『時空を越えた黄金の闘士』
第四十三話 「戦いの覚悟」
『天秤座』の黄金聖闘士、童虎。
二百数十年前の前聖戦の生き残りであり、「老師」と呼ばれすべての聖闘士の尊敬を集めている。前聖戦では彼と教皇でありムウの師であるシオンの二人だけが生き残ったという。
サガからは、老齢ながら全聖闘士中で最強と評されていた。
教皇亡き後は、事実上の聖闘士の最高指導者となっていた。
先の聖戦までは、中国江西省九江市の南部にある世界遺産として指定されている『廬山五老峰』に老人の姿で座すのみだった。これは、十八歳の時に先代アテナより『MISOPETHA-MENOS《ミソペサメノス》』と呼ばれる仮死の法を受けたためである。この法の効果により心臓が一年で十万回―――人間の一日の平均的な心臓の鼓動―――しか動かない状態になっており、五老峰より西に千キロの巨塔に封印されていた108の魔星の封印を監視、尚且つ仮死状態となった身体を休ませるためであった。
童虎の肉体にとっては、二百数十年という長い年月も二百数十日間分の加齢にしか過ぎず、ハーデス軍の侵攻にあたり、肉体は全盛期の十八歳の姿に若返り、二百数十年ぶりに聖衣を纏って戦いに臨んだ。
ムウから童虎に関する説明を受けて、リンディは顔を引き攣らせた。
「……あ……貴方達はどれだけ私達を驚かせば気が済むんですか…?」
カノン達だけでも、自分達の常識を超越しているのに、この童虎に至っては……すでに人外の領域である。
さて、リンディたちが既に一杯一杯になっている間、カノンとアイオリアが童虎に、自分達が置かれている状況を説明していた。
自分達が、生存している理由やこの次元世界の情勢などである。
「……成程のう…。わしらが生きていた理由はそういう事じゃったのか?」
童虎は感慨深げに頷いていた。
童虎は、気付いたらなのはとヴィータを助けたあの世界に居た。
そこが、自分達の居た世界ではないことには気付いたが、どうすることも出来なかったので、二年間、その世界を旅しながら生活していたのだ。
もともと聖闘士はサバイバル能力にも長けている。
ましてや、人生経験豊富な童虎にとって旅生活など苦にもならなかったのである。
★☆★
なのはの手術が終わった。
童虎の応急処置のお陰もあり、命は取り留めたようである。
しかし……その傷は軽いものではなかった。
下手をすれば、空を飛ぶどころか歩行すらも満足に出来なくなる可能性すらあるのである。
なのはの状況を知り、なのはの両親である士郎と桃子が嘆いた。
「……こんな事になるんなら……なのはを管理局で働かせなければ良かった……」
桃子がそう呟き、士郎もそれに同調した。
美由希などは、なのはと共に任務に就いていたヴィータを責めていた。
「何で…何でなのはを護ってくれなかったの!」
糾弾されたヴィータは、体を震わせていた。
しかし、そんな高町家の面々にムウが怒りの声を発した。
「何を今更、そんなことを言っているんですか?」
今まで見た事がないムウの怒気に、美由希は圧倒された。
「なのはが選んだ道なら応援してあげたい…。そう言っていたのは貴方たちではありませんか!」
管理局への入局を望んだのはなのは本人であり、そしてそれを認めたのは士郎たちである。
「まさかとは思いますが…、貴方達はこうなることを予想すらしなかったのですか?」
返答はなかった。
そう、桃子も、恭也も、美由希も、そしてかつて同じ状態になっていた士郎さえも、なのはがこうなる可能性を考えなかったのである。
治安維持組織といっても、戦闘を行う以上こうなる可能性は考慮に入れるべきである。
平和な日本でも、警察官が犯人に殺され、殉職する例は多々あることである。
ムウにとって、高町家の人たちは恩人である。
だから、言いたくなかった。
しかし、言わなくてはならない。
「……私達の世界でも日本人は平和ボケしていると言われていますが……、どうやらそれは事実だったようですね…」
士郎たちは、リンディからなのはの力の事を教えられ、安心していたのだろう。
僅か九歳でAAAランクに達していたなのはは、次元世界間でも稀少ともいえる程の才能がある。
現に、なのはは管理局に入局し、研修期間を終え、実戦に配備された後、目覚しい活躍を見せた。
『無敵のエース』と称えられ、彼女の活躍ぶりに嫉妬したモノたちからは、『白い悪魔』などと陰口を叩かれもしたが、それもなのはが魔導師として卓越した才能をもっているが所以である。
それほどの力があるのなら、大丈夫だろう……と。
「リンディが言ったように、なのはは才能豊かな魔導師でしょう。実力もあります。ですが、強い=生き残れるというわけではありません。それは士郎……貴方の例をとっても分かるでしょう…」
かつて、桃子と結婚する前から士郎は、ボディガードを生業としていた。
その筋では有名で、まさしく超一流と言われる程の実力者だった。
そんな士郎でも、なのはが幼い頃に重症を負い、第一線からの引退を余儀なくされた。
「我々、聖闘士でも同様です…。先の聖戦のおり……正規の聖闘士で最初の犠牲者となったのは……聖闘士の最高位である私達、黄金聖闘士の中の一人でした……」
黄金聖闘士の中で、いや全聖闘士の中で並ぶ者のない『剛』を誇る『牡牛座』のアルデバラン。
正面からぶつかり合えば、屈強の勇者と謳われたアイオリアでさえも力負けする相手である。
そんなアルデバランが、先の冥王との聖戦における最初の犠牲者となったのである。
「戦いとは、いつ、どのような状況で死に繋がるか分かりません……。実力あるなしに関わらずにです。ましてや美由希……ヴィータを責めること自体間違いです…」
なのはが撃墜された後、とどめとばかりに海闘士の大軍が襲い掛かってきたのだ。
童虎の助けが入るまでの間、ヴィータが奮戦しなければ、なのはの命運はそこで尽きていた。
「…ヴィータが命懸けでなのはを護らなければどうなっていたか……想像出来ないほど貴女も愚かではないでしょう…。にも拘らず、ヴィータに感謝するどころか責めるとは何事ですか!」
ムウの弾劾を受け、美由希はようやく自分の愚かさに気付いた。
「……ごめんなさい…ヴィータちゃん…。そして、なのはを護ってくれてありがとう…」
自らの非を認め、ヴィータに謝罪と感謝を口にした。
「え…で……でも…」
「ヴィータ…。貴女がなのはを護ったのは間違いありません。…ですから、そんなに自分を責めないように…」
ヴィータの頭を撫でながら、ムウはそう諭した。
「士郎、幸いにもなのはは一命は取り留めました。これからのなのはの事……しっかりと本人と話し合って決めて下さい」
今回の事は、運が良かったに過ぎない。
なのはが完治したとして、これからも管理局で働くのか、これを機会に辞めさせるのか……。
「今度こそ、後悔しないよう…徹底的に話し合うことを勧めます」
「…ああ。ありがとうムウさん…」
ムウの叱責は容赦のないモノだったが、それがなのはや自分達を思いやってくれているからこそなのだと言うことは、理解できている士郎だった。
★☆★
その頃、カノンはフェイト、アルフと話をしていた。
「フェイト…。今日、お前は執務官の試験だったそうだな…」
「…う…うん…」
フェイトの歯切れが悪い。
「クロノから聞いたが……見事に落ちたそうだな…」
万全の態勢で望んだ試験だったが、その直前になのはの訃報を聞き、動揺したフェイトは実力の一割も出すことが出来なかった。
「…フゥ…どうやらお前はまだまだヒヨコだったようだな…」
カノンは呆れながら呟いた。
「で…でも、直前になのはの事を知らされたんだ。フェイトが動揺しても仕方ないじゃないか…。親しい人間の訃報を聞かされ、動揺しない人間なんか居ないだろ!」
「黙れアルフ!!」
アルフはそう主張したが…カノンはあっさりと切って捨てた。
「居る居ないの問題ではない。そういう人間が居なくてはならないのだ!ましてや、次元世界の平和を護ると謳う管理局員なら尚更だ!!」
カノンの叱責に、フェイトは衝撃を受けた。
「親友の訃報を聞いて哀しむのは当然だ…。むしろ、哀しまない方がおかしい……。だが、それに流されてはならん……。その哀しみを堪え、自らの使命を貫く強さを持たなくてはならんのだ」
今回は、執務官『試験』だからよかった。
しかし、何らかの任務の最中だったら……力が出せませんでしたでは済まないのだ。
管理局の仕事が、次元世界の平和を護るというモノである以上……そこは、戦場なのである。
フェイトが動揺し、任務に集中出来ないことで、フェイトはおろか周りの者までもが死ぬ可能性があるのだ。
「今回のなのはの件で、どれほど優れた才能や実力を持っていても、戦場が死と隣り合わせなのかは理解できたはずだ……。いかに大切な親友が重症に負った事を知っても、それで動揺して、何も出来なくなる者等、戦士として失格なのだ……」
遠くにいる友のことは勿論、身近の同僚が命を落としても動揺してはならないのである。
仲間の死を哀しみ、涙するまではいい。
だが、それで歩みを止めてはならない。
かつて、『矢座』のトレミーが放った『黄金の矢』を受け倒れた沙織を救う為、星矢たち青銅聖闘士が十二宮の突破を試みたときのように……。
十番目の『磨羯宮』で紫龍が、十一番目の『宝瓶宮』で氷河が、最後の宮『双魚宮』で瞬が倒れる中、星矢は倒れた兄弟たちを乗り越え、『教皇の間』に乗り込んだ、そして立ちはだかる諸悪の根源であるサガの前に、星矢を救う為に駆けつけた一輝までもが倒れた。
しかし、星矢はそれでも前進を止めず、ついにサガを倒し、沙織を助けることに成功した。
兄弟たちが傷つき倒れた事に動揺していては、沙織を助けることは叶わなかっただろう。
「お前もなのはも、自分の力を次元世界の平和を護る為に使いたいの願い、管理局に入局したのなら、その仲間が倒れたからといって、哀しむことはあっても、動揺はするな……。それを乗り越える強さを持て…!それが出来ないのなら、管理局を辞めろ…。でなければ、次はお前がなのはの二の舞になるだけだ…」
いつもながらの厳しいカノンの言葉だが、フェイトはそれをしっかりと受け止めた。
「うん……。次の試験は必ず合格する…。そして、カノンの言うように強くなる……。こんな事で辞めたら、それこそ私の夢は叶わないから……」
強い視線で自分を見つめてくるフェイトを見て、カノンは厳しい顔を和らげ、フェイトの頭を撫でた。
「お待たせしました……カノン…」
そこへ、リニスが現れた。
「あれ、リニス…。どうしたの?」
「ええ。実はカノンに頼まれてレティ提督の下に赴いていたんです」
「レティ提督の所?」
何故、カノンがレティの下にリニスを使いに向かわせたのか…フェイトには分からなかった。
リニスは、レティから預かってきたディスクをカノンに渡し、カノンは端末を開いてその中身を確かめていた。
「ここにいましたかカノン!」
そこに先程まで士郎たちと共にいたムウもこちらに合流した。
「ちょうどいい所に来たなムウ…」
カノンは、ムウに先程のディスクを見せた。
「こ…これは!?」
「ああ。なのはの今回の事故の原因だ…」
それを見たムウの顔に、再び怒りが浮かび上がった。
〈第四十三話 了〉
真一郎「ムウが士郎さん達に怒ったな」
ああ。とらハの高町家と違って、リリカルなのはの高町家はちょっとおかしいと思うんだよな
真一郎「そうだよな……。いくら能力があって、本人の希望とはいえ、9歳の子供をそんな危険な仕事をさせるのは確かにな……」
まして、士郎という前例があるのに……
真一郎「将来、管理局に入局するというならともかく……」
おっと、その先は次回のネタバレになるから、これ以上は言わないでくれ…。
真一郎「じゃあ、今回のカノンの物言いだけど」
ああ。それはアニメ版の聖闘士星矢の老師が紫龍に対して言った奴を持ってきた。
真一郎「やっぱりそうか……老師の危篤という話が実は紫龍を試す老師の冗談だったっていう……あれか」
では、これからも私の作品にお付き合いください。
真一郎「お願いします。君は小宇宙を感じた事があるか!?」
ムウが高町家をお説教というのが今回の話だったな。
美姫 「そうね。本当に万が一を考えてなかったのかしらね」
苦言を言う方も勇気がいるんだよ。ましてやムウにとっては恩人に当たる訳だしな。
美姫 「確かにね。まあ、その辺は感情的にならずに受け入れられたみたいで良かったけれどね」
今後、なのはがどうなるのかだな。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。