1月29日 (日) AM 11:25
志乃view リスティの部屋
階下から聞こえてくる子供の声で目が覚めた。
寝起きで茫洋とした意識で時計へと視線を向ける。
時計の針と窓からの明かりでもうお昼だと察する。でも最近はこのぐらいの時間に起きてるから、今起きたのも半分はその習慣のせいかも。
だけど、ものすごい眠気がある。体はまだ体力と生命力の回復を求めて眠りを欲している。
それを理解して、でも今にも切れそうな意識を繋ぎとめて、右胸の傷が痛まないように小さく深呼吸。
それから体の状態を確かめる、
まず右腕は……まだまともに動かせない。
それは当然か。これほどの傷、一日寝るだけで治せるなら医者は世に必要なくなってしまう。そもそも、呪いのせいと言うかおかげと言うか、時間がかかろうとも自然治癒でたいていの傷は完治できる体なんだし。このくらいの傷なら二週間といったところか。
それから左腕、両足と確かめるがそちらに異常らしいものはない。あとはせいぜい、全身に行き渡る極度の倦怠感と疲労感くらいか。
「どうしようかな……」
今目を閉じたら、あっさりと眠れる。それは確信だ。けどそうすると次に目覚めるのは夜か朝か、それとももっと後か。
そう考えるとなんとなくもったいない気がするのだ。この眠気の理由からすれば、たくさん寝て早く回復するのが正解だろうに。
……そういえば、と一つ忘れていたことを思い出す。
『万里』はどこにあるんだろう?
少なくとも、見る限りこの部屋の中にはない。そして他の部屋に置いてある可能性は薄い。
確か最後に覚えてるのは神雷との殺し合いの途中。あの男が目の前まで来て、弓を使う余裕がなくなり壊される可能性が出てきたから崖下へと――
一気に眠気が覚めた。
まさかそのまま放置されてるんじゃないだろうか。呪具の特性というか、あれはそう簡単に壊れはしないけど、知らない誰かに持っていかれたら後が面倒だ。
ちょっと探しに行こう。
そうと決めたら早めに動こう。重たい上に力の入らない体に鞭打って起こす。昨日は途中で倒れてしまったけど今日はちゃんと起きれた。
ベッドの縁に座るようにして深呼吸。時計を見るとたったこれだけのことに五分もかかっている。しかもまだ最初の一歩でさえない段階。
この後の行動とそれに伴う疲労を考えるとあっさり折れそうだけど、まだ始まってもいないことで弱音を吐くのは嫌だ。
「さて、と。まずは――」
この動かない右腕をなんとかしないと。
第2話 「かつての罪」
1月29日 (日) PM 4:43
アリサview ハラオウン家のマンション
――ピンポーン。
ドアの横に付いているインターホンを押して数秒、備え付けのスピーカーから目当ての声が出てくる。
『どちら様ですか?』
「あたしよ。アリサ」
『アリサ? ちょっと待ってて』
直後、ガチャリと受話器を置く音。
そしてすぐに玄関のドアが内側から開けられた。
そこに姿を見せたのは、いつもと変わらない様子のフェイトだった。ケガしたって聞いて来たんだけど……
「いらっしゃい。……えと、どうしたの、こんな時間に?」
「はやてからあなたがケガしたって聞いたからお見舞いに来たのよ。それで、大丈夫なの?」
昨日になっていきなり今日の予定をキャンセルしてきたときにはそのことを教えてくれなかった。ただ調子が悪いとだけ言われて、それをそのまま受け止めていた。
それが実は、あの人に治してもらわないといけないようなケガをしていたなんて思いもしなかった。(なぜあの人でないといけないのかまでは聞いてないけど)
でも、今見る限りフェイトの様子はおかしいことはない。いったいどこをケガしたんだろう?
「うん、大丈夫。――って言っても、治ったのは表面だけで、痛みも消してあるだけだから無理しちゃいけないってことなんだけど」
そう言って、右胸の辺りに手を添えた。なるほど、そこがケガをした場所なわけね。
けれど、一緒に来ていたシャマルさんが驚いたように、
「痛みを消してるって大丈夫なんですか、そんなことをして?」
「はい。神雷さんもあまりいい顔はしなかったんでけど……こうしないと痛みで動けないだろうからって」
「それは……そういうことなら仕方ないかもしれませんけど……」
? なにがいけないんだろう? ケガしたのなら痛くない方がいいと思うんだけど。今フェイトも痛みで動けなくなるって言ってたし。
「せっかく来たんだし、上がっていく? なのはも来てるよ」
「そやね。ちょっとくらいなら問題ないやろ」
まずはやてが同意して、すずかもまた同意するように頷いた。シャマルさんははやてが決めた時点でもう決まってるも同然で……
となると後はあたしだけなワケで。
「……いいわよ。せっかく来たんだし、お茶くらい出してくれるわよね?」
とは言いつつも、この後に待っていそうな展開が予想できて本当はできるなら遠慮したいんだけど、それはさすがに意識しすぎよね。
全員が靴を脱いで廊下に上がったのを確認して、フェイトの先導について行く。
そして行く先はリビング。
「あ、みんなも来たんだ」
声のした方を見れば、なのはと人の姿になっているアルフがテーブルに陣取っている。
そのテーブルを見れば三人でトランプをしていたのは一目瞭然。カードの並びからして、たぶんババ抜きね。
そして――
チラリと視線を向けたリビングの端っこの方に、予想はしていたけど会いたくなかった人がいる。その人は目を閉じて、左手があるはずの場所を右手で押さえていて、その部分が淡く銀色に光っている。
「……なにやってるの、あれ?」
「新しい左手を作ってるんだって。わたしにも力を使ってるから普段よりずっと手間と時間がかかるらしいんだけど……」
なにそれ? 新しい左手って、義手……じゃないわよね、あれだと。
「あの人も魔法使い……とか?」
「それは……違うみたい。わたしもリンディさんたちもあんなの見たことないし、それに神雷さんも命を生み出す力って言ってた。……そんなの魔法でも絶対無理なのに……」
……なんていうか、聞けば聞くほどワケ分かんなくなる話ね。
でも今のあたしはそれを他人事と言って放置しておけない立場でもある。なにせ、知らない間にあの人の『眷属』とかにされているかもしれないんだから。
でもどうやって聞こう。今あの人の関心はあたしに向いていないし、あたしもあの人と話すのは嫌だし……
そう足踏みしているうちに、いつの間にか、というわけでもないけど、気がつけばはやてがあの人に近づいていた。
「あの……神雷さん、こんにちは」
「……ああ、八神はやてか」
「はい。覚えててくれたんですね」
嬉しそうに笑う。今のあの子は疑いなく恋する乙女ね。……でも、あの人のいったいどこにそんなに惹かれるんだろう? それだけはさっぱり理解できない。
そのまま二人が他愛ない(とはいってもはやてが話しかけてあの人が相槌を打ってるだけの)世間話を始めるのを眺めて、せっかく来たんだから1ゲームくらいトランプに混ぜてもらおうと思って、
そこで、思いもしなかったものを見た。
なんてことはない、さっきまで閉じていたあの人の両目が開かれているだけ。
だけどそれは――
「ちょっ……。あなた、その目……」
そう言って指差す先には、両目とも揃って開いているあの人の顔。
つまり、以前あたしが潰させられた右目も元に戻っている。
なんで? 普通、目玉ってケガしたらそれっきりで治らないものじゃないの? いや、この人に限ってはおかしくないのかな。今も、どう見てもなくなってる左手を作ってるとかなんとかだし。
そんな混乱に陥りそうなあたしを、ここに来て初めて、はっきりとあの人は見た。
途端、その顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「お前、は……『アリサ』とかいったか?」
「はい?」
「違うか? 神無がそう呼んでいたはずだが……」
「いえ……そう、だけど……」
なんで今になってそんなこと――名前を確かめるようなことを言うんだろう? それに神無さんが呼んでいたって……。なんで、ここでその名前が出るんだろう。あたしがこの人に会うのは二度目のはずで、前のときは神無さんはいなかった。それに神無さんがわざわざあたしのことを話す理由も思いつかない。
「いつ、あたしのことを神無さんに聞いたのよ」
自分のことを知らないところで話されるのは気に入らない。しかもそれがこの人ならなおさら。
「いつと訊かれてもな。お前は覚えていないのか、生霊?」
当たり前のことを確認するように訊かれて少し自信が揺らぐ。っていうか、今最後なんて言った?
皆も一緒になってその意味するところを考える中で、「あ」とフェイトが、なにかに気づいたような様子。
「ひょっとして、あのときですか?」
それでみんなの視線が集中する。
「フェイト、なにか知ってるの?」
「うん……、一昨日の夜にね、神雷さんと神無さんがなにもないところを見上げてアリサのこと呼んでたんだ。その後ちょっと色々あって訊くの忘れてたんだけど……」
言葉は尻すぼみに消えて、フェイトはあの人へと視線を向ける。それと同じように皆もあの人を見て――
「それってひょっとして、幽体離脱……とか?」
すずかが、そんな突飛もないことを言った。
「……すずか、なに言ってんのよ。あたしはそんな――」
「いや、おそらくはその認識で正しい」
あたしの反論にかぶせてあの人は言う。
「肉体は生きたまま、魂だけが離れ現世を徘徊するとなるとそれしかないだろう。……俺も実際に見るのは初めてだが、他に説明できる言葉は知らん」
「知らんって……」
呆れた。こんないいかげんで投げやりな雰囲気の人だとは思わなかった。
それでも、この人に対する苦手意識が消えるわけじゃないけど。
「それで、なんであたしがこうなったのか教えて欲しいんだけど。あなたのせいなんでしょ、それは?」
「……なぜそうなる?」
「え? だって久遠が……」
久遠は言っていた。
――ありさも、じんらいのけんぞくになったの?
――ありさ、じんらいのにおいがする。くおんとおんなじ
なんでそんなことを言われたのかはあたし自身まだ分かってないけど、その理由は絶対あたしじゃなくてこの人にあるに決まってる。その幽体離脱だって、その『眷属』とかにされた影響じゃないのか?
なのにその本人はまったく自覚がないなんて……
「久遠を知っているのか……」なにを思ったのか苦々しげに舌打ちを一つして「……確かに、俺の『眷属』には俺の力の一端が継承されている。久遠には雷、神無には霊視といったようにな。だが、お前が『眷属』だとしても幽体離脱など継承できるはずがない」
「なんでよ」
「俺には幽体離脱など絶対にできない。故に、俺の『眷属』という理由でその異能を得ることはない」
はっきりと、これ以上ないってくらいに明確に言い切った。
それに対して感じるのは安心と不安という対極の感情。
まず、この人は関係ないということへの安心。もし関係あったりしたら、この先なにをされるか分からないからだ。久遠やはやては(そしてたぶんフェイトも)この人を信頼しているみたいだけど、あたしにはそれは絶対に無理。
そして、自身になにが起きているのか、その責任の行き先を見失った不安がある。目の前のこの人のせいだと、そうだったならこの人を悪役にして全ての責任を押し付けて糾弾できるのに。
「……じゃあ、あたしがその幽体離脱をできるようになった理由にあなたは関係ないのよね?」
たぶん、ない、とはっきり言って欲しかったんだと思う。この人はやることは無茶苦茶なんだろうけど、たぶん嘘は言わない。皆揃ってこの人の言うことをまったく疑ってないし、こんな大事なことで嘘を言う人にはやてや久遠が好意を示すとは思えないから。
でもこの人はなにかを考えるように目を閉じて、
「……一つ、確認するが」そこで一度区切って「お前は一度でも、俺の血に触れたか?」
「一度でもって……覚えてないの?」
あたしは忘れられない。
一時の激情に流されたとはいえ、普段ならしないような考えなしな行動をしてしまったこと。そしてなにより、目玉を潰す感触も、真っ暗な目の空洞も、滴る血の熱さも、忘れたいのに今もまだはっきりと覚えている。
今でもそれらを思い出す度右手が震えるというのに、この人は覚えていないと言う。
一瞬で、またキレそうになった。
けど必死に自分を抑える。ここで下手に動いたらまたあの日の繰り返しだ。今度はなにをさせられるのか、考えるだけでとっても怖い。
「……あなたの右目を潰したときよ」
それであの人は合点がいったという顔になる。本当に今まで忘れてたみたい。
いや、違うか。あたしがその相手だって気づかなかったのか。
「そうか……」
それきり、また目を閉じてしまう。でも、頭の方ではなにかを考えているらしく、声に出さないけど口元がブツブツと動いている。
その様子を見て皆が無言のまま顔を見合わせてどうしようかという感じで迷っていると――
突然、あの人はこんなことを言った。
「もしかすると、お前が俺の願いの成就の鍵かもしれないな」
……意味が分からない、とそんなことしか考えられなかった。
1月29日 (日) PM 9:46
志乃view さざなみ寮
今にも倒れそうな体を引きずるようにして、やっとさざなみ寮に着いた。
玄関のドアが、まるで鋼鉄でできているかのように重い。体全部預けるようにしてようやく開いた隙間から滑り込む。
「た、……ただい、ま……」
息も切れ切れにそれだけ告げる。
そして靴を脱いだところでもう限界。玄関で座り込んだまま、立ち上がる力もない。
いっそこのままここで寝てしまおうか。後で誰か見つけて起こしてくれるだろうし。
そう考えると肩の力が抜けた。このままだと本当に寝てしまいそう。
……ところで、この子供用の靴は誰のだろう? 子供用は二足あるから、片方はあすかちゃんの分だと思うけど。
そんな割とどうでもいいことを考えていると、二階から誰かが下りてくる足音。
「あ、おかえりなさい。……どうしたんです、そんなところで?」
誰かと思えば、愛ちゃんだった。部屋は一階なのに、なんで二階から? そう疑問を持つけど、とりあえず今は、
「……立てないんだよ。お腹は減ったし、眠いし……。ちょっと肩貸してくれないかな?」
振り返らないまま、左手で来い来いと招く。
動かせない右腕は骨折でやるように布で吊って固定してある。これでなんとか邪魔にはならないんだけど、やっぱり片手が使えないのは不自由だ。
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
話している間にも近づいていたから、待ったのはほんの二秒程度。
左腕を持ち上げられて、その脇から愛ちゃんの頭が出てくる。
「せーのっ」
愛ちゃんの掛け声とともに肩を借りる形で立ち上がる。
「え……っと、リビングまででいいですか?」
「あ、うん、お願い。ついでに――」
晩御飯も、と続けそうになって危なく止める。
ここに来て間もない頃に耕介くんと真雪ちゃんに、愛ちゃんの料理だけは食べてはいけないと言われていたんだった。曰く、アレは人間の食べ物じゃない、と。
でも、言葉の代わりに出たお腹の音で言いかけたことを理解してしまったらしく、
「分かりました。腕によりをかけて作りますね」
満面の笑みで言われたその言葉に、背中がダラダラと冷や汗を流す。
リビングまでの数メートルが、こんなにも恐ろしく感じたのは初めてだった。
「あ〜〜。疲れた」
ソファにどっかりと座り込んで、ようやく一息つく。
ついさっき一番の心配だった晩御飯は、キッチンに向かう愛ちゃんの姿を見て状況を理解してくれた耕介くんが作ってくれることになった。(もともとあたしに用意していた分は泊りのお客さんに出してしまったとか)
そのことに愛ちゃんは少し不満な様子を見せているけど、他の皆はあたしと同じように安堵している。……そんなにヒドイのか。
そんな空気から話題を変えるようにまず真雪ちゃんが口を開いた。
「で、どこに行ってたんすか? 昼にメシで呼びに行ったらボウズの部屋に居ないし」
「そうですよ。出かけるなら一言言ってくれればいいのに」
「あー。ちょっと落し物を探しにね。こんな時間までかかるとは思ってなかったんだよ」
「落し物って、言ってくれればお手伝いしましたけど……」
那美ちゃんが当然のことのように言う。ホント、この子はいい子だ。
でもそうはできなかった理由もある。
「あすかちゃんがいたみたいだったからね。今顔を合わせたらどうなるか分からないから」
その言葉で、先週――あすかちゃんが初めてここに来た日に立ち会った面々の表情が硬くなる。
なにせ、顔を合わせた瞬間に殺し合いを始めてしまったのだ。今のあたしじゃ同じことはできないだろうけど、かといって気楽に構えるわけにもいかない。
「それもそうか……」
そのときのことを思い出したのだろう、リスティは安堵のようにため息をつき、
「それで、結局落し物は見つかったのかい?」
「いいや、見つかってないよ」
首を横に振る動作もおまけにつけて答える。
そう、見つからなかった。左目まで使って探したのに、『万里』はあの状況から落ちている可能性のどこにもなかった。
こうなると誰かに持っていかれた可能性を疑うべきか。もしそうなら……しばらく放っておいて、頃合いを見て追跡してみよう。あれは命を吸い取る呪弓。泥棒猫がどういう報いを受けるのか、しっかりと思い知ることだろう。
まぁ、追跡するとはいっても、あたしは呪術を使えない。できることは鋼を創り出すことだけ。
でもそれも使いようだ。また新たになんらかの条件で追跡のできる異能の金属を精製してみればいい。
そのためにも今は回復が第一。
そして、そのために現状最大の障害といえば――
「そういえば、あすかちゃんは?」
「ついさっき寝ました。今日はお友達と一緒に」
そういえばお昼に子供の声がしていたっけ。あすかちゃんの声も混じってたし、顔を見せたらまた殺し合いになるかもと思ってさっさと出ちゃったんだけど。
「そのお友達って、ひょっとして玄関に靴のあった……」
「ああ、たぶんそれはその子のっすね」
「どんな子?」
「うーん、名前はヴィータっつって、見た目はチビッ子と同じくらいの歳っす」
「ふ〜ん」
「それに性格の方は……ちょっと強気だけどいい子だというのは間違いないでしょうね。チビッ子が逃げようとしてるのを捕まえてまで友達になるっつーんすから」
「へぇ……」
真雪ちゃんの説明はだいたい予想していた通りか。あの子みたいに意地っ張りなくせに内向的な子の友達になるには、多少強引なくらいの子でちょうどいいんだろう。自分の殻に閉じこもってしまっても引っ張り出してくれるように。
「あ、それと異世界の魔法使いだってさ」
「…………はい?」
異世界とか魔法使いとか、なにそれ? 西洋のお伽話じゃあるまいし、そんなものを信じろと――
いやいや、世界が不思議で満ちているのは自分という存在一つで疑いようがないことだし、それくらいは……アリ、なのかな。
「はい、お待たせ」
そう思考に割り込むように、横から声とともに出てきた料理はチャーハンの大盛とスープ。ちょっと物足りないけどまあいい。
右手を動かせないので合掌は無理。仕方ないので左手でレンゲを取って、
「いただきます」
定番の号令を言ってから料理に手を伸ばす。利き手でない分うまく動かせないけど、それでもなんとかなる。
とりあえず今は食べて回復と不器用ながらも食を進めていくうち、リスティが、
「ちょっと思ったんだけど、キミとあすかじゃなんかイメージ違うね。同じ不老不死にしてはなんていうか、こう……」
どうも要領を得ないけど、言いたいことはなんとなく分かる。
それはそうだろう。
「当然だよ。あたしとあの子じゃ体の年齢も、不死にされた理由も、千年の生き方も違う。あたしが知ってる『呪い憑き』はあの子で四人目だけど、その四人とも全員が共通点を見つけるのが難しいくらいバラバラだし」
《獅子姫》。《神雷》。《幻影》。そして《黒翼》。
『呪い憑き』の共通点は異能の力を持つということだけど、その異能の力さえも系統はバラバラ。改めて考えると、よくこんな無茶苦茶な呪いが成立しているものだと感心の念さえ覚える。
「そういうものかな」
「そういうものだよ。あたしとあの子には千年っていう桁違いの時間があるけど、ここにいる皆とそう変わらない。自分の人生を生きて、その途中でたまたまそれが交わったっていうそれだけのこと」
その言い分に何人かが不満そうに顔をしかめる。あたしなにか変なこと言った?
そのちょっと険悪な感じのする雰囲気を変えようとするように那美ちゃんが口を開いた。
「あの、前からちょっと気になってたんですけど……志乃さんはなんでそんな、不老不死の呪いを受けたんですか?」
それは疑問というより確認という感じ。
そういえば、それらしいところを見ていないからかすっかり失念していたけど、この子も『神咲』の一族の一員なんだっけ。となればこの子は現状、あたしが知る限りでは最も呪いとかそういう事柄に近い位置にいるんだろうけど……
「……なんでって、こういう力を持つからだけど」
言いながら、見やすいように前に出した手で『錬鉄』を発動。創り出すのはなんの異能も変哲もない一本の針。これ以上の物を創るのは、今はちょっと力が足りない。
「これ、今どこから……」
「なにもないところから。あたしは胚に命を鋼に変えれる呪いを抱えてるんだよ。前に言わなかった? 『呪い憑き』は異能の力を持つ者が選ばれるって」
「言ってましたけど……。胚って……子宮、ですか?」
あ、やっぱり普通は驚くよね。あたしが初めて知ったときは驚くどころじゃなかったけど。
「いったいどこでそんなものを……」
「どこでって訊かれても……」
どう答えたものかと思案する。というか――
「それはつまり、あたしの昔話が聞きたいってこと?」
胡乱な目で見返すと、那美ちゃんは慌てたように、
「あ、いいんです、無理に聞き出そうとは――」
「……いいけどね。別に隠す必要もないし」
その宣言に、全員が呆気に取られたような顔であたしを見る。
「……なに、その顔?」
「いや、だって、なぁ?」
主語を明らかにしないままで、リスティが同意を求めるように周囲を見回して、何人かは同意するように頷く。
「あたしが不老不死だと知ってる人たち相手に、昔のことなんて隠す意味ないと思うけど……」
「そうかもしれないけどね、誰にだって自分だけの大切な思い出とか、誰にも知られたくない辛い記憶とか、そういうものがあると思うよ」
やけに実感を込めた声で耕介くんは語る。
そうかもしれない。そういうものを積み重ねて、人は誰のものでもない『自分だけの人生』を作り上げていくのだろう。きっとそれは尊く、何物にも変えがたい価値あるもので……
でも、少なくともあたしはあたしの始まりに独占欲を見出せない。知られたなら仕方がない、知りたいというなら構わない、その程度の価値。
とまぁ、そのことにいろいろ思うところはあるけど、つまるところ――
「君たちはあたしの過去を、知りたいのと知りたくないのと、どっち?」
改めて問うと、皆は視線だけで会話を交わして、代表するようにリスティが、
「いや、それは……キミがどんな風に生きてきたか、興味はあるよ。だから、教えてくれるっていうならちゃんと聞くさ。それにここの連中はワケありも珍しくないからたいていのことは驚かないし」
「……分かった」
そう答えて、話す間にも食べ続けていた料理の最後の一さじを口に運び、一口お茶を飲んで舌を潤す。それからふぅっと息を吐いてその間に心の準備完了。
「あれはもう千年も昔の話。……でも、まだはっきりと覚えてる」
ゆっくりと、古い記憶を紐解いていく。
誰もが好奇心で耳をそばだてる中で、あたしはあたしの始まりを語りだした。
* * *
あたしの始まりは、ごくごく平凡なもの。
ごく平凡な、裕福とはいえない家庭に、あたしは生まれた。
だけどそれを不満に思うことはなく、強いて挙げるなら変わらぬ毎日という退屈にわずかな変化を求める程度。
けれども、同じ村に住む自分の知る誰もが生まれる前から続いてきたその生活を自分もなぞり、歳をとって、いつか子を産んで、そして死んでいくのだと、そう信じていた。
それ以外の生き方など、考えることもなかった。
その当然と思っていた人生の転機は唐突だった。
その日もまた、山へと実りを採りに登り、空が茜色に染まるまでいつもと同じように木の実や食べられる草を集めていた。
虫の知らせなどと都合のいい話はなにもない。
その直後迎える運命を知る由もなく、あたしはいつも通りだった。
そして帰り道の途中で、ようやくそれに気づいた。
夕焼けの空よりもなお赤い空と、その空を覆うように立ち上る黒い煙。
嫌な予感がした。(すでに終わっていたのだから予感というのは違うかもしれないが)
その予感に従って急ぎ戻ってみれば、村は焼かれていた。
轟々と、天を衝くほどに燃え盛る炎と、その中で蠢く人のカタチをしたなにか。そしてその炎の外で真っ赤な水溜りに寝ている村人たち。
それを目にして、その意味するところが何一つ理解できなかった。
理解しようとする自分を全力で拒んでいた。
一夜が明けて、燃え続けていた火は消えた。
燃えるものはすべて焼き尽くされ、一日前の記憶とは考えられないほど様変わりした村の姿を、ただ呆然と眺めるしかできなくて、
生き残ったのはあたしと一緒に山へと行っていた数人の子供だけで、
途方に暮れた。
なんの覚悟もなく、なんの準備もなく、いきなりこの世界に取り残されて。
それでも、生きようという決意と、生きたいという願いははっきりとこの胸にあった。
それから何日かが経ち、終わりは早くも近づいていた。
それは考えるまでもなく当然だ。子供が数人だけいきなり取り残されて、それで以前と同じ生活などできるはずがない。
住居をはじめとする全てを焼かれ、食料などとても満足に用意できず、その状況を打開する術すら見つけられない。
そんな生活に耐えられず、一人、また一人と弱って死んでいき、そして最後にあたしが残った。
あたしが最後だったのはただの偶然に過ぎない。当時はまだ、不死でもなんでもないただの人間だったんだから。
だから、皆が死んでいく中であたし一人がなんでもないわけがない。すでに指一本動かすのも億劫なくらいに弱っていて、
そんなときに誰かが近づく足音が聞こえた。それはまるで死神の足音のように思えた。
その足音が自分の近くで止まったのに気づき、ない力を振り絞って顔を上げて見てみれば、そこにいたのは年の頃三十路くらいの男だった。
――これは酷いな
なにを見てそう思ったのか、男はそう言った。
そして次にあたしを観察するように見て、
――このようになってしまっては、死なせてやるのが情けかもしれんが……
なにかを躊躇うように数秒置いて、
――まぁいいだろう。同じ死ぬものなら、せいぜい私の役に立ってもらおう
それがどういう意味かは死ぬ直前の頭では分からなかったけど、その言葉と共に伸ばされた手は、あたしを助けてくれるものということは分かった。
そのときあたしには、その手を振り払うという選択肢もあった。
でも、そうすればまず間違いなく三日と保たず――いや、次の日を迎える前に息絶えるとなんとなく察していた。
死にたくない。
死ぬのは怖い。
理由なんて、ただそれだけ。
それだけの理由で、あたしはその差し出された救いの手を取った。
取ってしまったのだ。
その男は旅の途中の鍛冶師だった。
旅の途中で戦場から戦場へと渡り歩き、敵味方も善悪も問わず、ただ鋼を鍛えて売る。それはその男の一族に、先祖代々伝わってきた生き方らしい。小さな村の中で生きることしか考えられなかったあたしにとって、そんな考えもしなかった生き方を知って、とても感動したのを覚えている。
そしてその男に連れられて初めて村の外へ出て知ったことだが、当時あたしの村の近くで戦があったらしい。たぶんあたしの村は、その戦場から逃げ出した連中に食料などを略奪されて焼かれたのではないかと今は思う。
それともう一つ、今思い返せば間違いなく、千年の永い生の中で一番生きることに必死だったのはあの頃だろう。
なにせあたしはまだ一人では自活できない子供で、見捨てられて一人になったらまたすぐ死の瀬戸際に立つことになる。それが分かっていたから、捨てられないように、置いていかれないように、必死で顔色を窺って生きていた。なにもかもが初めてでも、弱音も泣き言も堪えて頑張った。
でも、そんなに頑張らないで適当なところで逃げてればよかったのに。
そうすれば、少なくとも人間として死ねたのだから。
それから数年が経ち、色々なものが変わっていた。
子供の成長は早い。ほんの五・六年程度でもう手足は伸びきり、体つきも女性のものへと変わっていた。
それに、男について旅をしていたために鍛冶の技法も一通り叩き込まれた。
もう一端の大人として自立できるだけのものは教わり、そして変わっていたのは外面ばかりではなかった。
ある日――それがいつからかと明確には分からないが、原因不明の変調に襲われた。
精神的に不安定な感覚。不規則に訪れる嘔吐感。食欲の欠落。
それが『つわり』という、我が身が新たな命を宿した影響だということには、失ったことを知るまで気づきはしなかった。
そして知らぬままにさらに訪れる異変。
それは何日目になるのか、すでに慣れてしまった嘔吐感のままに吐き出したものの中に、血が混じっていた。
そこから始まり、少しずつ吐血の量は増え、それと期を同じくして全身を体の中から金属の爪で引っかかれるような痛みに襲われるようになり、その痛みはやがて下腹部へと集中していった。
そして、不規則に下腹部から響く激痛は七日七晩にも及んだ。
その激痛に発狂することはなく、一口の水さえ飲まぬまま死ぬこともなく、ただ痛みに悶える時間。
それが終わりを迎える頃に男は現れて、
――ああ、ようやく完成したか
まるで、そうなることが予定通りであるように、しかしずいぶんと待っていたように、そう言った。
だから問いただした。あたしの体に、いったいなにをしたのかと。
その問いに、男は悪びれもせずに答えた。
呪いを一つ、この身に仕込んだのだと。
呪具『ヒヒイロノカネ』。
命として未完成の存在――胎児を贄として、隕鉄をはじめとする数多の金属と掛け合わせて作り出す呪いの金属。それは持ち主の意思のままに、命を代価にしてあらゆる金属を作り出せる奇跡の体現。
それを、この男はあたしと出会ったその日から、あたしを使って作ることを決めていた。
そして、それはようやく九割ほどとはいえ完成したのだと、男は言った。
つまり、その男にとってあたしは、助手ではなく、女ではなく、そればかりか人間でさえなく、ただの(というほど軽くもないだろうけど)道具の一つでしかなかったのだ。
かつて命を助けられた感謝があり――
一流の鍛冶師に対する尊敬があり――
いつしか抱いていた、紛れもない愛情があった。
それらの全てを徹底的に踏みにじられた気分だった。
だが、それでも自身の身に降りかかる不幸を嘆く間もなく、あの日男の手を取った選択を悔やむ間もなく、
ドスッと、
数多の負の感情がない交ぜになって自失していたあたしを現実へと引き戻したのは、腹部へと突き込まれた痛みだった。
呆然と見下ろせば、そこには一本の短刀が刺さっていた。
何故、とすでに止まったも同然の思考が問いを発する。
そうして見上げた視線の意味を、男は取り違えることなく受け取った。
――こうしなければ、ヒヒイロノカネは真の完成を見ない
それは持ち主の意思を読み、金属を創る。
だがそれがあたしの胚にある限り、あたしの意思でしか使用できない。
だから取り出すと。
この腹を裂いて、引きずり出すと。
淡々と語りながら、中にある宝物を傷つけないようにゆっくりと腹を裂いていく。
その激痛と恐怖たるや、筆舌に尽くせぬものだった。
その中で――もはや絶望のどん底に突き落とされ、死の一歩手前まで追い詰められ、それでもまだ心に残った一つの感情。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
縋り付くものは全て失くして――否、最初からなにもないのに、それでもまだ死を拒んだ。
そして気がつけば、無意識のうちに創り出し手にしていた不恰好な剣が、男の胸を刺し貫いていた。
それが、あたしが犯した最初の人殺しだった。
* * *
ひとまず、きりのいいところまで語り終えてお茶を一口すする。
話が長かったのか、話し始める前に飲んだときはちょうどよかったお茶が今は少し冷たく感じる。
「……ふぅ」
一息ついて落ち着いて顔を上げて気づいた。全員が、唖然とした感じであたしを見ている。
そういえば、改めて考えるまでもなくここにいるのは人を殺した経験なんてない子ばかりか。そんなところで死んだとか殺したとかいう話はダメだったかな。
その辺はちょっとだけ反省。
でも現実を知ってもらうにはちょうどいい頃合かとも思う。
あたしが背負うモノ。
あたしが犯した罪。
それで距離ができてしまうなら仕方ないだろう。それは自業自得だし。
居心地の悪い沈黙がリビングを埋め尽くすが、それを破るように真雪ちゃんが挙手してから、
「あの……ちっと気になったんすけど、いいすか?」
「いいよ。なに?」
「志乃さん、妊娠したっていうなら誰がその父親っすか? ……その相手ってもしかして――」
「それを聞くのは野暮ってものだよ」
あっはっは、と笑って流す。
だいたい、今した話だと相手になるのは一人しかいないし。
もしも普通にこの子を産んで『家族』になることができていたなら、それはどれほど幸せだったろう。
裏切られたと知っている今でもそう思うほどに、あの頃は彼のことが好きだった。……いや、過去形ではなく、今でもきっと……
普段はあえて考えないようにしている感傷に浸りそうになるけど、次の質問がそれを止める。
「前にキミが言ってた、お腹の子は死んでるってのは……」
「そのままの意味だよ。この子はもう呪いの金属になってて、人間どころか生き物でさえなくなってる。それにこの呪いを抱えてるから、あたしはもう子供を作れない体になったんだよ」
その事実こそが、あたしが持つ見えない傷の中でも一番大きなもの。
我が子を生贄にして生み出した呪いを生涯抱えて生きていく。
その重さに潰れそうになることは数知れなくて、
だから、そんな自分を支えてくれる誰かに傍にいて欲しい。
そう思い、生きてきた。けどそれは、望んではいけない我が儘だろうか。それゆえに生まれた悲劇があり、《獅子姫》――綺羅のこともその内の一つ。手にした絆は形がどうあれ、例外なくこの手から零れ落ちていった。
なればこそ、もう求めるべきではないのかもしれない。
今また、手にして失うくらいなら――
「……それにしても、そのときが『最初の』って言うなら、今までに何人殺してきたんすか?」
「え?」
「? なんです?」
「あ〜……なんでもないよ」
意表を突かれる形でちょっと動揺した。とは言わない。
もし言って追求されたら面倒だから。
だから、なんでもない風を装って質問に答える。
「それで、だ。それは……」指折り数えて「二十八人、かな。あくまで、あたしが殺すと決めて殺した人間の数だけど」
あくまで、と念を押すのは、事故も同然に死なせてしまった人間や、人間ではないものを数えてないからだ。もしそれらを数に入れたら軽く十倍は越える。
「そんなたくさん……?」
「いや、たくさんって言っても、神雷が殺してた数に比べたら全然少ないんだけどね」
なにせあの男、五百年前にあたしの知る数年分だけであたしの数倍は殺している。そんな勢いで千年も生きればどれほどの数になるのか考えようとするだけで恐ろしい。
まぁ、それはそれ、これはこれ。あの男を引き合いに出しても結局は五十歩百歩でしかない。あたしが人を殺してきたという過去は変えられないし、もしこの場の誰かが殺されるかもしれない場面に立ち会えば躊躇いなく相手を殺してでも止めるだろう確信もある。それは以前、那美ちゃんが攫われそうになったときの対応を思い出せば疑いようがない。
……あぁ、そういえば……
この街でももう、あたしは一人殺してるんだった。
確か、フェイトという子だったっけ。あの夜、最後に神雷へと放った『人喰いの棘』に胸を貫かれていた。その傷が確かなものなのは、あたしに返ってきた傷からして間違いないし、それでなくても『殺人』の異能を付与した武器による傷。そして今日、血痕も確認している。
また一つ、背負う罪が増えたわけだ。
それを思い、盛大に溜め息が出る。
それの意味をどう受け止めたのか、今度はリスティが訊いてきた。
「それで、キミはこれからどうするんだ?」
「そうだね」口元に笑みを貼り付け、天井を見上げて「どうしようかな……」
あの男を許せない、というのは変わらない。
でも、命も、力も、憎しみも、全てを費やした殺し合いであたしは敗けた。実際には今生きている以上敗けと断言しずらいけど、それでも生き残れてるのはあの男の気まぐれに過ぎない。そんなあたしにはもう、復讐なんて唱える資格はない。
けど、いくらそう頭では理解しようとしても、五百年に及ぶ憎悪はそう簡単に消せるはずもない。そんな簡単なものだとは思いたくない。
だがしかし、今あの男を殺したところでなにが戻ってくるわけでもない。死んだ人間は生き返りはしない。
分かっている。分かっていた。それでも、この憎しみの捌け口を求めていた。なのに――
あの最後の瞬間、あとただ一撃で殺せる敵を殺さず、崖下へと蹴り落とすだけでトドメもささず放り出してまで少女を助けに走る背中を一瞬とはいえ見てしまい、これ以上どうやってあの男を『悪』に押し込めればいいのか、分からなくなった。
だけど……
すでに答えは出ているのに、思考は堂々巡りを繰り返す。
なにか適当な理由を見つけてあの男を殺したがっているあたしと、倫理と仁義で雁字搦めになって動けなくなろうとしているあたし。
そんな矛盾に気持ち悪いものを感じるけど、それはどちらも疑いようもなくあたしの本心。
まぁ、いずれそのどちらを選ぶにしても、今選べる答えは一つ。
「……ま、しばらくは様子を見ることになるかな。傷が治るまではどうにもできないし……」
それに、ここが『開かれた霊穴』だとしても、『呪い憑き』が四人も揃ったというのが気になる。そんな事例、千年を省みてもたぶんなかっただろう。
だからだろうか、予感がある。
きっとこの街で、あたしたちの不死の呪いはなんらかの節目を迎える。
そんな確信にも似た予感が、今あたしの心にある。
さて、第3章第2話をお届けしました
志乃(以下志)「うん。でもずいぶん時間かかったよね。いつものことだけど」
ああ、時間は取れないしネタは浮かばないしでなかなか難産だった。いつものことだけど
志「……まあいいや。ここもそう長くはないし、さっさと進めよう」
ああ。では簡単に解説といこうか
志「うん。まず前半、今回でようやく、アリサちゃんの夢の正体が判明した、と。そういうことでいい?」
そう。まぁ、なぜ幽体離脱できるようになったかとかなんでその状態で殺人現場にいたのかとか、そういうことはアリサが中心にくる話――第4章になってから解説することになるだろうけど
志「一話書くのにこんなに時間使ってるのに……そんな先のこと考える余裕あるのかな?」
考えてるのは大まかなプロットだけだから。細かく考えられるならこんなに時間使わないし。そもそも今回この話出す予定なかったし
志「そうなの?」
そう。第3章はさざなみ寮を舞台に、あすかを中心に、というのを前話あたりのあとがきで書いたと思うけど、これ全然関係ないだろう
志「それもそうか。……で、後半はあたしの話だね。……それにしても、あたしの過去、酷くない?」
いや、酷いかもしれないけど最初から決まってた設定通りだし。それにこれで酷いとか言ってたら他の三人なんかもう……
志「……そんなに酷いの?」
その辺の判断は人それぞれだけど、少なくとも碌なものじゃないな。それに本編でリスティが言ってたように、とらハもリリカルもワケありのキャラとか少なくないし
志「……そうだね。そうみたいだね……」
分かってもらえたようでなにより。それにしても、もうちょっとバトルとか動きとか臨場感とか、そういうものを書いてみたい。……けどそういう場面がない。そもそもこの作品、戦闘より人の心の動きとかに重点を置いてるから当然といえば当然なんだけど
志「へぇ〜〜……。君、二兎追う者は一兎も得ずって言葉知ってる?」
知ってるさ。でも俺は欲張りだから、この作品でできることは全部やりたい。四人に用意したそれぞれのテーマを余すことなく表現して、やり遂げれたときに達成感の一つでも味わえる、そんな作品を書きたい。そう思う。
志「そう……。まあ、頑張れ」
ああ。それではいつものように最後に次回予告。次回からようやく暦は二月に移り、そしてまた新たなオリキャラ(?)が登場の予定
志「……その疑問形はなに?」
いや、扱いが微妙なキャラなんでね。名前や設定は本編にも出てるんだけど、立ち絵を見たことはないし中身はほとんどオリジナルになるだろうし、ということ。……それにしても、あとがきが一番疲れるってどうだろう?
幾つか分かったこともあったけれど、何よりもアリサが鍵かもしれないっていう言葉が一番気になるな。
美姫 「本当よね」
あれは一体どういう意味なんだろう。
美姫 「アリサがどう関わるのかしらね」
まだ確信していないみたいだけれど、どうなっていくのか。
美姫 「次回もお待ちしてますね」
ではでは。