――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、いつつの日、夜。
エルスサーオ方面軍司令、ヤンレー・チグタムは幸福の絶頂にあった。少なくとも、彼にとっての幸福の極みにあった。
その日の夜、仕事を終えたヤンレーは数名の部下を連れて『サキク』の小座敷にいた。エルスサーオ方面軍に勤めるラキオス軍高級将兵ご用達の店であり、彼の行きつけの店だ。サキクとは、聖ヨト語で椿のような花を意味する。
ヤンレーに酌をする芸妓はまだ若かった。二五歳のシルフというふくよかで色っぽい女。
『ささ、遠慮しないでくださいまし。軍人さんは元気が一番ですよぉ』
ヤンレーは妻帯者だったが、シルフの妖艶さにすっかりのぼせあがっていた。酒のせいもあるが、なにより衣の裾から覗くシルフの白い太腿に、めろめろになっていた。
『なんだ、シルフ。お前は何も穿いていないじゃないか?』
『あら、当たり前よぅ。野暮なことは言わないの』
シルフは自分からヤンレーの手を自分の太腿に導いていた。シルフは下着を穿いていないどころか、もうすっかりそこを湿らせていた。
指先に感じる水気に、ヤンレーはさらに上機嫌になる。彼の頭の中に、妻を裏切ってしまう、という罪悪感は微塵もなかった。
ヤンレーの目の前では他の部下達も若い芸妓に翻弄され、すっかりその気になっている。
彼らの熱が感化したかのように、シルフは熱っぽい吐息をヤンレーの耳に吹きかけた。
『ささ、あたしたちも楽しみましょう?』
シルフが酌をして、頬ずりしてきた。その片手が、ヤンレーの固いものを握った。五十代前半の彼だったが、夜の生活はいまだ現役だった。しかし、連れ添って二十年近い妻との間に、夫婦生活は絶えて久しい。
ヤンレーはすでに服のはだけた胸元にむしゃぶりついた。
シルフの若々しい張りのある肌から、活力を奪うように、荒々しい舌遣いで女の肌を蹂躙する。
その姿からは、ラキオス・バーンライト間の最前線、エルスサーオ方面軍の統率を任されているという責任感は感じられない。
いまやヤンレー司令の頭の中には、この先に待つシルフとの情交についての算段しかなかった。
永遠のアセリア
-The Spirit of Eternity Sword Another-
第一章「有限世界の妖精たち」
Episode22「その剣の名は……」
――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、黒、いつつの日、夜。
ヤンレー司令が一夜限りの享楽に見も心も溺れていたその頃、戦いの最前線では、柳也が独り静かなる戦いを続けていた。
誰からの助けも期待できない孤独な戦いだ。いま、柳也の頭脳は、監視ブイから送られてくる膨大な量の情報にのべつまくなし叩かれ、疲弊し、その上で情報の整理にすべての能力を集中させていた。
その額には、異常な脂汗が浮かんでいる。息遣いも荒い。脳が大量の酸素を必要としている証だった。脳への負担を顧みて、神剣レーダーのみを機能させていた監視ブイの制限を、ここにいたって柳也は一部解除していた。前線のより詳細な情報を得るために、視聴覚情報にかけた制限を解除したのだった。
『……やっこさん、一発目に落とし穴で仲間一人失ったせいか、そうとう慎重になってやがるな。地面に神剣を突き刺して、罠がないかどうか確かめながら進軍している。一分で十メートルのペースっていうのは、そうとう焦れったいだろうなぁ』
柳也は青色吐息で呟くと、不敵に笑った。
一言を紡ぐその都度、大きく肩を上下させる。体力というよりも、精神の消耗が著しかった。
『何が効果を発揮しているんだろうか、我々が仕掛けた罠のうちで?』
尋常でない柳也の不調に憂いの眼差しを向けながら、セラスが問いかけた。その後ろでは、ファーレーンとニムも同じように憂いに揺れた瞳で柳也を見ている。体内寄生型という〈決意〉の特性を知らない彼らは、柳也の身に起きている異変の正体がわからないだけに、余計に不安を感じている様子だった。
柳也は深々と息を吸ってから、苦悶に濁る声を吐く。
『落とし穴とワイヤー・トラップだ。前者はスパイクつきの大きいもの、後者はボウガンと連動させたものがそれぞれ一人ずつ戦死者を出している』
『落とし穴か……不意を衝かれては、いかなスピリットとてただの人間と同じか』
『ボウガンの矢でも、不意を衝けば十分な効果を発揮できる。ただ、こっちは作動から発射までに若干のタイムラグがあるからな。その間にシールドを張られたりすると、折角の仕掛けも無駄になってしまう』
監視ブイから送られてきた情報に自身の分析を加え、柳也はそう伝えた。ワイヤー・トラップは、予定数の落とし穴を掘り終えた後に柳也が新たに考案・製作したものだ。原形はベトナム戦争時のブービー・トラップ、中国の夜伏耕戈を参考にしている。
夜伏耕戈とは、中国明の時代の戚継光の著『紀効新書』にその記述がみられる罠の一種だ。弩の機に縄を結びつけ、敵が縄に触れると発射する仕掛けになっている。本格的な防衛陣地を築く場合は、弩は複数用意するのが一般的で、一斉射撃、あるいは時間差で射撃することにより、命中率を増す工夫がなされている。弩とは、西洋でいうところのボウガンのことだ。
もともと中国ではこの手の罠の開発が盛んだった。春秋戦国時代に現れた攻城戦・篭城戦のエキスパート集団、墨家が、その基礎を作ったのだ。
ベトナム戦争でよく見られたスパイク付きの落とし穴も、中国では宋の時代に陥馬坑という制式なものがあった。北宋の「武経総要」の制度によれば、寸法や配置までもが標準化されていたという。
柳也は落とし穴の配置について、この「武経総要」の制度を大いに参考としていた。
『落とし穴は片足が嵌まるくらいの小さいサイズのものも効果をあげているようだ。…連中、神剣を地面に衝き立てて罠の有無を確かめながら進んでいるが、小さい落とし穴だと、的が小さい分、見落としも多い。嵌まったその都度立ち止まって、治療しなければならないから、進軍が遅々として進まない』
柳也はそう言って、クック、と笑う。青ざめた顔色だから、その笑いには凄みがあった。
『地面に仕掛けられた罠だから、ブルースピリットには通用しない。しかし、ブルースピリットだけで城攻めはできないから、赤や緑にスピードを合わせるしかない。相当、ストレスが溜まっているだろうな。そのストレスが、油断を招き、命を落とす原因になる』
『上手くいけば三人目の獲物がかかる可能性も出てくる、というわけか…』
『焦って突っ込んで、罠にかかるのを祈ろうや。……こっちの世界に神様はいないから、何に祈ればいいのか、いまいちよく分からないが』
ファンタズマゴリアにはキリスト教やイスラム教に代表される、きちんとした教義を持ち、壮大な神話を背景に抱えた現代型の宗教が存在しない。あるのはマナというすべての生命に宿る偉大なエネルギーに対するアニミズム的信仰のみだ。
神性を持つ動物としては龍が挙げられるが、その龍を討とうとしている仲間の援護作戦を展開している手前、これに祈るわけにはいかない。
柳也は無神論者だったが、この時ばかりは世界中のありとあらゆる神に祈る気持ちだった。
『とりあえずは六人だ。正面から来る六人を、なんとかしよう』
『……正面から攻めてきた連中は、残り七人ではなかったか?』
柳也の言葉に、セラスが疑問を提示した。最初、柳也の口から語られた敵の陣容は三個小隊九名。このうち落とし穴と夜伏耕戈で二人を倒しているから、残る敵は七人のはずだが。
セラスの疑問に、柳也は監視ブイから送られてくる最新の情報を伝えた。
『六人だよ。一人は引き返していった。たぶん、後続の別働隊にトラップの存在を伝えるためだろう』
◇
ぱらぱらとした小ぶりの雨が、また勢いを取り戻し始めていた。
頬を叩く水滴の重みが痛みを伴うほどに増し、水を吸った服の重みが無視できないものになってくる。
地上の実際など一切斟酌することなく降り注ぐ雨に、アエラ・レッドスピリットは文句の一つでも口にしてやりたい気分だったが、やめておいた。常に“中立”の立場を貫く天候に文句を言っても仕方ない。それに、そんな姿を部下の前で取れば、いたずらに部隊の士気を下げるだけだ。隊長は余裕を失い、短気になり始めている……そんな印象を与えたところで、何の益にもならない。
――もっと冷静にならねば。
そう思い直し、アエラは深呼吸を繰り返して気分を一新させようとした。
しかし苛立った心と身体の昂ぶりは、一向に収まってくれなかった。トラップに満ちた平原を歩いているというその状況が、アエラに、そして陽動部隊の全員に過度のストレスを強いていた。
アエラ率いる陽動部隊は落とし穴を始めとする罠という予想外の敵との遭遇により、早くも二名の戦死者を出し、部隊は定数割れを起こしてしまった。それも二つの小隊で各一名ずつの欠員だからたまらない。陽動部隊は第一目標のエルスサーオを二キロ先に控えた地点で、再編の必要を迫られてしまった。
『第六小隊と第八小隊を合体させよう』
そう言って、欠員の出た第六小隊と第八小隊に指示を下すアエラの声には、ストレスによる苛立ちが含まれていた。戦闘以外の事で欠員が生じるなど予想もしていなかったから、ショックは大きい。
しかし、それ以上にショックを受け、ストレスを感じていたのは陽動部隊に参加している他のメンバーだった。
特に第八小隊小隊長のジャネットは、自分の不注意で大切な部下を死なせてしまったと思い込み、軽度のシェル・ショック(戦場神経疲労症)になってしまった。他の仲間が呼びかけても、鈍い反応しか返さず、やっとのことで聞き出した言葉も、『ごめんなさい、ごめんなさい』と、死んだ部下に詫びる悲痛なものだった。
――もう、ジャネットは使い物にならない。
悲しいが、そう判断したアエラは、生き残った赤スピリットを第六小隊に組み込むことにした。これにより、新たに再編した陽動部隊の陣容は、次のようになる。
陽動部隊隊長、アエラ・レッドスピリット。
第六小隊……小隊長リニア・緑スピリット、他青一名、赤一名。
第七小隊……小隊長アエラ・赤スピリット、他青一名、緑一名。
シェル・ショックになってしまったジャネットは残念ながら後方に戻さざるを得ない。
ただでさえ寡兵で、しかも正面からエルスサーオに攻撃を加えるのだ。そんな危険な任務にシェル・ショックの兵を参加させたところで、足手まといにしかならない。
その代わりジャネットには後方に控えるオディール達の第一大隊に罠の存在を伝えてもらう。ジャネットにとっては、これが最後になるかもしれない任務だ。
戦えないスピリットに生きる価値はない……というのが、有限世界での常識だ。乳の出せなくなった牛と同じで、殺されても文句は言えない。以後の彼女がどのような扱いを受けるかはわからないが、少なくとも、軍務への復帰は望めないだろう。最良のケースでも性処理用の道具、最悪のケースでは処刑だ。
この時点でアエラの頭の中にシェル・ショックを治療する、という考えはない。
しかし、その事を責めるのは酷といえよう。
シェル・ショックはハイペリアでも最近まで正式な病気として認められなかった。この手の精神病が病名として認められるためには、高度な心理学が必要となる。
ジャネットが帰還するのを見届けたアエラ達は、ただちに進軍を再開した。
しかし、再開した進軍は、拷問にも等しいストレスとの戦いだった。
当初の推測通り、民間人も利用する街道には落とし穴こそ掘られていなかった。しかし、街道の周辺には落とし穴よりも凶悪なワイヤー・トラップがいくつも仕掛けられていた。
おそらくは自分達の接近を見越して、ごく最近設置したものだろう。どこからこちらの情報が漏れたのかはわからないが、ともかく、ワイヤー・トラップはどんな仕掛けが待っているのか引っ掛かるまでわからない分、落とし穴よりも厄介な存在といえた。
また、ワイヤー・トラップは落とし穴と比べて発見するのが難しい。落とし穴の場合は地面を突けば安全地帯かどうか判別できるが、ワイヤー・トラップは光の加減を考慮して二重三重にワイヤーが仕掛けられていることもあるから、一本のワイヤーに注意を払ったからといって、それが確実な安全に繋がるとは限らない。
『街道沿いはワイヤーが多すぎる。安全地帯の判別が容易な分、落とし穴のほうがまだましだ。街道を避けて、エルスサーオに向かうぞ』
結果的に前言を撤回することになったが、誰も文句を言う者はいなかった。ワイヤー・トラップの犠牲になった緑スピリットの死に様が、あまりにも鮮烈に網膜に焼き付いていたからだ。
しかし、アエラのその言葉によって、彼女達の行軍は地獄のような歩みとなった。
神剣の切っ先で地面を突き、落とし穴の有無を確認してからようやく一歩踏み出す。ご丁寧にも大小の各サイズが用意された落とし穴を一つでも見つけると、迂回して進む。迂回先にも落とし穴があった場合は、目的地が遠退いたとしても安全を最優先で足を動かす。それを繰り返す。
これでは、当然ながらペースは大きくダウンし、行軍はいまや一分で十メートルも進めればまだ良いほう、という有様だった。
また、安全地帯を確保してから進むといっても、見落としも多かった。特に小さいサイズの落とし穴は、規模の小ささゆえに余程慎重に地面を突かねば発見は不可能といえた。
現に十メートルを歩くその間に、必ず一人は片足を傷つけてしまう。アエラ自身、落とし穴を探しながらの行軍など初めての経験だったから、すでに二度引っ掛かっていた。そして誰かが傷つくその度に、リニア達緑スピリットは治療のために力を使わねばならなかった。
緑スピリットが回復魔法を唱えるその都度、部隊は足を止めねばならない。そのことがさらに行軍を遅らせ、隊員のストレスを高めていく。
しかも回復魔法を唱えるその度に、頼みの緑スピリットは少しずつだが、確実に消耗していった。神剣魔法とは、永遠神剣が内に蓄えたマナを消費して、人智を超越した現象を起こす手段のことだ。当然、使えば使うほどにマナの消耗は重なるから、神剣の力は弱体化していく。
それだけならばまだ取り返しもつくが、神剣内のマナのストックがゼロに近くなってもまだ神剣魔法を使おうとした場合は、神剣は自身の存在を維持するために、契約者からマナを奪って魔法を発動させる。そこまでくると、肉体をマナで構成されたスピリットにとっては、まさに身を擦り減らす行為となってしまう。二十回目の回復魔法を唱えた辺りから、リニアの息が荒くなり始めているのを、アエラは見逃さなかった。
遅々として前に進めぬ状況に加えて、陽動作戦・持久の要たる緑スピリットの消耗が、アエラ達の苛立ちをさらに煽っていた。
アエラは、苛立ち紛れに隣を歩くリニアを振り返る。
『リニア、どうだろう? エルスサーオまではあとどれくらいだろうか?』
『…すみません。こうも進んだり、戻ったりですと、正確な距離を測れません』
訊ねられたリニアはかぶりを振った。
夜間で見通しが悪い上に、雨まで降っている本日の天候下では、目測による正確な測距ができない。頼りになるのは特殊訓練部隊唯一の生き残りであるアイリスから得たラキオスの地形情報だが、実際に敵国の土を踏むのは始めてのアエラ達には、あまり役に立つものではなかった。
『これでは埒があかない』
アエラは業を煮やして呟く。
アエラだけでなく、少女達の苛立ちは限界を迎えようとしていた。
アエラは、この不満が爆発的な攻撃力に転化されるのを祈って、ひたすらに足を動かし続けた。
◇
同時刻、リーザリオ――
『今夜も夜更かしですか……?』
リーザリオ方面第三軍司令トティラ・ゴートの秘書官を務めるバクシー・アミュレットは、目の前で熱いコーヒーを飲む上官に溜め息混じりの声をかけた。
『…ん? うむ』
バクシーの問いに対して、トティラ将軍は重たげな瞼を懸命に持ち上げて、静かに頷く。
時計が指し示す時刻は午後十時半。軍人は健康な身体が命と、普段のトティラ将軍ならとうの昔に床に就いている時間だ。
昨夜もそうだったが、初老のトティラ将軍は、最近とむに言う事を聞かなくなり始めた身体に鞭を打って、夜更かしをしていた。特別、仕事が溜まっているというわけではない。その証拠に、彼のデスクには処理済の書類が二つ山を作っている。
特に仕事もないのにこの将軍が夜更かしをするなど珍しいことだった。
そしてバクシーは、その理由を知っていた。
『…失礼ですが、司令ももう六十をとうに過ぎております。あまり無理はしないでください』
『何を言うか。鉄の山戦争では、七日七晩にわたって不眠不休で戦い抜いた儂だぞ? あれからたかだか三十年。この身体は、まだ老いてはおらん』
トティラ将軍はそう言って微笑を浮かべる。しかしその岩石を砕いて削ったかのような相貌には、昨夜の夜更かしの痕跡がくっきりと残っていた。
バクシーも鉄の山戦争におけるトティラ将軍の活躍は知っている。だが、彼の言うようにあの戦争からもう三十年が経っているのだ。人間ならば誰しもが経験する、“老い”という現象は、確実にトティラの身体を蝕んでいた。
『特殊作戦とはいえ、二個大隊を派遣しているのだ。現状の我が第三軍の防衛力は平時の三分の一以下になっている。こんな状況で、儂が眠っている間に何か起きてみろ。迅速な対応など出来るはずもない』
『ですが、それで司令に倒れられては元も子もありません』
バクシーは、ぴしゃり、と言い切った。
司令の健康管理を手伝うのも、秘書官の務めだ。
『司令のおっしゃる何かが起きた時は、真っ先に私がお伝えします。ですから、今夜は司令も早くお休みになってください』
『それでは、お前が夜更かしすることになるだろう?』
『私は司令と違って、まだ若いですから』
そう言ってバクシーは人懐っこい笑みを浮かべた。
バクシーは今年で三十六になる。十二歳の時にケカレナマ(レスリングのような競技)のジュニア大会で優勝した時にトロフィーを直接手渡されてからの付き合いだから、この二人の間で軽口はいつもことだった。
『人を年寄り扱いしおって…』
トティラ将軍も、そう呟いて普段、人には見せない笑顔を浮かべる。
トティラ将軍は、交際を開始して二十年以上になるこの秘書官のことを、今では本当の息子のように思っていた。
『では、その言葉に甘えることにしようか…。しかしバクシー、お前こそ無理をするではないぞ? お前が過労で倒れたりしたら、第三軍は壊滅的な打撃を受けるでな』
『……はい』
軽い口調で吐き出された、しかし重々しい言葉を胸のうちで噛み締め、バクシーは優しい笑みを返す。
バクシーにとっても、二六歳年上のこの将軍は、いまでは本当の父親のような存在になっていた。
◇
陽動部隊が行軍を再開してから一時間半が過ぎ、アエラ達はようやく七〇〇メートルを進みきろうとしていた。トラップによる犠牲者を出す以前は時速一・三キロメートルの進軍だったから、半分以下のペースだ。しかし気力体力の消耗はその何倍もの距離を歩いた時よりも激しかった。
結局、行軍を再開してから七〇〇メートルを歩ききるまでの間に、アエラ達は八十個以上の落とし穴と遭遇し、そのうちの四分の一近くに引っ掛かってしまった。その度に数少ない緑スピリットが駆り出され、彼女達の消耗と引き替えに、ストレスだけが溜まっていった。
――……限界だな。
本隊と別れてから七時間以上も一緒にいる部下の顔を見回して、アエラは嘆息する。
彼女が胸の内で呟いたその言葉通り、陽動部隊の不満はいよいよ限界に達しようとしていた。いつ怒りが爆発してもおかしくない雰囲気だ。
――そろそろこの辺りで戦闘の一つでもさせてやらないと。戦闘で相討ちになるならともかく、焦ってミスをして、落とし穴で死んでは犬死だ。
アエラがそう思ったその時、彼女の視界に奇妙なものが映じた。
『……なんだ、あれは?』
スピリット特有の優れた視力をもってそれを視界に映じた瞬間、アエラは思わず呟いていた。
自分達のいる地点から約五〇メートル前方に、巨大な壁がそびえ立っている。無論、エルスサーオ基地の城壁ではない。エルスサーオまではまだ遠すぎる。夜間の上、雨が降っているとあって最悪の視野状態の中で、その壁は大量の麻袋が積み重なって出来ているように見えた。
『……なぜ、あんなものが?』
少なくとも、アエラの知識の中に、あのように麻袋を積み上げただけの建築技術は存在しない。仮設住宅にしても、もう少しマシなものがあるだろう。
ふと隣を見ると、リニアもその壁を奇妙な眼差しで見つめている。あの壁が作戦行動に支障をもたらすものなのか、判断しかねているようだ。
『壁の向こう側から矢が発射されました! 数は……九!』
部隊でも特に目の良い赤スピリットが叫んだのは次の瞬間だった。
アエラ達も食い入るように空を見上げた。
たしかに何本もの矢が、麻袋の壁の上空に舞い上がったのが見えた。急角度の放物線を描き、真っ直ぐこちらに向かって落ちてくる。
瞬間的に、アエラの脳裏でワイヤー・トラップに引っ掛かった仲間の死に様が蘇えった。
『シールド!』
アエラは叫んだ。
全員、その指示に応じ、上空に対してシールドを張る。
雨とともに天空から降り注ぐ矢がハイロゥの盾に触れ、次々と消滅していった。
――あの壁の向こうには敵が潜んでいたのか!?
頭上にマインド・シールドを張りながら、アエラは苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
また同時に、彼女はいくつかの違和感を覚え、眉をひそめた。
――敵はなぜこちらの正確な位置がわかったのだ? それにスピリットに対して効果の薄い矢で攻撃するなんて……?
落とし穴とワイヤー・トラップに引き続き、ここでも、これまでにアエラ達が経験したことのない、不可解な事態が起こっていた。
アエラは直感的に、この事態についてもっと探求しなければ、取り返しのつかないことになる、と思った。これまで不変と思われた戦闘の常識が、根底から覆される。旧来の戦闘常識の下で訓練を積んでいては、いつかバーンライトも、ダーツィも、取り返しのつかない敗北を重ねることになる。そんな予感が、胸をよぎった。
頭上から降り注ぐ矢にばかり意識を向けていたアエラは、不意に灼熱した痛みが腹部を貫通するのを感じた。反射的に自身の身体を見下ろす。豊満な乳房の下、予想外の方向からやってきた矢に貫かれた腹部が真っ赤に染まっていた。
『―――――――ッッッ!!!』
次の瞬間、アエラの口から声にならない絶叫が漏れた。
その甲高い悲鳴に、みな何事かと振り返る。そこで、ようやく隊長が負傷していることに気が付いた。
『アエラ隊長!』
すかさずリニアがアキュレイドブロックを解き、回復魔法の呪文詠唱を開始する。
さらに青スピリットの一人がシールドを自ら取り払い、ロングソード・タイプの神剣を中段に構えて周囲に警戒の視線を走らせた。残りの三人はシールドを広範に広げ、半分になった防御を補う。
『隊長、いま、治しますからじっとしていてください。……アースプライヤー』
リニアと、彼女の神剣の周囲に温かな風が吹き、大地のマナがアエラの傷を癒していく。
傷を負った患部を中心に広がる心地良い感触に、アエラはいま、自分が戦場にいることも忘れて、快感に艶めいた息を吐き出した。
だがその双眸は烈火の如く燃えていた。
『いったいどこから……?』
咄嗟のこととはいえ、自分達は頭上に対して鉄壁の防御を敷いていた。自分達赤スピリットのマインド・シールドは、緑スピリットの防壁などと比べると防御面積は小さいし、防御力も低い。しかし、それでも人間が放つ矢に対しては鉄壁といっても過言ではない防御力を持っている。頭上から降り注ぐ矢が、自分に触れられるわけがない。
――頭上から降ってきたわけではない。矢の進入角は、明らかに下方向からのものだった。
アエラは憎しみに血走った眼で辺りを見回す。
しかし、優秀なスピリットの視力をもってしても、隠れたスナイパーの存在は見つけられなかった。
その時、また再び麻袋の壁の向こうから矢が放たれた。今度も九本。しかしそのうちの一本が、他の八本よりもいち早く急降下に入り、あろうことか直進を開始したのを、今度はアエラも見逃さなかった。先ほどは頭上にばかり意識を払っていて、そのせいで見えなかった光景が、いま見えた。
それはアエラの知る自然の摂理をまったく無視してこちらに向かってきた。
物体を打ち上げればいずれ地上に落ちる。万有引力という言葉を知らないアエラでも、それくらいのことは分かる。
しかしその矢は、驚くべきことに急降下後、地面すれすれの高さで真っ直ぐ飛翔を続けていた。しかも、おそろしく速い。それはあっという間に自分達との距離を詰め、やがて三メートルまで近付いたその時、突如として急上昇した。それはまるで獰猛な蛇が鎌首をもたげて噛みつく瞬間を思わせる光景だった。
『う、ウォーターシールド!』
警戒にあたっていた青スピリットが、反射的にアエラとリニアを庇うように飛び出し、水の障壁を前方に張り巡らせる。激しいジェット水流が、いくつも渦を巻いて盾を作っていた。普通の矢であれば、この渦に飲み込まれて、ぽきり、と折れるはずだった。
しかし、そいつは普通の矢ではなかった。
アエラは、その矢がウォーターシールドに激突する直前、突如として強力なオーラフォトンを帯びたのを感じた。
『に、逃げろ――――――ッ』
アエラの警告は、しかし、〇・五秒遅かった。
オーラフォトンを纏った矢は、青スピリットのウォーターシールドなどまるで紙のように易々と貫き、シールドを張った本人の胸に突き刺さった。そして、爆発した。
至近距離にいたアエラは、矢の爆発によって若い命を散らした彼女の最期を、まざまざと見てしまった。
眼球が飛び出し、顎を砕かれ、首から下はばらばらに解体されてしまった。
血飛沫はすぐに黄金の霧となって蒸発したが、その肉片はすぐに消滅することなく、至近にいた彼女達の身体にこびりついていた。
アエラの口から、また絶叫が轟いた。
謎の壁の向こう側にいるであろう敵に対する、怒りの絶叫だった。
◇
アエラ達が憎しみをぶつける壁の内側では、柳也がニヤリと唇の端を吊り上げ、酷薄な笑みを浮かべていた。
『……一人、仕留めたぜ』
六十メートル先に設置した監視ブイから送られてくる情報、そして自身の神剣レーダーからの情報を基にそう判断した柳也は、低く呟く。
ショート・ボウを左手に携えた彼の側では、セラスを始めとした八人の男達が早くもロング・ボウによる第三斉射の発射態勢に入ろうとしていた。第二射との間隔は僅か七、八秒に過ぎない。柳也達がエルスサーオにやって来た翌日から、今日というこの日のために課してきた連日の猛訓練の成果が、はっきりとした形で表れていた。
特に際立っていたのがリックスの活躍で、巨漢の彼は自身の身の丈ほどもある長大な弓を易々と扱い、他の誰よりも早く射撃体勢を取る。
それにやや遅れて、弓につがえた矢の尖端を天上へと向けたのはセラス・セッカだった。
スピリットが軍の主兵をなす世界にあってなお重厚な鎧に身を包んだ騎士は、自らもロング・ボウを手に最下級の兵と肩を並べ、弓を射る。鎧の重量を感じさせぬきびきびとした動きは、長年の鍛錬に加えてここ数日の訓練がどんなに過酷であったのかを窺わせた。
『サムライ、敵の位置を教えてくれ』
冷たい面当てに遮られ、ややくぐもった声。
柳也はかぶりを振って言う。
『……変更はなしだ。敵はさっきの位置からまったく動いていない』
送られてくる視覚情報をもとに弓を向けるべき方向と射角を伝えながら、柳也は自身もまたショート・ボウに矢をつがえ、天を仰いだ。馬上での運用を前提に設計されたショート・ボウの全長は短く、ロング・ボウと比べても威力・射程の両面で劣る。
しかし柳也にとって、武器の性能の優劣はあまり問題にならなかった。
マナの消費を覚悟で〈決意〉の一部を寄生させれば、威力や射程の問題は如何様にでもなる。柳也は威力や射程は劣っても、むしろ取り回しの良い小型の弓を好んだ。
監視ブイから送られてくる情報を基に自らもまた方向と射角を定めた柳也は、弦を万力の力で引いた。小型のショート・ボウといえど、適度な張りを有した弦の抵抗は、やはり大きい。それでもめいっぱいに弦を引くと、彼はそこで一呼吸、間を置いた。
――〈決意〉……。
【うむ。心得た】
基点となる右手の三本の指から、つがえた矢へと〈決意〉の一部を寄生させる。
もとより柳也に弓術の心得はない。そもそも、実際に動く標的を対象に矢を射るのは、今日が初めての経験だった。リックスやセラスといった熟練者から見れば、構えからして素人くさい。普通に考えれば、そんな素人の放つ矢が、壁向こうに潜む敵に命中するはずがない。
しかし、柳也の体内には〈決意〉という奇妙な能力を持った相棒がいる。〈決意〉の一部を寄生させた矢は、柳也の意志によって飛行中にもミサイルのように機動させることができた。神剣レーダーで大まかな位置を特定し、監視ブイからの各種情報で敵へと導いてやれば、必中しないほうがおかしい。
『一斉射開始!』
セラスが号令をかけた。
雨音のうるさい中で声が響いたかと思うと、次の瞬間には弦を弾く、ビューン、という音が九重に重なった。
拘束から解かれた九本の矢は光線となって急上昇し、緩やかな放物線を描いて落下していった。
いや、ただ一本だけ、急上昇した直後、急降下し、それでいながら直進するという、奇妙な光線があった。それは柳也の射った矢だった。
〈決意〉を寄生させた矢は、まるで高度なコンピュータを搭載したミサイルのように機敏に機動し、柳也が頭の中で念じた通りの軌道を描いて、敵へと向かっていく。
この時、柳也の頭の中にあったのは、現代世界に存在したハープーン対艦ミサイルの機動だった。
ハープーンは一九七七年からアメリカ海軍で配備が始まった対艦ミサイルで、生産時期と発射母機によっていくつかの種類がある。最初期の型ではその機動は一つのモードしかなかったが、軍艦の防空能力が著しく向上した近年では、敵の迎撃に備えて二つのモードが採用されるようになった。
この新たに加えられたモード……シースキミングSea skimming巡航モードは、ミサイル発射後、飛翔体は水面ぎりぎりの高度で敵に接近し、目標の直前でホップ・アップ、敵艦の中枢部に向かって急降下する、というものだ。シースキミング巡航モードの利点はなんといっても水面ぎりぎりの高さを飛翔することでミサイルの発見を困難にし、迎撃に割ける時間を短くできることにある。迎撃の時間が一秒短くなれば、その分だけ相手に致命傷を負わせられる可能性が増す。
ちなみにもう一つの高空巡航モードは、その名の通り高高度を巡航して敵艦に接近、襲い掛かるというものだ。高度を取っての飛翔はミサイルの発見を容易にし、迎撃される可能性が高くなってしまう。しかし高高度では空気密度が薄いため飛翔体にかかる抵抗が少なくすみ、その分、射程を延ばすことが出来る。シースキミング巡航モードと高空巡航モードとでは、最大射程が二倍ほども違う。
もっとも、〈決意〉を寄生させた矢に、空力の作用はあまり関係ない。ターボジェット・エンジンで推力を得ているハープーン・ミサイルと違い、柳也の矢に燃料という制約はない。その気になれば、柳也の集中力と〈決意〉のマナ尽きるまで飛ばし続けることも可能だった。
柳也の射った矢はシースキミングならぬランドスキミングで飛行しながら、敵へと向かった。
高度は地上からわずか十五センチ、飛翔速度は秒速二〇〇メートルといったところだ。この速度は本家ハープーン・ミサイルの推進速度より二五パーセントほど遅い。あまり速すぎると、柳也の誘導が追いつかないからセーブしている。
彼我との距離は約五十メートル。
飛翔体はあっという間に距離を詰め、命中精度を高めるためにホップ・アップした。敵の腹部めがけて、急角度で突撃する。
防御のために緑マナが収束する気配。
しかし、緑スピリットのシールドが完成するよりも矢のほうが一瞬、早かった。肉を引き裂く生々しい感触が柳也の手に生じ、彼は陶然と目を閉じる。その口元は、微笑に歪んでいた。
『一人に負傷。命中したのは緑スピリット。致命傷じゃないからすぐに治療されてしまうだろうが、傷の深さから一、二分はかかるだろう。この二分…いや、一分間で、あと一人は仕留めるぞ!』
柳也は素早く分析するや、傍らの仲間達に大声で告げた。
現在の敵の編成は青一名、赤二名、緑二名の計五名。しかしこのうち赤スピリットは一名が負傷し、緑スピリットは一名がその治療に専念している状態だ。そして今また緑スピリットを一名傷つけたということは、敵は当然そちらの治療にもエネルギーを割かなければならない。つまり治療が終わるまでの間、敵の実質的な兵力はたった二名にすぎない。
『現在、敵は緑スピリットが二人、回復魔法による治療に力を使っている。敵の防御は五分の二以下だ。一気に畳み掛けるぞ』
柳也が力強く叫んだその時、土嚢の壁に激震が走った。
どうやら敵の神剣魔法による射撃が開始されたらしい。数秒置きに五個とか、六個とかの火炎弾が炸裂し、その度に積み上げた土嚢が一つ一つ吹き飛んでいく。しかし、突破口を穿つにはいたらなかった。
――圧延均質甲板で三〇〇ミリ、強化コンクリートの壁なら四五〇ミリを貫通できるRPG-7の成形炸薬弾も、土嚢の壁に対しては二三〇ミリの威力しか発揮できない。この壁を正面から破壊しようと思ったら、戦車か砲兵部隊が必要だ。
柳也は自分たちの築いた土嚢壁が十分な効果を発揮していることにほくそえむ。戦車も砲兵も、スピリットが軍の主兵たる異世界には存在しない兵科だった。
『いかな堅陣も本格的攻勢の前では陥落する運命にある。だが、敵にはそのための戦力がない』
『ない袖は触れぬ、か。しかしサムライ、敵が迂回して壁の及ばぬ側面を衝いてきたらどうする?』
『そうならないように、戦うだけさ』
単純明快な答えを口にして、柳也はショート・ボウをセラスに手渡した。
その行動の意味を悟ったセラスは、僅かに不安を滲んだ声で言を紡ぐ。
『……行くのか?』
『ファーレーンとニムが所定の位置についた。援護を頼む』
『陣前減滅か。援護はまかせろ』
完全武装のセラスが硬い胸板を叩くのを見取って、柳也は土嚢壁構築の際に使用した梯子に足をかけた。火炎弾が炸裂するその都度、柳也の身体が震動で震える。彼は砲爆撃盛んな陣地に立て篭もる兵士はこんな気持ちなのか、と、衝撃の恐怖に顔を引きつらせながら、梯子を登った。
◇
『前方の壁に火力を集中させろ。魔法用のマナが尽きたら、接近して突破口を開くんだ!』
と、脇腹に負った傷も八割ほど癒えたアエラ・レッドスピリットは、しかしいまだズキズキとした灼熱の痛みに顔を真っ赤にして叫んだ。
言葉を一言紡ぐ度に、口から多量の唾に混じって赤い塊が飛び出す。
リニアの回復魔法によって外傷はほとんど目立たぬまでになったアエラだったが、いまだ身体の内側に残る傷は彼女の心身両方を蝕んでいた。
彼女は憎しみに血走った双眸を僅か五十メートル先の土嚢壁に叩きつけるや、まだ治療途中だというのに神剣魔法の詠唱を紡いだ。
――殺す。絶対に殺す。あたしに傷を負わせ、部下を殺したあいつら……絶対に、殺してやる!
いまやアエラの心には、まだ見ぬ敵に対する報復の一念、ただそれだけがあった。
狂気の眼差しに理性の輝きはなく、彼女の周囲を取り巻く二つの光玉……スフィア・ハイロゥも、穏やかな白光を失い、闘争本能の黒へと染まっていく。
――殺す。あの壁からやつらを引きずり出して、八つ裂きにしてやる。
アエラの鼻腔から、バッ、と鮮血が迸った。鞏膜の毛細血管が“ブチブチ”と音を立てて切れ、目尻から幾条もの血涙が流れ落ちた。
全身これ憎しみの炎と化したアエラは、無理に動けば傷が開きかねないのも構わず神剣魔法を撃ち続けた。負傷の上の消耗に、どんどん顔色が悪くなっていく。
もはや彼女の頭の中に、持久戦という言葉は存在しなかった。
『隊長、壁の上に誰か立っています!』
連続での魔法使用に疲労の激しい赤スピリットが叫んだ。
全員の視線がその方向に集中する。
なるほど、たしかに壁の上に、一人の男が立っている。ラキオス軍の士官であることを示す陣羽織を身につけ、腰に大小の刀を佩いていた。黒々とした太い眉と、大振りの双眸が意志の強さを感じさせる、長身の男だった。
『……人間、だと?』
アエラは慌てて魔法による射撃をやめた。
人間相手に神剣魔法を撃つのは不味い、という理性は、まだ残っていた。
神剣魔法による射撃がやんだのと同時に、男が口を開いた。五十メートルの距離を隔てた雨天の下、その男の声はよく響いた。
『我が名はリュウヤ…リュウヤ・サクラザカ! ラキオスのエトランジェなり!』
『エトランジェだと!?』
『神聖なるわが国の領土を侵す痴れ者どもがッ! 我が大義の剣を受けるがよい!!』
リュウヤと名乗ったエトランジェは、そう言って刀の柄に手をかけると、垂直に落ちる稲妻をその身に浮かべた二尺四寸七分の豪剣を抜き放った。
突然のエトランジェの登場に、一瞬、茫然となったアエラだったが、やがてすぐにふつふつと怒りが湧き上った。
――そうか! あの落とし穴も、この奇妙な壁も、すべては異世界からやって来たあの男の仕業か!
憎むべき敵は壁の上に立つあの男。得心したアエラは、中断した魔法詠唱を再開する。最大出力で放つファイアボールの直撃を受ければ、いかなエトランジェとて無事ではすまないはずだ。
『マナよ、火球となりて敵をなぎ払え。…ファイアボールッ!』
詠唱までに要した時間は僅かに三秒。
しかしその三秒間、標的のエトランジェはその場から微動だにしなかった。
やがて魔法陣が完成し、掲げた神剣の切っ先から、巨大な炎の塊が飛び出した。
召還した火炎弾は件のエトランジェを目指して、真っ直ぐ飛翔する。
降りしきる雨はなおも勢いを増し続けていたが、火炎弾の勢力を殺すほどではない。
その時、アエラの持つスピリットの目は、たしかに見た。
火炎弾を放った直後、柳也の唇が、ニヤリと、邪悪に吊り上った様子を、彼女は見逃さなかった。
「スタンピード、ファーレーン! ニム!」
アエラの耳朶を、聞き慣れぬ言語の発音が打った。アエラは知らなかったが、それは米海兵隊が突撃攻勢を仕掛ける時に伝統的に叫ぶ号令だった。
次の瞬間、アエラ達の左手から、一陣の黒い風が吹いた。
アエラが頬にむず痒い感触を覚えた次の瞬間、また腹部に、鋭い痛みを感じた。
いつの間に接近したのか、アエラの目の前を、仮面のブラックスピリットが通りすぎていった。
――伏兵、だと……!?
アエラの感じた驚愕は、しかし言葉にならなかった。
居合の第一閃で腹部を切り上げられ、返す刃で喉を裂かれたアエラは、その瞬間から言葉を失ってしまった。致命傷だ。いまやアエラの頭の中からは憎悪が消え、ただ悔恨の念だけが残った。
――なんて、迂闊な…。
アエラは伏兵の存在に気付けなかった自身を呪った。
前方の男と壁にばかり気を取られ、それ以外の周囲に対する警戒が杜撰になっていた。それでなくとも夜間雨天という悪条件が重なっていたのだ。伏兵による背後と側面からの奇襲攻撃に備えるのは、部隊指揮官として当然の配慮だった。それなのに、部下を殺されたショックで冷静さを欠き、そんな当たり前のことも忘れてしまった。
――あたしは、隊長失格だ……。あたしのせいで、オディールから託された部下を三人も死なせてしまった。
この上は敵と刺し違えてでも一矢報いねば、死んでも死にきれない。
アエラは最期の力を振り絞って目の前のブラックスピリットに神剣を振り下ろした。
だが振り下ろした渾身の一撃は、別な伏兵によって阻まれてしまった。敵はブラックスピリット以外にも、グリーンスピリットを潜伏させていたらしい。
シールド・ハイロゥの壁に攻撃を弾かれ、アエラの上体がのけぞる。
そしてその好機を、ブラックスピリットの白刃は逃がさなかった。
己の身体を刃が貫く直前、アエラの意識は、すーっ、と、消えていった。
生と死とを隔てたその一瞬、アエラが最後に見たものは、自分の放った火炎弾の直撃を受けながら、なおもこちらに向かって突進するエトランジェの姿だった。
◇
圧倒的に兵力で勝る相手に対して勝利を収めるには、奇襲攻撃しかない。
過去の戦例からそう考えた柳也は、敵の目を土嚢壁や自分に引きつけて時間を稼ぎ、その間に伏兵としてファーレーンとニムを迂回させ、側面あるいは背後を衝く、という戦術を実行することにした。
奇襲は見事成功し、最初のファーレーンとニムの先制攻撃によって敵は赤スピリット一名が消滅、続いて残る赤スピリットに傷を負わせるという戦果をあげた。突然の伏兵出現に動?した敵は思うような反撃ができず、その上で二人と柳也が合流した後は、ほとんど一方的な戦闘展開となった。敵に与えた被害は全滅という結果。
しかし他方、柳也達が負った被害もまた無視できぬものだった。ファイアボールの直撃弾を受けた柳也が、左胸を負傷してしまったのだ。
最大出力の火炎弾が命中する寸前にオーラフォトンシールドを展開していたから致命傷こそ免れたものの、ラキオス側の寡兵三人は、その治療のために腰を落ち着けねばならなかった。
『……まったく! リュウは無茶しすぎ』
回復魔法による治療の最中、ニムントールは頬をやや紅潮させて怒ったように言った。
敵の目を伏兵の自分達に向けさせないためとはいえ、指揮官自ら囮になった愚をなじると同時に、心から彼の身を案じた眼差しを向ける。
辛辣な言葉の中に彼女の優しさを感じた柳也は、肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
『そう言うなよ。敵の目をこちらに引きつけるためには、仕方のない事だったんだから』
『だからって最大出力のファイアボールを正面から受けるなんて、どうかしてる』
ニムントールは釣り目の双眸を、キッ、と細め、咎めるように言った。
回復魔法アースプライヤーの効果をできるだけ高めるべく、ニムントールは負傷箇所に直接手を触れて呪文を唱えていた。それだけにニムントールは、柳也の負ったダメージについて、本人以上によく知ることができた。
致命傷に至らなかったとはいえ、柳也の負ったダメージはそのまま放っていてよいものではなかった。ファスナーを下ろして覗く厚い胸板には、過酷な鍛錬の中で負った大小の傷痕とともに、黒々とした火傷の痕が刻まれていた。自然治癒力を高める緑のマナの作用によって火傷の痕は徐々に小さくなっていたが、治療を始めたばかりの最初は、とてもではないが直視できる状況ではなかった。
『……自分でも馬鹿なことをしたものだと思っているよ。でも、あのファイアボールを避けるわけにはいかなかった。ファイアボールを避ければ、敵は次に事実上回避不可能な広域神剣魔法を使ってきただろう。フレイムシャワーの中に、セッカ殿達を巻き込むわけにはいかなかった』
スピリットは基本的に人間を殺せない。しかしスピリット同士の戦闘に人間が巻き込まれて死んでいくのは別だ。当事者のスピリットにその気がなくても、戦闘に巻き込んで結果的に殺人を犯してしまうケースは、戦場では珍しくない。
『リュウヤさまはもっと自分のお身体を大切にするべきだと思います』
周囲への警戒に気を割くと同時に、隣で治療の様子を覗っていたファーレーンが、呆れたように言った。
彼女もまた、柳也の軽率に難色を示すと同時に、彼の身を心から心配していた。仮面に隠れた表情を窺い知ることはできないが、憂いを帯びた眼差しが、彼女の心情を語っていた。
『たしかに人間であるセッカさまたちを巻き添えにするわけにはいきません。でも、それでリュウヤさまが倒れられては、元も子もありません』
ファーレーンは厳しい口調で訴えた。
二個大隊対一個小隊という、絶望的に劣勢な状況から始まったバトル・オブ・ラキオスだったが、すでに自分達は三個小隊を壊滅させている。質の悪い一個小隊がこれだけの活躍をしているのも、すべては柳也の戦術によるところが大きい。戦略的にも、ファーレーン達の心情的にも、いま柳也を失うわけにはいかないのだ。
『…そうだな。なんといっても敵の戦力は二個大隊、こちらの戦力は一個小隊に過ぎないんだった。三個小隊を全滅させても、一人が動けなくなるほどの傷を負っては、総合的には敵の勝ちだ。少し軽率すぎた。申し訳ない』
自分よりも小柄なニムントールが治療しやすいようにと、仰向けに寝転んだ柳也は、そのままの体勢で二人に頭を下げる。
たしかに、いくら寡兵で囮に割ける人員がいなかったとはいえ、指揮官自らが囮になるというのは軽率だったかもしれない。致命傷でなかったからよかったものの、下手をすれば最初の一撃で自分は戦闘不能。せっかくの伏兵も、有効な奇襲ができなかったかもしれない。
『わ、わかればいいんだけどさ…』
柳也の謝罪に、ニムントールは目線を泳がせながら頷いた。
己に非があると認めれば、たとえ相手がスピリットであっても素直に謝罪する。異世界出身の人間だからこそ自然とできるその行為も、ファンタズマゴリア出身のスピリットにとってはやはりまだ慣れない事だったらしい。ニムントール同様に、傍らのファーレーンも少し戸惑った様子だった。
『……ほら、これで終わり!』
なぜかムッとした口調で治療の終了を宣言すると、ニムは柳也の胸から手をどけた。
柳也は起き上がると左胸に手を当てて治療の具合を確かめる。痛みはなく、火傷の痕もすっかり消えていた。訓練兵とは思えないほどあざやかな治療だ。エスペリアの回復魔法と比べても、遜色ない効果だった。
柳也は世辞や社交辞令を抜きにして、莞爾と笑って礼を告げる。
『ありがとうな、ニム。…ん、いい仕事だ』
『べ、べつにお礼を言われるほどのことじゃない……!』
これまた人間に礼を言われるという事になれていないニムントールは、顔を真っ赤にして後ろを向いた。
普段、気の強いニムントールの珍しい態度に、柳也は苦笑を浮かべながら心温まるものを感じていた。
『…うむ。惚れたぜ、その仕草に』
『……リュウヤさま?』
まるで初孫を見つめるかのような優しい眼差しの柳也に、他方、ファーレーンは訝しげな視線を向けた。
それに気付いた柳也は、親指を立てた右手をぐっと突き出して言う。
『大丈夫! ファーレーンの素顔にも俺はぞっこんLiebeドリームを見ているから!』
『……ぞっこんりぃべどりいむ?』
出身故郷のハイペリアですら理解できる人の少ない日本語、ドイツ語、英語の組み合わせを、ファーレーンが理解できるはずもない。
不思議そうに首を傾げるファーレーンの様子にしてやったりと笑った柳也は、ひとつ頷くと、真顔に戻った。
『さて、冗談はこの辺りにしておいて……』
『冗談だったんですか?』
『…………』
――これこれファーレーンさんや、なぜに残念そうなのですか?
今度は柳也が訝しげな目線を向ける番になる。
しかし彼は断腸の思いで質問することを断念すると、二人の顔を見回して、口を開いた。
『二人に悪いんだが、どうやらまた無茶をすることになりそうだ』
『……どういう意味?』
戦闘後の穏やかなムードから一転して緊迫した柳也の口調に、ニムントールが怪訝な表情になる。
柳也は、その問いに対して簡潔に答えた。
『新しい敵だ。数は三。やっこさんは、別働隊を編成していたらしいな』
◇
――同日、夜。
エルスサーオから南東約十キロの地点――
『……それで、状況はどうなっているの?』
オディール・グリーンスピリットは我知らず強い語調で前線から戻ってきたジャネットに詰め寄った。
その表情は硬く、緑の双眸は驚愕に見開かれている。
陽動部隊として先陣を切って出発したはずの第八小隊小隊長ジャネット・レッドスピリットが驚くべき情報を携えて帰還したのは三十分ほど前のこと。いったい何があったのか、ひどく精神を消耗したらしい彼女をなだめて、苦心の末その情報を聞き出したオディールの最初の反応は、『冗談でしょ?』というものだった。ジャネットがもたらした情報は、敵は落とし穴を始めたブービー・トラップによる防衛陣地を構築しているらしい、というものだったのだ。
スピリットが軍の主兵となって三百年以上、いまや途絶えて久しい前時代の軍事技術が出現したというジャネットの言葉を、オディールは最初半信半疑で聞いていた。
しかしジャネットの話を詳しく聞くにつれて彼女の話す内容が嘘でも冗談ではないと知ったオディールは、次第に事の重要性を認めていった。
『て、敵はエルスサーオから二キロの辺りから罠を張り巡らせていたんです。棘付きの落とし穴に、ワイヤーと連動したボウガン。最初にマージが落とし穴に引っかかって、次にソフィアがワイヤーを踏んでしまいました。それで、二人は……』
ジャネットは嗚咽をこらえ、ガタガタと身を震わせながら続くべき言葉を躊躇う。
それはよほど恐ろしい体験だったのか、歯の根が噛み合わぬジャネットの声は聞き取りづらかった。
『……あまりにも咄嗟の出来事で、防御が間に合わなかったんです。二人は、戦死しました』
『なんということだ!』
オディールの背後で、第三小隊小隊長のアメリアが呻くように叫んだ。
拳を傍に立っていた木に叩きつけ、雨でぬかるんだ地面を蹴る。戦いの中で死ぬならばまだしも、落とし穴に嵌まって死ぬなど犬死ではないか。
――いったいエルスサーオで何が起こっているの……?
エルスサーオの方角を向いたオディールは、胸の内で呟いた。
スピリットを相手に落とし穴を掘るなどこれまでに存在しなかったまったくの新戦術だ。
いったいいかなる経緯を経てラキオスがこの新戦術を思い至ったのか、オディールは不思議でしょうがなかった。敵の気持ちになって考えてみても、さっぱりわからない。ただ、オディール達がいる地点から約八キロの彼方で、何か得体の知れない事態が起きているのは間違いなかった。
その時、オディールの脳裏にアイリスの声が蘇った。それはラース襲撃事件の折、アイリスが口にしたエトランジェについての発言だった。
『……今回、召還されたエトランジェは伝説の四神剣の使い手という噂もある。もし、伝説の〈求め〉を手にしたエトランジェが、すでに実戦に投入されているとしたら…』
ラキオス政府は公式に認めていないが、ラース襲撃事件を終息に導いた部隊の中にはエトランジェの姿があったという情報もある。
もし、アイリスの言うように件のエトランジェがすでに実戦投入され、このエルスサーオの防衛の任に就いているとしたら、新戦術の導入も不思議ではない。
そう考えたオディールは、思わず身震いする。
敵はただ強いだけの兵士ではない。異世界で育ち、異世界の常識を学んだまったくの未知の存在、得体の知れない怪物も同然だ。ラキオスの蒼い牙が相手ならばまだ対処のしようもあろう。しかしエトランジェ相手の戦闘となると、どう対処すればよいか見当もつかない。ましてこれまで想像もつかなかった新戦術に対抗するとなれば尚更だった。
自分達の目指すその先に、噂のエトランジェが本当にいるかどうかはわからない。
しかし、いまやエルスサーオを通常の戦術で正面から突破することが困難となったのは間違いなかった。
オディールの脳裏に、“撤退”の二文字が浮かんだのも、詮無きことといえるだろう
――いったいどうすれば……?
オディールは両肩に装着した重装の肩当てにそっと指をやる。
こんな時、この肩当てを貸し与えてくれた猛将ならばどのような決断を下すだろうか。
猛将らしくこのまま作戦を続行するだろうか、それとも損害を考慮して撤退するだろうか。
あるいは、思い切った戦術の転換を決意するかもしれない。“鉄の山戦争”で数々の戦果を挙げたトティラ将軍だから、秘策の一つや二つ、用意しているかもしれない。
しかし、そういった秘策を持っていない自分に与えられた選択肢は、二つしかない。
その時、オディールの耳の奥で鈴の鳴る小さな音が響いた。
ついで頭の中に直接話しかけてくる、お馴染みの感覚。この世界に生を受けて以来、常に行動をともにしてきた親友の声が、オディールの頭の中で囁いた。
【オディール……】
永遠神剣第七位〈悲恋〉。ハイペリアでいうところの巴型薙刀に近い形状の神剣は、攻防両方をそつなくこなす頼もしいパートナーだった。また公私にわたってオディールに助言をくれる姉のような存在でもある。オディールが作戦のことで苦しんでいたり、私生活で悩んでいたりすると、いつも励ましてくれる大切な家族のひとりだった。
今回もまた自分が作戦のことで悩んでいるタイミングで声がかかり、オディールは胸の内で彼女に問う。
――…どうしたの〈悲恋〉?
【あなたが作戦のことで悩んでいるようだったから…つい、ね。ねぇ、オディール、私には難しい作戦のことはよくわからないけど、あなたの好きにしたらどう?】
――私の好きに? でも、それでいいのかしら?
【いいのよ、それで。たとえオディールの決断が間違っていたとしても、それは結果論にすぎないわ。私は、あなたがなるべく後悔しないような決断を望んでいるから】
――〈悲恋〉……。
生まれてからずっと側にいる彼女の言葉に、オディールはゆっくりと目を閉じ、己の内側を見つめた。
後悔ならすでにしている。誰一人死なせないために断行した兵力の分散が、ここにきて仇となってしまっているのだ。仲間に対する申し訳ないという気持ちは、胸の中で否応なしに高まっている。
だが、真に問題にすべきはこれからのことだ。
すでに散っていった彼女達のためにも、いかな選択を取ることが最良へと繋がるか。すでに二名以上の戦死者が出てしまったこの最悪の状況下で、なお最良な道筋は、いったいどこにあるのか。
オディールは神剣の気配を察知されるのを承知で〈悲恋〉の力を解放した。
神剣レーダーを発動し、周囲の反応を探る。
はるか八キロ以上の彼方で、六つの永遠神剣が激しくぶつかり合う気配を感じた。
オディールは、ふっ、と目を開いた。
進むべき道が、見えた瞬間だった。
『全員、戦闘用意。敵と刃を交える以前に戦死者を出した時点で、私の作戦は失敗よ。けれど、仲間達を戦地に置き去りにしたまま私達だけ撤退するなんて絶対にしてはならないことだわ』
オディールは全員を振り返って言うと、再びエルスサーオの方角に目線をやった。
『作戦目標変更。戦地に取り残された仲間を救出、後撤退。……トティラ将軍から預かった大切な兵力を、一人でも多く救い出しましょう!』
◇
――同日、夜。
オディール・緑スピリット率いる第一大隊が進軍を開始した同時刻――
エルスサーオ方面軍軍司令部には、多数のスピリットが詰め寄っていた。
『ジェイクさま! 我々はいつ出撃できるのですか!?』
エルスサーオ方面軍第二大隊隊長アイシャ・レッドスピリットは顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげた。普段冷静な彼女にしては珍しい。しかし彼女の同僚で、そのことについて無駄口を叩く者はひとりもいなかった。なぜならば彼女の同僚もまた同様にいきり立っており、アイシャに対してどうこう言える立場ではなかったからだ。
午後の訓練を終えてそれぞれの詰め所で休んでいた方面軍各小隊の小隊長が、エルスサーオ近辺における戦闘の気配を察知したのはあと三十分で日付が変わろうかという微妙な時間帯だった。
すでに何名かのスピリットが眠りに就いていたが、先のラース襲撃事件の教訓から各隊長は速やかに部隊の集結を終え、およそ十分で命令一過、すぐに即応できる態勢を整えた。
しかし、それからいくら待っても出撃の命令がやってこない。そればかりか防衛についての命令もなく、不思議に思ったアイシャ達は各大隊の大隊長とそのほか数名のスピリットを連れて方面軍司令部へと足を運んだ。そしてそこで、アイシャ達は信じられない事実を告げられたのである。
二十人近い人間が一堂に会せる司令室は奇妙なくらいに閑散としていた。本来ならば方面軍の権力者達が座っている二十の椅子のほとんどは空席で、ヤンレー司令以下方面軍の上級将校は誰一人いない。いるのは下級参謀のジェイク・ブリガンス一人だけだった。彼はハイペリアの一般的な軍制でいえば中尉の階級にある。
参謀といってもその役割は指揮官の補佐役に代表される今日でいうところの参謀ではない。むしろ原初の官僚的事務仕事を専門とする役職に近い。
そのジェイクは怒気も露わなアイシャの剣幕に全身から冷や汗を流していた。
ジェイクは一八五センチもの長身で、すらりとした二枚目だった。外見だけでなく頭の中身もスマートで、士官学校時代の成績は同期の誰よりも群を抜いていた。しかし、人間としての器は矮小な男だった。権力にへつらい、弱者に対しては徹底して高慢な態度をとる。しかし一人では命令一つまともに下せず、たとえ相手がスピリットであっても周りに庇護者がいなければ強く出ることのできないという、そんな男だった。
『先ほど当基地から約二キロの地点でマナの激しい上昇が感じられました。明らかにスピリット同士の戦闘の気配です。事実、その地点からは神剣の気配を九つも感じました。そのうちの六つは、すぐに消えましたが。
……これだけの証拠が揃っているのです。この基地の近辺で戦闘があったことは確実です。それなのに、どうして我々に出撃命令がないんですか? 方面軍のすべてを送り出すのが不安であれば、我々の第一大隊だけでも出撃させてください』
方面軍第一大隊隊長のルーシー・青スピリットが、戦闘の証拠を一つ一つ突きつけて、ジェイクの言葉を待つ。
ジェイクは動?した様子でしどろもどろに言葉を搾り出した。それはアイシャやルーシーらが待ちわびた言葉ではなかった。
『し、しかし、…今、司令部には貴様らに命令を下せる立場の人間が一人もおらんのだ。ヤンレー司令も、各大隊の指揮官も、誰一人として姿が見えん。私の立場では、貴様らに命令を下せないのだ』
『そんな…』
軍司令以下上級将校の不在。その事実を知ったアイシャらの顔が絶望に染まる。
続けたジェイクの言葉は、ほとんどアイシャ達の耳に入っていなかった。
『目下、全力で司令以下上級将校の行方を捜索中だ。各大隊に直接指揮・命令を下せる立場の将校を優先的に探している』
『ジェイクさまは指揮を執れないのですか?』
『わ、私は無理だ。参謀に指揮権はないし、第一、責任が持てん』
アイシャの問いに、ジェイクは上ずった声で答える。
これにはアイシャ達も開いた口が塞がらなかった。よりにもよって責任問題を理由に指揮を辞退するとは……。
『そういうわけだから、貴様らはもう少し待っていろ。私もこれから捜索に加わるから』
それじゃあ、とジェイク参謀は書類を手にし、逃げるようにその場を去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、アイシャの隣に立つセシリアは悔しげに涙ぐんだ。
今なら分かる。八日前にエルスサーオにやってきたエトランジェが、何のためにこの基地にやってきたのか……柳也は、この日のためにやってきたのだ。おそらく彼は、ラキオス王から直接エルスサーオの防衛を命じられたに違いない。そのために彼はセラス・セッカとともにエルスサーオへと来訪し、兵力としてファーレーンとニムントールの二人を与えられたのだろう。
――たぶん、アイシャ隊長たちが感じた戦闘の片方は、リュウヤさまたちだ。
そこまで思い至って、セシリアは彼らに対して何の手助けもできない自分を悔やんだ。
命令がなければ何もできない自分の身を呪い、悔しさに涙した。
目頭をこするセシリアの瞼の裏に、柳也の笑顔がよみがえる。
異世界からやってきたエトランジェ。スピリットを差別せず、自分の作った料理を喜んで食べてくれた初めての人間。
彼のために何かしてやりたいと思うのに、何もしてやれない。
セシリアはそのことが、無性に悲しかった。
◇
――聖ヨト暦三三〇年、エクの月、青、ひとつの日、深夜。
日付が変わり、また月も変わったその五分後――
遭遇戦の戦端を開いたのは、敵赤スピリットの神剣魔法だった。
『フレイムシャワー!』
どうやらこちらの接近を察知して待ち構えていたらしい敵小隊まであと八〇メートルという距離で、辺り一帯に炎の雨が降り注ぐ。
しかし神剣の力を発動しての接近を決意した時点で、あらかじめ敵の先制攻撃を予測していた柳也達は、『全員、散開だ!』という彼の号令に応じて、冷静に密集隊形を解いた。
フレイムシャワーは広域魔法の中でも下位の神剣魔法であり、その制圧面積は他の広域魔法と比較すると狭い。あらかじめ敵の行動がわかっていれば、青スピリットがいなくとも無傷でやり過ごすことが可能だった。
監視ブイの神剣レーダーで新たな敵の気配を柳也が察知した時、件の別働隊はすでにエルスサーオまで一・五キロの距離に迫っていた。
敵の編成は青一名、赤二名。
どうやら別働隊はブービー・トラップに引っ掛からなかったらしく、引っ掛かってもその損害は軽微だったらしい。正面からの陽動部隊よりも少し速い進軍ペースに、柳也達は神剣の力を解放して接近せねばならなかった。
この時点で、柳也は奇襲性と先制攻撃の機会を捨てていた。
たとえ神剣レーダーを機能させていなかったとしても、もともとスピリットはマナの変化に敏感だ。神剣の力を発動した状態での移動はいつ発覚してもおかしくない。そこで柳也は、むしろ敵の待ち伏せや先制攻撃への対抗策を講じることに全力を注いだ。
青スピリットが一人もいない柳也達にとって、最大の脅威が赤スピリットの神剣魔法となることは事前に予想されたことだった。対策の研究には人間のセラス達も交えて何時間も議論し、思いついた作戦はすべて実際に訓練で試してきた。
監視ブイからの情報で、敵赤スピリットの狙いが広域神剣魔法による一撃殲滅にあると知った柳也は、ただちにそれらの対抗策を実行に移すことにしたのである。
フレイムシャワーの先制攻撃によって散り散りにならざるをえなかった三人だったが、実戦三度目の柳也はもとより、ニムントールとファーレーンの間にも混乱は生じなかった。
あらかじめ敵の優先順位を決めていた三人は、落ち着き払った動作で各々の神剣を構え、戦端を開いた赤スピリットを目指した。
件の敵は、広域魔法の発射直後の反動で身動きが取れない。神剣魔法は大規模になればなるほどマナの消費も激しいから、発射直後は必然、そうならざるをえない。
柳也は閂に肥後の豪剣二尺四寸七分を抜き放つと、八双に構えた。腰を低く沈め、呼吸も細く突進する。一八二センチの柳也が大地を踏み鳴らす姿は、まるでバッファローの進撃を連想させた。
その黒髪の荒牛の両翼からは、右手側から黒い旋風が、左手側から緑の突風が続いている。
もうひとりの赤スピリットが援護のファイアボルトを放つも、彼我の相対速度が速すぎるため、命中弾はほとんどない。二、三発の火球弾が、肩口や脇腹を掠めていく程度だった。
――ファイアボルトの火球を一発、二発喰らったところで、どうとなる身体じゃない!
顔面を雨に叩かれ、肩からの白煙に頬を撫でられながら、柳也はニヤリと口元を歪めた。
命のやり取りをしているという確かな実感が、彼の顔に微笑を作っていた。
彼我の相対距離が二十メートルにまで迫る。
その時、二人の赤スピリットの背後から、青い影が飛び出した。
強く反り返った刀身を持ったサーベル状の永遠神剣を逆八双に構えた、青スピリットだ。
ウィング・ハイロゥの加速を得たその身は、高速で飛来する砲弾も同然だった。
青スピリットの逆八双が高く虚空に振り上げられ、走りくる柳也の左肩に振り下ろされた。
柳也の八双からは低い姿勢からのびやかな光線が飛び出した。
八双と逆八双、左右対称の構えから、死を誘う斬撃が放たれた。
互いにシールドを張る余裕はなく、突進する柳也の身体と、飛来した青スピリットの身体が入れ替わった。
そのかたわらを、ニムントールとファーレーンがすり抜けていく。
刹那の体裁きで斬撃を避けた柳也の鬢に一筋の亀裂が走り、そこから赤く細い滝が流れていた。
逆八双からの斬撃を掻い潜った低姿勢八双からの攻撃が、青スピリットの肩口から胸部を赤く染めていた。
青スピリットが崩れるように地面に転がった。
敵の屍を背後に、果断なき剣捌きを見せた柳也が走り抜けていった。
走りながら柳也は、次なる標的を探した。
前方では援護役の赤スピリットを、ファーレーンとニムントールが二人がかりで襲撃している。ファーレーンとニムントールのコンビは、数の上では二対二で敵と互角だが、なんといっても経験不足の訓練兵だ。質的には良くて一・五対二といったところだろう。二対一の状況に持ち込もうというその判断は、戦術的に正しい。
二人が援護役の赤スピリットを襲撃したことで、柳也の標的は必然的に戦端を開いた赤スピリットに定まった。
その赤スピリットはすでに神剣魔法発射直後の反動から脱し、詠唱時間の短いファイアボルトの射撃準備を始めていた。
再び八双に構えた柳也は、さらに勢いを増して突進した。
毎朝の走り込みで鍛えた柳也の下肢の力は、瞬発力に優れた黒スピリットをも凌駕する。
爆発的な加速力を身に受けた柳也は、素早く両の手の内を定めた。
一瞬先の未来には、遠心力を存分に上乗せしたオーラフォトンの刃が、脆弱なマインド・シールドを斬割することになる。
背後に気配を感じた。
理性はなく、ただ剣士としての本能が、身体を動かした。
咄嗟に右方向へと飛びのいた柳也は、前方の赤スピリットに放つはずだった一撃を背後へと回し斬った。
金属と金属のぶつかり合う音。
仕留めたと思っていた青スピリットが、最期の力を振り絞ってサーベルを握って立っていた。肩口から胸にかけての裂傷より、黄金の霧が噴き出している。血に染まったウィング・ハイロゥは光を失い、すでにその機能の大半を失っているようだった。
『やらせるものか!』
皓々とぎらついた眼光。
己を斬った相手に対する憎しみを超越した、仲間を守ろうとする真摯な決意。
度し難い眼力に射竦められ、柳也は一瞬、恐怖すら覚えてしまう。
しかし柳也にとって、戦いの中で生じる恐怖は、むしろ望むところだった。
柳也は恐怖を克服した時にこそ、初めて勇気が生まれることを知っていた。
彼は自分の肉体がいま感じている恐怖から、次なる行動のための準備を始めたことを実感した。四肢に流れる血液が激しく増加し、筋肉内の乳酸が燃えていた。呼吸も、心拍も数を増している。脳内で分泌されたアドレナリンが闘争への期待を煽り、コレチゾールが肉体の負傷に備えて血液に溶け込んでいった。
柳也は後ろに跳躍して距離を取ると、同田貫を正眼に構えた。肥後の刀工が生んだ二尺四寸七分の豪壮な刀身に、屹立した稲妻が走っていた。
他方、傷を負い、上手く力の入らない身体を揺さぶって、彼女は左腕を持ち上げた。
利き腕側の肩からを斬られ、左手一本でサーベルを支える青スピリットが取れる戦法は、必然、突きに頼らざるをえない。
柳也の口元が愉悦に歪んだ。
自分の一撃を受けて、なお立ち上がって仲間を守ろうとする相手に、最大の敬意と、戦いの喜びを覚えた。
両者の間合いは三間半。
先に仕掛けたのは青スピリットのほうだった。
すでに一撃を受けて、致命的なダメージを負っている彼女に、持久戦に持ち込むだけの体力はない。
正確な刺突の剣風が、柳也の胸を撫でた。
正眼に構えた柳也の剣が、襲いくる尖端を弾いた。
刺突を弾くと同時に、柳也は大きく前へと踏み込んだ。
身体ごと相手にぶつかり、青スピリットを吹っ飛ばす。
柳也の得意戦法の変形だ。
柳也はすぐさま同田貫を上段に構えなおした。
阿吽の呼吸で刀を振り上げ、そしてまた振り下ろす。
一切の呵責なく振り下ろされた大刀の物打が相手の額を割り、今度こそ青スピリットは絶命した。
次の瞬間、柳也の顔が苦痛に染まった。
目の前との敵に集中するあまり、それまで意識の外にやっていた赤スピリットのファイアボルトが、無防備な脇腹を抉っていた。
ニムントール達緑スピリットと比べれば神剣魔法に対して高い耐性を持つ柳也達エトランジェだったが、シールドしていない部分に何発も叩き込まれるとさすがに苦しい。
柳也は思わずよろめいた。
それに気付いたファーレーンが、そちらを向き、ついで悲鳴を上げる。
『リュウヤさま!』
『馬鹿、敵と戦っている最中に、余所見をするな――――――ッ!!』
柳也の叱責は、しかし〇・二秒遅かった。
目線のそれた一瞬の隙をついて、援護役の赤スピリットがファーレーンに斬りかかった。
ファーレーンの〈月光〉と、赤スピリットの双剣が激しくぶつかり合う。
それまで挟撃を仕掛けていた包囲の輪が崩れ、追い討ちをかけるようにもう一人の赤スピリットがファーレーンに突進した。切り結ぶファーレーンの側面をつく腹積もりだ。
赤スピリットは二つある双剣の刃を大きく振りかぶり、遠心力を存分に上乗せした強力な一撃を放った。
『お姉ちゃんっ!』
ニムントールの悲痛な叫びが、雨の戦場に反響した。
間一髪のタイミングで、ニムントールの展開したアキュレイドブロックの盾が、赤スピリットの攻撃を阻んだ。訓練半ばのニムントールだが、そこはやはり緑スピリット。赤スピリットの非力な攻撃など、シールド・ハイロゥはものともしない。
『お姉ちゃんは、ニムが守るんだから!』
すかさずニムントールは〈曙光〉を下段に構え、姿勢も低く疾走した。
標的はファーレーンと正面から切り結ぶ赤スピリットだ。
しかし、ニムントールが攻撃のための突進を開始したのとほぼ同時に、件の赤スピリットはファーレーンから離れた。代わって、ファーレーンの側面をついた赤スピリットが正面に回り込み、双剣の一刃で〈月光〉の斬撃を、残る一刃で〈曙光〉の刺突を弾いた。
仮面の奥でファーレーンの両目が見開かれ、ニムントールの表情が苦しげに歪む。
『ッ……!』
『こいつ……!』
先ほどまで戦っていた赤スピリットより、一段上の強さだ。
二対一という数の優位性が、まったく機能していない。
ファーレーンとニムントールの二人だけでは不利と判断した柳也が、痛みを堪えて走り出そうとしたその時、彼の耳朶を不吉な言霊が打った。
『マナよ、火球となりて敵を薙ぎ払え。ファイアボール!』
ファーレーンの間合いから離脱した赤スピリットの呪文詠唱。
下位神剣魔法のファイアボルトとは比べ物にならない量のマナが、赤スピリットの永遠神剣に集束し、巨大な炎の砲弾となって射撃された。その射線上には、ニムントールとファーレーンの姿がある。
柳也は考えるよりも速く駆け出していた。
ラース襲撃事件の際、敵の神剣魔法を受けたエスペリアがどれほどの傷を負ったか、あの時の記憶はいまも生々しく脳に刻まれている。
黒スピリットのファーレーンはともかく、緑スピリットのニムントールがあの直撃弾を受ければ、ひとたまりもないだろう。ニムントールにとって赤スピリットの火炎魔法は、生身の人間にとっての対戦車榴弾に等しい。
『ニム! ファーレーン!』
柳也は絶叫した。
絶叫し、力の限り走った。
火炎の砲弾が一メートルを進む間に、柳也は三メートルを刻んだ。
――〈決意〉、オーラフォトンを最大出力で展開しろ! ファーレーンとニムントールを守るんだ!!
【無理だ、主よ。先ほどからの戦闘でマナを使いすぎている。妖精達を屠って取り込んだマナは、いまだ我らの肉体に馴染んでおらぬ。いまの我らに、二人分のシールドを張る余裕はない】
『だったら――――――ッ!!』
柳也は同田貫を片手地擦りに、ぶつかり合う三人のもとへと突撃した。
赤スピリットをその間合いに納めた次の瞬間、柳也は身体を捻り、リリアナ仕込みのリープアタックを放った。
遠心力を乗せたオーラフォトンの刃が、受け止めた双剣の刀身を易々と砕いた。
一回転した柳也の目前に、ファイアボールの熱波が迫っていた。
燃え盛る火球の中心部は、とても直視していられるものではない。
柳也は左手を脇差の柄へと伸ばすや、片手だけでの抜刀を試みた。
だが、一挙動のみでは一尺五寸五分の刀身を抜き切れなかった。居合の技を知らぬ直心影流剣士・桜坂柳也だった。
柳也はもう一度抜刀を試みた。
今度こそ、無銘の脇差一尺五寸五分の刀身が抜き放たれた。
その時にはもう、火球は手前僅か数十センチの距離に迫っていた。
――間に合え……!!
柳也はニムントールらを庇うように前へ出た。
柳也は同田貫を握った右腕を眼前にかざし、左手首を捻った。
柳也の手から離れた脇差が、赤スピリットを狙って一条の光線と化した。
柳也の右腕に、ファイアボールがぶつかった。
ほぼ同時に、赤スピリットの胸を、脇差の刃が貫いた。
次の瞬間、柳也の目の前が紅蓮に染まった。
◇
遠くのほうから、すすり泣く声が聞こえた。
ここ数日ですっかり聞き慣れた少女の、しかし初めて聞く種類の声だった。
その音色を耳朶に感じた瞬間、柳也は己の五感が急速に研ぎ澄まされていくのを実感した。
どうやら気を失っていたらしい。
やけに重い瞼を開くと、すぐ近くにニムントールの顔があった。さらに後頭部に柔ら名かな温もり。どうやら自分は、膝枕をされているらしかった。
まるで泣き腫らしたかのように目元を真っ赤にしたニムントールの顔を見て不思議と安堵を覚えた柳也は、頬の筋肉を緩める。
しかしまた同時に、右腕と脇腹に鈍痛を覚えた柳也の表情は苦痛に彩られた。
『ニム…っぅ……うあ……』
『リュウ!? 気が付いたの?』
心配そうな声とともに、透明な雫が一滴、頬を伝って口の中に入った。かすかな塩味。ニムントールは“まるで泣き腫らしたかのように”ではなく、本当に泣いているらしかった。
『よかったぁ…よかったぁ……』と、言を紡ぐその度に、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちてくる。
頬を濡らすその感触は、本質的にはいまもなお降り注ぐ雨の雫が身を濡らすのと変わらないというのに、不思議と心地良いものだった。
『ニム…俺は、どれくらい気を失っていたんだ……?』
『ほんの一、二分です』
隣からファーレーンの湿った声。
首だけ動かして振り向くと、ニムントールの隣に座っていたファーレーンと目が合った。
相変わらず仮面に隠されたその表情を見ることはできなかったが、悲しみに曇った眼差しから、彼女もまた相当量の涙を流してくれたことが窺い知れた。
甲斐々々しく右手を握って、安堵した目線を落としてくるファーレーンの姿に、柳也は一瞬、返す言葉につまってしまう。
両親を失ってしらかば学園に入学してからというもの、自分のために流される涙が珍しい柳也だった。申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちとで胸がいっぱいだった。
『…心配、かけちまったみたいだな。……申し訳、ない』
やっとのことで咳き込みながら紡いだ言葉は、ありきたりな礼。
しかし月並みな言葉でも、彼の声が聞けることが嬉しいのか、二人は小さく微笑んで顔を見合わせた。
柳也は身体を起こそうともがいた。
身体中から灼熱の痛み。
気を失っている間にニムントールが治療してくれたのだろう。特別、大きな外傷は見当たらなかったが、一連の戦闘で蓄積されたダメージと疲労は、確実に己の身体を重くしていた。
このような状態になって、ようやくラース襲撃事件の際に負傷したエスペリアの気持ちを知る。なるほど、身体が思うように動かないというのは、たしかに辛い。
それでも気合一喝してなんとか起き上がると、柳也は手足の調子を確かめた。
膝は上がる。
腕も動かせる。
まだ、刀を握ることは可能だった。
『……右腕と、脇腹の治療はニムが?』
『うん。…でも、傷を治しただけ。一分とか、二分じゃ、いまのニムの力じゃ完全回復はできなかった』
柳也の問いに、ニムントールは悔しげに呟く。
自分達を守るために負った傷なのに、短い時間では完全に癒すことができない。訓練途中ゆえの力不足が、ニムントールの心を苛んでいた。
柳也はそんなニムントールが愛らしくて、思わず手を伸ばした。
二度にわたって自分の傷を治してくれた彼女の頭を、感謝の気持ちを篭めて撫でてやる。かつてハイペリアで悠人に何度も睨まれながら、幼馴染の少女に幾度となく繰り返してきた行為。慣れた手つきで何度も撫でさすり、彼女の髪の感触を楽しんだ。
『…いいや、ニムが悔いることはないさ』
『だって、ニムたちを守って負った傷なのに…』
『その傷がないだけでも、十分だ。ありがとうな』
柳也はニムントールに優しく微笑んだ。
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、ニムントールも心地良さげに笑う。
プライドの高い、いつもの彼女ならば決して許さないような行為。しかしいまは情緒不安定なのか、その行為をされるがままに受け入れている。
柳也はニムントールの頭を撫でながら、隣のファーレーンを見た。
『状況はどうなっている?』
『……良いとは言えません』
柳也の問いに、ファーレーンは一瞬、どう答えるべきか迷ったように沈黙した。
おずおずと紡がれたその言葉の詳細を問うまでもなく、柳也はすぐにファーレーンの言う“良いとは言えない状況”に気が付いた。
『これは……』
『はい。現在、エルスサーオに向かって神剣の反応が十二……それも神剣発動時の戦闘速度で接近中です』
『…………』
徐々にこちらに近付いてくる十二の気配に、さしもの柳也も返すべき言葉を見失った。
ただでさえこちらの消耗はピークに達しつつあるというのに、ここに来てさらに一個大隊の投入である。柳也の表情が苦痛とは別な原因から暗いものになるのも、無理はない。
――とはいえ、文句は言ってられないよな……。
どんなに悪い条件が重なって、最悪に近い状況だったとしても、軍人は命令に従わねばならない。そしていま、自分は軍人なのだ。
なによりいまの自分には、軍人としての義務以上に戦わねばならない理由がある。
いまもラキオス王城で軟禁されている佳織のため、リクディウス山脈で戦っている悠人達のため、そしていまだ行方不明の瞬のために、自分はいま、ここで戦わねばならないのだ。
柳也は盛大に溜め息をつくと、ニムントールの頭から手を離した。
敵一個大隊が向かってくる方角に身体を向け、ゆっくりと同田貫を抜く。
継戦意志も露わな柳也の態度に、傍らのニムントールとファーレーンは目を剥いた。
『り、リュウ……!?』
『まさか、その身体で戦うつもりですか?』
『そうだが?』
ファーレーンの問いに、柳也はにべもなく答えた。
振り返ったその顔には、不思議と穏やかな笑みが浮かんでいた。
『い、いくらリュウヤさまが強いといっても、その身体では無茶です!』
『うん。俺、いま、すっごく無謀な事をしようとしているよな』
怒気露わなファーレーンの言葉に、柳也はむしろ飄々とした声音で苦笑した。
『この消耗で一個大隊と戦おうなんて、いくらなんでも馬鹿げていると思うよ』
『だったら……!』
『ストップ。その先は口にするな』
柳也はファーレーンの言葉を制した。
『ファーレーンも軍人なら、その先は思っても、口にしちゃいけない』
『なんで……』
その時、ニムントールが俯き気味に、口を開いた。
その声はかすかに静かな怒りを帯びていた。
『ん?』
『なんで、リュウはそんな傷を負ってまで、戦おうとするのさ?』
『それは……』
任務だから、という軽々しい言い訳の言葉は、口から出る前にニムントールの視線に封殺されてしまった。
キッ、と緑の幼い眼差しが、柳也の顔を真っ直ぐ睨みつけてくる。
意志の強さを感じさせる瞳の輝きに、中途半端な理由では納得するまい、と悟った柳也は、とうとうと語り始めた。
『べつにそんな複雑な理由はない。いまここで戦うことは俺にしか出来ないことであり、俺がやらなくてはならないことだからだ。俺がやるべきことであり、俺自身、そうしたいと思っていることだからだ』
『そうしたいこと? 戦うことが?』
『ああ』
柳也は重々しく頷くと、エルスサーオからはるか遠いリクディウスの山々の遠景を眺めた。大地を叩く雨音はなお激しくなり、彼方の山脈は薄らぼんやりとした輪郭しか見えない。
『あの山の中では、いま俺がこうしている間にも悠人やアセリア達が……俺の大切な仲間達が、必死に頑張っているんだ。俺が一秒でも長くこの場を確保し続けることで、少しでもあいつらの負担が減らせるのなら、こんな痛み、どうってことない』
柳也はにっこり笑ってニムントールを、そして仮面のファーレーンを振り返った。
『……強い男になれ。どんな時でも、大切なものを守れる強い男になれ。俺の、死んだ親父の、最期の言葉だ。俺は、俺にとっての大切なものを守るために戦う。そのために立つ。それだけだ』
『……言ってて、恥ずかしくない』
『……実はちょっと』
呆れたように見上げてくるニムントールに、柳也は莞爾と笑いかけた。
『でも、カッコイイだろう? 正義のヒーローみたいで』
『ヒーローっていうほど、顔は良くないけど』
『…頼む。顔のことは言わんでくれ』
ハイペリアでの小鳥の発言をまだ根に持っているのか、柳也は溜め息混じりに肩を落とす。
そんな柳也を眺めて、いつしかニムントールの顔にも笑顔が戻っていた。
ニムントールは〈曙光〉を両手に立ち上がると、柳也の身に風の防御魔法を施した。
続いて隣のファーレーンに、最後に自分自身に、防御力強化の魔法……ウィンドウィスパーを唱える。
温かな風の恩恵が三人の身体を吹き、服に染み込んだ湿気が、面白いように消えていった。
『これでだいぶマシになると思う』
『だいぶ、じゃないわ。これで完璧よ』
仮面のファーレーンが力強く頷き、鞘に納められた〈月光〉を抜いた。
居合いの使い手である彼女が初めから剣を抜くということは、ファーレーンもまた柳也と同じく継戦を望んでいることを意味している。
『行きましょう、リュウヤさま。敵は一個大隊、正面から向かってきます』
『先遣隊から一人本隊のほうに戻って、罠の存在は知ったはずだが…。大胆不敵なのか、無謀なのか』
『こういう連中には、下手な小細工は無駄だと思う』
『そうだな。こちらも正々堂々、正面から征こう。ただし、先手はこちらが取るぞ』
ニムントールの提案に、柳也は首肯した。
先刻のようにファーレーンとニムントールを伏兵にしたところで、十二人もの兵力を相手に奇襲を成功させることは難しいだろう。あれは敵が四人にまで減っていたから成功した作戦だった。
しかし今度攻めてくる敵は違う。罠があると知りながら、猛烈果敢に攻めてくる真の精鋭だ。先ほどまでの敵とは、精神力が違う。よほど優秀な指揮官に率いられているのだろう。
近代戦を経験した現代人……特に、大和魂を標榜して負けた日本人にとって、精神力が戦闘の勝敗を左右するという精神論は過去の遺物となった感がある。しかし、兵器の性能が飛躍的に向上した現代でも、戦闘に精神力が及ぼす影響は計り知れないものがある。特に、白兵戦ではそうだ。互いの顔が視認できるほどの近距離での戦闘では、ほとんど精神力が勝敗を左右するといっても過言ではない。
――だが、精神力ならこっちも負けていない。
柳也は隣に並ぶ二人の顔を交互に見る。
実際に本物の戦闘を経験するのは今日が初めての二人は、いつの間にか一端の兵士の雰囲気が出ていた。
頼もしい彼女達の表情に安心感を覚えると同時に、彼女達も守らなければ、という義務感が湧く。
たった数日の付き合いでしかないが、すでにニムントールとファーレーンの二人は、柳也の大切なものの一つとなっていた。
『征くぜ、二人とも。バトル・オブ・ラキオスの最終章だ。ひとつ盛大に暴れてやろう』
『うん』
『はい』
頼もしい返事。
しかし、柳也は一応、念のために釘を刺しておく。
『作戦目標はエルスサーオ防衛線の維持だ。敵の殲滅が目標じゃあない。無理はするな。自分の命を最優先しろ。生きて戦い続けることが、俺達の任務だ。それに……』
柳也一旦そこで言葉を区切る。
彼は万感の思いを篭めて、口を開いた。
『……二人はもう、俺の大切な仲間なんだから』
『大切な仲間、ですか……』
その言葉を噛み締めるように、ファーレーンが呟いた。
柳也はゆっくりと頷く。
『そうだ。大切な仲間だ。異世界出身の俺には、スピリットとかエトランジェだとかのカテゴリーは関係ない。ニムとファーレーンは、俺の大切な仲間。ともに肩を並べて戦い、命を預けあう、〈戦友〉だ』
自然と口をついで出た、戦友という言葉。
漢字にすればたった二文字に過ぎないその言葉に篭められた絆は、時として親兄弟の情さえ超える。
その絆の強さが、此度の戦闘では何よりも重要な要素になる。
柳也は強い確信とともに前へと踏み出した。
【……やっと、呼んでくれましたね】
その時、柳也の頭の中で、金属の甲高い音が鳴った。
ついで永遠神剣が話しかけてくるお馴染みの気配。
しかし柳也の脳に直接囁いてきたその声は、〈決意〉のものではなかった。
〈決意〉の声のイメージは太く、そして男らしい。しかしたった今聞こえてきた声は、はるかに黄色い、女性的な声だった。不思議とどこかで聴いた記憶のある声だ。しかし、それがいつ、どこで聴いたのだったのか、すぐには思い出せなかった。
――〈決意〉……?
【違う。我ではない。我ではないが……しかし、これはいったい……主の身体から、我とは別な神剣の気配を感じる!】
突如として聞こえてきた声に、いや突如として体内に出現した神剣の気配に、普段冷静な〈決意〉が動揺に声を震わせていた。
精神を集中して視点を己の内側へと移すと、たしかに、〈決意〉とは別な神剣の気配を感じる。しかもその気配は、体内寄生型の〈決意〉とよく似ていた。似ているがゆえに、今までその存在に気がつかなかった。
――お、お前はいったい……?
柳也は動揺も露わに意識の奥底……己の身体の内に潜む、何者かに問いかけた。
マナを帯びた言霊を血液に浸し、その流れに乗せる。
もし自分の体内に潜む何者かが本当に永遠神剣だとしたら、全身を巡る血流から、その言葉を拾ってくれるはずだった。
はたして、数秒と間を置くことなく、返事は返ってきた。
【お前はいったい……って、酷いですね。忘れてしまったんですか? わたしのこと?】
柳也の問いに対して、ちょっと拗ねたような声と感情のイメージ。
謎の永遠神剣の言っている意味がわからず、柳也は首を傾げる。
【ほら、夢の中で何度も会っているじゃないですか? わたしたち】
――夢の中? ……ああっ!
そこで柳也ははたと思い出す。どこかで聴いた覚えのある声だと思っていたが、それもそのはずだ。ラース襲撃事件でセーラを倒した辺りから、連日のように見ている不思議な夢。この声は、あの夢の中に登場する少女の声ではないか。
――き、きみはあの夢の女の子だったのか?
【ピンポ〜ン! 正解で〜す♪】
柳也が思い出したことがそんなに嬉しいのか、謎の永遠神剣……夢の少女の声が、はずんだものになる。
夢の少女は明るい口調で続けた。
【わたしは柳也様の中に潜むもの。柳也様の意志に与するもの。わたしは柳也様の血。柳也様の肉。柳也様の骨。柳也様の臓物……。柳也様の肉の欠片の一片々々にいたるまでが、わたしの存在。わたしは柳也様の血。わたしは柳也様の肉。わたしは柳也様の骨。わたしは柳也様の臓物。わたしは柳也様の……剣】
自分は柳也の剣と、最初に出会った時の〈決意〉と同じような台詞を並べ立てて、夢の少女は楽しげに言葉を紡いでいた。
一方の柳也は、あの時と同じように、あの時以上の驚きとともに、あの時と同じ言葉を紡いだ。
――お前の、名前は?
【わたしの名前は、〈戦友〉。永遠神剣第七位〈戦友〉……】
〈戦友〉なる神剣が名乗り、柳也の頭の中に雷鳴のように情報の奔流が落ちてきた。
<あとがき>
タハ乱暴「永遠のアセリアAnother、EPISODE:22、お読みいただきありがとうございました!」
北斗「今回は全編にわたってシリアスな話だったな」
柳也「俺のカッコイイシーン満載の、ドリームな話だったぜ。……これで、エピ20の変態評価も覆るってもんだ!」
北斗「おそらくそれは無理だろう。……ところでタハ乱暴?」
タハ乱暴「んう?」
北斗「お前の隣にいるその娘御は誰だ?」
ロファー「…………」
タハ乱暴「ああ、この娘? 俺の嫁」
ロファー「…………(無言でインパルスブロウを放つ)」
タハ乱暴「アウチ! アウチ!」
柳也「はっはっはっ! タハ乱暴、そんな嘘をつくからボコられるんだよ。その娘は俺の嫁に決まって……」
ロファー「…………(無言でヘブンズウォードを放つ)」
柳也「オウチ! オウチ!」
北斗「ふっ……柳也、お前も愚かな男だ。そんな見え透いた嘘をつかなければ全身打撲にならずにすんだものを……その娘は、決まっている。俺の愛人……!」
“ズキューン!”(どこからともなく響く謎の銃声)
北斗「…………ふっ、バネッサめ、また腕を上げたな……ガクッ」
アセリア(北斗代役)「……ん。それで、結局、誰だ?」
ロファー「嘘ゲッターチーム改め、ラキオスゲッターチームのろふぁーです」
アセリア「ロファーか。……ん。わかった。仲良くやっていこう」
柳也「さらりと流した!?」
タハ乱暴「くっ……やはりアセリアに北斗の代わりは務まらないか! 素直すぎる」
・
・
・
・
・
柳也「……で、本当に君はいったい誰なんだよ? ベイビー赤ちゃん?」
ロファー「わたしはあなたの掘った落とし穴で命を落とした青スピリットです」
柳也「……あれぇ? でも、特殊作戦部隊の名簿にロファーなんていたっけ?」
ゆきっぷう「すべては、計算どおりだ。私はタハ乱暴が横文字キャラ名のネタが底を尽いた隙に名簿を改竄したのだよ」
タハ乱暴「ち、違うぞぅ! 俺は天才だー! 俺は生まれついてのシリアス小説家なんだー! そんな俺が、横文字のストックが尽きるなんて絶対にありえない! ありえないんだ!(激しく自己暗示中)」
柳也「自己暗示に没頭しているタハ乱暴は置いといて……え? つまり、ゆきっぷうの完全オリジナル?」
ゆきっぷう「その通りだ。ロファー・ブルースピリット、またの名を『雪花』のロファー。身長147センチ、体重37キロの仔犬系だが特技は体術だ。落とし穴で負傷したため、左足は義足になっている」
柳也(変態)「それであの闇舞北斗(ロリコン)が惹かれたのか……し、しかしゆきっぷう? 赤、緑と続いて青スピリットの設定を捏造するのはわかるが、なんでエリカとか使わなかったんだよ?」
ゆきっぷう「ふっ……三度目の正直という奴だ。俺とて作家の端くれ、一人ぐらいオリジナルを(無理矢理)押し込んでおくべきだと思ってさ」
アセリア「……でも、登場したのたった一話。しかも本編に名前が出ていない」
ゆきっぷう「ぐっはぁっ!」
クリス「出番が問題じゃないわ。それに、出番の少なさでいったら最近はアセリアだって」
アセリア「わたしは原作メインヒロインだから」
セーラ「くっ、これが原作登場ヒロインの余裕だというの!?」
ゆきっぷう「愚か、愚かなり! 俺が自作SSでメインに据えたヒロインはサブヒロインでかつ戦死フラグ持ちだ!」
柳也「メインヒロインねぇ……って、そういやこの作品のメインヒロインって、ホントいったい誰なんだよ? そろそろ教えてくれたっていいじゃねぇか、タハ乱暴?」
タハ乱暴「んう? そんなに速く決めてほしい? じゃあ、パー子で」
柳也「パー子かよ……」
ロファー「パー子、誰ですか?」
パー子(腰をくねらせ登場)「あたしのことよん♪」
アセリア「…………(パー子の登場に五歩引く)」
ロファー「……セーラ姉さま、怖いです」(セーラの後ろに飛び込む)
柳也「こ、怖いとか言うな! アレでも、俺のパートナーらしいんだから。……不本意では、あるが」
クリス「っていうか男……」
パー子「失礼しゃうわねー。あたしは、体は男でも心は女よん♪」
タハ乱暴「柳也はこいつ合体することで超戦士に変態することが出来るんだ! ……詳しくは『キンのコハナは聖夜に咲く』を読んでねん」
ゆきっぷう「だぁぁぁぁぁぁぁ! こらっ、タハ乱暴!」
タハ乱暴「なんだよ? 不服か? ゆきっぷう? 宣伝がいけないのか? じゃあ、お前の話も宣伝してやるよ(上から目線)。まぶらぶりふれじぇんす、ヨロシク」
ゆきっぷう「よろしくお願いしますー……じゃなくて! オディールの装備についての解説はいつになったらやるんだ!?」
タハ乱暴「次回」
柳也「まぁ、オディールとの戦闘は次回に持ち越しらしいからな」
パー子「柳也ぁ、あんた大丈夫なのん? 体ボロボロで、〈決意〉ちゃんは役立たずだし……なんだったら、あたしがそっちに行って協力してあげるわよん?」
柳也「あー……パー子、気持ちはありがたいんだが、次回、俺もパワーアップするらしいからな」
アセリア「パワーアップ?」
柳也「今回の話のラスト、読んでないのか? いよいよ彼女の出番だぜ」
ロファー「……わたしですか?(ちゃっかりと)」
ゆきっぷう「違うから。君たちの使命はこのあとがき世界をタハ乱暴たちから奪回――――じゃなくて守ることなんだから」
ロファー「……もう、本編の出番はないのですか。残念です」
アセリア「……ん。リュウヤが殺したから」
タハ乱暴「酷いよなー。まともな戦いならともかく、罠だぜ? 罠?」
柳也「それを書いているのはお前だろう!?」
アセリア「でも、落とし穴を掘ったのはリュウヤ」
柳也「……はい。ごめんなさい」
タハ乱暴「アセリアには頭が上がらんなぁ、相変わらず。あ、ちなみにロファーの設定については後日、ゆきっぷうが本格的に書く予定だから、ヨロシク」
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タハ乱暴「さて、今回も色々と収拾のつかないあとがきだった」
北斗(包帯を巻いた状態)「しかしそれももう終わりだ。いつもの締めといこう」
タハ乱暴「そだね。永遠のアセリアAnother、EPISODE:22、お読みいただきありがとうございました!」
北斗「次回もお付き合いいただければ幸いです」
柳也「今回もお読みいただきありがとうございました! では!」
罠は思った以上に戦果を上げたのかな。
美姫 「こっちの世界では新しい戦術」
故に戸惑うか。だが、今度は正面からぶつかるからな。
美姫 「どうなるかと思ったけれど、新しい神剣が目覚めたみたいよ」
これで一体どうなるのかは分からなくなったな。
美姫 「次回がとっても楽しみです」
次回も待っています。