドアとある程度の距離を隔ててから神剣の力を解放して行軍する。マナの消耗覚悟で戦闘機動を発揮すれば、いかに険しいサモドア山道とて五、六時間で駆け抜けることが出来る。もっとも、本当にそんなことをすれば下山直後にはもう、へろへろ、になっているだろうから、ある程度エネルギーのセーブはしていくけどな」

 柳也はそこで一旦言葉を区切って、みなの顔色を覗った。

 戦友達は、あまりにも奇抜な自分の意見に、等しく茫然とした表情を浮かべていた。だが、目立った反対意見は出てこなかった。

 柳也はそのことに気を良くすると同時に、一抹の不安を抱いた。反対意見や否定、それに伴う議論はむしろ望むところだった。前向きな反対意見というのは、より有力なアイデアを生む原動力となる。前向きな意見の交換は、自分の提案した作戦をより洗練したものへと変えていくエネルギーとなる。

 この軍議には自分を含めた隊のみなの命が懸かっている。自分の提案した作戦より優秀な作戦が提示されれば、柳也は迷わずそちらを選ぶつもりだった。

 柳也は自分では気付けない作戦の不備や問題点の指摘を欲した。

 意見よ来い、と胸の内で彼は強く願った。

 願いながら、柳也はこの作戦の主要な問題点を自ら挙げていった。

「この作戦の問題点は主に四つだ。

 第一に、隊を二つに分けることによって生じる戦力の低下。これは言うまでもないことだな。一部隊辺りの人数が減るわけだから、どうやっても隊の総合的な戦闘力は低下してしまう。

 第二に、同じく隊を二つに分けることによって生じる通信の遮断の問題。本隊と分隊とは完全な別行動になるから、綿密な連携が不可能になる。仮に一隊に不測の事態が起こったとしても、互いにそれを伝える手段がない。

 第三の問題は、サモドア潜入後にどう動くか、ということだ。赴くサモドアは紛れもなく敵地、それも敵国の王都だ。敵の勢力圏のど真ん中でラキオスの人間だということがバレればどうなるか……まぁ、考えるまでもないわな。

 最後の問題は、サモドア山脈に関する情報を俺達はほとんど持っていないということ。サモドア山脈が険しいことは分かっている。だが、それがどんな風に険しいのか、どんな天然の要害なのかを、俺達ラキオス人は知らない。情報収集や山岳戦闘の訓練をしている時間的余裕もないしな。ぶっつけ本番にならざるをえない。

 以上、俺の作戦にはこういった問題点が四つある。だが、これらの問題を克服し、サモドア山道を進むことが出来れば、俺とヘリオンは敵の背後を衝くことが出来る。たった二人の戦力じゃ山岳大隊一五人の壊滅は無理だろうが、攻撃の矛先を鈍らせることくらいは出来るはずだ。迅雷作戦崩し……サンダーボルト作戦。迅雷は、より鋭き雷撃によって崩される。これが、俺の提案する作戦だ」

 柳也は自信に漲った視線と言葉を放った。

 凛然たる気迫を宿した彼の言葉に、異論を唱えられる者はこの場にはいなかった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、シーレの月、黒、ひとつの日、早朝


 結局、軍議はあの後も続いたが、柳也の提案した作戦の他に有力な案が提示されることもなく、かくしてサンダーボルト作戦の実施が決定した。

 その戦略目的は、敵山岳大隊との交戦が予想されるラセリオ方面軍を援護することで、目的を達成するために設定された戦術目標は、第一にラセリオ方面軍との合流、そして第二に敵山岳大隊の撃破となった。

 さらに目標達成のための手段として、STF隊は戦力を二つに分けた。

 一隊はエトランジェ・ユートが指揮を執る、アセリア、エスペリア、オルファ、ネリー、シアー、ヒミカ、ハリオンの計八名からなる主力部隊だ。この部隊は定石通りにまずリーザリオを目指して北上し、エルスサーオ、ラキオスを経由してラセリオに向かう。

 もう一隊は、エトランジェ・リュウヤが指揮を執る、ヘリオンとのサモドア進発隊だ。こちらは敵国王都に侵入し、サモドア山道を通って敵山岳大隊の背後を急襲する手はずになっている。

 この組み合わせに対しては、当初ヒミカから猛反対があった。

 曰く、敵地にあってはどんな不測の事態が起きるか分からない。柳也とヘリオンの二人だけでは、いくらなんでも心許なさすぎる。せめて自分か、ハリオンを連れていくべきだ、と。

 これに対して、柳也は冷静に反論した。

「ヘリオンが最適なんだよ。青や赤、緑のスピリットは、髪や瞳の色が目立ちすぎる。けど、黒スピリットなら、装いを変えてしまえば周囲の景観に同化することが出来る」

 そして、純正日本人の自分の髪と瞳もまた黒。ヘリオンと二人ならば、敵国王都を出歩いていても不自然はあるまい。

「それに、黒スピリットなら空を飛べる。サモドア山脈の地形が想像以上に険しかったりした場合に備えて、随伴するスピリットは空を飛べた方が望ましい」

 ヘリオンは小柄だが神剣の力を使えば自分一人抱きかかえた状態で飛行が可能だ。勿論、荷物を抱えるわけだから、速力や航続力は落ちるだろうが。

 理路整然とした柳也の物言いに、ヒミカは押し黙った。

 しばらくの間は、何か言いたげに口を動かしていたが、やがて諦めたように溜め息をつき、

「……リュウヤさまが言ったことですからね? 何よりも生き残ることを優先しろ。必ず、わたしたちに無事な姿を見せてください」

と、呟いた。

 そして翌明朝、午前六時、STF隊はそれぞれ出発の時刻を迎えた。

 STFのメンバーは、リモドア砦のスピリット隊用野外訓練場に集まっていた。

「それじゃあ、また数日後、ラセリオで会おうぜ」

「…………」

 柳也はかつてラキオス王からエルスサーオ防衛の密命を帯びた時と同じように、にこやかに笑って悠人に言った。

 しかしあの時とは対照的に、友人は憮然とした表情を崩さずに、自分に冷たい視線を向けてきた。

「正直、まだ納得がいかない。たしかに、軍議で他に良い案が浮かばなかったのは事実だけど……」

「危険すぎるって?」

「ああ」

 柳也の問いに、悠人は頷いた。

「前のエルスサーオ防衛の時もそうだった。何でお前は、そんな、自分から進んで危険に飛び込もうとするんだ?」

「……さぁな」

 悠人の問いに、柳也は真顔で返答した。

「正直なところ、俺にもよく分からん。どうして俺はこんなに戦うことが好きなのか。どうして俺はこんなに危険を好むのか。どうして俺は、こんなに血の味が好きなのか……正直な、まったく分からない。……ただ、これだけは、はっきり、している」

 柳也はそう言って悠人に微笑んだ。

 屈託のない、明るい微笑みだった。どこまでも優しい、莞爾とした笑みだった。

「危険を好まない俺は、もはや桜坂柳也ではない」

 柳也の言葉に、悠人は軽く溜め息をついた。

 それから彼は一度だけ地面に向かって俯き、また顔を上げた。

 端整な顔に、無理矢理作ったような笑みが浮かんでいた。別れを湿っぽくさせたくない、という配慮かと思われたが、かえって逆効果だ、と柳也は思った。

「お前が死んだら、佳織が悲しむ。…………その……俺も、悲しい。必ず、無事にラセリオまで辿り着いてくれ」

「応よ」

 柳也は力強く笑って自らの胸を叩いた。

 分厚い胸板を覆う装いはオリーブ・ドラブの軍服ではなく、有限世界のごく一般的な庶民が着るような服装だった。愛刀の同田貫と脇差も差していない。代わりに、刃渡り二〇センチ近いナイフをシースに入れて、トラウザーズに巻いた革のベルトから吊るしていた。

 フィールド・ジャケットと父の形見の大小は、地面に置かれた背嚢に収納してある。

 すべてはこれから向かうサモドアの地で、変に目立たぬための偽装だ。異世界特有の軍服のデザインや、日本刀の洗練されたシルエットは、有限世界ではあまりに目立ちすぎる。腰元が寂しいといえば寂しかったが、背に腹は代えられない。

 悠人と別れの挨拶を交わした直後、入れ代わるようにしてハリオンが側にやって来た。

 いつもみんなに優しい笑顔をプレゼントしてくれる彼女は、今日も変わらずにこやかな笑みを浮かべていた。

 しかし、自分を見上げるエメラルド色の視線には、冷ややかなものが感じられる。

 穏やかなはずの笑顔から、奇妙な迫力を感じられた。

 なんとなく、オペレーション・スレッジハンマーの第一段階を終えた直後に交わした、彼女との会話が思い出された。あの時ハリオンは、自分を大切にしない柳也を叱ってくれたのだった。

「……わたし、ちょっとだけ怒ってます」

 案の定、ハリオン大明神はあの時と同じで、お怒りのご様子だった。

 「何でだ?」と、訊ねると、彼女はあの時と同じように、僅かにむくれた微笑で言った。

「だって〜、リュウヤさまがまた自分のことを蔑ろにしようとしていますから」

「ははっ、申し訳ない」

 叱られながら、柳也は莞爾と笑った。

 目の前の彼女がぶつけてくる気遣いの言葉が嬉しくて、嬉しくて、胸の内に、熱が篭もった。熱い温もりだった。

 柳也はハリオンの肩を掴むと、一気に胸の中に引き寄せた。

 ハリオンは一瞬、驚いた表情を浮かべた。

 腕の中で、筋肉の硬直。そして、ゆっくり、と弛緩。

 ハリオンは六尺豊かな男の胸に、体重を預けてきた。

 柳也は彼女の背中に腕を回し、さすりながら、耳元で、そっ、と囁いた。

「必ず、生きてハリオン達とまた会うから。お説教は、その時に、な?」

「……もう、約束ですよ」

 胸板に頬を寄せながら、ハリオンは頷いた。

 硬い抱擁を解き、柳也は彼女に背を向けた。

 視線の先で、顔を真っ赤にしたヘリオンがこちらを見ていた。

 彼女も今回の任務に際しては、規定のスピリット用戦闘服ではなく、ラキオスの城下で若い娘が普段着るような服に身を包んでいた。胸に大きなリボンをあしらえたワンピースの下に、リボンと色を合わせた黒のスカートを重ねて履いている。スピリットは通常、戦闘服と作業着以外の着用は認められていないだけに、その姿は新鮮だった。

 柳也は「若いなぁ」と、口の中で呟いて、ヘリオンに向かって片手を上げた。それが、出発の合図だった。

 

 

 リモドアから王都サモドアまでは、まずリモドア南部の森を抜け、それから南西に向かって王都を目指すのが一般的なルートだ。この場合の総距離は約一〇〇キロメートルになる。神剣士の足なら、五、六時間もあれば消化可能な距離だが、今回の作戦では二人とも神剣の力を使うことが出来ない。サンダーボルト作戦では、敵勢力圏のど真ん中を移動することになる。正体露見はすなわち死であり、そんな状況下で神剣の力を解放することは自殺行為と何ら変わらなかった。

 かといって、普通に歩いてはあまりに時間がかかりすぎる。サンダーボルト作戦は隠密性も重要だが、何よりスピード優先の作戦だ。

 そこで今回に限っては、エトランジェとスピリットにも馬の利用が許可された。

 通常、有限世界では、スピリット単独での乗り物の使用は認められていない。スピリットが乗り物に搭乗する際には然るべき人間の許可が必要となる。今回はその然るべき人物がラキオス王で、彼と柳也の蜜月が続いていたから許可が下りたようなものだった。

 競馬に出走する競走馬は、一般的に時速七〇〜八〇キロの最高速度を出すことが出来るとされる。但し、これはあくまで最高速度なので、このスピードを長時間維持し続けることは出来ない。それでも、馬の足ならば時速二〇キロからのペースは堅い。

 柳也とヘリオンは意気揚々と早速馬屋へ軍馬を受領にしに向かった。しかし、そこで問題が発覚した。というよりも、それはスピリットを取り巻く社会環境を考えれば、当然の帰結だった。

 馬屋を管理する通信隊の兵士は、「出来れば優駿をくれ」という柳也の申し出に、怪訝な顔を作って言った。

「陛下のご命令とあれば馬を貸すことに躊躇いはないが……しかし、お前達は、馬に乗れるのか?」

「あ……」

 柳也はその時になって、ようやくその事実に思い至った。

 そうではないか。スピリットというだけで存在自体が疎まれてしまうヘリオンに、乗馬の経験があるわけがない。

 自分はまだいい。現代世界では乗馬などというものは金持ちのスポーツだったが、幸いにして自分には名家出身の親友がいた。休日になると瞬は、彼の父親の知り合いが経営している牧場へと柳也を誘い、半ば強制的に馬に乗せたものだった。

 勿論、この世界の軍人や、プロのジョッキーなどに比べれば経験は圧倒的に少ない。しかしまったくの未経験というわけではない。技術云々よりも、馬という動物に乗った経験が一回でもある、というのは大きい。

「……サムライ、私も行った方がいいか?」

 見送りにやって来たセラスは、ヘリオンが馬の騎乗に際して四苦八苦しているのを眺めながら言った。

 セラス・セッカは剣術だけでなく、槍や棒術、弓の扱いは勿論のこと、馬術にも通じている。また、彼はモーリーン・ゴフを名乗っていた時代に諸国を巡った経験があった。その中には、帝国サイドの国家も含まれていた。そのセラスが着いてきてくれるとなれば、まさに百人力だろう。

 セラスの提案は柳也にとっても魅力的なものだったが、エトランジェの青年は小さくかぶりを振ってそれを断った。

「いや、セッカ殿は、リモドアに残ってくれ。リーザリオ、リモドアを制圧して、バーンライトとの戦いもいよいよ大詰めだ。有能な軍人は、一人でも多く、ここにいるべきだ。ヘリオンは、まぁ……」

 柳也は本日同行する黒髪の少女を一瞥して、苦笑した。

 本日八度目の騎乗を試みる黒スピリットの少女だったが、結果は見事に落馬。人間よりは頑健な肉体を持つスピリットだけに怪我はないようだったが、地面に仰向けに倒れ、目を回している。

 柳也は肩をすくめて続けた。

「俺が二ケツで乗せてくよ」

 馬屋の奥で、いまやセラスの愛馬となりつつあるウラヌス号が甲高く嘶いた。

 ヘリオンを、じっ、と睨みつけている。

 どうやら彼女が騎乗を試みた馬は、彼の舎弟らしい。だいじな子分をよくも傷つけやがって、と目が語っていた。

 ウラヌスはいいボスになるな、と柳也とセラスは苦笑した。

 

 

――同日、昼。
 
 

 リモドアの南部四〇キロメートルには、モニモの森と呼ばれる密林地帯が広がっている。

 ラキオスのリュケイレムの森やリクディウスの森に比べるとだいぶ小規模な森だが、バーンライトの林業を支える上で重要な土地だった。この地で採れた木材の多くは建材として利用され、王国民の日常生活と密接な結びつきを持っていた。

 リモドアとサモドアとを結ぶ街道の一部は、この森の中に設けられていた。森を一直線に突き進むような形ではなく、森の中を縫うように曲がりくねった形の道が敷かれている。おそらくは木々の群生具合を鑑みて斯様に複雑な道のりになってしまったのだろう。

 そんな街道を南へ向かってひた走る、一頭の馬があった。栗毛の馬だった。背には二人の人間を乗せている。言うまでなく、柳也とヘリオンの二人だ。

 ヘリオン・黒スピリットは初めて乗る馬の背中で目を回していた。

 人間にとって馬は乗り物だが、同時に生き物でもある。上下の揺れは避けられないし、加えて道のりが道のりだ。縦方向の振動に加えて横方向からの圧力も受け、ヘリオンは悲鳴を上げた。

「うきゃあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

「おッ。いい声で叫ぶな!」

 手綱を握りながら柳也は後ろを振り向いた。その顔はどこか楽しげに輝いている。

「その気持ち、分かるぜ。やっぱ、馬はいいよなぁ。頬を打ちつける風。跨った命の激しい脈動。自然と一体になるこの感覚……くぅぅぅ。思わず叫びたくなってくる!」

「そ、そそそそういうんじゃありませぇええああああ〜〜〜〜〜!!!」

 ヘリオンの悲鳴が、また森の中に響く。いまやリモドア周辺はラキオスの所領だからよいものの、これがサモドア周辺だったら間違いなく捕まっていただろう。

 森の中の曲がりくねった道を、栗毛の馬体が風と一体となって疾走する。背中に乗る男の顔は嬉々として輝き、他方、少女の顔は土気色に青ざめている。それはなんとも珍妙な光景だった。

 柳也達が通信隊から受領した馬は、ウセハ号という名の優駿だった。日本語に直せば嵐号となるか。セラス・セッカの愛馬ウラヌス号ほどではないが健脚を持った馬で、それでいて気性は大人しい。初心者同然の柳也にも扱いやすい馬だった。

 有限世界の馬具はすでにある程度完成された向きがあった。轡と鐙を持ち、かつ鐙の鞍壷は深めに作られている。鞍壷とは、要するに人間が腰を下ろす部分のことで、ここが深いと、重い装備を着込んだ状態でも、安定した姿勢を取りやすくなるメリットがある。

 姿勢が安定している、ということは、すなわち足腰への負担が少ないということだ。そして足腰への負担が少ないということは、馬の体力にもよるが、それだけ長時間の騎乗が可能ということでもある。

 ウセハ号に跨った柳也とヘリオンは、時速三〇キロのハイ・ペースで一時間半、森の中を駆け抜けた。

 騎馬の旅は、徒歩よりもはるかに道程がはかどる。その頃にはもう、森の終わりが見え始めていた。

「ここいらで一旦休憩するとしようか」

 森を抜ける直前、柳也はウセハ号を止めた。

 リモドア南部の森は、いまのところラキオスの勢力が及ぶぎりぎりのラインとなっている。ここから先は、まさしく敵の勢力圏だ。その中に入る前に、たっぷり休息を取っておきたかった。

 柳也はウセハ号の手綱を近くの巨木に結ぶと、重い鐙をはずし、水筒の水を、たっぷり、飲ませた。馬草も満足いくまで食べさせてやる。

 芝生の上に腰を下ろし、馬草の山に顔を突っ込むウセハ号の腹を、柳也は何度もくすぐった。

「……それでどうだった? 初めて馬に乗った感想は?」

 柳也はウセハ号の馬体を撫でさすりながら、少し離れた場所で背を向けるヘリオンに訊ねた。

 初めての騎乗に酔いを覚えたか、ヘリオンは土気色の顔で「最悪ですぅ」と、呟いた。

「馬があんなに酷い乗り心地だとは思いませんでした。わたしには、やっぱり空を飛んでいる方が性に合っています」

「や。普通の人間は、空飛べないから」

 柳也は苦笑しながらウセハ号の側から離れると、げっそり、とした様子のヘリオンの背中を優しく撫でた。

 普段彼女が着ている戦闘服の背面は、硬質ゴムと鉄板のハニカム構造のバック・パックによって保護されている。

 しかし、いまへリオンが身に纏うワンピースには、そんな無粋な装備は一切着いていない。

 浮き出た肩甲骨の柔らかな感触や、背中の温もりを掌に感じながら、柳也は今更ながら彼女の小柄な後ろ姿に気が付いた。あまりにも小さく、細い背中だった。

「…………」

 柳也は無言でヘリオンの背中をさすり続けた。

 胸を締め付けられるような、しくしく、と鋭い痛みを自覚する。この世界は、こんな小さな身体に戦いの業を求めているのか。そう思うと、胸がひどく痛んだ。

 柳也は自他ともに認める戦争好きだが、戦争そのものを肯定しているわけではない。戦争などやらない越したことはないのだ。ただ、やるとなれば、思う存分楽しんでやる。桜坂柳也とは、そういう男だった。

 そんな柳也が許せないものの一つが、いわゆる少年兵の扱われ方だった。べつに少年兵の存在そのものを否定しているわけではない。古今東西の戦争で、少年兵が果たした役割は決して少なくない。また、ハーグ陸戦条約を初めとする戦時国際法は、少年兵の存在を戦争犯罪とは定めていない。

 問題は彼ら少年兵を、軍の上層部が捨て駒同然に、時によってはそれ以上に凄惨に扱うことがある、ということだ。

 事実、一九八〇年代のイラン・イラク戦争では、イラン軍は少年兵達を非武装の状態で最前線に送り込み、コーランを唱えさせながら地雷原を前進させた。イラク軍将兵が弾薬を消耗し、地雷原がクリアされた時点で、ホメイニの正規軍が徐に出撃したのだ。

 この時、少年兵を撃たねばならなかったイラク軍将兵達の心中は如何ほどのものであっただろう。武装も持たず、ただコーランを唱えながら地雷原の真っ只中を突き進む少年達に銃を向けなければならない現実を、どう思っただろうか。なお、先述したハーグ陸戦条約には、戦闘員の条件として、明らかに武装していること、という条項を定めている。

 柳也は、こんな小さな背中を持つスピリット達を、最前線で戦わせようとするこの世界の軍人達の気持ちが理解出来なかった。彼は、せめて自分の周りのスピリット達だけは、生き残らせてみせる、と決意を新たにした。

 森の中に、一陣の涼風が吹き込む。

 冷ややかな風に頬を撫でられ、ヘリオンは「んぅ……」と、心地良さげに小さく唇を鳴らした。

 たっぷり五分は背中を撫でていただろうか。不意にヘリオンが、後ろの柳也を振り向いた。

「……それにしても驚きました」

「ん?」

「リュウヤさまって、馬に乗れたんですね」

「ああ……」

 柳也は小さく微笑んだ。

「昔、親友に連れられてな。何度か乗った経験があるんだ」

「ご親友って、ユートさまですか?」

「いや……」

 柳也はかぶりを振った。

 ヘリオンの視線から逃げるように、上を向く。

 久しぶりに、瞬のことを思い出した。懐かしさと、悲しさで、涙がこぼれそうだった。

「……悠人や佳織ちゃんとは別の、もう一人の、大切な友達だ。暗闇に囚われていた俺に、光をくれた……」

「暗闇?」

 怪訝な表情を浮かべるヘリオンに、柳也は目線を戻した。

 腹に気を篭め、決して泣きはすまい、と決意を固めた上で、彼は口を開いた。

「俺の両親がいないのは、ヘリオンには話したっけか?」

「いえ。……でも、人伝てに聞いたことがあります。リュウヤさまのご両親は、たしか事故で……」

「そうだ」

 柳也はゆっくりと頷いた。

 自分の両親がすでに他界していることは、王都のスピリット達の間では有名な話だった。別段、隠すようなことでもなかったから、柳也自身が公言したのだ。

「たかだか六歳のガキにとって、両親がいっぺんに死んじまうっていうのは、結構な大事件でな。大袈裟ではなく、目の前が真っ暗になったよ。未来に何の希望も抱けない。文字通りの、暗闇だった」

 どこまでも大きかった父と、どこまでも優しかった母。その二人を一度に失って、まだ幼かった己は荒れた。両親の遺産を巡って自分に優しい言葉を掛けてきた、これまで会ったこともない親戚達の存在が、さらに拍車をかけた。

 極度の人間不信は自分と同じ境遇のしらかば学園の兄弟達にまで及び、いまでは第二の父と慕う柊園長さえ、当時の柳也には信用出来なかった。彼は他人を遠ざけ、自ら孤独の海へと飛び込んだ。

 しかし幼かった彼の心は、その孤独に耐えられるほど強くはなかった。

 孤独に震え、寒い夜に怯え、誰も信用せず、誰からも信用されず、桜坂柳也という少年の心は、どんどんと闇に蝕まれていった。

「そんな俺に、光をくれたのが、佳織ちゃんと、もう一人の友達……瞬だった」

「シュンさま、ですか?」

「ああ」

 柳也は莞爾と微笑んだ。

 脳裏に、瞬や佳織と過ごした日々の思い出が、走馬灯のように映じては消える。そして場面は、あの日……ファンタズマゴリアに召喚された、あの日の情景へ。

 柳也は小さく溜め息をついた。

 いまだ瞬の消息については、何一つ掴めていない。今頃親友は、いったいどうしているだろうか? 飢えてはいないだろうか。寒さに震えてはいないだろうか。途方もない孤独の中で、心を病んではいないだろうか。

 会いたかった。

 ただただ、無性に会いたかった。

 瞬のことを考えていると、ヘリオンが心配そうに見つめていることに気が付いた。

 柳也は彼女を安心させるように笑うと、自分と同じ黒髪の頭に、ヤスデの葉のような手を置いて撫でた。

 柳也にそうされるのが恥ずかしいのか、ヘリオンは頬を真っ赤に紅潮させる。しかし、嫌がっている様子はない。柳也は構わず続けた。

 ヘリオンの頭を撫でさすりながら、口を開いた。

「いつかヘリオン達にも会わせてやりたいよ。ホント、いい男なんだぜ? きっと惚れる」

 友のことを思いながら呟いた言葉は、風に乗って、森の奥へと消えていった。

 

 

 森の中で休息を取っていると、不意に人の気配を感じた。

 ともにエトランジェとスピリットの耳であればこそ感じることの出来た、接近の足音。

 静かに芝生を踏む音は、柳也とヘリオンの背後から忍び寄ってきた。

 ヘリオンが、近くの木に立てかけていた〈失望〉の鞘に結んだ下緒を掴んだ。無言で鞘を引き寄せる。

 リモドアの占領によってモニモの森はラキオスの勢力圏となっていたが、それはあくまで勢力圏に入ったというだけで、いまだ正式な領土になったわけではない。

 リモドア陥落のどさくさにまぎれて逃げ出した軍人や、敵情報部のエージェントなどの襲撃は、十分ありえた。

 柳也はベルトから吊るしたシースに手をかけ、ナイフの柄に指を添えた。

 ナイフ戦闘については素人同然の柳也だが、それでも、ヘリオンの援護くらいは出来る。たとえば、敵に向かってナイフを投げ、相手が驚いた隙をヘリオンが衝く、といった戦術展開が可能だ。支援の方法はいくらでもある。

 シースからナイフを抜き放った柳也は、しかしすぐに刀身を鞘へと納めた。

 ヘリオンが怪訝な面持ちで自分を見る。

 柳也は目線で、「いいから」と、彼女に言った。接近する気配からは、敵意らしい敵意が感じられなかった。

 ゆっくり、と背後を振り向く。

 そこには、四十過ぎと思しき小柄な男が立っていた。浅黒い肌の男で、口の周りに豊かな髭を蓄えている。どことなく、アラブ系民族を思わせる顔立ちをしていた。勿論、初めて見る顔だ。

 その装いは、有限世界のごく一般的な庶民の服装だ。麻のベストに麻のトラウザーズ。帽子を被り、麻袋と斧を携えたいでたちは、どう見ても現地の木こりにしか見えなかった。

 男は愛想の良い笑みを浮かべながら柳也達に近付いてきた。

 柳也は〈失望〉の柄に手を添えているヘリオンに、「そのままでいろ」と、小さく呟くと、自らは立ち上がり、やって来た男と向かい合った。

 木こり風の男が、ゆっくり、と口を開く。

「国境の長いトンネルを抜けると……」

 柳也の隣に座るヘリオンが、小首を傾げた。

 それは聖ヨト語で紡がれた言葉だったが、柳也の生まれ故郷の日本ではあまりにも有名な文学作品の書き出しのフレーズに相違なかった。

 柳也はニヤリと笑った。この世界で川端康成の『雪国』を知っている人間は限られている。

「……雪国だった」

 柳也は不敵な冷笑を浮かべたまま静かに呟いた。故郷で読み親しんだフレーズを聖ヨト語に翻訳するというのは、なかなか奇妙な気分だった。

 応じた柳也の発言に、木こり風の男もニヤリと笑った。右手を差し出してくる。

 柳也も右手を差し出し、がっしり、と握り合った。

「クライス・フッドだ。コードネームは〈隠八番〉。今回のサンダーボルト作戦を支援のため、約束の書類を持ってきた」

「桜坂柳也だ。よろしく頼む」

 自らの素性と接触の目的を明かす彼に、柳也も自己紹介をした。

 〈隠八番〉のコードネームからも分かるように、相手はダグラスの密偵だった。クライス・フッドと名乗りはしたが、おそらくは偽名だろう。

 モニモの森での合流は、昨晩、ネネとの相談の上で取り決めたことだった。

 ネネ達ダグラスの密偵は王国軍の正式な組織ではない。書類の受け渡しなどの接触に際しては、あまり人目に付かない場所でお願いしたい、という彼女の言い分に、柳也は、それならば、とこの森を指定したのだった。

 ちなみに、合言葉に川端康成を使おうと提案したのはネネの方だった。いまだに彼女がどの時代のどの国からやって来たのか知らない柳也だが、どうやら年上のエトランジェは、日本の文学に詳しいらしい。柳也は苦笑しながら、ネネのアイデアに採用することにした。

「〈隠八番〉ということは、リリィやネネよりは格下になるのか?」

「ああ。開戦以前は、主にリモドアで情報収集に努めていた」

 柳也は〈隠八番〉を、ヘリオンに情報部のスパイで、今回のサンダーボルト作戦をバック・アップしてくれる人物だ、と紹介した。

 互いに自己紹介を交わした後、柳也は早速用件を口にした。

「それでフッド殿、頼んでいた物は調達出来たか?」

 柳也は〈隠八番〉というコードネームではなく、男が口にした名前を呼んだ。

 昨晩、柳也はネネに、協力要請を打診するとともにある物の調達を依頼していた。それは今回のサモドア潜入には欠かせない道具の一つで、それがあるのとないのとでは、サンダーボルト作戦の成功率が、ぐっ、と違ってくる代物だった。

 柳也の問いに頷いたフッドは、麻袋の口紐を解くと、中から二本の円筒を取り出した。黒く塗られた鉄製のケースだ。縦に二十センチほどの高さがある。

 フッドから円筒を受け取った柳也は、その場で蓋を開いた。

 中には、ごわごわとした厚みのある紙が、丸めた状態で収納されていた。取り出して広げる。やや黄ばみがかった紙面には、聖ヨト語の文章が記載されていた。

 紙面に目線を落とした柳也は、すぐに顔をしかめた。

 紙面には、難解な言い回しを多用した、やたら長ったらしい文章が、およそ二十行に渡って並んでいた。有限世界にやって来てまだ一年と経たない自分には、ハードルの高すぎる文面だった。僅かに、末尾に記された『発行人:アイデス・ギィ・バーンライト』との署名だけが読み取れる。どうやら、お役所発行の公文書らしい。

「これ、なんですか?」

 背後から柳也の手元を覗き見るヘリオンが呟いた。

 有限世界に生まれ、当然ながら聖ヨト語を母国語とする彼女でさえ、紙面に記載された長文の読解は難しいらしかった。

「バーンライト王国政府発行の通行手形だよ、お嬢さん」

 フッドが莞爾と微笑みながら、肩をすくめて言った。

 スピリットの自分を差別するどころか、一人の女性として扱うフッドの言い回しに、ヘリオンが面食らう。

 そんな彼女の反応を楽しむように笑いながら、フッドは続けた。

「アイデス王直筆の署名が記された、まさに魔法のチケットさ。それを城壁の門番に提示すれば、バーンライト国内のあらゆる都市に入ることが出来る」

「今回のサモドア潜入には欠かせない道具の一つだ」

 柳也が言った。

「この手形があれば、安全にサモドアに入ることが出来る」

「もっとも、いまは戦時下だから、その手形だけでは入れない」

 フッドが柳也の言葉を継いだ。

「我々のようなスパイが紛れ込む可能性があるからね。城門での検問は厳しくなっている。通行手形と一緒に、バーンライト国民であることを示す身分証を提示する必要がある」

「それも、当然用意してくれているんだろう?」

「勿論さ」

 フッドは軽く左目を瞑ってウィンクをした。どうやら彼は、アメリカ人的な陽気な気質の持ち主らしい。

 フッドはベストのポケットに手を突っ込むと、今度は木製のプレートを二枚取り出した。クレジットカード大の大きさで、表面にはやはり聖ヨト語の文章が彫られていた。

「ラキオスとの開戦に伴って、王国政府が臨時に発行した国民証明証だ。何か理由があって都市間を移動する場合は、こいつの提示を求められる。君と、そちらのお嬢さんの、二人分を用意した」

「頼んだ身でなんだが、一晩でよく手に入ったな?」

 柳也は感心したように呟いた。

 ある程度の数が発行されていると思われる通行手形はともかく、ラキオスとの戦端を開いてから緊急で彫られたという証明証の方は、まだ数が出回っていないだろうから、入手は困難を極めたはずだ。なんといっても、ラキオスとバーンライトが開戦して、まだ二週間しか経っていない。おそらくは裏市場の方にもまだ流れていないだろう。そんな物を、よくもまあ見つけてきたものだ。

 柳也の言葉に、フッドは疲れた溜め息をこぼして言った。

「大変だったぞ? 手形は裏市場に流出したものがいくつかあったが、証明証の方は裏のマーケットにもなかなか流れてこない。どうしたものかと〈隠五番〉……ネネ・アグライアと相談して、やむなく強攻策を取った」

「ん?」

「リモドアで金策に困っていたカップルに金を握らせて、証明証を渡させた。ったく。こんな板切れ一枚に五〇〇万ルシルだぞ? 締めて一〇〇〇万ルシルも掛かった。ボリすぎにも程がある」

 その時の怒りを思い出したのか、フッドは苛立たしげな口調で言った。

 はて、リリィ達密偵の活動資金はダグラスのポケット・マネーから捻出されているはずで、彼自身の懐が痛むことはないはずだが。もしかすると、カネにうるさいタイプなのかもしれない。

 フッドは「煙草、吸ってもいいか?」と、訊ねた。

 ヘリオンが頷くのを見て、「どうぞ」と、柳也は言った。

 フッドは麻袋の中からパイプを取り出した。日本では一般的な紙巻や、古い西部劇に出てくるような葉巻は、有限世界にはまだ存在しない。

 そのパイプにしても、現代世界ほどその種類は豊富ではなかった。

 パイプ、と一口にいっても、その種類は意外に豊富だ。白い鉱石を素材に使ったメシャムパイプや、日本人にはマッカーサー元帥が愛用していたことで有名なコーンパイプ、素焼きの陶器を使ったクレイパイプなどがある。フランス産の桜を使った、チェリーパイプなんて代物もある。しかしこれらのパイプは、ファンタズマゴリアではいまだ発明されていなかった。チェリーパイプにいたっては、そもそも桜の木がないから永遠に生まれえない。

 フッドが取り出したパイプは、現代世界でも最も一般的なブライヤパイプと呼ばれる物だった。ツツジ科の潅木を材料に使っており、美しい木目は磨きこむに従って独特の風合いを持つようになる。現代世界では俗に、“パイプの王様”と呼ばれるものだった。

 パイプに煙草の葉を詰め、火打石を打って飛ばした火花を着火させる。紫煙を燻らせてようやく落ち着いたか、フッドは続けた。

「エトランジェ・リュウヤ、サモドアに潜伏している間の君の名前は、リチャード・ギアだ」

「……マジか?」

「マジだ。俺も驚いたよ」

 フッドはニヤニヤ笑いながら言った。もしかするとこの男も、自分やネネと同様エトランジェなのかもしれない。もしそうだとしたら、ダグラスは積極的にエトランジェを自らの私兵に抱え込んでいるように思われる。

 フッドは次いでヘリオンを見た。

「さてお嬢さん、君はサモドアに潜入している間は、サリー・ケラーマンという名前になる。はい。復唱」

「え、あ、さ、サリー・ケラーマン?」

「だから、本当なんだろうな? 本当に、そういう名前の二人が、リモドアで暮らしてたんだよな!?」

 ミリタリー・オタクの柳也は思わず叫んだ。

 サリー・ケラーマンといえば、軍オタには忘れられない女優の一人だ。米国の反戦映画「M*A*S*H」で、オフーラハン少佐役として出演していた。柳也が恋をした美女の一人だ。

 フッドはやはりニヤニヤ笑いながら、平然と続けた。

「サモドアは現在、迅雷作戦の発動もあって厳戒な警備体制が敷かれている。馬で行くのは目立ちすぎる。ウセハ号は我々の方で回収しておくから、適当な距離で放して、後は徒歩で行くといい」

「……分かった。そうさせてもらう」

 柳也は色々と突っ込みたい気持ちを抑えて、真剣な表情で頷いた。切り替えの速さはこの男の武器の一つだ。

「サモドア潜入後の行動については、〈隠六番〉という男がバック・アップに付く予定だ。……あるいは、女かもしれないが」

「どういうことだ?」

「〈隠六番〉は、変装の名人なんだ」

 フッドは肩をすくめて言った。

「身分の高低を問わず、男にも、女にも化ける。声色も、何かコツがあるらしくてな、低音高音自由自在だ。……本当のところ、あいつが男か女か、誰も知らないんだ。あいつの素顔を見た者は閣下と、他にもう一人しかいない」

 フッドのもったいぶった言い回しに、柳也は怪訝な表情を浮かべた。

 ここでいう閣下とは、ラキオス王のことではなくダグラス通産大臣のことだろう。彼らダグラスの私兵が、閣下と敬称を付ける人物は一人しかいない。

 では、彼の口にした「もう一人」とは、いったい誰なのか。

 柳也の鋭い眼差しに晒されて、フッドは底意地の悪い笑みを引っ込めた。

 しまった、と表情が語っている。そのもう一人の人物とやらの素性については、硬く口止めされているのか。

 教えてくれないと分かれば、なおも知りたくなるのが人情だ。

 柳也は、「そのもう一人とは?」と、直接的な質問をぶつけた。

 フッドは困った顔をしながら、口調を改めた。

「閣下からは、エトランジェ・リュウヤには出来る限りの協力をせよ、と言われているからなぁ」

 訛りの酷い英語が、柳也の耳朶を撫でた。

 これは極秘だぞ、と念押しして、フッドは静かに呟いた。

「〈隠壱番〉。俺達ダグラス閣下の密偵達の頭目だ」

 

 

――同日、朝。
 
 

「サンダーボルト作戦?」

 いつものように定刻に食事を持ってきた〈隠六番〉から、その名前を聞かされたリリィ・フェンネスは、ベッドに腰掛けながら怪訝に小首を傾げた。

 バーンライト王国軍の兵士に変装している〈隠六番〉は、テーブルの上に食器を並べつつ首肯する。

「ああ。山岳大隊がサモドアを発って、ラキオスを目指して進撃中という情報は、昨日の夕食時に伝えたな?」

「ええ」

 リリィは読みかけの本に栞を挟んで頷いた。

 なお、ここでいうラキオスとは、王国としてのラキオスではなく、王都としてのラキオスを指す。

「あの作戦に対抗するものとして、エトランジェ・リュウヤが立案した作戦だ。リーザリオ、エルスサーオと北上して、王都からラセリオへと南下するルートを通る本隊と、このサモドアに潜入して山岳大隊の背後を衝く別働隊が、今朝方リモドアを発った」

「……正気ですか?」

 リリィは想い人の立案した作戦をあえて酷評した。

「敵国の王都を通過して、あまつさえ敵の背後を叩くなんて……正気の沙汰とは思えません」

「お前もやはりそう思うか?」

 〈隠六番〉は肩をすくめた。

「そこが、狙い目だな。正気の沙汰とは思えない作戦ゆえに、敵の油断を衝くことが出来る。そもそもバーンライト側は、敵がこのような行動を取るなどとは予想もしていまい。相手の予想していないところにパンチを繰り出すのは、兵法の常道だ」

「リュウヤ様はどちらに?」

「別働隊の方だ。サモドアに潜入した後は、俺が彼らを支援する予定になっている」

 言われて、リリィは自分の胸が高鳴るのを感じた。

 柳也が。

 柳也様が、このサモドアにやって来る?

 自分のいる、このサモドアに。

「……さて、どうする?」

 〈隠六番〉が、唐突に言った。

 具体的な主語や述語を欠いた問いかけ。

 敵国軍の制服を身に付けた同僚の質問の意図が分からずに、リリィは能面の表情を忘れて困惑してしまう。

 そんな彼女を見て、〈隠六番〉は淡々とした口調で言った。

「俺の変装の腕前はお前も知っているだろう? 俺は、お前にも化けることが出来る」

「…………」

 リリィの表情が、はっ、と硬化した。

 〈隠六番〉の言わんとすることが、彼女にも理解出来た。

「さて、どうする?」

 朴訥な顔立ちの若い男は、もう一度リリィに訊ねた。

 

 


<あとがき>

アヴァン「囚われの身となっていたリリィに訪れた、愛する男と再会する為の千載一遇の好機! 最愛の柳也の安否が気掛かりで、何より浮気してないか気になって仕方ない彼女が選んだ選択とは!?

 次回、『リリィの柳也大好き奮闘記・第九話』に乞うご期待!」

柳也「すでに第九回目!? つか、本人の俺が知らないんですけど!?」

タハ乱暴「いや、知ってるよ?」

柳也「え?」

タハ乱暴「ほら、お前、読んだじゃん。EPISODE:38、リリィの日記」

柳也「え? だ、だって、あれは、ダグラス殿が……」

北斗「あれは彼女の嘘偽りない、本心だぞ? 俺のボディに内臓されているガイガーカウンターで測ってみたが、間違いない」

アヴァン「計測機器が間違っている!」

柳也「……するってぇと、え? まさか、え? まじで、え? 拉致、監禁?」

アヴァン「だから前回のあとがきで告知しただろ? 公開処刑だって」

ゆきっぷう「ちなみに『リリィの柳也大好き奮闘記』シリーズはラキオスで読まれているベストセラーの一冊です」

タハ乱暴「えぇ……のっけから、あんなんですんまんせん。本当に、すんません。読者の皆様、いつも永遠のアセリアAnotherをお読み頂きありがとうございます。本当にありがとうございます。そして本当にすんません」

北斗「おお、タハ乱暴が読者に媚びている」

タハ乱暴「媚びてるんじゃないよ!? 誠意を示しているの!」

北斗「それはさておき、今回の、このあとがきの会場だが……なぜ、教会なんだ?」

タハ乱暴「いやぁ、リリィが、ここがいいって言うから、ここにしたんだけど」

柳也「HELP! 俺の、人生の危機よ! 結婚は、人生の墓場よ!」

ゆきっぷう「とりあえず柳也は黙りなさい。そしてその命をリリィさんに還しなさい」

アヴァン「ほい、早着替えー」

柳也「な、赤いカーテンを翻した一瞬で、俺の服装がタキシードに!?」

北斗「はい、新婦登場ー」

リリィ「うふふ、リュウヤさま、ようやく、私達のらぶ・すとおりぃの始まりですね?」

柳也「あ、あのぅ……リリィ、さん? ウェディングドレスがとてもよくお似合いですねぇ? いやはや、眼福眼福。でも、その、ぶんぶん、振り回している、手錠はいただけないなぁ。は、早く、捨てよ?」

アヴァン「確かに演出的に手錠は良くないぞ、リリィ君」

リリィ「そうですか?」

柳也「そうだとも!」

アヴァン「こういう、洋風な鎖にしなさい」(ごつい鎖を懐から取り出す)

リリィ「あら、これは便利」

ガシャン

柳也「What’s?

アヴァン「かの有名な吸血姫を千年封印できるという一品だ。特に問題はあるまい」

柳也「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!

ゆきっぷう「さ、タハ乱暴。新たな門出を迎える二人に、何か一言」

タハ乱暴「え? ああ、うん。二人とも、お幸せに」

柳也「いやぁぁ! 地下室はいやぁぁ!」

リリィ「そんな、地下室になんて連れていきませんよ。ただ、ちょぉっとだけ、女癖の悪いリュウには、私の、プライベート・ルームで、しばらく暮らしてもらいます」

柳也「ぷ、ぷらいべいとるうむ?」

リリィ「ええ。私と、ダグラス閣下の家の、地下にあります」

柳也「地下室やん!」

アヴァン「待ちたまえリリィ君。それは新婚夫婦のチョイスとしてはちょっとまずい」

リリィ「ええっ!?」

アヴァン「ラキオス城の北側にある来賓用の客室を兼ねた塔がある。そこを使いなさい」

リリィ「ちなみにそこに地下室は?」

アヴァン「明るい二人の未来に暗い地下は似合わない。城下を見下ろす塔の最上階のスウィートルームで君の愛を刻み付ければ、彼も変な下心を持っていた過去を悔やむだろう」

リリィ「ないんですか、地下室……まぁ、でも、いいです。リュウと二人きりになれるのなら」

北斗「ウィング・ハイロゥを持ったスピリット対策もバッチリだ。ちゃんと、迎撃用のイージス・システムを設置しておいた。地上からの侵入者も迎撃出来るよう、ラキオス王に頼んで常時五個大隊を哨戒に当たらせることにしている」

柳也「あ、あのぉ……それって、僕も、脱出出来ないってことですよね? それって、地下室と、あんま変わんないんじゃ……」

アヴァン「湿気のひどい地下室では健康を害する可能性が高い。通気性の高い部屋を用意する必要がある。ちなみに塔からさらに北にゲッターエターナルのチームを常時待機させてある。時空を越えてくる侵略者にも対応できるだろう」

北斗「まぁ、君の考えていることは大体分かる。安心したまえ。ちゃんと、地下室にはつき物の、木馬と、鞭と、首輪は、用意しておいたから(にっこり)」

タハ乱暴「うん。安心して、特殊なぷれいに励んでくれ(ほっこり)」

ゆきっぷう「これで桜坂家もスカイホーク家も安泰だなぁ(にっぱり)」

柳也「い、嫌だぁ! お、俺はまだ独身でいたいんだ! 自由がいいんだ! キャバレーの、明美ちゃんが好きなんだぁぁぁぁ!!!」

タハ乱暴「い、いかん! くだらないことに紙幅を費やしていたら、もう、あとがきを終えねばならん時間だ!」

北斗「なに!? しかし、今回、あとがきらしいことをまだ何もやっていないぞ!」

タハ乱暴「くそぅ。こうなったら……ゆきっぷう! お前に名誉ある仕事をやる。今回の話の内容を、七文字でまとめろ!」

ゆきっぷう「リリィさいこう」

北斗「ぴったり七文字!」

タハ乱暴「けど、漢字に直すと五文字」

ゆきっぷう「リリィは最高!」

北斗「今度こそぴったり七文字だ!(記号込み)」

タハ乱暴「ああ、いかん! こんなことをしているうちに、いよいよ時間がなくなってきた!」

北斗「急げ、タハ乱暴! 読者の皆さん、永遠のアセリアAnotherを今回もお読みいただき、ありがとうございました!」

タハ乱暴「次回もお付き合いいただければ幸いです」

ゆきっぷう「そう、次回も、真(チェンジ)恋姫†無双に!」

北斗「いかん! このままではいつぞやのようにまたあとがきが乗っ取られてしまう!」

法皇テムオリン「テム様ルートにライド・オン! ですわ!」

全員「「「な、なにぃぃぃぃぃ!?」」」

アセリア「……ん。次回もちゃんとアセリアAnotherだ」

柳也大好きミニオンズ「「「次回のあとがきは救出(?)編でーす! リュウヤ様・ファイッ! オーッ!」」」

 

 

 

<おまけ>

 幽州征伐を目的に北上を開始した袁紹軍一〇万の兵。

 これに対し公孫賛は、幽州南部の易京に陣を置き、この地を対袁紹戦の主戦場と定めた。

 その戦力は、歩兵二万九〇〇〇、騎兵三〇〇〇。総兵力の一割近い騎兵部隊を擁しているのは、白馬将軍らしい編成といえよう。

 軍を率いる総大将は無論公孫賛伯珪。彼女は自ら歩兵部隊の指揮を執る。その下には、従妹の公孫範や、客将の趙雲がついていた。騎兵三〇〇〇を率いるのは、先頃降った張遼だ。

 公孫賛軍は易京の城に立て篭もり、防御を主体とした戦術を展開、同盟を結んでいるジョニー軍の援軍がやって来るまでの時間稼ぎに徹した。

 他方、袁紹軍は、易京の城に立て篭もる敵に対し、城攻めの常道・包囲殲滅の構えを、取らなかった。かといって、奇策を講じたわけでもない。

「包囲戦なんて地味な戦術、名門袁家には相応しくありませんわ! ここは堂々と、華麗に、正面突破あるのみです」

という袁紹の鶴の一声が、袁紹軍の戦術を決定付けた。

 突撃に次ぐ突撃。守りを固めた敵に対し、とにかく正面から攻撃する。愚挙の極みと評すべき作戦を、袁紹軍は何度となく繰り返した。

「……馬鹿や馬鹿やと思っていたけど、まさかこれほどとはなー。兵達が可哀想やで」

 突撃の度に矢と投石の嵐に揉まれ、徐々に兵力をすり潰していく袁紹軍の様子を城壁から眺めて、張遼は呟いた。その語気には、真実、敵兵への同情を孕んでいた。

 名門袁家の軍隊だけあって、敵兵の装備や練度は極めて高い水準にある。にも拘らず、敵にばかり損害が生じているのは、戦い方が拙すぎるからだ。如何に部下が優秀でも、頂点に君臨するべき人物が愚かでは、どうしようもない。

「こりゃあ、ジョニーんトコの援軍は必要ないかもなぁ」

「いや、そうとも言い切れんだろう」

 袁紹軍の稚拙な戦術に対しそう評した張遼の隣で、趙雲が言った。

「たしかに、袁紹が愚かな突撃を繰り返しているおかけで、我々の消耗は最小限で済んではいる。だが、それでも相手は一〇万だ。長期戦になれば、兵力劣勢の我らが不利なのは明らか」

「そうなる前に、いち早くジョニー軍と合流して、速やかに袁紹軍を撃退する、やろ? ウチらの大将が立てた作戦は」

「うむ。ジョニー軍にはジョニー・サクラザカ本人を始め、多くの勇将が揃っている。一〇万対六万足らずの戦力差を、十分に覆せるほどのな」

 趙雲がそう言った時、二人のもとに、公孫賛からの連絡事項を携えて伝令がやって来た。

 内容は、北西よりジョニー軍二万六〇〇〇接近の報。

 袁紹との戦いは、新たな局面に移ろうとしていた。

 

 

 ジョニー・サクラザカ軍二万六〇〇〇が北西より接近中。

 易京の城に篭もる公孫賛らがこの事実を知ったとき、袁紹もまた、北西より捲土重来する軍団の存在を察知した。

 篭城中の公孫賛軍とジョニー軍が合流すれば厄介なことになる。

 また、ジョニー・サクラザカといえば、反董卓連合の折、自分達の軍を使い物にならなくした張本人だ。

 新たな敵の存在を知った袁紹は、直ちにこれを迎撃するべく、配下の高覧将軍を呼び寄せた。

 やがて袁紹の天幕に、六尺豊かな大男が参じた。口髭をたくわえた、野性味の強い風貌。日に焼けた浅黒い肌。戟を背負った彼の名は高覧。袁紹軍の二枚看板、文醜、顔良に次ぐ猛将の一人だった。

「高覧さん、あなたに歩兵三万と、騎兵部隊二〇〇〇を与えます。必ず、ジョニー軍を撃退なさい」

「はっ。……本初様の御心のままに」

 袁紹に斯様な命令を下された高覧は従容と頷いた。しかし、その胸中は複雑だった。

 袁紹は、ジョニー軍を撃退せよ、と命令した。自分達が公孫賛を屈服させるまで足止めせよ、ではなく、撃破せよ、と命令したのだ。

 反董卓連合戦でのジョニー軍の活躍は、高覧も知っている。足止めならばまだしも、はたして、与えられた三万二〇〇〇の戦力で、呂布や華雄といった董卓軍の勇将達を退けた精兵達を倒せるだろうか?

 高覧は歴戦の武将だが、それゆえに絶対の自信を抱いて戦場へ赴くことが出来なかった。兵に無駄死を強いるのではないか、と暗澹たる気持ちが襲ってくる。

 とはいえ、総大将直々の命令だ。従わないわけにはいかない。

 高覧は暗い面持ちのまま天幕を出た。

 直後、あらかじめ天幕の外で待ち構えていたのだろう。見知った顔が声を掛けてきた。

「ただでさえ黒い顔なのに、ますます景気の悪い顔色になったわねぇ〜?」

「……儁乂か」

 暗澹たる心持ちの高覧に、話しかけてきたのは同僚の張コウだった。正史では魏の五大将軍の一人に数え上げられたこの人物もまた、やはりというかなんというか、この外史では可憐な乙女の姿をしている。健康的に日焼けした肌と、濃紺の長髪が特徴的な娘だった。

 開口一番、祖父母の代から受け継いだ肌のことを揶揄された高覧は、憮然とした面持ちで張コウを見た。

 憤懣とした感情を孕んだ、強い視線。

 男の眼差しを真っ向から受け止めつつ、しかし張コウは悪びれもせずに唇を尖らせた。「もう、玲蘭、って真名で呼んでいいって、いつも言っているでしょ?」

「……そういうわけにもいくまい」

 高覧は小さく溜め息をついてから言った。どうやらこの二人の間で、この種の言葉の応酬が交わされるのは、日常茶飯事らしい。

「いくら本人が許すと言っても、女の真名だ。相応の覚悟なくして、呼んでよいはずがない。そして俺には、まだその覚悟はない」

「……私と夫婦になるのは嫌?」

「嫌なものか。お前ほどの女に言われて、願ってもないことだ。……だが、俺にはもう、惚れた女がいる」

「相変わらず一途ねぇ……」

 再び空をそよいだ溜め息は、張コウの口から紡がれたもの。彼女は、やれやれ、とかぶりを振りつつ、高覧に言った。

「袁紹様の目には、あんたのことは映ってないよ?」

「存じている。だからといって、あの方を諦めることなど俺には出来ん。……惚れるとは、そういうことだ。たとえ成算は薄くとも、その人のことを想い、その想いを糧に行動する。惚れるとはそういうことなのだ、と俺は確信している」

 きっぱり、と言い切った高覧は、戟を背負い直して歩みを再開した。袁紹が彼に与えた兵力は三万二〇〇〇。彼らをどう編成し、向かってくるジョニー軍にぶつけるか。軍師と相談せねばならない。

「成算は薄くても想い続ける、か……私も、同感だよ」

 想い人のために戦場へと向かうその後ろ姿を眺めながら、張コウは寂しげに呟いた。

 

 

 高覧の補佐役に袁紹がつけた軍師は逢紀元図。高覧は与えられた三万の歩兵のうち、五〇〇〇を後方支援要員とし、さらに五〇〇〇を自らの直轄部隊とした。また騎兵隊二〇〇〇の指揮を、武将・牽招子経に執らせた。

 一方、公孫賛救援のため易京へと急ぐジョニー軍もまた、袁紹軍のこうした動きに対し、合流前に一戦やむなしと、戦闘準備を整えていった。

「中央に程遠志アニキの重装歩兵隊を置く。右翼の担当は鈴々、左翼は管亥のチビだ。騎兵部隊は遊兵として、本隊と主力部隊の中間に配置。高昇隊は本隊のさらに後ろに着け! ……覚悟しとけよ? 死ぬほど忙しくなるぜ? 全軍、前進!」

 総大将ジョニー・サクラザカの号令一過、“愛・熟女”の牙門旗が掲揚され、続いて麾下の将達の旗も揚がる。

 戦場はどこまでも広がる大平原。目ぼしいランドマークはなく、伏兵を潜ませられるような場所もない。袁紹軍との兵力差は歩兵が約一・二倍、騎兵が約二倍といったところか。

 ――戦場の地形と兵力差から勘案するに、下手な小細工や奇策はかえって自軍の足枷となりかねない。ここは各々の兵科と将の長所を活かし、敵の長所を殺す機動をするべきだ。

 柳也は素早く判じるや、敵の布陣を観察する。

 袁紹軍の各部隊の配置は、まず中央に兵力一万を置き、その両翼に各五〇〇〇ずつ、さらにその両端に、騎兵部隊を一〇〇〇ずつ置いていた。後方には本隊五〇〇〇と、後方支援要員兼予備兵力と思しき部隊が五〇〇〇ほど。自軍に対して兵力優勢な中央の部隊で衝撃を吸収している間に、両翼の部隊が騎兵と連携して我が方の両翼部隊を脅かす作戦か。

 ――ハンニバルに挑むマルクス将軍の気持ちだぜ……。

 柳也は紀元前二一六年のカンナエの殲滅戦の戦例を思い出しつつ、前進を続ける命令を下した。

 やがて両軍の距離がおもむろに狭まり、双方ともに射撃戦が開始された。矢が、石が、槍が、互いの敵部隊めがけて殺到する。

 弾幕の嵐の中、なおも前進を続けるジョニー軍の先鋒が、やがて敵歩兵部隊と接触した。

「野郎どもぉ! ジョニーのアニキのためだ! やっちまえぇ――――――!!!」

「ひゃっはー!」

「ひーはー!」

 程遠志のアニキの号令一過、最初に威力を発揮したのは八〇〇〇の兵力を擁する重装歩兵部隊だった。重い鎧に身を包んだ重装歩兵は、機動力には欠けるが、その分、正面に対しては絶大な攻撃力と防御力を誇る。

 対する袁紹軍が中央に置いた兵力は一万。兵力では、向こうの方が上だ。しかしギリシア式の方形陣を敷いてじりじりと迫る重装歩兵隊を前に、袁紹軍の歩兵部隊は、どんどん、押されていった。

「いかん! このままでは中央の戦線が崩壊する!」

 高覧が逢紀とともに立てた作戦は、まず敵の衝撃を正面から受け止め、その後両端の騎兵部隊が突出、敵の騎兵部隊と両翼歩兵部隊を速やかに撃破し、側背に回り込んで包囲する、というものだった。

 しかしこのままでは相手の攻撃を受け止めることなく、中央歩兵部隊が崩壊してしまう!

 高覧は自身が直接指揮を執る本隊五〇〇〇を前進させた。これで中央の戦力は相手に対し約二倍。さしものジョニー軍・重装歩兵部隊も、快進撃が鈍り出す。

 しかしその一方で、袁紹軍左翼が徐々に崩壊していくのを、高覧将軍は見逃してしまった。

 ジョニー軍最強の攻撃力を誇る鈴々と恋が指揮を執る歩兵部隊五〇〇〇が、敵の歩兵を圧倒し始めたのだ。

「うりゃりゃりゃりゃー! 燕人張飛、ただいま参上なのだ!」

「……邪魔」

「張飛将軍に続けー!」

「俺達には、龍の加護があるぞー!」

 味方の苦戦を受け、直ちにそちらの方面の騎兵が援護に回る。

 しかしここにきて、ジョニー軍は華雄将軍麾下の虎の子、騎兵部隊一〇〇〇を投入。敵騎兵部隊の撃退に努めた。やがて鈴々と恋を先頭にした歩兵部隊が袁紹軍左翼を蹂躙。ジョニー軍右翼部隊が、敵軍中央左側面へと回り込んだ。

 一方、ジョニー軍にとっての左翼方面では、管亥のチビが敵の攻撃をよく受け流していた。右翼張飛隊や、中央程遠志隊ほどの攻撃力を持たない左翼管亥隊は、とにかく防御に努め、中央あるいは右翼の部隊が突出するのを、根気強く待った。その際、最も力戦したのは、正史において趙雲に次ぐ人物と名高い陳到だ。というわけで、本おまけ初台詞どうぞ。

「ご主人様ぁ、見ていてください! 陳到は此度の戦で必ず功績を上げて、もっとご主人様のお側にいられるように……!」

「こらぁ、陳到! 戦闘中に色惚けするんじゃねぇ!」

「ハッ。す、すみません管亥将軍……」

 陳到の奮戦、そして管亥の指揮もあって、損害軽微のまま持ち堪えるジョニー軍左翼部隊。

 そこに、右翼張飛隊が敵左翼を破り、敵中央の左側面へと回り込んだ報告が入る。

「へへへっ。張飛のおチビちゃんがやってくれたか! ようし、管亥隊、反撃に移るぞ!」

 中央の崩壊は、軍団の崩壊へと繋がる。なんとしても中央の部隊だけは守らねば、とする高覧は、もはやなりふり構わず戦力を中央に集めた。後方支援の五〇〇〇を前に出し、続いて右翼部隊から兵力を引き抜く。

 その結果、ジョニー軍にとっての左翼方面は敵が寡兵となり、一気に反撃へと転じた。

 当初、ジョニー軍の包囲を目論んでいた高覧の軍は、やがて管亥隊によって右翼までもが突き破られ、逆に包囲される形となった。

「……ぐぅぅ。もはや、これまでか!」

 高覧将軍は兵に撤退を命じた。

 敗北の責任は自らにあるとし、有力な歩兵一〇〇〇とともに殿に残る。

 そこに、

「袁紹軍武将、高覧将軍とお見受けする!」

「む? 何者か!?」

「ジョニー・サクラザカ軍、関羽雲長! その首、貰い受ける!」

「水関で華雄将軍を破った関羽殿かッ! よかろう、相手にとって不足はなし!」

 ちゃっかり中央重装歩兵隊に参加していた愛紗が、高覧将軍に一騎打ちを挑む。

 愛紗の得物は無論、青龍偃月刀。

 対する高覧は戟を構え、向かってくる女と打ち合った。

 一合、二合、五合、十合。

 やがて一六合目を打ち合った時、手足に走る痺れに、高覧は膝を着いた。

「ぬぬっ」

「もらったッ!」

 愛紗が青龍偃月刀を振り上げ、裂帛の気合とともに前進した。

「いかん! 愛紗に見せ場を与えるなー!」

 それを見てジョニーが叫ぶがもう遅い。

 愛紗の一刀が高覧の首をすっ刎ね、かくして、ジョニー軍は緒戦を勝利で飾った。

 この戦闘でのジョニー軍の損害は、歩兵部隊は死傷者四六三四人、行方不明者が一二五。騎兵部隊の死傷者は四三二人。損害は、最も激しく戦った鈴々の隊が大きかった。人員の消耗は、総兵力の二割近くに及んだ。なお、獲得した捕虜は歩兵が約二三四一、騎兵が三〇三。

 対して、袁紹軍の被った損害は、歩兵部隊、騎兵部隊合わせて死傷一万五九二七、行方不明者は四二九六人。袁紹軍本隊に合流出来たのは一万三〇〇〇に届かず、総兵力の五割以上という、大損害だった。軍司令官の高覧将軍は戦死。

 戦闘終了後、緒戦を勝利で収めたジョニー軍は、早速戦場の掃除を開始した。重傷者を後方へ移送し、戦死体の回収に尽力する。

 戦友達の遺体の回収作業には、柳也自らが陣頭に立って指揮を執った。

「いいか? 今日、この戦場で死んでいった連中は、いま生きている俺達の未来のために死んでいった連中だ。一人も残すな。必ず、すべての遺体を回収しろ!」

 現代日本で暮らしてきた柳也の死生観の根底には、仏教の考え方が根強く存在している。彼ら仲間達の亡骸を、野ざらしにしておくわけにはいかなかった。

 自ら戦友の亡骸を背負い歩く自分の姿を、周りの者達はどう見るだろうか。

 柳也はそんなことを考えながら、一人、また一人と、命の器を拾い集めていった。




迅雷作戦に対する作戦も決まり、いよいよ決行。
美姫 「にしても、中々に大胆な作戦を取ったわね」
だな。まあ、これも密偵が居たからこそ成功率を上げれた訳だが。
美姫 「やっぱり普通に進んでいる悠人たちよりも敵陣の中を進む柳也たちの方が気になるわね」
まあな。それにこっちではリリィとの再会があるかもしれないし。
美姫 「どうなるかしらね」
かなり楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね〜」
待ってます。



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