『真一郎、御神の剣士となる』

第十八話 「真一郎、不安を告白にする」

 

実家での早朝。

廃棄された神社で、真一郎は薫と鍛錬をしていた。

「神咲先輩……今は何も考えず、剣のことを考えてみてはどうですか?」

先の仕事において辛い思いをしている薫を何とか励まそうと、鍛錬に誘った真一郎であった。

真一郎の心遣いに感謝し、薫は剣の鍛錬に打ち込んでいた。

真一郎と剣を合わせることは、薫にとって何よりも楽しかった。

真一郎と打ち合っている間は、哀しみを忘れ、熱中出来るから……。

 

早朝鍛錬には、相川父も同行していた。

父は、呆然と息子を見つめていた。

薫と打ち合う真一郎の動きを、目で追うことさえ出来ない。

小学生の頃、息子を空手道場に通わせていた。

しかし、息子はいつの間にか、常人とは思えないほどの動きで『剣』を振るっている。

そう、『拳』ではなく『剣』を……。

真一郎は、確かに一緒の道場に通っていた他の少年達より強かった。

しかし、あくまで同年代の少年達より強い……という程度に過ぎなかった筈であった。

にもかかわらず、今の真一郎の強さは素人の目から見ても異常である。

中学に進学してから空手を辞め、幼馴染みの小鳥と過ごしていた筈である。

なのに、何故『剣』の達人になっているのか……。

いったい、息子に何があったのか……。

いくら考えても、わからなかった。

 

 ★☆★

 

鍛錬を終え帰宅した薫は、真一郎に進められ先にシャワーを浴びていた。

真一郎と交代し、着替えが済んだので台所に顔を出した。

「手伝います」

朝食の準備をしている相川母の手伝いをしようとする。

「あら、薫さんはお客さんだから気を使わなくてもいいわよ……」

「いえ、お世話になりっぱなしというのも……」

「……そうね…それじゃあ、お味噌汁に入れるネギをお願いできるかしら…」

何もしなければ居心地が悪いことを察した母は、薫に手伝いをお願いした。

「あら、上手ね…いいお嫁さんになれるわね……」

慣れた手つきでネギを切っている薫を見て、母は微笑みながら言った。

余りにもベタな台詞だが、純情な薫を赤面させるには充分であった。

「……薫さんは、真のことをどう思っているのかしら?」

いきなり確信に迫る質問をする母。

「……う…うちは……」

相川母は、顔を真っ赤にしながら口ごもる薫を見て、この少女が息子に惚れていることを確信した。

「……くすくす…唯子ちゃんや小鳥ちゃんにとってライバル登場かしら…?」

冗談っぽく言う母だったが、次の薫の台詞に絶句する。

「……うちだけじゃなく、相川君に想いを伝えたのは鷹城や野々村を含めて、9人います…」

「…へっ…想いを伝えた……!?」

「……はい……うちも、鷹城も、野々村も、他の娘たちも……自分の想いは告白済みです…」

馬鹿正直に答えた薫に、人の悪い笑みを向ける相川母。

「そっか、そっか……これは面白いことになりそうね」

相川母の笑顔を見て、薫は彼女がさざなみ寮のセクハラ魔王と同類であることを悟り、顔を引き攣らせた。

 

 

「真、真!アンタ9人の女の子から告白されたらしいわね!」

朝食の時間。

母に意地の悪い顔でそう質問され、真一郎の視線は当然、薫に向いていた。

「……ごめん…相川君…」

薫の申し訳なさそうな顔を見て、何も言えなくなった真一郎であった。

「ほう、その中に唯子ちゃんや小鳥ちゃんはいるのか、母さん?」

「ええ、いるみたいよ!もちろん、薫さんもね……」

「ほうほう……と、いうことは馬鹿息子。お前は、この薫さんを選んだのか?だから、彼女を連れてきた……と?」

父も便乗し悪乗りしだした。

「……違う!そんな理由じゃない!!そんな、おめでたい話じゃないんだ!!」

真一郎はそう言うと、父を睨み付けた。

「……うっ!……すまん…冗談が過ぎた…」

真一郎の眼光に圧倒された父は、直ぐに謝罪する。

「相川君!うちは大丈夫じゃから……お父さんをそんな目で睨んではいかん!!」

薫にそう懇願され、真一郎は睨むのを止める。

「……それで、正直、真はどうする気なの?」

母は、先ほどとは違う真面目な顔で、問いただした。

「………いきなり、答えは出せないよ……みんな、待っていてくれるらしいから……じっくり考えるつもりだよ……」

「そう。でも、あまり待たせない方がいいわよ」

母がそう言うと、薫が口を挟んだ。

「いえ、相川君のお母さん。相川君には後悔してもらいたくありませんので、じっくりと考えてもらいたいんです…」

「……そう…」

それから、食事が終わるまで皆、一言も喋ることはなかった。

 

 ★☆★

 

真一郎と薫は、真一郎の部屋で寛いでいた。

やはり、薫は元気がなかった。

剣の鍛錬で打ち合っているときは忘れられても、それ以外の時には、先日の仕事のことが頭に浮かんでくるのだ。

「……神咲先輩…」

そんな薫を見て、真一郎は辛そうな顔になっていた。

「……ごめんね、相川君。君を困らせるつもりはないんだ……でも……」

真一郎を困らせていると自覚のある薫は、真一郎に笑顔で謝るが、その笑顔はぎこちなかった。

「……神咲先輩……俺は、先輩の苦しみを解決することも、相談に乗ることも出来ません……俺にも……どうしても消えない不安がありますから……」

「不安?」

「はい……。先輩は昨日言いましたよね……先輩の仕事は、死んだ人をもう一度殺している……と…」

「………ああ…」

「……俺も……いつか……この手で…人を殺めるときが……来るでしょう…」

薫の目が見開いた。

「人を……殺す!?……相川君が…?」

「……御神流は殺人剣です……。必要だと判断すれば、……その相手を殺します。そうしなければ護れないなら……きっと…その選択をしなければならない時が、いつか必ず来ます……」

ましてや、真一郎は香港警防隊の協力者である。

今までは、必要がなかっただけに過ぎず、いずれはその選択をしなければならない。

アルバート・クリステラの護衛を頼まれれば、真一郎は必ず引き受けるだろう。

そして、アルバートの命を護るために、相手を殺さなければならなければ………それを…実行するだろう。

「……その覚悟はあります……あるつもりです…。でも……この覚悟が本物なのか……それが、わからないんです…」

『高町恭也』は、既に何人も人を斬っていた。

その経験は、確かに真一郎の中に存在している。

しかし、真一郎はやはり『高町恭也』ではないのだ。

その記憶と経験を受け継いでいても、真一郎は『相川真一郎』なのだ。

『相川真一郎』が人を殺めることに、耐えることが出来るのか……それは、真一郎本人でさえわからなかった。

「本当に、この手で人を殺めたとき……俺は……俺の心は、その事実を受け入れることが出来るのか……そう考えると、怖くて怖くて…仕方がないんです…」

それは、真一郎の本音である。

今まで考えないようにしてきたが、真一郎はいつもその事を心のどこかで考えていたのだ。

それから逃れるには、御神流を捨てなければならない。

しかし、それを選択できない真一郎であった。

何度も記述しているが、真一郎は『高町恭也』を尊敬し、彼から受け継いだ力を彼が望むことに使いたいのだ。

これだけは、真一郎は決して譲れないのだ。

「俺も似たようなことで悩んでいて、その答えが出ていない。……だから、神咲先輩の辛さを癒すことも、相談に乗ることも……出来ないんです…」

そのとき、薫は真一郎を抱き締めた。

「!?……神……咲……先輩…」

「……この前、相川君に抱き締められて……うちの苦しみは少し楽になった……じゃから、今度はうちが……。いや、……うちなんかに抱き締められても……楽にはならんかもしれんけど……こうさせてくれないか?」

(……む……胸が……!)

薫に抱き締められた真一郎の顔は、薫の胸の谷間に押し付けられていた。

「あの…神咲先輩……む……胸が顔に……」

「えっ!?」

真一郎に指摘され、薫も今の体勢に気付いた。

薫の顔が真っ赤に染まるが、それでも真一郎を抱き締め続けていた。

「……神咲先輩…」

「……うちの胸なんかじゃ、物足りないかもしれんけど……相川君がいいなら…もう少しこのままでも…ええよ」

恥ずかしくて仕方がないのだが、今は恥ずかしさよりも真一郎を抱き締めたい衝動の方が強かった。

「……いえ、もう少し……このまま…」

真一郎も、薫の乳房の柔らかさと暖かさをもう少し感じていたかった。

 

真一郎は、薫の辛さを癒すことはできないと言った。

しかし、薫の心は確かに癒されていたのだ。

真一郎の不安を、悩みを聞き……真一郎を愛しく想う気持ちが強くなっていた。

真一郎は今、必死に自分の中の不安と恐怖と戦っているのだ。

ならば、自分も戦おう。

『退魔』の道の辛さと……苦しみと……。

「相川君!」

「……はい?」

「これからは、うちのことも名前で呼んでくれんか?うちも、相……真一郎君のことを名前で呼ぶから……」

「……じゃあ、『薫さん』…で、いいですか…?」

「……千堂は『ちゃん』付けで、うちは『さん』付けか……?」

「い…いえ……なんとなく、薫さんは、『薫さん』の方が似合うと思って……」

「冗談じゃよ……それでよか……」

薫はそう言うと微笑んで、もう一度強く真一郎を抱き締めた。

 

 ★☆★

 

「「………」」

廊下で会話を聞いていた両親は、絶句していた。

余りにも重過ぎる話の内容に……。

真一郎は、当然両親が廊下で聞いていることに気付いていた。

あえて、聞かせたのだ。

いつまでも、両親に話さないわけにはいかないから……。

 

 

「そ……そんな……」

「……し……真一郎…」

リビングで真一郎は両親に自分の事を話した。

自分が、御神流という実戦流派の使い手であること。

世界最強の武装集団『香港国際警防隊』の民間協力隊員であること。

この体の傷は、真剣で斬り合った時についた傷だということを……。

もちろん、体に傷を付けたのが今は姉のように思っている美沙斗であることや『高町恭也』の魂うんぬんは話していないが……。

「……真!そんな危険なこと…直ぐに止めなさい!!」

蒼褪めた相川母は真一郎にそう言った。

「……それは、出来ない」

「……真一郎!!」

相川母は、真一路に平手を放つ。

真一郎はあえて避けず、その平手を食らった。

「……母さん……それくらいにしておいてやれ」

相川父が、母を制する。

「でも、あなた…」

「……真一郎……決心は変わらないのか…」

「ああ!」

「………わかった…お前の好きにしたらいい…」

「あなた!?」

父が認めたことが、母には信じられなかった。

真一郎と薫が再び鍛錬に出掛けたとき、母は父を問い詰めた。

「どういうつもりですか……真の考えを変えさせなくては……」

「……無駄だ……真一郎の決心を変えることはおそらく出来ないだろう……」

「……そ……そんな……」

「あいつが自分で選んだ道だ……それに、別に悪いことをするわけでもないだろう……むしろ、人の役に立つ立派な仕事じゃないか」

「……それでも真の身に危険が……」

「……確かにな……だが、俺たちがどれだけ反対しても、真一郎は考えを変えないだろう……結局は同じことだ……。あいつの人生だ……あいつの望む道に進ませてやろうじゃないか……」

「………」

 

 ★☆★

 

3日が過ぎ、真一郎と薫は、海鳴に戻ることになった。

「……じゃあな、馬鹿息子……」

「……真…母さんももう何も言わないわ…でも、もう一度よく考えて……。それでも決心が変わらないなら……あなたの好きなようになさい」

「……ありがとう、オヤジ、母さん……じゃあ、いってきます!」

「お世話になりました」

真一郎と薫はタクシーに乗り込んだ。

 

 

電車ではなく、何故タクシーに乗っているのか。

それは、帰る前にもう一度、先日の現場である『要嶺峠』に寄ることにしたからである。

峠に到着し、タクシーから降りた真一郎と薫はそこで花を手向ける女性達と出会った。

「……失礼ですが、貴女達は?」

真一郎が女性に話しかけた。

「……はい、うちの子が……ここで事故に遭って……」

どうやら彼女達は、ここで亡くなった子供達の母親達のようであった。

「あなた方も遺族の方々ですか?」

「……いえ……ですが、一応関係者です…」

「……あの事故からもう半年も経ちましたね……」

この峠では事故がよく事故が起きていた。

遺族の人たちは、自分達の子たちがいたずらしたり、寂しい思いをしているんじゃないかと……そう思っていた。

しかし、つい先日偉い御祓いさんに、ちゃんと御祓いをしてもらったと聞き、こうして花を手向けにきたそうであった。

「……不謹慎なことを訊ねますが……もし、お子さんたちが天国に逝くことも叶わずさまよっていたとしたら……お母さん達はどう思われますか?」

「……それは悲しいでしょう…」

「もう、私達のところに帰って来れないのなら……天国に行って…安らかに眠ってほしいわ……」

「あの子達が、事故を起こしているなんて話も耳にしたことがあるわ…」

「とんでもない話よね〜〜」

「でも、きちんと御祓いをしてもらったんだから、大丈夫よね」

「……大丈夫ですよ…」

真一郎は、母親達に微笑みながらそう答えた。

「その御祓いさんのことは、知っています。とても優秀な御祓いさんですので……その子たちは、きっと……天国で安らかに眠っていると思いますよ…」

「……そう…きっと、そうなのね…」

母親達は、寂しそうではあったが優しく微笑んだ。

その微笑みを見た薫の目から涙が溢れていた。

「どうしたの、お譲ちゃん?」

「……うっ……ううっ……ううううっ…!!」

「大丈夫よ……あの子達がいないのは哀しいけど……私達がいつまでも泣いていたら……あの子達も、安心して眠れないだろうから…」

母親たちがその場から離れた後も、薫は泣き続けた。

「……少なくとも……薫さんは……あのお母さん達を救ったことには間違いないですね……」

「……し…真一郎…くん……」

「……薫さんのその手で、救われる人がいたんですから……薫さんは正しいことをしたんだと……思います…」

真一郎はそう言いながら、薫の涙を拭っていた。

「……護るために…人を殺めても……その事で確かに…護れるのなら……俺も……人を殺した罪を背負って……生きていくことが出来るかもしれない……」

「……真一郎君……君が、これから護るために人を斬っても……そのことで他のみんなが、君を『人殺し』と罵っても、うちは……うちだけは君を褒めてあげる。君は正しいことをしたんだって…」

泣き止んだ薫は、笑顔で真一郎にそう言った。

その言葉に嬉しそうな顔で応え、真一郎は薫を伴いタクシーに乗り、海鳴に戻っていった。

 

 

後日。

真一郎の実家に泊まったことをみなみと瞳に知られた薫は、2人から散々に恨み言を言われ続けた……。

 

〈第十八話 了〉

 


後書き

 

第十八話。いかがだったでしょうか

恭也「……相川さんの心情……か」

まあね。今回のテーマは、真一郎が人を斬ったとして、そのことに耐えることができるか…と、いうこと

恭也「どうなんだ」

とりあえず、この作品内で真一郎が人を斬り殺すことはないんですけどね……では、これからも私の作品にお付き合いください。

恭也「お願いします」




薫の方は何とか解決かな。
美姫 「真一郎も内に秘めていた悩みを吐露して少しは楽になれたかもね」
だな。両親への説明も出来たみたいだし。
美姫 「一応、納得はしてくれたみたいね」
こっちの方も解決と言えるかな。
美姫 「今回の話は薫だったけれど、次は誰が来るかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」



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