『時空を越えた黄金の闘士』
第五十九話 「選抜戦」
ある無人世界において、一人の少年が息を乱しながら、仰向けに寝転んでいた。
「はあっ…はあっ…はあっ……ク…クリア…した…」
「お見事です…ユーノ…」
見事、自らが課した試練をクリアした愛弟子にムウは微笑みながら、タオルと飲み物を渡した。
「ありがとうございます…ムウ様…」
「ええ。この試練を果たした事により、アテナは貴方を新たなる聖闘士と認めました。聖闘士の証である『聖衣』を貴方に与えます…。この『楯座』の白銀聖衣を…!」
9年前に、ムウが約2000年前の聖闘士である『楯座』のイージスの亡霊より託された白銀聖衣は、ムウの弟子であるユーノが受け継ぐこととなった。
「本来なら、貴方ならばヴェロッサよりも早く、聖闘士となれていたでしょうが……無限書庫の司書を勤めながらの修行ゆえに倍の8年の年月が掛かってしまいましたが……それでも、貴方の才はクロノに劣らないでしょう。少なくとも他の仕事と併行させながら、聖闘士になった貴方は、充分、優秀です……」
ユーノは、聖闘士の修行をしながら無限書庫の司書の業務をこなし、来年には司書長の地位に就くことが内定している。
クロノも、執務官の仕事と併行させながらの修行ではあったが、修行に入る前に既に『小宇宙』に目覚めていた分、修行は楽な方だっただろう…。
あくまで一般的な聖闘士の修行と比べれば……の話だが…。
クロノが修行の前に『小宇宙』に目覚めたのは、任務中、生命の危機に追い込まれた事によることから見ても、二人の才はそれほどの違いはないと見ても良いだろう。
査察官の仕事を休職して、聖闘士の修行に打ち込んだヴェロッサとは違い……。
「……では、私は聖域の方に戻ります」
「えっ…。それじゃあ、無限書庫には……」
「貴方が聖闘士になった以上、もはや必要ないでしょう…。私が無限書庫で司書をしていた理由は、貴方の指導と、書庫内のある解読できる情報を収集です……有益な情報はあまり得られませんでしたが……」
ムウの集めた情報の中には、残念ながら地球《エデン》の結界を越える為に必要な『通行証』の情報はなかった。
スクライアの一族からも、それらしい情報は入ってきていない。
「あとは、解読出来ない書ですが……それの解読を貴方に依頼してもよろしいですか?」
「はい。承ります」
ムウも、それなりの知識があるとはいえ、やはり専門家ではない。
ユーノは遺跡発掘を生業とする一族の出なので、その手の専門家である。
餅は餅屋……専門家に任せた方がいい。
「……あと、今後貴方に聖闘士として動いてもらわなければならない時もあるでしょう…。その時は…頼みます」
「はい!」
ユーノが聖闘士を目指した動機は、無茶がちななのはを護りたいからであった。
そして、先のなのは撃墜の件からも分かるとおり、聖闘士が必要とされる戦いが迫っている…。
勿論、それになのは達も巻き込まれるだろう。
ならば、ユーノにとってムウの要請は望む所であった。
★☆★
新暦0074年
聖域に、建造された闘技場《コロッセオ》に、二人の少年が向き合っている。
一人は、筋骨隆々の大男であり、もう一人は、赤毛の弱冠9歳の少年であった。
そして、それを見守る雑兵や聖闘士候補生達。
さらに一番高い所に、『双子座』のカノン、『獅子座』のアイオリア、『牡羊座』のムウの三人が立っていた。
「ハマーとエリオ!!」
大男の名はハマー、そして、赤毛の少年は……童虎が引き取った少年、エリオであった。
「お前たちはそれぞれ五人の戦士と戦い、勝ち抜いてきた。残った戦士はお前たち二人のみ」
「今日、戦って勝ち残った一人に、アテナの栄誉ある聖闘士となるのだ」
「そして、その者には聖闘士の証である『聖衣』が与えられます……!!」
カノン、アイオリア、ムウが二人の戦士に告げる。
「戦え!二人とも………勝者にはこの『麒麟星座』の青銅聖衣を与える!」
カノンの台詞と共に闘技場に『麒麟星座』の聖衣が運ばれ、カノンたちの立っている場所の下にある台座に置かれた。
「おお、聖衣…」
「聖衣だ!!」
「あれが、地球《エデン》の神話の時代から受け継がれ…」
「纏った者は、最強の力を発揮できるという…」
「まさしく聖闘士の『証』…」
エリオは、台座に置かれた『麒麟座』の聖衣を見つめた。
「…あれが…『聖衣』…。僕はあれをこの手に掴む為に……この地にやって来たんだ…」
そんなエリオを皆から少し離れた所で『天秤座』の童虎と仮面で素顔を隠した少女……キャロが見守っていた。
「老師…エリオ君は勝てますよね……」
「ふむ。エリオの成長は紫龍よりも早かったが……、こればかりは何とも言えん。少なくとも実力ではあの男に負けておらんが……」
聖闘士になるのに五年掛かった紫龍に比べると、三年で修行を終えたエリオの方が早い。
だからといって、エリオの方が紫龍より優れているとは限らない。
実際、紫龍は青銅でありながら、黄金聖闘士に匹敵する強さに到達したのだから……。
五日前―――。
闘技場に、男11人、女5人、計16人の聖闘士候補生が集められた。
「貴方達は、他の候補生達と違い、『麒麟星座』と『冠星座』を守護星座に持っている。故に、既に『聖衣』を与えられ、管理局に出向した者たちと違い、正規の聖闘士になる資格を持っている」
この16人の前に、既に10人程が、この聖域で発見された『精霊』をモチーフにした聖衣を授かり、管理局地上本部の陸士108部隊に出向している。
「だが、自惚れるなよ…。先に聖闘士になった者達は確かに正規の聖闘士ではないが、実力でいえばお前たちと同格、もしくは凌駕する者も存在している。自分達が格上などという、くだらん自尊心を持つなよ」
と、ムウの台詞を引き継ぐカノンが釘を刺した。
「……とにかく、これからお前たちは、聖衣を得るための選抜戦を行ってもらう。最後に勝ち残った者に『麒麟星座』と『冠星座』の聖衣を授けよう!」
アイオリアの言葉に、候補生達の表情に喜色が浮かび上がる。
今までの地獄の修行がようやく報われようとしているのだ。
カノンに釘を刺されたが、それでも、先に聖闘士になった者たちと違い、正規の聖闘士になれるチャンスが巡ってきたのだから……。
「それでは…「待て!カノン!!」……!?」
組み合わせを決めようとするカノンに、待ったがかかった。
皆が、声の方に視線を向けると、そこには童虎が立っていた。
反射的に、その場にいる全員が傅く。
「これは、老師。来られるとはリニスから聞いておりますが……何か!?」
「すまんが、その選抜戦……この二人も参加させる…」
「…エリオとキャロを…ですか?」
童虎の台詞に驚いたムウが二人を見る。
「……なるほど…確かに二人の守護星座は……そうですね」
「それに、既に小宇宙に目覚めているようですね……」
「充分、青銅レベルの実力を有しています……いいでしょう…」
二人を見て、納得する黄金聖闘士達に一人の候補生が異を唱えた。
「正気ですか?この二人はまだガキじゃありませんか?」
「……俺たちは、この二人よりも幼い時期に黄金聖闘士になったが………」
何を今更……と、言う様にアイオリアが答えた。
「そもそも、魔法の才能があれば子供でも、管理局に入局させるミッドチルダの人間が言っていい台詞ではありませんね…」
もともと、カノン達は子供を戦わせるのは間違っている…という考えを持っていない。
そもそも、聖闘士は少年たちの集まりなのだから……。
最も、とても10代の少年には見えない…という外見の者もいるが……『アンドロメダ星座』の瞬の師匠である『ケフェウス座』のダイダロスなど、とても『琴座』のオルフェと同じ年齢とは思えない程、老けているし……。
逆に言えば、アイオリアとムウも、もう直ぐ三十路に達する年齢とは思えないくらい若々しいが……。
話を戻そう。
「この二人は、既に聖闘士を目指せる強さに達している。お前の危惧は無用だ…」
こうして、聖闘士選抜トーナメントが開始された。
ちなみに、エリオ達の参加に異を唱えた男は、一回戦でエリオと当たり、蹴り一発で沈められた……。
「……キャロ。お前はエリオの事を心配するよりも、次の自分の戦い事を考えた方が良い」
エリオの次は、キャロの番である。
女性専用の聖衣、『冠星座』を得るための戦いが待っているのである。
既にキャロも、二人の対戦相手を屠り、今日の相手に勝てば、『冠星座』の青銅聖衣を授かる事ができる。
「……でも、エリオ君の今日の対戦相手は……」
キャロは、不安だった。
ハマーは、今までの対戦相手を全員、再起不能にしたのだから…。
一人は半身不随にされ、一人は両目を抉られ、一人は腕を切断された。
そんな相手と戦うエリオの事が心配でたまらないキャロであった。
★☆★
エリオとハマーの戦いが始まった。
ハマーは、エリオを捕らえようと手を伸ばすが、エリオはそれをあっさりと躱し、蹴りを放った。
「ほう、小僧……なかなかやるなぁ…。だが、聖衣はお前のような小僧にはやらんぞ……。いかに聖闘士を統括される老師の指導を受けていようが、この聖域で修行をしたこのハマー様に相応しいのだからなぁ…」
そう言いながら、回し蹴りを放つ。
しかし、エリオはそれを難なく躱した。
「カノン…。この勝負…貴方はどう見ますか?」
二人の勝負を観戦していたムウは、カノンに問いかけた。
「……パワーならハマー、スピードはエリオだな……。それにしても、ハマーの奴は結局、聖闘士の闘技をストライクアーツの延長としか考えていないな…」
ハマーは、聖域に来た候補生の中で、唯一、Dランクの魔力を持っている。
間諜であった例の三人を除けば、候補生達の中で、最も強い魔力資質の持ち主といえよう。
彼は、もともとはミッドチルダで流行している格闘技『ストライクアーツ』を学んでいた。
しかし、ストライクアーツは、結局魔力資質が重要となる格闘技である。
どれだけ頑張っても、Cランクに達するか達しないかというレベルのハマーは、それを補う為に、体を鍛えに鍛えた。
そのお陰もあってか、Bランクの魔力資質を持つ相手にも、闘い方にによっては勝利することも出来た。
しかし、生来の気の荒さが原因なのか、対戦相手を壊す事でも有名だった。
そんなハマーに、管理局の武装隊に所属するストライクアーツの使い手がハマーと対戦した。
結果は、相手の勝ち。
相手は、Aランクの魔導師だったのだ。
結局、最後にモノをいうのは『魔力』の強さ。
ハマーは、落ち込んだ。
強い魔力資質を持たない自分が恨めしかった。
そんな折、管理局に勤める伯父から、『聖闘士』なる存在を知らされた。
戦闘に関しては、魔力資質の有無など関係なく、魔導師を圧倒できる戦士。
ハマーは、伯父に頼み、候補生の一人とした聖域に足を踏み入れた。
彼の目的は、聖闘士となり、高ランク魔導師達を見返すことだった。
他の候補生達が、カノンやアイオリアに対し敬意を持ち始める中、この男は結局、ストライクアーツ感覚が抜けなかった。
それでも、武術の才能はそれなりにあったのか、聖闘士の表面的な力くらいは身に付けることが出来た。
しかし、小宇宙は多少目覚めているが、まだまだ聖闘士のレベルに達しているわけではなかった。
「……あれは、俺とアイオリアが口を酸っぱくして言った『小宇宙』に関しては、理解しなかったからな……」
「それでも、彼が勝ち残ったのは……」
「……対戦相手がヘボだっただけだ…」
組み合わせはくじ引きで決められたが、ハマーは対戦相手に恵まれ、格下ばかりであった。
それに対し、エリオは既に小宇宙に目覚めた相手とばかりぶつかったが、それを制し勝ち残ってきた。
「エリオは、俺たちの本命だった奴も倒したからな……」
昨日のエリオの対戦相手こそ、カノンとアイオリアが勝ち残ると予想した候補生だった。
童虎が、エリオを参加させなければ、間違いなく彼が『麒麟星座』の聖闘士になっていただろう。
「正直言って、昨日の対戦が事実上の決勝戦だった……」
最初は、相手の方が優勢だったが、エリオの起死回生の一撃により、逆転したのだ。
「実際ハマーは、星矢と戦った時のカシオスと大して変わらん…」
アイオリアがそう締めくくった。
カシオスとは、星矢と『天馬星座』の聖衣を争った相手である。
星矢は、聖域に来て六年間、カシオスに負け続けだったが、最後の戦いでは、これまでの敗北が嘘の様に圧勝した。
カシオスは、『小宇宙』に目覚めておらず、聖闘士の表面的破壊力を身に付けただけにすぎなかった。
それゆえ、『小宇宙』を身に着けた星矢の敵ではなかった。
しかし、そのカシオスの最後は雄雄しいモノであった。
彼は、自分の師であるシャイナが愛する星矢の命を護る為に、サガの幻朧魔皇拳を受けたアイオリアの洗脳を解く為に、その命を散らせたのだ。
最愛の人の為に、その人が愛する男を……自分にとっては憎悪の対象である男の命を護り、逝った。
カシオスによって洗脳を解かれたアイオリアは、それまでの聖闘士になりそこなった雑魚という評価を改め、『男』として認めている。
しかし、星矢と戦った当時のカシオスの事は、やはり評価してはいなかった。
「ち…ちくしょう…。ちょこまかと動きおって……」
エリオに一撃も、与える事も出来ず…息をきらせるハマー……。
「……申し上げ難いのですが……僕は、貴方には負けません」
「な…なんだと…。この俺がてめえに劣るとでも言いたいのか!?」
「はい。貴方から確かに『小宇宙』を感じますが……その程度では……僕には及びません…貴方は、聖闘士の表面的破壊力を身に付けただけです」
「…『小宇宙』だと……。カノン様達が言っていた聖闘士の力の源か……?そ…そんなモノ…」
「どうやら、貴方は『小宇宙』を発することは出来ても、感知は出来ないようですね…。その程度のレベルでは…自分の体内の宇宙を感じることの出来ない貴方に…聖闘士になる資格はありません…降参してください…」
エリオの勧告に、ハマーは逆上した。
聖闘士になる事を諦めれば、高ランク魔導師達を見返すことが出来なくなる。
何のために、今まで地獄の修行に耐えてきたのか分からなくなる。
「ふ…ふざけるな!てめぇの様な小僧に降参なんかするかぁぁぁぁぁ!!」
そう言うと、ハマーは渾身の力を込めて、エリオに突進して言った。
「もし、本当にてめえから宇宙を感じたら、聖衣はくれてやらぁぁぁぁぁ!!」
あれほどカノンから説明を受けても、まだ小宇宙を理解できていなかった。
だから、気付かない……エリオから立ち昇る小宇宙を…。
魔力変換資質によって発生した電気が、小宇宙と交わり『五色の燐光』を放つ。
「おお、あれは…!」
「昨日の対戦でも使った…」
昨日の戦いの逆転の必殺技。
自分の力を過信し、他の戦いを観戦しなかったハマーは知らない、エリオの必殺技。
「…燐光の槍撃…『フォスフォレッセンス・ランサー』!!』
エリオの手刀から放たれた『五色の燐光』が投げ槍の様に、音速でハマーに突き刺さった。
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アテナは、エリオを新たなる聖闘士と認めた!ここに聖闘士の証である聖衣を授ける!!」
ここに『麒麟星座』のエリオが誕生した。
「やったね!エリオ君!!」
「…フッ…見事じゃエリオ…。次はキャロ…お前の番じゃな…」
「はい!」
元気よく返事をしたキャロは、戦いに向かった。
………。
キャロも見事、対戦相手を降し、『冠星座』の聖衣を授けられた…。
★☆★
「……それにしても…情けない……。これだけ雁首そろえていながら……二つの聖衣を持っていかれるとは…」
カノンは自虐的に、そう呟いた。
「まあ、師としては俺たちよりも老師の方が優れているのは解ってはいたが……それでもこいつらの不甲斐無さには呆れるな……」
アイオリアも、流石に憮然としていた。
ハマーによってリタイアしてしまった五名を除き、全員、一から鍛えなおす必要性を感じる二人であった。
特に、小宇宙を未だに理解していないハマーに対しては、徹底的にしごく気満々である。
〈第五十九話 了〉
今回のエリオの使った『五色の燐光』は、同原作者の『B’T-X』からとっています。麒麟つながりで……
真一郎「あれ、でも『麒麟座』の麒麟って、四霊の『麒麟』じゃなくって、長頸鹿……つまり、鯨偶蹄目キリン科のキリンがモチーフじゃなかったっけ?」
まあ、確かにキリン座は動物園にいる頸の長いキリンで、もともとは『らくだ座』だったんだけど……
真一郎「じゃあ、なんで瑞獣と言われる麒麟がモチーフのエックスの五色の燐光を…?」
山羊座と逆パターンにした。
真一郎「山羊座?」
山羊座って、ギリシア神話では、オリンポスの神々がナイル川で宴会を開いていると怪物テュポーンに襲われて、驚いた神々が動物の姿になって逃げたとき、牧神パーンは上半身が山羊、下半身が魚の姿に変身してしまった。このことが『パニック』の語源と言われているんだけど……、山羊座の聖衣って、普通の山羊の形だよな…
真一郎「確かに、聖衣分解装着図を見ても、四本足の山羊の形だな…」
だから、麒麟座はその逆……長頸鹿ではなく、瑞獣の方に勝手に変更しました……。
真一郎「まあ、確かに長頸鹿よりは、麒麟の方が聖闘士の守護星座らしい…かな…」
では、今回の後書きはうんちくっぽくなってしまいましたが…これからも私の作品にお付き合いください。
真一郎「お願いします。君は、小宇宙を感じたことがあるか!?」
ユーノも修行を終えて聖衣を授かり、エリオとキャロも無事に聖闘士になったか。
美姫 「管理局に出向という形で既に数人行っているみたいだしね」
聖闘士の数もそれなりに増えてきたって事かな。
美姫 「これによって、どう変化していくのか楽しみよね」
だよな。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」
ではでは。