『時空を越えた黄金の闘士』
第十六話 「修行」
「嘱託魔導師試験を受ける?」
「うん。これを受けると異世界での行動制限がぐっと低くなるし、裁判にも有利になれるからって……リンディ提督が薦めてくれたの」
フェイトは現在、裁判中の被告なので、アースラ内以外での行動は制限されている。
裁判中の嘱託魔導師試験は異例だが、フェイト達が局の業務協力に前向きなのと、リンディ達の頑張りのお陰か、特例で受験できるようになったらしい。
「……まさかとは思うが……何れフェイトを管理局員にすることを条件に、承諾させたんじゃないだろうな……」
カノンは、リンディを睨みながら問う。
管理局は、慢性的な人手不足である。
フェイトほどの優秀な魔導師なら、喉から手が出るほど欲しいだろう。
リンディ達が太鼓判を押したように、フェイトの無実判決の可能性は高いだろうし、ここで嘱託魔導師になれば、それがほぼ確定するのは間違いないだろう。
元々、フェイトの主犯ではなくただの実行役であるに過ぎなかったので、プレシアの目的などまったく知らなかったのだ。
たった9歳の娘が、母親……と信じていた者……に言われれば、それに従うのは当然であろう。
その様な事情もあり、一部を除いて周囲はフェイトに同情的であった。
それに、フェイトの人となりからも、裁判員達の印象も概ね好意的である。
しかし、打算がないとは言えないだろう。
『司法取引』というモノがある。
罪を犯した者に、協力させる事を条件に裁かれないようにすることである。
「もし、フェイトを無罪にする代わりに、管理局に強制的に所属させようなどと考えているとしたら……その首が胴からおさらばすると思え…」
最初の背信行為以来、カノンのリンディに対する態度は少々キツイ。
クロノやエイミィ、アレックスやランディといったアースラクルーには普通に接しているのに、リンディに関しては時々威圧的になる。
リンディ個人に含むところがあるわけではないが、時空管理局の提督としての彼女には、警戒せざる得ないのだ。
「……大丈夫です…。確かに局員になってもらいたい…という気持ちがあるのは否定しませんので、勧誘はしますが……フェイトさんの気持ちを優先させますので、フェイトさんが嫌なら無理強いはしません…」
「……言葉で無理強いはしなくても、フェイトの心に付け込んで、管理局に入るように誘導するつもりではあるまいな?」
辛辣なカノンの返答に、リンディはハッとなった。
考えてみれば、フェイトの性格なら例え嫌でも、自分達に気遣って、いやいやでも管理局に入るかもしれないのだ。
「……フェイトさん…。私達の為に……と、思ってくれるのは嬉しいけど……まずは貴女の気持ちが第一ですからね……。自分の本心を曲げてまで私達の為に管理局に入る……なんてことはしないでね…。そんなことをされても嬉しくはないから……」
いやいや入ってもらっても、長続きはしない。
その場の雰囲気に流されて、フェイトの人生を台無しにさせたくはない。
いくら、管理局の提督という立場でも、そこらへんは弁えているリンディだった。
管理局の人手不足が深刻なので、お願いというか勧誘はこれからもするだろうが、絶対に強制だけはしたくないと思う。
そんなリンディの気持ちを察したカノンは、これ以上何も言わなかった。
結局、嘱託魔導師試験を無事に終了し、結果は合格だった。
使い魔持ちのAAAランクの魔導師。
筆記試験はほぼ満点。
魔法知識も戦闘関連に関しては修士生クラス。
儀式魔法に関しても、転校操作に長距離転送フィールドの作成。
監督を務めるリンディの友人、レティ・ロウラン提督は、リンディが推薦しただけはあると、認めていた。
この後の、実戦試験の監督官がクロノであった為、敗北してしまったが、戦闘に関しては十分合格点だったので、AAAランク嘱託魔導師に無事、認定された。
最も、『負けたら不合格』と思い込んだうっかりやさんは、今後、気をつけてもらうことになるが……。
★☆★
試験の後、カノンは自身の使い魔であるリニスから、魔法に関するレクチャーを受けていた。
リニスはカノンの理解力と応用力に正直、舌を巻いていた。
今まで、魔法文化のまったくない世界に居たのに、既に全てにおいてフェイトを凌駕しようとする勢いである。
容姿だけでなく、才能面においてもカノンは兄、サガと瓜二つであり、間違いなく『天才』なのである。
しかも、彼はサガが生きている間は陽の目を見ることは叶わない存在だった故、変なエリート意識とは無縁である。
雑草の如き逞しさを兼ね備えた天才。
カノンはそう言う存在だった。
と、そこへ、クロノが訪ねてきた。
「……クロノ…、何か用か?」
「……カノンさんにお願いがあってきました……」
改まった態度で訪ねてきたクロノにカノンは不思議そうな顔で応えた。
まず、クロノは先日のゼブラ・ベリーサの罠に落ちた時に、救援に来てくれたことに、改めて礼をした。
そして、クロノは自分を教導して欲しいと言ってきたのだ。
「……『小宇宙』を自在に操れるように……僕を鍛えて欲しいんです……」
クロノはあの時、一瞬とは言え聖闘士の闘法に目覚めた。
彼は興奮したのだ。
自身で使用してみて、『小宇宙』の力の雄大さを……。
今まで人が持てる最強の力と思っていた『魔法』よりも………。
カノンは、少し考えた。
確かに、クロノは一瞬とはいえ『小宇宙』に目覚めた。
本来、聖闘士の修行は最低でも9歳くらいから始めなければならず、14歳というクロノの年齢は遅すぎる。
しかし、『小宇宙』に目覚めた以上、普通の聖闘士候補生が聖闘士になる為のかかる時間をすっ飛ばす事も可能である。
大体、聖闘士になる為に掛かる年月は4年から6年である。
しかし、例外というのは何処にでも存在している。
当代の黄金聖闘士達の殆どは、大体1年で黄金聖衣を与えられ、黄金聖闘士になっている。
しかも、7歳から10歳くらいで……である。
最短なのは、アイオロスとサガの半年であり、しかもアイオロスは6歳で黄金聖闘士と認められており、聖闘士の歴史上最年少の記録を誇っている。
クロノも流石に其処までは行かないが、1年くらい修行すれば、聖闘士の闘法を身につけることは可能だ。
しかし、クロノは執務官としての仕事がある。
修行ばかりに掛かりきりになるわけにはいかない。
人手不足の管理局が、AAA+ランクの優秀な魔導師にそれほどの休みを与える筈がないので、仕事をしながらだと、2,3年くらいは掛かるだろうが……。
「聖闘士になりたい……というのではなく、『小宇宙』という聖闘士の闘法を学びたい……ということだな?」
「出来れば、聖闘士になりたい……とも思いますが……管理局の仕事にも誇りを持っていますので……まだ、決めかねています…」
「……だが、以前にも言ったが聖闘士の修行は魔法の鍛錬とは違い、命懸けだ……。死ぬかもしれんぞ…」
「……リスクがある事は承知しています……でも……」
やはり、クロノも男であり、強くなりたいという願望があるのだ。
クロノの覚悟を悟り、カノンはクロノに修行をつけることを承諾した。
★☆★
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
辺り一帯にクロノの泣き叫ぶ声が響いていた。
ここは、ある無人世界。
その世界のとある断崖絶壁にポールを突き刺し、それに足を掛け、腹筋千回をさせられていた。
しかも、飛んで逃げられないように、リニスに『ストラグル・バインド』を掛けられていた。
「泣いても仕方がないぞ!ここで腹筋千回しなければ、誰も引き上げてはくれないと、今までの修行で知った筈……。あとたったの345回!」
この修行は、聖域では割とポピュラーな修行で、聖域で修行をしている聖闘士候補生はほぼ全員、これをさせられている。
そして、この修行で命を落とした候補生は数多い。
あの星矢も、魔鈴にこれをさせられていたのだ。
最も、星矢はあと362回というところまでで、転落してしまったが………しぶとく生きていた。
アースラのブリッジで、リンディたち、アースラスタッフとフェイト達もクロノの様子を見ていた。
「……リンディさん!このままじゃ、クロノ……死んじゃいますよ!」
余りの過酷な修行内容に、フェイトは涙目になっていた。
いくら、信頼しているカノンとリニスが監督している修行でも、9歳の少女には見るに耐えないようである。
「……でも、これはクロノが自分で望んだことだし……」
「クロノ君も覚悟はしていただろうし……」
リンディはおろかエイミィさえも、取り乱さず平然としていることに、フェイトを含むクルー全員が、絶句していた。
「……ちょっとリンディ、エイミィ……アンタ達どうしたんだい?」
ポーカーフェイスのリンディはともかく、エイミィまで落ち着いていることに、アルフなどは疑問に思っていた。
流石にクロノもこの修行は恐怖に駆られていたが、泣き叫んではいても、止めようとはせず続けていた。
もともと、命懸けなのは覚悟していたからであるが……、いい根性である。
「よし、後、6回、5、4、3、2、1……よし、終わりだ、リニス!」
「わかりましたカノン!」
リニスはクロノに施されていたバインドを解除し、クロノに向かって、愛用のストレージデバイス『S2U』を抛った。
クロノはデバイスを受け取り、飛行魔法でカノン達の下まで飛んできた。
「……見事やり遂げたな……。よくやった…」
この修行は、危険度がとても高い為、途中で命を落とすものが多い。
見事やり遂げたクロノに、珍しくカノンは褒め言葉を発した。
「………今までの課題も死ぬかと思いましたが、今回のは極めつけでした……。本当に死を覚悟しましたよ……」
未だに、涙と鼻水でくちゃくちゃな顔のまま、クロノはそう呟いた。
「……リニス…。アレを解除しておいてくれ…」
「……分かりました…」
そう応えると、リニスは断崖絶壁から飛行魔法を使い降りていった。
クロノが覗き込んでみると、下には魔力で作られたネットの様なものが張り巡らされていた。
「……あ……あれは!?」
「今までの修行では用意していなかったが、流石に今回に限っては、落ちても大丈夫なようにしておいた……。そうでなければ、リニスが反対するに決まっているだろう……」
修行などに関しては、結構厳しいところのあるリニスだが、流石にこれを行うと知った時は、凄まじい勢いでカノンに詰め寄り反対した。カノンにしても、クロノの事は結構気に入っているので、ここで死なすつもりはなかったので、落ちても大丈夫な様にしていたのだ。
リンディとエイミィは、その事を知らされていたので、落ち着いていたのだ。
「言っておくが、こんなことをするのは今回だけだ。次からの修行ではこんなものはないから、気を抜くと死ぬぞ!」
「……はい!」
なんだかんだ言いながら、結構、自分の事を思いやってくれるカノンに、クロノは少し嬉しそうであった。
「……リンディ提督は、アレのことを知っていたんですね?」
「まあね。流石にそうでなければ止めていたわ……。いくらクロノが望んでいても……ね…」
クルー達もこの事を知り、ホッとしたが、だったら最初から教えてくれていればいいのに……と、全員が思った。
「まあ、カノンさんに口止めされていたから……余り知っている人間が多すぎるとクロノ君の耳に入るかもしれないからって……クロノ君がアレのことを知れば修行にならないから……ってね…」
エイミィが皆にそう答える、
本来なら、一番取り乱しそうな彼女が落ち着いていたので、そのことを悟るべきだったと思う、クルーたちだった。
クロノの聖闘士修行は始まったばかりである。
〈第十六話 了〉
真一郎「まあ、クロノが聖闘士の修行をするようになることは、察しのいい人は予想していたんじゃないかな」
だろうな……。
真一郎「で、結局、クロノは聖闘士になるのか?」
まあ、クロノが聖闘士の闘法を身につける……というのは当初からの予定だが、正式な聖闘士にするかは、まだ決めてない。
真一郎「で、次回は?」
なのはとムウあたりの話になると思う。それが終われば、A’s編に入るつもりだ……。
では、これからも私の作品にお付き合い下さい。
真一郎「お願いします」
クロノがとりあえずは闘う術を身に付けるべく修行を開始か。
美姫 「そう簡単にはいかないでしょうけれど、頑張って欲しいわね」
だな。聖闘士になるのかどうかはまだ分からないみたいだけれど、修行自体は無駄にはならないだろうし。
美姫 「どれぐらい強くなるかしらね」
楽しみだな。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。