『真一郎、御神の剣士となる』

第十九話 「真一郎、二学期を迎える」

 

夏休みも無事(!?)終わり、新学期が始まった。

真一郎のクラスでは朝のHRで、転校生の紹介が行われていた。

既に噂は広がっていたようで、HRが始まる前に既にクラスメート達には知れ渡っていた。

中国人の留学生だという話である。

担任の和久井先生に連れられ、その転校生が片言の日本語で挨拶を始めた。

「はじめましテ…兎弓華、いいマス…弓華…、呼んで下サイ……」

彼女が、真一郎のクラスに編入が決まった原因は、担任の和久井先生が中国語を話せるのが第一の理由とのことである。

「よロしク、お願イ、しまス……」

彼女の席は空いていた真一郎の隣になった。

「よろしク……」

「……ああ、よ…よろしく…」

真一郎は、戸惑いながらも挨拶した。

兎弓華。

『高町恭也』の記憶にも存在する女性。

香港国際警防隊の隊長の1人で、美沙斗の同僚。

そして、あの『龍』の元一員。

『高町恭也』が知り合ったときは、既に『龍』を抜け、警防隊の一員であったが、今の弓華は間違いなく、まだ『龍』の一員である筈であった。

本来の歴史において、弓華が『龍』を抜ける要因の一つに真一郎の尽力があったのだが……もちろん、今の真一郎は知る由もなかった。

 

 

始業式が終わり、真一郎は弓華に校内を案内していた。

暗殺者である弓華ではあるが、彼女の本質を『高町恭也』の記憶から知っている真一郎は、初対面時は戸惑ったが、今は特に警戒もしていなかった。

少なくとも、彼女が暗殺者として、自分と自分の大切な人たちに危害を加えることはないであろう……と。

真一郎の能力【実力を感じさせない】によって、当然、弓華には、己の実力を覚らせてはいない。

弓華も真一郎にまったく警戒していないようであった。

「……しんイチろウ…あの人だカりは、何デしょうカ?」

弓華が指し示す方向に真一郎も視線を向けた。

見たところ、一人の男性にたくさんの女性が取り囲んでいるようであった。

女子に囲まれているとはいえ、その男性はかなりの長身のようなので、その顔はよく見えていた。

真一郎とは、また違ったタイプの美形であり、確かに女子がキャーキャー騒ぐのも理解できる。

しかし、真一郎が気になったのは、その男性の女子達に向ける視線である。

以前の真一郎なら気付かなかっただろうが、『高町恭也』の洞察力(女性の自分に対する感情に対してはまったく働かない)を受け継いだ真一郎は気付いた。

その男の視線には、明らかな侮蔑がこもっている事に……。

まるで、家畜を見るような……。

真一郎は、近くに居た瞳に声を掛けた。

「あら……真一郎。……そちらは!?」

真一郎に声を掛けられた瞳は、優しく応えたが、真一郎の隣に居る弓華を見て、一瞬、視線が鋭くなった。

「ああ、紹介するよ瞳ちゃん。留学生の兎弓華さん。先生に言われて校内の案内をしているんだ」

「はじめましテ……兎弓華、いいマス」

片言で喋る弓華に瞳も鋭くなった視線を和らげ、挨拶した。

「初めまして、千堂瞳です」

「しんイチろウとひトミは、姉弟デスか?」

弓華は真一郎と瞳の顔を見比べながらそう訊ねた。

「……血の繋がりはないけど…姉弟の契りは交わしているな……」

「姉弟分……と言えばいいのかしら…」

苦笑しながら答える真一郎と瞳。

最も瞳としては、更に恋人同士と呼ばれる様になりたいのだが……。

「ところで、瞳ちゃん……あの人知ってる?」

真一郎は、女子に囲まれている男の事を訊ねた。

「ああ、彼はウチのクラスに転校してきた人よ…」

「三年生がこの時期に転校してくるなんて……珍しいね…」

「そうね…」

瞳もその事には疑問に思っているようであった。

「名前は、確か……『氷村遊』さん…」

その名を聞いたとたん、真一郎の表情が変わった。

「……ど……どうしたの……真一郎!?」

真一郎の突然の反応に、瞳は戸惑った。

「……氷の村と書いて『氷村』?」

「ええ、そうだけど……」

「……そう…」

真一郎は、弓華を連れその場を後にした。

 

 ★☆★

 

放課後、真一郎は皆に八束神社に集まるよう連絡した。

八束神社に来ると、真一郎は携帯で忍に連絡を取った。

「……どうしたの?真一郎君……突然?」

電話口から、忍が真一郎に訊ねた。

「……忍ちゃん……『氷村遊』という男に心当たりある?」

真一郎の質問を聞いたとたん、忍は心底嫌そうな声で真一郎に答えた。

「……ああ、あいつ……。知ってるよ……。出来たら記憶から忘却したい奴だけど……」

忍の返答に真一郎は確信した。

「やっぱり……あの『氷村』…か…」

『氷村』とは、『月村』、『綺堂』に並ぶ『夜の一族』の名家の一つである。

『高町恭也』の記憶にも、その名前が残っていた。

それは、未来において忍から『高町恭也』が聞いた話であった。

氷村遊は、忍同様純血の『夜の一族』で、人間のことを家畜……もしくは餌としか見ていない男である。

「でも、どうしてあいつのことを……」

「今日、うちの学校に転校してきた…」

真一郎の返答に忍は息を飲んだ。

「……そ…そんなこと、私、聞いてないよ…!?」

「忍ちゃんも知らなかったのか……じゃあ、さくらも…?」

血を提供することにより、いつの間にか真一郎はさくらのことを呼び捨てにしていた。

さくらも何も言わず、むしろ、嬉しそうにしている。

「さくらが知っていたら、私だって知っているよ…」

さくらに伝わる情報は、当然、ノエルにも伝わるのである。

忍は、ノエルに確認したが、やはり、知らなかったようであった。

 

 

「……はい。私も……遊が、学園に転校してくるのを、今日、初めて知りました…」

全員がそろったので、真一郎はさくらに問いただしたが、やはり、さくらも突然の氷村の転校に驚いたらしかった。

「忍ちゃんの話だと、あの氷村って奴は……」

「……はい。一族の本流であると同時に、異端者でもあります。人間と共存するのではなく、人間を家畜にするという考えを持っている危険な男です……我が兄ながら……」

氷村遊は、さくらにとって異母兄でもある。

「……氷村君には、いずれうちも接触しようと思っとったが……どうやら、接触するまでもないようじゃな…」

退魔師である薫も当然、氷村のことを警戒していたようであった。

「とりあえず、みんな……なるべくその氷村遊には関わらないようにしてくれ…」

真一郎の言葉に次いで、さくらも警告した。

「とくに、彼の『瞳』を直視しないようにしてください……彼の魔力に囚われてしまいます……そして、彼に血を吸われれば…『血の洗礼』に縛られてしまいます」

『血の洗礼』に縛られれは、完全に氷村の操り人形になってしまい、氷村に己の全てを捧げてしまうのだ。

他の面々も、頷いた。

真一郎にならともかく、そんな人間を家畜のように思っている男に自分の全てを捧げたくなどないであろう。

「とりあえず、さしもの遊も神咲先輩には手を出そうとはしないでしょう……神咲先輩なら、遊の魔力に囚われる心配はないでしょうし……私も何とか、遊に愚かなことはしないよう、説得するつもりです……無駄でしょうが……」

「少なくとも、白昼堂々『夜の一族』の能力を曝け出す真似はしないだろうから……奴とはなるべく関わらないように…」

真一郎は、念を押した。

 

 ★☆★

 

氷村遊に対しては、みんなに注意を呼びかけたが、兎弓華に対しては、何もしていない真一郎であった。

真一郎自身、迷っているのだ。

弓華は間違いなく美沙斗と『高町恭也』の友人である。

しかし、この時代の弓華は……御神・不破両家を滅ぼした組織である『龍』の一員である。

未来では、良好な関係であったとはいえ、今の状態で彼女の事を美沙斗に話せば……想像するだけで頭が痛くなってしまう。

氷村に関しては、皆に警戒心を抱かせることにより、被害を抑えさせ、弓華に関しては、自分が彼女を監視することにした。

とりあえず、美沙斗には内緒にしておいて、一応、陣内啓吾には弓華のことを報告することにした。

「……その兎弓華というのは、本当に『龍』の一員なのかい……真一郎君?」

真一郎から電話で連絡を受けた啓吾は、真一郎に確認する。

「はい…『龍』の暗殺者としての名前は『泊龍』。これは、俺の師匠から聞いていたことなので間違いありません」

真一郎の謎の師匠。

それは、『高町恭也』の記憶なのだが、啓吾は、この謎の師匠の情報を高く評価していた。

かつて、『人食い鴉』と呼ばれていた頃の美沙斗の居場所を突き止めたことや、香港警防隊に対する連絡手段といい、更には『神咲』に関することなど、どこか偏っているが、その情報が間違いだったことがないのだ。

啓吾は真一郎を全面的に信頼していた。

謎が多い真一郎であるが、彼の人となりをその目で確認しているので、まったく疑っていないのだ。

それに、香港警防隊は危険人物の巣窟でもあるのだ。自分の周りにいる輩などよりは遥かに信頼できると確信していた。

「……そうか…それで、真一郎君はどうするつもりなんだい?」

「……甘い……と、言われるかも知れませんが……俺は、彼女をこちら側に引き入れたいと思っています…」

「……本気かい?『龍』は君達、御神にとっては……」

「いえ、彼女は御神には関わりがありません……師匠の話では、『龍』という組織は百足と同じ…足を何本落としても、胴を二つに断ち切っても本体は死なない……つまり、弓華の所属する『足』と御神を滅ぼした『足』は別物……美沙斗さんにとっては…一緒かも知れませんが……俺にとっては、違うということです…」

「……確かにな…我々も百足の『足』は何本か潰してはいる……」

啓吾も認めた。

「……それに、『龍』にいる人間全てを憎むのはどうかと思うんですよ……恐らく弓華は自らの意思で『龍』に属しているとは思えないんです……そう、育てられてしまっただけなんです……『龍』に忠誠を誓うよう、刷り込まれただけ……『龍』にとっては使い捨ての道具に過ぎない…」

啓吾は真一郎の優しさ……甘さに、若干の不安を感じた。

それは、真一郎最大の美点であると同時に、最大の欠点でもある。

啓吾も、そして美沙斗も、真一郎の危うさに気付いていた。

救いを求めている人間に吸い寄せられる。

例え、その先に破滅が待っていても、躊躇わずに行ってしまう。

そんな面のある真一郎を、心配しているのだ。

「……別った……しかし、君1人で無茶をしないように…『龍』の『泊龍』のことは、私も知っている。そして、彼女と因縁が深い者がいる……彼にも協力を求めよう…」

『泊龍』と因縁の在る者。

それは、いづみの兄である蔡雅御剣流の御剣火影あった。

 

 

『高町恭也』の能力を受け継いだことにより、真一郎は無意識に感じていた。

弓華の本質が……救いを求めていることを……。

弓華は本来は優しい気質である。

その部分が、非常な犯罪組織の暗殺者である今の境遇から、救いを求めているのである。

それは、弓華本人すら気付いていないことである。

真一郎は、自覚していないが、確かにそれを感じていた。

だからこそ、救ってやりたいのだ。

『龍の暗殺者、泊龍』から『兎弓華の心』を……。

 

〈第十九話 了〉

 


後書き

 

十九話目にして、ようやく弓華が登場しました。ついでに二枚目と思わせて実は間抜けな三枚目の吸血鬼も…

恭也「酷いいいようだな…」

だって、あの馬鹿はさくらルートのハッピー、バッドエンド共に碌な結末を迎えなかったじゃん。ハッピーエンドでは唯子と瞳にボコられ……

恭也「バッドでは、格下と思っていたさくらさんが、実は格上であっさり捻り殺されたな……」

ほら、やっぱり間抜けじゃん

恭也「……確かに…」

まあ、あの馬鹿はともかくとして、弓華に関しては……

恭也「まあ、そう簡単には決着は付きそうにないな…」

そうだね、次の話で解決……とは、いきません……しばらく、弓華は行動を起こしませんから、忘れた頃に動くと思う。と、言う訳でこれからも私の作品にお付き合いください

恭也「お願いします……って、またこんな中途半端な終わり方か!!」




二人の転校生。
美姫 「そのどちらもが厄介な人物よね」
確かに。弓華の方を先に真一郎はどうにかしようとするみたいだけれど。
美姫 「氷村の方は基本、関わらないというスタンスみたいだしね」
次からは弓華絡みで話が進んでいくのかな。
美姫 「次回も楽しみね」
次回も待ってます。



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