千年。

 

 言葉にすればただそれだけの、しかし実質は人間では本来身を持って知るはずのない時間。

 それは気が狂うほどの長い時間であり、思い返せば瞬きほどの一瞬でもあった。

 そしてその永い時間を、わたしが生きてきたのは目的があったからだ。唯一つ、絶対にして至高の目的が。

 

 神雷様を見つけ出す。

 見つけ出して、もう一度二人だけの蜜月の日々を取り戻す。

 

 余人には理解できずともされずとも構わない。ただわたしだけがその想いを裏切ることなく最期まで貫き通すことができれば……

 

 

 さて、そこで一つ疑問が残る。

 なぜわたしはいまだ、目的を果たせていないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

      「翠屋のとある一日」

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました〜〜」

 

 店を出て行く客を見送り、テーブルに残された食器を手際よくまとめていく。

 この店を手伝うようになってすでに十日を数え、仕事の出来は周囲の人間に比べても遜色ないほどに馴染んでしまった。これも過去数十年の間にも給仕の仕事は何度もやった経験があり、それが活かされた結果か。

 

「あ、神無さん、そちら終わったら六番テーブルお願いします」

「分かった」

 

 まだ数日の雇われでしかないわたしは店の中では新参者。それに外見も十代後半の年齢で止まっている。

 なのになぜだろう? ほかの店員やアルバイトの娘たちからはなぜか目上に扱われる。

 それについて以前忍に聞いてみた。

 

――え? いや、だってねぇ……

 

 なんとも要領を得ない答え。それでもなんとか聞き出した内容をまとめると、言葉では言い表せないようなオーラ? とかを感じるとか。なんだそれは、意味不明な。

 

 まぁそれはよい。下手に出るよりはその方が肩も軽い。

 それよりも、なぜわたしは神雷様を見つけたにも関わらずこんなことを続けているのか。

 それも答えは分かっている。神雷様にそう命じられたからだ。

 今はまだ、日常を保っておけ、と。

 いずれ失うのだから、わざわざ捨てることもないだろう、と。

 よくそんなことを言えたものだ。大切なものは捨てていくと、それを生き方に選びわたしを捨てていったあの方が。

 だがそう憤ったところでそれに逆らう理由もなく従っているわけで。

 朝は月村家の者と同じように起きてすずかを学校へと送り、

 日の昇っているうちは翠屋で給仕の仕事をし、

 夜はすずかの教育法を決めるため、忍に夜の一族のことを聞く。

 それが今、わたしの日常になりつつある。

 だからそう、たとえばこんな一日もある。

 

 

 その一 母親、二人

 

 

 昼を少し回り、客足も少し落ち着いてきた頃に一人の女性が店を訪れた。

 

「こんにちは〜〜」

 

 やけに親しげに声を掛けてくる。

 その声に覚えがあるのか、厨房から一人出てきた。

 

「あら、いらっしゃい、愛さん」

 

 桃子だった。

 その対応からするにやはり知り合いか。まぁ、誰が誰と付き合おうとおかしいことではないし、それはわたしの関与することではない。わたしと、なにより神雷様に害をなさなければ構いはしない。

 しかし仕事中にも関わらずそれを咎められないのは桃子という人間の人柄だろう。しかも店長という責任ある立場からか、周囲への注意を保ったまま桃子はその女との雑談に興じる。

 

 それを横目に、わたしは仕事を続ける。注意は常に全周に。わたしの『心眼』ではこの店とその周囲を覆うくらいが関の山だが、それで特に問題はない。

 さらにその『心眼』の副次効果とでも言おうか、店内の会話はほぼ全て聞こえている。あくまで聞こえているだけで完璧な応答まではできないが、そこまで高望みする気はないし、必要もないだろう。

 そして、その聞こえる会話の中にこんなものがあった。

 

「今日はいつもより数が多いですね」

「ええ。実は今、病院から一人、女の子を預かっているんです。それで、リスティやフィリスたちのときも結構大変だったんですけど、今度の子はそれ以上に気難しいというか……」

「それで、お菓子で気を引こうと?」

「ええ。桃子さんのシュークリームはおいしいですから」

「あら、ありがとうございます」

「……でも、ひょっとしたら、これでもダメかもしれないんですよね……」

「はぁ……、そんなに難しい子ですか?」

「はい。ちょっと詳しい事情は言えないんですけど、なんていうか、ちょっと複雑な過去を抱えていると言いますか……どう踏み込んでいいか計りかねている、というところです」

「へぇ……、珍しいですね。さざなみ寮でそんな風になるなんて」

「いえ、私以外の寮の皆には打ち解けているんですけど……どうも私には苦手意識を持っているみたいで……」

「あら、どうしてです?」

「それは……たぶん、あの子の言うことからすると、あの子のお母さんに関係しているみたいなんですけど……話してくれそうにないですからなんとも……」

「お母さん、ですか……」口元に指を当てうーんと考え込んで「そうなると私にはちょっとアドバイスできそうにないですね。私のときは恭也も美由希もあんまり手がかからなかったから……」

「へぇ、恭也君たち、昔からいい子だったんですね」

「ええ、親としてはちょっと申し訳ないくらいでしたけど」

 

 何度かその会話をしている場所の近くを通るので、他の話よりよく耳に入ってくる。

 そして、あろうことか――

 

「そうね……。神無ちゃんは、なにかいいアドバイスはないかしら?」

 

 横を通りがかったところにいきなり桃子に問われ、少し惑う。

 本人たちにしてみれば大切な話し合いだろう。

 だがそれを、たまたま近くにいて話を聞いていただけのわたしに尋ねるな、と言いたい。

 

「……なんの話かな」

「今愛さんと話してたんだけど、なにか子供に打ち解けてもらう方法はないかなって話」

「……すまないが、わたしは子供を持った経験などない。故に、その問いには答えられない」

「そうなの?」

「当然だ。わたしは男が嫌いだ」

 

 あえて言うなら子供は嫌いではない。

 だがしかし、子供を作るための行為が――いや、そもそも男自体がわたしにとって嫌悪と憎悪の対象だ。(神雷様は別だが)そんなものにわたしから歩み寄るつもりはない。

 

「そうなの……。でももったいないわね。神無ちゃん、とっても綺麗なのに」

「どうでもいいことだ。わたしが求めるのは神雷様ただ一人。他の有象無象に用はない」

 

 この上ないほどにきっぱりと言い切る。そこに偽りはなく悔いもない、きっとわたしの終わらぬ生が終わるそのときまで変わらぬ事実。

 そして視線を相手の女性へと向け、

 

「わたしにはあなたに対してなにもできないだろうが……その子供にとってあなたが、人生の宝物となるよう祈っておこう」

「人生の、宝物?」

「ああ」

 

 それはかつて神雷様に教わった言葉。『あなたに会うために生まれてきた』と、心からそう思えるほどに己の人生に輝きを与えてくれる何者かやその誰かとの出会いを意味する言葉。

 その言葉は、まさに今この女性に贈るのに相応しいと言えよう。話にあるその子供とやらがどんな闇を抱えているかは知らないが、それでも人生の宝物と呼べるほどの何者かに出会えたなら――その出会いはきっとその子供を救ってくれる。

 わたし自身がそうなのだから、それは疑いようがないこの世の真実。

 せめてわたしに言えるのはそれくらいのこと。

 そして、それ以上は語る言葉はない。

 次の仕事へと移るために、さっさとその場を立ち去った。

 

 

 その二 剣士、二人

 

 

 昼の混雑時を終え、束の間の、一時の休息。

 これからしばらく、学生たちの帰宅の頃までは客足もまばらになる。その様子を見て取った桃子が言った。

 

「神無ちゃん、お疲れ様。今のうちに休憩に入ってていいわよ」

「む、そうか。ならしばしの間――」

 

 その瞬間、常に張っている『心眼』の内に入った気配。

 

「神無ちゃん?」

 

 わたしがそれを間違えることなどあろうはずがない。桃子との会話など途中で放り出し、外へと駆ける。

 そして外に出ると同時に目にした姿は、やはり間違いなどなかった。

 

「神雷様」

 

 純白の髪と黄金の瞳。その姿を誰が間違えようか。   

 しかしそれほど目を引く容姿をしていながら周囲の人間は誰一人、神雷様を見ていない。いや、それどころか気づいてさえいない。

 おそらく『異界紡ぎ』を使われている。現世と幽世の狭間を作り出し、そこに身を置く外法。そこにいれば霊視ができない者には気づかれることもない。

 しかしわたしには霊視ができる。

 故に、その外法ではわたしの目を逃れることはできない。

 

「神雷様!」

 

 もう一度呼ぶ。

 それでようやく気づいたかのような素振りをして、

 

「ああ、いたのか」

 

 目を合わせることもなく、それだけの返事。(しかも、『心眼』で気づいていただろうにそんなことまで言う)

 相変わらずそっけない。どこまでも無関心に、どこまでも冷徹に、突き放すように神雷様は振舞う。

 だが、その理由はすでに知っている。

 わたしの中に巣くう不老不死の呪いが、この方へと殺意を向けるのを避けるためだとか。『呪い憑き』は互いに殺しあうことを定められており、ゆえに己の意思とは関わりなく殺意を抱くということらしい。

 だが、そうは言われてもいまだ実感がない。なにせわたしは、いまだに神雷様に殺意を抱いたことがないのだから。

 それを神雷様は、わたしに心がなかったからと言う。

 『心』――己の意志を持たない人形。

 それが千年前のわたしのカタチ。

 そこに十年の歳月を掛けて『神無』という人格を作り出したのが神雷様なのだ。

 閑話休題。 

 ともかく、本来殺しあうはずの『呪い憑き』同士でありながらその律に捕らわれない二人。

 だったら別にいいだろう。

 

「神雷様。よろしければこれよりお茶にお付き合い願えませんか?」

「……俺は――」

 

 その言葉を最後まで言わせず、ピシ、と鼻先に指を突きつけて、

 

「約束、したでしょう?」

「……そうだったな」

 

 一生の不覚でも思い出したかのように苦虫を噛み潰したような表情。

 実際、神雷様にとってその約束はそう断ずるだけのものなのだろう。

 その約束とはフェイトとの同居の間、わたしの要求を聞くこと。

 それはわたしの中の最も醜い感情――嫉妬から生まれた我が儘。わたしには構ってくれないのにフェイトばかりずるいと、その事情は知っていても感情は納得しない。その感情が暴走したなら、フェイトは三秒と待たず肉塊へと変わる。それを神雷様も理解しているからこそ、わたしとの約束を受け入れたのだろう。(そうとしか考えられない)

 

「……まぁいいだろう。それで、どこへ行く?」

「はい、こちらへどうぞ」

 

 (すでに無意味な努力だが)なるべく周りの視線のない端の席を選び向かい合う形で座る。わたしはいつものようにコーヒーを、神雷様は(最初は酒を要求されたが置いていないため)水を手に、交わされる言葉もなく時間は流れる。

 しかし、この時間は割と心地好い。

 本来、愛情を求める者にとって最も恐ろしいのは嫌悪でも憎悪でもなく無関心である。

 しかし神雷様の振舞うそれは違う。その裏に隠されているものはわたしへの気遣い――わたしとの殺し殺される宿命を避けようという意図。他者へ向ける心の欠けている神雷様にとっては驚天動地とも言えるほど珍しい所業であろう。

 それほどに、神雷様はわたしのことを気に掛けていてくださる。それだけでわたしの心は満たされる。

 そのことに口元が綻びそうになるが手にしたカップでそれを隠す。それを神雷様に見られてしまえばどう思われるのか、予測はできないが呆れられて席を立たれるようなことは避けたい。

 そうして幾ばくかの時間が流れ、別の客が店に入ってきた。

 

「いらっしゃいませ〜〜」

 

 他の店員の声に気を惹かれて見てみれば、車椅子に乗った少女が入ってきたところだった。歳の頃はすずかやなのはと同じくらいか。

 その少女との面識はある。

 少女の名は八神はやて。

 愚かにも数日前にこの店で神雷様への恋慕を告白した少女だ。

 そして、その少女の後ろで車椅子を押している桃色の髪の女。確か名をシグナムといったか。この女、相当できる。普段の物腰でも大体分かるし、恭也と仕合うのも見ている。(それでも負ける気はしないが)

 その二人(というよりははやてと誰かの組み合わせ)の来店は以前からもちょくちょくある。はやてがなのはの友人という繋がりが主なところだろう。

 その来訪者になにかを感じたのか、いつもなら無視するであろう神雷様が振り向いた。

 そうして視線の合う三人。

 シグナムを見て、神雷様の目が少し変わる。

 

「お前は……」

「神雷さん?」

 

 はやてが呆気に取られたように呼び、そしてシグナムも警戒を意味するように目を細める。

 なんだ? わたしの知らないどこかで接触でもしていたのか?

 一触即発の雰囲気を醸し出し見つめあう二人。

 とはいえ、その視線の交差もわずか。知り合いを見つけ傍に寄ってきた二人に対し、神雷様が少しだけ気配を緩め問う。

 

「お前、以前に俺に手合わせを申し出ていた奴か?」

 

 疑問符がついている口調だが、その目は確信を持ってシグナムを見据えている。

 

「ッ!? 分かるのか? あのときお前は両目が塞がれていたはずだが……」

「当然だ。魂のカタチが、あのときの奴と同じだ」

 

 そうだ、神雷様の眼は幽世をも見る。その『眷属』として光を与えられたわたしの目も霊体を映すのだから疑いようがない。

 そしてその目の前にはあらゆる偽りも誤魔化しも通じない。如何に高度な変装をしようとも、存在の根源たる魂を見るのだから誤魔化せるはずがない。

 

「魂……だと?」

 

 しかし、やはり常人には理解できないのか、シグナムもはやても理解不能の顔で神雷様を見詰め返すばかり。

 そのまましばらく訝しげにしていたが、やがて理解するのを諦めたのか表情を改めて、

 

「まぁいい。それより、今そんなことを言うということは、私と戦うという意味でいいのか?」

「構わん。そろそろ俺の左腕も治る頃だからな。また傷を負う前に、五体満足の状態で相手をしてやろうと思っただけだが……」

「そうか。もう左腕が……」

 

 二人の視線が神雷様の包帯を巻かれた左手に注がれる。以前フェイトを救うために自ら斬り落としたはずの――

 

「ってちょっと待ってください。なんで左手があるんです?」

「? ああ、新しく生えた」

「生えたって……」

 

 確かに知らなければ戸惑うだろう。それどころかただの阿呆の戯言以下にしか受け取れまい。

 だが神雷様だけは別だ。あらゆる命の摂理を踏み破る。それは神雷様にのみ許された不条理。

 しかしシグナムはそれに動揺する素振りを見せない。それは普段の冷静さゆえか、それとも過去に経験でもあるのか。(どちらでもいいことだが)

 

「それで、どうする?」

「言い出したのは私だから嫌とは言わんが……しかし本当にいいのか? 私は古い騎士だから手加減などできんぞ」

「ああ。俺としても魔法を使う剣士というのには興味がある」

 

 なるほど、それならわたしも興味がある。魔法というのが如何な力か分からないが、それでもわたしの知る剣士のいずれとも違うものとなるだろう。(それでも、神雷様の勝利を疑うことなどありえないが)

 

「ふむ……」シグナムはおとがいに指を当てて考え込み「では三日後でいいだろうか。その日なら私は時間が作れる」

「ああ。それでいい」

 

 かくして、二人の剣士の戦いは約束された。

 そのときにはなにをおいても見に行かねば。

 

 

 その三 子供たち

 

 

 冬は陽が傾くのが早い。

 そろそろ空も茜色に染まろうかという時間になり、白い制服を纏う子供の集団が店に入ってくる。

 

「ただいま〜」

『こんにちは〜』

 

 どう見ても喫茶店などには無縁な小学生の集団だが、この店においてその子供たちだけは例外だ。なにせ一人は桃子の娘ということなのだから。

 

「あ、はやてちゃん」

「シグナム。それに神雷さんも」

「こんにちは」

 

 先ほどまでわたしも気に掛けていた一団に目を止め、なのはとフェイトとすずかが元気に挨拶をする。……その後ろでアリサだけは複雑そうな顔をしているが。そういえばあの子は神雷様に対して苦手意識を持っていたか。

 その一団から、すずかが飛び出してわたしに向き直る。

 

「神無さん、お疲れ様です」

「うむ、しばしの間待っておけ。今日もいつもの時間で終わる」

「はい」

 

 先日、彼女の祖父である蓮火に護衛を頼まれて以来、この店を待ち合わせの場所にして一緒に帰ることになっている。すずかの専任の女中であるファリンは多少不満を表していたが、それが月村家当主の意向となれば口を挟めるはずもない。

 そしてそれを口実に、わたしの勤める時間も多少の融通を利かせてもらえた。忍は日によっては閉店まで勤めることもあるが、わたしは遅くとも夕方までになるようにと桃子からの許可を得ている。

 なお、忍についてはあまり心配していない。なぜならあのノエルとかいう女中、いまだ実力は見たことがないが相当の手練であることは分かる。そんな女に護られているならわたしの手など必要ないだろう。

 

「さて……」

 

 突如、神雷様が立ち上がった。

 

「もう行かれるのですか」

「ああ。そもそも、本来ここに寄るつもりはなかったしな」

 

 そうなのだ。神雷様がここにいるのはわたしが頼んだからであり、それだけの理由。(横でアリサが「じゃあなんでいるのよ」とか呟いているがあえて無視しておく)

 それならば、わたしにももう休憩する意味もない(というより少し長く取りすぎたくらいだ)。残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。

 

「では、わたしもそろそろ仕事に戻りましょう」

「ああ……。で、幾らだ?」

「いえ、結構です。神雷様の飲んだのは水だけですし」

 

 それは千年前から変わらない。むしろ、飲食不能な身で付き合ってもらって恐縮なほどだ。

 

「ふむ」呟き手にした紙幣の束を収め、わたしを見据えて「神無。いずれ『緋の月』は現れる。そのときは――」

「はい、存じております。そのときはわたしも全霊を以って臨みましょう」

 

 その答えに満足したのか口元を少しだけ歪めて応えた。

 それを最後に、なんの未練も残さず神雷様は去っていく。

 その後ろ姿が外へ出て行くのを確認して、アリサがはやてへと問いかけた。

 

「はやて、あんたあの人となにを話してたのよ」

「へ? なにって、なにもおかしいことはしてへんよ。ただシグナムが神雷さんと戦うって約束して、その後は普通にお話ししとっただけやし……」

「普通にお話しって……嘘でしょ、それ」

「そんなことあらへんよ。ちょっと無愛想やけど、基本的にはいい人やった」

「え〜〜? 信じられないわよ、それは」

「そんなこと言われてもなぁ」

「アリサちゃん、わたしもあの人はいい人だと思うよ」

「すずか……、まさかあんたまであの人のこと……」

「違うよ。でも神無さんが好きな人なんだもん。悪い人じゃないと思うよ」

「いい人はあんなことしないのよ!」

 

 前から聞けずにいるのだが、いったいなにをしたのだろう?

 その一方では――

 

「今はやてが言ったことは本当ですか、シグナム。神雷さんと戦うって……」

「ああ。三日後にその約束を取り付けた」

「……大丈夫なんですか。あなたの強さは知ってますけど、あの人はなんて言うか……」

「分かっている。だがしかし、得難い機会であるのも確かだ」

「それは……まぁ、あんなに強い人そうはいないですけど……」

「あの〜〜、神雷さんってそんなに強いんですか?」

『は?』

「その、わたしはよく見てなかったから……」

「あ……そうか。シグナム、なのははあのときは志乃さんの方で見てたから……」

「そうか、それでか……」なにか納得したように一つ頷き「奴は強い。もしかすると、単騎で管理局を陥とすやもしれんほどだ」

「そ、そんなにですか?」

「ああ。しかし、あくまで現時点での私の印象でしかないが……」

 

 そんな会話が為されているのを『心眼』の内――意識の端で聞いていた。

 それらについて特に口を出すこともない。

 神雷様に愛想がないのも、時折意味不明な行動をする奇癖があることも、その強さが圧倒的なのも、そしてわたしがあの方を愛していることも、全て本当のことなのだから。

 そんな調子で仕事をして、時計の針は五時を指した。

 

「桃子、時間だ。わたしはもう上がる」

「あ、は〜〜い。お疲れ様」

 

 その声を背に店の奥へと引っ込み、更衣室で翠屋の制服からいつもの一張羅――黒一色の服へと着替え、先ほどの席へと行けばすでに何人かは去っており、すずかとアリサだけが残っていた。

 

「他の者たちは?」

「なのはちゃんたちなら、用事があるということで先に帰りました」

「……そうだったな」

 

 なにをしているのか、詮索はしないがなのはとフェイトは最近になってなにかを始めたらしい。わたしにもまったく関係ないということもないだろうが、周りの誰もが――神雷様までもが良しとしているのだ。わたしに否定する権利もない。

 

「まぁそれはともかく、まだなにか用はあるか? もうわたしは上がったが……」

「いえ、私ももういいですよ」

 

 打てば響くような答え。その答えの合間にもすずかは席を立つ。……よほど退屈だったのか、ずいぶんと待たせてしまったし。

 そして、一人残されることになる少女へと告げる。

 

「アリサも、よければ送ろうか?」

「え……はぁ、いいんですか?」

「うむ。すずかの友人でもあるし、さしたる手間でもない。それに、このまま置き去りにしてかの通り魔に襲われるなどということにでもなれば寝覚めが悪いしな」

 

 いまだ犯人の捕まっていない連続リンチ殺人事件を指して言う。最近は被害も出ていないようだが油断できるものでもない。

 

「はぁ……それじゃあ、お願いします」

 

 そう答え、すずかに並ぶように立ち上がった。

 

「それじゃあ桃子。今日はこれで」

「は〜い。それじゃあ神無ちゃん、また明日」

「うむ。また明日、だ」

 

 それだけの言葉を残して、翠屋を去る。

 明日もまた退屈はせずに済むだろう。

 

 

 

      *   *   *

 

 

 千年。

 

 それはとても永い時間だった。

 多くの出会いと別れを繰り返し、それでも決して揺るがぬ一つの想いを胸に歩んだ歳月。

 その果てに再会を果たした神雷様は言った。

 

――哀れだな。お前の執着を俺には理解できない。それに、俺たちが『呪い憑き』である限りお前の想いが報われることはありえない 

 

 そして、こうも言っていた。 

 

――いずれ呪いが終わるときが来る。そのときまでに覚悟だけはしておけ。どんな結末へ到ろうとそれを受け入れる覚悟を

 

 その言葉は正しいのだろう。いつか――そう遠くない将来にどこまでも残酷な結末が訪れる。

 けれど駄目だ。それは駄目だ。

 神雷様、あなたの言葉はいつだって正しかった。いつだってわたしの道標となってくれた。

 けれど申し訳ありません。その言葉を聞くわけにはいきません。

 あなたに願いがあるように、わたしにも願いがある。

 その願いを叶えるためなら、どんな罪も悪も背負いましょう。

 

 そのために、わたしは千年を生きてきたのだから。




 お久しぶりです。今回はちょっと方向性を変えて、番外編などを書いてみました。どうだったでしょう?

神無(以下神)「どうだったもなにも……本業すらまともにできない男がなんの真似だ?」

 いや、以前から構想だけはしていた。本編とは別の流れ――というか、関係ない場所で繰り広げられる日常を番外編として綴ろうかと

神「それで、まずわたしをか?」

 その通り。第3章でこれっぽっちも出番のない神無がなにをしているのかをまず出しておきたかったし――

神「余計なお世話だ」

 そしてあともう一つ、途中でやっているように神雷とシグナムの決闘の約束の場面が欲しかったから。

神「それがなんの……いや、もしや、次の話は……」

 そういうこと。バトルは流れを考えやすいし、会話も少ないから書きやすいかもしれないと思うこの頃だな

神「遅い上に下手な字書きにそんなことを言われても、まったく現実味がないな」

 放っておけ。自覚はしてるから

神「ふん。だとして、これは答えてもらおう。第3章にわたしの出番がないというなら、わたしの出番はいつになる?」

 そう焦るな。第4章では主軸になるからそれまで待って

神「……予定では、今第3章は折り返しの頃だったな?」

 その通り。この後のネタがちょっと(ないという意味で)ヤバイから、また時間かかるだろうけど

神「それで焦るなとはどの口が言うか!」

 そうだな。それはまぁ……ドンマイ?

神「あなたが言うな!」




番外編〜。
美姫 「少し、馴染んでいるかしら?」
かもしれないな。とは言え、やっぱり神雷優先みたいだけどな。
美姫 「みたいね。それじゃあ、本編の方も待ってますね」
その前に、番外はもう一本!



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