西暦二一八六年五月一四日。
北極と南極の上空に浮かぶ大気制御衛星の暴走により、遮光性の気体――通称『雲』が地球を覆い尽くした。
これにより太陽光発電にエネルギーの大部分を依存していた人類は一日にして栄華の頂点から突き落とされた。
その後、残されたわずかなエネルギー源の所有権をきっかけに、第三次世界大戦が勃発。
その中で数多くの魔法士が生み出され、戦場へと送られていった。
その大戦の最中、多中多様な魔法士が戦場に送られたが、主に生み出された魔法士は三種。
分子運動制御特化型魔法士『炎使い』。
ゴーストハック特化型魔法士『人形使い』。
そして、近接戦闘特化型魔法士『騎士』。
能力の性能に差はあれど、その前提となる部分は数千、数万の魔法士を見渡しても例外はなかった。
しかし、それから十年の時を経て、世界は一人の『規格外』を生み出していた。
第06話 「騎士 対 騎士 〜Sword Dancer〜」
ディーview
シグナムからの模擬戦の申し出を受けたはいいものの、そのためにフォワードたちの訓練を中断させるのは憚られた。
それはシグナムも同じだったらしい。模擬戦は訓練が終わってからということになり、そのための許可もはやてに上申していた。
それがこんな状況を招くとは。
予定を組んだ時間が近づき、模擬戦の戦場となっている訓練場にシグナムと二人残っている状況で、つい溜め息を吐いてしまう。
そこから観戦者席になっているスペースを見上げてみれば、サクラたち四人はもちろんだが、この部隊の隊員のほとんどが見物に来ていた。時間にして今はもう仕事が終わる頃。それもあってか珍しいものでも見に来たような雰囲気さえある。……見世物扱いは初めてではないが、もう少し自重できないのだろうか。
その一団からメガネをかけた女性が出てきた。
彼女には昨日も一度会っている。
たしか名前は、シャリオ・フィニーノ。愛称はシャーリー。
この部隊でデバイスのメンテナンスを請け負っているとか。その役職から、昨日ディーたちのデバイスを預かり解析したのも彼女だろう。
その彼女が抱えるようにしてディーの双剣を持ってきた。
「はいこれ、預かってた君のデバイスね」
「はい」
シャーリーから、昨日預けていた『陰』と『陽』を受け取る。
「それで、この剣の情報は役に立ちましたか?」
元の世界では最高機密クラスの情報さえこの剣には記録されている。それをどこまで知られたのかとカマをかけてみたのだが――
「え? あ、あの、それは……。あ、あはは……」
なぜか誤魔化すような苦笑いを浮かべ、シャーリーは足早に観戦席らしいスペースへと向かっていった。
その後ろ姿を見てまさかと不安を覚え、I‐ブレインにシステムチェックの命令を飛ばす。
(……コンディションチェック終了。騎士専用剣型デバイス『陰』『陽』、全システム正常に稼動)
脳裏に展開されるメッセージを確認し、密かに安堵の息を吐く。
ディーのそれに限らず、魔法士の騎士剣はただの武器ではない。それ自体が原子単位で調整された一個の論理回路――こちらの世界の魔法陣に近しいものだ。しかし、その精緻さゆえに望んだ効果を得るのは難しく、その精製、修復となれば相当の技術と設備を必要とする。
そして、この世界のこの時代にそれを可能とするだけの技術があるかはまだ分からない。
だから、万一にでも壊されたりしたら替えが利かないということだ。次回から預けるときは厳重に注意しておこう。
改めて二本の剣を持ち直し、左の腰に揃えて差してから音もなく抜き放つ。
対面でシグナムは一振りの剣を手に、いつの間にか見慣れない服装へと変わっている。おそらくあれが彼女の戦闘用の衣装なのだろう。……どことなく露出が多くて防御性能に疑問を持つが、いいのだろうか?
しかしそんなディーの疑問など知る由もなく、二人の立つ中間にモニターが出現し、そこに八神部隊長の顔が浮かぶ。
『さて、二人とも用意はいいね』
「「はい」」
二人、応えた声が揃う。
部隊長はそれを確認して一つ頷き、
『それじゃあルールの確認をするよ。今回の模擬戦の範囲は訓練場の中、ディーくんは空戦はムリゆうことやから、シグナムは飛行は低空までにしたってな。あ、もちろん非殺傷設定で――』
「え……?」
突然ルール説明を遮って出した声に、二人の視線が集中する。
でもこれだけは聞いておかねばならない。
「あの……非殺傷設定って、なんでしょう?」
それは初めて聞く言葉だった。
いや、言葉の響きで意味は大体分かる。だが、兵器として生み出される魔法士にはありえない概念だというのも確かだ。
『……わたしらの魔法は物理的なダメージはなしにして、魔力ダメージゆうことでケガさせないってことができるんよ。まぁ、管理局員は基本的にはこっちに設定しとるけど、ガジェット壊すときなんかは殺傷設定にせんとあかんから間違えんよう気をつけてってことや』
丁寧に説明されても後半の方はもう聞こえていなかった。
そんなものがあるのかと、想像すらしたこともなかった技術に半ば呆然となる。
そんなものがあのときあったなら……
思いはかつて犯した罪――人生最大の後悔へと向けられる。仮にあのとき――『光使い』との戦いのときにその技術があったとしてもどうにもならなかっただろうけど、それでも、もしかしたらなにかが変わっていたかもしれない。そう思えば胸の裡に暗いモノが溜まっていくのを自覚せざるをえない。
その雰囲気を察してか部隊長がおずおずと訊いてくる。
『……ひょっとして、ディーくんは非殺傷設定できへんかな?』
「はい」
これ以上ないほど簡潔に答えれば、部隊長はモニターの向こうで引きつった笑みを見せた。
『……まぁ、できんゆうなら仕方ないわな。シグナムはそれでええ?』
「構いません。もとより私はそのつもりです」
そう答える声に動揺は微塵もない。どうやら彼女は、その殺傷設定に対して怯えや敬遠は一切感じていないようだ。
『そうか? それならええけど……。じゃあケガせんように……ゆうんはムリやろうけど、気をつけてな』
最後にそれだけ言い残して、空中のモニターが消える。
後に残されたのは二人の剣士のみ。これ以上言葉は必要ないとばかりに空気が緊迫する。
口を開いたのはシグナムが先だった。
「では、始めようか」
シグナムが、手にした剣を構える。
「はい」
(I‐ブレイン、戦闘起動。騎士剣『陰』『森羅』、左脳に同調。騎士剣『陽』、右脳に同調)
そのメッセージをスイッチにして、思考の主体がI‐ブレインへと移行し、肉体と意識の全てを数値データに書き換える。自分の体が人間から戦闘兵器になってしまう錯覚を覚えるこの瞬間は、正直好きじゃない。
けれどそんな感情は無視して、戦闘開始のプロセスは完了。
「行きます」
宣言した直後、I‐ブレインにシステムメッセージが浮かぶ。
(騎士剣『陽』完全同調。光速度、万有引力定数、プランク定数、取得。『自己領域』展開)
そして、世界が静止した。
* * *
シグナムview
目の前には、世界最高を謳う騎士の少年がいる。
場所は六課の訓練場。陸戦空間シミュレータにより環境は廃棄区画のイメージを具現化されているそこで対峙し、模擬戦の開始を今かと待つ。
少年の持つ二本の剣の刃渡りはおおよそ六〇センチ。レヴァンティンより短いが、二刀流という点では厄介だ。過去の戦績にもその使い手は少ない部類に入る。それがまた一層の期待と緊張をもたらす。
しかし、はやてからのルール説明の最中、少年が怪訝な様子を見せたのが予想外といえば予想外だった。(単に考えもしなかったというだけだが)
話を聞くに、目の前の少年――ひいては魔法士を名乗る子供たちには非殺傷設定などという機能はないらしい。
だがそれがどうしたというのか。
そもそも戦いとはそういうものだ。今はもう古代と呼ばれる時代から存在し、幾多の戦争を経験してきた。そこには当然、命の奪い合いもあった。
その当時のことを思い出せば、殺傷設定の模擬戦などどうということもない。
「では、始めようか」
これ以上言葉は必要ないと、レヴァンティンを正眼に構える。
「はい」ディーも淡々とした返事とともに二本の剣を構え「行きます」
ディーの静かな宣言と同時、少年の体が半球状の透明な揺らぎに包まれ――
直後、彼我の間にあった二十メートルの距離を一切無視して、ディーはシグナムの目の前に現れた。
《Panzerschild》
自身が状況を認識するより早く、レヴァンティンがオートで障壁を展開し、かろうじて突き出された二振りの剣を受け止める。
正確に両肩を狙った二つの切っ先が三角形を描くラベンダーの光に止められたのを見てディーは驚いたようにわずかに目を見開き、動きが止まった。
しかしその硬直も刹那。
すぐさまディーは剣を引き、目にも止まらぬ速さで再び距離を取った。
想定外の状況になれば距離を取って様子を見る。それは戦術の常套だ。
だがそれは、ディーの方がすばやく行動したというだけであって、シグナムもまた心境は同じであった。
一秒にも満たない、たった一度の攻防だけで、背中を冷や汗が伝う。
今の一撃は際どかった。
この少年に瞬間移動の能力があるのは映像記録やヴィータからの情報で知っていた。
そしてシグナムは、テスタロッサやシャッハなど高速魔導師との戦闘経験が多い。
今の攻撃を防げたのはその二つが絶妙に作用した結果に他ならず、そうでなければすでに両肩を貫かれて戦闘不能になっていただろう。
その思考すら、許されたのは一瞬。
再び二振りの剣を構え直し、ディーの足が、目にも止まらぬ速さで地を蹴った。
* * *
ディーview
正直、侮っていた。
この女性がどれほどの実力を持っているかは分からないが、魔法士を――それもカテゴリーAに分類される騎士を相手にまともに戦えるとは思っていなかった。
それが、戦闘を始める前のディーの偽らざる本心だった。
しかしいざ始めてみれば、シグナムという女性はその考えを覆して見せた。
『騎士』は『身体能力制御』と『自己領域』という二つの一長一短の能力を持つ。
『身体能力制御』は、自身の体内の物理法則を書き換えることで運動機能を向上させる能力。だがこの能力で得られる加速率はどれほど高位の騎士であっても、通常の一〇〇倍が限界。
『自己領域』は自分の周囲の物理定数を書き換えることで、時間の流れ、重力の向きを操作し、『使用者に都合のいい空間』を作り出す能力。だが『自分』ではなく『空間』に作用するこの能力は、近づいた敵にも使用者と同じ超高速運動を与えてしまう。
ゆえに『自己領域』で敵を取り込まないギリギリまで近づき、『身体能力制御』へと切り替えて高速運動から『情報解体』による攻撃を行う。
それが『騎士』と呼ばれる魔法士の常套戦術である。
そしてここには一つの決定的な隙が存在する。
『自己領域』を解除してから『身体能力制御』を起動するまでもタイムラグは、騎士の動きに致命的な隙を生む。実際、他の魔法士が騎士を相手にする場合、如何にこの隙をつくかという一点に終止する。
そしてシグナムはその一瞬を逃さずこの世界の魔法で防御して見せた。実のところ寸止めするつもりだったとはいえ、それよりも早い対応は予想外だったので一瞬動きが止まった。
まぁ、あれで終わってしまうようならこの模擬戦を受けた意味もない。
この模擬戦を受けた理由の一つに、この世界の魔法の戦力評価ということがある。
この世界の魔法士――いや、魔導師に自分たちの魔法がどれだけ有効なのか。そしてその逆はどうか。戦場で行き当たりばったりに試すよりも、多少なり余裕のあるこの状況でやっておくべきと考えたからだ。
まだ一合交えただけだから結論には早すぎるが、フォワードたちの訓練から作り出した先入観は無視すべきだろう。
そして実のところ、この模擬戦の前にサクラから全力は見せるなと念押しされていた。
完全に元いた世界と隔絶されたこの世界で今頼れるのは彼女たちだけだが、それは彼女たちを信じていい理由ではないと言う。
だけどシグナムが模擬戦を申し込んだ理由もディーと同じく、こちら側の戦力評価といった面が大きいだろう。なら終わってしまう前にある程度は能力を見せておいた方がいい。その方が今後の協力者の立場を有利なものにできるだろうから。
手の内の全部を見せるわけではない。
だが、手を抜くわけにもいかない。
そのギリギリを見極めた上で勝つ。難しいことではあるが、真昼の出すそれ以上にムチャな作戦に付き合ってきた身としてはムリなこととは思わない。
(運動速度、知覚速度を五十三倍で再定義)
I−ブレインがシステムメッセージを発し、五十三倍に加速された世界をディーは走る。
* * *
シグナムview
目にも止まらぬ速さでディーが迫る。
最初に見せた瞬間移動ではないものの、テスタロッサの最高速にも並ぶ高速移動。
しかも驚くべきことにその最高速を維持したまま戦闘を続けている。たいていこれほどの速度となれば自身の身体への負担や周囲の認識不足から、長時間維持はムリなはずなのに、だ。
縦横無尽と振るわれる二振りの剣による攻撃も、騎士甲冑により損傷は軽減されているのを考慮しても決定的なダメージには繋がらない。むしろ一撃ずつなにかを確認している節さえある。
だが。
時間にして数秒。斬撃の数はゆうに数十。
奇妙なことに気づく。
攻撃の速さに対し、その威力はあまりに弱い。これほどの高速の物体であれば掠めるだけでも相当な衝撃に見舞われるはずが、普通に攻撃されるのと同じ程度の威力しかない。
様子見で手加減しているのかとも思うが一瞬で否定する。たしかに実力差はあるだろうが、それをここまで続ける意味もない。
導き出される結論は、少年の攻撃には威力が伴わない、という不可解なもの。
ならば――
《Panzergeist》
レヴァンティンが電子音声でその魔法を起動する。
最初の攻撃を防いだ一面を防御する盾とは違う、今度は全身を覆うタイプの防御強化魔法。全身が自身の魔力光たるラベンダー色の光に包まれる。
そしてそれは同時に繰り出されていたディーの攻撃を完全に防いで見せた。
刹那、ディーの気配が乱れたのを感じる。このタイミングでその反応、疑いようもなく今の防御魔法に対するものだろう。
さらに続くディーの追撃。それらも例外なく防ぎきる。これにはあまりに拍子抜けだが、これで防御については問題ない。
そして、攻撃に関してもようやく目算が立ってきた。
たしかにこの少年は速い。まともに張り合っていてはとても追いつけないだろう。
だがそれはそれ、一人の人間にはどうしても戦術にパターンができる。それを的確に分析し、相手の次の行動を予見する。それは未来予知の魔法とかそんなものではない。幾多の戦場を経て鍛え抜かれる戦士の直感とでもいうもの。
その意味においても、シグナムは優れた騎士だ。
その直感が導く。この少年なら次は――
ここ!
その確信めいた直感のままにレヴァンティンを振りかぶり――
読み通り。少年の体がその位置へと至る軌道に入る。
「はあぁぁぁっ!!」
裂帛の気合とともに、レヴァンティンを振り下ろした。
* * *
ディーview
上段から振り下ろされる一撃を両の騎士剣を交差させ受け止める。
その一撃に、双剣は悲鳴を上げ、I‐ブレインにとんでもない負荷がかかる。
……重い。
この一撃には魔法士の騎士が使う『運動加速』とは違う、振り下ろした速さに相応しい威力が伴っている。今の速度はせいぜい十五倍程度。昨日のロンドン軍の少女とほぼ同じ性能ということだ。
しかしそんなことを悠長に考える余裕はない。この防御で足は止められ、シグナムは受け止められた剣でそのまま押し切ろうとしてくる。
ジリジリと迫る剣。このままでは押し切られる。
そのまま鍔迫り合っている剣に情報解体を――
途端、ガツン、と頭に衝撃。
(エラー。情報解体失敗)
I‐ブレインが悲鳴のように警告を発し、情報解体は不発に終わる。昨日の北極でのロンドンの魔法士の少女との戦闘ほどではないが、ノックバックによる衝撃が頭を衝く。
その衝撃に顔を歪めながらも、受けている剣をいなして距離を取った。
が、今回はおとなしく待っていてはくれず、
「レヴァンティン!」
《Explosion》
シグナムの手にする剣の鍔元がスライドし、排莢。それだけで(またも情報制御の形跡はないまま)その剣は炎を帯び、シグナムは開いた距離を一気に詰めてきた。
「えぇっ!?」
その攻撃手段に驚かずにはいられない。戦闘経験はそれなりにあるほうだが、『燃える剣』などというものはシミュレーションですら見たことはない。剣を持つのはまず間違いなく騎士だし、火を使うのは大抵は炎使いの能力になる。その二つを併せ持つ魔法士など、まずありえないのだから。……いや、例外も確かにいるけれど、こんな戦い方は見たことがない。
その驚愕が冷める間など許すはずもなく、シグナムはそのまま間合いを取ることなく連続で斬りかかってくる。
おそらく自己領域を使わせまいとする苦肉の策だろうが、彼女の加速率はおおよそ十五倍。せいぜいカテゴリーCの騎士並みの能力。この程度の速さなら脅威には及ばない。
そのまま迫る追撃をいなしながら、過去ログを引っ張り出して確認する。
演算能力の不足による情報解体の失敗。
なるほど、通常の情報解体ではあの剣を破壊するには足りないらしい。I‐ブレインは演算の全能力を注げば解体は可能と解析結果を出している。
それはつまり、自己領域も身体能力制御も放棄して初めて解体可能ということ。……あの攻撃の前に生身をさらしてまで実行する余裕はないのだが。
その結果を見て、あのデバイスの解体は放棄する。なにより、今回の目的はそんなことではない。
今回の目的は二つ。その一つはこの世界の魔法と魔導師の戦力評価。
そしてもう一つの理由に、自分たちの実力を見せ付けるという思惑がある。そうすることで協力者としての立場をより有利なものにし、また陰で行われるかもしれない不穏な行為への抑止力となるように。
その点を考えれば、この勝負は勝って見せるに越したことはない。
とはいっても手の内の全てを見せるわけにはいかないが――
少しだけ、本気を出そうか。
(I‐ブレイン、全力起動。『並列処理』発動準備。騎士剣『陰』『森羅』、左脳に同調。騎士剣『陽』、右脳に同調。完了まで三……一……発動準備、完了)
ディーの右脳と左脳にある『二つの』I‐ブレインがそれぞれ異なるプロセスを開始する。
『デュアル33』。
それがディーの本当の名前。
その名前の由来はここにある。
(並列処理を開始。『身体能力制御』発動。運動速度、知覚速度を四十三倍で定義)
(並列処理を開始。『自己領域』展開。時間単位を改変)
本来一人に一つしかないはずのI‐ブレインを右脳と左脳に一つずつ、合計で二つ持って生まれた突然変異。これによりディーは『能力の切り替えのタイムラグ』という騎士の唯一にして最大の弱点を持たない、まさに規格外の魔法士。
……状況、開始。
半球形の揺らぎに包まれたディーの体は独自に設定した空間情報により、光速度の九十九パーセントまで加速されて静止した世界を駆け、シグナムへと肉迫。
そのままシグナムを自己領域に取り込み、彼女をもこの加速された世界へと引きずり込む。
しかし、その中でさらに四十三倍の加速を得ているディーは、シグナムに一切の抵抗をする余裕を与えない。
繰り出す一撃はさっきまでと同じようにシグナムを覆うラベンダーの光に阻まれるが、そんなことは織り込み済み。そのまま情報解体を発動し、その光を維持するプログラムを破壊する。
「なっ……」
それが予想外だったのか、ようやくシグナムが驚愕の声を上げた。
だがそれで終わりではない。次の瞬間、ラベンダーの光を失い無防備になった首筋へと、柄尻を叩きつける。
その一撃は、無慈悲なまでに正確に、シグナムの意識を刈り取った。
* * *
はやてview
それは、あまりに信じがたい結果だった。
「……戦闘時間、十八秒。……ディーくんの、勝利、です」
信じられない、という感情がありありと手に取るように分かる声で、シャーリーの報告が横から聞こえた。
それも仕方がないだろう。だって自分だって似たような心境。今しがた自身の目で見たこととはいえ、信じられない、というのが本音だ。
でも現実として少年は勝ち残り、シグナムは意識を失って倒れている。
それを目にしてほとんどの観戦者が同じ気持ちを抱いているのだろう。例外はディーと同じくこの世界に呼び出された子供たちくらいか。彼らはそれぞれ言葉を交わすでもなく、なにかを考え込んでいる。
それにしても――
改めて、訓練場の二人を見る。
正体不明の魔法を使う銀髪の少年と、その場に倒れている機動六課の副隊長。
しかしその副隊長のシグナムは今はリミッターがついてAAランクに落ちているとはいえ、本来は空戦S−の騎士なのだ。魔力量でいえば部隊長のはやてや分隊長のなのはとフェイトには及ばないとしても、経験からくる力量は六課どころか管理局全体を見ても有数のものだろう。
それが、たった十八秒で負けた。
それに動揺するなというのが無理な話だろう。
それを実現した少年は手にしていた二本の剣を鞘に納め、こっちに向けて言う。
「すいません。担架をお願いします」
その声を聞いて、驚愕から覚めたシャマルが大急ぎでシグナムへと走り寄る。他にも観戦者の何人かもそちらへと駆け寄った。
息すら殺してじっと待ち、遠目にも診断が一区切りついたのを見てとってシャマルに念話を飛ばす。
(シャマル。シグナムの具合はどう?)
(えぇっと、細かい傷はたくさんありますけど、そっちは問題ないです。それに首にも打撃の跡がありますけど、これも後遺症は残らないようにきれいにしてもらってますね)
(ほんなら大丈夫ゆうことか)
(はい。少しの間起きれないでしょうけど、明日にはもう問題ないですよ)
シャマルの報告を聞き、ほっと安堵の息を吐く。
なにしろ、最後の一瞬になにが起きていたのかまったく分からなかった。ディーがあの瞬間移動の魔法を使う前兆を見たと思った次の瞬間、すでにシグナムは倒れこんでいたのだ。そのシーンを見た瞬間、心臓が凍りついたかと思ったくらいに恐怖を覚えていた。
だけど信頼できる医務官の報告でその胸のつかえも取れた。
なら次にすべきは――
「シグナムのことはシャマルに任せるとして――」横で戦闘の記録をとっていたシャーリーに向き直り「シャーリー、ディーくんのデバイスの解析はできとる?」
そこから少しでも彼の魔法について探れれば儲けモノと訊いてみる。
「え? あ、その……それは……」
だがやけに歯切れの悪い様子でシャーリーはうろたえる。
「どうしたん? 一晩あったんやし、ちょっとくらいは解析できとるやろ」
「それが、その……」まだ渋っていたが、やがて観念して「これです……」
目の前にディーの持つ剣型デバイスの解析結果が表示され――
「…………なんやの、これ?」
ついそんなことを口走ってしまった自分を、誰が責められるだろう。
「だから、解析結果です……」
「さよか……」
自身なさそうに言われ、もう一度その報告書に目を落とす。
……さて、このざっと見ただけで一番印象に残る単語が“UnKnown”の報告書をどうすればいいのだろう?
使用術式“UnKnown”、デバイスタイプ“UnKnown”、製作した施設および技術者“UnKnown”、構成材質“UnKnown”。他にもたくさん……というかほとんど全ての項目に“Unknown”。“UnKnown”の大安売りだ。
分かるのはこれが剣型のデバイスであるということ。そして、剣の柄に象眼されている黒と白の結晶体がデバイスコアではないかということ。
つまり、ほとんどなにも分かっていない。彼らの魔法を探るきっかけにでもなってくれればと思っただけに、この結果には少しばかり落胆を禁じえない。
「……これが精一杯やったの?」
「はい。一応、考えられる限りの方法は全部試したんですけれど、その全部が反応なしで……。完全に未知の技術……それも、ミッドの技術よりずっと進んでいる文明の産物みたいなんです。ちゃんと調べようとするなら彼らからも情報提供してもらわないとどうにも……」
「あーー……」
なるほど。
シャーリーには彼らが未来の地球から来たことは教えていない。今の時点でそれを知っているのは隊長陣など地球出身の部隊員とリンディ提督やカリムなど後見人のみ。それ以上の人間には混乱や面倒を恐れて教えていない。昨日のうちに提出した報告書さえ、肝心なところはぼかしてある。
つまり、六課のメンバーのほとんどは彼らの素性を知らない。
なにせ、六課は以前に地球への出張任務を任されたことがある。そのときの記録とすり合わせればすぐに『今の』地球には彼らが持つほどの技術がないと察してその齟齬に気づくのは容易い。
「まぁ、その辺はおいおい調べていくことにしよか」現実逃避気味にその問題を後に丸投げして「なのはちゃん的にはどう思う? 教導官の目から見て」
シャーリーと同じく、戦闘の記録をしていたなのはに訊く。
「……戦力的には陸戦でSランク超えると思うよ。でも魔導師ランクだったらたぶんAランクかAAランクになるんじゃないかな」
魔導師ランクは単純な魔力量や戦闘能力だけで決められるものではなく、あくまで『規定の課題行動を達成する能力』を表している。
彼の魔法が昨日聞いた通り『速く動くこと』に限定されるなら、確かに実力より低いランクにされるかもしれない。他の四人の魔導師――いや、彼らの言い分では魔法士も、能力の差異はあれど似たような結論になるだろう。
そういったいろんな情報をまとめようとすれば、はやては悩みの種が増えたことを痛感せずにはいられない。
ただでさえ六課は戦力の保有制限をリミッターを使ってまで誤魔化しているのに、このことが外部に知られたらまた非難の雨だ。外部協力者扱いとか、隊長と故郷を同じくする次元漂流者とか、そんな理由でどこまで庇えるかそんな不安もある。
それどころか、彼らの目的とそのための手段を考えると最悪のシナリオさえばかばかしいと笑えるものではないのだ。
最悪のシナリオ――もとの世界へ帰ることを条件に、スカリエッティに引き抜かれる。
それだけは断固阻止しなければいけない。それが実現してしまったら間違いなく管理局は潰れる。
とはいえそのための手段に具体的なイメージがあるわけでもなく。
……胃薬でも常備しとこうかな。
部隊発足から一ヶ月。
早くもそんなことを考えてしまった状況に、はやては頭を抱えた。
お久しぶりです。
今回は前回よりは早めの更新ができました。……それでも数ヶ月、しかも次回はまた遅くなるかもなんですが。
前回のあとがきにも書いたように、今回はバトルを通し両作品の戦力バランスの調整をするというのが目的だったのですが……肝心のバトルがどうも上手く書けてないような気がするんです。具体的にはどんな攻撃をしてどんな対応をしているのかとか。
そして結果はディーの勝利。やはり片方が世界最高クラスの騎士となると圧倒的な結果になってしまいますね。でもディーの体感速度では五十三倍速で十八秒、つまり約十五分の戦闘となるわけで。むしろここまで長引かせたシグナムがすごいということにしてください。
次回は今回の戦闘の分析が主なところになるでしょう。隊長陣、魔法士勢、フォワードたち。それぞれがどう考えるか上手く書けたらと思います。
それでは今回はこの辺で。
ディーが勝ったみたいだな。
美姫 「みたいね。互いに相手が使う魔法を知らないという点では同じ条件だしね」
面白いバトルだった。
美姫 「確かにね。戦力に関しては問題ないみたいだしね」
飛べないというのがあるけれどな。ともあれ、ディーたちにとってはまず勝てて良かったという所かな。
美姫 「これからの事を考えるとそうよね」
さて、これからどうなっていくのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。