――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、いつつの日、朝。

 

ラセリオ方面軍のスピリット部隊は二個大隊から構成され、それぞれの大隊は四個小隊一二名を定数としている。彼女らのために用意された詰め所は四軒あり、各大隊のスピリットは訓練中の妖精とともに分散して暮らしていた。詰め所一軒あたりの定員は八名で、首都圏の詰め所に比べるといくぶんか小ぶりな印象は否めない。部屋数も少なく、また各部屋の床面積でも劣っていた。

方面軍第一大隊に属する第三小隊以下の九名が暮らす第二詰め所では、現在、八ある個室のうち六部屋が大隊所属のスピリットによって埋まっていた。

「出来れば二人だけで話がしたいんだが」と、セリアに伝えた柳也は、「それならば」と、詰め所唯一の空き部屋で、いまは物置になっている六畳一間の個室に案内された。

「こんなところで申し訳ないのですが……」

詰め所を案内してくれた緑スピリットは恐縮した様子で謝罪の言葉を口にした。

物置代わりに利用されていたその部屋は埃っぽく、いくつもの箱が整然と詰まれ、あるいは並べられていた。狭いといえば狭いが、三人ぐらいが座って話し合えるだけのスペースは十分に確保されており、特別窮屈という印象はない。

「いいや、これで十分だよ」

柳也は案内役の緑スピリットに礼を言うと、埃のヴェールをまとった床に、どかっ、と腰を下ろして胡坐をかいた。体重七四キロの巨漢が勢いよく座り込んだため、溜まっていた埃が濛々と舞い上がる。

続いて入室したセリアは、埃っぽい部屋の様子に多少顔をしかめると、口元を手で覆いながら静々と腰を下ろした。柳也と向かい合う形で、その場に正座する。勿論、床に薄手の布を敷くのは忘れない。

緑スピリットが部屋を出て、ドアを閉めたのを確認すると、柳也は改めてセリアを見た。

先刻は周りの目があったためじっくりとは見られなかったが、改めて見直した少女の、なんと美しいことか……。

――今日一番の恋……どころの騒ぎじゃない。もしかすると、ファンタズマゴリアに来て以来、一番の恋かもしれん。

柳也は思わず、ほぅっ、と熱の篭もった溜め息を唇から漏らした。有限世界に召喚されてから美人には慣れたつもりだったが、その彼をして見惚れてしまうほど、目の前の少女は美しかった。

染み一つない白い肌に、ポニーテールに結わえた藍色の髪。静謐に整った眉は形良く、その下の双眸はサファイアのように深い青を映している。そこから放たれる眼差しは涼しげで、顔の造作は全体的に凛としていた。

顔立ちから察するに、年齢はアセリアと同じくらいか。しかし身に纏う雰囲気のためだろう、アセリアや自分よりもだいぶ大人びて見える。

正座しているため正確な目測は難しいが、身長は一六〇センチもあるまい。肩幅もさして広いとはいえず、どちらかといえば華奢な体格をしている。しかし背筋を伸ばし、服の上からも形の良さが覗える胸を張ったその姿は、実際よりも長身に感じられた。

目の前のセリアを眺めているうちに、柳也は己の中の男としての本能が、興奮から目覚めつつあるのを自覚した。

また同時に、彼は剣士としての己の本能が目覚めつつあることをも実感していた。

セリアは女性としても魅力的な容姿の持ち主だったが、剣者としてもまた魅力的な体つきをしてきた。

戦闘服の袖から覗く二の腕も、正座のために折りたたんだ太腿も、また重心の据わった腰回りも、セリアのそれは太めだった。しかし肥満しているという印象はまるでない。あくまで絞り込まれた、常に機敏に動きを可能とする筋肉の層が、薄い皮下脂肪に覆われて隠れているのを、若き剣士の目は見逃さなかった。

相棒の神剣は両手剣なのか、手首の肉つき一つ取っても、鍛錬の程が覗える。

武芸者にとって最も肝要な下肢の筋肉は、特に発達していた。

「……機会があれば、是非、一度立ち会ってみたいものだが……」

柳也は喜びと憂いという矛盾した感情を冷笑に載せながら、思わず日本語で呟いた。

自分と目の前の少女が抜き身の神剣を持って戦う光景を空想して、彼は背筋を震わせた。

下手を打てば自分が命を落としかねない戦いへの歓喜と、死に対する恐怖とが、同時に背骨を突き抜けていた。

戦いの様相を想像しただけで、彼は軽い快感を覚えていた。

空想は最終的にセリアを力でねじ伏せ、その首筋に同田貫を突き刺す最期の瞬間にまで及んだ。

そこまで想像したところで、柳也はトラウザーズが少し窮屈になっているのを感じた。闘争本能と性欲は直結している。いつの間にか彼はセリアとの戦いを想像して、性器を反応させていた。

「……もはや病気だな、これは」

柳也は自嘲気味に笑うと、再び日本語で呟いた。

見れば、男の唇から飛び出した異世界の言語に、セリアは怪訝な顔をしていた。

己に対して、不信感を宿した目線を向けている。

柳也は、はっ、と我に返った。

セリアとの戦いの空想にふけるあまり、あやうく本来の目的を忘れるところだった。

本日の訓練を休んでまでラセリオに来た目的を果たさなければ。

柳也は気を取り直してひとつ空咳をすると、場を取り繕うべく清潔感を感じさせる愛想笑いを浮かべた。

「いや、申し訳ない。目の前の美人に見惚れて、ついつい故郷の言葉で喋ってしまった」

柳也は謝罪しながら努めて明るい口調を声音に乗せて言った。

初対面の相手に対しては、お互いに緊張しないよう、あえてフランクな態度でこちらからはたらきかける。

年若いが複雑な人間関係の中で育ってきた柳也の、コミュニケーション・スキルの一つだった。初対面にしては過剰に気さくなこのアプローチに、どう反応するかで相手の性格をつかむことが出来る。

柳也はセリアの返答を待った。

「…………」

はたして、セリアは何も言わずに眉をひそめてこちらを見つめ返してきた。

ただでさえ埃っぽい部屋でしかめっ面になっていた顔が、ますます険を帯びていく。

エトランジェを前にしたスピリットが取るものにしては、珍しい反応だった。

――これは、もしかすると……。

柳也は再度明るい口調で言う。

「これこれセリアさんや、そんな顔をしなさんな。折角の美人が台無しですよ?」

再度反応を待つ。

セリアは一瞬瞑目すると、浅く溜め息をついた。

次の瞬間、涼しげな双眸から発せられた眼差しには、憤然とした怒気が滲んでいた。

「……そんな軽口を言うためにわたしを呼んだんですか?」

セリアは静かな口調で訊ねた。スピリットという立場を考慮した上での、遠回しな拒絶と批判の言葉。態度こそ慇懃だったが、頬を突き刺す視線には明らかな苛立ちが含まれている。エトランジェの自分に対して、遠慮らしい遠慮がまったく感じられなかった。

――なるほど。この手の軽いトークは嫌いなタイプか。

柳也は「いいや」と首を横に振りながら、内心では得心に深々と頷いた。

二度の反応から、おぼろげながらセリアのパーソナリティらしきものが見えてきた。

上辺だけの軽薄な褒め言葉に対して愛想笑い一つ浮かべることなく、明確な拒絶の意思を示してきたセリア。

エトランジェの自分に対しても決して臆することなく、毅然とした態度で接してきたセリア。

――真面目で、冗談があまり通じないタイプ。同時に、嘘も嫌いなタイプだろう。スピリットという自分の立場を自覚した上で、エトランジェの俺に対しても意見を言ってくる。一見すると涼しげで、物静かそうな容姿の持ち主だが、根は熱い人間と見た。……芯の強い女だ。

確信を得た柳也はニヤリと笑った。

口に出したら十中八九怒られるだろうが、ますます自分好みのタイプだった。

柳也は、ふっ、と顔面のあらゆる筋肉を引き締めた。

はっきりと自分の意見を主張出来ない立場にありながら、自分を恐れることなく意見を述べてきたセリアを相手に、明るい口調を装う必要はもうなかった。

柳也は真剣な態度と顔つきで、真摯に言葉を紡いでいった。

「勿論、俺がここにやって来たのは、ちゃんとした理由があるからだ。……本題に入る前に、こちらから二つばかり質問をしたい。君は、ネリー・ブルースピリットと、シアー・ブルースピリットの二人を知っているな?」

「……はい」

セリアはわずかに眉をひそめた後、静かに首肯した。

柳也が相応の態度を取ったことで、彼を見つめる視線からは苛立ちの感情こそ抜けつつあったが、二人の名前を出したことで不信感はかえって強くなった様子だった。

あらかじめセリアの反応を予想していた柳也は、そのまま続ける。

「君の疑問はよくわかる。なぜ、ここであの二人の名前が出てきたのか、不思議に思っていることだろう。

結論から言わせてもらえば、この二人の経歴を調べたからだ。俺は現在、“ある事情”からこの二人の過去を調べている。君のことはその過程で知った。二人がラセリオ方面軍に編成されていた頃、彼女達の面倒をよく見ていたスピリットがいた。名前はセリア・ブルースピリット。つまり、君だ」

柳也は眼光鋭くセリアを見据えると、続いて二つ目の質問を投げかけた。

「君は二人がラキオスの王都直轄軍に異動することになった理由は知っているか?」

「……今度、王国軍内に新設されることになった部隊の隊員として辞令を受けたから、と聞いています」

セリアは淡々と答えた。相変わらず自分に対する不信は強いようだったが、苛立ちといった怒気の感情は彼女の態度からすっかり消えていた。

柳也は深々と頷いた。

「そこまで知っているのなら話は早い。自己紹介をした時に俺の肩書きは名乗ったな? 大体の察しはついていると思うが、二人が編入されることになった新設部隊というのは、俺が副隊長を務める部隊のことだ。

そして、今日、俺がここに来た目的は、君と話をするためだ。ネリーと、シアーの、二人の過去について、な」

柳也はそこまで言うと、ラキオスから持参してきたキャンティーンのキャップを開けた。キャップがそのままコップにもなるタイプで、容量は一クォート――およそ一リットルある。中身は水だ。

柳也はキャップに水を注ぐと、目の前のセリアに差し出した。

自らはキャンティーンの注ぎ口に直接口をつけ、唇と舌を湿らせる。

一口水を飲んでから、柳也は再び口を開いた。

「これから二人の過去を調べることになった“ある事情”について話す。少し長い話になるから、途中で水を飲むことを許してほしい」

「わかりました」

セリアの了承を得た柳也は「ありがとう」と、軽く微笑んだ。しかしすぐに表情を引き締めると、自分がネリーとシアーの過去を調べることになった経緯について話し始めた。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another Story “Twin Edge of Protection”-

第一・五章「開戦前夜」

Episode32「妖精差別」

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、黒、いつつの日、朝。

 

「……結局、俺とセッカ殿は、ネリーの口からは何も聞くことが出来なかった。だが俺は、この時のネリーの態度から、シアーが極端に人間を恐がるようになった背景には、彼女達の過去が関連していると確信した。この確信が正しいかどうか確かめるために、俺は各ルートから二人の過去に関する情報を出来る限り集めた。

その過程で、王都に来る前の二人がこのラセリオで訓練していたことや、ここにいた頃の二人の面倒を見ていたのが、君……セリア・ブルースピリットだったということも知った。

それから、ラセリオ時代の二人を担当した訓練士についても、簡単にだが調べた。初代担当訓練士マイク・ブリガンス、二代目担当訓練士オージー・パレス、三代目担当訓練士ニコル・マルク……」

柳也はそこで一旦言葉を区切ると対面で正座するセリアの様子を覗った。

二代目担当訓練士オージー・パレスの懲戒処分の経緯については、現在の柳也が最も知りたいことの一つとしている事柄だ。昨夜のリリィの報告から、今朝ラキオスを発つまでの数時間、柳也はこのオージーなる人物について少しでも多くの情報を集めようとした。しかしすでにオージーの軍籍は王国軍になく、結局、懲戒処分の理由については分からぬまま出発の時刻になってしまった。

柳也は、シアーが人間を恐怖するようになった背景には、このオージーの懲戒処分が関係しているのでは、と考えている。彼についての情報はどんな些細なことでも、いまの柳也にとっては第一級の価値があった。

柳也は特にオージーという名前に対するセリアの反応を見ようと、耳目に意識を集中させた。

セリアは顔色一つ変えずに次の言葉を待っている。

早くもアテがはずれたかと、軽い落胆を覚えながら柳也は続けた。

「王都で情報を集めているうちに俺は限界を感じた。ただでさえ当時この世界に存在すらしていなかった人間が、現地じゃない場所で調べ物をしているわけだからな。集められる情報の量・質ともに、限界は最初から決まっていた。

そこで俺は、現地ラセリオに向かうことにした。現地に行けば、当時のことを知っている人から話を聞けるかもしれないし、実際に現地に足を運んで初めて分かることもある。幸い、ラセリオ方面軍には二人のことをよく知る青スピリットがいるという情報を、俺はすでに持っていたからな。ここへ来ることを決意するのに、躊躇いはほとんどなかった」

柳也はキャンティーンのボトルに口を付けると、喉に水を流し込んだ。

それから彼は懐中へと手をやり、一通の書簡を取り出した。

「ただ、とはいっても、立場が立場だからな。魔龍討伐作戦以前の身ならともかく、いまの俺はスピリット・タスク・フォース(STF)の副隊長だ。おいそれと王都を離れるわけにはいかない。真夜中の十時に陛下のところへアポなしで駆け込んで、二時間粘った」

昨晩、リリィからの申し出を断った後、柳也はその足でラキオス王城へと向かった。

正規の手続きを踏んで滞在許可を求めた場合、ケースにもよるが、申請の受付から許可が下るまでには、最低一週間はかかるという。これでは時間がかかりすぎだ。STFをより強力な部隊にするためにも、シアーの問題は、出来るだけ速やかに解決せねばならないというのに。

そこで柳也は、ラキオス王と直接交渉して滞在許可を得ることにした。なんといっても王国軍の最高司令官はラキオス王だ。彼が一筆入れた文面さえあれば、面倒な手続きは一切省略して、堂々ラキオスを出発してラセリオに行くことが出来る。

かくして柳也は、善は急げとばかりに、ラキオス王のもとへ直接会いに行った。

王の部屋を守る衛兵と話をつけること三〇分、文字通りの王室に通された後、ラキオス王と直接交渉すること一時間半。

自らの知りうる語彙の限りを尽くした弁論の末、柳也が手に入れたのは、一通の書簡だった。

「その成果が、三日間の期限の滞在許可証だ」

柳也は懐中から取り出した書簡をセリアに見せた。

書簡にはラキオス王の直筆で、ラセリオでの滞在と、行動のある程度の自由を許す文面が書かれていた。許可証の有効期限はエクの月、黒、いつつの日からコサトの月、青、ふたつの日までの三日間。つまり、今日から明後日までの日付だ。

「この三日間で俺が目標としているのは二つだ。

一つは、さっきも言った通り、ラセリオ時代のネリーとシアーの過去を知ること。これには勿論シアーが人間を恐れるようになった原因も含まれる。

もう一つはオージー・パレスという人物について、出来るだけ情報を集めること」

「オージーさまも、ですか?」

柳也の口から再度オージーの名前が飛び出したとき、セリアが訝しげに聞き返した。

意識しての発言か、それとも無意識からか、“さま”という敬称を自然に使っている。やはりセリアはオージーのことを知っているらしい。いまの発言だけでは判断が難しいが、件の彼とは実際に会ったことがあるようだ。

柳也は「ああ」と、首肯した。

セリアはなおも怪訝な顔を崩さない。

「あの二人の過去を調べるのは分かりますが、オージーさまの過去を調べるというのは……?」

「オージー・パレスの名前は二人の経歴を調べていく中で知ったんだが、この男の略歴を読んでいくうちに、ちょいと気になる点を見つけてな」

「気になる点、ですか?」

セリアは柳也に聞き返したが、その口調は柳也の言う気になる点について、すでに大体の察しがついているようだった。

「セリアも知っているとは思うが、オージー・パレスは二人の二代目担当訓練士で、任務中に懲戒処分を受けて軍を辞めている。俺にはこの懲戒の理由が気になってな。スピリット隊の訓練士はどこの国でも厚遇されるのが常だ。多少の軍規違反も、スピリット隊訓練士なら黙認される。その訓練士が懲戒になるほどの罪というのが、どうにも気になってな。

結論から言うと、俺はこのオージーの懲戒が、二人の過去に何か暗い陰を落としているんじゃないかと考えている」

柳也は言葉を選ばずにストレートな表現で自らの考えを明かした。

セリアは眉ひとつ動かさずに黙って話を聞いている。

柳也はキャンティーンに口付けた。一クォートのボトルは、もう空になっていた。

唇を濡らした柳也は、いよいよ本題を切り出した。

「というわけでセリアには俺の質問に答えてほしい。二人の過去について、それから、オージー・パレスという人物について、知っている限りのことを話してほしい」

「……その前に、こちらからも一つだけ質問をしてよろしいでしょうか?」

それまで聞き手に徹していたセリアが、不意に柳也を見上げて言った。

柳也は「なんだ?」と、セリアの次の言葉を促した。

セリアはエトランジェの柳也に対しても臆することなく口を開いた。

「いまリュウヤさまは自分の質問に答えてほしい、とおっしゃりました。それは命令ですか?」

「いいや」

柳也はきっぱりと首を横に振った。

「命令ではなく、お願い、だ。俺はセリアに、命令による強制された協力ではなく、信用の上に成り立つ自発的な協力を求める」

柳也は迷うことなく言い切ると、セリアのサファイア色の瞳を見つめた。

任地は違えど同じ王国軍の一員だ。相手には自分を信頼してほしいと思うし、自分もまた相手を信頼したいと思う。軍隊に限らず、およそ組織というものは信頼なくしては成り立たないし、そもそも人間同士のコミュニケーションとは、こちらの意図を相手は理解してくれる、という信頼関係があって初めて成立することだ。

柳也が言葉を紡いでから、数秒の沈黙があった。

セリアの唇が、ゆっくりと息を継ぐ。

「……お願いでは、仕方ありませんね」

いったい何が仕方ないのか。柳也は緊張を表情に漂わせながら、次の言葉を待った。

「申し訳ありませんが、リュウヤさまの質問にはお答え出来ません」

セリアは相変わらずの毅然とした態度で言い切った。

口ほどに申し訳なさそうな態度は、表情に微塵も浮かんでいない。

「そうか……」

柳也は、さして驚いた様子もなく頷いた。

「まぁ、当然だな」と、言葉を継ぐ。

「初対面の人間は、信頼出来ないか?」

「信頼以前の問題です。リュウヤさまはわたしのことをよく知っているようですが、わたしはあなたのことをほとんど知りません」

「もっとざっくばらんに言ってくれて構わないぜ? 勝手に自分のことを調べられた気持ちはどうだ?」

「……不愉快です」

他ならぬ柳也からの許しを得て、セリアは上官の彼にストレートに言い放った。

柳也は神妙な表情と眼差しで彼女を見つめ返す。

同じブルースピリットのアセリアよりも濃い青色の双眸には、氷結した怒りの炎が覗えた。

柳也は無言のまま床に両手を着き、頭を下げた。土下座の姿勢だ。自分のやったことはほとんどストーカーと変わらない。そう思えばこそ、武人のプライドをかなぐり捨てて、土下座することに何の躊躇いもなかった。

「……その件については本当に申し訳なく思っている。この通りだ」

これで許してもらえるとは到底思えないが……柳也はセリアの次のアクションを待った。

はたして、セリアは柳也に冷めた眼差しを向けていた。

続く言葉は有限世界の掟に縛られているスピリットならではのものだった。

「……スピリット相手にそんな態度を取って、恥ずかしくないのですか?」

「…………」

柳也は、はっ、と顔を上げた。

食い入るようにセリアの顔を見つめる。

「……なんですか?」

不機嫌そうに眉をひそめるセリア。無言で、じっ、と見つめられ、不愉快を感じたのか。

だが柳也はセリアへの注視をやめなかった。床に着いた両の手を拳に変え、怨念の篭もった眼差しで彼女を見つめ続けた。

彼は自身の胸の奥で、怒りと悲しみという、相反する感情が同時にふつふつと煮え返るのを感じていた。

――この娘も……。

柳也は悲しげな視線をセリアに注いだ。

――この世界の、スピリット差別の被害者なのか……。

一見すればエトランジェの自分にも毅然とした態度で接するセリアは、妖精差別の風潮にも負けない強い女と映るだろう。事実、柳也も彼女の態度をそのように捉え、強い魅力を感じもした。

しかしそんな彼女もまた、結局は人間とスピリットという絶対主従の鎖から逃げられないでいることに、柳也は、はた、と気が付いた。

セリアは言った。『スピリット相手にそんな態度を取って、恥ずかしくないのですか?』と。おそらくは自然に口から出てきただろうこの発言には、無意識のうちにスピリットを低く位置づけているセリアの価値観が見え隠れしていた。

決して強い女などではない。

セリアもまた、みなと同じなのだ。自分がこれまで知り会ってきたスピリット達。アセリア、エスペリア、オルファ、ファーレーン、ニムントール、セシリア、アイシャ、ヒミカ、ハリオン、ヘリオン、ネリー、シアー。彼女達と同様、妖精差別の理に強く反発しながらも、その理の中でしか生きていけない、弱い存在なのだ。

柳也は強く拳を打ちつけたまま、ゆっくりと瞑目した。

そのまま深呼吸を二回、静かに繰り返す。

そうしてから、再びゆっくりと目を開け、口を開いた。

唇から吐き出された声には、聞く者を身体の芯から震えさせる凄みを孕んでいた。

「……俺の方に非があると一〇〇パーセント認めた上での謝罪だ。恥、などとは思わん」

柳也は大振りの双眸から鋭い眼光を発し、セリアを見つめた。

怒りとも、悲しみとも、違う別な感情が、黒炭色に瞳に映じていた。

柳也から見つめられ、セリアの顔の筋肉が僅かに強張った。これまで、柳也に何を言われても、どんな感情をぶつけられても表情ひとつ崩さなかったセリアの毅然とした態度に、綻びが生じていた。

「それに、異世界からやって来た俺には、スピリットだの、人間だのって考え方は、どうにも馴染まん。なんとなればこの男は、この世界の住人にとって、どこからやって来たのかもわからない得体の知れない怪物だ。……逆に訊ねるが、そんな怪物に頭を下げられて、恥ずかしいとは思わないか?」

「…………」

セリアの視線に、険が宿った。

柳也とセリアは互いに強い視線をぶつけ合いながら、しばし無言の時を過ごした。

やがてセリアが、柳也から、ふいっ、と視線をそらした。

それから、ポツリ、と一言。

「……わかりました」

と、小さく呟いた。

「わたしのことを調べた件はいまの謝罪で許します。ですが……」

「ああ。ネリーとシアー、それから、オージー・パレスの件はとりあえず諦めるよ」

「とりあえず?」

「ああ」

柳也は頷くと、不敵な笑みを見せた。

「ガキの使いじゃないんでね。俺も収穫なしってわけにはいかない。ラセリオ滞在許可の下りたこの三日、有効に使わせてもらう」

柳也は立ち上がり、セリアの横をすり抜け、ドアの前へと立った。

ドアノブを握りながら、柳也は一度だけセリアの方を振り返った。

「もし、俺の滞在している間に気が変わったら、いつでも来てくれ。美人からのラブコールは、二四時間常に受け付けるようにしている」

「……その軽薄なところも、不愉快の種です」

「こりゃ失敬」

柳也は屈託のない笑みを浮かべると、ドアノブを捻った。

倉庫のドアが反対側からノックされたのは、ちょうどその時だった。

 

 

ノックとともに入室したのは柳也をこの部屋まで案内した緑スピリットだった。

「セリア、あなたにまたお客様よ」

入室した緑スピリットのその言葉にセリアは思わず顔をしかめた。

ただでさえ徹夜明けで身体は一刻も早い睡眠を欲しているというのにこの上またさらに来客とは。こんなにも次々と不愉快な問題が舞い込んでくるなんて、今日は自分にとって厄日なのか。それとも、今日は特別マナの加護が薄いのか。

「お客様って、どなた?」

セリアは眉間を押さえながら緑スピリットに問うた。

「シークラウス・アスコム様です」

緑スピリットが口にした名前は、セリアの表情をさらに曇らせた。

シークラウス・アスコム。それはセリアの睡眠不足の原因の一つを作った男の名だった。すなわち、夜通しの警備任務から帰ってきたばかりのセリアに様々な雑事を押し付けた張本人である。

セリアは日付が変わってから一番の溜め息をついた。

「今度は何の用なの?」

セリアはいかにも、うんざり、といった様子で訊ねた。

緑スピリットは「さぁ?」と、肩をすくめる。答える彼女の顔にも苛立ちがあるのは、件のシークラウスに何か腹立たしくなるような態度を取られたからだろう。

「用件は知らないけど、とにかくセリアを出せ、って。まったく! セリアはいま別なお客様の相手をしているから手が空いていません、って何度も言ったのに、『いいから出せ。人間の命令に従えないのか!』ですって。いったい何様のつもりかしら?」

「人間様のつもり、でしょ」

憤慨した様子の緑スピリットに、セリアは冷めた声で言った。

それから憂鬱な表情で、言葉を続ける。

「わかったわ。こちらの話はもう終わっているから。いまは食堂に待たせているの?」

「ええ」

「すぐに行くから」

セリアは立ち上がると部屋の外に出ようとして、先ほどからドアボーイ然としてドアの側に立ち、二人のやり取りを眺めている柳也に向き直った。

「……ところで、リュウヤさまはなぜ部屋をお出にならないので?」

「いやあ、なんとなく、成り行きで」

柳也は唇の端を苦笑で吊り上げながら言った。先ほどの緑スピリットのノックに対しても、成り行きでドアを開けてやった彼だった。

至近にて柳也の苦笑を垣間見たセリアは、思わず眉をひそめた。

セリアはまたも眉間の辺りを押さえながら訊ねる。

「ついでに成り行きで着いてくるつもりですか?」

「……そうだな」

柳也は少し考える素振りを見せてから頷いた。

「成り行きで、着いていくことにするよ」

 

 

セリアと来客を伝えた緑スピリット、そして成り行きで着いていくことになった柳也の三人が食堂へ向かうと、そこでは王国軍の制服に身を包んだ一人の士官が、椅子にふんぞり返って座っていた。

身長は一八〇センチほどもあるのに小柄な体格の持ち主で、細面にきちんと整えられた細い口髭が特徴的な男だった。中東系の顔立ちから推定出来る年齢は、まだ二十代も後半程度だろう。広く平らな額には、夏の陽気から薄っすらと汗が滲んでいる。ほんの数時間前までセリアが顔を合わせていた人物、シークラウス・アスコムその人だった。

「こりゃあ、一癖も二癖もありそうな野郎だ……」

セリアの背後で柳也が呟いた。囁くほどの声量だったが、スピリットの耳にはよく聞こえた。

セリアは腹の底から湧き上がる嫌悪感を必死に堪えながら、努めて平静を装いつつアスコムに近付いていった。

「お待たせいたしました」

「本当だな」

慇懃な態度でセリアが声をかけると、アスコムは目線だけを動かしてギョロリと彼女を睨んだ。

短い言葉だったが、口調には強い苛立ちが滲んでいた。

「二分待った。二分も、だ。スピリットの分際で人間を待たせるとは何事だ?」

「申し訳ありません。ちょっと、別なお客様のお相手をしていましたので」

「別な客?」

アスコムの目線が背後に立つ柳也へと向いた。

柳也は愛想笑いを浮かべつつ軽く手を振った。自分と同じ士官であることを示す陣羽織を羽織った男に値踏みするような眼差しを注いだアスコムは、やがて、ふんっ、と嘲笑めいた吐息を漏らした。柳也の米神が、僅かにひくついた。

「……貴様は?」

「申し遅れました。私の名はリュウヤ・サクラザカ。先頃、ラキオス王国に参上したエトランジェです」

「ふんっ、例のエトランジェか」

柳也の丁寧な物言いに対して、アスコムは尊大に吐き捨てた。

柳也は、自分の怒りが爪先から腹へ、それから胸へ、そして一挙にどたまに達したのを感じた。有限世界に来てからというもの、この手の態度には慣れたつもりだったが、これほどの怒りを覚えたのは久しぶりだった。

しかし柳也は、いまにも拳から噴出せんとするエネルギーの奔流を、ぐっ、と抑えて、愛想笑いを維持することに全力を注いだ。

アスコムは柳也を無視し、セリアのみを睨みつけた。

「なるほど、伝説のエトランジェ様と会話していたがために俺への対応が遅れたわけだ。……人間の私よりも、エトランジェを優先したわけか」

「申し訳ありませんね。私はアスコム殿の来訪のご予定があるなんて話は伺っていなかったもので」

セリアが何か口に出すよりも早く、柳也が言った。相変わらず愛想笑いは片時も崩さない。

他方、柳也の発言を受けてアスコムの表情は見る見る硬化していった。

柳也としては、自分同様アポなしでの来訪にも拘らず尊大なアスコムの態度を皮肉ったつもりだったが、セリアにはいらぬお節介と受け取られてしまったらしい。

彼女は柳也に一瞬きつい眼差しをぶつけた後、「そんなことより」と、アスコムに切り出した。

「本日の用件は何でしょうか?」

「おお、そうだった。そうだった。エトランジェ如きと話していたせいで、肝心の用件を忘れるところだった」

アスコムはニヤリと口元を歪めると、セリアに向き直った。

「セリアは今日、色々と雑事を押し付けてしまったなぁ。いやぁ、すまなかった。俺も機嫌が悪くて、ついつい八つ当たりのようなことをしてしまった。重ねて謝ろう。すまなかった」

アスコムは椅子にふんぞり返ったまま謝罪の言葉を述べた。

セリアはそんな彼に冷めた視線を向けている。

「実はな、内心、これでも俺は今日のことを申し訳なく思っているんだ」

誰の目にも嘘なのは明白だったが、柳也を含む全員はアスコムの次の言葉を待った。

「そこでセリアには、今日の侘びをしてやりたいと思ってな。こうして足を運んできたわけだ」

「お侘び……ですか?」

アスコムの口から出てきたその言葉に、セリアは訝しげに眉をひそめた。

いかにも胡散臭そうな顔で、士官の男の顔を見る。

アスコムはニヤリと笑った。唇の端こそ釣り上がっているが、目が笑っていない。何やらよからぬ企みをしているようだが、意図を読ませない、仮面の笑顔だ。

「ああ。……時にセリアは、酒はいけるクチか?」

「……たしなむ程度には」

相手の問いかけの意図が分からなかったか、セリアは怪訝な表情のまま曖昧に答えた。

他方、柳也はその背後で「俺は大好きだぞー」と、呟いたが、アスコムには当然の如く無視された。

「……俺、主人公なのになぁ」

【ご主人様、頑張ってください!】

〈戦友〉の慰めが心に染み渡る。

それはさておき、アスコムは相変わらず意図の読めない笑みを浮かべながら「そうか、そうか」と上機嫌に頷いた。

続いて、彼はまたセリアに質問を投げかけた。

「では、俺の指揮する部隊が育てている麦畑のことは?」

「噂には聞いていますが……」

セリアがそこで初めて戸惑いの表情を浮かべた。相手の意図が、ますます分からなくなってしまったようだ。

話の行く末が分からなくなってしまったのは柳也も一緒だった。

アスコムの隊が育てている麦畑とはいったい何なのか。おそらくは読んで字の如くなのだろうが、スピリットのセリアも知っているほど有名なものなのか。

柳也は隣にいた緑スピリットにそっと訊ねた。

緑スピリットの説明は短いながらも丁寧で、柳也はすぐに話の要点を理解した。

敵国との国境線に程近いラセリオの環境は、実際に戦闘に参加するスピリットだけでなく、人間の兵の神経にもたいへんな負担を強いる。心理学の基礎的な理論さえ確立されていない有限世界だが、過度のストレスが人間の心身に悪影響を及ぼすことは経験として広く膾炙されていた。

また、軍隊というものはただでさえ若い男達を何年も一つの場所に拘束するストレッサーな環境だ。行き場のない若いエネルギーは暴発し、容易に犯罪を誘発する。

そうした問題への対策として、ラセリオ方面軍では、福利厚生の一環として、司令官の認可付きで人間の兵に限り隊による任務外活動を認めていた。

任務外活動と書くと何やら難解な言葉のように思えるが、要は軍司令公認のクラブやサークル活動のことで、そういった活動で疲れた神経をちょっとでも癒してやれ、ということだ。特にスポーツ系のサークル活動を積極的に奨励しているという。

これは柳也達現代世界の、特に民主主義国家の軍隊ではごくごく一般的な活動だが、有限世界の軍隊ではまだ珍しい現象だった。

事実、エルスサーオ方面軍のヤンレー司令は、兵達の任務外活動を認めていない。そんな趣味の活動にエネルギーを注ぐくらいなら任務に全力を注ぐべきだ、というのがヤンレー司令のロジックで、しかしこれは建前に過ぎなかった。軍司令の認可を下ろせば、その活動には軍として正式な予算を渡さなければならない。要するにヤンレー司令は、カネをケチったわけだ。ちなみにこの話は、例によってわずか数時間、エルスサーオ方面軍の司令代行を務めたセラスの口からもたらされた。

閑話休題。

アスコムの隊では任務外活動として、隊全員で園芸クラブを結成しているらしかった。彼の指揮する部隊がどの程度の規模なのかは不明だが、兵舎の裏庭を利用した、かなり大きな畑を擁しているという。

有限世界の兵役システムは徴兵制が主流だ。部隊には農民出身者も多いため、クラブ活動とはいえやっている内容は本格的。収穫時に配られる作物は、他の隊の人気も高く、方面軍の人間でアスコム隊の畑を知らぬ者はいないという。

――なるほど、それでセリア達もこの男の麦畑のことを知っていたのか。

自他ともに認める大食漢・桜坂柳也は、話を聞いているうちに口の中に溜まった唾を飲み込んで合点した。実は“酒”という単語を聞いた時から口の中に唾が溜まり始めた柳也だった。

柳也が緑スピリットから説明を受ける間にも、アスコムはセリアとの言葉遊びを続けていた。

もとより、彼に柳也の理解を待つ義理はない。アスコムの目的はセリアへの侘びであり、彼女さえ話を理解していればそれで済む話だった。

アスコムの手にはいつの間にかビールの小瓶が握られていた。話の流れから察するに、おそらく彼の隊で育てた麦から作ったビールだろう。

数あるアルコールの中でもビールの歴史は特に古い。その起源は、古代エジプトで発酵パンが発見されたのと、ほとんど同時期だったと考えられている。

他のアルコールと比べて製法が簡易というのもあるだろう、有限世界においてもビールはごくごく一般的な飲み物だった。

アスコムは尊大な態度でビールの小瓶を示した。

「詫びの印に、こいつをセリアにやろう」

「……ありがとうございます」

セリアは眉をひそめたまま礼の言葉を呟いた。

いかにもありがた迷惑といった様子だが、他ならぬ人間が「やる」と、言っているのだ。スピリットのセリアに、断れるはずがなかった。「いらない」と答えれば最悪、不敬罪で処罰されかねない。

――人間からプレゼントされた物は、たとえそれが毒薬や爆弾の類であっても黙って受け取らねばならない。……相変わらずいびつな社会構造だぜ。

セリアとアスコムのやり取りを眺めながら、柳也は腹の底から込み上げてくる不快な感情にまかせて長い溜め息を漏らした。

アスコムが、ずいっ、とビールの小瓶を差し出した。

セリアもまたそれを受け取るべく両手を伸ばした。

ビール瓶を握るアスコムの五指から、力が抜けたのはその時だった。

支えを失った小瓶は万有の法則に従って落下し、使い古したフローリングの床を叩いた。

薄い瓶を使っていたか、床に落ちた瓶は文字通り四散し、黄金色の液体をぶちまけた。炭酸の作用から、しゅわしゅわ、と泡立ちの音が低く響く。

「…………」

柳也の目が、すぅっ、と細まった。

表情から一切の感情が欠落し、ただただアスコムの顔にのみ視線を注ぐ。

冷たい刃のような眼差しにも気付かず、アスコムは愉快そうに唇の端を吊り上げていた。

「ほら、遠慮なく飲むといい」

「…………」

アスコムの前に立つセリアの視線が、明らかな険を帯びた。

物静かだがきつい眼差しが、アスコムの頬を刺す。

しかし、人間という絶対的優位者の立場にある彼は、そんな目線など意にも介さず、余裕の態度を崩さなかった。

「なんだ、その目は? 折角、この俺が貴様のために用意してやった酒だぞ? ほれ、しっかり味わって飲め」

アスコムはニヤニヤ笑いながら床にこぼれたビールをセリアに勧めた。

一方のセリアは、ようやく目の前の士官の来訪目的に気付き、怒りと呆れから小さく溜め息をついた。

――まだ、直ってなかったのね……。

夜通しの国境線警備から帰ってきた自分に、どうでもいい雑事ばかりを押し付けてきたアスコム。彼は昨晩から機嫌が悪かった。自分をこき使ったことで少しは溜飲を下げたかと思っていたが、どうやらこの男の腹の虫はまだ機嫌を損ねたままだったらしい。

本当にいったい何が原因なのか。八つ当たりのためだけに、スピリットの詰め所にまでわざわざ足を向けるとは……ご苦労様と、言うほかない。

――馬鹿な男……。

セリアは怒りや呆れといった感情も通り越して、哀れみさえ宿した目線をアスコムに叩きつける。

大方、この男の目的は仲間達の前で自分に恥をかかせることにあるのだろう。

床に撒かれたビールを舐めるには、四つん這いになって舌を伸ばさねばならない。家畜にも劣るスピリットが、仲間の前で、獣のような姿勢で、獣のように液体を啜る。絶対的優位者たる人間にとって、これほど楽しい見世物はない。八つ当たりには最適の仕打ちだ。

器量の小さい男だ。こんな男が自分の上官なのかと思うと、情けなくて泣けてくる。

しかし、どんなに器量の小さい輩であろうと、目の前のこの男は士官であり、上官であり、人間である。ここで「嫌だ」と、言えるはずもなかった。

見れば、周りの同僚達は心配そうにこちらを見つめている。

セリアは唇だけを動かして「大丈夫だから」と、みなに小さく笑いかけた。

スピリットとしてこの世に生を受けた時点で、プライドなんてものは捨てている。今更、恥のひとつをかいたところで、気にもならない。

そう思い、セリアは改めて目の前の男を見つめた。

アスコムは相変わらずニヤニヤと笑いながら、見世物が始まるのを心待ちにしている様子だ。

美男子というほどではないが、少なくとも今朝やって来たエトランジェの男よりは顔の造作は整っている。これでもっと器量が大きければ、女にもモテるだろうに。

セリアは内心嘆息をこぼしつつ、意を決して足元に広がる黄金色の湖面に目線を落とした。

いまからこれを四つん這いの姿勢で舐める。抵抗がないわけではないが、それでも、スピリットは人間の求めに応じねばならない。

セリアはその場に膝を着いた。

ニヤニヤと下品な笑いを見せるアスコムの顔が変形したのは、その時だった。

セリアもアスコムも、それまで意識的に視線を向けぬようにしていた方向から一条の流星が飛び出すやいなや、士官服の男の顔は衝撃に歪んだ。

まさしくお手本のような右ストレートが、まさしくお手本のように正確にアスコムの右頬を捉えた刹那、それなりに鍛えているはずの男の身体は、いとも簡単に吹き飛んだ。

床に倒れ込んで呻く男の鳩尾に、容赦なく肘鉄が叩き込まれる。

「とぉ――――――!」

「―――――――!!?」

アスコムの口から、声にならない悲鳴が轟いた。

セリアも回りのスピリット達も、呆気にとられた様子でアスコムと、彼を攻め立てる柳也に目線を注いだ。

「うぐっ……ぐぐっ……な、何をする、エトランジェ!?」

「いや〜、なんか突然、プロレス技をかけたくなって」

柳也は屈託のない笑顔を浮かべながら、手際よくアスコムをうつ伏せに、これまたお手本のようなカベルナリアをかける。まさに太陽のような笑みだが、その目は笑っていなかった。

腰を痛めつけられ、首を絞められ、呼吸を阻害されたアスコムは、必死に拘束を解こうと柳也の手を叩いた。あたかも、本物のプロレスのような光景だ。

「食べ物を粗末にするような輩は、全国の貧乏人代表、この桜坂柳也が許さへんで〜!!」

柳也は憤怒に血走った眦を吊り上げ、ドスを孕んだ声を紡いだ。

現代世界では節約に節約を重ね、それでも食費が尽きかけ、雑草を食み、泥水をすすって一ヶ月を乗り切った貧乏人・桜坂柳也だった。

貧乏ゆえに食べ物のありがたみをよく知る青年にとって、食べ物を粗末にするような輩はどんな聖人君子であれ敵だった。

アスコムがわざわざビールを滑り落として見せた瞬間、柳也はこの男に対して本気の殺意を覚えた。腹の中で怒りの炎が燃え立ち、それが脳天に達するまで半秒もかからなかった。

「ぐっ……貴様、エトランジェが人間にこんなことをしてただでは……!」

「あいにく、俺は陛下直筆の許可証を持っているんでね!」

アスコムの平手が柳也の腕を叩く回数が十を数えた頃、彼はようやくアスコムの拘束を解いた。しかし、攻め立てるのをやめたわけではなく、そのまま素早くカナディアン・バックブリーカーへと移行。相手の背骨と肋骨を、折れない程度に痛めつける。

「〜〜〜〜〜〜っ!!!」

「思い知れ。誰にも飲まれることなく、儚くもフローリングの床に散ったビールの怨念を! そして思い知れ。ハイペリアが誇る究極の格闘技、プロレスの恐ろしさを!」

柳也はそう叫ぶと、アスコムの身体をマット……もとい、詰め所の床へと叩きつけた。

奇襲となった最初の右ストレート、拷問技のカベルナリア、バックブリーガーを受けて、アスコムはまさしく青色吐息といった様子だ。ヒューヒュー、と呼吸が荒い。

柳也はそんな彼を容赦なく持ち上げた。頭を地に、足を天へと向けて。

「ブレンバスターだ!」

柳也はそのまま一気にアスコムを床に叩きつけた。グシャリ、と何やら不吉な音がしたが、それは気のせいということにしておこう。

アスコムの顔面は哀れ自分のぶちまけた黄金水の池へと沈んだ。そのまま、ばたり、と倒れてしまう。

その場にいるすべてのスピリットが茫然と見守る中、ダウンの音はやけに大きく響いた。

詰め所には一瞬、静寂が訪れた。

プロレスならば必殺の一撃が華麗に炸裂し、熱を帯びた歓声の上がる瞬間。しかしプロレスの会場と違い、スピリットの詰め所は、しぃん、と静まり返っていた。

「貴様によって散ったビールの……麦達の恨み、そして飢餓で苦しむ全世界八億人の怨念を知れ」

静穏を保つ空気を、柳也の呟きが震わせた。

眼光鋭い三白眼は、赤い炎を灯していた。

 

 

「あ〜あ〜、こんなんしちまってぇ」

アスコムに思う存分プロレス技を叩き込んだいくらか溜飲を下げた柳也は、ビールのこぼれた床を見て情けない溜め息をこぼした。

「せめて上澄みのところだけでも飲めないもんかねぇ……?」

もともとこのビールはセリアに与えられた物だったのに、柳也は我がことのように、がっくり、と肩を落とし、陣羽織の裾で床を拭った。士官の身分を表す戦装束は、みるみる水分を吸って変色していく。

その光景を見て、それまで柳也による一方的な拷問の様子を茫然と見続けていた赤スピリットの一人が、はっ、と正気を取り戻す。

彼女は慌てて柳也の背中に声をかけた。

「い、いけませんエトランジェさま! エトランジェさまのようなお方がそのようなことをなさるなんて。そのような雑事はわたし達が……!」

「ん? でも、アルコールは染みになるとなかなか取れないし、早く拭いとかないと」

スピリットにとってはエトランジェも人間と変わらない。人間にそんな雑事を任せるなどもってのほか、と思っての発言だったのだろう。

しかし返す柳也の言葉はまったくの正論で、加えて「水拭きするからバケツと雑巾な」などと指示を下されては、赤スピリットは何も言えなくなってしまう。

スピリットにとって人間の言うことは絶対だ。目の前のエトランジェが進んで水拭きしようとし、そのための道具を所望しているとなれば、その求めに応じなければならない。

「……わかりました」

何かと思うところはあったろうが、とりあえず赤スピリットは柳也の求めに応じて食堂を出た。どうやら食堂にはバケツと雑巾のセットは置かれていないらしい。

赤スピリットが立ち去った直後、柳也は不意に強い視線が背中に突き刺さるのを感じ、そちらを振り返った。

片膝を床に着けた姿勢からたたずまいを直したセリアが、自分のことを見下ろしていた。

まるで親の仇を見るかのような冷たく、そして強い眼差しが、柳也の双眸を侵入する。

「助け舟を、出してくださったおつもりですか?」

「ん……さぁ、どうだろう?」

柳也は曖昧に呟いて肩をすくめた。

「情けない話だが、さっきまでの俺は冷静じゃなかたからな。そういう同情心とか、憐憫の心とか、あったかも知れないし、なかったかも知れない」

「…………」

「あ、でも、食べ物を粗末にするような輩が許せない、っていうのは本心だぞ?」

柳也は渋面を作り、口調に怒りを滲ませて言った。

「ちゃんと日々の糧に困らない立場にあるのに、食べ物を粗末にするような奴は人類の敵だ!」

憤然と言い切った柳也の脳裏では、故郷日本での貧困との戦いが思い返されていた。

柳也とセリアはしばし無言で見つめ合った。

セリアは男の言葉が本心からの発言なのかどうか見極めるべく、柳也は女の眼差しに宿る憤りの所在がどこにあるのかを見極めるべく、両者は互いの瞳を視線で犯した。

――助け舟を出されてそれを喜ぶではなく、むしろ不快に感じている。……セリア・ブルースピリット、どうやらかなりプライドの高い人物のようだな。

柳也は得心した様子で小さく頷いた。

黒炭色の瞳に映るセリアもまた、何を納得したのか、小さく頷いた。

二人が放つ異様な雰囲気にあてられてか、回りを取り囲むスピリット達は何ら発言を出来ないでいる。

緊張の沈黙を破ったのは、一度は食堂を立ち去った赤スピリットだった。

「あ、あの……」

柳也の指示通りバケツと雑巾を持って戻ってきた彼女は、食堂に漂うただならぬ空気を察したか、入り口のところで立ち止まったまま、おずおず、と二人に切り出した。

最初に柳也がその存在に気付き、ついでセリアがそちらを振り返った。

自分達の視線の対決が話しかけづらい雰囲気を作っていることを自覚していた柳也は、赤スピリットに向けて、にっこり、と愛想笑いを見せる。

「ん? ああ、ありがとう」

柳也は赤スピリットの入室を促した。

しかし、しばらく待っても赤スピリットは食堂に立ち入ろうとはしなかった。

「どうした?」

「いえ…あの……」

赤スピリットの少女は柳也とセリアの顔を交互に見比べてから、やがて視線をセリアへと固定した。どうやらバケツと雑巾を取りに行く間に、セリアに何か用が出来たらしい。

「セリアさんに、お客様です」

「……また?」

セリアが不機嫌そうに眉をひそめた。もはや、感情を押し殺すことも忘れている。

「いったい今日は何の日? 一日に三人も……」

ただでさえ不機嫌そうだったセリアの口調にさらなる憤慨が混ざり始め、柳也は慌てて口を挟んだ。

「それで、相手は?」

「それが……」

柳也の言葉に赤スピリットが来訪者の名前を告げようとした次の瞬間、彼女の背後から、小柄な影が姿を現した。柳也にとって、あまりにも見慣れた人物が、そこに立っていた。

「ん……わたしだ」

シュタ、と、その人物が片手を挙げて挨拶をした。

「…………」

「…………」

柳也が、言葉を失った。セリアも言葉を失った。いや二人だけではない。二人を取り囲む他のスピリット達も、言葉を失っていた。

やって来たのは、この場においては絶対に見ることの出来ないはずの人物だった。

「……うぇ? アセリア?」

柳也は茫然とした表情でその名を呟いた。

食堂の入り口には、ラキオスの蒼い牙の異名を取る最強のブルースピリット、アセリアが立っていた。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

本日三人目の来訪者を迎えたラセリオ方面第一大隊第二詰め所の食堂では、三人の男女が食卓を囲んでいた。うち二人は言うまでもなく柳也とセリア、そして上座に座っているのは、ラキオス最強の青スピリット、アセリアだ。

「……ん。すごく美味しい」

「そうか。美味いか」

来客用にと差し出された紅茶を一口飲み、アセリアはほとんど表情を動かさぬまま呟いた。心なしかその口調が、うっとり、として聞こえたのは、柳也にしか聞こえない幻聴だったか。

続いて、茶菓子のクッキーを一口パクリ。途端、僅かに頬の筋肉が緩んだように見えたのは、柳也にしか見えない幻覚だったか。

「……甘い」

「そうか、甘いか。……じゃなくて」

「それで、どうしてアセリアがここにいるのよ?」

なかなか来訪目的を切り出さないアセリアに、セリアが苛立ち混じりに問うた。

ただでさえ睡眠時間を削られている上に、ここにいたって三人目の来訪者である。声には張りがなく、表情には疲れが宿っていた。

セリアの疑問は、同時に柳也が抱いた疑問でもあった。

左手首のModel603.EZM3が示す時刻は午前十一時。本来ならばこの時間、アセリアはラキオスで訓練にいそしんでいなければならない。

しかしそのアセリアは、いまこうして王都から遠く離れたラセリオの地で、悠然と茶を喫している。これはいったいどういうことなのか。

セリアから質問を受けたアセリアは、ティーカップを口元に持っていったまま、少し考え込むような仕草を見せた。とはいえ、普段感情表現の少ないアセリアだから、本当にセリアの質問に対する答えを考え、まとめていたかどうかは定かでない。

やがてアセリアの水色の目線が、柳也の方を向いた。

「……今朝の訓練の時、リリィにリュウヤがここにいると聞かされた」

「うん。それで?」

「それで、思い出した」

「何を?」

「ラセリオにはセリアがいる」

「はぁ……?」

アセリアの口からその名を聞かされ、柳也は目を丸くして対面に座る青スピリットの少女を見た。

「……二人は知り合いだったのか?」

「そこまではお調べにならなかったのですか?」

「いや、二人が同期だってことは知っていたけど……」

「わたしとアセリアは、同じラセリオの出身で、幼い頃はここで一緒に訓練を受けたんです」

セリアは詳しく説明するのも億劫だとばかりに、言葉短く切り上げた。

なるほど、つまりSTFに所属する青スピリットの全員がここラセリオの出身だったわけだ。のみならず、目の前のセリアもまたラセリオの生まれだという。

青スピリットの出現率の高さとラセリオという土地との間には何か因果関係があるのか、本格的に調べてみたら、面白い研究課題かもしれない。

アセリアはついでセリアへと目線をやった。

「リュウヤがラセリオに行ったら、セリアと会うかもしれないと思った」

「だから?」

セリアは焦れたように早口で問うた。なかなか本題を切り出さないアセリアの物言いに、苛立ちを覚え始めているようだった。

「二人に伝えたいことがある」

アセリアはあくまでもマイペースだ。セリアの口調に苛立ちが含まれていようがお構いなしに、淡々と言葉を継いでいく。もっとも、柳也はもとより、同郷同期のセリアもまた、アセリアのこの個性的な口調には慣れている。苛立つことこそあれ、それ以上、腹が立つことはなかった。

アセリアの目線が、再び柳也とセリアとを交互に捉えた。

彼女にしては珍しく、言葉を選ぶような沈黙を挟んだ後、薄い唇がゆっくりと開く。

「二人とも誤解しないでほしい」

『誤解?』

奇しくも、柳也とセリアの声が同時に重なった。

思わず対面に据わった互いの顔を見合わせてしまう。

はて、自分達に誤解しないでほしいとはどういうことなのか。そもそも、いったい何を誤解するというのか。

アセリアの言う『誤解』の意味について首をかしげること約二秒。いくら考えても答えの出ない二人は、答えを訊ねるべくまた同時に口を開いた。

しかし、二人の疑問が音となるよりも早く、アセリアの言葉が彼らの耳朶を打った。

「リュウヤ……」

「ん?」

「セリアは照れ屋だから」

「……はい?」

「なっ!」

再び、柳也とセリアの声が重なった。

突如として告げられたアセリアの人物評価に、柳也もセリアも、茫然とした声を吐き出す。

アセリアは続けた。

「セリアは責任感が強くて、警戒心も強い。しかも、照れ屋」

「ちょ、ちょっとアセリア! あなた、何を言って……」

「でも、本当のこと」

「うっ……」

思い当たる節があるのだろう。アセリアのストレートな評価に声を荒げたセリアだったが、真っ直ぐな眼差しで見つめられ、たちまち続ける言葉を失ってしまう。

「だから、初めて会うリュウヤに変な態度を取るかもしれない」

「……あなたがそれを言うの?」

セリアが疲れた溜め息とともに小さく呟いた。

しかしその声は少女の耳まで届かなかったか、アセリアは何事もなかったかのように、相変わらずの無表情で、柳也の顔を見据えた。

「でも、本当は良い奴だから。……だから、誤解しないでほしい」

「…………」

柳也は、思わず茫然としてしまった。

見れば、対面に座るセリアも同じように唖然としている。

まさかアセリアの口からこんな気の利いた台詞が聞けるとは、思ってもみなかった。

柳也の知る限り、アセリア・ブルースピリットは自分にも他人にも関心の薄い娘だったはずだ。柳也に対しても、第一詰め所で一緒に暮らしていた時でさえ自分からは積極的に関わろうとせず、訓練と食事の時以外で顔を合わせることは滅多になかった。

そのアセリアが、他人のことでこうも言葉を重ねるとは……なんとなく、二人の絆の強さを見せ付けられた気分だった。どうやらアセリアとセリアの関係は、ただ同郷出身の幼馴染というわけではないようだ。

アセリアはさらに目線をセリアの方へと向けた。

「それから、セリア」

「え、ええ」

アセリアの言葉に唖然としていたセリアは、その声に、はっ、と正気を取り戻した。

柳也もまた己の頭の中に広がる思考の海からアセリアへと意識を向ける。

「リュウヤは軟派男だから」

「うぉい! いきなりそれか!?」

無表情に紡がれたアセリアの一言に、柳也が声を荒げた。

対面に座るセリアの自分を見る視線が、以前にも増して冷たくなったような気がした。

「ん。リュウヤは女好きで、いやらしい男。いつもエスペリアの胸や尻を見ている。……時たま、オルファのも見てる。だから、きっとセリアのことを口説こうとする」

「やっぱり」

「いや、やっぱりって……」

蔑むような眼差しを叩きつけられ、柳也はがっくり肩を落とす。

初対面のセリアから軽蔑の視線を向けられたこともショックだったが、アセリアからそんな風に見られていたと知って、ますます心が痛かった。もっとも、アセリアの言っていることはすべて事実なので、反論の余地はないが。

しかしそれにしても、と柳也は落ち込む気持ちを払拭して、アセリアの顔を見つめる。

自らは積極的に関わってこようとしない彼女だが、こんな人物評価が出来るほどに、自分のことを見ていたとは……。自分に対して、少しは興味を持ってもらえていると知って、柳也は胸の内にくすぐったいものを感じた。

嬉しさに、自然と頬がにやけてくる。

しかし次にアセリアが紡いだ言葉は、柳也にいま以上の衝撃と歓喜を与えた。

「でも、リュウヤは信頼出来る男だから」

次の瞬間、柳也の顔から、一切の感情が消えた。

発するべき言葉をも見失い、ただただ、アセリアの顔を見つめ続ける。

表面上は静かな変化だった。だがその胸の内では、今日一番の驚きと、今日一番の喜びとが、彼の心臓を交互に叩いていた。

柳也は胸の高鳴りが激しくなっていく己を自覚した。戦いの前にも似た、いやそれ以上の高揚が、柳也の心を掻き乱していた。

――信頼、出来る? 俺が? アセリアから見て?

嬉しい、と、素直に思った。

ラキオスの蒼い牙。最強の青スピリット。赤子のように無垢で、恐ろしいほどに純粋な女の子。

そのアセリアから、認められた。

そのアセリアから、信頼出来る男と評価された。

男として、剣士として、これ以上の名誉があろうか。これ以上歓喜するべきことがあろうか。

この世界に投げ出されてから、様々な人間から高い評価を受けた。その度に自分は与えられた評価に喜び、自分の行動に誇りを感じてきた。しかしそのいずれもが、いま感じている喜びには遠く及ばない。

身体の中の最も奥深いどこかから込み上げてくる喜びを噛み締め、柳也は笑いを堪えるのに、必死だった。

ちょっとでも気を抜くと、すぐにでも顔がとろけてしまいそうだった。

気をまぎらわそうと柳也はセリアへと目線を転じた。

対面に座る彼女は、茫然とした様子で故郷を同じとする戦友のことを見つめていた。

アセリアの水色の瞳が、自分とセリアを静かに映した。

「だから、リュウヤも、セリアも、相手のことを誤解しないでほしい。……それだけ、伝えたかった。伝えないと、喧嘩になると思った」

「…………」

アセリアはそう呟いて、自らの話を切り上げた。

柳也とセリアは互いに顔を見合わせた。アセリアから認められたという喜びも束の間、嫌な予感がした。

おそるおそる、といった口調で、柳也が訊ねる。

「ええと、アセリア? もしかして、それ俺達に伝えるためだけに、わざわざ、ラキオスからラセリオまで?」

「ん。飛んできた」

「…………」

「喧嘩はいけない」

柳也の質問に、アセリアはゆっくりと呟いた。

不意に柳也は眩暈を覚えた。ちなみに、ラキオスからラセリオまでは約六十キロある。

「飛んできた」とはかつてオルファがラースから戻ってきた時に使った弁だが、アセリアのことだ。本当にハイロゥを広げて飛んできたのだろう。

眉間に皺を寄せ、米神の辺りをピクピクと動かしている柳也から何か感じ取ったか、アセリアが言葉を継ぐ。

「リュウヤの心配はわかる。でも大丈夫だ」

「何が?」

「ちゃんとユートの許可は取った」

「隊長のお墨付きだぞ。どうだ?」とばかりに、アセリアが胸を張った。……張ったような、気がした。

柳也は「そうか」と呟くと、苦笑をこぼした。

まったく、この娘ときたら、猪突猛進というか何というべきか。思いついたら即行動というその態度は、呆れを通り越して賞賛にすら値する。

見れば、目の前のセリアも同じように苦笑を漏らし、アセリアのことを見つめていた。その胸中に渦巻く思いは、やはり自分と同じ感情なのか。

柳也は、そしてセリアは、アセリアの瞳を見つめた。

アセリアの言葉や行動はいつも真っ直ぐで、嘘偽りがない。

駆け引きも打算もなく、ただ思ったことを口に出し、行動する。

まるで子どものような行動だが、だからこそ他者の心を強く打つ。

自分や、対面に座るセリアのような、駆け引きを知り、打算を知り、人の心の穢れを知る者の心に、強く響く。

柳也とセリアは、互いに顔を見合わせた。

スピリットだの、エトランジェだのと拘り、腹の探り合いを続けていた自分達が、馬鹿馬鹿しく、ひどくちっぽけな存在に思えた。

羊は、自らが羊だと自覚した時に、初めて強くなる。

己の狭量さを思い知った二人の心は、むしろ軽やかだった。

やがて二人は、同時に微笑んだ。

「……そうだな」

気が付くと、柳也はそう呟いていた。

「アセリアの言う通りだ。セリアは良い女だな。……まだ会って間もないが、なんとなくそんな気がしてきた」

「そうね。……アセリアが言うのだから、きっとそうなんでしょうね」

「ん。そうだ」

自分の意見に同意した柳也達の言葉に、アセリアが満足げに頷いた。……頷いたように、見えた。

 

 

――同日、昼。

 

ラキオス王直筆の滞在許可証を携えた柳也と、STFの隊長とはいえエトランジェにすぎない悠人の許可を得ただけのアセリアとでは、その立場に大きな差がある。

伝えるべきことを伝えたアセリアは、そぐさまラキオスへ向かって羽ばたいていった。

ラキオスへと帰るアセリアを見送った柳也とセリアは、再び例の物置部屋へと移動した。

「……正直、驚きました」

部屋の戸を閉めるなり、セリアは開口一番そう言った。

先に入室し、胡坐を掻いていた柳也は、その言葉に「ん?」と、小首を傾げる。ちなみにいまの彼は士官用の陣羽織を羽織っていなかった。床に撒かれたビールを拭った陣羽織は、案内役の緑スピリットが洗濯してくれるとのことで、いまは手元にない。

セリアは相変わらずの冷たい、しかしアセリアが顔を出す以前と比べれば明らかに質の異なった視線を柳也に向けた。

「あのアセリアが、ああも他人のことを高く評価するなんて」

「ああ…。あれは、俺自身驚いている」

柳也は穏やかに笑って言った。

「付き合いの短い俺の知る限り、アセリアは自分にも他人にも関心の薄い娘だと思っていたからな。あの高評価は予想外だった」

「付き合いの長いわたしの知る限り、あの娘は自分にも他人にも関心の薄い娘です。ですが、人を見る目だけはしっかりしています。あの娘がそう言うのですから、多分、そうなんでしょうね」

セリアはそこまで言って、クスリ、と、本当にかすかではあったが、微笑を漏らした。

しかしすぐに表情を引き締めると、柳也のことを見据えた。

「……アセリアはああ言っていましたが、わたしはまだ、リュウヤさまのことを信頼出来ません」

セリアは毅然とした態度で言い切った。

柳也は胡坐をかいた姿勢ながら、背筋を伸ばし、相手の話を聞く態勢を作る。

セリアは言葉を続けた。

「あの評価はわたしが見て、下した評価ではありません。いくらアセリアの目が肥えているといっても、その目だって曇ることもあるでしょう。わたしはまだ、あなたのことをほとんど知りません。ですから、あなたを信頼することは出来ません」

セリアは今朝、柳也と初めて言葉を交わした時と同じように、冷たい一言を叩きつけた。

しかし今回は、それで終わりではなかった。

「ですが……」と、セリアの言葉は続いた。

「ですが……信頼は出来ませんが……信用はしていいと、判断します」

セリアが静かな、しかし強い決意を宿した語調で言い切った。

視線と視線が、ぶつかり合う。

炎を宿す黒炭の双眸と、サファイアの瞳とが、激しく交錯する。

やや間を置いて、柳也がゆっくりと頷いた。

「……いまは、それで十分だ」

その言葉を受けて、セリアもゆっくりと頷いた。

「お話します。このラセリオにいた頃のネリーのこと。シアーのこと。それから……」

セリアはそこで一旦言葉を区切ると、明らかな嫌悪を舌に乗せ、吐き捨てるように呟いた。

「あの男……オージー・パレスについて」

 

 

――同日、夜。

 

STF発足に伴って開設されたラキオス第二詰め所の洋館は、詰め所の管理者を含めその定員を最大一四人としている。二階建ての建物の一階には十二畳の士官室が一部屋と八畳一間の個室が三部屋あり、二階には同じく八畳の個室が六部屋、十二畳の共同部屋が二部屋ある。

詰め所の管理人であり、第二詰め所唯一の士官である柳也を除くスピリットのみなは、二階の各部屋を各々の生活空間としていた。

階を明確に分けて暮らしているのはエスペリアの発案によるもので、曰く、

「仮にも複数人の男と女が一つ屋根の下で暮らすのですから、これくらいの配慮はして下さい」

とのこと。柳也としてもこの意見に異論はなく、彼は詰め所の管理者でありながら、用のない時は、基本的に二階には立ち寄らないようにしていた。

二階の八部屋では、このうちヒミカとハリオン、ヘリオンの三名が個室で暮らし、ネリーとシアーの二人は十二畳の共同部屋で一緒に暮らしていた。

個室の数に余裕があるにも拘わらず、青スピリットの二人が共同部屋で暮らしているのは、本人達が一部屋での同居を希望したからだ。

そのことについて柳也が二人に理由を訊ねた時、ネリーは笑いながら、

「だってネリーはシアーのお姉さんだから」

と、言った。要するに、二人は姉妹なのだから一緒の部屋で暮らすのは当たり前、ということらしい。

血縁関係の存在しないスピリット社会にあって、ネリーとシアーは姉妹の契りを結んだ稀有な存在だった。やはり同日、同じ場所に、一緒に出現したということが最大の理由だろう。二人は双子の姉妹として周囲から育てられ、姉にはネリーが自ら率先して立候補していた。

奇妙な説得力を孕んだネリーのロジックに柳也も納得し、特に問題らしい問題が起きていないこともあって、部屋割りは各人の自由にさせていた。

訓練後の入浴と夕食を済ませたネリーとシアーは、揃って寝支度を進めていた。

時刻は午後九時半を少し回った時分。江田島にある海上自衛隊の幹部候補生学校の消灯時間が午後十時ということを考えると、決して早すぎる時間ではないが、それでもいささか急ぎすぎているきらいがある。

もっとも、夜の娯楽が極端に少ないファンタズマゴリアの軍隊では、入浴と夕食を終えてしまうと、もうやることがない。特にスピリットは原則として任務外活動を禁じられているため、趣味らしい趣味を持たない者は、本当に寝る以外にすることがなかった。

「……結局、リュウヤさま、帰ってこなかったね」

ベッド・メイキングの手を進めながら、ネリーはいまこの地にいない上官の名を呟いた。

今朝、リリィ・フェンネスの口から柳也がラセリオに向かったという報せがあったのを最後に、彼の動向に関する情報はぱたりと途切れてしまっている。どうやら柳也の帯びた任務はかなり特殊な内容らしく、STF隊長の悠人はおろか、王国の剣術指南役たるリリアナでさえ、特別任務という言葉に首をひねっていた。

「あ〜あ、今日は折角ネリーのくーるな必殺技を見せてあげようと思ったのに」

「お仕事だもん。仕方ないよ」

不満げに唇を尖らすネリーの隣で、シアーが苦笑を浮かべて言った。隊長の不在に延々文句を呟いている姉に向けた眼差しは優しく、そして穏やかだ。

すでにシアーの方はベッド・メイキングを終えていた。

彼女はベッドに腰を沈めながら、続けて言う。

「必殺技は、また今度見てもらおうよ」

「むぅ〜……」

ネリーはなおも唇を尖らせる。

そんなに件の必殺技を柳也に見せられないのが残念だったのか。いやそうではない。ネリーの本心は別なところにある、と、ベッドに座るシアーは知っていた。

必殺技というのはただの口実で、姉の本音は少しでも長く柳也と一緒にいたい、ということにあると、シアーはネリーの胸中を見透かしていた。そしてそれは、シアー自身にも当てはまることだった。

あの地獄のような五日間の特別訓練以来、ネリーとシアーの中で、桜坂柳也という人物はとても大きな存在となっていた。以前は剣の腕前に長けた女好きのエトランジェの上官という程度にしか見ていなかった二人だが、特別訓練を経て、それは、兵士としても指揮官としても、また人間としても信頼出来る男、という評価へと変わっていた。

たしかに訓練を受けている最中は苦しみもしたし、姉の苦しむ姿を見てシアーも柳也のことを恨みもした。しかし、すべては自分達の身を真剣に想えばこその行動だったと知ると、怒りはたちまち霧散した。

二人にとって、スピリットにすぎない自分達とああも真剣に付き合おうとしてくれた男の存在は、初めての経験だった。

怒りは驚きへと変わり、もっとこの人物のことが知りたいという好奇心を伴った信頼へと変わるのに、時間はあまりかからなかった。

柳也がラキオスからいなくなったのは、二人がそんな風に思い始めた矢先のことだった。

二人は当然これに落胆した。

特にネリーは柳也のことをもっとよく知るための機会が早くも一つ失われてしまったことに不満を感じていた。

「うぅぅ〜……不完全燃焼だぁ」

「ネリー、それ、たぶん使い方間違ってるよ?」

「あれ? そうだっけ?」

化学という学問が進んでいるらしいハイペリアからやって来た悠人達の言葉遣いを真似て呟いたネリーに、シアーが頷いた。

共同部屋の戸がノックされたのはシアーが頷いたまさにその時だった。

「はーい?」と、ネリーが答えた直後、返ってきたのは意外な声だった。

「俺だ。柳也だ。……いま、ちょっといいか?」

「リュウヤさま?」

ネリーとシアーは思わず顔を見合わせた。

ラセリオに行っているはずの柳也がなぜここに居るのか。いったいいつの間にラキオスに帰ってきたのか。他のみんなはこのことを知っているのか。

頭の中を疑問がよぎったのはわずか一瞬のこと。ネリーは待ち人の帰宅に嬉しそうに笑うと、ドアの方へと向かった。自分がいちばんに柳也を出迎えようというのだろう。

そんな姉の行動に苦笑しながら、シアーは「どうぞ」と、ドアの方へ声をかけた。

しかしドアが開いた瞬間、ネリーのにこやかな笑みも、シアーの苦笑いも、掻き消えた。

部屋に入ってきた柳也は、短い付き合いの二人がかつて見たことのない、苦しげな表情を浮かべていた。

普段のおちゃらけた態度や、特別訓練で見せた鬼のような迫力もない。あまりの違いに、二人は茫然としてしまった。

ネリーなどは一瞬、目の前に立つ男が、本当に自分達の知る桜坂柳也なのかと疑ってしまう。

しかし、目の前に立っているのはまぎれもなく桜坂柳也だった。自分達のよく知る、女好きの、信頼の出来る、STFの副隊長だった。

「ネリー…シアーもいるな」

柳也は二人の姿を確認すると、重い吐息をついた。

それから二人の顔を見回すと、彼はシアーの方へと近付いた。

「……シアー」

「な、なんですか?」

返事をするシアーの声には怯えが含まれていた。初めて見る柳也の一面に、完全に萎縮していた。

「それから、ネリーも。……話がある」

「う、うん」

ネリーもいつもとは違う柳也の態度に戸惑いながら頷くと、シアーの隣に並んだ。二人で、一緒のベッドに腰掛ける。

二人の聞く態勢が整ったのを確認すると、柳也は重々しく口を開いた。

「最初に謝っておく。俺は二人に、申し訳ないことをした」

「え?」

「今日の俺のラセリオ行きは、二人の過去を調べるためのものだった」

「っ!」

柳也の言葉に、ネリーの顔が、はっ、と強張った。柳也がシアーの人間恐怖症を治すべく彼女の過去を調べていたことを、ネリーは知っている。なんといっても、いちばん最初に相談されたのが自分なのだから。

他方、柳也が自分達の過去を調べていたことを知らないシアーは目を白黒させるばかりだった。なぜ目の前のエトランジェが、自分達の過去を調べていたのか、その理由も思いつかないに違いない。

柳也はそんなシアーの理解を求めるよう続けた。

「セリア・ブルースピリットから全部聞いた。君達のこと。オージー・パレスのこと。……それから、アリア・青スピリットのこと」

「……っ!」

セリア。オージー。アリア。これらの名前を出した途端、シアーの顔色が変わった。ここにいたって、ようやく柳也の行為の持つ意味を悟ったらしい。

顔からは血の気が失せ、怯えと戸惑いの同居していた表情は一転、悲壮なものへと変わる。揃った両膝は震え、目線は、目の前の柳也を捉えながら、彼を見ていなかった。

いま現在を生きる柳也ではなく、はるかな過去を生きる、誰かを見ているようだった。

「あ……ああ……」

「勝手な行動、本当に申し訳なく思っている」

柳也は表情を変えぬまま言葉を続ける。顔に張り付いた不変の憂いは、激情家の柳也をして能面のような振る舞いを強制していた。

「そして、その上で二人には、これから俺がすることを、出来れば許してほしい」

そう呟くと、柳也は素早く動いた。

直心影流の若き剣士が、己の身体能力の総てを動員しての行動。

シアーも、特別訓練で柳也の動きは見慣れているはずのネリーも、彼の動きを視認することが出来なかった。

「あ……」

「え……?」

二人の唇から、同時に呟きが漏れた。双眸が、茫然と見開かれる。驚愕と困惑の感情が、少女らの頬を赤く染めていた。

ネリーとシアーは、心臓の雄叫びを聞いた。

気付いた時にはもう、柳也の顔は彼女らの頭上にあり、自分達の顔は厚い胸筋の層に押し付けられていた。肩と背中には、丸太のように太い腕が回されている。

左右からは強い圧迫。小柄で華奢な二人の身体は、六尺豊かな大男の両腕の中に、すっぽり、と納まってしまう。

抱擁をされているのだ、と二人が気付くまでに、シアーは数瞬、ネリーはたっぷり三秒を要した。

「え? えぇ?」

「あ、あの……リュウヤさま?」

ネリーが戸惑いの声を漏らし、シアーが訊ねた。

二人とも突然の事態に、先ほどまでの柳也の発言さえ忘れてしまっている。

胸元で、もぞもぞ、と顔を動かし、見上げてくる青い瞳に、悲しみはなかった。

ただでさえ身長差がある上に、ネリーもシアーもいまはベッドに腰を下ろしている。必然、見上げなければ柳也の顔を見られない二人は、そうして絶句した。

二人が見上げたその先で、柳也は泣いていた。

目頭に浮かぶ透明な雫を頬に垂らさんと顔を歪め、震える視線で、ネリーとシアーを見下ろしている。いや目線だけではない。よく見てみると、自分達を抱く腕も、唇から紡がれると息も、すべてが震えていた。

これもまた、柳也が二人の前で初めて見せる顔だった。

「……ごめん」

耳元で囁かれた声は、彼にしては珍しい、掠れたものだった。

両腕で圧迫されながらネリーとシアーは顔を見合わせた。

柳也の口から紡がれた、「ごめん」という単語。それは謝罪の言葉だった。しかしそれは、いったい何に対する謝罪なのか。

「……ごめんなぁ」

柳也の口から、また短い単語がこぼれ落ちた。

いつもの「申し訳ない」ではなく、「ごめんなさい」と、何度も、何度も。男の聞き慣れた、しかし初めて聞く震えた声が、二人の耳朶を打った。

「人間を憎むのも、当然だよな。嫌うのも、当然だよな。……ごめん。ごめんな。全部、俺達人間のせいなんだよな。許してくれなんて、言えないよな」

冷静でない柳也の態度が、二人の思考をかえって冷静にさせた。

ネリーとシアーは、ようやくそこで柳也の謝罪の意味を悟る。

柳也の謝罪は、自分達だけでなく、いまこの瞬間もこの世界のどこかで差別されているスピリット、そして、もうこの世にはいない一人のスピリットに向けられたものなのだ、と。

そしてその確信は、まさしく正鵠を射たものだった。

二人の少女を抱き締め、涙を流して必死に謝罪の言葉を継ぐ柳也の頭の中では、ラセリオでセリアから聞かされた話が何度もリフレインしていた。

 

 

「原因は不明ですが、ラセリオは青スピリットの出現率がラキオス王国で第一位の土地なんです」

セリアの話は、一見本題とは関係ないような切り出しから始まった。

「わたしとアセリア、ネリーとシアーの他にも、多くの青スピリットがこの地で生まれ、この地で訓練を受けて、各地に転属されています」

「ほぉ……じゃあ、セリアはエルスサーオ方面軍のセシリアって青スピリットを知っているか?」

「セシリアと知り合いなんですか?」

「ああ。ってことは、やっぱり彼女も?」

「はい。セシリアもここの出身です。……そして、アリア・青スピリットもそうでした」

「アリア?」

柳也はその名をオウム返しに呟いた。初めて聞く名前だ。いったい何者なのか、と胸の奥で湧いた疑問に対しては、柳也が訊ねるまでもなく、セリアが答えてくれた。

「アリア・青スピリットはわたしとアセリアの後輩で、ネリーとシアーの先輩に当たる娘でした」

「……過去形だな?」

「はい。彼女はもうこの世にはいません」

そう呟いたセリアの口調が、わずかに沈んで聞こえたのは、柳也の気のせいだったか。

もしかしたら仲の良いスピリットだったのかもしれない。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれないと思った柳也は、「申し訳ない」と、言おうとして、口をつぐんだ。

自分を信頼していないと公言してはばからないセリア。信頼もしていない男に同情されても、プライドの高い彼女のこと、余計に傷つくだけだろう。

柳也は努めて平静を装って訊ねた。

「戦死か?」

「いえ。本人も、戦いの中で死ねたのならさぞ本望だったでしょうが……残念ながら、事故死、ということになっています」

「……ということになっている、とは?」

柳也は思わず眉をひそめた。セリアの持って回った言い回しに、むくむく、と疑問がもたげてくる。

「はい。……アリアは、殺されたんです。オージー・パレスに」

柳也の問いに対し、セリアは吐き捨てるように言った。平静を装ってはいるが、瞳にも口調にも、嫌悪と憎悪の感情が滲んでいた。

柳也の表情にも、明らかな険が帯びる。「続けてくれ」と、その先を促す口調にも、険しさがあった。

自身の感情の昂ぶりを抑えるためか、セリアは一度だけ深呼吸をして身体の中の酸素を入れ替えると、口調を元に戻して言った。

「もともとエルスサーオ方面軍の訓練士は古参のマイク・ブリガンスさまでした」

「資料で読んだ。たしか、ネリーとシアーは半年だけ、その人のもとで訓練を受けたとか」

「はい」

セリアは頷いた。

「わたしとアセリア、そしてアリアも、この方の下で訓練を受けました。特別、剣の腕に長けているでもなく、ただ軍歴が長いだけの方でした。ですが、スピリットと同じ職場に就くことへの抵抗が薄い方で、訓練士の任も、その辺りの事情から拝命されたようです。

……この頃のシアーは、人間とも普通に付き合っていけましたし、喋れもしました。いまのシアーしか知らないリュウヤさまには意外かもしれませんが、あの娘は昔、いまのネリーみたいだったんですよ? 逆にこの頃は、ネリーがシアーの後ろにくっ付いて、リュウヤさまのおっしゃるような、人間恐怖症のような状態でした」

「ネリーが、か?」

「ええ。いつもシアーの背中に隠れていました」

古い記憶の糸を一本々々手繰りながら、セリアは過去を懐かしむように言った。

一方の柳也は新たに知ったネリーの一面に驚きを隠せない。あの天真爛漫なネリーが過去には人間を恐れ、逆にあのシアーが、元気一杯の娘だったとは。まさに人に歴史あり、という言葉を実感した気分だった。

「あの頃の二人は……わたしたちは、ささやかではありましたけど、幸せでした。アセリアはその才能を見込まれて、ネリーたちの訓練が始まる前にラキオスへ転属になりましたけど、マイクさまがいた頃は、本当に夢のような日々でした。

当時、ネリーたちは、アリアによく懐いていました。アリアも二人のことを妹のように思っていて、よく二人の訓練に付き合ってもいました。『二人が初めて戦場に立つ時は、絶対にわたしの部隊に入るんだよ』って。まだ小隊長の資格もなかったのに、口癖みたいに言っていましたよ。

……そんな日々を送っていたある日、マイクさまが事故に遭われたんです」

セリアの言葉に、柳也もゆっくりと頷く。マイク・ブリガンスがラセリオの訓練士を解任された理由については、ラキオスを発つ直前にリリィから情報を渡されて柳也も知っていた。

たしか、訓練中に赤スピリットの神剣魔法が森に引火して、その消火活動の際に負った怪我が原因で第一線を退いたとか。

「そうです。そして、その後任として、あの男……オージー・パレスがラセリオに赴任してきたんです。あの男は……妖精差別主義者でした」

「…………」

妖精差別主義。スピリットに対する差別が常識化しているこの世界で、なおその言葉を付けなければ形容出来ないほどの、妖精嫌悪者。一口に妖精差別主義とまとめているが、彼らの中にはスピリットをいたぶることで、精神的な快楽を得る者も少なくないという。

有名なところではバーンライトの猛将トティラ将軍などがそうだが、彼の場合は公私の分別がついている分、まだましだといえる。エルスサーオのギャレットなどは軍務の最中にも露骨にスピリット達への差別をやめなかった。

それまで胡坐をかいて話を聞いていた柳也は、正座へと座り直した。なんとなく、話の先が見えてきた。

「……それからの日々は地獄のような毎日でした。あの男は妖精差別主義者の中でも特に性質の悪い部類で、スピリットに肉体的な暴力を振るうことで精神的な充足感を得ていたようです。

赴任してきて早々、あの男は一人のスピリットを自分の部屋に呼び出しました。その娘は翌日の訓練を欠席しました。……ここまで言えば、何があったのかはわかりますよね?」

「ああ」

柳也は重々しく頷いた。

まったくもって本末転倒な話だ。スピリットを鍛えるための訓練士なのに、逆に使い物にならなくしてどうしようというのか。

しかしそんな論理も、オージー・パレスという男には通用しなかったのだろう。

セリアの言葉は苦々しく続いた。

「あの男はそれから毎日のように、一人ずつ、スピリットを自分の部屋に呼びつけては暴力を振るいました。最初は回復力の高い緑スピリットの、特に年長者が主なターゲットとなっていましたが、あの男はそれだけでは満足せず、次第に他のスピリットにも手を出し、暴力はますますエスカレートしていきました。わたしも、何度か被害に遭っています」

「……その事実を、方面軍の司令官は?」

「勿論、知っていました。ですが、先ほどリュウヤさまもおっしゃった通り、スピリットを訓練出来る人間は貴重です。人格に多少の問題があっても、能力が優先されますから」

セリアは淡々とした口調で言い放つと、不敵な笑みを浮かべた。

最悪の過去そのものを蔑むかのように、唇の端を吊り上げる。

「誰も止めることが出来なかったんです。方面軍司令も、他の兵士も、わたしたちも。オージー・パレスという男に対して、誰もが無力でした。誰も、あの男を止められなかった。だから、アリアは……」

「もしかして、アリアという娘は……」

「はい。あの男の暴力の被害者でした」

セリアは重々しい動作で首を縦に振った。

「オージー・パレスの暴力は激しさを増す一方でした。回復力の未熟だったネリーとシアーにまで、手を出そうとしたんです。二人のことを妹のように思っていたアリアは、オージーさまに嘆願しました。自分の身を差し出す代わりに、二人には手を出さないでほしい、と。アリアだって、本当はその前日に苛められて、消耗していたのに」

不意に柳也は眉をひそめた。

先ほどから耳朶に触れるセリアの透き通るような声。それがわずかに震えているように聞こえるのは、自分の気のせいだろうか。

「その日から、アリアの負担は三倍に増えました。それだけでなく、あの男はその日からアリアを優先的に呼び出すようになりました。人間に意見をしたスピリットとして、睨まれてしまったようです。アリアへの暴力は、わたしたちに対するそれよりもずっと苛烈で、ずっと執拗なものになりました」

「……そんなに、酷かったのか? その……人間に比べたら、はるかに頑丈なスピリットの身体が、壊れてしまうほどに?」

「はい。……リュウヤさまは、無理矢理開いたままの状態にされた目に、松明の火をかざされたことはありますか?」

「あるわけがない。だが、そのあるわけのないことが、ここでは、普通に起こっていたということか」

噛み合わさった柳也の奥歯が、ギリリ、と不吉な音を立てた。

柳也もまたかつては親無しの子として不当な差別に苦しめられた過去を持っている。

程度の差はあれど、いや、程度の差があればこそ、当時のセリアたちが感じた苦しみと怒り、そして心の痛みが、我がことのように理解出来る。当事者の痛み。見ていることしか出来なかった者たちの痛み。守られることしか出来なかった者たちの痛みを。

理解出来るからこそ、我がことのように怒りを覚えてしまう。

理解出来るからこそ、我がことのように悲しみを感じてしまう。

「オージー・パレスが赴任してから四ヶ月後、アリアは死にました。オージーの苛烈すぎる暴力に、マナの回復が追いつかずに消滅してしまったのです。当時の方面軍司令も、さすがにこの事態を黙認することは出来ず、懲戒免職という形で処分を下しました」

「行動を起こすのが遅すぎたな」

「ええ。遅すぎました。司令も、わたしたちも」

セリアは苦渋に満ちた声音で呟いた。

今度こそ、気のせいでも、聞き間違いでもない。

セリアは、かつてあった地獄のような日々と、その結末を思い出して、後悔と、怒りに震えている。あの時、適切な処置を取らなかった人間たち。そして、あの時、オージーを止めることが出来なかった自分たちを、責めている。

「スピリットは人間に逆らってはならない。スピリットは人間を傷つけてはならない。ですが、それでも、わたしたちは止められたはずでした。本当にアリアのことが大切なら、事故に見せかけてでもオージーを殺すべきだった」

「だが、君達はそうしなかった。しかしそれは、君達がこの世界の理に従順だったからに他ならない」

「従順でした。スピリットは差別されて当然。そんな考え方の、奴隷でした」

「その後、ネリーとシアーは?」

「……アリアが死んだ後の二人のショックは大きなものでした。二人ともアリアは自分たちの身代わりになって死んだのだと思い込んで。特に、シアーの塞ぎこみようは酷いものでした」

「シアーが人間を恐れるようになったのは、やっぱりそれが原因か?」

「そうでしょうね。いちばん多感な時期に、身近な人を人間に殺されたのです。そこに、自分の身代わりになって、なんて思い込みが加われば……」

「人間不信にもなるか」

柳也は重い溜め息をついた。

人間不信なだけならばまだいい。シアーの場合は人間恐怖。柳也以外の人間が近付くと怯えて、反射的に剣を振り回してしまうような状態だ。

「悲しすぎるな。救いがない」

「そうですね。……唯一、救いがあるとしたなら、それはネリーにでしょう」

「ん?」

「アリアが死んだ後のシアーの塞ぎようは酷いものでした。一時期はわたしたちスピリットさえ遠ざけたほどです。わたしや、他のスピリットが何を言っても聞く耳持たずで、アリアが死んだのは自分のせいだと、ずっと自分を責め続けていました。

そんなシアーを見て、ネリーは言いました」

「…………」

「自分は、シアーの姉なんだから、自分がシアーを支えてあげなくては、と。もっとしっかりしなくては、と。それからですよ。あの娘がいまのように明るくなったのは」

「そうか……」

柳也は呟くと、改めて姿勢を正した。

正座のまま両手を床につき、ゆっくり、と頭を下げる。

「ありがとう。二人の過去を教えてくれたこと、心より感謝する」

「……情報は力です。わたしはあなたを信用して、この話をしました。言っていることの意味は、わかりますね?」

「ああ」

柳也は上体を起こすと頷いた。もとより、彼にこの情報を悪用するつもりは微塵もない。

真顔で頷いた柳也の瞳を、セリアはしばし見つめた。

黒炭色の双眸に映る強い意思に何か感じたか、今度は彼女が正座のまま、床に手を着き、頭を下げた。

「二人を悲しませないように、お願いします」

礼儀正しく頭を下げるその態度からは、いまは遠いラキオスにいる二人のことを想う気持ちが、ありありと滲み出ていた。

先ほどセリアは、話の中で、アリアはネリーとシアーを妹のように思っていた、と言った。しかしその感情は、セリアも同じく抱えていたものらしい。セリアもまたネリーとシアーの二人を、妹として心配しているに違いなかった。

であればこそ、柳也は胸を張って頷くことが出来た。

「誓うよ。直心影流の剣士として。そして、一人の男として」

 

 

平静な態度で、接するはずだった。

実際、第二詰め所の玄関から二階の共同部屋まで、自分は一切の感情を昂ぶらせることなく移動することが出来た。

しかし二人の部屋の戸をノックして、二人の声を聞いた瞬間、その決意は水泡と帰した。

部屋の扉が開いて、二人の顔を見た瞬間、己の感情を制御することが出来なくなってしまった。

その結果が、これだ。

突如として抱きしめられ、突如として涙声で謝られ、ネリーとシアーは驚いた様子で硬直してしまっていた。

――こんな……。

二人の少女を同時に抱き締めながら、柳也は胸の内で呻いた。

ネリーとシアーの肩は細く、しなやかで、小さかった。

なにしろ、背中に回した両手の先が触れ合うぐらいだ。身長に比しても、小柄な体格といえる。

だがこの世界の妖精差別という常識は、こんな小さな肩にまで重荷を背負わせた。

こんな小さな肩では支えきれぬほどの、暗い過去を背負わせた。

「ごめん……ごめんなぁ……」

謝ったところで、許してもらえるようなことではない。そもそも、当時その場にいなかった自分が謝るなど、お門違いもいいところである。いやそれ以前に、本来この場に連れてきて謝らせるべきオージーは、もう国にはいない。ラセリオでの暴力行為が発覚した後、この男は行方をくらましてしまった。

しかしそれでも、柳也は謝った。謝り続けた。謝らねばならないという思いが、彼の胸を占拠していた。二人に対してだけの謝罪ではない。柳也の謝罪は、過去、この世界で差別を受けたすべてのスピリットに対するものだった。いまこの時、この瞬間、柳也は過去の人間が犯したすべての罪を、謝っていた。許しを乞うていた。

いまや柳也が抱き締めている二人はネリーであり、シアーであり、この世界で生きるすべてのスピリットだった。

そして、柳也は、彼女らにすべての人間に対する、救いを求めた。

「この世界は、君達スピリットにとって、優しくはないかもしれない。この世界の人間は、君達スピリットにとって、悪魔のような存在かもしれない。……でも、信じてくれ」

柳也の脳裏で、幾人もの人達の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。

いまは亡き父と母。しらかば学園の兄弟達。柊園長。セラス。リリアナ。瞬。佳織……。

「すべての人間が、そうではないということを。たった一握りでも、君達のことを真剣に想っている人達がいるということを。人間の持つ、ちっぽけだけど、暖かい、無限大の優しさを」

脳裏に浮かぶ佳織が、何か呟いていた。

実際に姿は見えずとも、また、実際に声は聞こえずとも、その顔も唇が奏でる音色も、鮮明に思い出すことが出来る。幼馴染の少女が、口癖のように言っていた言葉だ。

『人の手が二つあるのは、片手に剣を、片手に真心を持つためなんですよ』

もし、片手で喧嘩をしたとしても、もう片方の手で握手が出来るように……仲直りが出来るように。何かの本の影響を受けた佳織が、昔から口にしていたロジック。

初めて聞いた瞬間、なぜか耳に馴染んでしまったその言葉を、柳也は繰り返し思い出していた。

人は、たしかに剣を持っている。他者を憎み、妬み、疎ましく思い、感情の果てに片手に握った剣を振り下ろす。

しかし同時に、人はもう片方の手に、真心を持っている。他者を愛し、慈しむ、優しい真心を。

人間は、持っているはずなのだ。

「信じて、くれ……」

柳也は、呟いた。

震える両腕に力を篭め、万感の思いを、感情の迸りを叫んだ。

己の持つ、すべての思いさらけ出して、彼は言葉を紡いだ。

 

 

どれくらいの間、そうしていただろうか。

左腕の時計で時間を確認する余裕もない柳也の背中を、不意に、小さな手が、そっ、と撫でた。

自分以外の者の手による握力を感じた彼は、両腕に篭めていた力を僅かに緩め、腕の中の二人を見下ろす。

背中をさすってきたのはシアーだった。圧力から解放された彼女は顔を上げると、水色の眼差しを真っ直ぐこちらへと向けてくる。涙でうすらがすむ視界の中、映じた表情は、微笑んでいるようにも見えた。

シアーの小さな唇が、慎ましやかに動いた。

「信じます」

それはひどく小さく、儚げな呟きだった。

しかしその言葉は、柳也の耳に、胸に、心に、たしかに響いた。

「信じます。……だって、そう言ってくれるリュウヤさまは、信じられるから」

「……ありがとう」

万感の思いが、胸の奥底から込み上げてくる。

寸でのところで堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。

ふと気が付けば、左胸に冷たさを感じた。

拘束を緩めてもなお己の胸に顔を押し付けているネリー。彼女もまた、声を押し殺し、泣いていた。

柳也はそんなネリーを、そしてシアーを、もう一度力強く抱き締めた。抱き締めた手で、同時に頭を撫でた。指に絡む青い髪の質感が、心地良かった。

「……これからは、俺も守る。シアーのことも。それから、ネリーのことも。俺が守ってみせる」

髪を梳きながら、柳也は二人の耳元で囁いた。

状況の流れとその場の空気から自然と口に出た言葉、ではない。

ラセリオからラキオスに帰還するまでの間、ずっと考えていたことだった。

ネリーとシアーのために、自分は何が出来るのか。何をしてやれるのか。

距離にしておよそ六十キロの道程を歩いて出した答えを、柳也は呟いた。

「俺が、二人を守ってやる」

強い決意の言葉は、有限世界の夜空に吸い込まれていった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、コサトの月、青、ひとつの日、朝。

 

その日のSTFの午前の訓練は悠人と柳也、さらにはリリアナ・ヨゴウまでもが不在のまま始められた。つまりはSTFの隊長と副隊長、そして王国の剣術指南役という、錚々たる顔ぶれが欠席しているわけである。

なぜこの三人がいないかというと、毎週、週の始めに開かれる定例会に出席するためで、午前の訓練は、セラス・セッカとキード・キレの二人が師となって行っていた。

野外訓練場の一画では、剣戟の音が絶えず響いていた。

技の片手剣と力の両手剣のぶつかり合い。

ロングソードを巧みに振り回すのは騎士セラス・セッカ。

そして、ナックルガードを備えた両手剣を操るのは、シアー・青スピリットだった。

「それ、もっと腰を据え、前へ踏み出して打ち込んでこい! でなければいかな豪撃も私には届かんぞ!」

一合、二合と迫る斬撃をロングソードで受け止めながら、セラスが檄を飛ばす。

対するシアーは叱咤の嵐を素直に受け入れ、自分の動きに取り入れては挑戦、修正を繰り返した。

「そうだ! だいぶ良くなってきたぞ」

持ち味たる繊細な太刀筋を少しも欠くことなく、以前よりも僅かではあるが大胆になったシアーの斬撃に、セラスは満足げに叫ぶ。

豪撃を受け止める白刃の下、陽光に照らされたその表情は晴れ晴れとしていた。

 

 

――同日、朝。

 

週始めの定例会が始まる二時間前、柳也は例によってダグラスの執務室で通産大臣と密談を交わしていた。

例によって見た目は一流の三流品ソファに腰を下ろした柳也の対面には、ダグラスが座っている。柳也の左隣にはリリィ腰掛け、そしてダグラスの隣にはラキオス王が……座っていなかった。

国王は今朝から別な案件で立て込んでいるらしく、密会の場には姿を見せなかった。

「まずはこれを読んでください」

柳也は和式に綴った書類の束をダグラスに手渡した。以前、エルスサーオでの防衛任務から帰還したその日に、ラキオス王らに提案した“リュウヤ改革”について、それなりに案を練った資料だ。

「新しい訓練士の獲得についてはダグラス殿達に任せるとして、ハイペリア式戦術の採用、教育を始めとした軍制度の見直し、スピリットの待遇改善の三点について、主にまとめてきました。それから、軍政以外の内政についても、私なりにちょいと意見を書いておきました。詳しくは中身を参照してください」

「うむ」

ダグラスは頷くと資料を読み始めた。

和式の本として綴じた資料は一ページ目に目次が、二ページ目以降に具体的な内容が書かれている。この資料を作成するにあたって、助手役のリリィにはたいへん世話になった。

ページを捲りながらダグラスは、時折「ふむ」とか、「ほぅ」とか、呟きを漏らした。

本を読む時に口を動かすタイプらしく、その回数と声音が、感心の度合いを測る物差しとなる。

「ほぅ……参謀教育に法律を三〇時間加えるか。……なるほど、戦争を始めるにしても、開戦の際にはある程度の手続きがあるな。戦争をやめる際もそう。そのやり方を知らないのでは、参謀とはいえない」

「はい。戦争の始め方も終わり方も知らなかったせいで、戦いが長期化・泥沼化して、結局、国も民も疲弊しきった戦例が、私の世界にはいくつもあります。それを踏まえて、参謀教育に法律課の開講を提案しました」

「ふむ。面白い」

ダグラスがニヤリと笑って、次のページを捲った。

と、不意にその指先が止まってしまう。

見れば資料に落とした目線は細く、顔の筋肉は硬化していた。

柳也は眉一つ動かさずに「いかがしました?」と、訊ねた。ダグラスがページを捲る手を止めた項目。彼はそれに心当たりがあった。というより、その項目はそうなるよう、あらかじめ計算して書き加えたものだった。

「リュウヤよ……」

ダグラスの冷たい声が、柳也の耳朶を打った。

「この、スピリットの待遇改善の項にある、『勲功を上げたスピリットに対しては勲章を授与する』というのは、どういうことだ?」

「何か問題でも?」

苦々しく呟いたダグラスとは対照的に、柳也は平然とした態度で聞き返した。

風見鶏の異名を取る通産大臣は、「大有りだ」と、続ける。

「お前もわかっているだろう? 勲章の授与は軍人に与えられた特権だ。スピリットにもこれを認めるということはつまり……」

「スピリットを、人間の兵と同列に扱うことを意味する」

柳也は淡々とした口調で言い切った。

これを聞いたダグラスは、親子ほども年の離れた若武者に対して苦い眼差しを向ける。目の前の青年がその一文を確信犯的に資料に記載したことに気付いたためだ。

ダグラスは長い溜め息をひとつついてから言う。

「この次のページにある、『スピリットに対して人間新兵の四割の給与を支給する』というのもそうだ。スピリットは無料奉公が基本。たとえ金額に格差をつけようと、給与を支給した時点で、スピリットと人間の垣根は低くなってしまう」

ダグラスは一旦そこで言葉を区切ると、リュウヤを睨んだ。

「リュウヤ、お前はスピリットと人間の差をなくすつもりか?」

「ああ。そのつもりだ」

ダグラスの問いかけに、柳也は毅然とした態度で言い切った。

異世界からやって来たエトランジェのあまりにきっぱりとした物言いに、ダグラスは思わず絶句してしまう。

柳也の発言は、有限世界を支配するスピリット差別という常識に対する宣戦布告も同然だった。そしてそれは、この世界に生きる圧倒的大多数の人々に対して、喧嘩を売ったといっても過言ではない。

「お前は、自分の口にした言葉の持つ重大さがわかっているのか?」

ダグラスが思わずそう訊ねたのも当然だった。

柳也は自分の発言の持つ意味に気付いていないのではないか。この世界そのものに対し宣戦布告をしたにしては、目の前の男の態度はあまりにも平然としすぎていた。

しかしダグラスの憂慮に反して、柳也は己の発言が持つ意味合いを重々理解していた。

理解した上で、彼は風見鶏に向かって言った。

「この世界の住人にとって、俺の言葉がとんでもない発言だっていうのは理解しているつもりだ。その上で、俺は本気だぜ? 本気で、この世界のスピリット差別と戦うつもりだ」

「リュウヤ改革はその嚆矢だ」と、柳也は続けた。

「俺がラキオスを勝たせてやる。そして俺は、勝ったこの国の治世の下で、スピリット蔑視の思想と戦う」

「以前、スピリットの待遇改善を口にした時は、そこまでは求めていなかったな」

「あの時はあの時、いまはいま、さ」

あの時の自分と、いまの自分は違う。あの時は知らなかった。この世界の現実を、いまの自分は知ってしまった。

柳也は呟くと、屈託のない笑みを満面に浮かべた。

もう二度と、この世界にネリーやシアーのような境遇の娘らを作らせないために、と。

ネリーとシアー、そしてスピリットたちを守る、という昨晩の誓いを果たすために、と。

決意に満ちた笑顔が、初老の通産大臣の頬を撫でた。

柳也はさらに笑顔のまま続けた。

「勿論、この改革案を採用するか否かは、陛下の判断に任せるつもりだ。いやそれ以前の問題として、この資料を陛下に提出するか否か、すべての判断はダグラス殿に任せるよ」

「……私がこの資料を、陛下に提出しなかった場合は?」

「その時はその時で、別な手段を考えるさ。すべてのスピリットが、幸せになれるような案を、な」

柳也はそう言うと両腕を組み、ソファーに座り直した。

自分から話すことはもう何もないと、いわんばかりの態度だ。

しばしの沈黙が、執務室に訪れた。

ダグラスは柳也の目を見つめ、柳也はダグラスの目を見つめた。

ややあって、ダグラスがひとつ、長い溜め息をこぼした。それから彼は、感心と呆れが同居する疲れた口調で、言葉を紡いだ。

「お前自身口にした通り、この案を採用するか否か、すべての決定権は陛下にある。仮に私がこの資料を陛下に届けたとして、説得する方便は用意してあるのか?」

「無論」

「そうか」

ダグラスはひとつ頷くと、懐からメモと携帯用のインク、そしてペンを取り出した。

ペン先をインクに浸しながら、ダグラスは言う。

「ならばその説得のロジック、私にも教えろ」

「ダグラス殿?」

ダグラスの真意を測りかねたか、柳也は怪訝にその名を呼んだ。

「本気で陛下を説得するつもりならば、お前一人でやるよりも、私も一緒にやった方が成功率は高いだろう?」

「そりゃあ、風見鶏が説得に加わってくれるというのなら心強いが……でも、いいのか?」

「ああ」

ダグラスは不敵に笑った。

「これがあのユートの口から聞かされたのであれば断りもしただろうが、他ならぬお前からの頼みだ。ここで守護の双刃のリュウヤに、貸しを作っておくのも良かろう」

「……これはまた、大きくつきそうな借りだな」

柳也は口元に苦笑をたたえながら頬をかいた。情け容赦を知らないマキャベリスト、風見鶏のダグラス・スカイホークに借りを作ってしまったのだ。この利息は、どれほど大きく膨らむだろうか、想像しただけで、背筋を冷たいものが突き上げる。

その時、柳也の頭の中に、不意にある考えが浮かんだ。それは以前から常々疑問に思っていたことで、ダグラス以外に答えを持たぬ質問だった。良い機会だし、この際訊いてみるべきか。

柳也は苦笑いを引っ込めると、真顔で問うた。

「……前々から思っていたんだが、ダグラス殿はどうしてそんなに俺のことを買ってくれるんだ?」

「む?」

「だってそうだろう? 他の案件ならともかく、スピリットの待遇改善のことで、俺に協力してくれるなんて……。下手をすれば、ダグラス殿自身の立場を危うくしかねないんだぞ? その危険を冒してまで俺に協力してくれるっていうのは、誰がどう考えたっておかしいだろう?」

いまはダグラスの手元にある資料に書かれていることは、有限世界の国家の根底に根ざすシステムに対する挑戦だ。下手をすれば国家反逆罪ものの禁忌である。

その禁忌に挑戦しようとしている自分を支援してくれるダグラス。彼はいったい何を考えて、こうも自分を買ってくれるのか。

初めてダグラスとこの部屋で顔を合わせた日からの疑問を、柳也は訊ねた。

そして、その問いに対するダグラスのレスポンスは、柳也が予想していたよりも数秒早く返ってきた。

「別におかしなことではあるまい。スピリット差別の考え方がなくなれば、我が国軍はより強力な部隊を獲得することが出来る。これは王国の国益にも取ることだ。リスクを冒す価値は十分あるだろう?」

「まぁ、それはたしかに……」

「それに……」

ダグラスは一旦そこで言葉を区切ると、ニヤリと笑った。

「私は個人的に、リュウヤ・サクラザカという男を気に入っている」

「…………」

柳也は思わず眉をひそめた。

自他ともに認めるマキャベリスト、ダグラス・スカイホークの口から、こんなヒューマニズム溢れる言葉が飛び出すとは思ってもみなかった。

訝しげな表情で沈黙する柳也に、ダグラスは続けて言う。

「お前は若い頃の私によく似ている」

「俺が、ダグラス殿に?」

「ああ。……若く、理想に燃え、行動力に溢れていた。己の信じるもののために行動し、常に何かと戦っていた。好戦的な男だ」

「…………」

「時にリュウヤ、お前は、私のこの名前をどう思う?」

「……どう、とは?」

「ダグラス・スカイホーク。私のこの名前を聞いて、何か思い出すものはないか?」

「……あるには、ある」

柳也はゆっくりと頷いた。ダグラス。そしてスカイホーク。この二つの固有名詞から思い浮かぶものといえば、一つしかない。

しかしそれはこの有限世界には絶対存在しないはずのもの。存在出来るはずのない、兵器の名だ。有限世界の住人であるダグラスが、知るはずのない名前だ。

ダグラスの口が、小さく動いた。

「米国ダグラス社製艦上攻撃機、A−4スカイホーク。デザイナー、エドワード・H・ハイネマン。テスト・パイロット、ボブ・ラーン。搭載エンジン、シドレー・サファイア。二〇ミリ・Mk.12機関砲一門を搭載し、胴体下中央パイロン容量は三五七五ポンド。主翼内舷容量は一二〇〇ポンド、主翼外舷容量五〇〇ポンド……」

「……ダグラス殿?」

柳也は思わずソファーから立ち上がった。

驚愕に、声が震えてしまう。

唖然と目を見開く柳也に、ダグラスはニヤリと笑いかけた。

「ダグラス・スカイホークというのは偽名だ。この名前は、私がこの国にやって来る以前に勤めていた工場で生産されていた、攻撃機から取った」

「ダグラス殿……あんたは……あんたも……」

ようやく、理解出来た。

ダグラス・スカイホークが自分を高く評価する最大の理由。

それは故郷の世界を同じくする者達のみが共有出来る……。

「あんたも……エトランジェだったのか」

 

 


<あとがき>

 

タハ乱暴「永遠のアセリアAnotherEPISODE:32、お読みいただきありがとうございました!」

 

北斗「こんな長い話をよくぞお読みいただいて……感謝! 深く感謝します!」

 

柳也「よし、とりあえずタハ乱暴、お前は土下座しろ」

 

タハ乱暴「うぇぇっ?! なんで!?」

 

柳也「決まってるだろう。土下座で、感謝の気持ちを表すんだよ」

 

タハ乱暴「いや、聞いたことないから。土下座で感謝の気持ちって!」

 

北斗「とにかく跪け」

 

タハ乱暴「げふぅっ」

 

北斗「そしてお前も跪け、ゆきっぷう」

 

アヴァン「代理ですんません、すんません、すんません!」

 

柳也「……なんで謝っているんだ?」

 

北斗「マブラヴりふれじぇんす完結にあたって、口にはしていないが、読者の皆様も思うことがあったろう。抗議の手紙が来る前に、この場で謝らせてやろうと」

 

タハ乱暴「いや、意味ないから! たぶん、アレとコレの読者、ほとんどかぶってないから!」

 

アヴァン「その通りだから反論できんが……とりあえず今日の仕事を。受け取れ、柳也!」

 

柳也「なにッ!? 俺だとぅ!?」

 

アヴァン「ゆきっぷうが俺に託したアップグレードデータファイルだっ!」


柳也「ゆ、ゆきっぷう……まさか、俺のためにこんな……!」

 

北斗「いや、どう考えてもメインは正面の凶悪面の男ではなく、サイドにいる丸目の……」

 

柳也「ありがとうゆきっぷう! 感謝するぞゆきっぷう! 俺のために! 俺“だけ”のためにこんな絵を……ッ!」

 

アヴァン「奴からのメッセージカードによると「どうしても柳也は上半身裸にしなければならなかった。テヘ」だそうだ」

 

北斗「さすが褌の男」

 

タハ乱暴「ってか、そのネタ分かるんかな?」

 

北斗「分からない人のために一応言っておこうか。詳しくはリレーSS板を見るといい。そこに、この世のものとは思えない、えげつない世界が広がっている」

 

アヴァン「待て北斗! その表現は非常にマズイ!」

 

北斗「Why ? 何故だ、アヴァン?」

 

アヴァン「その言い方だと、リレー板に掲載されているすべての作品がえげつないことになるぞ! えげつないのはあくまでタハ乱暴“だけ”だということを明確にしなければ……」

 

タハ乱暴「あと、“ワン・フレーズクエッション”にあるゆきっぷうの投稿作品“だけ”な。あれは腐っている」

 

アヴァン「時代は今や混沌……『腐』、そして801こそが時代の最先端なのだよ」

 

柳也「馬鹿野郎! 熟女はどんな時代でも通用する、絶対普遍の属性!」

 

北斗「その通り! 幼女こそが如何なる時代でも通用する絶対普遍の属性だ!」

 

タハ乱暴「……お二人さん、言っていること、揃ってないよ?」

 

アヴァン「ところでリリィ、あのデフォルメver.はどうかな?」

 

リリィ「これは……あれですね? 新たな商品展開のための……」

 

タハ乱暴「や。そんな財力、タハ乱暴にはないから」

 

アヴァン「せめて需要があればね……さて、タハ乱暴。柳也が今回歓喜したことで、ゆきっぷうの計画が最終段階に進んでしまったのだが」

 

タハ乱暴「もう最終段階か?! 早いな、おい」

 

アヴァン「ああ。柳也のアップグレードが一段落した事で、ついにリリィ×リュウのツーショットを……」

 

三人「な、なんだってぇぇぇぇぇぇえええ――――――ッッッ!!!」(劇画タッチ)

 

リリィ「へぇ、そうなんですか……(無表情を装いながらも興味ありげに)」

 

アヴァン「現在は衣装の選定に入っている。柳也はヌードな」

 

タハ乱暴「それはあれかい? 俺にまた書けと?」

 

アヴァン「さあな?……さて、俺はもう一つの仕事をこなすとしよう」(舞台袖に控えていた公孫賛を抱きかかえて逃げ出す)

 

ジョニー・サクラザカ「はっ、あそこに見えるは僕たちの大好きな白珪ちゃん!」

 

柳也「ナニィ!?」

 

アヴァン「ゆきっぷうの嘆願でな。貴様ら柳也シリーズに白蓮を渡すわけにはいかん!」

 

柳也「くそぅ! ゆきっぷうは公孫賛狙いだったのかッ」

 

ジョニー・サクラザカ「華琳一筋かと思っていたのに……!」

 

褌の男「待て、アヴァン・ルース! その公孫賛さんは、あと十五年もすれば俺好みの熟女に!」

 

仮面ライダー夢王「チィッ、逃げ足の素早い奴だ。誰か、脚に自信のある柳也は……」

 

リリカル柳也「俺に任せろ!」

 

仮面ライダー夢王「よし。任せた……って、誰だね君はコンチクショー!」

 

リリカル柳也「俺かい? 俺は五人目の桜坂柳也。リリカルなのはの世界とクロスした柳也だ!」

 

北斗「ああ。あのタハ乱暴がいま構想を練っているという」

 

リリカル柳也「近日公開予定だ! じゃ、行ってくるぜ」

 

桜坂柳也s「「「「「マテェ、俺たちの将来の熟女を返せ〜〜〜〜〜〜!!!」」」」」

 

アヴァン「熟女にさせてたまるか! 白蓮は俺とゆきっぷうのアイドルだからな……いくぜ、Clock Up!」

 

タハ乱暴「……なんだかなぁ。はい! 永遠のアセリアAnotherEPISODE:32、お読みいただきありがとうございました!」

 

北斗「次回もお付き合いいただければ幸いです」

 

桜坂柳也s「「「「「ではでは〜……マテェ、アヴァン・ルース! この女ったらし〜!」」」」」

 

瓜大王「私、瓜大王。人違いね」

 

桜坂柳也s「「「「「偽中国人キタ――――――」」」」」

 

 

 

 

<おまけ>

 

反董卓の御旗の元に集った群雄諸侯らの軍。その中でも最大規模の勢力を誇る袁紹軍は、桜坂柳也の「不細工って言うなー!」という怒りにより、壊滅状態に陥った。また、後の覇王・曹操の軍も、「テメェの心の方が不細工じゃねぇかー!」という怒りにより、ほとんど全滅といっても差し支えのないダメージを受けたのだった。この責任を取らされたジョニー・サクラザカの軍は、水関攻略戦の先鋒を務めることになった。

「というわけで作戦会議だ。みんな、円陣を組め。愛紗以外、俺のところに集合!」

「ちょっ、ご主人様! なんで私だけ仲間はずれなのです?!」

「ん〜〜……身長差?」

「それだったらご主人様がいちばん大きいではありませんか!」

「んじゃぁ、胸の大きさ。正直、愛紗と円陣を組むと、その胸が邪魔でしょうがない」

いや、その胸自体は好きなんだけどね、という本音は口にしない。なぜなら、いま優先するべきことは、目の前の難所水関をどう攻略するべきか、考えることだから。そして、目の前の少女を、どう弄り倒すか、考えることだから。

「まぁ、愛紗のことは放っておいて、朱里、これから水関を攻めようと思うが、敵は篭城戦の構えを見せている。篭城戦の場合、攻める側は、守る側の三倍から五倍の兵力が必要だが……これは包囲戦をする際の兵力だ。反董卓連合といっても、所詮はまともな連携も取れない烏合の衆。長期戦は避けたいところだが?」

「でしたら、まずは敵の篭城戦の構えを解かせましょう」

「敵を城から出す……か」

「はい。出来れば水関を守る敵将……華雄将軍を誘い出したいところですが」

「わかった。任せろ。おびき出し作戦には自信がある」

柳也はそう言って、単身馬に乗り、水関の正門前へと出た。

一万になんなんとする軍勢の中、単騎での突出。砦を守る敵兵も不信に思ったか、柳也のことを射ようとする者はいない。

はたして、正門の前にやって来た柳也は、

「……一番、桜坂柳也。歌います。『華雄将軍大爆発』!」

謎のBGMが、どこからともなく流れてきた。見れば、水関を挟む崖の上に、元黄巾党の皆さんが、めいめいの楽器を構えているではないか。

 

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

演戯でも 早々に 退場だ〜〜〜♪

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

恋姫じゃ 序盤で消えた〜〜〜♪

 

なんで……わたしだけが……消える……?

あの公孫賛でさえ 真ではルートあったのにぃぃぃぃぃいい!

 

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

偉い人よ 出番をおくれ〜〜〜

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

え? なんだって? 人気がないから駄目?!

(台詞:「駄目♪」)

 

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

次こそは 必ず 正ヒロインとして クラスアップだ……

え? 続編の予定は いまのところないって?

(台詞:「真のアニメでもやられ役♪」)

 

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

あ〜あ〜 出番が欲しい〜〜♪

 

徐々にフェードアウトしていく柳也の声。

やがて水関の門が開き、中から、怒りの形相を浮かべた、ひとりの美女が、

「誰が出番なしだ〜〜〜!!」

「あんたのことだぁ!」

かくして、ジョニー・サクラザカ軍と董卓軍の猛将華雄率いる三万の兵との戦いが始まった。

「よし、愛紗、いままでハブにして悪かった。とりあえず君の武力で、華雄将軍を捕らえてこい!」

「は? 捕らえる……ですか? 倒すではなく?」

「ああ。華雄将軍は素晴らしいヒップラインの持ち主だ。十年後には、俺好みの熟女になっている公算が高い! いまのうちに唾をつけて……おぶほぁっ!」

最後まで言い終えることなく倒れるジョニー・サクラザカ。蛇矛を構えた鈴々が、背後から襲い掛かったのだー(鈴々風に)。

「お兄ちゃん! いまはそんなふざけている場合じゃないのだ!」

「いや、おではマジだよ?」

「もっといけませんよ、ご主人様!」

そうこうしながらも愛紗は華雄将軍のもとへと突撃。一騎打ちが始まる。

「やんややんや! おお、鈴々、ポップコーン食べるか?」

「にゃにゃ? ぽぷこぅん?」

「天界の食べ物だ。美味いぞ?」

「食べるーっ」

「朱里も食べようぜ? さぁ、俺の膝の上に来なさい」

「あ、はい。……で、では失礼します」

いつの間にかフラグを立てていたらしい柳也の膝の上に座る二人。ポップコーンを食べながら、激突する二人に声援と野次を送る。

「そこだーっ。いけーっ。ブレーンバスターだ!」

「はぁぁぁあッ――――――!」

裂帛の気合いとともに青龍一閃。見事、華雄将軍の戦斧を弾き飛ばした愛紗は、その矛先を鋭利な上顎に突き立てる。

「勝負あったな?」

「くっ――――――」

華雄将軍がジョニー・サクラザカの元に堕ちた。その報は瞬く間に水関を守護する軍勢へと伝わり戦線は崩壊。水関の戦いは、反董卓連合の勝利で終わった。

 

 

その頃、僕たちの大好きな公孫賛さんは、

「……サクラザカ、やっぱり来ない」

 どないせいっちゅーねん!




二人の過去はある程度、予想通りか。
美姫 「でも、それで一人亡くなっているとはね」
流石にそこは予想していなかった。
でも、これで二人というかシアーも成長するな。
美姫 「本当よね」
しかし、それに増しても驚いたのは。
美姫 「やっぱりダグラスよね」
ああ。これに関しては、全く想像してなかった。
彼の過去にも急に興味が。
美姫 「一体、何があったのか気になるのはなるわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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