『時空を越えた黄金の闘士』

第三十一話 「神を目指した双子座」

 

十三年前、聖域。

サガの拳がカノンを殴り飛ばした。

「カノン、もう一度言ってみろ!いかに弟と言えど聞き捨てならんぞ!ア…アテナを…先頃、聖域に降臨なされたアテナを殺せだと…」

「そうだサガ…アテナだけじゃない。次期教皇にアイオロスなどを選んだ間抜けな教皇も共に殺してしまえと言っているんだ。そうすれば地上は俺たちのものだ」

「し…正気かカノン。俺たちはアテナを護るべき聖闘士!お前もこのサガに何かあった時は双子座の黄金聖闘士として闘わねばならんのだぞ!!」

「フッ兄さん。いい加減正直になったらどうだ?」

サガは、確かに幼い頃から心優しき神のような男として育ってきたが、カノンは悪事ばかりを好んできた。

サガとカノン。

双子の兄弟とはいえ、まるで天使と悪魔ほどの違いがあった。

だが……。

「俺は知っているのだぞ。兄さんの心にも俺と同じ『悪』が眠っていることをな…」

カノンのこの一言に、ついにサガの怒りは頂点に達した。

「だ…黙れ!もはやお前の様な悪魔をこのまま放っておくわけにはいかん!この兄自らの手でスニオン岬の岩牢に幽閉してくれる!!」

 

 

 

スニオン岬――――。

岬の先端には、かつて地上にあったポセイドン神殿の廃墟がその名残りをとどめている。

その崖下の岩牢は神話の時代、アテナが神々との闘いによって捕らえた敵を懲らしめの為に閉じ込めた場所である。

「出せ!!俺をここから出してくれ――――ッ。弟の俺を殺す気か――――ッ。」

懇願するカノンに、サガは非情に言い返した。

この岩牢は『神』の力をもってせねば生涯出る事は出来ない。

カノンの心の悪魔が消えるまで、アテナの許しがあるまで……。

「お…おのれサガ。お前の様な男こそ偽善者と言うのだぞ!!いつまでも『悪』の心を隠しおおせると思うな!!力のある者が欲しいものを手に入れて何処が悪い!『神』が与えてくれた力を自分の為に使って何故いけないというのだ!サガよ。俺はいつもお前の耳元に囁いてやるぞ!『悪』への誘惑を!!サガよ。お前の正体こそ『悪』なのだ――――ッ」

 

 ★☆★

 

「カノンとのこの出来事が、サガの心の悪を覚醒させたのです……。結果、サガはこの後カノンに囁かれたとおりに教皇である大恩ある我が師シオンを殺し、アテナ抹殺を試みることになってしまいました……」

「……そ……そんな……カノンが…」

「………」

フェイトは、自分の事をあれほど気遣ってくれるカノンが、昔は『悪』だったとは信じられなかった。

クロノは、無言である。

「……そしてその結果、リア兄のお兄さんを……。前にカノンさんが、リア兄に詫びなければならないって言っとったんは、それなんやね…」

「そうだな。直接的ではないが、間接的にカノンには俺の兄の死に責任がある……。だから、その謝儀を兼ねて俺の聖衣の修復に自らの『血』を提供してくれたのだ……。命を懸けて……な」

「……しかし、それほどの悪魔だったというあのカノンという男。どの様に改心したのだ?」

シグナムの疑問に皆、頷いた。

まさしく、カノンはその凄まじい力を己の欲望の為に使おうとしていた。

そんな男が何故、あそこまで他人の為に戦うような男に変貌したのか?

フェイト、なのは、アルフ、ユーノ等、今のカノンしか知らない者は、話を聞いてもカノンがその様な自己中心的な悪人とはとても思えないのだ。

確かに他人に厳しいところもあるが、フェイトたちには優しさが見え隠れしていたのだから……。

「それは……カノンさん達『聖闘士』が護るべき『女神』……アテナの御力によるものらしいよ…」

その疑問に答えたのは、なんとクロノであった。

 

 

 

スニオン岬の岩牢に幽閉されたカノンは、そこで、アテナの封印が施された『海皇』ポセイドンの三叉の矛を発見した。

既に封印の効力がなくなっていたので、カノンの力で引き抜くことが可能だった。

引き抜いたカノンは、海底深くまで引き摺りこまれ、地中海の底にあるポセイドンの海底神殿に誘われた。

そこにおいてあったアテナの壷の封印を外し、海皇の魂を目覚めさせた。

ポセイドンは、復活の度に地中海の海商王ソロ家の血筋の借りている。

そこで今生においては、当時三歳のジュリアンという跡取りの体内に宿ることにした。

カノンは、この時野望を抱いた。

起こすなと言うなら、二度と起こしはしない。

カノンは、ポセイドンをジュリアンの体内に眠らせたまま傀儡とし、その大いなる意思だけを利用することを思いついた。

ポセイドンの名の下に、『海龍《シードラゴン》』の海将軍となり、海闘士の全権を統括する。

海闘士を操り、地上を征服し、アテナとポセイドンに代わり『地上』と『海界』を我が物とする為に……。

「見ていろサガよ!このカノンが大地と海の『神』となるのだ!!ウワーッハハハハ―――ッ」

 

 

 

そんなカノンの野望は、完全に打ち砕かれたのだ。

星矢達、五人の青銅聖闘士によって、『海闘士七将軍』は、五人まで悉く葬られ、更には眠らせておく筈だったジュリアンの中の『海皇』も完全に覚醒してしまい、カノンの野望を知った『海将軍』のNo,2である『海魔女《セイレーン》』のソレントが離反。

そして、カノンは驚愕の真実を知る。

十三年前、スニオン岬の岩牢において、満潮時に幾度となく死線を彷徨った。

しかし、カノンがもう駄目だと思う度にとても優しくて暖かな『小宇宙』を感じて、何回となくカノンを救った。

それは今まで感じたこともない、とても偉大で安らぎに満ちた『小宇宙』だった。

その『小宇宙』こそ、アテナの『小宇宙』であった。

カノンは、アテナによって生かされていたのだ。

アテナが、海底神殿に乗り込んで来てから幾度となく感じた『小宇宙』……。

一輝に諭されても、最初は信じることは出来なかった。

当時、幼子だったアテナに救われていたなど……。

しかし、ソレントに諭された時、カノンも認めたのだ。

アテナの『小宇宙』から感じられる至上の『愛』を……。

多くの『神々』が見捨てる中、アテナは人間を信じ、人間を愛し、護ろうとする。

穢れきったと言われる人間を、いつかきっと過ちに気付きそれを正していくと信じて……。

決して人は、邪悪に染まりきらないと……。

カノンは、そのアテナのとてつもなく大きな『愛』に撃たれ、自らの野望の愚かさと過ちを悟った。

アテナは、カノンの中の邪悪を洗い流したのだ。

そして、正義に目覚めたカノンは、『聖闘士』としてアテナに忠誠を誓い、アテナと地上の愛と正義を護りぬく事を誓ったのである。

 

 ★☆★

 

「クロノ……クロノはカノンの過去を知っていたの?」

「修行の合間に、カノンさんに聞いたんだ。『聖闘士』の護るアテナという女神はどのような『神』なのかをね」

その時、カノンは自分がかつてアテナに反逆した『悪』だったこと、そして、アテナがそんな自分の悪を洗い流してくれたことを、クロノとリニスに話したのだった。

「それでも、貴方はカノンに師事してきたのですか?」

ムウが意外そうに聞いた。

カノンが、悪人だったと聞いても、クロノがカノンを師事してきたことに。

「確かに……カノンさんは『罪』を犯した罪人なのかもしれません。でも……カノンさんはそれを悔い、償いをしています……。犯した罪を認め、償っている者を侮蔑するなど……そんな心の狭い人間ではないつもりです…」

管理局では犯罪者でも能力があり、罪を悔いている者を局員とする場合がある。

おそらく、今回の事件においても守護騎士たちにも適用されるであろう。

人手不足という現実的な理由もあるが、一種の奉仕活動である。

罪を償おうとしている者を、露骨に嫌う地上本部のレジアス・ゲイズ少将のような人間を、クロノは心の中で軽蔑していた。

もし、カノンをここで忌避すれば、自分も彼と同類になってしまう。

何より、それでもクロノはカノンを尊敬していた。

普通、それほどの罪を犯した人間が、償うためとはいえ皆の前に姿を晒すだろうか……。

周囲に白眼視されることは間違いない。

普通だったら、姿を隠し、隠者として生活するだろう。罪の意識を背負いながら……。

しかし、カノンは白眼視されることを承知の上で、アテナに許しを請い、『聖闘士』として戦うことを選んだ。

それは、とても勇気がいることだとクロノは思う。

「リア……。お前もよくカノンを許したな…?」

ヴィータも、間接的とはいえ、自分の兄の死の原因を作った男をアイオリアが何故許したのか、不思議に思った。

「……別に完全に許したわけじゃない。奴が償いの道を歩むことを辞めれば……その時は…」

アイオリアはそう言い、拳を握った。

「しかし、奴の意思は本物だ。俺達の仲間である『蠍座』の黄金聖闘士、ミロが認めたからな…」

アテナはともかく、聖闘士たちは当然、最初はカノンを信用できなかった。

それほどまで、カノンの為に多くの血が流されたのだ。

改心したからと言って、おいそれと信用できるわけがなかった。

しかし、カノンはそれを証明したのだ。

ミロは、それを認めた。

ミロほどの男が認めたのならば、自分達も彼を認めよう……。

そう決めたのだ。

「それに……罪なら俺も犯しているからな…」

アイオリアは、自嘲した。

アテナから、兄の真実を教えられた時、アイオリアも信じられなかった。

『逆賊』と思われていた兄、アイオロスではなく、教皇こそが真の『逆賊』だったことを……。

十三年間、聖域で信じられてきたことが、まるで逆だったことを……。

それを信じられず、目の前にいるアテナが本物かどうか確かめる為に、恐れ多くも拳を向けてしまった。

『射手座』の聖衣に宿った兄の魂に諌められ、ようやく真実を知ることができた。

しかし……、それでも聖闘士にあるまじき事をしでかしてしまったのだ。

「……兄の汚名を晴らしたのは、俺ではなく兄、アイオロスの意思を継いだ若き5人の青銅聖闘士たちだった。本来なら……俺こそが兄の潔白を信じ続けなければならなかった…。今にして思えば、何故俺は兄を信じなかったんだ。兄ほどの偉大な聖闘士が、逆賊になるような男ではないことを俺が一番知っていたはずなのに……」

『逆賊の弟』として蔑まされ続け、兄を恨み、兄を越える黄金聖闘士になってその汚名を晴らすことばかり考えていた。

弟として兄を尊敬し、兄のような聖闘士を目指していたのに……兄が正義感の強い男だと知っていたのに……。

何故、自分は兄を信じられなかったのか……。

例え周りに何を言われても、弟である自分が一番兄を信じなければならなかった。

アイオリアは、密かにそんな自分に憤りを感じていたのだ。

教皇に化けていたサガに騙されていたとはいえ、『真』の教皇であるシオンを知るムウと老師は、真実を見抜いていた。

ならば、アイオロスを知る弟である自分は、何故真実を見極めようとしなかったのかを……。

「フッ……いまさらだがな…。俺も罪を償わなければならん。そんな俺が罪を償おうとしているカノンを認めんわけにはいかんさ……。最も奴がまた『悪』に走ったら……、今度こそ俺の手で制裁を加えてやるが…な」

まあ、そんなことにはならないだろうが……。

と、最後に冗談の様に呟き、笑った。

ハーデスとの聖戦でのカノンの働きを認めているから、アイオリアもムウも、今ではカノンの事を認めているのだから……。

 

 ★☆★

 

「戦う場所を変えるぞ!」

カノンは周りを見渡し、サガにそう告げた。

「何だと……」

「ここでは被害が大きくなりすぎる……誰もいない無人世界で闘おう……。それとも周りの者をまきこまなければ俺と闘えないのか?」

「フン!安い挑発だな……まあ、よかろう…。死に場所くらい選ばせてやる」

 

 

 

【リンディ……聞いていたな…。俺とサガを何処かの無人世界に転移させろ……。これでこの街の復旧作業もしやすくなるだろう】

「わかりました。エイミィ、カノンさんと敵の転送を」

「了解!」

カノンからの念話を受け、リンディはエイミィに指示を出した。

確かに、カノンほどの凄まじい力の持ち主が、それと同格の者と闘えば……周りの被害がどうなるか知れたものではない。

結界内に取り残され、今ムウに護られているアリサとすずかを早く戻してやらなくてはならないし、戦闘場所を別の世界に移した方が安全であろう。

そして、復旧作業も捗る。

早速、2人を無人世界に転送させた。

 

 

 

「ここなら文句はあるまい…」

周りを見渡したサガが言った。

廃墟と化した街……否、世界そのものが廃墟になっていて、人っ子一人いない世界。

カノンとサガは、共に戦闘態勢に入った。

「フッ、2人して神になり損ねた…愚かな兄弟もいたものだな…」

「もはや、岩牢に幽閉など生温い……異次元空間に閉じ込め……、いや、宇宙の塵となるがいい!!」

 

〈第三十一話 了〉


 

今回も過去話ですね

真一郎「そして、次回こそ遂にサガとカノンの激突です」

バトルは難しいんですけどね……

真一郎「泣き言を言わずしっかりと書け!」

では、これからも私の作品にお付き合い下さい

真一郎「お願いします。君は、小宇宙を感じたことがあるか!?」




兄弟の過去の話。
美姫 「クロノはその話を聞いていたみたいね」
それでもクロノは師事していたんだな。
美姫 「周囲への被害を考えて場所を移動したし、いよいよ対決かしら」
黄金聖闘士同士の戦闘は初だし、どうなるのか楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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