――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、みっつの日、夕方。

 

ラキオス王城にある通産大臣用執務室では、柳也とダグラス、ラキオス王、それからリリィの四人が、例によって秘密の会合を開いていた。

といっても、議論に積極的に加わっているのは先に名を連ねた三人だけで、リリィはソファに座る置物と化していた。

「今日、二人に集まってもらったのは他でもない」

密議の場に柳也とダグラスの二人が揃ったのを見て、ラキオス王はそう切り出した。

「今週始めの定例会で話した通り、現在、わが国の戦略研究室が対バーンライトの作戦計画を練っておる。だが、これがどうも上手くいっておらん。戦争の大義と、開戦までの流れについては、先日の密議でリュウヤが提案した通りにいきそうなのだが、その先で行き詰っておる」

ラキオス王はそこで一旦言葉を区切ると、目線をテーブルへと落とした。いつもの席順で囲んだ卓上には、北方五国を示した白地図が広げられている。

「戦略研究室はバーンライトに勝つということを、この国の軍事力と経済力を奪うこととして、プランを練っておる。バーンライト経済の命綱は……」

そう言って、ラキオス王はバーンライト王国領ラジード山脈を指差した。

「ここ、ラジード山脈だ。三〇年前の“鉄の山戦争”でも、わが軍はここを押さえにかかった。……リュウヤは、鉄の山戦争については?」

「ダグラス殿から以前、資料を頂きました。大体の概要はつかんでおります」

鉄の山戦争は聖ヨト暦二九九年に始まったラキオスとバーンライトの戦争だ。勿論柳也自身は参戦していないが、戦争の大まかな流れは資料から把握している。

聖ヨト暦二九九年エハの月、赤、二つの日、エルスサーオに終結したラキオス王国軍の二個軍は国境線を越え、バーンライト王国領リーザリオを攻撃した。事前に周到な準備をした上で侵攻を開始したラキオス軍に対し、当時はダーツィからの外人部隊の受け入れも行っていなかったリーザリオ第三軍は弱体で、侵攻二日目には撃破されてしまった。

リーザリオを占領したラキオス軍は、続いてバーンライトの経済基盤を支えるラジード山脈に一個大隊を、バーンライト第二軍を擁する都市リモドアに一個軍を派兵した。鉱山との連絡線を断ち、バーンライトの経済力と、継戦能力・意思を奪うことが狙いだった。

しかし、結論からいうとラキオスのこの企みは失敗に終わった。破竹の勢いで進撃するラキオス軍の前に、当時第二軍の大隊長だった三一歳、トティラ・ゴートが立ちはだかったのだ。

大軍を率いて攻めてくるラキオス軍に対し、トティラの大隊はむしろ積極的な迎撃を敢行した。さらに戦いの中でラジード鉱山の孤立を知った彼は大隊の中から精鋭二個小隊を選抜、少数部隊ゆえの高い機動力を活かして、山道侵攻軍へと襲い掛かった。

まさか目の前の一個軍を見過ごして、戦闘指揮官自らが少数戦力とともに背後を攻めてくると思っていなかった山道侵攻軍は、油断を衝かれる形となった。戦力分散の愚も、動揺した大軍を相手にする上ではまったく負担とならない。また、鉱山開発用に拓かれた山道は狭く、大規模な部隊を展開するのに適した地形ではなかった。

背面を突かれたラキオス軍は逃げ場を失い、ラジードの山道の奥へ奥へと撤退する。しかし、それこそトティラの思うつぼだった。徐々に追いつめられていったラキオス軍は、山道の狭い道幅に大兵力を有効に活用できず、トティラ率いる精鋭部隊はそれを各個撃破していった。もはや自分が手を下さずとも勝利は目前と確信したトティラは、単身馬を翻し、第二軍のもとへと向かった。

トティラと合流したリモドア第二軍は、侵攻軍に対して終始優位に戦闘を展開した。形勢不利と見たラキオス軍はリーザリオまで戦線を後退。第二軍は第三軍の残存戦力と合流し、リーザリオを包囲した。

その後は包囲戦の末に侵攻軍の司令官がバーンライト側に対して降伏、バーンライト王国軍はさらにエルスサーオを制圧し、翌年になって講和条約が結ばれた。鉄の山戦争はバーンライト側の防衛勝利という形で終結した。

「戦略研究室では、先の鉄の山戦争同様このラジードの鉱山を押さえることを戦略目標の一つとして考えておる。鉱山を押さえることで敵の経済力を著しく低下させ、継戦能力・意思を阻喪させる。その上で一つ大きな戦いに勝利し、バーンライトの軍事力を大きく削ぐつもりのようだ。具体的な作戦計画については、鉄の山戦争での反省を踏まえた上で、作戦計画を立てると言っているが……」

「肝心のその作業が難航しているわけですね?」

「うむ」

柳也の質問に、ラキオス王は難しい顔で頷いた。

「反省を踏まえた上で計画を練るとはいうが、そんな生易しいものではない。バーンライトとて三〇年前の戦争のことは憶えているだろう。単にあの戦争の作戦計画を発展させただけでは、勝てる戦も勝てぬ。第一、大きな戦いとはいうが、それをどこでやるのかすら決めかねている状況だ」

ラキオス王は重い溜め息とともに呟いた。

彼は目線を地図上のラジード山脈から、対面の柳也へと転じた。

「戦略研究室のプランは別として、おぬしの意見を聞きたい。忌憚なく言ってみよ」

「……そうですね」

柳也は両腕を組むと、しばしの間黙って地図を凝視した。頭の中に叩き込んである両国の国力と軍備を比較し、それを白地図上の各都市に当てはめていく。

数秒の沈黙を挟んだ後、彼はラキオス王とダグラスの顔を交互に見た。

「いっそのこと、根っこの部分から考え方を変えましょうか」

「……というと?」

ダグラスの目が、ギラリ、と鋭い輝きを放ち、促した。

柳也はひとつ頷くと、自らの考えを述べていった。

「最初に確認させていただきますが、対バーンライト戦の戦略目的は、『バーンライトを倒すこと。バーンライトの領土を奪い、その土地の持つマナを奪うこと』で、よろしかったでしょうか?」

「うむ。その通りだ」

「そしてその目的を達成するために、戦略研究室が掲げた戦略目標が、『同国の経済力と軍事力の撃破。つまり、バーンライト経済の基盤を支えるラシード鉱山の占拠と、同国軍隊の撃破』と」

「うむ」

「では、その戦略目標から手を加えていきましょう」

柳也は軍服のポケットからボールペンを取り出した。現代世界から持ち込んだ数少ない持ち物の一つで、赤、青、黒の三色のインクを装填している。ボールの直径はそれぞれ〇・七ミリ。テーブルいっぱいに広げられた白地図に書き込みをするには細すぎる印象だが、背に腹は変えられない。

柳也はボールペンの赤インクをノックすると、ラジード山脈に×印を付けた。

「この際、戦略目標からラジード鉱山の占拠は外しましょう」

「これはまた、思い切った意見だな」

ダグラスが呟いた。柳也の意見に対し賛成も反対もせず、ただただ興味深そうな眼差しを向けてくる。

「聞こうか。戦略研究室が提唱する戦略目標に対し、異論を述べるその根拠を」

「はい。私が戦略目標からラジード鉱山の制圧をはずした理由は三つあります。

第一に、戦略目標は一つに絞ってしまった方が、何かと都合が良いからです。戦略目標を『経済力と軍事力の阻喪』というように、二つに定めてしまうと、目標達成のために注ぐエネルギーは、どうしても分散せざるをえなくなってしまいます。それこそ、先の鉄の山戦争のように、戦力分散の愚を犯すことになってしまう。大軍は大軍として集中運用すればこそ、数の暴力が活きてくるのです。

第二に、経済力の阻喪は相手国の国力を奪うという意味でたしかに有効打となりえますが、敵国を打破する決定打とはなりえません。また、仮にラジード山脈を占拠したとしても、その影響があの国の経済にダメージを与えるほどになるまでには、少し……いえ、かなりの時間を要するでしょう。長期戦の構えが必要です。そして、ラキオスやバーンライトのような小国同士が長期間戦争をすれば、勝った時の益を、戦いによって生じた損失の方が上回るであろうことは火を見るよりも明らか。鉱山占拠によって得られる利益など、あっという間に吹き飛んでしまいましょう。

第三に、バーンライトの経済力を奪うにしても、わざわざラジード鉱山を占拠する必要はないからです。山脈から産出される鉱物資源がダーツィなどに輸出されて、この国の経済は成り立っている。であれば、そのルートを断ってやれば良い。……ダグラス閣下、他国の鉱物資源の流通についてはどの程度分かっておられるのですか?」

「ラジードの鉱山で産出された鉱物資源は、街道を通ってまずリーザリオ、ついでリモドアに運ばれている。そしてリモドアから商人の手を借りて、ダーツィに輸出されているが」

「それならば、話は簡単ですね。リーザリオを制圧してしまえばよい。わざわざ貴重な戦力を割いてまで鉱山を制圧するよりも、その方がよっぽど楽でしょう」

鉱山を占拠するとなれば、制圧戦の後も戦力を貼り付けて人夫達を監視せねばならない。かつては偉大なる聖ヨト王国ともてはやされたラキオスも、いまでは北方の小国だ。出来ることならそんなことに貴重な戦力を割きたくないというのが、本音のはずだった。

「以上の理由から、戦略目標は軍事力の撃破一本に絞るべきかと」

「ふむ。リュウヤの言うことももっともだな」

ラキオス王は鷹揚に頷いて言った。

このように密会の場を設けるようになって以来、ラキオス王は自分のことを『エトランジェ』ではなく、『リュウヤ』と呼ぶことが多くなった。

一国の君主に自分が認められたようで嬉しくもあるが、相手が相手だけに、柳也の胸中は複雑だった。

「では、次の軍議ではその方向に話を持っていくとして、もう一つの戦略目標である『軍事力の撃破』についてはどうする?」

表情から柳也の微妙な心理を読み取ったか、ダグラスが丁度良いタイミングで口を開いていくれた。

「戦略研究室では、バーンライトの経済力を削ぎ落とした上で一つ大きな戦いをけしかけ、勝利する、というシナリオで計画を練っている。しかし、リュウヤの言った通りにリモドア山脈を押さえない前提で脚本を書くなら、まるで話も変わってくるが……」

「良いシナリオがあります。バーンライトの軍事力を撃破し、国民から継戦意思を奪い、領土を奪う最良の脚本が、ね」

柳也はひとまず己を殺すと、軍人の顔で、口を開いた。

続く言葉を口にするのに、彼は躊躇いをまったく感じなかった。

「バーンライトの王都、サモドアの制圧。これが、バーンライトを屈服させ、その領土を奪う、いちばんの近道かと」

「あの腑抜けのアイデスが腰を下ろす王座を直接攻めるというのか?」

ラキオス王が嗜虐的な笑みを浮かべて身を乗り出した。

ラキオス王がバーンライトの現王、アイデス・ギィ・バーンライトを嫌っているのは有名な話だ。単に敵国の王だからというだけでなく、生理的に受け付けないらしい。

そのアイデスが踏ん反り返っている王座に剣を刺すというのは、なるほど、ラキオス王にとってはこの上ない快感を伴う光景だろう。

「ふふふっ……それは面白そうだ」

ラキオス王は乗り気だ。

頃合良しと見た柳也は、自らも嗜虐的に歪んだ冷笑を浮かべながら言った。

「幸いにしてBOL作戦の結果、リーザリオを守る第三軍の戦力は弱体化しております。リーザリオに攻め込み、かの地を橋頭堡とする好機は、まさしく、いま、です。その後は占領したリーザリオを攻勢の基点とし、リモドア、サモドアを順に攻め落とせばいい。……その尖兵には、我々スピリット・タスク・フォース(STF)をお使いください」

柳也はニヤリと愉悦の笑みを浮かべて言った。

密議の席で微笑む彼の心は、歓喜に震えていた。

それは刻々と近付く戦争の気配に対する、興奮の武者震いだったのかもしれない。

かくして三人の密談は、柳也の言う方向に決まった。

そしてこの密談で得られた結論は、ラキオス王の口を通じて戦略研究室の作戦計画に大きく影響することとなった。

 

 

「おや、リュウヤではありませんか」

通産大臣用執務室を退室した直後、柳也の背中に声がかかった。

思わず、ギクリ、としてしまった柳也は、慌てて声のほうを振り返る。

するとそこには、レスティーナが立っていた。

「ダグラス大臣の部屋から出てきましたが、彼に何か用でも?」

「え? あ、ああ、いや……」

咄嗟の事態に、上手い言い訳が思いつかない。しかしそれでも彼は必死に思考を巡らせた。自分とダグラス、そしてラキオス王の関係は秘密の間柄だ。他人に知られるわけにはいかない。

柳也はすぐに取り繕うような愛想笑いを浮かべた。下手に態度を改めるよりも、こちらの方がよいだろうという判断の結果だ。

「ええ、ええ。ダグラス閣下から、茶の誘いを受けましたので」

「お茶の誘い、ですか?」

「はい」

レスティーナは紫水晶の瞳に怪訝な眼差しを宿して、じっ、と自分を見つめてきた。

自分でも苦しい言い訳だと思う。一介のエトランジェ風情が、通産大臣から茶の席に呼ばれるなど、何かあると疑わない方がおかしい。しかし、今回の場合はむしろそう言うことで、疑いの目を逸らさせることが出来る。

ダグラスの部屋から出てきたところを目撃されてしまった時点で、一〇〇パーセントの嘘をつくのはかえって疑いを深めるばかりだ。むしろ、わざとそれらしい気配を匂わせた発言の方が、相手を混乱させられる公算が高い。

「……あのダグラス大臣からお茶の誘いを受けるなんて、いつの間にそんなに親しい間柄になったのですか?」

「ははっ、もうずいぶん前からですよ。ダグラス殿には、いつも良くしていただいております」

「そうですか。……家臣同士仲が良いようで、お父様もさぞお喜びでしょう」

暗に自分とダグラス、ラキオス王の関係を見透かした上での皮肉。この聡明な王女は以前から三人の関係に気付いている節があった。

であればこそ、柳也も余計なことは喋らないうちに、その場を退散する。

彼はレスティーナに「では」と、恭しく一礼した後、彼女に背を向けた。

 

 

柳也が立ち去った廊下で、レスティーナは重い溜め息をこぼした。

憂いの篭もった視線で見つめるのは通産大臣用執務室へと通じる戸。防音の施された部屋からは物音一つ漏れてこないが、彼女はその向こう側にダグラスとは別な人間の気配を感じていた。

実際に誰かがその部屋に入るところを見たわけではないから確証はなかったが、確信があった。おそらく、室内にいるのは実父ダグラス以外に父ルーグゥ・ダイ・ラキオスに違いない。

レスティーナは父が実の娘であり国防大臣でもある自分にも内緒で、ダグラスや柳也と頻繁に会っていることに薄々感づいていた。

自分のことを偉大なる聖ヨト王の生まれ変わりだと信じ、より強大な力を求める父が、リュウヤという力を放っておくはずがない。

また自他ともに認めるマキャベリスト、ダグラス・スカイホークも、ラキオスのいっそうの発展を目指せばこそ、彼を求めないはずがなかった。

二人が柳也に対する接近を強めたのはレスティーナにとって想定内の行動であり、そのこと自体に対する驚きは薄かった。

しかし、渦中の人物たるリュウヤが、自ら積極的に二人に協力する姿勢を見せるとは、レスティーナにとっても誤算だった。なんとなれば最近は、定例会でも軍議でも、会議の流れを掌握するのはいつもこの三人で、結論は彼らにとって都合の良いものに操作されてしまうのが常だった。

「……ッ!」

レスティーナは唇をきつく噛み締めると、たっ、と踵を返した。元来た道を引き返し、自分の部屋へと向かう。

三人が密かに結びついた以上、ラキオスは確実に戦乱への道を歩んでいくことになるだろう。

なにより父が、ダグラスが、そしてリュウヤが、そうなることを望んでいるのだから。

そしてそうなってしまった時、自分には何が出来るだろうか。

王の娘として、国防大臣として、父の野望とどう付き合っていくべきなのか。

対策を、考えねばならなかった。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第一・五章「開戦前夜」

Episode33居合の太刀

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、みっつの日、夕方。

 

ダグラスの部屋を出た柳也は、馬小屋のウラヌス達への冷やかしも程ほどに、ひとり第二詰め所への帰路を歩いていた。

時刻は午後六時半。地平線へと沈む夕日の残滓が空を茜色に染める一方で、反対側の空から忍び寄る夜が、紺色に世界を彩っていく。

昼と夜が同居する、奇妙な時間。

そんな空を見上げながら、柳也は感慨に浸ることもなく、別なことを考えていた。それは彼にとって非常に切実な問題だった。

――稽古の時間が取れない……。

夕焼けの中にいずれは浮かぶだろう一番星を探しながら、柳也は深く嘆息した。

STFの副隊長に任命されてから、柳也は自分の訓練時間が日に日に削られていることに焦りを覚えていた。

ただでさえSTFの副隊長として仕事量が増加していることに加えて、ダグラスやラキオス王との秘密会合に、訓練士としての労働。おまけにここ最近はネリーやシアーの問題もあり、柳也の稽古時間は以前と比べて著しく減っていた。

いまのところはなんとか時間を都合して、技量の低下こそ防いではいるものの、師匠不在の上でのこの状況では、さらなる向上は望むべくもない。

――せめて柊園長がいればなぁ……。

柳也は夜空に浮かび始めた名も知らぬ星々の並びに、育ての親の恩人の顔を重ねて深く溜め息をついた。

たとえ稽古に割ける時間が短くとも、直心影流の技をすべて知る恩師との対決であれば鍛錬は濃密なものになる。たった一時間の鍛錬でも、柊園長とならばその十倍の時間やった時よりも、多くのものを得ることが出来る。

しかし、いくら望んでみたところで、それは所詮叶わない夢だ。

現実には有限世界に恩師の姿はなく、また、いまのところこの国に、柳也に何かを教えられるほどの技量を持った日本刀遣いはいなかった。

【ラキオス軍の中にも、日本刀を使う人はいませんからねぇ……】

頭の中に響く〈戦友〉の声も耳に重い。

同じ刀剣類でも、リリアナのファルシオンや、セラスのロングソードは、日本刀とは別な運用思想の下に作られた武器だ。前者二つは剣であり、柳也の同田貫は刀。扱いの要訣に共通点を見出すことは難しくないが、技術の根本にある考え方が違う。

――師匠不在のこの状況が、いずれネックになるっていうのは分かっていたが……。

ドラゴン・アタック作戦の直後、師匠不在の現状を重く見た柳也は、少しでも技量を高めようと独力で居合の稽古を繰り返した。だが最近ではその時間すら取れず、彼の抜刀の技術は中途半端なところで止まっていた。その結果が、エルスサーオでのあの苦戦に繋がってしまった。

柳也の修める直心影流に、居合の業はない。やはりちゃんとした師に習わぬ独学では限界がある。

――いまの俺の環境では、どう足掻いてもこれ以上の時間は取れない。限られた時間の中でこれまでと同じことをやり続けたとしても、ある程度以上の強さは身につけられない。何か新しい挑戦をしなければ。新しいことに挑戦して、少しでも強くなるための可能性か、ヒントを見つけなければ。

とはいえ、その新しいことに挑戦する時間を奪われているわけだから、どうしようもない。

いよいよ八方塞の状況に、柳也は頭を抱えたくなった。

第二詰め所の建物が見えてきた。

玄関の方へ回りながら、柳也はふと庭の方に目線をやる。

庭では今夜もまたヘリオンが、ひとり居合の稽古に励んでいた。

「ほぅ……」

よほど集中しているのか、自分の帰宅にも気付かないヘリオンの動きの一つ一つに、柳也は感嘆の吐息をこぼした。

横一文字に抜き付けた刀身を振りかぶり、真っ向に斬る。

居合の基本とされる技を、幾十度となく繰り返す。

単調な技なればこそ、遣い手の技量の高さが覗える、見事な太刀筋だった。

――相変わらず見事な業前だな。

他のことは水準以下のヘリオンだが、居合の業前にはやはり目を見張るものがある。

惜しむらくはその業の精度を長時間保てるだけの体力がないところだが、その辺りはこれから鍛えていけばよいだけの話だ。

――まぁ、程々にな。

ヘリオンの剣技をたっぷり堪能したか、柳也は満足そうに笑うと、玄関の戸を開けようとして、はた、と気が付いた。

「……あ」

一度は目線を逸らしたヘリオンを、もう一度よく見る。

正確にはその居合の一挙動、一挙動を。

「……いるじゃん、師匠」

柳也の呟きは、いよいよ空の大部分を制圧していった夜へと吸い込まれていった。

 

 

――同日、夜。

 

「……というわけで先生! 拙者を弟子にしてくだされ!」

第二詰め所の洋館を揺るがす大声で、桜坂柳也は言い放った。

夜。みんな揃っての夕食の席。なかなかやって来ない柳也にみなが不信がっていると、その男はようやく姿を現した。

しかし、エトランジェとしての戦装束に身を包んだその容姿は、その場にいたみなを唖然とさせた。戦闘服と陣羽織だけならばともかく、愛刀の大小まで差しているのは尋常ないでたちではない。どう斜に構えて見ても、これから食事の席に着こうとする恰好ではなかった

呆気に取られている五人を尻目に、柳也は、つかつか、とヘリオンのもとへと向かうや、彼女の前で跪き、土下座した。

そして、先の発言が飛び出した次第である。

「……へぅ?」

夕食の真っ最中だったヘリオンは、突如として上官のエトランジェからそんなことを言われ、口元に運んだミニトマトを思わず取り落としてしまった。

慌てて皿で受け止めて、ほっ、と安堵の息をつく。

そうしてから、ヘリオンは戸惑いがちに足下に跪く柳也を見下ろした。

「え、ええと……りゅ、リュウヤさま? おっしゃっていることがよく分からないんですけど……」

「む? そうか? それなら……かくかくしかじかのこれこれこうなって、うんぬんかんぬん。あれがこれしてそうなって、というわけだからヘリオン先生! 拙者に居合の剣技を授けてください!」

「……はぁ」

ヘリオンの口から、再び茫然とした吐息がこぼれ落ちた。

エトランジェがスピリットに対して跪く。それだけでもヘリオンにとっては一大事だというのに、この男はいったい何を言っているのか。

突然のことにヘリオンの頭は冷静な思考力を失い、判断を鈍らせていた。

いやヘリオンだけでなく、ただ一人の例外を除いて、その場にいた全員は冷静な思考という言葉の意味さえ忘れつつあった。ちなみにただ一人の例外とは、ハリオンのことだが。

ヘリオンは乱れる思考の糸を必死に束ね、編みこんでいった。

頭の中で一枚の布が完成した時、ヘリオンはようやくいま自分が置かれている状況を悟った。そして、慌て出した。

どうやら柳也は自分に対して何か頼み事があるらしい。そしてその依頼を自分に聞いてもらうために、土下座をしている。

「ええと…えと、えっと……と、とにかく頭を上げてください!」

ヘリオンは食事の手を止め、慌てて叫んだ。

人間から頭を下げられる。それはヘリオンの短い人生の中で、初めての経験だった。初めての経験だからこそ、どうすればよいか分からない。おろおろしてしまう。

話をするにしてもこんな精神状態のままではまともな受け答えなど出来ようはずもない。

ヘリオンはまずなによりも、柳也の顔を上げさせようとした。

ヘリオンの言葉を耳にして、柳也は、

「ふむ。先生がそうおっしゃるのであれば」

と、ようやく顔を上げた。

柳也がそうしてようやく落ち着いたか、それまで完全に蚊帳の外に置かれていたヒミカが言う。

「リュウヤさま、その先生というのは?」

「んう? いやだから、かくかくしかじかで……」

「いえ、それはもういいので……ちゃんと説明してください」

「ああ。実はな……」

ヒミカの質問に答える形で、柳也はいま自分の抱えている悩みをヘリオンに打ち明けていった。

鍛錬に割ける時間の減少と稽古量の不足。師匠不在の現状。日本刀という武器の特殊性。

「……いまのままでは、どうやってもこれ以上、鍛錬の時間が増えることはない。それだったら俺も、限られた時間の中で、何か新しいことに挑戦していきたい。そうやって始めた新しいことの中に、何か強くなる可能性や、ヒントがあるかもしれない」

柳也は真剣な顔で言い放った。

彼にとって剣術は単なる武芸というだけでなく、友を守るための業であり、亡き父の遺言を果たすために必要不可欠な“力”だった。

大袈裟ではなく、柳也にとってヘリオンから居合を習えるか否かは、死活問題なのである。

普段の軽薄な態度を改め、真摯に頼み込むのもごく自然な行為だった。

「……剣術だったら、ネリーが教えてあげるのに」

柳也が自分ではなくヘリオンを頼っていることが不満なのか、ネリーが唇を尖らせた。シアーとの一件以来、ネリーは以前にも増して彼のことを慕うようになっていた。

柳也は真顔でそちらを振り向く。

「気持ちはありがたいが、ネリー達の太刀筋と、俺の太刀筋はあまりにも違いが大きすぎる。ここは同じスタイルの武器を得物にする、ヘリオンに師事するべきだと思ったんだ」

柳也はヘリオンに向き直ると、もう一度平伏した。

「頼む。ヘリオン。俺に、君の居合の太刀筋を教えてくれ」

「りゅ、リュウヤさま……」

スピリットに対する絶対者・人間としてのプライドをかなぐり捨てた行為に、ヘリオンは再び慌て始めた。

柳也が土下座し、ヘリオンがおろおろして、結局、結論は先送りになる。

これでは先ほどの二の舞だ、と判断したヒミカは事態収拾に努めることにした。

僅かな差とはいえ、いま第二詰め所のメンバーの中で柳也との付き合いが最も長いヒミカだった。スピリットを人間と同じように扱う柳也の態度に慣れてはいないが、それでもヘリオンよりは耐性がある。

「リュウヤさまもこう言っていることだし、教えてあげたら?」

「ひ、ヒミカさん!」

ヒミカに言われて、ヘリオンが悲鳴を上げた。

真紅の瞳に情熱の炎を灯す赤スピリットは、くすくす、と微笑みながら言う。

「技を教えたって、べつに減るものじゃないでしょ? それに副隊長の戦力アップは、部隊全体の大きな成長じゃない」

「そ、そうですけど……でも、わたしがリュウヤさまに教えを授けるなんて……」

「嫌なの?」

「そ、そうじゃないですけど、スピリットが人間の手ほどきをするなんて畏れ多いっていうか」

「……そんなことで悩んでいたの?」

ヒミカは軽い溜め息をついて言った。ヘリオンが何を理由に柳也への教授を渋っているかと思えば、そんなことか。

無論、スピリットであるヘリオンやヒミカにとって、このことは“そんなこと”で済ませられる問題ではない。むしろスピリットとしての立場を顧みれば、教えを渋るヘリオンの態度の方が正しい。

「しかし……」と、ヒミカは胸の内で呟いた。

真に柳也のことを人間と思うのなら、ここはむしろ彼の求めに応じるべきではないか。

「リュウヤさまのお気持ちを、察してあげなさいよ?」

ヒミカは静かな声音で、しかし相手への親しみを篭めた穏やかな調子で言った。

「リュウヤさまが『自分に教えろ』って、命令せず、『教えてくれ』って、依頼したのはなぜ? 命令っていう強要じゃなく、ヘリオンの自由意志での指導を受けたかったからでしょ?」

ヘリオンは眼下の柳也を見た。

「そうなんですか?」と、目線だけで訊ねると、上官のエトランジェは恥ずかしそうに頬を掻いた。ヒミカの言っていることは、すべて正鵠を射ていたからだ。

自分の考えが間違っていなかったことを知って、ヒミカは、ほっ、と胸を撫で下ろした。

ついで、いまだ回答を下すことに迷いを見せるヘリオンを見る。

ヒミカには、どうしても柳也の願いを叶えさせてやりたい、という強い思いがあった。

あのネリーに対する特別訓練が実施されていた当時、ヒミカは、ネリーばかりを苛める柳也に対して並々ならぬ不信感を抱いた。

戦術講義で見た時とは打って変わって、執拗なまでにネリーをいたぶる彼の姿は、当時の彼女の目に、『相手によって態度を変える信用のならない男』という風に映ったのである。その不信は日を追う事に徐々に大きくなっていき、一時は副隊長として相応しくないのでは、とすら思ったほどだった。

しかしすべてが終わった後、柳也自身の口から、ネリーにばかり過酷な仕打ちを課してきた意図を教えられ、彼女は自分の不明を恥じた。

柳也とて好きでネリーを苛めていたわけではない。むしろネリーのことを思えばこそ、過酷な訓練を課したのだ、と知った時は、顔から火が出るのではないか、と思ったほどだ。

一時のこととはいえ、仕えるべき主の一人に不信感を抱いてしまった。そのことは、誇り高き戦士であろうとするヒミカのプライドを大きく傷つけていた。と同時に、彼女は副隊長のエトランジェに対して深い罪悪感を抱いた。

以来ヒミカは、どんな些細な事でも柳也の助けにならなければ、と己に誓ったのだった。己のプライドのため、なにより柳也への贖罪のために。

勿論、柳也はヒミカが内に決めた誓いを知らない。

しかしヒミカの自分を手助けしようとする気持ちは、彼女の言動の端々から感じていた。

ゆえに彼はヒミカに好意的な眼差しを向け、口の中で小さく「ありがとう」と、呟いた。

そうしてから柳也は、みたびヘリオンを見上げた。

ヒミカまでもがああ言ってくれている。是が非でも、ヘリオンへの弟子入りは果たさねばならない。

「俺の頼みを、聞いてくれないだろうか?」

「…………はぁ」

柳也としばしの間、無言の会話を続けたヘリオンは、小さく溜め息をついた。

そして諦めたように、

「わかりました。不肖ヘリオン・ブラックスピリット、リュウヤさまへのご指導を賜らせていただきます」

「ありがとうございます! 先生!」

柳也は嬉々として立ち上がると、ヘリオンの手を取った。

そのまま口付けしかねない勢いで顔を近付け、屈託のない笑みを浮かべる。まるで欲しい玩具を与えられた子どものような喜びよう。第三者が見れば、「ラキオス最強の剣士にもこんな子どもっぽい顔があったのか」と、驚いたことだろう。

他方、この場にあって第三者ではいられないヒミカは、気が気でなかった。

柳也がヘリオンに顔を近づけた瞬間、いや柳也が彼女の手を取った瞬間、盛大に喜ぶエトランジェとは対照的に、不満げな顔をする者の存在を認めてしまったからだ。

柳也からは位置的に見えないが、ネリーとシアーはふくれっ面をしていた。

まだ恋愛感情の“れ”の字も知らないような年頃の二人だが、これがそれなりに成長した女だったらと思うと、ヒミカは笑い飛ばすことが出来なかった。

一方、柳也に手を握られたヘリオンもまた、ヒミカとは違う意味で気が気でなかった。

間近に近付いた柳也の顔に黒曜石の眼差しを向けながら、彼女は言う。

「あの、リュウヤさま……その、先生っていうのは?」

「ん? これから指導鞭撻を受けるんだぞ? ヘリオンのことを先生と呼ぶのは普通のことだろう?」

「そ、そうなんですけど。そのぅ、あまり言われ慣れていないので、落ち着かないっていうか……」

「ふむ。呼び方が不満なのか。……なら、師匠、ってのはどうだ?」

「し、師匠ですか!?」

ヘリオンは目を丸くした。先生などよりよっぽど仰々しい物言い。

しかしヘリオンは驚きが去るにつれて、うっとりと頬を赤らめた。

どうやら師匠という響きが気に入ったらしい。

「師匠…師匠かぁ……なんか気分良いかも」

「先生」はNGで、「師匠」はOK。

女心は分からぬものだ、と柳也は内心苦笑を浮かべた。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、よっつの日、朝。

 

野外訓練場の一画を、整然と二列に組んだ雁の群れが行軍していた。空ではなく、地上を生業とする雁の一群だ。それぞれが一定の間隔を保ちつつ、想定する敵に対して斜めに構えながら進軍するその様子は、本来、有限世界では見られぬはずの光景だった。斜方陣を組んでいるのは勿論STFの面々だ。

STFのその日の訓練は各種戦闘陣形の練習から始まった。

戦闘陣形……いわゆるCombat Formation を訓練に取り入れたのは、ファンタズマゴリア史上ラキオス王国軍が初めてだろう。

大陸全体を見回しても総人口が四〇〇万にも届かず、また存在するすべての国が三人一個小隊の原則を頑なに守っているという特異な環境が存在する有限世界では、戦闘陣形という概念そのものが存在しない。

もともとSTFはハイペリア式戦術を導入することを前提にした、機動力最重視の部隊である。陣形の実演は、ハイペリア式戦術の導入の始めとしては格好の題材だった。

陣形は、古くはエジプトの一万人方陣から、二十世紀以降の各兵科を合わせたオーダー・ミックス軍まで、洋の東西を問わず数多くの軍人によって研究されてきた。

特に日本人に馴染み深いのが、中国の大地が生んだ天才軍師・諸葛亮孔明がまとめた、いわゆる『八陣の法』で、わが国には平安時代に導入された。八陣の研究が最も盛んだったのは戦国時代で、戦国武将達は競って八陣を研究し、実戦の場にてその成果を生かしたという。

STFもまた、戦闘陣形の導入にあたっては孔明の八陣を参考にすることとした。

西洋が生んだ戦闘陣形の多くは、その編成に大人数を要する。先述の一万人方陣などはその典型で、正面一〇〇人の歩兵を一〇〇列連ねたこの方陣は、両翼を援護する軽歩兵や軽騎兵の存在、また実戦で生じる死傷者などを考えると、必要総数は一万人では足らなくなる。

他方、孔明の八陣は、基本のポイントさえ押さえれば小部隊でもアレンジが出来るよう応用が利く。よく知られる鶴翼の陣などは無理でも、魚鱗の陣などは少人数でも可能だ。

孔明の八陣は、魚鱗の陣、鶴翼の陣、雁行の陣、偃月の陣、鋒矢の陣、衡軛の陣、長蛇の陣、方円の陣の八つからなる。

いま、STFが組んでいるのは雁行の陣で、文字通り雁の群れが列をなして飛ぶ様子に似ていることからこの名前が付けられた。攻撃にも防御に向いた斜方陣で、魚鱗、鋒矢、鶴翼など他の陣形へ変化するのにも適している。兵力量に関係なく陣を敷けることもあり、万能型の陣形といえた。総数十名のSTFでは、これを二列に分けて斜方陣を組む。

STF版雁行の陣の基本布陣は、前列が柳也、アセリア、ネリー、ヒミカ、オルファの五人からなる。これは打撃力を高めにした編成だ。

一方、後列は悠人、シアー、エスペリア、ハリオン、ヘリオンの五人。いうまでもなく防御力の高い面々を揃えた編成で、実戦では列を入れ替えるだけで攻防どちらにも対応出来る。オルファとシアーを入れ替えて、青スピリットを一列に固めても良い。

当然、各列の隊長は悠人と柳也がそれぞれ務める。

「陣形変更! 雁行の陣から魚鱗の陣へ!」

二列の斜方陣の後列に位置する悠人が、号令を発した。

号令のタイミングも簡潔な命令もすべて柳也の受け売りだが、やはりこの手の指示は隊長が下すもの。悠人の指示を受けたスピリット達は、事前に教えられた布陣の通りに自らを置こうと移動を開始する。無論、実戦においてこの配置は流動的なものとなる。

魚鱗の陣は文字通り魚の鱗のように中央が突出し、これを補強するために後続を左右に展開していく楔形の陣形だ。大雑把に言うと、三角形型の陣形だといってよい。攻撃力に特化した、突破型の攻撃陣形で、八陣の中でも最も基本的なものだ。

魚鱗の陣は初撃からして敵に大きな打撃を与え、中央から切り崩していくというのが戦術の基本となる。当然、その前面にはアセリアを始め、攻撃力・打撃力・衝撃力に優れた面々が配置される。

各員は一斉に移動を開始したが、少人数にも拘らず、その動きは整然と規律が取れているとは言いがたかった。

当然であろう。これまでファンタズマゴリアに存在しなかった戦術をやろうとしているのだから、始めから上手くいかないのは当たり前。むしろ、上手くいく方が異常というものだ。

幸か不幸か、部隊の総人数が少ないため、唯一、八陣のことを知る柳也は、各人に対したっぷり時間を割いて説明することが出来る。

兵法の原則ではより多くの兵を集めた方が勝つ。それを承知の上で、寡兵を喜ぶ自分がなにやら滑稽に思えて、柳也は苦笑を浮かべた。

 

 

午前の訓練が終われば、一時間の昼休みが訪れる。

これはスピリット隊であろうと、人間の兵隊であろうと変わらない。

かつてのラキオス軍では担当教官の気分次第で、一時間は二時間にも、三十分にもなった。

時計の小型化に成功していない有限世界では、誰しもが時計を持っているわけではないし、どこにでも時計があるわけではない。ただでさえ上官への服従を叩き込まれる軍隊という組織では、時計の有無一つで、また教官の人格如何によって、訓練時間は如何様にも増減した。

この状況を変えたのが柳也の持ち込んだ腕時計だった。

現代世界の技術の粋を結集して作った軍用時計は、王国が持つどんな大型時計よりも正確に時を刻み、また堅牢だった。

最近ではSTF以外の部隊も、柳也に時間を訊きにくる。

柳也の昼休みは、そうした正確な時間を知る術を持たない人間から解放されて、やっと始まる。

「さって、昼飯だ、昼飯!」

自他ともに認める大食漢・桜坂柳也は、人の波から解放されるや意気揚々と休憩所の食堂へと向かう。食堂にはすでに他の仲間が待っているはずだった。

「今日のメニューは何かな、っと♪」

【主よ、今日はアジフライが食べたい気分だ。スート定食にせぬか?】

【ご主人様、ご主人様! 今日はあっさり系が良いと思います。ラート定食にしましょう!】

「よっしゃぁ、それじゃ今日は両方食べよう!」

味覚を共有する三人は、来る食事の時を喜色満面で待ちわびた。

と、そんな風に喜び勇んで食堂に向かう柳也の手を、不意に何者かが掴んだ。

「何事か」と、柳也が振り向いた時、彼の身体はもう引っ張られていた。食堂とは正反対の方向へと、物凄い力が牽引する。

「……ヘリオン師匠?」

柳也は自分を引っ張る張本人、ヘリオン・黒スピリットを仰ぎ見た。

ヘリオンは食堂へ向かおうとしていた柳也以上に喜び勇んで歩を進める。

「ささ、リュウヤさま、これから居合のお稽古ですよー」

「……やる気満々ですな、ヘリオン師匠?」

「そりゃあもう! なんといっても可愛い、可愛いお弟子さんのためですから!」

ヘリオンは柳也が第二詰め所にやって来て以来、いちばんの笑顔でそう言った。自分の眼はおかしくなってしまったのか、黒曜石の瞳に奥に綺羅星の輝きが見えるのは何故だろう。

自分としても指導を頼んだヘリオンがやる気を出してくれたのは嬉しい。

嬉しいが……。

「あのぅ、ヘリオン師匠? 僕、まだ昼飯食べてないんですが?」

ぐぎゅるぎゅぅ。ぐごごごぎゅぎゅぅ。

柳也の腹の虫が鳴らす悲鳴は、ヘリオン師匠には聞こえないらしかった。

 

 

ヘリオンに連れてこられたのは、訓練用の武具が収められた倉庫裏の空き地だった。

どうやらヘリオンは、ここを稽古場と定めたらしい。

ヘリオンの手には愛刀の〈失望〉とは別に、もう一振り、打刀が握られていた。柳也達の世界でいうところの角形鍔と菱巻柄を拵えた一品で、飾り気のない蝋色塗の鞘に収まっている。

「居合の基本は柄の握り、刀の抜き差しを学ぶことにあります」

稽古場に柳也を連れ出したヘリオンは、そう言って切り出した。

「居合は普通の剣術より一つ高い技術と思われがちですが、刀を扱い方そのものにあまり違いはありません」

「分かるよ」

ヘリオンの言葉に、柳也はゆっくりと頷く。

「同じ刀を振るう技術だもんな。扱いの要訣が違うとしたら、それこそ嘘だ」

「これから手本を見せます」

ヘリオンは愛刀の〈失望〉を鞘ぐるみで倉庫の壁に立てかけると、もう一振の打刀を差した。

鞘の長さから察するに、中の刀身は二尺二寸(約六六・七センチ)あるかないかといったところか。小柄なヘリオンではあるが、居合の使い手ということ鑑みれば、決して長すぎる尺ではない。むしろ、定寸(二尺三寸=約七〇センチ)より長い刀を使うことが前提の居合道においては、短すぎるくらいだ。

なお、明治時代以降に確立した現代居合道では、身長から三尺(約九〇・九センチメートル)引いた長さが最長限度とされている。無論、明治時代以前に成立した古流居合においてはその限りではないし、ファンタズマゴリアで発生した居合もまた然りだ。

ヘリオンは柳也から十分な距離を取ると、早速、彼に手本を見せた。

といっても、そんな大仰なものではない。

左腰に帯びた刀の鯉口を切るや右足を一歩踏み出し、正面へ向かって刀身を横一文字に抜きつけだけの、居合の基本動作だ。

ヘリオンの手本を間近で見せ付けられた柳也は、思わず瞠目した。

相変わらず見事な太刀裁きに驚いたわけではない。

蝋色塗の鞘から抜き放たれた刀身は金属特有の光沢を発していなかった。

ヘリオンが抜きつけた刀身は、木を薄く削っただけの偽の刀身、すなわち竹光だった。

鉄の刃よりも軽い木製のこと、抜刀の際の振動で、尖端が、ぶぅぅん、と震える。

竹光の刀身を納めたヘリオンは、打刀を鞘ぐるみで柳也に差し出した。

「さぁ、今度はリュウヤさまが」

「…………」

柳也はやけに緊張した面持ちで打刀を受け取った。本身で長身の同田貫に比べるとかなり軽い。

父の形見の一刀と交換する形で、二尺二寸の一振を左腰に閂に差した。角形鍔の位置は、ちょうどへその前辺り。足の開きは肩幅よりもやや狭く、腰の向きは正面に。

左手が鍔元に添えられた。

続いて右手が柄に。

しかし、抜刀までは至らない。

菱巻柄に右手をやった柳也は、小指から中指までを締めたところで、その手を離した。

居合を試みようとするその横顔には、こと剣に関することでは珍しい躊躇が見受けられた。

現代居合道の基準に照らせば、一八二センチの柳也はゆうに三尺(約九一センチメートル)の刀を扱えることになる。

それでなくともすでに三度の実戦を経験し、二尺四寸七分の同田貫を扱ってきた柳也だ。

いかに居合の心得がないとはいえ、その彼が、たかだか二尺二寸の竹光を抜きつけるのに、なにゆえ躊躇いを見せるのか。

「どうしました、リュウヤさま?」

ヘリオンが抜刀を急かした。

柳也は意を決して二尺二寸の竹光を抜き打った。

“ピシィィッ”と、木屑の乱れ飛ぶ音が鳴った。

竹光を抜きつけた柳也の顔が、苦悩に歪む。

鞘の戒めから解放された竹光は、二尺二寸の刀身を大きくすり減らしていた。尖端から二寸あまりが、ぽきり、と折れてしまっている。

柳也の未熟な抜刀に、刀身が耐えられなかったのだ。

木を薄く削っただけの刀身は、軽く抜きやすいが、その分もろい。抜き差しの際の手元のちょっとした狂いが、すぐ破損に繋がってしまう。薄い木の刀身は、抜き差しする時の手の掛け具合や、角度の僅かな誤差の影響をもろに受けてしまうからだ。

そして竹光の破損は、刀の抜き差しという基本中の基本が出来ていないことを示している。

これが本身であれば多少荒っぽく扱ったところで大事はない。鞘にしても、内側が多少削れるだけで、割れるまでには至らないだろう。

衝撃に敏感な竹光であればこそ、使い手の未熟さがはっきりと現れる。

これまで本身の同田貫でばかり練習してきた柳也は、これまでそのことに気付かなかった。

竹光が割れてしまった原因はすべて己の未熟さゆえ。折れてしまった一寸は、自分の力量の不足分。

その事実を思い知らされた柳也は、悔しげに嘆息した。

「……まいった。まさか自分の腕前が、こんな程度だったとは思いもしなかった」

それを聞いたヘリオンは、にっこり、と笑った。

「竹光は正しい抜き差しを練習するのにいちばんの稽古具です」

「ああ。痛感した」

「わたしも訓練を始めたばかりの頃は、竹光の居合ばかりしていました。リュウヤさまには、しばらくこれを続けてもらいます」

「竹光を一ミリも削らずに抜き差し出来るようになるまで?」

「はい。百本抜き差しして、百本とも傷つけないようになったら、次のステップにいきましょう!」

ヘリオンは、にっこり、と頷いた。

なかなかにスパルタなお師匠様だ。

とはいえ、自分には練習する以外の選択肢はない。いまこうして汗を流すのは、他ならぬ自分のためなのだから。

「替えの竹光は倉庫の中にあります。どんどんいきましょう!」

「……はい。師匠」

柳也は菱巻の目釘をはずしていった。

 

 

――同日、夜。

 

午後の訓練時間が過ぎてから、かれこれ二時間が経とうとしていた。

有限世界の夕陽はとうに沈み、空の主導権は太陽から月へと移り変わる。

城下では間もなく夜の商売を営む店に灯りがつく頃だろうか。

柳也はそんなことを考えながら、訓練場の一画に、ごろり、と仰向けに寝転がっていた。

その側には砕け散った竹光が山をなして、これまた転がっている。

静かな呼吸は規則正しく紡がれているが、月光に照らされた頬には並々ならぬ疲労の痕が刻まれていた。

柳也のいでたちは朝から同じ戦闘服のままで、その装いは汗と泥にまみれている。

どうやら午後の訓練が終わってからも、ずっとヘリオンからの課題をやり続けていたらしい。

そして長時間の稽古の成果は、山をなす竹光の残骸と、浮かない表情が如実に示していた。

「なぁ、〈決意〉、〈戦友〉……」

有限世界の星の並びに勝手な星座を見出しながら、柳也は呟いた。

呼吸の際に吸った夜の冷たい空気が肺に染みる。

【どうした、主よ?】

【ご主人様?】

ほどなくして、稽古のために気を遣って引っ込んでいてくれた相棒の声が聞こえてきた。

【我らが話しかけては主の集中力が乱れてしまう】と、声をかけぬようにしてくれた、神剣二人だった。

「その、いままで、ずいぶんと酷い目に遭わせていたんだな。申し訳なかった」

二人の意識を頭の中に感じた柳也は、夜空に目線をやったまま呟いた。

主が何を謝っているのかわからない永遠神剣達は、怪訝な感情イメージを伝えてくる。

柳也は苦笑しながら言葉を紡いでいった。

「ほら、今日の居合の練習で、俺、竹光を砕いてばかりだったろ? つまり、俺はいつもそれだけの衝撃を、知らないうちに同田貫にかけていたことになる。同田貫に寄生させていた、お前らに……」

柳也の言わんとすることを悟った神剣達は、彼の感じている罪の意識に触れて、思わず絶句する。

何のレスポンスも返してこない相棒達に、柳也はさらに続けた。

「痛かったよな? 辛かったよな? 本当、悪かった。今日の今日まで、お前達に負荷をかけているなんて、考えもしなかった。すまん」

竹光とはいえ、刀身が砕けてしまうほどの衝撃だ。文字通り身を引き裂くほどの痛みを感じていたに違いない。

知らなかったこととはいえ、自分は相棒達にそんな苦しみを味あわせてしまった。それも、他ならぬ自分の腕の未熟さのために。

【主よ……もうよい】

心を篭めての謝罪に、はたして、返ってきたのは優しい許しの言葉だった。

【痛くなかったと言えば嘘になる。我ら体内寄生型の永遠神剣が痛みを感じぬようになるためには、契約者がそう条件付けをせねばならぬ。そのためには、主が我らの痛みに気付いてくれなければならぬ。

主は気付いてくれたではないか。我らの痛みに。そして、我らのことを気遣ってくれたではないか。それだけで、我らは十分だ】

そう言ってくれたのは〈決意〉だけだったが、〈戦友〉もまた同意するような感情イメージを送ってきた。下手に言葉を介さぬ分、その想いは痛いほど彼の心を叩いた。

「……二人とも、ありがとうな」

柳也はゆっくりとした口調で呟いた。

深く吸い込んだ冷気が、火照った身体を程よく冷やす。

柳也は、むっくり、と起き上がった。

「時間も時間だ。稽古は切り上げて、そろそろ帰ろうか?」

【うむ】

【はい】

「今晩の夕食当番はハリオンだ。献立は何かな、っと」

【主よ、我の予想では今夜の夕餉は魚の煮付けと見た】

【何言ってんのよ、駄剣! 今夜はお肉に決まってるでしょ?】

「……やけに自信満々だな、〈戦友〉?」

竹光の残骸を片付けて、柳也達は第二詰め所へと足を向けた。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、いつつの日、夜。

 

柳也がヘリオンのもとに弟子入りを果たしたその翌々日、ヘリオンはいつものように夕食後の自主鍛錬を始めようとした。

戦闘用の装備一式に身を包み、愛刀の〈失望〉を携えて詰め所の中庭へと向かう。

するとすでにそこにはひとり先客がいた。

ヘリオンもよく知る上官にして、彼女の可愛い弟子のエトランジェだ。

柳也はまるで剣術を習い始めた子どものように、一心不乱に刀の抜き差しを繰り返していた。

左腰に帯びた刀の鯉口を切るや右足を一歩踏み出し、正面へ向かって刀身を横一文字に抜きつける。抜きつけた刀身を振りかぶるや、即座に真っ向を斬る。そして残心し、納刀。その一連の基本動作を、黙々と繰り返す。

使っているのは勿論、己が渡した二尺二寸の竹光だ。すでに何度鞘から抜き放ち、何度納めたのかわからぬほど、木の刀身は削れ、傷だらけになっていた。

それでも、割れるまでには至っていない。

刀身をいたわるあまり、剣尖に勢いがないかといえばそうでもない。

木製の刃は昨日と変わらぬ勢いで抜き放たれ、それでいて割れる気配を見せなかった。昨日と比べて、柳也の技術が向上している証拠だ。少なくとも、昨日最後にヘリオンが見た時よりも、格段に上手くなっている。

それは柄を握る手の内一つとっても明らかだった。

剣術にせよ居合にせよ、同じ刀を扱う以上、左手を主とし、右手を従とする手の内の要諦はまったく変わらない。むしろ、使用する刀が本身であればなおのこと、意識して行う必要が求められる。

もともと直心影流の遣い手である柳也は、その要諦を完璧に身に着けていたが、その彼をしても、昨日居合を習い始めたばかりの時は戸惑いを隠せずにいた。

その戸惑いが、竹光の破損という結果に繋がった

しかし、いまの柳也の手の内は文字通り完璧に近かった。

右手一本で抜き付けた柄を振りかぶり、左手を添えたときにはもう、主軸は右から左へと移っている。

十指の動きにしても、初心者がよくやるような鷲掴みではない。

小指で右手の位置を定めて抜刀し、斬り、突き、残心を示しながら鞘に納めるまでの対敵動作の各過程において、柄を繰る手の内は常に変化する。

振り下ろした刃が相手の肉体を捉えた瞬間に遅滞なく十指を握り込めばこそ、刃先に遠心力が加わり、確実に骨まで斬割することが出来る。しかし、再び振りかぶる時には左右の小指を締めておくだけで、残る八指は軽く添えただけの状態に戻っていなければならない。

真剣の機能を十全に引き出すために必要な緩急強弱の手の内を、いまの彼はごく自然に使い分けていた。

見れば、彼の足下には残骸となった竹光が山のように積まれている。

その本数は、野外訓練場の倉庫にしまわれていたはずの刀身の数をはるかに上回っている。どうやら柳也自身が手ずから拵えたものも混ざっているようだ。

わずか一日の間にどんな練習を、いったいどれだけ重ねたのか。

柳也は早くも居合道の基本にしてその奥義が詰まった技を、五割方習得しつつあった。

もっとも、残る五割……すなわち、居合道における最も重要な要諦はいまだ掴めていないようだったが。

「……リュウヤさま?」

ヘリオンは思わずその名を呟いた。

目の前で黙然と居合の基本形を繰り返す男が、本当に自分の知る桜坂柳也と同一人物なのか、一瞬、分からなくなってしまったからだ。

たった一日、練習を繰り返しただけで、人はこうまで変わるものなのか。

それほどまでに驚異的な、柳也の進歩だった。とてもではないが、昨日居合を習い始めたばかりの男とは思えない。

「……ヘリオン師匠?」

声をかけると、向こうもこちらの存在に気が付いたか、意識をこちらに向けてきた。

しかしその間も、刀身を抜きつけ、振りかぶって真っ向を斬る一連の動作には、一瞬の遅滞も生じていない。

「これから自主訓練ですか? 今日も精が出ますなぁ。……あ、場所、勝手に使わせてもらってますよ?」

「それはべつにいいんですけど……」

もともと第二詰め所は建物・敷地ともにラキオス政府の持ち物だ。そしてその管理を任されている男こそ、他ならぬ目の前のエトランジェ。

本来その台詞は自分が言うべきものであり、これでは立場が逆ではないか、とヘリオンは苦笑を浮かべた。

「リュウヤさまこそ精が出ますね。昨日よりもだいぶ上手くなってますよ?」

「そりゃあ、練習しましたからなぁ」

柳也は真っ向に振り下ろした竹光を納刀し、微笑んだ。

ヘリオンの方を向いて、刀の柄を見せる。

菱巻柄は、柳也がどれほどの強い想いで稽古に臨んだのかを如実に示していた。夥しく流れた若者の汗は菱巻きの糸に染み渡り、早くも塩を吹きつつある。

「さすがにベッドの中では刀を振り回すわけにもいきませんので、ひたすら手の内を練っておりました」

「ベッドの中、ですか?」

「はい。朝起きてすぐに稽古が出来るように、夜寝る前にも稽古が出来るようにと、常に柄だけは手放さずにおりましたので」

柳也はなんでもないように言って、からから、と笑った。

なるほど、昨日と比べて手の内が格段に上手くなっているのは、寝る間も惜しんでの鍛錬によるものか。日頃直心影流の稽古で馴染んだ手の内を、いまの柳也は、不慣れな居合の中で完璧に発揮していた。

明るく笑う柳也とは対照的に、ヘリオンは何か眩しいものを見るような眼差しで柳也を仰いだ。

ヘリオンは斯様なまでに真摯な姿勢で剣を学ぼうとする人間を、これまで見たことがなかった。

ヘリオンにせよ、アセリアにせよ、スピリット達が剣を学ぶのは必要に迫られたからであり、自ら望んでその道を極めんとしているわけではない。そこに嬉しいとか、楽しいとかいった感情はなく、あるのは辛い、苦しいといった気持ちばかりだった。

自主訓練にしても、〈失望〉の位が第九位でさえなければ、やりたくないというのが本音だ。

それに対して、目の前のエトランジェが浮かべる表情の、なんと活き活きとしていることか。

剣について語る柳也の顔は、ヘリオンには心なしか楽しそうに見えた。

昨日と比べて格段に向上した自分の腕前について語る彼の笑顔は、嬉しそうに輝いていた。

柳也は、剣の道を歩むことを心から楽しんでいる。

柳也は、剣術というものを心から愛している。

ヘリオンはそんな男を、かつて見たことがなかった。

見たことがないからこそ、知りたくなった。

柳也が何を考えているのか。どうして、そんなにも楽しそうに剣を学べるのか。何のために剣を学ぼうとするのか。

訊いてみたくなった。

「リュウヤさま、一つ、訊いていいですか?」

ヘリオンは自分でも意図せぬ真剣な声で呟いた。

「……ああ。いいぞ」

柳也は口調を改めて応じた。なんとなくヘリオンの口調が、弟子としての自分ではなく、異世界からやって来たエトランジェ・桜坂柳也を求めているような気がしたからだ。

そして続くヘリオンの質問が、その確信が間違いでなかったことを裏付けた。

「リュウヤさまは、何でそんなに楽しそうなんですか?」

「……ええと、質問を質問で返して申し訳ないんだが、それはどういう意味だ?」

柳也は困りはてた様子で問い返した。

さすがにヘリオンもこのままでは言葉が足りないと感じたか、質問の内容を変えて言う。

「ええと……リュウヤさまは、どうしてそんなに強くなりたいんですか?」

剣術も居合も、究極的には人を殺すための術だ。それを学ぶことはすなわち、力を得ること、強くなることに他ならない。ならばなぜ、柳也は強くなろうとするのか。

唐突な質問に柳也は少し戸惑うような素振りを見せた後、やがてゆっくりと言葉を紡いでいった。

「難しい質問だな」

「難しい、ですか?」

「ああ」

柳也は閂に差した刀を鞘ぐるみで引き抜くと、壁に立てかける。

激しい運動の後で荒い呼吸を整え、彼は続けた。

「一概に、こう、とは言えない問題だ。どうして強くなろうとするのか? 明確な理由一つには絞れないし、かといって、思いつく限り口にしたら、答えは際限なく出てくるだろう。悠人を守りたいから。佳織ちゃんを助け出したいから。……死んだ父が言っていたから、っていうのも、理由の一つだし」

「リュウヤさまのお父さん、ですか?」

「ああ」

柳也は瞑目して頷いた。

瞼の裏には、いまもあの日の燃え盛る炎のオレンジ色が焼きついている。

「『強い男になれ。どんな時でも、大切なものを守れる強い男になれ』……俺の父の、最期の言葉だ」

柳也は懐かしそうに笑うと、不意に夜空を見上げた。

異世界の空には、今夜もまた、見知らぬ星座が皓々と輝いている。

「そういう諸々の理由全部をひっくるめて、あえて一つに答えを絞るなら……そうだな、それが、俺のしたいことだから、かな」

「したいことだから、ですか?」

ヘリオンは目を丸くした。

柳也が口にした答えは、あまりにも呆気なく、それでいて信じがたい言葉だった。

剣術が自分のしたいことだから、なんて、そんなことが……。

「ああ」

はたして、オウム返しに聞き返したヘリオンに、柳也は真顔で頷いた。

「どうして、って訊ねられると、やっぱりそうなる。なんだかんだ言って、俺、剣術好きだし」

「人殺しの技が、ですか?」

「うん。大好きだ」

続くヘリオンの質問に、柳也はまた頷いた。何の躊躇いもなく、毅然とした態度で、自分の意思を明確に示す。

「あとはそうだな……“どうして”ってのを、“何のために”って置き換えるんだったら、答えは、自分自身のために、ってなる」

悠人を守り、佳織を助け出す。アセリアを、エスペリアを、大切な戦友達を守る。それこそが、なによりも自分自身のやりたいこと、自分自身のためになることだから。

「人間は利に生きる生き物だ。だが、その利を決定付ける価値観は人それぞれだ。俺は、

剣術が好きだし、悠人達が好きだ。好きな剣術を学ぶことが、好きな人達を守ることに繋がる。好きな剣術を学んで強くなれば、大切なものを守ることが出来る。これ以上の利はないだろう?」

柳也はそう呟いて、屈託のない笑みをヘリオンに向けた。

他方、笑顔を向けられたヘリオンは茫然とした様子で男の顔を見つめ返した。

自分がそうしたいから、剣術を学ぶ

自分自身のために、強くなる。

そんな考え方を聞いたのは、初めてのことだった。

ヘリオン達スピリットはいつも人間という他人によって戦うことを強制され、彼らの利益のために強くなることを強要されてきた。

自分自身のために強くなるなんてそんな考え方が、この世に存在したのか。

ヘリオンにとっては、蒙を啓かれた気分だった。

同時に、ヘリオンはもっと知りたいと思った。

異世界からやって来たエトランジェの知る生き方、考え方、そしてなにより、桜坂柳也という男について。

ヘリオンは、知りたいと思った。

知るためにはどうすればよいか、ヘリオンの中で、一つの決意が形をなしつつあった。

 

 

茫然と自分を見つめてくるヘリオンに訝しげな目線を送りながらも、柳也は、「さぁて、練習再開だ」と、二尺二寸の竹光を左腰に閂に差した。

もともとへリオンへの師事はただでさえ少ない鍛錬の時間を有効に活用するために自分から願い出たことだ。他ならぬ自分の言葉で、貴重な時間を費やすわけにはいかない。

それにいまは師匠の目がある。柳也はこれまでの成果を、会心の一刀を見せてやる、と意気込んだ。

「リュウヤさま」

柳也が居合のためにヘリオンから距離を置こうとしたその時、他ならぬ師匠から声がかかった。

振り向くと、ヘリオンはその場で〈失望〉の鯉口を切った。

流れるような所作は、普段柳也が見せられているよりも幾分緩やかなものだった。

柳也の目が、驚愕に見開かれる。

速攻を期した抜刀では見取ることの出来なかった、居合の要諦が、柳也にも見えた。

「……見えましたか?」

「は、はい!」

柳也は驚愕の表情から一転、輝くような笑顔で首肯した。

「刀は、右手だけで抜くものではありません。居合で最も肝要なのは、鞘引きの動きなんです」

鞘を引く。

すなわち、右手で刀を抜くと同時に、鯉口を切った左手で鞘を引くことで、初めて居合の抜刀術は完成する。

「ですが、これだけでは完成度は八割です。右手の手の内と、左手の鞘引きの他に、もう一つ、要諦があります。……何かわかりますか?」

「はい!」

柳也は素直に頷いた。

「腰の動き、ですね?」

ヘリオンはにっこりと微笑んだ。

年端もいかぬ幼い顔に、嬉しげな感情が花開く。

両の手を連動させ、右手で柄を、左手で鞘を操ると同時に、ヘリオンは左の腰を前へと振り出すようにしていた。

この一瞬の腰の動きを、柳也は見取ったのだった。

もとより、左手による鞘引きの効果で刀身はほとんど露出している。

ここまでくれば、鞘のうちに残るのは剣尖から三〜四寸(約九・一〜一二・一センチメートル)の部分――いわゆる、物打の部分のみ。

物打は、書いて字の如く、斬る対象へ打ち込むために設けられている。刀身を振り抜いた時に、最大の遠心力が加わる箇所だからだ。手の内を練り、刃筋を立て、物打に最大の刀勢を乗せればこそ、刀は、最強の兵器となる。

それは居合の抜刀も例外ではない。正面に抜け付ける際には、何をおいても右の五指を締め込み、物打に刀勢を乗せるのが肝要とされている。それに加えて鞘を引きつつ、腰を入れるのだ。

ヘリオンの腰は、決して大仰に振られたわけではない。

ほんの僅か、鯉口から物打が飛び出す瞬間に動いたにすぎない。

しかし、この刹那の動作こそが正確にして力強い、抜刀の原動力だった。

鞘引きを行うことにより、腰は放っておけば釣られて後ろへと引かれてしまう。姿勢が乱れれば、それだけで居合の威力は半減する。そうなることのないように、正面に向けた姿勢を保ちつつ、抜きつけの瞬間に、ぐっと腰を入れる。

鞘引きと腰の入り。

これは術者が意識して行うことにより、初めてなしえる身体動作だった。

一連の動作を止まることなく確実に行えばこそ、どれほど長大な刀身であろうとも鞘を払って抜刀し、物打を迸るが如く飛び出させることが可能となる。

二尺二寸どころではない。柳也の身長であれば、三尺の大太刀でも、抜き打つことが可能となる。

「やってみてください」

柳也は粛々と頷いた。

左腰に差した竹光を鞘ぐるみで引き抜き、相棒の同田貫を帯びる。

左手を鞘に添えた柳也は、意識を集中。

もう一人の相棒、〈決意〉の一部を、父の形見の一振へと流し込んだ。

一呼吸分、間があった。

柳也は勇躍、長剣に手を掛けた。

肥後の豪剣二尺四寸七分が闇を裂いて鞘走った。

その刹那、柳也は小さな刃音を耳にした。

ごく低い、しかし確かな音だった。

その刃音こそ、物打に刀勢が宿りし証拠だった。

――……〈決意〉?

【……痛みはない。あるのは、我が身に宿る刀勢の心地良さだけよ】

刃音にまぎれて、〈決意〉の声が聞こえた。

同田貫に宿る相棒の言葉が、なによりの賞賛だった。

「やりましたね」

ヘリオンが莞爾と微笑む。

「師匠!」

柳也は喜び勇んでヘリオンを抱き締めた。

「わ、わわっ!? ちょっと、リュウヤさま……!」

「ありがとうございます、ヘリオン師匠!」

それ以上、喜びを表す手段が思いつかなかったのか、柳也は腕の中のヘリオンを一方的に撫でさする。

他方、柳也の腕の中でヘリオンは、顔を真っ赤にしてされるがままになっていた。柳也の腕力に抗えなかったこともあるが、男から抱き締められるという行為自体初めての彼女は、どうしてよいか分からなかった。

ヘリオンの混乱は、長くは続かなかった。

ヘリオンから教えられた居合の技術を、早く我がものとして身につけたい柳也が、彼女を離したからだ。

――いまの感覚を忘れないうちに、五体に叩き込まねば。

柳也はそう決意して、再び二尺二寸の竹光を腰に帯びた。

 

 

「リュウヤさま」

再びヘリオンと距離を置こうとしたその時、みたび彼女の方から声をかけられた。

柳也が振り返ると、ヘリオンは何やら思いつめた様子で自分を見上げていた。

真一文字に閉じた唇が、何か言いたげにむずむずとしている。

どうやら自分に話があるようだが、人間に対する自己主張などこれが初めてなのだろう。どう言葉を重ねればよいか、わからないようだ。

柳也はヘリオンが自分から離してくれるのを待った。

十秒、二十秒と、根競べの時間が続く。

やがて意を決したか、ヘリオンは真剣な眼差しを柳也に向けた。

「リュウヤさまに、お願いがあります」

「……俺に?」

柳也は訝しげな顔で問い返した。この話の流れで、自分にいったい何を求めようというのか。

はたして、続くヘリオンの言葉は、柳也に既視感を覚えさせるものだった。

「リュウヤさま、わたしを弟子にしてください!」

「…………What’s ?」

もっと異世界のことが知りたい、と。

もっと柳也のことが知りたい、と。

そう思ったヘリオンが出した、一つの答え。

それを耳にした柳也は、当然のように絶句した。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、赤、ひとつの日、朝。

 

ヒミカ・レッドスピリットは朝目を覚ますと、早速朝食の準備を始めた。

現在第二詰め所の食事は当番制により作られ、彼女とハリオン、そして柳也が持ち回りで担当している。なぜこの三人なのかというと、現在の第二詰め所のメンバーで、まともに料理が出来るのがこの三人しかいないからだ。

またそのうちの一人、異世界出身の柳也にしても、ファンタズマゴリアにおける食材や調味料の名前について知らない物も多く、厨房にはヒミカかハリオンのどちらか一人が常駐しているのが常だった。

今日の朝食の当番はヒミカで、献立はハムエッグと蜂蜜を塗ったパンだ。パンは生地から練った作り立てで、ハムエッグには塩を効かせておく。今日の訓練でもたくさんの汗を流すことになるだろう。

ヒミカが朝食の用意を進めていると、裏口の戸が開いた。井戸から汲み上げた水をそのまま持ち運べるよう、中庭に通じる裏口は台所と繋がっている。

ヒミカが振り返ると、柳也が顔を出していた。

「リュウヤさま、おはようございます」

「おはよう、ヒミカ」

二人は穏やかな微笑みを向け合って挨拶を交わした。

柳也の額は薄っすらと汗に濡れ、光っている。どうやら早朝ランニングから帰ってきたところらしい。

桜坂柳也がハイペリアにいた頃から続けているという毎日の日課は、その住まいを第二詰め所に替えてからも続いていた。

ヒミカにしても、朝柳也とこうして顔を合わせるのは初めてではなく、帰ってきた彼が最初に何を求めるのかも承知していた。

ヒミカはコップに一杯の水を汲むと、柳也に差し出した。

「はい、どうぞ」

「おう。ウレーシェ」

コップを受け取った柳也は、中の水を半分だけ飲んだ。

そのままコップを、背後へと差し出す。

ヒミカはそこで、ようやく今朝の柳也の隣に誰か別な気配があることに気が付いた。結果的に相手がドアの陰に隠れてしまい、いままで気付けなかったようだ。

どうやら今朝の早朝ランニングには、いつもと違って相方が付き添っていたらしい。

いったい誰なのか、とヒミカが顔を覗かせると、そこにいたのはヘリオンだった。

柳也からコップを渡されたヘリオンは、ランニングの後で上気した頬のまま、コップの水を飲み干す。柳也と比べて息遣いが荒いのは、彼女が朝の走り込みに慣れていない証拠だろう。

「はぁぁ……ヒミカさん、ありがとうございました。それと、おはようございます」

空になったコップをヒミカに手渡して、ヘリオンが言った。

横隔膜を懸命に上下させ、呼吸を整え言葉を紡ぐ。

コップを受け取ったヒミカは、「え、ええ。……おはよう」と、小首を傾げて頷いた。

「……珍しいわね、リュウヤさまの朝の走り込みに付き合うなんて」

「はい。弟子が師匠の鍛錬に付き合って身体を動かすのは当然のことですから」

ヘリオンはさも、当然だ、とばかりに胸を張った。

思わず頷きかけたヒミカは、寸前のところで、ちょっと待てよ、と思い直す。

ヒミカの記憶が正しければ、居合の師匠はヘリオンで、弟子は柳也のはず。しかしいまのヘリオンの言い方だと、まるで立場が逆転しているように聞こえるが。

ヒミカの抱いた疑問は、程なくして氷解した。しかしそれはヒミカに、また新たなる疑問と混乱を呼ぶこととなった。

「……それで柳也先生、今日の鍛錬はどうしましょう?」

続くヘリオンの言葉には、柳也に対する並々ならぬ敬意が宿っていた。

「昨晩も言ったが、ヘリオンにはまず基礎の地力を身につけてもらわないとな。今日は下半身の強化と、振棒に慣れてもらおう」

そう答えた柳也は、そこで一旦言葉を区切ると、口調を変えて、ヘリオンに言う。その語気には、黒髪の少女に対する尊敬の念が宿っていた。

「……それでヘリオン師匠、本日の稽古は?」

「昨日までで覚えた基本技の反復をしましょう。リュウヤさまの居合は、まだ要諦三点にばかり重点を置いた、大雑把な太刀筋ですから」

「もっと細かい点を練習するわけですね?」

「はい」

「なるほど」

「…………」

互いに相手のことを「師匠」と呼び、「先生」と呼び合う。

ヒミカはそんな二人を、不思議そうに見つめた。

 

 

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「今年もまたこの時期が来たねぇ」

 

柳也「そうだな。八月十五日、終戦記念日か」

 

タハ乱暴「日本の軍オタにとって、いや全日本国民にとって忘れられない日だよ。ホント」

 

柳也「なんだかんだ言って俺ら軍オタが戦車の尻を追い掛け回せるのも、いまが平和だからこそだもんなぁ……。平和は良い! って、叫ぶ上でも、忘れちゃいかん日だね」

 

北斗「……その平和を叫ぶべき日を前にして、貴様は戦争の話ばかりを書いているな、タハ乱暴?」

 

タハ乱暴「んう? そんなこと言うの? ……いいよ。今からでもこの話路線変更しちゃう?」

 

柳也「路線変更?」

 

タハ乱暴「純愛学園アドヴェンチャー『永遠のアセリア学園。俺の粘液触手をとくと見よ!』とか」

 

北斗「前半部分はいいが後半部分は……」

 

タハ乱暴「まぁ、主人公柳也だし。平時の永遠神剣なんて、それくらいにしか役に立たないって」

 

柳也「お前も言うなぁ……さて、永遠のアセリアAnother、EPISODE:33、今回もお読みいただきありがとうございました!」

 

タハ乱暴「今回は柳也の弟子入り編。読者諸兄も忘れているかもしれないけど、彼、さりげなく居合と抜刀術が使えません」

 

北斗「バトル・オブ・ラキオスで大怪我をしたのも、究極的には脇差を一挙動で抜刀し切れなかったからだからな。この男の居合・抜刀術への執着は以前よりあったわけだし」

 

柳也「今回、念願叶ってヘリオンへの弟子入りと相成ったわけですよ、お兄さん」

 

北斗「ところでタハ乱暴、今回は次回の話について告知があるんだったか?」

 

タハ乱暴「あ、うん。そうなんだけど……」

 

柳也「なんだ? やに歯切れが悪いな」

 

タハ乱暴「うん。結構、言い辛い内容だからねぇ……えぇ、読者の皆さん、いつも永遠のアセリアAnotherをお読みいただきありがとうございます。突然ですが次回のEPISDOE:34、その次のEPISODE:35では、オリキャラオンリーの番外編となります。原作キャラが一人も出てきません」

 

北斗「そもそも話の内容自体アセリアから逸脱しているな」

 

タハ乱暴「ええ、ええ。次回は特撮ヒーロー好きが書いた、特撮ヒーロー好きの方に送る、特撮ヒーロー的ストーリーとなります。舞台がファンタズマゴリアってだけの番外編です。ぎゃぐですぅ」

 

北斗「なので、そういった話を好まない読者の方は、その次、EPISODE:36からお読みいただくといい。次回のEPISODE:34、次々回のEPISODE:35を読まなくても、話は繋がる構成なので」

 

タハ乱暴「もし、それでも読んでいただける方がおられるのでしたら、タハ乱暴、これ以上の喜びはありません!」

 

柳也「では皆さん、今回も永遠のアセリアAnotherをお読みいただきありがとうございました!」

 

タハ乱暴「次回、次々回も出来ればお付き合いいただければ幸いです。それが無理ならせめてEPISODE:36からでも……!」

 

北斗「読んでいただけると嬉しく思います。ではでは!」

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

奇策中の奇策、『華雄将軍大爆発!』の計で水関を破ったジョニー・サクラザカと愉快な仲間達。しかし安堵の笑みを漏らすのも束の間、水関の背後には、より堅牢なる虎牢関が控えていた。

本来歩むはずだった外史の流れと違い、敵の敗残兵等を取り込む形で、この時点で一万六〇〇〇の兵力を持つジョニー・サクラザカ軍。先の水関攻略戦と同様に、袁紹軍壊滅の責を取らされて先鋒を務めることになった彼らは、早速軍議の席で言葉を交わす。

「虎牢関を守る敵将は飛将軍の異名を取る呂布将軍です。さらに彼女を補佐する形で神速の用兵術で知られる張遼将軍が赴任してします。虎牢関突破の鍵は、この二人を分断することにあるかと」

「なるほど。たしかにこの二人を同時に相手取るべきではないな。分断後、俺達は呂布将軍との戦いに集中することとし、張遼の方は連合の他の連中に任せることにしよう。……具体的には、僕達の大好きな伯珪ちゃんに」

かくして神速の張遼を公孫賛軍に押し付け……もとい、手柄を挙げるチャンスを与えるという基本方針が決まり、ジョニー・サクラザカ軍は進軍を開始した。

……曹操軍はどうしたって? 相変わらずジョニーの暴走の影響を引きずってますよ、ええ。

虎牢関に到着したジョニー・サクラザカ軍は、早速呂布と張遼の分断作戦を開始した。

作戦その壱、呂布誘い出し作戦。

「おーい、飛将軍呂布! これ以上虎牢関に立て篭もっても無駄だ。いま出てきたら幽州全域で使用可能、この一枚があれば幽州のどこに行っても買い物が出来るジョニーカードに五〇〇ポイントのサービスをつけるから、大人しく出てきなさい」

「……じょにーかーど、なんだか楽しそう」

「あかんて、恋! あんな怪しい男の言うことを鵜呑みにしたらあかん!」

結果、張遼の妨害に遭い失敗。

作戦その弐、張遼誘き出し作戦。

「こらーッ、張遼! そんな砦に立て篭もってないで、いますぐに出てきて鈴々と勝負するのだーッ!!」

「うぅぅ……血が、血が騒ぐわぁ〜……あぁ、戦いたい、戦いたい……」

「霞、詠の言いつけ。砦を出ちゃ駄目」

結果、呂布の妨害に遭い失敗。

作戦その参、腹が減っては戦は出来ぬ作戦。

「董卓軍のみなさ〜ん、戦うのは一時中断して、一緒にお昼を食べませんか〜?」

「いまなら幽州の名物、“孔明の罠肉まん”がデザートで付くぞー」

「肉まん。…………じゅるり」

「恋、ここは堪えてな?」

「霞、恋、行くから」

「あ、あかん……あの連中、恋とウチの性格を知り尽くしとる」

結果、効果あり。呂布将軍、単騎で肉まん目指して突撃なのですーっ。

「よぉぉし、計画通り呂布奉先を誘き出したぞ」

「やりましたね、ご主人様!」

「鈴々も苦労した甲斐があったのだ」

「あ、あの……みんな? わたしの出番は…………?」

作戦の第一段階が無事に成功し、喜びに浸る柳也達を、僕らの関将軍は寂しそうに見つめていた。

柳也が、朱里が、鈴々が、さもたったいまその存在に気が付いたとばかりに、驚きの表情を浮かべる。

「ん? ……おおっ、愛紗、居たのか!? 台詞がないから全然気付かなかった」

「あ〜……そういえば居ましたね、愛紗さん」

「……ご主人様、前々から思っていたのですが、この話におけるわたしの扱い、酷くないですか?」

「なんだ、今更気が付いたのか?」

「にゃはは、愛紗ってば鈍いのだ〜」

妹分の鈴々にまで言われてはお仕舞いだ。

さて、朱里の肉まん目当てに単身突出した呂布将軍だったが、後の世にて天下無双とまで言わしめたその実力は本物だった。

「俺はジョニー・サクラザカ四天王一の怪力の持ち主、デブ! 飛将軍呂布、覚悟するんだな……ぼるほああっ!!!」

「肉まん……どこ?」

次々と倒されていく一般兵の皆さん。そしてジョニー・サクラザカ軍の切り札、黄巾党四天王。

天下の関将軍や張飛将軍に鍛えられた彼らの実力はみな一角のものがあったが、肉求める呂布の力には及ばなかった。

「くそぅ! 四天王が倒されたか……アニキ、チビ、デブ! お前達の仇は絶対に取るぞ!」

「あの、ご主人様? いま四天王とおっしゃりましたが三人しか……」

「朱里! 鈴々! あいつらの弔い合戦だ!」

「おーなのだ!」

「は、はい。頑張りましゅッ」

「……無視ですか。そうですか。わたしはやっぱりあうと・おぶ・眼中ですか」

いじける愛紗はさておいて、柳也と鈴々は呂布将軍の前に立ちはだかった。

「……って、ご主人様自らが行かれたのかっ!?」

地面にのの字を書いていた愛紗は、柳也戦場に立つとの報を耳にして立ち上がった。

「待っていてください、ご主人様!」

自慢の青龍偃月刀を携えて、馬を駆る我らが関将軍。

虎牢関の戦い、いよいよ佳境である。




互いに師匠と弟子になり教えあう二人か。
美姫 「中々面白いわね」
だな。一層の事、女癖の悪さも矯正されるかも、なんて考えてしまったが。
美姫 「ヘリオンは真面目だから、乞われた事を一生懸命に教えるだけでしょうね」
だろうな。どちらにせよ、共に更に強くなる可能性ができた訳だ。
美姫 「本当にどんな風に動いていくのか、楽しみよね」
ああ。次回はどんな話になるんだろう。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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