『時空を越えた黄金の闘士』
第十二話 「異世界のサンクチュアリ」
崩壊する『時の庭園』から、ムウのテレポーテーションで脱出したカノン達は、一息入れていた。
プレシアに倒された武装隊のメンバーも全員、命には別状はなく、今、手当てを受けている。
『時の庭園』は完全に崩壊し、虚数空間に飲み込まれていった様だ。
アースラに戻って直ぐ、フェイトとアルフは護送室に入れられた。
一応、彼女達は今回の事件の実行犯である為、本来なら数百年の幽閉が通例だが、その件に関しては、リンディとクロノには考えがあるらしい。
最も、利用されただけのフェイトにそんな重い刑が下されれば……確実に元々『管理局』という存在が気に入らないカノンの怒りを買い、管理局はこの世から消え去るだろうが…・・・。
今現在、食堂に主要メンバーが集まり、食事を取っていた。
落ち着いて食事を取るカノンとムウに、クロノが心配そうに問う。
「……あの一輝さんという人が虚数空間に墜ちたのに、よく平気でいられますね……」
「……ん?……ああ、一輝のことか……。クロノ…」
「なんですか?」
「一輝のことは心配するだけ損をするだけだぞ……」
「私達は、目の前で彼の首が落とされでもしない限り、彼のことは心配する必要はない……という認識を持っていますので……」
あっけらかんと言うカノンとムウに、絶句する一同……。
「彼は、虚数空間に墜ちたんですよ……心配するのが普通ですよ!」
「アイツは、『フェニックス』の名の通り、不死身だ」
「どんな所からでも、必ず生還してくる人です……」
「虚数空間に墜ちようが、異次元空間に閉じ込められようが、そんなことで死ぬような奴だったら、俺も苦労せんで済んだんだが……」
彼の無事をかけらも疑っていない二人だった。
それを証明するかの様に、一輝からのテレパシーが届いた。
一輝は、虫の息のプレシアと共に人っ子一人居ない筈の無人世界にいた。
虚数空間に墜ちた一輝は、プレシアとアリシアの遺体を抱き、導かれるかの様にこの世界に転移したのだ。
一輝は、『小宇宙』によるテレパシーをカノン達に送った。
プレシアは、もう助からない。
ならば、せめて手厚く葬ってやる必要があった。
プレシアは、既に己の罪を悔いているのだから……。
「……あんな……悪…夢を見せた……男にして……は随分……甘……い…わね……」
「余計な事は口にするな。死を早めるだけだぞ……」
「どの道……死ぬのなら……大差な……いでしょ……う?……貴方に……頼みたい……こ……とがあ…る……の…」
★☆★
カノンたちが到着したとき、既にプレシアは息を引き取っていた。
プレシアの遺体の前で泣きじゃくるフェイト。
そんな、フェイトをなのはとアルフが優しく抱き締めていた。
「カノン……プレシアの遺言だ…」
一輝はそう言うと、プレシアのデバイスをカノンに渡した。
「……これを……!?」
プレシアの遺言……それはこのデバイスの中には、フェイトとアルフの教育係にして『バルディッシュ』の製作した『デバイスマスター』、プレシアの使い魔『リニス』の遺体が保存されているので、彼女をカノンの使い魔として復活させて欲しいとのことであった。
リニスの名を聞き、アルフと泣いていたフェイトがカノンの方に顔を向けた。
「お前の魔力とやらは、プレシアと同格らしいから、十分リニスとやらを使い魔にすることが出来るとのことだ。自分にはもはやフェイトの母親を名乗る資格はない…。例えフェイトが許してくれても……自分が許せない。だからせめて、その娘に愛情を持って接し、育てたこの『リニス』という使い魔をフェイトに与えてやってくれ……とのことだ」
これが、プレシアがフェイトに対する最初で最後の『母親』としての行為であった。
一輝は踵を返し、皆から離れていった。
「一輝さん!?何処に行かれるのですか?」
「何処に行こうと俺の勝手……。俺は群れるのが嫌いだ!」
クロノにそう答えると、一輝はその場から姿を消した。
一輝がこういう奴だと知り尽くしているカノン達は、予想が付いていたので何も言わなかった。
★☆★
プレシアとアリシアの遺体を収容した後、皆、アースラに戻ったがムウのみがこの世界に残った。
ムウならば、何処に居ようがテレポーテーションでアースラに戻る事ができるからである。
ムウが残ったのは……管理局が指定する『第88観測指定世界』であるこの世界について調査をするのが目的であった。
この世界は、草ひとつ生えておらず、人っ子一人居ない無人世界なので、本来なら無人世界指定を受けるはずなのだが、何故、観測世界なのか?
それは、この世界の一つの島の周りに張られた結界が原因であった。
この結界……今まで管理局がどれほど手を尽くしても、解く事も破る事も叶わなかった結界であった。
中に何があるか解らないので観測世界とされていたのだ。
しかし、ムウとカノンによって、この結界の正体が判明したのだ。
この結界は、彼ら聖闘士にとって守護すべき対象である、『戦女神《アテナ》』の小宇宙によって創られた結界だったのだ。
一輝が、虚数空間からこの世界に転移したのも、このアテナの小宇宙を感じ取り、そこに転移したからであった。
神の結界である。
管理局の魔導師風情が束になろうが、解ける筈がなかったのである。
ムウは、カノンから『霊血』を借り、調査することにした。
何故、異世界であるこの世界にアテナの結界があるのか……それを調べる為である。
流石に、アテナに関することなので、管理局の人間を立ち入らせるわけには行かない……。
故にムウ一人で、調査する事になった。
無論、リンディは渋ったが、カノンとムウに睨まれ……中に何があったのか後で必ず報告する…ということを条件に認めることにした。
……冷や汗を掻きながら……。
ちなみに、普通なら最初に噛み付く筈のクロノが大人しい理由は……聖闘士の恐ろしさをある程度知った為である。
彼らをけっして敵に回してはならない。
この中で、聖闘士と対峙した事がある唯一の人間として、さらに一人の男として聖闘士に憧れを抱き始めているクロノは、何も口を挟まなかった。
結界の傍に来たムウだったが、苦もなく結界の内部に入る事に成功した。
と、言うよりも、アテナの小宇宙とムウの纏っている黄金聖衣が共鳴し、結界の中に繋がる道が開いたのだ。
つまり、聖闘士以外の者を拒む為の結界だったのだ。
「……どうやら、私達聖闘士が一人でも居ないと、この結界の内部には入る事が出来ないようですね……」
聖闘士が同行すれば、他の人間も入れるが、聖闘士が居なければ誰も侵入することが出来ないのだ。
ムウは、結界の内部を見て、驚愕した。
そこは、外とはまるで違う豊饒の大地であった。
草木が生茂り、清浄な川が流れ、様々な種類の鳥や動物がのどかに生息していた。
まさに、神の祝福を受けた大地……この雰囲気はまるで聖域《サンクチュアリ》のようであった。
先へ進むと、やはりギリシャ風の神殿跡が存在していた。
一番高い丘の上には、アテナの神像が建っている。
ここは、まさしく聖域そのモノであった。
神殿近くまで足を運ぶと、ムウの目に二つの墓標とその前に腰掛ける白骨化した聖闘士の遺体……。そして、その横に一体の白銀聖衣と二体の青銅聖衣が修められた聖衣櫃が置かれていた。
墓標に近づくと、辺りに異様な小宇宙が発生した。
……誰だ!……
それは、白骨化した聖闘士の亡霊だった。
…この地に足を踏み入れた……ということは、お前は聖闘士か?
「そうです。私は『牡羊座』の黄金聖闘士、ムウ……」
…おお、黄金聖闘士……。これは失礼しました。私は、『楯座《スキュータム》の白銀聖闘士、イージス。この地に聖闘士が来られるのを2000年間待っておりました……
亡霊……楯座のイージスは歓喜していた。
「…『楯座』……確か2000年前の聖戦で失われたと言われる聖衣ですね……」
…ご存知でしたか……
「私は、今の時代において只一人の『聖衣の修繕者』ですから……」
現在、聖衣の修復が可能なのはムウ一人である。
残念ながら、ムウの弟子である貴鬼では、まだまだ聖衣の修復は不可能なのであった。
「ところで……何故このような異世界に、あなた方が居られるのですか?」
ムウの疑問に、イージスが語り始めた。
今から約2000年前、アテナと、オリンポス十二神の一柱にして、アテナと同じく戦いの神である『軍神』アレスとの聖戦が起こった。
アレスは、同じ戦いの神でありながら、その在り様はアテナと正反対であった。
アテナが正義の戦いを行うのなら、彼は血生臭い戦いを好むのだ。
アテナが他に戦った神、海皇ポセイドンや冥王ハーデス等は、それぞれの正義を持ってアテナと争ったが、ことアレスに関しては、ただ血と恐怖と殺戮を楽しむ為に戦いを起こしたのだ。
この地は、聖域の一画であるが、アテナ率いる聖闘士とアレス率いる『狂闘士《バーサーカー》』とがぶつかりあった地に、最も近かった。
多くの聖闘士、狂闘士たちはその地に屍をさらし、アテナとアレスの一騎打ちが行われた。
二柱の神の戦いは余りにも激しく、遂には次元震まで発生した。
その次元震が、次元断層のレベルまで近づいたとき、この地は次元の裂け目に墜ちてしまったのだ。
この地を護っていた3人の聖闘士諸共……。
アテナはその事に気付き、3人の救助に向かおうとしたが、その背後をアレスが襲い掛かった。
「我を相手に余所見とは……愚かぞ!アテナ!!」
楯座のイージスは、窮地に陥りそうなアテナに向かって叫んだ。
「我々のことなど気にせず、アテナ様はどうかアレスを!」
「イージス!……貴方たちを見捨てるなど…出来ません!!」
「アテナ様!我々のせいで貴女様が敗北してしまえば、我らは……聖闘士として……とても自分を許せそうにありません。我らの心を御汲み取り下さるのなら、どうかアレスを倒し、地上の愛と正義を御護り下さい!!」
「……イージス!!」
…我らは、そのままこの地諸共、次元の裂け目に墜ち、気が付けばこの世界に居たのです
「……そんなことが…あったのですか…」
ムウは感慨深げに話を聞いていた。
…我らが恐れたのは、この地に存在する様々なアテナ様の大いなる遺産がこの地にやって来る異世界の者たちに悪用されることでした
自分たちが生きている時は良いが、自分達は所詮『人』でしかあらず、やがては老い、そして死んでいく……。その後に、アテナの大いなる遺産を悪用する為に持ち出される事を恐れたのだ。
故に我らは、アテナ様の神具を用い、この地をアテナ様の小宇宙の結界を張って護ることにしたのです……
いつの日か、アテナ……もしくは自分達と同じように異世界に来てしまった聖闘士がこの地を訪れるその時まで……。
…そして今、その願いが叶った……ようやく……この二人の下に逝く事が出来る……
イージスと共にこの地に来た青銅聖闘士の二人は、天寿を全うした。
しかし、イージスはやがて来るかも知れない……もしくは永遠に来ないかも知れないアテナ、もしくは聖闘士がこの地に訪れるまで、この地を護り続けなければならなかった。
故に、肉体が朽ちた後も、亡霊としてこの地に留まっていたのだ。
…『牡羊座』のムウ様……どうか、我らの残せし聖衣と、この地に残されたアテナ様の大いなる遺産を、愛と正義の為にお役立て下さい……
そう言い残すと、イージスの亡霊は静かに霧散していった……。
「……お疲れ様でした……。イージス……どうか安らかにお眠り下さい」
ムウは黙祷を捧げ、イージスの遺体を埋葬した。
そして、アテナの残した大いなる遺産を確認する為、神殿の中に入っていった。
〈第十二話 了〉
真一郎「リニスが復活する……って言うのはよくあるパターンだな」
私は結構、リニスが好きなので……復活させたくて……ね。この話では人の蘇生はタブーだが、魔法生物の蘇生はOKなので……。
真一郎「ところで、楯座の聖闘士って……」
そう、楯座の聖闘士は、劇場版第一作に盾座のヤンってのが登場していますが……この話はOVAの台詞を使っているけど、話は原作の流れに準じているので、アニメオリジナル設定や劇場版、LOST CANVAS冥王神話、エピソードGはせいぜいネタとして使う程度ですので……
真一郎「つまり、ネタとしては使うけど、この話には上記は関係ないってことか」
では、これからも私の作品にお付き合いください
真一郎「お願いします」
2000年も前に聖闘士が来ていたとは。
美姫 「しかも、アテナの遺産があるみたいよ」
一体、どんな遺産があるのか。
美姫 「後、クロスもあるみたいだけれど、これは誰が」
着用者なしという可能性もあるけれどな。
美姫 「どうなるかしらね」
次回も待ってます。