『真一郎、御神の剣士となる』
第十話 「真一郎、潜入任務に就く」
夜。
真一郎の家に、珍しい客が来ていた。
アルバート・クリステラの護衛任務の時に知りあった御剣火影である。
昼に啓吾から電話があり、火影が訪ねてくると聞いていたので真一郎は彼を家に招き入れた。
「火影さん。どのような用件でしょうか?」
「ああ、実は相川君に協力してもらいたいことがあってね……」
火影からの依頼は、麻薬組織の開催するパーティーを兼ねたオークションに潜入捜査の協力要請であった。
「実は、相川君か御神さんのどちらかに協力してもらいたいと香港警防隊に依頼したんだが……御神さんは既に別の任務に就いているとの事だし、相川君は民間協力の為、本人の意思が優先されるという話だからね……だから、警防隊に話を通してもらい君に直接協力を要請に来たという訳だよ」
麻薬組織が扱っているのは、『龍香湯』というドラッグである。
中国……特に香港で出回っているドラッグで、定期的に服用すると強い洗脳効果がある。記憶から何から、根こそぎ消して、上書きできる程……。
まだ高町士郎が存命で『不破士郎』を名乗っていたとき、クリステラ議員の命を狙った刺客もこのドラッグによって洗脳されていたのであった。
この組織は、香港でその『龍香湯』を買い付け日本で売りさばこうとしているとの事らしい。
パーティーはその為の隠れ蓑であった。
「『龍香湯』はまだ日本では取引されていない。もし、今回これを許せば日本にも蔓延する可能性がある。だから、絶対に阻止しなくてはいけないんだ!」
★☆★
真一郎は後悔していた。
確かに『龍香湯』は危険なドラッグである。
日本に流通させるわけにはいかない……いかないのだが……。
「よく似合うよ相川君。一角の言ったとおりだな……余程の手練れで無い限り見破れんな……」
笑いを堪えながら、火影がそう言った。
「……何で、女装しなくちゃいけないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう、真一郎は女装させらていたのだ。
「もちろん……カモフラージュだ……女性の方が油断させやすい……むろん一部の例外がいることは把握しているだろうが……」
現在火影の手のものは、厳つい男ばかりである。
だからこそ、火影は最初美沙斗を指名したのだ。
『人喰い鴉』の異名があったとはいえ、美沙斗の面はそれほど割れてはいない。
それに一児の母とはいえ、10代の時に美由希を産んだので、まだまだ20代である。変装すれば問題ないだろう。
しかし、美沙斗は別件にかかっている。
ならばと、真一郎を女装させることを思いついたのだ。
義姉に頼めば間違いなく、兄、空也に反対される。
彼女は、忍者ではないし戦闘能力が無いからである。
それ以前に性格が天然なので、潜入捜査などという危険な任務に就かせることは無謀である。
妹のいづみはまだ未熟である。
国家認定3級の資格を持っているが、3級ではまだまだこの任務に就けることはできないのだ。
しかし、真一郎は最強と謳われる『御神の剣士』であり、法側において世界最強の武装集団と言われる『香港国際警防隊』にスカウトされる程の実力者である。
塚原議員の護衛任務のとき、会談相手の護衛をしていた真一郎と共闘して、真一郎の実力を信頼している火影は、妹より真一郎の方が適任だと判断したのだ。
それに、真一郎は【実力を把握させない】能力故に、相手にその実力が見破られることはまずないだろう。
能力のことは火影はもちろん知らないが啓吾から、「相川君は、実力を隠すのが誰よりも上手い」と聞いていたので美沙斗より適任だと考えたのだ。
まさかこれほど可愛らしい少女が実は男で、しかも麻薬の捜査員とは誰も思わないだろう。
その事を伝えられると、真一郎もしぶしぶ覚悟を決めた。
(仕方が無いな……相川真一郎……心の去勢手術、すでに完了……我が心、既に空ナリ……色即是空……)
「わかりました、行きましょう火影さん……」
もともと可愛らしい声の真一郎がさらに女性っぽい声色を出したため、どこから見ても女性としか思えなくなった。
「既に完璧だ……流石だ相川君」
「いや、ムカつくわ……」
密かに傷つく真一郎であった。
変装しタキシードを着た火影とドレスアップした真一郎がパーティー会場に姿を現した。
顔をメイクで変えている火影はともかく、まったく回りに疑われない真一郎は、かなりへこんていた。
「おや、ミスター。とても可愛らしいお嬢さんをお連れですね……」
「いやいや、そちら様もなかなかにお美しいレディをお連れだ」
声を掛けてきた初老の男と、火影の会話を聞き、ますますへこむ真一郎であった。
さて、今回の任務は『龍香湯』の取引が始まり次第、周りに潜んでいる火影の部下たちに合図し、一網打尽にすることである。
本来、麻薬取引の捜査は麻薬取締官及び麻薬取締員の役割であるが、この組織はかなりの手練れぞろい、いかに逮捕術(少林寺拳法を採用しているらしい)などの訓練を受けているとはいえ、普通の取締官たちとはレベルが違いすぎる。
それ故、国家認定1級以上の忍者たちに任務が回ってきたのだ。
「組織に潜入していた部下からの情報だとそろそろの筈だ……」
いろいろな男性から声を掛けられた真一郎は辟易しながら火影の言葉を聞いていた。
カモフラージュのためか、関係ない一般客も招いているため、その一般客にわからないよう特別室でオークションを行うのだ。
一般客に対しては、犯罪に抵触しない品々のオークションを行うのだ。
「それでは、オークションを開始します。会員の方は特別室で行いますので移動を願います。会員以外の方はこのホールで行いますのでそのままお待ち下さい」
会員の男に成りすましている火影が移動を始めた。
会員とは、『龍香湯』の取引のためにきたその筋の者たちである。
「相川君は、化粧室にいてくれ……くれぐれも男性用に入らないように…」
「……了解…」
憮然としながら指示に従う真一郎であった。
★☆★
「動くな!全員麻薬取締法違反の現行犯で拘束する!!」
合図とともに突入してきた火影の部下たちは、一般客を保護するものと特別室に踏み込むものとに別れ行動していた。
火影は変装のためのメイクを剥ぎ取り、特別室に踊りこんだ。
組織の戦闘員たちとの抗戦に突入したが十分な人数を用意していたので、次々と捕縛されていったが……組織の大物の姿が消えていた。
「どちらに行かれるのですか?」
会場から離れようとした男を真一郎が呼び止めた。
先ほど最初に火影と真一郎に声を掛けた初老の男であった。
「おや、お嬢さん……ここは危ない早く安全な場所に移られるがよろしいでしょう……」
「申し訳ありませんが、特別室から出てこられた方を見逃すわけには参りませんの……」
にっこりと笑いながら答える真一郎の顔はなかなかに魅力的であった。
「……成程、貴女もそうでしたか……これはまんまと一杯喰わされましたな……ですが…私の前に御1人で現れるのは少々、無謀ですな!」
懐からナイフを取り出し、真一郎に襲い掛かった。
この男は、元々は傭兵であり、軍用ナイフ術の達人であった。戦場において何人もの敵兵に囲まれたがナイフのみで切り抜けた男である。
真一郎は、スカートの中に隠していた小太刀を抜き、応戦した。
戦闘に入ったため、【実力を把握させない】能力が解除された。
「……ほう、今まで気付きませんでしたが、中々の使い手のようですな……どうやら無謀ではないらしい…」
男は真一郎の実力を感じ取り、その顔から笑顔が消えた。
攻防が続いていたが、徐々に真一郎が押し始めた。
男が現役から退いて30年……その歳月は男の実力を衰えさせていた。
戦場を離れ、実戦から遠ざかっていた故である。
老いても実戦経験を積み重ねていれば、老練さがあっただろうが、戦場から離れた後、真剣勝負を行わなかった故、その腕は衰えすぎていたのだ。
真一郎は、いや『高町恭也』は現役真っ盛りであった。ゆえに『高町恭也』の能力を持ち、さらに『高町恭也』と違い、膝に爆弾を抱えていない真一郎の方が有利であった。
そのとき、一人の少女が姿を現した。
中学生くらいの少女である。どうやら、一般客の少女を保護しそこねたようだ。
男は狡猾な笑みを浮かべ、少女に襲い掛かった。
人質にでもするつもりだろう。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
「させるか!!」
真一郎の視界がモノクロに変わり、『神速』の領域に入り、男より先に少女の前に立ちふさがり、男を迎え撃った。
「何!?いつの間にここに?」
男は自らの目を疑った。
その一瞬の隙を真一郎は見逃さず、スカートの中からもう一本の小太刀を抜いた。
『虎乱』
二刀での連続技が男を屠った。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
真一郎の微笑みにイッてしまった少女は恍惚とした表情で答えた。
「はい、お姉さま!!」
「えっ……いや…その……」
「お姉さま、お名前は?」
「えっ……その、『相川……真子(まこ)』
とっさに潜入前に考えておいた名前を名乗る真一郎。
「真子お姉さまですか……私は、『清水美和子』と申します……あの、これからもお姉さまとお会いしたいのですが……」
いかにも、同姓の素敵なお姉さまにお近づきになりたいというミーハー少女であった。
真一郎に救われた美和子は、真一郎に憧れを抱いたようであった。
「相川君!」
火影の部下が真一郎に近づいてきた。
「あっ、この娘をお願いします!!」
美和子を押し付け、真一郎はさっさと退散した。
「ああ〜ん、お姉さま〜〜〜」
★☆★
組織は一網打尽にされた。
『龍香湯』が日本に流通するのを防ぐことができた。
「ありがとう、相川君…君が倒した男こそが組織の首領だったそうだよ……君が捕らえてくれなければどうなっていたか……」
「そうですか……私も、来たかいがあったようですね……」
と真一郎が、女性のような態度で答えていた。
「……相川君……キャラが残っているぞ……」
既に、ドレスを脱ぎ男の格好に戻っていた真一郎だが、まだ心の去勢手術から元に戻っていなかった。
「あ、いや、すいません!」
「いや、違和感無いからそのままでもいいけどね……」
火影は苦笑しながらそう言った。
「ところで、君が助けたお嬢さんに『真子お姉さまに会わせてください』と散々泣き付かれたが、どうする?正体を明かすかい…」
「いや、あの娘には、ちょっと……」
げんなりとする真一郎だった。
後日、真一郎宛に差出人不明の封書が届いた。
それは、女装してドレスアップしたの真一郎の写真が入っており、たまたま遊びにきていた唯子、小鳥、いづみ、瞳がその写真を見て大喜びであった。
瞳などは、焼き増しして自分も欲しいと言ってきて、真一郎は火影に対し憤慨していた。
しかし、いづみが居るため火影の仕業とは言えず、今度逢ったら絶対に仕返しすることを心に誓う真一郎であった。
〈第十話 了〉
後書き
ついに書いてしまった、真一郎の女装話を……
恭也「いつかは書くとは思っていたが……ところで、久々の仕事の話だな」
そうだね、このところ日常の話ばかりだから、そろそろ書こうと思っていたのよ……そろそろ夏休みの話書きたいと思っていたから…
恭也「それで、何故仕事の話に?」
だって、中間試験の話からいきなり、夏休みの話っていうのもなんだかな〜って思ったから…
恭也「じゃあ、次回は夏休みの話か?」
いや、もう一話挟む……では、これからも私の駄文にお付き合い下さい。
恭也「お願いします」
今回は女装とお仕事と。
美姫 「可哀相だけれど、やっぱり真一郎の女装ネタはないとね」
あははは。今回取引される品が品だけに、結構危険かと思ったけれど。
美姫 「何とか無事に済んで良かったわね」
確かに。まあ、真一郎は別の意味で後日、痛い思いをしているけれどな。
美姫 「次はどんなお話になるのかしらね」
次回も待ってます。