それが夢であることは理解できた。

 何故、と訊かれたら分からないとしか言えないけど、ただそうと理解する。こういうのはたしか、覚醒夢っていうんだっけ。

 

 

 その夢の中で、わたしは走っていた。

 とてもお腹が減っていて、とても喉が渇いていて、それでも走っていた。

 走っているのは遠くに水らしいものを見つけたからだ。飢えはなんとか我慢できる。だけど渇きまではそうもいかなくて、遠くに小川の水面が反射した光を見つけて、それに向かって走った。

 どれほど走っただろうか、やがて最後には転がるように川岸へと辿り着き、そのまま顔を突っ込むようにして水を飲む。

 そうして存分に水を飲み、顔を上げてようやくその場にいた先客に気づいた。

 ほんの少しだけ上流、小さな滝になっている場所で一糸も纏わぬ少女が、驚きの顔でこっちを見ていた。

 

 その姿に見惚れた。

 

 まだ未成熟ながらも女らしい膨らみを見せる汚れのない白い肌。

 この世の何者にも屈することのない強さを湛えた澄み切った瞳。

 だが、なによりも目を引くのは、眩い、輝くような金色の髪。

 

 

 その髪はまさに、光を思わせるほどに美しかった。

 

 

 

 

 

 

    第3章   「温もりというもの」

 

      第1話  「騎士と天使と」

 

 

 

 

 

 

  1月29日 (日)  AM 5:00

   フェイトview  自室

 

 

 ――ピピピピピピピピピピ

 

「……あ」

 

 気がつけば、目に映るのは見慣れた天井だった。

 すぐにここが自分の部屋だと気づく。耳に届く小さな寝息の方を見てみれば、アルフはまだ隣で寝ている。

 

「夢……?」

 

 声に出してもそれに答えるものは誰もいない。けれど、やけにリアルな夢だった。まるで実際に見てきたように、細かいところまではっきりと覚えている。あんなの『闇の書の夢』以来だ。

 いったいなんだったんだろう。……なんとなく予想は付くけど……

 

 ――ピピピピピピp……

 

 考え事をしている間も鳴り続けている目覚ましを、手を伸ばして止める。

 

「んっ……」

 

 上半身を起こし大きく伸びをする。体に軽い痺れが走る。

 

「ふぅ……って、あれ?」

 

 一息吐いてから、昨日の傷のことを思い出した。でも、右胸の傷はもう痛みはない。

 もう、大丈夫なのかな……

 そう考えてしまうけど、まだ油断はできない。あれだけ皆や神雷さんを騒がせた傷が、たった一日で完治するようなものとは思えない。

 ゆっくりと右肩を回してみる。痛みはあるけど、それは奥の方で疼くような小さなもので問題はなさそうだけど……。後でちょっと診てもらおうかな。

 それを確認してからアルフを起こさないようにベッドを出る。部屋のエアコンは目覚ましの時間の十分前にオンになるように設定してあるから、寒いということはない。

 そして着替えようとして服に手をかけて、一つ目のボタンを半分はずしたところで手を止めた。

 今日は日曜日で学校は休みだし、傷のことで神雷さんから無理な運動は禁止されている。どれくらいを無理な運動というのか判断に困るけど、たぶん朝の特訓とかもダメなんだろう。

 だとするとこんな朝早くから着替える必要はないかな。このままで顔を洗って、朝ごはん食べて、それから研修の予習でもしてよう。はやてやアリサは今日さざなみ寮に行くみたいだけど、わたしはケガしてるから安静にしてるように言われてるし。

 そう結論を出して部屋を出る。

 そして洗面所へと行く途中ちょっと気になることがあって、リビングのドアをそっと開けて、中を覗く。

 そこに、ソファにもたれこむようにして目を閉じている神雷さんがいるのを確認して、知らず安堵の吐息を吐いた。

 昨日一度出て行った神雷さんだけど、朝出て行く前に予告した通り、夜になる前に戻って来た。なにをしていたのかと訊いてみたら、一日神無さんに付き合っていたらしい。それでうちに居候することを納得してもらったとか。

 それはつまり、デートということだろうか。そのときに買ったのだろう、ボロボロになっていた真紅の羽織は(どこで見つけてきたのか)新しい真紅のロングコートに変わっていた。……それを見て聞いて、なんとなくムッときたのはなんでだろう?

 まぁ、それはそれとして、ちょっと確かめたかったことがあるんだけど、今の様子では無理みたいだ。

 その確かめたかったことというのは、神雷さんの瞳の色。数えるくらいしか見ていないけど、神雷さんの瞳の色は金色だったはずだ。

 そして夢の中の自分も金色の瞳で、しかも男の人だった。一瞬だけ水に映った姿だけど、でもはっきりと覚えている。

 だからひょっとすると、あの夢は神雷さんの過去なんじゃないかと思う。夢でそれを見るのも変なことだけど、『御霊写し』なんて不思議な力を持ってる人なだけに、否定できない。

 

 それにしても――

 夢の最後に出てきた女の子を、どこかで見たような気がする。

 それがどこだったのか、誰だったのか。寝起きの頭は十分な答えを返してくれない。

 ちょっと顔を洗ってこよう。

 すっきりすれば、少しは思い出しやすくなるかもしれない。

 そう結論を出して、神雷さんを起こさないように静かにドアを閉め、洗面所へと向かう。

 そして洗面所にある鏡を見て、さっきの疑問の答えを知った。

 夢の最後に出てきた女の子。

 

 それは髪を下ろした自分の姿によく似ていた。

 

 

 

  1月29日 (日)  AM 10:34

   ヴィータview  移動中車内

 

 

 車の窓に肘を付いて、窓の外を流れる景色をぼんやりと見送る。

 今日は、先週シグナムの付き添いで行けなかった『さざなみ寮』ってとこに行くらしい。

 メンバーは、あたしとはやてとシャマル、それにすずかとアリサ。

 シグナムとザフィーラは管理局の仕事。テスタロッサは昨日の傷のことで念のために休み。そしてなのははテスタロッサの付き添い。……なんだか最近、あたしら全員が揃うって少ないな。一昨日の夜には一度揃ったけど。

 

 とまぁ、それは置いといて、さっきから視線を感じる。振り向くと、慌てて視線を逸らされた。

 なんだろう? 今朝会ったときからなにかを隠してるような態度。でもそこにあるのは後ろめたさじゃなくて、悪戯の成功を楽しみにしてるような、そんな感じか。

 

「……なんですか?」

「なんでもないわ。気にしないで」

 

 いや、今みてーな不自然な態度で、気にしないなんて無理だろう。そもそも、今日連れ出された理由だって聞かされてないのに。

 

「まもなく到着いたします」

 

 運転手をしているノエルが告げる。気がつけば車は来たこともない山の方。

 そして先の宣告どおり、数分もせず車は大きな家の前で止まった。

 

「はい、着いたわよ」

 

 そう告げて、まずアリサが降りる。それに続いてすずか、そしてあたし。その後でシャマルが降りてからはやてを抱っこして、その間にノエルが準備した車椅子に座らせた。

 それを確認してから改めて、目の前の大きな家を見上げる。

 

 さざなみ寮

 

 そう、門のとこに分かりやすく書かれてるからここで間違いないだろう。その建物はちょっとどころではないくらいに違いはあるけど、それでも他の知ってるヤツの家よりはやての家と作りが似てる。

 代表するようにアリサがピンポンを押した。すぐにドアの向こうに人の気配が現れる。

 玄関が開かれて、でっけー男が姿を現した。

 

「いらっしゃい。よく来たね」

「おはようございます、耕介さん」

 

 アリサの一言を皮切りに、すずかやはやてからも口々に挨拶が飛ぶ。

 一通りそれを終えてからこれが本題とばかりにアリサが訊ねる。

 

「耕介さん、あの子はいますか?」

「ごめん、今ちょっと遊びに出てるんだ。すぐに帰ってくると思うけど……」

 

 あの子? 誰だ、それ?

 

「遊びにって、一人で……?」

「いや、久遠と一緒に。なんでか久遠と御架月にだけは気を許してるみたいなんだよね」そこで一度苦笑し「まぁ、今日アリサちゃんたちが来るってあの子も知ってるから大丈夫。早いうちに帰ってくるよ」

 

 完璧に置き去りにされた形で進められている会話を横目に、

 

「……なぁ、はやて。あいつらの言ってる『あの子』って誰のことだ?」

「あはは。そんな心配せんでええ。ヴィータも知ってる子や」

 

 知ってる? この辺に知り合いなんていねーはずだけど。

 もうなにがなんだか分からない。……いざというときは魔法を使ってでも逃げ出そう。

 そんな密かな決意をしているうちに話はまとまっていた。とりあえず、中で待たせてもらうらしい。その決定と周りの流れに押されるようにあたしも玄関に入る。

 そして、それに付いてこないヤツが一人。

 

「それではすずかお嬢様。私は一度戻ります」

「あ、うん。ありがとう、ノエル」

「はい。ではまた後ほど、お迎えにあがります」

 

 それだけ言い残して、ノエルは乗ってきた車に乗って行ってしまった。

 それを見送ってから、玄関でいつものようにはやての車椅子の汚れを拭いて、それから誰かも分からないままの『あの子』が帰ってくるのを待つというということでリビングに通された。人数分のジュースを出されて、ここの住人らしいヤツらも何人か出てきて、和気藹々といった雰囲気で談笑が始まる。初めて会ったヤツもまったく警戒心を見せないのは、こういうことが日常茶飯事だからだろうか。

 でも、なんてーか……居心地が悪い。知らねー大人が何人もいるし、話してる内容はよく分かんねーし。(最近の『あの子』の様子とか、料理がどうこうとか、知るか!)

 それも長く続かないところで、玄関の方から声が聞こえた。

 

「ただいま〜〜♪」

「……ただいま」

 

 片方は知らないけど、もう片方は聞き覚えのある声。

 その声を聞いた瞬間、雷に撃たれたように震えた。

 そしてその途端、部屋の空気が変わった。まるで悪戯の成功を待つような、それかプレゼントの包みを開けるのを見守るような、そんな空気。

 それに余計な気を回す間もなく、二人分の足音が近づいてくる。

 

「こうすけ、おなかすいた〜〜」

 

 まず一人、見た目はあたしと同じくらいの歳の、長い金髪、変な格好の女の子が転がるように出てきた。頭についてる動物の耳が気になるけど、今はそれよりも――

 

「耕介。子供の靴がたくさんあったけど、ひょっとしてアリサたちが――」

 

 もう一人が、期待を隠せない声とともに現れ、そして部屋の中を一望して、

 

 あたしを見た瞬間、硬直した。

 

「ヴィー……タ……」

「あすか……」

 

 なんで、こいつがここにいるんだよ。

 その答えを求めて、周りの連中を見回してみても、成り行きを見守るように黙っている。その様子から、この出会いが予定されていたものだと察するのは難しくない。

 それからもう一度、あすかの方へと振り返る。するとあすかは、ジリ……、ジリ……とゆっくりと隙を窺うように後退さっている。下手に動けばその瞬間に脱兎のごとく逃げ出しそうだ。

 だから、ちょっと細工をする。その意思を汲み取って待機状態のグラーフアイゼンが小さく発光し、思い通りに『それ』は完了した。

 

「あすか、おまえ……」

 

 なにを言っていいか分からないまま、一歩近づく。 

 瞬間、逃げようとしたあすかの腕を、ほぼ同時に発現した深紅の光が捕らえた。

 

「ッ!? なにこれ!?」

「設置型のバインド。こーいうのはあたしの専門じゃねーけど、これくらいはできる」

 

 説明しながらも近づき、手の届くような近距離まで詰め寄る。

 

「神雷ってヤツに聞いた。おまえが不老不死の『呪い憑き』って連中の一人だって」一度、ゴクリと唾を飲んで「……おまえがあたしから逃げようとするのは、そのせいか?」

 

 その質問に、あすかは、小さく頷いた。

 瞬間、一気に頭に血が上った。

 

「バッカやろう!!」

 

 その叫びと共に手が出なかったのは僥倖だった。もしまた叩いていたりしたら、そのときはもう話し合いの余地なんてなかったかもしれない。

 けど、そのことに気づく余裕はない。激情に塗りつぶされた頭は冷静な思考を受け付けない。

 

「そんな簡単に決め付けんな。あたしがそんな薄っぺらいヤツに見えるってのかよ!?」

 

 締め上げる勢いで怒声を叩きつける。周りの大人たちが止めようとするが、そんなものは無視だ。

 そんなあたしとは対極に、あすかは冷めた目で、

 

「これを見てもか?」

 

 そう自嘲するように呟いて、あすかの背中に四枚二対の黒い翼が現れる。周りの空気が緊張したのを感じた。

 

「これのせいで、わたしはずっと化け物って言われてきた。……おまえだって同じだろう。だから、あのとき逃げたんだろう?」

「なっ……そんなこと……」

 

 ない、と言おうとして、その言葉に説得力がないことに気づく。理由がどうあれ、事情がどうあれ、あたしはあのとき逃げ出したんだから。

 でも、少しくらい信じてくれてもいいじゃないか。でないとなにを言っても空回りするだけなんだから。

 そんなにあたしは信用できないか。

 そのことに強い憤りを覚える。

 でも、それだけじゃないことに気づいた。

 

 怯えている。

 

 気丈に振舞おうとして、それでも抑えられないようにあすかの膝が震えている。 

 ……ああ、そうか。こいつはもう何度も繰り返してきたんだ。こうして自分の正体をさらけ出すことを。それはきっと、相手を信じたからこその行為だろう。

 でもその度に裏切られて、嫌われて、迫害されて。だから、心のどこかでは受け入れて欲しくても、違うどこかでは受け入れられるのが怖い。期待は落胆のために、希望は絶望のために、出会いは別れのために、そのためにあるものと深く刷り込まれてしまっているから。

 だから、あたしにもこんな風にしか言えないのか……

 

 だけど、それがどうした。そんなもんは関係ねー!

 

「グラーフアイゼン!」

《……Jawohl》

 

 長年の相棒はそれだけであたしの考えを察してくれた。(……少し躊躇っているような、呆れているような、そんな感じがしたけど)

 待機状態のグラーフアイゼンが鉄槌へと姿を変え、騎士甲冑を生成する。一瞬で変わったあたしの姿に、魔法を使えないヤツらは全員驚いてるけどそんなこと気にしない。

 今はただ、目の前にいるあすかだけに言葉が届けばいい。

 

「あたしも人間じゃねー。『夜天の書』っていう魔導書の、守護騎士プログラムとして作られたうちの一人だ」

 

 それはきっと、この世界で初めての告白。

 だけど恐怖はない。そんなものを感じる余裕なんてない。

 今はただ、目の前の頑固者を言い負かさないと気がすまない。

 

「とんでもねー昔に作られてもう何度も封印と覚醒を繰り返したから、あたしがいつ生まれたかなんてもう覚えてねーし分からねー。それにこの体だって、はやての魔力で作られてる。おまえが自分を化け物って言うなら、あたしだって十分化け物だ」

 

 それだけじゃない。とても永い時の間、戦い続けてきた罪だってある。管理局に行ったとき、敵意のこもった目で見られることだって少なくない。

 それでも――

 

「だけど、こんなあたしをはやては家族って言ってくれる……人間として接してくれる。はやてがしてくれたんだ。だから、あたしもやる。あたしにだってできる!」

 

 絶対の不屈の意志を込めて、叫ぶように言葉を叩きつける。

 

「……信じて、いいのか?」

 

 捨てられそうな子犬のように縋るような目を向けられて、より強く決意する。

 掛けたままだったバインドを解除。いきなり自由にされて揺れたあすかの体を受け止め、力の限りに抱き締める。

 

「当然だろ。騎士の名に掛けて誓う。あたしは、おまえのこともあたしの気持ちも、ぜってー裏切らねー」

 

 それが答え。

 

 一度目はそこに辿り着けなかった。

 

 二度目はそれを言葉にできなかった。

 

 永く長い戦いの運命の中に『それ』はなかったから。

 だからどうすればいいのか、分からなかった。

 

 それでも、三度目にやっと分かった。やっと言えた。

 

 あたしは、こいつと、友達になりたい。

 

 はやてがくれた心の全てでそう思う。そう願う。

 そしてその願いのカタチは、今ここにある。

 抱きしめた腕の中でむせび泣く、長い旅の果てに初めて手に入れた『友達』を、力いっぱいに抱きしめた。

 

 

 

      *   *   *

   アリサview

 

 

「アリサちゃん、ありがとな」

 

 はやてがそっと、あたしにお礼を言う。

 

「ずっと気になっとったんよ。あすかちゃんがいなくなってから、ヴィータはずっと気にしとったみたいやから」

「いいわよ。あたしもこのこと聞いたときからずっと気になってたから」

 

 フィリス先生にあすかが起きたことを知らされた日、一緒に聞かされた『赤い髪の女の子』の話。

 そのときはたぶんはやてのところの子だろうと思って今日連れてきたんだけど、どうやら正解だったようだ。(そうでなくても見た目の年齢が近いから友達になれないかと思ってたけど)

 

 さて、とりあえずこれで、今日の目的――この二人を引き合わせるのは達成。あとは適当な時間まで遊んで、帰りにちょっとフェイトのお見舞いに行ってみよう。ケガで今日は来れないっていうくらいだし。

 そんな風にこの後の予定を考えていると、唐突に、ほとんど目の前に、御架月さんが現れた。

 

「アリサ様、でしたね」

「な、なんですか?」

 

 悪い人(?)じゃないのは分かってるんだけど、やっぱりお化けの同類だと思うとどうしても苦手意識が出てしまう。しかも今いきなり出てきたし。

 それに構わず目の前の御架月さんは質問してきた。

 

「失礼ですが、最近霊障に襲われた経験などはないでしょうか?」

 

 …………はい?

 

「御架月、それはどういう意味だい?」

 

 耕介さんが興味を引かれたように御架月さんを追及する。

 

「以前こちらへ来られたときよりアリサ様の霊力が増えています。……とは言っても那美様や耕介様ほどではないんですが、この増え方は自然なものとは考えにくいですから」

「そうなのか?」

 

 御架月さんの説明で、耕介さんをはじめ皆があたしを見る。

 でもそう言われても、あたしには心当たりなんてないし、霊力なんて分からない。最近は変わったことをしているわけでもないし、おかしなことといえば毎晩変な夢を見るくらいだけど……

 そう考え込むあたしに久遠が近寄ってきて、

 

「ありさも、じんらいのけんぞくになったの?」

「………………はい?」

 

 今なにを言った、この子?

 

「ありさ、じんらいのにおいがする。くおんとおんなじ」

「へ? え……えぇ!?」

 

 もうなにがなにやら。

 先週来たときもこの子は同じことを言ってたけど、なんでよりにもよってあの人の名前が出てくるんだろう。

 とはいえ、確かに今のあたしにあの人は無関係とは言い難い。その証拠のように毎晩見る変な夢は、最近では大半があの人が出てくるようになっている。そうして起きてから夢に見た内容と、その夢を見る理由に対する疑心を必死に振り払うのが日課になりつつあるのは秘密だ。

 なのに、まさかそれがバレた?

 冷や汗のようなものが流れるのを感じる。毎朝、夢に見て起きる度に浮かび上がる疑心――これはまさか恋なのだろうかと、そんなことを考えていることは知られたくない。けど確信を持って答えるけど、そんなこと万に一つどころか億を跳び越えて兆に一つもありえない。あんな出会い方をしてハッピーエンドに辿り着ける物語なんてあるはずがないんだから。

 そんなわけで、どう答えていいか分からない。下手なことを言ってヤブヘビは嫌だ。

 そんなあたしの心情とは無関係に、もう完璧に自分と同類と信じて嬉しそうに懐いてくる久遠に、はやてが難しい顔をして訊いた。

 

「久遠ちゃん、その『眷属』ってゆーのがなんなんか教えてくれへん?」

「くぅ、わかんない……。でもくおん、じんらいにいのちをもらった。だからくおん、じんらいのためならなんでもするってやくそくした」

 

 無邪気な顔で、子供が宝物を見せびらかすような風に答える。

 

「……それで、神雷さんを殺すってことになっちゃったんだ?」

「あぅ……」

 

 一転、楽しい夢から叩き起こされたように泣きそうな顔になった。

 

「ちょっと、すずか。それは言っちゃいけないことみたいよ」

「あ……、ごめん。ごめんね、久遠ちゃん」

 

 必死になって久遠をなだめる。そのおかげか、久遠は不安そうな顔なままだけど泣きはしなかった。

 それにしても、命をもらったって……。

 断言するけど、あたしはそんなことをされた覚えはない。

 なのになんであたしまでその『眷属』とかいうのに含まれそうになってるんだろう?

 それに――

 

「はやて。なんであなたがそんなに知りたがるのよ?」

「……フェイトちゃんがな、昨日ケガして、そのときに神雷さんの『眷属』になるっちゅうことで助かったらしいんよ」

 

 は? なにそれ、そんなの聞いてない。

 

「まぁ、神雷さんはどうでもいいみたいやったけど……」

「? なんで?」

「それは教えてくれへんかった。ケガを治すために仕方なくそうした、みたいに言っとったし、治ったら力抜いてそれで関係は終わりとも言っとった。つまり、ホンマはフェイトちゃんを『眷属』っちゅうのにしたくなかったっちゅうことやろな」

 

 なんだろう、それは。前に会ったときはフェイトを泣かせていたのに、今度はケガを治しておいてそれだけとか。あたしの知らないところで周りの皆があの人と関わりを持っていくも不安だけど、まったく理解できそうもないあの人の行動には恐怖とすら呼べるものを覚える。 

 いや、そもそも、あの人を理解しようなんてのが間違いか。千年以上生きてるってことだし、それに自分の目を抉るような人だし。

 でもはやては違うみたい。少しでもあの人を理解しようとして、だから久遠にもさっき質問したんだろう。

 そういえばこの子はあの人に一目惚れしたとか言ってたっけ。ということは――

 

「はやて、ひょっとして、羨ましいとか思ってる?」

「……どうやろ。でも、それが理由で一緒に住むことになったっちゅうのは羨ましいかもしれん」

「え……」

 

 それもまた初耳だ。つまり、今あの人はフェイトのところに住んでるのか。

 ここまでに聞いたいくつかの重大なことを教えてくれなかったことについて色々と言いたいことはあるけど、それは後にしよう。今はたぶんそれを言える状況じゃない。

 なんにせよ、居場所が分かったのなら早いうちに――できるなら今日にでもあの人にはあたしにいったいなにをしたのかと、はっきりと問いただしておくべきだろう。だけど――

 

 嫌だなぁ……

 

 全力で、容赦なく、そう思う。

 あのとき誰が悪かったのかと冷静になった頭で考えてみれば……たぶんあたしにも責任はある。

 それでも躊躇いなく自分の目を抉ったあの人の前にもう一度というのはまったく気が進まない。今度はなにをさせられるのか、そう不安になって仕方がない。




 

 さて、ようやく第3章の始まり、そしてその第1話をお届けしました

ヴィータ(以下ヴィ)「おう」

 思い返せば投稿を始めてそろそろ1年。今のペースならそれまでにあと一話いけるかもしれない

ヴィ「あー、変な期待はやめとけ、焦って変な話になるのがオチだから。……ただでさえ、今回も変な感じにまとまってるってのに」

 言うな。才能って言葉に逃げたくはないが、そうしたくなる気分になる

ヴィ「わり。……まぁ、あれだ。あんま気ぃ落とすな」

 いや、落とさないって。それでなにが変わるわけでもない。……なにか意見をもらえたらそれは反映すべきだろうが。まぁとりあえず、簡単に解説をしておこうか

ヴィ「おうよ。まずはテスタロッサの夢から始まってんな。これってどういう意味だ?」

 久遠の『夢写し』は神雷の『御霊写し』の派生。なら似たことができてもおかしくはない。しかも『眷属』になってるから他よりも流れやすい

ヴィ「? つまり、やっぱりあれは神雷の過去ってことか」

 そうだな。本人は決して(特にフェイトには)語ることはない過去。彼自身の全ての始まりと言える部分だったりする

ヴィ「なんだよ、それ?」

 千五百年生きてるって設定だから、人には言えないことも色々あるんだよ。それが明かされるときはいずれ来るから、それまで待て

ヴィ「……はいはい、分かったよ。んで、次はようやくあたしとあすかの再会か。ここまで散々待たせやがって……」

 そうだな。前に会ったのが2章の1話だったからまるまる1章跳び越えてるわけだ。……しかし、ここは今回の話の中核とも言える場面。そのくせなんだか盛り上がりに欠けるというか、足りないというか……

ヴィ「うっせー。だったらちゃんと書きやがれ」

 それができれば苦労はない。最近は本職とかで時間も削られてるし

ヴィ「……そうかよ。それで最後に、アリサのれいしょーとか。いきなり話変わり過ぎじゃね?」

 確かに、ここでこのネタを出すのは予定外だったがね。でもその真相に気づける連中がいるんだから流れ的に出しておかないと

ヴィ「そうかよ。で、結局その真相ってなんなんだ?」

 ……秘密。でも勘のいい人は気づくだろう。『アリサ』という名の二人の少女、それらを統合したいくつかの可能性のうちの一つに。

ヴィ「なんだよ、それ」

 いずれ分かる。さて、次回では今回二階で寝たきりだった彼女に昔話でもしてもらう予定。……なんだか死亡フラグっぽいけどそれは気にしない方向で





あすかとヴィータの思わぬ再会。
美姫 「仲良くなれたみたいで良かったじゃない」
うんうん。そして、物語はいよいと第3章。
美姫 「これからどうなっていくのかしら」
それでは、この辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る