『真一郎、御神の剣士となる』
第二十三話 「真一郎、主従を結ぶ」
真一郎の前に火影がようやく現れた。
「待たせたな、相川君」
「いえ、間に合って良かったです」
前の仕事の後始末をようやく終えた火影は、弓華のことで真一郎と話し合うことにした。
「それにしても……あの泊龍が……ね。相川君は本当にあいつを……?」
火影にしても、何度も殺しあった仲である弓華をこちら側に引き込むことができるか疑問であった。
「……甘い…と、火影さんは思ってますよね」
「まあな。でも……甘いと思っても……真一郎君のその甘さは……好感が持てるよ……」
「無理しなくてもいいですよ」
「いや。真一郎君のことを信頼しているのは本当さ……甘いとは思うが……賭けてみるのも悪くないよ」
火影にしても、本当に弓華を引き入れることができれば、あの『龍』の情報が得られるので、望むところではあるのだ。
「とりあえず俺は、泊龍の身辺を見張ることにするよ」
「くれぐれも、気取られないようお願いします」
話し合いが終わったので、火影は話題を変えた。
「ところで、実は一角にそろそろ昇級試験を受けさせようと思うんだ」
「国家認定の二級をですか?」
現在のいづみは国家認定三級の資格を持っているが、そろそろ二級を受けさせることになっていたようだ。
「そうだ。実力的にもそろそろ二級になってもいいだろう……問題は…試験本番で自分の実力を出し切れるかどうか……だが…」
火影はいづみの欠点である、重圧に弱いということを見抜いていた。
★☆★
試験の前日。
いづみは試験を受けるために、東京に向かうことになった。
「いよいよだね…。頑張ってきてね」
「頑張ってきてください」
「ま、やるだけやってこいや」
「がんばっタでスから、いヅみ、きっト、大丈夫でス」
「きっと大丈夫だよ。いづみちゃんなら」
唯子、瞳、大輔、弓華、小鳥が次々と激励していた。
真一郎は、何も言わなかった。
既に昨日の鍛錬のときに、薫と一緒に激励していたからだ。
いづみは、真一郎の顔を見つめて微笑む。
「ありがとう。きっと頑張ってくるよ」
東京で行われる三日間で、いづみのこれまでが試されるのだ。
いづみは、胸を張って出掛けていった。
だが……。
試験初日の午後。
火影と今後の打ち合わせを翠屋でしていたら、真一郎の携帯の着信音が鳴った。
「……相川…」
「御剣!?どうしたの……」
「……私は……もう……駄目かもしれない…」
「ちょっと…御剣!?」
通話が途切れた。
「……一角に何かあったのか!?」
「……わかりません。すいませんが弓華の監視……お願いします」
「ああ。泊龍は今日、野々村さんと一緒にいるんだったな」
「はい」
「ならば、まだ事は起こすまい。……監視は任せてくれ。一角のことを頼む。兄の俺ではなく、君に電話してきたのだ。俺には言えないことなのだろう……」
真一郎は、大輔に電話して明日学校を休むことので、明日そのことを伝えてくれるように頼んだ。
「何だよ、さぼりか?」
「……仕事関連だ」
本当はいづみの為なのだが、そこまで言うと変に邪推する男ゆえに嘘を吐く。
「……わかった…」
仕事と訊いて大輔はこれ以上は聞かなかった。
流石にそちら方面に口を出すほど身の程しらずではない大輔である。
大輔に伝言を頼み、真一郎は東京行きの電車に乗り込んだ。
★☆★
いづみの宿泊場所は火影から聞いていたので、真一郎は真っ直ぐに向かった。
フロントで部屋を教えてもらい、いづみを訪ねた。
「御剣……俺だ。開けてくれ」
「……あ……相川!?な…何故ここに?」
「いいから開けてくれ」
いづみは、躊躇いながらも真一郎を招きいれた。
「で……何があったんだ御剣?}
「…………」
しばらく沈黙していたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
試験が始まり、順調にクリアしていたいづみであった。
だが、ある試験のとき他の受験者の妨害を受け、失格寸前に陥ってしまったのだ。
「……妨害!?」
「ああ。御剣家と同門の忍者の家元『蔡雅葉桜流』の次期当主、葉桜源造の妹。麗に……」
「でも、この試験は別に点数を競う試験じゃないんだろう?合格者は上位何名まで……とかじゃなく……」
にもかかわらず、何故、邪魔をする必要があるのか?
「実は、一年前……私と葉桜源造との縁談があったんだ」
『蔡雅』の同門として、同格の葉桜と御剣が婚姻すれば、結束を強める効果がある……と、言う理由で葉桜家から申し出があったのだ。
御剣と葉桜は、どちらも男系であり女子など中々産まれて来なかったので、そう言う話が出ることもなかったが、今回はいづみが生まれた。
葉桜の次期当主は今年で19歳。
年齢的にも釣り合いが取れるということもあり、葉桜はこの話を持ちかけてきた。
確かに、源造は忍者としての実力も、また容姿も申し分がない………だが、いづみはこの男を心底毛嫌いしていた。
いや、いづみばかりではなく、御剣の家の者は誰一人として、この源造に好感を持ってはいなかったのだ。
それは、この男の性格とあまりの魚色家ぶりが原因であった。
この男は高校生時代、数々の女性と付き合っていた。気に入った女たちを次々に手を出し、時には無理矢理モノにし、飽きたらあっさりと一方的に捨ててしまう。
更に性格は尊大で、あの『氷村遊』が裸足で逃げ出す程に性質が悪い。
御剣の当主である長兄の空也は立場上、仕方なく付き合わねばならないが、火影、鋼、いづみ、尚護にとっては会いたくもない相手である。
あんな男を夫にするなどとんでもない。
あんな男と義兄弟になってたまるか。
御剣家家族全員一致で、形ばかりは丁重に、断固としてお断りしたのだ。
しかし、収まりがつかないのは源造である。
源造は、自分に絶対の自信を持っていて、いづみは喜んで自分の妻になると思っていていたからだ。
家柄も、能力も、容姿も非の打ちどころもない自分を受け入れないなど有り得ないと……。
その性格の悪さが原因とは思いも寄らず、恥をかかされたことに恨みを抱いていたのだ。
しかし、いくら次期当主とはいえ、まだ正式な当主ではない。
あからさまに仕返しをすれば、次期当主の資格を剥奪される危険もある。
現当主……つまりは源造の父はかなりの親バカでありわが子を溺愛していた。
故に、源造も傍若無人な振る舞いが出来たのだ。
それに御剣の方でも口出しを控えていた。
性格はともかく、能力の方には文句はないし、仕事に関してはキチンとこなしているのだから。
しかし、何かしらの迷惑を蒙れば、同じ蔡雅として口を出してくるだろう。
そうなれば、いかに親バカでも当主としての責任で、源造を処罰せねばならなくなる。
現当主もそこら当たりは弁えている。
そこで源造は、自分の言うことなら何でも聞く妹の麗にいづみの試験の妨害をさせることにした。
御剣の息女が試験を失格にでもなれば、いい笑いものである。
「………試験官に訴えることは出来ないのか?」
「……出来るわけがない。妨害を排除できなくて何の忍者か。……って言われるだけだ」
つまり妨害され、試験に失格するようでは一人前とは認められないのだ。
麗の方も、そこまで悪質な妨害はしていないからである。
誰かを人質に取り、試験に失格しろ。などと脅迫しているのなら話は別だが、競技中に妨害するくらいでは試験官は動かないのだ。
しかし、悪質であることは間違いない。
現にいづみは今日の試験は散々だったのだ。
試験官の印象も悪く、明日挽回しなければ失格になってしまう。
「このまま失格になれば、御剣の家の名に泥を塗ってしまう。期待してくれている兄様達や協力してくれていた唯子や千堂先輩達になんて言い訳しようとかこのまま逃げてしまおうか……なんて考えて……落ち着かなくて…苦しくて……助けて……助けてよ相川!!」
数々の悪質な妨害に遭い、いづみはどん底まで自分を追い詰めてしまっていた。
根が真面目な分、考えが悪い方に悪い方に向かっていってしまったのだ。
真一郎に縋り付き泣きじゃくるいづみ。
普段では考えられない今のいづみを、真一郎は思い切り抱き締めた。
今は、いづみを落ち着かせることだけを考えていた。
『高町恭也』の能力をそっくりそのまま受け継いだだけの自分とは違い、いづみは努力に努力を重ねて今の実力になったのだ。
そんな、いづみの頑張りが……こんなことで無に帰そうとしている。
二人の目が合い、そしてゆっくりと顔が近づき、お互いの唇が重なっていた。
「御剣……」
「……名前……呼んで……」
「………」
「千堂先輩も綺堂も神咲先輩も名前で呼ばれている。だから……私の事も名前で……呼んで……」
「……いづみ……」
「………うん…」
二人は同じベッドに入り、抱き合いながら眠りについた。
★☆★
夜が明け、真一郎といづみは目を覚ました。
試験二日目。
再び妨害を受けるだろう。
いづみは再び不安に襲われた。
「……いづみ……お前は……何の為に強くなりたいんだ?」
「それは……牙なき人の牙となるため……」
いづみの答えに真一郎は首を振った。
「お題目じゃなく、お前の願いを訊いているんだ」
「……願い!?」
「俺の知っている……俺が最も尊敬していた人がいた」
「その人は?」
「俺の師匠。もう亡くなったけど……」
つまり、『高町恭也』のことである。
「……その人が強くなったのは……約束や誓いがあったからでもあるけど、一番の理由は自分の周りにいる家族や親しい人たちを第一に護りたかったからなんだ」
母、桃子。妹、なのは。幼馴染みのフィアッセ。自分を慕う晶やレン。大切な友人である忍や那美。
『高町恭也』は、そんな大切な人たちを護りたくて強くなったのだ。
「いづみ。お前が本当に強くなりたい理由をしっかりと背負って試験に臨むんだ。妨害なんか撥ね退ける気概を持つためにも……な」
いづみは考えた。
自分が強くなりたい理由を……。
かつては、『牙なき人の牙となる』というお題目と、兄たちの期待に応える為しかなかった。
御剣の家に生まれた義務感。
それだけだった。
しかし、今は………。
いづみは真一郎を見つめた。
そうだ。
自分は、目の前にいる人と共に歩みたいから強くなりたいのだ。
『御神の剣士』であるこの人と………。
それは、この人の周りにいる女性達の中で自分しか出来ないことだった。
小鳥とみなみは論外。
唯子、瞳、ななかの三人はあくまでもアスリートである。
薫とさくらは畑違い。
『御神の剣士』としての真一郎と共に歩めるのはいづみだけなのである。
少なくとも『総合諜報・戦技一種資格(国家認定忍者免許)』の二級以上にならなければ、真一郎の仕事の手伝いすらも出来ないのだ。
だから……負けられない!
いづみの顔にやる気が戻ってきた。
真一郎は、安心し微笑んだ。
「大丈夫。今のいづみなら、どんな妨害にも負けることなく、実力を出せるよ」
根拠はない。
しかし、人間とは思い込むことで実力以上の力を発揮することができる。
たとえ気休めとはいえ、自信を持つことが出来なければ、何も上手くはいかないのだから……。
「だから……今日からの試験。しっかりとがんばって来い!」
「はい。真一郎様!」
元気よくいづみは返事をした。
「………『様』!?」
「私の憧れている人が……好きな男性のことをそう呼んでいるんです。……駄目……ですか?」
頬を染めながらいづみが上目遣いで訊ねる。
そんないづみを見て真一郎も、昨夜のことを思い出し真っ赤になった。
「………いづみが……そう呼びたいなら……ただし…学校で他のみんながいる前では止めてね」
「はい。学校では呼びません。仲間内の間でしか……」
さり気に爆弾発言。
「ちょっと待て。唯子たちの前では呼ぶつもりか?」
「では、行ってきます。真一郎様」
「待て……人の話を訊けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
★☆★
試験二日目、三日目ともにいづみは順調にこなしていった。
葉桜麗の妨害を撥ね退け、初日に堕ちた評価を見事挽回することができた。
二級合格である。
いづみの印象が良くなった故、今度は麗の妨害が問題になった。
妨害にかまける余り、自らの試験の方が疎かになっていたのだ。
結局、試験官の麗の印象が悪くなり、焦った麗は大失敗を犯し、自らが失格になってしまった。
………因果応報………。
「おめでとう。いづみ」
「ありがとうございます……真一郎様」
海鳴に帰ってきた真一郎は、改めていづみの合格を祝った。
「……ところで、真一郎様」
「ん……?何、いづみ」
「今回の事で……私は真一郎様を縛ろうとは思いません……唯子たちに対してフェアーじゃありませんでしたから…」
お互い一線を越えてしまったが、しかし今回は落ち込んでいるところを慰めてもらっただけ……いづみはそう言っているのだ。
「でも……俺はお前の……初めてを……」
「そうですね。だから責任は取ってもらいます……別の形で……」
「別の形?」
真一郎が訊ねると、周りに誰もいないことを確認したいづみは真一郎の前で跪いた。
「御剣いづみ。これより相川真一郎様の忍として、生涯お仕えさせていただきます。私の全てを真一郎様に捧げます」
「なっ!?」
「拒否は受け付けませんよ。私がそう決めました。例え嫌だとおっしゃられても……勝手に仕えちゃいます!」
いづみの決意に、真一郎は呆然となった。
いづみは、かなり一途な性格である。
好きな相手に対しては性格を変えてまで尽くそうとする。
「真一郎様が誰を生涯の伴侶に選んでも……お仕えさせてください…」
自分を愛してくれなくてもいい。
ただ、傍に居させてほしい。
例え、従者としてでも………。
いづみの決心を知った真一郎は……。
「分かったよ……それが望みなら……でも……俺はいづみのことが好きなのは間違いないよ……。これが恋愛感情なのかは自信がないけど……いづみが傍にいてくれるのは嬉しいから……」
今此処に、相川真一郎と御剣いづみの主従関係が始まった。
〈第二十三話 了〉
後書き。
恭也「これでいづみさんがヒロイン確定か……」
確定してないよ
恭也「えっ!?だって……」
だから、主従関係になっただけ……確かに最後までやっちゃったけど……むしろ、ハーレムに近づいている…
恭也「そ……そうなのか……」
ところで、恭也の護りたい人たちの仲に美由希の名前がなかったけど……
恭也「昔ならともかく、今は護る対象じゃない。あいつには俺よりも強くなってもらわなければ困るからな……」
素直じゃないな……
恭也「何か言ったか?」
べっつに〜〜〜。ではこれからも私の作品にお付き合いください
恭也「お願いします」
弓華の方には何かしらアプローチをするつもりなのかな。
美姫 「そんな事を匂わせつつ、今回はいづみの話だったわね」
だな。まあ、妨害とかもあったけれど無事に合格したみたいだし。
美姫 「しかも少し強引とは言え、主従関係を勝ち取ったわね」
これが今後変化する事があるのかは分からないけれど、他の女の子たちが何か言うかな。
美姫 「その辺り、どんな反応するのかしらね」
さて、次は弓華の話になるのかな。
美姫 「それとも違うお話が待っているのかしら」
次回も待っています。