――聖ヨト暦三三〇年、チーニの月、黒、よっつの日、朝。
 
 

『あ、そうでした。今日はアセリアが帰ってくるんです』

「……え?」

「ええと…今日、アセリアが、帰ってくる?」

 昼食の後、いつものように三人でこちらの世界の言葉についてささやかな勉強会を開いている最中に、思い出したように告げたエスペリアの言葉。

 普段は勉強会の最中は、まだ言葉を覚えたての柳也や、勉強を始めたばかりの悠人に合わせてゆっくりとした口調で話してくれるエスペリアだったが、時折、地のスピードが出て二人を困らせることがある。エスペリアが悪いわけではない。速く言葉を覚えない柳也達が悪いのだが、首を傾げる少年たちの様子に、エスペリアは言ってから少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 一方の少年達は、そんなエスペリアの些細な表情の機微には気付かず、新たに登場した謎の単語に難しい顔を見合わせていた。

「アセリアって、何だ?」

「さあな。俺も初めて聞く言葉だ。…帰ってくる、ってことは、どこかに移動できるものなんだろうけど」

 ひょっとしたら馬か何かの動物のことだろうか。

 いやしかし、人間はそれが特に自走する機能がなくても、何か思い出のある物にも、“帰ってくる”という表現を用いることがある。祖母の代から大切にしている骨董品の壷を、修繕に出してそれが終わった日に、「今日はあの壷が帰ってきますよ」と、言うような人は珍しくない。

「ちょっと訊いてみるか」

 柳也はエスペリアを見た。

『アセリアって?』

『アセリアは名前です。ええ…と』

 少し考えてから、エスペリアは自分を指差し、

『エスペリア』

 次に悠人と柳也をそれぞれ指差して、

『ユートさま、リュウヤさま』

 最後に天井を指差して、

『アセリア』

と、言った。

「天井? 天井がアセリアってことか?」

 悠人が天井を指差しながら日本語で言う。

「いくらなんでもそれはないと思うが…」

 柳也は肩を竦めた。

『ええ…と。困りました。アセリアのことはなんと説明したものでしょう……アセリア自身が来てくれるとはやいんですけど』

「うーん。久しぶりに難しい単語なのか?」

 お互いに顔を見合わせ、唸りながらひとつ溜め息。

 簡単な日常会話ができるようになったといっても、やはりまだまだ語彙数の不足は否めない。

 ――アセリアは天井…じゃないよな。もしかして、アセリアは固有名詞か?

 その時、柳也が何か思いついたように口を開いたのと、館の玄関の扉が開く、ギイイ――、という音が重なった。

『あ、アセリアが来ました』

「うう…早すぎてわからない」

 文章自体はそう長いものではない。しかし、簡単な単語を用いた短文であっても、早口で紡がれる言葉は悠人にとってまだ鬼門だった。

 一方、悠人よりも先に言葉の勉強を始めた柳也も、早口の文章がいまだ鬼門なのは悠人と変わらなかったが、それでもキャリアがある分、彼の方にはまだ読解力があった。

「…アセリアが来るんだってよ」

「アセリアが来る? もしかしてアセリアって人の名前か?」

「そうかもな。いくらこの屋敷がでかいっていっても、馬のアセリアが入れるほどじゃないだろう」

『少々、お待ちくださいませ』

 異世界の言語でなにやら話し合っている二人のエトランジェにそっとお辞儀をし、慌てた様子で玄関へと向かう。

 いつものエスペリアらしくない、パタパタと足音の激しい足取り。まるで泥だらけになって帰ってくるのがわかっている子どもに、家を汚されまいと母親がタオルを持って玄関に急ぐような、少し焦った歩み。

 食堂に残された悠人達は、エスペリアが戻ってくるまで各々で時間を潰すしかない。

 勉強の間にすっかりぬるくなってしまったコーヒーを悠人が一口すすると、開けっ放しにされたままのドアの向こうから、いつもよりやや厳しそうな、エスペリアの声が聞こえてきた。

『ほら! アセリアが前にお連れした方々ですよ。ちゃんとご挨拶なさい』

 しばしの沈黙。

 エスペリアの言葉に対して、返ってくる声はぼそぼそと静かすぎて、神剣の力で感覚を強化されている柳也ですら聞き取れない。もっとも、聞き取れたところで複雑な言い回しや難解な単語が出されると、盗み聞きをしても意味はないのだが。

「何て?」

「ええ、と…アセリアが、連れてきた、挨拶だから……」

『いいじゃありません! そういうことはキチンとしないとダメですよ』

「……何て?」

「…申し訳ない、これ以上は無理っぽい。エスペリアが叱っているような口調なのは分かるが」

 まさか本当に泥だらけの子どもでも帰ってきたのだろうか。

 小首を傾げる柳也の耳に、段々と声が大きくなっていく。それにつれて聞こえてくる二つの足音。どうやら食堂の方へと近づいてきているらしい。

 ――これならもう一人の方の声も聞き取れるかな。

 柳也がそう思った時、足音のひとつが、上へ上へと移動する。どうやら、食堂に差し掛かる前にある階段を上っていってしまったらしい。

『ちょっ、アセリア! こ、こら、待ちなさい!』

 そしていつになく咎めるような口調のエスペリアの声。

 本当にどうしたのだと首を傾げる柳也達のもとに、エスペリアは困った表情とともに帰ってきた。

『アセリア! もう、困った娘なんだから……』

『どうした?』

 柳也が言葉短く訊ねる。彼も、読解力は身に着けつつあるが、自分から文章を作るとなると、その実力は悠人とさほど変わらない。

『はぁ〜。申し訳ありません。アセリアに挨拶させようとしたんですけど』

 片手を頬に当てるいつものポーズでの溜め息。少し長い単語の羅列だが、ゆっくりと話してくれているため大体の意味は悠人にも分かる。やはりアセリアというのは、人の名前らしい。

『アセリアって誰なんだ?』

『アセリアは私と同じスピリットです。たった今、警備任務から帰ってきたところです……って難しいですよねぇ』

 悠人と柳也は、また互いに浮かべた難しい顔を見合わせた。

「今の、分かったか?」

「さ、最初のほうはなんとか。アセリアは、私と、スピリットっていうのは分かったから、多分、“アセリアは私と同じスピリットです”って、言ったんだと思う。ただ次のは……うん、さっぱりだ」

 柳也はお手上げとばかりに肩を竦めた。「たった今」、「帰ってきた」という言葉は聞き取ることができたが、その間にあった長い文。単語自体知らないものが多かったし、言い回しも難しくてまったく分からない。

 理解できたのは、アセリアが人名であるということ。そしてアセリアはエスペリアと同じスピリットだということ。そしてアセリアがたった今、帰ってきたということぐらいだが、所詮、素人の解釈だ。信頼性の程は、言うまでもない。

 悠人と柳也は揃って溜め息をついた。

 エスペリアも、どう説明したら納得してもらえるか、かなり困っている様子だ。チラチラと二階の様子を気にしながら、難しい顔をしている。

『…やっぱり、アセリアを呼んできましょう。ユートさまとリュウヤさまにご挨拶をさせないと』

 エスペリアは二階を見上げて言った。

 何を言っているのかはさっぱり分からない。しかし、はっきりと二階を見上げた仕草に、柳也も悠人も何か感ずるものがあったらしい。

「もしかして…今、帰ってきたのがアセリアなのか?」

「多分な。んで、エスペリアの様子からすると、俺達と顔合わせをさせたいんだろう」

「だったら、俺たちが行けばいい」

「たしかに、その方が早いか」

 柳也も悠人も、特に人見知りするような繊細な神経の持ち主ではない。異世界の住人というのが不安材料といえばそうだが、まぁ、なんとかなるだろう。

 ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干すと、柳也は立ち上がった。

 悠人も、椅子から立ち上がると上を指差して、自分達も行くよ、とアピールする。

『そんな。お二人はここでお待ちください。あの娘を連れてきますから』

『いや。俺達も行くよ』

 柳也は首を横に振ると言葉短く言った。

 悠人も、表情の変化から、エスペリアが何を言ったのかはすぐに分かった。

 少年達の目を見て、彼らの考えが一向に曲がる気配はないと悟ったエスペリアは、諦めたように肩を落とした。

『……わかりました。あの、その』

 エスペリアにしては珍しく歯切れが悪い。

 とても言い辛そうに、舌で上手い表現を探すように、彼女はゆっくりと言葉を続けた。

『アセリアは良い娘なんですけど……その、ちょっと人見知りをするというか』

 理解不能な言葉が、柳也の右耳から左耳へ、悠人の右耳から左耳へと流れていく。

 どうもエスペリアは、そのアセリアなる人物と自分達を対面させたくないようだ。

『失礼があるかもしれませんが、ご容赦くださいませ』

 エスペリアはそう言うと、なぜか頭を下げた。

 突然の謝罪に、わけもわからず柳也と悠人とびっくりする。

「ええと…なんで俺たち、謝られてるんだ?」

「わ、分からん……エスペリアが何かしたわけではないだろうが…」

「と、とりあえず行こう」

 いたたまれなさから慌てる二人に促されて、エスペリアも廊下へと出る。

 二階へと続く階段を上っている最中に、エスペリアが溜め息とともにこぼした言葉が、柳也にはやけに印象的に聞こえた。

『はぁ……アセリアが失礼をしなきゃいいんですけど』

 

 

 悠人と柳也がこの異世界に落ちてきてすでに二十日余りが過ぎていたが、二人はいまだこの洋館の全貌について知らされていなかった。食堂や浴場といった生活に欠かせない施設の他で、彼らがよく知っている部屋といえば、エスペリアの私室か、現在自分達が暮らしている部屋ぐらいしかなく、特に二階にあるその他多くの扉の向こう側がどうなっているのかは、いまだ想像の域を出ない状態だった。

 エスペリアに案内され、二人が前に立った部屋の扉は、そうした彼らがまだ足を踏み入れたことのない、開かずの間のひとつへと続くものだった。

 エスペリアは扉の前に立つと、とりあえず静かにノックを二回。板戸一枚挟んで向こう側にいると思われる人物に、声をかける。

『アセリア?』

 コンコン、というノックの音に対する返事は、ない。

 しばしの沈黙が続いた後、もう一度エスペリアが部屋の戸を二回ノックする。

 しかしまたしても、ノックに対する返答はなかった。

 ――いくらなんでも、もう寝ちまったってことはないと思うが…。

 部屋の奥にいるアセリアなる人物は、相当寝つきの良い人間なのだろうか。小首を傾げる柳也の隣で、エスペリアは早くもドアノブに手をかけた。

『アセリア、入りますよ?』

 ドアノブを捻り、前に押して中へと入る。

 いつもノックの後には必ず返事を待ってから入るようにしているエスペリアにしては珍しい。彼女にしては大胆な行動といえる。これもそのアセリアなる人物に対しては、いつもの対応なのだろうか。

 部屋の中は、やけに薄暗かった。まだ昼間だというのに、カーテンを閉めっぱなしにして、照明もつけていないようだ。それに、しばらく手入れをする暇がなかったのか、少し埃っぽい。

 ――……ん?

 違和感に気が付いて、柳也は眉をひそめた。

 はて、部屋の照明はついていない。しかし、それならばこの室内を照らす青白い光は何なのだろうか。それにこの光は……

「この光……見覚えがある」

 柳也の隣で悠人が、きょろきょろと辺りを見回しながら呟いた。

 柳也の唇からも、「ああ…」という、曖昧な答えの吐息が漏れる。

 ――…そうだ。この青白い光は……

 悠人に習い、柳也も部屋を見回す。生活感を匂わせない殺風景な部屋。生活に必要な最低限の家具。コーポ扶桑で借りている部屋と比べて、少なくとも三倍以上はある部屋に、巨大なベッドが印象的だった。

 巨大なベッドを、なによりも印象強くたらしめているのは、そこに座るひとりの少女の存在感によるものが大きいだろう。

 巨大な剣を抱えたままうずくまって静かに瞼を閉じているその姿は、まるでおとぎ話に登場する妖精のように美しく、可憐で、それでいて背筋にうすら寒いものを感じる何かがあった。

「…………」

 白い翼の少女。

 柳也はしばしの間、その少女に見惚れてしまった。

 彼女と顔を合わせるのはこれで三度目だったが、またしてもこの少女の姿に、柳也は言葉を失い、思わず目を奪われてしまった。

 最初に会った時に感じたのは神秘的な美しさ。

 二度目に会った時に感じたのは女体に対する純粋な感動。

 そして今回会って感じているのは、己のあらゆる感覚に訴えかける、少女の持つ存在感に対する、名伏しがたい衝動。

 柳也は、そうかこれかと気が付いた。

 先ほどから背筋を震わせている恐怖を呼び起こす不思議な感覚。

 少女から感じ取れるそれは、恐いぐらいの“純粋”さと、生まれたての子どものような“無垢”。

 清らかな赤子に対して、多くの大人たちは愛情を覚える。しかし同時に、世の垢に汚れきった大人たちは、あまりにも純粋すぎるその存在に、わけのわからない怖れを抱く。自分たちが失ってしまった大切なものを、最も完全な形で抱えている赤子に、並々ならぬ愛情と同時に、強烈な恐怖を抱く。

 なぜか思わず、目尻から涙がこぼれてきそうになって……柳也は慌てて目元を覆った。

『アセリア、ユートさまとリュウヤさまですよ。ご挨拶しないと。…アセリア?』

「?」

 エスペリアの言葉に、悠人が首を傾げる。

 いったい誰に話しかけているのか、どうやら悠人には少女の姿が、いやそればかりか気配すら感じ取れないらしい。

 無理もないな…と、柳也は思う。

 眠りに落ちた少女の存在はあまりにも自然だ。まるで空気と一体化しているようなもので、その圧倒的な存在感は気付いた者にしか分からない。

 その存在に気が付くことができた者だけが、少女に対して、畏れと、神秘への恋心を自覚することができる。

『アセリア!』

 エスペリアが語気を強めた。

『……ん?』

 そしてようやく、閉ざされた少女の瞳が薄っすらとだけ宝石よりもなお深い水色を覗かせ、唇から声が漏れた。

 その声に、ようやく少女の姿を見出した悠人は、驚いたように呟いた。

「この声、聞き覚えがある」

「ああ…。あの森の中で悠人を助けて、俺達をここに連れてきた女の子だ」

 吐き出した言葉は、どうにも掠れて力がない。

 しかし感慨深げに告げた柳也の言葉に、悠人も、ついにすべての記憶を取り戻したらしい。

 あの夜、自分を助けてくれた、白い翼の少女のことを……。

 部屋を照らす青白い光は、少女の背中から生えた翼から流れ出ていた。

「この娘が、アセリア……」

 悠人は、はっきりとした声で呟きながら、一歩前へと出た。

 突然、部屋の奥へと踏み出した悠人に、エスペリアが驚いたように目を丸くする。

『ユ、ユートさま?』

『…………』

 近寄っても、何の反応も返ってこない。

 歩み寄ってくる悠人にも、許可も得ずに入室してきたエスペリアと柳也にも、一瞥さえ向けず、ただただ、じっと身の丈に合わぬ剣を見つめている。

 その表情に感情は感じられず、ただ、純粋なる無垢が……何も知らない、ゼロの子どもの顔が、そこにはあった。

「君があの時、助けてくれたんだろ? ありがとう」

 言葉が通じないことも忘れて、悠人は日本語で言った。

 無感情な視線が剣から悠人へと移り、じっと顔を見つめられる。

『…………』

 相変わらずの無言の眼差し。

 蒼い瞳は悠人の姿を捉えているはずなのに、そこには何も映っていないようにも思えた。

 二人のやりとりに、たまらず背後のエスペリア叫ぶ。

『こ、こら!アセリア、ちゃんとご挨拶しなさい。お二人はお客様なのですから……』

 叱りつけた声には、怒りというよりも困惑の色の方が濃い。

 いつもは冷静なエスペリアも、この状況には困り果てているようだ。

 チラッと、エスペリアに一瞥をくれ、その隣に立つ柳也にもついでとばかりに視線を向けたアセリアは、

『ん。アセリアだ』

 ベッドに座ったまま、言葉短く告げる。

 極限まで無駄を省いた、端的な言葉は、悠人でもすぐに理解できた。

 「ん」と、名前と、「〜だ」としか言っていない。

 思わず後ろを振り向いて、助けを求める視線を泳がせる。

「ええと……」

「多分、お前の思っている通りだろ。まさか、「ん」に、そんな深い意味もないだろうし」

 向けられた困惑の視線に、柳也は肩をすくめて答えた。口からは溜め息が漏れそうになったが、この場にあってそれは無粋なような気がして、なんとか我慢した。

『そんないい加減な。もう! ユートさまも、リュウヤさまも、困ってしまいますよ』

『…………』

『もう。ユートさま、申し訳ありません』

「いいって。気にしてないよ」

 悠人は後ろを振り向いたまま、快活に笑った。

「ウレーシェ、アセリア。ええと……クユアーシュ、ヨテト」

 助けてくれて、ありがとう。

 拙い言葉遣いだが、意味は伝わったはずだ。

 これだけは、誰の力も借りることなく、どうしても自分で言いたかった。

 柳也も、悠人の背後から、彼よりかは洗練された言葉遣いで言う。

『それから、俺達をここに連れてきてくれて…。あと、俺にドリームのようなタイムを提供してくれて』

「リュウヤさま?」

 突如、耳慣れた言語に混じった異界の単語。

 小首を傾げるのはエスペリアばかりではない。悠人も、何のことだかわからずに怪訝な表情を浮かべている。

 アセリアは――――――

『……』

 少し間を置いて、分かったという風に、頷いた。

 あくまでも無表情だったが、悠人にはそれがなんだか不思議なぐらい嬉しかった。

 

 

 

永遠のアセリア

-The Spirit of Eternity Sword Another-

第一章「有限世界の妖精たち」

Episode08「遠い決意」

 

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、アソクの月、青、みっつの日、朝。
 
 

 柳也はエスペリアと一緒に野外訓練所のひとつへと向かっていた。

 モット・アンド・ベリー形式を踏襲したような造りのラキオス王城には、人工の前庭の中に兵達の訓練施設がある。しかしそこはあくまで人間の兵の訓練所であり、柳也達エトランジェやスピリットの訓練施設は王城の中とは別の場所に設けられていた。

 これは何も、スピリットと人間の兵士の間に強い差別意識があるためではない。

 永遠神剣という強大な武器を持ったスピリット達が、全力で訓練に励むためには、王城の中の訓練施設では土俵が狭すぎるのだ。それに全力でスピリット達が訓練をしているすぐ側に、人間の兵達や城の官職が行き来しているというのははなはだ不味い。

 ――原子力発電所の原子炉の前や、国会議事堂の閣議中に実弾訓練をやるようなものだしな。

 守るべき原子炉や議員達の目の前で実弾訓練をやって、流れ弾が当の原子炉や議員に命中したら元も子もない。死んだ議員や、原子炉の暴走に巻き込まれた人々が浮かばれないというものだ。

 アセリアと再会を果たした翌日から、悠人達の本格な訓練が始まった。

 といっても、最初の三日間は言葉に慣れてもらうためにもこの世界の戦いについての講義が主で、実際に体を動かしての訓練は今日が初めてとなる。

『この世界の戦争は、基本的に人間の手で行われるものではありません』

 エスペリアの講義は、その第一声から始まった。

 続いてエスペリアは、この世界におけるエトランジェの戦術的な位置付けと、スピリットの存在、そして現在のこの世界においてなくてはならない、エーテル技術とマナの関係について説明してくれた。

 どこの世界でも軍事に関して難しい専門用語が多いのは一緒らしく、軍事に関して素人の悠人や、ミリタリー・オタクといえどもこの世界の言葉をまだよく知らない柳也に、エスペリアは分かり易く説明してくれた。ただし、それだけで一日かかってしまったが。

 ――給金があるかどうか分からないが、給料が入ったらまずエスペリアに酒を買ってやらないとなぁ。

 安直な発想だとは自分でも思うが、そうしてやらないと気がすまない。こちらの世界に落ちてきてから、エスペリアには公私ともにかなり世話になってしまっている。できれば、彼女が酒の飲めるクチであればよいのだが…。

 エスペリアによれば、永遠神剣が好むマナの性質によって、スピリットは主に四種類に分かれるらしい。

 青マナを好む永遠神剣の担い手、ブルースピリット。

 赤マナを好む永遠神剣の担い手、レッドスピリット。

 緑マナを好む永遠神剣の担い手、グリーンスピリット。

 黒マナを好む永遠神剣の担い手、ブラックスピリット。

 正直なところ、青マナや赤マナと言われてもいまいちしっくりこないので、今の時点では単にそういうものがあるのだなと納得するしかない。

 これら四種類のスピリットには個々の実力とは別にそれぞれの得意分野があり、また同時に短所があるらしい。

 例えばブルースピリットは通例として攻撃力が高く、ブラックスピリット以外の神剣魔法を無力化することのできるバニッシュ・スキルを持っているが、その反面、高い攻撃力に比肩しうるほどの防御力を有していないのが通例だという。

 この辺りの概念は、ミリタリー・オタクの柳也にはむしろ分かり易くて助かった。

 要するにスピリットの属性は、そのまま現代世界における歩兵や騎兵、砲兵といった兵科と一緒と考えられたからだ。例えば騎兵は強力な打撃力と、それ以上に強力な機動力が最大の武器だが、反面、その防御力は皆無に等しい。騎兵の防御の弱さを突かれ、敗北した戦いは一三四六年のクレーシーの会戦、一五七五年の長篠の合戦などに例がある。

 ――つまり、それぞれの属性のスピリットの長所を見極め、それをいかに活かせる戦術を立てるかがポイントってことだ。

 用兵の如何次第ということだ。ミリタリー・オタクの血が騒ぐ。

 騎兵の本質を見抜いてその機動力をフルに活かし、勝利した例は一一八四年の鵯越えの戦いがある。源平両軍合わせても、源九郎義経ほど、騎兵の長所を見出し、その運用に関する戦術眼に長けた人物はいなかった。

 気象の影響も忘れてはならない。

 スピリットは、その土地がどの属性のマナを多く含んでいるかによって、その能力を大きく左右されるという。〈決意〉も言っていたように、永遠神剣は空気中からもマナを取り入れている。青マナを多く含む土地であればブルースピリットが、赤マナを多く含む土地であればレッドスピリットがという具合に、土地の含有するマナの属性によってスピリットは能力が強化され、またその逆の現象もあるのだそうだ。

 スピリットに対してエトランジェは、マナの属性に左右されることなく、高い能力を発揮できるらしい。その最大の要因は、スピリットには持つことのできない高位の永遠神剣を持てるかららしいが……これは、柳也には当てはまらない。

 なぜなら柳也の所有している永遠神剣は第七位。エスペリアが所有している〈献身〉なる永遠神剣と位は変わらない。もっとも柳也は、まだエスペリアにも自分の永遠神剣について、ほとんど話していなかったが。

 エトランジェはマナの属性によって能力を大きく左右されることはない。そのため土地のマナの影響を受けることもないが、それは弱体化することもないが強化の恩恵を受けることもないということを意味している。

 基本的に一対一でスピリットがエトランジェに勝つことは難しいそうだが、条件次第ではスピリットもエトランジェを倒すことも不可能ではないということだ。これも、条件次第ではひとりの歩兵が戦車を倒せる異世界からやってきたミリタリー・オタクの少年には、分かり易い概念だった。

 

 

 ラキオスの王城からやや距離を置いて、スピリット達専用の野外訓練所はあった。

 訓練所といっても、そんな仰々しいものではない。広大な敷地に休憩所と倉庫、敷居の柵があるだけの簡素な造りだ。

『ここが現在、わが国で最大規模の野外訓練所になります』

 エスペリアは訓練所の施設について簡単に説明した。

 時折、早口の言葉が混ざるが、今や理解にあたってスピードはさほど大きな問題ではなくなっている。

 いくら柳也達にも分かり易いよう簡単な言葉で説明するといっても限界はある。この三日間の講義の中で、難しい文を何度も聞かされているうちに、柳也も悠人も言語能力をメキメキと上達させていた。特に悠人よりも先に言葉の勉強を始めている柳也は、早口で難しい文章も、苦労しながらではあるが理解できるようになり始めていた。もっとも、まだ自分で話すとなると、戸惑うことも多いが。

 休憩所に通された柳也は、そこでラキオス・スピリット部隊の制式装備だからとして支給された戦闘服を見て目を丸くした。

『…女物だな』

『はい…。申し訳ないのですが、まだユートさまとリュウヤさま用の戦闘服はできていないので』

 スピリットに男はいない。どういう理由かはわからないが、スピリットは全員女性として生まれてくる。エトランジェは滅多に出現する存在ではないので、男物の戦闘服は基本的に常備していないらしい。

 なるほどと頷きながら、柳也は与えられた戦闘服に袖を通した。最大サイズを持ってきてくれたのだろうが、やはり胸元以外がきつい。それに大腿から下にかけてすぅすぅする。

 柳也はとりあえず最近になってようやく着心地に慣れてきたトラウザーに、上半身は女物の戦闘服といういでたちで太刀を佩いた。いまだ永遠神剣の容疑が晴れぬ同田貫と無銘の脇差は、訓練が始まるからということで彼の手元に戻ってきていた。

 身支度を整えて休憩所から出てきた柳也に、エスペリアは声をかけた。

『現在、ラキオスには人間の訓練士の方々が二人います』

『二人? たった二人しかいないのか?』

『スピリットに訓練を施せるほどの技量の持ち主となると、普通の人間では限られてしまいますから』

 エスペリアの言葉に、柳也はなるほどと頷いた。

『ところで……』

 神剣による破壊の力の余波が休憩所や倉庫に及ばない距離まで移動する道中、柳也は思いきって切り出した。

『訓練を始める前に、言っておきたいことがあるんだ』

 布を張り合わせただけのズボンにポケットはない。柳也は大小を佩くために戦闘服の上に巻いた帯に挟み込んでおいた一枚の紙を取り出した。昨夜一晩をかけて作成したカンニング・ペーパーだ。柳也には訓練を始める前にエスペリアに言っておかねばならないことがあった。

 柳也は振り返ったエスペリアの顔と文字がびっしりと書かれたカンペを交互に見ながら、たどたどしく口を開いた。

『…俺は、元の世界で、直心影流という剣術、を習って、いた』

 柳也はポンと腰の同田貫の柄頭を叩いた。

『ゆくゆく、は…こっちの訓練方法に、合わせていくが、最初は、普段、俺が元の世界でやり慣れた方法で、やらせてくれないか? ……難しい言葉は、まだよく、分からないから、頷くか、頷かないかで、答えてくれ』

 柳也はせわしなく動く視線をエスペリアに留めた。

 エスペリアは無言ではなかったが頷いてくれた。

『そのやり方を見て、判断します』

『ありがとう。それで十分だよ』

『ところで、私からも訓練を始める前に、リュウヤさまに質問があります』

 エスペリアが言い、柳也が難しい顔をした。エスペリアの質問の内容というのが、容易に予想できたからだった。

『リュウヤさまの、永遠神剣についてです』

 ほら、やっぱり……と、予想通りの展開に柳也は溜め息をついた。

 エスペリアの疑問は当然のことだ。これから互いに命を託し合う間柄を練成するための訓練を前にして、仲間の能力は知っておきたいと思うのは普通だし、柳也としても知ってもらわなければならない。脳ある鷹は爪を隠すというが、隠しすぎるのも問題だろう。

 柳也がこれまでエスペリアや悠人に、自分の永遠神剣について最低限の情報すら与えてこなかったのには理由がある。

 ひとつには用心のためという意味合いもあるが、それ以上に聖ヨト語の扱いが不完全な状態で〈決意〉について説明するのは容易ではないことだし、なにより、柳也自身まだ〈決意〉に関して知らないことの方が多かったからだ。それにエトランジェの持つ永遠神剣は高位の神剣であると、頭から思い込んでいるこの国の官職らに、自分の持つ神剣は低位だといって、わざわざ印象を悪くする必要もない。

 柳也はカンニング・ペーパーを裏返した。エスペリアの質問内容は容易に想像できることだったから、その対策もしっかり取ってある。

 ――おかげで、今、非常に眠いけどな…。

 柳也は内心で深く嘆息した。

 このカンニング・ペーパーを作成するために、昨夜は悠人にかなり迷惑をかけてしまった。灯りをつけっ放しにすること空が明るくなり始めるまで、今朝は悠人も少し寝不足気味だった。

『…申し訳ない。今はまだ、話せない。こちらの言葉で説明するには、俺の神剣の特性は複雑すぎる』

 柳也はいかにも申し訳なさそうな表情で言った。

 エスペリアはしばしの間、柳也の顔をじっと見つめ続けていたが、やがて、

『…そうですか』

と、特に期待もしていなかったように答えた。

 再び前を向いて歩くのを再開する。

 柳也はその背中に声をかけた。その視線は、カンニング・ペーパーを見ていない。

『……〈決意〉』

『え?』

 突然、声をかけられて、エスペリアが驚いたように振り向く。

『俺の神剣の名前。…いくらなんでも、相棒の名前ぐらいはちゃんと伝えられるくらい、俺だって成長しているよ』

 本当はこの後、「なんといっても、エスペリアが教えてくれているんだから」と、続けようと思ったが、「なんといっても」の表現の仕方が分からなかったので、できなかった。

 もし、できていたら、エスペリアの好感度を上げることができたかもしれないのに……と思うと、残念でならなかった。

 休憩所から十分な距離を取って訓練所の広場にくると、そこにはひとりの戦士がいた。

 見覚えのある、顔だった。

『久しぶりだな、エトランジェ』

『あんたは……』

 柳也はその顔を鋭い眼差しで睨みつけた。

 戦士は余裕の冷笑とともにその視線と真っ向から対峙した。

 かつて王城にて、エスペリアとの見世物の戦いの折、乱入してきたファルシオンの戦士。

 宮廷内での動き易さを重視した軽装と違い、今回は金属の板を張り合わせた鎧で身を固めた、重装ないでたちをしている。それでも、軽装なことに変わりはないが。

 二人の間に漂う剣呑な空気を、知ってか知らずか、エスペリアはいつもの穏やかな微笑とともにファルシオンの戦士を紹介した。

『リュウヤさま、こちらが現在、ラキオスの剣術指南役であり、私たちスピリット部隊の訓練士でもあられます……』

『リリアナ・ヨゴウだ』

 ファルシオンの戦士は、自ら名乗って右手を差し伸べた。

 柳也も、右手を差し出して互いの手を握り合う。

 巌を思わせる節くれだった無骨な手。こちらが握る力を強めれば、それに応じて返ってくる強い力。まごうことなき、武人の手だ。

 柳也は、ふっ、と険を孕んだ表情を緩めた。

 リリアナの手を握った瞬間、彼はこの男に対するすべての雑念を捨てた。

 まるで初対面の人にそうするように、彼はリリアナに人懐っこい笑みを向けた。

『でかい手だな。それに力強い』

『なぁに、エトランジェ様には負ける。全力で握られれば、私の細腕など骨も残さず砕けよう』

『全力なんて必要ない』

 柳也はそっと握手を振りほどいた。

 彼は己の中の剣士の血がひどく騒いでいるのを自覚した。

『ヨゴウ殿とは、永遠神剣とかはなしで、一度、手合わせ願いたいものだ』

『貴様は……』

 リリアナは、柳也の真意を量りかねて怪訝な表情を浮かべた。

 この、目の前のまだ若い少年が、いったい何を思ってそのような言葉を言ったのか……だが、リリアナの疑念はすぐに晴れた。

 リリアナは二十代半ばにして籍を置いていた流派の免許皆伝を言い渡され、以来、ひとり武者修行を続けて諸国を回遊し、三十代で母国に帰郷して、現在の役職に腰を落ち着けている。これまでにも数知れないほど多くの戦士達と激突し、刃を交えてきた。相手が剣や槍を執る戦士であれば、目を見ればその人柄は大抵分かる。

 ――この若者の目のなんと澄んだことか。この若者は、純粋に私との立ち会いを楽しみにしている…。

 得心したリリアナは、ひとつ頷くと口髭に覆われた薄い唇を開いた。

『貴様、名前は?』

『エスペリアから俺の名前は聞いていると思うが…』

『貴様の口から名を聞きたいのだ』

『柳也だ。姓は桜坂、名が柳也。こっちの言葉だと発音が難しいだろうから、柳也と呼んでほしい』

『リュウヤ、か…。リュウヤ、元の世界でお前は騎士か?』

『いや…』

 柳也はゆっくりと首を横に振った。

 そして異世界の剣士は、リリアナに母国の誇り高い言葉を使って言った。

『サムライだ』

 

 

 互いに名乗りを済ませ、訓練が始まった。

『ではサムライよ、剣を抜け』

 柳也は頷くと同田貫を抜いた。

 異郷の空の下、二尺四寸七分の豪剣が鈍い輝きを放った。

『永遠神剣の使い手は、まず己の神剣の特性についてよく知らねばならん。しかし、私は人間だ。神剣の使い方については分からん。神剣の扱いの要訣については、エスペリアにでも聞け』

 リリアナは自身もまたファルシオンを抜くと、柳也と三間ほどの距離を取った。

 エスペリアのように気遣いのないリリアナの言葉を、柳也はほとんど理解することができなかったが、これからリリアナが何をしようとしているのかは、言葉にせずともすぐに理解できた。

『り、リリアナさま。リュウヤさまの訓練は今日が初めてで、最初はリュウヤさまが元の世界でなさっていた……』

『いや、いいよ。エスペリア』

 柳也はリリアナに視線を向けたまま快活に笑った。

『俺の世界でも立ち会い稽古は何よりの訓練だ』

 柳也はそう言って、同田貫を上段に構えた。胴の無防備を晒して、相手の先制の打ち込み待ってから仕掛ける腹積もりだ。

 ――〈決意〉、同田貫が折れないよう強度だけ底上げしておいてくれ。身体能力、その他諸々の強化はしないでいい。

【ただの人間として立ち会うつもりか、主よ? それも真剣で】

 ――この御仁とは、永遠神剣とかはなしで戦いたいんだ。

【ふむ。我が主は真の剣術馬鹿よのぉ…】

 そう言いながらも、〈決意〉から伝わってくる気配はどこか楽しげだ。

 リリアナの操るファルシオンは、聖ヨト語でアウメハヤナという武器で、現代世界で十〜十七世紀頃にヨーロッパで使われたとされる刀剣だ。身幅の広い片刃の曲刀で、短く、重い、断ち切り用の剣として作られている。最大の特徴は緩やかに弧を描く刃とそれに対して真っ直ぐ屹立した棟で、この独特の形状によってファルシオンは片手剣でありながら一撃々々を必殺の攻撃とすることができる。

 ファルシオンを扱う人間にとっての最大の利点は、狭い空間や乱戦の最中にあっても十分に強力な一撃を切りかかることができるということだ。逆に難点は、ファルシオンのような武器は特に強烈な一撃を繰り出すためには大きく振りかぶらなければならず、そうすると胴体が無防備になってしまうこと。頭上の低いところでは有効な攻撃ができなくなってしまうこと。そして片手持ちの武器としては重量級であるため、長期にわたっての運用は難しいことなどだ。

 しかし柳也は、目の前のこの男に限っては、それら武器の欠点を突いて攻めることは難しいだろうと考えていた。仮にも王国の剣術指南役を拝命するほどの達人だ。そうした武器の欠点は承知の上で、なおファルシオンを使っているのだから、欠点を補う手段か、その欠点が気にならないほどの技量を持っているに違いない。

 先に仕掛けたのはリリアナだった。

 若武者の招待を受け、それに応じた中年の戦士は三間の距離をあっという間に詰めると、重いファルシオンが軽妙な剣技をみせた。

 振り下ろすと見せかけて横薙ぎに払ったファルシオンの弧を描く刃が、合わせて前に出た柳也の豪剣とぶつかり合う。

 鍔迫り合いに持ち込むことなく、離れた両者の剣が、二度三度と交わって、片手剣のリリアナが両手剣の柳也を押し飛ばした。凄まじい中年戦士の膂力だった。

 押し弾かれたところを、リリアナ必殺の振り下ろしが襲う。コンパクトな振り上げからの真っ向斬り。一瞬だけがら空きになった胴は、すぐにその隙を閉ざしてしまう。

 豪剣を地擦りに、柳也は前に進むことで振り下ろしを避けて進む。

 すれ違う二尺四寸七分の豪剣とのたうつ蛇の曲刀。

 絡み合う若武者の視線と中年戦士の視線。

 すれ違いざまの斬り上げに、即座に反応せしめたリリアナの反応はさすがだった。

 そのまま走り抜け、再び広がる両者の間合い。

 柳也が振り向き、リリアナが振り向いた。

 父の形見の愛刀は八双に、歴戦の相棒刀は正眼に。

 視線と視線が交錯する。

 呼吸と呼吸が重なり合う。

 荒い息遣いが徐々に小さくなり、ついには無音の“時”が訪れた。

 互いに口元にたたえるのは冷笑。

 強者との戦いを純粋に喜ぶ、武に生きる戦士の顔。

 刃を振るうその都度、心は昂ぶり、剣を絡めあうその都度、身を焦がすような恋心に苛まれる。

 ――扱っているのは真剣だ。下手な棒振りをすれば、命はない…。

 命の危険……それを考えるだけでゾクリとする。

 死の未来に対する恐怖と、刃を交わす瞬間に感じるぎりぎりのスリル。

 剣を交わすその瞬間が、嬉しくて、嬉しくてしょうがない。

 互いに知恵を絞り抜いた駆け引きの末の攻防が、楽しくて、楽しくてたまらない。

 柳也の顔に、笑みがはじけた。

 リリアナの表情から、すぅっ、と笑みが消えた。

 わずかに鳴らす砂の音。

 リリアナの姿が消え、柳也もまた消える。

 肥後九州生まれの豪剣が、異世界生まれの重量剣と激突した。

 鍔と鍔とが打ち合って、刃と刃が震え合った。

 側らのエスペリアが目を見開いた。

 柳也が鍔迫り合いの状態からそのまま突進し、リリアナの身体が吹き飛んだ。

 さらにその瞬間を狙って真っ向からの唐竹割り。

 鍔迫り合いに持ち込んだ直後、踏み込みの勢いを殺すことなく体当たりをかまし、吹き飛ばした相手に向かって必殺の一撃を振り下ろす。柳也の得意戦法だ。

 吹き飛ばされたリリアナは、なんとか体勢を立て直そうと踏み止まる。

 しかしその隙を狙ってのびた柳也の刃は……だが、急速に勢いを緩めていった。

 ファルシオンが、一条の流星となって地から天へと昇った。

 迫る大刀を跳ね除け、空中でくるりと反転した曲刀が、突っ込んできた柳也の眉間を狙う。

 柳也は、刹那の判断で同田貫の柄から左手を離し、脇差を抜いた。

 逆手に抜いた無銘の一尺五寸五分が、ファルシオンを受け、弾いた真鉄と真鉄が火花を散らした。

 みたび離れる両者の距離。

 絡み合う両者の眼差し。

 リリアナが静かに口を開いた。

『何故、刀勢を緩めた?』

『……』

『答えんのか、それとも答えられんのか』

『……』

 柳也は答えない。

 いやリリアナの言葉があまりにも難解すぎて、すぐには答えることができなかったのだ。

 柳也に理解できたのは、リリアナが自分に対して質問をぶつけていること。「緩めた」という単語が聞こえたぐらいだ。

 柳也の沈黙の返答に、リリアナは今度は剣で問うことにした。

『わが必殺のリープアタックを受けてみるか』

 リリアナのファルシオンが、なんと地擦りに下がった。

 振りかぶった体勢からの振り下ろし最強とするファルシオンで、逆に斬り上げようというのか。

 眉をひそめる柳也。

 だがそれは一瞬のことだった。

 疑念や予断は、今は必要ない。

 今、なすべきことは、この強者との戦いを存分に楽しむこと、そしてこの強者の太刀筋から、自らもまた学ぶことだ。

 どのような技がこようとも真正面から受け止める。そして、ねじ伏せる。それが最大の稽古になる。

 リリアナが一歩踏み出した。

 そう柳也が思った時には、ファルシオンの戦士は三歩も進んでいた。

 柳也との距離が一気に詰まる。

 いかな攻撃がやってくるか……緊張に柄を握る柳也の手にも力が入る。

 その時、なんとリリアナが突如として背を向けた。

 跳躍しながら素早く身を翻しつつ、回転の勢いに乗って加速する中年戦士の身体が、右斜め上段から予想外の刀勢をもって襲いかかる。

 リリアナ・ヨゴウ必殺の、リープアタックだ。

 リリアナはこの技で、数々の修羅場を潜り抜けてきた。

 最初に動いたのは右手の同田貫だった。

 続いて動いたのは左手の脇差。

 両の刃が十字を刻み、ファルシオンと激突した。

 その瞬間、凄まじい衝撃が柳也の両手にどっと津波のように押し寄せた。

 全身の力を使って、押し寄せる波を精一杯押し返す。

 回転の勢いを乗せたとはいえ、片手剣のリリアナに、両手の柳也は押し勝った。

 リリアナの身体が再び回転し、仕掛ける前と同じ体勢で立ちはだかる。

 寄せる波は、いまだ返す波になることなく、柳也の両手に残っていた。

『……』

『……』

 両者、無言の睨み合い。無言の対話。

 視線だけの会話で、柳也が何を叫び、リリアナが何を訴えたのか。

 側らのエスペリアには、何も分からない。

 やがて柳也が再びステップを踏み、リリアナがその足運びに応えた。

 二人の立会いは、その後一刻半(約三時間)にも及んだ。

 

 

――同日、昼。


 清流の清らかなる流れは、ざぶざぶ、という濁音に汚されていた。

 野外訓練所のすぐ側にある川のほとり。

 褌一丁の全裸の若者と、これまた褌一丁であとは全裸といういでたちの中年の男が、清流の流れに汗臭い身を沈めていた。

「ぶはぁ! ふぃ〜……生き返るぅ」

 浅い川底に肩まで浸かり、藻のデートスポットで逢瀬を楽しむ小魚を蹴散らしながら、若い男がぶくぶくと水面から顔を出す。

 その顔には濃い疲労の色が窺えるが、表情はあくまで嬉しげだ。

 そんな彼の背中に、へその辺りまでを水に浸けた状態で胡坐をかき、リリアナはやわらかな声音で言った。

『サムライは若いわりにはなかなかに体力のある男だな』

 そう言う中年男の顔にも、疲労の色に濃く染め上げられている。しかしそれ以上に鮮やかなのは、口髭をたくわえた精悍な顔に浮かぶ、喜色の笑みだった。

『ラキオスの王城に勤める兵士達の中にも、これほど気骨のある男はいなかったぞ』

『そりゃ、これでも一応エトランジェですから』

『神剣の力を使わないエトランジェに、優位性も何もあるまい』

『……ばれてた?』

『ラキオス剣術指南役を甘くみるなよ』

 両者ともに、目上だから、年下だからという上下関係は頭にない。

 三時間もの間、激しく剣を交え続けた男達は、旧来からの友のように本音で話し合った。

『…それにしても、ヨゴウ殿のあのリープアタックにはたまげた』

『それを言うならサムライの打ち込みも鋭かったぞ。ほれ、この老人の細腕はまだ痺れている』

『ヨゴウ殿、今、いくつですか?』

『今年で四四になるか』

『まだまだ若い、若い』

 柳也は満面の笑みとともに言った。真の強者の強さというものは、年齢には関係しないものだ。これはいちいち歴史を紐解かなくとも、しらかば学園の柊慎吾園長という生きた実例が身近にいたので、柳也にはよく分かる。

『四四なんて、俺の倍以上じゃないか。それで三時間もぶっ通して動けるなんて、俺の知っている限り一人しかいない』

『…もう一人のエトランジェか?』

『いや』

 柳也は身体を起こすと、リリアナと同じように胡坐をかいて川底に腰を下ろした。

『元の世界の、俺の師匠だ』

『さぞ強い剣士なのだろうな』

『それはもう……ヨゴウ殿よりもさらに年上なのに、半日遣り合ってもまだ戦えるような化け物だ。付き合わされるこっちの身にもなってほしい』

『だが、その稽古は楽しかったのだろう?』

『楽しくないはずがない。相手は超一流の剣士だぜ』

 リリアナとの戦いは、野生の猛獣と戦っているようなものだった。強力な爪と牙を持ち、その上、知恵も回る。互いに知略の限りを尽くし、技の限りを尽くして、狩猟し合う。

 それに対して柊園長との戦いは、まるで富士山か何かに喧嘩を売っているようなものだ。どんなにいきがったところで、所詮、人間はちっぽけな存在に過ぎない。大自然に喧嘩を売ったところで、叶うはずがない。叶うはずがないから、むしろ勝利への固執を捨てて、素直な心で挑むことができる。

『ぜひとも一度、会ってみたいものだな』

 それが叶わぬ望みと知りながら、リリアナがぽつりと呟いた。

『ああ。…俺も、会わせてやりたいよ』

 柳也もまた、師の剣に会わせた時、リリアナの剣がどのように変化するのかを想像して、ほぅ、と溜め息をついた。

『そろそろ上がるか』

 リリアナが言って立ち上がった。

 柳也も頷いて川底から立ち上がった。

 服を脱ぎ捨ててそのままの川岸へと上がる。

 鍛え抜かれた男達の、陽に焼けた裸身が春の陽光にまぶしい。

 片や若く瑞々しい、烈火のような力を全身に漲らせたしなやかな身体。

 片や歴戦の武勇の果てに、大小様々な傷跡を残す岩石のような身体。

 岸辺で替えの服を持ってきたエスペリアが、思わず顔を赤らめる。

 それを見てリリアナが、

『ふっはっはっ。リュウヤよ、どうやらあの娘は私の肉体美の虜のようだな』

と笑い、柳也も、

『なんの、なんの。エスペリアは若い娘だ。そんな枯れた年寄りの身体より、俺の若さあふれる体つきに惚れたに違いない』

と笑いながら答えた。

 

 

 エスペリアが用意してくれた新しい服に袖を通し、二人の剣士は訓練施設の休憩所へと向かった。休憩所にはちょっとした料理を作ってくれる食堂があり、二人はそこで一緒に昼食を摂ることにしたのだ。

 エスペリアの姿はない。

 彼女は、今は別の訓練所で訓練をしているはずの悠人やアセリアと一緒に昼食を摂るべく、一度、スピリットの館へと帰っていった。本当は柳也も一緒に食卓を囲むはずだったのだが、リリアナと剣術談義で盛り上がっているうちに、自然とそういう流れになっていた。

 訓練所の規模のわりに、食堂の広さは収容人数最大五十人と狭いものだった。柳也の知る限り、軍隊の食堂としては破格の広さだ。しかし、よくよく考えてみればこちらの世界においてスピリットの数は稀少だから、納得のいくスペース配分でもある。数の少ないスピリットと、これまた数の少ない訓練士の人数分、席が確保できればよいのだから、椅子は五十脚で十分事足りた。

『サムライはまだこの世界の言葉をよくは知らんだろう?』

『ああ。…どうにか、最近になって会話には困らない程度にはなってきたけど』

『なら、注文は私が勝手に決めるぞ』

 言葉の技術に関して、柳也はこの数日間で着々と実力を向上させている。今の柳也に足りないものは読解力よりも語彙数だ。単語をあまり多く知らないから、話す時も、聞く時も苦労する。特に、名詞となるとこれはまだほとんど何も知らないのと大差なかった。

 ――実際、この世界の料理なんてエスペリアが作ってくれたものくらいしか分からないしな。

 いずれはこの世界の料理についても、誰かに教えを乞う日がくるだろう。

 以前、柳也達はエスペリアから食後に薬を出され、それがあまりにもコーヒーに似ていたことから、一気に飲み干そうとして大変な目に遭ったことがある。あの時の苦い、いや辛い経験をもう二度と味わわないためにも、調味料や材料の名前と特性を一致させられるくらいには、言葉を覚えねば。

 食堂は食券システムではなく、カウンターに足を運んで注文し、それをセルフサービスで取りに行くという形式を採用していた。

 戻ってきたリリアナが抱える盆の上には、冷や酒の瓶が一つと、つまみが五種類。元の世界では考えられない、昼間から豪勢な食事だった。

『ささ、まずは一献』

『む。すまんな』

 柳也がリリアナの手から酒瓶を取り、二つの杯に並々と注いだ。

 酌を受けたリリアナがぐっと一息で飲み干したのを見て、柳也も自分の酒杯を傾けた。

 心地良い疲労の後に、胃に流し込む冷たくて熱いアルコールのうねりがなんともたまらない。なにより、茶と水以外を飲むのは久しぶりだ。たとえ食堂で出されるような安酒といえども、現代世界での柳也の懐具合を考えれば、格別の一杯だった。

『ほう』

 ふと、柳也を見るリリアナの眼差しが細まっているのに気が付いた。

『エトランジェ殿はいける口のようだ』

『うん』

 柳也は満足そうに吐息して、続けた。

『酒も飯も嫌いじゃない。元の世界じゃ貧乏暮らしだったから、ほとんど飲まなかったけどな』

『ならばこちらの世界で出世しろ』

 リリアナが手羽先に似たつまみを一本取ってぱくついた。

『サムライの腕前なら、たとえ永遠神剣がなくとも食い扶持はいくらでもあるだろう』

『……』

 柳也は何も答えず、二杯目の酒杯を傾けた。

 リリアナの言葉遣いにはエスペリアと違って遠慮がないから、聞き取れないことがままある。

 リリアナもまだ柳也の言語能力が不完全だということはとうに気が付いているようで、柳也の無言にも嫌な顔ひとつしなかった。

『ところで……』

リリアナが、やけに改まった口調で口を開いた。

『先ほども聞いたが…』

 飯台の上に、空のちろりが並ぶ。

 柳也もリリアナも、剣を取る身とあって自分の飲める量、飲む速さを心得つつ、無理をせぬ程度に加減しつつ、このささやかな酒宴を楽しんでいた。顔はほの赤黒くとも、その言葉ははっきりとしていた。

『立ち会い稽古の最中、何度か刀勢を緩めることがあったな』

『……』

『何故だ?』

『……』

 柳也は、あくまで無言だ。

 リリアナの言葉が難しすぎて答えられないのではない。目を見れば、彼の言っていることぐらい大体の予想はつく。

 それでもなお口を開かないのは、己の考えがいまだまとまっていないからだ。

 異世界の、まだ要領のよく掴めない言語で、どのように話せば、この男が納得するような答えを導き出せるか。

『寸止めに終始したのは、人を殺す覚悟ができていないからか?』

『……』

 柳也は、なお沈黙を続けた。

 言葉が分からなかったからではない。

 どうやって自分の言いたいことを言葉にしようか、考えあぐねていたからでもない。

 リリアナの指摘が、実に自分の心情を言い当てていたからだ。

 硬化した柳也の表情の変化から、すべてを読み取ったのだろう。

 リリアナはまた手羽先に似たつまみをひとつ口に放ると、真剣な表情で言葉を続けた。

『図星か…』

『……』

『サムライ、貴様も分かっていると思うが……』

『……』

『俺たちがやっているのは、戦争だ。そして戦場では、そういった甘い考えを抱いたヤツから死んでいく』

『…………』

『いずれお前は、貴様の意志とは関係なしに、戦場へと投入される。貴様らの世界ではどうだったかは知らんが、この世界ではスピリットやエトランジェの命は紙よりも安い』

『…………』

『この先、峰打ちですべてを片付けられるような戦場は、そう多くはないぞ』

 柳也は腰に佩いた同田貫を見た。父の形見の一刀。父は人を守る警官という職業を選び、人の命を守るために自分を犠牲にしてきた。

 では、今の自分はどうだろう。自分は軍人という職業を選ばされ、人の命を守るために誰かの命を犠牲にしなければならない。

 そんな風に、大切なものを守るために、他の一切のものを犠牲にするような生き方が、本当に父の望んだ強さに通じるのだろうか。母の望んだ優しさなのだろうか。

 ――それに……。

 自分は、戦うこと自体は好きだ。

 男として生まれた以上、そして剣士としての生き方を選んだ以上、強さを求めるのは当然のことだし、その強さを追求していく過程を楽しいと思う。

 だからといって、自分は別に人を斬りたいわけではない。

 斬るか、斬られるかのギリギリのスリルに興奮することはあっても、実際に人を斬りたいとは思わない。

 斬られれば、痛い。

 そして自分は、特に恨みがあるわけでもない相手を、傷つけたいとは思えない。

 こんな世界にやってきて、甘い考えだとは自分でも思う。

 効率良く人を殺すための技術を学び、効率良く人を殺すための武器が好きな男が、呆れた話だとは自分でも思う。

 しかし、どうしても、今はまだ、人を殺すという覚悟を決めることができなかった。

 決意までの距離が、遠かった。

 ――所詮、俺も戦後世代、現代日本人なんだよなぁ。

 マッカーサー教育に毒され、人の命は地球よりも重い、をロジックとして用いる国の、平和主義と理想主義をごちゃ混ぜにした、腑抜けた国民。甘え尽くしの、子どものような民族だ。

 カウンターの方から、中年の女の声が聞こえた。注文した飯が出来上がったらしい。

 リリアナが席を立つ。

 柳也も席を立つ。

 リリアナは、立ち上がった瞬間、穏やかな表情とともに言った。

『今日、貴様と剣を交わして、私は貴様のことが気に入った。私は貴様に死んでほしくはない』

『…………』

 リリアナの言葉に、柳也はまたしてもまともな返事を返すことができなかった。

 

 

――同日、夜。
 
 

 柳也は墨染めの袷と袴、袷の上には長羽織、目深に被った饅頭笠といういでたちで夜の街を歩いていた。

 腰に佩いているは父の形見の同田貫。足に視線をやれば軽快な草鞋履き。

 夜の寒さが総身にこたえるが、柳也の足に淀みはない。背筋をすっと伸ばして歩いているので、長い裾が足に絡むこともなく、足裏の前半分を地面から離すことなく摺り足気味で進めていく足の運びは敏捷だった。

 目的地への道のりは、事前の下見ですでに頭の中に叩き込んである。

 素面の自分の健脚が、夜道に迷う心配はない。

 間もなく、暮四つの鐘が鳴ろうとしていた。

 柳也はようやく目的の場所に辿り着いた。

 黒装束の彼は闇に溶け込んだかの如きだったが、爛々と輝く双眸だけは、隠しようもなくその鋭い視線を上へと向けていた。

 近江屋、と暖簾のかかった店の二階に、行灯の薄暗い灯りが見て取れる。

 柳也は不気味に口元を歪めた。

 間違いない。近江屋の宿。二階の部屋。与えられた情報通り、あの場所には自分の標的がいる。

「ごめんください」

 玄関の前で声を出すと、程なくして、ガラガラと戸が開いた。

 出てきたのは恰幅の良い大男だ。単に太っているというわけではない。その下肢には猛々しい筋肉の躍動が見て取れ、この男が元相撲取りだったことを窺わせる。

「はいはい、なんでしょう」

 大男は、体つきのわりには高い声で応対に出た。

「十津川の者だが」

 柳也は懐に手を伸ばすと、一枚の名詞を差し出した。

「夜分遅くに申し訳ない。坂本先生がこちらにおられると聞いたが、会えないだろうか。大事なようなんだ」

 元相撲取りと推察される男は、しげしげと柳也のなりを観察すると、「ちょっとお待ちを」と、玄関から二階の階段へと踵を返した。

 柳也は、男が階段をある程度上ったのを確認してから、返事も待たずに近江屋の框を踏んだ。

 足音を忍ばせ、かつ迅速に大男の背中を追う。

 柳也はすでに、同田貫の鯉口を切り、刀身を抜き払っていた。

「坂本先生、お客様です……ッ!」

 背後に迫る殺気に、大男が振り返った。

 素早く、鋭い反応。

 しかし柳也が刀を振り下ろす速度の方が、それに勝っていた。

 大男の頭がぱっくりと割れ、一回転して背中を向けたところを、もう一度袈裟に斬った。

 大男は何か言おうとしたが、そのままどさりと倒れた。

「お前……!」

 標的の一人が、顔を覗かせた。

 情報通り総髪の男は風邪を引いてまだ熱があるらしく、背中を丸めながら、しかし烈火の如くギラついた眼差しをこちらに向けている。

「何奴だ!?」

 襖を勢いよく開け放つと、もう一人の標的の姿も視界に入った。

 こちらは五体満足のようだが、頼むべき刀は行灯の側の壁に立てかけ、その距離は遠い。

「ほたえな!」

 総髪の標的が、懐中に手を伸ばした。

 懐から飛び出した手に、黒光りする凶器を握っている。

 柳也はその武器が火を噴く間を与えず、一気阿世に踏み込んで、斬りかかった。

「龍馬!」

 もう一人の標的が行灯の側の愛刀に手を伸ばした。

 一閃にして龍馬と呼ばれた男の腕を両断した柳也は、振り返りざまに再び太刀を振るった。

 刃を切り結ぶこともなく、もう一人の男が、がくっ、と膝を折る。

 柳也は再び振り返ると、利き腕を切り落とされてもがいている総髪の男の背中に、大刀を突き立てた。

「坂本龍馬、享年三十二」

「お、お前はいったいどこの刺客じゃあッ!?」

 柳也は、その問いに答えることなく、同田貫の豪剣を、その男の背中に突き刺した。

 刺した箇所からどくどくと泉の如く湧き出る血。

 びくびく、と痙攣して次第に動かなくなっていく骸。

 すべてが終わった時、柳也はしゃがみこむと、湧き出る赤い清水で口をすすいだ。

 口の周りがべっとりと血で汚れるが、そんなことは気にもならない。

 むしろ、その血で身を洗うことに、心地良さすら見出していた。

 男の血をすする。

 ああ、なんと甘くとろける死の臭いか。

 男の死肉に歯形を残す。

 ああ、なんと芳醇な死の味わいか。

 己が殺したのだ。

 あの、坂本龍馬を。

 この獲物は、己が狩ったのだ。

 そう思うだけで、柳也はたまらない快感を覚えた。

 股間の辺りが、ぬるぬる、と気持ち悪い。

 どうやら射精したらしい。

 何度も、何度も、人を殺して射精して……その果てに待っていた、この恍惚。

 この悦楽。

 この歓喜。

 この瞬間のためならば、己はなんだって引き替えに……

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、アソクの月、青、よっつの日、深夜。
 
 

 いつになく最悪の寝覚めだった。

 ベッドから飛び起きた柳也は毛布を跳ね除けると、柳也は額に浮かぶ脂汗を拭って父の形見の腕時計で時間を確かめた。

 午前二時二十分。

 ベッドに入ったのが昨夜の午後十二時だから、二時間も眠れていない。

「なんで…あんな夢を……?」

 身体が熱い。

 胸の心拍もいつもより速い。

 息は荒く、まるで喘息にでもなってしまったかのようだ。

 ――まるで、恋しているみたいじゃねぇか。

 その人のことを思うとどうしても気持ちの昂ぶりを抑えられない。

 その人のことを思うとどうしても胸のときめきが止まらない。

 まるで少女マンガの主人公のようだが、今の自分がまさにそんな状態だ。

 しかし、自分が恋しているのは“誰か”ではない。

 今の夢から考えられるに、自分は“誰か”に対して恋をしているのではなく、“誰かを殺すこと”に対して恋焦がれているように思えてしまう。

 ――馬鹿な…そんな馬鹿な話が、あってたまるか!

 あんな夢を見てしまったのは、きっとリリアナのせいに違いない。

 リリアナがあんなことを言うから、繊細な自分の心は影響されてしまったのだ。

 ――明日は…そうさ、明日はきっといい夢が見られるさ。

 夢というものを滅多に見ない柳也が、明日も夢を見るとは限らない。

 願わくば、次見る夢は良い夢であることを願いたいものだが…。

 柳也は再び毛布を頭から被った。

 しかし、興奮で目が冴えてしまったせいか、どんなに眠ろうと努力しても、眠気は一向に襲ってこなかった。

 程なくして、柳也は再び毛布を跳ね除けた。

「ああ、クソ!」

 苛立ちから、そう、ひとりぼやいた柳也は、口から出た自分の声が思いのほか大きかったのに驚いて慌てて口をつぐんだ。恐る恐る隣を見る。しかし、隣のベッドで寝ているはずの悠人の姿はどこにもなかった。

 ――どこに行ったんだ……?

 柳也はベッドから下りた。

 特に気にしなくても問題はないはずだ。他人のプライベートをあれこれ詮索するのはよくないと分かっていても、なぜだか柳也には同室の友人のことが気になった。

 足音を殺して、柳也はそっと階段を下りていった。

 エスペリアとアセリアの部屋から神剣の気配を一つずつ感じる。そして食堂にもう一つ。二人の神剣よりも反応の弱いマナの波動は、悠人のものだ。

 食堂の灯りは消えていた。

 だが、〈決意〉の力に頼らずともその部屋からは人の気配を感じた。

 柳也は開けっ放しの食堂のドアを開いて、エーテル灯のスイッチを探した。

「…まだ、起きていたのか?」

 ぱちっ、とエーテル灯が点灯して、真昼のような明るさが、広い食堂に訪れる。

 ひとり考え事にふけっていたらしい悠人は、はっとした表情で振り向いた。

「柳也…お前も、眠れないのか?」

「ああ。……なんとなく、目が覚めちまってな」

 柳也は悠人の隣の席に座った。

 彼は先ほど見た夢の後遺症が顔に出ていないことを祈りながら、

「何かお悩み事か?」

と、悠人の顔を見つめて言った。

「…わかるか?」

「顔に出てる」

「なんて?」

「なんで、俺は神剣の力を引き出せないんだ、って」

「……」

「図星、みたいだな」

 柳也は、ふぅ、と溜め息をついた。

 と、悠人の顔からはずしたその視線が、テーブルのティーカップと、ポットに注がれる。どうやら悠人が淹れたものらしい。

 ちょうどさっきの悪夢のせいで喉が渇いていたところだ。ゴクリと喉を鳴らす柳也に、悠人は言った。

「飲むか?」

「……いいのか?」

「冷えているけど」

「いや、今はその方がありがたい」

 柳也はキッチンへと足を運ぶと、自分の分のティーカップを持って戻ってきた。柳也も悠人も、まだこの世界の食材についてほとんど知識を持っていないが、茶ぐらいは淹れられたし、皿のある場所くらいは教えられていた。

 冷え切ったポットから冷たいティーカップへ、香りの薄い茶が注がれる。

 慣れた手つきはエスペリアほど洗練されていないが、悠人もまた決して料理が不得意ではないことを窺わせる。

「ありがとう」

「いや、どういたしまして」

 柳也はカップを口へ持っていき、一口飲んだ。燃えるように熱かった喉に、冷たいお茶が心地良かった。

 しばし互いに無言の一時が訪れる

「なぁ、柳也…」

 先に沈黙を破ったのは悠人だった。

 彼は思いつめた表情で柳也を見ると、重々しく口を開いた。

「エスペリアから聞いたんだけどさ、永遠神剣の使い手は、みんな神剣の声を聞くことができるんだってな」

「ああ、そうだが…」

「それが聞こえないってことは、そいつはまだ神剣の力を使いこなせていないってことだよな」

「そうなるな」

「だったら、剣の声が聞こえない俺には……何が足りないんだろう?」

 エスペリアとの見世物試合に刈りだされたあの日以来、悠人の永遠神剣は、あの日の出来事が嘘だったかのように沈黙を続けていた。爆発的に強化された身体能力や、言語機能も今や元に戻り、悠人は体力こそ人並み以上にあるものの、元の世界にいたときと変わらぬ身で日々を過ごしている。

 柳也はティーカップをテーブルに置いた。

 彼は難しい顔をすると、

「それは俺にも分からない。それに、永遠神剣が契約者に求めるのは、その神剣によって違うんだ」

と、〈決意〉からの受け売りの知識を披露した。

 エスペリアやリリアナに対しては、いまだ聖ヨト語のスキルが不十分なため微妙なニュアンスをいまいち伝えられないが、日本語を理解できる悠人には、柳也は自分の永遠神剣について多くを話すことができた。また、この先、悠人が自分の敵に回るとも思えないから、彼は安心して自分の神剣についての情報を公開できた。

「俺の場合は…〈決意〉が求めるのは、文字通り俺の〈決意〉だった。どういう過程で神剣の声が聞こえるようになったのかは、俺もいまいちよく分からないが、〈決意〉の声が聞こえるようになってからは、その求めに応じて俺の決意を聞かせると、その都度、俺に新しい力をくれた」

「神剣の求めるもの…か。俺の神剣は、いったい俺に何を求めているんだろう」

「さぁな」

 柳也はカップの中身を飲み干した。

「そればっかりはお前以外には分からない。エスペリアは悠人の神剣は、今は眠っている状態だって言っていた。無理矢理起こすか、自然に起きてもらった時に、それも分かるさ」

「なぁ、もう一ついいか?」

 カップの中身を飲み干して、立ち上がろうとした柳也に悠人がまた言った。

 柳也は一旦上げた腰を再び下ろすと、悠人に訊ねた。

「なんだ?」

「俺たち、今は戦闘訓練をさせられているよな」

「ああ」

「それはつまり…俺たちが、戦争に参加させられるってことだよな?」

「そうなる可能性は高いだろうな」

 柳也は苦々しげに言葉を吐いた。

 頭の中に、リリアナの言葉が繰り返し蘇る。

「柳也はさ、戦車とか、戦闘機とかが大好きな、いわゆるオタクだろ?」

「まぁな。古今東西問わず、戦争と軍事に関係することが大好きなミリタリー・オタクだ」

「柳也は、自分が戦うってことについて、どう思う?」

 悠人の口調は、重い話題を話しているだけに、かえって明るい口調だった。

 だが、柳也に向けられたその表情、その眼差しは真剣そのものだ。

 柳也は、これは下手な答えはできないぞと自分に言い聞かせ、言葉を紡いだ。

「…俺はSu-27フランカー戦闘機が大好きだ」

「……柳也?」

「まぁ、黙って聞けよ。Su-27フランカーはロシア製の戦闘機で、中国空軍にも配備されている、戦後第四世代戦闘機だ。俺はこの戦闘機が大好きだが、もし、仮に第二次日中戦争が勃発して、日本の空自のF-15Su-27とが戦うことになったとしたら、俺は間違いなく大好きなSu-27ではなく、F-15を応援するだろう」

「……」

「俺達のような軍事好きがさ、楽しんで戦車のケツを追っかけてられるのも、飛行機見たさに世界中を飛び回るのも、全部は平和な世の中だからできることだ。矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、ミリタリー・オタクが、いちばんミリタリー・オタクらしくいられるのは、戦争がない状態の時なんだよな。……俺は戦争が好きで、同時に嫌いでもある。まして自分自身が実際に参加するとなれば……非常に楽しくて、同時に辛くもある」

「……」

「自分自身が本物の戦争に参加するなんて、正直、いままで考えたこともない。俺も、平和ボケした日本人の一人だからな。俺にはまだ、戦うってことに対する覚悟は……しっかりとした考えは、ない。そりゃあ、俺だって佳織ちゃんのことは大切だと思っているし、佳織ちゃんのためだったら、命張る覚悟だってあるさ。けど、佳織ちゃんを守るために、何の恨みもない誰かを斬っていくほどの覚悟と決意は俺には、まだない」

「俺は……佳織を守るために、戦う」

「それで、いいんじゃないか」

 柳也は、今度こそ席を立つと、気さくに笑った。

「俺は俺。お前はお前だ。戦う理由や、戦いに対する覚悟なんかも違って当然、当たり前のことだ」

 俺は俺。お前はお前。

 自分の口から出たその言葉は、悠人に向けられたものであると同時に自分にも向けた言葉だった。

 リリアナの言ったとおり、いずれ自分達は否応なしに戦争に巻き込まれてしまうだろう。

 そしてその時、己が生き延びれるかどうかは、自分の覚悟一つ、決意一つ次第だ。

 そして自分にはまだ、戦いに対する覚悟が、誰かを殺す決意は、いまだない。

 ――早いうちに、腹括らないとな。

 そうは思っても、人を殺す覚悟、人を殺す決意を固めることに、柳也はどうしても躊躇いを消せなかった。

 

 

――聖ヨト暦三三〇年、チーニの月、黒、ふたつの日、昼。
 
 

 大陸最北のヴァーデド湖畔に、天然自然の資源豊富なラシード山脈。北のリクディウスの森と南のリュケイレム森に加えて、比較的マナの豊富な肥沃な土地に恵まれたラキオス王国は、ごくごく小規模な村落を除けば、四つの都市を政治の中心に据え置いている。

 そのうちのひとつ、西のラースの街は、四つの都市の中では土地の持つマナが最弱の地域にありながら、ラキオスの外交の要衝を担う都市だった。なぜならラースの街は、ラキオスの南西に位置する同盟国サルドバルト王国との国交を結ぶ上で重要な位置にあるからだ。ラースは、そこからやや南に下った地点にある、サルドバルトの都市アキラィスとともに、偉大なる聖ヨト王国の分裂以降、両国の国交を支える要衝だった。

 ラースの街に設けられた関所には、隣国サルドバルトからの密入国者を取り締まるという重要な役目がある。

 とはいえ、同盟国サルドバルトからやってくる商人や旅人達は大概が国から発行された通行手形を持っており、実際には番兵のやる仕事は少ない。これが現在ラキオスとは敵対関係にあるバーンライト王国と隣接しているエルスサーオの街や、ラセリオの関所ならば手形を持っていない密入国者も多いだろうが、少なくとも、このラースにおいて番兵は形式上の役職にすぎなかった。

 商人達の出入りの激しい朝ならともかく、ラースの関所を通過する人の往来がめっきりなくなった頃に持ち場を入れ替わった若い番兵は、暇を持て余して退屈していた。

 まだ二十代も始めと思わしき青年は昨年この関所に配属されたばかりとみえ、暇なときにどうやって時間を潰すか、要領を得ていないようだ。

 持ち場を交代してすでに二時間。気力体力ともに漲る年頃にありながら、迂闊にその場を離れられないじれったさにあくびをすること四回目。青年の視界に、サルドバルトの国境を越えてやってくる一団の姿が入ったのは、ちょうど退屈の虫がキリキリと悲鳴を上げ始めた頃だった。

 荷を積んだ台車を引いているわけでもなく、簡素な旅支度に使い込まれた武器を携えた七人の男達は、どう贔屓目に見ても商人やただの旅行者には見えない。一見したところ七人はみな若く、最年長の男でさえ三十代中頃と思われた。どうやら武者修行中の武芸者の一団のようだが、それにしてもこんな大勢での回遊とは珍しい。

『そこの一団、止まれ』

 退屈の極みにあった青年番兵は、しばらくぶりの仕事に嬉々として望んだ。

『この関所を通過したくば、まずは手形を。それから、通行税の支払いを』

 ラースの関所に設けられた通行税の料金は、エルスサーオやラセリオの関所の料金設定に比べれば格安だ。一人当たりたったの五〇ルシル。青年が毎日食べている食堂のメニューの、平均価格の一割増にすぎない。

『承知した』

 一団の先頭に立っていた、三十代半ばと思わしき男が、後ろの六人分の手形と一緒に、懐から出した通行手形を七枚、番兵に差し出した。

 その言動といい、所作といい、とても武者修行中の武芸者とは思えない。薄っすらとした上品さすら漂うその挙動からは、どこかの宮城に勤めている騎士を思わせる。

 青年番兵は規定の手続きに従って七枚の手形を改めた。

 七枚すべてに、マロリガン共和国政府発行を示す証文と印が刻まれている。

『マロリガンか…ずいぶん遠くからきたんだな』

『全員、ガルガリンの出でな。デオドガンの商業区を抜けてイースペリアに入り、ロンド、サルドバルト、バートバルト、アキラィスを通って、次はラキオスに行こうと思っている』

『旅かぁ…羨ましいものだ』

『武者修行の旅路だ。楽もあれば、苦もある』

『それでも、俺みたい関所勤めは、大陸中を歩いて回るって生活に、憧れるものさ』

 青年番兵は七枚すべての手形を確認し、不備がないことを確認すると、一団から徴収した通行税を抱えて上役へと届けた。

 通行許可は、遅滞なく降りた。

『足止めさせてすまなかったな。通っていいぞ』

『お役目、ご苦労に存ずる』

 先頭の男が頭を下げ、後ろの六人もそれに習った。統率された動き。全員、同じガルガリンの出だというが、もしかしたら同じ流派の門下生なのかもしれない。

 通行手形と通行許可証がそれぞれに手渡され、一団はすれ違う役人達全員に頭を下げながら、関所を通っていった。

 その背中が見えなくなるまで見送って、青年番兵に、また退屈な時間がやってきた。

 

 

 七人の男達が関所を通過して七、八分。

 ラースの外殻区には人気も少なく、中心部へと向かうその歩みは人ごみの中で遅まることもない。

 今日の宿場を探して街の中心部へと近付くにつれ、耳に聞こえの良い賑わいの声は、まだ遠かった。

『…ようやくラキオスに辿り着きましたね』

 最後尾を歩く若い男が言った。年の頃は二十七、八。口元に嬉しそうに笑みを浮かべ、なぜか双眸を爛々と凶悪に輝かせている。

『まだだ。まだ、ラースの関所を抜けただけで、王都ラキオスに辿り着いたわけではない。気を抜いてはならん』

 先頭の男が、最後尾の若者をぴしゃりと叱る。三十代半ばにしては若々しい、しかし貫禄に満ちた重みのある声だ。この歳をして相当な苦労を身に背負ってきたのか、実際の年齢は見た目よりもっと若いのかもしれない。

『まぁ、そう言うな。デイルが浮かれる気持ちも分かる』

 別の男が言った。先頭の男と同じ三十代半ばほどの外見。こちらは見た目から推察される年齢にほぼ見合った張りのある声を出している。

『ようやく、ラキオスに辿り着いたのだ。苦節八年の歳月を……我々は、耐え忍び、ようやくここまでやってきた』

 その口調には、その八年の歳月がいかに彼らにとって過酷な日々であったかを物語るように、苦渋に満ちていた。

『師を失い、ガルガリンを発って八年。やっとあの男の情報を手にして六年。マロリガン、イースペリア、サルドバルトの各地を回って研鑽を積み、ようやくここまで来た』

『グレイヴ……私とて気持ちはそなたらと一緒だ。しかし、やはり気を抜くのはまだ早い。それにあの男はラキオス国王お抱えの役職に就いている。容易に近付くことすらままならんだろう』

『ラキオスの城下に到着したら、まずは情報収集ですね』

 一団の中でも、最も若いまだ二十歳にも満たないような少年が言った。まだあどけなさを残す幼い顔立ちは、並々ならぬ意気込みに輝いていた。

 先頭の男は少年の言葉に重々しく頷くと、

『良くも悪くもラキオスの城下で奴は有名だ。片っ端から情報を集めていけば、いずれは師の仇を討つ好機を掴むこともできよう』

と、遠慮のない声で続けた。

 一団が歩いているのはまだ街の外側区画で、彼らの話を盗み聞きするような輩は見当たらない。

 それどころか、外からやってきたこの旅人達の風体に恐れすら抱き、関わり合いにならぬようそそくさと目立たぬ動きをしている。

 斯様な闇色に染まった話をできるのも、この人気のなさゆえ、無関心さゆえであった。

『ふふふ……いよいよだ。待っていろ、リリアナ・ヨゴウ!』

 最後尾の男が、遠慮知らずの大声で言った。

 ロバート・セニコフ、三十歳。

 グレイヴ・ルーガー、三十五歳。

 クルバン・グリゼフ、三十三歳。

 デイル・レイガン、二十七歳。

 モーリーン・ゴフ、二十五歳。

 カイル・ロートマイル、二十二歳。

 シン・クルセイド、十七歳。

 復讐に身を焦がす七人の男達の影は、やがてラースの街の雑踏へと溶けていった。

 

 

 

<あとがき>

タハ乱暴「F-15とSu-27ならタハ乱暴はF-15の方が好きです」

柳也「俺もF-15だな。世界最強の荒鷲。くぅ〜〜、クールな機体だぜ」

北斗「……おい、軍オタども、また一般のアセリアプレイヤーに分かりにくいネタから入るつもりか?」

柳也「分かりにくいって……イーグルとフランカーは常識だろ?」

タハ乱暴「そうそう。特にイーグルは怪獣映画にも多数出演しているからな。特撮好きにもお馴染みの機体だ」

北斗「…貴様らの頭の中ではどのような常識がまかり通っているんだ……永遠のアセリアAnother Episode08、お読みいただきありがとうございました。今回もこの軍オタどもが、一般人には取っ付きにくい話題を肴に、勝手に議論をしているので、こちらも勝手にあとがきを進めたいと思う。…とはいえ、対談形式のあとがきで独りとうとうと語るのも味気ない。そこで、今回は助っ人を呼ばせてもらった」

小鳥「は〜いっ! お待たせしました。EPISODE03からめっきり出番の回ってこない薄幸の美少女…夏小鳥ちゃんで〜すッ」

北斗「……色々と突っ込みたいことがたくさんあるんだが、とりあえず、一つ、訊かせてくれ。なんで、きみなんだ?」

小鳥「えっとですね、それには海よりも深い、山よりも高い複雑怪奇摩訶不思議な理由があるんですが、それ全部を口にするとすっごく面倒なので、一言で済ましちゃいます。ぶっちゃけ、タハ乱暴の趣味です」

北斗「……あのロリコンのサブキャラ萌えめェッ!!」

小鳥「ロリコンって……失礼ですね! わたしみたいにちょ〜ナイスバディなレディを捕まえて、やれ胸がぺったんこだの、やれ顔が幼いだの…」

北斗「そこまで口にした憶えはないんだが…まあ、いいだろう。さて、今回の話だが、原作にはないオリジナルの展開。本物の刃をぶつけ合う戦いに向けて、柳也や悠人といった少年達が何を思うのか、という大きなテーマを取り扱っていたな」

小鳥「そうですねぇ〜。アセリアって原作でもそうですけど、もともと戦争とは無縁の生活を送っていた一般人の少年達が、それぞれの理由から戦いの運命に飲み込まれていく…っていう展開じゃないですか。もとが軍人じゃないから戦うことに抵抗を持っていてむしろ当然。その葛藤については、丁寧に書くことを要求されると思うんですよ」

北斗「ただ、書いているのがあの男だ。そうした丁寧な叙事、描写が必要なテーマも、あの男にかかると…」

小鳥「すっごく矮小な話に見えますよね〜」

タハ乱暴「そ、そこまで言わなくても……」

小鳥「あ、ミリタリーな世界から戻ってきた」

柳也「ああ。一応、議論に決着が着いたからな」

北斗「決着?」

タハ乱暴「うむ。やはり日本は日米開戦前にハル・ノートの要求を呑むべきだった。あれに期限はないから、一日に五メートルくらいのペースで満州から撤兵すれば、ソ連が息を吹き返すこともなくドイツに倒されるから、第二次世界大戦で日本は勝者の側に回れたはずだ」

北斗「……どこをどう議論すればそんな話になって、そんな結論にいたるんだ!?」

柳也「なにおう! 俺とタハ乱暴がない知恵絞って編み出したこの秘策を、馬鹿にするのか!?」

タハ乱暴「ならば問おう、闇舞北斗。俺達の案以上に、日本が有利な条件で第二次世界大戦の勝者となりえるか、貴様の意見を!」

北斗「いいだろう。俺の意見を聞けェッ。昭和十六年当時、オランダは日本に石油を輸出することを拒否していた。わが連合艦隊はタンカー護衛の名目でスマトラに進出し……」

小鳥「……結局、みんな同じ穴のなんとやら…って、やつなんですかねぇ? …さてさてみなさん、永遠のアセリアAnother EPISODE08は楽しんでいただけましたでしょうか? なにやら後半、不穏な空気が漂い始めて、次回は桜坂先輩、ピンチの予感です! ではでは、次回も、またお願いしま〜す」

北斗「……というわけで、インドを独立させればドミノ式にビルマとインドネシアも独立させることができる。当然、マレーシアも独立だ。タイはすでに独立しているし、フィリピンはすでにアメリカから独立の予約をもらっていたが、それを早めさせる。かくしてアジアに独立ラッシュが起き、韓国、台湾も独立させれば、日本は有色人種解放の父、アジアの神としての立場を保証されることになる」

タハ乱暴「な、なんと!?」

柳也「そ、そんな手があったとは……!」

小鳥「……この軍オタどもめ」




ラキオス目指して怪しげな一団が。
美姫 「この一団の行動が、悠人や柳也にどんな影響を与えるのかしらね」
さてさて、次回はどうなるのかな。
美姫 「戦う決意は果たして持てるのかしら」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」



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