『真一郎、御神の剣士となる』

第七話 「真一郎、さざなみ寮を訪ねる」

 

翠屋で昼食を摂った真一郎はその帰り道、泣きながら歩いてくる美由希を見つけた。

「美由希ちゃん!?どうしたの……」

「……ヒック……わたし……見ても……おもしろくない……っていったのに……」

真一郎は悟った。

『高町恭也』の記憶の中にある……美由希の過去……美由希のクラスメートが通っている剣道道場で、さんざんせがまれて御神の技を見せて。『全部見せて』と………。

おそらくは、子供たちの中では相当強かった少年だか、少女だかが面白半分で……『自分の剣が、聞いたことも無いような、二刀流なんかに負けるはずが無い』と侮って、美由希を戦いの場に上げて。

……御神流の修行の密度は、並みの小学生の想像できるものをはるかに凌駕していた。特に、美沙斗の修行を受けるようになってからは……おそらく、美由希の圧勝だったのだろう。

「二刀流なんて…卑怯だって……鋼糸を持ち歩くのも……飛針を使うのも……そんなの剣道なんかじゃないって……」

そう、御神の剣士は『剣道家』ではない。『剣術遣い』である。

一本の剣のみを使い、剣の道を進むのが『剣道家』……たくさんある戦闘方法の中で、一番剣が得意というのが『剣術遣い』である。

特に御神流は、ただの人殺しの技に過ぎない。

「見せてって…全部見せてって言われたから……ともだちだと思ってたから……見せたのに……」

子供は、自分のプライドに正直で……残酷だ。

その相手は、自分の未熟を認めるよりも……異端の剣をなじる事で、自分を守ろうとした。

友達だと信じて見せたのに、あっさりと裏切られたのだ。

このままでは、美由希は友達を作らず……ただ御神流を極めることに費やすだけになるだろう。高校生になって……神咲那美に出会うまでは……。

しかし、この次元で神咲那美に出会うかは分からない。真一郎が歴史に干渉しているからだ。

真一郎は知らないことだが、さくら、瞳と知り合うのが、本来の歴史に比べ早いのだ。本来の歴史では、彼女達と知り合うのは今年の12月である。この次元で2人に知り合ったのは4月。8ヶ月も早まっているのだ。忍にいたっては1年以上早まっている。

美由希に教えてやらなければならない。

御神流を受け入れてくれる存在がいることを……。

真一郎は携帯を取り出し、電話を掛けた。

「はい、さざなみ寮です」

真一郎が電話を掛けたのはさざなみ女子寮だった。

「もしもし、僕は相川真一郎と言います。神咲先輩はご在宅ですか?」

「ああ、相川君。うちじゃ」

「ああ、先輩。以前約束していた、手合わせの件。今からでよろしいでしょうか?」

「どうしたんじゃ、急に?」

いきなりの話に、戸惑う薫。

「……無理でしょうか……?」

「………午後からは予定がないから、かまわんよ……」

「では、2時間後に伺います」

真一郎は準備をするため、美由希を伴い自宅に帰った。

 

 ★☆★

 

さざなみ寮に到着した真一郎と美由希を薫が出迎えた。

「いらっしゃい、相川君」

「お邪魔します」

「……おじゃまします……」

真一郎の後ろに隠れていた美由希に薫が気付いた。

「……その娘は?」

「俺と同門の娘です」

「……たかまちみゆきです…」

「こんにちは、神咲薫です」

薫は、少し微笑みながら挨拶した。

「随分静かですね……」

「ああ、今、寮に居るのはうちを含めて3人だけじゃから……」

今、さざなみ寮にいる寮生は薫の他に、仁村真雪、陣内美緒の3人だけであった。

槙原愛、槙原耕介、仁村知佳、岡本みなみ、リスティ・C・クロフォードは真雪の車を借りて、買い物に出ていた。

椎名ゆうひは、今年の3月末にイギリスのクリステラ・ソング・スクールに留学している。

みなみが留守だった事に、ホッとしている真一郎だった。

最悪、みなみに実力をばらす覚悟もしていたが……。

「神咲ィ〜。お客さんか?」

「仁村さん。起きてきたんですか?」

仁村真雪、少女漫画家。

徹夜だった為、今まで寝ていたようだ。

陣内美緒も出てきた。

彼女も本当は、買い物に出るはずだったのだが……部屋が散らかっていた為、罰として連れて行ってもらえず、薫に監視されながら今まで片付けていたのだ。

美緒は美由希を見て、不思議そうな顔をしていた。

「……なに?」

美由希は美緒の態度を見て不思議がっていたが…突然、美緒が近付き、美由希の匂いを嗅ぎだした。

「……なんなの?」

「おい、陣内、失礼じゃぞ!」

薫が、美緒を離そうとしたが、その前に美緒は美由希に問いかけた。

「……もしかして……みゆきち?」

「……その呼び方は……みおちゃん?」

まだ美由希の義父、高町士郎が存命中に2人は水島公園でよく一緒に遊んでいた仲だった。美由希は、士郎の死以降、部屋に閉じこもり気味だったし、その後、御神流の修行に入っていたため、美緒とは疎遠になっていたのだ。

美緒は再会を喜んだが……美由希は少し恐れを抱いていた。

 

 

庭に出た真一郎と薫は、お互いの獲物を構えた。

薫は、正眼に構え、真一郎は、右手の小太刀のみを構え、もう一本の小太刀を腰に差した。

「神咲一刀流、神咲薫」

「永全不動八門一派、御神真刀流小太刀二刀術、相川真一郎」

「……始め!」

互いに名乗りを挙げ、審判役を買って出た真雪の合図に2人の手合わせが始まった。

今回はあえて、禁止したのは投げのみ……鋼糸、投げ物、蹴りは有りである。

合図とともに、薫が打ち込んでくるのを、バックステップでかわす。

薫が振り切った直後、真一郎の斬撃が薫を襲う。薫は木刀を返し、真一郎の斬撃を防ぐ。

一旦、お互いの距離を取る。

真一郎がいきなり、飛針を投げた。薫はそれを木刀で弾く。すると、真一郎が薫の間合いに踏み込んでいた。薫は慌てて距離をとるが真一郎を振り切る事が出来なかった。真一郎の斬撃を薫は木刀で受け止めた。そのとき、真一郎の足払いが薫を襲う。バランスを崩しそうになる薫だが、なんとかかわし、再び距離をとろうとした。しかし、いつの間にか腕に巻きついていた鋼糸がそれを許さなかった。そう、足払いはおとりだったのだ。

しかし、薫も並みの剣士ではない。木刀で鋼糸を断ち切ったのだ。バランスを崩した真一郎に薫が迫る。しかし、しゃがんだ状態からの真一郎の蹴りを受け、後方に飛ばされた。

なんとか体勢を整えた薫だったが、真一郎の斬撃が再び薫を襲う。しかし、今度は薫は余裕で受け止めた……が、実はこの斬撃には『徹』が込められていたのだ。薫の木刀はへし折れ、真一郎は腰に差していた小太刀を抜き、薫の首筋で寸止めした。

「それまで!」

真雪の合図で勝敗は決した。

 

 

「……やはり、強いな相川君」

「いえ、神咲先輩こそ、まさか木刀で鋼糸を断ち切られるとは思いませんでしたよ」

謙遜するが、実際は真一郎の圧勝だったのだ。

薫は息を切らしているが、真一郎の呼吸は乱れていない。これだけでも2人の技量に差があるのが判る。

『高町恭也』の実力には、高校生の薫では対抗できないのだ。5,6年後の薫なら、互角に闘えただろうが……。

「とんでもない少年だな……相川君は……」

真雪も舌を巻いていた。

もともと、薫と真雪はそれほど実力に差がない。薫が一度も真雪に勝てないのは、薫の剣が真っ直ぐな為、真雪にとっては読みやすいのだ。それが、薫が真雪に敗北し続ける理由なのだが、真一郎は、実力で薫を圧倒しているのだ。つまり、確実に自分より強いと、真雪は感じていた。

試合をしていた為、【実力を把握させない】能力は解除されているので、真雪は真一郎の実力をひしひしと感じていたのだ。

「すごいのだ〜……もしかしたら、みゆきちもあんなことが出来るのか?」

美緒が美由希に訊いて来た。

美由希は、恐る恐る答える。

「……うん…真兄さんほど……強くないけど………」

「みゆきちもすごいなぁ〜」

美緒は怯えもせず、美由希に語りかけていた。

美緒は警戒心がかなり強いが……一度、友達と認めた者には一切拒絶しないのだ。

真一郎に対しては、ちょっと警戒しているが、もう友達と認めている美由希に対しては実にフレンドリーだった。

 

 ★☆★

 

リビングに戻り、お茶を飲んでいた真一郎の携帯が鳴った。

『陣内啓吾』と表示されていた。

「はい、相川です」

「真一郎君か……報酬は君の口座に振り込まれていたかい?」

「はい、振り込まれていましたけど……ちょっと多すぎませんか?」

「それくらいの仕事をしたんだよ君は……もっとも、君が正隊員になれば、減るだろうけどね」

つまり、正隊員は月給をもらっているから、その分少ないが、真一郎は民間協力隊員である。普段、月給を貰わない代わりに成功報酬が破格なのだ。

しかし、月給と成功報酬を合わせると、年収においては正隊員のほうが高額なのである。

「そういうことでしたか」

「じゃあ、そういうことで……」

啓吾は電話を切ろうとしたが真一郎が止めた。

「……美緒ちゃん…お父さんだよ」

携帯を美緒に渡した。

「……もしもし、お父さん?」

啓吾は驚きの声を上げた。

「美緒か?……ということは真一郎君は今、さざなみ寮にいるのかい?」

「うん、みゆきちも一緒なのだ」

「ああ、あの娘か……美緒、真一郎君は、美由希ちゃんのお父さんと同じく、お父さんの友達なんだ。仲良くしてあげてくれ」

「わかったのだ〜」

啓吾の友達ということで美緒の真一郎に対する警戒心が解かれた。

 

 ★☆★

 

「そういうことじゃったか…」

真一郎は、美由希を連れてきた理由を話した。

「……ガキってのは、けっこう残酷だからな……それに、妙にプライドか高いから…」

真雪も普段とは違う、神妙な顔つきで話を聞いていた。

美由希は、美緒と庭で遊んでいた。

薫と真雪は、御神流を見ても卑怯とは言わず、むしろ、真一郎の強さを讃えていた。美緒も昔と変わらず接してくれたので、美由希の心はかなり慰められていた。

薫には、美由希の気持ちがよく理解できていた。

薫も昔、その霊力の強さゆえに小さな頃から、霊が見えていた。その為、近所の悪がき共に気味悪がれ、苛められていたのだ。

美由希のために、心を砕いた真一郎を見て、薫は今までとは違う感情を真一郎に抱き始めていた。

今までは、後輩のみなみの想い人……そして、自分より強い剣術の使い手……という認識だったが、今は……その優しさ触れ、好意を抱くようになった。

 

 

真一郎と美由希はさざなみ寮を辞した。

真一郎は、真雪にも自分の実力のことはみなみには内緒にするよう頼んだ。

真雪は、非常識の様に見えるが、言うべきことと言ってはならないことの分別はつく。真一郎の流派があまり人に言うべき物ではないと理解した為、了承した。

美由希は、美緒とこれからも水島公園で遊ぶ約束をした。方向音痴の美由希は、さざなみ寮に1人で来るのは大変なので……。

2人を見送った真雪は、薫を冷やかした。

「神咲、どうやら、お前も相川君に惚れたようだな……」

真雪の爆弾発言に焦りまくる薫。

「な……な……なにを言うちょるんですか……」

「けけっ、見りゃわかるっての……さっきの相川君に対する視線は、恋する乙女の熱視線だぜ…しかし、これで、岡本君と神咲は恋のライバルになったなぁ」

「仁村さん!」

顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた薫だが、その後の真雪のからかいがエスカレートしてきた為、ついにキレて十六夜を持ち出し真雪を追い掛け回した。

 

 ★☆★

 

夜、学校の準備をしていた真一郎に美沙斗が電話を掛けてきた。

「ありがとう、真一郎君。美由希の心を救ってくれて……」

詳細を聞いた美沙斗は真一郎に礼を言った。

「私達は、真一郎君に助けられてばかりだな…」

真一郎と知り合ったことを感謝する美沙斗であった。

 

〈第七話 了〉

 


後書き

 

恭也「……美由希のあの事件か…」

ああ、前もって知っている真一郎なら、美由希を慰められると思ってな

恭也「俺は、当時の美由希に何も出来なかったからな…」

なんかしんみりしてしまったが…とにかく、真一郎がさざなみ寮に行ったわけよ

恭也「しかし、薫さんと真雪さんと美緒さんしか居なかったな」

それは、話の都合上です

恭也「薫さんが、相川さんに好意を抱き始めたしな」

う〜ん。やっぱり私は薫を贔屓してしまうな……

恭也「とりあえず、次の話はどうなるんだ」

次は、中間試験の話にするつもりだ……では、これからも私の駄文にお付き合いください

恭也「お願いします」




美由希の事件か。
美姫 「流石に那美はまだ出番がね」
それでも、以前の歴史よりは良い形になったかな。
美姫 「未来を知る真一郎のお蔭ね」
だな。とは言え、その未来も恭也視点のものだけの上に、少しずつずれていく可能性も高いからな。
美姫 「あまり役に立たなくなっていくわね」
まあ、何はともあれ、今回は美由希が救われたみたいだし良かったよ。
美姫 「そうね。次は中間試験みたいだけれど」
うーん、恭也の記憶があれば楽になる……か?
美姫 「勉強だしね、どうかしら」
一体、どうなるのか。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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