最初から分かってた。
あたしはなにも特別じゃない、ただの凡人だって。
最初の出動のときだってそれなりに上手くはやったけど……ただそれだけだった。
毎日の訓練も あんまり強くなってる実感がない。
でもあたしの隣には優秀すぎる相棒がいて、あたしの周りには天才と歴戦の勇者ばっかり。
なんであたしはここにいるんだろう?
そんな人たちを見ていると、そんなことさえ考えてしまう。
それでもあたしには夢があるから……
だから、あたしは――
第05話 「円卓談議 〜second contact〜」
ティアナview
ピピピピピピピピピ――
「ティア……。ティア。起きて、四時だよ」
甲高い音と聞き慣れた声をBGMに体を揺すられ、ようやく意識が浮上してくる。
「起〜きて」
さらに揺すられ、周りを認識できる程度には目が覚めた。
ああそうだった。昨日寝る前に目覚ましをセットしておいたんだっけ。
まだ完全に目が覚めた、とは言えない状態だがそれでも今だ鳴り続けている目覚ましに手を伸ばして止める。
「ぁ〜〜……、ゴメン。起きた」
普段も朝は弱いけど、今朝はさらに輪をかけて体が重い。なにせ昨晩も寝たのは日付の変わった後。それまでずっと自主練していたからまだその疲れが残ってる感じ。
「練習、行けそう?」
「……行く」
でも起きないと。
まだ十分な力が入らない体を動かして、緩慢な動きで起き上がる。
「そう。じゃあはい、トレーニング服」
「ん、ありがと」
差し出されたトレーニング服を受け取り、着替えようとそれを広げ、
「さて、じゃああたしも」
そんな声が聞こえて、さらに後ろから衣擦れの音。まさか……
「って、なんでアンタまで?」
振り返ってみれば案の定、スバルも服を脱ぎトレーニング服へと手を伸ばしている。それを見て残ってた眠気なんて吹っ飛んでしまった。
「一人より二人の方が、いろんな練習できるしね。あたしも付き合う」
それが当然の答えであるようにスバルは答える。
でもそれは違う。これはあたしのわがままなんだから。
「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたらまともに休めないわよ」
「知ってるでしょ。あたし、日常行動だけなら四、五日寝なくても平気だって」
それは知っている。その秘密を打ち明けられたときはとても信じられなかったけど。
でもそれを考えたとしても――
「日常じゃないでしょ。あんたの訓練は特にきついんだから、ちゃんと寝なさいよ」
訓練の初日なんか思いっきりへばってたくせに。さらに今では個別の訓練になって、前衛担当のスバルのそれは特にキツイ。こんなことに付き合って大怪我なんかしたらこっちの寝覚めが悪くなる。
でもそんな考え、どこ吹く風とばかりに、
「や〜だよ。あたしとティアはコンビなんだから。一緒にがんばるの」
着替えを終えて振り向いたスバルの、その目がとてもまっすぐで、
「勝手にすれば」
そんなふうにしか答えれなかった。
* * *
ディーview
「一度、状況を整理しよう」
朝早く、まだ人影もまばらな食堂らしい開けた空間でこの世界に跳ばされた五人が一つのテーブルを囲んで座り、サクラの一声に他の四人は頷いた。
「まず昨日聞かされた通り、ここが我々の知る地球とは違う世界というのは確かなようだ」
そう言ってテーブルの中心に展開されたモニターには見たことのない図形が記されている。
「……なんやねん、これ」
「この世界の地図だ」そう言って一点を指差し「我々が昨日現れたのがこの地点。そして今いるのがここだ」
説明しながら丁寧にも地図を指差して説明するが、正直よく分からない、というのが本音だ。
それは言わずともサクラも分かっているようで、構わず続ける。
「そしてこの部隊――古代遺物管理部機動六課は、部隊長の八神はやてが試験的に一年間の仮運用という形で設立したらしい。目的はレリックという宝石型のロストロギアに関する、全ての捜査を担当することにある」
「サクラ、そのロストロギアっていうのは?」
「古代の遺失世界の遺産、を総称して使う呼称だ。その中には、この時代では再現不可能な高度な技術のものもあるらしい」
「つまり、そのロストロギアっちゅうのやったら……」
「我々をこの世界――しかも過去へと呼び出すこともありえない話ではないだろう」
それでも信じ難い話だが……と独り言のようにサクラは呟く。
それは他の皆も同じで、半信半疑という雰囲気が五人の間に流れた。
「……でも、なんで私たちだけがこの世界に跳ばされたんでしょうか?」
フィアがその雰囲気に耐えかねたように口を開く。
「そう、そこが疑問だ、フィア。状況から見て北極での戦闘中に、こちら側からなんらかの介入を受けたというのは間違いないだろうが……」そこで考え込むように一度言葉を切って「天樹錬。貴方は転送される直前、『アリス』という言葉を聞いたというのは本当か?」
「うん、間違いないよ」はっきりと錬は頷き「確かに聞こえた。『アリスの座標を確認』って。それから体を引き伸ばされるような変な感じで……それで気づいたらこの世界に跳ばされてて……」
「私とほぼ同じ状況だな。――となるとやはり、転送の対象となったのは私と貴方の二人と見て間違いないだろうが……」
「つまり、おれらはそれに巻き込まれたっちゅうわけか」
飄々と皮肉を口にするイルを、サクラはキッと睨むが今はそんな状況ではないとないと思い出したのか気を取り直して、
「それで、天樹錬。貴方はその『アリス』という名前に心当たりは?」
「ないよ、そんなの。だいたいあったとしても、それでこんな異世界まで跳ばされる理由と関係あるとは思えないし……。それに、それを言うならサクラの方はどうなの?」
「私にも心当たりはない。だが状況を考えるに他に可能性は――」
「あぁ〜〜……」
いきなりイルが虚空を見上げ、なにかを思い出したように声を上げた。
「どうしたんですか、イル?」
「いや、『アリス』ゆう名前だけやったら心当たりはあるんやけど……」
コツコツとサングラスのフレームをつつきながら呟きを漏らす。
「本当ですか?」
「ああ。けどなぁ、今天樹錬も言うたやろ。こんな異世界があるゆうことも知らんかったのに、元いた世界での心当たりなんてアテにならんやろ」
「え……、それは……」
「幻影17。以前から思っていたが、貴方は短慮過ぎる。我々の状況が不可解な今、どんな些細な可能性であれ無視することなどできはしないのだぞ」
イルの言葉にどう返せばいいかと迷った一瞬を突いて、サクラが噛みつかんばかりの勢いで身を乗り出す。
「ちょっ……おまえ、なにむきになっとんねん」
「むきになってなどいない!」
そう言ってそっぽを向く。その仕草がどこか子供っぽく見えて思わず笑いそうになり、それに気づいたサクラに睨まれて慌てて笑みを引っ込める。
「……まぁええわ。別に隠すほどのモンとちゃうし……」
やや憮然とした雰囲気でイルは丸メガネのサングラスを外し、そのフレームの先に指を入れて、そこから一枚の紙片を取り出した。
「ほれ。これや」
その紙片がテーブルの中央で広げられ、他の四人の視線が集中する。
瞬間、絶句した。
――計画……大気制御衛星に偽装……天樹にはウィッテンから連絡。アリスを――
たったそれだけの文字列。
だが、そこにある単語は放置できないものだった。
「ちょっと、なに、これ! どういう事!?」
「あ、あの! イルさん、これっていったい!」
「大気制御衛星に偽装って! 何の話なんですかイル!?」
「あ、貴方という人は! 何故こういう大事な情報をもっと早く出さないのだ!」
「ちょ、ちょい待てや。ちょお落ち着け」
いっせいに詰め寄られ、目を白黒させるイル。
なおも捲くし立てる一同を宥めて、イルは短い白髪をわしわしとかき、
「おれかて詳しい話は知らへんわ。この紙もニューデリーの事件のときにあの赤髪の兄ちゃんからもらったもんやし」
「ヘイズに?」
その人物が出てくるのが予想外だったのか、錬が驚きの声を上げた。
「おお。夜中に一人でなんやこそこそ調べとってな。そこを押さえて巻き上げたったんや」
「一人で? なんでそんな……」
「さあなぁ。それは聞いとらんけど、さっきのおまえらの反応見た後やと予想つくで」
「それってどういう――?」
「もしかして――」錬の疑問を遮りフィアが「それを聞いて私たちが気にしてしまうと考えたとかでしょうか?」
「おお、そんなとこや。あんときはマザーコアの交換やら中央なんとか会議とか、しかもこいつらも出てきとったし、そこにこんなモンまで出てきたらもう収集つかんかったろうしなぁ。あの兄ちゃんなりに気をつかったんやろ」
そんな会話が飛び交うのを傍観しながら、ニューデリーで戦った赤い髪の青年を思い出す。
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。
正体不明の能力を持つ魔法士で、(後で知ったことだが)世界にたった三隻の雲上航行艦のマスターの一人。どういう繋がりかはまだ聞いていないが、ニューデリーでは錬やイルと同じ陣営に属し、ディーたちと敵対したこともある。
そこまで思い浮かべてみて、しかし、それは今追求すべきことなのか考えてみると……たぶん違う。
「でも、この文章の意味は分からないけど、今の状況とは繋がりはなさそうだね」
「……どうやら、そのようだな」
それにはサクラも賛同した。
その態度の変化に対してか、イルは呆れたようにため息を吐き、
「だからおれもさっき言うたやろ。こんな情報制御理論も大気制御衛星もない異世界でこんな情報アテにならんて」
そう言ってテーブルに広げていた紙片を取り、さっきの逆の手順で再びフレームの中へと戻してしまう。
「……分かった。ひとまずその情報は考察から外そう」一度気を落ち着けるように息を吐いて「だが幻影17。その紙片については、元の世界に戻ってからしっかりと追究させてもらう」
サクラの念押しの一言に、イルはへーへーとやる気がなさそうにうなづいた。
「……では話を戻すが、他に『アリス』という名前に心当たりはないか?」
再びサクラが問いかけるが、しかし返る答えは沈黙。
「やはり、か……。だが――」
「その声って僕には聞こえなかったけど、二人には聞こえたんだよね?」
そう問えば、サクラと錬の二人は揃って頷いた。
「そう考えるとやっぱりその『アリス』っていうのが今回転送された理由だと思うんだけど……」
「でもその声って僕とサクラの二人だけに聞こえたんでしょ? 僕とサクラだけに引っ掛かるような……」
言っているうちにそのことに思い至ったらしく、そしてサクラも同時にそれに気づいたようで、驚いたように錬と顔を見合わせる。
「……あった。『悪魔使い』、だ」
「待て! いや待て、天樹錬! それは――」
「あ〜〜〜〜!!」
突然、サクラの言葉をも打ち消すように食堂に響く大声。
その声にはさすがにサクラでさえも言葉を止め、揃ってそちらを振り返って見れば訓練着らしい揃いの服を着た四人が食堂に入ってきたところだった。
「あなたは昨日の……」
そしてその先頭を歩きさっき大声を出したショートカットの少女は間違いなく、昨日戦場にいた少女だった。
それに気づいたのが嬉しかったのか、彼女は満面の笑みで返す。
「うん。昨日はありがとう。お礼言えなかったからずっと気になってたんだ」
「……いえ、あれは僕がなにもしなくてもあなたには当たらなかったでしょうし……」
それは謙遜などでなく、紛れもない事実だ。
あのとき光弾を叩き落した直後に振り抜かれていたハンマーの軌道を改めてトレースしてみると、あの一瞬後にはそのハンマーが光弾を叩き落していた結果が出る。
つまり、自分はただ割り込んだだけで、なにもしていなくても彼女に光弾が当たることはなかった。
「そうかもしれないけど、助けてもらったのは本当だし……」
エヘヘとはにかむ様に笑う、そう言う彼女の頬は初対面で緊張しているのか、うっすらと頬に朱が差している。
「あっ、自己紹介がまだだったよね。あたしはスバル・ナカジマ。この部隊でフォワードやってるんだ」
そう言われても改めて驚くことはない。彼女が戦場に出ているのは昨日実際に見ているし、自分たちのような存在を考えれば見た目の年齢などたいした問題ではない。
しかしそうなると、一緒にいる人たちも同じ部隊の人だろうか。そう思い視線を向けると、
「エリオ・モンディアル三等陸士です」
「キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」
後ろにいた赤い髪の男の子と桃色の髪の女の子が敬礼して自己紹介をした。
見たところ十歳くらいだろうか。それすら自分の本当の年齢に比べれば十分年上とはいえ、こんな子供を戦場に出すなんて……。
それともこの子たちも魔法士と同じように、兵器として作られた子供だとでもいうのだろうか。時代が変わっても、世界が変わっても、人間のこういうところは変わらないのだろうか。
そんなことを考えているとスバルが小声で少し後ろにいた少女を促す。
「ほら、ティアも」
「……ティアナ・ランスターよ」
それによりようやく最後の一人、オレンジの髪をツインテールにした少女が名乗った。……他の三人に比べるとなんとなく機嫌が悪いように見える。
「それで、えっと……」
なにかを言いかけて、スバルは口ごもる。そういえばまだ名乗っていなかった。
「あぁ、僕はディー。よろしく」
「私はフィアといいます」
「おれはイルや」
「僕は錬」
「サクラだ」
ディーの自己紹介を切っ掛けに、魔法士側の面々も自己紹介をしていく。そこから出身世界について悟られないよう、あえて所属などは言わない形で、だ。
そしてそれが功を奏したのか、それとももともとあまり考えない人なのか、その辺には気づく様子もなくスバルはさっき言いかけた言葉の続きを口にする。
「それで、ディーくんたちはなんでここにいるの?」
それは聞きようによっては嫌味の塊でしかないが、そう言うスバルの表情には純粋に疑問しかない。
「それは――」
だがディーが答えるより先に、ティアナがスバルの後頭部を小突いて言う。
「バカ、さっきなのは隊長たちが言ってたでしょ、今日から外部の協力者が来るって。それってたぶんこの人たちのことよ」
たぶんなどと付けてはいるが、ほとんど確信めいた様子で言う。
この少女は昨日戦場でディーを見ている。その後連行された状況とさっき聞いたという話から、それがディーたちのことだと想像をつけるのは難しいことではないのだろう。
「そうなの?」
「はい、しばらくここでお世話になることになりました」
「そうなんだ」
そう、屈託なく朗らかに、スバルは子供のような笑みを浮かべる。
なにが彼女にそうさせるのかさっぱり理解できない。さっきは緊張していると思ったけど、今はむしろ懐いてるような雰囲気さえある。
それよりもさっきから――というより一目見たときから気になっていたことだけど、
「ところでキャロちゃん、その生き物? ……なんだけど」
「この子ですか?」
同じように思っていたらしい、錬がキャロの近くで宙に浮いているトカゲと鳥の中間にあるような不思議な生き物を指差して問う。
それに応えキャロがそのトカゲ(?)を抱いて言う。
「この子はフリードリヒ。わたしの竜です」
竜って……。
青空を目にしたときもそうだが、ここが異世界であるということを容赦なく突きつけられた感じだ。こんな当たり前のように、ありえないものがそこかしこにある。
だけど、錬の印象は少し違うらしい。
「へぇ……。この世界のはファンメイや先生から聞いたのとは違うんだね」
「? 皆さんの世界の竜は違うんですか?」
「うん。僕たちの世界では龍っていうのは、『全ての生物の特徴を兼ね備えた究極の生物』っていう意味なんだって」
「はぁ〜〜……。そうなんですか」
いや、おとぎ話なんだけどね、となにやら感心しているキャロとエリオに念押ししている。
しかし、今錬が言った『龍』の特徴が昨日戦ったロンドン軍のあの黒い生き物に重なるような気がする。ファンメイというのも、ひょっとしたらその生き物と一緒にいた女の子の名前なのかもしれない。
と、不意にそれまで黙ってなにかを考え込んでいたイルが口を開く。
「そのトカゲ……」
「だから、フリードは竜です!」
イルの漏らした呟きにキャロが憤懣やるかたないという風に叫ぶ。が、イルはそんなことは気にせず、
「それや。その名前、どっかで聞いたような気がするんやけど……」
どこだったかと頭を抱えるイルに、呆れたようにサクラはため息を吐き、
「それはおそらくフリードリッヒ・ガウス記念研究所だろう。世界で最初に魔法士を生み出した場所だ。貴方も魔法士ならそれくらい聞いたことがあるだろう」
「へ? 魔法士? 魔導師じゃないの?」
イルが返すより早く、スバルが耳ざとく聞きつけて問う。
「あぁ。それは――」
言いかけて、気づいた。
サクラが口元に手をやり、人差し指を立てるジェスチャーをしている。それは喋るなということだろうか。
その意図は分からない。けど今この世界に対して一番理解をしているのは間違いなくサクラだろう。
そのサクラの指示というのなら、
「……僕たちの世界では魔法を使える人をそう呼んでるんです。それに、僕たちも全員が魔法士ですよ」
とりあえず、昨日の人たちにも話した程度に明かしておく。
「へ〜、そうなんだ」
その説明を特に気に掛けるでもなくスバルが呟く。皆が同じようであってくれればいいのだが、その横でティアナがなにか難しい顔をしているのが気になる。
「あの……なにか気にかかることでもありましたか?」
「へ? ああ、なんでもないわ」気持ちを切り替えるように息を吐き、まだ話を続けそうなスバルの頭をはたいて「ほら、さっさとご飯食べないと、仕事に遅れるわよ」
そう言い残して一人、さっさとカウンターの方へ向かう。
「あ、待ってよティア」とっさに追いかけようとしたところで一度振り返り「じゃあ、またね」
「それでは僕たちも失礼します」
「失礼します」
スバルは名残惜しそうに、エリオとキャロは律儀にも敬礼をして、ティアナの後を追っていった。
「……あれがこの部隊の主力か?」
四人が去ってサクラが呟く。
「それはどうかな。昨日の戦闘には参加していたみたいだけど……」
昨日彼女たちに遭遇したのはディーのみ。サクラは気絶していたし、他の三人は戦闘区域に入らずホテルの屋上から保護されていた。
だが、そのディーにしても会ったのはほとんど一瞬。元の世界との戦力の差異すらまだ定まっていない現状では彼女たちの戦力についての評価は下せない。
「それよりも皆さん。私たちもそろそろご飯にしませんか?」
唐突に、フィアが明るい声で提案する。
そう言われて周囲を見回してみれば、まばらだった人影が今では少しずつ増えており、その大半がちらちらとディーたちの方を窺っている。それはここが食堂という共用のスペースである以上仕方のないことではあるし、ディーたちのような異分子への対応として仕方のないものかもしれない。
そして、そうと分かっていて先ほどの話を続けるのも気が引けた。
「そうだな、我々も食事にしようか」
フィアとサクラの提案に反対する理由はなかった。
* * *
シグナムview
そろそろ日が傾き始める時間、ここへ来た。
地形の関係上、訓練場を見下ろす形で新人たちの訓練を見下ろす。
今日は珍しく早めに一日の仕事が片付き、ついでに昨日の報告書が一段楽して時間が空いたので、新人たちの様子を見に来たのだ。特にティアナあたりは昨日の失敗があるだけに気落ちしていないかと思ったのだが、見えてる分には問題らしいものはない。
しかし、だからといって放置しておいていいとも思わない。それは八年前に、大きな代価を払って思い知らされた教訓だ。
ふと、何気なく空を見上げた。
それが戦乱の時代であれ平穏の時代であれ、見上げればそこにある青空。
それを未来の地球は失った。人は空を見上げることをやめた。
それは昨日少年たちから聞いた話だが、今現在の地球を知る者としてはにわかには信じがたい話だ。
しかしそれを語る少年たちには嘘を言うような様子はなかった。それだけで信じるわけではないが、彼らの話は本当のことなのだろう。
だがそれを知ったところでシグナムには――いや、他の誰にもできることなどなにもない。それが現実となる二百年後はあまりに遠い。加えて管理局の存在も知られていなかったとなれば、打てる手など何一つないということだ。
そしてそんな益体のない思考を終わらせるように声がかけられた。
「お、今日は姐さんも見物っすか」
背後から一人分の足音。振り返るまでもなく、声で誰かは察している。
「ヴァイスか。ヘリの整備はいいのか?」
「ええ、そりゃもう。整備は昨日の内にほとんど済んで、今日は簡単な点検くらいっすよ」
飄々とした声で答え、横に並ぶ。
「ま、心配するんだったらあっちのヤツにしてやるべきでしょう」
そう言って顎で新人たちの方を示す。
どういう意味かと、視線で促す。
「昨日の晩、ティアナのヤツが無茶な訓練してやがったんでね。大丈夫かと思って見に来てみたんすけど……」一度言葉を区切り、眼下の訓練場へと真剣な目を向け「姐さんはどう思います?」
「……ああ、やはりそうか」
どうやら、つい先ほど問題ないだろうと判断したのは間違いだったようだ。つい昨夜、ティアナが強くなろうと逸る理由を聞いていながらこんなことを見落とすとは……
「まぁ、その辺はなのはさんに任せるのが筋ってもんでしょうが……」
「……そうだな」
そうとしか返せない。
自分は騎士であり、戦う者だ。そういう気配りは得意とするところではない。
それにそれは本来、ヴァイスが言うようになのはがするべき役目だろう。教導官という立場もそうだが、彼女自身が八年前に代価を払った人間なのだから。
ただ、気には掛けておくべきか。彼女が信用できないわけではないが、それでも一人では手が及ばないということもある。
そんなときに誰かが手を貸すのは間違いではないはずだ。
そう結論付け、ひとまずそれで自分を納得させる。そうなればこれ以上ここにいても仕方がない。
そう思い踵を返そうとした瞬間、
「お。姐さんとヘリの兄ちゃんやないか」
ついさっきと似たような雰囲気で、しかし決定的に違う訛りを含んだ声が新たな来訪者の存在を告げる。
振り向いてみれば、そこには銀と白の髪の二人の少年。当面は民間協力者として六課にいるということになっているのだが、普段からやることがあるわけでもなく、半ば放置状態という現状だったりする。
「こんにちは」
「おう」
ヴァイスは昨日ホテルから隊舎に戻る際に彼らと面識がある。そこからくる気安さもあってか、ディーの挨拶にも気楽に応えた。
「ああ……、お前たちは調べ物はいいのか?」
確か、朝食後にサクラという少女から出た「この世界の情報を調べたい」という要求に対し、はやては情報端末の使用許可を出していたはずだ。てっきり全員でそちらにかかっているものと思っていたのだが……。
「ええ。サクラたちはともかく、僕たちは電子戦は得意じゃない方ですから……」
「それに、あの三人だけおったら十分ですわ」
「……そうだな」
続けてイルの口から出てきた言葉に、昨日フィアという少女が見せた異常なまでの情報処理能力を思い出し納得する。あれほどのことを可能とする少女の能力は、ロングアーチ何人分の戦力に相当するか想像が付かない。
だからこそ、管理局員ではないため任せられる仕事に制限がつくことが歯がゆくもあるのだが……。
「それに……」ディーは視線を訓練場の方へ目を向け「この世界の魔法がどんなものか、実際に見ておこうと思って」
その視線の先では三ヶ所に分かれて訓練しているフォワードたちがいる。
ティアナはなのはの師事でシュートコントロールを、
スバルはヴィータの師事で魔法防御を、
エリオとキャロはフェイトの師事で回避トレーニングを、
それぞれ少し離れた場所で行っている。
それらの訓練は管理局内に限らず、魔導師のトレーニングとして珍しいものではない。訓練校などでも(ランクが落ちるとはいえ)行われている。
だがそれを見るディーとイルの目は、一瞬たりとも見逃さないとばかりに真剣なものだ。
「そんなに珍しいもんか?」
茶化すようにヴァイスが言う。
「ええ、僕たちの世界ではああいう魔法はまずありあえませんから」
「そんなもんかねぇ」
なんの疑問もないような様子で答える。
ヴァイスはまだこの少年たちの出自を知らないし、そもそもミッドチルダと地球では魔法の認知について絶対的に違いがあることも知識としてはともかく実感として知らない。(基準とする人間がなのはやはやてといった間違った人選なのも影響しているが)
「ま、あのくらいやったら、おれらなら十分なんとかなるやろ」
至極あっさりと、イルがフォワードたちに対しそう評価を下す。
「やけに簡単そうに言うねぇ。確かにまだ新米だが、俺ぁそんな悪いもんでもないと思うぜ」
ヴァイスはオブラートに包みながらも少年の言葉を否定する。だが、シグナムはむしろ少年の言葉を心中で肯定した。
唯一記録に残っているのは目の前の銀髪の少年の使った瞬間移動の魔法のみ。他にどんな魔法があるのか、そもそもどんな理論で魔法が使えるのか、そういう肝心なところは曖昧にされていて分かっていない。
だが、その瞬間移動の魔法一つでどれほどの脅威となりうるのか。仮に昨日、少年が投降ではなく抵抗していればどれほどの被害が出ていたのか、考えるのも恐ろしい。
「お前たちの世界では、お前たちほどの力を持つ者が当然のようにいるのか?」
つい、そんな疑問が口をついて出ていた。
「そんな多くはないやろ。けどおれらはカテゴリーAやからな。あれくらいなんとかできてもおかしないで」
「カテゴリーA?」
聞き慣れない呼称につい聞き返したところをディーが説明する。
「魔法士はAからCまでで、能力や性能の高さでランク付けしているんです。それでAとなれば世界最高クラス、ということですね」
なるほど、世界も時代も違えばランクの呼び方が違うのもおかしくはない。そして今の説明からすれば要するに――
「つまり、お前たちがその……?」
「そやなぁ。これでも世界で最高クラスの騎士の一人ゆうんやから分からんもんやろ」
イルが、ディーを指して言う。確かに外見の印象で言えば、ディーをそう捉えることは難しい。
「ほう……」
そしてその言い分に興味が湧いた。
この世界において『騎士』とはベルカ式魔法の優れた使い手を指す言葉だ。
しかしこの少年たちの世界ではそれとは違う。昨日聞いた話から推察するに、高速移動の魔法の使い手を総じてそう呼ぶらしい。
その中でこの少年が世界最高クラスだと、もう一人の少年は言う。
そうと知って黙っていられるほど、自分はおとなしい人間ではない。ヴィータ辺りが知ればまた呆れるだろうが、これだけは抑えられない。戦士の性のようなものだ。
それに、この先同じ戦場に立つかもしれない者でもある。
実力を測っておいても問題ないだろう。
「ディー、といったな」
「はい? なんでしょうか」
「私と一度、手合わせしてもらおうか」
お久しぶりです。
はや半年以上にも及ぶ沈黙を破っての更新です。
いや、こんな遅くなったことに特に理由があったわけではないのです。なかなかいい文章が浮かんでこないところで、他のゲームやらなんやらに時間を取られ書けなくなっていたとしか……。ああ、スランプとか更新停止とか、こんな風にしてなるんだなぁと実感しました。
でも、まだ書く気は失くしていないのでゆっくりではありますが続けるつもりです。
それはそれとして内容の方を少し。
今回から前回のあとがきにも書いたようにティアナ編(?)の始まりです。話が進んでるような進んでないような、まぁ導入部ですからこんなものでしょう。
そして次回はシグナムとディーの模擬戦。……なぜかシグナムにはこういう役回りが巡ってしまいます。
まぁ模擬戦は建前で、本当のところは両作品の戦力バランスの擦り合わせというか比較というか……そんな感じです。
それでは、また次回を気を長くしてお待ちください。
アリスという単語。
美姫 「どうもそれに原因がありそうなんだけれど」
まあ、すぐには流石に分からないか。
美姫 「リリカル側ではティアナの件があるみたいだけれど」
次回はシグナムとの模擬戦になるみたいだな。
美姫 「どうなっていくのかしらね」
次回も待っています。