『真一郎、御神の剣士となる』
第二十四話 「真一郎、暗殺者と対峙する」
「小鳥サン。こコは、こうデいいデスか?」
「うん。問題ないよ。弓華…筋がいいよ」
ここは、小鳥の家。
弓華は小鳥の家に上がりこんで、料理を習っていた。
小鳥と弓華は初対面時から、直ぐに仲良くなっていた。
それは、小鳥が弓華のことを呼び捨てにしていることからもわかるだろう。
小鳥は、無二の親友の唯子以外の相手には必ず敬称をつける。
真一郎も小鳥にとっては唯子と同等レベルの親しい相手ではあるが、『真一郎』というよりは『真くん』の方が呼びやすいのでそう呼んでいるが……。
それ以外の相手には必ず、異性には苗字に『君』。同姓には『さん』、ちょっと親しくなれば名前もしくは短縮した名前に『ちゃん』(みなみに対し『みなちゃん』と言うように)と必ず敬称を付けていた。
しかし、弓華に対しては唯子と同じく呼び捨てである。
それは、小鳥にとって弓華は唯子に匹敵するほどの親友になっていたからである。
★☆★
八束神社。
真一郎は薫と打ち合いをしていた。
今回は美沙斗、恭也、美由希の三人も一緒に鍛錬していた。
「相変わらず……真一郎さんは強い…」
恭也は真一郎と薫の打ち合いを見て感嘆していた。
恭也にとって真一郎は目標である。
最終目標は父、士郎であるが、目先の目標として真一郎を目指していた。
真一郎の強さは未来の恭也の強さなのであるが……。
「真一郎君は、恭也と同じ抜刀系だ。真一郎君の動きをしっかりと見てそれを自分に取り込むといい」
美沙斗が真一郎の鍛錬に恭也を連れてきたのは、見取り稽古をさせるためであった。
美沙斗という師を持ったことにより、恭也は順調に腕を上げていた。
『高町恭也』は、父の残したノートを頼りに独学で鍛錬していた。
しかも、美由希を教えながらである。
それゆえ、『高町恭也』の成長は変則的であった。
にも係わらず、彼は一流の剣士に成長した。
それは、彼の才能によるものである。
他の人間が『高町恭也』の真似をして鍛錬すれば、間違いなく潰れていただろう。
しかし、彼は膝を壊しながらも美沙斗の上をいったのだ。
真一郎の見込みどおり、正しく学んでいるこの次元の恭也は、間違いなく御神の歴史上屈指の剣士に成長するだろう。
打ち合いが終わり、真一郎と薫は休憩に入っていた。
「そういえば、今日御剣は?」
「ああ。いづみなら今日は買い出ししてから来るそうですよ」
真一郎が薫の問いに答えると、薫は怪訝な表情になった。
「真一郎君……いつから御剣を名前で呼ぶようになったんじゃ?」
いつの間にか名前で呼んでいるので、薫は気になったようだ。
「この前、いづみから名前で呼んでくれと頼まれたからです……。薫さんだってそう言ってきたでしょう?」
そう言われて薫も納得した。
自分だって頼んだのだから、真一郎の他人に対する呼び方にいちいち文句を言う筋合いはない。
「誰か来る」
美沙斗が美由希に指導しているのを眺めていた恭也が、此処に来る者の気配を感じた。
「……ああ。どうやらいづみが来たようだ」
「……『御神の剣士』の気配察知能力はとんでもないな……ウチには感じ取れなかった」
などと話していると石段からいづみが姿を現した。
「お待たせしました。『真一郎様』!」
ピキッ!!
「「「「…………!?」」」」
その場にいる者たちが沈黙しながら、真一郎といづみを凝視した。
「………ほんとに言いやがった……」
真一郎は冷や汗を掻きながら、そう呟いた。
「真一郎様。買い出しは終わりました。今日の夕飯は真一郎様がお好きなものを作りますので楽しみにしていてくださいね」
満面な笑顔で言ういづみ。
「……真一郎……」
「は……はい!!」
振り向くと、そこにはいつの間にか鬼……嫉妬と殺気に満ちた瞳……がいた。
「……いつ来たの?」
「つい先刻……」
いづみの発言に冷静さを欠いていた真一郎は、瞳の気配に気付かなかった。
ちなみに、美沙斗と恭也は気付いていた。
美由希は鬼の様な形相の瞳を見て怯えている。
「説明してもらいましょうか?」
「そうじゃな……ウチも知りたいな……何故、御剣が真一郎君を様付けしているのか…どうして真一郎君の夕飯を御剣が作っているのか?」
瞳ほどではないが、怒った表情の薫も訊いて来た。
二人に恐れをなした真一郎は正直に告白した。
いづみと体を重ねたこと以外……。
「……主従関係……ねぇ…」
「つまり……恋人同士……と、いうわけじゃないのね?」
瞳から殺気が治まっていく。
どうやら、恋人関係になっていないことを知りホッとしたようだ。
最も、二人が既に肉体関係になっていることを知れば……どうなるか分からないが……。
★☆★
真一郎が登校したとき、弓華の姿が見えなかった。
始業ベルが鳴り、和久井先生が入ってきてHRが始まる。
先生の話では弓華は今日、病欠とのことである。
真一郎は、嫌な予感に襲われた。
火影からの連絡はない……弓華を監視している火影から弓華に何かあれば連絡してもらうよう頼んでいたのだ。
連絡がないということは、本当に弓華は病欠なのか……。
しかし、先程から嫌な予感は晴れない。
放課後。
真一郎は、弓華の家に行こうとしていた。
火影には携帯で電話を掛けても繋がらない。
嫌な予感は益々強くなっていた。
とうとう……弓華と対決しなければならなくなったのかもしれない。
戦うことに臆しているわけではない。
弓華と敵対することに不安を感じているのだ。
『高町恭也』の記憶では、弓華は『龍』を抜け、まっとうな道を歩んでいた。
しかし、この次元でもそうなる保証はない。
何故なら『高町恭也』の記憶には弓華がどうやって改心したのかは、存在していないのだ。
対応を誤れば………弓華の未来は大きく変わってしまうだろう。
悪いほうに………。
真一郎は知らない。
弓華を改心させたのは、真一郎自身であることを………。
「真一郎様。一緒に帰りましょう!」
考え事をしていたら、廊下を歩いていたら元気よくいづみが声を掛けてきた。
それほど深くは考え込んでいなかったため、いづみの気配には気付いていたので真一郎は特に焦っていなかった。
いづみの様付けにも、もう慣れていた。
あの後、唯子たちにも詰め寄られたが、いづみが忍者として真一郎に仕えることになったことは全員が理解した。
正直、真一郎の身の回りの世話までしていることには、若干不満があるようだが……。
「ああ。ごめんいづみ。今日はちょっと弓華の家に行くつもりなんだ」
「弓華の……ですか?」
「ああ。今日は病欠したらしくてね。お見舞いにでも行こうかと」
「お休みなんですか?」
「ああ」
「わかりました。私も弓華が心配ですので付いていきます」
真一郎は承諾した。
何があるか分からないが、いづみの実力は弓華には及ばないがそれでも足手纏いにはならない。真一郎との鍛錬でいづみの実力はそこまで向上していた。
今なら、冷静に対処できれば瞳にだって勝てるレベルにまで上がっていたのだ。
★☆★
見舞いの品を持って、弓華の家に向かっていた真一郎といづみの前に、武装した少女が姿を現した。
「!?」
「えっ!?……お前は……弓華?」
「………」
少女は……眼鏡をつけていないとはいえ、間違いなく弓華……であった。
真一郎の悪い予感は当たった。
彼女は今、『泊竜』として動いている。
では、彼女を監視していた火影は………。
最悪の想像をしてしまったが、それが杞憂であることを覚った。
こちらに向かってくる気配。
間違いなく火影のモノである。
弓華も感じたのだろう。真一郎たちを一瞥してその場から離れていった。
「待て、弓華!」
いづみが制止するが、弓華の姿が消えた。
「……一体……どうなっているんだ?」
いづみが疑問に思っていると、火影がその場に現れた。
「相川君。一角!」
「兄様!?」
手傷を負っている火影を見て、いづみが息を呑む。
「……すまない、相川君。連絡が出来なかった」
「どういうことですか?」
火影の話はこうであった。
学校を休んだ弓華を監視していたのだが、弓華が武装して出てきたのでそのまま尾行を始めた。
弓華の向かったところは……火影がよく護衛をする塚本議員の所であった。
弓華から殺気を感じ、とっさに議員を護る火影。
弓華の目的は塚本議員の暗殺であった。
塚本議員を護り、そのまま弓華と戦闘になる。
攻防を繰り広げ、弓華が撤退。
火影はその後を追ってきたのだ。
「……弓華が……暗殺者?」
「そうだ。あいつとは何度もやりあっている」
「……真一郎様も、弓華の正体を知っていたんですか?」
「ああ」
いづみは理解できなかった。
ならば何故、弓華に何らかの対処をしなかったのか?
「相川君は、泊竜……いや、弓華をこちら側に引き込もうとしていたんだ」
真一郎の考えを火影が説明する。
「………」
「甘い……と、いづみも考えるよな…」
「いえ……私にとっても弓華は友人です。真一郎様がそうお考えなら、私も協力します」
いづみは、真一郎が弓華を味方にしようと考えていたことを知り、嬉しくなっていた。
「……ところで……何故一角は、相川君を様付けしているんだ?」
それに、真一郎もいつの間にか『御剣』から『いづみ』になっているし、いづみに至っては完全に敬語である。
いづみの態度は義姉、澪が夫である兄、空也に接する態度に似ている。
「今はそんなことはどうでもいいでしょう」
真一郎が若干焦った表情で諭す。
火影も今は納得した。
終わったら問い質す気満々で……。
「とりあえず、後は俺達に任せて、火影さんは傷の手当を……」
弓華との戦いで火影は手傷を負っていた。
塚本議員を護るために負った傷である。
「……そうだな。間違いなく……泊竜は相川君の命を狙うだろう……自分の正体を知った者を始末する為に」
「ええ。幸いと言っていいか分かりませんが、弓華には俺の力を覚らせてはいませんからね」
『実力を感じさせない』能力により、弓華は真一郎の強さに気付いていなかった。
それは、小鳥にも口止めしていた。
既に、弓華とかなり親しくなっている小鳥であるが、真一郎から秘密にしてくれと頼まれていたので、そのことに関しては喋らなかったのだ。
「気をつけろよ、一角」
「分かりました兄様」
★☆★
真一郎といづみは学園に戻り、旧校舎に来ていた。
新校舎では、まだまだ他の生徒たちが残っているので、弓華との戦いの準備ができない。
特に、他の面々には弓華の暗殺者としての顔など見せたくない。
火影からの情報では、弓華には二人の仲間がいるとのことだ。
この二人に対応も準備しておかなくてはならない。
それゆえに、旧校舎を選んだ。
準備を済ませた二人は、学校の教職員及び生徒達が帰宅するまで、ここで待つことにした。
火影に頼み、真一郎の部屋に弓華への伝言を残してもらっていた。
辺りは暗くなり、真一郎といづみ以外は全て帰宅した。
二人は屋上に上がり、弓華を待つ。
しばらくすると、弓華が現れた。
「待っテいテくれているとハ、こウつごウでス……手間ガはブけましタ」
「弓華!本当に私達を殺すつもりなのか?友達なのに……」
「トモダチなんて、いマせん」
「…そんな……」
いづみは無情なる弓華の回答に絶句する。
「ソンなに単純だト、役者としテ騙しがイがありマス」
弓華は笑顔で言い捨てる。
しかし、それは何処か作ったような笑顔であった。
ほんの僅か……『御神の剣士』、いや『高町恭也』レベルの洞察力でかすかに感じ取れるくらいの僅かな動揺を真一郎は感じていた。
「二人トも、ここデ……『サヨナラ』です」
そう言うと弓華は二人に襲い掛かる。
真一郎は動かずいづみが迎撃に入った。
これは、二人が決めたことだった。
「真一郎様……弓華とは、私が戦います」
「いづみ!?」
「真一郎様の方が私より遥かに強いのは分かっています……ですが……」
いづみは、弓華を友人だと今でも思っていた。
弓華の実力は自分の兄である火影でさえ手こずるレベルである。
しかし、いづみは自分が弓華を止めたいと願った。
「………分かった」
真一郎も了承した。
前述したが、真一郎との実戦形式の鍛錬で、いづみの実力は相当上がっていた。
確かに、まだまだ火影には敵わない。
しかし、今の弓華になら対抗できる筈である。
火影が手傷を負ったように、弓華もそれなりに消耗している。
それに、いづみを殺させるつもりはないので、危なくなれば真一郎が動く。
まだ、真一郎の実力は弓華には知られていない。
徹底的に、弓華には隠していたからだ。
弓華に出会う前から、真一郎の強さを知る者すべてに他言無用と念を押していた。
実力をばらす相手は真一郎自身が決める。
そう取り決めていたので、小鳥も唯子も大輔でさえも、弓華の前では真一郎の強さに関しては話題にも出していなかった。
いづみは小鳥と並び、弓華と最も接していたといえる。
真一郎以上に、弓華を分かり合いたいと願っている。
故に、真一郎はいづみに任せようと思った。
戦いは、弓華が押していた。
僅か一分だが、既にいづみの息は上がっていた。
「同イ年で、シかも女の子で、こんナに強いのは初めてでス」
弓華は、皮肉っぽくそう評した。
「ダケど、人を殺しタコともないようナ相手にやラれる私じャない……」
嘲る様にそう追加しながら、とどめを刺そうとする。
「人を殺すことが強さの全てじゃない。人を殺したことがなくても、強い者はいるんだ!」
いづみは弓華の一撃を躱わし、反撃に転じた。
(確かに強いが……真一郎様ほどじゃない)
これまでの攻防で、いづみは弓華の実力を測っていた。
自分より強いのは確かだが、真一郎よりは確実に弱い。
いづみは真一郎との鍛錬で自分より強い者に対する手段も学んでいた。
真一郎や美沙斗レベルの相手には通用しないが、弓華レベルには十分通用していた。
先程よりも手ごわくなったいづみに、弓華の顔から余裕が消えた。
確かに弓華の戦闘経験は豊富である。
しかし、自分より強い者に対処する術を持っている者との戦闘経験は皆無であった。
彼女は今まで、自分よりも弱い者はあっさりと殺していたからだ。
しかし、やはり弓華の方が実力は上である為、徐々にいづみが圧されていった。
「……!?」
攻勢に出始めた所で、死角から何かが飛んできた。
弓華は間一髪でそれを躱わす。
振り向くと、真一郎が飛針を投げていた。
弓華は戦慄した。
真一郎が『実力を覚らせない』能力を解除したのだ。
いづみに護られてる弱い男だと思っていた真一郎から感じる『強さ』。
いづみはおろか自分よりも上だと弓華は感じ取った。
「……ま…まサか…!?」
「余所見をしている暇があるのか!」
真一郎に気を取られた弓華にいづみが攻勢に出た。
★☆★
旧校舎の前に二人の男が立っていた。
昴と陵。
泊竜のサポートを勤める泊竜の『家族』である。
最も、この二人は泊竜のことがに入らなかった。
たかだか17歳の小娘のサポートなど……自分達があの小娘のおまけなのが気に食わない。
この二人は、隙あらば泊竜を出し抜き始末するつもりだった。
一応、表向き泊竜のサポートに行くために二人は旧校舎に足を踏み入れた。
しばらく歩いていると、周りの気配が変わった。
「な……なんだ!?」
廊下に積み上げられた机や椅子が宙に浮かび、二人に襲い掛かった。
慌ててそれを避ける。
「悪いけど……ここから先には行かせないよ」
一人の少女がそこに立っていた。
「お前の仕業か!?」
昴が少女に向かって銃を発砲する。
しかし……弾丸は少女の体をすり抜けた。
「な……何!?」
「クスクス……実体のない私にそんなモノが通用するはずないじゃない」
少女……春原七瀬は再び机と椅子を二人に襲い掛からせた。
ポルターガイスト現象である。
「……ゆ……幽霊!?」
信じられないものを見て、それなりの修羅場を潜っている筈の暗殺者は恐怖した。
真一郎が旧校舎を選んだのは、弓華の仲間の足止めを七瀬に任せる為であった。
★☆★
状況は一変した。
真一郎の強さを覚った弓華は、いづみに圧され始めたのだ。
真一郎のサポートは絶妙であった。
いづみが不利になれば、飛針、もしくは鋼糸を弓華に向けて放つのだ。
いづみは弓華に集中できるが、弓華は真一郎にも気を配らなくてはならない。
それに、仮にいづみを倒してもその後で自分よりも強い真一郎の相手をしなくてはならない。
弓華は認めざる得なかった。
自分は罠に落ちたのだと……。
猫を追い詰めていたつもりが、実は虎におびき出されていたことを……。
間違いなく、真一郎は今まで自分が幾度とやりあっていた火影よりも強い。
火影が真一郎より勝っているのは、経験だけである。
火影は真一郎よりも経験は積んでいる。
しかし、経験が実力の全てを上回るわけではない。
実際、真一郎と火影が戦えば、6:4で真一郎が勝つだろう。
それに、真一郎と一つになった『高町恭也』は、この次元の火影よりも経験値は遥かに上である。
真一郎自身の経験不足を差し引いても、真一郎の方が勝っていた。
真一郎の的確なサポート受けるいづみに対しても、勝てる可能性が下がっていた。
何より、真一郎に備えて体力の温存をしなければならない。
真一郎のサポートを受けるいづみにそんな受け身では勝ち目はなかった。
いづみの会心の一撃が弓華に決まった。
ゆっくりと崩れ落ちる弓華。
勝敗は決した。
★☆★
武装解除された弓華が目を覚ました。
「よっ…目が覚めたか?」
弓華は答えない。
「何故、殺さナい……?」
しばらく沈黙が続いたが、ぽつりと呟いた。
「必要ないからだよ」
「生かシておけば……何度デも殺シに来る」
「……出来るのか?」
「確かに……しんいチろウを殺スのは難シい……私デは歯が立たナい……でモ」
「俺が言っているのはそういう意味じゃない」
「えッ!?」
「『友達なんていない』って言ってたけど……だったらなんでいづみを殺せなかった?」
「そレは、アナタが邪魔シたから……」
「それでも、お前はその気になればいづみを殺せた筈だ」
弓華の敗因は、真一郎のサポートを受けたいづみの上手い戦い方だけではなく、僅かな躊躇も含まれていた。
「口ではそう言っていたけど、お前の攻撃には僅かだが迷いがあった。弓華……お前は演技していたと言っていたけど……お前の演技はこうなりたいというお前の願いだったんじゃないのか?」
少なくとも、小鳥との交流は決して演技ではない。
そうでなければ、人見知りの激しい小鳥がそんなに簡単に心を許すはずがないのだ。
「お前は……心の何処かで小鳥といづみのことを友達だと思っていた……違うか?」
弓華は沈黙した。
組織からの命令で日本にやってきた。
風芽丘学園に転校してきたのも、ただの目くらましだった。
でも、そこで出会ってしまった。
優しい人たちと……。
野々村小鳥。
初めて、心から大好きになったトモダチ。
今まで自分が生きてきた世界とは完全に無縁な少女。
そして、いづみと真一郎。
トモダチなんていない。
嘘だ。
自分は、この人たちとずっとトモダチでいたかった。
トモダチのまま別れたかった。
しかし、いづみと真一郎にばれてしまった。
殺さなくてはならない。
ごめんなさい。
せめて、苦しまないように……。
嫌だ。
殺したくない。
でも、殺さなくてはならない。
「弓華。ただ育てられたってだけで、別に組織には恩も何もないんだろう?非合法組織なんて抜けて、日本で忍者になれよ」
「………」
「そしたら、闇での殺し殺されの世界から抜けられる。お天道様に恥ずかしくない生き方も出来る」
「私は、人殺シでス……」
いづみの説得に弓華はそう答えた。
5歳の頃から、何人も何十人も殺してきた。
そんな自分が今更……。
「……弓華……『人喰い鴉』のことは知っているな」
『人喰い鴉』。
裏家業に身を置いていた頃の美沙斗の異名である。
「その『人食い鴉』も、今では『法』側に属している……。非合法すれすれだけど、『法』側の世界最強の武装集団『香港国際警防隊』にな……。ここなら、問題はないだろう?例え追われる側だったとしても、実力主義の警防隊なら受け入れてくれる。別に警防隊に入らなくても、『御剣』が受け入れてくれるさ。何しろ弓華をこちら側に引き込むことは、火影さんも協力してくれているんだし……」
「アイツが?」
弓華は耳を疑った。
今まで何度も殺しあった相手が、自分を受け入れようとしている。
しかし、組織の者たちは『家族』である。
弓華は迷っていた。
その時、屋上のドアが開かれ、昴と陵が入ってきて、真一郎に銃口を向けた。
「動くな!」
「動けばこの小娘の命はない」
「俺は男だ!!」
不機嫌そうに真一郎は叫んだ。
七瀬によるポルターガイスト現象から必死に逃げて、ようやく屋上に出た二人は、暢気に話をしている弓華を見て、好機とばかりに乗り込んできた。
「動けばこの小娘……じゃない……小僧の命はないぞ」
真一郎は銃口を突きつけられながら、ドアの向こうにいる七瀬の方を見た。
どうやら、上手く足止めしてくれていたらしい。
打ち合わせどおり、こちらの戦闘が終わったので足止めを止めたようだ。
昴が真一郎に銃を突きつけ、陵が弓華に向かって発砲した。
「何をする陵?」
弓華が中国語で叫ぶ。
「ふん。貴様は気に食わないんでな。この機会に始末してやる」
「そ……そんな。私達は『家族』……」
「笑わせるな。俺達の間にそんな下らんものがあるわけねぇだろ。それにてめえはそいつらになびきかけていただろ……裏切りの現行犯だ。いい口実が出来たぜ」
弓華は覚った。
組織の者たちを『家族』だと思っていたのは自分だけであったことを……。
「お前を殺った後、この小僧とそこの小娘を始末してやる」
「良かったな。あの世でも寂しくないぞ」
そう言うと、昴と陵は弓華に銃口を向けた。
そう、真一郎に向けていた銃口を……。
さて、この昴と陵。
何故、泊竜のサポートに回されていたのか。
理由は簡単である。
三流だからである。
はっきりいって無能である。
そもそも、さっきまで幽霊である七瀬に恐れをなして逃げ回っていたことをすっかり忘れ、優越感に浸っているところからも分かるだろう。
それに、致命的なミスを犯してることにも気付いていない。
先程真一郎に銃口を向けていたときも、銃の射程距離内ではあったが、真一郎からは少し離れていた。
『御神の剣士』にとって、撃たれても簡単に躱わせる距離である。
故に真一郎は全然、焦っていなかった。
更に泊竜を殺すために、真一郎から目と銃口を離してしまった。
最も弓華との戦闘が終わり、『実力を覚らせない』能力が発動している為、真一郎の実力に気付いていないからでもあるが……。
この機を逃す真一郎ではなかった。
真一郎は昴との距離を詰め、昴に向かって飛針を放ち、銃をはじいた。
「なっ!?」
突然、銃を落とされた昴が驚愕し、真一郎の方に視線を向ける。
真一郎はブレザーの中に隠し持っていた『夢景』を抜刀した。
小太刀二刀御神流、奥義之六 『薙旋』
抜刀からの四連撃が昴を屠る。
「き…貴様!?」
陵が真一郎に向かって発砲しようとするが、いつの間にか武器を手に持っていた弓華が陵を叩き伏せた。
弓華の手に武器が戻ったのは、真一郎に気を取られていた陵の目を盗み、七瀬が弓華に武器を返したのだ。
「……弓華……」
「………しんイチろウ…いヅみ……ワタしは……アなたたチに従いマス」
『家族』と思っていた仲間からの裏切り……。
弓華は、もう『家』には帰れない。
恐らくもう、裏切り者として認知されてしまうだろう。
いや……実際、心情的にはもう裏切り者になっていた。
優しい人たちに出会ったから。
自分の命を危険にさらしてまで、自分を救おうとしてくれた少女。
圧倒的な強さと優しさで自分を導いてくれた少年。
二人との出会いにより、弓華は新しい人生を歩み始めたのだ。
★☆★
弓華は火影に保護されることになった。
これから、事情聴取を受けることになるが、既に弓華は協力的である。
拘束されることなく、連れられていった。
「ありがとう七瀬。協力してくれて……」
「いやぁ、結構楽しかったよ、真一郎君……殺し屋って聞いていたけど、あいつら私から必死になって逃げていたんだよ…」
クスクスと笑いながら、七瀬はそう言って旧校舎に戻っていった。
「さて……帰るか…」
「そうですね……真一郎様……今日は泊まっていってもいいですか?」
弓華との戦いが終わり、緊張が解けたのか、いづみの体が震え始めた。
初めての命がけの実戦。
失敗すれば、友達を一人失うどころか命を失っていた……。
それ思い起こすと゛戦慄してくる。
愛しい主に抱かれながら眠りたかった。
真一郎はいづみの気持ちがよく分かっていた。
かつて、真一郎も美沙斗との戦いが終わった後、似たような感覚を味わったのだ。
最も、いづみと違い真一郎には頼る者がいなかったが……。
真一郎は、いづみの肩を抱きながら帰路についた。
〈第二十四話 了〉
後書き。
弓華の件は片付いたな。
恭也「次回はどうなるんだ?」
次回は、とりあえず弓華との一時の別れ……だな。メインは小鳥になる
恭也「おお。今までメインを張ったことがない小鳥さんがメインか」
そうだな。
恭也「しかし……今のところいづみさんがいい思いをしているな」
今のところはな……でも、いずれは他のキャラも……では、これからも私の作品にお付き合いください。
恭也「お願いします。………他のキャラもなんだ?ちゃんと喋ってから終われ!!」
弓華の件も無事に解決、といった所かな。
美姫 「みたいね。まさか、ここで七瀬に出番があるとは思わなかったけれどね」
確かにな、でも、充分過ぎるぐらいに足止めも出来ていたし。
美姫 「完全に真一郎の策が上手くいったわね」
今の所はいづみが主従関係とは言え、良い感じだけれど。
美姫 「ここからどうなっていくのか楽しみよね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」