『時空を越えた黄金の闘士』

第四十四話 「なのはの心」

 

なのはの手術も終わり、本人も目覚めたので、集中治療室から一般病室に移ることになった。

今まで面会謝絶だったが、これで漸く皆が見舞いに訪れることが出来るようになった。

皆が心配そうな顔で面会に来るので、なのはの台詞は決まって「ごめんね」だった。

なのはが目を覚ました後、士郎たちはムウに言われたとおり、改めてなのはのこれからの事を話し合おうとした。

しかし、そのムウが待ったを掛けた。

その前に、自分がなのはに話があるので、話し合うのはその後にしてほしいと言ってきたのだ。

それに、なのははまだ目覚めたばかりであり、そんな話をするのは時期尚早であることも考え、なのはがリハビリを始められるまで待つ事になった。

意識は回復したものの、身動きがまったく取れないなのはの為、美由希が許可を取り、病院に泊まりこみながら、介護をすることにし、恭也も泊まり込みはしないが、美由希のサポートをするべく、毎日、訪れることにした。

士郎と桃子は、喫茶店を開けなくてはならないからである。

これから、なのはは再び動ける様になる為の、リハビリが待っている。

 

 

 

なのはが目覚めて一週間が過ぎたある日、本局にある公園のベンチでユーノは一人で座っていた。

「……僕は…間に合わなかった……」

いや、元々無理だったのかもしれない。

聖闘士の修行は苛烈を極める。

それに集中していなければ、とても乗り越えることは出来ない。

友人を無限書庫の司書に誘い、仕事量を減らしても……多忙であることは間違いない。

執務官であるクロノも似たようなものだが、彼は偶然とはいえ、修行を始める前に『小宇宙』に目覚めていた。

しかし、自分は1からである……。

当然、修行が捗るはずが無い。

なのはを護れる強さを求め、聖闘士の修行を始めたのに……その前になのはに凶事が襲い掛かったのだ。

「どうしたのじゃ…」

「あっ……老師…」

悩んでいるユーノの前に童虎が現れた。

「確かムウの弟子の…」

「はい。ユーノ・スクライアです。老師のご高名はかねがねムウ様より聞いていました」

今更ながら説明しよう。

ユーノは、ムウに弟子入り以降、『ムウさん』から『ムウ様』へと呼び方を変えていた。

別にムウが強制したわけではないが、一番弟子である貴鬼同様そう呼ぶ様になったらしい。

「…それで、どうかしたのか?何か悩んでいるようじゃが……」

「はい…実は…」

ユーノは躊躇いも無く、童虎に悩みを相談した。

外見は若いが、童虎は人生経験が豊富であり、何よりも他の黄金聖闘士には無い安らぎがある。

悩みを打ち明け易いのである。

ユーノの悩みを、童虎は黙って聞いていた。

「それで……どうするのじゃ。聖闘士の修行を辞めるか…?」

聖闘士発祥の地である聖域で修行するなら、聖闘士の修行を途中で辞め、脱走を試みると、待っているのは『処刑』である。

この掟だけは、絶対に守られる。

聖域は、聖闘士の本拠地であり、ここで修行するという事は、世界各地の何処かで修行するよりは厳格でなければならない。

しかし、他の地での修行はそれほどでもない。

来る者拒まず、去る者追わず…。

殆どがそうである。

つまり、ユーノも辞めたければ辞めてよいのである。

「……いえ、それは辞めません。僕に付き合ってくれているムウ様に失礼ですし……なのはの事が無くても……純粋に強くなりたいという気持ちもあるんです…」

やはり、ユーノも男であるので、強くなる事に憧れているのは確かであった。

「フム……そう、はっきり言えるのなら、特にわしが何か言う必要はないのう…」

童虎は微笑んだ。

「……でも…なのはがこのまま再起不能なら、ゆっくり強くなる…で良いんでしょうけど……多分、そうはならないでしょう…」

「ほう、それは何故じゃ…」

「…今回のなのはの事故の最大の原因は……」

 

…………………。

 

「なるほどのぅ…」

ユーノの説明を聞き、童虎も納得した。

「多分、今頃ムウ様から、キツイ説教を受けている頃でしょう……」

「……ここに居たかユーノ…」

そこにカノンがやって来た。

「これは、老師」

童虎も居ることに気付き、膝を付き、頭を下げる。

「……どうしたのじゃカノン…」

「…ユーノ。ムウからの伝言だ……。道具を用意しておけとの事だ。『オリハルコン』と『ガマニオン』、『銀星砂』も忘れるな…との事だ…」

「…それらを用意すると言うことは…?」

「…そうか…わしの『天秤座』の聖衣の修復を…」

そう、『天秤座』の黄金聖衣も、アイオリアの『獅子座』の聖衣同様、『死』を司る神、タナトスによって粉砕されているのである。

「はい。後、聖衣の修復に必要な血液は、私のを使います…」

「なんじゃと!?」

カノンからの申し出に、童虎は驚いた。

「……これは私のけじめです…。納得していただきたい……」

カノンの気持ちを察した童虎は、カノンの肩を叩き頷いた。

「では、頼むぞカノンよ…」

「ハッ!」

 

 ★☆★

 

「……ごめんね…ムウさん…。心配かけて……」

「………なのは……。貴女は何を考えていたのですか!」

なのはの謝罪に対し、ムウは叱責で返した。

「エッ!?」

そう言うとムウは端末を操作し、管理局に正式に入隊してからのなのはのデータを空間モニターに表示した。

フェイトと共に訓練校の短期メニューをこなし、アースラでの研修を終えたなのはは、武装隊の一員として、様々な任務に就いた。

そう、一年の間にほとんど休み無しのフル活動である。

管理局の任務だけでなく、小学校に通いながらである。

管理局入局の条件として、「学業を疎かにしない」というのが入っているので、学校と管理局の二束の草鞋の状態である。

「貴女の管理局での仕事ぶりのデータを見せてもらいました……。過重労働と呼べるレベル超えています」

学校が終わったら、本局に直行し、武装隊の任務に就く。

まあ、ここまでは良いだろう。

しかし、そのスケジュールは余りにもハードであった。

三日と開けずに、現場への出動……。

任務が無いときも、訓練に明け暮れる。

睡眠時間は、多くて五時間。

下手をすれば、一時間程度でしかない日もある。

成長期の少女にとって、少なすぎる睡眠時間である。

それ以前に、個体差があるが人間の理想的な睡眠時間は7時間以上8時間未満である。

睡眠が不足した場合に最も影響のある精神活動は気分、記憶力、集中力である。

つまり、今回の事は、『不幸』な事故ではなく、『起こって当然』の事故なのである。

「…『闇の書事件』の前も、貴女は『やり過ぎ』と言える程の訓練をしていましたが、それでも20時に寝て4時に起きていました。つまり8時間バッチリ睡眠をとっていたから、それほどの負担にはならなかったのでしょう……。ですが、学業と仕事を両立させながら、しかも睡眠時間が少ないでは、疲労が溜まって集中力が切れるのは当たり前です!私達、聖闘士でも持ちません!!ましてや、魔法が使えるだけで、基礎体力が常人よりも劣る貴女ならなおさらです!!」

『聖戦』時は、不眠不休は当たり前の聖闘士だが、そもそも『聖戦』は短期決戦が殆どである。

永くても半年くらいで終結を迎えるし、短ければ数週間くらいである。

先の海皇との聖戦は、約二週間で終結し、その次の冥王との聖戦は十余日で終結したくらいである。

そして、平時には聖闘士が動く事は稀であり、特に黄金聖闘士が勅命を受ける等、滅多に無いので、なのはの様に約一年近く、睡眠時間を削る事などないのである。

特に、『生命の炎』が燃えている限り無尽蔵な『小宇宙』と違い、魔力は使えば『消費』するのである。

しかも、彼女の戦闘を見れば信じられないだろうが、なのはは『体力』と『運動神経』がダブルで赤点なのである。

つまり、魔力が無ければ、ただの小娘に過ぎないのだ。

「人間、まず基礎体力がなければ、話になりません。ましてや『戦闘』というのは、体を負担を掛けるベスト3に入る分野です。まあ、これに関しては貴女よりもむしろ『管理局』の方に問題がありますね。研修期間において、魔法戦闘のことばかり重点に教えて、基本中の基本を疎かにしたわけですから…ね」

ムウは、殊更に大声でそう言った。

廊下で聞き耳を立てているリンディにはっきりと聴こえるように……。

「おそらく、人手不足である故に、稀少な才能を持つなのはとフェイトを、一刻も早く使える『駒』にしたいが為でしょう……。しかし、フェイトにはリンディが、はやてにはレティ提督と言った、キチンと手綱を握れる人物が上司である為、2人の方はそれほど問題は無かった。ですが……なのはの上司は……」

運が悪かったのか、なのはの直接の上司はリンディとまったく親交のない人物だった。

この上司は典型的な小役人タイプであり、若くして才能豊かななのはに嫉妬し、嫌がらせに扱き使っていたのである。ついでに、自らの立身出世の道具にしようと画策したのだ。

魔導師ランクは、空戦Cランクであり、自力では武装隊の一部隊長がである現在の地位で精一杯である。

しかし、頼まれたら嫌と言わない『良い子』のなのはを利用すれば……。

そう考え、本来なのはを必要ともしない任務にも駆り出したのだ。

余りの過重労働に、レティは何度もなのはに休暇をとるよう通告していたのだが、なのはは休暇をとらない。

次々と課せられる任務に出動を繰り返した。

業を煮やしたレティは、今回の任務が終了したら、自分の権限で強制的になのはに休暇をとらせるつもりだったらしい…。

しかし、後1歩、間に合わなかったのである。

「……ですが、その男の思惑とは別に、なのは…貴女自身にも問題があります…。それは、貴女自身の驕りが原因です…」

「…お…驕り…?」

「なのは、貴女は皆から持ち上げられる事で、自分が超人にでもなったつもりでいたのではありませんか?」

「そ…そんなこと!」

「……ならぱ何故…こんな無茶をしたのですか?確かに私と出会ったばかりの頃から、貴女は無茶をしていましたが……ここまで身の程知らずでは無かった筈です。『無敵のエース』などと呼ばれている内に、自分の力を過信しすぎたのでありませんか?」

何よりもムウ達聖闘士と離れたのが、それに拍車を掛けた。

如何に魔法という力を手に入れても、カノンやムウ達『黄金聖闘士』に比べれば、それほどの事でもなかった。

『PT事件』はともかく、『闇の書事件』は間違いなく、カノン達でなくては解決出来なかっただろう。

しかし、そんな黄金聖闘士から離れてみると、なのはの力は実に有用であった。

その活躍ぶりは、『無敵のエース』又は『白い悪魔』という異名が付くくらい目覚ましいものであった。

その為、周りはなのはを称えた。

尊敬と畏怖、期待と嫉妬を折り混ぜた視線を受けることとなったのだ。

「貴女は……自分が注目を受けることに酔い、それが増長に繋がったのです」

ムウの指摘に反論したいなのはであったが、有無を言わさぬ眼光により反論できなかった。

 

 ★☆★

 

「なのはのお父さんが、なのはが小さい頃に事故に遭い、そのお父さんの世話と、まだ軌道に乗っていなかった喫茶店の経営で忙しくて、なのはは寂しい想いをしていたそうです…」

聖衣の修復の道具を揃え、準備をしていたユーノは、待機しているカノンと童虎に、なのはの事を話していた。

「フム…。それでなのはという少女は、自分が『いらない子』だと思いこんでしまったのじゃな?」

自分は『いらない子』だから、聞き分けのいい『良い子』でなければ、居場所がなくなってしまう…と、感じていたのだろう。

無論、それはなのはの錯覚に過ぎない。

士郎も、桃子も、恭也も、美由希も、なのはを大事にしている事は間違いないのだ。

なのはも頭ではそれを理解していても、感情の方では理解していなかったのだろう。

「そして、士郎達も幼いなのはを放っておいたという負い目から、なのはに対して強い態度に出れなかった……ということか…」

カノンは、納得したようである。

如何に才能豊かとはいえ、日本人の常識で9歳の小娘を危険を伴う管理局の武装隊入りを認めるのは、余りにも理解がありすぎと感じていたのだ。

その負い目から、どういう結果になるかと言うことを考えもせず、それがなのはの願いなら……と、受け入れてしまったのだろう。

「しかし、今回の事でなのはも痛感しただろう……動けない人間の世話というモノがどれほど大変なのかを……自分が世話される立場になる事で……な…」

 

 ★☆★

 

「今でも、高町家には自分の居場所がない……などという戯言を言いますか?」

なのはは首を振った。

この一週間、泊まり込みながら自分の世話をしてくれる姉を見て、介護というのがどれほど大変なのかを痛感させられた。

そして、人間、お金を稼がなくては生きていけないし、稼ぐ為には働かなくてはならない。

家族は決して、好きで自分を一人にしていたわけではなかった。

それは、事故に遭った自分に対する態度でも十分理解できた。

何より、姉の顔を見る度に、胸が苦しくなった。

こんなにも自分を心配してくれている。

こんなにも自分を大切にしてくれていた。

だから、父の怪我が治り、喫茶店も軌道に乗ったら、皆がなのはを気に掛けてくれた。

しかし、なのはは表面上は喜んでも、自分でも気付かない心の奥底では捻くれて「何を今更」と白々しい気持ちになっていたのだ。

何と愚かだったのだろう……。

「リハビリを始める前に、今度は本音で家族と話し合い、今後の事を決めなさい…。管理局の仕事を続けるのか、辞めるのか……。今度こそお互い納得の行くまで……ね」

ムウも表情を和らげ、なのはに諭した。

「……はい…。ありがとうございます…ムウさん」

「大体、貴女は贅沢なのですよ……。フェイトやはやてに比べれば……貴女はとても幸せな環境にいるのに……。『親』というモノを知らない私達から見れば特にね…」

親(と信じていた者)に虐待されて、最後まで愛されなかったフェイト。

両親を事故を喪い、本当に永い間一人ぼっちだったはやて。

そして、そもそも両親の顔を知らないムウ、カノン、アイオリア。

それらに比べれば、はるかに恵まれた環境にいるなのはである。

正直、「何贅沢なことぬかしているんだ!大概にせんと絞めるぞ!!」と言いたいくらいであった。

 

 ★☆★

 

「老師…。お待たせしました…」

なのはとの話を終わらせたムウが、童虎達の所に姿を見せた。

「ユーノ…。準備は終わりましたか?」

「はい、ムウ様。後はカノンさんの血の提供のみです…」

カノンが自らの手首を切り、流れ出る血を聖衣に振り掛けていた。

「……あのなのはとかいう娘への説教は終わったのじゃな?」

「はい。今は士郎たちと話し合っていますよ…」

「……で、結局なのはは、これからも管理局で働くのか、それとも辞めるのか?」

「……私としては、さっさと辞めてもらいたいんですが……恐らくそうはならないでしょう…」

カノンの疑問にムウが答えた。

「似たような仕事をしていた士郎から、色々と聞かされているでしょうし、今度は家族が本音をぶつけ合って討論しているようですよ…」

「フム、本音で語り合うというのは大事なことじゃからのぅ……。家族の中で遠慮しあってはいかんからな…」

「そうですね。まあ、本音をぶつけ合った為に、余計に拗れる可能性もありますが、あの家族なら大丈夫でしょう。本音をぶつけ合い、拗れまくっていがみ合った、どこぞの双子とは違いますからね」

「………喧嘩売ってるのか?買うぞ!」

「……相変わらず温和な表情で、毒を吐くのう…」

育て方間違えたんじゃないのか…シオン…と、今は亡き親友に心の中で語りかける童虎であった。

なにやら殺伐とした雰囲気に、ユーノはフェレットモードになり、隅に隠れて震えていた。

 

 

 

聖衣の修復の後、軽く『千日戦争』を陥りそうになった黄金聖闘士2人を宥め、童虎は修復された『天秤座』の聖衣を纏った。

「ウム…。ムウ、そしてカノンよ…感謝する」

満足そうに頷いた。

「それで、老師はこれからどうなされますか?我々の本拠に来られますか?」

「いや、もう少しこの『次元世界』とやら回って見ようかと思っておる」

童虎は、前聖戦から二百数十年間、座したままであった。

役目から解放された今、未知なる世界を旅して回りたいのだ。

「分かりました。リンディに便宜を図ってもらいましょう」

 

〈第四十四話 了〉


 

最後は何かギャグに走りましたが、とにかくこれで撃墜イベントは終了です。

真一郎「しかし、本来お前が言いたい事は上手く表現できなかったな」

思った事を文章にするというのが、如何に難しいというの痛感します。

真一郎「さて、次回は再びオリジナル話になります」

聖闘士星矢キャラが登場します

真一郎「恐らく、皆さんが想像もしなかったキャラですので、お楽しみに」

では、これからも私の作品にお付き合いください

真一郎「お願いします。君は、小宇宙を感じた事があるか!?」




なのはを戒めるのはムウがやったか。
美姫 「順当な役割かもね。後はなのはがリハビリをするしかないわね」
聖闘士サイドでは聖衣の修復が始まるみたいだな。
次回は新たなキャラも出てくるみたいだし。
美姫 「一体誰かしらね。次回も楽しみね」
次回を待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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