――転送システムの準備シーケンスを確認。転送対象固体を周辺百キロより探査。

 

 ……成功。『アリス』の存在を確認。シーケンスを継続。

 

 ――エラー。『アリス』の識別に矛盾発生。二個体の『アリス』を同時に確認。整合を要請。

 

 ………………エラー回避。目標両個体を共に『アリス』と認定。全プロセスの最終チェック。

 

 ……「同乗者」三名を確認。転送対象として設定。

 

 ――終了。

 

 ………………エラー。正体不明の干渉により転送座標変更。修正に失敗。

 

 転送システム、起動。

 

 

 

 

 

 

      第1話  「開く扉 〜Start Cross Story〜」

 

 

 

 

 

 

 ホテル・アグスタ。

 ミッドチルダの南東地区に位置するアグスタ山脈を一望できる有名ホテル。

 今日はこのホテルで(危険度が低い物とはいえ)ロストロギアをも扱う骨董美術品オークションが開催されるということで機動六課は会場警備と人員護衛の任務に駆り出されていた。

 本来、部隊設立の『本当の』目的からすればそぐわないものかもしれないが、他の要素――部隊設立の表向きの理由や、部隊長であるはやての理想とする部隊の形など――からすればその任務を引き受けることに異論のあろうはずもなく、機動六課は前線メンバー総出で警護任務に当たっていた。

 会場の内部、周囲と確認、警備をしていた隊長たちの判断に言わせれば、他の警備と六課の戦力と合わせればたいていのトラブルはなんとかなるだろうという評価。

 機動六課という過剰戦力を持ってしてそれでも油断は禁物だが、このまま何事もなければいいと思うのも本心ではある。

 しかしオークションの開始時間が近づき ガジェットがホテルを中心にして姿を現した。

 予定外ではあるが、予想の範囲内の状況。

 それに対し、ホテルの屋上からシャマルがメンバー全員に宣言する。

 

「前線各員へ。状況は広域防御戦です。ロングアーチ1の総合管制と合わせて、私、シャマルが現場指揮を行います」

 

 その宣言に、フォワード各員から応答が返る。その際ティアナが前線の状況提示を求めてきたので、クラールヴィントを起動しクロスミラージュとリンクさせる。

 

(シグナム、ヴィータちゃん)

 

 思念通話でホテル内を警備していた副隊長たちへと呼びかける。

 

(おう。スターズ2とライトニング2、出るぞ)

『デバイス、ロック解除。グラーフアイゼン、レヴァンティン、レベル2起動承認』

 

 ロングアーチからも二人のデバイスのロック解除の報告が入る。(基本的に武器として使用可能な危険度の高いデバイスの使用には承認が必要)

 直後、ホテル内で魔力反応を確認、ややあってホテルから紫と深紅の二つの光が飛び出した。

 あの二人が戦列に加わった以上、この戦闘に敗北はない。彼女たち(ついでにザフィーラ)は歴戦の騎士にして長年の戦友。その戦力について心配や疑問などありえない。

 そのまま最前線へと二人は飛び、シグナムがV型を、ヴィータがT型を担当する形に決められたらしい。ヴィータのシュワルベフリーゲン、シグナムの紫電一閃の前に、ガジェットたちはなすすべなく撃墜されていく。

 これならフォワード陣のラインまでガジェットは来ないだろう。

 

 その見通しが甘いことに気づくことはなく、また、咎める者もいなかった。

 それは仕方がないだろう。観測された敵性戦力はガジェットのT型とV型。数は多くとも今回はこちらも六課のフルメンバーでの対応。誰も言葉にはせずとも、今回の任務は問題なく終わると思っていただろう。

 

 だからこそ、考えもしなかった。

 その裏で、一つの思惑が動いていることを。

 

 

 

      *   *   *

 

 

 ホテルから少し離れた森の中、一組の男性と少女が戦闘の様子を見守っていた。

 その戦闘は一方的としか言いようがないだろう。多方向から複数で攻めているというのに、たった三人の魔導師(ベルカ式のようだから騎士か?)に抑えられているのだから。所詮は機械、命令されたことを実行するだけの木偶か。

 もう少し見届けてからここを離れようかと算段したところで、こちらの意向などまるで無視して、空間モニターが開く。

 

『ごきげんよう。騎士ゼスト、ルーテシア』

 

 ジェイル・スカリエッティ。正直、こうして空間モニター越しにでも会いたくない男。

 だが無視しようとしたところでこの男は気にも留めずに自分の思うところへと誘導するのだ。その口先の上手さは感服ものだが、そう都合よく使われるのも気に入らない。せめて多少なりとも抗ってみるべく仕方なく返事を返す。 

 

「ごきげんよう」

「なんの用だ」

『冷たいね。近くで状況を見ているのだろう。あのホテルにレリックはなさそうだが、実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ。少し協力してくれないかね? 君たちなら、実に造作もないことのはずなんだが』

 

 やはりこちらの動向など筒抜けか。しかし、

 

「断る。レリックが絡まぬ限り、我らは互いに不可侵を守ると決めたはずだ」

 

 こうして最低限の応答をしているのも、その先にある利害の一致のために過ぎない。

 それを妥協することはないと理解しているからだろう、スカリエッティは矛先を変えた。

 

『ルーテシアはどうだい? 頼まれてくれないかな』

「……いいよ」

『優しいなぁ……。ありがとう、今度ぜひお茶とお菓子でもおごらせてくれ。君のデバイス『アスクレピオス』に、私が欲しい物のデータを送ったよ』

 

 それを肯定するように、ルーテシアのグローブ――アスクレピオスが一度光を放つ。

 

「うん。……じゃあ、ごきげんようドクター」

『ああ、ごきげんよう。吉報を待っているよ』

 

 それで通信は途切れた。結局、奴の要求だけを呑む形になってしまったか。

 そして早速、ルーテシアは頼まれごとを果たそうとコートを脱ぐ。

 

「いいのか?」

「うん。ゼストやアギトはドクターを嫌うけど……わたしはドクターのことそんなに嫌いじゃないから」

「そうか……」

 

 その呟きをどう受け取ったのか、ルーテシアは一度頷き応えた。

 それから少し離れた場所で魔力が開放され、足元にルーテシアの魔力光――紫で描かれた召喚魔法陣が展開される。

 

「我は……請う」

 

 小さな、しかし通る声で紡がれる呪文。

 

「小さきもの。羽ばたくもの。言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚……インゼクトツーク」

 

 足元に展開された紫色の召喚魔法陣から呼ばれたものが姿を現した。

 それは無数の虫の卵。

 ルーテシアの召喚獣は『虫』をキーワードとしている。今回呼び出されたものもその一種であるインゼクト。それらが一斉に卵を破り、外へと飛び出した。

 その虫たちに、さらにルーテシアは命令を与える。

 

「ミッション、オブジェクトコントロール。いってらっしゃい、気をつけてね」

 

 無数の銀色の虫が羽ばたき飛んでいく。いまだ戦闘区域にいるガジェットたちを目指して。

 

 シュテーレ・ゲネゲン。

 ルーテシアの召喚獣、インゼクトによる無機物操作。

 

 それさえもまだ彼女の能力の一端という、若干9歳ながらこれほどの才覚。その後ろ姿に彼女の母親の在りし日の姿を重ねてしまい、それを表にこそ出さないものの罪と罰と贖罪の意識が死んだはずの心を引っ掻く。

 しかしそれに惑うことなど考えてもいないというように、ルーテシアはガジェットの操作、さらに転送を行い戦況へと介入を続ける。今はまだ存在を明かせない身である以上、正直それだけの干渉でもやりすぎな感があるが、無事に目的を果たしてこの場を離れるということを考えればそれもやむなしでもあるか。

 それに、遠目では詳細は分からないが、こちらの思惑通り管理局の魔導師はガジェットの相手に手一杯のようだ。(それでも確実に撃破していくところは賞賛すべきか)

 そしてこれも思惑通り、陽動の効果は十分。

 その見通しを肯定するように、ルーテシアは次の行動を起こした。

 

「ドクターの探し物見つけた」手にしたデバイスへと意識を向け「ガリュー、ちょっとお願いしていい?」

 

 その言葉に応えるように、アスクレピオスが光を放つ。

 

「邪魔な子は、インゼクトたちが引き付けてくれてる。荷物を確保して……。うん、気をつけていってらっしゃい」

 

 高く掲げた手から、黒い光が飛び立った

 

 

 

      *   *   *

 

 

「おかしいわね……」

 

 突然、戦況に変化が起きた。

 

 最前線で戦っているシグナムとヴィータの報告では、ガジェットの動きがおそらく有人操作に変わったらしい。

 ホテルの警護に就いているフォワードのラインに、直接ガジェットが転送されてきた。

 そして、現場から少し離れた場所に巨大な魔力反応が観測された。

 

 それらの報告を受けて、指揮を行いながらもシャマルは不審に思う。

 今でこそ機動六課の主任医務官に落ち着いているが、かつては『夜天の書』に仕えるヴォルケンリッターで参謀を務めていた騎士である。この状況に違和感を感じないわけはない。

 これまでの調査から、ガジェットは自動でレリックを捜索・回収するものと推測されている。(過去の発見例から出された推測だが)

 今回機動六課にホテル・アグスタの警護任務が回ってきたのも、オークションに出品されるロストロギアをガジェットがレリックと誤認して出現する可能性を考えてのことだ。

 そしてその心配は的中した。

 だが、それだけなら問題はなかった。実際、他の守護騎士たち――シグナムやヴィータの活躍でガジェットは掃討されるはずだった。

 そこへ先の状況変化。

 だがそこに疑問が生まれる。

 ここまで状況を変化させたのは、まず間違いなく観測された正体不明の魔導師の仕業だろう。そしてそれは召喚魔導師であると思われる。それは転送魔法が使われたことからも確信が取れる。

 ではなぜ今回、相手はここまで手を出してきたのか?

 ガジェットを有人操作に切り替え、ホテル近辺への直接転送。そうする以上は、少なくとも正体不明の召喚師は――そしてもしかすると今回の主犯と見られているジェイル・スカリエッティまでもがこの現場を見ているはずだ。

 でも、さっきまで一方的としか言いようのない戦場だった。

 そこにこれだけの戦力を、倒されると知ってなお送り込んでくる理由。

 まさか戦況を逆転できるなどとは思っていないだろう。それにホテルにレリックがあるというわけでもない。

 となると、答えなど一つしか思い浮かばない。

 

「ひょっとして陽動……?」

 

 つい言葉にしてしまうがそれを聞き咎める者はいない。

 それどころか、声に出すことでより自分の中の確信が大きくなる。

 ならば、と次の行動は早かった。

 

「はやてちゃん、ちょっとオークションの商品を確認してください。もしかするとガジェットの目的はレリックじゃないかもしれません」

『ちょっ……シャマル、いきなりどういうことや?』

「はい、実は――」

 

 ついさっき推測した自分の考えを話していく。おそらくはやてもこの状況を怪訝に思っていたのだろう、半分も説明する頃には納得の色が顔に浮かんでいる。

 

『なるほどなぁ。分かった、まだオークションは始まってへんからなんとかなる。せやからそっちは私らに任せて――』

 

 その言葉を遮り、ロングアーチから報告が入る。

 

『ホテル内から魔力反応。大きい……最低でもオーバーSです!』

 

 

 

      *   *   *

 

 

「……どうしたの、ガリュー?」

 

 無言で召喚したインゼクト――ガジェットを操っていたルーテシアが突然声を上げた。おそらく、ホテルへと飛ばしたガリューから念話を受けているのだろう。

 

「どうした?」

「ガリューが、おかしいって」

「おかしい……?」

 

 どういうことだ。戦況を見るに、管理局の魔導師はガジェットの相手で手一杯のはずだ。仮にこちらの狙いに気づきそちらに増援が向かったとして、今の表現は適切ではない。

 その疑問に対し、ルーテシアはゼストを見上げて、答えた。

 

「ドクターに頼まれた探し物が動き出したって」

 

 

 

      *   *   *

 

 

 ロングアーチから、悲鳴のようにさらなる状況の変化を知らせる連絡が届く。

 クラールヴィントにも反応はあった。先の召喚士の魔力とは違う魔力反応。

 しかもこの反応、大きいなんてものじゃない。ちょっと暴走すれば、それだけで次元震が起きてしまうほどに危ない。

 

「はやてちゃん!」

『分かっとる。なのはちゃんとフェイトちゃんにも連絡した。こっちは私らでなんとかするから皆は外の方をお願いな』

 

 返る声から少し焦りを感じる。

 無理もない。次元震の可能性が浮かんでくれば、現状の人員――リミッターでAランクやAAランクに落ちている三人では力が足りないかもしれない。状況が状況なだけにリミッター解除の申請もありえる。

 でもそれは虎の子の奥の手。こんなところで使っては後々面倒になりかねない。

 

 なにせ機動六課は色々な無茶――若干十代の指揮官、オーバーSの魔導師の複数保有など――の上に成り立つ新設部隊。地上本部からは目の敵にされる要素は満載で、さらに今回の件は不安要素も多い。場所がオークション会場で中には大勢の招待客、さらに次元震発生の可能性がすでに発生していること。

 これで実際に次元震が発生してしまえば、責任を被せられて新設早々解散なんて事態にも追い込まれかねない。

 

 けれど、そちらは現状、あの三人に任せるしかない。でも大丈夫。これまでも何度だって困難を乗り越えてきた三人だ。きっと今回もなんとかしてくれる。

 それにはやての言う通りに、依然シグナムたちやフォワード陣は戦闘中。ホテル内の魔力反応ほどではなくても、楽観していい状況でもない。

 戦況を確認すればシグナムが最前線を張り、ヴィータはホテルへと戻ってきている。おそらく最終ラインのフォワードたちを心配しての采配だろう。これ以上の増援がなければその判断はむしろ好しだ。

 

「防衛ライン。もう少し持ちこたえててね」

『はい』

「ヴィータ副隊長がすぐに戻ってくるから」

『……ッ! 守ってばっかじゃ行き詰まります。ちゃんと全機落とします』

『ちょっ……ティアナ大丈夫? 無茶しないで』

『大丈夫です。毎日朝晩、練習してきてんですから』

 

 ロングアーチからの心配する声にティアナが強気で返した。

 強気なのはいい。でもなんだろう、その強気にはなにかいやな予感がする。

 なにかあればすぐに対応できるように備えようとして――

 

 ゴゥッ!!

 

 突然、大気を震わせ、突然見たこともない巨大な魔法陣が上空に発生した。

 白金色の魔力光で編まれた球状の魔法陣。いくつもの大小さまざまな幾何学模様や記号が歯車のように隙間なくびっしりと並んでいる。

 

(なんだよ、アレ……)

(シャマル。なにが起きている!?)

 

 同じく『それ』を見たのだろう、ヴィータとシグナムに繋いでいる思念通話から呆然と驚愕の声が伝わってくる。

 

「分からないわ。たぶんさっき観測したロストロギアが原因だと思うけど……。でも、そっちははやてちゃんたちが行ってくれたから、皆はガジェットの方に集中して。あの魔法陣は私の方で対処します」

 

 前線は今人手を割く余裕はない。そうすると、指揮を任された身として軽挙ではあるが『自分自身が動く』という選択肢も考慮しなければならないか。

 

 

 

      *   *   *

 

 

 突如空に現れたその魔法陣はガラガラと錆びた機械が動くような音を出して、それを構成する模様が動き出した。

 それは管理局創設以来初めて確認される現象だった。

 ミッドチルダ式の円形ではなく、ベルカ式の三角形でもない、未知の球形の魔法陣。そしてその中心部のみに観測される次元断層に酷似する反応。

 やがて、動いていた球を形作る模様がガシャンッ、と音を立てて止まる。

 そして一際強く輝いて魔法陣が砕け散り、空に光が弾けた。




 この作品は、

Q, Strikers第7話でスカリエッティが欲しがった骨董は何?

A, 不明

 と、いう問答が脳内で起きたために始めてしまったウィザーズ・ブレイン布教活動的な作品です。(結局、最後までに出てたっけ?)

 とはいえ、クロス作品はたいて元ネタを知っていないと読まないということが多いでしょうから、布教になるのか? という疑問がここまで書き終えてから浮かんできたり……。まぁその辺は考えない方向で。

 今抱えてる連載はどうしたという疑問が出てくるとしたら、それは同時に書いていく、という方向で。

 しかし、クロス作品で再構成というのがこうも難しいとは思ってなかったです。すでに大筋はできてるんだからその分だけ楽だろうとか。馬鹿な考えでしたね。その大筋を狂わさないようにするか、別の路線へと作っていくか。結局労力はオリジナルとそう変わらないような……。

 それはさておき、こちらの作品も完結できるようがんばりたいので応援お願いします。

 

 そして最後に一言。

 思いついてしまったんだ。なら書くしかないじゃないか!




新作の投稿ありがとうございます。
美姫 「まだ始まったばかりですが、何が起こるのかしらね」
だな。謎の魔法陣、一体何が。
気になる次回は……。
美姫 「この後すぐ」



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