『真一郎、御神の剣士となる』

第二十七話 「真一郎、バイトをする」

 

「う〜ん。今回の庭木市のモノはいまいちだったな……」

覚えているだろうか?

真一郎は『高町恭也』の記憶の影響で、弱冠17歳で「盆栽」を趣味に持ってしまっていることを……。

愛読雑誌『月刊 盆栽』で庭木市があることを知った真一郎は、早速、朝9時から足を運んだのだが、初日に行かなかったのが災いし、めぼしい物は既に他の人に買われてしまって、残っているものは余り、食指が湧かなかった。

結局、無駄足に終わってしまい、10分で庭木市を出てしまい、憮然としながら帰路についていた。

「はぁ〜〜〜〜。どーしよ〜〜」

聞き覚えのある声が聴こえてきたので、そちらに目を向けると、一人の少女が途方に暮れていた。

「……ななかちゃん。どうしたの?」

「あっ。相川先輩!」

瞳と唯子の後輩である井上ななかであった。

ななかの話はこうであった。

日雇いのバイトをしようと、募集していたバイトの面接に受かり、今日、始めるはずであった。

しかし先日、バイト先の会社がかなりの損失を出してしまい、経営が困難になってしまい、倒産してしまったらしいのだ。

その為、バイトはパァになってしまった。

お金が入用なので、日雇いのバイトをしようとしたのに、当てが外れてしまい、どうしたものかと悩んでいた。

「……それは、災難だね……」

「はいぃぃぃぃ」

「とりあえず、翠屋でシュークリーム…奢るから元気出してね」

不憫だったので、とりあえず奢ることにした。

「……ありがとうございます…」

現金なもので、少しは元気になったななかであった。

二人は、翠屋に向かった。

 

 ★☆★

 

混雑している時間を避ける為、開店前(真一郎は、開店前に行っても、裏口から中に入れてもらえる)に翠屋に来た二人だったが、そこで待っていたのは、困り顔の桃子と恭也であった。

「……あら、いらっしゃい。真一郎君…」

「いらっしゃい。真一郎さん…」

「……二人とも……どうしたんですか?」

桃子の話はこうだった。

今日の朝、バイトの子が二人、事故にあって来れなくなってしまったのだ。

幸い、怪我は大したことはなかったのだが、大事を取り今日は休むことになったらしい。

「……美沙斗さんに応援を頼んだらどうですか?」

「実は……美沙斗さんも今日のシフトに入っているのよ……。知っていると思うけど、今日から新作シュークリームを出すから、かなりのお客が入る目算なのよね……」

他のバイトの子たちは、皆、用事があるらしく、無理……とのことであった。

そこで、真一郎に天啓が降りた。

「ななかちゃん」

「……はい?」

「喫茶店のバイトの経験はあるかい?」

「………そりゃ……ありますけど……あっ…そうか!!」

ななかも真一郎が何を言おうとしたのか理解した。

桃子に、ななかの事情を説明し、臨時のバイトとして雇ってもらえないか交渉に入った。

猫の手も借りたい心境だった桃子としては、経験があるななかが手伝ってくれるのは、渡りに船だった。

「俺も手伝いますので……これでなんとかなるでしょう」

「助かるわ……ありがとうね、真一郎君にななかちゃん!」

真一郎とななかの手を握り、ぶんぶん振る桃子であった。

 

美沙斗も来たので、開店し、お客さんを入れた。

桃子が何よりも驚いたのは、真一郎の仕事ぶりであった。

メニューは完璧に覚えているし、応対も的確。

道具の場所も完全に把握しているし、生地を作らせても問題なし。

即、戦力だった。

まるで……何年も働いているかの様に………。

無論、その理由は『高町恭也』の記憶と経験によるものであるが、元々、真一郎は『高町恭也』よりも、料理が上手い。

生地作りに関しては、『高町恭也』以上であった。

「う〜ん……真一郎君…。正式にウチでバイトしない?」

「……いや、流石に学校と鍛錬とバイトの掛け持ちはキツイので……」

授業中、殆ど寝て過ごした『高町恭也』と違い、勉強もそれなりに真面目にやっている真一郎としては、流石にきついので遠慮した。

 

昼のピークも終わり、真一郎とななかは休憩に入った。

「……相川先輩!」

「……何、ななかちゃん?」

「………先輩は……結局、どういう人が好みなんですか?」

ななかも真一郎に想いを寄せる者の一人である。

告白以来、真一郎からの返事が中々来ないので、焦っているわけではないが、聞いてみたくなった。

「……自分でも、よく解らないな…」

真一郎は、ヒラヒラフリフリの可愛い系の女の子が基本的に好みである。

しかし、だからと言って大人っぽい女性が嫌いという訳でもない。

唯子が気になった時があった。

小鳥が気になった時があった。

いづみを抱いて、その責任を感じている。

薫とも関係を持ってしまったが、後悔している訳ではなかった。

さくらの心を護りたいと思っている。

瞳を姉の様に慕っている。

みなみを可愛く思う時もあった。

そして……いつも頑張るななかのことも好意的に思っていた。

「……俺は……もしかしたら……不実な男なのかも知れない……」

いづみと薫と、一線を越えてしまっているが、二人はそのことについて責任を追及しない。

いづみは、主従として。

薫とは、必要に迫られて……。

それぞれ、納得している為、修羅場には至っていない。

しかし、未だに誰も選べない……いや、少なくとも皆に離れてもらいたくないと思っているのだ。

基本的に、真一郎は寂しがり屋である。

皆とずっと一緒にいたい。

だから、中々答えを出せないのだ。

真一郎は、正直にその事を伝えた。

「………そうですか…」

「ゴメン……自分でも優柔不断だと、思っているんだけど……」

「いえ…こちらこそ、いきなりすいませんでした…」

優柔不断。

確かにそういう見方もある。

しかし、仲の良かった複数の女性から同時に告白されて、直ぐに答えが出せる筈もなかった。

果断即効で決めれるのは、その一人の女性に心底、惚れていて、他の女性など眼中にない者だけであろう。

しかし真一郎は、皆を大事な友達と思っていたのだ。

その友達全員から告白されてしまったのだ。

それで、直ぐに答えを出すなど、出来ないだろう。

ななかも、それは理解出来ていた。

出来るなら、自分の気持ちに応えて欲しい。

でも、真一郎に後悔はして貰いたくない。……だから…。

「先輩。よく考えて下さい。焦らずにゆっくりと……みんな……ずっと…待っていますから……」

ななかは、笑顔でそう言った。

その後は、将来の夢とか、最近の映画の話などの雑談になった。

 

 ★☆★

 

「助かったわ。真一郎君、ななかちゃん。ハイ、これ今日のバイト代よ…」

休んだ子の勤務時間が終わったので、桃子は真一郎たちにバイト代を渡した。

「……こんなにですか?」

予想を上回る額に、ななかは驚いた。

「緊急だもの。当然よ」

「あ……ありがとうございます!」

結局、潰れたバイト先よりも、稼ぐことが出来たのでななかは大満足だった。

「先輩。ありがとうございます!」

「いやいや、気にしないで……それより、送っていこうか?」

真一郎はななかを送ろうとしたが、ななかはこの後用事があるとのことなので、一人で帰っていった。

「真一郎君は、この後、用事はあるの?」

「いえ、鍛錬の時間までは暇ですが……」

「じゃあ、今日はウチで夕食を食べていきないさい…」

ありがたく受けることにした真一郎だった。

 

 

夕食を終え、恭也とテレビを見ていた真一郎は、番組で盆栽の話が出てきたので、今朝のことを思い出し、不機嫌になっていた。

「……どうしたんですか?」

怪訝な顔で、聞いてきた恭也に真一郎は、今朝のことを話した。

「……盆栽って……そんなに良いものなんですか?」

「うん。あれこそ日本の『心』、ワビサビを知るというのは、日本人の『心』を知ることに繋がるんだ…。それに何より精神鍛錬になるしね」

「へ〜…そうなんですか…」

恭也も興味が湧いて来たのか、真一郎の盆栽談義に真剣に耳を傾けていた。

後日、高町家の庭に幾つもの盆栽が置かれるようになった。

この次元の恭也もまた、『盆栽』を趣味に持つことになった。

 

〈第二十七話 了〉

 


後書き

 

今回は、ななかをメインに持って来ましたが……難しいな…

恭也「そうだな。特に事件というわけでもなかったな…」

そして……とうとう、この話の恭也も……

恭也「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」

べ……別に…

ここで、業務連絡。

恭也「この馬鹿作者の今後の方針は、この話よりも新しく連載している『時空を超えた黄金の闘士』の方を優先するとのことです」

ば……馬鹿作者って……。そもそも、この話は息抜きの話だったんだが、予想外に長くなってしまいまして……。

恭也「つまり、『時空を超えた……』の創作の息抜きにこの話を書くという形になります」

では、これかも私の作品にお付き合いください

恭也「お願いします」




ななかメインのお話。
美姫 「その中で、こちらの恭也も盆栽に目覚めたわね」
先人として、未来の記憶を持つ恭也が居る事だし、剣だけでなく盆栽の腕も更に磨かれるかも。
美姫 「ななかの方は普通のバイトのお話だったわね」
その中で改めて真一郎の現状も出てきて、これからどうなるのか改めて楽しみに。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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