『真一郎、御神の剣士となる』
第十二話 「真一郎、海水浴旅行に行く」
夏休みに入った。
インターハイも終了し、剣道部は個人戦で薫がベスト16。護身道部は団体戦ででベスト8、個人戦で瞳が全国優勝。バスケ部は準優勝を果たした。
そんな中、真一郎たちはさくらから翠屋に集まるよう連絡が来た。
真一郎が翠屋に到着したとき、他の面々は既に集まっていた。
さくら、唯子、小鳥、いづみ、ななか、瞳、薫、みなみ、そして……忍?
「あっ相川先輩。こちらです」
ななかが真一郎が来たことに気付き、声を掛けた。
「やあ、みんな。もう来ていたんだね」
真一郎はそう言うと空いている忍の隣に座った。
「さくらちゃん、どうしたの。急に呼び出して?」
「わざわざありがとうございます。先輩」
さくらからの話はこうだった。
8月上旬の間、可南海岸にあるさくらの親戚の別荘で過ごさないか……という話であった。
何故、さくらがこのようなことを考えたかというと……さくらは今まで、それほど親しい友達を作ったことがなかった。
どちらかと言うと本を読んでいるのが好きだったのと、『夜の一族』という己の出自を気にしていたのだ。
しかし現在は真一郎を中心に、これだけの友人に恵まれたのだ。
真一郎にほのかな想いを抱いているさくらにとって、彼女達は潜在的な恋のライバルなのだが、それでも大切な友人であった。
「……悪くないと思いますけど、千堂先輩と神咲先輩は大丈夫なんですか?今年は受験では……」
小鳥が疑問を口にしたが、瞳と薫の答えは……。
「私と神咲さんは海鳴大に推薦が決まっているわ……一般教養の試験があるだけだから他の受験生よりは余裕があるのよ」
「旅行に行っても、向こうで勉強する予定じゃしな……うちは岡本、千堂は井上の夏休みの宿題をちゃんと監督するのも目的じゃし……」
「「あうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」」
既に、瞳、薫、ななか、みなみの4名は参加が決まっていた。
みなみは昨年の夏休み、8月31日になって友達の宿題を親友の知佳に手伝ってもらいながら、徹夜で写していた。
今年はそんなことにならないように、薫がしっかりと面倒見ることになったのだ。
そのことを聞いた瞳も、恐らくななかも似たようなことになると思い、ななかの面倒を見ることにしたのだ。
そこに、先日偶然出会ったさくらからこの件について相談を受けたので、それを利用することにしたのだ。
「みんなと一緒に勉強すれば、全部終わらせられなくてもかなり出来るじゃろう。そうすれば、31日になって焦ることもないと思ってな」
旅行の日程は、8月2日から8月12日まで……10日もあればかなり進むし、みなみやななかのようなタイプは、誰かと一緒にやった方がはかどるのは確かだ。
自分一人だと、休憩と称して漫画本を読んだりゲームもしたりして、結局そちらに夢中になって宿題が終わらないのだ。
「私も参加するかな……」
いづみも参加することを決めた。
「御剣はバイト大丈夫なの?」
「ああ実は先日、兄様の仕事を手伝ってな……まあ、たいした手伝いはしなかったが……その分の報酬を貰ったからこの夏はそれほどバイトにせいを出す必要がないんだ」
忍者を目指すまだ幼い少年、少女達の指導である。
いづみは3級を持っているので、指導員は出来ないが指導補佐は出来るのだ。
「唯子も行く。真一郎と小鳥も行こうよ。特に真一郎、春休みは一度も遊んでくれなかったんだから、その埋め合わせ替わりに一緒に行こうよ!」
まだ根に持っていた唯子であった。
「……そうだな。このメンツで旅行に行くのは初めてだし……俺も参加するか」
「真くんが参加するのなら、私も」
真一郎と小鳥も参加を表明した。
「でも、大輔がいないけど、あいつは誘わなかったの?」
「はい、井上さんが端島先輩に連絡したんですが、既に別の方々と約束があるそうですので……」
「ああ、そういえばバイト仲間達とバイトで海鳴を離れるって言ってたっけ……」
それだけじゃなく、女ばっかりに囲まれるとムラムラするからという理由もあったが……。
「それで、こちらに居るのがその別荘の持ち主である私の姪の『月村忍』です」
さくらが皆に忍を紹介する。
「月村忍です。よろしくお願いします……旅行には私も参加しますから……」
「そうか、忍ちゃんの別荘なんだ」
「向こうで一杯遊ぼうね、真一郎君」
親しげに話す真一郎と忍を見て、さくらが驚愕していた。
忍は小学校の同級生はもちろん、一族の中でも、自分と一族の長であるヴィクター、そしてさくらの叔母のエリザくらいしか親しくない忍が楽しそうに会話しているのだ。
いや、それよりも……。
「……忍。先輩のこと知っているの?」
「うん、真一郎君とは友達だもん。うちにも遊びに来るから……それに……」
安次郎に誘拐されたとき、助けてくれたと言おうとしたら、真一郎が口に人差し指を当てた。
忍は頷くと話題を替えた。
「真一郎君にカレーを作ってもらったし……」
「忍が最近、カレーがお気に入りなのはそれが原因なのね」
★☆★
「……ねえ、忍。先輩とはいつ出会ったの?」
旅行の説明を終え、帰宅途中にさくらが忍に聞いてきた。
忍は真一郎にメールを送り、さくらにだけは真実を話すことに了承を求めた。
さくらに絶対口止めさせることを条件に真一郎は許可を出し、忍はことの詳細を話し始めた。
「じゃあ、安次郎から忍を救ってくれたのは……先輩なの?」
「うん。真一郎君ってすっごく強いんだよ…それに、私が『夜の一族』だって知っているし……」
さくらは驚愕した。
つまり、それは自分の正体も知っているということだ。
「忍がばらしたの?」
「ううん。私の姓の『月村』と、ノエルのミドルネームの『綺堂』で推測をつけて、安次郎がノエルが自動人形だってことを口にして確信したらしいよ。『夜の一族』のことは前々から知っていたようだけど……」
実際は『高町恭也』の記憶で知ったのだが、流石にそれをばらすわけにはいかないので真一郎が吐いた嘘であるが。
「さくらの正体も当然知っているよ。真一郎君が私にさくらのこと聞いてきたし……」
さくらは怒った顔になり、忍に問いただした。
「なんで、先輩のこと教えてくれなかったの……?」
「だって、てっきり真一郎君が話してるとおもったんだもん……」
さくらの剣幕に慄きながら、忍は言い訳をした。
「忍。先輩は私達一族のこと…どう思っているの?」
真一郎に好意を寄せているさくらにとって、由々しき問題である。
もし、真一郎に化け物と思われていたらと思うと……胸が締め付けられる。
「真一郎君は、『人間じゃなくても大事な友達だ』って言ってくれたんだ……だから、私達一族のことをちゃんと受け入れてくれてる」
答えを聞き、ほっとするさくらである。
「……じゃあ、私も先輩に正体を明かすかな……夜の一族だってことは知っていても、人狼との混血だってことは知らないと思うし……先輩が受け入れてくれるなら……」
さくらの呟きを聞き、忍が声を荒げる。
「真一郎君のお嫁さんになるのは私だよ!さくら」
「あら、確かに忍の方が先に出会ったみたいだけど……先輩と歳が近いのは私よ……いくら忍でも、そう簡単には譲らないから……」
真一郎が誰と付き合うことになっても祝福できる……でも、真一郎の隣には自分が立っていたいと思うさくらであった。
★☆★
旅行当日。
海鳴駅に集合した真一郎たちは、電車で可南海岸に向かった。
ちゃっかり真一郎の左側の席に座った忍は、終始ご機嫌であった。
ちなみに企画者特権として、真一郎の右側にはさくらが座っていた。
2,3時間電車に揺られ、別荘に着いた一行をノエルが出迎えた。
「いらっしゃいませ。忍お嬢様から皆様のお世話を任されました『ノエル・K・エーアリヒカイト』と申します」
始めてみる本物のメイドさんに見て、楽しそうな面々だった。
「部屋は一杯あるから、好きな部屋を使ってね」
忍の説明に、各々部屋を決める。
「真一郎君は、私の部屋を……」
「ちょっと待ちなさい忍!」
どさくさにまぎれて真一郎を自分の部屋で寝泊まりとさせようとする忍にさくらが待ったをかけた。
「……ちっ!」
舌打ちする忍を見て、さくらは……。
(忍……性格が変わったのかしら……それともこれが、忍の本性?)
可愛がっている姪の知らない一面を見て頭を悩ませていた。
それぞれ部屋を決めた面々はリビングに集合し、これからの予定を決めることにした。
「とりあえず、今日は宿題をすることにしましょう」
瞳の意見に、約二名以外賛成した。
その約二名とはもちろん、みなみとななかである。
「そんな来たばっかりでやらなくても……」
「そうですよ、明日からでいいじゃないですか」
愚図る二人に、喝を入れる瞳と薫であった。
「最初にやっておけば、後が楽じゃろう」
「とりあえず、ふたりは持ってきた分はこの旅行中に全部やること……いいですね!?」
「「はいぃぃぃぃぃぃ」」
みなみとななかは、瞳と薫に言われた分の宿題を持って来させられていた。
しかも、2人に関してのみその日のノルマをこなせなければ遊ばせてもらえないのだ。
「みなみちゃん、ななかちゃん。頑張ろ!」
唯子の激励を受けて、しぶしぶ宿題取り掛かるみなみとななかであった。
夕食は、ノエルがソーメンを用意していた。
それを美味しく頂いた面々は、洗い物は自分達ですることを告げた。
食器の洗浄効果が自分が洗った時よりも効率が良かったことを知ったノエルは、そのコツを小鳥から教わっていた。
「……あのノエルという人……なんか妙な喋り方をするな……」
薫が疑問に思い真一郎に、話しかけてきた。
「……ノエルさんは、『夜の一族』が造りだした『自動人形』……すなわちアンドロイドなんですよ……だから、少し機械的な喋り方ですけど……『心』はちゃんと持っているから大丈夫ですよ」
薫は驚いていた。
ノエルが自動人形だというこもにも驚いていたが、真一郎が『夜の一族』のことを知っていることにである。
「相川君は、綺堂が『夜の一族』だということを知っとたんか……」
「ええ、神咲先輩は、『神咲』として当然知っていると思ってましたから……」
『高町恭也』の記憶に寄れば、さくらと薫は未来においてもそれなりの付き合いがあったようである。
故に、薫には話してもいいだろうと思い話す真一郎だった。
ある意味、真一郎の実力を知っている薫は、ある程度のことを話せる相手になっていた。
もっとも先日、さくらも忍から真一郎の実力を聞いたのだが、又聞きのさくらと実際に見た薫とではまだまだ信頼感が違っていた。
食事の後宿題を再開し、みなみとななかは本日のノルマをようやく終え、22時に全員就寝した。
〈弟十二話 了〉
後書き
恭也「なあ、この旅行って……」
まあ、もとは「ナツノカケラ」の話だけどね、これに弓華と知佳と七瀬を抜いて変わりに薫(と十六夜)を入れた話になるな。
恭也「十六夜さん?」
ああ、本編では触れていないが一応持ってきている。
恭也「弓華さんはまだ登場してないからわかるが、何故、知佳さんと七瀬さんをはずしたんだ?」
知佳はさくらが彼女のことを知らないからと、裏設定として丁度旅行の日に、HGSの調整とかち合ってしまったというのが理由。七瀬に関しては薫が参加するから。
恭也「今回、初日が終わっただけのようだから、この旅行の話は何回か続くんだな」
一応、3,4話くらいを予定している。
ちなみに次回は真一郎にとって大きな出来事が起こる予定だ。
恭也「それは?」
禁則事項です。
恭也「それって、なのはが見ていたアニメのキャラの台詞だな」
やっぱり、君はくわしく知らないようだな……では、これからも私の駄文にお付き合いください。
恭也「お願いします」
夏休み〜。
美姫 「旅行にやって来た真一郎たちだけれど」
さて、無事に済むかな、どうかな。
美姫 「何かが起こるのは間違いないみたいだけれど」
何が起こるのやら。
美姫 「次回も待ってますね〜」