――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、緑、ふたつの日、朝。

 

首都ラキオスから真東へと伸びる街道に、やたらやかましい、調子外れのメロディラインがはじけていた。

歌い手は勿論、桜坂柳也。そして曲のジャンルは無論、軍歌である。

「国を出てから幾月ぞ〜、ともに死ぬ気でこの馬と〜」

自動車や戦車といった陸戦兵器が実用に耐えうる代物に熟成されるまで、馬という活兵器は陸軍にとってなくてはならぬものだった。古くは古代エジプトの戦車に使われ、モンゴル帝国の時代には世界最強の騎馬軍団の原動力となり、近代に入っても長らく馬は兵士とともにあった。第一次世界大戦で機関銃が登場し、いよいよ騎兵の優位性が消滅してもなお、馬の輸送力は歩兵の機械化が上手くいかぬ国にとっては貴重なものだった。

日中戦争当時の日本陸軍においても、馬は軍隊の戦力として欠かせないものだった。当時、すでに列強は歩兵の機械化に邁進していた中、日本軍にはいまだ騎兵隊があり、馬は将校の足として重宝され、また輸送・運搬の主力だった。それゆえに良質な軍馬の確保は重大な課題であり、国民の馬事思想普及のために昭和十三年に製作されたのが、行進曲『愛馬進軍歌』であった。

「攻めて進んだ山や河〜、とった手綱に血が通う〜」

名曲である。二〇〇六年に日米共同で製作された『硫黄島の星条旗』、『硫黄島からの手紙』ですっかり有名になった栗林忠道中将(当時大佐)、そして西竹一中佐(当時少佐)も製作に関わり、馬と前線の兵士の関係を一曲の中で見事に歌い上げた名歌である。

しかし、そんな名曲も柳也の手にかかっては……もとい、喉にかかっては、どうしようもなかった。

『エトランジェよ、ハイペリアの歌はみなこのように、その……独創的な歌なのか?』

『言わないでくれ。柳也だけが例外なんだ』

先頭を行き進む柳也の背後で、馬に乗ったセラスが隣の悠人に話しかける。

悠人はげんなりとした表情で肩を落としつつ、背負った荷物を億劫そうに歩いていた。

さらにその後ろでは、顔を真っ赤にしたエスペリアと苦笑いを浮かべるオルファ、そして、いつもの無表情ではなくやや青ざめたアセリアが、三者三様の面持ちで後続している。

『……歌詞だけ聴くと、良い歌なんだけどな』

『そうなのですか?』

『今、歌ったところは……“攻撃の雨の中、お前(馬)を頼りにのり切って、任務を果たしたあの時は、泣いて喜んで感謝して、秣を食べさせたものよ”……って、感じかな』

『……なぜでしょう? とても良い歌詞だとは思うのですが、まったく感動できません』

『…っていうか、リュウヤの歌って……』

『ん…リュウヤの歌、下手』

「伊達に佩らぬこの剣〜、真っ先駆けて突っ込めば〜」

背後で交わされている会話の内容も知らずに、柳也の歌も徐々に佳境に入っていく。

いよいよ敵陣に突撃し、大活躍の嵐が吹き、栄光の勝利を掴んで凱旋……。六番の『兵に劣らぬ天晴れの、勲は長く忘れぬぞ』が終わり、柳也の愛馬心は絶頂を迎えた。

しかし、興奮する柳也とは対照的に、背後の五人が注ぐ視線は冷ややかだった。

特別任務を与えられた柳也達と魔龍討伐を命じられた悠人達の六名は、首都ラキオスか東に伸びる街道をのらりくらりと歩いていた。柳也達の向かうエルスサーオと、悠人達の目指すリクディウス山脈は、途中までの道のりを共有している。『せっかくだから途中まで一緒に行こうぜ』という柳也の提案を、悠人達が拒む理由はなかった。

リクディウス山脈に源流を持つサードガラハム湖を左に眺めながら、進軍する一行の足運びは拙かった。

先頭を進む異世界からの少年が、ほとんど観光気分で其処彼処に目線をやっては足を止め、エスペリア達にものを訊ねてくるからだ。

首都の外が物珍しいのか、遠くリクディウスの山々を見つめ、野に咲く一輪の草花に目線を落とす柳也の眼差しは、好奇心旺盛な少年のように輝いていた。

柳也達がラキオスの外に出るのはこれで二度目だが、先のゲットバック作戦は急を要する任務だったため、外の世界をよく観察する時間はなかった。しかし今回の任務では、悠人にも柳也にも、作戦日数にある程度の余裕が与えられている。

せっかくやって来た異世界の風景を、ゆっくり見物したいと思う柳也の心情もわかる。

エスペリアとセラスは少し呆れたような眼差しを向けながらも何も言わず、柳也ほどではないとはいえ、観光気分には賛成な悠人も、特にその行動を止めようとはしなかった。ちなみにアセリアは相変わらずの無表情。オルファは柳也と一緒になって行軍を楽しんでいる。

『この森はね〜、ネネの実以外にも美味しい木の実や果物がたっくさんあるんだよ!』

『へぇ…そいつはいいな。また生活が苦しくなった時に重宝しそうだ』

『柳也……お前、異世界にまで来て野宿するつもりかよ?』

『いやだから、生活が苦しくなった時だって。……ま、もっともその懸念はいらないだろうけどな。今の俺らは軍隊勤めだ。ラキオスという国が健在である限り、食いっぱぐれる心配はないだろう』

『でも、俺、今日までに給料を貰った覚えがまったくないんだけど』

『…………』

『…………』

『え、エスペリア!?』

『お、俺達って、ただ働きじゃないよな? 違うよな? そうじゃないって言ってくれ、エスペリア!』

『え、ええと…その……たいへん申し上げにくいのですが……』

そんな微笑ましい(?)やりとりを交わしながら歩くこと一刻半、一行はやがて二十キロ余りを歩き終えようとしていた。のらりくらりといってもやはりスピリットの健脚、馬の下肢だ。時速六キロを超える早歩きのペースだが、柳也達に特に疲れた様子はみられない。

先頭を行く柳也の足が、不意に歩みを止めた。

ずっと一本道だった街道が、二股に分かれている。一方は北に向かってリクディウスの山々へ続くルート、もう一方はこのまま東に進んでエルスサーオに向かうルートだ。

『…さてと、それじゃあ、悠人達とはここらで一旦お別れだな』

柳也は背後の魔龍討伐隊を振り返ると、別離の笑みを浮かべた。なにもこれが永遠の別れになるとは限らない。困難な任務に立ち向かう彼女らを見送るのに、悲しい顔はむしろ不要だ。

『次に会えるのは早くても十日後か』

『はい。私たちの任務がつつがなく済めばの話ですが』

これから戦場へ向かうというのに、エスペリアは……いや、エスペリアのみならず、スピリットの少女達は誰一人として暗い顔をしていない。死地に赴くという意識はないらしく、生きるために戦場へ向かう仲間達を柳也は頼もしく思った。

『エスペリア達に限ってそれはないだろう』

『楽観は禁物ですよ?』

『楽観視しているわけじゃないさ。信頼しているんだよ。エスペリアや、アセリア、オルファのことを。勿論、悠人のこともな』

柳也は少女達の隣でひとり暗い面持ちをしている悠人に目線を転じた。

今更ながら友と別行動を取ることに不安を感じたか、寂しげに揺れる瞳が、柳也の顔をじっと見つめてくる。

「……そんな顔するなよ、悠人」

柳也は苦笑すると日本語で言った。

「なにもこれが永遠の別れってわけじゃないんだ。お互い、遅くとも二十日後にはラキオスに着くんだから、再会はあっという間だ」

「けど、そんなのわからないじゃないか。今回の任務で、俺か、お前のどちらかが死んだりしたら……」

「まぁ、大丈夫だろう。悠人の周りを守っているのは、“ラキオスの蒼い牙”を始めとする歴戦の猛者達だ。俺の方も、特別任務って言っても、仕事は王の指令書をエルスサーオ方面軍の軍司令に手渡して、返事をもらうことだけだし。…特に俺の方は、命の危険は皆無に等しい」

「でも、俺達の方は、今回はお前抜きで戦わなくちゃいけない」

「おいおい、昨日、言っていた事はどうした? 俺抜きでも大丈夫なんじゃなかったか?」

なおも不安そうな悠人に、柳也は穏やかに笑いかけると、二歩前に踏み出して彼の両肩を優しく叩いた。

「大丈夫だ。お前の側には、俺がいなくてもアセリアがいる。エスペリアがいる。オルファがいる。お前の仲間を信じろ。…それから、お前自身を信じろ。お前の持つ神剣の力を。それを握るお前の力を」

肩に置いた手を下に運び、柳也はここ数週間ですっかりたくましくなった悠人の手を握り締める。確かな手応えと、握力が返ってきた。無骨で硬い手だった。小鳥が愛し、佳織が愛する少年の手だ。

「俺は、そんな……」

「俺は信じているぜ。高嶺悠人の側にいる仲間の力を。そしてその中心にいるお前の力を。……変なプレッシャーをかけるつもりはないけどさ。俺は、高嶺悠人は本気になれば、〈世界〉だって敵じゃないって、思っているんだぜ?」

「それは…いくらなんでも大袈裟じゃないか?」

あまりの褒め言葉に、悠人の顔に思わず苦笑がはじける。

まだぎこちないその笑みに、不安の足音は先ほどよりは少ない。

「大袈裟なんかじゃないさ。俺は心の底からそう思っているんだからよ」

柳也はそこで一旦言葉を区切り、ニィ、と口元だけを歪めて笑って、聖ヨト語に切り替えた。

『よおし! 一向に不安の取れぬ悠人のために、今から俺がおまじないをしてやろう』

『は? おまじない?』

『ああ。これは悠人専用のおまじないでな。これをやると高嶺悠人は一念発起。通常の三倍の力を引き出すことができる!』

自信たっぷりに言い切る柳也の様子に、悠人のみならずセラスやエスペリア達も目を丸くする。

オルファひとりが『へぇ〜、パパすご〜い!』とはやし立てる中、柳也はよく通る声で宣言した。

『もし、悠人が今回の任務でしくじって、死ぬようなことがあれば……佳織ちゃんは、俺がもらう』

『…………』

一同、一瞬の沈黙。

悠人は上を見て、下を見て、右を見て左を見て、もう一度右を見て、ようやく柳也の言葉の意味を理解すると、わなわな、と震え出した。〈求め〉は相変わらず沈黙したままだというのに、黒いマナの気配が尻上がりに湧き上がり、凄絶な眼差しが柳也を射抜く。

『やらん…やらんぞ……お前みたいなちゃらんぽらんな男に、佳織の夫は務まらん!』

『ほら、怒り三倍、引き出す力も三倍』

柳也はエスペリア達に、くっくっ、と笑いを噛み殺しながら言った。

『りゅ、リュウヤさま…たしかに今のユートさまからは平時の三倍以上のオーラフォトンを感じますが、これは……』

『……ん。ユートのマナ、すごく黒い』

エスペリアが引き攣った笑みを浮かべ、アセリアが半歩退いてなぜか〈存在〉を中段に構える。

柳也のすぐ隣で、凄まじいオーラの波動が燃え滾っていた。

『リュウヤァァァァァァアアア…………!!』

『そんな風に怒ってももう何もかもが遅い。俺と佳織ちゃんの間に漂うラブ・ドリームは、お前如きの力ではどうにもならんほどに巨大化しているのだ!』

柳也は、からから、と笑うと、悠人の手を手離した。

そのまま背を向けると、逃げるように走り出す。

『それじゃあエスペリア、後のことは頼むぞ!』

『え? あ、あの、ユートさまは……』

『そのままの状態をキープし続ければ戦力三倍だ。維持するかどうかの判断はエスペリアに任すよ。…セッカ殿、行こうぜ』

『うむ』

セラス・セッカの馬が嘶き、馬蹄を地面に打ち鳴らした。

『柳也!』

猛然と走り出した柳也達の後ろ姿に向かって、悠人が叫ぶ。

立ち止まり、振り返ると、どうやらエスペリアは怒りの状態を維持するよりも正気に戻すことを選択したらしい、悠人は僅かな不安を宿した視線を、こちらに送っていた。

すでに柳也達と悠人達を隔てる距離は約六十メートル。

柳也は、腹の底から大声を搾り出して、返事をした。

『ラキオスで会おう!』

柳也は再び踵を返すと、悠人達からの応答を待たずして走り出した。

その隣で、軍馬の嘶きと足音が鳴る。時速六キロのスローペースから一転して、時速二十キロの巡航速度への加速だった。

時速二十キロが巻き起こす旋風に声を乱しながら、セラスが隣から問いかける。

『あのような別れ方で、本当に良かったのか?』

『…ああ』

応答する柳也の横顔に、もはや喜色はない。

凄絶に笑うその表情には、剣士としての本性が見え隠れしていた。

『言ったろう? 永遠の別れってわけじゃないし、そうするつもりもない。…たとえエルスサーオでどんな強敵と遭遇しようと、俺は絶対に生き延びてみせる』

固い決意に染まった言葉は、いったい何を意味しているのか。

少なくとも、王の指令書を軍司令に届けるだけの単純な任務でないことは明らかだった。

柳也は、そしてセラスは、行き先のエルスサーオでの戦いを覚悟していた。

柳也はおもむろに懐中の文に手を伸ばすと、確かな感触を指でつまんだ。その内容を思い出し、決意も新たに足を動かす。

騎士と侍の二人は、街道を夢中で走り続けた。

 

 

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another-

第一章「有限世界の妖精たち」

Episode18「特別任務」

 

 

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、緑、ふたつの日、昼。

 

〈――リーザリオの第三軍に動きが見られた。二個大隊になんなんとする戦力がラシード山脈での山岳戦闘訓練を終え、リーザリオに帰還した模様。突然の二個大隊の帰還はリクディウスの守り龍を討つためと思われる。エトランジェ・リュウヤとセラス・セッカはただちにエルスサーオに赴き、敵の迎撃に備えよ。これは魔龍討伐本隊の援護作戦である。貴官らの働き如何次第で、今後のラキオスの国防方針が決定されると考えよ。なお、本指令書末尾に現地の軍司令部に協力を要請する符丁を記載した。本指令書は処分せずに現地司令官に渡されたし〉

懐に差し入れた指令書の内容を思い出しながら走ること一時間、桜坂柳也とセラス・セッカの二人は首都を除けばラキオス最大の都市、エルスサーオに到着した。人口二五〇〇人を抱える巨大都市だ。農業に適した豊穣な平野が多く、年間に産出されるマナ資源もラキオスで二番目に多い。敵国との国境線に最も近い都市ながら、経済の中心地として、物心ともに賑やかな街だった。

エルスサーオに到着した柳也とセラスは、観光気分は程々に、早速方面軍司令部へと足を運んだ。

贅を尽くしたラキオス城と違い、エルスサーオの軍司令部はより実戦的・防御に機能的な造りをしていた。ラキオス王城が中世暗黒時代の流れを汲んでいたのに対し、エルスサーオの砦はむしろ戦争の盛んだった古代に多く見られた、軍事拠点としての性格が強いように思える。

最前線に近いだけあって人間の兵士も重装で、ここもラキオス城とは違う点だった。なにより、王城勤めの兵士達とは目の色が違う。飢えた野生の狼のような殺気を発散している。

砦を守る番兵のひとりをつかまえて来訪の事情を説明すると、いくつかの手続きの後、ふたりは軍司令の執務室に通された。

『中央から来なさったか。それはご苦労であった』

首都圏からやって来た二人の男に、現地司令官ヤンレー・チグタムは尊大に言った。恰幅のよい大男だ。しかし、軍服を着込んだ肉の盛り上がりはお世辞にも筋肉には見えず、一挙動のたびに揺れることから脂肪と見受けられた。歳の頃は五十代前半か。同じ五十代でも、柊園長とは比べるまでもない身体つきだ。

セラスは一目でこの男に対して不快感を覚えたらしい。

嫌悪を帯びた横顔に柳也は小さな溜め息を漏らしつつ、ラキオス王からの書状をヤンレー司令に手渡した。

指令書を読み終えたヤンレーは、次の瞬間信じられないことを口走った。

『なるほど、お話はよく分かった。しかし陛下が案ずるには及ばず。わがエルスサーオ方面軍の防備は磐石ゆえにな。貴公らは安心して首都に帰られよ。なんならばこのエルスサーオに数泊してもらっても構わぬぞ? エルスサーオには首都にもいない一流の娼館があるゆえな』

『…………』

柳也とセラスは顔を見合わせた。

最前線にほど近い司令部の、最高指揮官とも思えぬ発言だった。

『……失礼ですがヤンレー閣下は、何をもってエルスサーオの防備は磐石とお考えなのですか?』

柳也が、震える敬語で目上の司令に訊ねる。

レンヤー司令はいかにも億劫といった様子で答えた。

『わが方面軍は最前線にほど近きこともあり、士気は旺盛。たかが二個大隊程度の戦力で落とされるものではない』

『敵もおそらくその事は承知の上で、進軍してくると思われます。それに敵の目的はエルスサーオの陥落ではなく、リクディウス山脈に棲む魔龍の討伐です。何か策を講じてくるのは必定。その事についてはどうお考えなのですか?』

『第三軍の司令はトティラ・ゴート。あの男は猛将などと言われておるが、単細胞なだけだ。あやつの指揮する軍勢など、突撃戦術しかしてこないだろう』

『その決めつけの根拠は!?』

ついにセラスも我慢できなくなったか、眦を吊り上げて口を開いた。

『馬鹿に将軍は務まりませぬ。スア・トティラはかつてこのエルスサーオ数百メートル手前まで国境線を伸ばしたバーンライトの英雄です。突撃戦術のみに頼る低劣な指揮官が、このような快挙を成し遂げられましょうか!?』

『私も同意見です。戦争において唯一確実な事は、確実な事は何もないという事です。敵が僅か二個大隊の総力を挙げて突撃戦法に終始すると決めつけるのは、失礼ながら幻想でしかありません!』

ついに大声を上げてまくし立てる二人に、しかしヤンレー司令は心底うんざりとした眼差しを向けるだけだった。早くこの話を打ち切りたいという内心が、言葉の端々に現れている。

『ふむ。貴公らの言い分ももっともだな。それに陛下も貴公らの申し出には出来る限り応えてやるよう指令書に書かれておられる。

…よかろう。貴公らの協力要請には本職も出来る範囲で応じよう。魔龍討伐の本隊が任務を完遂するまで、敵軍に対する防備については貴公らに一任する。……しかし、もし防衛に失敗したその時には、分かっておろうな?」

ねっとりとした、蛇のような視線。砦を守る兵達が宿す野生動物の眼差しではない。毒牙を持ちながらその使いどころをわきまえぬ、飼いならされた蛇の瞳だ。与えられた権力を己の保身のためのみに使い、自分の勲章にしか興味のない男だった。

こんな男の肩に、悠人達の任務成功が懸かっているというのか。

ラキオス王とのファーストコンタクト以来、久しく苛立ちを覚えなかった柳也は、憤りを感じていた。

『……わかりました』

柳也は、尻上がりに燃えつつある怒りを必死になだめながら、平静を装って言った。

『その時には我々が責任を取りましょう』

『早速ですが閣下、防衛計画を練るために少しその辺りを歩きたいと思います。十分な挨拶もせぬ非礼をお許しください』

セラス・セッカが、騎士らしくきびきびとした動作で腰を折った。

柳也もそれに習って腰を折ると、首都からやって来た二人の頭に、ヤンレー司令の猫なで声が降りかかった。

『まぁ、そう急がなくてもよかろう。時間はたっぷりある。それよりも貴公ら、酒は嗜むクチかね? 今宵は貴公らの歓迎パーティを催したいのだが』

『……申し訳ありませんが、遠慮させていただきます』

セラスが、硬い声で言った。ヤンレー司令が、首都からやって来た二人に取り入ろうとしているのは明らかだった。

柳也はエルスサーオ方面でいまだに国境線争いの小競り合いが止まぬ理由が、少しだけ分かったような気がした。

 

 

――同日、昼。

 

執務室を辞した柳也とセラスは、早速エルスサーオ郊外を離れて街の外に出た。具体的な防衛計画を立てるのに、必要な情報を集めるためだ。

城壁を一歩踏み出ると、そこには見渡す限りの平原が広がっていた。土地の起伏は少なく、遮蔽物になりそうな岩や木々の類も見られない。比較的青マナと緑マナを多く感じる豊穣な土壌が、平坦な地形をつくっていた。

柳也とセラスは二キロほどを自分達の足で歩いてみて、変化に乏しい地形を確かめ、足を止めた。

背後にはリクディウス山脈を始め、敵対的な環境が揃っているというのに、この辺りはなんとも穏やかだ。

平坦な土地が広がり、敵の進軍を発見するのは容易に思えた。しかし、敵の発見が容易ということは、敵からの発見も時間の問題と思わねばならない。

『セラス殿が敵の指揮官だったら、どう攻める?』

『……これだけ平坦な地形が続いていると、どの方角からでも遅滞なく攻めることができる。部隊を小分けしていくつかのルートを同時に進み、機動力で相手を翻弄しつつ、その隙に戦力を集中させた別働隊をリクディウスに向かわせる……というのが、定石だろうな』

『俺もおおむねその意見に賛成だな。敵の真の標的はリクディウスの守り龍だ。魔龍と対決する時までに、なるべく戦力は温存しておきたいと思うはず。やっぱり、敵に的を与えるだけの突撃戦法はないと思う』

柳也は皮肉に笑うと、二キロ先からでも視認できるエルスサーオの砦に目線を向けた。

そもそも、砦などの防衛拠点を攻め落とすのに集団突撃は適さない。たしかに攻撃力のすべてを前面に集中した集団突撃は強大無比な威力を持っているが、そうした集団突撃の攻撃力をも計算して築いた、強固な防衛陣地を突破するには向かない。二十世紀に入って機関銃が登場すると、その傾向にはますます拍車がかかった。

なにせ標的は向こうから勝手にやってくる。防御側は特に狙いを定めず弾幕を張るだけで、その威力を殺ぐことができる。また先頭の敵を倒すことができれば、将棋倒し効果も期待できる。

ファンタズマゴリアには機関銃は存在しない。エーテル火薬はハイペリアの火薬ほど製造が容易でなく、取り扱いも難しいことから、銃器の発展はまだこの世界ではみられない。

しかしファンタズマゴリアには銃器の代わりにレッドスピリットの神剣魔法がある。呪文詠唱が必要なため、機関銃ほどの発射速度を持たない神剣魔法だが、その点はスピリットの数を揃えることで補える。

『そもそも、敵の目的は城攻めじゃない。集団突撃戦法に固執する必要なんて、まったくないんだ』

柳也は思案顔になると、辺り一帯の地形をつぶさに見回した。

これだけ広大な平野だと、攻める側も守る側も、工夫する余地が少ないから、その分、知恵を絞らねばならない。

『問題を整理しよう。今回の戦略目的は、リクディウス山脈で作戦中の悠人達の任務を成功させる事、そのための援護する事だ。目的完遂のための戦術目標としては、悠人達が任務を達成するまでの期間、予想される敵の侵攻をここエルスサーオで食い止める事。ここを通さなければ、悠人達は後顧の憂いなく戦うことができる。これ以上の援護射撃は、ないはずだ』

『問題は目標達成のための手段だな。ヤンレー司令の態度は、どう控え目に捉えても協力的とはとても言えん。スピリットの一個小隊でも貸してくれれば、上々といったところだろう。最悪、サムライと私の二人だけで戦うような事態にもなりかねん』

『なあに。戦力差と寡兵は覚悟の上さ。それに、多少、劣勢な方が燃える』

不敵な笑みを浮かべる柳也だが、セラスの表情は硬い。

『多少の戦力差…か。スピリットの一個大隊は最小の規模でも定数十二。二個大隊ならば二四だ。彼我の戦力差は十二対一。人間の私を勘定に入れなければ、二四対一だ。これを多少とみるか』

『多少…だな。実際に、これ以上の戦力差の戦いを、俺は知っている。ハイペリアの実例だが』

柳也はそう言ってその場にしゃがみこむと、青マナと緑マナを強く含んだ地面に手をのばした。豊穣で柔らかな土の感触が、指にひんやりと心地良い。

農業に適していると同時に、柳也の考える防衛計画にも適した大地だった。

『俺達の目的はこの防衛ラインで敵を食い止めることであって、敵を殲滅することじゃない。総力を挙げて防御に徹すれば、二四対一の戦力差も、十分、補えると思う』

『いかなる堅塁をも本格的攻勢の前には陥ちる運命にある』とは、香港攻略作戦での栗林忠道中将の言葉だが、絶対防御は不可能でも、長持ちさせることはできる。当の栗林中将自身、硫黄島でそれをやっている。

米軍が硫黄島という小笠原方面に浮かぶちっぽけな島に対して空襲を開始したのは昭和十九年の六月一五日のこと。年明け後の二十年二月一九日に米海兵隊が上陸し、同年三月二六日に、総司令・栗林忠道の戦死をもって、組織的戦闘は終焉を迎えた。空襲が始まってから約二八〇日、海兵隊の上陸開始から三五日間にわたって、栗林中将旗下小笠原兵団は硫黄島を守り抜いたのである。小笠原兵団の兵力は二万九三三名。対する米軍は上陸兵力だけで約六万一〇〇〇名。兵力差は約三対一で、しかもわが軍には制空権がなく、戦車も装甲車に毛が生えたような九七式中戦車が十一輌、軽戦車が一二輌という陣容だった。対する敵軍の航空戦力は、最終的には朝鮮戦争まで運用され続けた海軍の“コルセア”、帝国海軍の零式艦上戦闘機の好敵手“ヘルキャット”を始めとする戦闘機群のほか、艦上爆撃機が雲霞の如く硫黄島に襲いかかった。海軍戦力は陣容を書くだけで、小さな冊子が作れよう。海兵隊を支援する強力なM4シャーマン中戦車は、それぞれ一個大隊に一個中隊がついた。戦車中隊は三〜四個の戦車小隊と、支援小隊から構成される。一個小隊の戦車は四〜五輌。なんと二個中隊で、帝国陸軍の戦車部隊を質量ともに凌駕する。米軍戦車の投入数は二一〇輌。戦車戦力の差は九対一以上。

軍事に精通していない人間でも、いや小学校の低学年でさえ、単純な数字を見比べればどちらが優勢かは一目瞭然だろう。硫黄島の小笠原兵団は負けるべくして負けたといえる。しかし、そんな圧倒的な戦力差を前にして、組織的な敗北までに三五日、勘定の仕方次第では約二八〇日も耐えたこと、そして太平洋戦争を通して米軍の損耗が日本軍よりも多かった唯一の戦例という事実は、いま戦史を読んでも驚愕に値する。

香港攻略作戦の折、栗林中将の語った『いかなる堅塁をも〜』は、奇しくも未来の硫黄島での出来事を暗示していた。しかしその運命の日まで、栗林中将は耐えに耐えて一ヶ月以上を守りきった。

柳也は土地の土をひとつまみとって、人差し指の腹を舐めた。

苦い。しかし彼の表情は辛酸に渋くなることなく、凶悪に輝いていた。

柳也の凄絶な横顔に何か感じたか、セラスは硬い声音で問いかける。

『何をするつもりだ?』

『…とりあえず、当面は穴掘りだな』

柳也は不敵に笑うと、徐に地面を拳骨で叩いた。

柔らかな手応えが、巌のような拳に返ってくる。

『機動力を駆使して攻撃が予想されるなら、こっちは機動力を殺すための準備を整えよう』

『落とし穴を掘るつもりか』

セラス・セッカが唸った。

彼の知る限り、スピリットに対して落とし穴を掘って対抗するなど、前例のないことだ。

『できれば、時間の許す限り他の罠も仕掛ける。何も複雑な仕掛けを作る必要はない。単純な仕掛けでも、一つ設置しておけば、あとは敵が勝手に複数あるって勘違いしてくれる。空を飛べない赤と緑の進軍を、大幅に遅らすことができるはずだ。空を飛べる青のスピリットや、……俺はまだお目にかかったことはないが、黒のスピリットなんかには効果が薄いだろうけど、この二種だけで突破できるほど、エルスサーオの防衛力は軟弱じゃないだろ』

『赤と緑の足を止めれば、青も必然的に止まると?』

『さっきも言ったが、敵の目的は守り龍の討伐だ。本番の戦いの前に、損耗のリスクが大きい戦闘は避けたいはずだ。消耗を最小に抑えようと思ったら、消滅魔法の使える青は必要不可欠だろ』

『ふむ。ずいぶんと都合の良いように思えるが……たしかに、限られた時間と戦力ではそれが最良の手段か』

『ゴフ殿にも頑張ってもらうぜ。罠の設置に関してもそうだが、ダメージを与えられなくても、弓矢でのアウトレンジ戦法は機動力重視の敵に対して極めて効果的だ』

柳也はセラスを本当の名で呼ぶと、ゆっくりと立ち上がった。

『準備を始めよう。とりあえず俺はヤンレー司令に進言して、一人でも多くのスピリットを貸してもらう。セッカ殿は必要な資材と、労働力を少なくとも十人…できれば、二十人集めてくれ。人間を集めるのは、エトランジェの俺よりも同じ人間のセラス殿の方が適しているだろ』

柳也は今後の行動について淡々と語った。

あの司令が柳也達の要請に素直に応じてくれるとは思えなかったが、今は遠い悠人達のためにも、自分には今回の任務を成功裏に終わらせなければならない。

そのためには、一人でも多くのスピリット、一人でも多くの人手が必要だ。

また、こうした遮蔽物のない平野では、ファースト・ストライクの権利をどちらが握れるかで、その後の戦況が大きく左右される。敵にもこちらの気配を知らせてしまう、神剣のレーダーを使うことなく先に敵を発見するための工夫も考えねばならないだろう。

とにかく、やるべき事は山積みだった。

そしていつ攻めてくるかもわからぬ敵に対して、柳也達に与えられた準備期間は十分とは言い難かった。

先のラース襲撃事件のように、敵はすでに国境線を越えているやもしれないのだから。

 

 

――同日、夕方。

 

エルスサーオ司令部に戻った柳也は早速ヤンレー司令に方面軍の戦力を回してもらうよう要請した。ヤンレー司令は柳也の申し出を快諾し、夕方までには選別を終えると言った。

そして夕刻、再び司令部の執務室に足を運んだ柳也とセラスは、選抜されたスピリットに関する書類に目を通して、思わず眉をひそめた。協力要請に応じて貸し出されるスピリットは僅か二名、しかもまだ訓練途中の新兵だったからだ。

『……要請した戦力は、スピリットの四個小隊のはずでしたが?』

紙面上に染み込んだインクがつくる文字の羅列を何度も目で追い、書かれている内容が自分の見間違いでないことを認めた柳也は、感情を押し殺した硬い声音で問うた。

柳也とて要求した戦力がそっくりそのまま与えられるとは思っていなかった。せいぜい半分が叶えられれば上出来と考え、最低でも欲しい戦力の四倍の数字を提出した。

しかし彼の要望は四分の一でも棄却され、結局、与えられた兵力は当初の要請の六分の一。それも双方ともにまだ訓練途中という、質の面でも柳也の要求を下回っていた。

『先のラース襲撃事件の後、わが方面軍もラースの警備力強化のためにスピリットを派遣している。貴公らに貸し出せる戦力の余裕が、そもそもわが軍にはないのだ』

柳也の問いに、ヤンレー司令はいかにも無念そうな口調と態度で答えた。

訓練途中の新兵を回した事についてセラスが触れると、

『エルスサーオは最前線に最も近い拠点です。戦力の損耗も激しく、質の良い兵力は不足しがちなのですよ、騎士殿』

「嘘をつくな」と、柳也は胸の内で呟いた。

ヤンレー司令に待たされた夕刻までの間、柳也はエルスサーオ方面軍の実力を知るために訓練場に足を運んでいた。そこで柳也が見たのは、統制の取れた方面軍スピリット部隊の迅速な行動だった。質が悪いなどととんでもない。あそこまで統率された部隊は、ラキオスの首都直轄軍の部隊にもそうはいなかった。

ヤンレー司令は明らかに戦力の出し惜しみをしている。スピリットは国家の保有する貴重な戦力、重要な財産だから、失うリスクを避けたいと考える司令の気持ちもわからなくはないが。

スピリットを一人失っただけで、下級士官ならばそれだけで首が飛び、それが何人も続くと、たとえ方面軍司令といえども立場は保証できない。

要望が叶えられなかったのは、スピリットの数だけではない。

手渡された資料の中には、防衛陣地の設営に不可欠な資材と、貸し出される人手についての記述もあった。

それによると罠の設置に必要な資材は柳也達が真に欲する量の四分の一にすぎず、貴重なエーテル火薬にいたっては記述そのものがなかった。また人手に関しては十人どころか七人しか貸し与えられず、柳也達の防衛計画は早くも先行きの不安なものになりつつあった。

――こんな調子じゃ本当に硫黄島と同じ展開じゃないか…!

栗林中将の硫黄島防衛戦略も、物資不足に泣かされた計画だった。栗林中将が硫黄島に赴任した昭和十九年の当時、すでに太平洋の制海権と制空権は米軍に奪われ、日本軍は満足な物資の輸送ができない状況だった。内地でも物が不足し、そもそも補給物資自体が不足していたのである。しかしそれでも、海軍は船を持っていたのでまだましだった。問題は船を持たない陸軍で、物資の輸送には主に飛行機があてがわれていた。しかし陸軍の一〇〇式輸送機の物資の搭載能力は、兵員十一名と僅か三〇〇キログラムに過ぎない。海軍に頼んでやって来てもらう輸送船の多くは、駆逐艦の護衛すら付かずに敵の潜水艦によって沈められてしまった(陸軍の輸送船団はすでにほとんどが沈んでいた)。

また栗林中将旗下の小笠原兵団の多くは弱卒で、兵員の質も通常の歩兵師団より劣っていた。

このような自軍の内情に加えて、敵軍との圧倒的な戦力差を撥ね退け、空襲開始から約二八〇日、上陸開始から三五日にわたって硫黄島を守り続けた栗林忠道中将は、やはり名将と評される正当な権利があるだろう。

古今東西、攻勢では敵なしと謳われた将軍が、防御に回ると途端弱くなってしまうことがある。攻撃と違って防御は自分の思い通りにならないことの方が多く、それだけに難しい。防衛戦を指揮する将軍には、いわゆる名将知将と呼ばれる輩よりも、さらに頭抜けた力量が必要とされる。

はたして、ほんの数ヶ月前はただの学生、実戦を知らぬミリタリー・オタクだった自分に、それと同じことが可能だろうか……。

柳也は手元の資料と睨めっこを続けたまま、暗い前途に嘆息した。

とはいえ、溜め息ばかりついていられる状況でないのもまた事実だった。

自分達の双肩には、悠人達の未来が少なからず懸かっているのだ。友のため、仲間のため、そして幼馴染の少女のため、与えられた材料を駆使して上手くやり抜くしかない。

柳也は手渡された資料の数々を一旦机に置くと、ヤンレー司令に向かって口を開いた。

中央からやってきた二人の男に対し、無念そうに謝罪する男に、柳也はむしろ慈愛の笑みを浮かべた。しかしそれは酷薄だった。

『司令の英断と協力に感謝します』

柳也は言葉少なく言い切ると、ヤンレー司令の顔をじっと見つめた。司令の目が途端に落ち着きをなくし、動揺しているのがはっきりと見受けられた。

司令の様子を不審に思ったセラスが、ヤンレーの目線の先を追って隣を振り向く。セラスの背筋が、思わず震えた。慈愛の笑みをたたえた横顔には、歴戦のセラスをして恐怖を覚えてしまう凄みがあった。とてもではないが、十代の少年が放つ気配とは思えない。

どうやらこの少年は、追いつめられれば追いつめられるほど、思考はより冷静に、より柔軟になっていくらしい。そして戦士としての猛気は、果てしなく冷徹に、刃のように研ぎ澄まされていく。

柳也は資料を脇に抱え込むと、席を立った。

慌ててセラスもそれに習う。

『防衛計画の内容を煮詰めたいと思います。今日はこの辺りで、失礼させていただきます』

『う、うむ…』

文句ひとつ言わぬ柳也の態度が予想外だったらしいヤンレー司令は、茫然とその背中を見送った。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、緑、ふたつの日、夜。

 

執務室を退室した柳也とセラスは、与えられた資材や人員について、自分達の目で確かめるべく行動を開始した。

まず罠の設置に不可欠な資材の配給量が、ちゃんと書類通りになっているかを確認するため、工作物資の管理を任されている部署、そして柳也達に渡される予定の資材が保管されている倉庫へと足を運ぶ。ただでさえ少ない配給を、さらに削られているとしたら防衛計画そのものが崩壊しかねないので、一つ一つリストと実際の量を照らし合わせる二人の目は、真剣そのものだった。

やがてそれらの調査作業がすべて異常なしという結果で終わり、方面軍兵食堂で遅い食事を摂った後、二人はそれぞれ与えられたスピリットと兵士の顔ぶれを確かめるため、別行動を取ることにした。

セラス・セッカは人間の兵士達が日常を営む兵舎へと、柳也は件の二人が住んでいるという方面軍のスピリット詰め所に足を運ぶ。

ヤンレー司令から受け取った方面軍基地の見取り図をエーテル灯の光で照らしながら、柳也は暗い夜道を歩いていた。

柳也のModel603.EZM3はすでに午後八時を示している。電話のないファンタズマゴリアだからアポイトメントを取ることはできず、突然の訪問になってしまうが仕方がない。礼儀知らずな男と蔑まれるのは覚悟の上だった。なにしろ、自分達に与えられた準備期間は、いつ終わるかわからないのだ。一日の間にやれる事なら、出来る限り多くやっておきたい。

――資料によれば片方はまだ戦闘訓練を始めたばかりのグリーンスピリット。もう片方の方は、それなりに訓練は進んでいるみたいだが、ブラックスピリットときている…。

すでに何度か目を通している、小脇に抱えた資料の内容を思い出しながら、柳也は表情を曇らせる。

訓練兵ということで、どちらも実戦経験がないのは勿論のことだが、それ以外にも不安材料はいくつかあった。

片やまだ訓練を始めたばかりの新米兵、片やそれなりに訓練を進めているとはいえ、柳也にとっては味方としても、敵としても未体験の黒のスピリットという存在。

その特性に関してエスペリアから一応の講釈を受けてはいる柳也だが、実際に自分の目で確かめたわけではないので、不安は拭えなかった。四種のスピリットの中でも、特に多彩な特徴を持つ黒のスピリットは、他の三種に比べて非常に癖が強いという。それだけに用兵には高い技量が求められ、使い方次第では戦闘の展開が左右されることも少なくないといわれた。

――二名とも訓練の継続は必須だが、問題は俺がブラックスピリットの特性を把握するのに、どれだけの時間を要するかだ。

多彩な特徴を持つ黒スピリット。それだけに一つ一つの特徴に目が奪われて、本質的な強さを見誤ってしまうという愚だけは避けたい。

かつて戦車の特性を理解できぬまま終わった帝国陸軍と同じ徹を、ここで踏むわけにはいかないのだ。

そんな事を考えながら歩を進めていくと、やがて時刻は八時二十分。ようやく目的の洋館の姿が見えてきた。

ラキオスで柳也達が暮らしていた屋敷より、いくらか背が低い。敷地面積もさほど広いとはいえず、窓の並びの間隔から、遠目にも一部屋の狭さが窺い知れた。手入れする者がいないのか、庭は狭いというのに、自然の逞しさだけが強調されている。

玄関の前に立ち、来訪を告げるベルを鳴らした。

エーテル灯の火を消し、待つこと数分。慌てた足音が近付いてきて、ドアが開いた。

『…どちら様でしょうか?』

顔を覗かせたのは赤髪の少女。眉目秀麗な顔立ちがなんとも柳也の好みと合致しているが、残念ながら緑でも黒でもない。

柳也は内心がっかりしつつ、一瞬、返す言葉に迷った。

『先日、この国に召還されたエトランジェです』などと正直に話せば大騒ぎになることは目に見えていたし、かといってスピリット用の戦闘服を着た兵士なんて存在は珍しい。

結局、無難な答えとして、

『ラキオス王城から来た者だ。とある任務で、こちらの方面軍に厄介になっている』

と、言った。

首都圏からやって来たという言葉に驚いたか、レッドスピリットの少女が目を丸くする。

『中央の方ですか?』

『ああ。…夜分遅い来訪とは存じているが、こちらも急ぎの用でな。申し訳ないが、上がらせてくれないか?』

人間にしてはやけに丁寧な態度を怪訝に思いながらも、とりあえずレッドスピリットの少女は柳也を館の中へと招き入れる。

ドアを閉めた柳也の目線は、自然と其処彼処に飛んだ。外観同様に、内装も首都直轄部隊の詰め所とはかけ離れたみすぼらしさだった。

レッドスピリットに案内されて、柳也は食堂へと足を運んだ。すでに全員揃っての夕食は終わった後か、食卓には数人のスピリットがティーカップを前に談笑している。

しかし来客の存在に気付き、さらに案内役の少女が『中央からのお客様よ』と説明すると、場は和やかさとは縁遠い緊張感に包まれてしまった。食堂にあった視線が一斉にこちらを向き、柳也は気恥ずかしさから思わず顔をそむけてしまう。

『…そんなに見つめないでくれ。君達みたいな美人に一斉に見つめられると、さすがに恥ずかしい』

柳也はわざとおどけた口調で言うが、場の緊張感は一向に薄れなかった。

それどころか緊張の度合いはますます増したように思える。どうやら自分の冗談は逆効果だったらしい。

柳也は小さく溜め息をつくと、意を決して食堂にいる顔ぶれを見回した。

青が三人、赤が三人、緑が一人いるが、ブラックスピリットの姿はない。また緑の一人も、資料に記載されていた年齢とは違っているようだった。

『この館のスピリットは、これで全員か?』

『いいえ。いま、青が一体、緑が二体、黒が一体、入浴中です』

誰と指定したわけでもない問いかけに、隣に立つ少女が口を開く。どうやら彼女がこの館の管理責任者らしい。

毅然とした態度とはきはきとした調子の声が、ますます柳也の心の琴線を揺り動かす。思い返すと、色々な意味で惜しまれるヤンレー司令の人事だった。

『その中にニムントール・グリーンスピリットと、ファーレーン・ブラックスピリットはいるか?』

柳也は資料に記載された両名の名前を思い出して訊ねた。

すると、隣に立つレッドスピリットの少女のみならず、食堂にいる全員が訝しげな眼差しを柳也に向ける。

見上げてくるいつくもの瞳の中には、みな例外なく柳也に対する不審と、そして不安そうな輝きが宿っていた。

『はい。その二人なら只今、入浴中ですが……あの、二人が何か?』

『いや。その二人が君達の考えているような無礼をしでかしたわけじゃない。ただ、俺の任務を手伝ってもらう人手を貸してほしいとヤンレー司令に申し出たところ、その二人の名前を挙げられたものでね』

『ヤンレー司令が、ですか…?』

その名前を呟く一瞬、少女の表情がやや険を帯びたように見えたのは、柳也の気のせいだったか。

少女はすぐに得心した様子で頷くと、

『では、二人にはそう伝えて早く出てくるように言っておきます』

と、言った。

しかし柳也はその申し出に首を横に振ると、

『いや、それには及ばん。俺の方が突然来てしまったんだ。ここは俺が待つのが筋ってもんだろう。…それに、女性の入浴を邪魔するなんて野暮は、なるべくしたくない』

柳也はまたもおどけた口調で言った。

今度はみんな柳也が何の目的でやって来たのか知っているからか、くすくす、と笑ってくれる。スピリットに対してあまり高圧的でない柳也の態度も、好感を呼んだのだろう。

『相席させてもらってもいいかい?』と、一言断ってから着席したのも、相手方に好印象を与えたらしい。

席に着くとすぐに茶が運ばれ、柳也はちょっと居心地が悪そうに苦笑した。こういう風にもてなしを受けるのに慣れていない身分だから、どう対応するべきかいまいちわからない。

とりあえず差し出された茶を啜っていると、一人のブルースピリットが不安そうに柳也の顔を覗きこんでいた。彼女もまた訓練途中のスピリットなのだろう。上目遣いに、

『どうですか?』

と、訊ねてくる様子はどこか小動物じみていた。

『ん? あ、ああ……美味しいよ、すごく』

一瞬、何について訊ねられたのかわからなかった柳也は、一拍、間を置いてから口を開いた。

にっこり笑って言うと、『よかったぁ…』と、ブルースピリットの少女は安心したように胸を撫で下ろす。

『人間の方に飲んでもらうのは初めてだったから、変じゃないかってすごく不安だったんですよ』

小さく肩を落とし、嬉しそうにはにかむ少女の青い瞳。

しかし、続けて紡がれたその言葉に、柳也の表情は曇った。

スピリットの作ったものは人間が口にするものではない。別段、材料や調理法に違いがあるわけでもなく、ただスピリットが作ったというだけで嫌悪される飲食物の数々。

この世界では当たり前のそんな常識が、この娘から味見役を奪っている。

些細な事のように思えて辛いこの世界の現実に、柳也は歯噛みした。

生まれながらに背負った差別は、柳也が最も嫌悪するものの一つだった。柳也自身、孤児ゆえに差別された経験が少なからずある。自分の力ではどうしようもない生まれや、両親の不在などが呼ぶ差別を、最も嫌う柳也だった。

彼はもう一度ティーカップを口に運ぶと、感慨深そうに『美味い…』と、呟いた。

食に関しては人並みの舌しか持ち合わせていない柳也だったが、出来る限りの誠意をもって応えてやりたかった。

その時、強化された柳也の聴覚が、廊下でドアが開閉する音を捉えた。

蒸気の満ちた空気が撹拌する音に続いて、足音が三つ。食堂のほうに近付いてくる。それらはすべて、永遠神剣の契約者特有のマナの波長を有していた。

『出てきたみたいですね』

柳也を案内してくれたレッドスピリットが呟いた。

どうやらエルスサーオ方面軍のスピリットに与えられている詰め所には、首都ラキオスの詰め所ほど巨大な浴場はないらしい。一度に入浴できるのは三人が限界なのか、次に入る者達が準備を始め出す。

『お先に頂きました』

やがて食堂の出入り口のほうから、綺麗な声が聞こえてきた。

透き通るような美声に誘われてそちらのほうに目線を向けると、これまた眉目秀麗なスピリットが三人、風呂上りでやや赤みの差した顔を並べている。青が一人、緑が一人、そして今まで見たことのない髪と瞳の色をしたスピリットが一人という陣容だ。

スピリットはみな例外なく端麗な容姿に恵まれているが、その中でも特に柳也の目を引いたのが、見知らぬ瞳と髪をたたえたスピリットだった。

西洋人形を思わせるすっきりとした目鼻立ちにシャープな顎のライン。すらりとした長身は女性らしく肩幅が細いものの、華奢というほどでなく、服の上からでも肉付きの良さそうな二の腕や下肢は、剣士としても、男としても柳也の好みと合致していた。薄く青みのかかった髪と瞳は一見するとブルースピリットのようにも見える。ともすれば嫉妬の対象にしかならない端正な顔立ちには、そんな暗い感情を払拭する優しげな笑みが浮かんでいた。

「……エスペリアとかで慣れたつもりだったんだがなぁ。連続で恋をしてしまうとは」

『え?』

『いや、こっちの話』

思わず日本語で呟きを漏らしてしまった柳也は、怪訝そうに聞き返す青の少女に愛想笑いを浮かべると、食堂にやってきた一団に目線を戻した。

『いいお湯でしたよ。お次の方はどうぞ』

『ファーレーン、あなたとニムにお客様よ』

『お客……ですか?』

ファーレーンと呼ばれた少女は、詰め所の管理を任されている赤髪の少女に言われて、ようやく食卓に見慣れぬ男が座していることに気が付いた。

柳也は飲みかけのティーカップをテーブルに置くと、席を立ってゆっくりファーレーンに近付いた。

『ファーレーン・ブラックスピリットと、ニムントール・グリーンスピリット……だね?』

柳也はファーレーンと、その後ろにいるグリーンスピリットの顔を見比べて言った。

目の前のファーレーンは自分とそう変わらない年齢に思えるが、その背後にいる緑の瞳と髪の少女は佳織や小鳥よりもさらに幼い印象を覚える。柳也のことを睨むような釣り目が印象的な顔立ちは全体として幼く、体つきもまだまだ成長過程、発育途上といった様子だ。

――…とはいえ、この意志の強そうな目に顔立ち……むぅ、五年後が楽しみだぜ。いや、いっそ今のうちに唾をつけておこうか……?

そんなことを考えていると、物騒な思考が顔に影響したか、少女の釣り目が“睨むような”から“睨む”に変わった。

いかん、いかん、と視線を目の前のファーレーンに転ずると、こちらはこちらで柳也のことを震えた眼差しで見つめていた。

――……なんだ?

自分の気のせいだろうか、ファーレーンの顔がやけに赤い。いや、風呂から出たばかりだから赤いのは当然だが、それにしても不自然なくらいに顔全体が紅潮している。

それにこちらを見つめてくる目線がどこかおかしい。深い湖のような瞳に、怯えを孕んだ揺らぎが波紋を作っている。こころなしかファーレーンの身体は、震えているように見えた。

人間が恐ろしいのだろうか。

柳也は自分の正体を明かそうと口を開こうとした。

しかし柳也が声を出すよりも早く、真っ赤な顔のファーレーンは彼の眼前から消えた。

『す、すみません! 少しだけ失礼しますっ!』

『……はい?』

気付いた時にはもう遅い。脱兎の如き勢いで踵を返し、ファーレーンの姿は廊下へと消えてしまう。慌てて廊下に出てその姿を探すも、もはや時すでに遅く、柳也は彼女の姿を見失ってしまった。

『ええと……』

柳也は唖然とした表情で食堂に居並ぶ面々を見回した。みんな「またか…」というような呆れを含んだ表情を浮かべている。どうやら先ほどのファーレーンの奇妙な行動は、詰め所のメンバーにとっては見慣れた、日常の光景らしい。

『…俺、何かしたか?』

先ほどのファーレーンはまるで柳也から逃げるように姿を消してしまった。

何か彼女の気分を害するようなことを自分がしてしまったかと思った柳也だが、いくら考えても思い当たる節がない。助け舟を求めて周囲に視線を向けると、己を睨むグリーンスピリットと目があった。

『…………』

何もしてないはずなのに、咎めるような視線。

どういうわけか柳也の胸中に、罪悪感が湧き上がる。

何か自分がいけない事をしているような気分になった柳也は、ぷいっ、と目線を逸らした。

その先で視線がかち合ったブルースピリットの少女は、一瞬、肩を、ビクリ、と震わせた後、おずおずと口を開いた。

『えっと…あなたが何かしたわけじゃないと思います』

『そ、そうだよなぁ…。じゃあ、なんで彼女は……ファーレーンで、いいんだよな? ファーレーンは俺を見て逃げたりなんか』

『ファーレーン先輩は、赤面症なので』

『は? 赤面症?』

青の少女が頷いて、柳也は改めて先ほどのファーレーンの様子を思い出す。

たしかに、先ほど自分に見つめられた彼女の顔は茹蛸のようになっていた。

『だが、赤面症と逃げることは関係ないと思うんだが……』

『……お姉ちゃん、男の人が苦手だから』

ボソリ、と柳也の背後で緑の髪の少女が呟いた。

ともすれば聞き逃してしまいそうなその声に振り向いた柳也は、目を丸くする。

『…つまり、赤面症で、男性恐怖症なのか?』

『うん』

小さく頷く少女。

『なんて難儀かつ厄介な組み合わせなんだ……それで、さっき、俺の顔を見て逃げ出したのか』

『うん』

また小さく頷く。

相変わらず柳也を睨んだままだが、聞かれた事に対しては素直に答えてくれる。どうやら柳也に敵意はないらしい。

『…それだと、もう一つ疑問が残るんだが。ファーレーンはさっき、少し待っていてくれ、って言っていたが、あれはどういう……』

柳也が最後まで言い終えぬうちに、彼の声を、廊下を、バタバタ、と駆ける足音が掻き消した。

先ほど姿を消したファーレーンが戻ってきたかと廊下に顔を出した柳也は、視界に映じた人影を見て、思わず口を開いた。

「……Who are you?」

驚きのあまり柳也の口から飛び出したのは、日本語ですらなかった。

廊下を駆けてきたのは仮面で顔を覆った女性だった。防災頭巾のように頭全体をすっぽりと納める帽子に金属の板を貼り付け、口と鼻を黒を基調としたスカーフで覆っている。僅かに覗く目と髪の色から、彼女がファーレーンだと気付くまでに、柳也はたっぷり十秒を要した。

ファーレーンは柳也の目の前――といっても、彼から一メートルは距離を隔てていたが――に立つと、礼儀正しい口調で、

『お待たせいたしました』

と、言った。

いきなり仮面を被っての登場にいまだ茫然としている柳也は、ファーレーンの挨拶に対して、

『え? え、あ、ああ、うん…』

と、心ここにあらずといった様子で答えるしかない。

『……え? っていうか、なんで仮面?』

『ファーレーンさんは赤面症ですが相手から顔を見られなければ普通に話すことができるんです。その上である程度、離れてからなら、男の人ともかろうじて会話することが…』

『な、なるほど』

とりあえず柳也は、ここに足を運んだ目的を果たすべく、改めて二人の顔を見回した。

『え、ええと…ふぁ、ファーレーン・ブラックスピリットさんと、ニムントール・グリーンスピリットさん、ですよね?』

なぜか腰が低いのは、柳也が冷静さを失っている証か。

それとも出会い頭に強烈な奇襲攻撃をもって己の心に激しい動揺を与えたファーレーンに対して、無意識の尊敬を抱いたか。

二人が柳也の問いに対して首肯すると、柳也は彼をここまで案内したレッドスピリットの少女に言った。

『こちらの館に、使っていない部屋はありませんか? できれば、この三人だけで、話をしたいのですが…』

柳也の震えた声音の敬語は、その後しばらくの間続いた。

 

 

ラキオスでエスペリア達と暮らした詰め所よりも、だいぶ小規模なエルスサーオの詰め所に使っていない部屋があるかどうか、不安にかられた柳也だったが、幸いにも彼が足を運んだ詰め所には、都合良く一部屋、誰も使っていない部屋があった。

その部屋に食堂から椅子を三脚と机を一つ持ち込み、ようやく腰を落ち着けた柳也は、改めてファーレーンとニムントールの二人と向き直った。

『……用件に入る前に、最初に自己紹介からさせてもらおう。俺の名前は桜坂柳也。異世界からやって来たエトランジェだ』

対面に座る二人の目麗しい少女達に、柳也はいきなり爆弾を放り投げた。

二人は目を丸くして互いの顔を見合わせる。もっとも、ファーレーンは仮面を着けたままだが。

『エトランジェってもしかして……』

『いいなぁ、その新鮮な反応。…そうだ。俺が先頃ラキオスに召還されたエトランジェの一人だ』

おっかなびっくり訊ねてくるニムントールに答え、柳也は自分がここに来た経緯を簡単に話した。

『……というわけで、現在、リクディウス山脈にはわが国の誇る精鋭スピリット部隊と、伝説の四神剣のエトランジェが進軍中だ。これと平行して、バーンライトの第三軍で特別な二個大隊が編成され、やっこさんも魔龍が抱え込んでいるマナを狙っているという情報がある。聞くところによると、守り龍が保有するマナはラキオスで年間に産出される総マナ量の約六〇パーセントにも達するらしいからな。両国ともに血眼になるのも無理はない。

リーザリオからリクディウス山脈に向かうには、このエルスサーオを抜けなければならない。そこで俺ともう一人、人間のセラス殿という騎士が、山脈へ進軍中の本隊を援護するべくこっちに来た、ってわけだ』

『……状況はだいたい理解できました』

最初にエトランジェと紹介された衝撃もこの頃になると幾分か薄らいで、ファーレーンは落ち着いた様子で言った。確実に落ち着いているとは言い切れない。仮面の下に隠された表情を読み取るには、発せられる声音と、僅かに覗く目元を手がかりに推測するしかない。

『それでリュウヤさまたちはエルスサーオの防御を固めるためにヤンレー司令に協力を要請したんですね?』

マスクに遮られてなおファーレーンの声は美しい。それに話し方や物腰に品がある。

その素顔を一見した時、柳也はファーレーンのことを自分の同年代くらいと推測したが、所作の端々に見え隠れする礼節は少し年上の印象を抱かせた。

ファーレーンの問いに柳也は頷くと、二人の顔を見回した。

『そうだ。それで、君達二人に白羽の矢が立った』

『でも、ニムたちはまだ訓練中だよ? そんな重要そうな任務に携わってもいいの?』

『君達二人を推薦したのは他でもないヤンレー司令だ。訓練途中とはいえ、それだけ二人の能力を買っているってことだろう』

もっとも、ヤンレー司令がファーレーンとニムントールの二人を選出したのには、別な理由があると柳也は考えている。おそらくは失った際のリスクを考えて、なるべく損害の少ない訓練兵を起用したのだろう。

真実はどうあれ、柳也の立場としてはヤンレー司令の顔を立てねばならない。

ただでさえ顔を合わすことの少ない最下級の兵士が、軍の司令に不信感を抱いて得るものは何もない。

『ヤンレー司令が…』

『……嘘』

ところが、柳也の立てた司令の顔は、ニムントールの一言によって脆くも崩れ去った。

『あの司令がそんな殊勝な事言うわけないじゃん』

『こら! ニム、なんてことを言うの』

『だって事実でしょ? ニム、あの人、嫌い』

ニムントールは憮然とした態度で言い切った。どうやら彼女は、方面軍司令に対して不信感どころか嫌悪感を抱いているらしい。

『ニムだけじゃないよ。セシリアだって、アイシャ隊長だって、みんな思ってる。…お姉ちゃんだって内心では良く思っていないでしょ?』

『そ、そんなことは……』

ニムントールに問われ、その先を言い淀むファーレーン。どうやら彼女もまた、ヤンレー司令に対して良い感情は抱いていないらしい。

さらにニムントールの口ぶりからすると、どうやらヤンレー司令のことを良く思っていないのは彼女達だけではないようだ。最悪、方面軍に所属する全スピリットがヤンレー司令に対して嫌悪、あるいは不信感を募らせている可能性がある。

――どんな軍隊だよ、それ……。

柳也は二人には気付かれぬよう、小さく溜め息をついた。ついでに頭を抱えて悩みたい気分だったが、さすがにこれから指揮することになる二人の前でそんな醜態をさらすわけにはいかない。指揮官たる者、常に毅然とした態度でいなければ。

彼は複雑に笑うと、二人に訊ねた。

『え? なに? ここの司令って、そんな嫌われ者なのか?』

『うん』

ニムントールがきっぱりと首肯する。

『ニムたちスピリットだけじゃなくて、人間の兵士もみんな思ってる。エルスサーオ方面軍ヤンレー・チグタムは愚将だ、って。むしろ上司に持つならリーザリオ第三軍のトティラ将軍がいい、って』

トティラ・ゴート将軍。その名前は柳也も知っていた。リーザリオ第三軍の司令官にして、バーンライト王国軍最強の猛将。スア(岩)・トティラの異名で周辺国にその名を轟かせる、ラキオスにとって目下最大の敵だ。ハイペリアでいえばハルゼー提督やパットン将軍、古い例だと平教経のような人物に相当する。ラキオスとバーンライトが本格的に戦端を開いた際には真っ先に倒さなければならない敵だった。

トティラ・ゴート将軍は猛将らしく気性の荒い性格で、部下には厳しく接する人物だという。しかし、軍人としては優秀で、言葉遣いが汚いことから、最下級の兵士にまで人気のある将軍だった。また強烈な妖精差別主義者としても知られるトティラ将軍だったが、戦力としてのスピリットの価値は十分に認識しており、第三軍におけるスピリットたちの待遇は、バーンライト王国軍の他の軍と比べて良好だという。

愚将ヤンレー司令麾下の将兵、スピリットが、敵将の下での環境を羨むのも無理もない。

――とはいえ、これだけ軍司令のことをこんなに嫌ってるとなると…いざ開戦ってなった時に、まともに機能するんだろうか? ここの方面軍は。

今の柳也が心配するべき問題でないことはよくわかっている。しかし、考えずにはいられない、ミリタリー・オタクの少年だった。

『…それで、わたしたち以外に防衛戦にはあとどのくらいの戦力が着くのですか?』

話題を変えようとしてか、それとも必然の質問か、ファーレーンが柳也とニムントールの会話を遮るように問うた。

それに対して柳也は淡々と残酷な事実を告げる。

『いないぞ』

『え?』

『いやだから、君達二人と、俺の、三人で守るんだ』

『…………』

絶句するファーレーン。

その隣で、ニムントールが呆れたような表情で柳也を見上げてくる。

『……正気?』

『うん。正気。そして本気』

柳也はにっこりと笑って答えた。

だがその笑顔が場の空気を和ませることはなかった。

柳也は一転して真顔になると、有無を言わせぬ強い語調、さらに獰猛な目つきで二人を見据えた。

『想定される敵の戦力は二個大隊、最低でも敵は二四人いると考えられる。敵の部隊長がどんな戦術を取るかによるが、最悪、この二四人全員と一度に戦わなければならん。戦力差は圧倒的だ。しかし、俺達はそれでもやらねばならん』

柳也の脳裏に、悠人の顔、佳織の顔が浮かんでは消える。さらにはアセリア、オルファ、エスペリア……この世界で出会った、この世界でしか出会うことのできなかった仲間達の顔が浮かぶ。

そして瞬……己にとって、唯一無二の友の姿が、記憶の中で鮮烈に蘇る。

『この国の未来のため。そしてなにより、俺自身のために、やらねばならん!』

それはもはや誰が何を言おうとも曲げることのできぬ、強い決意に後押しされた言葉だった。

柳也は拳を固く握り締める。自分のこの手に、仲間達の未来が少なからず懸かっているのだ。

ファーレーンは、そしてニムントールは息を呑んだ。

柳也の語気、そして真剣な眼差しから、彼が本気でたった三名でエルスサーオに防衛線を張ろうとしているのだと知った。

『……それにしても、二個大隊に対してこちらはたった三人なんて…』

ファーレーンが眉根を寄せて呟く。冷静な口調だったが、不安に滲んだ瞳の色は誤魔化せない。

『…たしかに、最低でも戦力差は八対一だ。だが俺は元の世界で、それ以上の戦力差でなお戦端を開いた先例をいくつも知っている。俺の生まれた国では、その昔、兵力差だけで四九以上対一の戦いを強いられた部隊がある。…その部隊は、結局、最後には玉砕全滅したが、それでも約一二〇日戦い抜いた』

柳也は毅然とした態度で語った。

インパール作戦。拉孟守備隊。守備隊長・金光砲兵少佐。彼は前線より帰還した患者三〇〇名と二〇名の慰安婦を抱えた総兵力一二八〇名をもって、雲南遠征軍総兵力四万八五〇〇名と約一二〇日にわたって激戦を繰り広げた。わが方に制空権はなく、火砲は全て合わせても一二門。対する敵軍の火砲は四四一門という圧倒的な火力を有していた。

『いかなる堅塁も、本格的攻勢の前には陥落する運命にある。しかし、強固に築かれた防衛陣地は、時に数倍から数十倍の戦力差を跳ね除け、敵の進軍を食い止めることができる。

その際に、防衛側が目指すのは敵の殲滅ではなく、一日でも長くその防衛線を維持することだ。さすれば寡兵をもって大軍を相手取ることも不可能ではない』

柳也は力強く宣言すると、改めて二人のスピリットの顔を見回した。

『敵がいつ攻めてくるのか、いやそもそも、攻めてくるのかどうかも定かではない。今のところ確実な事は何も言えん。だが、敵の襲撃に備えて、俺はここに防衛線を張らねばならん。それが任務だからだ。それが、俺のやらねばならんことだからだ。

 ……頼む。リクディウスへ発った本隊が勝利の報告を持ち帰るその日まででいい。君達二人の力を、俺に貸してくれ!』

柳也は机に両手を着くと、深々と頭を垂れた。

人間の存在な態度にしか慣れていない二人の少女は、驚いたように顔を見合わせる。

『俺のために……とは、言わん。だがせめて君達の同胞のために……アセリアや、エスペリア達のために、俺に手を貸してくれ』

『あ、頭を上げてください、リュウヤさま』

冷静だったファーレーンが焦ったように言った。人間に頭を下げられるという経験は初めてなのか、顔を見ずとも動揺が伝わってくる。

柳也はゆっくりと顔を上げた。

暗い深海の底のような瞳と、目線が合う。

ファーレーンは慌てて視線を逸らした。

『りゅ、リュウヤさまはヤンレー司令からわたしたちへの命令権を与えられていますし…』

『それが仕事だし』

ファーレーンの言葉の続きを、ニムントールが遠慮のない表現で言った。

ぶっきらぼうにうそぶくその表情は、しかし柳也の嘆願に対して少なからず動揺していることが窺える。

柳也はもう一度、二人に向かって頭を下げた。

『ありがとう』

再び顔を上げて二人を見ると、

『明日からしばらく、君達は俺の命令に従ってもらう。…それで、早速だが、二人の実力が知りたい。明日の朝の訓練には、俺も参加するから方面軍の訓練スケジュールを教えてくれ』

柳也は左手首の腕時計を示しながら言った。二人にその機能を説明してやると、こんな小さな物が時計なのかと、異世界の少女達はたいそう驚いていた。

すべての根回しを終え、明日のスケジュールをメモすると、柳也は席を立った。

『それじゃあ、明日からよろしく頼む。ファー、ニム』

『…………』

『…………』

『ん? どうした?』

突然、黙ってしまった二人に、柳也が怪訝な表情を浮かべる。

『その…ファーというのは……』

『だって、ファーレーンと、ニムントールじゃ、名前が長いだろ? 呼びにくい』

『周りの人たちは普通に呼んでくれるけど?』

『そりゃあ、現地人だからな。そっちからしてみたら、俺の名前だって呼びにくいだろ?』

『そりゃ、まぁ…』

『なんだったら、俺のこともリュウと呼んでいいぞ?』

柳也はニヤリと笑った。非常に邪な笑みだった。

『それは……なんか、嫌。それからリュウヤがニムって呼ぶのもなし』

『むぉ? そうか、それは残念だ。そう呼び合うことでより親密な空気を味わおうと思ったんだが』

『親密って……』

ニムントールが呆れた眼差しをこちらに向ける。幼い釣り目が睨んでくるも、まったく怖くなかった。

柳也は目線をファーレーンに転じる。

仮面の美少女はやや困ったように口を開いた。

『わたしも遠慮させていただきます。ファーって呼ばれるのもちょっと…』

『むぅ…残念だぜ』

柳也は残念そうに呟いた。せっかく美人二人と親密になれるチャンスだったのに、向こう側から拒絶されてしまった。やはりいきなり愛称で呼び合うのは性急すぎたか。

そんな事を考えていると、顔に視線を感じた。

見ると、先ほどと同じように、ニムントールが警戒心を露わにした眼差しを向けている。どうやらまたよからぬ考えが顔に出ていたらしい。

もう少しポーカーフェイスを練習せねばと、柳也は思った。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、ホーコの月、緑、ふたつの日、夜。

 

オディール麾下の特殊作戦部隊がラシード山脈での山岳戦闘訓練を終え、一人の欠員もなく無事にリーザリオに帰還した時、アイリスとオデットは運悪く国境線付近の哨戒任務に当たっており、再会はその日の夜まで持ち越しとなってしまった。

リーザリオに帰還した二人はその時初めて戦友達の帰りを知り、デブリーフィングも程々に、すでにオディールが帰ってきているであろう詰め所へと急いだ。

『あら、二人ともお帰りなさい』

宿舎に帰ると、オディールは一ヶ月前と変わらない穏やかな笑みで二人を出迎えてくれた。自分も長丁場の訓練を終えたばかりで疲れているだろうに、手料理の数々を揃えて労をねぎらう彼女の心遣いに、アイリスは任務の疲れなど一瞬にして忘れてしまう。

エプロン姿のオディールは先に入浴をすませるか、食事をしてからにするか訊ねてきた。せっかくオディールが疲れた身体に鞭打って作ってくれた料理だ。二人の返事は決まっていた。

ここ一ヶ月ほど空席の多かった食卓は、ほぼ満席状態になっていた。久しぶりに外人部隊の全員が一同に会している。普段は広いくらいの食堂がむしろ狭く思えた。

アイリスとオデットが隣り合わせに座ると、オディールはその向かい側に対面するように座る。

『ここ一ヶ月はまともな料理なんてしてなかったから、味の保証はできないけど』

『いや、その点に関しては大丈夫だろう。オディールの料理の腕は一流だからな』

『あら、ありがとう。…でも、一流っていうのは言いすぎだと思うけど』

オディールは少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑むと、目の前の自然の恵みをくれた偉大なる大地のマナに胸のうちで祈りを捧げ、食器を手に取る。

するとみんなそれを合図だったかのように、一斉に手元の料理へと手を伸ばし、そして口々に舌鼓を打った。人間としての扱いを望むべくもないスピリット達の集いだったから、洒落た言い回しや専門的な用語が飛び出すことはない。しかし彼女たちは自分達の知る語彙の限りを尽くして口々に称賛した。

特に「美味しい、美味しい」を連発したのはオデットだった。

『ふふふっ、そんなにおだてても、何もないわよ』

『お世辞なんかじゃありません! オディール先輩の料理は世が世なら、それで生計を立てていけますよ』

さすがにそれは褒めすぎではないかと思うアイリスだが、たしかにオディールの料理にはそう思わせる“深み”がある。これは自分やオデットでは出せない味わいだ。もっとも自分とオデットは、そもそも料理自体があまり得意ではなかったが。

『ラシード山道ではどうだった?』

『もう大変だったわ。訓練もそうだけど、食べ物が少なくて。水も不味いし』

『ラシード山脈は鉱山だからな。硬水なのは仕方がないが』

『アイリスお姉さま? 硬水って?』

『鉱物の溶け込んだ水のことだ。…でも、水はポンプで汲み上げられて、浄化作業はされるんだろ?』

『浄化作業なんて名ばかりよ。仮設の兵舎に置かれた浄化装置にしたって、リッター当たりの浄化作業にかかる時間が長すぎるわ。この国のエーテル技術力の限界ね』

オディールはうんざりとした様子で溜め息をつく。

オディールがラシード山脈に向かった本当の理由を知らないオデットは、話を聞いただけで容易に想像がつく過酷な環境に眉をひそめた。

『それじゃあ、料理なんかの時に大変じゃないですか?』

『そうなのよねぇ…。どうしても水の味が残っちゃうから、味付けを強めにするとか工夫するんだけど、高山でしょ? 食料物資がなかなか来ないの。消費に対して配給がね…』

同席する戦友の何人かも、うんうん、と頷く。

ラシード山脈での山岳戦闘訓練は急な辞令であり、現地にはまともな兵舎一つなかったと、アイリスは聞いている。訓練部隊と称した作戦部隊は現地に到着するなり、まず仮設の住居の建築作業を手伝わねばならなかった。

オディールが先にふれた浄水装置にしても、もとは民間の発掘業者が使用していた物を貸してもらったにすぎない。山岳での生活では、訓練よりもむしろ衣食住のほうが大変だったろう。

一ヶ月間の苦闘を思い出してか、オディールはリーザリオで汲み上げられた水を作った茶を口に含み、美味そうに飲み干す。

コップから口を離すと、彼女は微笑とともに呟いた。

『やっぱり水はこっちのほうが美味しいわね。山道で淹れたお茶なんて、最初の頃はとても飲めたものじゃなかった』

リーザリオの街で使われる生活用水は、主にバーンライト領に属するガリオーン湖から水道を通して汲み取られている。黒マナを多く含む土地ゆえにクセのある味だったが、浄化の必要のない清浄な水だった。

――水、か……。

アイリスは近い将来にオディールらが経験するだろう行軍について思いを馳せた。

リクディウス山脈に攻め込むとなれば当然行軍は敵地後方での活動となる。ただでさえ補給線が延長する上に、途中にはエルスサーオがあるから、国内からの物資輸送は事実上不可能に近い。いま、自分達が飲んでいるコップ一杯の茶といえども、作戦が始まればオディール達は満足に飲めなくなる可能性がある。

見れば、オディールのコップの中身がだいぶ少なくなっていた。

アイリスは水差しを掴むと彼女のコップに茶を注いだ。

『ありがとう』

『いや』

短いやりとりの中に、万感の想いが篭もる。

未来はどうなるかわからないが、せめていまだけは、ゆっくりと茶の味を楽しんでほしい。

かつては自分も身を潜めたラキオスの戦場。そこに赴こうとする戦友達の未来に、輝かしいマナの導きがあらんことを祈って、アイリスは優しく微笑んだ。

喉が渇いていたのか、オディールのコップの中身は程なくして空になった。

 

 

 

 

 


<あとがき>

 

北斗「前回、あとがきにおいて『そろそろ怒るぞー!』と、捨て台詞を残した我らが主人公(ここ重要)桜坂柳也! しかし今回のあとがきで、彼はまたしてもショッキングな現実を目の当たりにせねばならないのだった!」

 

 

タハ乱暴「おう、ゆきっぷう。突然俺を呼び出して、今日は何のイベントだい? んん?」

 

疾風春雷のゆきっぷう「決まっているだろう……セーラ・レッドスピリット改め、なんちゃってエターナル『薄紅のセーラ』のイラストが一枚上がったから持ってきたんDAZE☆」

 

タハ乱暴「OH! なんてことだ! ガッデム(よく意味もわからずに使っている)! しかしゆきっぷう、本作はアセリア未プレイヤーも読んでくれているみたいだから、エターナルとか固有名詞はやめてほしいな!」

 

ゆきっぷう「そいつは失礼致した。だが彼女自身もここに出たいと言っている以上、なんとか紹介せねば、と思ってな」

 

柳也「お、おい。ちょっと待て。そんな脇役の紹介なんかよりも、もっと優先するべきことがあるだろう!?」

 

タハ乱暴「んん? 何かあったっけ?」

 

薄紅のセーラ「まったくありません」

 

柳也「俺の絵だよ、俺の絵! この、超絶カッコいい、ハイペリア一の二枚目、桜坂柳也のカッコいい立ち絵は!?」

 

タハ乱暴「……ええ!? お前、絵、あったの!?」

 

柳也「ちょっとマティ、原作者!」

 

セーラ「黙れ、このガチムチ上腕二等筋系ゲイホモドリーマー! お前に惨殺され、マナの奔流の中から蘇った悲劇のヒロインである私にこそ……立ち絵は優先されるべきだ。今後もあとがきでの出番もあるそうだし」

 

柳也「その物言いは同性愛者の方々への差別だろう!? それに、いつの間にかヒロイン級に昇格してるし……タハ乱暴! こりゃあ、いったい、どういうことなんだセニョーリータ!?(だいぶ混乱している)」

 

タハ乱暴「あ〜…うん……一応、説明しておこうか。読者の皆様のためにも。ええと、なんで、本日のあとがきにゆきっぷうが登場し、本編はほとんど会話のなかったセーラが不死鳥の如く蘇ったかというと、すべては、EPISODE:14を投稿した直後のことでした」

 

ゆきっぷう「俺は本編をじっくり鑑賞し、セーラ・レッドスピリットが遂げた無念の最期を目の当たりにした……そして決意した! 今がその時だ、と!」

 

セーラ「そして私は気付けば、新たな器と力と妄想設定を付加されていたのです」

 

タハ乱暴「ちなみにその新たな器がコレ」

 

ゆきっぷう「チェェェェェェェェェェェンンンンジッッッ! セェェェェラァァァァァッッッ!!!」


タハ乱暴「いやぁ〜……ゆきっぷうから原案送られてきた瞬間、タハ乱暴、若い! って、思っちゃったよぅ」

 

柳也「へ〜…ほ〜……ふ〜ん……で、俺の絵は?」

 

タハ乱暴「んん? お前に、絵なんてあったっけ?」

 

柳也「まだ言うかこの腐れ外道……!」

 

セーラ「さぁ苦しめ、苦しむがいい……私やクリスの命を奪った罪の重さにのた打ち回れ!(全然違う)」

 

ゆきっぷう「じゃあ、次回ぐらいにクリスも登場させようか」

 

タハ乱暴「え!? クリスも描いてくれるのか!?(きらっきらっした笑顔)」

 

柳也「ちょっと待て! クリスの前に俺の……」

 

ゆきっぷう「プロットはタハ乱暴に一旦渡してあるからなぁ。戻って来んことにはデータ化できないんだ」

 

柳也「……ってぇことはぁ、要するにテメェが諸悪の根源じゃねぇか! 返せ! 俺の薔薇色の未来、立ち絵のある生活を返せーー!」

 

タハ乱暴「HAHAHAHA! 柳也、お前は主人公だ。主人公たるもの、本当に見せたいところはここぞという時までとっておかないとな。それでこそ、ドリームってもんだぜ?」

 

柳也「ぐっ……ドリームか……!」

 

タハ乱暴「そうだ、ドリームDA!」

 

北斗「……どうでもいいんだが、ドリームという言葉に誤魔化されて、言いくるめられつつあるぞ?」

 

ゆきっぷう「まあ原稿が戻ってきても、先にクリス描かなきゃいけないし……セシリアやアイシャも俺の筆が炸裂する時を待っているはずだから(超絶的に勘違い)……柳也のデータ化は当分先じゃのう」

 

北斗「リリアナ・ヨゴウやセラス・セッカもいるしな。それに、俺の絵もまだだ!」

 

柳也「あんた本編に登場してないでしょぉぉぉぉぉぉおおおっっっ!!!?」

 

ゆきっぷう「北斗!? お前、銀河天使大戦の時に出してやっただろうが! 何が不満だ!?」

 

北斗「全部だ! たわけが!」

 

 

セーラ「結局、私はどうして蘇ることができたんですか?」

 

ゆきっぷう「ん? 俺の息子に頼んで存在を昇華させたんだ。あと、タハ乱暴の厚意ってやつだ」

 

タハ乱暴「セーラについてはもう、著作権放棄したよ。作画師権限で、好き勝手やっていいことにしたの」

 

セーラ「それで、ツインテールですか?」

 

タハ乱暴「不満?」

 

セーラ「いえ、そんなことは……ただ、なんといってもやはり故人ですから、本編でアイリスたちと絡めないことが、少しだけ寂しいですね」

 

ゆきっぷう「現在出番を作るようにタハ乱暴と交渉中だ。まあ、直にクリスも来るだろうから独りではないぞ?」

 

タハ乱暴「死んだキャラはもう二度と出したくないんだけどなぁ。……まぁ、そこは読者の方々の要望次第。あと、ゆきっぷうの熱意次第」

 

セーラ「できればアイリスやオディールと絡むエピソードなどを希望します(この文章はタハ乱暴が書いています)」

 

北斗「アイリスと絡む百合的なネタを切望する」

 

ゆきっぷう「脇役大軍団でラスボスダンジョン総攻撃」

 

タハ乱暴「却下だそんなネタは! 特に北斗! お前の希望は絶対に無しだ! っていうか、お前のイメージが崩れるからなかったことにして下さい! 読者の皆様。見なかったことにしてぇーー!」

 

 

柳也「……へっ、いいよ、いいよぅ。どうせ俺なんて、人気もねぇし、絵もねぇし、どうせ独りだし……」

 

北斗「……む! い、いかん、いまたいへんなことに気が付いたぞ!!」

 

タハ乱暴「どうした北斗!?」

 

北斗「今回のあとがきだが、いままで、ちゃんと読者の方々に感謝の言葉を述べていない!」

 

タハ乱暴「そ、そいつはたいへんだぁ!」

 

柳也「……俺のことは無視かよ」

 

タハ乱暴「た、たいへん遅くなりました。読者の皆様方、本当に申し訳ありません!」

 

北斗「永遠のアセリアAnotherEPISODE:18、お読みいただき本当にありがとうございました!」

 

セーラ「私はもはや死人の身ですが、今後ともよろしくお願い致します」

 

北斗「次回もお付き合いいただければ幸いです」

 

タハ乱暴「ほら、ゆきっぷうも! 折角来てることだし、最後になんか言っとけって!」

 

ゆきっぷう「いやほら、俺なんてイラスト書いてるけど何のリアクションもねえし……」

 

タハ乱暴「ああ、もう! 卑屈なのはウチの息子だけで十分だ!」

 

柳也「作者に卑屈って言われちまったよぅ……もう、もう、怒ったぞぅ!」

 

北斗「ではみなさん、またEPISODE:19のあとがきでお会いしましょう!」

 

柳也「待てェ! 最後に俺が締め……」

 

タハ乱暴・ゆきっぷう・セーラ「これにて失礼致します。本当にありがとうございました!」

 

柳也「うがーーーーーーーーーー!!!」





柳也の任務も分かったな。
美姫 「かなり大事よね」
ああ。にしても、たった三人で立ち向かうなんて。
美姫 「かんり無茶よね」
しっかり策を練らないとな。
一体どうなるんだろう。
美姫 「三人といえば」
ああ、ファーレーンとニムの登場だよ。
この二人の活躍も楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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